(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230314BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230314BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20230314BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/58
C21D8/02 B
(21)【出願番号】P 2021526823
(86)(22)【出願日】2020-06-17
(86)【国際出願番号】 JP2020023693
(87)【国際公開番号】W WO2020255993
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2021-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2019112153
(32)【優先日】2019-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】児島 明彦
(72)【発明者】
【氏名】吉村 信幸
(72)【発明者】
【氏名】田中 駿
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-172243(JP,A)
【文献】特開2013-091845(JP,A)
【文献】特開2013-194316(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104046898(CN,A)
【文献】特開2017-190481(JP,A)
【文献】特開2019-119934(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.03%以上、0.18%以下、
Mn:0.5%以上、1.5%以下、
Ni:1.0%以上、3.0%以下、
Al:0.0010%以上、0.0150%以下、
B :0.0003%以上、0.0030%以下、
Ti:0.005%以上、0.020%以下、
N :0.0010%以上、0.0100%以下、
Mg:0.0003%以上、0.0050%以下、
O :0.0010%以上、0.0040%以下、
Cu:0%以上、2.0%以下、
Cr:0%以上、1.0%以下、
Mo:0%以上、1.0%以下、
W :0%以上、1.0%以下、
Co:0%以上、1.0%以下、
Nb:0%以上、0.10%以下、
V :0%以上、0.10%以下、
Ca:0%以上、0.005%以下、
REM:0%以上、0.005%以下、
Zr:0%以上、0.005%以下
を含有し、
Si:0.30%以下、
P :0.015%以下、
S :0.005%以下
に制限し、
残部がFe及び不純物からなり、
Mn含有量とNi含有量との比であるMn/Niが0.80以下であり、
下記(1)式で計算される炭素当量CeqWESが0.43%以上、0.53%以下であり、
引張強度が780MPa以上、930MPa以下であり、
降伏強度が630MPa以上、750MPa以下であり、
降伏比が85%以下であり、
板厚が40mm以上、120mm以下であり、
表面から板厚の1/4の位置で225点以上のビッカース硬さを測定し、前記ビッカース硬さの
全測定点数の、小さいほうから20%までの値の平均値をHvmin、大きいほうから20%までの値の平均値をHvmaxとしたとき、Hvmin/Hvmaxが0.85以下である、
鋼板。
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 … (1)
ここで、(1)式中の、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは各元素の含有量[質量%]であり、含有しない元素の項には0を代入する。
【請求項2】
前記化学組成が、
C:0.12%以上、0.18%以下、
を含有する、
請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記Hvmin及び前記Hvmaxが、下記の(2)式及び(3)式を満足する、
請求項1または2に記載の鋼板。
780≦0.25×Hvmin+1.07×Hvmax+387≦930 (2)
-0.00146×Hvmin+0.00246×Hvmax+0.659×Hvmin/Hvmax-0.163≦0.85 (3)
【請求項4】
前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.1%以上、2.0%以下、
Cr:0.1%以上、1.0%以下、
Mo:0.1%以上、1.0%以下、
W :0.1%以上、1.0%以下、
Co:0.1%以上、1.0%以下、
Nb:0.005%以上、0.10%以下、
V :0.005%以上、0.10%以下、
Ca:0.0001%以上、0.005%以下、
REM:0.0001%以上、0.005%以下、
Zr:0.0001%以上、0.005%以下
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、
請求項1~3のいずれか一項に記載の鋼板。
【請求項5】
前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域において、ビッカース硬さの最大値Hvsが320以下である、
請求項1~4のいずれか一項に記載の鋼板。
【請求項6】
前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域におけるビッカース硬さの最大値Hvsと前記表面から板厚の1/4の位置におけるビッカース硬さ
の平均値Hvqとの差ΔHvが70以下である、
請求項1~5のいずれか一項に記載の鋼板。
【請求項7】
60~150kJ/mmの入熱に相当する溶接熱サイクルを付与したときの再現HAZにおける0℃でのシャルピー吸収エネルギーが、平均100J以上である、
請求項1~6のいずれか一項に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板に関する。
本願は、2019年06月17日に、日本に出願された特願2019-112153号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、高層建築に代表される溶接構造物の鉄骨に対する要求は、建築物の大型化、建造の高能率化、地震時の破壊に対する安全性(耐震性)の向上の観点から、高度化している。そして、溶接構造物の鉄骨に使用される厚鋼板には、高強度化、厚手化に加えて、大入熱溶接HAZの靭性の確保が求められている。「大入熱溶接HAZ」とは、大入熱溶接によって形成された溶接熱影響部(Heat Affected Zone:HAZ)のことを意味する。以下、大入熱溶接HAZを単に、大入熱HAZという場合がある。大入熱溶接とは、大入熱の溶接であり、高能率なエレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接などが例として挙げられる。
【0003】
従来、高強度厚鋼板に上述の大入熱溶接を適用する場合、HAZにおいて良好な靱性を確保することは困難であるとされていた。例えば、引張強度780MPa級厚鋼板におけるエレクトロスラグ溶接部のHAZ靱性が、非特許文献1及び非特許文献2に示されている。非特許文献1の
図6によれば、溶融線(Fusion Line、FL)、FLから1mm(HAZ1)、FLから3mm(HAZ3)、FLから5mm(HAZ5)をノッチ位置とした場合のシャルピー吸収エネルギーの平均値は40J以下である。また、非特許文献2の
図3及び
図5によれば、FLをノッチ位置とした場合のシャルピー吸収エネルギーの平均値は50J以下である。
