(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-10
(45)【発行日】2023-03-20
(54)【発明の名称】シールリング
(51)【国際特許分類】
F16J 15/18 20060101AFI20230313BHJP
F16J 15/3272 20160101ALI20230313BHJP
【FI】
F16J15/18 C
F16J15/3272
(21)【出願番号】P 2020519914
(86)(22)【出願日】2019-05-16
(86)【国際出願番号】 JP2019019498
(87)【国際公開番号】W WO2019221226
(87)【国際公開日】2019-11-21
【審査請求日】2021-11-29
(31)【優先権主張番号】P 2018095696
(32)【優先日】2018-05-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100206911
【氏名又は名称】大久保 岳彦
(74)【代理人】
【識別番号】100163212
【氏名又は名称】溝渕 良一
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100156535
【氏名又は名称】堅田 多恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】木村 航
(72)【発明者】
【氏名】徳永 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】瀧ヶ平 宜昭
(72)【発明者】
【氏名】河野 徹
(72)【発明者】
【氏名】笠原 英俊
(72)【発明者】
【氏名】弘松 純
(72)【発明者】
【氏名】大田 崇史
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/065069(WO,A1)
【文献】特開平04-272581(JP,A)
【文献】実開平03-088062(JP,U)
【文献】国際公開第2016/148043(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/16-15/32
F16J 15/324-15/3296
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸とハウジングとの間の隙間を軸封するシールリングであって、
前記シールリングの摺動面には、正圧発生部と負圧発生部を有する動圧溝と、内径側から外径側に向けて延びかつ被密封流体側に開口する静圧供給路と、が設けられており、
周方向に前記正圧発生部、前記負圧発生部、前記静圧供給路の順に配置されているシールリング。
【請求項2】
前記動圧溝により周方向に挟まれる位置に前記静圧供給路が設けられている請求項1に記載のシールリング。
【請求項3】
前記動圧溝と前記静圧供給路は、前記摺動面の周方向に亘って交互に設けられている請求項1または2に記載のシールリング。
【請求項4】
前記静圧供給路は、内径側から外径側にかけて形成された溝である請求項1ないし3のいずれかに記載のシールリング。
【請求項5】
前記静圧供給路は、内径側の深さが外径側の深さに比べて深く形成されている請求項4に記載のシールリング。
【請求項6】
前記静圧供給路の外径端は、前記動圧溝の外径端よりも外径側に形成されている請求項1ないし5のいずれかに記載のシールリング。
【請求項7】
複数の前記静圧供給路は、外径側で周方向に延びる連通溝により連通されている請求項1ないし6のいずれかに記載のシールリング。
【請求項8】
前記連通溝は、円弧型である請求項7に記載のシールリング。
【請求項9】
前記連通溝は、波型である請求項7に記載のシールリング。
【請求項10】
全ての前記静圧供給路は、前記連通溝により連通されている請求項7ないし9のいずれかに記載のシールリング。
【請求項11】
前記動圧溝は、被密封流体側に開口する深溝と、前記深溝に連続し周方向に延びる浅溝と、から構成されている請求項
7ないし10のいずれかに記載のシールリング。
【請求項12】
前記動圧溝は、被密封流体側に開口し、周方向中央の深溝と、前記深溝の周方向両側に連続し周方向に延び底面が周方向末端へ向けて徐々に浅くなるように傾斜する浅溝と、から構成されている請求項
7ないし10のいずれかに記載のシールリング。
【請求項13】
