(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板、方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法、及び方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230314BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230314BHJP
C23C 22/00 20060101ALI20230314BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20230314BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20230314BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/60
C23C22/00 B
C21D9/46 501B
C21D8/12 B
H01F1/147 183
(21)【出願番号】P 2020566472
(86)(22)【出願日】2020-01-16
(86)【国際出願番号】 JP2020001238
(87)【国際公開番号】W WO2020149356
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2021-07-13
(31)【優先権主張番号】P 2019005237
(32)【優先日】2019-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】田中 一郎
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆史
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
(72)【発明者】
【氏名】末永 智也
(72)【発明者】
【氏名】国田 雄樹
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-313644(JP,A)
【文献】特開平08-191010(JP,A)
【文献】特開平11-246981(JP,A)
【文献】特開昭62-030302(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C23C 22/00-22/86
C23C 28/04
C21D 9/46;9/48
C21D 8/12
H01F 1/147-1/153
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板において、
前記方向性電磁鋼板が、
母材鋼板と、
前記母材鋼板に接して配された酸化物層と、
前記酸化物層に接して配された張力付与性絶縁被膜と、を備え、
前記母材鋼板が、化学組成として、質量%で、
Si:2.5~4.0%、
Mn:0.05~1.00%、
C:0~0.01%、
S+Se:0~0.005%、
sol.Al:0~0.01%、
N:0~0.005%、
Bi:0~0.03%、
Te:0~0.03%、
Pb:0~0.03%、
Sb:0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
Cr:0~0.50%、
Cu:0~1.0%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記酸化物層が鉄系酸化物層であり、
前記鉄系酸化物層をフーリエ変換赤外分光分析した際に、赤外吸収スペクトル上で、650cm
-1に観測される吸収ピークの吸光度をA
650とし、1250cm
-1に観測される吸収ピークの吸光度をA
1250としたとき、A
650とA
1250とが、0.2≦A
650/A
1250≦5.0を満足し、
前記方向性電磁鋼板の圧延方向の磁束密度B8が、1.90T以上である
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記鉄系酸化物層の平均厚みが200~500nmである、ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記製造方法が、
鋼片を加熱した後に熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して熱延焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
前記熱延鋼板または前記熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を脱炭焼鈍して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布した後に仕上げ焼鈍して仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して酸化処理鋼板を得る酸化処理工程と、
前記酸化処理鋼板の表面に張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつける絶縁被膜形成工程と、を備え、
前記熱間圧延工程では、
前記鋼片が、化学組成として、質量%で、
Si:2.5~4.0%、
Mn:0.05~1.00%、
C:0.02~0.10%、
S+Se:0.005~0.080%、
Sol.Al:0.010~0.07%、
N:0.005~0.020%、
Bi:0~0.03%、
Te:0~0.03%、
Pb:0~0.03%、
Sb:0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
Cr:0~0.50%、
Cu:0~1.0%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記酸化処理工程では、
前記洗浄処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄し、
前記酸洗処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を質量%で5~20%の硫酸にて酸洗し、
前記熱処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を、酸素濃度が5~21体積%で且つ露点が-10~30℃の雰囲気中で、700~850℃の温度で、10~50秒間保持する、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記仕上げ焼鈍工程では、
前記焼鈍分離剤がMgOとAl
2O
3とを合計で85質量%以上含有し、MgOとAl
2O
3との質量比であるMgO:Al
2O
3が3:7~7:3を満足し、かつ、
前記焼鈍分離剤が、MgOとAl
2O
3との合計含有量に対して、ビスマス塩化物を0.5~15質量%含有する、
ことを特徴とする請求項
3に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記仕上げ焼鈍工程では、
前記焼鈍分離剤がMgOを60質量%以上含有し、
前記仕上げ焼鈍後に、前記仕上げ焼鈍鋼板の表面を研削又は酸洗して、表面に形成されたフォルステライト被膜を除去する、
ことを特徴とする請求項
3に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記脱炭焼鈍工程では、
前記冷延鋼板を昇温する際、500℃以上600℃未満の温度域の平均昇温速度を単位℃/秒でS1とし、600℃以上700℃以下の温度域の平均昇温速度を単位℃/秒でS2としたとき、S1とS2とが、300≦S1≦1000、1000≦S2≦3000、且つ1.0<S2/S1≦10.0を満足する、
ことを特徴とする請求項
3~5の何れか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記熱間圧延工程では、
前記鋼片が、化学組成として、質量%で、
Bi:0.0005%~0.03%、
Te:0.0005%~0.03%、
Pb:0.0005%~0.03%、
のうちの少なくとも1種を含有する、
ことを特徴とする請求項
3~6の何れか1項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板、方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法、及び方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
本願は、2019年1月16日に、日本に出願された特願2019-005237号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、ケイ素(Si)を0.5~7質量%程度含有し、二次再結晶と呼ばれる現象を活用して結晶方位を{110}<001>方位(Goss方位)に集積させた鋼板である。なお、{110}<001>方位とは、結晶の{110}面が圧延面と平行に配し、且つ結晶の<001>軸が圧延方向と平行に配することを意味する。
【0003】
方向性電磁鋼板は、軟磁性材料として主にトランスなどの鉄心に用いられている。方向性電磁鋼板はトランス性能に大きな影響を及ぼすため、方向性電磁鋼板の励磁特性と鉄損特性とを改善する検討が鋭意進められてきた。
【0004】
方向性電磁鋼板の一般的な製造方法は、次の通りである。
まず、所定の化学組成を有する鋼片を加熱して熱間圧延を行い、熱延鋼板を製造する。この熱延鋼板に必要に応じて熱延板焼鈍を行う。その後、冷間圧延を行って、冷延鋼板を製造する。この冷延鋼板に脱炭焼鈍を行って、一次再結晶を発現させる。その後、脱炭焼鈍後の脱炭焼鈍鋼板に仕上げ焼鈍を行って、二次再結晶を発現させる。
【0005】
上述の脱炭焼鈍後であって仕上げ焼鈍前に、脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を含有する水性スラリーを塗布し、乾燥させる。この脱炭焼鈍鋼板をコイルに巻取り、仕上げ焼鈍を行う。仕上げ焼鈍中、焼鈍分離剤のMgOと、脱炭焼鈍時に鋼板の表面に形成された内部酸化層のSiO2とが反応し、フォルステライト(Mg2SiO4)を主成分とする一次被膜(「グラス被膜」や「フォルステライト被膜」とも称される。)が鋼板表面に形成される。加えて、グラス被膜を形成後に(すなわち仕上げ焼鈍後に)、仕上げ焼鈍鋼板の表面に、例えばコロイダルシリカ及びリン酸塩を主成分とする溶液を塗布して焼き付けることにより、張力付与性絶縁被膜(「二次被膜」とも称される。)が形成される。
【0006】
上記のグラス被膜は、絶縁体として機能するほか、グラス被膜上に形成される張力付与性絶縁被膜の密着性を向上させる。グラス被膜と張力付与性絶縁被膜と母材鋼板とが密着することによって、母材鋼板に張力が付与され、その結果、方向性電磁鋼板としての鉄損を低減する。
【0007】
しかしながら、グラス被膜は非磁性体であり、磁気特性の観点からはグラス被膜の存在が好ましくない。また、母材鋼板とグラス被膜との界面は、グラス被膜の根が入り組んだ嵌入構造を有しており、この嵌入構造が方向性電磁鋼板の磁化過程で磁壁移動を阻害しやすい。そのため、グラス被膜の存在が鉄損の増加を引き起こす場合もある。
【0008】
例えば、グラス被膜の形成を抑制すれば、上記した嵌入構造の形成が回避され、磁化過程にて磁壁移動が容易になるかもしれない。ただ、グラス被膜の形成を単に抑制するだけでは、張力付与性絶縁被膜の密着性を担保できず、母材鋼板に十分な張力を付与できない。そのため、鉄損を低減することが難しくなる。
【0009】
上述のように、現状、グラス被膜を方向性電磁鋼板から省けば、磁壁移動が容易になって磁気特性が向上することが期待されるが、一方、母材鋼板への張力付与が難しくなり磁気特性(特に鉄損特性)が低下することが避けられない。もし、グラス被膜を有さないが被膜密着性を担保できる方向性電磁鋼板を実現できれば、磁気特性に優れることが期待される。
【0010】
これまで、グラス被膜を有していない方向性電磁鋼板に関して、張力付与性絶縁被膜の密着性を向上させる検討が行われている。
【0011】
例えば、特許文献1には、張力付与性絶縁被膜を施す前に、鋼板を硫酸或いは硫酸塩を硫酸濃度として2~30%の水溶液に浸漬洗浄する技術が開示されている。また、特許文献2には、張力付与性絶縁被膜を施す際に、酸化性酸を用いて鋼板表面を前処理した後、張力付与性絶縁被膜を形成する技術が開示されている。また、特許文献3には、シリカ主体の外部酸化型酸化膜を有し、かつ、外部酸化型酸化膜中に、断面面積率で30%以下の金属鉄を含有させた方向性ケイ素鋼板が開示されている。また、特許文献4には、方向性電磁鋼板の地鉄表面に直接施された深さ0.05μm以上2μm以下の微細筋状溝を、0.05μm以上2μm以下の間隔で有する方向性電磁鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】日本国特開平5-311453号公報
【文献】日本国特開2002-249880号公報
【文献】日本国特開2003-313644号公報
【文献】日本国特開2001-303215号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、グラス被膜を有していない方向性電磁鋼板は、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣る。例えば、このような方向性電磁鋼板を放置すると、張力付与性絶縁被膜が剥離してしまうことがある。この場合、母材鋼板に張力を付与できない。そのため、方向性電磁鋼板にとって、張力付与性絶縁被膜の密着性向上は極めて重要である。
【0014】
