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特許7242483リグノセルロース材料の蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-10
(45)【発行日】2023-03-20
(54)【発明の名称】リグノセルロース材料の蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法
(51)【国際特許分類】
   D21C 3/00 20060101AFI20230313BHJP
   D21C 3/02 20060101ALI20230313BHJP
【FI】
D21C3/00 Z
D21C3/02
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019166367
(22)【出願日】2019-09-12
(65)【公開番号】P2021042505
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2022-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000226161
【氏名又は名称】日華化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 多加志
(72)【発明者】
【氏名】高井 孝次
(72)【発明者】
【氏名】豊原 治彦
【審査官】長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-185413(JP,A)
【文献】特開2019-65434(JP,A)
【文献】特開2004-263310(JP,A)
【文献】近藤 民雄,木材の抽出成分,日本農芸化学会誌,第30巻 第11号,日本,1956年,第717-720頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21B1/00-1/38
D21C1/00-11/14
D21D1/00-99/00
D21F1/00-13/12
D21G1/00-9/00
D21H11/00-27/42
D21J1/00-7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを含有していることを特徴とする蒸解促進剤。
【請求項2】
蒸解工程において、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを添加することを特徴とするパルプの製造方法。
【請求項3】
前記蒸解工程では、前記タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを、リグノセルロース材料の質量に対して50ppm以上5000ppm以下の量を添加する、請求項2に記載されているパルプの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース材料の蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
木材などの植物のリグノセルロース材料からパルプを製造するには、一般にアルカリや亜硫酸塩などを使って、蒸解処理を行う。この蒸解処理により不要なリグニン成分や天然樹脂成分などを溶解または分散させた後、ろ過洗浄などしてこれらを除去し、パルプを製造する。
【0003】
パルプの製造においては、木材などの天然資源は環境問題などから乱伐が規制され、また木材の価格も高くなっているのが現状である。そのため、原木原単位当たりのパルプの生産量を増加し、品質の高いパルプ製品を生産することが重要になってきている。
【0004】
これらの課題を解決する方法として、蒸解の効率を高めるために蒸解促進剤を使用する技術が知られている。
【0005】
例えば、特許文献1では、キノン-ヒドロキノン系化合物及びその前駆体が存在するアルカリ蒸解液中でリグノセルロース材料を蒸解する方法において、所定蒸解温度までの昇温時から所定蒸解温度前半までの間で、この蒸解系に還元剤を添加することを特徴とするリグノセルロース材料の蒸解法が提示されている。
【0006】
この特許文献1においては、蒸解液中にキノン-ヒドロキノン系化合物及びその前駆体が存在することが前提である。このような反応系では、キノン-ヒドロキノン系化合物の酸化型(アントラキノン)と還元型(アントラヒドロキノン)の酸化還元反応の結果に蒸解が促進されており、酸化型と還元型とのサイクル数が多い程、蒸解の効果に好ましい影響が与えられる。通常は蒸解中の反応系が酸化型に大幅に偏って存在し蒸解促進の効果が発揮しにくい状態であるから、特許文献1においては、この平衡を還元型の方に戻し、酸化還元サイクルが回復しキノン化合物による蒸解促進の効果を更に増大させることができるよう還元剤を併用している。
