(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】軸力部材の緩み検知システム及び軸力部材の緩み検知方法
(51)【国際特許分類】
G01M 13/00 20190101AFI20230314BHJP
G01H 9/00 20060101ALI20230314BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20230314BHJP
G01L 5/00 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
G01M13/00
G01H9/00 C
G01H17/00 Z
G01L5/00 103C
(21)【出願番号】P 2019044199
(22)【出願日】2019-03-11
【審査請求日】2022-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】519086405
【氏名又は名称】小西 拓洋
(73)【特許権者】
【識別番号】303056368
【氏名又は名称】東急建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小西 拓洋
(72)【発明者】
【氏名】島田 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】西村 伸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 誠
(72)【発明者】
【氏名】前田 欣昌
(72)【発明者】
【氏名】白仁田 和久
【審査官】奥野 尭也
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-340710(JP,A)
【文献】国際公開第2004/011893(WO,A1)
【文献】特開2006-226716(JP,A)
【文献】特開2001-159572(JP,A)
【文献】特開2010-197273(JP,A)
【文献】特開平09-269268(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-3451656(KR,B1)
【文献】特開平11-148876(JP,A)
【文献】国際公開第2002/095346(WO,A1)
【文献】特公昭49-039035(JP,B2)
【文献】特開昭62-070728(JP,A)
【文献】特開2000-131195(JP,A)
【文献】特開2005-069312(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00-13/045
G01H 1/00-17/00
G01N 29/00-29/52
G01L 5/00- 5/28
F16B 31/00-31/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外力が加えられた軸力部材から発生する振動によって軸力を判定する軸力部材の緩み検知システムであって、
軸力が既知の軸力部材から発生する振動によって得られた複数の固有振動数に基づいて軸力推定式を作成する推定式作成部と、
検査対象軸力部材に外力を加えるための加振装置と、
前記加振装置によって加えられた外力によって発生した前記検査対象軸力部材の軸力部材振動を測定する振動検知装置と、
前記振動検知装置によって検知された前記軸力部材振動を周波数分析することで取得されたピーク振動数及び振幅の中から、複数の値を前記軸力推定式に入力することで前記検査対象軸力部材の軸力を推定する軸力推定部と、
前記軸力推定部の推定結果に基づいて前記検査対象軸力部材の緩みを判定する緩み判定部とを備えたことを特徴とする軸力部材の緩み検知システム。
【請求項2】
前記軸力部材は、ボルトであることを特徴とする請求項1に記載の軸力部材の緩み検知システム。
【請求項3】
前記軸力推定式の作成には、500Hzから6kHzの範囲に発生する2個から4個のピーク振動数が固有振動数として使用されることを特徴とする請求項1又は2に記載の軸力部材の緩み検知システム。
【請求項4】
前記加振装置は、前記検査対象軸力部材の頭部を打撃する打鍵装置、又はYAGレーザを照射する加振用レーザ装置であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の軸力部材の緩み検知システム。
【請求項5】
前記振動検知装置は、外力が加えられたことにより前記検査対象軸力部材から発生する音を測定する集音装置、又は振動を測定するレーザ振動計であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の軸力部材の緩み検知システム。
