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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-08
(45)【発行日】2023-03-16
(54)【発明の名称】シール付軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20230309BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20230309BHJP
   F16J 15/3204 20160101ALI20230309BHJP
   F16J 15/3244 20160101ALI20230309BHJP
   F16J 15/18 20060101ALI20230309BHJP
【FI】
F16C33/78 D
F16C19/06
F16J15/3204 201
F16J15/3244
F16J15/18 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019125342
(22)【出願日】2019-07-04
(65)【公開番号】P2021011896
(43)【公開日】2021-02-04
【審査請求日】2022-06-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100127340
【弁理士】
【氏名又は名称】飛永 充啓
(72)【発明者】
【氏名】漆畑 嘉記
(72)【発明者】
【氏名】田窪 孝康
(72)【発明者】
【氏名】河合 俊貴
【審査官】稲村 正義
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第4399998(US,A)
【文献】特開2017-155929(JP,A)
【文献】特開2018-146014(JP,A)
【文献】特開2014-224550(JP,A)
【文献】特開2002-228008(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-33/00
F16J 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受内部空間及び外部間を区切るシール部材と、
前記シール部材に設けられたシールリップと、
前記シールリップに対して周方向に摺動するシール摺動面と、
前記シール摺動面及び前記シールリップ間に隙間を生じさせるように当該シールリップに形成された複数の突起と、を備え、
前記複数の突起が、軸受回転に伴って前記隙間内から前記突起と前記シール摺動面間に引き摺り込まれる潤滑油の油膜によって前記シールリップ及び前記シール摺動面間を流体潤滑状態にすることが可能な態様で形成されているシール付軸受において、
前記複数の突起が、周方向に並ぶ前記突起の列を二列以上に成しており、
第一列の前記突起に対して軸受内部空間側に位置する第二列の前記突起が、当該第一列の突起間に生じた第一の前記隙間と対向するように配置されていることを特徴とするシール付軸受。
【請求項2】
前記突起が、当該突起の周方向中央部から周方向両側に向かって次第に前記シール摺動面から遠くなる曲面状のくさび面を有し、
前記第一列の突起におけるくさび面の曲率半径をr1とし、前記第二列の突起におけるくさび面の曲率半径をr2としたとき、r1>r2になっている請求項1に記載のシール付軸受。
【請求項3】
前記第一列の突起の周方向幅をw1とし、前記第二列の突起のうち、当該第二列の突起の周方向中央部から周方向両側に向かって次第に前記シール摺動面から遠くなるくさび面の周方向幅をw2としたとき、w1>w2になっている請求項1又は2に記載のシール付軸受。
【請求項4】
前記複数の突起が成す列の総数が二列であり、
前記第一列の突起間に連なる非突起部と前記シール摺動面との間の第一の対向間隔をh1とし、前記第二列の突起のうちの前記第一の隙間と対向する端部と前記シール摺動面との間の第二の対向間隔をh2としたとき、h1>h2になっている請求項3に記載のシール付軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転がり軸受及びシール部材を備えるシール付軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車、各種建設用機械等の車両に搭載されたトランスミッション内にはギアの摩耗粉等の異物が混在する。このため、シール部材により、軸受内部空間への異物侵入を防ぎ、転がり軸受の早期破損を防止することが行われている。
