IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人京都大学の特許一覧 ▶ 三洋化成工業株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-09
(45)【発行日】2023-03-17
(54)【発明の名称】細胞移植用組成物及び細胞移植方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/38 20060101AFI20230310BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20230310BHJP
   A61K 35/34 20150101ALI20230310BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20230310BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20230310BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20230310BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20230310BHJP
   C07K 14/00 20060101ALN20230310BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20230310BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20230310BHJP
【FI】
A61L27/38 100
A61L27/22 ZNA
A61K35/34
A61K47/42
A61P9/00
A61P9/10
A61P29/00
C07K14/00
C12N15/62 Z
C12N15/12
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020525338
(86)(22)【出願日】2019-05-09
(86)【国際出願番号】 JP2019018606
(87)【国際公開番号】W WO2019239751
(87)【国際公開日】2019-12-19
【審査請求日】2021-11-17
(31)【優先権主張番号】P 2018111976
(32)【優先日】2018-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002288
【氏名又は名称】三洋化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】吉田 善紀
(72)【発明者】
【氏名】羽溪 健
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 涼介
(72)【発明者】
【氏名】川端 慎吾
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-000861(JP,A)
【文献】特開2002-145797(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00-27/60
A61K 35/34
A61K 47/42
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞と、タンパク質(A)の水溶液とを含む細胞移植用組成物であって、
前記細胞は、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞であり、
前記タンパク質(A)は、疎水性度が0.2~1.2であり、
前記タンパク質(A)は、ポリペプチド鎖(Y)及び/又はポリペプチド鎖(Y’)を有し、
前記タンパク質(A)中の前記ポリペプチド鎖(Y)と前記ポリペプチド鎖(Y’)の合計個数が1~100個であり、
前記ポリペプチド鎖(Y)は、配列番号1に示されるアミノ酸配列であるVPGVG配列(1)、配列番号2に示されるアミノ酸配列であるGVGVP配列(2)、GPP配列、GAP配列及び配列番号3に示されるアミノ酸配列であるGAHGPAGPK配列(3)のうちいずれか1つのアミノ酸配列(X)が2~100個連続したポリペプチド鎖であり、
前記ポリペプチド鎖(Y’)は、前記ポリペプチド鎖(Y)中の0.1~5%のアミノ酸残基がリシン残基及び/又はアルギニン残基で置換されたポリペプチド鎖であり、前記リシン残基及び前記アルギニン残基の合計個数が1~100個であり、
前記細胞は、幹細胞由来であることを特徴とする細胞移植用組成物。
【請求項2】
前記タンパク質(A)が、さらに配列番号4に示されるアミノ酸配列であるGAGAGS配列(4)が2~100個連続して結合したポリペプチド鎖(S)を有する請求項1に記載の細胞移植用組成物。
【請求項3】
前記タンパク質(A)1分子中の、前記GAGAGS配列(4)と前記アミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計との配列の数の比率{GAGAGS配列(4):アミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計}が、4:1~1:20であり、
前記アミノ酸配列(X’)は、アミノ酸配列(X)中の20~60%のアミノ酸残基がリシン残基及び/又はアルギニン残基で置換されたアミノ酸配列である請求項2に記載の細胞移植用組成物。
【請求項4】
前記タンパク質(A)のSDS-PAGE(SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動)法による分子質量が15~200kDaである請求項1~3のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項5】
前記タンパク質(A)が、ポリペプチド鎖(Y’1)を有するタンパク質(A1)であり、前記ポリペプチド鎖(Y’1)は、前記アミノ酸配列(X)が前記GVGVP配列(2)であるポリペプチド鎖(Y1)中の1個のアミノ酸残基がリシン残基で置換されたポリペプチド鎖である請求項1~4のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項6】
前記タンパク質(A)が、配列番号5に示されるアミノ酸配列である(GAGAGS)配列(5)であるポリペプチド鎖(S1)及び配列番号6に示されるアミノ酸配列である(GVGVP)GKGVP(GVGVP)配列(6)であるポリペプチド鎖(Y’2)を有するタンパク質(A2)である請求項2~5のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項7】
前記タンパク質(A)の濃度が、前記細胞移植用組成物の合計重量を基準として1~20重量%である請求項1~6のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項8】
