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特許7244895脳波信号処理装置、神経・精神疾患の評価装置、脳波信号処理方法、神経・精神疾患の評価方法、プログラム、および記録媒体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-14
(45)【発行日】2023-03-23
(54)【発明の名称】脳波信号処理装置、神経・精神疾患の評価装置、脳波信号処理方法、神経・精神疾患の評価方法、プログラム、および記録媒体
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/377 20210101AFI20230315BHJP
   A61B 10/00 20060101ALI20230315BHJP
   A61B 5/372 20210101ALI20230315BHJP
【FI】
A61B5/377
A61B10/00 H
A61B5/372
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018215821
(22)【出願日】2018-11-16
(65)【公開番号】P2020081006
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-08-06
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】井出 政行
(72)【発明者】
【氏名】川崎 真弘
(72)【発明者】
【氏名】宮内 英里
【審査官】高松 大
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/066715(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0271377(US,A1)
【文献】佐藤秀之 他5名,運動野と後頭頂葉での経頭蓋磁気誘発反応の違い,Journal of the Magnetics Society of Japan,Vol.32, No.4,日本,2008年,495-498
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/377
A61B 10/00
A61B 5/372
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与部と、
上記第1の領域の近傍における脳波を測定する第1の測定部と、
上記第1の領域とは異なる上記脳の第2の領域における脳波を測定する第2の測定部と、
上記刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間を導出する伝達時間導出部と、を備え、
上記伝達時間導出部は、
上記刺激が上記第1の領域から上記近傍に伝達されるのに要した時間である第1の伝達時間を、上記第1の測定部が測定した脳波である第1の脳波から導出し、かつ、上記刺激が上記第1の領域から上記第2の領域に伝達されるのに要した時間であり、上記伝達時間である第2の伝達時間を、上記第2の測定部が測定した上記脳波である第2の脳波から導出し、
上記第2の伝達時間と上記第1の伝達時間との差分をとることにより、上記刺激が上記近傍から上記第2の領域に伝達されたのに要した時間である伝達時間を導出する、
ことを特徴とする脳波信号処理装置。
【請求項2】
上記伝達時間導出部は、
式(1)に示すモルレのウェーブレット関数を用いて上記第1の脳波をウェーブレット変換し、式(2)に示すフェイズロッキング因子のピーク値に対応する時間を上記第1の伝達時間とし、
上記モルレのウェーブレット関数を用いて上記第2の脳波をウェーブレット変換し、上記フェイズロッキング因子のピーク値に対応する時間を上記第2の伝達時間とする、
ことを特徴とする請求項1に記載の脳波信号処理装置。
【数1】
【請求項3】
上記脳の神経系において、上記第1の領域は、上記第2の領域よりも上流側に位置する、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の脳波信号処理装置。
【請求項4】
上記第1の領域は、視覚野であり、上記第2の領域は、運動野である、
ことを特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載の脳波信号処理装置。
【請求項5】
被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与部と、上記第1の領域とは異なる上記脳の第2の領域における脳波を測定する測定部と、上記刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間を、上記測定部が測定した脳波から導出する伝達時間導出部と、を備えている脳波信号処理装置、および、
上記伝達時間導出部が導出した上記伝達時間を参照し、上記伝達時間と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、上記被験者の神経・精神疾患の程度を評価する評価部、を備えている、
ことを特徴とする神経・精神疾患の評価装置。
【請求項6】
被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与工程と、
上記第1の領域の近傍における脳波を測定する第1の測定工程と、
上記第1の領域とは異なる上記脳の第2の領域における脳波を測定する第2の測定工程と、
上記刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間を導出する伝達時間導出工程と、を含み、
上記伝達時間導出工程は、
上記刺激が上記第1の領域から上記近傍に伝達されるのに要した時間である第1の伝達時間を、上記第1の測定工程により測定された脳波である第1の脳波から導出し、かつ、上記刺激が上記第1の領域から上記第2の領域に伝達されるのに要した時間であり、上記伝達時間である第2の伝達時間を、上記第2の測定工程により測定された上記脳波である第2の脳波から導出し、
上記第2の伝達時間と上記第1の伝達時間との差分をとることにより、上記刺激が上記近傍から上記第2の領域に伝達されたのに要した時間である伝達時間を導出する、
ことを特徴とする脳波信号処理方法。
【請求項7】
上記第1の領域は、視覚野であり、上記第2の領域は、運動野である、
ことを特徴とする請求項6に記載の脳波信号処理方法。
【請求項8】
神経・精神疾患の評価装置による神経・精神疾患の評価方法であって、
