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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】駆動力伝達装置及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16D 27/115 20060101AFI20230314BHJP
   F16D 27/112 20060101ALI20230314BHJP
   F16D 13/52 20060101ALI20230314BHJP
   F16D 1/06 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
F16D27/115 Z
F16D27/112 G
F16D27/112 N
F16D13/52 C
F16D1/06 210
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019022333
(22)【出願日】2019-02-12
(65)【公開番号】P2020128805
(43)【公開日】2020-08-27
【審査請求日】2022-01-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】澤田 直樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 功
(72)【発明者】
【氏名】峯松 睦雄
(72)【発明者】
【氏名】服部 英司
【審査官】稲村 正義
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-253654(JP,A)
【文献】特開2001-248660(JP,A)
【文献】特開平10-169669(JP,A)
【文献】特開平3-144120(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 1/00,13/00,27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁コイルと、前記電磁コイルの磁力により軸方向移動するアーマチャと、前記アーマチャの軸方向移動に応動するカム機構と、前記カム機構のカム推力により押圧される複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートからなる多板クラッチと、前記複数のアウタクラッチプレートが相対回転不能に係合する外側回転部材と、前記複数のインナクラッチプレートが相対回転不能に係合する内側回転部材とを備え、
前記外側回転部材は、その内周面に軸方向に延在して設けられた複数のスプライン突起からなるスプライン係合部を有し、
前記複数のスプライン突起は、前記複数のアウタクラッチプレートが係合する第1領域と前記アーマチャが係合する第2領域とを有する第1スプライン突起と、前記複数のアウタクラッチプレートが係合するが前記アーマチャは係合しない第2スプライン突起とを含み、前記第2スプライン突起の一方の端面が前記アーマチャに当接して当該アーマチャの前記多板クラッチ側への軸方向移動を規制する当接面として形成されており、
前記スプライン係合部には、前記第1スプライン突起の前記第1領域と前記第2領域との間を周方向に延びる周方向溝が形成されており、
前記第2スプライン突起における前記当接面の軸方向位置が、前記第1スプライン突起の前記周方向溝における前記多板クラッチ側の内面の軸方向位置と等しい、
駆動力伝達装置。
【請求項2】
前記周方向溝の溝幅が前記アーマチャの外周端部における軸方向の厚みよりも狭い、
請求項1に記載の駆動力伝達装置。
【請求項3】
電磁コイルと、前記電磁コイルの磁力により軸方向移動するアーマチャと、前記アーマチャの軸方向移動に応動するカム機構と、前記カム機構のカム推力により押圧される複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートからなる多板クラッチと、前記複数のアウタクラッチプレートが相対回転不能に係合する複数のスプライン突起を内周面に有する外側回転部材と、前記複数のインナクラッチプレートが相対回転不能に係合する複数の外周スプライン突起を外周面に有する内側回転部材と、を備えた駆動力伝達装置の製造方法であって、
前記外側回転部材を鋳造する鋳造工程と、
前記鋳造された前記外側回転部材の前記複数のスプライン突起のうち少なくとも一部のスプライン突起の端部を旋削することにより、前記アーマチャに当接して当該アーマチャの軸方向移動を規制する当接面を形成する旋削工程と、を有し、
前記外側回転部材の前記複数のスプライン突起は、前記複数のアウタクラッチプレートが係合する第1領域と前記アーマチャが係合する第2領域とを有する複数の第1スプライン突起と、前記複数のアウタクラッチプレートが係合するが前記アーマチャは係合しない第2スプライン突起とを含み、