【請求項6】
外力が加えられた軸力部材から発生する振動によって軸力を判定する軸力部材の緩み検知方法であって、
軸力が既知の軸力部材を使用して、発生する振動から取得された複数の固有振動数に基づいて軸力推定式を作成するステップと、
検査対象軸力部材に対して外力を与えるステップと、
前記外力によって発生した前記検査対象軸力部材の軸力部材振動を測定するステップと、
測定された前記軸力部材振動を周波数分析することで取得されたピーク振動数及び振幅の中から、複数の値を前記軸力推定式に入力することで前記検査対象軸力部材の軸力を推定するステップと、
前記軸力の推定結果に基づいて前記検査対象軸力部材の緩みを判定するステップとを備えたことを特徴とする軸力部材の緩み検知方法。
【請求項7】
前記軸力部材は、ボルトであることを特徴とする請求項6に記載の軸力部材の緩み検知方法。
【請求項8】
前記軸力推定式の作成には、500Hzから6kHzの範囲に発生する2個から4個のピーク振動数及び振幅を使用することを特徴とする請求項6又は7に記載の軸力部材の緩み検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外力が加えられた軸力部材から発生する振動によって軸力を判定する軸力部材の緩み検知システム、及び軸力部材の緩み検知方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に開示されているように、ボルトをハンマで打撃した際に発生する打音からボルトの緩みを判定する装置が知られている。この特許文献1のボルトの緩み判定装置では、マイクロホンで打音を検出し、アナログ帯域フィルタにより各周波数帯の時系列信号に分離し、その時系列信号を整流してピークホールドすることによって、各周波数帯における瞬間的な最大値を抽出する。
【0003】
一方、ハンマで打撃した際の加振力は、加振力センサで検出して、比率演算器により外力基準値との比率を求める。そして、打音から抽出された最大値を比率演算器にて算出した比率を基に補正し、比較器において予め設定された振動基準値と比較して、所定の関係から外れたときの比較結果信号を出力する。
【0004】
さらに警報器によって、比較結果信号の数が例えば3個以上の場合に、異常としての警報を行う。要するにこの装置では、入力信号の大きさと、各周波数帯の最大値とを比較することで緩みを検知して、緩みが検知された場合に警報を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記した特許文献1のボルトの緩み判定装置は、ボルトが緩んだことを警報器によって報知させる装置であるため、初期や中期の緩みは検出されず、警報しなければならない状態まで緩みが進行しないと、検査員は気付くことができない。
【0007】
また、検査員がハンマで打撃を行い、緩みを判断する方法では、検査対象が、検査員の接近できるボルトに限られる。さらに、打撃時の加振力や打音などを複数のセンサでそれぞれ検知させて、それらの入力信号を用いて判定を行う場合には、計測機器が増え、信号処理が複雑となる。
【0008】
そこで、本発明は、振動検知装置の測定結果に基づいて軸力部材の緩みを段階的に判定することが可能な軸力部材の緩み検知システム及び軸力部材の緩み検知方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明の軸力部材の緩み検知システムは、外力が加えられた軸力部材から発生する振動によって軸力を判定する軸力部材の緩み検知システムであって、軸力が既知の軸力部材から発生する振動によって得られた複数の固有振動数に基づいて軸力推定式を作成する推定式作成部と、検査対象軸力部材に外力を加えるための加振装置と、前記加振装置によって加えられた外力によって発生した前記検査対象軸力部材の軸力部材振動を測定する振動検知装置と、前記振動検知装置によって検知された前記軸力部材振動を周波数分析することで取得されたピーク振動数及び振幅の中から、複数の値を前記軸力推定式に入力することで前記検査対象軸力部材の軸力を推定する軸力推定部と、前記軸力推定部の推定結果に基づいて前記検査対象軸力部材の緩みを判定する緩み判定部とを備えたことを特徴とする。
【0010】
ここで、前記軸力部材としては、ボルトが適用できる。また、前記軸力推定式の作成には、500Hzから6kHzの範囲に発生する2個から4個のピーク振動数が固有振動数として使用されることが好ましい。また、前記加振装置は、前記検査対象軸力部材の頭部を打撃する打鍵装置、又はYAGレーザを照射する加振用レーザ装置である構成とすることができる。
【0011】
