(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】コンクリート補修剤
(51)【国際特許分類】
C04B 41/68 20060101AFI20230314BHJP
C04B 22/08 20060101ALI20230314BHJP
C04B 22/06 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
C04B41/68
C04B22/08 A
C04B22/06 Z
(21)【出願番号】P 2019048887
(22)【出願日】2019-03-15
【審査請求日】2021-12-21
(31)【優先権主張番号】P 2018058567
(32)【優先日】2018-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(73)【特許権者】
【識別番号】391010183
【氏名又は名称】極東興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001601
【氏名又は名称】弁理士法人英和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】李 柱国
【審査官】田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/082813(WO,A1)
【文献】特開2006-183446(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105503262(CN,A)
【文献】特開2017-226955(JP,A)
【文献】特開2009-173500(JP,A)
【文献】特開2010-070403(JP,A)
【文献】特開昭63-147065(JP,A)
【文献】特開2002-242294(JP,A)
【文献】特開2016-033108(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0116935(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 41/68
C04B 22/08
C04B 22/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
珪酸塩類と、アルカリ金属の水酸化
物とを含む水溶液よりなる、コンクリート補修剤
であって、
前記珪酸塩類は珪酸リチウムを含んでなると共に、前記アルカリ金属の水酸化物は水酸化ナトリウムのみからなり、
かつ前記珪酸塩類と前記アルカリ金属の水酸化物との合計の質量濃度が5~20%である、コンクリート補修剤。
【請求項2】
前記珪酸塩類と
前記アルカリ金属の水酸化物とのモル比が、
珪酸塩類:アルカリ金属の水酸化物=0.5~5.0:5.0である、請求項
1に記載のコンクリート補修剤。
【請求項3】
前記珪酸塩類及び
前記アルカリ金属の水酸化物以外の他の水溶性物質を混合してなる、請求項1
又は2に記載のコンクリート補修剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火災などにより高温加熱を受けて劣化したコンクリートの性能回復を促進するため、あるいは高温加熱を受けていない一般コンクリートの改質や補修のための、塗布や含浸や注入用などのコンクリート補修剤に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートは火災などにより高温加熱を受けると、セメント水和反応生成物の分解・変質及びセメントペーストと骨材の間に不均一の膨張や収縮が生じて、コンクリートの内部組織が破壊され、強度及び弾性係数などの力学性能が低下する。また、水酸化カルシウムが高温で分解すると、コンクリートのアルカリ性が失われる。更に、コンクリートの表面にひび割れが多発するため、物質侵入抵抗性が低下し、炭酸ガス、酸素、塩分及び水などがコンクリートの内部に侵入し拡散しやすくなる。これにより、コンクリートの中性化抵抗性が低下し、当該コンクリート中の鉄筋が錆びやすくなる。
【0003】