前記深溝は、前記連通溝と連通されている請求項11または12に記載のシールリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転軸とハウジングとの間の隙間を軸封するために用いられるシールリング、特に環状溝いわゆるスタフィングボックスに装着して用いられるシールリングに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、シールリングは、回転軸の外周の環状溝に装着され、回転軸に形成される摺動面に対してシールリングの摺動面を密接摺動させることにより、回転軸とハウジングとの間の隙間を軸封し、被密封流体の漏れを防止している。
【0003】
シールリングにおいて、密封性を長期間維持させるためには、「密封」と「潤滑」という相反する条件を両立させなければならない。特に近年においては、環境対策等のために、被密封流体の漏れ防止を図りつつ、機械的損失を低減させるべく、低摩擦化の要求が高まっている。低摩擦化は、回転軸の回転により摺動面間に動圧を発生させ、摺動面間に被密封流体による流体膜を介在させる手法により達成できる。
【0004】
回転軸の回転により摺動面間に動圧を発生させるようにしたシールリングとして、例えば特許文献1に記載されるようなシールリングが知られている。特許文献1のシールリングは、回転軸の外周に設けられる環状溝に装着され、高圧の被密封流体の圧力によってハウジング側かつ環状溝の一方の側壁面側に押し付けられ、環状溝の一方の側壁面側の摺動面に対してシールリングの一方の側面側の摺動面を密接摺動させている。また、シールリングの一方の側面側の摺動面には、内径側に開口する動圧溝が周方向に複数設けられており、動圧溝は、周方向中央の深溝と、深溝の周方向両側に連続し周方向に延び底面が周方向末端へ向けて徐々に浅くなるように傾斜する浅溝と、から構成されている。回転軸とシールリングとが相対回転すると、その内径側から深溝内に被密封流体が導入されるとともに、回転軸の回転方向とは反対方向側のシールリングの浅溝では負圧が生じる一方、同回転方向と同方向側の浅溝では深溝内に導入された被密封流体が供給されることで正圧が生じる。そして、該浅溝の傾斜する底面によるくさび作用によって正圧が大きくなり、動圧溝全体として正圧が発生することにより、摺動面間を僅かに離間させる力、いわゆる浮力が得られる。摺動面間が僅かに離間することにより、それらの内径側から摺動面間に高圧の被密封流体が流入するととともに、正圧が発生する回転方向側の浅溝からは摺動面間に被密封流体が流出していくため、摺動面間に流体膜が形成され、摺動面間の潤滑性が維持されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平9-210211号公報(第3頁、第3図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のシールリングにおいては、動圧溝に対して回転軸の摺動面が周方向に移動しており、回転軸の回転時には、回転方向側の浅溝に対して深溝から被密封流体が十分に供給され摺動面間に流体膜が形成されるが、特に高速回転する回転軸に用いると、周方向に大きな正圧とともに大きな負圧が生じることにより、負圧を発生させる浅溝およびその周辺に被密封流体が保持され難くなるとともに、該浅溝から深溝に周方向に移動する被密封流体の供給量が減少し、正圧を発生させる回転方向側の浅溝に対して深溝から被密封流体が十分に供給されなくなり、動圧溝全体として回転数の増加ほどは正圧が高まらず、十分な流体膜が形成されない虞があった。
【0007】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、広い回転域において摺動面間に流体膜を形成可能として、潤滑性が高いシールリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明のシールリングは、
回転軸とハウジングとの間の隙間を軸封するシールリングであって、
前記シールリングの摺動面には、正圧発生部と負圧発生部を有する動圧溝と、内径側から外径側に向けて延びかつ被密封流体側に開口する静圧供給路と、が設けられており、
周方向に前記正圧発生部、前記負圧発生部、前記静圧供給路の順に配置されている。
これによれば、高圧の被密封流体が導入される静圧供給路から周方向に隣接する負圧発生部に対して被密封流体が供給されることにより、負圧発生部およびその周辺に被密封流体が保持されるとともに、正圧発生部に対して負圧発生部から被密封流体が十分に供給されるため、広い回転域において摺動面間に流体膜を形成可能として、シールリングの潤滑性を高めることができる。
【0009】
前記動圧溝により周方向に挟まれる位置に前記静圧供給路が設けられていてもよい。
これによれば、シールリングをいずれの方向に回転させても周方向に隣接する静圧供給路から動圧溝の負圧発生部に被密封流体を供給できる。
