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特許7243005Nkx3.2及びその断片を有効成分として含む網膜疾患治療用の医薬組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】Nkx3.2及びその断片を有効成分として含む網膜疾患治療用の医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/17 20060101AFI20230314BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20230314BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20230314BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20230314BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
A61K38/17 ZNA
A61P27/02
A61K48/00
A61K35/76
A61P3/10
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021515206
(86)(22)【出願日】2018-10-19
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-02-07
(86)【国際出願番号】 KR2018012428
(87)【国際公開番号】W WO2020080583
(87)【国際公開日】2020-04-23
【審査請求日】2021-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】519163980
【氏名又は名称】アイシーエム・カンパニー、リミテッド
【氏名又は名称原語表記】ICM CO.,LTD.
【住所又は居所原語表記】Building 323 Room 426,50,Yonsei-ro,Seodaemun-gu,Seoul 03722,Republic of Korea
(74)【代理人】
【識別番号】100107456
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 成人
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【弁理士】
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100123995
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅一
(72)【発明者】
【氏名】キム, ダエ‐ウォン
(72)【発明者】
【氏名】オム, ヨン‐ナ
(72)【発明者】
【氏名】リュウ, フイ‐ヨン
(72)【発明者】
【氏名】ジョン, ダ‐ウン
(72)【発明者】
【氏名】チョイ, スン‐ウォン
【審査官】松本 淳
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-535310(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0236035(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
A61P 1/00-43/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nkx3.2又はその断片を有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物であって、前記Nkx3.2又はその断片は、配列番号7又は12のアミノ酸配列を有するポリペプチドである、医薬組成物
【請求項2】
前記網膜疾患が、黄斑変性、糖尿病性網膜症、脈絡膜新生血管症及び網膜浮腫からなる群から選択されるいずれか1つである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記黄斑変性が、乾性黄斑変性又は湿性黄斑変性である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項4】
Nkx3.2又はその断片をコードするポリヌクレオチドが含まれた組換えウイルスを有効成分として含む、網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物であって、前記Nkx3.2又はその断片は、配列番号7又は12のアミノ酸配列を有するポリペプチドである、医薬組成物
【請求項5】
前記ウイルスが、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated viruses:AAV)、レトロウイルス、レンチウイルス、単純ヘルペスウイルス及びワクシニアウイルスからなる群から選択されるいずれか1つであることを特徴とする、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記網膜疾患が、黄斑変性、糖尿病性網膜症、脈絡膜新生血管症及び網膜浮腫からなる群から選択されるいずれか1つである、請求項4又は5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記黄斑変性が、乾性黄斑変性又は湿性黄斑変性である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物の製造における、Nkx3.2又はその断片の使用であって、前記Nkx3.2又はその断片は、配列番号7又は12のアミノ酸配列を有するポリペプチドである、使用
【請求項9】
前記医薬組成物は、静脈内、動脈内、腹腔内、筋肉内、胸骨内、経皮、鼻腔、吸入、局所、直腸、経口、眼球内及び皮内からなる群から選択されるいずれか1つの経路により個体に投与される、請求項に記載の使用
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Nkx3.2及びその断片を有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
我々の社会が高齢化社会に進入することに伴い、老化に係わる疾病及びその治療法に対して関心が高まっている。多様な加齢性疾患のうち、代表的な加齢性の眼球疾患である黄斑変性は、眼の内側の網膜中心部に位置した黄斑部に変性が起きて視力障害が生じる疾患である。
【0003】