一方、高温加熱を受けたコンクリートの性能は、再養生によって時間とともに回復するが、高温加熱を受ける前の水準までは回復できない。そこで、日本建築学会「建物の火害診断及び補修・補強方法指針・同解説」は、コア強度が設計基準強度以下やひび割れの幅が数mm以上のひどく劣化した部位のコンクリートをはつりとって打ち直し、コア強度が設計基準強度以上であるコンクリートのひび割れを補修すると規定している。
しかし、コンクリートの打ち直しは、手間と時間がかかる。また、0.2mm以上のひび割れであればエポキシ樹脂やポリマーセメントで補修することができるが、0.2mm未満の微細なひび割れ及び微小な損傷の補修は困難であるため、大きなひび割れを補修しても、高温加熱を受ける前に比べ、コンクリートの性能は劣ることになる。
【0004】
したがって従前より、高温加熱を受けたコンクリートの補修技術の開発が望まれており、非特許文献1には、ケイ酸系ナトリウムを主成分としたコンクリート改質剤の塗布や含浸による、高温加熱を受けたコンクリートの性能回復方法が提案されている。
しかし、この性能回復剤はコンクリートの内部までの浸透が十分ではないため、更に優れた性能回復促進剤や補修剤が求められている。また、高温加熱を受けていない一般コンクリートについても同様に、優れた改質剤や性能回復剤といった補修剤が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】李柱国、李慶濤:高温加熱を受けたコンクリートの性能回復に関する研究、日本建築学会構造系論文集、Vol.76、No.666、2011、pp.1375-1382
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、コンクリートの内部への浸透性に優れ、当該コンクリートの性能を回復ないし向上させる、塗布や含浸や注入用などのコンクリート補修剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この課題を解決するために本発明者らが種々の試験を重ねた結果、珪酸塩類とアルカリ金属の水酸化物との混合水溶液がコンクリート内部へ浸透する能力が高いことを知見し、更にこの混合水溶液により高温加熱を受けて劣化したコンクリートや高温加熱を受けていない一般コンクリートの性能回復を図ることが可能であることを確認した。
【0008】
すなわち、本発明の一観点によれば、珪酸塩類と、アルカリ金属の水酸化物とを含む水溶液よりなる、コンクリート補修剤が提供される。
なお、本発明でいう「補修剤」とは、性能回復促進剤及び改質剤を包含する概念である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の補修剤は、コンクリートの内部への浸透性が高く、なおかつ高温下で分解したセメント水和反応生成物を再反応させ、微小な損傷を修復できる。したがって、この補修剤の塗布や含浸や注入などにより、高温加熱を受けたコンクリートの性能回復を図ることができる。また、本発明の補修剤は、コンクリートの内部への浸透性が高いことから、高温加熱を受けていない一般コンクリートの性能向上も図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】補修剤別の注入量と注入時間の関係を示すグラフ。
【
図3】補修剤と他のアルカリ溶液が450℃で加熱したシリーズNo.1の被補修コンクリートの角柱供試体に浸透した深さを示す写真。
【
図4】異なる温度で加熱されたシリーズNo.1の被補修コンクリート(普通強度)へ補修剤を注入した後の強度回復の結果を示すグラフ。
【
図5】異なる温度で加熱されたシリーズNo.2の被補修コンクリート(高強度)へ補修剤を注入した後の強度回復の結果を示すグラフ。
【
図6】異なる温度で加熱されたシリーズNo.3~No.5の被補修コンクリート(普通強度)を補修剤に浸漬した後の強度回復の結果を示すグラフ。
【
図7】異なる温度で加熱されたシリーズNo.3の被補修コンクリートを補修剤に浸漬した後の内部構造の変化を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のコンクリート補修剤(以下、単に「補修剤」ともいう。)は、珪酸リチウム(Li2O・nSiO2,n=3~8)などの珪酸塩類と、アルカリ金属の水酸化物の1種又は2種以上とを含む水溶液よりなるものである。この補修剤は、後述する試験結果に表れているように、コンクリート内部へ浸透する能力が高く、優れた性能回復効果を発揮する。
【0012】