【0010】
前記動圧溝と前記静圧供給路は、前記摺動面の周方向に亘って交互に設けられていてもよい。
これによれば、周方向に隣接する静圧供給路から全ての動圧溝に被密封流体が供給されるため、摺動面間の周方向に亘ってバランスよく浮力を発生させることができる。
【0011】
前記静圧供給路は、内径側から外径側にかけて形成された溝である。
これによれば、静圧供給路が摺動面の内径側から径方向に連続して開口する溝であるため、摺動面の広い範囲に流体を供給できる。
【0012】
前記静圧供給路は、内径側の深さが外径側の深さに比べて深く形成されていてもよい。
これによれば、静圧供給路の内径側から外径側に向けて径方向に被密封流体の流れが形成され、被密封流体が供給されやすい。
【0013】
前記静圧供給路の外径端は、前記動圧溝の外径端よりも外径側に形成されていてもよい。
これによれば、周方向に隣接する静圧供給路から動圧溝における負圧発生部に対して被密封流体を確実に供給できる。
【0014】
複数の前記静圧供給路は、外径側で周方向に延びる連通溝により連通されてもよい。
これによれば、静圧供給路に内径側から導入される被密封流体が連通溝により摺動面の外径側に供給されるため、潤滑性をより高めることができる。
【0015】
前記連通溝は、円弧型であってもよい。
これによれば、連通溝内において被密封流体が回転軸の回転方向に追従することにより、連通溝の周方向に亘って被密封流体が供給されやすい。
【0016】
前記連通溝は、波型であってもよい。
これによれば、連通溝から摺動面の外径側における広い範囲に被密封流体を流出させることができ、かつ連通溝の面積を大きくすることができるため、潤滑性をより高めることができる。
【0017】
全ての前記静圧供給路は、前記連通溝により連通されていてもよい。
これによれば、被密封流体が摺動面の外径側に周方向に亘ってバランスよく供給されるため、潤滑性をより高めることができる。
【0018】
前記動圧溝は、被密封流体側に開口する深溝と、前記深溝に連続し周方向に延びる浅溝と、から構成されていてもよい。
これによれば、高速回転時にも深溝を通して浅溝に被密封流体を確実に供給することができる。
【0019】
前記動圧溝は、被密封流体側に開口し、周方向中央の深溝と、前記深溝の周方向両側に連続し周方向に延び底面が周方向末端へ向けて徐々に浅くなるように傾斜する浅溝と、から構成されていてもよい。
これによれば、シールリングを両方向に回転させて使用することができる。
【0020】
前記深溝は、前記連通溝と連通されていてもよい。
これによれば、連通溝から深溝に対して被密封流体が供給されるため、正圧発生部としての浅溝に対して被密封流体が十分に供給され、動圧溝全体において正圧による浮力がより得られやすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施例1におけるシールリングを一部簡略表記にて示す斜視図である。
【
図2】実施例1におけるシールリングによる回転軸とハウジングの間の隙間の軸封構造を示す断面図である。
【
図3】実施例1におけるシールリングの部分側面図である。
【
図4】
図3のシールリングにおけるA-A断面図である。
【
図5】実施例1における変形例Aのシールリングの部分側面図である。
【
図6】(a)および(b)は、実施例1における変形例B,Cのシールリングの部分側面図である。
【
図7】実施例1における変形例Dのシールリングの部分側面図である。
【
図8】実施例1における変形例Eのシールリングの部分側面図である。
【
図9】(a)~(c)は、実施例1における変形例F~Hのシールリングの部分側面図である。
【
図10】本発明の実施例2におけるシールリングの部分側面図である。
【
図11】本発明の実施例3におけるシールリングの部分側面図である。
【
図12】(a)は、
図11のシールリングにおけるB-B断面図であり、(b)は、静圧溝の変形例を示す断面図である。
【
図13】(a)および(b)は、実施例3における変形例I,Jのシールリングの部分側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係るシールリングを実施するための形態を実施例に基づいて以下に説明する。
【実施例1】
【0023】
実施例1に係るシールリングにつき、
図1から
図4を参照して説明する。以下、
図2の紙面右側を被密封流体側L、紙面左側を大気側Aとして説明する。尚、被密封流体側Lにおける被密封流体の流体圧力は、大気圧よりも高いものとして説明する。また、摺動面は、平坦面と該平坦面よりも凹む溝とにより構成されるものとし、説明の便宜上、図面において、摺動面を構成する平坦面を白色表記、摺動面を構成する溝をドット表記により図示している。
