(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-08
(45)【発行日】2023-03-16
(54)【発明の名称】波動の非対称位相搬送を含む非可逆デバイス
(51)【国際特許分類】
G02F 1/35 20060101AFI20230309BHJP
G02F 1/355 20060101ALI20230309BHJP
【FI】
G02F1/35
G02F1/355
(21)【出願番号】P 2020573272
(86)(22)【出願日】2019-04-05
(86)【国際出願番号】 EP2019058649
(87)【国際公開番号】W WO2020001822
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2021-03-02
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】390040420
【氏名又は名称】マックス-プランク-ゲゼルシャフト・ツア・フェルデルング・デア・ヴィッセンシャフテン・エー・ファオ
【氏名又は名称原語表記】Max-Planck-Gesellschaft zur Foerderung der Wissenschaften e.V.
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】マンハート, ヨッヘン
(72)【発明者】
【氏名】ブラーク, ダニエル
【審査官】林 祥恵
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-504087(JP,A)
【文献】特開平05-142755(JP,A)
【文献】特開2012-256026(JP,A)
【文献】特開2009-041946(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111505766(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0138087(US,A1)
【文献】特開昭62-040071(JP,A)
【文献】特開2003-302603(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0128350(US,A1)
【文献】Sugimoto, N. et al.,"Waveguide polarization-independent optical circulator",IEEE Photonics Technology Letters,Vol. 11, No. 3,米国,IEEE,1999年03月,pp. 355 - 357
【文献】Sollner, I. et al.,”Deterministic photon-emitter coupling in chiral photonic circuits”,Nature Nanotechnology,Vol. 10,米国,2015年07月27日,pp. 775-778
【文献】Mitsuya, K. et al.,”Demonstration of a silicon waveguide optical circulator”,IEEE Photonics Technology Letters,Vol. 25, No. 8,米国,IEEE,2013年04月15日,pp. 721 - 723
【文献】D. BRAAK et al.,"Fermi’s Golden Rule and the Second Law of Thermodynamics",Foundations of Physics,2020年09月18日,Vol. 50,No. 11,pp.1509-1540,DOI: 10.1007/s10701-020-00380-2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00-1/125
G02F 1/21-7/00
G02B 6/12-6/14
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子デバイス(10)であって、
非可逆的伝送構造(5、6、7)と、第1のポート(1)および第2のポート(2)と、を備え、
前記伝送構造(5、6、7)は、前記第1のポート(1)から前記第2のポート(2)まで延在する少なくとも2つの第1の伝送経路と、前記第2のポート(2)から前記第1のポート(1)まで延在する少なくとも2つの第2の伝送経路と、を備え、
前記伝送構造は、
第1の波動が前記第1の伝送経路を伝播する第1の部分波に分割され、前記第1の部分波が少なくとも部分的に前記第2のポート(2)で干渉するように、かつ、第2の波動が
前記第2の伝送経路を伝播する第2の部分波に分割され、前記第2の部分波が少なくとも部分的に前記第1のポート(1)で干渉するように、
更に設計され、
前記第1の部分波の少なくとも一部が、前記第2の部分波よりも建設的に干渉し、
前記伝送構造が、前記伝送構造を順方向に横断する第1の波動については、前記第1の波動の位相が少なくとも部分的に保存され、前記伝送構造を逆方向に横断する第2の波動については、前記ポート間を移動する前記第2の波動の位相が、非位相保存性の散乱イベントの作用を使用して、少なくとも一部が消去され、かつランダム位相に置き換えられることにより、前記逆方向よりも前記順方向において位相保存がより明白であるように設計される、量子デバイス(10)。
【請求項2】
前記第1の部分波の一部が、事実上完全に建設的に前記第2のポート(2)で干渉し、前記第2の波動の一部が、事実上完全に破壊的に前記第1のポート(1)で干渉する、請求項1に記載の量子デバイス(10)。
【請求項3】
第3のポート(3)と、
前記第3のポート(3)に配設された吸収器/放射器(8)と、
前記第2のポート(2)から前記第3のポート(3)まで延在する少なくとも2つの第3の伝送経路と、を更に備える、請求項1または2に記載の量子デバイス(10)。
【請求項4】
前記第2の部分波が、前記少なくとも2つの第3の伝送経路に沿って伝播した後、少なくとも部分的に建設的に前記第3のポート(3)で干渉することによって、前記吸収器/放射器(8)によって少なくとも部分的に吸収されるか、または異なる位相の波動によって少なくとも部分的に置き換えられる、請求項3に記載の量子デバイス(10)。
【請求項5】
前記第1のポート(1)および第2のポート(2)を備え、更に第3のポート(3)、および1つもしくは複数の第4のポート(4)を備える、4ポートサーキュレータと、
前記第3のポート(3)および第4のポート(4)に配設される少なくとも1つの吸収器/放射器(8、9)と、を更に備える、請求項1から4のいずれか一項に記載の量子デバイス(10)。
【請求項6】
前記4ポートサーキュレータが、第1および第2のハイブリッド結合器(5、6)と、
位相シフタ(7)とを更に備え、
前記第1のハイブリッド結合器(5)が、前記第1のポート(1)および第3のポート(3)に結合され、前記第2のハイブリッド結合器(6)が、前記第2のポート(2)および第4のポート(4)に結合され、
前記第1および第2のハイブリッド結合器(5、6)が互いに接続され、
前記位相シフタ(7)が、前記第1および第2のハイブリッド結合器(5、6)の間に接続された、請求項5に記載の量子デバイス(10)。
【請求項7】
量子デバイス(15)であって、
非可逆的伝送構造(13、14)を備え、
前記伝送構造が、前記伝送構造を順方向に横断する第1の波動については、前記第1の波動の位相が少なくとも部分的に保存され、前記伝送構造を逆方向に横断する第2の波動については、前記第2の波動の位相が、ランダム位相に少なくとも部分的に置き換えられることにより、前記逆方向よりも前記順方向において位相保存がより明白であるように設計され、
前記伝送構造(13、14)が
、波動に対して位相変更をもたらす可能性がある少なくとも2つの黒体(13、14)を備え、前記黒体は、当該黒体が前記波動の経路に出し入れ可能である構成によって、位相に対する前記黒体の作用が強度を時間的に変更することができるように設計され、当該変更は、順方向に移動する波動の位相が逆方向に移動する波動の位相よりも多く保存されるように、順次行われる、量子デバイス(15)。
【請求項8】
前記黒体(13、14)の作用が、前記黒体を移動もしくは転回することによって、または機械的手段によって前記黒体の性質を変化させることによって変更される、請求項7に記載の量子デバイス(15)。
【請求項9】
量子デバイス(70)であって、
非可逆的伝送構造を備え、
前記伝送構造が、前記伝送構造を順方向に横断する第1の波動については、前記第1の波動の位相が少なくとも部分的に保存され、前記伝送構造を逆方向に横断する第2の波動については、前記第2の波動の位相が、ランダム位相に少なくとも部分的に置き換えられることにより、前記逆方向よりも前記順方向において位相保存がより明白であるように設計され、
前記伝送構造が、
2レベルシステム(71)と、2つの黒体放射体(72、73)と、カイラル導波路(74)
と、を備える、量子デバイス(70)。
【請求項10】