身体の老化により黄斑機能が低下して視力が低下するか、喪失する疾患である黄斑変性は、老年期の視力喪失の主な原因である。黄斑変性は、通常50~60代に現れる疾病であるが、まれに若い年齢層で発病することもある。前記疾病の原因としては、身体の老化、心血管係疾病、喫煙、高い血中コレステロール、環境汚染、日光暴露などが知られている。
【0004】
黄斑変性の種類は、乾性黄斑変性と湿性黄斑変性がある。乾性黄斑変性は、網膜にドルーゼンという一種の老廃物や網膜色素上皮の萎縮のような病変が生じた場合であり、黄斑変性患者の約90%は乾性形態の黄斑変性を有している。乾性黄斑変性では、黄斑にある視細胞が徐々に萎縮して時間の経過とともに視力が漸次低下し、深刻な視力喪失を引き起こすことはないが、湿性形態に進行し得る。湿性黄斑変性では、脈絡膜に異常に新生血管が生じ、該血管自体又は血管からの出血、滲出などにより深刻な視力損傷が発生しやすい。湿性黄斑変性は、発病後数ヶ月~数年の間に円盤状萎縮、深刻な出血などにより失明をもたらすことがある(Oh,M.J.&Lee,S.Y.,2012)。
【0005】
一方、黄斑変性によって視力障害が始まると、正視に戻すことがほぼできないため、早期に発見して治療することが重要である。黄斑変性は、黄斑変性の自己検査表であるアムスラーグリッドを用いると、早期に発見することができる。このように、黄斑変性は、早期に発見して治療すれば視力喪失を最小化することができるが、いまだ確実な治療法はないのが実情である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明者らは、黄斑変性(macular degeneration)の治療剤を研究したところ、Nkx3.2及び/又はその断片が酸化ストレスによる網膜色素上皮細胞の死滅及び網膜変性の抑制、視覚機能の保存、脈絡膜新生血管及び網膜浮腫の抑制などの網膜疾患の予防又は治療に優れた効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明の目的は、Nkx3.2及び/又はその断片を有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明は、Nkx3.2又はその断片を有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物を提供する。
【0009】
また、本発明は、前記Nkx3.2断片が下記式(I):
N末端伸長ドメイン-コアドメイン-C末端伸長ドメイン(I)
で表されるポリペプチドである、網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物を提供する。
【0010】
前記式(I)において、コアドメインは、配列番号1のアミノ酸配列を有するポリペプチドであり、
N末端伸長ドメインは、配列番号3のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、配列番号3の1位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に1個~42個のアミノ酸が連続的に欠失することができ、
C末端伸長ドメインは、配列番号5のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、配列番号5の24位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に1個~23個のアミノ酸が連続的に欠失することができる。
【0011】
また、本発明は、前記Nkx3.2及び/又はその断片であるポリペプチドを個体に投与することを含む網膜疾患の予防又は治療方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るNkx3.2及び/又はその断片は、酸化ストレスによる網膜変性を抑制し、視覚機能を保存する。また、前記Nkx3.2及び/又はその断片は、網膜色素上皮細胞の酸化ストレスによる細胞死滅を抑制し、脈絡膜新生血管及び網膜浮腫を抑制する。したがって、前記Nkx3.2及び/又はその断片を有効成分として含む組成物は、網膜疾患の予防又は治療に有利に活用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、免疫組織化学染色によりC57BL/6マウスの網膜色素上皮細胞におけるNkx3.2タンパク質の発現を示す図である。このとき、OSは、外節 (OuterSegment)の略語である。
図2図2は、免疫組織化学染色によりヒト網膜色素上皮細胞におけるNkx3.2タンパク質の発現を示す図である。
図3図3は、ウエスタンブロット分析法を用いてヒト網膜色素上皮細胞におけるNkx3.2タンパク質の発現を示す図である。このとき、WB absは、ウエスタンブロット抗体(western blot antibodies)の略語である。
図4図4は、酸化ストレスによる網膜変性マウスモデルにおける網膜色素上皮の病変を示す図である。
図5図5は、免疫組織化学染色により網膜変性マウスモデルにおけるNkx3.2タンパク質の発現を示す図である。
図6図6は、ウエスタンブロット分析法を用いて網膜変性マウスモデルにおけるNkx3.2タンパク質の発現を示す図である。
図7図7は、網膜色素上皮細胞に特異的なNkx3.2過剰発現マウスを作製するための方法を図式化して示す図である。図7に示す略語の意味は、以下の通りである:ci-Nkx3.2,Cre誘導Nkx3.2(Cre-inducible Nkx3.2);ciTg-Nkx3.2、Cre誘導Nkx3.2トランスジェニック(Cre-inducible Nkx3.2 transgenic);tpA、転写の停止(Transcription Stop)。
図8図8は、免疫組織化学染色により網膜色素上皮細胞に特異的なNkx3.2過剰発現マウスの網膜色素上皮におけるNkx3.2タンパク質の発現を示す図である。
図9図9は、網膜フラットマウント(Flat mount)によってNkx3.2タンパク質の発現レベルによる網膜変性の程度を示す図である。
図10図10は、眼底画像(Fundus image)撮影方法によってNkx3.2の発現レベルによるマウスの網膜変性の程度を示す図である。
図11図11は、光干渉断層撮影方法(optical coherence tomography,OCT)によってNkx3.2の発現レベルによるマウスの網膜変性の程度を示す図である。
図12図12は、組職病理分析法によってNkx3.2タンパク質の発現レベルによるマウスの網膜変性の程度を示す図である。
図13図13は、網膜電図検査(electroretinography,ERG)によってNkx3.2タンパク質の発現レベルによるマウスの視覚機能の保存効果を示す図である。
図14図14は、ヒト網膜色素上皮細胞で酸化ストレスを誘導するH濃度による細胞生存率を示す図である。
図15図15は、ヒト網膜色素上皮細胞で酸化ストレスを誘導するH濃度による細胞死滅率を示す図である。