前記細胞の含有濃度が、前記細胞移植用組成物の合計液量を基準として1×10~1×10個/mLである請求項1~7のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項9】
前記細胞は、哺乳類由来である請求項1~のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項10】
前記細胞は、ヒト多能性幹細胞由来である請求項1~のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項11】
心筋細胞移植治療法に用いられる請求項1~10のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項12】
心筋梗塞、狭心症、心筋症及び心筋炎からなる群から選択される少なくとも1種の疾患に対して用いられる請求項1~11のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物。
【請求項13】
哺乳類(ヒトを除く)の心筋組織に請求項1~12のいずれか1項に記載の細胞移植用組成物を移植する細胞移植方法。
【請求項14】
前記心筋組織へ移植する細胞の数が、1×10~1×10個である請求項1に記載の細胞移植方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞移植用組成物及び細胞移植方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋梗塞などの心不全の治療方法として再生医療が注目されている。再生医療は、ケガや病気で損傷によって機能を損失した臓器や組織に、細胞等を移植し、その損傷した組織や臓器の機能の復元を目指すものであり、現在治療が困難な症例に対し、唯一の治療法となり得る可能性を秘めた技術である。成体の心筋細胞は自己複製能に極めて乏しく、心筋組織が損傷を受けた場合、その修復は極めて困難である。損傷した心筋組織の修復のために、細胞工学的手法により作製した心筋細胞を含む移植片や心筋シートを患部に移植する試みが行われている(特許文献1)。しかしながら、かかる方法では、移植部位への定着が乏しいという課題が存在した。また、別の治療法として、骨髄由来単核球細胞、骨格筋由来細胞、脂肪組織由来幹細胞、心筋より採取された心筋芽細胞などの単一細胞を、注射器により、あるいは冠動脈経由で心筋組織に移植する細胞移植による治療法が試みられてきた(非特許文献1)。しかしながら、かかる方法には、移植した細胞の大半が心筋組織に定着しないという問題があった。近年、細胞だけを移植すると患部での移植細胞の残存性が低いため、残存性を向上させる細胞の足場材料(マトリックス)と共に移植する研究が多く行われている。例えば、幹細胞等を用いた細胞移植療法に適用できる細胞移植療法用材料としては、生体適合性に優れ、酸素と栄養の供給が不十分な部位での移植細胞の残存性を向上させることができ、所定の細胞増殖因子を含有する、ハイドロゲルが知られている(特許文献2)。
【0003】
しかしながら、特許文献1に記載の細胞移植療法用材料にはハイドロゲルとしてゼラチン等の動物由来の材料を用いるため、感染症の原因となる可能性や、免疫応答を惹起する原因となる可能性がある動物由来のアレルゲン物質や、他の不純物等が移植部位に混入するおそれがあった。また、移植細胞の移植部位での残存性向上や細胞の増殖性向上も求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2007-528755号公報
【文献】特開2002-145797号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Suzuki K et al., Circulation. 2004 Sep 14; 110 (11 Suppl 1): II 225-30
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞を心筋組織に好適に保持させることができ、移植後の細胞の残存性及び増殖性を向上させることができる細胞移植用組成物及び細胞移植方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を重ねてきた結果、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、細胞と、タンパク質(A)の水溶液とを含む細胞移植用組成物であって、前記細胞は、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞であり、前記タンパク質(A)は、疎水性度が0.2~1.2であり、前記タンパク質(A)は、ポリペプチド鎖(Y)及び/又はポリペプチド鎖(Y’)を有し、前記タンパク質(A)中の前記ポリペプチド鎖(Y)と前記ポリペプチド鎖(Y’)の合計個数が1~100個であり、前記ポリペプチド鎖(Y)は、配列番号1に示されるアミノ酸配列であるVPGVG配列(1)、配列番号2に示されるアミノ酸配列であるGVGVP配列(2)、GPP配列、GAP配列及び配列番号3に示されるアミノ酸配列であるGAHGPAGPK配列(3)のうちいずれか1つのアミノ酸配列(X)が2~100個連続したポリペプチド鎖であり、前記ポリペプチド鎖(Y’)は、前記ポリペプチド鎖(Y)中の0.1~5%のアミノ酸残基がリシン残基及び/又はアルギニン残基で置換されたポリペプチド鎖であり、前記リシン残基及び前記アルギニン残基の合計個数が1~100個であることを特徴とする細胞移植用組成物;哺乳類(ヒトを除く)の心筋組織に上記本発明の細胞移植用組成物を移植する細胞移植方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の細胞移植用組成物及び細胞移植方法を用いて心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞を心筋組織に移植すると、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞を心筋組織に好適に保持させることができる。さらに、移植した細胞の残存性及び増殖性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の細胞移植用組成物は、細胞と、タンパク質(A)の水溶液とを含む細胞移植用組成物であって、前記細胞は、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞であり、前記タンパク質(A)は、疎水性度が0.2~1.2であり、前記タンパク質(A)は、ポリペプチド鎖(Y)及び/又はポリペプチド鎖(Y’)を有し、前記タンパク質(A)中の前記ポリペプチド鎖(Y)と前記ポリペプチド鎖(Y’)の合計個数が1~100個であり、前記ポリペプチド鎖(Y)は、配列番号1に示されるアミノ酸配列であるVPGVG配列(1)、配列番号2に示されるアミノ酸配列であるGVGVP配列(2)、GPP配列、GAP配列及び配列番号3に示されるアミノ酸配列であるGAHGPAGPK配列(3)のうちいずれか1つのアミノ酸配列(X)が2~100個連続したポリペプチド鎖であり、前記ポリペプチド鎖(Y’)は、前記ポリペプチド鎖(Y)中の0.1~5%のアミノ酸残基がリシン残基及び/又は前記アルギニン残基で置換されたポリペプチド鎖であり、前記リシン残基及び前記アルギニン残基の合計個数が1~100個であることを特徴とする細胞移植用組成物である。