前記伝送構造が、前記伝送構造における伝送方向に応じた結合強度で、
前記2レベルシステムに結合される、請求項9に記載の量子デバイス(70)。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか一項に記載の量子デバイスを操作する方法であって、
前記第1の波動を前記量子デバイスに供給することを含み、前記第1の波動が、熱源から得られたエネルギーを有するか、またはkTオーダーのエネルギーE(kT/10<E<10kT、Tは環境の温度)を有する量子を含む、方法。
【請求項12】
請求項1から10のいずれか一項に記載の1つまたは複数の量子デバイス(10、15、70)の使用であって、
前記第1の波動が、熱源から得られたエネルギーを有するか、またはkTオーダーのエネルギーE(kT/10<E<10kT、Tは環境の温度)を有する量子を含む、デバイス
、
コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、1つの物体内または複数の物体間の温度差を生成する、デバイス、
干渉計を備えるデバイス、ならびに、
量子計算、量子データ伝送、量子データ記憶、加熱、冷却、物質搬送、エネルギー搬送、または発電を実施するデバイス、のうちの1つまたは複数における、使用。
【請求項13】
前記デバイスが、10
-6Kから4000Kの範囲の温度で動作する、請求項12に記載の使用。
【請求項14】
前記デバイスが、量子レジームにおいて、浴に結合されないかまたは浴ともつれない、請求項12または13に記載の使用。
【請求項15】
前記デバイスが、コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、システム内での波動もしくは粒子のエネルギー分布の密度における不均質性を生成または増大する、請求項12から14のいずれか一項に記載の使用。
【請求項16】
前記エネルギー分布が、少なくとも部分的に熱エネルギーによって生成されるエネルギー分布である、請求項15に記載の使用。
【請求項17】
位相シフトが前記デバイスの少なくとも1つの非可逆的構成要素によって誘発される、請求項12から16のいずれか一項に記載の使用。
【請求項18】
前記波動関数の前記少なくとも部分的な量子物理学的崩壊が
、固体、液体、ガス、またはプラズ
マを使用することによって達成される、請求項12から17のいずれか一項に記載の使用。
【請求項19】
物体における前記波動関数の前記少なくとも部分的な量子物理学的崩壊および少なくとも部分的な吸収の後に、前記物体による波動の統計的再放射が続く、請求項12から18のいずれか一項に記載の使用。
【請求項20】
少なくとも部分的に量子物理学的に崩壊された波動が、ランダム位相の別の波動に統計的に置き換えられる、請求項12から19のいずれか一項に記載の使用。
【請求項21】
前記デバイスが、生成された放射密度の不均質性または生成された温度差を、電気、放射線、光エネルギー、もしくは他の形態のエネルギーに変換す
る、請求項12から20のいずれか一項に記載の使用。
【請求項22】
前記デバイスが
、粒子、
またはエネルギー
を1つの物体内または複数の物体間で搬送する、請求項12から21のいずれか一項に記載の使用。
【請求項23】
前記デバイスが
、コンデンサまたは電池を充電する、請求項12から22のいずれか一項に記載の使用。
【請求項24】
前記デバイスが、物体または波動
源を加熱または冷却する、請求項12から23のいずれか一項に記載の使用。
【請求項25】
前記デバイスの前記物体の1つまたは複数が
、追加で提供される加熱または冷却機能を使用することによって、室温とは別の基準温度で操作される、請求項12から24のいずれか一項に記載の使用。
【請求項26】
内部または外部で作成される信号が、前記デバイスの動作を制御するのに使用される、請求項12から25のいずれか一項に記載の使用。
【請求項27】
プレート(31)と、前記プレート(31)に形成された少なくとも2つのスリット(31.1、31.2)とを備える、光干渉計(30)を備え、
前記スリット(31.1、31.2)のそれぞれ1つに、量子デバイス(32.1、32.2)が等しい配向を有するようにして量子デバイス(32.1、32.2)が挿入される、請求項12から26のいずれか一項に記載の使用。
【請求項28】
第1の壁(33A)から第2の対向する壁(33A)までの前記プレート(31)が、キャビティ(33)の内部を2つの半分に分割するように、前記
光干渉計(30)を包囲する壁(33A)を備える、キャビティ(33)と、
黒体放射線を前記量子デバイス(32.1、32.2)に向かって放射して、前記量子デバイスを順方向に通過するように、前記2つの半分のうち第1の半分に配設された、黒体放射体(34)と、を更に備える、請求項27に記載の使用。
【請求項29】
前記第1の半分の前記壁(33A)が反射性であり、第2の半分の前記壁(33A)が黒色である、請求項28に記載の使用。
【請求項30】
前記壁(33A)が外部浴と熱平衡の状態にある、請求項28または29に記載の使用。
【請求項31】
横並びの配置で配設された2つの対向端(41.1、41.2)を備える、光ファイバー、導波路、または波動伝送構造(41)を備える、干渉計(40)と、
前記光ファイバー、導波路、または波動伝送構造(41)に配設された、少なくとも1つのコヒーレントに放射する原子(42)と、
前記原子(42)のどちらかの側で前記光ファイバー(41)に挿入される、少なくとも2つの量子デバイス(45、46)と、を備える、請求項12から26のいずれか一項に記載の使用。
【請求項32】
前記干渉計(40)を取り囲む壁(43A)を備えるキャビティ(43)を更に備える、請求項31に記載の使用。
【請求項33】
前記壁(43A)が外部浴と熱平衡の状態にある、請求項32に記載の使用。
【請求項34】
電子源(61)と、
第1の量子デバイス(62)および第2の量子デバイス(63)と、
第1の抵抗器(64)および第2の抵抗器(65)と、
前記電子源(61)を前記第1の量子デバイス(62)の第1のポートと接続する第1の伝送経路(66.1)と、
前記電子源(61)を前記第2の量子デバイス(63)の第1のポートと接続する第2の伝送経路(66.2)と、
前記第1の量子デバイス(62)の第2のポートを前記第1の抵抗器(64)と接続する第3の伝送経路(66.3)と、
前記第2の量子デバイス(63)の第2のポートを前記第1の抵抗器(64)と接続する第4の伝送経路(66.4)と、
前記第2の量子デバイス(63)の前記第2のポートを前記第2の抵抗器(65)と接続する第5の伝送経路(66.5)と、
前記第2の量子デバイス(63)を前記第1の抵抗器(64)と接続する第6の伝送経路(66.6)と、を備える、電子干渉計(60)を備え、
電子波が、前記第3の伝送経路(66.3)、前記第4の伝送経路(66.4)、および前記第5の伝送経路(66.5)で位相シフトαを経験し、電子波が、前記第6の伝送経路(66.6)で位相シフトα+πを経験する、請求項12から26のいずれか一項に記載の使用。
【請求項35】
前記第3の伝送経路(66.3)が長さL1を有し、
前記第4の伝送経路(66.4)が長さL2を有し、
前記第5の伝送経路(66.5)が長さL3を有し、
前記第6の伝送経路(66.6)が長さL4を有し、
λが電子波長であり、
L1-L2=n、および
L4-L3=mであって、
nがλの整数倍、および
mがλの整数倍+λ/2である、請求項34に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、非可逆的伝送構造を備える量子デバイスに関する。開示の量子デバイスは、波動の非対称移送搬送に基づいた、伝送の非対称性を備える。本開示はまた、かかる量子デバイスを操作する方法、および多数の異なるデバイスにおける、かかる量子デバイスの1つまたは複数の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
背景技術を例証するため、以下の従来技術を参照する。
1. D.M.Pozar,Microwave Engineering,J.Wiley and Sons,4th ed.(2012)
2. N.Bahlmann,M.Lohmeyer,M.Wallenhorst,H.Dotsch,and P.Hertel,Optical and Quantum Electronics 30,323(1998)
3. R.J.Potton,Rep.Prog.Phys.67,717,(2004)
4. R.Fleury,D.L.Sounas,C.F.Sieck,M.R.Haberman,and A.Alu,Science 343,518(2014)
5. A.A.Mukhin,A.M.Kuzmenko,V.Yu Ivanov,A.G.Pimenov,A.M.Shuvaev,and V.E.Dziom,Physics-Uspekhi 58,993(2015)
6. A.C.Mahoney et al.,Phys.Rev.X 7,011007(2017)
7. J.Mannhart,J.Supercond.Novel.Magn.31,1649(2018)(2018)