被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与工程と、上記第1の領域とは異なる上記脳の第2の領域における脳波を測定する測定工程と、上記刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間を、上記測定工程により測定された脳波から導出する伝達時間導出工程と、を含んでいる脳波信号処理方法に従って、上記伝達時間を導出する第1の工程、および、
上記伝達時間導出工程により導出された上記伝達時間を参照し、上記伝達時間と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、上記被験者の神経・精神疾患の程度を評価する第2の工程、を含んでいる、
ことを特徴とする神経・精神疾患の評価方法。
【請求項9】
請求項1~4の何れか1項に記載の脳波信号処理装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、上記伝達時間導出部としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【請求項10】
請求項9に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳波信号処理装置、神経・精神疾患の評価装置およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
うつ病、統合失調症、双極性障害、および認知症などの神経・精神疾患の重症度の診断は、臨床症状または問診にもとづいた基準(例えば、精神障害の診断基準DSM-5またはうつ病問診尺度であるモントゴメリー・アスベルグうつ病評価尺度(MADRS)など)により行われており、客観性は十分とはいえない。
【0003】
そのため、神経・精神疾患の病態を反映するための客観的な検査マーカーの確立が求められている。例えば、特許文献1には、脳の2つの領域における経頭蓋磁気刺激誘発脳波(Transcranial Magnetic Stimulation-Electroencephalogram:TMS-EEG)を測定し、この2つのTMS-EEG間の位相同期度(Phase Locking Vlues、PLV)を指標として神経・精神疾患の重症度を客観的に評価および判定する脳波検出装置が記載されている。
【0004】
具体的には、特許文献1に記載の病態評価装置では、患者の視覚野および運動野において測定した2つのTMS-EGGからPLVを算出し、このPLVを指標としてうつ病の重症度を評価する。うつ病の患者である複数の患者について測定したPLVと、同じ複数の患者について問診した結果得られたMADRSとの間に相関関係があることが分かったため、当該相関関係を用いて、上記病態評価装置は、患者のPLVから患者のうつ病の重症度を評価する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2018/066715号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上述したPLVとMADRSとは、PLVが小さくなればなるほど、MADRSが大きくなるという負の相関を示す。すなわち、視覚野における脳波の位相と、運動野における脳波の位相との同期性が悪ければ悪いほど、うつ病の重症度が高いことを意味する。
【0007】
しかし、うつ病の重症度が高ければ高いほど、視覚野における脳波の位相と、運動野における脳波の位相との同期性が悪くなるメカニズムは、解明されておらず、その解明が期待されていた。このメカニズムを解明することができれば、例えば、うつ病に関する新たな知見を得ることができるため、うつ病に対する新たな治療法の開発が期待される。
【0008】
本発明の一態様は、上述した課題に鑑みなされたものであり、その目的は、脳波の態様と、神経・精神疾患の重症度との間に存在するメカニズムの解明を助け得る脳波信号処理装置および脳波信号処理方法を提供することである。また、神経・精神疾患の重症度を自動的に評価可能な神経・精神疾患の評価装置および神経・精神疾患の評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置は、被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与部と、第1の領域とは異なる脳の第2の領域における脳波を測定する測定部と、刺激が第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間を、測定部が測定した脳波から導出する伝達時間導出部と、を備えている。
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る脳波信号処理方法は、被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与工程と、上記第1の領域とは異なる上記脳の第2の領域における脳波を測定する測定工程と、上記刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間を、上記測定工程が測定した脳波から導出する伝達時間導出工程と、を含んでいる。
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る神経・精神疾患の評価方法は、本発明の一態様に係る脳波信号処理方法に従って、上記伝達時間を導出する第1の工程と、上記伝達時間導出工程により導出された伝達時間を参照し、刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、上記被験者の神経・精神疾患の程度を評価する第2の工程と、を含んでいる。
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る神経・精神疾患の評価方法は、本発明の一態様に係る脳波信号処理方法に従って、上記伝達時間を導出する第1の工程を実施した後、上記脳に対して電気けいれん療法を施す第3の工程と、上記第3の工程を実施した後、本発明の一態様に係る脳波信号処理方法に従って、上記伝達時間を導出する第4の工程と、上記第1の工程にて導出した伝達時間、及び、上記第4の工程にて導出した伝達時間に基づいて、上記被験者の神経・精神疾患の程度を評価する第5の工程と、を含んでいる。
【0013】