以下、本発明の細胞移植用組成物の構成について説明する。
【0010】
(タンパク質(A)の水溶液)
タンパク質(A)は、天然物からの抽出、有機合成法(酵素法、固相合成法及び液相合成法等)及び遺伝子組み換え法等によって得られる。有機合成法に関しては、「生化学実験講座1、タンパク質の化学IV(1981年7月1日、日本生化学会編、株式会社東京化学同人発行)」又は「続生化学実験講座2、タンパク質の化学(下)(昭和62年5月20日、日本生化学会編、株式会社東京化学同人発行)」に記載されている方法等が適用できる。遺伝子組み換え法に関しては、特許第3338441号公報に記載されている方法等が適用できる。天然物からの抽出、有機合成法及び遺伝子組み換え法はともに、タンパク質(A)を得られるが、アミノ酸配列を簡便に変更でき、安価に大量生産できるという観点等から、遺伝子組み換え法が好ましい。
【0011】
本発明においてポリペプチド鎖(Y)は、具体的には、(VPGVG)配列、(GVGVP)配列、(GPP)配列、(GAP)配列及び(GAHGPAGPK)配列である。(なお、b~fは、それぞれ、アミノ酸配列(X)の連続する個数であり、2~100の整数である)。
タンパク質(A)1分子中に、ポリペプチド鎖(Y)を複数有する場合は、(VPGVG)配列、(GVGVP)配列、(GPP)配列、(GAP)配列及び(GAHGPAGPK)配列からなる群から選ばれる1種を有してもよく、2種以上を有してもいい。
また、タンパク質(A)中にアミノ酸配列(X)が同種類のポリペプチド鎖(Y)を複数有する場合は、上記アミノ酸配列(X)の連続する個数は、ポリペプチド鎖(Y)ごとに同一でも異なっていてもよい。すなわち、上記b~fが同じポリペプチド鎖(Y)を複数有してもよく、アミノ酸配列(X)の連続する個数b~fが異なるポリペプチド鎖(Y)を複数有してもいい。
【0012】
ポリペプチド鎖(Y)を構成するアミノ酸配列(X)としては、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞(以下、これらを特に区別する必要が無い場合には「心筋細胞等」と記載する)の残存性及び増殖性の観点から、VPGVG配列(1)及び/又はGVGVP配列(2)が好ましい。つまり、心筋細胞等の残存性の観点から、ポリペプチド鎖(Y)として(VPGVG)配列及び/又は(GVGVP)配列が好ましい。タンパク質(A)が、アミノ酸配列(X)の種類が異なるポリペプチド鎖(Y)を有する場合、ポリペプチド鎖(Y)としては、心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、(GPP)配列、(GVGVP)配列及び(GAHGPAGPK)配列からなる群より選ばれる2種以上の配列であることが好ましく、特に好ましくは(GVGVP)配列及び(GAHGPAGPK)配列である。
【0013】
ポリペプチド鎖(Y)は、アミノ酸配列(X)が2~100個連続した(上記b~fがそれぞれ2~100)ポリペプチド鎖であるが、心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、連続する個数は2~50個(上記b~fがそれぞれ2~50)が好ましく、さらに好ましくは2~30個(上記b~fがそれぞれ2~30)である。
【0014】
本発明において、ポリペプチド鎖(Y’)は、ポリペプチド鎖(Y)中の0.1~5%のアミノ酸残基がリシン残基(K)及び/又はアルギニン残基(R)で置換されたポリペプチド鎖であり、リシン残基(K)及びアルギニン残基(R)の合計個数が1~100個である。具体的には、ポリペプチド鎖(Y)を構成するアミノ酸配列(X)の一部又は全部が、下記アミノ酸配列(X’)に置換され、ポリペプチド鎖(Y)中の1~100個のアミノ酸残基がリシン残基(K)及び/又はアルギニン残基(R)で置換されたポリペプチド鎖である。
アミノ酸配列(X’):アミノ酸配列(X)中の20~60%のアミノ酸残基がリシン残基(K)及び/又はアルギニン残基(R)で置換されたアミノ酸配列。
【0015】
アミノ酸配列(X’)において、アミノ酸配列(X)中のアミノ酸残基の置換の数(リシン残基(K)及び/又はアルギンン残基(R)で置換された数)は、タンパク質(A)の水への溶解性の観点から、1~5個が好ましく、さらに好ましくは1~4個であり、次にさらに好ましくは1~3個である。
また、アミノ酸配列(X’)としては、タンパク質(A)の水への溶解性の観点から、配列番号7に示されるアミノ酸配列であるGKGVP配列(7)、配列番号8に示されるアミノ酸配列であるGKGKP配列(8)、配列番号9に示されるアミノ酸配列であるGKGRP配列(9)及び配列番号10に示されるアミノ酸配列であるGRGRP配列(10)からなる群より選ばれる少なくとも1種の配列が好ましく、さらに好ましくはGKGVP配列(7)及びGKGKP配列(8)からなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【0016】
ポリペプチド鎖(Y’)であるかどうかは、タンパク質(A)の配列中の全てのK及びRを、他のアミノ酸残基(G、A、V、P又はH)に置きかえたときに、ポリペプチド鎖(Y)となるかによって判断する。なお、アミノ酸配列(X)がGAHGPAGPK配列(3)である場合は、配列中にKが存在するので、判断方法を以下のように変更する。タンパク質(A)の配列中の全てのK及びRを、他のアミノ酸残基(G、A、V、P又はH)に置きかえたときに、GAHGPAGPαという配列が現れたときは(αはG、A、V、P又はH)、さらにαをKに置きかえる。その結果、その配列がポリペプチド鎖(Y)となる場合、アミノ酸残基を置きかえる前の配列は、ポリペプチド鎖(Y’)と判断する。ポリペプチド鎖(Y’)において、ポリペプチド鎖(Y)中の置換されるアミノ酸残基の数は、タンパク質(A)の水への溶解性及び心筋細胞等の残存性の観点から、1~70個が好ましく、さらに好ましくは1~30個である。また、ポリペプチド鎖(Y’)は、ポリペプチド鎖(Y)中の0.1~5%のアミノ酸残基がリシン残基(K)及び/又はアルギニン残基(R)で置換されたポリペプチド鎖であるが、タンパク質(A)の水への溶解性及び心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、0.1~4%が好ましく、さらに好ましくは0.5~3%である。
【0017】