さらに、前記振動検知装置は、外力が加えられたことにより前記検査対象軸力部材から発生する音を測定する集音装置、又は振動を測定するレーザ振動計である構成とすることができる。
【0012】
また、軸力部材の緩み検知方法の発明は、外力が加えられた軸力部材から発生する振動によって軸力を判定する軸力部材の緩み検知方法であって、軸力が既知の軸力部材を使用して、発生する振動から取得された複数の固有振動数に基づいて軸力推定式を作成するステップと、検査対象軸力部材に対して外力を与えるステップと、前記外力によって発生した前記検査対象軸力部材の軸力部材振動を測定するステップと、測定された前記軸力部材振動を周波数分析することで取得されたピーク振動数及び振幅の中から、複数の値を前記軸力推定式に入力することで前記検査対象軸力部材の軸力を推定するステップと、前記軸力の推定結果に基づいて前記検査対象軸力部材の緩みを判定するステップとを備えたことを特徴とする。ここで、前記軸力部材としては、ボルトが適用できる。また、前記軸力推定式の作成には、500Hzから6kHzの範囲に発生する2個から4個のピーク振動数及び振幅を使用することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
このように構成された本発明の軸力部材の緩み検知システムは、軸力が既知の軸力部材から発生する振動によって得られた複数の固有振動数に基づいて軸力推定式を作成する推定式作成部を備えている。
【0014】
そして、加振装置によって検査対象軸力部材に外力を加えたことで発生した軸力部材振動を振動検知装置で測定し、その軸力部材振動を周波数分析することで取得されたピーク振動数及び振幅の中から複数の値を軸力推定式に入力することで、軸力推定部によって検査対象軸力部材の軸力を推定するとともに、検査対象軸力部材の緩みを緩み判定部で判定する。
【0015】
このように複数の固有振動数に基づいて作成された軸力推定式を使用することで、軸力部材の緩みを段階的に判定することができるようになる。また、検査対象軸力部材の検査時に検知させる入力データは、振動検知装置の測定結果だけでよいので、比較的簡単な構成にすることができる。
【0016】
また、軸力部材の緩み検知方法の発明では、軸力が既知の軸力部材から発生する振動によって得られた複数の固有振動数に基づいて軸力推定式を作成してから、検査対象軸力部材から発生した軸力部材振動を周波数分析し、前記軸力推定式によって検査対象軸力部材の軸力を推定する。そして、その軸力の推定結果から検査対象軸力部材の緩みを判定する。
【0017】
このように複数の固有振動数に基づいて作成された軸力推定式を使用して、上記したステップで検査対象軸力部材の緩みを判定することで、軸力部材の緩みを段階的に把握することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施の形態のボルトの緩み検知システムの構成を説明するブロック図である。
【
図2】本発明の実施の形態のボルトの緩み検知方法の処理の流れを示した説明図である。
【
図3】ボルト振動の周波数分析結果を示した図で、(a)は軸力が無い場合の周波数スペクトル図、(b)は軸力が20%の場合の周波数スペクトル図である。
【
図4】打鍵音収録装置の構成を模式的に示した説明図である。
【
図5】打鍵音収録装置を使用した検査状況を説明する斜視図である。
【
図6】加振用レーザ装置とレーザ振動計とによる構成の概要を示した説明図である。
【
図7】加振用レーザ装置及びレーザ振動計を使用した検査状況を説明する斜視図である。
【
図8】2つの判別手法による緩み判定結果を比較する表であって、(a)は集音装置による測定データを使用した場合の結果を示した図、(b)はレーザ振動計による測定データを使用した場合の結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本実施の形態の軸力部材の緩み検知システムであるボルトの緩み検知システムの構成を説明するブロック図、
図2は本実施の形態の軸力部材の緩み検知方法であるボルトの緩み検知方法の処理の流れを説明する図である。
【0020】
本実施の形態のボルトの緩み検知システムは、外力が加えられた軸力部材であるボルトから発生する振動によって軸力(ボルトの締結力)を判定するためのシステムである。このボルトの緩み検知システムは、
図1に示すように、検査対象軸力部材である検査対象ボルトに外力を加えるための加振装置2と、加振装置2によって加えられた外力によって発生した検査対象ボルトの軸力部材振動であるボルト振動(応答振動)を測定する振動検知装置3と、処理演算部4と、入力部11及び出力部12とによって主に構成される。
【0021】