図16図16は、ウエスタンブロット分析法によってヒト網膜色素上皮細胞で酸化ストレスを誘導するH濃度による細胞死滅のマーカーであるCleaved PARPタンパク質の発現レベル及びNkx3.2タンパク質の発現レベルを示す図である。
図17図17は、ヒト網膜色素上皮細胞でNkx3.2発現ウイルス(Lenti-Nkx3.2)の処理時に酸化ストレスによる細胞死滅の程度を示す図である。
図18図18は、ヒト網膜色素上皮細胞でNkx3.2発現抑制ウイルス(sh-Nkx3.2)の処理時に酸化ストレスによる細胞死滅の程度を示す図である。
図19図19は、マイクロプレートリーダー装置を用いてNkx3.2全長及びその断片の酸化ストレスによる網膜色素上皮細胞の死滅抑制能を示す図である。
図20a図20aは、免疫化学技術を用いてNkx3.2全長及びその断片に対する形質導入の効率を示す図である。
図20b図20bは、形質導入されたNkx3.2タンパク質の個数/DAPI染色された核の個数を計算して平均値を求めた後、その結果を示す表ある。
図20c図20cは、形質導入されたNkx3.2タンパク質の個数/DAPI染色された核の個数を計算して平均値を求めた後、その結果を示すグラフである。
図21a図21aは、Nkx3.2過剰発現マウスにレーザーを照射して脈絡膜新生血管を誘導した後、網膜血管を眼底造影法により撮影した図である。
図21b図21bは、眼底造影法により撮影した画像に基づいてwild typeマウスとNkx3.2過剰発現マウスとの間の脈絡膜新生血管の病変の大きさの差を比較した図である。
図22a図22aは、Nkx3.2過剰発現マウスにレーザーを照射して脈絡膜新生血管を誘導した後、網膜領域を光干渉断層撮影方法により撮影した図である。
図22b図22bは、光干渉断層撮影画像に基づいてwild typeマウスとNkx3.2過剰発現マウスとの間の網膜浮腫の差を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明の一態様において、Nkx3.2又はその断片を有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物を提供する。
【0016】
本明細書で用いられる用語「Nkx3.2」は、NK3 homeobox 2とも呼ばれ、NKファミリー(family)のホメオボックスを含むタンパク質の一つである。Nkx3.2は、骨格発達及び機関分化に重要な役割を果たす。特に、Nkx3.2は、軟骨細胞への分化を促進させ、軟骨細胞の肥大を遅延させ、軟骨細胞の自滅を抑制させると知られている。前記Nkx3.2は、ヒト来由のタンパク質であってもよい。このとき、Nkx3.2タンパク質は、配列番号7のアミノ酸配列を有してもよく、これは配列番号8の塩基配列によってコードすることができる。
【0017】
本明細書で用いられるNkx3.2タンパク質は、配列番号7のアミノ酸配列に対して実質的な同一性を示すアミノ酸配列を含むことができる。前記実質的な同一性を有するNkx3.2タンパク質は、80%、90%、95%、98%又は99%の相同性を示すアミノ酸配列を意味する。
【0018】
また、本発明で用いられたNkx3.2タンパク質は、その天然型アミノ酸配列を有するタンパク質だけではなく、そのアミノ酸配列の変異体がさらに本発明の範囲に含まれ得る。このとき、Nkx3.2タンパク質の変異体とは、Nkx3.2タンパク質の天然アミノ酸配列と、一つ以上のアミノ酸残基が欠失、挿入、非保存的若しくは保存的置換、又はこれらの組み合わせにより異なる配列を有するタンパク質を意味する。分子の活性を全体的に変更させないタンパク質及びペプチドにおけるアミノ酸の交換は、当該分野において公知である(H.Neurath,R.L.Hill,The Proteins,Academic Press,New York,1979)。最も一般的に起きる交換は、アミノ酸残基Ala/Ser、Val/Ile、Asp/Glu、Thr/Ser、Ala/Gly、Ala/Thr、Ser/Asn、Ala/Val、Ser/Gly、Tyr/Phe、Ala/Pro、Lys/Arg、Asp/Asn、Leu/Ile、Leu/Val、Ala/Glu及びAsp/Gly間の交換である。また、前記Nkx3.2タンパク質は、リン酸化、硫酸化、アクリル化、グリコシル化、メチル化又はファルネシル化(farnesylation)などによって修飾され得る。
【0019】
前記Nkx3.2タンパク質又はその変異体は、天然で抽出するか、合成(Merrifield,J.Amer.chem.Soc..85:2149-2156,1963)又はDNA配列を基本とする組換え方法によって製造することができる(Sambrook,J.et al.,2001.Molecular Cloning.A Laboratory Manual,3rd ed.Cold Spring Harbor Press)。
【0020】
本明細書で用いられる用語「Nkx3.2断片」は、下記式(I):
N末端伸長ドメイン-コアドメイン-C末端伸長ドメイン(I)
で表されるポリペプチドであってもよい。
【0021】
前記式(I)において、コアドメインは、配列番号1のアミノ酸配列を有するポリペプチドである。また、N末端伸長ドメインは、配列番号3のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、配列番号3の1位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に1個~42個のアミノ酸が連続的に欠失することができる。また、C末端伸長ドメインは、配列番号5のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、配列番号5の24位のアミノ酸から始めてC末端からN末端方向に1個~23個のアミノ酸が連続的に欠失することができる。
【0022】
本明細書で用いられる用語「コアドメイン」は、全長のNkx3.2タンパク質の166位から309位までのアミノ酸配列を有するポリペプチドを意味する。前記全長のNkx3.2タンパク質は、配列番号7のアミノ酸配列を有することができる。前記コアドメインは、配列番号1のアミノ酸配列を有することができ、これは配列番号2の塩基配列によってコードすることができる。
【0023】
本明細書で用いられる用語「N末端伸長ドメイン」とは、上述のコアドメインのN末端に結合するドメインであって、全長のNkx3.2タンパク質の123位から165位までのアミノ酸配列を有するポリペプチドを意味する。前記N末端伸長ドメインは、配列番号3のアミノ酸配列を有することができ、これは配列番号4の塩基配列によってコードすることができる。
【0024】