上記の特許文献1~特許文献4に開示されている技術は、いずれも張力付与性絶縁被膜の密着性向上を意図しているものの、安定した密着性が得られるか、その上で鉄損低減効果が得られるかが必ずしも明らかでなく、未だ検討の余地があった。
【0015】
本発明は、上記問題に鑑みてなされた。本発明では、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有さずに、張力付与性絶縁被膜の密着性に優れる方向性電磁鋼板を提供することを課題とする。また、このような方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法および製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の要旨は、以下の通りである。
【0017】
(1)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、フォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板であって、前記方向性電磁鋼板が、母材鋼板と、前記母材鋼板に接して配された酸化物層と、前記酸化物層に接して配された張力付与性絶縁被膜と、を備え、前記母材鋼板が、化学組成として、質量%で、Si:2.5~4.0%、Mn:0.05~1.00%、C:0~0.01%、S+Se:0~0.005%、sol.Al:0~0.01%、N:0~0.005%、Bi:0~0.03%、Te:0~0.03%、Pb:0~0.03%、Sb:0~0.50%、Sn:0~0.50%、Cr:0~0.50%、Cu:0~1.0%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記酸化物層が鉄系酸化物層であり、前記鉄系酸化物層をフーリエ変換赤外分光分析した際に、赤外吸収スペクトル上で、650cm-1に観測される吸収ピークの吸光度をA650とし、1250cm-1に観測される吸収ピークの吸光度をA1250としたとき、A650とA1250とが、0.2≦A650/A1250≦5.0を満足し、前記方向性電磁鋼板の圧延方向の磁束密度B8が、1.90T以上である。
(2)上記(1)に記載の方向性電磁鋼板では、前記鉄系酸化物層の平均厚みが200~500nmであってもよい。
(3)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上記(1)または(2)に記載のフォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板の製造方法であって、前記製造方法が、鋼片を加熱した後に熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、前記熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して熱延焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、前記熱延鋼板または前記熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、前記冷延鋼板を脱炭焼鈍して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、前記脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布した後に仕上げ焼鈍して仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、前記仕上げ焼鈍鋼板に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して酸化処理鋼板を得る酸化処理工程と、前記酸化処理鋼板の表面に張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつける絶縁被膜形成工程と、を備え、前記熱間圧延工程では、前記鋼片が、化学組成として、質量%で、Si:2.5~4.0%、Mn:0.05~1.00%、C:0.02~0.10%、S+Se:0.005~0.080%、Sol.Al:0.010~0.07%、N:0.005~0.020%、Bi:0~0.03%、Te:0~0.03%、Pb:0~0.03%、Sb:0~0.50%、Sn:0~0.50%、Cr:0~0.50%、Cu:0~1.0%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記酸化処理工程では、前記洗浄処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄し、前記酸洗処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を質量%で5~20%の硫酸にて酸洗し、前記熱処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を、酸素濃度が5~21体積%で且つ露点が-10~30℃の雰囲気中で、700~850℃の温度で、10~50秒間保持する。
(4)上記(3)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法は、前記仕上げ焼鈍工程で、前記焼鈍分離剤がMgOとAl2O3とを合計で85質量%以上含有し、MgOとAl2O3との質量比であるMgO:Al2O3が3:7~7:3を満足し、かつ、前記焼鈍分離剤が、MgOとAl2O3との合計含有量に対して、ビスマス塩化物を0.5~15質量%含有してもよい。
(5)上記(3)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法は、前記仕上げ焼鈍工程で、前記焼鈍分離剤がMgOを60質量%以上含有し、前記仕上げ焼鈍後に、前記仕上げ焼鈍鋼板の表面を研削又は酸洗して、表面に形成されたフォルステライト被膜を除去してもよい。
(6)上記(3)~(5)のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法は、前記脱炭焼鈍工程で、前記冷延鋼板を昇温する際、500℃以上600℃未満の温度域の平均昇温速度を単位℃/秒でS1とし、600℃以上700℃以下の温度域の平均昇温速度を単位℃/秒でS2としたとき、S1とS2とが、300≦S1≦1000、1000≦S2≦3000、且つ1.0<S2/S1≦10.0を満足してもよい。
(7)上記(3)~(6)のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法は、前記熱間圧延工程で、前記鋼片が、化学組成として、質量%で、Bi:0.0005%~0.03%、Te:0.0005%~0.03%、Pb:0.0005%~0.03%、のうちの少なくとも1種を含有してもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の上記態様によれば、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有さずに、張力付与性絶縁被膜の密着性に優れる方向性電磁鋼板を提供することができる。また、このような方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法および製造方法を提供することができる。
【0019】
具体的には、本発明の上記態様によれば、グラス被膜を有さないので嵌入構造の形成が回避されて磁壁移動が容易となり、加えて、鉄系酸化物層の形態を制御するので張力付与性絶縁被膜の密着性が担保されて母材鋼板に十分な張力が付与される。その結果、方向性電磁鋼板として優れた磁気特性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1A】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の断面模式図である。
【
図1B】本実施形態に係る方向性電磁鋼板の変形例を示す断面模式図である。
【
図2A】フーリエ変換赤外分光分析の赤外吸収スペクトルである。
【
図2B】フーリエ変換赤外分光分析の赤外吸収スペクトルである。
【
図3】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の流れ図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の好ましい一実施形態を詳細に説明する。ただ、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、下記する数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。また、化学組成に関する「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0022】
なお、本実施形態及び図面では、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0023】
本発明者らは、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有しない方向性電磁鋼板に関して、張力付与性絶縁被膜の密着性向上について鋭意検討を行った。その結果、仕上げ焼鈍後のグラス被膜を有していない仕上げ焼鈍鋼板に対し、表面を洗浄する洗浄処理を施し、硫酸による酸洗処理を施し、更に、特定の雰囲気中で熱処理を施すことで好適な鉄系酸化物層を形成させれば、グラス被膜を有さないにもかかわらず被膜密着性を確保することが可能であると知見した。
【0024】
また、上記のような特定の鉄系酸化物層を有する方向性電磁鋼板では、母材鋼板の方位集積度が、張力付与性絶縁被膜形成後、及び、磁区細分化処理後の磁気特性に対して及ぼす影響が予想よりも大きいことも明らかとなった。本発明者らは、脱炭焼鈍時に昇温速度を制御すれば、及び/又は鋼片の化学組成としてインヒビター強化元素を含有させれば、さらに好ましく磁気特性を向上できることも知見した。
【0025】
<方向性電磁鋼板について>
まず、
図1A及び
図1Bを参照しながら、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の主要な構成について説明する。
図1A及び
図1Bは、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の構造を模式的に示した説明図である。
【0026】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、
図1Aに模式的に示したように、母材鋼板11と、母材鋼板11に接して配された鉄系酸化物層13と、鉄系酸化物層13に接して配された張力付与性絶縁被膜15と、を有する。本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11と張力付与性絶縁被膜15との間には、グラス被膜(フォルステライト被膜)が存在していない。本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、鉄系酸化物層13及び張力付与性絶縁被膜15は、母材鋼板11の少なくとも一方の板面に形成されていればよいが、通常、
図1Bに模式的に示したように、母材鋼板11の両面に形成される。
【0027】
以下では、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10について、特徴的な構成を中心に説明する。なお、以下の説明では、公知の構成や、当業者が実施可能な一部の構成については、詳細な説明を省略しているところがある。
【0028】
[母材鋼板11について]
母材鋼板11は、所定の化学組成を含有する鋼片を用いて、所定の製造条件を適用して製造することで、化学組成および集合組織が制御される。母材鋼板11の化学組成については、以下で改めて詳述する。
【0029】
[鉄系酸化物層13について]
鉄系酸化物層13は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10にて、母材鋼板11と張力付与性絶縁被膜15との間の中間層として機能する酸化物層である。この鉄系酸化物層13は、主に鉄系酸化物を含有するが、構成相は特に限定されない。本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、鉄系酸化物層13を、後述する0.2≦A650/A1250≦5.0を満足する酸化物層であると定義する。なお、フォルステライト被膜や、鉄系酸化物層ではない酸化物層は、0.2≦A650/A1250≦5.0を満足しない。
【0030】
この鉄系酸化物層13は、例えば、マグネタイト(Fe3O4)、ヘマタイト(Fe2O3)、ファイアライト(Fe2SiO4)等の鉄系酸化物を主に含むことが多い。これらの鉄系酸化物以外に、シリコン酸化物(SiO2)等が含有されることもある。この鉄系酸化物層13の存在は、張力付与性絶縁被膜15が形成されていない状態(あるいは張力付与性絶縁被膜15を除去した状態)の表面をフーリエ変換赤外分光分析することによって確認することができる。
【0031】
鉄系酸化物は、例えば、仕上げ焼鈍鋼板の表面と酸素とが反応することで形成される。鉄系酸化物層13が主に鉄系酸化物を含むことにより、母材鋼板11との間の密着性が良好となる。なお、一般に、金属とセラミックスとの間の密着性を向上させることは、困難を伴うことが多い。ただ、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11と、セラミックスの一種である張力付与性絶縁被膜15との間に鉄系酸化物層13が位置することで、グラス被膜が存在しなくても張力付与性絶縁被膜15の密着性を向上させることができる。
【0032】
鉄系酸化物層13の平均厚み(
図1A及び