【0004】
大入熱溶接HAZでは、溶接入熱によって高温に加熱された際にオーステナイト(γ)が粒成長する。また、高強度鋼板は合金元素を多く含むので、大入熱溶接HAZでは、冷却後は旧γ粒径が粗大化したベイナイト主体の組織となる。その結果、大入熱溶接HAZの靭性が低下する。
このような結晶粒の粗大化に起因する靭性の低下を抑制するために、例えば、特許文献1~3には、溶接入熱によって加熱されたオーステナイト(γ)の粒界をピン止めする微細な粒子を厚鋼板(母材)に生成させる技術が提案されている。特許文献1~3で提案されている技術は、Mgを含む微細な粒子のピン止め効果によって、溶接入熱によって加熱されたオーステナイト(加熱γ)の粒成長を抑制するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特開2006-28627号公報
【文献】日本国特開平11-236645号公報
【文献】日本国特開平10-298708号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kazushige TOKUNO et al, 780-N/mm2 Class High Tensile Strength Steel Plate with Large-Heat-Input-Weldability and Low-Weld-Cracking-Susceptibility for Architectural Construction、NIPPON STEEL THECHNICAL REPORT No.75 November 1997, p.43~50
【文献】廣田実、他5名、「オンライン製造プロセスによる建築構造用低降伏比780N/mm2級鋼材 その3 大入熱溶接部継手特性」、日本建築学会学術講演梗概集、2012年、No.1017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
鋼板の高強度化を図るためには、鋼の焼入れ性の指標である炭素当量CeqWESを高めることが有効である。しかしながら、Mnなどの合金元素の含有量を増加させると、大入熱HAZは粗大なベイナイトが主体の組織となるだけでなく、脆化相であるマルテンサイト・オーステナイト混合相(Martensite - Austenite constituent、MA)の生成が促進される。MAは周囲の母相よりも硬い相であり、破壊の起点となるので、MAが生成するとHAZ靭性が低下する。
【0008】
また、大入熱HAZは高温に加熱されるため、オーステナイトの粒成長が促進され、鋼の結晶粒が粗大化し、HAZ靭性が低下する。
このように、鋼板を高強度化するために炭素当量CeqWESを高めると、大入熱HAZにはMAが生成した粗大なベイナイト主体の組織が形成されて靭性が低下しやすくなる。
【0009】
以上のように、強度を高める合金元素であるMn及びNiを含有する厚鋼板の場合、大入熱HAZの靭性は、MAの生成、旧オーステナイト(γ)粒径の粗大化によって著しく低下する。
しかしながら、上述した特許文献1~3では、オーステナイトの粒成長を抑制することはできるものの、その他の靭性低下の要因に対しては、対策が十分ではなかった。
特に、40mm以上の板厚の鋼板に大入熱溶接を行った場合、溶接部の冷却速度は、0.5℃/秒以下程度となり、通常の入熱の溶接部の冷却とは大きく異なる。しかしながら、従来このような溶接条件を想定した成分設計の指針はなかった。そのため、従来の厚鋼板の成分設計の指針に基づいて、鋼板(母材)の高強度化と、大入熱溶接HAZの靭性の確保とを両立させることは困難であった。
【0010】
本発明は、このような実情に鑑みなされたものであり、新たな成分設計の指針を提案し、これに基づいて、母材の強度及び大入熱溶接HAZの靭性の確保の両立が可能となる鋼板(大入熱溶接用高強度鋼板)を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、高強度鋼板の大入熱HAZを著しく脆化させるMAの生成を抑制するという視点から、鋼板(母材)の高強度化と大入熱溶接HAZの靭性の確保とを両立させるために検討を行った。その結果、MAの生成は、鋼板に含まれるMnやNiなどの合金元素が局所的に濃化して形成されるミクロ偏析部に起因することがわかった。具体的には、ミクロ偏析部が溶接熱影響によって加熱され、冷却されると、相変態によって金属組織の一部がMAとなって靭性の低下の原因となることが分かった。
本発明者らがさらに検討を行った結果、鋼成分(化学組成)において、Mn含有量とNi含有量との比であるMn/Niを0.80以下に制御することが、ミクロ偏析に起因するMAの生成の抑制に有効であり、C含有量を0.12%以上に高めることで、さらにMAの生成を抑制できるという知見を得た。
また、上述の方法でMAの生成を抑制した上で、Ti、Mg、Bを活用し、炭素当量CeqWESを制御して、結晶粒の粗大化を抑制することによって、母材の強度及び大入熱溶接HAZの靭性の確保の両立が可能となる、という新たな知見を得た。
【0012】
本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0013】
[1]本発明の一態様に係る鋼板は、化学組成が、質量%で、C :0.03%以上、0.18%以下、Mn:0.5%以上、1.5%以下、Ni:1.0%以上、3.0%以下、Al:0.0010%以上、0.0150%以下、B :0.0003%以上、0.0030%以下、Ti:0.005%以上、0.020%以下、N :0.0010%以上、0.0100%以下、Mg:0.0003%以上、0.0050%以下、O :0.0010%以上、0.0040%以下、Cu:0%以上、2.0%以下、Cr:0%以上、1.0%以下、Mo:0%以上、1.0%以下、W :0%以上、1.0%以下、Co:0%以上、1.0%以下、Nb:0%以上、0.10%以下、V :0%以上、0.10%以下、Ca:0%以上、0.005%以下、REM:0%以上、0.005%以下、Zr:0%以上、0.005%以下を含有し、Si:0.30%以下、P :0.015%以下、S :0.005%以下に制限し、残部がFe及び不純物からなり、Mn含有量とNi含有量との比であるMn/Niが0.80以下であり、下記(1)式で計算される炭素当量CeqWESが0.43%以上、0.53%以下であり、引張強度が780MPa以上、930MPa以下であり、降伏強度が630MPa以上、750MPa以下であり、降伏比が85%以下であり、板厚が40mm以上、120mm以下であり、表面から板厚の1/4の位置で225点以上のビッカース硬さを測定し、前記ビッカース硬さの全測定点数の、小さいほうから20%までの値の平均値をHvmin、大きいほうから20%までの値の平均値をHvmaxとしたとき、Hvmin/Hvmaxが0.85以下である。
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 … (1)
ここで、(1)式中の、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは各元素の含有量[質量%]であり、含有しない元素の項には0を代入する。
[2]上記[1]に記載の鋼板では、前記化学組成が、C:0.12%以上、0.18%以下、を含有してもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載の鋼板では、前記Hvmin及び前記Hvmaxが、下記の(2)式及び(3)式を満足してもよい。
780≦0.25×Hvmin+1.07×Hvmax+387≦930 (2)
-0.00146×Hvmin+0.00246×Hvmax+0.659×Hvmin/Hvmax-0.163≦0.85 (3)
