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特許7244373Ar-CO2混合ガス用フラックス入りワイヤ
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  • 特許-Ar-CO2混合ガス用フラックス入りワイヤ 図1
  • 特許-Ar-CO2混合ガス用フラックス入りワイヤ 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】Ar-CO2混合ガス用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20230314BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019127697
(22)【出願日】2019-07-09
(65)【公開番号】P2021010939
(43)【公開日】2021-02-04
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】今 智史
(72)【発明者】
【氏名】澤口 直哉
【審査官】小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-025524(JP,A)
【文献】特開2003-019595(JP,A)
【文献】特開2017-196651(JP,A)
【文献】特開2005-186138(JP,A)
【文献】特開平06-198488(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤであって、
前記鋼製外皮及び前記フラックスは合計で、
ワイヤ全質量あたり、
Fe:92質量%以上、
全Si:0.50質量%以上1.50質量%以下、
Mn:1.00質量%以上3.00質量%以下、
全Li:0.010質量%以上0.10質量%以下、
全Mg:0.02質量%以上0.50質量%未満、を含有し、
C:0.15質量%以下、
P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
スラグ造滓剤:0.50質量%以下、
であることを特徴とする、Ar-CO混合ガス用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
前記スラグ造滓剤は、
Mg化合物、Li化合物、Ti化合物、Si化合物、Zr化合物、Fe化合物、Al化合物、Na化合物、フッ化物のうちいずれか一つ以上を含むことを特徴とする、請求項1に記載のAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記鋼製外皮及び前記フラックスは合計で、
ワイヤ全質量あたり、
金属Ti:0.17質量%未満、
であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ar-CO混合ガス用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鉄骨、橋梁及び造船の分野においては、溶接構造物の高能率な溶接施工を可能にするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが多用されている。例えば、特許文献1には、ワイヤ中のフラックス成分及び金属成分を適切に制御することにより、溶接施工を高効率で行うことができ、ビード形状の不良の発生を抑制することができるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。
【0003】
また、近年、溶接が容易であり、高い溶接効率で溶接することができるとともに、スラグの発生量が少ないという特長を有するメタル系フラックス入りワイヤについても、種々の研究がなされている。
例えば、特許文献2には、軟鋼製外皮中の金属成分の含有量を調整するとともに、フラックス中の金属成分、酸化物、及びフッ化物の含有量を適切に調整することにより、ヒューム発生量を低減することができるガスシールドアーク溶接メタル系フラックス入りワイヤが開示されている。
【0004】
しかしながら、鉄骨、橋梁及び造船分野における水平すみ肉溶接施工の場面においては、近時、良好なスラグ剥離性が得られるフラックス入りワイヤが要求されており、上記特許文献1及び2に記載のフラックス入りワイヤでは優れたスラグ剥離性を得ることができないことがある。スラグ剥離性が悪い領域が存在すると、その領域でスラグが固着し、まだら模様となってビード外観を損ねるという問題がある。また、スラグの焼き付きによりスラグ剥離性が劣化した場合、健全な溶接部を得るためのスラグ除去作業は余計な人力を要し、著しい手間とコスト増加の原因ともなる。
【0005】
そこで、特許文献3には、鋼製外皮とフラックスの中の成分含有量を限定するとともに、フラックス中のフッ素化合物、SiO、N化合物及びK化合物、並びに鉄粉の含有量を適切に調整することにより、スラグ剥離性、ビード外観・形状が良好で、耐割れ性に優れ、良好な機械的性質を有する溶接金属を得ることができるメタル系フラックス入りワイヤが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平8-99192号公報
【文献】特開平6-226492号公報