【0024】
本実施例に係るシールリング1は、相対的に回転する回転機械の回転軸2とハウジング3との間を軸封することにより、ハウジング3の内部を被密封流体側Lと大気側A(
図2参照)とに仕切り、被密封流体側Lから大気側Aへの被密封流体の漏れを防止している。尚、回転軸2およびハウジング3は、ステンレス鋼等の金属製の素材から形成されている。また、被密封流体は、回転機械の機械室に設けられる図示しない歯車やベアリング等の冷却および潤滑を目的に使用されるもの、例えば油である。
【0025】
図1および
図2に示されるように、シールリング1は、PTFE等の樹脂成形品であって、周方向の1箇所に合口部1aが設けられることでC字状を成し、回転軸2の外周に沿って設けられた断面矩形状の環状溝20に対して装着されて使用される。また、シールリング1は、断面矩形状を成し、被密封流体側Lの側面に作用する被密封流体の流体圧力によって大気側Aへ押し付けられることにより、大気側Aの側面10(以下、単に側面10と言うこともある。)側に形成される摺動面S1を環状溝20の大気側Aの側壁面21(以下、単に側壁面21と言うこともある。)側の摺動面S2に対して摺動自在に密接させている。また、シールリング1は、内周面に作用する被密封流体の流体圧力によって拡開方向の応力を受け、外径方向に押し付けられることにより、外周面11をハウジング3の軸孔30の内周面31に対して密接させている。
【0026】
尚、摺動面S1,S2とは、それぞれシールリング1の側面10と回転軸2の環状溝20の側壁面21との実質的な摺動領域を成すものである。また、側面10側には、摺動面S1の外径側に非摺動面S1’が連なっており、側壁面21側には、摺動面S2の内径側に非摺動面S2’が連なっている(
図2参照)。
【0027】
図1~
図4に示されるように、シールリング1の側面10側に形成される摺動面S1は、平坦面16と、周方向に複数設けられる動圧溝12と、周方向に隣り合う動圧溝12,12間にそれぞれ設けられる静圧溝13(静圧供給路)と、により構成されている。尚、動圧溝12および静圧溝13は、合口部1a付近を除いた摺動面S1の周方向に等配され、周方向に亘って交互に設けられている。
【0028】
平坦面16は、外径側に位置し合口部1aを挟んで略環状に連続して連なるシール部16aと、内径側に位置し動圧溝12と静圧溝13とに周方向に挟まれシール部16aに連なる潤滑部16bとからなっている(
図3参照)。
【0029】
図3および
図4に示されるように、動圧溝12は、回転軸2の回転に応じて動圧を発生させる機能を有するものであって、シールリング1の内径側(被密封流体側)に開口しており、周方向中央に設けられる深溝120と、深溝120から周方向両側に連続し周方向に延びる1対の浅溝121,122(正圧発生部,負圧発生部)と、から構成されている。尚、
図3および
図4において、深溝120を挟んで紙面右側を浅溝121(正圧発生部)、紙面左側を浅溝122(負圧発生部)として説明する。
【0030】
特に
図4に示されるように、深溝120は、底面が平坦に形成され、浅溝121,122は、底面が深溝120側からそれぞれの周方向の末端へ向けて徐々に浅くなる傾斜面として形成されている。また、深溝120の底面は、浅溝121,122の最深部よりもさらに深くなるように形成されており、深溝120の深さは、数十μm~数百μm、好ましくは100~200μmに形成されている。
【0031】
図3および
図4に示されるように、静圧溝13は、回転軸2の回転/停止にかかわらず被密封流体が大気よりも高圧であれば被密封流体を摺動面S1,S2間に供給するものであって、側面視略矩形状をなし、シールリング1の内径側(被密封流体側)に開口し外径側が閉塞されており、動圧溝12(深溝120および浅溝121,122)よりも径方向に長く形成されている。また、静圧溝13の底面13dは、平坦に形成され平坦面16と平行となっており、静圧溝13の深さは、深溝120と深さと略同一となるように形成されている。尚、静圧溝13の深さは、深溝120の深さよりもさらに深く(深さ1mm程度まで)形成されていてもよい。また、静圧溝13の三つの側面13a,13b,13cは、いずれも底面13dから直交して延びている(特に
図4参照)。
【0032】
次いで、回転軸2が回転したときの摺動面S1,S2間における流体膜形成について説明する。尚、ここでは、回転軸2が
図3における白矢印で示す時計回りに回転する場合、言い換えるとシールリング1が回転軸2の環状溝20に対して