入力部11は、軸力推定式の作成やボルト緩みを判定する際に必要となる各種設定や、後述する入力データ以外のデータなどの入力を行うための手段である。入力部11には、キーボード、マウス、入力データが記録された記憶媒体などが該当する。
【0022】
一方、出力部12は、作成された軸力推定式や軸力の推定値や緩みの判定結果などを出力する手段である。ディスプレイ、プリンタ、出力データを記録する記憶媒体などが該当する。入力部11及び出力部12の記憶媒体には、SDメモリーカードやUSBメモリなどのフラッシュメモリ、ソリッドステートドライブ(SSD)、ハードディスクなどが使用できる。
【0023】
加振装置2は、ボルトに外力を加えることができる装置であれば、いずれの形態であってもよい。例えば、ハンマや錘などの鍵20で直接、ボルトを打撃する打鍵装置2A(
図4参照)を加振装置2として使用することができる。この打鍵装置2Aは、モータとカムとバネなどを組み合わせることで、鍵20を一定時間間隔で動かすことができる装置である。
【0024】
また、可視光のYAGレーザを照射する加振用レーザ装置2B(
図6参照)を加振装置2として使用することもできる。YAGレーザ(Yttrium Aluminum Garnetを用いた固体レーザ)をボルト面に当てると、表面材料のアブレーション(イオン化)により衝撃が発生するので、これによってボルトに振動を生じさせることができる。
【0025】
一方、振動検知装置3は、打鍵装置2Aや加振用レーザ装置2Bによってボルトに与えられた打撃によって発生した振動(ボルト振動)を測定できる装置であれば、いずれの形態であってもよい。
【0026】
例えば、ボルトを打撃した際に発生する打音を検知する集音装置3A(
図4参照)を振動検知装置3として使用することができる。集音装置3Aは、打音を電気信号に変換するマイクロホンと、変換された電気信号を増幅する増幅器とを備えている。
【0027】
また、振動を遠方から検知することが可能なドップラーレーザを利用したレーザ振動計3B(
図6参照)を振動検知装置3として使用することもできる。レーザ振動計3Bは、レーザ光を照射するセンサヘッドと、反射されたレーザ光を受光する受光素子とを備えている。例えば、ボルト面が打撃によって振動していれば、振動するボルト面から反射されたレーザ光はドップラーシフトしたレーザ光となっており、周波数(速度)の変化が電圧に変換されて振動現象として検出することができる。
【0028】
処理演算部4は、ノートパソコンなどのパーソナルコンピュータ(PC)やタブレット端末などによって構成される。処理演算部4には、各種制御を行う制御部40と、周波数分析などを行う波形分析部41と、軸力推定式を作成する推定式作成部42と、ボルトの軸力を推定する軸力推定部43と、ボルトの緩みを判定する緩み判定部44とを備えている。
【0029】
制御部40は、入力部11から入力された信号を各演算部に送ったり、加振装置2に打撃動作の指示信号を送ったり、振動検知装置3の検知データ(測定データ)を各演算部に送ったりするなどの制御を行う。
【0030】
また、波形分析部41は、後述するように、振動検知装置3で測定された信号波形の分割処理をしたり、周波数分析をしたりする演算部である。波形分析部41による分析結果は、推定式作成部42と軸力推定部43との両方で利用される。
【0031】
続いて、
図2を参照しながら推定式作成部42の処理について説明する。推定式作成部42では、検査対象とする継手のボルトBと同様の形態のボルトBを使用して、軸力推定式を作成する。ここで、ボルトBは、取付部材Mの穴に通されて、ナットB2を使って締結される。そして、ボルトBの頭部B1を打撃することで、ボルトBの締結力、すなわち軸力(トルク)を推定する。
【0032】
軸力推定式の作成にあたっては、ボルトBの軸力を変化させながら、加振時のボルト軸ひずみ及び軸方向振動加速度を測定する。要するに、このボルトBは、軸ひずみが測定できるようになっているため、軸力が既知のボルトと言える。軸ひずみは、ボルトBの軸部にひずみゲージを貼り付けることで測定できる。なお、ボルトBが細径の場合は、トルクレンチによる締め付けトルクを測定することで、軸力を既知にすることもできる。
【0033】
軸力推定式の作成の際には、例えば、軸力を4パターン程度で変化させ、各パターンで5回程度の加振をし、軸力及び振動の測定を繰り返すキャリブレーション実験を行う。そして、得られた計測波形に対して、以下の処理を行う。
【0034】
まず、振動検知装置3によって検知されて入力された信号波形(測定データ)から、複数回ある打音による振動を、1回(1打撃)分毎に切り出す。続いて、切り出された各振動波形に対して、フィルタリングと高域補正(強調)処理とを行う。
