(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-14
(45)【発行日】2023-03-23
(54)【発明の名称】抗体の抗原に対する親和性を制御する方法、抗原に対する親和性が改変された抗体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/08 20060101AFI20230315BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20230315BHJP
C07K 16/00 20060101ALI20230315BHJP
【FI】
C12P21/08 ZNA
C12N15/13
C07K16/00
(21)【出願番号】P 2022024848
(22)【出願日】2022-02-21
(62)【分割の表示】P 2019217139の分割
【原出願日】2017-08-10
【審査請求日】2022-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2016255492
(32)【優先日】2016-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】前田 真吾
(72)【発明者】
【氏名】福永 淳
【審査官】北村 悠美子
(56)【参考文献】
【文献】Protein Engineering, Design & Selection, 2013年,Vol.26, No.12,p.773-780
【文献】Journal of Molecular Biology,1992年,Vol.224, p.487-499
【文献】福永淳,Study on improving the affinity of an antibody for its antigen via long-range electrostatic interact,九州大学学術情報リポジトリ, 2013年,p.1-48
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 16/00-16/46
C12P 21/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体の抗原に対する親和性を向上させる方法であって、
前記抗体が、相補性決定領域(CDR)のアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性の抗体であり、前記抗体において、Chothia法で定義される軽鎖フレームワーク領域3(FR3)の3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とすることにより、前記抗体の抗原に対する親和性を、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体と比べて向上させ、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体において、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、中性又は酸性のアミノ酸残基であり、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、軽鎖72番目のアミノ酸残基と、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目および軽鎖70番目からなる群より選択される少なくとも2カ所の残基とを含み、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目、軽鎖70番目および軽鎖72番目以外の残基を含む場合、前記残基は、軽鎖53番目~軽鎖62番目および軽鎖73番目~軽鎖81番目からなる群より選択されるアミノ酸残基であり、
前記CDRの電気的特性が、以下の式(I)により決定される、前記方法:
X=[CDRのアミノ酸配列中の塩基性アミノ酸残基の数]-[CDRのアミノ酸配列中の酸性アミノ酸残基の数] ・・・(I)
(式中、Xが-1、0又は1であるとき、CDRの電気的特性は中性であり、
Xが2以上であるとき、CDRの電気的特性は正電荷であり、
Xが-2以下であるとき、CDRの電気的特性は負電荷である)。
【請求項2】
抗原に対する親和性が向上した抗体の製造方法であって、
相補性決定領域(CDR)のアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性の抗体において、Chothia法で定義される軽鎖フレームワーク領域3(FR3)の3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする工程と、
前記工程で得られた抗体を回収する工程と
を含み、
回収した抗体の抗原に対する親和性が、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体と比べて向上しており、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体において、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、中性又は酸性のアミノ酸残基であり、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、軽鎖72番目のアミノ酸残基と、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目および軽鎖70番目からなる群より選択される少なくとも2カ所の残基とを含み、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目、軽鎖70番目および軽鎖72番目以外の残基を含む場合、前記残基は、軽鎖53番目~軽鎖62番目および軽鎖73番目~軽鎖81番目からなる群より選択されるアミノ酸残基であり、
前記CDRの電気的特性が、以下の式(I)により決定される、前記方法:
X=[CDRのアミノ酸配列中の塩基性アミノ酸残基の数]-[CDRのアミノ酸配列中の酸性アミノ酸残基の数] ・・・(I)
(式中、Xが-1、0又は1であるとき、CDRの電気的特性は中性であり、
Xが2以上であるとき、CDRの電気的特性は正電荷であり、
Xが-2以下であるとき、CDRの電気的特性は負電荷である)。