また、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置をコンピュータにて実現させるプログラム、およびそれを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も、本発明の範疇に入る。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様によれば、脳波の態様と、神経・精神疾患の重症度との間に存在するメカニズムの解明を助け得る脳波信号処理装置および脳波信号処理方法を提供可能である。また、神経・精神疾患の重症度を自動的に評価可能な神経・精神疾患の評価装置および神経・精神疾患の評価方法を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の第1の実施形態に係る評価装置のブロック図である。
図2】本発明の第1の実施形態に係る評価装置の一部の模式図である。
図3】視覚野および運動野の相対位置を模式的に示す図である。
図4】(a)は、本発明の第1の実施形態に係る評価装置が実施する評価方法のフローチャートである。(b)は、上記評価装置が含む伝達時間導出部が伝達時間を導出するために用いる、時間の関数として表したPLFのグラフである。
図5】本発明の第2の実施形態に係る評価装置のブロック図である。
図6】本発明の第2の実施形態に係る評価装置が実施するうつ病の評価方法のフローチャートである。
図7】本発明の第3の実施形態に係る評価装置が実施するうつ病の評価の評価方法のフローチャートである。
図8】本発明の第4の実施形態に係る評価の評価装置として利用可能なコンピュータのブロック図である。
図9】本発明の第2の実施例である評価装置により得られた伝達時間とMADRSとの相関関係を示すグラフである。
図10】本発明の参考例である評価装置により得られたPLVとMADRSとの相関関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
〔第1の実施形態〕
本発明の第1の実施形態に係るうつ病の評価装置1および評価方法M1について、図1図4を参照して説明する。以下において、うつ病の評価装置1のことを単に評価装置1と記載し、うつ病の評価方法M1のことを単に評価方法M1と記載する。
【0017】
図1は、本実施形態に係る評価装置1のブロック図である。図2は、評価装置1の一部の模式図である。図3は、視覚野および運動野の相対位置を模式的に示す図である。図4の(a)は、評価装置1が実施する評価方法M1のフローチャートである。図4の(b)は、評価装置1の一部を構成する脳波信号処理装置が備えている伝達時間導出部が伝達時間を導出するために用いるPLFであって、時間の関数として表したPLFのグラフである。
【0018】
なお、本実施形態では、うつ病、統合失調症、双極性障害、および認知症などの神経・精神疾患の一例として、うつ病を用いる。すなわち、うつ病の評価装置1は、本発明の一実施形態に係る神経・精神疾患の評価装置の一態様である。本発明の一実施形態に係る神経・精神疾患の評価装置は、うつ病に限らず、他の神経・精神疾患の評価にも適用し得る。
【0019】
<評価装置1>
図1に示すように、評価装置1は、本発明の一態様である脳波信号処理装置11と、評価部12とを備えている。
【0020】
脳波信号処理装置11は、刺激付与部111と、測定部112と、伝達時間導出部113とを備えている。
【0021】
なお、本実施形態においては、特許請求の範囲に記載の「第1の領域」および「第2の領域」の各々として、それぞれ、視覚野30および運動野50を採用している。脳に存在する様々な領域のうち、第1の領域および第2の領域の各々として何れの領域を採用するかは、限定されるものではない。
【0022】
しかし、第1の領域は、脳の神経系において、第2の領域よりも上流側に位置することが好ましい(図3参照)。
【0023】
神経系には情報を活動電位として伝達可能な方向がある。本明細書では、「上流側」から「下流側」へ向かう方向が、上記活動電位の伝達可能な方向と一致するように、「上流側」および「下流側」との文言を用いる。
【0024】
図3に示すように、神経系において、刺激を付与する視覚野30は、運動野50よりも上流側に位置する。そのため、視覚野30に付与した電磁気的な刺激(本実施形態ではTMS)は、視覚野30から運動野50に伝達される。
【0025】
(刺激付与部111)
刺激付与部111は、被験者Pの視覚野30に電磁気的な刺激を付与する。本実施形態では、刺激の一例として、磁気刺激の一態様である経頭蓋磁気刺激(TMS)を採用している。しかし、刺激は、TMSに限定されるものではなく、他の手法により視覚野30に与えられる電磁気的な刺激であってもよい。なお、被験者Pは、多くの場合、神経・精神疾患(本実施形態いのいてはうつ病)の患者であるが、健常者であってもよい。
【0026】
刺激付与部111は、図2に示す二相性刺激器具70を用いて、パルス状のTMSを発生させる。二相性刺激器具70は、磁場を発生させるコイル部71と、コイル部71に供給する電流を発生させる電流源(図2に不図示)とを備えている。コイル部71は、8の字のコイル形状に形成されている。
【0027】
刺激付与部111は、コイル部71にパルス状の波形の電流を供給するように電流源を制御することによって、コイル部71からパルス状の磁場(すなわちTMS)を発生させる。
【0028】
以上のように、刺激付与部111は、二相性刺激器具70を用いて、視覚野30にTMSを印加することによって、視覚野30に対して経頭蓋磁気刺激誘発脳波(TMS-EEG)を誘発する。
【0029】
(測定部112)
測定部112は、図2に示すTMS用脳波電極キャップ90を用いて、被験者Pの視覚野30とは異なる領域である運動野50における脳波を測定する。
【0030】
TMS用脳波電極キャップ90は、被験者Pの頭部を覆う形状に形成されたキャップ部91(図2では二点鎖線で図示)と、キャップ部91の運動野50に対応する位置に埋め込まれた頭皮電極C3とを備えている。なお、図2には、頭皮電極C3のみを図示しているが、キャップ部91には、頭皮電極C3以外の1又は複数の頭皮電極が埋め込まれていてもよい。特に、第2の実施形態に係る脳波信号処理装置21の測定部としてTMS用脳波電極キャップ90を用いる場合、TMS用脳波電極キャップ90は、少なくともキャップ部91の視覚野30に対応する位置に埋め込まれた頭皮電極Oz(図2では二点鎖線で図示)を備えている。
【0031】
本実施形態において、頭皮電極C3は、運動野50において脳波を表す電気信号を取得し、その電気信号を測定部112へ供給する。
【0032】
測定部112は、頭皮電極C3より供給された電気信号から、該電気信号が表す脳波を取得することによって、運動野50における脳波を測定する。
【0033】
(伝達時間導出部113)
伝達時間導出部113は、刺激が運動野50に伝達されるのに要した時間である伝達時間を、測定部112が測定した脳波から導出する。