図1Bにおける平均厚みd
1)は、例えば、200~500nmの範囲内であることが好ましい。鉄系酸化物層13の平均厚みd
1が200nm以上となることで、密着性を好ましく向上させることが可能となる。一方、鉄系酸化物層13の平均厚みd
1が500nmを超える場合には、鉄系酸化物層13が厚くなりすぎて部分的に剥離する可能性が生じる。鉄系酸化物層13の平均厚みd
1は、220nm以上であることが好ましく、250nm以上であることがより好ましい。また、鉄系酸化物層13の平均厚みd
1は、480nm以下であることが好ましく、450nm以下であることがより好ましい。
【0033】
なお、上記のような鉄系酸化物層13の平均厚みd1は、例えば、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)を用いて、鉄-酸素間結合の分布を観測することで特定することができる。詳細には、表面よりスパッタリングを行いながらXPSスペクトルを測定し、スペクトルに712eVに出現するFe-Oピークが確認される位置から、スペクトル中でこのFe-Oピークが708eVに出現する金属Feピークと入れ替わる位置までを、鉄系酸化物層13の平均厚みd1とすることができる。
【0034】
なお、測定試料が最表層に張力付与性絶縁被膜15を有している場合には、張力付与性絶縁被膜15を減厚してから、XPS分析すればよい。例えば、方向性電磁鋼板10の板厚方向に沿った切断面から予め張力付与性絶縁被膜15の厚みを確認しておき、その上で、張力付与性絶縁被膜15の厚みが0.1μm未満となるように、方向性電磁鋼板10の表面を機械的に平行研磨する。この後の方向性電磁鋼板10を用いてXPS分析すればよい。XPS分析の開始直後(スパッタリングの開始直後)には、張力付与性絶縁被膜15に由来するスペクトルが得られる場合があるが、時間経過とともに、鉄系酸化物層13に由来する712eVに出現するFe-Oピークが確認され、さらに時間が経過すると、母材鋼板11に由来する708eVに出現する金属Feピークが確認される。これらのFe-Oピークおよび金属Feピークに基づいて、上記のように鉄系酸化物層13の平均厚みd1を求めればよい。
【0035】
また、鉄系酸化物層13の構成相は特に限定されないが、必要に応じてX線結晶構造解析法やXPS分析などから構成相を特定することが可能である。
【0036】
[張力付与性絶縁被膜15について]
張力付与性絶縁被膜15は、鉄系酸化物層13の表面に位置している。張力付与性絶縁被膜15は、方向性電磁鋼板10に電気絶縁性を付与することで渦電流損を低減し、その結果、鉄損特性を向上させる。また、張力付与性絶縁被膜15は、上記の電気絶縁性に加えて、方向性電磁鋼板10に、耐蝕性、耐熱性、すべり性などを付与する。
【0037】
更に、張力付与性絶縁被膜15は、母材鋼板11に張力を付与する。母材鋼板11に張力を付与することで、磁化過程で磁壁移動が容易になり、方向性電磁鋼板10の鉄損特性を向上させる。
【0038】
張力付与性絶縁被膜15の平均厚みは、特に限定されないが、例えば、0.1~10μmとすればよい。
【0039】
また、この張力付与性絶縁被膜15の表面から、連続波レーザービーム又は電子ビームを照射して、磁区細分化処理が施してもよい。
【0040】
この張力付与性絶縁被膜15は、例えば、金属リン酸塩とシリカとを主成分とする張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を、母材鋼板11に接して配された鉄系酸化物層13の表面に塗布して焼き付けることによって形成される。
【0041】
<方向性電磁鋼板10の板厚について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10の平均板厚(
図1A及び
図1Bにおける平均厚みt)は、特に限定されないが、例えば0.17mm以上0.35mm以下とすればよい。
【0042】
<母材鋼板11の化学組成について>
続いて、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10の母材鋼板11の化学組成について、詳細に説明する。なお、以下では、特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わす。
【0043】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11が、化学組成として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部がFe及び不純物からなる。
【0044】
本実施形態では、母材鋼板11が、基本元素(主要な合金元素)として、SiおよびMnを含有する。
【0045】
[Si:2.5~4.0%]
Si(ケイ素)は、鋼の電気抵抗を高めて渦電流損を低減する元素である。Siの含有量が2.5%未満である場合には、上記のような渦電流損の低減効果を十分に得られない。一方、Siの含有量が4.0%を超えると、鋼の冷間加工性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のSi含有量を2.5~4.0%とする。Siの含有量は、好ましくは2.7%以上であり、より好ましくは2.8%以上である。一方、Si含有量は、好ましくは3.9%以下であり、より好ましくは3.8%以下である。
【0046】
[Mn:0.05~1.0%]
Mn(マンガン)は、製造過程で後述するS及びSeと結合して、MnS及びMnSeを形成する。これらの析出物は、インヒビター(正常結晶粒成長の抑制剤)として機能し、仕上げ焼鈍時に鋼に二次再結晶を発現させる。Mnは、更に、鋼の熱間加工性も高める元素である。Mnの含有量が0.05%未満である場合には、上記のような効果を十分に得ることができない。一方、Mnの含有量が1.0%を超えると、二次再結晶が発現せずに、鋼の磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のMn含有量を0.05~1.0%とする。Mn含有量は、好ましくは0.06%以上であり、好ましくは0.50%以下である。
【0047】
本実施形態では、母材鋼板11が、不純物を含有してもよい。なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境等から混入するものを指す。
【0048】
また、本実施形態では、母材鋼板11が、上記した基本元素および不純物に加えて、選択元素を含有してもよい。例えば、上記した残部であるFeの一部に代えて、選択元素として、C、S、Se、sol.Al(酸可溶性Al)、N、Bi、Te、Pb、Sb、Sn、Cr、Cuなどを含有してもよい。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を限定する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、上記効果は損なわれない。
【0049】
[C:0~0.01%]
C(炭素)は、選択元素である。Cは、製造過程にて、脱炭焼鈍工程の完了までの組織制御に有効な元素であり、方向性電磁鋼板としての磁気特性を向上させる。しかしながら、最終製品として、母材鋼板11のC含有量が0.01%を超えると、方向性電磁鋼板10の磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のC含有量を0.01%以下とする。Cの含有量は、好ましくは0.005%以下である。一方、母材鋼板11のC含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。Cの含有量は、低ければ低いほうが好ましい。ただ、Cの含有量を0.0001%未満に低減しても、組織制御の効果は飽和し、製造コストが高くなる。従って、Cの含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0050】
[S+Se:合計で0~0.005%]
S(硫黄)及びSe(セレン)は、選択元素である。S及びSeは、製造過程でMnと結合して、インヒビターとして機能するMnS及びMnSeを形成する。しかしながら、S及びSeの含有量が合計で0.005%を超える場合には、母材鋼板11にインヒビターが残存して、磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のS及びSeの合計含有量を0.005%以下とする。一方、母材鋼板11のS及びSeの合計含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。S及びSeの合計含有量は、なるべく低いほうが好ましい。しかしながら、S及びSeの合計含有量を0.0001%未満に低減するには、製造コストが高くなる。従って、S及びSeの合計含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0051】
[sol.Al:0~0.01%]
sol.Al(酸可溶性アルミニウム)は、選択元素である。Alは、製造過程でNと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。しかしながら、sol.Alの含有量が0.01%を超えると、母材鋼板11にインヒビターが過剰に残存して、磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のsol.Al含有量を0.01%以下とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.005%以下であり、より好ましくは0.004%以下である。なお、母材鋼板11のsol.Al含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、sol.Al含有量を0.0001%未満に低減するには、製造コストが高くなる。従って、sol.Al含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0052】
[N:0~0.005%]
N(窒素)は、選択元素である。Nは、製造過程でAlと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。しかしながら、Nの含有量が0.005%を超えると、母材鋼板11にインヒビターが過剰に残存して、磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のN含有量を0.005%以下とする。Nの含有量は、好ましくは0.004%以下である。一方、母材鋼板11のN含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、N含有量を0.0001%未満に低減するには、製造コストが高くなる。従って、Nの含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0053】
[Bi:0~0.03%]
[Te:0~0.03%]
[Pb:0~0.03%]
Bi(ビスマス)、Te(テルル)、及びPb(鉛)は、選択元素である。これらの元素が、母材鋼板11にそれぞれ0.03%以下含有されると、方向性電磁鋼板10の磁気特性を好ましく高めることができる。しかしながら、これらの元素の含有量がそれぞれ0.03%を超えると、熱間での脆化を引き起こす。従って、本実施形態では、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量を0.03%以下とする。一方、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。また、これらの元素の含有量の下限値は、それぞれ0.0001%であってもよい。
【0054】
[Sb:0~0.50%]
[Sn:0~0.50%]
[Cr:0~0.50%]
[Cu:0~1.0%]
Sb(アンチモン)、Sn(スズ)、Cr(クロム)、及びCu(銅)は、選択元素である。これらの元素が、母材鋼板11に含有されると、方向性電磁鋼板10の磁気特性を好ましく高めることができる。従って、本実施形態では、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量を、Sb:0.50%以下、Sn:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Cu:1.0%以下とすることが好ましい。一方、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、上記の効果を好ましく得るためには、これらの元素の含有量が、それぞれ0.0005%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量は、それぞれ0.001%以上であることがより好ましい。
【0055】
なお、Sb、Sn、Cr、およびCuは、少なくとも1種が母材鋼板11に含有されればよい。すなわち、母材鋼板11が、Sb:0.0005%~0.50%、Sn:0.0005%~0.50%、Cr:0.0005%~0.50%、Cu:0.0005%~1.0%のうちの少なくとも1種を含有すればよい。
【0056】
なお、方向性電磁鋼板では、脱炭焼鈍および二次再結晶時の純化焼鈍を経ることで、比較的大きな化学組成の変化(含有量の低下)が起きる。元素によっては純化焼鈍によって、一般的な分析手法では検出できない程度(1ppm以下)にまで含有量が低減することもある。上記した化学組成は、最終製品(方向性電磁鋼板10の母材鋼板11)における化学組成である。一般に、最終製品の化学組成は、出発素材である鋼片(スラブ)の化学組成から変化する。
【0057】
