IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-鋼部品 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】鋼部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230314BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20230314BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230314BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20230314BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20230314BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/00 302Z
C22C38/12
C22C38/60
C21D1/06 A
C21D9/32 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021560809
(86)(22)【出願日】2019-11-26
(86)【国際出願番号】 JP2019046227
(87)【国際公開番号】W WO2021106085
(87)【国際公開日】2021-06-03
【審査請求日】2021-12-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】梅原 美百合
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 真吾
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-137266(JP,A)
【文献】特開平04-088148(JP,A)
【文献】特開2008-280583(JP,A)
【文献】特開2015-105419(JP,A)
【文献】特開平08-049057(JP,A)
【文献】特開平04-143253(JP,A)
【文献】特開2003-193137(JP,A)
【文献】米国特許第05746842(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/06
C21D 9/32
C23C 8/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼部品であって、
前記鋼部品の表面から1.50mm以上の深さ領域において、質量%で、
C :0.10~0.40%、
Si:0.05~3.00%、
Mn:0.10~3.00%、
P :0.020%以下、
S :0.003~0.030%、
V :0.53~3.00%、
Mo:1.40~6.00%、
Al:0.010~0.100%、及び
N :0.003~0.030%、
を含有し、残部がFe及び不純物であり、
前記表面から1.50mm以上の深さ領域で、ビッカース硬さが200HV以上であり、
前記表面から0.20mmの位置の組織が、面積率で、残留オーステナイト:5.0~35.0%、析出物2.0~20.0%を含有し、残部が焼戻しマルテンサイトであり、
前記析出物のうち、アスペクト比が2.0以下の析出物の面積が全析出物の面積の70%以上であり、前記析出物の平均円相当径が40~200nmであり、旧オーステナイトの結晶粒径がJIS粒度番号で10.0番以上であり、
前記表面から0.20mmの位置において、C含有量が0.65%以上であり且つC以外の成分の含有量は表面から1.50mm以上の深さ領域における当該成分の含有量の範囲内であり、ビッカース硬さが700HV以上である、
ことを特徴とする鋼部品。
【請求項2】
前記Feの一部に代えて、質量%で、
Cr:0~2.00%、
B :0~0.0050%、
Nb:0~0.100%、
Ti:0~0.100%、
REM:0~0.020%、
In:0~0.020%、
Bi:0~0.30%、
W:0~0.50%、
Ni:0~0.40%、及び
Cu:0~0.400%
の1種以上を含有し、
質量%で表したCrの含有量%Cr、Moの含有量%Moが%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たす、
請求項1に記載の鋼部品。
【請求項3】
前記Feの一部に代えて、質量%で、Pb:0~0.09%を含有する、請求項1又は2に記載の鋼部品。
【請求項4】
質量%で、Si:0.05~0.50%を含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の鋼部品。
【請求項5】
質量%で、Si:0.51~3.00%以下を含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の鋼部品。
【請求項6】
前記鋼部品は歯車である、請求項1~5のいずれか1項に記載の鋼部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐ピッティング特性に優れる鋼部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用トランスミッション部品の製造時には、曲げ疲労強度やピッティング強度の向上を目的として、表面硬化処理が施される。近年、燃費向上の観点から、当該トランスミッション部品には、これら強度を高めることで、その小型化や軽量化が要請されている。
【0003】
自動車用トランスミッション部品の中で、例えば歯車のような鋼部品を製造する場合には、一般に、表面硬化処理として浸炭焼入れが採用される。浸炭焼入れとしては、例えば、耐ピッティング特性の向上を目的とする高濃度浸炭焼入れがある。高濃度浸炭焼入れは、浸炭材表層部の炭素量を従来の0.8~1質量%よりも高い1~3質量%とし、浸炭材表層部のマルテンサイト中に炭化物を生成、分散させる手法である。
【0004】
しかしながら、クロム鋼やクロムモリブデン鋼を用いて高濃度浸炭を施した場合、浸炭層に網目状に析出した炭化物が破壊起点となり、耐ピッティング特性が低下するおそれがある。
【0005】
