(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-09
(45)【発行日】2023-03-17
(54)【発明の名称】パラメトリックスピーカ及び信号処理装置
(51)【国際特許分類】
H04R 3/00 20060101AFI20230310BHJP
【FI】
H04R3/00 310
(21)【出願番号】P 2018188872
(22)【出願日】2018-10-04
【審査請求日】2021-09-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行日:2018年3月12日の信学技報(IEICE Technical Report(電子情報通信学会技術研究報告)) Vol.117 No.515(一般財団法人 電子情報通信学会発行)に掲載 [刊行物等] 開催日:2018年3月19日の「電気音響研究会/応用音響研究会」(一般社団法人 日本音響学会電気音響研究委員会、及び、一般社団法人 電子情報通信学会応用音響研究専門委員会主催)にて発表 [刊行物等] 開催日:2018年7月21日の「第47回 関西合同音声ゼミ」(国立大学法人京都大学主催)にて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「ピンスポット目覚まし時計の事業化検証のためのオーディオスポット技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、 平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーションプログラム「運動の生活カルチャー化により活力ある未来をつくるアクティブ・フォー・オール拠点」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】593006630
【氏名又は名称】学校法人立命館
(74)【代理人】
【識別番号】100111567
【氏名又は名称】坂本 寛
(72)【発明者】
【氏名】西浦 敬信
(72)【発明者】
【氏名】中山 雅人
(72)【発明者】
【氏名】森 海里
【審査官】渡邊 正宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-318606(JP,A)
【文献】国際公開第2013/042317(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 1/00- 1/02
H04R 1/06
H04R 1/20- 1/34
H04R 1/40
H04R 1/44
H04R 3/00- 3/14
H04R 9/00
H04R 13/00
H04R 15/00
H04R 17/00
H04R 17/10
H04R 19/00
H04R 23/00
H04R 29/00-31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
搬送波が可聴音の音響信号によって振幅変調された変調波を放射するパラメトリックスピーカであって、
スピーカ本体と、
前記スピーカ本体から放射される
前記変調波を生成する信号処理装置と、を備え、
前記信号処理装置は、
搬送波の周波数を、変調信号により時間経過に対して変化する周波数に変調する第1変調部と、
周波数の変調された前記搬送波の振幅を、可聴音の音響信号によって
振幅変調
した振幅変調波である前記変調波を生成する第2変調部と、を含む
パラメトリックスピーカ。
【請求項2】
前記第1変調部で搬送波の周波数を変調する際の周波数偏移は10Hz~100Hzである
請求項1に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項3】
前記第1変調部での、前記変調信号の周波数は50Hz~90Hzである
請求項1又は2に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項4】
前記時間経過に対して変化する周波数は、平均値が前記搬送波の周波数と一致するように時間経過に対して変化する周波数である
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項5】
前記時間経過に対して変化する周波数の瞬時周波数の時間経過に対する変化の軌跡は、正弦波である
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項6】
搬送波が可聴音の音響信号によって振幅変調された変調波を放射するパラメトリックスピーカのスピーカ本体から放射される
前記変調波を生成する信号処理装置であって、