方向性電磁鋼板10の母材鋼板11の化学組成は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、化学組成は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。具体的には、母材鋼板11から採取した35mm角の試験片を、島津製作所製ICPS-8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより、化学組成が特定される。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用いて測定し、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0058】
なお、上記の化学組成は、方向性電磁鋼板10の母材鋼板11の成分である。測定試料となる方向性電磁鋼板10が、表面に張力付与性絶縁被膜15や鉄系酸化物層13を有している場合は、被膜等を公知の方法で除去してから化学組成を測定する。
【0059】
<フーリエ変換赤外分光分析による表面分析について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11と張力付与性絶縁被膜15との間に鉄系酸化物層13が存在することで、たとえグラス被膜(フォルステライト被膜)を有してなくても、鉄系酸化物層13と張力付与性絶縁被膜15と母材鋼板11とが密着する。
【0060】
方向性電磁鋼板10に鉄系酸化物層13が存在する否かは、フーリエ変換赤外分光分析による表面分析で確認できる。具体的には、フーリエ変換赤外分光分析を行い、特定のピークの吸光度(Absorbance)を確認すればよい。以下、
図2A及び
図2Bを参照しながら、フーリエ変換赤外分光分析による表面分析について、詳細に説明する。
図2A及び
図2Bは、フーリエ変換赤外分光分析の赤外吸収スペクトルである。
【0061】
なお、方向性電磁鋼板10が張力付与性絶縁被膜15を有していない場合には(本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の場合、酸化処理工程後で且つ絶縁被膜形成工程前の鋼板ならば)、鉄系酸化物層13の表面を、市販されている公知のフーリエ変換赤外分光光度計(例えば、PERKIN ELMER社製 Frontier等)により分析する。
【0062】
一方、張力付与性絶縁被膜15を有している場合には、測定試料を減厚しながら、フーリエ変換赤外分光分析すればよい。例えば、方向性電磁鋼板10の板厚方向に沿った切断面から予め張力付与性絶縁被膜15の厚みを確認しておき、その上で、張力付与性絶縁被膜15の厚みが0.1μm未満となるように、方向性電磁鋼板10の表面を機械的に平行研磨する。研磨後の方向性電磁鋼板10を用いてフーリエ変換赤外分光分析する。この分析後の測定試料を用いて、その厚みをさらに0.05μm程度だけ減厚するように、測定試料の測定面を機械的に平行研磨する。この研磨後の測定試料を用いて再びフーリエ変換赤外分光分析する。このような分析と研磨とを、測定試料にて母材鋼板11が露出するまで繰り返して行う。この方法によって、鉄系酸化物層13をフーリエ変換赤外分光光度計により分析する。
【0063】
なお、フーリエ変換赤外分光分析結果は、張力付与性絶縁被膜15の有無に影響を受けない。すなわち、張力付与性絶縁被膜15を有しておらず鉄系酸化物層13が最表面である試験片を分析した場合と、張力付与性絶縁被膜15を有しており上記方法で鉄系酸化物層13を露出させた試験片を分析した場合とでは、フーリエ変換赤外分光分析結果が同等となることを確認している。
【0064】
フーリエ変換赤外分光分析を行う際には、例えば、高感度反射法を用いて鉄系酸化物層13の赤外吸収スペクトルを測定することが好ましい。このとき、赤外吸収スペクトル上で、鉄系酸化物層13を構成する各種の鉄系酸化物に由来する吸収ピークとして、650cm
-1に観察される吸収ピークに着目し、一方、SiO
2に由来する吸収ピークとして、1250cm
-1に観察される吸収ピークに着目する。これらの吸収ピークが観測される波数位置は、場合によっては上記の波数から1~2cm
-1程ずれることもあるが、
図2A及び
図2Bに示したように、上記2つの吸収ピークのスペクトル波形は特徴的であり、当業者ならば赤外吸収スペクトルから容易に上記2つの吸収ピークを特定することが可能である。
【0065】
ここで、各吸収ピークの吸光度A
kは、例えば
図2Aに示したような各吸収ピークにおける強度I
k(例えば、透過率T
k(単位:%))と、各吸収ピークの位置における基準線(ベースライン)の強度I
0
k(例えば、透過率T
0
k(単位:%))とを用いて、以下の(式11)のように定義できる。また、表面分析に用いるフーリエ変換赤外分光光度計が、直接吸光度を出力可能な装置であれば、各吸収ピークの吸光度A
kは、例えば
図2Bに示したように、各吸収ピークの吸光度A’
k(無単位)と、各吸収ピークの位置における基準線(ベースライン)の強度A
0
k(無単位)とを用いて、以下の(式11’)のように定義することもできる。
【0066】
Ak=log(I0
k/Ik) ・・・(式11)
Ak=A’k-A0
k ・・・(式11’)
【0067】
上記の式11および式11’に基づいて、赤外吸収スペクトル上で、波数が650cm-1に観測される吸収ピークの吸光度をA650と定義し、波数が1250cm-1に観測される吸収ピークの吸光度をA1250と定義する。
【0068】
650cm-1に観察される吸収ピークは鉄系酸化物に由来し、1250cm-1に観察される吸収ピークはSiO2に由来することから、上記のA650値及びA1250値は、それぞれ、鉄系酸化物及びSiO2の生成量に対応する値である。
【0069】
なお、
図2Aに示したような、波数(cm
-1)と透過率T(%)との関係として示された赤外吸収スペクトルに着目する場合、上記の基準線(ベースライン)は、以下のように規定することができる。
650cm
-1の吸収ピークの基準線:波数510~560cm
-1間の透過率Tの最大値と、波数720~820cm
-1間の透過率Tの最大値と、を結んだ線分。
1250cm
-1の吸収ピークの基準線:波数1000~1100cm
-1間の透過率Tの最大値と、波数1280~1350cm
-1間の透過率Tの最大値と、を結んだ線分。
【0070】
また、
図2Bに示したような、波数(cm
-1)と吸光度A(-)との関係として示された赤外吸収スペクトルに着目する場合、上記の基準線(ベースライン)は、以下のように規定することができる。
650cm
-1の吸収ピークの基準線:波数510~560cm
-1間の吸光度Aの最小値と、波数720~820cm
-1間の吸光度Aの最小値と、を結んだ線分。
1250cm
-1の吸収ピークの基準線:波数1000~1100cm
-1間の吸光度Aの最小値と、波数1280~1350cm
-1間の吸光度Aの最小値と、を結んだ線分。
【0071】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、鉄系酸化物層13をフーリエ変換赤外分光分析した際に、以下の(式101)で表される関係が成立する。
【0072】
0.2 ≦ A650/A1250 ≦ 5.0 ・・・(式101)
【0073】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、上記の式101を満たす赤外吸収スペクトルが確認されれば、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10に鉄系酸化物層13が存在すると判断する。例えば、方向性電磁鋼板10が張力付与性絶縁被膜15を有している場合には、上記した分析と研磨と繰り返す方法でフーリエ変換赤外分光分析を複数回実施したときに、上記の式101を満たす赤外吸収スペクトルが1つでも確認されれば、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10に鉄系酸化物層13が存在すると判断する。なお、フォルステライト被膜や、鉄系酸化物層13ではない酸化物層は、上記の式101を満足しない。
【0074】
吸光度比A650/A1250が0.2未満である場合には、SiO2の生成量に比べて鉄系酸化物の生成量が少なすぎ、鉄系酸化物層13の形成が不十分となることから、十分な張力付与性絶縁被膜の密着性を実現することができない。一方、吸光度比A650/A1250が5.0を超える場合も、張力付与性絶縁被膜15の密着性が低下するため、好ましくない。吸光度比A650/A1250が5.0を超える場合に密着性が低下する理由は明確ではない。ただ、後述する酸化処理工程の熱処理で、保持時間が短い、又は、保持温度が低温である場合に、上記のような状況が散見される。そのため、SiO2及び鉄系酸化物の双方とも生成量が少なく、密着性の確保に必要な鉄系酸化物の形成が不十分な状態にあると推定される。
【0075】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、上記の吸光度比A650/A1250が、0.4以上であることが好ましく、0.6以上であることがより好ましい。また、吸光度比A650/A1250が、4.5以下であることが好ましく、4.0以下であることがより好ましい。
【0076】
<フォルステライト被膜について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、フォルステライト被膜を有さない。本実施形態では、方向性電磁鋼板10が、フォルステライト被膜を有するか否かを以下の方法によって判断すればよい。
【0077】
方向性電磁鋼板10がフォルステライト被膜を有さないことは、X線回折によって確認すればよい。例えば、方向性電磁鋼板10から張力付与性絶縁被膜15などを除去した表面に対してX線回折を行い、得られたX線回折スペクトルをPDF(Powder Diffraction File)と照合すればよい。例えば、フォルステライト(Mg2SiO4)の同定には、JCPDS番号:34-189を用いればよい。本実施形態では、上記X線回折スペクトルの主な構成がフォルステライトでない場合に、方向性電磁鋼板10がフォルステライト被膜を有さないと判断する。
【0078】
なお、方向性電磁鋼板10から張力付与性絶縁被膜15などを除去するには、被膜を有する方向性電磁鋼板10を、高温のアルカリ溶液に浸漬すればよい。具体的には、NaOH:30質量%+H2O:70質量%の水酸化ナトリウム水溶液に、80℃で20分間、浸漬した後に、水洗して乾燥することで、方向性電磁鋼板10から張力付与性絶縁被膜15などを除去できる。通常、アルカリ溶液によって絶縁被膜などが溶解され、塩酸などの酸性溶液によってフォルステライト被膜が溶解される。そのため、フォルステライト被膜が存在する場合には、上記したアルカリ溶液への浸漬を行えば、張力付与性絶縁被膜15などが溶解してフォルステライト被膜が露出する。
【0079】
<磁気特性について>
方向性電磁鋼板の磁気特性は、JIS C2550:2011に規定されたエプスタイン法や、JIS C2556:2015に規定された単板磁気特性測定法(Single Sheet Tester:SST)に基づいて測定することができる。これらの方法のうち、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、JIS C2556:2015に規定された単板磁気特性測定法を採用して磁気特性を評価すればよい。
【0080】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、圧延方向の磁束密度B8(800A/mでの磁束密度)が、1.90T以上であればよい。この磁束密度の上限は、特に限定されず、例えば2.02Tであればよい。
【0081】
上記したように、方向性電磁鋼板の磁気特性は、JIS C 2550:2011に規定されるエプスタイン試験に基づく方法、またはJIS C 2556:2015に規定される単板磁気特性試験法(Single Sheet Tester:SST)などを用いることにより測定することができる。なお、研究開発過程にて真空溶解炉などで鋼塊が形成された場合では、実操業ラインと同等サイズの試験片を採取することが困難となる。この場合、例えば、幅60mm×長さ300mmとなるように試験片を採取して、単板磁気特性試験法に準拠した測定を行っても構わない。さらに、エプスタイン試験に基づく方法と同等の測定値が得られるように、得られた結果に補正係数を掛けても構わない。本実施形態では、単板磁気特性試験法に準拠した測定法により測定する。長手方向が圧延方向となるように試験片を採取して、圧延方向の磁束密度B8を測定すればよい。
【0082】
<方向性電磁鋼板の製造方法について>
次に、本発明の好ましい一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について、
図3を参照しながら詳細に説明する。
図3は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の一例を示した流れ図である。
【0083】
なお、上記した方向性電磁鋼板10を製造する方法は、下記の方法に限定されない。下記の製造方法は、上記した方向性電磁鋼板10を製造するための一つの例である。
【0084】
<方向性電磁鋼板の製造方法の全体的な流れ>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、フォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板の製造方法であって、全体的な流れは、以下の通りである。
【0085】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、
図3に示すように、
(S101)所定の化学組成を有する鋼片(スラブ)を加熱した後に熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