このため、網目状炭化物を分散させて耐ピッティング特性の低下を抑制する技術が知られている(特許文献1)。即ち、特許文献1には、浸炭若しくは浸炭窒化後に平均粒径5μm以下の炭化物又は炭窒化物を析出させ、その30%以上をMとすることで耐ピッティング特性に優れた浸炭鋼部品が開示されている。なお、Mは炭化物を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-25823号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示された技術では、Crを2~8%含有し、浸炭時には表層部に数μmのM炭化物が析出する。このため、この粗大な炭化物が破壊起点となり、耐ピッティング特性が大幅に低下するおそれがある。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、耐ピッティング特性を極めて高いレベルに向上させた鋼部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、以下の知見を見出した。
【0010】
図1は、本発明に係る鋼部品の製造過程において実施する浸炭焼入れ及び焼戻しにおける熱サイクルを説明するための模式図である。本発明者らは、後述する化学組成を有する鋼部品に対して、図1に示す浸炭処理を施し、MC系を主体とする炭化物(以下、MC炭化物、Mは炭化物構成元素を示す)を微細分散させることにより、耐ピッティング特性に優れた鋼部品が得られるとの知見を得た。
【0011】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記に示すとおりである。
【0012】
[1]鋼部品であって、前記鋼部品の表面から1.50mm以上の深さ領域において、質量%で、C:0.10~0.40%、Si:0.05~3.00%、Mn:0.10~3.00%、P:0.020%以下、S:0.003~0.030%、V:0.53~3.00%、Mo:1.00~6.00%、Al:0.010~0.100%、及びN:0.003~0.030%、を含有し、残部がFe及び不純物であり、表面から1.50mm以上の深さ領域で、ビッカース硬さが200HV以上であり、前記表面から0.20mmの位置の組織が、面積率で、残留オーステナイト:5.0~35.0%、析出物2.0~20.0%を含有し、残部が焼戻しマルテンサイトであり、前記析出物のうち、アスペクト比が2.0以下の析出物の面積が全析出物の面積の70%以上であり、前記析出物の平均円相当径が40~200nmであり、旧オーステナイトの結晶粒径がJIS粒度番号で10.0番以上であり、前記表面から0.20mmの位置において、C含有量が0.65%以上であり且つC以外の成分の含有量は表面から1.50mm以上の深さ領域における当該成分の含有量の範囲内であり、ビッカース硬さが700HV以上である、ことを特徴とする鋼部品。
【0013】
[2]前記Feの一部に代えて、質量%で、Cr:0~2.00%、B:0~0.0050%、Nb:0~0.100%、Ti:0~0.100%、REM:0~0.020%、In:0~0.020%、Bi:0~0.30%、W:0~0.50%、Ni:0~0.40%、及びCu:0~0.400%の1種以上を含有し、質量%で表したCrの含有量%Cr、Moの含有量%Moが%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たす、前記[1]の鋼部品。
【0014】
[3]前記Feの一部に代えて、質量%で、Pb:0~0.09%を含有する、前記[1]又は[2]の鋼部品。
【0015】
[4]質量%で、Si:0.05~0.50%を含有する、前記[1]~[3]のいずれかの鋼部品。
【0016】
[5]質量%で、Si:0.51~3.00%以下を含有する、前記[1]~[3]のいずれかの鋼部品。
【0017】
[6]前記鋼部品は歯車である、前記[1]~[5]のいずれかの鋼部品。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る鋼部品では、芯部における化学組成のみならず、表層部におけるC含有量、硬さ及び組織について好適化を図った上で、さらに芯部における硬さについても好適化を図っている。その結果、本発明に係る鋼部品によれば、優れた耐ピッティング特性を実現することができる。本発明に係る鋼部品は、たとえば、歯車に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本発明に係る鋼部品の製造過程において実施する浸炭焼入れ及び焼戻しにおける熱サイクルを説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本実施形態の鋼部品についての、各構成要件について詳細に説明する。なお、本実施形態の鋼部品は、使用中に高面圧を受け、その表面から法線方向の厚さが3.0mm超であるものを対象とする。また、以下では、各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。また、「A~B」(A及びBは含有量、温度等の数値)は、A以上、B以下を意味する。
【0021】
<鋼部品>
[芯部の化学組成]
本実施形態の鋼部品についての化学組成は、以下のとおりである。但し、以下に示す各元素の含有量は、鋼部品の表面から1.50mm以上の深さ領域(芯部)における含有量である。これに対し、鋼部品の表面から1.50mm未満の深さ領域では、後述するように浸炭熱処理が施されるため、芯部と比較してより多量のCを含有する。
【0022】
(必須元素)
C :0.10~0.40%
Cは鋼部品として必要な強度を得るための元素である。Cの含有量が0.10%未満であると、鋼部品として必要な強度が得られない。一方、Cの含有量が0.40%よりも多いと、熱間加工後においても粗大な炭化物が残存して、鋼部品の靭性及び表面起点はく離寿命が低下する。従って、C量は0.10~0.40%とする。なお、好ましいC量の下限は0.15%であり、好ましいC量の上限は0.35%である。
【0023】
Si:0.05~3.00%
Siは焼戻し時に析出するε炭化物から粗大なセメンタイトへの遷移を抑制し、低温焼戻しマルテンサイト鋼の焼戻し軟化抵抗を顕著に増加させるための元素である。この効果を得るためには、Siの含有量を0.05%以上とする必要がある。一方、Siを、3.00%を超えて含有させると、鋼材中にSiO系介在物が生じて、この介在物を起点とする剥離損傷が発生する。従って、Si量は3.00%以下とする。なお、Si量の上限は、好ましくは2.50%、より好ましくは2.00%、さらに好ましくは1.50%である。
