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特許7244901ハイドロキシアパタイト、その製造方法及びβ-TCPの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-14
(45)【発行日】2023-03-23
(54)【発明の名称】ハイドロキシアパタイト、その製造方法及びβ-TCPの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 25/32 20060101AFI20230315BHJP
   A61L 27/12 20060101ALN20230315BHJP
【FI】
C01B25/32 P
A61L27/12
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018248234
(22)【出願日】2018-12-28
(65)【公開番号】P2020105060
(43)【公開日】2020-07-09
【審査請求日】2021-12-02
(73)【特許権者】
【識別番号】517450703
【氏名又は名称】株式会社バイオアパタイト
(74)【代理人】
【識別番号】100096714
【弁理士】
【氏名又は名称】本多 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100124121
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 由美子
(74)【代理人】
【識別番号】100176566
【弁理士】
【氏名又は名称】渡耒 巧
(74)【代理人】
【識別番号】100180253
【弁理士】
【氏名又は名称】大田黒 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100169236
【弁理士】
【氏名又は名称】藤村 貴史
(72)【発明者】
【氏名】中村 弘一
(72)【発明者】
【氏名】酒井 有紀
(72)【発明者】
【氏名】川本 忠
【審査官】田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-296945(JP,A)
【文献】特開2016-040121(JP,A)
【文献】特開2001-031877(JP,A)
【文献】特開2008-290939(JP,A)
【文献】特表2017-521351(JP,A)
【文献】特開昭58-161911(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0044966(US,A1)
【文献】Hisakazu OKAMURA et al.,Electrochemistry,2000年,Vol.68, No.6,PP.486-488
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 25/00-25/46
A61L 27/12
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムの欠損度が10モル%以上であり、
Mgを100~20000質量ppm含み、
1000℃よりも低い温度で焼成するとβ-TCPとなる、ハイドロキシアパタイト。
【請求項2】
熱重量分析による変態点温度が900℃以下である請求項記載のハイドロキシアパタイト。
【請求項3】
酸化カルシウム懸濁液にリン酸溶液を添加する際に、化学量論的組成であるモル比でカルシウムイオン:リン酸イオンが10:6となる比率から、リン酸イオンの比率を高めた比率とし、溶液をアルカリ性に保持し、
カルシウムの欠損度が10モル%以上であり、1000℃よりも低い温度で焼成するとβ-TCPになるハイドロキシアパタイトが得られることを特徴とするハイドロキシアパタイトの製造方法。
【請求項4】
前記酸化カルシウムが生体由来である請求項3記載のハイドロキシアパタイトの製造方法
【請求項5】
請求項1又は2に記載のハイドロキシアパタイトを1000℃よりも低い温度で焼成する工程を備えることを特徴とするβ-TCPの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β-TCPの原料に用いられるハイドロキシアパタイト、その製造方法及びβ-TCPの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))は、骨や歯の主成分であり、生体親和性が高く、pHも中性で安全性が高い生体材料であることから、工業用原料、食品添加物、化粧品原料、医薬品原料、人工骨などの生体材料等に用いられている。