前記N末端伸長ドメインは、配列番号3のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は前記ポリペプチドの1位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個、14個、15個、16個、17個、18個、19個、20個、21個、22個、23個、24個、25個、26個、27個、28個、29個、30個、31個、32個、33個、34個、35個、36個、37個、38個、39個、40個、41個若しくは42個のアミノ酸残基が欠失したものであってもよい。
【0025】
本明細書で用いられる用語「C末端伸長ドメイン」とは、上述のコアドメインのC末端に結合するドメインであって、全長のNkx3.2タンパク質の310位から333位までのアミノ酸配列を有するポリペプチドを意味する。前記C末端伸長ドメインは、配列番号5のアミノ酸配列を有することができ、これは配列番号6の塩基配列によってコードすることができる。
【0026】
前記C末端伸長ドメインは、配列番号5のアミノ酸配列を有するポリペプチド、又は前記ポリペプチドの24位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個、14個、15個、16個、17個、18個、19個、20個、21個、22個若しくは23個のアミノ酸残基が欠失したものであってもよい。
【0027】
前記アミノ酸残基の欠失は、N末端伸長ドメイン及びC末端伸長ドメインのいずれか一方又は両方のドメインの全部で発生し得る。具体的には、本発明におけるポリペプチドは、配列番号1、3、5、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27又は28のアミノ酸配列を有することができる。
【0028】
前記ポリペプチドは、Nkx3.2タンパク質の断片であって、生体内には存在しない。しかし、前記ポリペプチドは、天然型のNkx3.2タンパク質と同一の活性を有しつつも、生体内に容易に分解されず、天然型のNkx3.2タンパク質に比べて体内に長い間存在することによって、さらに優れた活性を示すことができる。
【0029】
一実施形態において、本発明は、配列番号20のアミノ酸配列を有するポリペプチド又はその断片を提供する。前記断片は、配列番号20の1位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に1個~87個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。また、前記断片は、配列番号20の320209位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に1個~39個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。
【0030】
前記アミノ酸の欠失は、配列番号20のアミノ酸配列のN末端及びC末端のいずれか一方又は両方の全部で発生し得る。
【0031】
本発明の一実施態様において、酸化ストレスによるNkx3.2全長及びその断片の網膜色素上皮細胞の死滅抑制能を評価するために、網膜色素上皮細胞株にNkx3.2全長及びその断片のDNAプラスミドをそれぞれ形質導入させ、酸化ストレスを誘導した。その結果、Nkx3.2全長及びその断片のすべてが網膜色素上皮細胞の死滅を抑制することを確認した。
【0032】
本発明の他の態様において、Nkx3.2又はその断片をコードするポリヌクレオチドを有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物を提供する。
【0033】
前記ポリヌクレオチドは、DNA又はRNAであってもよく、前記RNAはmRNAであってもよい。また、前記ポリヌクレオチドは、非ウイルス性ベクターに積載されてもよい。前記非ウイルス性ベクターは、プラスミド、リポソーム、陽イオン性高分子、ミセル(micelle)、エマルジョン、固体脂質ナノ粒子(solid lipid nanoparticles)及びこれらの組み合わせからなる群から選択されるいずれか1つであってもよい。
【0034】
さらに、本発明の他の態様において、Nkx3.2又はその断片をコードするポリヌクレオチドが含まれた組換えウイルスを有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物を提供する。
【0035】
前記Nkx3.2断片が下記式(I):
N末端伸長ドメイン-コアドメイン-C末端伸長ドメイン(I)
で表されるポリペプチドであってもよい。
【0036】
前記式(I)において、コアドメインは、配列番号1のアミノ酸配列を有するポリペプチドである。また、N末端伸長ドメインは、配列番号3のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、配列番号3の1位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に1個~42個のアミノ酸が連続的に欠失することができる。また、C末端伸長ドメインは、配列番号5のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、配列番号5の24位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に1個~23個のアミノ酸が連続的に欠失することができる。このとき、前記コアドメイン、N末端伸長ドメイン及びC末端伸長ドメインは、前述の通りであり、前記ポリヌクレオチドは、配列番号1、3、5、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27又は28のアミノ酸配列をコードする塩基配列であってもよい。
【0037】
前記ウイルスは、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated viruses:AAV))、レトロウイルス、レンチウイルス、単純ヘルペスウイルス及びワクシニアウイルスからなる群から選択されるいずれか1つであってもよい。具体的には、前記ウイルスは、アデノ随伴ウイルス(AAV)であってもよい。前記アデノ随伴ウイルスは、特定の血清型(serotype)に限定されず、好ましくは、AAV1~AAV9のいずれか1つであってもよい。
【0038】
前記アデノ随伴ウイルス(AAV)は、非分裂細胞に感染することができ、多様な種類の細胞に感染する能力を有しているので、本発明の遺伝子伝達システムとして適合する。AAVベクターの製造及び用途に係る詳細な説明は、米国特許第5,139,941号及び第4,797,368号に詳細に開示されている。
【0039】