【0024】
Siの含有量が0.51%以上であると、鋼部品の耐ピッティング特性を極めて高いレベルに改善することができる。しかしながら、Siの含有量が0.51%以上であると、ガス浸炭では、浸炭時に表層に酸化層が形成され、表面起点はく離寿命が低下するおそれがある。したがって、Siの含有量が0.51%以上である場合には、鋼を真空浸炭に供することが好ましい。真空浸炭であれば、浸炭時に表層に酸化層が形成されない。耐ピッティング特性を高いレベルで改善する場合は、Si量の下限を0.51%とすることが好ましく、より好ましくは0.70%、さらに好ましくは0.80%である。
【0025】
Mn:0.10~3.00%
Mnは鋼の焼入れ性を高めるのに有効な元素である。浸炭焼入れ処理によりマルテンサイト組織を得るためには、Mnの含有量を0.10%以上とする必要がある。一方、Mnの添加量が3.00%よりも多いと、鋼の靭性が低下したり、焼割れが発生したりする。従って、Mn量は0.10~3.00%とする。なお、好ましいMn量の下限は0.30%であり、好ましいMn量の上限は2.00%である。
【0026】
S:0.003~0.030%
Sは、鋼部品を製造する上で、切削性を確保するための元素である。Sは、Mnと結合してMnSを形成して切削性を高める。切削性を高めるためには、Sを0.003%以上含有する必要がある。一方、Sを、0.030%を超えて含有させた場合、多量のMnSが疲労亀裂の伝播経路となることに起因して疲労強度や靭性を低下させる。従って、S含有量は0.003~0.030%とする。なお、好ましいS量の下限は0.005%であり、好ましいS量の上限は0.020%である。
【0027】
V:0.53~3.00%
Vは、Mn、Crと同様に、鋼の焼入れ性を高める。Vはさらに、Cと結合して微細なMC炭化物を生成する。本実施形態では、VとMoが複合して含有されることにより、浸炭処理時に、微細な析出物が多数生成し、鋼部品の耐ピッティング特性が高まる。V含有量が0.53%よりも低ければ、これらの効果が得られない。一方、V含有量が3.00%よりも高ければ、粗大な炭化物等が析出し、鋼部品の靭性及び耐ピッティング特性が低下する。さらに、鋼の熱間加工性及び切削性も低下する。したがって、V含有量は0.53~3.00%とした。なお、好ましいV含有量の下限は0.55%であり、好ましいV量の上限は2.00%である。
【0028】
Mo:1.00~6.00%
Moは、Mn、Cr、及びVと同様に、鋼の焼入れ性を高める。Moはさらに、V及びCと複合して含有されることにより、浸炭処理時に微細なMC炭化物の生成を促進し、鋼部品の耐ピッティング特性を高める。Mo含有量が1.00%より低ければ、これらの効果が得られない。一方、Mo含有量が6.00%を超えると、MCより耐ピッティング特性向上能が劣るM2C炭化物の析出が促進されるだけでなく、鋼の熱間加工性及び切削性が低下し、さらに製造コストが高くなる。従って、Mo含有量は1.00~6.00%とする。なお、好ましいMo含有量の下限は1.10%、より好ましくは2.00%、さらに好ましくは2.50%である。好ましいMo含有量の上限は5.00%、より好ましくは4.00%である。
【0029】
Al:0.010~0.100%
Alは、Nと結合してAlNを形成し、浸炭熱処理時にオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。結晶粒の粗大化を抑制するには、Alの含有量は0.010%以上とする必要がある。しかしながら、Alを、0.100%を超えて過剰に含有すると、Alが粗大な酸化物を構成して残存し易くなり、疲労特性が低下する。従って、Al量は0.010~0.100%とする。なお、好ましいAl量の下限は0.015%であり、好ましいAl量の上限は0.060%である。
【0030】
N:0.003~0.030%
Nは、Alと結合してAlNを形成し、オーステナイト領域での結晶の粒粗大化を抑制する元素である。結晶粒の粗大化を抑制するには、Nの含有量を0.003%以上とする必要がある。しかしながら、Nを過剰に含有すると、粗大AlNや粗大BNが生成することにより、母材が著しく脆化し、疲労強度が顕著に劣化する。従って、N含有量は0.003~0.030%とする。なお、好ましいN量の下限は0.005%であり、好ましいN量の上限は0.020%である。
【0031】
P:0.020%以下
Pは不純物である。Pはオーステナイト粒界に偏析して、旧オーステナイト粒界を脆化させることによって粒界割れの原因となるので、できるだけ低減することが望ましい。このため、P量を0.020%以下の範囲に制限する必要がある。なお、本発明の課題を解決する上で特にP量の下限を設定する必要はないが、P量を0.001%未満に制限しようとするとコストが嵩む。従って、P含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0032】
(残部)
残部は、Fe及び不純物である。不純物とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ又は製造環境などから混入するものを指す。
【0033】
上記不純物中、OはAlやSiO等の酸化物を形成し、これらの酸化物が疲労亀裂の伝播経路となることに起因して、疲労強度や靭性を低下させる。そのため、不純物としてのOの含有量はできるだけ低減することが肝要である。なお、好ましいO含有量は0.005%以下であり、さらに好ましくは0.002%以下である。
【0034】
(任意選択的元素)
Cr:0~2.00%
Crは鋼の焼入れ性を高めるのに有効な元素であり必要に応じて含有させてもよい。焼入れ性向上の効果は少量の含有でも得られるが、Crの含有量を0.05%以上とすると、焼入れ性を効果的に高めることができる。一方、Crの含有量が2.00%を超えると、浸炭時にオーステナイト粒界に粗大なM炭化物が形成される。従って、Cr量は0~2.00%とする。なお、好ましいCr量の下限は0.05%、より好ましい下限は0.10%である。好ましいCrの上限は1.50%である。
【0035】
B:0~0.0050%