【0034】
具体的には、伝達時間導出部113は、測定部112が測定した脳波を解析することによって、刺激の伝達時間TC3を導出する。本実施形態において、刺激の伝達時間TC3は、刺激付与部111が二相性刺激器具70を用いてパルス状のTMSを発生させた時点から、測定部112が頭皮電極C3を用いて測定した運動野50における脳波において、パルス状のTMSに対応する波形が観測された時点までに要した時間を指す。以下に、本実施形態で採用している伝達時間TC3の導出方法について、説明する。
【0035】
伝達時間導出部113は、運動野50における脳波を式(1)に示すモルレのウェーブレット関数を用いてウェーブレット変換する。伝達時間導出部113は、式(2)に示すフェイズロッキング因子(Phase Locking Factor,PLF)を求め、求めたPLFを時間の関数として扱う(図4の(b)参照)。ここで、時間は、パルス状のTMSを発生させた時点を原点とする。伝達時間導出部113は、上述した時間の関数であるPLFのピーク値に対応する時間を、伝達時間TC3として導出する。
【0036】
【数1】
【0037】
(評価部12)
評価部12は、伝達時間導出部113が導出した伝達時間TC3を参照し、予め評価装置1を用いて作成済である、伝達時間TC3とうつ病の程度との相関関係とに基づき、被験者Pのうつ病の程度を評価する。
【0038】
本実施形態では、うつ病の程度を表す指標として、うつ病問診尺度であるモントゴメリー・アスベルグうつ病評価尺度(MADRS)を採用している。しかし、当該指標は、MADRSに限定されるものではない。うつ病以外の神経・精神疾患の程度を評価する場合、上記相関関係は、伝達時間TC3と、対象とする神経・精神疾患の程度を表す指標との相関関係であればよい。
【0039】
<評価方法M1>
評価装置1が実施する評価方法M1について、図4を参照して説明する。図4に示すように、評価方法M1は、刺激付与工程S101と、測定工程S102と、伝達時間導出工程S103と、評価工程S104とを含む。なお、刺激付与工程S101、測定工程S102、および伝達時間導出工程S103は、特許請求の範囲に記載の「第1の工程」の一例であり、評価工程S104は、特許請求の範囲に記載の「第2の工程」の一例である。
【0040】
刺激付与工程S101は、被験者Pの脳の視覚野30に電磁気的な刺激を付与する。
【0041】
測定工程S102は、被験者Pの脳の視覚野30とは異なる運動野における脳波を測定する。
【0042】
伝達時間導出工程S103は、上記刺激が運動野50に伝達されるのに要した時間である伝達時間TC3を、測定工程S102が測定した脳波から導出する。
【0043】
評価工程S104は、伝達時間導出工程S103により導出された伝達時間TC3を参照し、刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間TC3と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、被験者Pのうつ病の程度を評価する。
【0044】
評価方法M1の刺激付与工程S101、測定工程S102、伝達時間導出工程S103、および、評価工程S104の各々は、それぞれ、評価装置1の刺激付与部111、測定部112、伝達時間導出部113、および、評価部12が実施する工程である。したがって、ここでは、評価方法M1の詳しい処理に関する説明を省略する。
【0045】
〔第2の実施形態〕
本発明の第2の実施形態に係るうつ病の評価装置2およびうつ病の評価方法M2について、図5および図6を参照して説明する。以下において、第1の実施形態と同様に、うつ病の評価装置2のことを単に評価装置2と記載し、うつ病の評価方法M2のことを単に評価方法M2と記載する。
【0046】
図5は、評価装置2のブロック図である。図6は、評価装置2が実施する評価方法M2のフローチャートである。
【0047】
なお、本実施形態では、神経・精神疾患の一例としてうつ病を用いるが、評価装置2が評価する神経・精神疾患は、うつ病に限定されるものではない。この点についても、第1の実施形態と同様である。
【0048】
<評価装置2>
図5に示すように、評価装置2は、本発明の一態様である脳波信号処理装置21と、評価部22とを備えている。
【0049】
脳波信号処理装置21は、刺激付与部211と、第1の測定部212aと、第2の測定部212bと、伝達時間導出部113とを備えている。
【0050】
評価装置2は、評価装置1が備えている脳波信号処理装置11を脳波信号処理装置21で置換することによって得られる。すなわち、評価装置2の評価部22は、評価装置1の評価部12と同様に構成されている。
【0051】
脳波信号処理装置21は、脳波信号処理装置11と比較して、第1の測定部212aを更に備えている。すなわち、刺激付与部211は、脳波信号処理装置11の刺激付与部111と同様に構成されており、第2の測定部212bは、脳波信号処理装置11の測定部112と同様に構成されており、伝達時間導出部213は、脳波信号処理装置11の伝達時間導出部113を変形することによって得られる。
【0052】
したがって、本実施形態では、脳波信号処理装置11とは機能が異なるブロックである第1の測定部212aと、伝達時間導出部213とについてのみ説明し、その他のブロックに関する説明を商略する。
【0053】
(第1の測定部212a)
第1の測定部212aは、視覚野30のうち二相性刺激器具70によりTMSを印加される箇所の近傍(図2参照、特許請求の範囲における「第1の領域の近傍」)における脳波を測定する。なお、以下では、視覚野30のうち二相性刺激器具70によりTMSを印加される箇所を単にTMS印加箇所と称する。TMS印加箇所は、特許請求の範囲に記載の「第1の領域」の一態様である。
【0054】
本実施形態においては、TMS印加箇所の近傍における脳波を測定するために、頭皮電極C3に加えて、頭皮電極Ozが埋め込まれたキャップ部91を備えたTMS用脳波電極キャップ90を用いる。
【0055】
本実施形態において、頭皮電極Ozは、運動野50において脳波を表す電気信号を取得し、その電気信号を第1の測定部212aへ供給する。
【0056】
第1の測定部212aは、頭皮電極Ozより供給された電気信号から、該電気信号が表す脳波を取得することによって、TMS印加箇所の近傍における脳波を測定する。
【0057】
(伝達時間導出部213)