本発明において、タンパク質(A)は、ポリペプチド鎖(Y)及び/又はポリペプチド鎖(Y’)を有し、タンパク質(A)中のポリペプチド鎖(Y)とポリペプチド鎖(Y’)との合計個数が1~100個である。タンパク質(A)が、アミノ酸配列(X)の種類及び/又は連続する個数が異なるポリペプチド鎖(Y)を有している場合は、それぞれを1個として数え、ポリペプチド鎖(Y)の個数はその合計である。ポリペプチド鎖(Y’)も同様である。
【0018】
タンパク質(A)は、タンパク質(A)1分子中にポリペプチド鎖(Y)及び/又はポリペプチド鎖(Y’)を合計1~100個有するものであるが、心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、1~80個が好ましく、特に好ましくは1~60個である。
【0019】
タンパク質(A)において、同じアミノ酸配列(X)が繰り返し結合している部分はポリペプチド鎖(Y)1個とし、アミノ酸配列(X)とは異なる配列が結合するまでを1個とする。例えば、(GVGVP)100GAGAGS(VPGVG)20という配列では、ポリペプチド鎖(Y)は(GVGVP)100と(VPGVG)20との2個である。また、タンパク質(A)の配列中の全てのリシン残基(K)及びアルギニン残基(R)を、他のアミノ酸(G、A、V、P又はH)に置きかえたときに、アミノ酸配列(X)が繰り返し結合しているものとなる部分をポリペプチド鎖(Y’)1個とし、アミノ酸配列(X)とは異なる配列が結合するまでを1個とする。例えば、(GVGVP)GKGVP(GVGVP)GAGAGS(GVGVP)GKGVP(GVGVP)という配列には、ポリペプチド鎖(Y’)である(GVGVP)GKGVP(GVGVP)が2個ある。
【0020】
本発明において、タンパク質(A)の疎水性度は0.2~1.2であるが、タンパク質(A)の水への溶解性の観点、ゲル化する観点から、0.3~1.2が好ましく、さらに好ましくは0.4~1.2であり、次にさらに好ましくは0.45~1.2であり、特に好ましくは0.60~1.2であり、最も好ましくは0.60~0.75である。タンパク質(A)の疎水性度は、タンパク質(A)分子の疎水性の度合いを示すものであり、タンパク質(A)分子を構成するそれぞれのアミノ酸残基の数(Mα)、それぞれのアミノ酸の疎水性度(Nα)及びタンパク質(A)1分子中のアミノ酸残基の総数(MT)を、下記数式に当てはめることにより算出することができる。なお、それぞれのアミノ酸の疎水性度は、非特許文献(アルバート・L.レーニンジャー、デビット・L.ネルソン、レ-ニンジャ-の新生化学 上、廣川書店、2010年9月、p.346-347)に記載されている下記の数値を用いる。
疎水性度=Σ(Mα×Nα)/(MT)
Mα:タンパク質(A)1分子中のそれぞれのアミノ酸残基の数
Nα:各アミノ酸の疎水性度
MT:タンパク質(A)1分子中のアミノ酸残基の総数
A(アラニン):1.8
R(アルギニン):-4.5
N(アスパラギン):-3.5
D(アスパラギン酸):-3.5
C(システイン):2.5
Q(グルタミン):-3.5
E(グルタミン酸):-3.5
G(グリシン):-0.4
H(ヒスチジン):-3.2
I(イソロイシン):4.5
L(ロイシン):3.8
K(リシン):-3.9
M(メチオニン):1.9
F(フェニルアラニン):2.8
P(プロリン):-1.6
S(セリン):-0.8
T(トレオニン):-0.7
W(トリプトファン):-0.9
Y(チロシン):-1.3
V(バリン):4.2
例えば、タンパク質(A)が配列番号6に示されるアミノ酸配列である(GVGVP)GKGVP(GVGVP)配列(6)である場合、タンパク質(A)の疎水性度={16(Gの数)×(-0.4)+15(Vの数)×4.2+8(Pの数)×(-1.6)+1(Kの数)×(-3.9)}/40(アミノ酸残基の総数)=1.0である。
【0021】
本発明において、タンパク質(A)は、さらにGAGAGS配列(4)を有していることが好ましい。タンパク質(A)がGAGAGS配列(4)を有していると、タンパク質(A)が生体内でより分解されにくくなり、心筋細胞等が心筋組織に充分に定着するまでタンパク質(A)は分解されずに存在しやすくなる。GAGAGS配列(4)は、生体内難分解性の観点から、配列番号4に示されるアミノ酸配列であるGAGAGS配列(4)が2~100個連続して結合したポリペプチド鎖(S)を有していることが好ましい。ポリペプチド鎖(S)において、GAGAGS配列(4)が連続する数は、生体内難分解性の観点から、2~100個が好ましく、さらに好ましくは2~50個であり、次にさらに好ましくは3~40個であり、特に好ましくは4~30個である。タンパク質(A)が、ポリペプチド鎖(S)を有する場合、タンパク質(A)は、1分子中にポリペプチド鎖(S)を1個以上有すればよいが、生体内難分解性の観点から、1~20個有することが好ましく、さらに好ましくは3~10個有することである。
【0022】
タンパク質(A)において、ポリペプチド鎖(Y)、ポリペプチド鎖(Y’)及びポリペプチド鎖(S)を合計2個以上有する場合は、ポリペプチド鎖とポリペプチド鎖との間に、介在アミノ酸配列(Z)を有していてもいい。介在アミノ酸配列(Z)は、アミノ酸が1個又は2個以上結合したアミノ酸配列であって、ポリペプチド鎖(Y)、ポリペプチド鎖(Y’)又はポリペプチド鎖(S)では無いアミノ酸配列である。介在アミノ酸配列(Z)を構成するアミノ酸の数は、生体内難分解性の観点から、1~30個が好ましく、さらに好ましくは1~15個、特に好ましくは1~10個である。介在アミノ酸配列(Z)として、具体的には、配列番号11に示されるアミノ酸配列であるVAAGY配列(11)、配列番号12に示されるアミノ酸配列であるGAAGY配列(12)及びLGP配列等が挙げられる。
【0023】
タンパク質(A)中の両末端の各ポリペプチド鎖(Y)、ポリペプチド鎖(Y’)及びポリペプチド鎖(S)のN及び/又はC末端には、末端アミノ酸配列(T)を有していてもいい。末端アミノ酸配列(T)は、アミノ酸が1個又は2個以上結合したアミノ酸配列であって、ポリペプチド鎖(Y)、ポリペプチド鎖(Y’)又はポリペプチド鎖(S)では無いアミノ酸配列である。末端アミノ酸配列(T)を構成するアミノ酸の数は、生体内難分解性の観点から、1~100個が好ましく、さらに好ましくは1~50個、特に好ましくは1~40個である。末端アミノ酸配列(T)として、具体的には、配列番号13に示されるアミノ酸配列であるMDPVVLQRRDWENPGVTQLNRLAAHPPFASDPM配列(13)等が挙げられる。
【0024】
タンパク質(A)は、上記末端アミノ酸配列(T)以外に、発現させたタンパク質(A)の精製又は検出を容易にするために、タンパク質(A)のN及び/又はC末端に特殊なアミノ酸配列を有するタンパク質又はペプチド(以下これらを「精製タグ」と称する)を有してもいい。精製タグとしては、アフィニティー精製用のタグが利用される。そのような精製タグとしては、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GTS)、マルトース結合タンパク質(MBP)、HQタグ、Mycタグ、HAタグ、FLAGタグ、ポリヒスチジンからなる6×Hisタグ、V5タグ、Xpressタグ、AU1タグ、T7タグ、VSV-Gタグ、DDDDKタグ、Sタグ、CruzTag09TM、CruzTag22TM、CruzTag41TM、Glu-Gluタグ、Ha.11タグ及びKT3タグ等がある。