【0003】
一般的なシール部材は、ゴム状材料等で形成されたシールリップを有する。軌道輪、スリンガ等、シール部材に対して周方向に回転する軸受部品には、シールリップを滑り接触させるシール摺動面が形成されている。シールリップとシール摺動面が全周に亘って滑り接触するため、シールリップの引き摺り抵抗(シールトルク)による軸受トルクの上昇を招く。また、その滑り接触の摩擦は、転がり軸受の温度上昇を促進する。この温度上昇が進むと、軸受内部空間及び外部間の圧力差による吸着作用を招き、その摩擦が大きくなる。
【0004】
シール部材のシールリップを軸受部品と非接触に配置し、ラビリンスシールを形成すれば、シールトルクを無くすことは可能だが、シール部材及び軸受部品間の隙間の大きさについて所定粒径の異物侵入を防止できるような各種誤差の管理が難しい。
【0005】
所定粒径の異物侵入を防ぎつつ軸受の高速運転に対応可能でありながら、シールトルクを著しく低減できるシール付軸受として、シールリップに周方向に並ぶ多数の突起を形成し、それら突起とシール摺動面間の隙間から潤滑油を引き摺る際のくさび効果により、シールリップとシール摺動面間を流体潤滑状態にするものが提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-155929号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1で提案されたシール付軸受の場合、所定粒径よりも粒径の小さな異物が軸受内部空間及び外部に連通する隙間を通過する。このため、外部から供給される潤滑油に混在する小さな異物の量が想定外に多くなると、軌道輪や転動体に異物起点型剥離が発生して軸受寿命に悪影響を及ぼす懸念がある。
【0008】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、シールリップの複数の突起によってシールリップとシール摺動面間を流体潤滑状態にすることが可能なシール付軸受において、シールリップによる異物侵入防止性を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を達成するため、この発明は、軸受内部空間及び外部間を区切るシール部材と、前記シール部材に設けられたシールリップと、前記シールリップに対して周方向に摺動するシール摺動面と、前記シール摺動面及び前記シールリップ間に隙間を生じさせるように当該シールリップに形成された複数の突起と、を備え、前記複数の突起が、軸受回転に伴って前記隙間内から前記突起と前記シール摺動面間に引き摺り込まれる潤滑油の油膜によって前記シールリップ及び前記シール摺動面間を流体潤滑状態にすることが可能な態様で形成されているシール付軸受において、前記複数の突起が、周方向に並ぶ前記突起の列を二列以上に成しており、第一列の前記突起に対して軸受内部空間側に位置する第二列の前記突起が、当該第一列の突起間に生じた第一の前記隙間と対向するように配置されている構成を採用したものである。
【0010】
上記構成によれば、シール摺動面及びシールリップ間において複数の突起による隙間が生じ、隙間内の潤滑油が軸受回転に伴ってシール摺動面及びシールリップ間に引きずり込まれ、この際のくさび効果で油膜形成を促進し、シールリップとシール摺動面間を流体潤滑状態にすることが可能である。それら複数の突起が二列以上を成し、それら二列の中には、第一列の突起と、この第一列の突起に対して軸受内部空間側に位置する第二列の突起とが存在する。外部から供給される潤滑油には、外部側に位置する第一列の突起間に生じた第一の隙間を通過できるような小さな異物が混在し得る。その小さな異物は潤滑油によって第一の隙間を軸受内部空間側へ流されるが、その第一の隙間と対向する第二列の突起があるため、小さな異物が第一の隙間を軸受内部空間側へ通過しにくくなる。このように、シールリップによる異物侵入防止性が向上させられる。
【0011】
具体的には、前記突起が、当該突起の周方向中央部から周方向両側に向かって次第に前記シール摺動面から遠くなる曲面状のくさび面を有し、前記第一列の突起におけるくさび面の曲率半径をr1とし、前記第二列の突起におけるくさび面の曲率半径をr2としたとき、r1>r2になっているとよい。突起が前述の曲面状のくさび面であれば、突起による油膜切れを防ぎ、油膜形成を促進することができる。第二列の突起におけるくさび面の曲率半径r2を第一列の突起におけるくさび面の曲率半径r1よりも小さくすれば、同等にする場合に比してシール摺動面と第二列の突起のくさび面間の隙間を狭くすることになるので、軸受内部空間への異物侵入をより抑制することができる。