搬送波の周波数を、変調信号により時間経過に対して変化する周波数に変調する第1変調部と、
周波数の変調された前記搬送波の振幅を、可聴音の音響信号によって
振幅変調
した振幅変調波である前記変調波を生成する第2変調部と、を備える
信号処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、パラメトリックスピーカ及び信号処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超音波を用いて高い指向性を実現するパラメトリックスピーカが知られている(例えば、特許文献1参照)。パラメトリックスピーカは、超音波帯域の搬送波を音響信号により変調した変調波を大音圧で放射し、空中の非線形特性により変調波を自己復調して音(復調音)を伝えるものである。パラメトリックスピーカによる可聴領域は、超音波の高い指向性によって直線状に存在する。そのため、直線状の可聴領域に存在する者に音を伝えることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
しかしながら、パラメトリックスピーカでは変調波を大音圧で放射するために、超音波発生素子の疲労破壊が引き起こされる場合がある。超音波発生素子が疲労破壊すると、周波数ピーク雑音が発生する。その結果、パラメトリックスピーカの音質が低下してしまう。
【0005】
ある実施の形態に従うと、パラメトリックスピーカは、スピーカ本体と、スピーカ本体から放射される変調波を生成する信号処理装置と、を備え、信号処理装置は、搬送波の周波数を、変調信号により時間経過に対して変化する周波数に変調する第1変調部と、周波数の変調された搬送波の振幅を、可聴音の音響信号によって変調する第2変調部と、を含む。
【0006】
他の実施の形態に従うと、信号処理装置は、パラメトリックスピーカのスピーカ本体から放射される変調波を生成する信号処理装置であって、搬送波の周波数を、変調信号により時間経過に対して変化する周波数に変調する第1変調部と、周波数の変調された搬送波の振幅を、可聴音の音響信号によって変調する第2変調部と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実施の形態に係るパラメトリックスピーカの概略的な構成図である。
【
図2】
図2は、搬送波の周波数変換を説明するための図である。
【
図3】
図3は、周波数変換後の搬送波の振幅変調を説明するための図である。
【
図4】
図4Aはパラメトリックスピーカの超音波発生素子が正常である場合の放射される変調波の周波数特性を表した図であり、
図4Bは超音波発生素子が疲労破壊した場合の放射される変調波の周波数特性を表した図である。
【
図5】
図5Aは実験1の機材配置を表した図であり、
図5Bは実験1で用いた指標Pを表した図である。
【
図6】
図6は、実験1の評価帯域Aでの結果を示した図である。
【
図7】
図7は、実験1の評価帯域Bでの結果を示した図である。
【
図8】
図8Aは実験1の評価帯域Bでの周波数変調していない場合のスペクトログラム、
図8Bは実験1の評価帯域Bでの周波数変調した場合のスペクトログラムを示した図である。
【
図9】
図9は、実験2での、音圧の比較結果を示した図である。
【
図10】
図10は、実験2での、音質の比較結果を示した図である。
【
図12】
図12Aは実験3の周波数変調していない場合のスペクトログラム、
図12Bは実験3の周波数変調した場合のスペクトログラムを示した図である。
【
図13】
図13Aは実験4の周波数変調していない場合のスペクトログラム、
図13Bは実験4の周波数f
Mを1000Hzとして周波数変調した場合のスペクトログラム、及び
図13Cは実験4の周波数f
Mを5000Hzとして周波数変調した場合のスペクトログラムを示した図である。
【
図14】
図14は、ラメトリックスピーカに含まれる超音波発生素子の周波数特性を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1.パラメトリックスピーカ及び信号処理装置の概要]
(1)本実施の形態に含まれるパラメトリックスピーカは、スピーカ本体と、スピーカ本体から放射される変調波を生成する信号処理装置と、を備え、信号処理装置は、搬送波の周波数を、変調信号により時間経過に対して変化する周波数に変調する第1変調部と、周波数の変調された搬送波の振幅を、可聴音の音響信号によって変調する第2変調部と、を含む。パラメトリックスピーカは、超音波を搬送波(キャリア)とし、音声等の可聴帯域の音響信号で振幅変調された変調波を音響空間に放射する。変調信号は、搬送波を周波数変調する信号であって、時間をパラメータとする所定の時間関数である。搬送波の周波数を変調信号により時間経過に対して変化する周波数に変調することにより、スピーカ本体に含まれる超音波発生素子にかかる応力を時間分散させることができる。これにより、スピーカ本体に含まれる超音波発生素子のうちの搬送波の周波数に対応した特定の素子に対する負荷の集中を回避できる。その結果、スピーカ本体に含まれる超音波発生素子の疲労破壊を遅らせ、パラメトリックスピーカの耐久性を向上できる。