以下に、各精製タグ(i)とそのタグを認識結合するリガンド(ii)との組み合わせの一例を示す。
(i-1)グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GTS) (ii-1)グルタチオン
(i-2)マルトース結合タンパク質(MBP) (ii-2)アミロース
(i-3)HQタグ (ii-3)ニッケル
(i-4)Mycタグ (ii-4)抗Myc抗体
(i-5)HAタグ (ii-5)抗HA抗体
(i-6)FLAGタグ (ii-6)抗FLAG抗体
(i-7)6×Hisタグ (ii-7)ニッケル又はコバルト
前記精製タグ配列の導入方法としては、発現用ベクターにおけるタンパク質(A)をコードする核酸の5’又は3’末端に精製タグをコードする核酸を挿入する方法や市販の精製タグ導入用ベクターを使用する方法等が挙げられる。
【0025】
タンパク質(A)1分子中のポリペプチド鎖(Y)及びポリペプチド鎖(Y’)の合計含有量(重量%)は、心筋細胞等との相互作用の観点、並びに、心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、タンパク質(A)の分子質量を基準として、10~90重量%が好ましく、さらに好ましくは20~80重量%である。
【0026】
タンパク質(A)中のポリペプチド鎖(Y)及びポリペプチド鎖(Y’)の合計含有量は、アミノ酸配列決定によって求めることができる。具体的には、下記の測定法によって求めることができる。
<ポリペプチド鎖(Y)及びポリペプチド鎖(Y’)の合計含有量の測定法>
島津製作所社製ペプチドシーケンサ(プロテインシーケンサ)PPSQ-33Aを用いて、アミノ酸配列を決定する。決定したアミノ酸配列から、下記数式(1)によりポリペプチド鎖(Y)及びポリペプチド鎖(Y’)の合計含有量を求める。
ポリペプチド鎖(Y)及びポリペプチド鎖(Y’)の合計含有量=Σ(γ×β)/Σ(α×β)×100 (1)
α:タンパク質(A)中の各アミノ酸残基の数
β:各アミノ酸の分子質量
γ:ポリペプチド鎖(Y)及びポリペプチド鎖(Y’)中の各アミノ酸の個数
【0027】
タンパク質(A)1分子中のアミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計含有量(重量%)は、心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、タンパク質(A)の分子質量を基準として10~90重量%が好ましく、さらに好ましくは20~80重量%である。
【0028】
タンパク質(A)中のアミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計含有量は、プロテインシーケンサによって求めることができる。具体的には、下記の測定法により求めることができる。
<アミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の含有量の測定法>
特定のアミノ酸残基で切断出来る切断方法から2種類以上を用いて、タンパク質(A)を30残基以下程度まで分解する。その後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にてタンパク質(A)の断片を分離した後、プロテインシーケンサにてアミノ酸配列を読み取る。得られたアミノ酸配列からペプチドマッピングして、タンパク質(A)の全配列を決定する。その後、以下記載の測定式にてアミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計含有量を測定する。
アミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計含有量(%)=[{アミノ酸配列(X)の分子質量}×{アミノ酸配列(X)の数}+{アミノ酸配列(X’)の分子質量}×{アミノ酸配列(X’)の数}]/{タンパク質(A)の分子質量}×100
【0029】
タンパク質(A)1分子中の、GAGAGS配列(4)とアミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計との配列の数の比率{GAGAGS配列(4):アミノ酸配列(X)及びアミノ酸配列(X’)の合計}は、タンパク質(A)の水への溶解性及び心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、4:1~1:20が好ましく、さらに好ましくは4:1~1:10である。
【0030】
タンパク質(A)の分子質量は、心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、15~200kDaが好ましく、さらに好ましくは15~100kDaである。なお、タンパク質(A)の分子質量は、SDS-PAGE(SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動)法により、測定サンプルを分離し、泳動距離を標準物質と比較する方法によって求められる。
【0031】
好ましいタンパク質(A)の一部を以下に例示する。
(1)アミノ酸配列(X)がGVGVP配列(2)のタンパク質
(1-1)GVGVP配列(2)が連続したポリペプチド鎖(Y1)中の1個のアミノ酸残基がリシン残基(K)で置換されたポリペプチド鎖(Y’1)を有するタンパク質(A1)であり、さらに好ましくは、(GVGVP)GKGVP(GVGVP)配列(6)であるポリペプチド鎖(Y’2)及び(GAGAGS)配列(5)であるポリペプチド鎖(S1)を有するタンパク質(A2)、ポリペプチド鎖(Y’2)及び(GAGAGS)配列(14)であるポリペプチド鎖(S2)を有するタンパク質(A4)、並びにポリペプチド鎖(Y’2)、ポリペプチド鎖(S1)及びポリペプチド鎖(S2)を有するタンパク質(A5)である。具体的には、GAGAGS配列(4)が4個連続した(GAGAGS)配列(5)のポリペプチド鎖(S1)を12個及びGVGVP配列(2)が8個連続したポリペプチド鎖(Y2)中のバリン残基(V)のうち1個がリシン残基(K)に置換された(GVGVP)GKGVP(GVGVP)配列(6)であるポリペプチド鎖(Y’2)を13個有し、これらが交互に化学結合してなるものに、GAGAGS配列(4)が2個連続した(GAGAGS)配列(14)のポリペプチド鎖(S2)1個が化学結合した構造を有する分子質量が約80kDaの配列番号15に示されるアミノ酸配列である配列(15)のタンパク質(SELP8K、疎水性度0.62);GAGAGS配列(4)が2個連続した(GAGAGS)配列(14)のポリペプチド鎖(S2)及び(GVGVP)GKGVP(GVGVP)配列(6)のポリペプチド鎖(Y’2)をそれぞれ17個有し、これらが交互に化学結合してなる構造を有する分子質量が約82kDaの配列番号16に示されるアミノ酸配列である配列(16)のタンパク質(SELP0K、疎水性度0.72)等である。