【0003】
ハイドロキシアパタイトを製造する方法に関し、水酸アパタイト結晶を析出させるためのサイトが導入された基材を、水酸アパタイト成分を含有する水溶液に浸漬することにより、上記基材の表面に水酸アパタイト結晶を析出させる方法がある(特許文献1)。また、所定のハイドロキシアパタイト分散液を基材に塗布又は印刷した後に、当該基材からハイドロキシアパタイト分散液に含まれる溶媒を蒸発させて、当該基材の表面に低結晶型ハイドロキシアパタイト粒子を生成させる方法がある(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-31409号公報
【文献】特開2016-147799号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ハイドロキシアパタイトは、それ自体が上述のとおり食品添加物、化粧品原料、医薬品原料、人工骨などに用いられる他、β-TCP(β-リン酸三カルシウム)の原料として用いられている。β-TCPは、骨補填材や人工骨に用いられるものであり、ハイドロキシアパタイトを焼成することにより所定の形状に製造される。
【0006】
しかしながら、従来のハイドロキシアパタイトは、β-TCPへ加熱による脱水反応で変化させるための焼成温度が1000~1200℃程度の高温を必要とするため温度制御が難しく、また、製造コストが嵩んでいた。ハイドロキシアパタイトに水溶性セルロース誘導体、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、でんぷん等のバインダを水溶液等の形態で添加すれば、焼成温度を下げることができるが、この場合はβ-TCP中にバインダの有機分が不純物として残存していた。
【0007】
そこで本発明は、バインダを用いることなく、従来よりも低温加熱でβ-TCPに化学変化させることができるハイドロキシアパタイト、その製造方法及びβ-TCPの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記問題を解決するために鋭意検討を重ね、カルシウムが所定割合で欠損したハイドロシキアパタイトが、従来よりも低温でβ-TCPに焼成できることを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち本発明は、
[1]カルシウムの欠損度が5モル%以上であるハイドロキシアパタイト、
[2]前記欠損度が10モル%以上である、[1]のハイドロキシアパタイト、
[3]熱重量分析による変態点温度が900℃以下である、[1]又は[2]のハイドロキシアパタイト、
[4]800℃以上で焼成してβ-TCPになる、[1]~[3]のいずれかのハイドロキシアパタイト、
[5]Mgを含む、[1]~[4]のいずれかのハイドロキシアパタイト、
[6]カルシウム塩溶液にリン酸塩溶液を添加する際に、溶液をアルカリ性に保持することを特徴とするハイドロキシアパタイトの製造方法、
[7][1]~[4]のいずれかのハイドロキシアパタイトを焼成する工程を備えることを特徴とするβ-TCPの製造方法、
[8]焼成するときの温度が800℃以上である[7]のβ-TCPの製造方法、
である。
【発明の効果】
【0010】
本発明のハイドロキシアパタイトは、カルシウムの欠損度が5モル%以上であり、従来よりも低い焼成温度でβ-TCPにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1のハイドロキシアパタイトのTG-DTA分析のグラフである。
図2】比較例1のハイドロキシアパタイトのTG-DTA分析のグラフである。
図3】比較例2のハイドロキシアパタイトのTG-DTA分析のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明のハイドロキシアパタイト及びその製造方法を、より具体的に説明する。本発明のハイドロキシアパタイトは、β-TCPの原料に用いることができる。また、β-TCPの原料以外にも、食品添加物、化粧品原料、医薬品原料、人工骨などに用いられる。