【0035】
さらに、AR法(ユールウォーカー法)により、ピーク振動数の抽出を行う。例えば、特定周波数範囲(500Hz-6kHz)に発生したピーク振動数を例えば6個抽出し、それらの周波数をそれぞれf1-f6とし、それらの周波数に対応するピークスペクトル(ピーク振幅)を、最大ピークを1として正規化した値であるp1-p6とする。
【0036】
そして、各周波数の分布等を見て、軸力推定用の振動数を3つから4つ(ここでは4つ)選定する。以上で説明した周波数範囲や抽出する周波数の数は、検査対象となるボルトBの形態により変わる。このようにして選定した8個のパラメータ(f1-f4,p1-p4)のうちのいくつかは、ボルトBの軸力との間に相関関係が現れることが分かっており、キャリブレーション実験の結果から、それぞれの相関関係を見い出す。
【0037】
図3に、ボルト振動を周波数分析した結果を例示した。
図3(a)は軸力が無い場合(既定値の0%)の周波数スペクトル図、
図3(b)は軸力が既定値の20%の場合の周波数スペクトル図を示している。この図に示すように、軸力が0%の場合と20%の場合とでは、異なるピーク振動数と異なるピーク振幅を示すことがわかる。すなわち、ピーク振動数とピーク振幅とを、軸力を推定する際の特徴量にすることができる。
【0038】
そこで、周波数と振幅をパラメータfi,piに用いて、以下の式で軸力推定式を作成する。ここでは、軸ひずみの分かっている計測データを用いるため、軸ひずみ推定式とも言える。なお、以下の式では、説明を簡略にするために、推定に用いるピーク振動数の数(i)を2つとし、軸ひずみ推定式を1次式とした場合を示す。
εN=Σ(vi(aifi+bi)+wi(cipi+di)) ;i=1,2
ここで、εNは軸方向ひずみ、fiはi番目のピーク振動数、aifi+biとcipi+diはi次振動パラメータによる軸ひずみ推定式、vi,wiは重みを示す。
【0039】
なお、実際に軸力推定式を作成する際のピーク振動数の数(i)は、2つから4つとし、各パラメータに対する軸ひずみ推定式は2次式とする。軸ひずみ推定式(軸力推定式)の決定には、上記式のεNの誤差を最小とする重み(vi,wi)を決定することが必要となるが、パラメータ数が増えると計算が煩雑となるため、機械学習により重みを決定することとする。
【0040】
そして、推定精度の高い軸力推定式を作成する(
図2のステップS11)には、予めボルトBに対する打撃実験を行う必要がある(ステップS12)。例えば、ボルトBの軸力を、既定値の0%,20%,50%,80%としたボルトBに対して、打撃を与えて発生する振動の測定を行う実験を複数回実施する。
【0041】
打撃実験の流れと検査対象ボルトに対する検査とは、同様の処理となるため、
図2を参照しながら引き続き説明する。ボルトBの頭部B1を加振装置2で打撃することで発生した打音を、振動検知装置3で収録して増幅器31で増幅させて記録する。
【0042】
この記録(測定)された信号波形は、1回分毎の打音による振動に波形分割される(ステップS1)。分割された振動波形は、周波数分析(ステップS2)され、周波数と振幅を示す8つの変量(f1-f4、p1-p4)が取り出される(ステップS31-S34)。
【0043】
そして、一旦決定された軸力推定式(ステップS13)を組み込んだ判定プログラムに、その8つの変量を与えて、軸力を推定させる(ステップS4)。この推定作業を、軸力が既知(ひずみゲージで同時測定も含む)のボルトBにおいて、何度か繰り返して実施する。
【0044】
判定プログラム内では、機械学習により、軸力判定が不正解だった場合には、正解を導きだせるように軸力推定式の係数(重み(vi,wi))の修正を行う。これを繰り返すことで、判定プログラムの軸力判定精度を向上させることができる。診断に用いる変量を適切に選択すれば、後述するようにほぼ100%の正解率が得られるようになる。
【0045】
この判定プログラムでは、推定された軸力の値に基づいて、最終的に緩み判定(ステップS5)の結果を出力する。緩み判定は、例えば検査対象ボルトの降伏ひずみに対する軸方向ひずみ量の割合(R)で示すことができる。
【0046】
要するに、検査対象ボルトの導入軸力の降伏ひずみをrN0とし、検査時の軸方向ひずみ量をrNとすると、緩み判定結果となる割合(R)は、R=rN/rN0として算出することができる。
【0047】
次に、本実施の形態のボルトの緩み検知システム1の具体的な構成について、図面を参照しながら説明する。まず、
図4,5を参照しながら、打鍵音収録装置5を使用する場合について説明する。
【0048】
打鍵音収録装置5は、