伝達時間導出部213は、TMS印加箇所からその近傍に位置する頭皮電極Ozに伝達されるのに要した時間である伝達時間TOz(第1の伝達時間)を、第1の測定部212aが測定した脳波である第1の脳波から導出し、かつ、刺激がTMS印加箇所から運動野50に位置する頭皮電極C3に伝達されるのに要した時間である伝達時間TC3(第2の伝達時間)を、第2の測定部212bが測定した脳波である第2の脳波から導出し、伝達時間TC3と伝達時間TOzとの差分をとることにより、刺激がTMS印加箇所の近傍(すなわち頭皮電極Ozの位置)から運動野50に配置された頭皮電極C3に伝達されたのに要した時間である伝達時間Tsubを導出する。
【0058】
以下に、本実施形態で採用している伝達時間Tsubの導出方法について、説明する。
【0059】
伝達時間導出部213は、式(3)に示すモルレのウェーブレット関数を用いて頭皮電極Ozを介して取得した第1の脳波をウェーブレット変換する。伝達時間導出部213は、式(4)に示す第1の脳波のPLFのピーク値に対応する時間を伝達時間TOzとする。
【0060】
【数2】
【0061】
また、伝達時間導出部213は、上記モルレのウェーブレット関数を用いて頭皮電極C3を介して取得した第2の脳波をウェーブレット変換する。伝達時間導出部213は、第2の脳波のPLFのピーク値に対応する時間を伝達時間TC3とする。
【0062】
第2の脳波から伝達時間TC3を得る処理は、第1の実施形態において説明した脳波から伝達時間TC3を得る処理と同一である。
【0063】
そのうえで、伝達時間導出部213は、伝達時間TC3と伝達時間TOzとの差分を取ることによって、伝達時間Tsubを導出する。
【0064】
<評価方法M2>
評価装置2が実施する評価方法M2について、図6を参照して説明する。図6に示すように、評価方法M2は、刺激付与工程S201と、第1の測定工程S202aと、第2の測定工程S202bと、伝達時間導出工程S203と、評価工程S204とを含む。なお、刺激付与工程S201、第1の測定工程S202a、第2の測定工程S202b、および、伝達時間導出工程S203は、特許請求の範囲に記載の「第1の工程」の一例であり、評価工程S204は、特許請求の範囲に記載の「第2の工程」の一例である。
【0065】
刺激付与工程S201、第1の測定工程S202a、第2の測定工程S202b、伝達時間導出工程S203、および、評価工程S204の各々は、それぞれ、評価装置2の刺激付与部211、第1の測定部212a、第2の測定部212b、伝達時間導出部113、および、評価部22が実施する工程である。したがって、ここでは、評価方法M2の詳しい処理に関する説明を省略する。
【0066】
〔第3の実施形態〕
本発明の第3の実施形態に係るうつ病の評価方法M3について、図7を参照して説明する。以下において、第1の実施形態と同様に、うつ病の評価装置1のことを単に評価装置1と記載し、うつ病の評価方法M3のことを単に評価方法M3と記載する。
【0067】
図7は、第1の実施形態に係る神経・精神疾患の評価装置1を用いて実施する評価方法M3のフローチャートである。
【0068】
図7に示すように、評価方法M3は、ステップS301~S304を含んでいる。
【0069】
ステップS301は、図4の(a)に示した評価方法M1の第1の工程であり、伝達時間TC3を導出する。
【0070】
ステップS302は、ステップS301の後に実施するステップであり、被験者Pの脳に対して電気けいれん療法を施す工程であり、特許請求の範囲に記載の「第3の工程」の一例である。
【0071】
ステップS303は、ステップS302の後実施するステップでありに、図4の(a)に示した評価方法M1の第1の工程であり、伝達時間TC3を導出する。ステップS303は、特許請求の範囲に記載の「第4の工程」の一例である。
【0072】
ステップS304は、ステップS303の後に実施するステップであり、ステップS301において導出した伝達時間TC3、および、ステップS303において導出した伝達時間TC3に基づいて、被験者Pのうつ病の程度を評価する工程である。ステップS304は、特許請求の範囲に記載の「第5の工程」の一例である。
【0073】
以上のように、評価方法M3は、電気けいれん療法の前後においてうつ病の程度の評価を行う。
【0074】
なお、本実施形態では、ステップS301,S303において、図4の(a)に示した評価方法M1の第1の工程を実施するものとして説明した。しかし、これらの各ステップで実施する第1の工程の代わりに、図6に示した評価方法M2の第1の工程を採用することもできる。
【0075】
〔第4の実施形態〕
神経・精神疾患の評価装置1の各ブロックは、集積回路(ICチップ)等に形成された論理回路(ハードウェア)によって実現してもよいし、ソフトウェアによって実現してもよい。後者の場合、神経・精神疾患の評価装置1を、図8に示すようなコンピュータ(電子計算機)を用いて構成することができる。
【0076】
図8は、神経・精神疾患の評価装置1として利用可能なコンピュータ910の構成を例示したブロック図である。コンピュータ910は、バス911を介して互いに接続された演算装置912と、主記憶装置913と、補助記憶装置914と、入出力インターフェース915と、通信インターフェース916とを備えている。演算装置912、主記憶装置913、および補助記憶装置914は、それぞれ、例えばプロセッサ(例えばCPU:Central Processing Unit等)、RAM(random access memory)、ハードディスクドライブであってもよい。入出力インターフェース915には、ユーザがコンピュータ910に各種情報を入力するための入力装置920、および、コンピュータ910がユーザに各種情報を出力するための出力装置930が接続される。入力装置920および出力装置930は、コンピュータ910に内蔵されたものであってもよいし、コンピュータ910に接続された(外付けされた)ものであってもよい。例えば、入力装置920は、キーボード、マウス、タッチセンサなどであってもよく、出力装置930は、ディスプレイ、プリンタ、スピーカなどであってもよい。また、タッチセンサとディスプレイとが一体化されたタッチパネルのような、入力装置920および出力装置930の双方の機能を有する装置を適用してもよい。そして、通信インターフェース916は、コンピュータ910が外部の装置と通信するためのインターフェースである。
【0077】