アルカリ金属の水酸化物としては、典型的には水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)が挙げられる。
【0013】
また、本発明の効果(浸透性向上効果及び性能回復効果)をいかんなく発揮する点から、珪酸塩類とアルカリ金属の水酸化物とのモル比は、珪酸塩類:アルカリ金属の水酸化物=0.5~5.0:5.0であることが好ましく、0.5~3.0:5.0であることが更に好ましく、0.5~2.0:5.0であることがより好ましい。
同様に、珪酸塩類とアルカリ金属の水酸化物との合計の質量濃度は、5~80%であることが好ましく、5~20%であることが更に好ましく、7~13%であることがより好ましい。
【0014】
更に、本発明の補修剤には、珪酸塩類及びアルカリ金属の水酸化物以外の他の成分(水溶性物質)、例えば、コンクリート中の補強鉄筋の腐食を防止する防錆剤やコンクリートのアルカリ骨材反応を防止する薬剤を混合してもよい。本発明の補修剤は主にコンクリートを緻密させる効果を発揮するところ、前記のような他の水溶性物質を混合することにより、鉄筋の防錆効果やアルカリ骨材反応の抑制効果も併せて発揮することができる。
【実施例1】
【0015】
以下の試験により、補修剤を作製し、加圧注入の場合の浸透性と利用効果を評価した。
1.試験概要
1.1 被補修コンクリートの調合と加熱
被補修コンクリートの円柱供試体を表1に示す調合によって作製した。シリーズNo.1とNo.2は、それぞれ普通強度コンクリートと高強度コンクリートに近いものである。使用材料を表2に示す。サイズが直径10cm×高さ20cmの供試体を20±3℃の水中において28日間養生した。その後、加熱まで20±5℃室内に放置した。加熱直前と直後に圧縮試験をそれぞれ行い、圧縮強度を測定した。加熱直前の圧縮強度を表1に示す。
また、加熱前に被補修コンクリート供試体の打ち込み面の中心に深さ60mm、直径10mmの削孔を行った。次に、昇温速度を2~3℃/分とし、加熱温度が目標温度(450℃、550℃、650℃)に達し後に5時間維持して加熱を行った。なお、コンクリートの中心温度は測定しなかったが、昇温速度が小さく、また目標温度に5時間維持したため、コンクリートの中心温度は目標温度に達したと考えられる。
【0016】
【0017】
【0018】
1.2 使用した補修剤
補修剤を選定するための試験(以下「補修剤の選定試験」という。)、及び補修剤の使用効果を検証するための加圧注入試験(以下「補修剤の注入試験」という。)に使用した補修剤の原材料(原料溶液)を表3に示す。
水ガラス水溶液(WG)は、JIS K 1408の1号水ガラスと水を1:1の体積比で混合したものである。
水酸化ナトリウム水溶液(NH)のモル濃度は10Mである。
液体ガラス(S)は、液体ガラスの原液と水を1:2の体積比で混合したものである。液体ガラスの成分は企業秘密で不明である。
珪酸リチウム(Li)のモル比は7.5で、シリカ(SiO2)の含有量は20~22質量%、酸化リチウム(LiO2)の含有量は1.3~1.5質量%である。
アルミン酸ナトリウム(AN)は、水酸化アルミニウムと水酸化ナトリウムを原料とする液体品である。
【0019】
これらの原材料(原料溶液)を調合して補修剤の選定試験に使用した。この選定試験に使用した補修剤の構成を表4に示す。
【0020】
【0021】
【0022】
1.3 コンクリートへの補修剤の注入試験方法
補修剤の選定試験では、表1中、シリーズNo.1の被補修コンクリート(普通強度)の円柱供試体を使用して、450℃加熱を行った。その後、ASR(アルカリ骨材反応)抑制工法に用いられる注入器具(パッカーとアクリルカプセル、下記参考文献を参照。)を使用し、注入圧力を0.5MPaとして、表4に示す4種類の補修剤を前述の削孔部より注入した。また、比較のため水の注入も行った。
参考文献 江良和徳:亜硝酸リチウムを用いたASR抑制工法,リチウム内部圧入によるアルカリシリカ反応の抑制について,コンクリート工学,vol50,No.2,pp.155~162,2012
【0023】
補修剤の注入試験では、前述の選定試験で選定した補修剤(珪酸リチウムと水酸化ナトリウムの混合水溶液)を3つの温度レベル(450、550、650℃)で加熱したシリーズNo.1とNo.2の被補修コンクリートの円柱供試体に0.5MPaの圧力で注入した。その後、各円柱供試体のマトリックスモルタルと同じ調合のモルタルを練り混ぜ、削孔部を充填した。更に、20±3℃、R.H.60%の室内に放置して28日間養生してから、JIS A 1108に準じて圧縮強度を測定した。圧縮強度は3本の供試体の平均値とした。なお、性能回復促進効果を比べるために、各加熱温度の被補修コンクリートの円柱供試体に水を注入した。この補修剤の注入試験の様子を