前記旋削工程において、前記第2スプライン突起の端部を旋削して前記当接面を形成すると同時に、前記第1スプライン突起の前記第1領域と前記第2領域との間に周方向溝を形成する、
動力伝達装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動源の駆動力を断続可能に伝達する駆動力伝達装置、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、駆動源の駆動力を断続可能に伝達する駆動力伝達装置が、例えば主駆動輪及び補助駆動輪を有する四輪駆動車に搭載されている。本出願人は、この駆動力伝達装置として、特許文献1に記載のものを提案している。
【0003】
特許文献1に記載の駆動力伝達装置は、内周スプライン部を有するハウジングと、外周スプライン部を有するインナシャフトと、内周スプライン部に係合する複数のアウタクラッチプレートと、外周スプライン部に係合する複数のインナクラッチプレートと、一対のカム部材を相対回転させることにより複数のアウタクラッチプレート及びインナクラッチプレートを押圧する押圧力を発生させるカム機構と、内周スプライン部に係合するアーマチャを電磁コイルの磁力によって軸方向移動させることにより一対のカム部材を相対回転させる電磁クラッチ機構とを備えている。
【0004】
内周スプライン部は、アウタクラッチプレート及びアーマチャに係合する複数の第1の内周スプライン突起と、アウタクラッチプレートに係合するがアーマチャには係合しない複数の第2の内周スプライン突起とによって構成されている。第2の内周スプライン突起の一方の端面は、アーマチャの軸方向移動を規制する当接面として形成されている。これにより、軸方向におけるアーマチャの位置が、電磁コイルの磁力によって確実に引き寄せることができる範囲に制限されている。ハウジングは、例えば鋳造により成形され、第2の内周スプライン突起の当接面は、例えば鋳造後の機械加工によって形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-253654号公報(段落[0063]、図3参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の駆動力伝達装置は、第2の内周スプライン突起の当接面を加工するにあたり、例えばエンドミルをハウジングの軸方向に移動させ、鋳造により成形された第2の内周スプライン突起の端部を切削する。この切削加工は、複数の第2の内周スプライン突起のそれぞれに対して行わなければならず、加工時間が長くなると共に、製造コスト削減の妨げとなっていた。
【0007】
そこで、本発明は、加工時間の短縮ならびに製造コストの削減を図ることが可能な駆動力伝達装置及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の目的を達成するため、電磁コイルと、前記電磁コイルの磁力により軸方向移動するアーマチャと、前記アーマチャの軸方向移動に応動するカム機構と、前記カム機構のカム推力により押圧される複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートからなる多板クラッチと、前記複数のアウタクラッチプレートが相対回転不能に係合する外側回転部材と、前記複数のインナクラッチプレートが相対回転不能に係合する内側回転部材とを備え、前記外側回転部材は、その内周面に軸方向に延在して設けられた複数のスプライン突起からなるスプライン係合部を有し、前記複数のスプライン突起は、前記複数のアウタクラッチプレートが係合する第1領域と前記アーマチャが係合する第2領域とを有する第1スプライン突起と、前記複数のアウタクラッチプレートが係合するが前記アーマチャは係合しない第2スプライン突起とを含み、前記第2スプライン突起の一方の端面が前記アーマチャに当接して当該アーマチャの前記多板クラッチ側への軸方向移動を規制する当接面として形成されており、前記スプライン係合部には、前記第1スプライン突起の前記第1領域と前記第2領域との間を周方向に延びる周方向溝が形成されており、前記第2スプライン突起における前記当接面の軸方向位置が、前記第1スプライン突起の前記周方向溝における前記多板クラッチ側の内面の軸方向位置と等しい、駆動力伝達装置を提供する。
【0009】