Bは、オーステナイト中に僅かに固溶させただけで鋼の焼入れ性を高めるため、浸炭焼入れ時にマルテンサイト組織を効率的に得るために鋼に含有させてもよい。一方、Bを、0.0050%を超えて添加すると、多量のBNを形成してNを消費するため、オーステナイト粒の粗大化を招来する。従って、B含有量は0~0.0050%とすることが好ましい。
【0036】
Nb:0~0.100%
Nbは、鋼中でN、Cと結合して炭窒化物を形成する元素である。この炭窒化物はオーステナイト結晶粒界をピンニングし、ひいては粒成長を抑制して組織の粗大化を防止する。この組織の粗大化の防止効果を得るためには、Nbを0.100%以下含有させてもよい。一方、Nbを、0.100%を超えて含有させると、素材硬さの上昇に起因して鋼部品の切削・鍛造等の加工性が顕著に劣化するだけでなく、鋼の靱性が劣化する。従って、Nb含有量は0~0.100%とすることが好ましい。
【0037】
Ti:0~0.100%
Tiは、鋼中でN、Cと結合して炭窒化物を形成する元素である。この炭窒化物はオーステナイト結晶粒界をピンニングし、ひいては粒成長を抑制して組織の粗大化を防止する。この組織の粗大化の防止効果を得るためには、Tiを0.100%以下含有させてもよい。一方、Tiを、0.100%を超えて含有させると、素材硬さの上昇に起因して鋼部品の切削・鍛造等の加工性が顕著に劣化するだけでなく、鋼の靱性が劣化する。従って、Ti含有量は0~0.100%とすることが好ましい。
【0038】
REM:0~0.020%
REM(希土類元素)とは、原子番号57のランタンから原子番号71のルテシウムまでの15元素と、原子番号21のスカンジウム及び原子番号39のイットリウムと、の合計17元素の総称である。鋼にREMが含有されると、圧延時及び熱間鍛造時にMnS粒子の伸延が抑制される。但し、REM含有量が0.020%を超えると、REMを含む硫化物が大量に生成され、鋼の被削性が劣化する。従って、REM含有量は0~0.020%とすることが好ましい。
【0039】
In:0~0.020%、Bi:0~0.30%、
In、Biは切削性を向上させる元素であり、それぞれ、0.020%以下、0.30%以下含有させてもよい。含有量がこの値を超えると鋼の靭性が劣化する。従って、In含有量は0~0.020%、Bi含有量は0~0.30%とすることが好ましい。
【0040】
W:0~0.50%
Wは、鋼の耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Wは、MCより耐ピッティング特性向上能が劣るM2C炭化物を形成する元素であり、さらに高価な元素でもあるので、W含有量は0~0.50%とするのが好ましい。より好ましい上限は0.30%である。
【0041】
Ni:0~0.40%
Niはフェライトに固溶して鋼の強度、疲労強度を高める元素であり、必要に応じて含有させてもよい。Niの含有量を多くしても効果が飽和し、コストが高くなるだけなので、Ni含有量は0~0.40%とすることが好ましい。
【0042】
Cu:0~0.400%
Cuはフェライトに固溶して鋼の強度、疲労強度を高める元素であり、必要に応じて含有させてもよい。Cuの含有量が多くなりすぎると熱間加工性が低下するので、Cu含有量は0~0.400%とすることが好ましい。
【0043】
Pb:0~0.09%
Pbは被削性を向上させる元素であり、0.09%以下含有させてもよい。含有量がこの値を超えると鋼の靭性が劣化するので、Pbの含有量は0~0.09%とすることが好ましい。
【0044】
%Cr<0.155×%Mo+1.35
さらに、本願発明の鋼部品の化学組成は、質量%で表したCrの含有量%Cr、Moの含有量%Moが%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たす。Crは上述のとおり焼入れ性向上に効果があるが、Crの含有量が多くなると、析出物としてM炭化物が生じやすくなる。M炭化物が生じると、炭化物が粗大化しやすくなり、耐ピッティング特性が劣化する。そのため、Crの含有量はある程度低く抑える必要があるが、Moの含有量が多くなると、Mが析出することなく添加可能なCr量の上限が高くなり、Cr添加による焼入れ性向上の効果をより高度に得られるようになる。
【0045】
[表面から0.20mmの位置でのC含有量及び硬さ、並びに金属組織]
次に、本実施形態に係る鋼部品の表面から0.20mmの位置における、C含有量、硬さ及び組織について詳述する。
【0046】
(表面から0.20mmの位置におけるC含有量)
本実施形態に係る鋼部品においては、表面から0.20mmの位置におけるC含有量が0.65%以上である。なお、C以外の成分の含有量は、上述した表面から1.50mm以上の深さ領域における含有量と同じ範囲内である。
【0047】
C含有量は、浸炭された鋼部品の切粉を用いた高周波燃焼法で測定する。具体的には、φ26mm×50mmの丸棒試験片から、旋削加工で表面から0.20mm~0.25mm(50μm分)の切粉を採取し、高周波燃焼法で求めた炭素濃度を表面から0.20mmの地点の炭素濃度とする。
【0048】
C含有量が0.65%以上であることにより、微細なMC炭化物が分散し、ひいては耐ピッティング特性を高めることができる。なお、C含有量の好ましい範囲は、0.70%以上である。
【0049】
(表面から0.20mmの位置におけるビッカース硬さ)
本実施形態に係る鋼部品においては、表面から0.20mmの位置におけるビッカース硬さが700HV以上である。
【0050】
ビッカース硬さは、浸炭された鋼部品を、軸方向に垂直な表面と平行に切断して得られる断面(以下「表面と平行な断面」という)、及び浸炭された鋼部品の表面と垂直な断面を観察面とするような試料を用い、以下のように測定する。即ち、ビッカース硬さは、JIS Z 2244 (2009)に準じた方法で、鋼部品表面から0.20mm深さの硬さを、鋼部品の表面と平行な断面を観察面とするような試料を用い、荷重2.94Nにて0.1mmピッチで10点測定する。そしてこれらの10点の平均値を表面から0.20mmの位置における硬さとする。
【0051】
ビッカース硬さが700HV以上であることにより、通常の鋼部品と比較して疲労亀裂の発生及びその伝搬が抑制され、ひいては耐ピッティング特性を高めることができる。なお、ビッカース硬さの好ましい範囲は、730HV以上である。
【0052】
(表面から0.20mmの位置における金属組織)