【文献】特開2017-74599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献3に記載のフラックス入りワイヤを用いた場合であっても、スラグ凝集性が悪いと、ビードに対するスラグの被包状態が不均一になることがあり、スラグの厚さが薄い部分においてスラグがビードに焼き付き、スラグ剥離性が悪化するという問題が発生する。また、-40℃程度の温度領域で靱性が優れた溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤの更なる開発も求められている。
【0008】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、スラグの凝集性及びスラグ剥離性が良好であるとともに、低温靱性が優れた溶接金属を得ることができるAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、ワイヤ及び溶接金属中のMg含有量を制御することにより、スラグ凝集性を著しく高められることを見出した。これは、Mgが溶接金属の表面張力とスラグの表面張力との差を大きくする効果を有するためであると推測される。また、本発明者らは、Mg含有量とスラグ造滓剤とのバランスもスラグ凝集性に大きく影響することを見出した。すなわち、スラグ造滓剤を多量に含有させると、適切な量のMgを含有させてもスラグ量が増加して、スラグ凝集効果を得ることができない。また、Mg含有量が多い場合には、スラグとして析出する量が多くなり、その結果、スラグ凝集効果を得ることができなくなる。
更に、本発明者らは、ワイヤ中の他の成分を所定の範囲に制限することにより、低温靱性が優れた溶接金属を得ることができることを見出した。
本発明は、これら知見に基づいてなされたものである。
【0010】
本発明の一態様に係るフラックス入りワイヤは、鋼製外皮にフラックスを充填してなるAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤであって、
前記鋼製外皮及び前記フラックスは合計で、
ワイヤ全質量あたり、
Fe:92質量%以上、
全Si:0.50質量%以上1.50質量%以下、
Mn:1.00質量%以上3.00質量%以下、
全Li:0.010質量%以上0.10質量%以下、
全Mg:0.02質量%以上0.50質量%未満、を含有し、
C:0.15質量%以下、
P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
スラグ造滓剤:0.50質量%以下、である。
【0011】
また、上記フラックス入りワイヤは、
前記スラグ造滓剤が、
Mg化合物、Li化合物、Ti化合物、Si化合物、Zr化合物、Fe化合物、Al化合物、Na化合物、フッ化物のうちいずれか一つ以上を含むことが好ましい。
【0012】
また、上記フラックス入りワイヤは、
前記鋼製外皮及び前記フラックスが合計で、
ワイヤ全質量あたり、
金属Ti:0.17質量%未満、であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、スラグの凝集性及びスラグ剥離性が良好であるとともに、低温靱性が優れた溶接金属を得ることができるAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明例No.1のワイヤを用いて溶接した溶接金属の表面を示す図面代用写真である。
図2図2は、比較例No.1のワイヤを用いて溶接した溶接金属の表面を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。まず、本実施形態に係るAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤについて説明する。
【0016】
〔フラックス入りワイヤ〕
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、鋼製外皮(フープ)内にフラックスが充填されたものである。詳細には、本実施形態のフラックス入りワイヤは、筒状の鋼製外皮と、その外皮の内部に充填されるフラックスとからなる。なお、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、C断面、重ね断面等のように管状に成形され、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。
【0017】
次に、本実施形態に係るAr-CO混合ガス用フラックス入りワイヤのフラックス及び外皮に含有される化学成分について、その添加理由及び数値限定理由を詳細に説明する。なお、所要の特性を有する溶接金属を得るための各元素は、鋼製外皮、及び充填フラックスのいずれから添加されていてもよい。したがって、以下の説明において特に断りのない限り、フラックス入りワイヤ中の各成分量は鋼製外皮中及びフラックス中に含有される成分の合計量を、ワイヤ全質量(鋼製外皮と、外皮内のフラックスの合計量)に対する含有量とした値で規定される。
【0018】
<Fe:92.00質量%以上>
Feは、本実施形態に係るフラックス入りワイヤの主要成分である。溶着量や、他の成分組成の関係から、鋼製外皮及びフラックス中のFeの含有量は、ワイヤ全質量あたり92.00質量%以上、好ましくは95.00質量%以上とし、より好ましくは96.00質量%以上とする。また、Feは98.00質量%以下であることが実際的である。
【0019】
<C:0.15質量%以下>