8. E.I.Rashba,Sov.Phys.Solid State 2,1109(1960)
9. T.Chakraborty,A.Manaselyan,and M.Barseghyan,“Electronic Magnetic,and Optical Properties of Quantum Rings in Novel Systems”,in V.M.Fomin,“Physics of Quantum Rings”(Springer,2018)
10. Y.Aharonov and D.Bohm,Phys.Rev.B 115,485(1959)
11. M.Planck,Verhandlungen der Deutschen Physikalischen Gesellschaft 2,245(1900)
12. C.Elouard,D.Herrera-Marti,B.Huard,and A.Auffeves,Phys.Rev.Lett.118,260603(2017)
13. N.Cottet et al.,PNAS 114,7561(2017)
14. J.C.Maxwell,Theory of Heat,Longmans,Green,and Co.(1871)
15. Th.M.Nieuwenhuizen,A.E.Allahverdyan,Phys.Rev.E.036102(2002)
16. Z.Merali,Nature 551,20,(2017)
17. C.Cohen-Tannoudji,B.Diu,F.Laloe,Quantum Mechanics,Wiley,2005
18. L.E.Reichl,“A Modern Course in Statistical Physics”,E.Arnold,1980
19. V.Capek and D.P.Sheehan,“Challenges to the Second Law of Thermodynamics”,Springer 2005
20. Y.Imry,“Introduction to Mesoscopic Physics”,Oxford University Press(2002)
21. P.Lodahl et al.,Nature 541,473(2017)
【0003】
非可逆デバイス、即ち波動を一方の方向と他方の方向とでは異なるように通過させるデバイスは、レーダー技術[1]および光学[2]において広く使用されている。それらはまた、例えば、プラズモン、マグノン、エレクトロマグノン、および音波に基づいたデバイスとして、実現されている(例えば、[2~6]を参照)。ド・ブロイ波のための非可逆デバイスは、ラシュバ量子リング[8,9]または非対称のアハラノフ・ボームリング[10]を使用することによって、実現することができる[7]。粒子の波動関数の干渉に基づいて、これらのデバイスは、粒子を一方向で優先的に通過させる。
【発明の概要】
【0004】
本開示の第1の態様によれば、量子デバイスは非可逆的伝送構造を備え、伝送構造は、伝送構造を順方向に横断する第1の波動については、第1の波動の位相が少なくとも部分的に保存され、伝送構造を逆方向に横断する第2の波動については、第2の波動の位相がランダム位相に少なくとも部分的に置き換えられて、逆方向よりも順方向において位相保存がより明白であるように、設計される。
【0005】
本開示の第2の態様によれば、第1の態様による量子デバイスを操作する方法は、熱源から得られたエネルギーを有するか、またはkTオーダーのエネルギーE(kT/10<E<10kT、Tは環境の温度)を有する量子を含む第1の波動を、量子デバイスに供給することを含む。
【0006】
(参考例)本開示の第3の態様によれば、第1の態様による1つまたは複数の量子デバイスは、以下のデバイスのうちの1つまたは複数で使用される。
第1の波動が、熱源から得られたエネルギーを有するか、またはkTオーダーのエネルギーE(kT/10<E<10kT、Tは環境の温度)を有する量子を含む、デバイス、
コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、熱力学の第ゼロ法則、第2法則、または第3法則のうちの1つもしくは複数からの偏移を達成する、デバイス、
量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、熱力学の第ゼロ法則、第2法則、または第3法則のうちの1つもしくは複数からの偏移を達成する、デバイス、
コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、システム内での波動もしくは粒子のエネルギー分布の密度における不均質性を生成または増大する、デバイス、
コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、システムを熱平衡の状態外にシフトさせる、デバイス、
コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、1つの物体内または複数の物体間の温度差を生成する、デバイス、
干渉計を備えるデバイス、ならびに、
量子計算、量子データ伝送、または量子データ記憶のための、アナログもしくはデジタルシステムを備えるデバイス、
干渉計を備えるデバイス、
量子計算、量子データ伝送、量子データ記憶、加熱、冷却、物質搬送、エネルギー搬送、または発電を実施するデバイス。
【0007】
当業者であれば、以下の詳細な説明を読み、添付図面を考察することによって、更なる特徴および利点を認識する。
【0008】
添付図面は、実施例の更なる理解を提供するために含まれるものであり、本明細書に組み込まれ、その一部を構成する。図面は実施例を例証し、説明と併せて実施例の原理を説明する役割を果たす。他の実施例、および実施例の意図される利点の多くは、以下の詳細な説明を参照することによってより良く理解されるので、容易に認識されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1Aは、2つのハイブリッド結合器と、ハイブリッド結合器の間に接続された位相シフタと、それぞれ2つのポートに配設された2つの黒体放射体とを備える4ポートサーキュレータに基づいた、第1の態様による量子デバイスの第1の実施形態を示す概略ブロック図、
図1Bは、そのシンボル図である。
【
図2】
図2Aは、第1のポートから第2のポートまで延在する第1の伝送経路が示されている、
図1の量子デバイスを示す図、
図2Bは、第2のポートから第1のポートまで延在する第2の伝送経路が示されている、
図1の量子デバイスを示す図、
図2Cは、第2のポートから第3のポートまで延在する第3の伝送経路が示されている、
図1の量子デバイスを示す図である。
【
図3】第1の態様による量子デバイスの第2の実施形態を示す図であり、
図3Aは、物体Aから物体Bまで移動する波動の時系列を示す図であり、
図3Bは、物体Bから物体Aまで移動する波動の時系列を示す図であり、波動の位相の値が示され、2つの黒体CおよびDが、図示される時系列において、物体AおよびBの間の経路に挿入されている。
【
図4】
図4Aは、例示の目的で、2つのスリットが黒体放射体で埋まっている光学ダブルスリット干渉計の一例を示す図であり、
図4Bは、例示の目的で、2つのスリットが第1の態様による量子デバイスで埋まっている光学ダブルスリット干渉計の一例を示す図である。
【
図5】
図5Aは、コヒーレント光が量子デバイスに対して逆方向で干渉計に衝突する状況における、反射壁を備えるキャビティ内に配設されたダブルスリット干渉計を示す図、
図5Bは、コヒーレント光が量子デバイスに対して順方向で干渉計に衝突する状況における、反射壁を備えるキャビティ内に配設されたダブルスリット干渉計を示す図である。
【
図6】
図6Aは、市販の3ポート光サーキュレータを示す斜視図、
図6Bは、その概略機能図である。
【
図7】光ファイバーと、一方が光ファイバーに挿入された原子をコヒーレントに放射する、第1の態様による2つの量子デバイスと、1つの光回折パターンを受信するスクリーンとを備える、干渉計を示す概略図である。
【
図8】コヒーレントに放射する原子を含む光学光路と、コヒーレント光を回収する2つの高反射性ミラーと、半透明ミラーと、2つの黒体放射体とを備える、干渉計を示す概略図である。
【
図9】電子源と、2つの量子デバイスと、2つの抵抗器と、電子源を量子デバイスに、また量子デバイスを抵抗器に接続する伝送経路とを備える、電子干渉計の一例を示す概略図である。
【
図10】2レベルシステム(TLS)が、カイラル導波路の左に移動するチャネルおよび右に移動するチャネルに対して非対称に結合し、TLSが、導波路を移動する光子と非線形的に相互作用し、それらの位相を異なる強度で破壊し、したがってTLSと導波路との間の結合が、2つの異なる結合パラメータg1およびg2によって指定される、更なる実施例の原理を説明し、
図10(a)は、原理のデバイス実装を示し、