本実施形態に係る鋼部品においては、表面から0.20mmの位置における金属組織の分率は、次のとおりである。即ち、面積率で、残留オーステナイト:5.0~35.0%、析出物:2.0~20.0%を含有し、残部は焼戻しマルテンサイトである。析出物のうち、アスペクト比が2.0以下の析出物が全析出物の70%以上であり、析出物の平均円相当径が40~200nmである。
【0053】
なお、表面から0.20mm未満の表層には3.0%を上限に上部ベイナイト、セメンタイト、パーライト及びフェライトが生成されることもあるが、特性には影響しない。また、金属組織が焼戻しマルテンサイトであるとは、実質的には金属組織が焼入れ焼戻しによって形成されたものであり、その主体が焼戻しマルテンサイトであることを指す。
【0054】
焼入れ焼戻しによって形成される金属組織においては、微量ながら、非・焼戻しマルテンサイトが含有されることがある。たとえば、焼入れ焼戻し処理によって形成される金属組織には、焼入れによって発生した残留オーステナイトのほかに、残留オーステナイトが焼戻しで分解されて形成されるフェライトまたはセメンタイト組織も微量に含まれることがある。これらは、焼戻しマルテンサイトから分離して判別することが難しい。仮に判別できた場合、上部ベイナイト、パーライト、フェライト、セメンタイトが少し(具体的には、3.0%以下)含まれるとしても本開示の目的は達成できる。すなわち、本開示においては、「焼戻しマルテンサイト組織」とは、金属組織の主体が焼戻しマルテンサイトであり、上部ベイナイト、パーライト、フェライト、セメンタイトの面積率の総和が3.0%以下である金属組織を指す。
【0055】
表面から0.20mmの位置における金属組織は、浸炭された鋼部品の表面と平行な断面を観察面とするような試料を用い、以下のように観察する。即ち、当該試料に対し、鏡面研磨を施し、硝酸とアルコールの混合溶液(アルコール100mlに対し硝酸1.5ml)に常温で5秒浸漬し、腐食した後、直ちに水洗する。その後、表面から0.20mm深さの組織を、0.05mm間隔で5視野を観察する。観察には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いる。
【0056】
組織分率は、表面から0.20mm深さの組織を撮影したSEM写真を用いて画像解析で求める。残留オーステナイトの面積率は、観察視野の総面積に対する、残留オーステナイトの総面積を百分率で表示した数値である。残留オーステナイトの観察は、倍率10000倍に設定したSEMを用い、電子線後方散乱回折(EBSD)により行う。EBSDによって、SEM倍率を10000倍に設定して、表面から0.20mm深さの組織を、0.05mm間隔で5視野を測定し、FCC構造である領域の、後述する析出物以外を残留オーステナイトと同定し、面積率を求める。本発明で規定する残留オーステナイトの面積率は、5視野平均値とする。
【0057】
析出物の面積率は、観察視野の総面積に対する、析出物の総面積を百分率で表示した数値である。ここで、面積率を求める際に含める析出物は、面積換算の円相当径が40nm以上の析出物とする。析出物の面積率は、倍率20000倍に設定し撮影したSEM像から算出した析出物面積率の5視野平均値とする。
【0058】
測定に用いるSEMとしては、例えば、日本電子製のJSM-7100Fを用いることができる。
【0059】
析出物の同定には、上記所定の試料の、上記所定の断面を切り出した後、鏡面研磨を施し、電解研磨を施す。その後、当該表面から0.20mm深さを観察する。観察には、倍率20000倍に設定したSEMを用い、電子線後方散乱回折(EBSD)を採用する。そして、EBSDによって、SEM倍率を20000倍に設定して、表面から0.20mm深さの組織を、0.05mm間隔で5視野を測定し、FCC構造であり、且つV、Moを含有する粒子をMC炭化物と同定する。EBSDとしては、例えばTSL製カメラ(DigiviewIV)や、OIM-Datacollection(OIM-Analysis ver7.1)を用いることができる。
【0060】
また、析出物の同定は、析出物のアスペクト比を測定する事でも可能である。アスペクト比は長径/短径で定義され、粒子に外接する最小長方形の、長さと幅の比として算出される。円相当径が40nm以上の析出物のうち、アスペクト比が2.0以下(球状)の炭化物は、MC炭化物であることを意味する。アスペクト比2.0以下の析出物の面積率の測定方法は、倍率20000倍に設定し撮影したSEM像に写る析出物から算出した。
【0061】
析出物のサイズは、各視野でランダムに10個の析出物を選びその平均サイズを求め、更にその10視野平均値とした。
【0062】
残留オーステナイトの面積率、および析出物の面積率とサイズ(面積平均の平均円相当径)は、画像解析ソフト、例えばImageJ(National Institutes of Health製)を用いて測定することができる。
【0063】
表面から0.20mmの位置に関し、残留オーステナイト:5.0~35.0%、析出物:2.0~20.0%を含有し、残部が焼戻しマルテンサイトであることから、高硬度であり、ひいては耐ピッティング特性を高めることができる。
【0064】
析出物の下限は、好ましくは3.0%であり、上限は、好ましくは17.0%である。
【0065】
上記析出物について、主な析出物がセメンタイトやM炭化物となった場合には、炭化物は粗大化しやすくなり、耐ピッティング特性は劣化する。しかしながら、本実施形態においては、上記析出物(円相当径が40nm以上のもの)のうち、面積で70%以上の析出物において、長径/短径で定義されるアスペクト比が2.0以下、好ましくは1.5以下である。これは、析出物がMC炭化物主体であることを意味し、炭化物を均一に微細分散させることができ、ひいては耐ピッティング特性を高めることができる。なお、析出物のうち面積で80%以上が、アスペクト比が2.0以下の析出物、好ましくはアスペクト比が1.5以下の析出物であることが好ましい。
【0066】
さらにまた、上記析出物の平均円相当径が40~200nm以上であることから、組織全体の硬さを均一に向上させることができる。平均円相当径の下限は、好ましくは50nmであり、上限は、好ましくは170nmである。
【0067】
(表面から0.20mmの位置における旧オーステナイトの結晶粒径)
本実施形態に係る鋼部品においては、表面から0.20mmの位置における旧オーステナイトの結晶粒径がJIS粒度番号で10.0番以上である。
【0068】