【0009】
(2)好ましくは、第1変調部で搬送波の周波数を変調する際の周波数偏移は10Hz~100Hzである。周波数偏移は搬送波の周波数に対する周波数変化の最大量である。そのため、周波数偏移が搬送波の周波数に対して大きすぎると周波数ピーク雑音(ノイズ)が大きくなる。逆に、周波数偏移が搬送波の周波数に対して小さすぎると、周波数ピーク雑音を低減する効果が小さくなる。周波数偏移を10Hz~100Hzとすることによって、たとえスピーカ本体に含まれる超音波発生素子が疲労破壊した場合であっても、雑音が有する周波数ピークが非定常となり、周波数ピーク雑音の音圧は低減する。つまり、超音波発生素子が疲労破壊した場合であっても周波数ピーク雑音を抑えることができる。
【0010】
(3)好ましくは、第1変調部での、変調信号の周波数は50Hz~90Hzである。変調信号の周波数が高すぎると可聴音の音響信号に影響し、復調音の音質の低下を招く。変調信号の周波数を50Hz~90Hzとすることによって、可聴音である音響信号に与える影響、及び、周波数ピーク雑音の音圧が抑えられ、復調音の音質の低下を回避することができる。また、たとえスピーカ本体に含まれる超音波発生素子が疲労破壊した場合であっても、復調音の音質の低下を回避することができる。つまり、超音波発生素子が疲労破壊した場合であっても、音質の低下を防止することができる。
【0011】
(4)好ましくは、時間経過に対して変化する周波数は、平均値が搬送波の周波数と一致するように時間経過に対して変化する周波数である。時間経過に対して変化する周波数にはスピーカ本体に含まれる超音波発生素子の共振周波数が含まれる。そのため、超音波発生素子の共振周波数を用いないことによる放射音の音圧の損失を抑えることができる。
【0012】
(5)好ましくは、時間経過に対して変化する周波数の瞬時周波数の時間経過に対する変化の軌跡は、正弦波状である。つまり、変調信号を表す所定の時間関数は正弦関数である。これにより、周波数成分のノイズの影響を抑えやすくなる。
【0013】
(6)本実施の形態に含まれる信号処理装置はパラメトリックスピーカのスピーカ本体から放射される変調波を生成する信号処理装置であって、搬送波の周波数を、変調信号により時間経過に対して変化する周波数に変調する第1変調部と、周波数の変調された搬送波の振幅を、可聴音の音響信号によって変調する第2変調部と、を備える。この信号処理装置は(1)~(5)に記載のパラメトリックスピーカに含まれる信号処理装置である。そのため、(1)~(5)に記載のパラメトリックスピーカと同じ効果を奏する。
【0014】
[2.パラメトリックスピーカ及び信号処理装置の例]
[第1の実施の形態]
<パラメトリックスピーカの構成>
本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1は、超音波を搬送波(キャリア)とし、音声等の可聴帯域の音響信号で振幅変調された変調波を、非線形が生じる大きな振幅で音響空間に放射する。変調波は、音響空間に存在する空気(大気)を伝播する過程で、当該媒質の非線形性により歪みを生じ、この歪みによって可聴音である音響信号(復調音)が自己復調し、指向性の高い音場が形成される。
【0015】
図1に示されるように、パラメトリックスピーカ1は、信号処理装置10と、スピーカ本体20と、を有し、音響信号生成装置5に接続されている。スピーカ本体20は、超音波を放射する複数の超音波発生素子を備える。複数の超音波発生素子は、放射面に沿って縦横にアレイ状に配列される。信号処理装置10はスピーカ本体20から放射される超音波を生成するための信号処理を実行する。
【0016】
信号処理装置10は搬送波生成部11を有する。搬送波生成部11は、所定の周波数の搬送波C1を生成する。搬送波生成部11は、例えば水晶振動子等を用いた高周波発振器を含んで構成されている。搬送波C1は、
図1の式(1)で示された関数c(t)で表される。なお、式(1)において、周波数fcは搬送波C1の周波数である。
【0017】
信号処理装置10は変調部12を有する。変調部12は、第1変調部121及び第2変調部122を有する。第1変調部121は、搬送波生成部11から搬送波C1の入力を受け付ける。第1変調部121は、搬送波生成部11から入力された搬送波C1を周波数変調(変換)し、周波数変調後の搬送波C2を生成する。第1変調部121での搬送波C1の周波数変調については後述する。