図10(b)は、導波路がリング状に閉じられ、黒体として作用するキャビティAおよびBに結合されていることを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下の説明において、「結合される」および「接続される」という用語、ならびに派生語が使用されることがある。これらの用語は、2つの要素が直接物理的もしくは電気的に接触しているか否かにかかわらず、それらの要素が互いに協働または相互作用すること、またはそれらが直接もしくは物理的もしくは電気的に接触しておらず、つまりそれら2つの要素の間に1つもしくは複数の中間要素があり得ることを示すのに使用されてもよいことが理解されるべきである。
【0011】
以下、「吸収器」、「放射器」、または「吸収器/放射器」という用語が使用されることがある。これらの用語は、任意の種類の波動、粒子、および準粒子、ならびに任意の種類の放射を吸収または放射してもよい、任意の種類の要素として理解されることが、理解されるべきである。これらの用語は、特に、黒体放射体(次のパラグラフを参照)を指すが、例えば、電子を吸収または放射してもよい抵抗器も指す。
【0012】
以下、「黒体」および「黒体放射体」という用語、ならびに派生語が使用されることがある。この用語は、広義での物体を指すのに使用され、熱放射を放射または吸収することができる、固体、液体、ガス、またはプラズマも含むことが理解されるべきである。物体は100%黒色でなくてもよく(そのような物体は一切存在しない)、小さい開口を有する中空体から成る教科書通りの黒体放射体として設計されなくてもよい。
【0013】
「波動」という用語は、量子物体と関連付けられる任意の波動、例えば、光子の波動または粒子もしくは準粒子のド・ブロイ波を説明するのに使用される。考慮される波は、量子力学的に説明されなければならない基本的相互作用プロセスにおいて作成/修正され、[20]で詳述されるような条件下で量子力学的崩壊を経験することがある。その他、「波動」という用語は、波束、例えばガウス包絡線関数を有する波束も含む。
【0014】
「崩壊」という用語は、量子力学的状態を少なくとも部分的に位相破壊するデコヒーレンスを引き起こす任意のプロセスを説明するのに使用される。
【0015】
本開示に記載する非可逆デバイスは、これらがデバイスを通過する方向に応じて、物体の位相保存の対称性を破壊する。物体は、電子などの粒子、または光子などの波動であってもよい。物体の平均エネルギーおよび運動量を保存して、これらのデバイスは、順方向では、透明な窓または更には開いた窓のように作用してもよく、逆方向では、インコヒーレントな出力を有する黒体放射体を、またはより一般的な吸収器/放射器を模してもよい。
【0016】
以下、量子デバイスについて記載し特許請求するにあたって、「量子デバイス」という用語は、広義かつ広範囲に理解されるべきであることに注目すべきである。本明細書で明らかにされるデバイスの機能に関して、かかるデバイスは、基本的に、物質または電磁波に対する、例えば、任意の種類の光子、粒子波、準粒子波に対する非可逆フィルタとして作用する。その構造に関して、例えば、電線または送電線が、集積回路技術を含む様々な技術的方法によって作製される、人工または人造構造として理解することができる。しかしながら、例えば、分子、分子化合物、側基を有するベンゼン環のような分子環などのような、化学成分から成るかまたはそれらを含むものとして、理解することもできる。更に、例えば、デバイスを機能させる結晶構造を有する、固体化合物、またはかかる結晶構造で作製されるかもしくはそれらから作製される構造を指すことができる。
【0017】
一般に、温度T>0Kを有する熱浴以外に、粒子をデバイスに入れる外力は必要ない。したがって、以下に図示し記載する量子デバイスの例では、デバイスは、光子もしくは電子のような粒子のみが励起されるか、またはそれらのみが熱励起によって移動しているという事実によって機能する。
【0018】
更に、「伝送経路」という用語は、具体的物体であることができるが、必ずしも具体的物体として理解されなくてもよい。一部のデバイスでは、具体的物体、例えば一本のワイヤまたは導波路は、1つの伝送経路を備えてもよい。他の一部のデバイスでは、かかる具体的物体は、2つの伝送経路、つまり粒子が具体的物体を通って伝搬する2つの対向する方向を備えてもよい。他の一部のデバイスでは、用語は、特定の材料から作製される、有形または具体的物体として理解されるべきではない。それよりもむしろ、空間内の粒子または波動の仮想経路として理解されるべきであり、更には、例えばガス雰囲気中に配置されてもよい。
【0019】
以下で使用するとき、1つのスリットなど、1つの開口部は、複数の伝送経路を備えてもよいことが注目される。これは、1つのスリットの光回折を考慮することによって理解される。ここで、異なる位置または角度でスリットを通過する多数の伝送経路と関連付けられる位相差は、特徴的な単一スリットの回折パターンをもたらす。
【0020】
更に、「スリット」および「ダブルスリット」という用語は、複数の幾何学形状およびシステムを指してもよいことが注目される。スリットの開口部は、例えば、完全に開いておらず透明でなくてもよい。また、1つもしくは2つを超えるスリットが使用されてもよく、それらはまた、例えば、ゾーンプレート、メタマテリアル、または光学結晶として一般に説明される装置として構成されてもよい。
【0021】
同様に、「原子」という用語は、単一の原子または分子を指してもよいが、スーパーラジアンスの有無にかかわらず、単一の原子の挙動によって特徴付けられる、特徴的な挙動を有する複数の原子、分子、または粒子も指してもよい。この用語はまた、原子のような方式で波動を吸収し放射することができる、固体の欠陥、例えば色中心を含む。
【0022】
また、「ランダム」という用語は、完全にランダムな性質のプロセスについて説明する以外にも使用される。この用語はまた、例えば、そのような位相を有する波動間の干渉イベントが著しく圧迫されるほど不規則である、位相の分布を説明するのに使用される。
【0023】
更に、「位相コヒーレント」という用語は、非弾性で位相を破壊する散乱がデバイス内に起こっていないことを必ずしも示唆するものではない。実際、[11]に示されるように、例えばフォノンによる、一部の非弾性散乱は、波動の散乱に影響されていない部分の位相コヒーレンスと適合性があり、デバイス操作に有益であるか、または場合によっては必要なことがある。したがって、「位相コヒーレント」という用語は、デバイス内における粒子の伝送の非弾性で位相を破壊する散乱が存在しないことを含むか、または、位相を破壊する散乱イベントに影響されていない位相を有する波動の部分が残っている場合、かかるイベントが存在することも含むものと理解されるべきである。
【0024】
更に、1つもしくは複数の量子デバイス、または1つもしくは複数の量子デバイスの使用と関連して言及される、任意の特徴、注釈、またはコメントは、量子デバイスを機能させる、または任意の種類のより大きいデバイスもしくはシステムにおいて量子デバイスを実現し、かかるより大きいデバイスもしくはシステムが所望の機能を満たすように量子デバイスを駆動する、それぞれの方法の特徴または方法ステップも開示しているものと理解されるべきである。
【0025】
図1は、
図1Aおよび1Bを含み、
図1Aに、第1の実施形態による量子デバイスの概略ブロック図を示している。
図1Aの量子デバイス10は、第1のポート1と第2のポート2との間に接続されてもよい、非可逆的伝送構造を備える。伝送構造は、伝送構造を第1のポート1から第2のポート2へと順方向に横断する第1の波動については、第1の波動の位相が保存され、伝送構造を第2のポート2から第1のポート1へと逆方向に横断する第2の波動については、第2の波動の位相が、温度Tを有する黒体8によって生成されるランダム位相に置き換えられるように、設計される。
【0026】
図1Aに示されるような例によれば、伝送構造は、第1のハイブリッド結合器5と、第2のハイブリッド結合器6と、位相シフタ7とを備え、2つのハイブリッド結合器5および6は相互接続され、位相シフタ7は2つのハイブリッド結合器5および6の間に接続される。
図1Aに示されるような例によれば、量子デバイス10は、第1および第2のポート1および2と、第3のポート3と、第4のポート4とを備える、4ポートサーキュレータを備える。第3および第4のポート3および4のそれぞれ1つに、吸収器/放射器8および9を配設することができる。かかる吸収器/放射器は、例えば可視スペクトルもしくは赤外スペクトルの電磁波を使用する光学デバイスの場合、黒体放射体で構成することができ、または、例えばマイクロ波領域の電磁波を使用するマイクロ波デバイスの場合、抵抗器で構成することができる。
【0027】
ハイブリッド結合器5および6の主な機能は、例えば、[1]のページ322ffに記載されている。信号が上側または下側伝送経路のうちの1つのハイブリッド結合器に入ると、それぞれの他方の伝送経路に切り替わるときにπ/2の位相シフトを受信する。その伝送経路内で水平に留まっている場合は、位相シフトを受信しない。矢印の方向で位相シフタ7を通過する信号は、πの位相シフトを経験し、逆方向で位相シフタ7を通過する場合、位相シフトを経験しない。
【0028】
それに応じて、伝送構造を通る信号経路について、以下の
図2A~2Cで説明する。
【0029】
図2Aは、第1のポート1から第2のポート2に至る2つの伝送経路が示されている、