また本発明は、上記の目的を達成するため、電磁コイルと、前記電磁コイルの磁力により軸方向移動するアーマチャと、前記アーマチャの軸方向移動に応動するカム機構と、前記カム機構のカム推力により押圧される複数のアウタクラッチプレート及び複数のインナクラッチプレートからなる多板クラッチと、前記複数のアウタクラッチプレートが相対回転不能に係合する複数のスプライン突起を内周面に有する外側回転部材と、前記複数のインナクラッチプレートが相対回転不能に係合する複数の外周スプライン突起を外周面に有する内側回転部材と、を備えた駆動力伝達装置の製造方法であって、前記外側回転部材を鋳造する鋳造工程と、前記鋳造された前記外側回転部材の前記複数のスプライン突起のうち少なくとも一部のスプライン突起の端部を旋削することにより、前記アーマチャに当接して当該アーマチャの軸方向移動を規制する当接面を形成する旋削工程と、を有し、前記外側回転部材の前記複数のスプライン突起は、前記複数のアウタクラッチプレートが係合する第1領域と前記アーマチャが係合する第2領域とを有する複数の第1スプライン突起と、前記複数のアウタクラッチプレートが係合するが前記アーマチャは係合しない第2スプライン突起とを含み、前記旋削工程において、前記第2スプライン突起の端部を旋削して前記当接面を形成すると同時に、前記第1スプライン突起の前記第1領域と前記第2領域との間に周方向溝を形成する、駆動力伝達装置の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る駆動力伝達装置及びその製造方法によれば、加工時間の短縮ならびに製造コストの削減を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置が搭載された四輪駆動車の構成例を示す概略構成図である。
図2】駆動力伝達装置の構成例を示す断面図である。
図3】フロントハウジングの内面を示し、(a)は全体斜視図、(b)は(a)の一部拡大図である。
図4】駆動力伝達装置の作動状態における第1スプライン突起の一部を拡大して示す断面図である。
図5】(a)は、駆動力伝達装置の作動状態における第2スプライン突起の一部を拡大して示す断面図である。(b)は、駆動力伝達装置の非作動状態における第2スプライン突起の一部を拡大して示す断面図である。
図6】アーマチャのメインクラッチ側の面を示し、(a)は全体図、(b)は(a)の部分拡大図である。
図7】(a)及び(b)は、旋削前後のフロントハウジングの一部を示す断面斜視図であり、(a)は鋳造後の状態を示し、(b)は旋削後の状態を示している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、図1乃至図7を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置が搭載された四輪駆動車の構成例を示す概略構成図である。
【0014】
この四輪駆動車1は、車体101と、駆動源であるエンジン102と、トランスミッション及びフロントデファレンシャルを有するトランスアクスル103と、一対の前輪104,104と、一対の後輪105,105と、プロペラシャフト106と、リヤディファレンシャルキャリア107と、リヤディファレンシャル108と、駆動力伝達装置2と、駆動力伝達装置2とリヤディファレンシャル108との間に配置されたドライブピニオンシャフト109と、を主として備えている。駆動力伝達装置2、リヤディファレンシャル108、及びドライブピニオンシャフト109は、リヤディファレンシャルキャリア107に回転可能に収容されている。駆動力伝達装置2は、プロペラシャフト106から入力された駆動力を断続可能にドライブピニオンシャフト109に伝達する。
【0015】
トランスアクスル103は、エンジン102から入力された駆動力を左右のドライブシャフト110,110を介して前輪104,104に配分すると共に、駆動力の一部をプロペラシャフト106に配分する。駆動力伝達装置2は、制御装置10から電流の供給を受け、この電流に応じた駆動力をプロペラシャフト106からドライブピニオンシャフト109に伝達する。リヤディファレンシャル108は、ドライブピニオンシャフト109から入力された駆動力を左右のドライブシャフト111,111を介して後輪105,105に配分する。
【0016】
制御装置10は、例えば一対の前輪104,104と一対の後輪105,105との回転速差や、運転者による加速操作量(アクセルペダルの踏込量)等に基づいて、駆動力伝達装置2に供給する電流を増減制御する。一対の前輪104,104に配分される駆動力と一対の後輪105,105に配分される駆動力の比である前後輪駆動力配分比は、制御装置10から駆動力伝達装置2に供給される電流に応じて変化する。また、制御装置10から駆動力伝達装置2に供給される電流がゼロとなると、駆動力伝達装置2による駆動力の伝達が遮断され、一対の後輪105,105に駆動力が伝達されない二輪駆動状態となる。
【0017】
(駆動力伝達装置2の構成)
図2は、駆動力伝達装置2の構成例を示す断面図である。図2において、回転軸線Oよりも上側は駆動力伝達装置2の作動状態(駆動力伝達状態)を、下側は駆動力伝達装置2の非作動状態(駆動力遮断状態)を、それぞれ示す。以下、回転軸線Oに平行な方向を軸方向という。
【0018】