補助記憶装置914には、コンピュータ910を神経・精神疾患の評価装置1として動作させるための各種のプログラムが格納されている。そして、演算装置912は、補助記憶装置914に格納された上記プログラムを主記憶装置913上に展開して該プログラムに含まれる命令を実行することによって、コンピュータ910を、神経・精神疾患の評価装置1が備える各部として機能させる。なお、補助記憶装置914が備える、プログラム等の情報を記録する記録媒体は、コンピュータ読み取り可能な「一時的でない有形の媒体」であればよく、例えば、テープ、ディスク、カード、半導体メモリ、プログラマブル論理回路などであってもよい。また、記録媒体に記録されているプログラムを、主記憶装置913上に展開することなく実行可能なコンピュータであれば、主記憶装置913を省略してもよい。なお、上記各装置(演算装置912、主記憶装置913、補助記憶装置914、入出力インターフェース915、通信インターフェース916、入力装置920、および出力装置930)は、それぞれ1つであってもよいし、複数であってもよい。
【0078】
また、上記プログラムは、コンピュータ910の外部から取得してもよく、この場合、任意の伝送媒体(通信ネットワークや放送波等)を介して取得してもよい。そして、本発明は、上記プログラムが電子的な伝送によって具現化された、搬送波に埋め込まれたデータ信号の形態でも実現され得る。
【実施例
【0079】
(被験者について)
被験者は、うつ病患者10名(27~77歳の男女各5名、平均年齢54.5歳)である。うつ病の診断は、精神科医が「精神障害の診断と統計マニュアル(第5版)」を規準に行った。精神科医は、各被験者のうつ病の重症度をMADRSにより評価した。このMADRSによる評価は、電気けいれん療法(ECT)の初めのセッションの1日前と、ECTの最終セッションの1日後に行った。精神科医は、MADRSのスコアを記録するためにそれぞれの被験者を診察した。さらに、ミニメンタルステート検査(MMSE)を用いて、認知症ではないことを確認した。
【0080】
被験者は、抗うつ薬、抗精神病薬、抗てんかん薬、および/またはベンゾジアゼピンを投与された。実験期間中、抗うつ薬を変更した被験者はいなかったが、被験者1名は抗精神病薬の服用を変更し、被験者2名はベンゾジアゼピンを変更した。被験者のうち8名はECTを未経験であったが、2人の被験者はECT経験済であった。
【0081】
なお、すべての被験者は実験の参加前に書面によるインフォームドコンセントを提出した。また、本実験は、筑波大学附属病院の倫理委員会によって承認され、ヘルシンキ宣言に従って行われた。
【0082】
(電気けいれん療法の手順)
短パルス、定電流、方形波のECTを双電極配置にて週2~3回行った(Thymatron System IV、Somatics社製を使用、ThymatronはSomatics社の登録商標)。half-age法を用いて第1セッションのエネルギー強度を決定し、その後はセッションごとに10~20%強度を上げ、十分にけいれんを誘引した。1人の被験者は100%の強度でもけいれんを誘引することができなかったため、第2セッションから第6セッションでは、サインウェーブ装置(CS-1、酒井医療機器製)を用いて110~120Vで7秒間のECTを行った。
【0083】
麻酔にはサイアミラールを用い、筋弛緩のためにスクシニルコリンを投与した。過度の高血圧を防ぐためにニカルジピンを投与した。ECTのセッションの回数は、症状の程度またはECTに対する反応に応じて、被験者ごとに変更した。
【0084】
(経頭蓋磁気刺激)
ECT第1セッションの1日後および最終セッションの1日後に経頭蓋磁気刺激誘発脳波(TMS-EEG)を測定した。各被験者は、ECTの前後で2回の独立したセッション(視覚野-TMSコンディションおよび運動野-TMSコンディションに対応)を行った。コンディションの順序は、被験者間で平衡をとった。各セッションは、40回のTMSアプリケーション(すなわち、N=40)から構成した。
【0085】
被験者の脳の各部位に、2.5秒から6.5秒の範囲(0.5秒の段階的変化)の振動間隔で、単一パルス経頭蓋磁気刺激(TMS)を与えた。各セッションは3分間行った。TMSセッションは、薄暗い防電かつ防音の部屋において行われた。セッション中、被験者には椅子に掛け、顎を顎乗せ台にのせ、目を閉じた状態で、TMSによって発生する音を減衰させるために耳栓を装着した。
【0086】
TMSには、二相性刺激器具70(Magstim Rapid、MRS1000/50、Magstim社製、MagstimはMagstim社の登録商標)に接続された70mmのリング直径の8の字コイルを用いた。各セッションを通じてコイル位置および向きを維持するために、カメラスタンドのフレキシブルアームを使用した。TMSの強度は0.79テスラとした。この強度は、これまでの研究において全被験者によって示された運動閾値の平均値の95%に近いものであった。
【0087】
TMSを視覚野にあてる際には、ハンドルを上向きにすることでTMSのコイルを後頭部の電極(国際10-20法の電極配置法に基づくOz電極の上)にかざすようにした。一方、TMSを運動野にあてる際には、ハンドルを中央左のエリア(国際10-20法の電極配置法に基づくC3電極の上)にかざし、45°後外側を指すようにすることでTMSのコイルを頭皮に沿ってかざした。
【0088】
(脳波の記録)
国際10-20法の電極配置法に基づいて27の頭皮電極(Ag/AgCl)が埋め込まれたTMS用脳波電極キャップを用い(EASYCAP GmbH、EasyCap社製)、連続した脳波(EEG)を記録した。EEGのデータは、脳波計(Brain Products社製)を用いて増幅および記録された。サンプリングデートは1000Hzであった。リファレンスの電極は、左右の乳様突起部に配置し、実質的に接続されていた。
【0089】
これまでの研究より、TMSによって誘発されるPLFの変化は、C3電極からOz電極へ遷移することが明らかになっているため、それぞれ左運動野および視覚野であるC3電極およびOz電極に着目した。さらに、運動野-TMSコンディションおよび視覚野-TMSコンディションにおいて、運動野および視覚野付近を刺激した。このように、本実験は、運動野と視覚野との同期、および運動野から視覚野への情報伝達または視覚野から運動野への情報伝達のみを試験したものである。
【0090】
(EEGデータの前処理)
EEGデータを3秒間の区分に分割した(TMSの前の1秒間からTMSの後2秒間まで)。TMSに関係するアーチファクトを減らすため、これまでの研究に従って、線形補間を用い、TMS開始を規準として-1ミリ秒から7ミリ秒までのEEGデータを除いた。EEGデータに0.1~30Hzの帯域フィルターをかけた。刺激開始の100ミリ秒前および400ミリ秒後の間において±100μVを超える電極振幅は、視覚によるアーチファクト(すなわち目の動き)の存在を示すとし、該当する試験は解析の対象から除いた。
【0091】
(EEG解析)
EEGデータはMATLAB(登録商標)を用いて解析した。上述した式(1)に示すモルレのウェーブレット関数w(t,f0)を用いたウェーブレット解析によって、時間-周波数位相を算出した。