図1の量子デバイス10を示している。これらの伝送経路のうち文字Aで示された第1のものは、第1のハイブリッド結合器5および位相シフタ7を水平方向に通過するときは位相シフトがないが、第2のハイブリッド結合器6を通過するときはπ/2の位相シフトがあるので、合計π/2の位相シフトを経験する。これらの伝送経路のうち第2のものは、文字Bで示され、やはり合計π/2の位相シフトを経験する。この位相シフトは、第1のハイブリッド結合器5の通過が信号にπ/2の位相シフトを課すことによるものであり、第2のハイブリッド結合器6を通過するときには位相シフトはない。結果として、両方の伝送経路AおよびBがπ/2の位相シフトを経験するので、それぞれの波動は、第2のハイブリッド結合器6で互いに合流するときに建設的に干渉し、次にポート2で第2のハイブリッド結合器6から出る。
【0030】
図2Bは、第1のポート1から第2のポート2に至る2つの伝送経路が示されている、
図1の量子デバイス10を示している。これらの伝送経路のうち文字Cで示された第1のものは、第2のハイブリッド結合器6を通過するときは第1の位相シフトπ/2があり、位相シフタ7を通過するときは第2の位相シフトπがあり、第1のハイブリッド結合器5を水平方向に通過するときは位相シフトがないので、合計3×π/2の位相シフトを経験する。これらの伝送経路のうち文字Dで示された第2のものは、第2のハイブリッド結合器6を水平方向に通過するときは位相シフトがなく、第1のハイブリッド結合器5を通過するときはπ/2の位相シフトがあるので、合計π/2の位相シフトを経験する。
【0031】
第1の伝送経路Cは3×π/2の位相シフトを経験し、第2の伝送経路Dはπ/2の位相シフトを経験するので、2つの伝送経路CおよびDは、第1のハイブリッド結合器5において互いに合流するときに位相差πを有することになり、つまりそれらは破壊的に干渉するので、第1のポート1でデバイス10から出る信号はゼロになる。
【0032】
図2Cは、第2のポート2から第3のポート3に至る2つの伝送経路が示されている、
図1の量子デバイス10を示している。これらの伝送経路のうち文字Eで示された第1のものは、第2のハイブリッド結合器6を通過するときは第1の位相シフトπ/2があり、位相シフタ7を通過するときは第2の位相シフトπがあり、第1のハイブリッド結合器5を通過するときは第3の位相シフトπ/2があるので、合計2πの位相シフトを経験する。これらの伝送経路のうち第2のものは文字Fで示されている。この経路は、第2のハイブリッド結合器6を水平方向に通過するときは位相シフトがなく、第1のハイブリッド結合器5を通過するときも位相シフトがないので、合計0の位相シフトを経験する。
【0033】
伝送経路Eは位相シフト2πを経験し、伝送経路Fは位相シフト0を経験するので、2つの伝送経路EおよびFは、第1のハイブリッド結合器5において互いに合流するときに位相差2πを有することになり、つまりそれらは建設的に干渉し、次に第3のポート3でデバイス10から出る。
【0034】
図2Cに示されるような同じ状況が、第3のポート3で量子デバイス10に入る波動に起こり、第4のポート4に伝播し、つまり、第3のポート3と第4のポート4との間の2つの伝送経路を移動するそれぞれの部分波動が、第2のハイブリッド結合器6において互いに合流するときに建設的に干渉し、次に第4のポート4でデバイス10から出ることになることが、追加されるべきである。
【0035】
したがって、第1のポート1で量子デバイス10に供給される波動は、歪みなしで第2のポート2に伝送され、第2のポートで量子デバイス10に供給される波動は、第3のポート3に配設された黒体放射体8によって吸収されることになる。吸収は、波動関数の量子力学的な崩壊を誘発する[17]。吸収された波動を巨視的な浴(macroscopic bath)に散逸結合することによってデコヒーレンスが誘発され、それによって量子力学的測定プロセスと同等なので、この崩壊は、波動の位相に関する情報の損失を引き起こす[17]。統計的平均では、黒体放射体8および9は第2の波動を生成し、第2の波動は次に量子デバイス10を通り、第1のポート1でデバイスを出る。これは熱力学の第2法則と一致する。したがって、第1のポート1から第2のポートへと移動する波動の位相は、そのユニタリー発展内で保存されるが、第1のポートで量子デバイス10を出る波動の位相は、第2のポート2で入る波動の位相との相関が低いか、または相関しない。更に、伝達プロセスのエネルギーバランスは非可逆的挙動によって特徴付けられる。伝送経路を第1のポート1から第2のポート2へと移動する波動のエネルギーは厳密に保存され、第2のポート2から第1のポート1への逆伝送経路における波動のエネルギーは、統計的平均でのみ保存される。
【0036】
この点において、量子デバイスは
図1に示されるのとは別の構造を有しうることが言及されるべきである。特に、ハイブリッド結合器5および6は、異なる性質のものであることができるか、または後述するように存在しないことがある。また、ポート3および4は必ずしも物理的に提供されなくてもよい。
【0037】
一般に、量子デバイスは、
図1の量子デバイスと比較して全く異なる原理に従って機能するように構成することができることが言及されるべきである。
図1の量子デバイスは静的デバイスとして構築され、そのため、本質的に非対称の挙動を備える。しかしながら、可動要素を備え、それらの要素の特別に制御された移動によって非対称の挙動が達成されるように、量子デバイスを構築することも可能である。更に、本質的な非対称性を備えていないが、特定のセットアップまたは構造に埋め込まれているという事実によって非対称の挙動を示す、量子デバイスを提供することが可能である。上述の例については、以下に更に図示し説明する。
【0038】
第1の態様による量子デバイスの1つの更なる例について、以下の
図3で図示し説明する。また、更に以下に示すように、第1の態様による量子デバイスの単純な形態は、光子または電子の非弾性散乱中心を本質的に備える、伝送構造を含んでもよい。また、光子の場合は低損失光学スイッチ、または電子の場合は低損失電子スイッチによって、実現することが可能である。
【0039】
図3は、
図3Aおよび3Bを含み、第1の態様による量子デバイスの第2の実施形態を示している。
図3の量子デバイス15は、第1の物体11と、第2の物体12と、第1の黒体13と、第2の黒体14とを備える。
【0040】
図3Aは、4つの異なる時間ステップ1~4における、第1の物体11から第2の物体12への波動の通過を示している。
図3Bは、第2の物体12から第1の物体11への波動の移行を示している。第1および第2の物体11および12は、
図1の実施形態のポート1および2のようなポートであることもできる。波動の位相はφ
n(n=0,1,2)によって表される。第1および第2の黒体13および14は、波動の経路に出し入れすることができる。それらは例えば、適切に形作られた回転ディスクによって形成されてもよい。
【0041】
図3が示すように、黒体13および14を正しい時系列で適切に移動させることによって、波動は、不変のままであるその一定の位相φ
0によって示されるように、第1の物体11から第2の物体12へと妨げられずに通ってもよい。しかしながら、第2の物体12から第1の物体11へと逆方向に移動する波動は、第1および第2の黒体13および14の少なくとも1つによって吸収され統計的に再放射されることになる。結果として波動関数が崩壊することにより、波動の初期位相の情報が失われる。
図3Bに示される例では、位相φ
nを有する波動は第2の黒体14によって吸収され、第2の黒体がランダム位相φ
1の波動を再放射する。次に、この波動は第1の黒体13によって吸収され、第1の黒体がランダム位相φ
2の波動を再放射する。この実施形態は、黒体放射体の周波数スペクトル全体に同時に作用してもよいことが指摘される。
【0042】
第1の態様による量子デバイスの第3の実施形態は、物体を備える伝送構造を備え、物体は確率pで非弾性散乱を引き起こし、したがって光波の位相情報の損失を引き起こす。この実施形態は、
図4、5、7、および8に関連して更に詳細に記載される。
【0043】
本開示の第2の態様によれば、第1の態様による量子デバイスを操作する方法は、第1の波動を量子デバイスに供給することを含み、第1の波動は、熱源から得られたエネルギーを有するか、またはkTオーダーのエネルギーE(kT/10<E<10kT、Tは環境の温度)を有する量子を含む。
【0044】
第1の態様による量子デバイスを操作する方法は、別の方法としてまたは加えて、第1の波動源を提供することを含み、第1の波動源が環境と熱平衡の状態で保持されるものと定義することができる。環境は、室温下の部屋のような自然環境、または自然の場所であることができる。また、デバイスを含むキャビティなど、または例えば水槽もしくは高温のオーブンによって提供される熱浴など、人工環境であることができる。
【0045】
第1の態様による量子デバイスを操作する方法は、別の方法としてまたは加えて、第1の波動源を提供することを含み、第1の波動源が動的に刺激されない、特に、波動源が動的に加熱もしくは冷却されることが可能であるように、非熱エネルギーによって動的に刺激されないものと定義することができる。