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載の鋼板では、前記化学組成が、質量%で、Cu:0.1%以上、2.0%以下、Cr:0.1%以上、1.0%以下、Mo:0.1%以上、1.0%以下、W :0.1%以上、1.0%以下、Co:0.1%以上、1.0%以下、Nb:0.005%以上、0.10%以下、V :0.005%以上、0.10%以下、Ca:0.0001%以上、0.005%以下、REM:0.0001%以上、0.005%以下、Zr:0.0001%以上、0.005%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
[5]上記[1]~[4]のいずれかに記載の鋼板では、前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域において、ビッカース硬さの最大値Hvsが320以下であってもよい。
[6]上記[1]~[5]のいずれかに記載の鋼板では、前記表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域におけるビッカース硬さの最大値Hvsと前記表面から板厚の1/4の位置におけるビッカース硬さの平均値Hvqとの差ΔHvが70以下であってもよい。
[7]上記[1]~[6]のいずれかに記載の鋼板では、60~150kJ/mmの入熱に相当する溶接熱サイクルを付与したときの再現HAZにおける0℃でのシャルピー吸収エネルギーが、平均100J以上であってもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の上記態様によれば、新たな成分設計の指針に基づく、母材の強度及び大入熱溶接HAZの靭性の確保の両立が可能となる鋼板(大入熱溶接用高強度鋼板)を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】熱サイクル試験の試験片形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態に係る鋼板(本実施形態に係る鋼板)について説明する。まず、本発明を完成するに至った本発明者らの検討結果や、得られた新たな知見について詳述する。
【0017】
本実施形態に係る鋼板(以下、単に「鋼板」とも称する。)は、焼入れ性を高める合金元素であるC、Mn、Niを含有する。そして、本実施形態に係る鋼板は、鋼を溶製、鋳造して得られた鋼片に熱間圧延を施すことで製造される。このようにして製造される鋼板は、鋳造時の凝固によって凝固組織の界面に形成されるミクロ偏析部を有している。このミクロ偏析部のMn、Niなどの合金元素の濃化は、溶接の熱影響のような短時間の加熱では解消され難い。そのため、C、Mn、Niを含有する鋼板に大入熱溶接を適用した場合、HAZのミクロ偏析部は、加熱によってCが濃化した残留オーステナイトとなり、冷却後に硬質のMAとなる。このようなMAは破壊の起点となってHAZ靭性を低下させるので、HAZ靭性の向上には、安定なオーステナイトの残留、換言すると残留オーステナイトの生成、を抑制することが望ましい。本発明者らは、検討の結果、MnはNiに比較して、大入熱HAZの冷却時における残留オーステナイトの分解を遅延させるという新たな知見を得た。
【0018】
上述したように、大入熱HAZにおいて、ミクロ偏析部の残留オーステナイトが分解されずに室温まで冷却されると、この残留オーステナイトがMAとなって、HAZの靱性が劣化する。Mnは、Niと比較すると、残留オーステナイトの分解を遅延させることから、MAの増加を招きやすいと考えられる。換言すると、NiはMnよりも大入熱HAZの靭性に及ぼす悪影響が小さいと考えられる。そこで、本発明者らは、鋼中のMn含有量とNi含有量とのバランスに着眼し、両者の比率の適正化を図ることによって鋼の焼入れ性を高めつつMAの生成量を抑制できると考えた。具体的には、本発明者らは、鋼中のMn含有量をNi含有量で除した比であるMn/Niが0.80以下になると、大入熱溶接HAZにおけるMAの生成量が低減する現象を見出した。この現象は、残留オーステナイトが分解される際、すなわち残留オーステナイトがフェライトとセメンタイトとに変態する際の異相界面におけるC原子の分配挙動に及ぼすMn原子およびNi原子の分配挙動に起因すると推察される。
【0019】
また、本発明者らは、大入熱溶接によって加熱された際に、ミクロ偏析部に濃化するC含有量が多くなるほど、冷却時における残留オーステナイトの分解が促進され、大入熱HAZにおいて、MAの生成が抑制されることを見出した。このように、鋼中のC含有量が多いほどHAZのMA分率が低減する現象は、残留オーステナイトからセメンタイトを生成させる駆動力がCによって増加することが原因であると推察される。本発明者らは、さらに検討を進めた結果、鋼成分において、Mn/Niを0.80以下に制限し、かつC含有量を0.12%以上に高めると、HAZ冷却時におけるミクロ偏析部の残留オーステナイトの分解がさらに促進され、ミクロ偏析部におけるMAの生成を、さらに抑制できることがわかった。
【0020】
また、大入熱溶接用高強度鋼板では、結晶粒の粗大化が大入熱HAZの靱性を劣化させる原因となる。十分な母材の強度を確保するためには、焼入れ性を高める合金元素の含有量を低減しつつ、その分の焼入れ性を補うために、微量でも顕著に焼入れ性を高めるBを利用することが有効である。一方、HAZの結晶粒の粗大化を抑制する有効な方法の一つは、オーステナイトの粒成長を抑制する微細な粒子の利用である。本発明者らは、大入熱溶接を模擬した再現熱サイクル(溶接熱サイクル)を付与した鋼に対して、金属組織と靱性との関係を調査した。その結果、合金元素の含有量を低減しつつBを含有させた鋼にTi、Mgを含有させて、HAZの硬さの上昇を抑制し、ピン止めに作用する微細なMg系酸化物やTiNによって結晶粒を微細化すると共に、MAの生成を抑制することによって、大入熱HAZの靱性が顕著に向上し得ることを見出した。
【0021】
更に、本発明者らは、大入熱HAZの靱性の劣化を抑制するため、炭素当量CeqWESの上限を制限し、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vの含有量を制御することが有効であることを見出した。具体的には、炭素当量CeqWESを0.53%以下に制限すれば、大入熱HAZの靭性を確保できることがわかった。炭素当量CeqWESの上限を制限することで、強度不足が懸念されるが、B及びTiを含有させてBNの生成を抑制し、固溶Bの焼入れ性向上効果を利用することにより、炭素当量CeqWESを制限しても、鋼板(母材)の強度を確保することができる。炭素当量CeqWESは、合金元素の含有量によって下記式(1)によって求めることができる。
【0022】
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 … (1)
【0023】
ここで、(1)式中の、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは鋼板における各元素の含有量[質量%]であり、含有しない元素の項には0を代入する。
【0024】
以下、本実施形態に係る鋼板について説明する。
【0025】
まず、本実施形態に係る鋼板の化学組成(鋼組成)について説明する。以下の各化学組成の説明では、質量%を単に%と表記する。
【0026】
(C:0.03%以上、0.18%以下)
Cは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素である。780MPa以上の高強度を得るため、C含有量を0.03%以上とする。また、Cは、MAの生成に影響を及ぼす元素である。C含有量を高めることで、大入熱HAZにおいて、残留オーステナイトの分解、すなわち、フェライトへの変態とセメンタイトの析出とが促進され、MA分率が低減して靱性の劣化が抑制される。この効果を得る場合、C含有量は、好ましくは0.12%以上である。C含有量は、より好ましくは0.13%以上であり、さらに好ましくは0.14%以上である。