ここで、δは、以下の式(5)によって示される。
【0092】
【数3】
【0093】
モルレのウェーブレット関数は、時間領域(SDδ)および周波数領域(SDδ)の両方において、その中心周波数f0の周囲にガウシアン曲線を有している。使用したウェーブレットは、1~20Hzの範囲のfにおいて(1Hzの段階的変化)、一定の比率(f/σ=5)によって特徴付けられた。時間-周波数位相を、周波数帯域によってシータ波(4~7Hz)、アルファ波(8~12Hz)、ベータ波(13~20Hz)の3つに分けた。
【0094】
ここで、TMSによって誘発された、各電極において0になる位相をPLFとした。PLFは、時刻(t)、周波数(f)電極(e)を用いて上述した式(2)を用いて算出した。そのうえで、(1)図4に示した伝達時間導出工程S103を実施することにより、TMS印加箇所から頭皮電極C3までの伝達時間TC3と、(2)図6に示した伝達時間導出工程S203を実施することにより、TMS印加箇所から頭皮電極C3までの伝達時間TC3と、TMS印加箇所から頭皮電極Ozまでの伝達時間TOzと、伝達時間TOzと伝達時間TC3との差分である伝達時間Tsubとを導出した。
【0095】
(伝達時間とMADRSとの相関関係)
図6に示した伝達時間導出工程S203を実施することにより導出した伝達時間Tsubと、MADRSとの相関関係を図9に示す。これは、第2の実施形態に係る評価装置2および評価方法M2を用いて得られた相関関係である。
【0096】
また、これらの実施例に対する比較例として、特許文献1に記載の評価装置および評価方法を用いて得られたPLVと、MADRSとの相関関係を図10に示す。
【0097】
図9および図10を参照すれば、伝達時間TsubとMADRSとの相関関係は、PLVとMADRSとの相関関係の場合と同様に、よい相関が見られた。
【0098】
〔まとめ〕
以上から明らかなように、本発明は以下を包含するものである。
【0099】
本発明の一態様に係る脳波信号処理装置(11,21)は、被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与部(111,211)と、上記第1の領域とは異なる上記脳の第2の領域における脳波を測定する測定部(112,第2の測定部212b)と、上記刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間(伝達時間TC3)を、上記測定部(112,第2の測定部212b)が測定した脳波から導出する伝達時間導出部(113,213)と、を備えている。
【0100】
上記の構成によれば、脳波信号処理装置は、上記脳波から上記伝達時間を導出するので、神経・精神疾患(例えばうつ病)の複数の患者の上記脳波から上記伝達時間を導出することによって、上記伝達時間と、複数の患者の神経・精神疾患の重症度との相関関係を得ることができる。その結果、本願の発明者らは、神経・精神疾患の重症度が高い患者においては、上記伝達時間が長くなる傾向にあることを見出した。
【0101】
また、本願の発明者らは、(1)上記伝達時間と、複数の患者の神経・精神疾患の重症度との相関関係(例えばMADRS)と、(2)特許文献1に記載の脳波信号処理装置により得られたPLV(Phase Locking Vlues)と、複数の患者の神経・精神疾患の重症度との相関関係と、について研究を進めた。その結果、神経・精神疾患の重症度が高い患者においてPLVが低下することの一因は、上記伝達時間が長くなることにあることを見出した。
【0102】
以上のように、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置は、脳波の態様と、神経・精神疾患の重症度との間に存在するメカニズムの解明を助け得る。
【0103】
また、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置において、上記伝達時間導出部(113,213)は、式(1)に示すモルレのウェーブレット関数を用いて上記脳波をウェーブレット変換し、式(2)に示すフェイズロッキング因子(PLF)のピーク値に対応する時間を上記伝達時間とすることが好ましい。
【0104】
【数4】
【0105】
上記の構成のように、伝達時間は、例えば、上記PLFのピーク値から算出することができる。
【0106】
また、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置(21)は、上記第1の領域の近傍における脳波を測定する第1の測定部(第1の測定部212a)を更に備え、上記第2の領域における脳波を測定する上記測定部を第2の測定部(第2の測定部212b)として、上記伝達時間導出部(213)は、上記刺激が上記第1の領域から上記近傍に伝達されるのに要した時間である第1の伝達時間(伝達時間TOz)を、上記第1の測定部(第1の測定部212a)が測定した脳波である第1の脳波から導出し、かつ、上記刺激が上記第1の領域から上記第2の領域に伝達されるのに要した時間であり、上記伝達時間である第2の伝達時間(伝達時間TC3)を、上記第2の測定部(第2の測定部212b)が測定した上記脳波である第2の脳波から導出し、上記第2の伝達時間と上記第1の伝達時間との差分をとることにより、上記刺激が上記近傍から上記第2の領域に伝達されたのに要した時間である伝達時間を導出することが好ましい。
【0107】
上記の構成によれば、本脳波信号処理装置は、第2の脳波に加えて第1の脳波を測定しておき、伝達時間導出部は、第2の伝達時間と第1の伝達時間との差分をとることにより伝達時間を導出するように構成されていてもよい。
【0108】
また、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置(2)において、上記伝達時間導出部(213)は、式(3)に示すモルレのウェーブレット関数を用いて上記第1の脳波をウェーブレット変換し、式(4)に示すPLFのピーク値に対応する時間を上記第1の伝達時間とし、上記モルレのウェーブレット関数を用いて上記第2の脳波をウェーブレット変換し、上記PLFのピーク値に対応する時間を上記第2の伝達時間とすることが好ましい。
【0109】
【数5】
【0110】
上記の構成のように、第1の伝達時間および第2の伝達時間は、例えば、上記PLFのピーク値から算出することができる。
【0111】
また、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置(11,21)において、上記脳の神経系において、上記第1の領域は、上記第2の領域よりも上流側に位置することが好ましい。