【0046】
以下、第1の態様による量子デバイスの可能な適用例について、
図4~9に関して図示し記載する。
【0047】
図4は、
図4Aおよび4Bを含み、非対称位相伝送を使用して非対称干渉を作り出す可能性に関する。
【0048】
図4Aは、単に例証目的のものであり、干渉計プレート21と、プレート21内に横並びの関係で形成された2つのスリット21.1および21.2とを備える、干渉計20を示している。2つのスリット21.1および21.2はそれぞれ、黒体放射体22.1および22.2で埋まっている。図には更に、コヒーレント光がプレート21の2つの側面のどちらか一方から干渉計20に衝突したときに何が起こるかが示されている。2つの黒体放射体22.1および22.2は、入射コヒーレント波の位相を破壊し、別の波動を他方の側にランダムに放射し、ランダムに放射される波動はランダムな新しい位相を有する。結果として、黒体放射体22.1および22.2は、一般的に、ランベルトの放射の法則によって説明されるような角度依存性に従う、バブル様の放射線錐によって示されるように、インコヒーレント光をプレート21のそれぞれの側に放射する。
【0049】
他方で、
図4Bは、第1の態様による量子デバイスの可能な使用の例を示している。干渉計30は、干渉計プレート31と、干渉計プレート31内に横並びの関係で形成された2つのスリット31.1および31.2とを備える。量子デバイス32.1および32.2はそれぞれ、スリット31.1および31.2に挿入される。2つの量子デバイス32.1および32.2は両方とも同一の配向を有し、更に、
図1に示される量子デバイス10のような配向を有するものと仮定される。
【0050】
図6は、
図6Aおよび6Bを含み、量子デバイスをスリット31.1および31.2にどのように挿入することができるかを示すために、従来の市販の3ポート光サーキュレータを示している。
【0051】
図6Aで分かるように、光サーキュレータは、第1および第3のポート1および3を左下端に、第2のポートを右上端に備える、光ファイバー素子の形態を含む。
図6Bの描画は、デバイスを出入りする光波の可能な経路を示している。ポートの名称は
図1の実施形態に対応しており、即ち、左側からデバイスに入射する光は、ポート1でデバイスに結合されなければならず、次にポート2でコヒーレントにデバイスから出て、右側からデバイスに入射する光は、ポート2でデバイスに結合され、次に内部でポート3に誘導される。ポート3には外部のファイバーは接続されない。代わりに、ポート3には、デバイスの左側出力に黒体放射体が提供される。更に、
図1の実施形態で提供されたようなポート4は不要である。2つのかかるサーキュレータが提供され、それぞれ干渉計の2つのスリットのうちの1つに挿入される。ポート2のファイバー端は、好ましくは、ダブルスリットとして適切に働くように、平行に配向されなければならない。
【0052】
量子デバイス32.1および32.2は、
図1または
図3に示された実施形態の1つに従って実現することができる。上述したように、量子デバイス31.1および31.2はまた、例えば、ガスもしくは光不透明性の固体または散乱体の塊のような、非弾性散乱体によって実現することができる。
【0053】
図4Bには更に、コヒーレント光が干渉計プレート31のどちらかの側面から干渉計30に衝突したときに何が起こるかが示されている。コヒーレント光が右側から干渉計プレート31に衝突すると、即ち、コヒーレント波が量子デバイス32.1および32.2を逆方向に通過し、したがってそれらを純粋な黒体放射体として実現する。結果として、コヒーレント波は量子デバイス32.1および32.2の黒体放射体に吸収され、ランダム位相のインコヒーレント光が、量子デバイス32.1および32.2のどちらか一方から放射され、バブル様の放射線錐によって示されるように、2つのスリット31.1および31.2から干渉計プレート31の左側に発する。他方で、コヒーレント光が左側から干渉計プレート31に衝突する場合、コヒーレント波は、量子デバイス32.1および32.2を順方向に通過するので、コヒーレント波の位相は保存される。結果として、右側に放射されるコヒーレント波は建設的に干渉し、図面に示されるような、一般的なダブルスリット回折パターンに至る。
【0054】
(参考例)図5は、
図5Aおよび5Bを含み、有用なデバイスに結び付き得る
図4Bの干渉計30の発展例を示している。
【0055】
(参考例)基本的に、干渉計30は、壁33Aを備えるキャビティ33内に配置される。干渉計30は、干渉計プレート31が一方のキャビティ壁から対向するキャビティ壁まで延在し、したがってキャビティ33の内部を、干渉計プレート31によって互いから分離された2つの半分の空間に分割するような形で、キャビティ33に挿入される。キャビティ33の左半分の壁33Aはミラーを備えるが、右半分の壁33Aは黒色である。壁33Aは外部浴と熱平衡の状態にある。左側から来る放射は、例えば、黒体放射体として作用する炭素粒または原子の塊のような、粒子34によって生成される。キャビティ33の左側における黒体放射の波面が、ある程度の位相相関を有してダブルスリット31.1および31.2に衝突する場合、キャビティ33の右半分にダブルスリット回折パターンが作成される(
図5Bを参照)。キャビティ内における熱放射の位相コヒーレンス長は、プランクのスペクトル放射密度によっていかなる形でも定義されないことが注目されるべきである[11]。右側から来る放射は、本質的に、右半分の壁33Aから来る黒体放射で構成され、量子デバイス32.1および32.2を逆方向に通過して、左半分のバブル様の錐体によって示されるようなインコヒーレント光に至る(
図5Aを参照)。したがって、キャビティ33の2つの半分における放射の空間密度は異なる。右半分の干渉特性は不均質であり、場合によっては、一方の試験体35が回折パターンの干渉最大の位置に、他方の試験体35が干渉最小の位置に配置された、キャビティ33の異なる位置に配置された試験体35の温度差を引き起こす。試験体35によって感知されるこの温度差は、例えば熱電対デバイスを使用することによって、有用な電力に変換されてもよい。例えば、黒体または原子を固着させることができる熱浴の温度もしくは幾何学形状を変えることによって、あるいは放射を吸収し再放射する原子の数を変更することによって、出力電力を最適化できることは明白である。
【0056】
(参考例)この挙動は、熱力学の第ゼロ法則および第2法則が今日一般に理解され教科書[18]に提示されている形によれば、これらの法則とは一致しないことが注目される。例えば、著名な物理学者であるエンリコ・フェルミのような一部の専門家によって、かかる不一致は予想されていた[E.Fermi,“Thermodynamics”,Dover Publications,1956]。[15]において、量子物理学と熱力学の第2法則との何らかの不一致を示すことが主張されてきた、仮想システムが考察されている。しかしながら、これらの著者によって示されているように、極低温でのみ現れる量子力学的にもつれた状態はデコヒーレントプロセスによって破壊されるので、不一致はこれらの状態に限定される。更に、もつれは多粒子タイプのものでなければならない。これらの要件により、提案されるシステムは実際の実現例に対して非現実的になる。対照的に、本開示の提案は、もつれではなく単一粒子コヒーレンスに依存するものである。指向性デコヒーレンス(指向性位相破壊)は、任意温度で起こることがある第2法則を侵害する、記載の効果を生み出すのに必要ですらある。
【0057】
(参考例)実際に、当時はまだ仮想だったデバイスがもたらすであろう、熱力学の第2法則を侵害する利点が、何十年にもわたって思い描かれてきた[19]。
【0058】
(参考例)それでもなお、専門家および素人に知られているように、例えば[16]および[19]を参照すると、第二種永久機関として一般に知られる、熱力学の第2法則を破る実際的なデバイスは思索されているだけであった。現在の考察は、[16]に概説されているように、絶対零度に近い温度で起こる量子効果、特に量子もつれを使用するデバイスに焦点が当てられている。実際的なデバイスがどのように働くかに関する着想が欠落していたため、これらの研究が思索から機能を果たすデバイスへと移行することは決してなかった。実際に、科学界のほとんどの人々は、かかるデバイスは原則的に決して構築できないであろうと確信している。
【0059】
図7は、第1の態様による量子デバイスの可能な適用例の更なる一例を示している。
【0060】
図7は、光干渉計の更なる実施形態を示している。
図7の干渉計40は、キャビティ43に組み込まれた光ファイバー41を備え、キャビティの壁43Aは外部浴と熱平衡状態にある。光ファイバー41の長さの中間には、粒子様のもの、例えば原子42が埋め込まれ、それが励起されると単一光子を放射し、各光子はファイバーの両方向にコヒーレントに伝播する。原子42は熱浴に固着される。第1および第2の量子デバイス45および46は、第1の態様に従って提供され、原子42から放射される放射の両放射方向において、順方向が下方に方向付けられ、逆方向が上方に方向付けられて、一方の量子デバイス45または46が配置されるようにして、光ファイバー41に組み込まれる。2つの量子デバイス45、46は同一であり得る。光ファイバー41の下方に、光ファイバー41の第1および第2の出力端41.1および41.2によって出力される放射を受け入れる、スクリーン44が設けられる。