本発明のハイドロキシアパタイトは、カルシウムの欠損度が5モル%以上である。発明者らの研究により、カルシウムの欠損度が5モル%以上であるハイドロキシアパタイトは、バインダを加えなくても800℃以上でβ-TCPを焼成できることが判明した。従来のハイドロシキアパタイトの焼成温度1000~1200℃よりも低い温度で焼成することができることにより、β-TCPを含む骨補填材や人工骨を、従来よりも温度制御が容易で、かつ、低コストで製造することができる。また、焼成時にバインダが不要であるため、ハイドロキシアパタイトを原料としたβ-TCPを含む骨補填材や人工骨は、バインダ由来の有機質の不純物を含まない。
【0013】
ハイドロキシアパタイトにおけるカルシウムの欠損度は、ハイドロシキアパタイトを化学分析して、リン量とカルシウム量とを求め、化学量論的組成からどれぐらいカルシウムが欠損しているかを求めることで得られる。より具体的に、ICPによる分析により、物質中のカルシウム及びリンの質量%濃度を求め、ハイドロキシアパタイトの理論値(カルシウム40%)から減少している割合を求めて得られる。
【0014】
ハイドロキシアパタイトにおけるカルシウムの欠損度は、5モル%以上であることにより、β-TCPの焼成温度が明確に低下する。より好ましくは10モル%以上である。理論的には50モル%の欠損もあり得るが、実際には純粋なアパタイトを、30%を超える欠損度で合成は難しいので、実質的な上限は30モル%である。
【0015】
カルシウムの欠損度が5モル%以上でβ-TCPの焼成温度が明確に低下する理由は、必ずしも明確ではないが、例えば、カルシウムが欠損したハイドロシキアパタイトを熱分析すると、カルシウムが欠損していないハイドロキシアパタイトと比較して、変態点温度が低下していた。このことから、カルシウムを欠損させることにより、ハイドロキシアパタイトの結晶構造が不安定になることが理由の一つとして考えられる。カルシウムが欠損したハイドロキシアパタイトの変態点温度は、熱分析のなかでも、示差熱-熱重量同時測定(TG-DTA)によっても測定することができる。
【0016】
本発明のハイドロキシアパタイトは、Mg(マグネシウム)を含むことができる。Mgは、生体骨に含まれているミネラルの一種であり、生体骨においてMgは、骨芽細胞や破骨細胞を活性化し、骨細胞の代謝を促進させる作用を有している。このような作用を有するMgを含むことにより、従来のハイドロキシアパタイトに比べて、人工骨などの生体材料の用途において、より高い生体親和性を有することができる。
【0017】
Mgを含むハイドロキシアパタイトは、ハイドロキシアパタイトを構成するCaの一部がMgと置換された構造のものであることが好ましい。Mgを含むときの含有量は、100~20000質量ppm程度の範囲とすることが好ましい。Mg含有量が100質量ppm以上であるとMgを含有させることの効果が良く現れる。Mg含有量の上限は特に限定されないが、およそ20000質量ppmもあれば生体親和性の観点からは十分である。Mg含有量は、500~6000質量ppmであることがより好ましい。
【0018】
Mgを含むときに、ハイドロキシアパタイトは、生物由来の材料からなることが好ましい。生物由来の材料からなるハイドロシキアパタイトは、Mgを適量に含むことができるからである。例えば、生物由来の材料を、焼成することにより、酸化カルシウムを得て、それを、後述するような方法により処理することによって、Mgを含むハイドロキシアパタイトを得ることができる。焼成条件は特に限定されず公知の条件を採用することができるが、焼成条件としては、例えば、電気炉等を用いて、温度900~1300℃で1~72時間焼成することが挙げられる。
また、生物由来の材料からなることにより、カルシウム補給剤として用途のような、経口して服用する用途や食用としても人体に安全なハイドロシキアパタイトとすることができる。
【0019】
生物由来の材料とは、例えば卵殻や、サンゴが挙げられる。なかでも、卵殻は、Mg含有量が他の生体材料よりも多いので、より好ましい。
【0020】