駆動力伝達装置2は、フロントハウジング21及びリヤハウジング22からなる外側回転部材としてのハウジング20と、ハウジング20と同軸上で相対回転可能に支持された内側回転部材としての筒状のインナシャフト23と、ハウジング20とインナシャフト23とをトルク伝達可能に連結するメインクラッチ3と、メインクラッチ3を押圧する押圧力を発生させるカム機構4と、カム機構4を動作させる電磁クラッチ機構5とを有して構成されている。
【0019】
ハウジング20は、有底円筒状のフロントハウジング21と、フロントハウジング21の開口側の一部を覆蓋する環状のリヤハウジング22とを結合して構成されている。ハウジング20の内部には、図略の潤滑油が封入されている。フロントハウジング21は、円筒状の円筒部21aと、円盤状の底部21bとを一体に有している。円筒部21aの開口端部における内面には、雌ねじ部21cが形成されている。
【0020】
フロントハウジング21は、鋳造された金属からなる。本実施の形態では、フロントハウジング21が非磁性金属であるアルミニウム合金からなる。底部21bには、プロペラシャフト106(図1参照)が例えば十字継手を介して相対回転不能に連結される。フロントハウジング21は、軸方向に延在して設けられた複数のスプライン突起211からなるスプライン係合部210を円筒部21aの内周面に有している。このスプライン係合部210の詳細については後述する。
【0021】
リヤハウジング22は、鉄等の磁性金属からなる第1部材221、第1部材221の内周側に溶接等により一体に結合されたオーステナイト系ステンレス等の非磁性金属からなる第2部材222、及び第2部材222の内周側に溶接等により一体に結合された鉄等の磁性金属からなる第3部材223からなる。第1部材221と第3部材223との間には、後述する電磁コイル53を収容する環状の収容空間22aが形成されている。また、第1部材221の外周面には、フロントハウジング21の雌ねじ部21cに螺合する雄ねじ部221aが形成されている。
【0022】
インナシャフト23は、鉄等の磁性金属からなり、玉軸受61及び針状ころ軸受62によってフロントハウジング21の内周側に支持されている。玉軸受61は、フロントハウジング21に嵌着された止め輪611及びインナシャフト23に嵌着された止め輪612により軸方向移動が規制されている。インナシャフト23の外周面には、軸方向に延在して設けられた複数のスプライン突起231からなるスプライン係合部230が形成されている。また、インナシャフト23の一端部における内面には、ドライブピニオンシャフト109(図1参照)の一端部が相対回転不能に嵌合されるスプライン嵌合部232が形成されている。
【0023】
メインクラッチ3は、ハウジング20の回転軸線Oに沿って交互に配置された複数のメインアウタクラッチプレート31及び複数のメインインナクラッチプレート32を有する湿式の多板クラッチからなる。メインインナクラッチプレート32の両面には、摩擦材が貼り付けられている。メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との摩擦摺動は潤滑油によって潤滑される。メインクラッチ3は、本発明の「多板クラッチ」の一態様である。
【0024】
メインアウタクラッチプレート31の外周端部には、フロントハウジング21のスプライン突起211に係合する複数の突起311が設けられている。メインアウタクラッチプレート31は、複数の突起311がスプライン突起211に係合することにより、フロントハウジング21に対して軸方向に移動可能かつ相対回転不能である。メインアウタクラッチプレート31は、本発明の「アウタクラッチプレート」の一態様である。
【0025】
メインインナクラッチプレート32の内周端部には、インナシャフト23のスプライン突起231に係合する複数の突起321が設けられている。メインインナクラッチプレート32は、複数の突起321がスプライン突起231に係合することにより、インナシャフト23に対して軸方向に移動可能かつ相対回転不能である。また、メインインナクラッチプレート32には、潤滑油を流通させるための複数の油孔322が形成されている。メインインナクラッチプレート32は、本発明の「インナクラッチプレート」の一態様である。
【0026】
カム機構4は、メインクラッチ3を軸方向に押圧するメインカム41と、メインカム41に対して相対回転可能なパイロットカム42と、メインカム41とパイロットカム42との間に配置された複数の球状のカムボール43と、を有して構成されている。メインカム41及びパイロットカム42は、鉄等の金属粉を焼結した焼結体からなる。カムボール43は、軸受鋼等の鋼材からなる。
【0027】