典型的には、AAVウイルスは、2つのAAV末端反復に隣接する目的の遺伝子配列を含むプラスミド及び末端反復のない野生型AAVコード配列を含む発現プラスミドを同時に形質導入させることにより製造され得る。
【0040】
本明細書で用いられる用語「網膜疾患」とは、老化、疾病などの理由で網膜に発生した損傷による疾病をいい、黄斑変性、糖尿病性網膜症、脈絡膜新生血管症及び網膜浮腫からなる群から選択されるいずれか1つであってもよい。
【0041】
前記黄斑変性は、老化の進行とともに黄斑機能が低下して視力が落ちるか、喪失する疾病であって、この疾病により視力が落ちてきたら、正視に戻すことができない。前記疾病は、加齢性黄斑変性と呼ばれ、老年期の視力喪失の主な原因である。前記黄斑変性は、乾性黄斑変性及び湿性黄斑変性の二種類に分けられる。黄斑変性に病んでいる患者の約90%は乾性黄斑変性であり、これは老廃物が網膜の下に蓄積するか、網膜色素上皮の萎縮のような病変が生じた場合である。黄斑にある視細胞が徐々に破壊されるので、時間の経過とともに黄斑機能が低下し、中心部の視力が低下するようになる。湿性黄斑変性は、黄斑部の下層を構成する脈絡膜に異常に新たな血管が多く生成されて症状が発生する。湿性黄斑変性は、乾性黄斑変性に比べて進行が早くて視力が急激に低下することができ、2ヶ月~3年の間に失明する可能性がある。
【0042】
前記糖尿病性網膜症は、糖尿病による末梢循環障害によって目の網膜に発生する合併症である。前記疾病は、初期には症状がないものの黄斑部への侵入が起きながら視力低下の症状を呈し得る。前記糖尿病性網膜症は、進行段階に応じて単純網膜症、増殖前網膜症及び増殖網膜症に分けられる。
【0043】
前記脈絡膜新生血管症は、異常血管が生じることにより脈絡膜が損傷されて視力障害が発生する疾病である。前記脈絡膜新生血管症は、世界中で不可逆的な視力損失の主な原因の一つであり、様々な治療の試みにもかかわらず、視力の予後は、ほとんどの患者において良くない。
【0044】
前記網膜浮腫は、網膜が腫れていることを意味する。様々な理由によって網膜又は黄斑内の毛細血管のような微細な血管に変性又は異常が発生することにより出血が生じ、その結果、網膜浮腫が発生し得る。網膜に浮腫が発生するようになると、視力低下を含めた多様な症状が呈し得る。
【0045】
前記Nkx3.2又はその断片を含む医薬組成物は、医薬組成物の全重量に対して有効成分である本発明に係るNkx3.2の断片のポリペプチドを10~95重量%で含むことができる。また、本発明の医薬組成物は、前記有効成分に加えて同一又は類似の機能を示す有効成分を1種以上さらに含むことができる。本発明に係る医薬組成物は、投与のために上記の有効成分以外にさらに薬学的に許容可能な担体を1種以上含むことができる。
【0046】
また、Nkx3.2又はその断片をコードするポリヌクレオチドが含まれた組換えウイルスを有効成分として含む医薬組成物の投与量は、疾患の種類、疾患の重症度、医薬組成物に含有された有効成分並びに他の成分の種類及び含量、剤形の種類及び患者の年齢、体重、一般健康状態、性別及び食事、投与時間、投与経路、治療期間、並びに同時に使用される薬物を含めた多様な因子によって調節され得る。
【0047】
しかしながら、所望の効果のために、本発明に係る医薬組成物に含まれる組換えウイルスは、成人の場合1日につき1.0×10~1.0×1015ウイルスゲノム(viral genome)の量で投与されてもよい。具体的には、本発明の医薬組成物の投与量は、成人の場合1日につき1.0×10~1.0×1015、1.0×10~1.0×1013、1.0×10~1.0×1012、又は1.0×10~1.0×1010の量で投与してもよい。
【0048】
また、本発明は、Nkx3.2又はその断片、若しくはNkx3.2又はその断片をコードするポリヌクレオチドが含まれた組換えウイルスを有効成分として含む医薬組成物を個体に投与することを含む網膜疾患の予防又は治療方法を提供する。
【0049】
本発明に係るNkx3.2又はその断片であるポリペプチド、若しくはNkx3.2又はその断片をコードするポリヌクレオチドが含まれた組換えウイルスの投与量は、疾患の種類、疾患の重症度、医薬組成物に含有された有効成分並びに他の成分の種類及び含量、剤形の種類及び患者の年齢、体重、一般健康状態、性別及び食事、投与時間、投与経路、治療期間、並びに同時に使用される薬物を含めた多様な因子によって調節され得る。
【0050】
しかしながら、所望の効果のために、本発明に係るNkx3.2又はその断片を有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物に含まれるNkx3.2の断片であるポリペプチドの有効量は、0.0001~100mg/kgでもよい。このとき、投与は、1日に1回投与してもよく、数回に分けて投与してもよい。
【0051】
また、所望の効果のために、本発明に係るNkx3.2又はその断片をコードするポリヌクレオチドが含まれた組換えウイルスを有効成分として含む網膜疾患の予防又は治療用の医薬組成物に含まれる組換えウイルスは、成人の場合1日につき1.0×10~1.0×1015ウイルスゲノム(viral genome)の量で投与されてもよい。具体的には、本発明の医薬組成物の投与量は、成人の場合1日につき1.0×10~1.0×1015、1.0×10~1.0×1013、1.0×10~1.0×1012、又は1.0×10~1.0×1010の量で投与してもよい。
【0052】
また、本発明の医薬組成物は、当業界における公知の多様な方法でこれを必要とする個体に投与され得る。前記個体は、哺乳動物、具体的には、ヒトであってもよい。前記投与経路は、投与方法、体液の容積、粘度などを考慮して通常の技術者が適切に選択することができる。具体的には、前記投与は、静脈内、動脈内、腹腔内、筋肉内、胸骨内、経皮、鼻腔、吸入、局所、直腸、経口、眼球内及び皮内からなる群から選択されるいずれか1つの経路により行われる。
【0053】
本発明の他の態様において、本発明は、配列番号7のアミノ酸配列を有するポリペプチドのN末端領域、C末端領域及びその組み合わせからなる群から選択されたいずれか1つの領域を欠失させる段階を含む、体内安定性が向上したNkx3.2断片を製造する方法を提供する。
【0054】
前記N末端領域の欠失は、配列番号7の1位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に1個~199個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。一実施形態において、前記N末端領域の欠失は、配列番号7の1位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に41個、98個、111個又は122個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。前記配列番号7のアミノ酸配列を有するポリペプチドのN末端領域が欠失したNkx3.2断片は、配列番号11、配列番号12、配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列を有することができる。具体的には、前記欠失は、配列番号7の100位のアミノ酸から開始してN末端からC末端方向に1個~99個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。