(S103)熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して熱延焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
(S105)熱延鋼板または熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
(S107)冷延鋼板を脱炭焼鈍して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
(S109)脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布した後に仕上げ焼鈍して仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
(S111)仕上げ焼鈍鋼板に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して酸化処理鋼板を得る酸化処理工程と、
(S113)酸化処理鋼板の表面に張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつける絶縁被膜形成工程と、を有する。
【0086】
上記の各工程について、詳細に説明する。なお、以下の説明で、各工程の条件が記載されていない場合、公知の条件を適宜適応すればよい。
【0087】
<熱間圧延工程>
熱間圧延工程(ステップS101)は、所定の化学組成を有する鋼片(例えば、スラブ等の鋼塊)を熱間圧延して、熱延鋼板を得る工程である。この熱間圧延工程では、鋼片が、まず加熱処理される。鋼片の加熱温度は、1200~1400℃の範囲内とすることが好ましい。鋼片の加熱温度は、1250℃以上であることが好ましく、1380℃以下であることが好ましい。次いで、加熱された鋼片を熱間圧延して、熱延鋼板を得る。熱延鋼板の平均板厚は、例えば、2.0mm以上3.0mm以下の範囲内であることが好ましい。
【0088】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、上記鋼片が、化学組成として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部がFe及び不純物からなる。なお、以下では、特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わす。
【0089】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、上記の鋼片(スラブ)が、基本元素(主要な合金元素)として、Si、Mn、C、S+Se、sol.Al、Nを含有する。
【0090】
[Si:2.5~4.0%]
Siは、鋼の電気抵抗を高めて渦電流損を低減する元素である。鋼片のSi含有量が2.5%未満である場合には、渦電流損の低減効果を十分に得ることができない。一方、鋼片のSi含有量が4.0%を超える場合には、鋼の冷間加工性が低下する。従って、本実施形態では、鋼片のSi含有量を2.5~4.0%とする。鋼片のSi含有量は、好ましくは2.7%以上であり、より好ましくは2.8%以上である。一方、鋼片のSi含有量は、好ましくは3.9%以下であり、より好ましくは3.8%以下である。
【0091】
[Mn:0.05~1.0%]
Mnは、製造過程でS及びSeと結合して、MnS及びMnSeを形成する。これらの析出物は、インヒビターとして機能し、仕上げ焼鈍時に鋼に二次再結晶を発現させる。また、Mnは、鋼の熱間加工性を高める元素でもある。鋼片のMn含有量が0.05%未満である場合には、これら効果を十分に得ることができない。一方、鋼片のMn含有量が1.0%を超える場合には、二次再結晶が発現せず、鋼の磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、鋼片のMn含有量を0.05~1.0%とする。鋼片のMn含有量は、好ましくは0.06%以上であり、好ましくは0.50%以下である。
【0092】
[C:0.02~0.10%]
Cは、製造過程にて、脱炭焼鈍工程の完了までの組織制御に有効な元素であり、方向性電磁鋼板としての磁気特性を向上させる。鋼片のC含有量が0.02%未満である場合、又は、鋼片のC含有量が0.10%を超える場合には、上記のような磁気特性向上効果を得ることができない。鋼片のC含有量は、好ましくは0.03%以上であり、好ましくは0.09%以下である。
【0093】
[S+Se:合計で0.005~0.080%]
S及びSeは、製造過程でMnと結合して、インヒビターとして機能するMnS及びMnSeを形成する。鋼片のS及びSeの合計含有量が0.005%未満である場合には、MnS及びMnSeの形成効果を発現させるのが困難となる。一方、S及びSeの合計含有量が0.080%を超える場合には、磁気特性が劣化することに加えて、熱間での脆化を引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片のS及びSeの合計含有量を0.005~0.080%とする。鋼片のS及びSeの合計含有量は、好ましくは0.006%以上であり、好ましくは0.070%以下である。
【0094】
[sol.Al:0.01~0.07%]
sol.Alは、製造過程でNと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。鋼片のsol.Al含有量が0.01%未満である場合、AlNが十分に生成せずに磁気特性が劣化する。また、鋼片のsol.Al含有量が0.07%を超える場合、磁気特性が劣化することに加えて、冷間圧延時に割れを引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片のsol.Al含有量を0.01~0.07%とする。鋼片のsol.Al含有量は、好ましくは0.02%以上であり、好ましくは0.05%以下である。
【0095】
[N:0.005~0.020%]
Nは、製造過程でAlと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。鋼片のN含有量が0.005%未満である場合には、AlNが十分に生成せずに磁気特性が劣化する。一方、鋼片のN含有量が0.020%を超える場合には、AlNがインヒビターとして機能し難くなって二次再結晶が発現し難くなることに加えて、冷間圧延時に割れを引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片のN含有量を0.005~0.020%とする。鋼片のNの含有量は、好ましくは0.012%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。
【0096】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、上記の鋼片(スラブ)が、不純物を含有してもよい。なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境等から混入するものを指す。
【0097】
また、本実施形態では、鋼片が、上記した基本元素および不純物に加えて、選択元素を含有してもよい。例えば、上記した残部であるFeの一部に代えて、選択元素として、Bi、Te、Pb、Sb、Sn、Cr、Cuなどを含有してもよい。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を限定する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、上記効果は損なわれない。
【0098】
[Bi:0~0.03%]
[Te:0~0.03%]
[Pb:0~0.03%]
Bi、Te、及びPbは、選択元素である。これらの元素が、鋼片にそれぞれ0.03%以下含有されると、方向性電磁鋼板の磁気特性を好ましく向上させることができる。しかしながら、これら元素の含有量がそれぞれ0.03%を超える場合には、熱間での脆化を引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量を0.03%以下とする。一方、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、上記の効果を好ましく得るためには、これらの元素の含有量が、それぞれ0.0005%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量は、それぞれ0.001%以上であることがより好ましい。
【0099】
なお、Bi、Te、およびPbは、少なくとも1種が鋼片に含有されればよい。すなわち、鋼片が、Bi:0.0005%~0.03%、Te:0.0005%~0.03%、Pb:0.0005%~0.03%のうちの少なくとも1種を含有すればよい。
【0100】
[Sb:0~0.50%]
[Sn:0~0.50%]
[Cr:0~0.50%]
[Cu:0~1.0%]
Sb、Sn、Cr、及びCuは、選択元素である。これらの元素が、鋼片に含有されると、方向性電磁鋼板の磁気特性を好ましく高めることができる。従って、本実施形態では、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量を、Sb:0.50%以下、Sn:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Cu:1.0%以下とすることが好ましい。一方、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、上記の効果を好ましく得るためには、これらの元素の含有量がそれぞれ0.0005%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量は、それぞれ0.001%以上であることがより好ましい。
【0101】
なお、Sb、Sn、Cr、およびCuは、少なくとも1種が鋼片に含有されればよい。すなわち、鋼片が、Sb:0.0005%~0.50%、Sn:0.0005%~0.50%、Cr:0.0005%~0.50%、Cu:0.0005%~1.0%のうちの少なくとも1種を含有すればよい。
【0102】
鋼片の化学組成は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、上記した方法に基づいて測定すればよい。
【0103】
<熱延板焼鈍工程>
熱延板焼鈍工程(ステップS103)は、熱間圧延工程後の熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して、熱延焼鈍鋼板を得る工程である。熱延鋼板に焼鈍処理を施すことで、鋼中で再結晶が生じ、最終的に良好な磁気特性を実現することが可能となる。
【0104】
熱延板焼鈍工程で熱延鋼板を加熱する方法は、特に限定されず、公知の加熱方式を採用すればよい。また、焼鈍条件も、特に限定されない。例えば、熱延鋼板を、900~1200℃の温度域で10秒~5分間の保持を行えばよい。
【0105】
なお、この熱延板焼鈍工程は、必要に応じて省略することが可能である。
また、この熱延板焼鈍工程後、以下で詳述する冷間圧延工程の前に、熱延鋼板の表面に対して酸洗を施してもよい。
【0106】
<冷間圧延工程>
冷間圧延工程(ステップS105)は、熱間圧延工程後の熱延鋼板に、または熱延板焼鈍工程後の熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を実施して、冷延鋼板を得る工程である。熱延板焼鈍工程後の熱延焼鈍鋼板は、鋼板形状が良好であるため、1回目の冷間圧延にて鋼板が破断する可能性を軽減することができる。なお、冷間圧延は、3回以上に分けて実施してもよいが、製造コストが増大するため、1回又は2回とすることが好ましい。
【0107】
冷間圧延工程で熱延焼鈍鋼板を冷間圧延する方法は、特に限定されず、公知の方法を採用すればよい。例えば、最終の冷延圧下率(中間焼鈍を行わない累積冷延圧下率、または中間焼鈍を行った後の累積冷延圧下率)は、80%以上95%以下の範囲内とすればよい。
【0108】
ここで、最終の冷延圧下率(%)は次のとおり定義される。
最終の冷延圧下率(%)=(1-最終の冷間圧延後の鋼板の板厚/最終の冷間圧延前の鋼板の板厚)×100
【0109】
最終の冷延圧下率が80%未満である場合には、Goss核を好ましく得ることができないことがある。一方、最終の冷延圧下率が95%を超える場合には、仕上げ焼鈍工程で、二次再結晶が不安定となることがある。そのため、最終の冷延圧下率は、80%以上95%以下であることが好ましい。
【0110】
中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を実施する場合、一回目の冷間圧延は、圧下率を5~50%程度とし、中間焼鈍は、950℃~1200℃の温度で30秒~30分の条件で保持を行えばよい。
【0111】
冷延鋼板の平均板厚(冷延後の板厚)は、張力付与性絶縁被膜の厚みを含む方向性電磁鋼板の板厚とは異なる。冷延鋼板の平均板厚は、例えば、0.10~0.50mmとすればよい。また、本実施形態では、冷延鋼板の平均板厚が0.22mm未満である薄手材でも、張力付与性絶縁被膜の密着性が好ましく高まる。そのため、冷延鋼板の平均板厚は、0.20mm以下であってもよい。
【0112】
冷間圧延工程では、方向性電磁鋼板の磁気特性を好ましく向上させるために、エージング処理を行ってもよい。例えば、冷間圧延では、複数回のパスにより鋼板の板厚を減じるが、複数回のパスの途中段階で少なくとも一回以上、鋼板を100℃以上の温度範囲で1分以上保持すればよい。このエージング処理により、脱炭焼鈍工程で、一次再結晶集合組織を好ましく形成させることが可能となり、その結果、仕上げ焼鈍工程で、{110}<001>方位が好ましく集積した二次再結晶集合組織を得ることが可能となる。