メインカム41は、メインクラッチ3の一端におけるメインインナクラッチプレート32に対向する環板状の押圧部411と、押圧部411よりも内周側に設けられたカム部412とを一体に有している。また、メインカム41は、押圧部411の内側に、インナシャフト23のスプライン突起231に係合する複数のスプライン歯413を有している。これにより、メインカム41は、インナシャフト23に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。カム部412とインナシャフト23の段差面23aとの間には、メインカム41をパイロットカム42側に付勢する皿ばね44が配置されている。
【0028】
パイロットカム42の外周端部には、複数のスプライン突起421が設けられている。また、パイロットカム42とリヤハウジング22の第3部材223との間には、スラスト針状ころ軸受45が配置されており、パイロットカム42のリヤハウジング22側への移動が規制されている。
【0029】
メインカム41のカム部412とパイロットカム42との対向面には、周方向に沿って軸方向の深さが変化する複数のカム溝412a,42aが形成されている。メインカム41のカム溝412aとパイロットカム42のカム溝42aとの間には、球状のカムボール43が転動可能に配置されている。カム溝412a,42aは、メインカム41及びパイロットカム42の周方向の中央部で軸方向の深さが最も深く、中央部から周方向両端部に向かって徐々に浅くなる。カム機構4は、パイロットカム42がメインカム41に対して相対回転することにより軸方向のカム推力が発生し、このカム推力によってメインカム41がメインクラッチ3を押圧する。
【0030】
電磁クラッチ機構5は、複数のパイロットアウタクラッチプレート51と、複数のパイロットインナクラッチプレート52と、電線531を介して制御装置10から励磁電流が供給される電磁コイル53と、電磁コイル53の磁力により軸方向移動するアーマチャ54とを有して構成されている。電磁コイル53は、磁性材料からなる環状のヨーク530に保持され、リヤハウジング22の収容空間22aに収容されている。ヨーク530は、玉軸受63によってリヤハウジング22の第3部材223に支持されている。
【0031】
アーマチャ54は、鉄等の磁性金属からなる環状の部材であり、例えば鋼板を打ち抜き加工することにより形成されている。アーマチャ54の外周端部には、フロントハウジング21のスプライン突起211に係合する複数の突起541が設けられている。アーマチャ54は、複数の突起541がスプライン突起211に係合することにより、フロントハウジング21に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。
【0032】
複数のパイロットアウタクラッチプレート51及び複数のパイロットインナクラッチプレート52は、アーマチャ54とリヤハウジング22との間に、回転軸線Oに沿って交互に配置されている。パイロットアウタクラッチプレート51の外周端部には、フロントハウジング21のスプライン突起211に係合する複数の突起511が設けられている。パイロットアウタクラッチプレート51は、複数の突起511がスプライン突起211に係合することにより、フロントハウジング21に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。パイロットインナクラッチプレート52の内周端部には、パイロットカム42のスプライン突起421に係合する複数の突起521が設けられている。パイロットインナクラッチプレート52は、複数の突起521がスプライン突起421に係合することにより、パイロットカム42に対して相対回転不能かつ軸方向移動可能である。
【0033】
上記のように構成された駆動力伝達装置2は、制御装置10から電磁コイル53に励磁電流が供給されると、ヨーク530、リヤハウジング22の第1部材221及び第3部材223、複数のパイロットアウタクラッチプレート51、複数のパイロットインナクラッチプレート52、及びアーマチャ54を通過する磁路Gに磁束が発生する。なお、パイロットアウタクラッチプレート51及びパイロットインナクラッチプレート52には、磁束の短絡を防ぐ複数の円弧状のスリットが形成されている。そして、磁力によってアーマチャ54がリヤハウジング22側に吸引されて軸方向移動し、パイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52とを押圧する。
【0034】
これによりパイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52とが摩擦摺動し、ハウジング20の回転力がパイロットカム42に伝達され、パイロットカム42がメインカム41に対して相対回転する。これにより、カムボール43がカム溝412a,42aを転動してメインクラッチ3を押圧するカム推力が発生する。このように、カム機構4は、アーマチャ54の軸方向移動に応動してカム推力を発生させる。
【0035】