【0007】
また、特許文献2では、有機還元性物質をリグノセルロース物質の蒸解助剤として用いることを特徴とするパルプ製造方法が提示されており、蒸解助剤として、チオ尿素またはチオ尿素誘導体、還元性糖類などが記載されている。
【0008】
また、特許文献3では、有機酸及び/又はこの塩を含有してなることを特徴とするリグノセルロース物質蒸解用蒸解助剤が提示されている。特に有機酸が、アミノカルボン酸及び/又はオキシカルボン酸である蒸解助剤が提示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平7-145581号公報
【文献】特開2004-143629号公報
【文献】特開2009-185413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1において使用することが前提となっているキノン-ヒドロキノン化合物、特にアントラキノンは、発がん性の問題があって人体への影響を排除できないため、使用しないことが望まれている。
【0011】
具体的には、欧州食品安全機関(EFSA)は、農薬有効成分としてアントラキノンの発がん作用は排除できず、一方で、ほ乳類に対するハザードである可能性も明白に特定することはできないとしている。国際がん研究機関(IARC)は、アントラキノンをグループ2B(ヒトに対して発がん性の可能性がある)クラスに分類している。そのため、ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)においては、食品包装材への使用を推奨する化学物質リストから除外することとなった。
【0012】
食品以外の用途にはアントラキノンは使用できるとしても、製紙工場にて蒸解工程を含むパルプ化工程後、さらにそれぞれの抄紙工程に分岐しており、食品にかかわる包装材を製造する際にのみアントラキノンを使用しないというような区分けをするのは操業上困難であり、アントラキノンを用いない蒸解助剤が望まれている。
【0013】
特許文献2に開示されたチオ尿素誘導体は、蒸解促進効果が不十分であって改善が望まれている。
【0014】
また、特許文献3に開示された有機酸及び/又はこの塩も、蒸解促進効果が不十分であって改善が望まれている。
【0015】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、安全であって蒸解促進効果の高い蒸解促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の蒸解促進剤は、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを含有している。
【0017】
本発明のパルプの製造方法は、蒸解工程において、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを添加することを特徴としている。
【0018】
前記蒸解工程では、前記タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを、リグノセルロース材料の質量に対して50ppm以上5000ppm以下の量を添加することが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、人体への悪影響を排除することができない成分を用いることなく、木材など植物のリグノセルロース材料の蒸解を促進して効率よくパルプを生産することができる蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0021】
タンニンとはもともと皮を鞣すために用いられる鞣皮剤を指していたが、現在では「タンパク質や多糖体などの高分子化合物、アルカロイドなどの塩基性化合物、重金属などに強い親和性を示し、それらとの複合体を形成しやすい性質を持つ天然ポリフェノール群」(吉田隆志、波多野力、伊東秀之、有機合成化学協会誌、62,5,(2004)p.95)であって、加水分解性タンニン(hydrolyzable tannin)と 縮合型タンニン(condensed tannin)という化学構造の根本的に異なる二つの系統に大別(タンニンの構造式参照)される。本実施形態に係るタンニンは、加水分解性タンニン及び縮合型タンニンのいずれであってもよい。
【0022】
加水分解性タンニンとは酸、アルカリ、酵素でポリフェノール化合物と多価アルコール(糖など)に加水分解されるもので、双子葉離弁花植物に含有されている。なかでもタンニン酸は単離された試薬として市販されている。
【0023】