一方、セメンタイトの過度な生成を防止して靱性を確保するという観点から、C含有量は0.18%以下である。C含有量は、好ましくは0.17%以下であり、より好ましくは0.16%以下である。
【0027】
(Mn:0.5%以上、1.5%以下)
Mnは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素であり、本実施形態では、Mn含有量は0.5%以上である。Mn含有量は、好ましくは0.8%以上である。一方、大入熱HAZにおけるMAの生成を抑制し、靱性を確保するという観点から、本実施形態では、Mn含有量は1.5%以下である。Mn含有量は、好ましくは1.4%以下であり、より好ましくは1.3%以下であり、さらに好ましくは1.2%以下である。
【0028】
(Ni:1.0%以上、3.0%以下)
Niは、鋼の焼入れ性を高めて高強度化に寄与する元素であり、同時に、大入熱HAZの靱性を高める元素でもある。強度および靭性を確保するという観点から、本実施形態では、Ni含有量は1.0%以上である。Ni含有量は、好ましくは1.2%以上であり、より好ましくは1.4%以上であり、さらに好ましくは1.5%以上である。
一方、Niは高価な元素であり、製造コストの上昇を抑制するという観点から、本実施形態では、Ni含有量は3.0%以下である。Ni含有量は、好ましくは2.5%以下であり、より好ましくは2.2%以下であり、さらに好ましくは2.0%以下である。
【0029】
(Mn/Ni:0.80以下)
Mn及びNiはともに鋼の高強度化に寄与する元素であるが、大入熱HAZにおいて、MnはNiに比べてMAの生成を促進しやすいことから、Mn含有量はNi含有量よりも少ないことが好ましい。大入熱HAZの高強度化を図りつつ靱性を確保するという観点から、本実施形態に係る鋼板において、鋼中のMn含有量をNi含有量で除した比であるMn/Niは0.80以下である。Mn/Niは、好ましくは0.70以下であり、より好ましくは0.60以下である。Mn/Niは、Mn含有量の下限をNi含有量の上限で除した比を下限としてもよく、すなわち、0.17以上であってもよい。Mn/Niは0.20以上であってもよい。
【0030】
(Al:0.0010%以上、0.0150%以下)
Alは、Mg及びOと結合して、Mg系酸化物を形成する重要な元素である。0.01~0.1μmの微細なMg系酸化物はTiNの析出核となり、TiNは大入熱HAZのγ粒成長を抑制するピン止め効果を発揮する。Mg系酸化物を形成させることは、HAZ靭性を向上させる上で重要であり、効果を発現させるために、本実施形態では、Al含有量は0.0010%以上である。Al含有量は、好ましくは0.0030%以上である。
一方、Al系酸化物の生成を抑制し、微細なMg系酸化物を構成するOを確保するために、本実施形態では、Al含有量は0.0150%以下である。Al含有量は、好ましくは0.0100%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。
【0031】
(B:0.0003%以上、0.0030%以下)
Bは、炭素当量CeqWESを制限しつつ、鋼の焼入れ性を確保するための重要な元素である。Bは、鋼中の含有量が微量であっても焼入れ性を顕著に向上させ得る元素である。上記効果を得るため、本実施形態では、B含有量は0.0003%以上である。B含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0007%以上である。
一方、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化を抑制するという観点から、本実施形態では、B含有量は0.0030%以下である。B含有量は、好ましくは0.0020%以下であり、より好ましくは0.0015%以下である。
【0032】
(Ti:0.005%以上、0.020%以下)
Tiは、TiNを形成する元素である。微細なTiNの粒子は、大入熱HAZにおいてオーステナイトの粒成長を抑制する効果、いわゆるピン止め効果を発現する。また、TiNの形成によりNが固定され、BNの生成が抑制される。したがって、Tiは、固溶Bを確保し、Bの焼入れ性を安定的に発揮させるためにも有効である。大入熱HAZにおいてγ粒成長抑制効果を発現させ、かつBの焼入れ性を安定的に発揮させるために必要とされるTi含有量は0.005%以上である。そのため、本実施形態では、Ti含有量は0.005%以上である。Ti含有量は、好ましくは0.007%以上である。
一方、母材及びHAZの靭性の劣化や鋳片の表面品質の劣化を抑制するという観点から、本実施形態では、Ti含有量は0.020%以下である。Ti含有量は、好ましくは0.018%以下であり、より好ましくは0.016%以下である。
【0033】
(N:0.0010%以上、0.0100%以下)
Nは、オーステナイトの粒成長(γ粒成長)をピン止め効果によって抑制する微細なTiNの粒子を構成する元素である。大入熱HAZにおけるγ粒成長を抑制するために、本実施形態では、N含有量は0.0010%以上である。N含有量は、好ましくは0.0020%以上であり、より好ましくは0.0025%以上である。
一方、BNの生成を抑制して焼入れ性を高め、窒化物によるHAZ靭性の低下を抑制するという観点から、本実施形態では、N含有量は0.0100%以下である。N含有量は、好ましくは0.0080%以下であり、より好ましくは0.0060%以下である。
【0034】
(Mg:0.0003%以上、0.0050%以下)
Mgは、Al及びOと結合して微細なMg系酸化物を形成する、重要な元素である。微細なMg系酸化物は、TiNの析出核として機能し、ピン止め効果を発現する複合析出粒子を微細に分散させる。大入熱HAZの靭性を確保するために必要とされるMg含有量は0.0003%以上である。そのため、本実施形態では、Mg含有量は0.0003%以上である。Mg含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0008%以上であり、更に好ましくは0.0010%以上である。
一方、Mgは、蒸気圧が高くて酸化力が強い非常に活性な元素であることから、必要以上に鋼中に含有させることは製造コストの上昇を招き、好ましくない。したがって、本実施形態では、Mg含有量は0.0050%以下である。Mg含有量は、好ましくは0.0040%以下であり、より好ましくは0.0030%以下である。
【0035】
(O:0.0010%以上、0.0040%以下)
Oは、MgやAlなどの脱酸元素と結合して酸化物を形成する元素である。TiNの微細分散に寄与するMg系酸化物を生成させるために、必要とされるO含有量は0.0010%以上である。そのため、本実施形態では、O含有量は0.0010%以上である。
一方、O含有量が0.0040%を超えると、鋼の清浄度が低下して母材及び大入熱HAZの靭性が劣化する。したがって、本実施形態では、O含有量は0.0040%以下である。O含有量は、好ましくは0.0030%以下である。
【0036】
(Si:0.30%以下)
Siは、脱酸や高強度化のために鋼に含有される元素である。一方、Siは、MAの生成を促進させる元素でもある。本発明者らは、大入熱HAZのミクロ偏析部におけるMAの生成にSiが極めて大きな影響を及ぼすという知見を得ている。したがって、大入熱HAZの靭性を確保するため、Si含有量の制限が必要であり、本実施形態では、Si含有量は0.30%以下である。Si含有量は、好ましくは0.25%以下であり、より好ましくは0.20%以下であり、さらに好ましくは0.15%以下である。Si含有量の下限は限定されないが、製造コストの観点から、Si含有量は0.01%以上であってもよい。