表面から0.20mmの位置における旧オーステナイトの結晶粒径は、鋼部品表面と平行な断面であって、表面から0.20mm深さの断面を表面研磨して観察する。測定に際しては、上記断面を切り出した後、鏡面研磨を施し、ピクリン酸とエタノールの混合溶液(アルコール100mlに対しピクリン酸4g)に5分浸漬させ、旧オーステナイト粒界を現出させて測定する。そして、表面から0.20mm深さの組織を1000倍の光学顕微鏡で3視野撮影し、JIS G 0551に記載の切断法で3視野の粒度番号を求め、その平均値を粒度番号とする。
【0069】
表面から0.20mmの位置における旧オーステナイトの結晶粒径がJIS粒度番号で10.0番以上であることにより、疲労き裂進展を抑制することができ、ひいては耐ピッティング特性を高めることができる。なお、このJIS粒度番号は10.3以上であることが好ましい。
【0070】
[芯部での硬さ]
さらに、本実施形態に係る鋼部品の芯部における、硬さについて詳述する。本実施形態に係る鋼部品においては、深部におけるビッカース硬さが200HV以上である。
【0071】
芯部におけるビッカース硬さは、表面から0.20mmの位置でのビッカース硬さと同様に測定する。即ち、浸炭された鋼部品の表面と垂直な断面を観察面とするような試料を用い、JIS Z 2244 (2009)に準じた方法で、鋼部品表面から1.50mm深さ以上の領域を荷重2.94Nにて0.1mmピッチで5点測定する。そしてこの5点の平均値を芯部の硬さとする。
【0072】
芯部のビッカース硬さが200HV未満である場合は、内部起点の破壊形態となり耐ピッティング強度が低くなる。なお、芯部のビッカース硬さの好ましい範囲は230HV以上である。
【0073】
以上に示すとおり、本実施形態に係る鋼部品においては、芯部の化学組成とともに、表面から0.20mmの位置のC含有量、硬さ及び組織の好適化を図り、しかも芯部の硬さについても好適化を図ることで、優れた耐ピッティング特性を実現することができる。
【0074】
<鋼部品の製造方法>
次に、本実施形態に係る鋼部品の製造方法について詳述する。ここで、鋼部品の製造方法とは、上述した鋼部品の製造方法であり、所定の成分からなる鋼材を鋼部品形状に成形する工程(成形工程)と、浸炭処理して、表層における炭素量と鋼材組織を調整する工程(浸炭処理工程)と、850℃以上の温度から焼入れする工程(焼入れ工程)と、所定温度で焼戻しする工程(焼戻し工程)とを含む。以下に、上記各工程について詳述する。
【0075】
(成形工程)
鋼部品の成形方法については、特に限定されない。鋼部品の所定形状への加工方法としては、熱間鍛造、冷間鍛造、及び旋削、フライス削り、中ぐり、穴あけ、ねじ立て、リーマ仕上げ、歯切り、平削り、立て削り、ブローチ削り、及び鋼部品形削り等の切削加工、研削、ホーニング仕上げ、超仕上げ、及びラップ仕上げ、バレル仕上げ、及び液体ホーニング等の研削加工、並びに、放電加工、電解加工、電子ビーム加工、レーザ加工、及び付加加工(積層造形)等の特殊加工などが挙げられる。例えば、鋼材から、鋼部品形状の成形体を得る。
【0076】
(浸炭処理工程)
成形工程後、成形体に対して、浸炭処理温度850~1100℃で浸炭処理を施す。浸炭処理は、成形体の表面から1.50mmまでの深さ領域において、成形体を硬化させ、微細な析出物を析出させるために必要不可欠な処理である。
【0077】
浸炭処理は炭素の拡散現象を利用する処理であり、例えば、ガス浸炭を行う場合には、アセチレン、プロパン及びエチレン等の炭化水素ガスを用いる。浸炭温度が850℃未満では、鋼部品中に十分な炭素を拡散させるために長時間の加熱処理を要し、コストが嵩む。一方、浸炭温度が1100℃を超えると、著しい粗粒化や混粒化を招来する。そのため、浸炭は850~1100℃の温度域で行う。コストの低廉化や、粗粒化の抑制及び混粒化の抑制をさらに高いレベルで実現させるためには、浸炭温度を900~1050℃の温度域で行うことが好ましい。なお、浸炭処理は、真空浸炭、プラズマ浸炭であってもよい。また、浸炭処理時間は特に限定されないが、一般的には、ガス浸炭では2~7時間程度、真空浸炭では10分~6時間程度である。
【0078】
鋼部品のSiの含有量が0.50%を超える場合、浸炭処理は、粒界酸化層の生成を防止するために、真空浸炭処理を採用するのが好ましい。Siの含有量が0.50%を超える場合にも、真空浸炭の代わりに、ガス浸炭を採用することもできる。ただし、ガス浸炭を採用した場合には、表層に粒界酸化物や、粒界酸化に伴う不完全焼入れ組織の形成が生じ、表面の研削や研磨が必要となる。これに対し、真空浸炭処理を採用した場合には、粒界酸化や、粒界酸化に伴う不完全焼入れ組織の形成は起こらず、表面の研削や研磨は必要ない。
【0079】
(保持工程)
浸炭終了後焼入れ前に、所定の温度で一定時間保持してもよい。浸炭終了後、一定時間保持する目的は、焼入れ時の焼割れの防止やひずみの低減にある。保定温度はCを効率よく拡散させるため850℃以上で10分以上とする。一方、900℃超で60分超保定しても、焼入れ時の焼割れ防止、ひずみ低減の効果は飽和する。
【0080】
(焼入れ工程)
浸炭処理終了後、850~1100℃の温度域から焼入れを行う。浸炭処理後に焼入れを行うのは、表層の組織をマルテンサイトとして、硬さを向上させるためである。焼入れ温度が850℃未満であれば、フェライト相など、軟質層の割合が増加する可能性があり、十分なマルテンサイト面積率を確保できないため、鋼の硬さが低下する。一方、焼入れ温度が1100℃より高い場合、著しい粗粒化や混粒化が生じる。なお、焼入れ温度は、850~1000℃であることが好ましい。また、焼入れ方法としては、冷却特性に優れる油焼入れが好ましいが、水による焼入れも可能であり、小さな鋼部品であれば高圧の不活性ガスによる焼入れも可能である。
【0081】
(焼戻し工程)
焼入れ終了後、130~200℃で30分以上の焼戻しを行う。焼戻し温度を130℃以上とした場合には、靱性の高い焼戻しマルテンサイトを得ることができる。また、焼戻し温度を200℃以下とすることで、焼戻しによる硬さ低下を防止することができる。なお、これらの効果をそれぞれさらに高いレベルで奏するためには、焼戻し温度を150~180℃とすることが好ましい。この焼戻し工程を経ることで、本実施形態所定の鋼部品が得られる。
【0082】
以上説明したように、本実施形態に係る鋼部品の製造方法は、成形工程、浸炭処理工程、焼入れ工程、及び焼戻し工程を含む方法である。これにより、得られる鋼部品の表層硬さを高め、旧オーステナイト粒組織を微細化するとともに、析出物を微細分散している。その結果、本製造方法によれば、優れた耐ピッティング特性を有する鋼部品を得ることができる。