ポリフェノール化合物としては主に没食子酸およびその二量体(遊離状態では脱水環化して4環性のエラグ酸Ellagic acidとなる)の二つのタイプがあり、それぞれをガロタンニン(gallotannin)、エラジタンニン(ellagitannin)と総称する。
【0024】
縮合型タンニンは複数分子のカテキン(d-Catechin、l-Epicatechin、l-Epigallocatechinの総称)が炭素-炭素結合(通例、カテキン骨格の4位と8位で結合)によって縮合したものであり、双子葉植物のみならずシダ植物、単子葉植物に含有されている。加水分解性タンニンとは異なり、酸・アルカリで加水分解はできない。
【0025】
いずれのタイプのタンニンも分子内に多くのフェノール性水酸基を含み、酸性有機物質として分子量がかなり大きなポリフェノールということができる。基本構造に違いはあってもタンニンに属する物質には、ポリフェノールであることに基づく共通の性質がある。その一つは蛋白質など生体高分子成分の塩基性官能基に結合し凝集させる性質、すなわち収斂作用である。タンニンが皮鞣しに使われてきたのはこの性質を利用したものである。
【0026】
タンニンは通常植物から抽出されるものであり、例えば、加水分解性タンニンとして、チェストナット、オーク、ミラボラム、タラ、茶、五倍子、没食子、タンニン酸などが挙げられ、縮合型タンニンとして、ケブラチョ、ミモザ(ワットル)、ガンビア、柿などが挙げられる。
【0027】
この中で、蒸解工程でできた黒液を再利用したり、蒸解工程を連続的に行う場合は、縮合型タンニンを用いると、蒸解時に分解しにくく促進効果を維持するため好ましい。
【0028】
また蒸解促進の効果の観点からは、加水分解性タンニンとして、チェストナット、タラ、タンニン酸が、縮合型タンニンとして、ケブラチョ、ミモザ、が好ましく、コスト、供給性、連続使用の観点から、ケブラチョ、ミモザがより好ましい。
【0029】
タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物が蒸解促進剤として機能する機構は解明されていない。ただ、本願発明者らは、次のように推定している。
【0030】
特許文献1には、アントラキノンとアントラヒドロキノンとが蒸解促進剤として働く機構として「セルロースとヘミセルロースの末端アルデヒド基がアントラキノン(酸化型キノン)によって酸化されることで糖鎖が安定化されるためパルプ収率やパルプ強度が向上することになり、一方、この反応で還元されて生成したアントラヒドロキノン(還元型キノン)は、苛性ソーダでは分解しにくいリグニン構造の中のβ-フェニルエーテル結合に作用することにより、その結合が容易に開裂されるので脱リグニン反応が促進される。この結果、キノン化合物を添加した場合は、無添加の場合に比べて蒸解条件が緩和されることになる。つまりアントラキノンはリグノセルロース構造の中に介在し糖の安定化と脱リグニン反応を促す作用を行う酸化還元(Redox)触媒として機能するのである。それ故きわめて微量のアントラキノンを添加したにもかかわらず大きな助剤効果が発現することになる。」と記載されている。
【0031】
タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物には、ヒドロキノンと同等の化学構造が存在している。この部分が酸化されるとキノンと同等の化学構造になっていると可能性がある。このように考えると、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物が特許文献1のアントラキノン-アントラヒドロキノンと同様の機構で脱リグニン反応を促進していると推定される。ただ、アントラキノンとは異なり、タンニンは植物から産出される無毒の物質であるため、蒸解促進剤として積極的に使用することができる。
【0032】
本実施形態に係る蒸解促進剤においては、1種類のタンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを含有していてもよいし、これらの複数種類を含有していてもよい。
【0033】
ポリフェノール化合物の塩とは、ポリフェノール化合物のアルカリ金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩など)やアルカリ土類金属塩(カルシウム塩、マグネシウム塩など)などを挙げることができる。
【0034】
ポリフェノール化合物のエステルとは、加水分解によってポリフェノール化合物が生成する物質である。
【0035】
ポリフェノール化合物として具体的には、没食子酸、ピロガロール、エラグ酸などを挙げることができる。なお、塩やエステルの形態以外の物質であっても、加水分解によりポリフェノール化合物が生成する物質であれば、同じ効果が得られる。
【0036】