【0037】
(P:0.015%以下)
Pは、靭性に有害な不純物である。P含有量は、大入熱HAZの靱性を安定的に確保するために制限する必要があり、本実施形態では、0.015%以下である。P含有量は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。P含有量の下限は限定されないが、製造コストの観点から、P含有量は0.001%以上であってもよい。
【0038】
(S:0.005%以下)
Sは、不純物であり、鋼中に多量に含有されると粗大な介在物を形成して靭性を低下させる場合がある。したがって、S含有量は、大入熱HAZの靱性を安定的に確保するために制限する必要があり、本実施形態では、S含有量は0.005%以下である。S含有量は、好ましくは0.004%以下であり、より好ましくは0.003%以下である。S含有量の下限は限定されないが、製造コストの観点から、S含有量は0.0001%以上であってもよい。S含有量は0.001%以上であってもよい。
【0039】
(炭素当量CeqWES:0.43%以上、0.53%以下)
炭素当量CeqWESは、鋼板(母材)の強度及びHAZの硬さに影響を及ぼす焼入れ性の指標である。母材の強度を確保するために、本実施形態では、炭素当量CeqWESは0.43%以上である。炭素当量CeqWESは、好ましくは0.44%以上であり、より好ましくは0.45%以上である。
一方、大入熱HAZの靱性を確保するという観点から、本実施形態では、炭素当量CeqWESは0.53%以下である。炭素当量CeqWESは、好ましくは0.52%以下であり、より好ましくは0.51%以下である。
炭素当量CeqWESは、合金元素の含有量によって下記の(1)式で計算される。
【0040】
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 … (1)
【0041】
ここで、(1)式中の、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは、鋼板中の各元素の含有量[質量%]であり、含有しない元素の項には0を代入する。
【0042】
本実施形態に係る鋼板の化学組成の残部は、鉄(Fe)及び不純物である。不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料やその他の要因により混入する成分であって、本実施形態に係る鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。ただし、不純物のうち、P及びSについては上述のように含有量の上限が制限される。
【0043】
本実施形態に係る鋼板には、鋼板(母材)の強度や靭性を向上させるため、必要に応じて、下記に示す選択元素、Cu、Cr、Mo、W、Co、Nb、Vからなる群から選択される1種又は2種以上、を含有させてもよい。
【0044】
(Cu:0%以上、2.0%以下)
Cuは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Cu含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Cuは、溶接性やHAZの靱性に対する悪影響が小さく、母材の強度や靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Cu含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、鋼板の熱間圧延時におけるCuクラックの発生抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Cu含有量は、2.0%以下である。Cu含有量は、好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.7%以下であり、さらに好ましくは0.5%以下である。
【0045】
(Cr:0%以上、1.0%以下)
Crは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Cr含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Crは、母材の強度を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Cr含有量は0.1%以上であってもよい。Cr含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.3%以上である。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Cr含有量は1.0%以下である。Cr含有量は、好ましくは0.8%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。
【0046】
(Mo:0%以上、1.0%以下)
Moは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Mo含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Moは、母材の強度及び靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Mo含有量は0.1%以上であってもよい。Mo含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.3%以上である。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Mo含有量は1.0%以下である。Mo含有量は、好ましくは0.5%以下である。
【0047】
(W:0%以上、1.0%以下)
Wは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。W含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Wは、母材の強度及び靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、W含有量は0.1%以上であってもよい。W含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.3%以上である。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、W含有量は1.0%以下である。W含有量は、好ましくは0.5%以下である。
【0048】
(Co:0%以上、1.0%以下)
Coは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Co含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Coは、溶接性やHAZの靱性に対する悪影響が小さく、母材の強度や靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Co含有量は0.1%以上であってもよい。ただし、合金コストの上昇抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Co含有量は1.0%以下である。Co含有量は、好ましくは0.5%以下である。
【0049】
(Nb:0%以上、0.10%以下)