【0018】
第2変調部122は、第1変調部121から周波数変調後の搬送波C2の入力を受け付けるとともに、音響信号生成装置5から、可聴音の音響信号Sの入力を受け付ける。第2変調部122は、搬送波C2の振幅を音響信号Sによって変調し、変調波vpを生成する。
【0019】
信号処理装置10は増幅部13を有する。増幅部13は第2変調部122から変調波vpの入力を受け付ける。信号処理装置10は変調波vpを増幅し、スピーカ本体20に入力する。増幅部13は、例えば超音波帯域の増幅特性が良好なオペアンプ等を用いて構成されている。増幅された変調波Hは、スピーカ本体20の超音波発生素子から超音波として放射される。
【0020】
搬送波生成部11及び変調部12は、例えば、デジタル回路によって構成されていてもよいし、アナログ回路によって構成されていてもよい。デジタル回路は、例えばCPU等のプロセッサやメモリを備えたコンピュータから構成されている。そして、プロセッサがメモリに記憶されているコンピュータプログラムを実行することにより、搬送波生成部11及び変調部12が実現されている。
【0021】
<搬送波の周波数変調の説明>
図2に示されるように、第1変調部121は、純音である搬送波C1の、時間変化に対して一定値fcであった周波数の値を、変調信号により時間経過に対して変化する値に変調して搬送波C2を生成する。変調信号は、搬送波C1を周波数変調する信号であって、時間をパラメータとする所定の時間関数で表される。すなわち、変調後の搬送波C2の周波数は、時間経過に関わらずに一定値をとるものではなく、時間経過に対して変化する。時間経過に対して変化する搬送波C2の周波数、つまり、上記の変調信号を、時間tの関数f(t)で表す。好ましくは、周波数f(t)は、平均値が周波数fcと一致する。周波数f(t)の瞬時周波数の時間変化に対する軌跡は、例えば、
図2に示されるようにfc上を進行する正弦波、三角波、などである。周波数f(t)は、例えば、正弦関数である。周波数f(t)を、瞬時周波数の時間変化に対する軌跡が正弦波となる関数(正弦関数)とすることで、高調波成分のノイズの影響を抑えやすくなる。
【0022】
周波数が変調されることで、搬送波C2は、
図2の式(2)で示されるc
P(t)で表される。なお、式(2)において、周波数fcは搬送波C1の周波数であり、変調信号の周波数f
M及び周波数偏移Δfは、周波数変調におけるパラメータである。周波数偏移Δfは、搬送波C1の周波数fcに対する周波数変化の最大量である。変調信号の周波数f
Mは、搬送波C2の周波数の変化の周期である。
【0023】
第1変調部121は、周波数変調において、変調信号の周波数fM及び周波数偏移Δfを決定する。周波数偏移Δfは周波数fcに対する周波数変化の最大量であるため、周波数fcに対して大きすぎると周波数ピーク雑音(ノイズ)が大きくなる。一方で、周波数fcに対して小さすぎると、後述する発明者らによる実験によって検証されたように、周波数ピーク雑音を低減する効果が小さくなる。そのため、搬送波C1の周波数fcに対して適切な範囲で設定されることが望ましい。そこで、第1変調部121は、周波数変調において、搬送波C1の周波数fcに基づいて周波数偏移Δfを決定する。
【0024】
また、変調信号の周波数fMは、搬送波C2の周波数の変化の周期であるため、大きすぎると可聴音である音響信号Sに影響し、復調音の音質の低下を招く。そこで、第1変調部121は、周波数変調において、変調信号の周波数fMを小さい値に決定する。好ましくは、第1変調部121は、音響信号Sの周波数に対して十分に小さい値に決定する。より好ましくは、第1変調部121は、後述する発明者らの実験によって有効と検証された変調信号の周波数fM及び周波数偏移Δfに決定する。
【0025】
<周波数変調後の搬送波の振幅変調の説明>
図3に示されるように、第2変調部122は、超音波帯域UB内で周波数f(t)に変調された搬送波C2の振幅を、超音波帯域UB外の周波数である音響信号Sによって変調し、超音波帯域UB内の変調波vpを生成する。変調波vpは、周波数f(t)に変調された搬送波C2に並行した上側波帯USB及び下側波帯LSBに挟まれた範囲であり、
図3中の式vp(t)で表される。
【0026】
<実施の形態の効果>