本実施形態の蒸解促進剤は、前記タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルのみからなるものであってもよいし、これらを、水や有機溶剤を配合して溶解、乳化あるいは分散状で剤化させたものであってもよい。このときの有機溶剤としては、特に限定されるものではないが、メタノール、エタノール、プロパノールなどの炭素数1~6の低級アルコール;前記低級アルコールのアルキレンオキシド(1~5モル)付加物;エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコールなどのアルキレングリコール(総炭素数1~6);3-メチル-3-メトキシブタノールなどが挙げられる。
【0037】
本実施形態の蒸解促進剤には、リグノセルロース材料などの原料への浸透性や洗浄性などを付与するために、非イオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、鉱物油、有機溶剤、オレンジオイルなどの天然溶剤などを配合することができる。また、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物のカルボン酸を、アルカリにて中和して水への溶解しやすさや溶解性をあげて製品化しやすくするために、アルカリ剤を配合してもよい。アルカリ剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、アンモニアなどの無機アルカリや、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミン、イソプロパノールアミンなどアルカノールアミン類や、イソプロピルアミン、ラウリルアミンなどのアルキルアミン類などアミン化合物を挙げることができる。蒸解後の洗浄効率を向上させるために消泡剤や洗浄剤等を配合することもできる。さらに、アントラキノンなどのキノン化合物以外の従来公知の蒸解促進剤(例えば、チオ尿素やチオール系化合物)を本実施形態の効果を損なわない範囲で配合してもよい。
【0038】
本実施形態の蒸解促進剤は、蒸解促進効果とコストの観点から、蒸解促進剤の質量を基準に、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルの総質量が1質量%以上100質量%以下となるように含有することが好ましく、10質量%以上100質量%以下がより好ましく、20質量%以上100質量%以下が特に好ましい。
【0039】
次に本実施形態に係るパルプの製造方法について説明する。
【0040】
パルプの製造方法は、一般的にリグノセルロース材料を含む原料に熱や圧力などの物理処理やアルカリ剤などの化学処理を行ってパルプ化する蒸解工程、得られた粗パルプを洗浄する工程、洗浄したパルプを漂白する工程などが含まれるが、本実施形態のパルプの製造方法は、蒸解工程において、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを含有する蒸解促進剤を添加することを特徴とする。
【0041】
なお、本実施形態に係るパルプの製造方法は、パルプの製造のほかに、リグノセルロース材料から分離したリグニン成分やヘミセルロース成分の製造にも有効である。
【0042】
本実施形態のパルプの製造方法に使われる原料(リグノセルロース材料)としては、木材(針葉樹、広葉樹)及び非木材のチップが挙げられる。非木材の具体例としては、わら、バカス、ヨシ、ケナフ、クワ、竹、草本類、雑草等がある。
【0043】
本実施形態の蒸解促進剤を適用できる蒸解方法としては、特に限定されないが、例えばアルカリ蒸解方法や亜硫酸塩蒸解方法が挙げられる、アルカリ蒸解方法としては、クラフト法、ソーダ法、炭酸ソーダ法、ポリサルファイド法等が挙げられる。また、亜硫酸塩蒸解方法としては、アルカリ性亜硫酸塩法、中性亜硫酸塩法、重亜硫酸塩法等が挙げられる。蒸解用の薬液は、それぞれの方法に適した薬液を用いればよい。
【0044】
蒸解設備は連続式またはバッチ式のいずれでもよい。さらに、蒸解システムとして、MCC(修正蒸解法)、ITC(全缶等温蒸解法)、Lo-solids(釜内固形分の低減)、BLI(黒液を浸透段に使用)などの蒸解法にも適用できる。
【0045】
本実施形態のパルプの製造方法における蒸解促進剤の添加時期及び方法は特に限定されないが、パルプ化する蒸解工程を含むそれ以前の工程が好ましく、具体的には、本実施形態の蒸解促進剤を蒸解前や蒸解工程中に蒸解釜に直接添加する方法、蒸解用の薬液と混合する方法、蒸解前の木材チップ等のリグノセルロース材料に吹きかける方法、蒸解設備が連続式の場合には循環する黒液に添加する方法等が挙げられる。
【0046】