Nbは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。Nb含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Nbは、母材の強度、靱性を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、Nb含有量は0.005%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Nb含有量は0.10%以下である。Nb含有量は、好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.03%以下である。
【0050】
(V:0%以上、0.10%以下)
Vは、スクラップ等から不純物として鋼板に混入する場合がある元素である。V含有量の下限値は限定されず、0%であってもよい。
一方、Vは、母材の強度を向上させる元素でもある。そのため、本実施形態では、V含有量は0.005%以上であってもよい。ただし、大入熱HAZの靱性や溶接性の劣化抑制の観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、V含有量は0.10%以下である。V含有量は、好ましくは0.08%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
【0051】
さらに、本実施形態に係る鋼板は、介在物の形態を制御するため、必要に応じて、下記に示す選択元素Ca、REM、Zrからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0052】
(Ca:0%以上、0.005%以下)
Caは、酸化物、硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態では、Ca含有量は0.0001%以上であってもよい。好ましくは0.001%以上である。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるCa系介在物の増加を抑制するという観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Ca含有量は0.005%以下である。Ca含有量は、好ましくは0.004%以下である。Ca含有量は0%であってもよい。
【0053】
(REM:0%以上、0.005%以下)
REM(希土類元素)とは、Sc、Yの2元素と、La、CeやNdなどのランタノイド15元素の総称を意味する。本実施形態でいうREMとは、これら希土類元素から選択される1種以上で構成されるものであり、以下に説明するREM含有量とは、希土類元素の含有量の合計量である。
【0054】
REMは、Caと同様に、酸化物、硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態では、REM含有量は0.0001%以上であってもよい。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるREM系介在物の増加を抑制するという観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、REM含有量は0.005%以下である。REM含有量は、好ましくは0.003%以下である。REM含有量は0%であってもよい。
【0055】
(Zr:0%以上、0.005%以下)
Zrは、CaやREMと同様に、酸化物、硫化物、酸硫化物を形成して粗大介在物の生成を抑制し、母材及びHAZの靱性を高める元素である。そのため、本実施形態では、Zr含有量は0.0001%以上であってもよい。ただし、脆性破壊の発生起点として作用する恐れがあるZr系介在物の増加を抑制するという観点から、本実施形態では、含有させる場合でも、Zr含有量は0.005%以下である。Zr含有量は、好ましくは0.003%以下である。Zr含有量は0%であってもよい。
【0056】
引張強度:780MPa以上、930MPa以下
降伏強度:630MPa以上、750MPa以下
降伏比:85%以下
板厚:40mm以上、120mm以下
建築物の大型化、建造の高能率化、安全性の向上に伴い、溶接構造物用の厚鋼板に対する要求が高度化している。本実施形態に係る鋼板は、これらの要求に応えるため、板厚は40mm以上、120mm以下、降伏強度は630MPa以上、750MPa以下、引張強度は780MPa以上、930MPa以下とする。また、耐震性の観点から、本実施形態に係る鋼板の降伏比は85%以下である。降伏比の下限は限定されず、例えば、降伏比は70%以上であってもよい。更に、建造の高能率化、耐震性の観点から、大入熱溶接部のHAZにおけるシャルピー吸収エネルギー(試験温度0℃)の平均値が70J以上であることが好ましい。大入熱溶接とは、例えば、エレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接が挙げられる。
より好ましくは、入熱を60~150kJ/mmとした大入熱溶接のHAZにおける0℃でのシャルピー吸収エネルギーが、平均100J以上であることが好ましい。ただし、通常、入熱は板厚に応じて決定される。
【0057】
ある入熱で溶接を行った場合のHAZのシャルピー吸収エネルギーは、その入熱に相当する熱履歴を与える熱サイクル試験によって評価することができる。
【0058】
また、本実施形態に係る鋼板では、表面から板厚の1/4の位置で225点以上のビッカース硬さをマイクロビッカース硬さ試験で測定し、前記ビッカース硬さの、小さいほうから20%までの値の平均値をHvmin、大きいほうから20%までの値の平均値をHvmaxとしたとき、Hvmin/Hvmaxが0.85以下である。
Hvmin/Hvmaxが0.85以下であると、降伏比85%以下を満足しやすくなる。一方、Hvmin/Hvmaxが0.85超になると、降伏比85%以下を満たしにくくなるので好ましくない。
【0059】
Hvmin、Hvmaxは、以下のように得る。
鋼板のL断面(圧延方向に並行、板厚面)を機械研磨し、表面から板厚方向に鋼板の板厚の1/4の位置を中心とし、30μm間隔で、各列15点ずつを15列、合計225点、またはそれ以上の点について、JIS Z 2244:2009に準拠したビッカース硬さ(測定荷重10gf)を測定する。
Hvminは、得られたビッカース硬さの値を小さいほうから順に並べ、小さい方から全測定点数の20%までの測定点の硬さの値(例えば500点測定した場合には、小さい方から順に1~100番目までのビッカース硬さ)を平均することで得る。
また、Hvmaxは、大きい方から全測定点数の20%までの測定点の硬さの値を平均することで得る。
【0060】
本実施形態に係る鋼板では、HvminとHvmaxとが、下記の(2)式及び(3)式を満足する、ことが好ましい。
780≦0.25×Hvmin+1.07×Hvmax+387≦930 (2)
-0.00146×Hvmin+0.00246×Hvmax+0.659×Hvmin/Hvmax-0.163≦0.85 (3)
HvminとHvmaxとが上記関係を満たすことは、本実施形態に係る鋼板の化学組成を前提とすれば、金属組織がマルテンサイト(または焼き戻しマルテンサイト)とベイナイトとで構成されていることを示している。HvminとHvmaxとが上記関係を満たす場合、母材の引張強度、降伏強度、降伏比が上述した範囲を満足しやすくなる。
【0061】
鋼板表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域において、ビッカース硬さの最大値Hvsが320以下
本実施形態に係る鋼板は、鋼板表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域(表層領域と呼称する場合がある)において、ビッカース硬さの最大値Hvsが320以下であることが好ましい。表層領域のビッカース硬さの最大値Hvsが320超である場合、曲げ応力や引張応力が加わった際に亀裂が生じ易くなるためである。
【0062】