【0113】
<脱炭焼鈍工程>
脱炭焼鈍工程(ステップS107)は、冷間圧延工程後の冷延鋼板を脱炭焼鈍して、脱炭焼鈍鋼板を得る工程である。この脱炭焼鈍工程で、冷延鋼板を所定の熱処理条件に則して焼鈍処理することで、一次再結晶粒組織を制御する。
【0114】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、脱炭焼鈍工程が、所望の一次再結晶粒組織を得るために、昇温過程と均熱過程という、2つの過程で構成される。これら昇温過程および均熱過程の諸条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。
【0115】
上記した昇温過程では、脱炭焼鈍温度に到達するまでの昇温速度が、一次再結晶集合組織に影響を与え、その結果、二次再結晶後のGoss方位集積度にも影響を与えることがある。本実施形態のようなグラス被膜を有していない方向性電磁鋼板では、張力付与性絶縁被膜形成後、及び、磁区細分化処理後の磁気特性に及ぼす母材鋼板のGoss方位集積度の影響が大きい。そのため、脱炭焼鈍時の昇温速度を必要に応じて適切に制御することが好ましい。
【0116】
具体的には、昇温過程で冷延鋼板を昇温する際に、一次再結晶集合組織を改善するという観点から、500℃から700℃までの温度域における昇温速度を制御することが好ましい。特に、500℃以上600℃未満の温度域の昇温速度と、600℃以上700℃以下の温度域の昇温速度とを、独立して制御することがより好ましい。500℃以上600℃未満の昇温過程における平均昇温速度S1と、600℃以上700℃以下の昇温過程における平均昇温速度S2とでは、脱炭焼鈍時に形成される酸化膜への影響の観点から、好適範囲が異なる。500℃以上600℃未満の温度域は、一次再結晶集合組織への影響に加えてMn系酸化物形成への影響を有しており、600℃以上700℃以下の温度域は、一次再結晶集合組織への影響に加えてSiO2形成への影響を有している。
【0117】
本実施形態では、500℃以上600℃未満の昇温過程における平均昇温速度S1を、300℃/秒以上1000℃/秒以下とすることが好ましい。加えて、グラス被膜(フォルステライト被膜)の形成反応に影響を及ぼすSiO2が形成される600℃以上700℃以下の温度域で、鋼板の滞留時間を短くすることが好ましい。そこで、600℃以上700℃以下の昇温過程における平均昇温速度S2を、1000℃/秒以上3000℃/秒以下とすることが好ましい。
【0118】
また、平均昇温速度S2は、平均昇温速度S1よりも急速にすることが好ましく、例えば、S2/S1を、1.0超10.0以下とすることが好ましい。
【0119】
すなわち、平均昇温速度S1と平均昇温速度S2とが、下記の(式111)~(式113)をすべて満足することが好ましい。下記の(式111)~(式113)をすべて満足するとき、方向性電磁鋼板の磁気特性(鉄損特性)を更に好ましく向上させることが可能となる。
【0120】
300 ≦ S1 ≦ 1000 ・・・(式111)
1000 ≦ S2 ≦ 3000 ・・・(式112)
1.0 < S2/S1 ≦ 10.0 ・・・(式113)
【0121】
なお、上記の(式111)に関して、平均昇温速度S1が300℃/秒未満となる場合には、一次再結晶集合組織の変化に起因して磁気特性が劣化する可能性がある。一方、平均昇温速度S1が1000℃/秒を超える場合には、張力付与性絶縁被膜との密着性が十分ではない可能性がある。500℃以上600℃未満の温度域における平均昇温速度S1は、より好ましくは350℃/秒以上であり、より好ましくは900℃/秒以下である。
【0122】
上記の(式112)に関して、平均昇温速度S2が1000℃/秒未満となる場合には、グラス被膜形成反応に影響を及ぼすSiO2の形成を十分に抑制できない可能性がある。一方、平均昇温速度S2が3000℃/秒を超える場合には、脱炭焼鈍温度のオーバーシュートが生じる可能性がある。600℃以上700℃以下の温度域における平均昇温速度S2は、より好ましくは1200℃/秒以上であり、より好ましくは2500℃/秒以下である。
【0123】
上記の(式113)に関して、平均昇温速度の比S2/S1が1.0以下である場合には、磁気特性が劣化する可能性がある。一方、昇温速度の比S2/S1が10.0を超える場合には、温度制御が困難となる可能性がある。昇温速度の比S2/S1は、より好ましくは1.2以上であり、より好ましくは9.0以下である。
【0124】
上記のような昇温速度のもとで、750℃以上950℃以下の脱炭焼鈍温度まで、冷延鋼板を加熱することが好ましい。
【0125】
なお、この昇温過程における他の条件(例えば、昇温雰囲気等)については、特に限定されず、常法に従って周知の水素-窒素含有湿潤雰囲気中で、冷延鋼板を昇温すればよい。
【0126】
脱炭焼鈍工程では、上記の昇温過程に続いて、冷延鋼板を脱炭焼鈍温度で保持する均熱過程が実施される。均熱過程の諸条件は、特に限定されない。例えば、冷延鋼板を、750℃以上950℃以下の温度で、1分以上5分以下保持すればよい。また、均熱雰囲気も、特に限定されず、常法に従って周知の水素-窒素含有湿潤雰囲気中で均熱過程を実施すればよい。
【0127】
<仕上げ焼鈍工程>
仕上げ焼鈍工程(ステップS109)は、脱炭焼鈍工程後の脱炭焼鈍鋼板に、焼鈍分離剤を塗布し、その後に仕上げ焼鈍を施して、仕上げ焼鈍鋼板を得る工程である。仕上げ焼鈍は、一般に、鋼板をコイル状に巻いた状態で、高温で長時間の保持が行われる。従って、仕上げ焼鈍に先立ち、鋼板の巻きの内と外との焼付きの防止を目的として、焼鈍分離剤を脱炭焼鈍鋼板に塗布して乾燥させる。
【0128】
仕上げ焼鈍工程で脱炭焼鈍鋼板に塗布する焼鈍分離剤は、特に限定されず、公知の焼鈍分離剤を採用すればよい。なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有さない方向性電磁鋼板の製造方法であるので、フォルステライト被膜を形成しない焼鈍分離剤を採用すればよい。または、フォルステライト被膜を形成する焼鈍分離剤を採用する場合には、仕上げ焼鈍後にフォルステライト被膜を研削または酸洗によって除去すればよい。
【0129】
[フォルステライト被膜を形成しない焼鈍分離剤]
グラス被膜(フォルステライト被膜)を形成しない焼鈍分離剤として、MgOとAl2O3とを主成分とする焼鈍分離剤を用いればよい。例えば、この焼鈍分離剤は、固形分率で、MgOとAl2O3とを合計で85質量%以上含有し、MgOとAl2O3との質量比であるMgO:Al2O3が3:7~7:3を満足し、かつ、この焼鈍分離剤は、固形分率で、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対してビスマス塩化物を0.5~15質量%含有することが好ましい。上記の質量比MgO:Al2O3の範囲や、ビスマス塩化物の含有量は、グラス被膜を有さずに且つ表面平滑度の良好な母材鋼板を得るという観点から定まる。
【0130】
上記したMgOとAl2O3との質量比に関して、MgOが上記範囲を超えて多い場合には、グラス被膜が鋼板表面に形成及び残存して、母材鋼板の表面が平滑にならないことがある。また、MgOとAl2O3との質量比に関して、Al2O3が上記範囲を超えて多い場合には、Al2O3の焼き付きが生じて、母材鋼板の表面が平滑にならないことがある。MgOとAl2O3との質量比MgO:Al2O3は、3.5:6.5~6.5:3.5を満足することがより好ましい。
【0131】
ビスマス塩化物が焼鈍分離剤に含まれると、仕上げ焼鈍中にグラス被膜が形成しても、このグラス被膜が鋼板表面から剥離しやすくなる効果がある。上記のビスマス塩化物の含有量が、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対して0.5質量%未満である場合には、グラス被膜が残存することがある。一方、ビスマス塩化物の含有量が、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対して15質量%を超える場合には、焼鈍分離剤として鋼板と鋼板との焼付きを防ぐ機能が損なわれることがある。ビスマス塩化物の含有量は、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対して、より好ましくは3質量%以上であり、より好ましくは7質量%以下である。
【0132】
上記のビスマス塩化物の種類は、特に限定されず、公知のビスマス塩化物を採用すればよい。例えば、オキシ塩化ビスマス(BiOCl)、三塩化ビスマス(BiCl3)等を用いればよく、あるいは、仕上げ焼鈍工程中に焼鈍分離剤中での反応からオキシ塩化ビスマスを形成することが可能な化合物種を用いてもよい。仕上げ焼鈍中にオキシ塩化ビスマスを形成可能な化合物種として、例えば、ビスマス化合物と金属の塩素化合物との混合物を用いればよい。このビスマス化合物として、例えば、酸化ビスマス、水酸化ビスマス、硫化ビスマス、硫酸ビスマス、リン酸ビスマス、炭酸ビスマス、硝酸ビスマス、有機酸ビスマス、ハロゲン化ビスマス等を用いればよく、金属の塩素化合物として、例えば、塩化鉄、塩化コバルト、塩化ニッケル等を用いればよい。
【0133】
上記のようなフォルステライト被膜を形成しない焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍鋼板の表面に塗布して乾燥させた後、仕上げ焼鈍を施す。仕上げ焼鈍工程での熱処理条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。例えば、鋼板を、1100℃以上1300℃以下の温度域で、10時間以上30時間以下保持すればよい。また、炉内雰囲気は、周知の窒素雰囲気又は窒素と水素との混合雰囲気とすればよい。仕上げ焼鈍後は、鋼板表面の余剰の焼鈍分離剤を水洗又は酸洗により除去することが好ましい。
【0134】
[フォルステライト被膜を形成する焼鈍分離剤]
グラス被膜(フォルステライト被膜)を形成する焼鈍分離剤として、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を用いてもよい。例えば、この焼鈍分離剤は、固形分率で、MgOを60質量%以上含有することが好ましい。
【0135】
焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍鋼板の表面に塗布して乾燥させた後、仕上げ焼鈍を施す。仕上げ焼鈍工程での熱処理条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。例えば、鋼板を、1100℃以上1300℃以下の温度域で、10時間以上30時間以下保持すればよい。また、炉内雰囲気は、周知の窒素雰囲気又は窒素と水素との混合雰囲気とすればよい。
【0136】
フォルステライト被膜を形成する焼鈍分離剤を用いた場合、仕上げ焼鈍中に、焼鈍分離剤のMgOと、鋼板表面のSiO2とが反応して、フォルステライト(Mg2SiO4)が形成される。そのため、仕上げ焼鈍後に、仕上げ焼鈍鋼板の表面を研削又は酸洗して、表面に形成されたフォルステライト被膜を除去することが好ましい。仕上げ焼鈍鋼板の表面からフォルステライト被膜を除去する方法は、特に限定されず、公知の研削方法又は酸洗方法を採用すればよい。
【0137】
例えば、フォルステライト被膜を酸洗によって除去するには、仕上げ焼鈍鋼板を、20~40質量%塩酸に、50~90℃で1~5分間、浸漬した後に、水洗して乾燥させればよい。あるいは、仕上げ焼鈍鋼板を、ふっ化アンモニムと硫酸の混合溶液中で酸洗し、ふっ酸と過酸化水素水の混合溶液中で化学研磨し、その後、水洗して乾燥させればよい。
【0138】
<酸化処理工程>
酸化処理工程(ステップS111)は、仕上げ焼鈍工程後の仕上げ焼鈍鋼板(フォルステライト被膜を有さない仕上げ焼鈍鋼板)に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して、酸化処理鋼板を得る工程である。具体的には、洗浄処理として、仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄し、酸洗処理として、仕上げ焼鈍鋼板を質量%で5~20%の硫酸にて酸洗し、熱処理として、仕上げ焼鈍鋼板を、酸素濃度が5~21体積%でかつ露点が-10~30℃の雰囲気中で、700~850℃の温度で、10~50秒間保持する。
【0139】
[洗浄処理]
仕上げ焼鈍工程後の仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄する。仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄する方法は、特に限定されず、公知の洗浄方法を採用すればよい。例えば、仕上げ焼鈍鋼板の表面を水洗すればよい。
【0140】
[酸洗処理]
洗浄処理後の仕上げ焼鈍鋼板を、質量%で5~20%の硫酸にて酸洗する。硫酸が質量%で5%未満である場合には、上記の(式101)を満足する鉄系酸化物層が形成されない。一方、硫酸が質量%で20%を超える場合にも、上記の(式101)を満足する鉄系酸化物層が形成されない。硫酸の濃度は、好ましくは質量%で6%以上であり、好ましくは質量%で15%以下である。また、酸洗に用いる硫酸の温度は、特に規定しないが、例えば70℃以上とすることが好ましい。
【0141】
酸洗処理する時間は、特に限定されない。例えば、仕上げ焼鈍鋼板を、上記の硫酸が保持されている酸洗浴中で、一般的なライン速度で通過させればよい。
【0142】
[熱処理]
酸洗処理後の仕上げ焼鈍鋼板を、酸素濃度が5~21体積%でかつ露点が-10~30℃の雰囲気中で、700~850℃の温度で、10~50秒間保持する。この熱処理により、酸洗処理後の仕上げ焼鈍鋼板の表面が酸化されて鉄系酸化物層が形成される。上記した洗浄処理、酸洗処理、および熱処理が施された酸化処理鋼板は、上記の(式101)を満足する。