本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1では、時間変化に対して変化する周波数f(t)である搬送波C2に対して、振幅を音響信号Sによって変調した変調波vpを増幅して放射される。これにより、搬送波C2の周波数が時間経過に伴って変化するために共振周波数が時間経過に伴って変化する。搬送波が共振周波数に近いほど、超音波素子へかかる応力が大きくなるものである。これに対して、共振周波数が時間経過に伴って変化することによって、複数の超音波素子のうちの負荷のかかる素子も時間経過に伴って変化する。これにより、複数の超音波素子の中で負荷が分散される。つまり、応力の時間分散が図られる。その結果、全体として疲労破壊に達するまでの期間を長くすることができる。その結果、パラメトリックスピーカの耐久性を従来のパラメトリックスピーカの耐久性より向上することができる。
【0027】
[第2の実施の形態]
図4Aに示されるように、スピーカ本体20の超音波発生素子が正常である場合に放射される変調波の周波数ピークが40kHz程度であるとする。この場合、
図4Bに示されるように、超音波発生素子が疲労破壊すると、変調波は4~20kHzに複数の周波数ピークが生じる。これにより、周波数ピーク雑音が発生する。
【0028】
そこで、発明者らは、たとえ超音波発生素子が疲労破壊した場合であっても、音質の低下を回避できるようなパラメータを得るための実験を行った。
【0029】
<実験1>
第1の実験として搬送波C1の周波数を変調せずに音響信号Sによって振幅変調した場合と、周波数を変調した搬送波C2を音響信号Sによって振幅変調した場合との周波数ピーク雑音の音圧を比較する実験を行った。このとき、パラメータである波数fM及び周波数偏移Δfを変化させて搬送波C1の周波数を変調した。これにより、本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1の超音波発生素子の疲労破壊に対する有効性を確認するとともに、搬送波C1の周波数変調におけるパラメータfM及びΔfを検討した。
【0030】
実験1においては、
図5Aに示されるように、L1×L2=6.0m×6.3mの実験空間に、辺L1からd1=0.8m、かつ、辺L2からd2=2.0m隔ててスピーカ本体20を配置した。さらに、スピーカ本体20の正面に距離D1=0.25m隔ててマイクロホン7を配置した。また、各実験機材は、以下の機材を用いた。
パラメトリックスピーカ:MSP-50E-1(三菱電機エンジニアリング株式会社製)
マイクロホン:ECM-88B(SONY製)
オーディオインタフェース:Fireface UFX(RME製)
マイクアンプ:MICA-800A(平塚エンジニアリング製)
パワーアンプ:PS-A2002(VICTOR製)
【0031】
実験場所はオフィス環境を模した、23.2dBの暗騒音レベルとした。残響時間は650msであった。標本化(サンプリング)周波数は192kHz、量子化ビット数は32ビットとした。搬送波C1の周波数を40kHzとし、その周波数変調におけるパラメータとして、搬送波C1の周波数fcに対する周波数変化の最大量である周波数偏移Δfを100Hzから1000Hzまで100Hzずつ変化させて周波数変調を行った。また、パラメータとして、搬送波C1の変化の周期である周波数f
Mを10Hzから100Hzまで10Hzずつ変化させて周波数変調を行った。この実験において、評価帯域を、全帯域である帯域A:0~20kHz、及び、周波数変調による復調音を除いた帯域である帯域B:4~20kHzの2種類とした。なお、評価指標は、
図5Bに式(1)で示される指標Pを用いた。
【0032】
図6及び
図7では、周波数変調を行っていない場合に対する周波数変調を行った場合の周波数ピーク雑音の音圧の差が、評価帯域A,Bそれぞれで示されている。
図6に示されるように、評価帯域Aにおいては、周波数変調による復調音の影響により、周波数変調を行っていない場合に比べてパラメトリックスピーカから発生する雑音が増加した。
【0033】
一方、
図7に示されるように、評価帯域Bでは周波数変調による復調音を除去し、周波数ピーク雑音の帯域のみ評価するため、周波数ピーク雑音が抑圧されることがわかった。特に、搬送波C1の周波数を変調せずに音響信号Sによって振幅変調した場合と、周波数f
Mを90Hz、周波数偏移Δfを100Hzとして周波数変調した場合との周波数ピーク雑音を比較すると、
図8Bに示される周波数変調した場合では、
図8Aに示される周波数変調していない場合と比較して、周波数ピーク雑音が約5.8dB低下している。また、
図7の結果より、周波数f
Mが60~90Hz、周波数偏移Δfが500Hz以下のときに周波数ピーク雑音が抑圧されることが分かった。
【0034】
以上の実験1の結果より、一例として、周波数変調による復調音が除去される場合、周波数fMは60~90Hz、周波数偏移Δfは500Hz以下に設定するものとする。
【0035】
<実験2>