図3における反時計回りに相対回転する場合を例に説明する。回転軸2とハウジング3との相対的な回転時には、側壁面21側の摺動面S2に対して、側面10側の摺動面S1が摺動する。このとき、摺動面S1に設けられた動圧溝12の深溝120と静圧溝13には内径側から被密封流体が導入される。また、回転軸2の回転方向とは反対方向側(
図3紙面左側)のシールリング1の浅溝122(以下、単に浅溝122と言う。)では負圧が生じる一方、同回転方向と同方向側(
図3紙面右側)のシールリング1の浅溝121(以下、単に浅溝121と言う。)では深溝120内に導入された被密封流体が供給され傾斜面によるくさび作用によって正圧が生じる。そして、動圧溝12全体として正圧が発生することにより、摺動面S1,S2間を僅かに離間させる力、いわゆる浮力が得られる。摺動面S1,S2間が僅かに離間することにより、それらの内径側から摺動面S1,S2間に高圧の被密封流体が流入するととともに、正圧が発生する浅溝121からは摺動面S1,S2間に被密封流体が流出していく。さらに、動圧溝12において負圧が発生する浅溝122には、周囲の摺動面S1,S2間に存在する被密封流体を吸い込む力が作用するため、浅溝122およびその周辺の潤滑部16bには、周方向に隣接する静圧溝13から被密封流体が供給される。
【0033】
これによれば、高圧の被密封流体が導入される静圧溝13から周方向に隣接する負圧発生部としての浅溝122に対して被密封流体が供給されることにより、浅溝122およびその周辺の潤滑部16bに被密封流体が保持されるとともに、正圧発生部としての浅溝121に対して深溝120および浅溝122から被密封流体が十分に供給されるため、広い回転域において摺動面S1,S2間に流体膜を形成可能として、シールリング1の潤滑性を高めることができる。
【0034】
また、動圧溝12における負圧発生部としての浅溝122が内径側(被密封流体側)に開口し、摺動面S1の内径側からも被密封流体が導入されることにより、浅溝122に被密封流体が保持されやすくなっている。
【0035】
また、動圧溝12における負圧発生部としての浅溝122において、被密封流体が保持され負圧が低減されることにより、摺動面S1,S2間において動圧溝12が形成される径方向位置に対応する周方向に圧力(正圧と負圧)のばらつきを抑えた状態で動圧を発生させることができるため、キャビテーション等を原因とする振動を防止しながらシールリング1の潤滑性を高めることができる。
【0036】
また、静圧溝13は、動圧溝12(特に浅溝122)よりも径方向に長く形成されているため、負圧発生部としての浅溝122に対して周方向に隣接する静圧溝13から被密封流体を確実に供給することができる。さらに、静圧溝13が動圧溝12よりも外径側の位置まで延びることにより、摺動面S1の外径側(動圧溝12よりも外径側)まで被密封流体を供給して摺動面S1,S2間に流体膜を形成することができるため、シールリング1の潤滑性をより高めることができる。
【0037】
また、動圧溝12,12により周方向に挟まれる位置に静圧溝13が設けられることにより、シールリング1をいずれの方向に回転させても負圧発生部としての浅溝122に対して周方向に隣接する静圧溝13から被密封流体を確実に供給することができる。さらに、動圧溝12と静圧溝13は、摺動面S1の周方向に亘って交互に設けられているため、周方向に隣接する静圧溝13から全ての動圧溝12に被密封流体が供給されるため、摺動面S1の周方向に亘ってバランスよく浮力を発生させることができる。また、動圧溝12に加えて静圧溝13が形成されることにより、摺動面S1,S2間の接触面積(平坦面16の面積)を小さくできるとともに、静圧溝13内に被密封流体が貯留され、摺動面S1,S2間の潤滑が促進されるため、摺動面S1の摩耗を抑制することができる。
【0038】
また、静圧溝13は、摺動面S1の内径側から外径側にかけて径方向に連続して開口する溝であるため、被密封流体が静圧溝13内から回転軸2の回転方向に追従して流出することにより、摺動面S1,S2間の広い範囲に被密封流体を供給することができる。また、静圧溝13の外径端は、動圧溝12の外径端よりも外径側に形成されているため、周方向に隣接する静圧溝13から動圧溝12における負圧発生部としての浅溝122に対して被密封流体を確実に供給できるとともに、摺動面S1,S2間の外径側(動圧溝12よりも外径側)に位置するシール部16aに対して被密封流体を供給して該シール部16aに流体膜を形成することができるため、シールリング1の潤滑性をより高めることができる。
【0039】
また、動圧溝12は、内径側に開口する周方向中央の深溝120と、深溝120の周方向両側に連続し周方向に延び底面が周方向末端へ向けて徐々に浅くなるように傾斜する浅溝121,122と、から構成されているため、シールリング1を両方向に回転させて使用することができ、高速回転時においても深溝120を通して浅溝121,122のいずれにも被密封流体を確実に供給することができる。