図4に模式的に示すように、加振装置である打鍵装置2Aと、振動検知装置である集音装置3Aとが、一体になっている。この打鍵音収録装置5は、2m程度の近距離にある検査対象ボルト(ボルトB)に対して使用される。
【0049】
この打鍵音収録装置5は、延長ポール51の先端に取り付けられ、磁石などで取付部材Mに固定される。打鍵装置2Aには、モータとカムとバネが組み込まれており、ボルトBの頭部B1の周面を、一定時間間隔で動く鍵20で打撃することができる。
【0050】
打鍵装置2Aの打撃によって発生した音は、近接して設けられた集音装置3Aのマイクロホンによって収録される。このような構成であれば、
図5に示すように、例えばトンネルTの天井から吊り下げられた道路標識M1の取付部材Mを固定するボルトBを、検査員Nが手に持った延長ポール51の先端の打鍵音収録装置5によって、検査することができる。
【0051】
続いて、
図6,7を参照しながら、加振用レーザ装置2Bとレーザ振動計3Bとを組み合わせた構成について説明する。
図6に模式的に示した構成は、加振装置である加振用レーザ装置2Bと、振動検知装置であるレーザ振動計3Bとを使用する場合を示している。
【0052】
この構成は、検査員Nが接近することが難しい3m-20m程度の遠方にあるボルトBに対して適用する。加振を行うための加振用レーザ装置2Bは、可視光のYAGレーザ21を照射する。例えば、波長532nmのYAGレーザ21を、220mJの出力で5nsecの照射時間で照射する。
【0053】
YAGレーザ21の緑色の輝点をボルトBの頭部B1の表面に当てると、表面材料のアブレーション(イオン化)により衝撃が発生する。これにより、ボルトBに振動を生じさせることができるので、その振動をドップラーレーザー振動計であるレーザ振動計3Bで遠隔から測定する。
【0054】
このような構成であれば、
図7に示すように、移動式の台車N1に加振用レーザ装置2Bとレーザ振動計3Bとを搭載して、トンネルT内を移動しながら検査を行うことができる。すなわち、台車N1を道路標識M1の取付部材Mを固定するボルトBが照準できる位置に移動させ、逐次、検査をしていくことができる。このため、足場を設置したり、長時間の交通規制をしたりしなくても、高所にあるボルトBの検査(緩み判定)を迅速に行うことができる。
【0055】
次に、本実施の形態のボルトの緩み検知システム及びボルトの緩み検知方法の効果を確認するために行った、精度確認実験について説明する。従来の手法では、ボルトに緩みがあるか否かの判定しか行えなかったが、本実施の形態のボルトの緩み検知システム及びボルトの緩み検知方法であれば、例えば軸力が既定値の50%程度に低下しているというような検知ができるようになることを説明する。
【0056】
実験には、重ね継ぎ手をボルトBで締め付けた試験体を用い、トルクレンチによる締め付けトルク(ボルトBの軸力)を、既定値の0%,20%,50%,80%の4種類に変えて行った。ボルトBの打撃は、金属製のテストハンマーで頭部B1を軽くたたくことで行い、その振動を3mの距離から集音装置3Aのマイクロホンで収録した場合と、20mの距離からレーザ振動計3Bで測定した場合との2パターンの実験を行った。
【0057】
集音装置3A及びレーザ振動計3Bで測定した振動データは、判定プログラムが実行されている処理演算部4の波形分析部41に入力される。波形分析部41では、入力された信号波形を波形分割し、分割された振動波形の特徴量(ピーク振動数,ピーク振幅)を決定して、判定プログラムの訓練(機械学習)を行った。
【0058】
そして、訓練済みの推定式作成部42によって作成された軸力推定式を用いて、振動データから緩み判定を行う実験をし、判定結果の正解率を計算した。
図8(a)は集音装置3Aによる測定データを使用した場合の判定結果を示しており、
図8(b)はレーザ振動計3Bによる測定データを使用した場合の判定結果を示している。
【0059】
そして、判別手法としては、2次判別法とk最近傍法(kNN)との2つの手法を適用して、精度の比較を行った。ここで、2次判別法及びk最近傍法(kNN)は、データを複数のクラス(グループ)に分類する手法の一つで、2次判別法は楕円などのの2次関数による判別を行う手法で、k最近傍法(kNN)は非線形の判別を行う手法で、いずれもパターン認識でよく用いられる。
【0060】
図8(a)の集音装置3Aによる測定データを用いた診断結果では、特徴量として抽出した4つのピーク振動数(f1-f4)及び4つのピーク振幅(p1-p4)の中から、2つから5つを選定して正解率を比較した。
【0061】
その結果、全データ(軸力0%,20%,50%,80%)の正解率は、最大で89%(2次判別法)となり、軸力20%以下の場合でも、最大で86%(kNN)の正解率が得られた。
【0062】