(1-2)GVGVP配列(2)が連続したポリペプチド鎖(Y1)を有するタンパク質(A6)であり、さらに好ましくは、GVGVP配列(2)が2個連続したポリペプチド鎖(Y1)及びGAGAGS配列(4)が6個連続したポリペプチド鎖(S3)を有するタンパク質(A7)であり、具体的には、ポリペプチド鎖(Y1)とポリペプチド鎖(S3)が結合したアミノ酸ブロック(L-1)が29個繰り返し化学結合した構造を有する分子質量が約93kDaの配列番号17に示されるアミノ酸配列である配列(17)のタンパク質(SLP4.1、疎水性度0.47)である。
【0032】
(2)アミノ酸配列(X)がVPGVG配列(1)のタンパク質
(2-1)VPGVG配列(1)が4個連続したポリペプチド鎖(Y3)及びVPGVG配列(1)が8個連続したポリペプチド鎖(Y4)を有するタンパク質(A8)であり、さらに好ましくは、VPGVG配列(1)が4個連続したポリペプチド鎖(Y3)、VPGVG配列(1)が8個連続したポリペプチド鎖(Y4)及びGAGAGS配列(4)を有するタンパク質(A9)であり、具体的には、ポリペプチド鎖(Y3)にGAGAGS配列(4)が結合し、さらにポリペプチド鎖(Y4)が結合したアミノ酸ブロック(L-2)が40個繰り返し化学結合した構造を有する分子質量が約220kDaの配列番号18に示されるアミノ酸配列である配列(18)のタンパク質(ELP1.1、疎水性度1.12)である。
【0033】
また、タンパク質(A)は、配列(15)のタンパク質、配列(16)のタンパク質、配列(17)のタンパク質又は配列(18)のタンパク質と相同性を有するタンパク質であってもよい。
この相同性は、80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。
【0034】
タンパク質(A)の水溶液における水としては、特に限定するものではなく、滅菌されたものが好ましい。滅菌方法としては、0.2μm以下の孔径を持つ精密ろ過膜を通した水、限外ろ過膜を通した水、逆浸透膜を通した水及びオートクレーブで121℃、20分加熱して加熱滅菌したイオン交換水等が挙げられる。
【0035】
(細胞)
上記の通り本発明の細胞移植用組成物は、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞の心筋への残存性及び増殖性を向上させることができる。
心筋前駆細胞としては、例えば細胞表面にGFRA2(ニュールツリン受容体)、PDGFRA(血小板由来増殖因子受容体α)又はKDR(キナーゼ挿入ドメインタンパク質受容体)タンパク質が発現しているものが挙げられる。
【0036】
心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞は、哺乳類由来であることが好ましい。
また、心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞は、幹細胞由来であることが好ましい。
幹細胞は、組織から単離されたこれらの細胞であってもよく、継代培養されたこれらの細胞であってもよい。幹細胞としては特に限定されないが、マウス胚性幹細胞、マウス間葉系幹細胞、マウス多能性幹細胞、ヒト胚性幹細胞、ヒト間葉系幹細胞、ヒト多能性幹細胞等が挙げられ、扱いやすさ及び安全性の観点からヒト多能性幹細胞が好ましく、細胞移植を行う対象としては免疫拒絶の観点から哺乳類が好ましく、さらに好ましくはヒトである。
【0037】
幹細胞から心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞へと分化させる方法は特に制限されないが、例えば(Funakoshi,S.et al.Sci Rep 8, 19111 (2016))に記載の方法により実施することで心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞を取得できる。
【0038】
本発明の細胞移植用組成物は、動物由来の血清等を含まなくてもよい。動物由来の血清等を含まないと、抗原性を低減できると推察される。
【0039】
また、本発明の細胞移植用組成物に含まれるタンパク質(A)は、生物由来配列を有するので、生体適合性が高いと推察される。さらに、タンパク質(A)は、大腸菌等の細菌により、安価に大量生産できるので、容易に製造することができる。
また、本発明の細胞移植用組成物に含まれるタンパク質(A)は、体内のプロテアーゼによる分解を受けにくいため、持続性があり、長期的に生体内に存在することができる。
【0040】
本発明の細胞移植用組成物では、前記細胞移植用組成物中の前記タンパク質(A)の濃度が、前記細胞移植用組成物の合計重量を基準として1~20重量%であることが好ましく、2~20重量%であることがより好ましく、10~20重量%であることがさらに好ましい。
細胞移植用組成物中のタンパク質(A)の濃度が細胞移植用組成物の合計重量を基準として1~20重量%であると、細胞移植用組成物の粘度が充分に高くなる。そのため、心筋細胞等を好適に心筋組織に定着させることができ、心筋細胞等の残存性が向上する。
特に、細胞移植用組成物中のタンパク質(A)の濃度が細胞移植用組成物の合計重量を基準として10~20重量%である場合、細胞移植用組成物が約37℃に加熱されると、流動性が無くなり、自重によって形状変化が生じない程の固さを有するゲルとなる。細胞移植用組成物がゲル化すると、心筋細胞等が分散することを防ぐことができ、心筋細胞等の残存性をより向上させることができる。
なお、このゲル化には架橋剤等のゲル化剤を細胞移植用組成物に含有させる必要は無く、細胞移植用組成物のみでゲル化が進行する。また、本発明の細胞移植用組成物は、架橋剤等のゲル化剤を含まないことが好ましい。
【0041】
本発明の細胞移植用組成物では、細胞移植用組成物中の心筋細胞及び/又は心筋前駆細胞の含有濃度が、前記細胞移植用組成物の合計液量を基準として、1×10~1×10個/mLであることが好ましい。
細胞移植用組成物中の心筋細胞等の含有濃度が、細胞移植用組成物の合計液量を基準として、1×10個/mL未満であると、心筋細胞等の数が少なすぎるので、心筋組織に細胞を移植する効果が充分に得られにくい。
細胞移植用組成物中の心筋細胞等の含有濃度が、細胞移植用組成物の合計液量を基準として、1×10個/mLを超えると、心筋細胞等が過剰であり、心筋へ移植された心筋細胞等の残存性が向上しにくくなる。また、このような含有濃度の場合、費用対効果の観点から経済的でない。
【0042】
(その他の成分)
本発明の細胞移植用組成物は、さらに、無機塩及びリン酸(塩)を含んでもいい。