Cは、溶接金属の所望の強度を確保する効果を有する成分であるが、ワイヤ中のC含有量が0.15質量%を超えると、スラグ量の増加によって、スラグ凝集性が低下する。したがって、ワイヤ中のC含有量は0.15質量%以下とし、好ましくは0.13質量%以下質量%以下、より好ましくは0.11質量%以下とする。
【0020】
<全Si:0.50質量%以上1.50質量%以下>
全Siとは、鋼製外皮及びフラックス中に含まれる、金属Si及びSi化合物の合計をSiに換算した値を意味する。また、金属Siとは、Siの単体と合金に含まれるSiの合計を意味する。
Siは、溶接金属の所望の強度を確保する効果を有する成分である。
全Si含有量が0.50質量%未満では、上記効果を得ることが困難となる。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の全Si含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.50質量%以上とし、好ましくは0.60質量%以上とし、より好ましくは0.70質量%以上とする。
一方、全Si含有量が1.50質量%を超えると、スラグ量が増加して、スラグ凝集性が低下する。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の全Si含有量は、ワイヤ全質量あたり、1.50質量%以下とし、好ましくは1.35質量%以下、より好ましくは1.20質量%以下とする。
なお、Si化合物は、SiO換算値で0.20質量%以下の範囲で含むことが好ましい。また、Si化合物とは、Si酸化物などである。
【0021】
<Mn:1.00質量%以上3.00質量%以下>
Mnは、溶接金属の所望の強度を確保する効果を有する成分である。
Mn含有量が1.00質量%未満では、上記効果を得ることが困難となる。したがって、鋼製外皮及びフラックス中のMn含有量は、ワイヤ全質量あたり、1.00質量%以上とし、好ましくは1.15質量%以上、より好ましくは1.30質量%以上とする。
一方、Mn含有量が3.00質量%を超えると、スラグ量が増加して、スラグ凝集性が低下する。したがって、鋼製外皮及びフラックス中のMn含有量は、ワイヤ全質量あたり、3.00質量%以下とし、好ましくは2.75質量%以下、より好ましくは2.50質量%以下とする。
【0022】
<全Li:0.010質量%以上0.10質量%以下>
全Liとは、鋼製外皮及びフラックス中に含まれる、金属Li及びLi化合物の合計をLiに換算した値を意味する。また、金属Liとは、Liの単体と合金に含まれるLiの合計を意味する。
Liは、アーク安定性を向上させることができる成分である。NaやKもアーク安定性向上の効果があるがヒューム発生量が多くなる場合があるため、本実施形態においては、NaやKと比較してヒュームの発生を抑制することができるLiを含有させている。
全Li含有量が0.010質量%未満では、上記効果を得ることが困難となる。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の全Li含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.010質量%以上とし、好ましくは0.015質量%以上とし、より好ましくは0.020質量%以上とする。
一方、全Li含有量が0.10質量%を超えると、スラグ量が増加して、スラグ凝集性が低下する。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の全Li含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.10質量%以下とし、好ましくは0.085質量%以下、より好ましくは0.070質量%以下とする。
なお、Li源としてはフッ化物、Li酸化物などのLi化合物及びLi-Fe等のLi合金があり、これらを単独又は複合で用いることができるが、Li合金を用いることが好ましい。
【0023】
<全Mg:0.02質量%以上0.50質量%未満>
全Mgとは、鋼製外皮及びフラックス中に含まれる、金属Mg及びMg化合物の合計をMgに換算した値を意味する。また、金属Mgとは、Mgの単体と合金に含まれるMgの合計を意味する。
ここで、Mgはスラグ凝集性を高める効果を有する成分である。このスラグ凝集の効果は、Mgが溶接金属の表面張力とスラグの表面張力との差を大きくする効果を有するためであると推測される。
全Mg含有量が0.02質量%未満では、上記効果を得ることが困難となる。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の全Mg含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.02質量%以上とし、好ましくは0.03質量%以上、より好ましくは0.04質量%以上とする。
一方、全Mg含有量が0.50質量%以上になると、Mg酸化物を形成することによりスラグ量が増加して、スラグ凝集性が低下する。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の全Mg含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.50質量%未満とし、好ましくは0.48質量%未満とする。
なお、Mg化合物とは、MgOなどである。
【0024】
<P:0.030質量%以下(0質量%を含む)>
Pは不純物元素であり、ワイヤ中のP含有量が0.030質量%を超えると、溶接金属の靱性が低下するとともに、高温割れ感受性が高くなる。したがって、鋼製外皮及びフラックス中のP含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.030質量%以下とし、好ましくは0.020質量%以下とする。