【0040】
また、シールリング1は、C字状であるため、熱膨張収縮によりシールリング1の周長が変化してもシール性能を安定して維持できるようになっている。
【0041】
次いで、実施例1におけるシールリング1の変形例について説明する。実施例1におけるシールリング1の変形例Aとして、
図5に示されるように、静圧溝13は、動圧溝12と径方向の長さが略同一に形成されてもよい。
【0042】
また、実施例1におけるシールリング1の変形例B,Cとして、
図6(a)または
図6(b)に示されるように、静圧溝13の周方向の幅は、周方向長さが径方向長さの1/3未満の幅狭、または周方向長さが径方向長さの1倍以上の幅広に形成されていてもよい。
【0043】
また、実施例1におけるシールリング1の変形例Dとして、
図7に示されるように、静圧溝13は、周方向に隣り合う動圧溝12,12間において周方向に複数形成されていてもよい。
【0044】
また、実施例1におけるシールリング1の変形例Eとして、
図8に示されるように、静圧供給路113は、溝ではなく、シールリング1内を略L字状に延びる連通孔として形成されていてもよい。詳しくは、静圧供給路113は、摺動面S1の外径側において周方向に隣り合う動圧溝12,12間で軸方向に開口する開口部113aと、シールリング1の内周面の軸方向(厚み方向)略中央において内径方向に開口する開口部113bとを有している。
【0045】
また、実施例1におけるシールリング1の変形例F~Hとして、
図9(a)~
図9(c)に示されるように、動圧溝12は、自由に構成されてもよく、例えばT字溝、レイリーステップ、スパイラル溝等として形成されていてもよい。
【実施例2】
【0046】
次に、実施例2に係るシールリングにつき、
図10を参照して説明する。尚、前記実施例に示される構成部分と同一構成部分については同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0047】
実施例2におけるシールリング201について説明する。
図10に示されるように、本実施例において、シールリング201の側面210に形成される摺動面S1(
図2参照)は、平坦面216と、周方向に複数設けられる動圧溝212と、周方向に隣り合う動圧溝212,212間にそれぞれ設けられる静圧溝213(静圧供給路)と、により構成されている。
【0048】
動圧溝212は、シールリング201の内径側(被密封流体側)に開口しており、周方向中央に設けられる深溝220と、深溝220から周方向両側に連続し周方向に延びる1対の浅溝221,222(正圧発生部,負圧発生部)と、から構成されている。また、深溝220は、浅溝221,222よりも径方向に長く形成され、静圧溝213と径方向の長さが略同一となっている。
【0049】
これによれば、動圧溝212の深溝220は、静圧溝213と径方向の長さが略同一に形成されることにより、被密封流体が静圧溝213および動圧溝212の深溝220の外径側から回転軸2の回転方向に追従して流出するため、摺動面S1,S2間の外径側までの広い範囲に被密封流体を十分に供給することができる。さらに、高圧の被密封流体が導入される静圧溝213内、特に外径側から回転軸2の回転方向に追従して流出した被密封流体が深溝220の外径側に供給され、正圧発生部としての浅溝221に対して深溝220および浅溝222から被密封流体が十分に供給されるため、広い回転域において摺動面S1,S2間に流体膜を形成可能として、シールリング201の潤滑性を高めることができる。
【実施例3】
【0050】
次に、実施例3に係るシールリングにつき、
図11および
図12を参照して説明する。尚、前記実施例に示される構成部分と同一構成部分については同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0051】
実施例3におけるシールリング301について説明する。
図11に示されるように、本実施例において、シールリング301の側面310に形成される摺動面S1(
図2参照)は、平坦面316と、周方向に複数設けられる動圧溝312と、周方向に隣り合う動圧溝312,312間にそれぞれ設けられる静圧溝313(静圧供給路)と、により構成されている。
【0052】
動圧溝312は、シールリング301の内径側(被密封流体側)に開口しており、周方向中央に設けられる深溝320と、深溝320から周方向両側に連続し周方向延びる1対の浅溝321,322(正圧発生部,負圧発生部)と、から構成されている。また、深溝320は、浅溝321,322よりも径方向に長く形成され、静圧溝313と径方向の長さが略同一となっている。さらに、周方向に複数設けられる全ての動圧溝312の深溝320と静圧溝313は、外径側で周方向に延びる円弧型の連通溝314により連通されている。尚、連通溝314は、平坦面316の外径側、かつ合口部1a(