次に、発明者らは、周波数を変調した搬送波C2による復調音の音質、及び、音圧への影響を確認するために、実験2として、搬送波C1の周波数を変調せずに音響信号Sによって振幅変調した場合と、周波数を変調した搬送波C2を音響信号Sによって振幅変調した場合との、復調音の音質、及び、音圧を比較する実験を行った。このとき、音源の音質は、男性2人及び女性3人による音素バランス単語を用い、音圧測定にはTSP(Time Stretched Pulse)信号を用いた。音質評価の指標はPESQ(Perceptual Evaluation of Speech Quality)値を用いた。
【0036】
実験2においては、
図5Aと概ね同じ機材配置とし、スピーカ本体20の正面に距離D2=1.0m隔ててマイクロホン7を配置した。また、使用した各実験機材は、実験1と同じである。
【0037】
実験環境は実験1と同じとし、標本化(サンプリング)周波数は192kHz、量子化ビット数は32ビットとした。搬送波C1の周波数を40kHzとし、その周波数変調におけるパラメータとして、周波数偏移Δfを100,500,1000Hz、変調信号の周波数f
Mを10Hzから100Hzまで10Hzずつ変化させて周波数変調を行った。なお、音圧の指標値P2は
図5Bの式(1)に示される指標値P1と概ね同じものであって、雑音信号w(t)に替えて、TSP信号より算出されたインパルス応答S
IR(t)を用いた。
【0038】
図9に示されたように、周波数偏移Δfを大きくするほど、搬送波C2の周波数と超音波素子の共振周波数との差が大きくなる。そのため、周波数偏移Δfを大きくするほど、復調音の音圧は低下する。周波数偏移Δfが100Hzの場合、搬送波C1の周波数を変調しない場合と同等の音圧が保持されている。
【0039】
従って、実験2の結果より、復調音の音圧の低下を防止することを目的とする場合には、周波数偏移Δfは小さな値に設定する。好ましくは、周波数偏移Δfは、10Hz以上、かつ、100Hz以下とする。
【0040】
また、
図10に示されたように、周波数偏移Δf及び周波数f
Mを大きくするほど、復調音の音質は悪化する。周波数偏移Δfが100Hzの場合、搬送波C1の周波数を変調しない場合と同等の音質が保持されている。
【0041】
従って、実験2の結果より、復調音の音質の維持を目的とする場合には、周波数偏移Δf及び周波数fMは小さな値に設定する。好ましくは、周波数偏移Δf及び周波数fMは、10Hz以上、かつ、100Hz以下とする。
【0042】
<実験3>
実験1,2の結果を踏まえて、発明者らは、実験3として、周波数偏移Δfを実験1,2よりも小さくして搬送波C1の周波変調に用いるパラメータごとの雑音低減性能を評価するために、搬送波C1の周波数を変調せずに音響信号Sによって振幅変調した場合と、周波数を変調した搬送波C2を音響信号Sによって振幅変調した場合との周波数ピーク雑音の音圧を比較する実験を行った。実験3では、パラメトリックスピーカの個体差を考慮して3台のパラメトリックスピーカを用い、各パラメトリックスピーカの共振周波数を搬送波C1の周波数とした。
【0043】
実験3においても、
図5Aと同じ機材配置とした。また、使用した各実験機材は、実験1と同じである。
【0044】
実験環境は実験1と同じとした。搬送波C1の周波数は、3台のパラメトリックスピーカの共振周波数より38.1、38.2、38.4kHzとした。その周波数変調におけるパラメータとして、周波数偏移Δf及び変調信号の周波数f
Mともに、10Hzから100Hzまで10Hzずつ変化させて周波数変調を行った。なお、音圧の指標値P1は
図5Bの式(1)に示される指標値P1を用いた。
【0045】
図11では、搬送波C1の周波数変調を行っていない場合に対する周波数変調を行った場合の周波数ピーク雑音の音圧の差が示されている。
図11に示されたように、周波数偏移Δfの値が小さいと、周波数ピーク雑音が発生しないことがわかった。0~20kHzの帯域で周波数ピーク雑音の音圧を評価すると、周波数変調を行っていない場合に比べて周波数ピーク雑音が低減していることがわかった。特に、
図12Aに示される搬送波C1の周波数を変調せずに音響信号Sによって振幅変調した場合と、
図12Bに示される周波数f
Mを70Hz、周波数偏移Δfを20Hzとして周波数変調した場合との周波数ピーク雑音を比較すると、周波数ピーク雑音の音圧が約7.5dB低下している。
図12A,12Bを比較すると、搬送波C1を周波数変調することで、14kHz付近にあった周波数ピーク雑音が非定常となり、低減することがわかった。
【0046】
従って、実験3より、周波数ピーク雑音の発生の抑制を目的とする場合、周波数偏移Δfを小さい値に設定する。好ましくは、周波数偏移Δfを10Hz~100Hz、かつ、周波数fMを50Hz~90Hzとする。より好ましくは、周波数偏移Δfを20Hz、周波数fMを70Hzとする。この場合、周波数変調を行わない場合よりも周波数ピーク雑音の音圧が約7.5dB低減することが確認された。