図1に示す。
【0024】
2.試験結果
2.1 補修剤の選定試験の結果
図2に、表4に示す4種類の補修剤と水の注入試験の結果を示す。
約140分で250mLの水は注入され、円柱供試体の表面に滲み出始めた。これによって、シリーズNo.1の被補修コンクリートを450℃加熱した場合、1本の円柱供試体に注入できる液の量は250mLであることがわかった。また、
図2に示すように、「Li+NH+水」の補修剤の浸透性は他の補修剤に比べ、高いことが認められた。
【0025】
また、450℃で加熱したシリーズNo.1の被補修コンクリートの角柱供試体をほぼ三等分して、それぞれ(a)10Mの水酸化ナトリウム水溶液(NH)、(b)珪酸リチウム(Li)、及び(c)「Li+NH+水」の補修剤に10時間浸漬した。浸漬後の断面写真を
図3に示す。同図に示すように、珪酸リチウム(Li)に浸漬した場合の浸透深さは最も小さかった。一方、「Li+NH+水」の補修剤は、供試体を完全に浸透することができた。
【0026】
このように、「Li+NH+水」の補修剤は浸透性が高いことが確認された、したがって、補修剤の使用効果を検証するための注入試験(補修剤の注入試験)では、「Li+NH+水」の補修剤を使用した。
【0027】
2.2 補修剤の注入試験の結果
加熱後のコンクリートの注入に適する「Li+NH+水」中の水の割合を変え、表5に示すようにA、B、C液からなる補修剤を調製した。すなわち、水の割合はA液<B液<C液である。
450℃で加熱した被補修コンクリートの円柱供試体(効果検証用コンクリート供試体)にB液とC液、550℃と650℃で加熱した被補修コンクリートの円柱供試体(効果検証用コンクリート供試体)にA液とB液を注入した。加熱温度レベル、液の種類ごとにそれぞれ3本の円柱供試体に対して注入を行った。
なお、A、B、C液における、珪酸リチウムと水酸化ナトリウムとのモル比(珪酸リチウム:水酸化ナトリウム)及び珪酸リチウムとアルカリ金属の水酸化物との合計の質量濃度を表6に示す。
【0028】
【0029】
【0030】
(1)注入時間
前述したように、円柱供試体(効果検証用コンクリート供試体)が完全に湿り、液が表面に滲み出すまで250mLの水を注入できたため、250mLの注入にかかる時間を比べ、A、B、C液の注入性を考察した。各液の250ml注入時間を表7及び表8に示すに示す。
【0031】
【0032】
【0033】
これらの表に示すように、コンクリート供試体の加熱温度が高いほど、注入時間が短かった。また、ばらつきはあるが、水の割合が大きいほど、注入時間は短い傾向が見られた。更に、加熱前の強度レベルが高いほど、550℃以下の加熱であれば注入時間が短くなることが認められた。すなわち、完全注入までの時間は、補修剤の濃度、並びにコンクリートの加熱温度及び加熱前の強度に依存する。
【0034】
(2) 圧縮強度
コンクリート供試体の加熱前の圧縮強度を100%として、加熱直後と補修剤の加圧注入・再養生後のコンクリートの残存圧縮強度(%)を
図4及び
図5に示す。
図4に示すシリーズNo.1の被補修コンクリートの場合、450℃で加熱された供試体については、加熱後に圧縮強度が70%程度まで低下し、B液、C液を注入することで強度の回復がみられた。特にB液の場合、加熱前の90%程度まで回復した。550℃、650℃で加熱された供試体については、加熱後にそれぞれ50%、40%程度まで圧縮強度が低下した。しかし、A液を注入することで、それぞれ加熱前の80%、70%程度まで強度は回復した。
【0035】
一方、
図5に示すシリーズNo.2の被補修コンクリートの場合、450℃で加熱された供試体については、加熱直後に圧縮強度が50%程度まで低下し、B液を注入することで加熱前の85%程度まで回復した。550℃、650℃で加熱された供試体については、加熱直後にそれぞれ38%、28%程度まで圧縮強度が低下した。しかしB液を注入することで、それぞれ加熱前の90%、70%程度まで強度は回復した。
なお、いずれの供試体についても、水の注入による強度の回復促進は見られなかった。