【0012】
前記第一列の突起の周方向幅をw1とし、前記第二列の突起のうち、当該第二列の突起の周方向中央部から周方向両側に向かって次第に前記シール摺動面から遠くなるくさび面の周方向幅をw2としたとき、w1>w2になっているとよい。このようにすると、第二列の突起とシール摺動面間の低トルク化を実現しつつ、異物侵入も抑制することができる。
【0013】
より好ましくは、前記複数の突起が成す列の総数が二列であり、前記第一列の突起間に連なる非突起部と前記シール摺動面との間の第一の対向間隔をh1とし、前記第二列の突起のうちの前記第一の隙間と対向する端部と前記シール摺動面との間の第二の対向間隔をh2としたとき、h1>h2になっているとい。このようにすると、突起の総列数を最小限の二列に限って低トルク化を図りつつ、異物侵入を更に抑制することができる。
【発明の効果】
【0014】
上述のように、この発明は、上記構成の採用により、シールリップの複数の突起によってシールリップとシール摺動面間を流体潤滑状態にすることが可能なシール付軸受において、シールリップによる異物侵入防止性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】この発明の第一実施形態に係るシール付軸受のシールリップ付近を示す断面図
図2】第一実施形態に係るシール付軸受の断面図
図3図1のIII-III線の断面図
図4図1のIV-IV線の断面図
図5】第一実施形態に係るシール部材を軸方向から示す部分正面図
図6図5の突起付近の拡大図
図7】この発明の第二実施形態に係るシールリップ付近を図3と同様の切断面で示す断面図
図8】この発明の第三実施形態に係るシールリップ付近を図4と同様の切断面で示す断面図
図9】この発明の第四実施形態に係るシールリップ付近を図4と同様の切断面で示す断面図
図10】第四実施形態に係るシールリップ付近を図3と同様の切断面で示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、この発明の一例としての第一実施形態に係るシール付軸受を添付図面の図1図6に基づいて説明する。
【0017】
図1図2に示すこのシール付軸受は、内輪1と、外輪2と、保持器3に保持された複数の転動体4と、内輪1及び外輪2間に形成された軸受内部空間6の両端を密封する二つのシール部材5とを備える。
【0018】
内輪1及び外輪2は、転動体4に対応の軌道面を有する。内輪1は、回転軸(図示省略)に取り付けられ、回転軸と一体に回転する。回転軸は、例えば、車両のトランスミッション又はディファレンシャルの回転部として設けられる。外輪2は、ハウジング、ギア等、回転軸からの荷重を負荷させる部材に取り付けられる。転動体4として、玉が採用されている。このシール付軸受は、深溝玉軸受となっている。
【0019】
内輪1及び外輪2によって環状の軸受内部空間6が形成される。シール部材5は、軸受内部空間6及び外部間を区切る。複数の転動体4は、軸受内部空間6内で内輪1及び外輪2間に介在しながら公転する。軸受内部空間6は、外部から供給される潤滑油によって潤滑される。初期潤滑剤として軸受内部空間6に適量のグリースが封入されていてもよい。
【0020】
なお、以下では、シール付軸受の軸受中心軸に沿った方向を「軸方向」という。軸方向に直交する方向を「径方向」という。軸受中心軸回りの円周方向を「周方向」という。図示例において、軸受中心軸は、回転輪とする内輪1の中心軸であり、図1、2において左右方向に相当する。
【0021】
外輪2の内周の端部に、シール部材5を保持するシール溝2aが形成されている。シール部材5は、その外周縁をシール溝2aに圧入することにより、外輪2に取り付けられる。
【0022】
シール部材5を境界とした外部側には、ギアの摩耗粉、クラッチの摩耗粉、微小砕石等、シール付軸受の組み込み先に応じた異物が存在する。このような粉状の異物は、潤滑油や雰囲気の流れによってシール部材5付近に到達し得る。シール部材5は、外部から軸受内部空間6への異物侵入を抑制するためのものである。
【0023】
シール部材5は、その内周側で舌片状に突き出たシールリップ5aを有する。内輪1の外周には、シールリップ5aに対して周方向に摺動するシール摺動面1aが形成されている。シール摺動面1aは、周方向全周に連続する円筒面状になっている。