【0055】
前記C末端領域の欠失は、配列番号7の333位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に1個~52個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。一実施形態において、前記C末端領域の欠失は、配列番号7の333位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に13個又は26個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。前記配列番号7のアミノ酸配列を有するポリペプチドのC末端領域が欠失したNkx3.2断片は、配列番号9又は10のアミノ酸配列を有することができる。具体的には、前記欠失は、配列番号7の320位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に1個~39個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。
【0056】
前記アミノ酸の欠失は、N末端領域及びC末端領域の一方又は両方で発生し得る。一実施形態において、前記アミノ酸の欠失は、配列番号7の1位のアミノ酸から開始してN末端方向からC末端方向に98個~164個、具体的には98個、104個、109個、111個、122個、129個、149個、152個、155個、158個、161個又は164個のアミノ酸が連続的に欠失され、同時に配列番号7の333位のアミノ酸から開始してC末端からN末端方向に3個~23個、具体的には3個、6個、9個、13個、15個、17個、19個、21個又は23個のアミノ酸が連続的に欠失したものであってもよい。
【0057】
前記N末端領域及びC末端領域の両方ともにアミノ酸の欠失が発生したNkx3.2断片は、配列番号15~配列番号28のアミノ酸配列を有することができる。N末端領域及びC末端領域の両方で前記アミノ酸残基の欠失は、当業者により適切な方法で行われる。
【実施例
【0058】
以下、本発明を下記実施例により詳細に説明する。ただし、下記実施例は、本発明を例示するだけであり、本発明は、それに限定されるものではない。
【0059】
準備例1.実験眼組職の準備
C57BL/6マウスを購入し、承認された動物施設で特定の無菌状態で保管した。所定の実験プロトコルによって正常C57BL/6マウスの眼球を摘出して組職を分離した。
【0060】
また、ヒトの眼組織を購入し、承認された施設で特定の無菌状態で保管した。
【0061】
実験例1.網膜色素上皮細胞でNkx3.2発現の確認
眼球網膜色素上皮層においてNkx3.2タンパク質の発現が報告されていないので、免疫組織化学染色(immunohistochemistry staining,IHC staining)及びウエスタンブロット分析法(western blot analysis)を用いてこれに対する検証を行った。
【0062】
免疫組織化学染色を用いて前記準備例1で準備されたC57BL/6マウスの眼組職及びヒトの眼組織におけるNkx3.2タンパク質の発現を確認した。その結果を図1及び図2に示す。
【0063】
また、前記準備例1で準備されたヒトの眼組職から角膜(cornea)と網膜色素上皮(retinal pigment epithelium,RPE)を分離し、タンパク質を抽出してウエスタンブロット分析法によりNkx3.2タンパク質の発現を確認した。その結果を図3に示した。
【0064】
図1及び図2に示すように、網膜色素上皮細胞において特異的な発現を示すRPE65タンパク質とともにC57BL/6マウス及びヒトの眼組職でNkx3.2タンパク質の発現を確認した。また、図3に示すように、眼球の前側(frontal,F)に比べてRPE65の発現が高い眼球の後側(hind,H)でNkx3.2タンパク質がより高く発現することを確認した。
【0065】
実験例2.酸化ストレスによる網膜変性モデルでNkx3.2の発現の確認
免疫組織化学染色(immunohistochemistry staining,IHC staining)及びウエスタンブロット分析法(western blot analysis)を用いて酸化ストレスによる網膜変性モデルにおけるNkx3.2タンパク質の発現を確認した。
【0066】
ヨウ素酸ナトリウム(NaIO)を用いて前記準備例1で準備したC57BL/6マウスの眼球に酸化ストレスを誘導することにより網膜変性マウスモデルを構築した。その後、顕微鏡を用いて網膜変性マウスモデルでの病変を観察した。また、免疫組織化学染色を用いて前記網膜変性マウスモデルにおけるNkx3.2タンパク質の発現を確認した。その結果を図4及び図5に示した。
【0067】
また、前記網膜変性マウスモデルの組職からタンパク質を抽出してウエスタンブロット分析法によりNkx3.2タンパク質の発現を確認した。その結果を図6に示した。
【0068】
図4に示すように、NaIOを用いて酸化ストレスを誘導することにより網膜変性マウスモデルで網膜色素上皮の病変を確認した。また、図5に示すように、網膜色素上皮の病変が確認された網膜変性マウスモデルでNkx3.2タンパク質が減少することを確認した。
【0069】
また、図6に示すように、酸化ストレスによる網膜変性モデルでNkx3.2タンパク質の発現が確かに減少することを確認し、これは網膜色素上皮のマーカーであるRPE65の減少より先行する初期的変化であることを確認した。
【0070】
実験例3.網膜色素上皮細胞でNkx3.2を過剰発現するマウスの作製
本研究チームは、先行論文でCre依存的Nkx3.2過剰発現マウスを発表した(Jeong,Da-Un,Je-Yong Choi,and Dae-Won Kim.“Cartilage-Specific and Cre-Dependent Nkx3.2 Overexpression In Vivo Causes Skeletal Dwarfism by Delaying Cartilage Hypertrophy.”Journal of cellular physiology 232.1(2017):78-90.)。これに基づいて網膜色素上皮細胞に特異的なCre発現を示すBEST1-Creマウスを用いて、Cre遺伝子組換え酵素によるNkx3.2過剰発現がただ網膜色素上皮細胞のみで起こるようにした。当該マウスの作製戦略を図式化して図7に示した。