本発明のハイドロキシアパタイトは、更に、Na、K、及びSiから選ばれる少なくとも一種のミネラルを含むことが好ましい。Na(ナトリウム)は、骨の代謝や再吸収プロセス、細胞接着に関与するミネラルであり、K(カリウム)は、生化学反応において多くの機能に関与するミネラルであり、Si(けい素)は、骨形成に関与する代謝機構に作用し、骨細胞や係合細胞の発現に関与するミネラルである。したがって、これらのミネラルの少なくとも一種を含むハイドロキシアパタイトは、生体親和性がより向上する。生物由来の材料からなるハイドロキシアパタイトは、Mgを含有し、かつ、Na、K、及びSiから選ばれる少なくとも一種のミネラルを含む。したがって、Mgを100質量ppm以上含有し、かつ、Na、K、及びSiから選ばれる少なくとも一種のミネラルを含むハイドロキシアパタイトは、上記の生物由来の材料からなるものであると推定される。
【0021】
Na、K、及びSiの各含有量は、特に限定されないが、例えばNaは100~5000質量ppm程度、Kは10~100質量ppm程度、Siは10~100質量ppm程度をそれぞれ含有することが、上記の効果を十分に得られることから好ましい。また、生物由来の材料からなるハイドロキシアパタイトは、ミネラルバランスによりMg含有量に対して、上記の範囲でNa、K、及びSiの少なくとも一種を含み得るので、上記の効果を十分に得られ、この点でも好ましい材料である。
なお、Naは、β-TCPの原料である場合に、多量の含有は生体用の材料として好ましくないので上限を5000質量ppm程度、好ましくは、2000質量ppm程度、より好ましくは500質量ppm程度とするのが好ましい。
【0022】
Na、K、及びSiから選ばれる少なくとも一種のミネラルは、例えば、Na、K、及びSiを含む前述した生体由来の材料を用いてハイドロシキアパタイトを製造することにより、ハイドロキシアパタイトに含有させることができる。
【0023】
本発明のハイドロキシアパタイトは、非晶質のハイドロキシアパタイトを含むことができる。非晶質のハイドロシキアパタイトとは、結晶化していない(非結晶型)ハイドロキシアパタイトのみのものであること、又は非結晶型ハイドロキシアパタイトと結晶化の程度が低い(低結晶型)ハイドロキシアパタイトとが混合されたものであることを意味する。すなわち、「非晶質のハイドロキシアパタイト」とは、非結晶性ハイドロキシアパタイトのみの態様に限定されず、非結晶性ハイドロキシアパタイトに、低結晶型ハイドロキシアパタイトが混在している態様も含まれるものである。そして、低結晶型ハイドロキシアパタイトは、本発明のハイドロキシアパタイト中に50質量%程度以下の割合で含み得るものである。
【0024】
非晶質のハイドロキシアパタイト、すなわち、結晶化していない(非結晶型)ハイドロキシアパタイトのみのものであること、又は非結晶型ハイドロキシアパタイトと結晶化の程度が低い(低結晶型)ハイドロキシアパタイトとが混合されたものであるものは、X線構造解析によって特定することができる。
具体的にX線構造解析において、2θが31.500~32.500°に現れるピークにおける結晶子サイズが10~200Åであるハイドロキシアパタイトは、結晶化していない(非結晶型)ハイドロキシアパタイトのみのものであること、又は非結晶型ハイドロキシアパタイトと結晶化の程度が低い(低結晶型)ハイドロキシアパタイトとが混合されたものであるといえる。
なお、結晶子サイズとは、結晶粒の大きさを表し、結晶性を表す目安となる数値である。結晶子サイズの数値が大きいほど、測定対象である物質の結晶性が高いことを意味する。逆に言えば、結晶子サイズの数値が小さいほど、ハイドロシキアパタイトは低結晶又は非結晶であることを意味する。結晶子サイズは、例えば、株式会社リガク社製のX線解析装置である、型番:RINT2200V/PCにより測定できる。
好ましくは、2θが31.500~32.500°に現れるピークの結晶子サイズが30~150Å、より好ましくは50~120Åである。
【0025】
X線構造解析において、2θが31.500~32.500°に現れるピークの結晶子サイズが上記範囲内にあるハイドロキシアパタイトであることにより、ハイドロキシアパタイトの表面が複雑で、表面電位を帯びている。これにより吸着力が大きく、蛋白質や脂質、さらには細菌や、花粉等の吸着率に優れているのでフィルター等に用いて好適であり、また、色素を吸着するので、歯の白化に有効である。また、結晶子サイズが上記範囲内にあるハイドロキシアパタイトは、粒子が細かく、肌触りもなめらかで刺激の少ないハイドロキシアパタイトとすることができる。
【0026】