無機塩としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素カルシウム及び炭酸水素マグネシウム等が挙げられる。なお、リン酸塩は無機塩に含まない。
本発明の細胞移植用組成物中の塩の含有量(重量%)は、心筋細胞等の残存性及び増殖性の観点から、細胞移植用組成物の合計重量を基準として0~1.3重量%が好ましく、さらに好ましくは0.5~1.3重量%であり、次にさらに好ましくは0.7~1.1重量%であり、特に好ましくは0.85~0.95重量%である。
【0043】
リン酸(塩)は、リン酸及び/又はリン酸塩を意味する。本発明の細胞移植用組成物中のリン酸(塩)としては、リン酸及びリン酸塩が挙げられる。塩としては、アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩が挙げられ、具体的には、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びマグネシウム塩等が挙げられる。
本発明の細胞移植用組成物中のリン酸(塩)の含有量(重量%)は、タンパク質(A)の溶解性の観点から、細胞移植用組成物の合計重量を基準として0~0.30重量%が好ましく、さらに好ましくは0.10~0.30重量%であり、次にさらに好ましくは0.12~0.28重量%であり、特に好ましくは0.14~0.26重量%である。
【0044】
また、細胞移植用組成物は、さらに成長因子を含んでもよい。
細胞移植用組成物が成長因子を含む場合、成長因子の種類は、患部や対象疾患の種類に応じて決定することが好ましい。
成長因子としては、上皮成長因子(Epidermal growth factor:EGF)、インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor:IGF)、トランスフォーミング成長因子(Transforming growth factor:TGF)、神経成長因子(Nerve growth factor:NGF)、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(Vesicular endothelial growth factor:VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(Granulocyte-colony stimulating factor:G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(Granulocyte-macrophage-colony stimulating factor:GM-CSF)、血小板由来成長因子(Platelet-derived growth factor:PDGF)、エリスロポエチン(Erythropoietin:EPO)、トロンボポエチン(Thrombopoietin:TPO)、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor:bFGF又はFGF2)、肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor:HGF)等が挙げられる。
細胞移植用組成物中の成長因子の濃度は細胞増殖の観点から細胞移植用組成物の合計重量を基準として、0.003~9.1重量%が好ましく、さらに好ましくは0.003~6.25重量%である。
【0045】
細胞移植用組成物は、さらに公知の分化因子、ホルモン、ケモカイン、サイトカイン、細胞接着分子、走化因子、酵素、酵素インヒビター、補酵素、鉱物、脂肪、脂質、糖類、抗生物質、炎症阻害剤、免疫抑制剤、緩衝物質、安定剤及びビタミン等を含んでもいい。
【0046】
細胞移植用組成物のpHは、組織親和性の観点から、5~9が好ましく、さらに好ましくは6~8である。pHの調整は公知の緩衝物質等を添加することで調整できる。
【0047】
次に、本発明の細胞移植用組成物の使用方法を説明する。
本発明の細胞移植用組成物は、心筋細胞移植治療法に用いることができる。
すなわち、本発明の細胞移植用組成物が用いられる対象となる組織は心筋組織である。
また、本発明の細胞移植用組成物が用いられる対象疾患としては、特に限定されないが、心筋梗塞、狭心症、心筋症、心筋炎等が挙げられる。
【0048】
すなわち、心筋細胞移植治療法への本発明の細胞移植用組成物の使用は、本発明の一態様であり、心筋梗塞、狭心症、心筋症及び心筋炎からなる群から選択される少なくとも1種の疾患を治療するための心筋細胞移植治療法への本発明の細胞移植用組成物の使用も本発明の一態様である。
【0049】
次に、本発明の細胞移植用組成物を用いた心筋移植方法について説明する。
本発明の細胞移植方法は、哺乳類の心筋組織に上記本発明の細胞移植用組成物を移植することを特徴とする。
本発明の細胞移植方法における哺乳類としては、特に限定されず、ヒト、マウス、ラット、ブタ、サル等であってもよい。
【0050】
本発明の細胞移植方法において、心筋組織へ移植する細胞の数は、1×10~1×10個であることが好ましい。
移植する細胞の数が、1×10個未満であると、移植する細胞の数が少ないので、細胞を移植する効果が充分に得られにくい。
移植する細胞の数が、1×10個を超えると、細胞が過剰であり、心筋へ移植された細胞の残存性が向上しにくくなる。また、このような細胞の数の場合、費用対効果の観点から経済的でない。
【実施例
【0051】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下、特に定めない限り、%は重量%、部は重量部を示す。
【0052】
<製造例1>
○SELP8Kの生産
特許第4088341号公報の実施例記載の方法に準じて、SELP8KをコードしたプラスミドpPT0345を作製した。
作製したプラスミドを大腸菌にトランスフォーメーションし、SELP8K生産株を得た。
30℃で生育させたSELP8K生産株の一夜培養液を使用して、250mlフラスコ中のLB培地50mlに接種した。カナマイシンを最終濃度50μg/mlとなるように加え、該培養液を30℃で攪拌しながら(200rpm)培養した。培養液がOD600=0.8(吸光度計UV1700:島津製作所製を使用)となった時に、40mlを42℃に前もって温めたフラスコに移し、同じ温度で約2時間培養した。該培養体を氷上で冷却し、培養液のOD600を測定した。大腸菌を遠心分離で集めた。集菌した大腸菌からタンパク質を取り出すために、超音波破砕(4℃、30秒×10回)をして溶菌した。
この大腸菌により産生されたタンパク質を、ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供した後、ポリフッ化ビニリデン膜にトランスファーした。その後、一次抗体にラビット抗SELP8K抗体、2次抗体に抗ラビットIgG HRP標識抗体(GEヘルスケア社製)を用いたウエスタンブロット分析を行なった。該生成物の見かけ分子質量は約80kDaであった。よってSELP8K生産株は、見かけ分子質量80kDaのラビット抗SELP8K抗体反応性を有するSELP8Kを生成したことが分かった。