【0143】
酸素濃度が5%未満、露点が-10℃未満、または保持温度が700℃未満である場合、上記の(式101)を満足する鉄系酸化物層が形成されない。酸素濃度が21%超または露点が30℃超である場合も、上記の(式101)を満足する鉄系酸化物層が形成されない。保持温度が850℃超える場合には、効果が飽和し、加熱コストも高くなる。
【0144】
また、保持時間が10秒未満である場合には、上記の(式101)を満足する鉄系酸化物層が形成されない。一方、保持時間が50秒を超える場合には、効果が飽和し、生産性も低下する。
【0145】
酸素濃度は、好ましくは6体積%以上であり、好ましくは21体積%以下である。露点は、好ましくは0℃以上であり、好ましくは30℃以下である。保持温度は、好ましくは720℃以上であり、好ましくは850℃以下である。保持時間は、好ましくは15秒以上であり、好ましくは50秒以下である。
【0146】
<絶縁被膜形成工程>
絶縁被膜形成工程(ステップS113)は、酸化処理工程後の酸化処理鋼板の表面に張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつけて、方向性電磁鋼板を得る工程である。絶縁被膜形成工程では、酸化処理鋼板の片面又は両面に対し、張力付与性絶縁被膜を形成すればよい。
【0147】
絶縁被膜が形成される酸化処理鋼板の表面は、処理液を塗布する前に、アルカリなどによる脱脂処理や、塩酸、硫酸、リン酸などによる酸洗処理など、任意の前処理を施してもよく、または、これら前処理を施さなくてもよい。
【0148】
張力付与性絶縁被膜を形成する条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。例えば、張力付与性絶縁被膜は、無機物を主体とし、更に有機物を含んだ複合絶縁被膜であってもよい。この複合絶縁被膜は、例えば、クロム酸金属塩、リン酸金属塩、コロイダルシリカ、Zr化合物、Ti化合物等の無機物の少なくとも何れかを主体とし、微細な有機樹脂の粒子が分散している絶縁被膜であればよい。また、製造時の環境負荷低減の観点から、張力付与性絶縁被膜は、リン酸金属塩、ZrやTiのカップリング剤、これらの炭酸塩、これらのアンモニウム塩などを出発物質とした絶縁被膜であってもよい。
【0149】
<その他の工程>
[平坦化焼鈍工程]
絶縁被膜形成工程に続いて、形状矯正のための平坦化焼鈍を施してもよい。絶縁被膜形成工程後の方向性電磁鋼板に対して平坦化焼鈍を行うことで、鉄損特性を好ましく低減させることが可能となる。
【0150】
[磁区細分化工程]
上記で製造した方向性電磁鋼板に、磁区細分化処理を行ってもよい。磁区細分化処理とは、方向性電磁鋼板の表面に磁区細分化効果のあるレーザー光を照射したり、方向性電磁鋼板の表面に溝を形成したりする処理である。この磁区細分化処理により、磁気特性を好ましく向上させることが可能となる。
【0151】
<方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法について>
次に、本発明の好ましい一実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法について説明する。本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法は、絶縁被膜形成工程を備える。この絶縁被膜形成工程では、鋼基材上に、張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつけて、張力付与性絶縁被膜を形成する。
【0152】
上記の鋼基材は、母材鋼板と、母材鋼板に接して配された酸化物層とを有する。
【0153】
この母材鋼板は、化学組成として、質量%で、Si:2.5~4.0%、Mn:0.05~1.0%、C:0~0.01%、S+Se:0~0.005%、Sol.Al:0~0.01%、N:0~0.005%、Bi:0~0.03%、Te:0~0.03%、Pb:0~0.03%、Sb:0~0.50%、Sn:0~0.50%、Cr:0~0.50%、Cu:0~1.0%を含有し、残部がFe及び不純物からなる。
【0154】
上記の酸化物層は、鉄系酸化物層である。この鉄系酸化物層をフーリエ変換赤外分光分析した際に、赤外吸収スペクトル上で、650cm-1に観測される吸収ピークの吸光度をA650とし、1250cm-1に観測される吸収ピークの吸光度をA1250としたとき、A650とA1250とが、0.2≦A650/A1250≦5.0を満足する。
【0155】
絶縁被膜形成工程では、鋼基材の鉄系酸化物層上に、張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつける。
【0156】
鉄系酸化物層の平均厚みは、200~500nmであることが好ましい。
【0157】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法は、上述した方向性電磁鋼板の製造方法の絶縁被膜形成工程と実質的に同様である。例えば、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法の鋼基材は、上述した方向性電磁鋼板の製造方法の酸化処理鋼板に対応する。また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法の鋼基材は、上述した方向性電磁鋼板の
図1A及び
図1Bに示した母材鋼板11と鉄系酸化物層13とに対応する。そのため、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法に関して、詳細な説明は省略する。
【実施例1】
【0158】
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に詳細に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0159】
(実験例1)
C:0.082質量%、Si:3.3質量%、Mn:0.082質量%、S:0.023質量%、酸可溶性Al:0.025質量%、N:0.008質量%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼スラブA(鋼片A)と、C:0.081質量%、Si:3.3質量%、Mn:0.083質量%、S:0.022質量%、酸可溶性Al:0.025質量%、N:0.008質量、Bi:0.0025質量%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼スラブB(鋼片B)と、をそれぞれ1350℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱間圧延鋼板を得た。
【0160】
得られたそれぞれの熱延鋼板に対し、1100℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板を得た。
【0161】
その後、得られた冷延鋼板に対し、脱炭焼鈍を実施した。この脱炭焼鈍では、各冷延鋼板を、500℃以上600℃未満の昇温過程における平均昇温速度S1を400℃/秒とし、600℃以上700℃以下の昇温過程における平均昇温速度S2を1100℃/秒として加熱して(S2÷S1=2.75)、850℃で120秒間保持した。
【0162】
その後、固形分率でMgOとAl2O3とを合計で95質量%含有し、MgOとAl2O3の配合比が質量%で50%:50%(質量比1:1)であり、MgOとAl2O3との合計含有量に対してBiOClを5質量%含有する組成の焼鈍分離剤を塗布乾燥して、1200℃で20時間保持する仕上げ焼鈍に供した。
【0163】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、いずれの鋼板でも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0164】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板に、以下の表1に示したような種々の濃度の70℃の硫酸で酸洗処理を実施した後、酸素濃度、露点、温度、時間を変化させて熱処理を実施した。
【0165】
【0166】
酸化処理工程後の鋼板に、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、850℃で1分間焼付けることで、試験片の表面に、目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。得られた試験片にレーザービームを照射し、磁区細分化処理を実施した。
【0167】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析したところ、鋼スラブAに由来する鋼板は、化学組成が、質量%で、C:0.002%以下、Si:3.30%、Mn:0.082%、S:0.005%以下(S+Se:0.005%以下)、酸可溶性Al:0.005%以下、N:0.005%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなっていた。また、鋼スラブBに由来する鋼板は、C:0.002%以下、Si:3.30%、Mn:0.083%、S:0.005%以下(S+Se:0.005%以下)、酸可溶性Al:0.005%以下、N:0.005%以下、Bi:0.0001%を含有し、残部がFe及び不純物からなっていた。
【0168】
<評価>
フーリエ変換赤外分光分析、鉄系酸化物層の平均厚み、磁気特性、及び、張力付与性絶縁被膜の密着性の評価を行った。評価方法は、以下の通りである。
【0169】
[磁気特性]
長さ300mm×幅60mmの単板試験片にて、JIS C 2556:2015に規定された方法で、圧延方向の磁束密度B8(単位:T)(800A/mでの磁束密度)、および鉄損W17/50(単位:W/kg)(50Hzで1.7Tに磁化したときの鉄損)をそれぞれ評価した。この磁束密度B8が1.90T以上である場合を合格と判断した。
【0170】
[フーリエ変換赤外分光分析]
酸化処理後で且つ張力付与性絶縁被膜形成前の鋼板表面を、PERKIN ELMER社製 Frontierを用い、高感度反射法にて、フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)した。得られた赤外吸収スペクトルから、吸光度比A650/A1250を上記の方法で算出した。この吸光度比A650/A1250が0.2~5.0である場合を合格と判断した。
【0171】
[張力付与性絶縁被膜の密着性]
得られた方向性電磁鋼板から圧延方向を長手方向とする試験片を採取し、円筒型マンドレル屈曲試験機にて、曲げ径φ10及び曲げ径φ20の曲げ試験を行った。曲げ試験後の試験片表面を観察し、曲げ部の面積に対して剥離せずに残存する張力被膜の面積の比率(被膜残存率)を算出して、張力付与性絶縁被膜の密着性を評価した。この被膜残存率が評点Aである場合を合格とした。
【0172】
評点A:被膜残存率90%以上
B:被膜残存率70%以上90%未満
C:被膜残存率70%未満
【0173】
[鉄系酸化物層の平均厚み]
得られた方向性電磁鋼板からXPS用の試験片を採取し、上記の方法で鉄系酸化物層の平均厚みを測定した。
【0174】
得られた結果を、以下の表2にまとめて示した。
【0175】
【0176】
上記表1~2から明らかなように、酸化処理条件が好ましかった試験番号1-2、1-3、1-5、1-6、1-8、1-15、1-16、1-18、1-19、1-21は、吸光度比A650/A1250を満足し、磁気特性及び張力付与性絶縁被膜の密着性の双方に優れた。
また、上記の試験番号のうちで試験番号1-15、1-16、1-18、1-19、1-21は、鋼スラブが好ましい化学組成を有するので、磁気特性にさらに優れた。
【0177】
これに対し、
試験番号1-1は、酸化処理の保持時間が短く、試験番号1-4は、酸化処理の保持温度が低いために、吸光度比A650/A1250を満足せず、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-7は、硫酸濃度が低く、試験番号1-9は、酸化処理での酸素濃度が高いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-10は、酸化処理の露点が低く、試験番号1-11は、酸化処理の酸素濃度が低いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-12は、酸化処理の露点が高いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-13は、酸洗の濃度が高いばかりか、酸化処理の温度が低いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-14は、酸化処理の保持時間が短く、試験番号1-17は、酸化処理の保持温度が低いために、吸光度比A650/A1250を満足せず、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-20は、硫酸濃度が低く、試験番号1-22は、酸化処理での酸素濃度が高いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-23は、酸化処理の露点が低く、試験番号1-24は、酸化処理の酸素濃度が低いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-25は、酸化処理の露点が高いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