【0024】
図1は、図2のシール部材5のシールリップ5a付近を拡大したものである。図1中のIII-III線の断面図を図3に示す。また、図1中のIV-IV線の断面図を図4に示す。図5は、シール部材5の単独かつ自然な状態を軸受内部空間側から軸方向に視たときの外形を描いたものである。図6は、図5の突起付近を著しく拡大したものである。
【0025】
シールリップ5aは、ラジアルリップになっている。ここで、ラジアルリップは、軸方向に沿ったシール摺動面又は軸方向に対して45°以内の鋭角の勾配をもったシール摺動面と密封作用を奏するシールリップであって、当該シール摺動面との間に径方向の締め代をもったもののことをいう。
【0026】
図5に示すように、シールリップ5aは、自然状態においてシールリップ5aの内径を規定する先端縁を有する。シールリップ5a及びシール摺動面1a間に設定された締め代により、シール摺動面1aに径方向に押し付けられたシールリップ5aは、図1のように外部側へ曲がったゴム状弾性の変形を生じ、シールリップ5aの緊迫力を生む。シール部材5の取り付け誤差、製造誤差等は、シールリップ5aの曲がり具合の変化によって吸収される。
【0027】
図1図3図4に示すように、シールリップ5aは、シール摺動面1a及びシールリップ5a間に隙間g1,g2を生じさせるように形成された複数の突起5b,5cを有する。
【0028】
複数の突起5b,5cは、軸受回転に伴って隙間g1,g2内から当該突起5b,5cとシール摺動面1a間に引き摺り込まれる潤滑油の油膜(図示省略)によってシールリップ5a及びシール摺動面1a間を流体潤滑状態にすることが可能な態様で形成されている。
【0029】
突起5b,5cは、シール摺動面1aとの直交方向、すなわちシール摺動面1aに接する接線に垂直な法線方向に突出高さをもっている。シール摺動面1aが軸受中心軸を中心とした円筒面状なので、これとの直交方向は、径方向に相当する。
【0030】
複数の突起5b,5cは、周方向に並ぶ突起5bの列(第一列)と、第一列の突起5bに対して軸受内部空間6側の位置で周方向に並ぶ突起5cの列(第二列)とを成している。
【0031】
図5図6に示すように、突起5b,5cは、当該突起5b,5cの周方向中央部から周方向両側に向かって次第にシール摺動面1aから遠くなる曲面状に形成されたくさび面5d,5eを有する。
【0032】
突起5b,5cは、周方向と直交する向きに延びている。突起5b,5cは、シール摺動面1aとの間に径方向の締め代をもった範囲の全域に形成されている。最も外部側に位置する突起5bは、シールリップ5aの先端縁に及んでいる。
【0033】
各列において、突起5b,5cは、周方向に一定の間隔をおいて並んでいる。各突起5b,5cは同一形状であり、周方向幅、高さ等、周方向の並び間隔について各列で同一に設定されている。図6の外観で考えると、各列の突起5b,5cは、一定のピッチ角度で周方向に配置された放射状となって現れている。なお、放射中心は、シール部材5の中心軸(軸受中心軸に一致)上にある。
【0034】
図3図4に示すように、第二列の突起5cは、第一列の突起5b間に生じた第一の隙間g1と対向する端部5fを有する。第一の隙間g1と第二列の突起5cとが対向する方向は、周方向に直交しかつシール摺動面1aに沿った方向である。図示例においては、シール摺動面1aが周方向に延びる円筒面状であるので、図1図3図4に示すように、第二列の突起5cが第一の隙間g1と軸方向に対向している。
【0035】
図2に示すように、シール部材5は、金属板製の芯金5gと、芯金5gの少なくとも内径部に付着した加硫ゴム材5hにより形成されている。シールリップ5aは、加硫ゴム材5hにより、芯金5gからシール摺動面1a側へ突き出た舌片状に形成されている。芯金5gは、周方向に連なる環状に形成されたプレス加工部品になっている。加硫ゴム材5hは、加硫成形されたゴム部になっている。
【0036】
図6に示すように、第一列の突起5bのくさび面5d,第二列の突起5cのくさび面5eは、突起5b,5cの放射方向の全長に亘って半円筒面状に形成されている。図2のようにシール部材5を所定に取り付けると、くさび面5d,5eがシールリップ5aの緊迫力によってシール摺動面1aに押し付けられるので、突起5b,5cの周方向中央部が図3のように少し潰れるように弾性変形を生じる。
【0037】