鋼板表面を起点として深さ方向に3mmまでの領域におけるビッカース硬さの最大値Hvsと鋼板1/4厚位置(表面から鋼板の板厚の1/4の位置)におけるビッカース硬さHvqとの差ΔHvが70以下
本実施形態に係る鋼板は、表層領域でのビッカース硬さの最大値Hvsと鋼板1/4厚位置におけるビッカース硬さHvqとの差ΔHvが70以下であることが好ましい。ΔHvが70超であると、表層領域のビッカース硬さの最大値Hvsが320を超える、または、鋼板の引張強度、降伏強度が規定を満足しなくなるおそれがある。
【0063】
表層領域のビッカース硬さHvsは、鋼板のL断面(圧延方向に並行、板厚面)を機械研磨し、鋼板表面から板厚方向に3mm以内の位置において、JIS Z 2244:2009に準拠したビッカース硬さ(測定荷重10kgf)を3点測定し、その平均値を求める。
また、鋼板1/4厚位置(表面から板厚の1/4の位置)におけるビッカース硬さHvqは、鋼板のL断面(圧延方向に並行、板厚面)を機械研磨し、表面から板厚方向に鋼板の板厚の1/4の位置において、JIS Z 2244:2009に準拠したビッカース硬さ(測定荷重10kgf)を3点測定し、その平均値とする。
硬さ差ΔHvは、上記の方法で得られたHvsとHvqとから、下記(7)式にて計算される。
ΔHv = Hvs - Hvq ・・・(7)
【0064】
本実施形態に係る鋼板は、上述の通り、40mm以上の板厚であっても、780MPa以上の高い引張強度を示す。そのため、高強度で厚手の厚鋼板が必要とされる用途に好適である。また、本実施形態に係る鋼板は、大入熱溶接HAZ靭性に優れる。そのため、特に、溶接施工能率の高い大入熱溶接が施され、HAZの靭性に対する要求レベルが高い用途に好適である。
したがって、本実施形態に係る鋼板は、建築鉄骨用の四面ボックス柱など、ダイアフラム溶接(エレクトロスラグ溶接)が施され、HAZの靱性が要求される高強度厚鋼板に好適である。
【0065】
次に、本実施形態に係る鋼板の製造方法を説明する。
【0066】
本実施形態に係る鋼板は、鋼を溶製し、鋳造して鋼片を製造し、得られた鋼片に熱間圧延を施して製造される。鋼片の製造方法は限定されず、公知の方法で製造すればよい。例えば、鋼片は、転炉、電気炉等の通常の精錬プロセスで溶製した後、連続鋳造法、造塊-分塊法等の方法で製造される。
鋼片は、鋼の溶製及び鋳造によって製造された後、そのまま熱間圧延を施されてもよい。ただし、後述するように、鋼片は、好ましくは、鋳造後に冷却され、Ac3以上の温度に再加熱されて、熱間圧延を施される。
また、鋼片は、熱間圧延を施された後、そのまま水冷等の制御冷却を施されるか、又は空冷された後、熱処理を施されてもよい。
【0067】
以下、本実施形態に係る鋼板の好ましい製造条件について説明する。
【0068】
上述した化学組成から構成され、連続鋳造法によって製造された厚み200mm以上の鋼片は、一旦、400℃以下に冷却される。その後、鋼片は、900℃以上、1250℃以下の温度域に加熱され、熱間圧延を施されて、板厚が40mm以上、120mm以下の鋼板が製造される。鋼板は、必要に応じて各種の熱処理が施される。
【0069】
連続鋳造後の鋼片は、400℃以下に冷却されずにホットチャージで加熱炉に装入されると、鋳造時に生成した粗大なγ組織が加熱後の鋼片にも残存し、鋼板の組織が十分に微細化せず低温靱性が劣化する場合がある。そのため、連続鋳造後の鋼片は、一旦、400℃以下まで冷却されることが好ましい。
【0070】
鋼片の加熱温度は、鋳造後の鋼片に析出したBNを溶体化し、熱間圧延におけるTiNの形成を促進するために、好ましくは900℃以上である。加熱された鋼片中のNは、熱間圧延時にTiNを形成し、BNの生成が抑制される。その結果、鋼板において、鋼の焼入れ性を向上させる固溶B及び粒成長を抑制するTiNが十分に確保される。
一方、鋼片の加熱温度は、γ粒の粗大化を抑制によって、熱間圧延後の金属組織を微細化させて、低温靱性の劣化を抑制するという観点から、1250℃以下であることが好ましい。加熱温度は、より好ましくは1200℃以下である。
【0071】
熱間圧延後に直接焼入れする場合は、熱間圧延の終了温度(仕上げ温度)は、オーステナイト(γ)単相域、すなわちフェライト変態が開始するAr3変態点以上であることが好ましい。このとき、熱間圧延終了時に鋼板の表層部の温度がオーステナイト(γ)/フェライト(α)の二相域であっても、板厚方向中心部の温度がγ単相域であれば問題はない。熱間圧延の終了温度は、750℃以上であってもよい。熱間圧延の終了温度は、金属組織の微細化とういう観点から、好ましくは900℃以下である。本実施形態においては、Ar3変態点は以下の(4)式によって求めることができる。
【0072】
Ar3変態点=868-396×C+24.6×Si-68.1×Mn-36.1×Ni-20.7×Cu-24.8×Cr+29.1×Mo … (4)
【0073】
ここで、上記(4)式中のC、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Moは質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、含有しない元素の項には0を代入する。
【0074】
熱間圧延後に直接焼入れする場合は、熱間圧延をγ単相域で終え、鋼板の材質を調整するために、引き続き、水冷が施される。
一方、熱間圧延後に空冷される場合、鋼板は、γ単相域への再加熱とこれに続く焼入れ(γ再加熱焼入れ)が施される。
【0075】
また、熱間圧延後、直接焼入れまたはγ再加熱焼入れが施された鋼板は、材質を調整するために、各種の熱処理が施される。具体的には、これらの焼入れ処理(直接焼入れまたはγ再加熱焼入れ)が施された鋼板は、降伏比を低下させるために、オーステナイト(γ)とフェライト(α)とが共存する二相域への再加熱とこれに続く焼入れ(二相域焼入れ)が施される。ここで二相域とはAc1変態点以上Ac3変態点未満であり、Ac1変態点及びAc3変態点は、それぞれ、以下の(5)式及び(6)式によって求めることができる。
しかしながら、Ac1変態点直上では大部分がフェライト(α)相で、Ac3変態点直下では大部分がオーステナイト(γ)相であり、実質的には二相域とは言えない。したがって、二相域焼入れの効果を得る場合、本実施形態に係る鋼板の化学組成の範囲では、再加熱温度は、730~810℃とする。再加熱温度は、750~810℃であることが好ましい。
【0076】
Ac1変態点=750.8-26.6×C+17.6×Si-11.6×Mn-22.9×Cu-23.0×Ni+24.1×Cr+22.5×Mo-39.7×V-5.7×Ti+232.4×Nb-169.4×Al-894.7×B … (5)
Ac3変態点=910-203×√C+44.7×Si-30×Mn-400×Al-15.2×Ni+104×V+31.5×Mo+13.1×W+11×Cr+20×Cu-700×P-400×Ti … (6)
【0077】
ここで、上記(5)式及び(6)式中のC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Ti、Nb、Al、B、W、Pは、質量%で表した各元素の鋼板中の含有量であり、含有しない元素の項には0を代入する。
【0078】
さらに、鋼板の強度、降伏比、靱性を最終的に調整するために、鋼板は、焼戻しが施される。焼戻し条件は、目標とする強度、降伏比、靱性に応じて適宜選択すればよいが(例えば300~600℃)、Hvmin、Hvmax、Hvs、ΔHv等を上述した好ましい範囲とする場合、焼戻し温度は350℃以上、600℃以下であることが好ましい。
【0079】
ここで、上述した熱間圧延の仕上げ温度、γ再加熱焼入れ温度、二相域焼入れ時の加熱温度、および焼戻し温度はすべて、板厚方向中心部での温度を指す。板厚方向中心部の温度は、放射温度計で測定した鋼板表面の温度から、伝熱計算によって求めることができる。