一方、
図8(b)のレーザ振動計3Bによる測定データを用いた診断結果では、全データ(軸力0%,20%,50%,80%)の正解率は、2次判別法で100%となり、軸力20%以下の場合では、2次判別法とkNNの両方の判別手法で100%の正解率が得られた。
【0063】
このように、振動検知装置3の構成が集音装置3Aであるかレーザ振動計3Bであるかに関わらず、4段階の軸力(既定値の0%,20%,50%,80%)を正解率80%以上で判別できることが確認できた。要するに、本実施の形態のボルトの緩み検知システム及びボルトの緩み検知方法を適用することで、ボルト緩みが80%なのか50%なのかといった違いが判別できることが確認された。
【0064】
次に、本実施の形態のボルトの緩み検知システム及びボルトの緩み検知方法の作用について説明する。
このように構成された本実施の形態のボルトの緩み検知システムは、軸力が既知のボルトBから発生する振動によって得られた複数の固有振動数(ピーク振動数、ピーク振幅)に基づいて軸力推定式を作成する推定式作成部42を備えている。
【0065】
そして、加振装置2によって検査対象ボルト(B)に外力を加えたことで発生したボルト振動を振動検知装置3で測定し、そのボルト振動を波形分析部41で周波数分析することで取得されたピーク振動数及びピーク振幅の中から、複数の値を軸力推定式に入力することで、軸力推定部43によって検査対象ボルト(B)の軸力を推定するととともに、検査対象ボルトの緩みを緩み判定部44で判定する。
【0066】
このように複数の固有振動数に基づいて作成された軸力推定式を使用することで、ボルトBの緩みを、緩みの有無だけでなく、段階的に判定することができるようになる。また、検査対象ボルトの検査時に検知させる入力データは、振動検知装置3の測定結果だけでよいので、比較的簡単な構成にすることができる。
【0067】
ボルトBの緩み判定が段階的に把握できるようになれば、脱落の危険性が高いものだけでなく、数か月後から数年後にはボルトBの締め直しや交換が必要になるなどの現状を高精度で把握できるようになるため、検査の頻度を減らすことができるようになる。また、修繕の時期や規模などの計画の立案もしやすくなる。
【0068】
また、ボルトの緩み検知方法の発明では、軸力が既知のボルトBから発生する振動によって得られた複数の固有振動数(ピーク振動数、ピーク振幅)に基づいて軸力推定式を作成(
図2のステップS11)してから、検査対象ボルト(B)から発生したボルト振動を周波数分析し(ステップS2)、作成された軸力推定式によって検査対象ボルト(B)の軸力を推定する(ステップS4)。そして、その軸力の推定結果から検査対象ボルト(B)の緩みを判定する(ステップS5)。
【0069】
このように複数の固有振動数に基づいて作成された軸力推定式(ステップS13)を使用して、上記したステップで検査対象ボルト(B)の緩みを判定することで、ボルトBの緩みを段階的に把握することができるようになる。
【0070】
以上、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成は、この実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本発明に含まれる。
例えば、前記実施の形態では、軸力部材として道路標識M1などを取り付けるボルトBを例に説明したが、これに限定されるものではなく、高力ボルト、普通ボルト、アンカーボルト、吊りボルト、PC鋼線等の軸力部材に対して本発明を適用することができる。
【0071】
また、前記実施の形態では、打鍵装置2A又は加振用レーザ装置2BによってボルトBの頭部B1を打撃する構成について説明したが、これに限定されるものではなく、振動波形から特徴量が抽出できるような振動をボルトBから発生させることができるような加振装置であればよい。
【0072】
さらに、振動検知装置3についても、集音装置3A又はレーザ振動計3Bに限定されるものではなく、ボルトBから発生した振動を測定できるものであればよい。このため、加振装置2と振動検知装置3との組み合わせも、前記実施の形態で説明した組み合わせに限定されるものではなく、打鍵装置2Aとレーザ振動計3B、加振用レーザ装置2Bと集音装置3Aという組み合わせであってもよい。
【符号の説明】
【0073】
1 :ボルトの緩み検知システム(軸力部材の緩み検知システム)
2 :加振装置
2A :打鍵装置(加振装置)
2B :加振用レーザ装置(加振装置)
3 :振動検知装置
3A :集音装置(振動検知装置)
3B :レーザ振動計(振動検知装置)
41 :波形分析部
42 :推定式作成部
43 :軸力推定部
44 :緩み判定部
B :ボルト(軸力部材)