試験番号1-26は、酸洗の濃度が高いばかりか、酸化処理の温度が低いために、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
【0178】
(実験例2)
以下の表3に示す化学組成を有する鋼スラブ(鋼片)を1380℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱延鋼板を得た。一部の鋼は割れが発生したため、次工程へ進めることができなかった。
【0179】
【0180】
次工程へ進めることができた熱延鋼板には、1120℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板を得た。一部の鋼は冷間圧延時に割れが発生したため、次工程へ進めることができなかった。
【0181】
次工程へ進めることができた鋼板には、脱炭焼鈍を実施した。この脱炭焼鈍では、各冷延鋼板を、500℃以上600℃未満の昇温過程における平均昇温速度S1を900℃/秒とし、600℃以上700℃以下の昇温過程における平均昇温速度S2を1600℃/秒として加熱して(S2÷S1=1.78)、850℃で150秒間保持した。
【0182】
その後、固形分率でMgOとAl2O3とを合計で94質量%含有し、MgOとAl2O3の配合比が質量%で50%:50%(質量比1:1)であり、MgOとAl2O3との合計含有量に対してBiOClを6質量%含有する組成の焼鈍分離剤を塗布乾燥して、1200℃で20時間保持する仕上げ焼鈍に供した。
【0183】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、いずれの鋼板でも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0184】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板に、濃度:10%、温度:70℃の硫酸で酸洗処理を実施した後、酸素濃度:21%、露点:10℃、温度:800℃で20秒保持する熱処理を実施した。なお、以下に示す試験番号2-24は、熱処理を実施せず、酸洗のままとした。
【0185】
その後、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、850℃で1分間焼付けることで、試験片の表面に目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。
【0186】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析した。化学組成を表4に示す。なお、表3および表4に関して、表中の値が空欄の元素は、製造時に目的を持って含有量の制御を行っていない元素であることを表す。
【0187】
【0188】
<評価>
フーリエ変換赤外分光分析、鉄系酸化物層の平均厚み、磁気特性、及び、張力付与性絶縁被膜の密着性の評価を行った。フーリエ変換赤外分光分析、鉄系酸化物層の平均厚み、及び、張力付与性絶縁被膜の密着性の評価方法は、実験例1と同様である。磁気特性は、以下のように評価を行った。
【0189】
[磁気特性]
長さ300mm×幅60mmの単板試験片にて、JIS C 2556:2015に規定された方法で、圧延方向の磁気特性を評価した。この際、磁束密度B8が1.90T以上である場合を合格と判断した。また、磁束密度B8が合格である鋼板に、レーザービームを照射し、磁区細分化処理を実施した。レーザ照射を行った鋼板に関して、鉄損W17/50を評価した。
【0190】
得られた結果を、以下の表5にまとめて示した。
【0191】
【0192】
上記表3~5から明らかなように、母材鋼板の化学組成が好ましかった試験番号2-1~2-11は、吸光度比A650/A1250を満足し、磁気特性及び張力付与性絶縁被膜の密着性の双方に優れた。
また、上記の試験番号のうちで試験番号2-3~2-11は、鋼スラブが好ましい化学組成を有するので磁気特性にさらに優れた。
【0193】
これに対し、
試験番号2-12は、Si含有量が過剰であり、冷間圧延時に破断した。
試験番号2-13は、Si含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号2-14は、C含有量が不十分であり、試験番号2-15は、C含有量が過剰であり、いずれも磁気特性に劣っていた。
試験番号2-16は、酸可溶性Al含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号2-17は、酸可溶性Al含有量が過剰であり、冷間圧延時に破断した。
試験番号2-18は、Mn含有量が不十分であり、試験番号2-19は、Mn含有量が過剰であり、いずれも磁気特性に劣っていた。
試験番号2-20は、S+Seの合計含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号2-21は、S+Seの合計含有量が過剰であり、熱間圧延時に割れを生じた。
試験番号2-22は、N含有量が過剰であり、冷間圧延時に割れを生じた。
試験番号2-23は、N含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号2-24は、酸化処理工程で熱処理を実施していないため、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。この試験番号2-24では、曲げ部のみならず、曲げ部以外の平坦部でも、被膜焼付直後で既に被膜に剥離が生じた。
【0194】
(実験例3)
以下の表6に示す化学組成を有する鋼スラブ(鋼片)を1380℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱延鋼板を得た。
【0195】
【0196】
その後、熱延鋼板に対し、1120℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板を得た。
【0197】
その後、得られた冷延鋼板に対して、脱炭焼鈍を実施した。この脱炭焼鈍では、各冷延鋼板を、以下の表7に示すように、500℃以上600℃未満の昇温過程における昇温速度S1(℃/秒)、および600℃以上700℃以下の昇温過程における昇温速度S2(℃/秒)をそれぞれ変化させて加熱して、850℃で150秒間保持した。
【0198】
【0199】
その後、固形分率でMgOとAl2O3とを合計で94質量%含有し、MgOとAl2O3の配合比が質量%で50%:50%(質量比1:1)であり、MgOとAl2O3との合計含有量に対してBiOClを6質量%含有する組成の焼鈍分離剤を塗布乾燥して、1200℃で20時間保持する仕上げ焼鈍に供した。
【0200】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、いずれの鋼板でも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0201】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板に、濃度:8%、温度:85℃の硫酸で酸洗処理を実施した。その後、試験番号3-1~3-12及び3-16は、酸素濃度:21%、露点:10℃の雰囲気中、800℃で30秒保持する熱処理を実施した。また、試験番号3-13は、酸素濃度:1%、露点:10℃の雰囲気中、700℃で5秒保持する熱処理を実施した。試験番号3-14および3-15は、酸素濃度:21%、露点:10℃の雰囲気中、650℃で5秒保持する熱処理を実施した。
【0202】
この酸化処理工程後の鋼板に、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、850℃で1分間焼付けることで、試験片の表面に目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。得られた試験片にレーザービームを照射し、磁区細分化処理を実施した。
【0203】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析したところ、いずれの鋼板も、化学組成が、質量%で、C含有量:0.002%以下、S:0.005%以下(S+Se:0.005%以下)、酸可溶性Al:0.005%以下、N:0.005%以下となっていた。また、いずれの鋼板も、Si、Mn、Pbは、鋼スラブ(鋼片)時点での含有量と同じであった。また、BiまたはTeを含有する鋼板は、いずれも、Bi:0.0001%、Te:0.0001%であった。また、いずれの鋼板も、上記以外は、残部がFe及び不純物からなっていた。
【0204】
<評価>
フーリエ変換赤外分光分析、鉄系酸化物層の平均厚み、磁気特性、及び、張力付与性絶縁被膜の密着性の評価を行った。評価方法は、実験例1と同様である。
【0205】
得られた結果を、以下の表8にまとめて示した。
【0206】
【0207】
上記表6~8から明らかなように、母材鋼板の化学組成が好ましく、製造条件も好ましかった試験番号3-1~3-12および3-16は、磁気特性及び張力付与性絶縁被膜の密着性の双方に優れた。
また、上記の試験番号のうちで試験番号3-1~3-3は、試験番号3-13~3-15と鋼番号及び脱炭焼鈍時の昇温速度が同一であるが、試験番号3-1~3-3では酸化処理条件が好ましかったので、試験番号3-13~3-15よりも磁気特性及び張力付与性絶縁被膜の密着性の双方に優れた。
また、上記の試験番号のうちで試験番号3-4~3-12は、鋼スラブが好ましい化学組成を有するので磁気特性にさらに優れた。
特に、上記の試験番号のうちで試験番号3-6~3-12は、鋼スラブが好ましい化学組成を有することに加えて、脱炭焼鈍時の昇温過程における平均昇温速度S1と平均昇温速度S2とが好ましかったので、磁気特性にさらに優れた。
【0208】
これに対し、試験番号3-13~3-15は、酸化処理工程の条件が好ましくなく、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っており、曲げ試験に供する前に被膜剥離が生じた。
【0209】
(実験例4)
以下の表9に示す化学組成を有する鋼スラブ(鋼片)を1350℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱延鋼板を得た。
【0210】
【0211】
得られた熱延鋼板に対し、1100℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板を得た。
【0212】
その後、得られた冷延鋼板に対し、脱炭焼鈍を実施した。この脱炭焼鈍では、各冷延鋼板を、500℃以上600℃未満の昇温過程における平均昇温速度S1を400℃/秒とし、600℃以上700℃以下の昇温過程における平均昇温速度S2を1100℃/秒として加熱して(S2÷S1=2.75)、850℃で120秒間保持した。
【0213】
その後、以下の表10に示す条件で仕上げ焼鈍を実施した。なお、表10中で、焼鈍分離剤の主な構成物の含有量は、固形分率での含有量である。また、ビスマス塩化物の含有量は、MgOとAl2O3との合計含有量に対する含有量である。
【0214】
【0215】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、試験番号4-3、4-4以外の鋼板は、いずれも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。試験番号4-3および4-4の鋼板は、仕上げ焼鈍後に、仕上げ焼鈍鋼板の表面を研削又は酸洗して、表面に形成されたフォルステライト被膜を除した。その後、X線回折によって確認したところ、いずれの鋼板でも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0216】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板(試験番号4-3、4-4についてはグラス皮膜を除去した後の鋼板)に、以下の表11に示した条件で酸化処理を実施した。なお、表11中で、試験番号4-1および4-2は、酸化処理工程で酸洗処理を実施せず、かつ熱処理時の雰囲気の酸素濃度が0体積%(窒素25体積%-水素75体積%)であった。
【0217】
【0218】
酸化処理工程後の鋼板に、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、試験番号4-1および4-2以外は850℃で1分間焼付け、試験番号4-1および4-2は850℃で30分焼付けることで、試験片の表面に、目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。得られた試験片にレーザービームを照射し、磁区細分化処理を実施した。
【0219】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析した。化学組成を表12に示す。なお、表9および表12に関して、表中の値が空欄の元素は、製造時に目的を持って含有量の制御を行っていない元素であることを表す。
【0220】
【0221】
<評価>
フーリエ変換赤外分光分析、鉄系酸化物層の平均厚み、磁気特性、及び、張力付与性絶縁被膜の密着性の評価を行った。評価方法は、実験例1と同様である。
【0222】
得られた結果を、以下の表13にまとめて示した。
【0223】
【0224】
上記表9~13から明らかなように、母材鋼板の化学組成が好ましく、製造条件も好ましかった試験番号4-3~4-14は、磁気特性及び張力付与性絶縁被膜の密着性の双方に優れた。一方、製造条件が好ましくなかった試験番号4-1および4-2は、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
【符号の説明】
【0225】
10 方向性電磁鋼板
11 母材鋼板
13 鉄系酸化物層
15 張力付与性絶縁被膜