【実施例2】
【0036】
以下の試験により、コンクリートを補修剤に浸漬(含浸)する場合の浸透性と利用効果を評価した。
1.実験概要
1.1 補修剤の組成
前記の珪酸リチウム原液(Li),10Mの水酸化ナトリウム水溶液(NH)及び水を2:1:2の体積比で混合したものである。ここに、D液と称する。
【0037】
まず、この補修剤(D液)について、浸漬の場合の浸透能力を確認するために、表9に示すシリーズNo.4の普通強度コンクリートを使って補修剤(D液)の無圧力浸透実験を行った。具体的には、300℃で加熱したシリーズNo.4のコンクリート円柱供試体(直径10cm)をD液に浸して24時間の間隔で供試体を割り、中心まで浸透したことを確認した。
【0038】
1.2 被補修コンクリートの調合及び加熱
用いた被補修コンクリートは、表9に示すシリーズNo.3~No.5の普通強度コンクリートである。調合は表9及び表10に示すとおり。普通ポルトランドセメントと珪酸質の骨材を使った。サイズが直径100×高さ200mmの円柱供試体を作製し、20±3℃の水中において56日間養生した後に室内に保管した。その後、小型電気炉で供試体の加熱を行った。昇温速度を2~3℃/分とし、目標温度(300℃、500℃、650℃)で5時間維持した。加熱後は気中自然冷却をした。
【0039】
【0040】
【0041】
1.3 加熱後の補修
密閉できる容器にD液を装入してから、シリーズNo.3~No.5の加熱後の供試体を7日間浸漬した。浸漬後に、供試体を温度20±2℃、相対湿度60±5%の室内で21日間気中養生を行った。加熱温度はそれぞれシリーズNo.3は300℃、No.4は500℃、及びNo.5は650℃とした。
【0042】
1.4 補修前後の測定
加熱前と補修後にJIS A 1108:2018(コンクリートの圧縮強度試験方法)に準じて圧縮強度を測定し、加熱直後と補修後の圧縮強度残存率を算出した。圧縮強度は3本の試験体の平均値とした。また、500℃,650℃加熱直後、浸漬による補修後の供試体の内部構造を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。
【0043】
2.試験結果
2.1 圧縮強度
300℃,500℃,650℃で加熱され、補修剤に7日浸漬したシリーズNo.3~No.5の加熱前と加熱・補修後(浸漬・養生)の圧縮強度及び加熱前の強度と比較した残存率を
図6に示す。
図6に示すように、補修後の圧縮強度はそれぞれ93%,87%,86%まで回復した。補修剤の補修効果を浸漬の場合においても確認した。
【0044】
2.2 補修後の内部構造の変化
加熱直後と補修後のSEM(500倍)写真を
図7に示す。加熱直後の供試体にはひび割れと空隙が見られた。特に650℃で加熱されたシリーズNo.5の供試体は、500℃で加熱されたシリーズNo.4の供試体よりひび割れが大きく、空隙が多かった。しかし、補修剤の浸漬による補修後は、緻密になった。すなわち、500℃で加熱されたシリーズNo.4の供試体ではひび割れと空隙がほとんど見られなくなり、650℃で加熱されたシリーズNo.5の供試体ではひび割れや空隙が少なくなった。
【0045】
3.補修剤の高浸透性のメカニズムに関する検討
珪酸リチウム、珪酸ナトリウム(水ガラス)又は珪酸カリウムを主成分とする珪酸塩系表面含浸材(水溶液)は、以前からコンクリートの防水、表面保護工法に広く使われている。含浸材の乾燥固化物及びそれとセメントの水和によって生じるCa(OH)2との反応生成物C-S-Hゲルは、コンクリートの空隙を充填して改質効果を生じるためである。しかし、これら従来の珪酸塩系表面含浸材は表層部の数ミリまでしか浸透できないため、その適用範囲は、表層部の改質、防水及び保護に限られていた。珪酸塩系表面含浸材が深くまで浸透できないのは、含浸材がセメントの水和生成物Ca(OH)2と反応してC-S-Hゲルを生じ、浸透経路を閉塞するためである。
【0046】
本発明の補修剤の高浸透性のメカニズムを解明するため、補修剤の粘度を測定し、補修剤とCa(OH)2との反応性を実験で確認した。
具体的には、先に表3に示した原料溶液のNH、Li及びWGの20℃時の粘度を測定した。その結果を表11に示す。また、浸漬実験に用いられたD液及びWGとNHの混合液(WG+NH、体積比1:1)の20℃時の粘度も測定した。その結果を表11に併記する。D液の粘度は最も小さいことを確認した。