【0025】
<S:0.030質量%以下(0質量%を含む)>
Sも、Pと同様に不純物元素であり、ワイヤ中のS含有量が0.030質量%を超えると、溶接金属の靱性が低下するとともに、高温割れ感受性が高くなる。したがって、鋼製外皮及びフラックス中のS含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.030質量%以下とし、好ましくは0.020質量%以下とする。
【0026】
<金属Ti:0.17質量%未満(0質量%を含む)>
Tiは、アーク安定性を向上させることができる成分であるが、Liを必須成分とする本実施形態のフラックス入りワイヤは、必ずしも金属Tiを含有する必要はない。ワイヤ中の金属Ti含有量が0.17質量%未満であると、スラグが過剰に生成されることが抑制され、スラグ凝集性が向上する。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の金属Ti含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.17質量%未満とし、好ましくは0.14質量%以下、より好ましくは0.10質量%以下とする。
【0027】
<スラグ造滓剤:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
スラグ造滓剤とは、フラックス中の酸化物などの化合物、弗化物、アルカリ金属化合物等を示す。本実施形態のフラックス入りワイヤは、スラグ造滓剤は必ずしも含有する必要はない。スラグ造滓剤の含有量が0.50質量%を超えると、スラグ量が増加して、スラグ凝集性が低下する。すなわち、スラグの量が所定量よりも多すぎると、上記した範囲にMgを制御しても本実施形態のワイヤの効果を得ることができない。したがって、鋼製外皮及びフラックス中の、スラグ造滓剤の含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.50質量%以下とし、好ましくは0.40質量%以下、より好ましくは0.30質量%以下とする。
【0028】
なお、スラグ造滓剤は、Mg化合物、Li化合物、Ti化合物、Si化合物、Zr化合物、Fe化合物、Al化合物、Na化合物、フッ化物のうちいずれか一つ以上とされることが好ましい。上記各酸化物及びフッ化物の各含有量は、以下に示す範囲とされていることが好ましい。
【0029】
<Ti化合物:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
Ti化合物は例えばTi酸化物であり、TiO換算値で0.50質量%以下、好ましくは0.30質量%以下とする。Ti酸化物がTiO換算値で0.50質量%を超えるとスラグ凝集性が低下する。
【0030】
<Si化合物:0.20質量%以下(0質量%を含む)>
Si化合物は例えばSi酸化物であり、SiO換算値で0.20質量%以下、好ましくは0.10質量%以下とする。Si化合物がSiO換算値で0.20質量%を超えるとスラグ凝集性が低下する。
【0031】
<Zr化合物:0.20質量%以下(0質量%を含む)>
Zr化合物は例えばZr酸化物であり、ZrO換算値で0.20質量%以下、好ましくは0.10質量%以下とする。Zr化合物がZrO換算値で0.20質量%を超えるとスラグ凝集性が低下する。
【0032】
<Fe化合物:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
Fe化合物は例えばFe酸化物であり、Fe換算値で0.50質量%以下、好ましくは0.30質量%以下とする。Fe化合物がFe換算値で0.50質量%を超えるとスラグ凝集性が低下する。
【0033】
<Al化合物:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
Al化合物は例えばAl酸化物であり、Al換算値で0.50質量%以下、好ましくは0.30質量%以下とする。Al化合物がAl換算値で0.50質量%を超えるとスラグ凝集性が低下する。
【0034】
<Na酸化物:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
本実施形態において、Na酸化物はNaO換算値で0.50質量%以下、好ましくは0.30質量%以下とする。Na酸化物がNaO換算値で0.50質量%を超えるとスラグ凝集性が低下する。
【0035】
<フッ化物:0.30質量%以下(0質量%を含む)>
本実施形態において、フッ化物はF換算値で0.30質量%以下、好ましくは0.20質量%以下とする。フッ化物がF換算値で0.30質量%を超えるとスラグ凝集性が低下する。
なお、F源としては、KSiF、NaAlF、LiF、CeF等のアルカリ金属フッ化物、アルカリ土類金属フッ化物、希土類元素フッ化物等の金属フッ化物があり、これらを単独又は複合で用いることができる。
【0036】
<その他の成分>
なお、本実施形態のフラックス入りワイヤにおいては、上記した各ワイヤの成分の他、フラックス中に、その効果を妨げない範囲で、種々の金属成分やスラグ造滓剤を添加することができ、その種類や量については規制しない。例えば金属成分としては、耐食性及び機械性能の観点から、Cu、V、W、N等がワイヤ中に含有されていてもよく、その合計量としては例えば0.30質量%未満とする。