【実施例
【0083】
次に、本発明の実施例について説明するが、以下に示す各条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一例にすぎず、本発明の条件はこの一例に限定されるものではない。本発明の実施においては、その要旨を逸脱せず、その目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用することができる。
【0084】
<各種試験片の成形>
(棒鋼の準備)
表1-1、1-2に示す成分組成を有する鋼(鋼No.A~AZ)をそれぞれ溶製し、熱間鍛造により、φ40mmの棒鋼を準備した。なお、表1-1、1-2における空欄部は各元素が無添加であることを意味する。
【0085】
【表1-1】
【0086】
【表1-2】
【0087】
(小ローラー試験片の成形)
上述のようにして得たφ40mmの棒鋼から、機械加工により、φ26mm×130mmの小ローラー試験片を成形した。
【0088】
(丸棒試験片の成形)
上述のようにして得たφ40mmの棒鋼から、機械加工により、硬さ、組織、C濃度測定用のφ26mm×50mmの丸棒試験片を成形した。
【0089】
(大ローラー試験片の成形)
JIS G4805(2008)に規定された高炭素クロム鋼材SUJ2相当を用い、直径150mmの円板状の大ローラー試験片を成形した。
【0090】
<浸炭処理、油焼入れ、焼戻しの実施>
次に、小ローラー試験片及び丸棒試験片に対して、浸炭処理を行い、その後、油焼入れ、焼戻しを行った。浸炭処理の条件は表2に示すとおりであり、油焼入れの条件は、油温80℃とし、焼戻しの条件は180℃×120分とした。図1に、各発明例についての、浸炭焼入れ及び焼戻しのヒートパターンを示す。なお、図1及び表2-1、2-2中、S1、S2は、それぞれ、浸炭期、拡散期を示すものである。焼戻し後、試験精度を向上するために、小ローラー試験片のつかみ部に、仕上げ加工を施した。以上のようにして、製造No.1~59の小ローラー試験片、及び製造No.1~59の丸棒試験片を、それぞれ得た。
【0091】
【表2-1】
【0092】
【表2-2】
【0093】
<各試験片の性能評価>
(硬さ)
各丸棒試験片を長さ方向と平行に切断し、断面において表層から0.20mm深さの硬さを10点測定した。そして、これら10点の平均値を表面から0.20mmの位置における硬さとした。また、表層から1.50mmの部位のビッカース硬さ測定を行うことで、芯部硬さとした。これらの結果を表3-1、3-2に示す。
【0094】
(残留オーステナイト面積率)
各丸棒試験片を長さ方向と平行に切断し、断面を研磨後、硝酸とアルコールの混合溶液(アルコール100mlに対し硝酸1.5ml)に5秒浸漬させた後、表面から0.20mmの位置における組織を倍率10000倍に設定したSEMで、EBSD法で残留オーステナイトを同定し、5視野観察し、残留オーステナイトの総面積率を求めた。その結果を表3-1、3-2に併記する。
【0095】
(析出物面積率)
各丸棒試験片を長さ方向と平行に切断し、断面を研磨後、硝酸とアルコールの混合溶液(アルコール100mlに対し硝酸1.5ml)に5秒浸漬させた後、表面から0.20mmの位置における組織を倍率20000倍に設定したSEMで、EBSD法で析出物を同定し、5視野観察し、析出物の総面積率を求めた。その結果を表3-1、3-2に併記する。
【0096】
(焼戻しマルテンサイト面積率)
焼戻しマルテンサイト面積率は、100-(残留オーステナイト面積率+析出物面積率)の計算式で求めた。その結果を表3-1、3-2に併記する。
【0097】
(析出物のアスペクト比及び析出物径)
析出物のアスペクト比及び析出物径は、画像解析ソフト、ImageJ(National Institutes of Health製)を用いて測定した。倍率20000倍で撮影した5視野のSEM像を用い、各視野でランダムに10個の析出物を選び、選んだ析出物のアスペクト比及び析出物径を測定した。各視野で平均サイズを求め、更にその値の5視野平均値を析出物のアスペクト比及び析出物径とした。それらの結果を表3-1、3-2に併記する。
【0098】
(旧オーステナイトの結晶粒度)
各丸棒試験片を長さ方向と平行に切断し、断面を研磨後、ピクリン酸とエタノールの混合溶液(アルコール100mlに対しピクリン酸4g)に5分浸漬させ、オーステナイト粒界を現出させた後、表面から0.20mm深さの組織を1000倍の光学顕微鏡で3視野撮影し、JIS G 0551に記載の切断法を用いて3視野の粒度番号を求め、その平均値を粒度番号とした。その結果を表3-1、3-2に併記する。
【0099】
(表層におけるC含有量)
φ26mm×50mmの丸棒試験片から、旋削加工で表面から0.20mm~0.25mm(50μm分)の切粉を採取し、高周波燃焼法で求めた炭素濃度を表面から0.20mmの地点のC含有量(C濃度)とした。その結果を表3-1、3-2に併記する。
【0100】
(ローラーピッティング試験)
耐ピッティング特性評価試験として、ローラーピッティング試験(2円筒転がり疲労試験)を実施した。大ローラー試験片の円周面を小ローラー試験片の表面に回転数1500rpmで接触させ、最大1000万回の条件で試験を行い、S-N線図を作成してピッティング疲労限を求めた。ピッティング疲労限が3000MPa(SCM420浸炭品相当)に達しないものはピッティング疲労強度が劣ると判断した。その結果を表3-1、3-2に併記する。
【0101】
【表3-1】
【0102】
【表3-2】
【0103】
表1-1~3-2から明らかなように、芯部における化学組成及び硬さ、並びに、表面から0.20mmの位置におけるC含有量、硬さ及び組織について好適化を図った製造例1~31については、いずれも、優れた耐ピッティング特性が得られていることが判る。
【0104】
No.32はC量が少なく、また、P量が多いため、表面から0.20mmの位置のC含有量が低くなり、表面から0.20mmの位置の硬さ、芯部硬さが低くなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0105】