【0112】
神経系には、情報を活動電位として伝達可能な方向がある。上記の構成によれば、第1の領域に付与した電磁気的な刺激は、第1の領域よりも下流側に位置する第2の領域に伝達される。したがって、本脳波信号処理装置は、上記刺激により誘発された脳波を容易に検出することができる。
【0113】
また、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置(11,21)において、上記第1の領域は、視覚野であり、上記第2の領域は、運動野であることが好ましい。
【0114】
上記の構成によれば、上記刺激により誘発された脳波を確実に検出することができる。
【0115】
本発明の一態様における神経・精神疾患の評価装置(1,2)は、本発明の何れか一態様に係る脳波信号処理装置(11,21)と、上記伝達時間導出部(113,213)が導出した上記伝達時間を参照し、刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、上記被験者の神経・精神疾患の程度を評価する評価部(12,22)と、を備えている。
【0116】
上記の構成によれば、評価部は、本発明の何れか一態様に係る脳波信号処理装置を用いて得た、伝達時間と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、上記被験者の神経・精神疾患の程度を自動的に評価する。したがって、本評価装置は、神経・精神疾患の重症度を自動的に評価可能な神経・精神疾患の評価装置である。
【0117】
本発明の一態様に係る脳波信号処理方法(M1,M2)は、被験者の脳の第1の領域に電磁気的な刺激を付与する刺激付与工程(S101,S201)と、上記第1の領域とは異なる上記脳の第2の領域における脳波を測定する測定工程(S103,S203a)と、上記刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間を、上記測定工程(S103,S203a)が測定した脳波から導出する伝達時間導出工程(S105,S205)と、を含んでいる。
【0118】
本発明の一態様に係る脳波信号処理方法は、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置と同様の効果を奏する。
【0119】
本発明の一態様に係る神経・精神疾患の評価方法(M1,M2)は、上述の脳波信号処理方法に従って、上記伝達時間を導出する第1の工程(S101,S103,S105およびS201,S203b、S205)と、上記伝達時間導出工程により導出された伝達時間を参照し、刺激が上記第2の領域に伝達されるのに要した時間である伝達時間と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、上記被験者の神経・精神疾患の程度を評価する第2の工程(S107,S207)と、を含んでいる。
【0120】
上記の構成によれば、第2の工程は、伝達時間と神経・精神疾患の程度との相関関係に基づき、上記被験者の神経・精神疾患の程度を自動的に評価する。したがって、本評価方法は、神経・精神疾患の重症度を自動的に評価可能な神経・精神疾患の評価方法である。
【0121】
また、本発明の一態様に係る神経・精神疾患の評価方法(M3)は、上記第1の工程(S301)を実施した後、上記脳に対して電気けいれん療法を施す第3の工程(S303)と、上記第3の工程を実施した後、本発明の一態様に係る脳波信号処理方法に従って、上記伝達時間を導出する第4の工程(S305)と、上記第1の工程にて導出した伝達時間、及び、上記第4の工程にて導出した伝達時間に基づいて、上記被験者の神経・精神疾患の程度を評価する第5の工程(S307)と、を含んでいることが好ましい。
【0122】
上記の構成によれば、電気けいれん療法の前後に脳波信号処理方法を施すので、被験者の神経・精神疾患に対する電気けいれん療法の効果を可視化することができる。
【0123】
また、本発明の一態様に係るプログラムは、本発明の一態様に係る脳波信号処理装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、上記伝達時間導出部としてコンピュータを機能させるためのプログラムである。
【0124】
また、本発明の一態様に係る記録媒体は、上記のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体である。
【0125】
本発明の一態様に係る脳波信号処理装置は、コンピュータによって実現してもよく、この場合には、コンピュータを上記脳波信号処理装置が備える各部として動作させることにより、上記脳波信号処理装置をコンピュータにて実現させるプログラム、および、それを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も、本発明の範疇に入る。なお、本発明の一態様に係る神経・精神疾患の評価装置についても同様である。
【0126】
〔参考形態〕
上述した第1の実施形態では、伝達時間導出部113は、測定部112が測定した脳波から、PLFを算出したうえで、PLFのピーク値に対応する時間を伝達時間TC3とする。その結果、伝達時間TC3とMADRSとの間には、よい相関が見られた。
【0127】
しかし、本発明の参考形態に係る脳波信号処理装置では、PLFのピーク値そのものを導出してもよい。本願の発明者らは、PLFのピーク値と、MADRSとの間にもよい相関が見られることを見出した。したがって、うつ病の評価装置の評価部は、第1の実施形態にて説明した伝達時間TC3や第2の実施形態にて説明した伝達時間Tsubの代わりに、PLFを用いてもよい。
【0128】
なお、PLFのピーク値の導出するための処理は、第1の実施形態において説明した通りである。
【0129】
なお、PLFのピーク値を導出する場合、脳波は、TMS印加箇所からある程度離れている領域において測定することが好ましい。すなわち、視覚野30よりも運動野50において脳波を測定することが好ましい。
【0130】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0131】
1、2 神経・精神疾患の評価装置
11、21 脳波信号処理装置
12、22 評価部
30 視覚野
50 運動野
70 二相性刺激器具
71 コイル部
90 TMS用脳波電極キャップ
91 キャップ部
111、211 刺激付与部
112 測定部
113、214 伝達時間導出部
212a 第1の測定部
212b 第2の測定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10