突起5b,5cが周方向に直交する向きに延び、かつ前述のくさび面5d,5eを有するので、突起5b,5cとシール摺動面1aの摺動接触し得る面積を抑えつつ、突起5b,5cの周方向中央部が鋭利になることを避けて突起5b,5cによる油膜切れを防ぎ、くさび効果によって油圧を高めて油膜形成を促進し、シールリップ5aとシール摺動面1a間を流体潤滑状態にすることができる。また、シール部材5の取り付け時、突起5b,5cがシール摺動面1aに擦られても、突起5b,5cが周方向に曲がってしまう懸念がなく、取り付け時にシールトルクの低減性能を損なう恐れがない。
【0038】
シール部材5の取り付け時、シール摺動面1aに接触する突起5b,5cがシールリップ5aの緊迫力に抗して突っ張ることにより、各列における突起5b,5c間には、図1図3図4に示すように、シール摺動面1aとの間の隙間g1,g2が生じさせられる。最も外部側に位置する第一列の突起5b間に生じる第一の隙間g1は、外部に開放している。最も軸受内部空間6側に位置する第二列の突起5c間に生じる第二の隙間g2は、軸受内部空間6に開放している。シールリップ5aが突起5b,5c上でのみシール摺動面1aと摺動接触し得る。
【0039】
図3に示すように、第一列の突起5bと、これに最寄りの第二列の突起5cとの間には、第一の隙間g1と第二の隙間g2とを連通させる空間が生じている。第一の隙間g1と第二の隙間g2とは、互いのくさび状空間において軸方向に連通している。このため、潤滑油は、第一の隙間g1と第二の隙間g2の連通空間を通って、軸受内部空間及び外部間を出入りすることができる。第一の隙間g1と第二の隙間g2の連通空間の流路断面積は、第一の隙間g1の流路断面積よりも小さくなっている。なお、図示例では、当該連通空間の周方向幅は、第一の隙間g1(周方向に隣り合う突起5b間の間隔、これら突起5b間に連なる非突起部の周方向長さ)の周方向幅の半分未満になっている。また、当該連通空間の径方向幅は、周方向に隣り合う突起5b間の非突起部とシール摺動面1aとの間の対向間隔の半分未満になっている。
【0040】
第一の隙間g1を通過可能な小さな異物cが潤滑油の流れにのって第一の隙間g1に入り込んだとしても、狭い前述の連通空間を通りにくく、第二の隙間g2へ抜けることが抑制される。また、第一の隙間g1に入り込んだ異物cが第二の隙間g2へ抜けることができない場合、図4に矢線で示すように第二列の突起5cの端部5fにぶつかって跳ね返る潤滑油の流れや、軸受内部空間側から外部へ排出される潤滑油の流れによって、外部へ排出されることになる。このように、潤滑油に混在する小さな異物cが図1図3図4に示す外部側の第一の隙間g1に流されても、第一の隙間g1と対向する第二列の突起5cがあるため、小さな異物cが第一の隙間g1を軸受内部空間側へ通過しにくくなる。このように、シールリップによる異物侵入防止性が向上させられる。
【0041】
例えば、車両のトランスミッション内の回転部を支持する用途では、一般に、跳ねかけ、オイルバス等の適宜の方式でシール付軸受に給油される。よって、図2のシール部材5のシールリップ5a周辺には、外部から供給される潤滑油が存在している。その潤滑油は、トランスミッション内に存在するギア等の他の潤滑部分でも共通に用いられる。その潤滑油は、オイルポンプで循環されており、その循環経路に設けられたオイルフィルタによって濾過される。粒径0.05mmを超える大きな異物が軸受内部空間6に侵入すると、軸受寿命に悪影響を及ぼすと考えられる。図3における第一列の突起5bの高さを0.07mm以下に設定すれば、そのような大きな異物が容易に通過できない隙間g1,g2をシールリップ5aとシール摺動面1a間に生じさせることができる。突起5b,5cの高さが0.07mm以下の場合、例えば、各列における周方向に隣り合う突起5b,5c間の間隔が0.3mm以上2.6mm以下、突起5b,5cの周方向幅が0.2mm以上1.0mm以下、かつくさび面5d,5eの曲率半径が0.15mm以上2.0mm未満の範囲に設定することができる。この範囲では、潤滑油としてCVTのプーリとベルトの潤滑を行うCVTF、油温30~120℃、シールリップ5aに対してシール摺動面1aが相対的に周方向に回転する速度(周速)が0.2m/s以上の場合に、計算上、Greenwood-Johnsonの決めた無次元数である粘性パラメータgvと弾性パラメータgeに基づく潤滑領域図において等粘度-剛体領域(R-Iモード)又は等粘度-弾性体領域(E-Iモード,ソフトEHL)のいずれかの潤滑モードに分布する、すなわち各突起5b,5cを含むシールリップ5aとシール摺動面1aとの間が油膜で完全に分離された流体潤滑状態になると考えられる。流体潤滑状態になれば、シール部材5によるシールトルクを非接触式のシールと同等まで低減し、ひいてはシール付軸受の温度上昇を抑制し、シールリップ5aの吸着作用を防止することができる。