【0080】
以上の製造方法(直接焼入れまたはγ再加熱焼入れ+二相域焼入れ+焼戻しを含む製造方法)によって本実施形態に係る鋼板を製造することができる。
【0081】
本実施形態に係る鋼板は、エレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接など、溶接入熱量が60kJ/mm以上の大入熱溶接が施されても、良好なHAZ靭性が確保される。
【0082】
また、本実施形態に係る大入熱高強度鋼板は、降伏強度が630MPa以上であり、大入熱溶接部(例えば、エレクトロスラグ溶接部)のHAZにおけるシャルピー吸収エネルギー(試験温度0℃)の平均値が70J以上となる。そのため、本実施形態に係る鋼板は建築鉄骨に好適であり、本実施形態に係る鋼板によって、建築物の高層化や大スパン化の進行を促進させることができ、さらに建設効率と耐震安全性を高めることができる。
【実施例】
【0083】
以下に本発明の実施例を示す。ただし、以下に示す実施例は本発明の一例であり、本発明は以下に説明する実施例に制限されるものではない。
【0084】
転炉による鋼の溶製、連続鋳造によって製造された鋼片の厚さは300mmであった。鋼片は、連続鋳造後、室温まで冷却され、1000℃以上、1200℃以下の温度範囲内に再加熱され、熱間圧延が施された。熱間圧延の仕上げ温度は、750℃以上、900℃以下であった。熱間圧延後の鋼板に直接焼入れ(水冷)が施される場合は、熱間圧延の仕上げ温度は、γ単相域(Ar3変態点以上)であった。
次に、熱間圧延後の鋼板は、表3、表4に示す条件にて熱処理が施された。表3及び表4において、「γ再加熱焼入れ温度」とは、熱間圧延後に空冷された鋼板に、γ再加熱焼入れが施された場合の加熱温度であった。一方、「二相域焼入れ温度」とは、熱間圧延後に直接焼入れまたはγ再加熱焼入れが施され、更に、二相域焼入れが施された場合の加熱温度であった。
このようにして製造された厚鋼板から試料が採取され、化学分析が行われた。各厚鋼板の化学組成は表1及び表2に示されており、板厚は表5及び6に示されている。表1及び表2に示されている炭素当量CeqWESは、下記(1)式により求めた。
上記の温度は、いずれも板厚方向中心部での温度である。
表1~6において、下線は、本発明範囲外であることを示す。
【0085】
CeqWES=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 … (1)
【0086】
ここで、(1)式中の、C、Mn、Si、Ni、Cr、Mo、Vは各元素の含有量[質量%]であり、含有しない(表中空欄の)元素の項には0を代入した。
【0087】
【0088】
【0089】
【0090】
【0091】
<母材の機械的性質>
また、製造された厚鋼板について、母材の機械的性質の評価が行われた。
母材の機械的性質の評価、すなわち、引張試験及びシャルピー衝撃試験に用いた試験片は、厚鋼板の表面から板厚の1/4の位置から採取された。
引張試験は、JIS Z 2241:2011に準拠し、2本の試験片を用いて室温で行われた。YS(0.2%降伏強度)及びTS(引張強度)は、それぞれ、2本の試験片の平均値である。YR(降伏比)は、TSに対するYSの割合であり、百分率、すなわち、100×(YS/TS)で表される。YR(降伏比)の単位は%である。
シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242:2018に準拠し、3本のVノッチ試験片を用いて行われ、吸収エネルギーが測定された。試験温度は0℃である。母材の吸収エネルギー(KV2(0℃))は、このようにして測定された3本の試験片の吸収エネルギーの平均値(相加平均)である。
【0092】
また、Hvs、Hvq、ΔHv、Hvmin、Hvmaxを上述の方法で得た。
【0093】
<熱サイクル試験>
また、製造された厚鋼板に対し、大入熱HAZの靭性を評価するため、熱サイクル試験が行われた。
熱サイクル試験では、厚鋼板から採取した
図1の形状の試験片(表中の数字の単位はmm)に対し、エレクトロスラグ溶接したときに溶融線(Fusion Line:FL)から母材側1mmの領域(FL+1mm)が受ける熱履歴を模擬した熱サイクル(溶接熱サイクル)を付与し、大入熱HAZ組織を模した組織を得た。具体的には、熱履歴として、室温から1400℃まで10℃/sの平均加熱速度で昇温したのち、1400℃で60s保持し、その後、1000℃までの平均冷却速度が3℃/s、1000℃から室温までの平均冷却速度が0.5℃/sとなるように冷却した。
その後、熱サイクルを付与した試験片からシャルピー衝撃試験用の試験片が採取され、JIS Z 2242:2018に準拠し、0℃及び-20℃での吸収エネルギーが測定された。
表5及び表6には、厚鋼板の板厚、母材の機械的性質、熱サイクル試験での相当入熱量、HAZ靭性が示される。KV
2(0℃)およびKV
2(-20℃)は、それぞれ、0℃での吸収エネルギーおよび-20℃での吸収エネルギーであり、それぞれの温度で測定された3本の試験片の吸収エネルギーの平均値(相加平均)である。
【0094】
【0095】
【0096】
表5に示されるように、本発明例の鋼板は、板厚が40mm以上、120mm以下である場合において、630~750MPaの降伏強度(YS)と、780~930MPaの引張強度(TS)と、85%以下の降伏比(YR)とを有する。さらに、本発明例の鋼板は大入熱溶接を模擬した熱サイクル試験後に、0℃で70J以上の優れたHAZ靱性を有する。また、試験温度-20℃とした場合でも、27J以上の非常に優れたHAZ靱性を有する。
【0097】
一方、表6に示されるように、比較例B1~B18の鋼板は化学組成が本発明の範囲から外れており、母材の機械的性質、HAZ靭性の少なくとも1つが劣る。
【0098】
符号B18はC含有量が低すぎるために降伏強度、引張強度が劣り、降伏比も85%超えている。符合B1はC含有量が高すぎるために、HAZ靱性が劣る。符号B11はMn含有量が低すぎるため、降伏強度、引張強度が劣り、符合B2はMn含有量が高すぎるためにHAZ靱性が劣る。符合B3はNi含有量が低すぎるためにHAZ靱性が劣る。符合B4はAl含有量が低すぎるために、符合B5はAl含有量が高すぎるためにHAZ靱性が劣る。符合B6はB含有量が多すぎるためにHAZ靱性が劣る。
【0099】
符合B7はTi含有量が低すぎるために降伏強度、引張強度およびHAZ靱性が劣る。符合B8はTi含有量が高すぎるためにHAZ靱性が劣る。符合B9はN含有量が低すぎるためにHAZ靱性が劣る。符合B12はN含有量が高すぎるためにHAZ靱性が劣る。符合B10はMg含有量が低すぎるために、符合B13はO含有量が高すぎるために、HAZ靱性が劣る。符合B14はSi含有量が高すぎるために、符合B15はP含有量が高すぎるために、符合B16はS含有量が高すぎるために、HAZ靱性が劣る。
符合B17はMn/Niが高すぎるためにHAZ靱性が劣る。
【0100】
一方、比較例B19~B21の鋼板は、化学組成は好ましい範囲にあるものの、製造方法が好ましくなかったことで、母材の機械的性質が劣る。
【0101】
符号B19は、化学組成は好ましい範囲にあるものの、二相域焼入れが実施されなかったことで、降伏比が85%を超えている。
符号B20は、化学組成は好ましい範囲にあるものの、二相域焼入れの加熱温度が好ましい範囲でなかったことで、降伏比が85%を超えている。
符号B21は、化学組成は好ましい範囲にあるものの、焼戻し熱処理が実施されなかったことで、YSが750MPa、TSが930MPaを超えている。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明によれば、新たな成分設計の指針に基づく、母材の強度及び大入熱溶接HAZの靭性の確保の両立が可能となる大入熱溶接用高強度鋼板を提供することができる。