No.33はC量が多いため、表面から0.20mmの位置の析出物が多くなり、アスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、析出物が粗大となり、ピッティング疲労限が低下した。
【0106】
No.34はMn量が少ないため、表面から0.20mmの位置の残留オーステナイトが多くなり、表面から0.20mmの位置の硬さが低下し、ピッティング疲労限が低下した。
【0107】
No.35はMn量が多いため、焼割れが発生し、ローラーピッティング試験を行うことができなかった。
【0108】
No.36はCr量が多く、V量、Mo量が少なく、さらに、Mo量に対するCr量が多く、%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たさないので、表面から0.20mmの位置の析出物が多くなり、アスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、析出物が粗大となり、ピッティング疲労限が低下した。
【0109】
No.37はV量が少ないので、表面から0.20mmの位置の析出物が少なくなり、表面から0.20mmの位置の硬さが低下し、ピッティング疲労限が低下した。
【0110】
No.38はV量が多いので、表面から0.20mmの位置の析出物が粗大となり、ピッティング疲労限が低下した。
【0111】
No.39はMo量、Al量が少ないので、表面から0.20mmの位置の硬さが低下し、ピッティング疲労限が低下した。
【0112】
No.40はMo量が多いので、表面から0.20mmの位置の析出物のアスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0113】
No.41はAl量が多いので、表面から0.20mmの位置の旧オーステナイトの結晶粒度が大きくなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0114】
No.42はN量が少ないので、表面から0.20mmの位置の旧オーステナイトの結晶粒度が大きくなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0115】
No.43はN量が多いので、Nが粗大な窒化物を構成して残存し、表面から0.20mmの位置の旧オーステナイトの結晶粒度が大きくなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0116】
No.44は浸炭処理温度が高いので、表面から0.20mmの位置の旧オーステナイトの結晶粒度が大きくなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0117】
No.45はMo量に対しCr量が多く、%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たさないので、表面から0.20mmの位置の析出物のアスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、析出物が粗大化し、ピッティング疲労限が低下した。
【0118】
No.46はMo量に対しCr量が多く、%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たさないので、表面から0.20mmの位置の析出物のアスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、析出物が粗大化し、ピッティング疲労限が低下した。
【0119】
No.47はC量が少なく、また、P量が多いため、表面から0.20mmの位置の残留オーステナイトの面積率が小さくなり、表面から0.20mmの位置のC含有量が低くなり、表面から0.20mmの位置の硬さ、芯部硬さが低くなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0120】
No.48はC量が多いため、表面から0.20mmの位置の析出物が多くなり、アスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、析出物が粗大となり、ピッティング疲労限が低下した。
【0121】
No.49はSi量、N量が多いため、介在物を起点とする剥離損傷が発生し、さらに粗大なAlNが生成して母材が脆化し、ピッティング疲労限が低下した。
【0122】
No.50はMn量が少ないため、表面から0.20mmの位置の硬さが低くなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0123】
No.51はMn量が多いため、焼割れが発生し、ローラーピッティング試験を行うことができなかった。
【0124】
No.52はCr量が多く、さらに、Mo量に対するCr量が多く、%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たさないので、表面から0.20mmの位置の析出物が多くなり、アスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、析出物が粗大となり、ピッティング疲労限が低下した。
【0125】
No.53はV量が少ないので、表面から0.20mmの位置の析出物が少なくなり、表面から0.20mmの位置の硬さが低下し、ピッティング疲労限が低下した。
【0126】
No.54はV量が多いので、表面から0.20mmの位置の析出物が粗大となり、ピッティング疲労限が低下した。
【0127】
No.55はMo量、Al量が少ないので、表面から0.20mmの位置の硬さ、芯部硬さが低下し、ピッティング疲労限が低下した。
【0128】
No.56はMo量が多いので、表面から0.20mmの位置の析出物のアスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0129】
No.57はAl量が多いので、Alが粗大な酸化物を構成して残存し、ピッティング疲労限が低下した。
【0130】
No.58は浸炭処理温度が高いので、表面から0.20mmの位置の旧オーステナイトの結晶粒度が大きくなり、ピッティング疲労限が低下した。
【0131】
No.59はMo量に対しCr量が多く、%Cr<0.155×%Mo+1.35を満たさないので、表面から0.20mmの位置の析出物のアスペクト比が2.0以下の析出物の割合が小さくなり、析出物が粗大化し、ピッティング疲労限が低下した。
図1