本発明のハイドロシキアパタイトの製造方法は、特に限定されないが、例えば、上記の酸化カルシウムの水又はアルコール懸濁液にリン酸の水又はアルコール溶液を添加し、又はリン酸の水又はアルコール溶液に酸化カルシウムの水又はアルコール懸濁液を添加することにより、ハイドロキシアパタイトスラリーを得て、このハイドロキシアパタイトスラリーを基材に塗布又は印刷して蒸発させるか、スラリーをそのまま蒸発させて、ハイドロシキアパタイト粒子を得ることができる。
この製造過程で、酸化カルシウム懸濁液の酸化カルシウムの原料として、生物由来の材料を用いることにより、Mgを含有するハイドロキシアパタイトを容易に製造することができる。その一方で、Mgや、Na、K、及びSiから選ばれる少なくとも一種のミネラルを含まない純粋なCa欠損アパタイトは、純度等を考慮して生物由来ではないほうが好ましい。
【0027】
Mgを含み、かつ、非晶質を含むハイドロキシアパタイトは、分子ひとつひとつは凝集しているだけで固く結びついているのではないため、他の物質に対して柔軟な反応を示し、また、吸着力が結晶型に比べて大きい。さらに、粒子が細かく、肌触りもなめらかで刺激を与えない。
【0028】
カルシウムが欠損したハイドロシキアパタイトを得るために、ハイドロキシアパタイトスラリーの調製の際に、酸化カルシウム懸濁液中の酸化カルシウムの総量と、リン酸溶液中のリン酸の総量の比率は、例えば、化学量論的組成であるモル比でカルシウムイオン:リン酸イオンが10:6となる比率から、リン酸イオンの比率を高めた比率とする。勿論、反応条件等によって、前記比率を適宜変更することも可能である。かかるモル比率の調整は、添加液及び被添加液の濃度及び量を調整することにより調整できる。
【0029】
リン酸イオンの比率を高めるためには、酸化カルシウム懸濁液及び/又はリン酸溶液をアルカリ性の状態にして化学量論的組成の量よりも多くリン酸イオンを添加することが好ましい。酸化カルシウム懸濁液及び/又はリン酸溶液が中性又は酸性では、リン酸を加えることで更にpHが下がり、pHが下がるとハイドロキシアパタイト以外のリン酸カルシウム化合物を生成してしまうため、リン酸イオンを多く添加することが困難である。酸化カルシウム懸濁液及び/又はリン酸溶液をアルカリ性にする具体的な方法は特に限定されないが、例えば苛性ソーダを加えることが考えられる。苛性ソーダの添加量は、液のpHが9~10となるような量とするのが好ましい。
【0030】
添加液を被添加液に添加する際の温度条件は、例えば、添加液及び被添加液の温度を5~90℃の範囲とすることが好ましく、15~60℃の範囲とすることがより好ましく、20~40℃の範囲とすることがさらに好ましい。添加液及び被添加液の温度をかかる範囲とすることにより、ハイドロキシアパタイトの結晶化を抑制し、かつハイドロキシアパタイトを得るための反応をスムーズに進行させるという効果が得られる。なお、被添加液を攪拌しながら添加液を添加することも可能である。
【0031】
ハイドロキシアパタイトスラリーを蒸発させる際には特に加熱する必要は無く、環境温度において自然乾燥させることにより蒸発させて良い。しかしながら、良好な生産効率を達成し、かつ、非結晶型アパタイトの低結晶化を促進するために、溶媒を蒸発させる際及び/又は蒸発させた後に、基材又はスラリーを加熱しても良い。基材を加熱する際の加熱温度は、40~300℃であることが好ましく、40~180℃であることがより好ましく、80~150℃であることがさらに好ましい。加熱温度を上記範囲とすることにより、適切な粒径の低結晶型ハイドロキシアパタイト粒子を基材表面に生成でき、基材表面からの低結晶型ハイドロキシアパタイト粒子の脱落を抑制できる。加熱時間には特に制限が無く、基材表面に低結晶型ハイドロキシアパタイト粒子が生成するまで行えば良い。但し、塗布又は印刷後の基材を過度に加熱すると、低結晶型ハイドロキシアパタイトが結晶型ハイドロキシアパタイトに変化してしまうおそれがある。低結晶型ハイドロキシアパタイトは、結晶型ハイドロキシアパタイトよりも、細菌及び花粉等の微小な生物由来物質並びに重金属物質等を吸着する性能に優れていることから、加熱条件の一つの目安として、例えば、100℃以上の温度で加熱する場合には、加熱時間を720分以下にして、低結晶型ハイドロキシアパタイトの結晶型ハイドロキシアパタイトへの変化を抑制することが好ましい。
【実施例
【0032】