【0042】
なお、各列における突起5b,5c間の間隔が2.6mmの場合、突起5b,5cとシール摺動面1aとの間には、計算上、約3μmの油膜(シール摺動面1aの最大高さ粗さRzを余裕で上回る)が形成され、2.6mmより小さい場合に油膜が厚くなる傾向がある。また、2.6mm以下の場合に軸受回転トルクが低下傾向(すなわちシールトルクの低下傾向)を示す。各列における突起5b,5c間の間隔が0.3mm未満になると、シールリップ5aを金型で成形することが困難になる。金型での成形を考慮すると、くさび面5d,5eの曲率半径を0.15mm以上2.0mm未満に設定することが好ましい。突起5b,5cの周方向幅が対応のくさび面5d,5eの曲率半径に依存するので、突起5b,5cの周方向幅を0.2mm以上1.0mm以下に設定することが好ましい。
【0043】
これまでに述べたように、図1図6に示すシール付軸受は、シールリップ5aの複数の突起5b,5cによってシールリップ5aとシール摺動面1a間を流体潤滑状態にすることが可能なものであって、それら複数の突起5b,5cが周方向に並ぶ突起5b,5cの列を二列以上に成しており、第一列の突起5bに対して軸受内部空間6側に位置する第二列の突起6cが第一列の突起5b間に生じた第一の隙間g1と対向するように配置されているので、複数の突起を一列に配置する従来例に比して、小さな異物が第一の隙間g1を軸受内部空間6側へ通過しにくくなり、これにより、シールリップ5aによる異物侵入防止性を向上させることができ、ひいては内外輪1,2や転動体4における異物起点型剥離の発生を抑制してシール付軸受の長寿命化を図ることができる。
【0044】
結果的には、第二列の突起5cにより、外部の潤滑油が軸受内部空間6へ至ることも抑制されることになるが、第二列の突起5cとシール摺動面1a間の潤滑は、外部から供給される潤滑油および軸受内部空間6内の潤滑油で十分に確保することが可能である。また、第二列の突起5cは、外部から軸受内部空間6への潤滑油の過剰供給の抑制にも有効になるので、軸受内部空間6における攪拌抵抗を低減することができる。このことは、例えば、トランスミッション全体の損失低減を図ることに有利である。
【0045】
第一実施形態では、第一列の突起5bと、第二列の突起5cを同形にした例を示したが、異形にしてもよい。その一例としての第二実施形態を図7に示す。なお、以下では、第一実施形態との相違点を述べるに留め、対応の構成要素に同一符号を用いる。
【0046】
第二実施形態では、第一列の突起5bにおけるくさび面5dの曲率半径をr1とし、第二列の突起5cにおけるくさび面5eの曲率半径をr2としたとき、第二実施形態における第二列の突起5cは、r1>r2になっている。突起5cのくさび面5eは、r1>r2にするため、周方向中央部での曲率を緩和した略半円筒状になっている。第二列の突起5cの端部5fの面積は、第一実施形態に比して拡大しており、r1=r2である第一実施形態に比してシール摺動面1aと第二列の突起5cのくさび面5e間の隙間を狭くすることになる。したがって、第二実施形態に係るシール付軸受は、第一の隙間g1と第二の隙間g2の連通空間が第一実施形態よりも狭いため、軸受内部空間への異物侵入をより抑制することができる。
【0047】
上述の各実施形態では複数の突起5b,5cによる総列数が二列である場合を例示したが、総列数を三列以上にしてもよい。この場合、隣り合う各列間において、外部側に位置する列の突起間の隙間に対して軸受内部空間側に隣り合う列の突起を対向させればよい。その一例としての第三実施形態を図8に示す。
【0048】
第三実施形態では、複数の突起5b,5c,5iが三列を成している。第二列の突起5bに対して軸受内部空間側(図中左側)に位置する第三列の突起5iは、第二列の突起5b間に生じた第二の隙間g2と対向するように配置されている。第三列の突起5iは、第二列の突起5bと同形になっている。周方向に隣り合う第三列の突起5i間に生じた第三の隙間g3は、第二の隙間g2と連通している。このため、潤滑油は、軸受内部空間及び外部間を流通可能だが、その連通空間は、第一の隙間g1と第二の隙間g2の連通空間と同様の狭さである。
【0049】