【0061】
白色および黒色の矢印によって示されるように、原子42によって放射され、量子デバイス45、46を通過し、2つの端部41.1および41.2で光ファイバー41から出る放射線が存在し(白色の矢印)、スクリーン44から発する放射線は、光ファイバー41内に結合されて、そこで量子デバイス45、46に衝突し、次に黒体放射を放射して、それが原子42に衝突する(黒色の矢印)。
【0062】
理想的な場合、2つの波動が原子42によって両方向に放射され、妨げられずに2つの量子デバイス45、46を通過するので、それらは互いにゼロ位相差でコヒーレントなままである。2つの波面が、少なくともある程度位相相関を有したまま、光ファイバー41の2つの端部41.1および41.2から出る場合、ダブルスリット回折パターンがスクリーン44上に作成される。逆方向では、スクリーン44および回折パターンが、2つのファイバー端41.1および41.2を用いて光ファイバー41内に結合される、コヒーレント光波を生成する。より具体的には、スクリーン44上における回折パターンの干渉極大は、光ファイバー41内にゼロ位相差のコヒーレント部分波を生成し、スクリーン44上における回折パターンの干渉極小は、光ファイバー41内に位相差πのコヒーレント部分波を生成する。2つのコヒーレント部分波は量子デバイス45、46に衝突し、それらの波動関数は内部で崩壊する。結果として、ランダム位相を有する波動が量子デバイス45、46によって生成され、原子42に衝突し、それらによって吸収される。次に、原子42は、左右に発するとともにゼロの相対位相差を有する、コヒーレント部分波を生成することによって再始動する。
【0063】
回折ピークの内外にそれぞれ位置付けられた試験体(図示せず)の吸収は、異なる量の入ってくる放射線を受け取るので、したがって、それぞれ内部熱平衡状態にあり、最初にキャビティの壁と熱平衡状態にあるこれらの試験体の温度は異なり始める。やはり、この温度差は、例えば熱電対デバイスを使用することによって、有用な電力に変換されてもよい。デバイスは明らかに、熱浴の熱エネルギーをエネルギー源として使用して、物体を加熱または冷却するのに使用されてもよい。
【0064】
量子デバイス45および46は、
図1または
図3に示された実施形態の1つに従って実現することができる。上述したように、量子デバイス45および46はまた、非弾性散乱体によって実現することができる。
【0065】
図8は、第1の態様による量子デバイスの可能な適用例の更なる一例を示している。
【0066】
図8は、干渉計の別の形態を示している。
図8の干渉計50は、例えば原子52のようなコヒーレントに放射する粒子を収容する開放端を有するミラー付きキャビティ51と、第1および第2の高反射性ミラー53および54と、2つの量子デバイス55および56と、半透明ミラー57と、第1および第2の黒体放射体58および59とを備える。原子52は熱浴に固着される。2つの量子デバイス55および56は、第1の態様による量子デバイスとして構成され、同一であることができる。矢印は、位相コヒーレンスが維持されるそれらそれぞれの順方向を示している。
【0067】
ミラー付きキャビティ51は、2つの光線がそれぞれミラー付きキャビティ51を2つの対向する方向で通り抜けるための2つの対向する開口部を備える。第1および第2の高反射性ミラー53および54は、2つの光線をそれぞれ2つの光路へと偏向し、それら2つの光路は、理想的には妨げられずに量子デバイス55および56を通過した後、半透明ミラー57で、即ち非対称ビームスプリッタで互いに接合する。半透明ミラー57の金属コーティングを左側に配向することによって、2つの量子デバイス55および56から来る光線が位相差なしに、第1の黒体放射体58のみに偏向されるように、セットアップが構成される。
【0068】
逆方向では、黒体放射体58および59がインコヒーレントな黒体放射線を生成し、それが半透明ミラー57に衝突する。半透明ミラー57は、黒体放射体58および59から受け取った波動をそれぞれの部分波に分割する。これらの部分波は、互いにペア単位でコヒーレントであり、それにより、黒体放射体58から放射された波動から生成された部分波は、位相差0を有し、黒体放射体59から放射された波動から生成された部分波は、位相差πを有する。量子デバイス55および56は、部分波の位相コヒーレンスを破壊し、特に、黒体放射体59の放射によってもたらされる部分波間の位相差πを消去する。量子デバイス55および56は波動関数の崩壊をもたらし、つまり、量子力学により、到達する波動は量子デバイス55または量子デバイス56のどちらかを通過する。結果として、波動は、右側または左側のどちらかから原子52に衝突する。波動が原子52によって吸収されない場合、ビームスプリッタ57に衝突し、統計的平均上で等しい比率で、両方の黒体放射体58および59に偏向される。
【0069】
第1および第2の黒体放射体58および59は、最初は等しい温度であり、等しい量の放射出力を放射するが、異なる出力の放射線を受信する。結果として、第1および第2の黒体放射体58および59の間に温度差が生成され、それを使用して、例えば電力を生成することができる。
【0070】
更に、上述の量子デバイスおよびそれらの適用例は、T>0Kである熱浴に対する何らかの結合を要することに言及すべきである。単純な例では、熱浴は、黒体58および59、ならびに量子デバイス55および56の黒体によって与えられてもよい。かかる熱浴の媒質は、固体、液体、またはガス状であることができる。デバイスは、1つまたは複数の熱浴からエネルギーを抽出し、熱エネルギーを、例えば1つまたは複数の他の熱浴に伝達してもよい。
【0071】
また、上述のデバイスは、それらの出力を向上するように並列で動作するように実現できることが明白である。同様に、デバイスは直列で操作されてもよい。例えば、このデバイスによって冷却される第1のデバイスの黒体A1に対して、第2のデバイスの黒体A2が物体A1よりも低温まで冷却されるように、第2のデバイスが熱的に接続されてもよい。
【0072】
量子デバイス55および56は、
図1、
図3、または
図10に示されるような実施形態の1つに従って実現することができる。上述したように、量子デバイス55および56は、それぞれ確率pで散乱する、非弾性散乱体によって実現することもできる。記載した方法でセットアップされた場合、デバイス動作は達成されるが、物体59から原子52へと移動し、物体59に戻るコヒーレント波の位相情報(これらの波動は物体59を加熱し、したがってデバイス動作には有害であるが)は、因数(1-p)×(1-p)の分だけ低減され、一方、原子52によって生成され物体58へと移動するコヒーレント波は、因数pだけ低減される。また、この実施形態は、黒体放射体の周波数スペクトル全体に同時に作用してもよい。
【0073】
図9は、電子干渉計における量子デバイスの使用の一例を示している。
図9の電子干渉計60は、電子源61と、第1の量子デバイス62および第2の量子デバイス63と、第1の抵抗器64および第2の抵抗器65とを備え、第1および第2の抵抗器64および65は両方ともアースに接続される。干渉計60は更に、電子源61を第1の量子デバイス62の第1のポートと接続する第1の伝送経路66.1と、電子源61を第2の量子デバイス63の第1のポートと接続する第2の伝送経路66.2と、第1の量子デバイス62の第2のポートを第1の抵抗器64と接続する第3の伝送経路66.3と、第2の量子デバイス63の第2のポートを第1の抵抗器64と接続する第4の伝送経路66.4と、第2の量子デバイス63の第2のポートを第2の抵抗器65と接続する第5の伝送経路66.5と、第1の量子デバイス62の第2のポートを第2の抵抗器65と接続する第6の伝送経路66.6とを備える。
【0074】
第1および第2の抵抗器64および65は、電子吸収器および放射器として機能する。電子を効率的に吸収するため、それらは50オームの抵抗を有してもよい。電子の生成は、例えば熱雑音、即ち、平衡状態にある電気導体内部における電荷担体の熱じょう乱による、ジョンソン・ナイキスト雑音を介して起こる。
【0075】
干渉計60は、電子波が、第3、第4、および第5の伝送経路66.3、66.4、および66.5で位相シフトαを経験し、また電子波が、第6の伝送経路66.6で位相シフトα+πを経験するような形で構成される。
【0076】
上述の位相シフトは、伝送経路を以下の長さで設計することによって達成することができる。
第3の伝送経路66.3は長さL1を有し、
第4の伝送経路66.4は長さL2を有し、
第5の伝送経路66.5は長さL3を有し、
第6の伝送経路66.6は長さL4を有し、
λが電子波長である場合、
L1-L2=n、および
L4-L3=mであって、
nはλの整数倍、および
mはλの整数倍+λ/2である。
【0077】
電子源61は、
図7の実施形態の原子42に、または