メインクラッチ3は、メインカム41に押圧されることにより、複数のメインアウタクラッチプレート31と複数のメインインナクラッチプレート32とが摩擦接触する。メインクラッチ3は、複数のメインアウタクラッチプレート31と複数のメインインナクラッチプレート32との摩擦力により、ハウジング20からインナシャフト23に駆動力を伝達する。一方、電磁コイル53への励磁電流の供給が停止されると、皿ばね44の付勢力によりメインカム41がパイロットカム42側に押し戻され、カムボール43がカム溝412a,42aの最も深い位置に移動する。これによりメインクラッチ3による駆動力伝達が遮断される。
【0036】
(フロントハウジング21の構成)
図3は、フロントハウジング21の内面を示し、(a)は全体斜視図、(b)は(a)の一部拡大図である。
【0037】
フロントハウジング21の複数のスプライン突起211は、複数の第1スプライン突起212と、第1スプライン突起212よりも軸方向の長さが短い複数の第2スプライン突起213とを含んでいる。本実施の形態では、フロントハウジング21の円筒部21aの内周面に、24本の第1スプライン突起212と、8本の第2スプライン突起213とが設けられている。また、円筒部21aの内周面には、潤滑油を流通させるためにスプライン突起211が省略された欠歯部21dが複数箇所に設けられている。
【0038】
図4は、駆動力伝達装置2の作動状態における第1スプライン突起212の一部を拡大して示す断面図である。図5(a)は、駆動力伝達装置2の作動状態における第2スプライン突起213の一部を拡大して示す断面図である。図5(b)は、駆動力伝達装置2の非作動状態における第2スプライン突起213の一部を拡大して示す断面図である。
【0039】
第1スプライン突起212は、複数のメインアウタクラッチプレート31の突起311が係合する第1領域212aと、アーマチャ54の突起541及び複数のパイロットアウタクラッチプレート51の突起511が係合する第2領域212bとを有している。一方、第2スプライン突起213には、複数のメインアウタクラッチプレート31の突起311が係合するが、アーマチャ54の突起541及び複数のパイロットアウタクラッチプレート51の突起511は係合しない。換言すれば、第2スプライン突起213は、複数のメインアウタクラッチプレート31が係合する第1領域を有しているが、アーマチャ54及び複数のパイロットアウタクラッチプレート51が係合する第2領域を有していない。
【0040】
また、スプライン係合部210には、第1スプライン突起212の第1領域212aと第2領域212bとの間を周方向に延びる周方向溝200が形成されている。第1スプライン突起212は、周方向溝200よりも底部21b側に第1領域212aが設けられ、周方向溝200よりもリヤハウジング22側に第2領域212bが設けられている。周方向溝200には、軸方向に対向する内面200a,200b(図4参照)が形成されている。周方向溝200の溝幅に相当する内面200a,200b間の間隔は、複数の突起541が形成されたアーマチャ54の外周端部における軸方向の厚みよりも狭い。
【0041】
第2スプライン突起213は、リヤハウジング22側の一方の端面がアーマチャ54に当接してアーマチャ54のメインクラッチ3側への軸方向移動を規制する当接面213aとして形成されている。第2スプライン突起213における当接面213aの軸方向位置は、第1スプライン突起212の周方向溝200における内面200a,200bのうちメインクラッチ3側の内面200aの軸方向位置と等しい。
【0042】
図6は、アーマチャ54のメインクラッチ3側の面を示しており、(a)は全体図、(b)は(a)の部分拡大図である。アーマチャ54は、円環板状の本体部540の外周に、フロントハウジング21のスプライン突起211(第1のスプライン突起212の第1領域212a及び第2スプライン突起213)に係合する複数の突起541と、突起541よりも周方向の幅が広い複数の幅広突起542とを有している。本実施の形態では、4つの幅広突起542が等間隔に設けられている。
【0043】
幅広突起542は、その一部の領域が第2スプライン突起213の当接面213aと軸方向に対向している。図6(b)では、幅広突起542におけるメインクラッチ3側の面のうち、第2スプライン突起213の当接面213aと軸方向に対向する領域542aを破線で囲って示している。アーマチャ54は、この領域542aが第2スプライン突起213の当接面213aに当接することより、メインクラッチ3側への軸方向移動が規制されている。
【0044】
これにより、軸方向におけるアーマチャ54の位置が、電磁コイル53の磁力によって確実にアーマチャ54をリヤハウジング22側に引き寄せることができる範囲に制限されている。つまり、仮に電磁コイル53の非通電時にアーマチャ54がリヤハウジング22から大きく離れてしまうと、磁路Gにおける磁気抵抗が大きくなると共に、アーマチャ54とメインカム41との隙間が狭くなるので、メインカム41側に漏れる漏れ磁束が大きくなり、アーマチャ54をリヤハウジング22側に引き寄せることができなくなるおそれがある。しかし、本実施の形態では、アーマチャ54の位置が第2スプライン突起213の当接面213aにより規制されているので、アーマチャ54を確実にリヤハウジング22側に引き寄せることができる。