以下、実施例により本発明の内容をさらに詳しく説明する。なお、実施例により、本発明の範囲が限定されないことはいうまでもない。
【0033】
(実施例1)
【0034】
水5リットルに酸化カルシウム(和光純薬製 CAS1305-78-8)を560g(10モル)添加し、酸化カルシウム懸濁液(水1リットルに対して2モルの酸化カルシウムを含む)を調製した。
リン酸(和光純薬製 CAS7664-38-2)0.46リットル6.7モルを水1.38リットルに溶解させ、3.65Mのリン酸溶液を調製した。
【0035】
上記酸化カルシウム懸濁液及び上記リン酸溶液の温度を、25℃に調整した。5Lの酸化カルシウム懸濁液及を10Lの酸アルカリ耐性容器に入れ、当該容器をラボスターラ(ヤマト科学株式会社製 LT400)で攪拌しながら(酸化カルシウム懸濁液中の酸化カルシウム1モルに対して、リン酸換算で0.9モル/h)の速度で、リン酸溶液を滴下してハイドロキシアパタイトを生成させた。このハイドロキシアパタイトを生成の際に、苛性ソーダを酸化カルシウム懸濁液に加えて、酸化カルシウム懸濁液をアルカリ性にした。
得られたハイドロキシアパタイト分散液を乾燥させ、130℃に加熱して実施例1のハイドロキシアパタイトを得た。
【0036】
実施例1のハイドロキシアパタイトのCa濃度を、ICP発光分析装置 島津製作所(株)製ICPS-8100で分析したところ、Ca濃度は37.4質量%であり、Caが10モル%欠損しているカルシウムアパタイトの理論値と同じであった。
【0037】
(比較例1)
リン酸(和光純薬製 CAS7664-38-2)1リットル(14.5モル)を水3リットルに溶解させ、3.625Mのリン酸溶液を調製し、ハイドロキシアパタイトを生成の際に、苛性ソーダを加えなかった以外は実施例1と同様にして、Caが欠損していない比較例1のハイドロキシアパタイトを調製した(0%Ca欠損ハイドロキシアパタイト)。
【0038】
比較例1のハイドロキシアパタイトのCa濃度を、(ICP発光分析装置 島津製作所(株)製ICPS-8100装置で分析したところ、Ca濃度は39.9質量%であり、この測定値はアパタイトに含まれる水分や不純物や分析誤差を考慮するとCaが欠損していないカルシウムアパタイトの理論値とほぼ同じであった。
【0039】
(比較例2)
リン酸(和光純薬製 CAS7664-38-2)0.43リットル6.2モルを水1.23リットルに溶解させ、3.65Mのリン酸溶液をリン酸溶液を調製した以外は実施例1と同様にして、Caが3モル%欠損している比較例2のハイドロキシアパタイトを調製した(3モル%Ca欠損ハイドロキシアパタイト)。
【0040】
比較例2のハイドロキシアパタイトのCa濃度を、ICP発光分析装置 島津製作所(株)製ICPS-8100で分析したところ、Ca濃度は38.8質量%であり、Caが3モル%欠損しているカルシウムアパタイトの理論値と同じであった。
【0041】
[熱重量分析]
実施例1、比較例1及び比較例2のハイドロキシアパタイトを(株式会社日立ハイテクサイエンス社製 DMA7100/STA7300によりTG-DTA分析をした。その結果を図1~3にグラフで示す。
【0042】
図1は、実施例1の10モル%ハイドロキシアパタイトのTG-DTA分析のグラフである。図1のTGの曲線から、実施例1の10モル%ハイドロキシアパタイトの変態点温度は730℃であった。
【0043】
図2は、比較例1の0%ハイドロキシアパタイトのTG-DTA分析のグラフである。図2のTGの曲線から、比較例1の0%ハイドロキシアパタイトの変態点温度は900℃であった。
【0044】
図3は、比較例2の3モル%ハイドロキシアパタイトのTG-DTA分析のグラフである。図3のTGの曲線から、比較例2の3%ハイドロキシアパタイトの変態点温度は810℃であった。
【0045】
[β-TCPの製造]
実施例1、比較例1及び比較例2のハイドロキシアパタイト粉を原料としてβ-TCPの製造を行った。この製造プロセスでは、実施例1、比較例1及び比較例2の各ハイドロキシアパタイト粉を焼成炉にて800℃及び1000℃の各条件で焼成した。
【0046】
その結果、実施例1のハイドロキシアパタイトは、800℃及び1000℃の焼成温度でいずれもβ-TCPが得られた。これに対して、比較例1及び比較例2のハイドロキシアパタイトは、1000℃の焼成温度ではβ-TCPが得られたものの、800℃の焼成温度ではβ-TCPが得られなかった。

図1
図2
図3