図8の実施形態の原子52に対応する。例えば、電子を吸収し電子を放射することができる、原子であることもできる。また、やはり電子を吸収または放射することができる、結晶欠陥であることができる。電子の放射の場合、第1および第2の伝送経路66.1および66.2で伝播する、2つの部分電子波が放射される。
【0078】
量子デバイス62および63は、同一であることができ、例えば、結晶欠陥または結晶内に結合されたフォノンとしての、非弾性散乱中心として構成されてもよい。また、例えばFETのような、低損失電子スイッチとして構成することができる。
【0079】
伝送経路66.1~66.6は、
図8の実施形態のビームスプリッタ57に対応する。
【0080】
図10は、フォトニックシステムにおける本開示による量子デバイスの使用の実現例を示している。フォトニックシステム70は、2レベルシステム(TLS)71と、2つの黒体放射体72および73と、カイラル導波路74との集合体を備える。2レベルシステム71は、波動の伝播方向に応じて2つの異なる結合強度g1およびg2を有するカイラル導波路74に結合される。比較対象の結合が、例えば[21]に記載されている。かかるシステムでは、2レベルシステム(TLS)71は、光子の移動方向に応じて決まる、導波路74の光子モードの位相破壊を誘発した。この非可逆的位相破壊は、最終的に、2つの黒体キャビティ72および73における光子の非同一の集団を誘発する。結果として、温度差が黒体キャビティ72および73の間に発達する。やはり、この温度差は、例えば熱電対デバイスを使用することによって、有用な電力に変換されてもよい。
【0081】
本開示に記載するような量子デバイスは、情報を好ましくは順方向で渡し、情報のフローを逆方向では妨げることが注目される。この重要な機能的挙動は、従来のシステムまたは量子システムに基づいて、データ伝送および記憶において明白な用途を有する。例えば、量子システムのユーザはデータを量子メモリに書き込むが、このメモリに記憶されたデータを検索することはできない、またはその逆という可能性を提示する。
【0082】
本発明の更に重要な態様は、量子崩壊によって駆動されるプロセスに対して簡単な制御を確立できることである。プロセスは、例えば、伝送経路の一部を遮断することによって、あるいは光学部品の1つもしくは複数を移動または転回することによって、制御することができる。したがって、システムは、プロセス制御のための入力端末を装備していてもよい。
【0083】
本開示はまた、以下の更なる態様に関する。これらの態様は、それぞれのデバイスが以下に概説するような特定の機能を満たすように、第1の態様による量子デバイスを実現することができる、デバイスを指す。
【0084】
(参考例)本開示はまた、コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、熱力学の第ゼロ法則、第2法則、または第3法則のうちの1つもしくは複数からの偏移を達成する、デバイスに関する。
【0085】
(参考例)本開示はまた、量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、熱力学の第ゼロ法則、第2法則、または第3法則のうちの1つもしくは複数からの偏移を達成する、デバイスに関する。
【0086】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスは、10-6K~4000Kの範囲の温度で動作してもよい。
【0087】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスは、量子レジームにおいて、浴に結合されなくても、または浴ともつれなくてもよい。
【0088】
(参考例)本開示はまた、コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、システム内での波動もしくは粒子のエネルギー分布の密度における不均質性を生成または増大する、デバイスに関する。エネルギー分布は、少なくとも部分的に熱エネルギーによって生成されるエネルギー分布であってもよい。
【0089】
(参考例)本開示はまた、コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、システムを熱平衡の状態外にシフトさせる、デバイスに関する。
【0090】
本開示はまた、コヒーレント放射、および波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊、または量子力学的な状態の重ね合わせ、および波動関数の少なくとも部分的な崩壊を利用して、1つの物体内または複数の物体間の温度差を生成する、デバイスに関する。
【0091】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、位相シフトは、デバイスの少なくとも1つの非可逆的構成要素によって誘発されてもよい。
【0092】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊は、例えば、固体、液体、ガス、またはプラズマであってもよい、巨視的物体を使用することによって達成される。
【0093】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、物体における波動関数の少なくとも部分的な量子物理学的崩壊および少なくとも部分的な吸収の後に、前記物体による波動の統計的再放射が続く。
【0094】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、少なくとも部分的に量子物理学的に崩壊した波動は、ランダム位相の別の波動に統計的に置き換えられる。
【0095】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、デバイスは、生成された放射密度の不均質性または生成された温度差を、電気、放射線、光エネルギー、もしくは他の形態のエネルギーに変換することによって、または他の何らかの形で達成されたオーダーを使用することによって、有用な作業を作り出す。
【0096】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、デバイスは、質量、粒子、エネルギー、熱、運動量、角度運動量、電荷、または磁気モーメントを、1つの物体内または複数の物体間で搬送する。
【0097】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、デバイスは、エネルギー、波動、または物質の貯蔵システム、例えばコンデンサまたは電池を充電する。
【0098】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、デバイスは物体を加熱または冷却する。
【0099】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、デバイスの物体の1つまたは複数は、例えば、追加で提供される加熱または冷却機能を使用することによって、室温とは別の基準温度で操作される。
【0100】
上述の更なる態様のいずれか1つによるデバイスでは、内部または外部で作成される信号は、プロセスを制御するのに使用される。
【0101】
(参考例)第2法則の明確な侵害に寄与する重要な要素は、複数の波束に分割された粒子状態の生成、複数の波束状態の量子力学的崩壊、ならびに干渉による単数および複数の波束状態の分類であり、後者のステップは、波束のコヒーレンス特性を有用な出力信号へと転換する。これらの堅牢な単一粒子プロセスはスケーラブルであり、それらは、高温を含む広い温度範囲で機能し、標準的な室温環境と適合性があり、電磁波、粒子波、および準粒子波を含む多種の量子波に作用する、多種多様なデバイスで実現することができる。
【0102】
コヒーレントな状態の重ね合わせおよび波動関数の崩壊を使用するデバイスの原理は、提示した例によって証明されるように、これまで利用可能ではなかった、光学および電子デバイスおよび回路の機能および用途の全く新しいカテゴリを可能にする。しかしながら、将来的な用途は、ここに記載したものとは異なるもの、即ち量子計算、量子通信、暗号法、量子情報記憶、エネルギー生成、および冷却を含んでもよい。この原理は、例えばアナログおよびデジタルデバイス、データ処理、記憶、ならびにセンシングに関して、新規な可能性を開くであろう。波動関数崩壊に基づいた量子効果も、例えば触媒反応における、機能的材料の新規な可能性を開くであろう。
【0103】
1つまたは複数の実現例に関して本発明を例証し記載してきたが、添付の特許請求の範囲の趣旨および範囲から逸脱することなく、例証した例に対して変更および/または修正が行われてもよい。特に、上述の構成要素または構造(アセンブリ、デバイス、回路、システムなど)によって実施される様々な機能に関して、かかる構成要素を説明するのに使用される用語(「手段」に対する言及を含む)は、本明細書に例証される本発明の例示的な実施形態における機能を実施する開示の構造と構造的に等価ではなくても、別段の指示がない限り、記載した構成要素の指定の機能を実施する(例えば、機能的に等価である)任意の構成要素または構造に対応するものとする。