第三実施形態では、第一の隙間g1に入った小さな異物が第二の隙間g2へ抜けたとしても、第三列の突起5iが第二の隙間g2と対向しているため、さらに第二の隙間g2と第三の隙間g3の狭い連通空間を抜けなければ軸受内部空間に至ることができない。したがって、第三実施形態によれば、シールリップ5aによる異物侵入防止性を第一、第二実施形態よりも向上させることができる。
【0050】
複数の突起5b,5c,5iによる総列数が多くなると、突起5b,5c,5iとシール摺動面間で引き摺られる潤滑油のせん断抵抗が大きくなる。したがって、低トルク性を重視する場合、総列数を二列にすることが好ましく、異物侵入防止性を重視する場合、総列数を三列以上にすることが好ましい。
【0051】
上述の各実施形態では第二列の突起5cのくさび面5eが突起5cの周方向幅の全幅に亘る場合を例示したが、第二列の突起5cのくさび面5eを突起5cの周方向幅よりも小さな周方向幅にしてもよい。その一例としての第四実施形態を図9図10に示す。
【0052】
第四実施形態の第二列の突起5cは、シール摺動面1aに向かって二段の階段状に突出しており、そのシール摺動面1aに近い段側にだけくさび面5eを有する形状になっている。
【0053】
ここで、第一列の突起5bの周方向幅をw1とし、第二列の突起5cのくさび面5eの周方向幅をw2とする。また、第一列の突起5b間に連なるシールリップ部分である非突起部と、シール摺動面1aとの間の第一の対向間隔をh1とする。また、第二列の突起5cのうちの第一の隙間g1と対向する端部5fとシール摺動面1aとの間の第二の対向間隔をh2とする。
【0054】
第二列の突起5cは、くさび面5eの周方向両端から周方向に沿って延びている。このため、第二列の突起5cの周方向幅は、くさび面5eの周方向幅w2よりも大きく、突起5cのうちのシール摺動面1aから遠い段側とシール摺動面1aとの間に第二の対向間隔h2を形成している。
【0055】
第一列の突起5bの周方向幅w1>第二列の突起5cのくさび面5eの周方向幅w2になっている。
【0056】
第一の対向間隔h1は、第一の隙間g1の径方向幅に相当している。第一の対向間隔h1>第二の対向間隔h2になっている。
【0057】
なお、第二列の突起5cにおける前述の曲率半径r2は、第一列の突起5bにおける前述の曲率半径r1よりも小さい。また、複数の突起5b,5cが成す列の総数は二列である。
【0058】
第四実施形態によれば、第二列の突起5cのくさび面5eの周方向幅w2が第一列の突起5bの周方向幅w1よりも小さいため、w1=w2となる第一、第二実施形態に比して、第二列の突起5cとシール摺動面1a間の潤滑油のせん断抵抗や摩擦を抑えて低トルク化を実現しつつ、第二列の突起5cによって異物侵入も抑制することができる。
【0059】
また、第四実施形態によれば、第二列の突起5cの端部5fとシール摺動面1aとの間の第二の対向間隔h2が第一列の突起5b間に連なる非突起部とシール摺動面1aとの間の第一の対向間隔h1よりも小さいため、第二列の突起の周方向幅w2を相当とする比較的小幅の第二列の突起を採用する場合に比較すると、第二列の突起5cの周方向幅をくさび面5eの周方向幅w2よりも拡大して端部5fの面積を拡大して第一の隙間g1と第二の隙間g2の連通空間を狭くし、異物侵入を更に抑制することができる。
【0060】
このように、第四実施形態によれば、複数の突起5b,5cが成す総列数を最小限の二列に限ること、さらに前述の曲率半径r2<曲率半径r1とすること、さらに第二列の突起5cのくさび面5eの周方向幅w2<第一列の突起5bの周方向幅w1とすることにより、異物侵入を抑制しつつ、特に低トルク化を図ることができる。
【0061】
上述の各実施例では、突起を周方向に均一配置した例を示したが、不均一に配置することも可能である。
【0062】
また、上述の各実施例では、シール部材を芯金と加硫ゴム材とから構成したものを例示したが、この発明は、ゴム材、樹脂材等の単材により形成されるシール部材にも適用することも可能である。
【0063】
また、上述の各実施例では、内輪回転のラジアル玉軸受を例示したが、この発明は、外輪回転、スラスト軸受、ころ軸受に適用することも可能である。
【0064】
今回開示された実施形態及び実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0065】
1a シール摺動面
5 シール部材
5a シールリップ
5b,5c,5i 突起
6 軸受内部空間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10