【0045】
(駆動力伝達装置2の製造方法)
次に、本実施の形態に係る駆動力伝達装置2の製造方法について説明する。駆動力伝達装置2の製造方法は、フロントハウジング21を鋳造(アルミダイキャスト)する鋳造工程と、鋳造されたフロントハウジング21の複数のスプライン突起211のうち少なくとも一部のスプライン突起211の端部を旋削することにより、アーマチャ54に当接する当接面213aを形成する旋削工程とを有している。
【0046】
図7(a)及び(b)は、旋削前後のフロントハウジング21の一部を示す断面斜視図であり、(a)は鋳造後(旋削前)の状態を示し、(b)は旋削後の状態を示している。図7(a)及び(b)に示すように、鋳造後のフロントハウジング21は、第2のスプライン突起213の長さが旋削後よりも長い。旋削工程では、このフロントハウジング21の内側に刃具を挿入して旋削加工を行う。
【0047】
図7(a)は、刃具としての溝入れチップ6を示している。旋削工程では、フロントハウジング21を矢印A方向に回転させながら溝入れチップ6をフロントハウジング21の径方向に沿った矢印B方向に移動させ、第2スプライン突起213の端部を旋削して当接面213aを形成すると同時に、第1スプライン突起212の第1領域212aと第2領域212bとの間に周方向溝200を形成する。
【0048】
これにより、8本の第2スプライン突起213に対して1回の旋削加工で当接面213aを形成することができる。なお、第1スプライン突起212の周方向溝200は、潤滑油の流動性向上が期待できるものの、駆動力伝達装置2の機能上は必ずしも必要なものではないが、第1スプライン突起212に周方向溝200を形成することにより、8本の第2スプライン突起213に対し、1回だけ溝入れチップ6を送ることで、それぞれの端部に当接面213aを形成することを可能としている。旋削前後における第2のスプライン突起213の長さの差分は、第2スプライン突起213の削り代である。
【0049】
また、旋削加工では、第1スプライン突起212あるいは第2スプライン突起213が形成されていない部分のフロントハウジング21の円筒部21aの内周面は旋削しない。このため、第1スプライン突起212の周方向溝200の底部に僅かな削り残し部212cが存在すると共に、第2のスプライン突起213の端部にも僅かな削り残し部213bが存在する。このように旋削加工行うことにより、円筒部21aの肉厚が薄くなることによる強度低下を抑制している。
【0050】
なお、周方向溝200の旋削加工に前後して、止め輪611(図2参照)を嵌着するためのフロントハウジング21への溝加工を、周方向溝200を旋削する旋盤を用いて行う。
【0051】
(実施の形態の作用及び効果)
以上説明した本実施の形態によれば、複数の第2スプライン突起213に対し、1回だけ溝入れチップ6を送ることで全ての第2スプライン突起213に当接面213aを形成することができるので、加工時間の短縮ならびに製造コストの削減を図ることが可能となる。また、複数の第2スプライン突起213の当接面213aの軸方向位置の精度を高めることができる。
【0052】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、これらの実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0053】
また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。例えば、第1スプライン突起212や第2スプライン突起213の本数は、適宜変更することができる。また、強度上問題がなければ、旋削加工により、第1スプライン突起212あるいは第2スプライン突起213が形成されていない部分のフロントハウジング21の円筒部21aの内周面を削ってもよい。
【符号の説明】
【0054】
1…四輪駆動車
2…駆動力伝達装置
20…ハウジング(外側回転部材)
200…周方向溝
200a…内面
210…スプライン係合部
211…スプライン突起
212…第1スプライン突起
212a…第1領域
212b…第2領域
213…第2スプライン突起
213a…当接面
23…インナシャフト(内側回転部材)
3…メインクラッチ(多板クラッチ)
31…メインアウタクラッチプレート(アウタクラッチプレート)
32…メインインナクラッチプレート(インナクラッチプレート)
4…カム機構
54…アーマチャ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7