【0047】
【0048】
仮に珪酸リチウム水溶液の粘度がNH添加の影響を受けなければ、D液(Li:NH:水=2:1:2)の20℃時の粘度は、47.2(Liの粘度)×(2/5)+34.9(NHの粘度)×(1/5)+1.00(水の粘度)×(2/5)=26.3mPa・sとなるはずであるが、測定値(12.7mPa・s)は計算値(26.3mPa・s)より小さくなっている。この結果より、NHの添加で珪酸リチウム水溶液の粘度が小さくなることがわかる。これは、NHの添加で珪酸リチウムが小分子化するためであると推定される。一方、WGとNHの混合液の粘度の計算値(24.8×(1/2)+34.9×(1/2)=30.0mPa・s)は、測定値(31.0mPa・s)とほぼ同じである。
【0049】
補修剤とCa(OH)2との反応性の考察実験では、5種類のアルカリ溶液(Li,NH,WG,D液,WG+NH)を用いた。WG+NH液は表11のものと同じである。100mLのアルカリ溶液に特級試薬のCa(OH)2(純度96.0%以上)を5g溶かした。一晩後に、ろ紙(JIS3801 5種A 定量分析ろ紙)で液をろ過し、ろ過後のろ紙を105℃の温度で乾燥させて、ろ紙に残った固形物の重さを測定した。測定結果を表12に示す。
【0050】
【0051】
LiとWGにそれぞれCa(OH)2を混ぜて生じた固形物は、珪酸イオンとカルシウムの反応生成物であると思われ、それぞれ38.4gと80.7gの固形物が生じた。これに対して、LiにNHを混ぜたD液では、ろ紙に残った固形物は38.4gから12.9gに減少した。体積比1:1でWGとNHを混ぜると、固形物は105.5gから41.1gに減少した。仮にCa(OH)2と珪酸イオンが反応せず体積比で計算すると、D液のろ過固形物は(2/5)×38.4(g)+(1/5)×16.9(g)+(2/5)×5.3(g)=20.9(g)であり、WG+NHのろ過固形物は(1/2)×80.7(g)+(1/2)×16.9(g)=48.8(g)となる。これにより、NHの添加で珪酸イオンとCa(OH)2の反応が抑えられることがわかった。また、反応の減少率は、珪酸ナトリウムの場合には(48.8-41.1)/48.8=15.8%で、珪酸リチウムの場合には(20.9-12.9)/20.9=38.3%である。珪酸リチウムのほうが反応の減少率は大きい。したがって、D液の浸透性は高い。
【0052】
珪酸リチウムと同様に、珪酸ナトリウム(水ガラス)は、水酸化ナトリウムの添加でCa(OH)2と反応しにくくなる。したがって、適切な量の水を混合すれば珪酸ナトリウムや珪酸カリウムと水酸化ナトリウムの水溶液は高い浸透性をもち、コンクリートの内部補修に適用できると考えられる。
【0053】
前述したように、珪酸塩類(珪酸リチウム、珪酸ナトリウム又は珪酸カリウム)は、表面含浸材としてコンクリートの改質と表面保護によく使われる。これに対して本発明の補修剤は、前述のとおり加熱されたコンクリートに浸透する能力が高く、この高い浸透能力は加熱されていないコンクリートに対しても同様に発揮されると考えられるから、本発明の補修材は加熱されていないコンクリートの補修や改質にも適用できる。
【0054】
ここで、本発明の補修剤は、ジオポリマーコンクリートの補修剤としても使用可能である。C-A-S-Hゲルが含まれるジオポリマーコンクリートは、高温加熱を受けると、C-A-S-Hゲルが分解する可能性がある。また、ポルトランドセメントを用いたコンクリートと同様に、ペースト部と骨材部の高温加熱による膨張量と冷却による収縮量が異なるため、両者の界面にひび割れや損傷が生じる。このように高温加熱を受けて劣化したジオポリマーコンクリートに、本発明の補修剤を塗布や浸漬や注入すると、アルカリ刺激でC-A-S-Hゲルが再生成し、高温加熱前に未反応であった活性フィラーに縮重合反応が生じ、高温加熱後の損傷やひび割れを修復できる。このように本発明の補修剤は、高温加熱を受けて劣化したジオポリマーコンクリートの性能回復の促進を図りうる。よって、本発明において「コンクリート」とはジオポリマーコンクリートを含むものとする。
【0055】
4. 結論
本発明の補修剤によれば、コンクリートが高温加熱を受けたどうかにかかわらず、その内部への浸透性が向上する。これにより、高温加熱を受けて劣化したコンクリートの性能回復を図ることができるとともに、高温加熱を受けていないコンクリートの内部までも改質することができる。