【0071】
また、前記作製したNkx3.2過剰発現マウスの網膜色素上皮細胞でNkx3.2の発現を免疫組織化学染色により確認し、その結果を図8に示した。
【0072】
図8に示すように、Cre遺伝子組換え酵素によるNkx3.2過剰発現がただ網膜色素上皮細胞のみで起こるように作製したマウスの網膜色素上皮細胞でNkx3.2タンパク質の過剰発現が検証された。
【0073】
実験例4.Nkx3.2過剰発現による網膜色素上皮細胞の抑制効果の確認
前記実験例3で作製した網膜色素上皮細胞に特異的なNkx3.2過剰発現マウスでNaIOを用いて酸化ストレスによる網膜変性を誘導した。
【0074】
実験例4.1.網膜フラットマウント(Flat mount)
酸化ストレスによって網膜変性が誘導されたマウスの半球形の網膜をフラットマウントして網膜変性の病変を確認した。その結果を図9に示した。
【0075】
図9に示すように、Nkx3.2タンパク質非過剰発現(ci-Nkx3.2)マウスで酸化ストレスによって網膜変性が明らかに観察された。一方、Nkx3.2過剰発現(ciTg-Nkx3.2)マウスでは酸化ストレスによって網膜変性が観察されなかった。
【0076】
実験例4.2.眼底画像撮影(Fundus image)
酸化ストレスによって網膜変性が誘導されたマウスの眼球網膜構造を眼底画像撮影方法により分析した。その結果を図10に示した。
【0077】
図10に示すように、正常対照群(Norm)は、視神経を中心に均一で一様な形態の網膜曲面を示し、正常な網膜反射を示した。一方、Nkx3.2非過剰発現マウスの網膜変性群(AMD)は、分裂した網膜色素上皮を示し、低反射パターンを示した。これに対し、Nkx3.2過剰発現マウスの網膜変性群(AMD+Nkx3.2)は、正常対照群と類似する網膜構造を示した。
【0078】
実験例4.3.光干渉断層撮影
酸化ストレスによって網膜変性が誘導されたマウスの眼球網膜構造を光干渉断層撮影方法により分析した。その結果を図11に示した。
【0079】
図11に示すように、正常対照群(Norm)は、網膜の多層構造をよく示しているのに対し、Nkx3.2非過剰発現マウスの網膜変性群(AMD)は、深刻な網膜変性で網膜の多層構造が深刻に損傷した。これに対し、Nkx3.2過剰発現マウスの網膜変性群(AMD+Nkx3.2)は、正常対照群と類似する網膜構造を示した。
【0080】
実験例4.4.組織病理学的解析
酸化ストレスによって網膜変性が誘導されたマウスの眼球網膜構造を組職学的に分析した。その結果を図12に示した。
【0081】
図12に示すように、正常対照群(Norm)は、網膜の正常構造と網膜色素上皮層の正常な膜構造が観察された。一方、Nkx3.2非過剰発現マウスの網膜変性群(AMD)は、網膜色素上皮層が深刻な損傷を受けて消失した。これに対し、Nkx3.2過剰発現マウスの網膜変性群(AMD+Nkx3.2)は、正常対照群と類似する網膜構造及び網膜色素上皮層のパターンが観察された。
【0082】
実験例5.Nkx3.2過剰発現による視覚機能の保存効果の確認
網膜電図検査(electroretinography,ERG)によってNkx3.2過剰発現による視覚機能の保存効果を確認した。
【0083】
前記実験例4において、酸化ストレスによって網膜変性が誘導された網膜色素上皮細胞に特異的なNkx3.2過剰発現マウスの視覚機能をERGにより分析した。その結果を図13に示した。
【0084】
図13に示すように、正常対照群(Normal)は、網膜の外部光刺激に対して正常な網膜電図の変化を示した。一方、Nkx3.2非過剰発現マウスの網膜変性群(AMD)は、外部光刺激に対する網膜電図の変化が完全に消失した。これに対し、Nkx3.2過剰発現マウスの網膜変性群(AMD+Nkx3.2)は、正常対照群と類似する網膜電図の変化を示した。
【0085】
実験例6.酸化ストレスを誘導するH濃度による細胞生存率、細胞死滅率、Nkx3.2タンパク質の発現の確認
ヒト網膜色素上皮細胞に400μM、600μM、800μM、1mMの過酸化水素(H)をそれぞれ処理して酸化ストレスを誘導した。その後、WST分析手法(water-soluble tetrazolium salt assay)を用いて酸化ストレスを誘導するH濃度による細胞生存率を測定した。その結果を図14に示した。
【0086】
また、アネキシンV-FITCアポトーシスキット(annexin V-FITC apoptosis kit)(Sigma-Aldrich)を用いて、上記のように濃度別にHを処理して酸化ストレスが誘導されたヒト網膜色素上皮細胞の細胞死滅率を測定した。また、ウエスタンブロット分析法により細胞死滅率の上昇によるNkx3.2タンパク質の発現レベルの変化を測定した。その結果を図15及び図16に示した。
【0087】
図14に示すように、H濃度の上昇につれて細胞生存率が減少した。また、図15に示すように、H濃度の上昇につれて細胞死滅率が上昇した。図16に示すように、H濃度の上昇につれて細胞死滅のマーカーであるcleaved PARPタンパク質の発現が上昇した。すなわち、細胞死滅のマーカーであるcleaved PARPタンパク質の発現の増加が細胞死滅を発生させることをタンパク質水準で検証した。また、前記Cleaved PARPタンパク質の発現の増加につれてNkx3.2タンパク質の発現が減少することを確認した。
【0088】
実験例7.Nkx3.2タンパク質発現ウイルスの投与後の細胞死滅率の測定
ヒト網膜色素上皮細胞に800μMのHを処理して酸化ストレスを誘導し、前記酸化ストレスが誘導された細胞を2つのグループに分けた。1つのグループにはNkx3.2発現ウイルス(Lenti-Nkx3.2)を投与し、他のグループにはNkx3.2発現抑制ウイルス(sh-Nkx3.2)を投与した。その後、アネキシンV-FITC死滅キットを用いて各ウイルスの投与によるヒト網膜色素上皮細胞の酸化ストレスによる細胞死滅率を測定した。その結果を図17及び図18に示した。
【0089】
図17に示すように、ヒト網膜色素上皮細胞にNkx3.2発現ウイルス(Lenti-Nkx3.2)を投与した場合、Hによる細胞死滅率が対照群ウイルス(Lenti-Ctrl)の投与群に比べて減少した。また、図18に示すように、ヒト網膜色素上皮細胞にNkx3.2発現抑制ウイルス(sh-Nkx3.2)を投与する場合、Hによる細胞死滅率が対照群ウイルス(sh-Ctrl)の投与群に比べて上昇した。
【0090】
実験例8.Nkx3.2タンパク質及びその断片の酸化ストレスによる網膜色素上皮細胞の死滅抑制能の評価
実験例8.1.酸化ストレスによるNkx3.2全長及びその断片の網膜色素上皮細胞の死滅抑制能の評価