本実施形態の蒸解促進剤は、そのまま使用してもよいが、水や有機溶剤等の溶媒に溶解、乳化あるいは分散、希釈等をさせて使用することができる。溶媒としては、前記した蒸解促進剤の成分として例示したものを用いることができる。また、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物のカルボン酸をアルカリにて中和して水への溶解しやすさや溶解性をあげて使いやすくするために、アルカリ剤を併用してもよい。アルカリ剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、アンモニアなどの無機アルカリや、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、モノエタノールアミン、イソプロパノールアミンなどアルカノールアミン類や、イソプロピルアミン、ラウリルアミンなどのアルキルアミン類などアミン化合物を挙げることができる。蒸解促進剤は、木材などリグノセルロース材料への浸透性や洗浄性などを付与するために、非イオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、鉱物油、有機溶剤、オレンジオイルなどの天然溶剤、アルカリ剤など併用して使用できる。蒸解後の洗浄効率を向上させるため、消泡剤、洗浄剤などを併用して使用できる。アントラキノンなどのキノン化合物以外の従来公知の蒸解促進剤(例えば、チオ尿素やチオール系化合物)を本実施形態の効果を損なわない範囲で併用してもよい。
【0047】
本実施形態の蒸解促進剤の使用量は、分解効果やコストの観点から、原料のリグノセルロース材料の乾燥質量に対して、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物の総質量が50ppm以上5000ppm以下となる量で用いることが好ましく、60ppm以上3000ppm以下がより好ましく、100ppm以上1000ppm以下が特に好ましい。なお、蒸解促進剤にポリフェノール化合物の塩若しくはポリフェノール化合物のエステルが含まれている場合は、加水分解により生成するポリフェノール化合物の質量に換算して上記の使用量とする。また、黒液を再利用する場合も原料のリグノセルロース材料の乾燥質量に対して、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物の総質量を上記の濃度範囲で用いることが好ましい。
【0048】
なお、原料のリグノセルロース材料にタンニンが含まれている場合も考えられるが、含まれていたとしても蒸解工程においてタンニンの含有量が本実施形態よりも少なかったり、蒸解促進に有効に働くと考えられる高分子のタンニンは蒸解工程では、原料のリグノセルロース材料から抽出されにくく、余り効果的でない低分子のタンニンが蒸解工程液に抽出されるため蒸解促進には効きにくい。実際、蒸解促進剤を添加しない蒸解工程で得られる黒液には、蒸解促進効果が認められない。しかし本実施形態では、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物が蒸解工程に添加されるので、タンニン又はポリフェノール化合物が蒸解促進剤として働き、最初から蒸解を促進するため、蒸解促進効果が非常に大きい。
【0049】
蒸解の処理温度としては、目的のパルプ製品によって異なり限定されるものではないが、50~300℃が好ましく、80~250℃がより好ましい。
【0050】
蒸解の処理圧としては、目的のパルプ製品によって異なり限定されるものではないが、常圧~10MPaが好ましく、常圧~5Mpaがより好ましい。
【0051】
また、蒸解釜に酸素を導入して蒸解工程を行ってもよい。酸素を導入する方法としては特に限定はしないが、酸素又は空気を用い、蒸解釜の圧力を調整しながら酸素分圧を高く設定し蒸解釜に圧入する方法や、木材チップの供給や蒸解液の供給の際に圧入する方法などがある。場合によっては過酸化水素や過酸化カリウム等の過酸化物や過炭酸ナトリウムや過酢酸等の過酸化物など、蒸解条件で酸素を発生し得る酸化剤を蒸解液に加えても良い。
【0052】
なお、酸素を圧入する場合には酸素分圧が0.05~1MPa、好ましくは0.1~0.3MPaとなるように酸素を圧入する。酸素源としては純酸素の他、空気や酸素と空気との混合ガスが用いられる。酸素分圧が前記の範囲に保持できれば限定されないが、装置の耐圧度を高くすると装置費が嵩むことから、純酸素や酸素と空気の混合ガスを使うのが好ましい。
【実施例
【0053】
以下実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0054】
(ソーダ法)
実施例1
105℃で10時間乾燥させたL材の木材チップを50gおよび水酸化ナトリウム(試薬)16gに水道水を入れて合計200gとし、さらにチェストナット(川村通商(株)製)0.015g(木材チップに対し0.03質量%)を加えて、ミニカラー染色試験機((株)テクサム技研製)のポットに仕込み、155℃で2時間蒸解を行い(蒸解工程)、パルプと未分解の木材チップを得た。