図1参照)を挟んで略環状に連続して連なるシール部316aの内径側に形成されている。
【0053】
また、
図12(a)に示されるように、静圧溝313と連通溝314とは、深さが略同一に形成されている。尚、説明の便宜上、図示を省略するが、動圧溝312の深溝320についても連通溝314と深さが略同一に形成されている。
【0054】
また、連通溝314を設けることで、摺動面S1,S2間の外径側における広い範囲に被密封流体を流出させることができ、シールリング301の潤滑性を高めることができる。さらに、全ての深溝320は、連通溝314と連通されているため、連通溝314の周方向に亘って供給される被密封流体が、深溝320に対して供給されるため、正圧発生部としての浅溝321に対して被密封流体が十分に供給され、動圧溝312全体において正圧による浮力がより得られやすくなる。
【0055】
尚、
図12(b)に示されるように、静圧溝313は、内径側の深さが外径側の深さに比べて深く形成され、連通溝314は、静圧溝313の内径側の深さと略同一に形成されていてもよい。これによれば、静圧溝313の内径側から外径側に被密封流体が流れやすくなるため、被密封流体が連通溝314内にまで導入されやすくなり、シールリング301の潤滑性をより高めることができる。
【0056】
また、実施例1のシールリング1における静圧溝13については、内径側から外径側にかけて深さが同一に形成されてもよいし、内径側の深さが外径側の深さに比べて浅く形成されていてもよい。
【0057】
また、実施例3におけるシールリング301の変形例Iとして、
図13(a)に示されるように、連通溝314は、径方向に複数の箇所から周方向に延びるように(例えば2条)形成されていてもよい。
【0058】
また、実施例3におけるシールリング301の変形例Jとして、
図13(b)に示されるように、連通溝314は、波型に形成されていてもよい。これによれば、連通溝314から摺動面S1の外径側における広い範囲に被密封流体を流出させることができ、かつ連通溝314の面積を大きくすることができるため、シールリング301の潤滑性をより高めることができる。
【0059】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0060】
例えば、前記実施例2に対して、前記実施例1の変形例A~Eに示した静圧溝の構成を適用してもよいし、前記実施例3に対して、前記実施例1の変形例B~Eに示した静圧溝の構成を適用してもよい。
【0061】
また、シールリングの摺動面S1に設けられる動圧溝および静圧溝の数や形状は、所望の動圧効果を得られるように適宜変更されてよい。尚、被密封流体を導入する動圧溝の深溝や静圧溝の設置位置や形状については、摺動面の想定される摩耗の程度に応じて適宜変更されてよい。
【0062】
また、静圧溝の底面、側面の形状は、矩形状のものに限らず、自由に構成されてよく、側面は、底面から傾斜して延びていてもよい。
【0063】
また、シールリングは、合口部1aが設けられない環状に構成されていてもよく、その外形は、側面側から見た形状が円形のものに限らず、多角形状として形成されていてもよい。
【0064】
また、シールリングは、断面矩形状のものに限らず、例えば断面台形状、断面多角形状であってもよく、摺動面S1が形成される側面が傾斜するものであってもよい。
【0065】
また、回転軸2の環状溝20の摺動面S2に対して前記実施例に示した溝が形成されていてもよい。
【0066】
また、被密封流体は油を例に説明したが、水、クーラント等の液体であっても、空気、窒素等の気体であってもよい。
【符号の説明】
【0067】
1~301 シールリング
2 回転軸
3 ハウジング
10 側面
12 動圧溝
13 静圧溝(静圧供給路)
16 平坦面
16a シール部
16b 潤滑部
20 環状溝
21 側壁面
113 静圧供給路
120 深溝
121 浅溝(正圧発生部)
122 浅溝(負圧発生部)
210 側面
212 動圧溝
213 静圧溝(静圧供給路)
216 平坦面
220 深溝
221 浅溝(正圧発生部)
222 浅溝(負圧発生部)
310 側面
312 動圧溝
313 静圧溝(静圧供給路)
314 連通溝
316 平坦面
316a シール部
320 深溝
321 浅溝(正圧発生部)
322 浅溝(負圧発生部)
S1,S2 摺動面
S1’,S2’ 非摺動面