その他、本実施形態のフラックス入りワイヤの残部には、不可避的不純物が含まれ、不可避的不純物としては、上記したPやS以外に、R、Nb、V等が挙げられる。
【0037】
<シールドガス:Ar-CO混合ガス>
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、Ar-CO混合ガスをシールドガスとして用いるものとする。Ar-CO混合ガスを用いると、COガスにより脱酸剤の酸化が抑制されて、スラグ量が減少するため、スラグ凝集性が良好となるとともに、アーク安定性も良好となる。Ar-CO混合ガスの比率としては、例えば、体積%で、80%Ar-20%CO混合ガス等を使用することができる。
【0038】
また、本実施形態に係るフラックスワイヤを使用した溶接姿勢は特に限定されないが、水平すみ肉溶接で溶接する場合に特に効果を得ることができる。更に、本実施形態に係るフラックス入りワイヤの鋼製外皮の厚さ、及びワイヤ径(直径)についても、特に限定されないが、AWS又はJIS等の溶接材料規格に規定された直径のワイヤに適用することができる。
【実施例
【0039】
以下、本発明に係る発明例及び比較例を挙げて、本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0040】
[ワイヤの製造]
ワイヤの含有成分が種々の含有量となるように、ワイヤ径が1.2mmであるフラックス入りワイヤを製作した。鋼製外皮及びフラックス中の化学成分、及び、ワイヤ全質量あたりの各含有量(質量%)を、下記表1に示す。また、ワイヤ中の下記表1に示す化学成分を除く残部は不可避的不純物である。また、表1中の「-」は、該当する成分が添加されていないか、不純物レベルの含有量であることを示す。表中のスラグ造滓剤とは、表中に記載された酸化物、フッ化物のF換算値、Mg化合物、Li化合物の合計を意味する。
【0041】
【表1】
【0042】
[ワイヤの評価]
<ガスシールドアーク溶接>
2枚の板状鋼板を使用し、一方の鋼板(横板)上に、この鋼板と垂直な方向となるように他方の鋼板を立て、本発明例及び比較例の各フラックス入りワイヤを使用して、すみ肉部に対し下記溶接条件により、水平すみ肉溶接を実施した。
【0043】
(溶接条件)
供試鋼板:鋼板表面をグラインダにて削ったSM490A
鋼板サイズ:厚さ12mm×幅85mm×長さ430mm
溶接姿勢:水平すみ肉溶接
溶接電流:250~300A
溶接電圧:適正(26~31)V
溶接速度:50cm/min
シールドガスの種類、流量:80%Ar-20%COガス(体積%)、25リットル/分
【0044】
≪ビード外観≫
溶接後の溶接金属の表面におけるスラグ凝集性を観察することにより、ビード外観を評価した。スラグが適切な大きさで、きれいに凝集しているものを○(良好)とし、スラグがまだらに溶接金属表面に被着しているか、又はスラグが凝集せず、溶接金属表面を薄く覆っているものを×(不良)とした。
【0045】
≪スラグ剥離性≫
溶接金属の表面をタガネで叩き、スラグが落ちるかどうかを検査することにより、スラグ剥離性を評価した。スラグが溶接金属表面から容易に剥がれて落ちたものを○(良好)とし、スラグが剥がれ落ちなかったものを×(不良)とした。
【0046】
≪低温靱性≫
上記ガスシールドアーク溶接により得られた溶接金属から試験片を採取し、各試験片に対して-40℃でシャルピー衝撃試験を実施することにより、吸収エネルギーvE-40℃(J)を測定して、低温靱性を評価した。vE-40℃が50J以上であったものを低温靭性に優れると評価し、50J未満であったものを低温靱性が低いと評価した。
【0047】
各試験の評価結果を、まとめて下記表2に示す。なお、低温靱性の評価結果欄における、「-」は測定していないことを示す。
【0048】
【表2】
【0049】
上記表1及び表2に示すように、本発明例No.1~11は、各ワイヤ成分が本発明で規定する数値範囲内であるため、スラグの凝集性及びスラグ剥離性が良好であるとともに、低温靱性が優れた溶接金属を得ることができた。
【0050】
図1は、本発明例No.1のワイヤを用いて溶接した溶接金属の表面を示す図面代用写真である。図1に示すように、溶接金属1の表面に均一な大きさのスラグ2がきれいに凝集しているため、スラグ剥離後のビード外観が良好なものとなった。
【0051】
一方、比較例No.1、2、4、5、8~11は、ワイヤ中の全Mg含有量が本発明で規定する数値範囲の下限未満であるので、スラグ凝集性が低下してビード外観が悪くなった。特に、比較例No.1、4、5、8~11は、スラグ剥離性も不良となった。
【0052】
比較例No.3、6及び7は、ワイヤ中の全Mg含有量が本発明で規定する数値範囲の上限を超えているので、スラグ凝集性が低下してビード外観が悪くなった。特に、比較例No.6及び7は、スラグ剥離性も不良となり、更に低温靱性も低下した。
【0053】
比較例No.12は、ワイヤ中のスラグ造滓剤の含有量が本発明で規定する数値範囲の上限を超えており、スラグ凝集性及びスラグ剥離性が低下した。
【0054】
なお、比較例No.8~10及び12は、ワイヤ中の全Li含有量が本発明で規定する数値範囲の下限未満であるので、アーク安定性が良好ではなかった。
【0055】
図2は、比較例No.1のワイヤを用いて溶接した溶接金属の表面を示す図面代用写真である。図2に示すように、溶接金属11の表面にスラグ12がまだらに被着しているため、スラグ剥離後のビード外観が不良となった。
【符号の説明】
【0056】
1、11 溶接金属
2、12 スラグ
図1
図2