【0055】
冷却後、蒸解を行ったパルプ及び未分解の木材チップを十分にほぐした後、No.2ろ紙にてろ過洗浄を繰り返し、ろ液の色がなくなるまで洗浄した(洗浄工程)。洗浄して得られたろ過残渣のパルプと未分解の木材チップの混合物を6/1000インチのフラットスクリーン(熊谷理機工業(株)製)に通した(6カット)。
【0056】
フラットスクリーンを通らなかった未蒸解の木材チップを回収し、105℃で10時間乾燥後、質量を測定し「フラットスクリーンで回収した木材チップ量(g)」とし、木材チップの残留率(%)を下記式によって算出した。
【0057】
木材チップの残留率(%)=[フラットスクリーンで回収した木材チップ量(g)/蒸解した木材チップ(50g)]×100
【0058】
一方、フラットスクリーンを通った液は200メッシュ金網に通して、200メッシュ金網を通らなかったパルプを回収し、105℃で10時間乾燥させた後、質量を測定し「200メッシュ金網で回収したパルプ量(g)」とした。パルプの歩留まり率(%)を下記式によって算出した。
【0059】
パルプの歩留まり率(%)=[200メッシュ金網で回収したパルプ量(g)/蒸解した木材チップ(50g)]×100
【0060】
また、JIS P 8211(2011)に記載の方法により、得られたパルプのカッパー価を測定した。
【0061】
木材チップの残留率は10%以下を合格とし、パルプの歩留まり率は40%以上を合格とした。また、カッパー価は低い方が好ましい。結果を表1に示す。
【0062】
【表1】
【0063】
実施例2~16
実施例2~16においては、蒸解促進剤として表1に示した化合物を表1に示した使用量で添加したこと以外は、実施例1と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表1に示す(ただし、実施例15は没食子酸水和物使用して、没食子酸の純分として0.10質量%配合したことを意味する。以下、水和物は同じ)。表1にはL材を用いたソーダ法による実施例の結果が示されている。
【0064】
比較例1
蒸解促進剤を添加しないこと以外は、実施例1と同じ処理を行ったものを比較例1として、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表2に示す。
【0065】
【表2】
【0066】
比較例2~11
比較例2~11においては、蒸解促進剤として表2に示した化合物を表2に示した使用量で添加したこと以外は、実施例1と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表2に示す。表2にはL材を用いたソーダ法による比較例の結果が示されている。
【0067】
(クラフト法)
実施例17
105℃で10時間乾燥させたL材の木材チップ50g、硫化ナトリウム5水和塩(試薬)を硫化ナトリウムの純分(水分を除いた分量)で5g及び水酸化ナトリウム(試薬)12gに、水道水を入れて合計200gとし、さらにタンニン酸(試薬)0.015g(木材チップに対し0.03質量%)を加えて、ミニカラー染色試験機((株)テクサム技研製)のポットに仕込み、155℃で1時間蒸解を行い(蒸解工程)、パルプと未分解の木材チップを得た。
【0068】
以下、実施例1と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表3に示す。
【0069】
【表3】
【0070】
実施例18~32
実施例18~32においては、蒸解促進剤として表3に示した化合物をそれぞれ表3に示した使用量で添加したこと以外は、実施例17と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表3に示す。表3にはL材を用いたクラフト法による実施例の結果が示されている。
【0071】
実施例33~48
実施例33~48においては、木材チップをN材に代え、蒸解促進剤として表4に示した化合物をそれぞれ表4に示した使用量で添加したこと以外は、実施例17と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表4に示す。表4にはN材を用いたクラフト法による実施例の結果が示されている。
【0072】
【表4】
【0073】
比較例12
蒸解促進剤を添加しないこと以外は、実施例17と同じ処理を行ったものを比較例12として、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表5に示す。
【0074】
【表5】
【0075】
比較例13~22