Nkx3.2全長及びその断片が酸化ストレスであるHによって誘導される網膜色素上皮細胞の死滅を抑制する機能を有しているかどうかを評価するために、ARPE19細胞が播種された12ウェルプレート(3E+4cell/well)にhNkx3.2全長(配列番号7)、及び配列番号9(hNkx3.2全長配列のアミノ酸1~320)、配列番号10(hNkx3.2全長配列のアミノ酸1~307)、配列番号12(hNkx3.2全長配列のアミノ酸99~333)、配列番号13(hNkx3.2全長配列のアミノ酸112~333)、配列番号20(hNkx3.2全長配列のアミノ酸112~320)、配列番号21(hNkx3.2全長配列のアミノ酸123~320)、配列番号23(hNkx3.2全長配列のアミノ酸150~320)及び配列番号28(hNkx3.2全長配列のアミノ酸165~310)のアミノ酸配列を有するhNkx3.2の断片をコードするDNAプラスミドを各0.6ugずつ形質導入した。
【0091】
形質導入してから36時間後、0.3mMのHを37℃の温度でCOインキュベーターで15時間反応させた。各ウェルに水溶性テトラゾリウム塩を50ulずつ添加した後、37℃の温度でCOインキュベーターで90分間反応させた。各ウェルで150ulの上層液を取って96ウェルプレートに移した。マイクロプレートリーダー装置を用いて450nmの波長で吸光度を測定した。その結果を図19に示した。
【0092】
図19に示すように、Nkx3.2全長を含めてNkx3.2断片は、HによるARPE19の細胞死滅を対照群に比べて少なくとも8%から最大17%程度まで抑制した。
【0093】
実験例8.2.Nkx3.2全長及びその断片の形質導入の効率の評価
形質導入の特性上、100%の効率が現れないため、前記実験例の細胞生存能の分析でNkx3.2全長及びその断片のHによる網膜色素上皮細胞の死滅抑制能が低評価された可能性がある。そこで、Nkx3.2全長及びその断片に対する形質導入の効率を免疫細胞化学技術を用いて評価した。まず、スライドガラスが載せられている12ウェルプレートにAREP19細胞を2E+4個ずつ播種した。hNkx3.2全長又はその断片をコードするDNAプラスミドをそれぞれ0.6ugずつ形質導入した。48時間後、各ウェルに2%のパラホルムアルデヒドを入れて常温で15分間反応させて細胞を固定した。その後、各ウェルに0.1%クエン酸ナトリウム内0.1%Triton X-100溶液を入れて常温で30分間反応させ、抗体が細胞内に侵入しやすい状態に作った。その後、PBSで2回洗浄した。
【0094】
各ウェルに5%ヤギ血清(goat serum)内0.1%Triton X-100溶液を入れて常温で30分間反応させ、抗体の非特異的染色を減少させた。その後、PBS内0.05%tween20(PBST)で2回洗浄した。1次抗体(Nkx3.2-ラビット)を1:500の割合で希釈して4℃で16時間反応させ、PBSTで5回洗浄した。2次抗体(FITC-抗-ラビット)を1:300の割合で希釈して常温で30分間反応させ、PBSTで5回洗浄した。DAPIを1:500の割合で希釈して常温で10分間反応させ、PBSで2回洗浄した。スライドガラスを70%EtOHで拭いた後、anti-fadingマウント溶液でマウント(moungting)して暗室で24時間乾燥した。その後、正立(upright)顕微鏡で各サンプルを撮影した。各サンプルごとに列セクションで撮影してDAPI染色分に形質導入されたNkx3.2タンパク質の個数を数えて平均値を求めた。その結果を図20a~図20cに示した。
【0095】
図20aは、免疫細胞化学技術を用いて形質導入されたNkx3.2とDAPIに染色された核を示した。図20b及び図20cに示すように、Nkx3.2全長及びその断片のARPE19細胞に対する形質導入の効率は、15~31%の間である。
【0096】
実験例8.3.Nkx3.2全長及びその断片の形質導入の効率に応じて酸化ストレスによる網膜色素上皮細胞の死滅抑制能の再評価
Nkx3.2全長及びその断片の形質導入の効率を考慮し、HによるARPE19細胞死滅を抑制することができるか否かを再評価した。その結果を下記表1に示した。
【表1】

表1に示したように、Nkx3.2全長を含めたNkx3.2断片は、HによるARPE19細胞死滅を対照群に比べて少なくとも30%から最大75%程度まで抑制した。
【0097】
実験例9.Nkx3.2過剰発現による脈絡膜新生血管の抑制効果の確認
網膜色素上皮細胞に特異的なNkx3.2過剰発現マウスにレーザーを照射して脈絡膜新生血管(choroidal neovascularization,CNV)を誘導した。9日後、マウスに造影剤を腹腔注射して網膜血管に対して眼底造影法(fundus fluorescence angiography,FAA)を施した。前記眼底造影法から確保した画像に基づいて脈絡膜新生血管の病変のCTFを測定し、野生型(wild type)マウスとNkx3.2過剰発現マウスとの間の脈絡膜新生血管の病変の大きさの差を比較した。その結果を図21a及び図21bに示した。
【0098】
図21a及び図21bに示すように、Nkx3.2過剰発現マウス(G2)の脈絡膜新生血管の病変に対するCTF数値(29414.8±43200.47)が野生型マウス(G1)のCTF数値(124942.3±91743.74)より有意に減少した(P<0.05)。これにより、Nkx3.2は、脈絡膜新生血管を抑制することに重要な役目を果たすことが分かった。
【0099】
実験例10.Nkx3.2過剰発現による網膜浮腫の抑制効果の確認
網膜色素上皮細胞に特異的なNkx3.2過剰発現マウスでレーザーを照射して脈絡膜新生血管を誘導した後、9日目に脈絡膜新生血管を誘導した網膜領域に対して光干渉断層撮影方法を施した。前記光干渉断層撮影から確保した画像に基づいて野生型マウスとNkx3.2過剰発現マウスとの間の脈絡膜新生血管の病変で引き起こされた網膜浮腫のパターンの差を比較した。その結果を図22a及び図22bに示した。
【0100】
図22a及び図22bに示すように、Nkx3.2過剰発現マウス(G2)で脈絡膜新生血管の病変の網膜の厚さ(220.6±10.47 microns)がwild typeマウス(G1)の網膜の厚さ(259.8±13.08microns)より有意に減少した(P<0.01)。これにより、脈絡膜新生血管を誘導する過程で破壊された血液網膜障壁により二次的に引き起こされた網膜浮腫は、Nkx3.2過剰発現マウスで野生型マウスより有意に減少することを確認することができた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20a
図20b
図20c
図21a
図21b
図22a
図22b
【配列表】
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