【0047】
<実験4>
なお、発明者らは、追加的に実験4として、変調信号の周波数fMが高い場合について、搬送波C1の周波数を変調せずに音響信号Sによって振幅変調した場合と、周波数を変調した搬送波C2を音響信号Sによって振幅変調した場合との復調音を比較する実験を行った。実験環境及び実験条件は実験1~3と概ね同じとした。周波数変調におけるパラメータとして、周波数偏移Δfを1000Hzとし、変調信号の周波数fMを1000Hz及び5000Hzとして周波数変調を行った。
【0048】
図13A~
図13Cを比較すると、周波数f
Mが高くなると、周波数ピーク雑音が生じることがわかった。特に、
図13B,13Cに示されるように、周波数f
Mが高くなると周波数f
Mの純音が復調されて雑音となることがわかった。
【0049】
従って、実験4より、周波数ピーク雑音の発生の抑制を目的とする場には、周波数fMを低い値とする。
【0050】
<まとめ>
本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1では、時間変化に対して変化する周波数f(t)である搬送波C2に対して、振幅を音響信号Sによって変調した変調波vpを増幅して放射される。これにより、雑音が有する周波数ピークが非定常となり、周波数ピーク雑音の音圧は低減する。つまり、周波数ピーク雑音を抑えることができる。
【0051】
図14に示されたように、超音波発生素子は共振周波数で急峻なピークを有する周波数特性を有する。従来、音圧を最大化するために、搬送波の周波数を超音波素子の共振周波数に合わせていた。本実施の形態では超音波素子が劣化したときに発生する周波数ピーク雑音を抑制するために周波数変調された搬送波を用いる。すなわち、
図3中の式で示された変調信号の周波数f
M及び周波数偏移Δf、つまり、平均値が搬送波C1の周波数fcと一致する、時間経過に対して変化する周波数に変調される。このため、超音波発生素子からの放射音の音圧が変化する。時間経過に対して変化する搬送波C2の周波数には超音波発生素子の共振周波数が含まれる。つまり、変調された搬送波の周波数の平均値は、元の搬送波の周波数と一致している。そのため、超音波発生素子の共振周波数を用いないことによる放射音の音圧の損失を抑えることができる。すなわち、超音波素子の音圧の低下を抑えることができる。
【0052】
搬送波C2の周波数と超音波発生素子の共振周波数の差が大きくなるほど超音波発生素子の振動は小さくなる。その結果、周波数ピーク雑音の音圧を低減させることができる。そのため、本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1では、搬送波の周波数変調を行わない場合と同等の放射音の音圧を保持しつつ、周波数ピーク雑音の音圧を低減させることができる。
【0053】
なお、発明者らの実験によって、周波数変調におけるパラメータである周波数偏移Δfが増加するほど搬送波C2の周波数と超音波発生素子の共振周波数との差が大きくなるため、周波数ピーク雑音の音圧、及び、放射音の音圧が低下することが検証された。また、周波数変調におけるパラメータである周波数fMが増加するほど搬送波C2の周波数の変化の周期が短くなるため、周波数ピーク雑音の音圧、及び、放射音の音圧は非定常となることが検証された。
【0054】
パラメトリックスピーカでは、超音波素子が疲労破壊すると目的音ではない周波数ピーク雑音が発生する。これに対して、本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1では、超音波素子が疲労破壊した場合であっても、発生する周波数ピーク雑音を低減させることができる。その結果、パラメトリックスピーカの耐久性を従来のパラメトリックスピーカの耐久性より向上することができる。
【0055】
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。
【符号の説明】
【0056】
1 :パラメトリックスピーカ
5 :音響信号生成装置
7 :マイクロホン
10 :信号処理装置
11 :搬送波生成部
12 :変調部
13 :増幅部
20 :スピーカ本体
121 :第1変調部
122 :第2変調部
C1 :搬送波
C2 :搬送波
D1 :距離
D2 :距離
H :変調波
L1 :辺
L2 :辺
LSB :下側波帯
P :指標
P1 :指標値
P2 :指標値
S :音響信号
UB :超音波帯域
USB :上側波帯
fM :周波数
fc :周波数
vp :変調波
w :雑音信号
Δf :周波数偏移