比較例13~22においては、蒸解促進剤として表5に示した化合物を表5に示した使用量で添加した以外は、実施例17と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表5に示す。表5にはL材を用いたクラフト法による比較例の結果が示されている。
【0076】
比較例23
木材チップをN材に代え、蒸解促進剤を添加しないこと以外は、実施例17と同じ処理を行ったものを比較例23として、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表6に示す。
【0077】
【表6】
【0078】
比較例24~33
比較例24~33においては、木材チップをN材に代え、蒸解促進剤として表6に示した化合物を表6に示した使用量で添加した以外は、実施例17と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表6に示す。表6にはN材を用いたクラフト法による比較例の結果が示されている。
【0079】
(ポリサルファイド法)
実施例49
105℃で10時間乾燥させたN材の木材チップを50g、硫化ナトリウム5水和塩(試薬)を硫化ナトリウムの純分(水分を除いた分量)で2.8g、水酸化ナトリウム(試薬)12g及び、4硫化ナトリウム溶液(ナガオ(株)製)を4硫化ナトリウムの純分(水分を除いた分量)で1.2gに、水道水を入れて合計200gとし、さらにケブラチョ(川村通商(株)製)0.015g(木材チップに対して0.03質量%)を加えて、ミニカラー染色試験機((株)テクサム技研製)のポットに仕込み、155℃で1時間蒸解を行い(蒸解工程)、パルプと未分解の木材チップを得た。
【0080】
以下、実施例1と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表7に示す。
【0081】
【表7】
【0082】
実施例50~62
実施例50~62においては、蒸解促進剤として表7に示した化合物を表7に示した使用量で添加した以外は、実施例49と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表7に示す。表7にはN材を用いたポリサルファイド法による実施例の結果が示されている。
【0083】
比較例34
蒸解促進剤を添加しないこと以外は、実施例49と同じ処理を行ったものを比較例34として、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表8に示す。
【0084】
【表8】
【0085】
比較例35~39
比較例35~39においては、蒸解促進剤として表8に示した化合物を表8に示した使用量で添加した以外は、実施例49と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表8に示す。表8にはN材を用いたポリサルファイド法による比較例の結果が示されている。
【0086】
(空気置換をしたクラフト法)
実施例63
105℃で10時間乾燥しN材の木材チップを50g、硫化ナトリウム5水和塩(試薬)を硫化ナトリウムの純分(水分を除いた分量)で5g、水酸化ナトリウム(試薬)12gに、水道水をいれて合計200gとし、さらにケブラチョ(川村通商(株)製)0.015g(木材チップに対して0.03質量%)を加えて、ミニカラー染色試験機((株)テクサム技研製)のポットに仕込み、155℃で20分間の蒸解を行った(蒸解工程)。次いで、これを常温及び常圧に戻し、ポットの蓋を開けて空気置換することで系内に酸素を導入した。これを1回として計3回の蒸解を同一の仕込み試料に対して行い、パルプと未分解の木材チップを得た。
【0087】
以下、実施例1と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表9に示す。
【0088】
【表9】
【0089】
実施例64~71
実施例64~71においては、蒸解促進剤として表9に示した化合物を表9に示した使用量で添加した以外は、実施例63と同じ処理を行い、木材チップの残留率及びパルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表9に示す。表9にはN材を用いた空気置換をしたクラフト法による実施例の結果が示されている。
【0090】
比較例40
蒸解促進剤を添加しないこと以外は、実施例63と同じ処理を行ったものを比較例40として、木材チップの残留率及びパルプの歩留まり率を求めた。結果を表10に示す。
【0091】
【表10】
【0092】
比較例41~43
比較例41~43においては、蒸解促進剤として表10に示した化合物を表10に示した使用量で添加した以外は、実施例63と同じ処理を行い、木材チップの残留率及びパルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表10に示す。表10にはN材を用いた空気置換をしたクラフト法による比較例の結果が示されている。