【0053】
○SELP8Kの精製
上記で得たSELP8Kを、菌体溶解、遠心分離による不溶性細片の除去、及びアフィニティークロマトグラフィーにより大腸菌バイオマスから精製した。このようにして、分子質量が約80kDaのタンパク質(A-1)(SELP8K)を得た。
【0054】
○SELP8Kの同定
得られたタンパク質(A-1)を下記の手順で同定した。
ラビット抗SELP8K抗体及びC末端配列の6×Hisタグに対するラビット抗6×His抗体(Roland社製)を用いたウエスタンブロットにより分析した。見かけ分子質量80kDaのタンパク質バンドが、各抗体に抗体反応性を示した。また得られたタンパク質をアミノ分析供した結果、該生成物が、グリシン(43.7%)、アラニン(12.3%)、セリン(5.3%)、プロリン(11.7%)及びバリン(21.2%)に富むものであった。また、該生成物はリシンを1.5%含んでいた。下記の表1は、精製された生成物の組成と、合成遺伝子配列から推測された予測理論組成との相関関係を示す。
したがって、タンパク質(A-1)が(GVGVP)4GKGVP(GVGVP)3配列(6)を13個及び(GAGAGS)配列(5)を12個有し、これらが交互に化学結合して
なるものに、(GAGAGS)配列(14)が化学結合した配列(15)のタンパク質であることを確認した。
【0055】
【表1】
【0056】
<製造例2>
製造例1において、「SELP8KをコードしたプラスミドpPT0345」に変えて、「SELP0KをコードしたプラスミドpPT0364」を用いる以外は同様にして、分子質量が約82kDaの配列(16)のタンパク質(A-2)を得た。
【0057】
<製造例3>
製造例1において、「SELP8KをコードしたプラスミドpPT0345」に変えて、「SLP4.1をコードしたpSY1398-1」を用いる以外は同様にして、分子質量が約93kDaの配列(17)のタンパク質(A-3)を得た。
【0058】
<製造例4>
製造例1において、「SELP8KをコードしたプラスミドpPT0345」に変えて、「ELP1.1をコードしたプラスミドpPT0102-1」を用いる以外は同様にして、分子質量が約220kDaの配列(18)のタンパク質(A-4)を得た。
【0059】
<比較製造例1>
製造例1において、「SELP8KをコードしたプラスミドpPT0345」に変えて、「SLP4.1.3をコードしたプラスミドpPT0102」を用いる以外は同様にして、分子質量が約150kDaの配列番号19に示されるアミノ酸配列である配列(19)のタンパク質(A’-1)を得た。
【0060】
<移植細胞の作製方法>
PiggyBacトランスポゾンベクターシステム(System-Biosciences社)を用いて、健常者由来ヒト多能性幹細胞株にルシフェラーゼ遺伝子をCAGプロモーター下に挿入することでルシフェラーゼを恒常的に発現するヒト多能性幹細胞を作製した。この細胞株から(Funakoshi,S.et al.Sci Rep 8, 19111 (2016))に記載の方法でヒト多能性幹細胞を分化誘導した。分化誘導後第20日目にフローサイトメトリーを使用して心筋細胞を分離抽出することで移植用の心筋細胞を含む溶液を作製した。
【0061】
<実施例1>
移植用の心筋細胞を含む溶液に、上記タンパク質(A-1)及び水を加え、タンパク質(A-1)の濃度が10重量%となり、かつ、移植用の心筋細胞の含有濃度が5×10個/mLになるように、実施例1に係る細胞移植用組成物を調製した。
【0062】
<実施例2~4>
タンパク質(A-1)に換えて、タンパク質(A-2)~タンパク質(A-4)を用いた以外は、実施例1と同様に、実施例2~4に係る細胞移植用組成物を調製した。
【0063】
<比較例1>
移植用の心筋細胞を含む溶液に水を加え、移植用の心筋細胞の含有濃度が5×10個/mLになるように、比較例1に係る細胞移植用組成物を調製した。
【0064】
<比較例2>
タンパク質(A-1)に換えて、タンパク質(A’-1)を用いた以外は、実施例1と同様に、比較例2に係る細胞移植用組成物を調製した。
【0065】
<マウスへの心筋細胞の移植>
各実施例及び各比較例に係る細胞移植用組成物20μL(細胞数1×10個)を、心筋梗塞モデルマウスの心筋組織に注射器を使用して注入した。注入1時間後に各マウスに、注射器を使用してルシフェリンを腹腔内投与し、IVIS(In vivo imaging system)を使用してマウス心筋組織におけるルシフェラーゼの発光強度を検出した。
【0066】
<細胞移植後の心筋細胞の残存性評価(細胞移植後0日目)>
検出した発光強度から下記式を使用して細胞移植後0日目の心筋細胞の残存性を算出した。結果を表2に記載した。
〔細胞移植後0日目の心筋細胞の残存性〕=〔ルシフェラーゼの発光強度〕/〔比較例1のルシフェラーゼの発光強度〕
なお、表2中の「細胞移植後0日目の心筋細胞の残存性(相対値)」は、比較例1の細胞移植用組成物が注入されたマウスにおける「細胞移植後0日目のルシフェラーゼ発光強度」を1.0とした場合の相対比である。
【0067】
<細胞移植後の心筋細胞の増殖性評価(移植0日目~84日目)>
各実施例及び各比較例の細胞移植用組成物が注入されたマウスを、その後飼育し、3、5、7、14、28、56及び84日目に、注射器を使用してルシフェリンを腹腔内投与し、IVIS(In vivo imaging system)を使用してマウス心筋組織におけるルシフェラーゼの発光強度を検出した。
【0068】
検出した発光強度から下記式を使用して細胞移植後の心筋細胞の増殖性を算出した。結果を表3に記載した。
〔細胞移植後の心筋細胞の増殖性〕=〔ルシフェラーゼの発光強度〕/〔細胞移植後0日目のルシフェラーゼの発光強度〕
なお、表3中の「細胞移植後の心筋細胞の増殖性(相対値)」は、各実施例及び各比較例の細胞移植用組成物が注入されたマウスにおける「細胞移植0日目のルシフェラーゼ発光強度」を1.0とした場合の相対比である。
【0069】
【表2】
【0070】
【表3】
【0071】
表2から、実施例1~4の細胞移植用組成物を用いると、比較例1及び2の細胞移植用組成物を用いた場合と比較して、細胞移植後の心筋細胞の残存性評価が顕著に高いことが分かる。
また、表3から、実施例1~4の細胞移植用組成物を用いると、比較例1及び2の細胞移植用組成物を用いた場合と比較して、細胞移植後の心筋細胞の増殖性評価が高いことが分かる。
したがって、本発明の細胞移植用組成物を用いると、心筋組織に心筋細胞を保持でき、なおかつ細胞の増殖性が高いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の細胞移植用組成物及び細胞移植方法は、心筋細胞等を心筋組織に好適に保持させることができ、移植細胞の残存性及び増殖性を向上させることができる。したがって、本発明の細胞移植用組成物及び細胞移植方法は、心筋梗塞等の不完全な心臓機能により特徴付けられる疾患に対し有効である。
【配列表】
0007241358000001.app