【0093】
(蒸解促進剤を使用しないクラフト法蒸解後の黒液を使用したクラフト法)
実施例72
まず比較例12と同じ蒸解を行った(蒸解工程)。冷却後、ケミスタラーにて蒸解後のパルプ及び未分解の木材チップを十分にほぐした後、No.2ろ紙にてろ過し、蒸解促進剤を使用していないろ液(以下、黒液)を得た。
【0094】
次に105℃で10時間乾燥させたL材の木材チップ50g、硫化ナトリウム5水和塩(試薬)を硫化ナトリウムの純分(水分を除いた分量)で2.5g、水酸化ナトリウム(試薬)6g及び前処理で得た黒液75gに、水道水を入れて合計200gとし、さらにケブラチョ(川村通商(株)製)0.015g(木材チップに対し0.03質量%)を加えて、ミニカラー染色試験機((株)テクサム技研製)のポットに仕込み、155℃で1時間蒸解を行い(蒸解工程)、パルプと未分解の木材チップを得た。
【0095】
以下、実施例1と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表11に示す。
【0096】
【表11】
【0097】
実施例73~82
実施例73~82においては、蒸解促進剤として表11に示した化合物をそれぞれ表11に示した使用量で添加した以外は、実施例72と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表11に示す。表11にはL材を用いた蒸解促進剤を使用しないクラフト法蒸解後の黒液を使用したクラフト法による実施例の結果が示されている。
【0098】
実施例83~93
実施例83~93においては、木材チップをN材に代え、蒸解促進剤として表12に示した化合物をそれぞれ表12に示した使用量で添加した以外は、実施例72と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表12に示す。表12にはN材を用いた蒸解促進剤を使用しないクラフト法蒸解後の黒液を使用したクラフト法による実施例の結果が示されている。
【0099】
【表12】
【0100】
比較例44
蒸解促進剤を添加しないこと以外は、実施例72と同じ処理を行ったものを比較例44として、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表13に示す。
【0101】
【表13】
【0102】
比較例45~48
比較例45~48においては、蒸解促進剤として表13に示した化合物をそれぞれ表13に示した使用量で添加した以外は、実施例72と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表13に示す。表13にはL材を用いた蒸解促進剤を使用しないクラフト法蒸解後の黒液を使用したクラフト法による比較例の結果が示されている。
【0103】
比較例49
木材チップをN材に代え、蒸解促進剤を添加しないこと以外は、実施例72と同じ処理を行ったものを比較例49として、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表14に示す。
【0104】
【表14】
【0105】
比較例50~53
比較例50~53においては、木材チップをN材に代え、蒸解促進剤として表14に示した化合物をそれぞれ表14に示した使用量で添加した以外は、実施例72と同じ処理を行い、木材チップの残留率、パルプの歩留まり率及びカッパー価を求めた。結果を表14に示す。表14にはN材を用いた蒸解促進剤を使用しないクラフト法蒸解後の黒液を使用したクラフト法による比較例の結果が示されている。
【0106】
タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを含有している、本実施形態の蒸解促進剤を用いた実施例はいずれも、アルカリ蒸解、クラフト蒸解、ポリサルファイド蒸解、さらに空気を混入させたクラフト蒸解など各蒸解方法、及び木材の蒸解後の黒液を使って蒸解しても、タンニン又はタンニンの加水分解物であるポリフェノール化合物、当該ポリフェノール化合物の塩若しくは当該ポリフェノール化合物のエステルを含有している、本実施形態の蒸解促進剤において優れた蒸解促進効果を発揮した。一方、グリコール酸、DL-リンゴ酸、クエン酸三カリウム、乳酸リチウムなどの脂肪族ヒドロキシカルボン酸などを蒸解工程に添加しても蒸解促進効果が極めて低かった。
【0107】
(その他の実施形態)
上述の実施形態は本願発明の例示であって、本願発明はこれらの例に限定されず、これらの例に周知技術や慣用技術、公知技術を組み合わせたり、一部置き換えたりしてもよい。また当業者であれば容易に思いつく改変発明も本願発明に含まれる。