【請求項3】
抗体の抗原に対する親和性を向上させる方法であって、
前記抗体が、相補性決定領域(CDR)のアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性の抗体であり、前記抗体において、Chothia法で定義される軽鎖フレームワーク領域3(FR3)の3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とすることにより、前記抗体の抗原に対する親和性を、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体と比べて向上させ、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体において、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、中性又は酸性のアミノ酸残基であり、
前記FR3の3つのアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする場合、前記3つのアミノ酸残基が、軽鎖72番目のアミノ酸残基と、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目および軽鎖70番目からなる群より選択される2カ所の残基とを含み、
前記FR3の4つのアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする場合、前記4つのアミノ酸残基が、軽鎖72番目のアミノ酸残基と、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目および軽鎖70番目からなる群より選択される3カ所の残基とを含み、
前記FR3の5つのアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする場合、前記5つのアミノ酸残基が、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目、軽鎖70番目および軽鎖72番目の残基であり、
前記CDRの電気的特性が、以下の式(I)により決定される、前記方法:
X=[CDRのアミノ酸配列中の塩基性アミノ酸残基の数]-[CDRのアミノ酸配列中の酸性アミノ酸残基の数] ・・・(I)
(式中、Xが-1、0又は1であるとき、CDRの電気的特性は中性であり、
Xが2以上であるとき、CDRの電気的特性は正電荷であり、
Xが-2以下であるとき、CDRの電気的特性は負電荷である)。
【請求項4】
抗原に対する親和性が向上した抗体の製造方法であって、
相補性決定領域(CDR)のアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性の抗体において、Chothia法で定義される軽鎖フレームワーク領域3(FR3)の3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする工程と、
前記工程で得られた抗体を回収する工程と
を含み、
回収した抗体の抗原に対する親和性が、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体と比べて向上しており、
前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする前の抗体において、前記3つ以上5つ以下のアミノ酸残基が、中性又は酸性のアミノ酸残基であり、
前記FR3の3つのアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする場合、前記3つのアミノ酸残基が、軽鎖72番目のアミノ酸残基と、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目および軽鎖70番目からなる群より選択される2カ所の残基とを含み、
前記FR3の4つのアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする場合、前記4つのアミノ酸残基が、軽鎖72番目のアミノ酸残基と、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目および軽鎖70番目からなる群より選択される3カ所の残基とを含み、
前記FR3の5つのアミノ酸残基をアルギニン残基又はリジン残基とする場合、前記5つのアミノ酸残基が、軽鎖63番目、軽鎖65番目、軽鎖67番目、軽鎖70番目および軽鎖72番目の残基であり、
前記CDRの電気的特性が、以下の式(I)により決定される、前記方法:
X=[CDRのアミノ酸配列中の塩基性アミノ酸残基の数]-[CDRのアミノ酸配列中の酸性アミノ酸残基の数] ・・・(I)
(式中、Xが-1、0又は1であるとき、CDRの電気的特性は中性であり、
Xが2以上であるとき、CDRの電気的特性は正電荷であり、
Xが-2以下であるとき、CDRの電気的特性は負電荷である)。
【請求項5】
前記抗体が、抗体断片の形態である請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記抗体断片が、Fab断片である請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体の抗原に対する親和性を制御する方法に関する。また、本発明は、抗原に対する親和性が改変された抗体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、抗体のアミノ酸配列に変異を導入することにより、該抗体の抗原に対する親和性を改変させる技術が知られている。例えば、特許文献1には、抗体の相補性決定領域(CDR)のアミノ酸配列に変異を導入して、該抗体の抗原に対する親和性を低下させる方法が記載されている。
【0003】
CDRではなく、可変領域にあるフレームワーク領域のアミノ酸配列に変異を導入して、抗原に対する親和性を改変することも知られている。例えば、非特許文献1及び特許文献2には、トロポニンIに結合する一本鎖抗体(scFv)のフレームワーク領域3に位置する60番目、63番目、65番目及び67番目のアミノ酸残基を、塩基性アミノ酸であるリジン又はアルギニン残基に置換したことが記載されている。トロポニンIは、荷電アミノ酸の含有量が多い抗原である。非特許文献1及び特許文献2では、まず、pIが3.57である酸性エピトープを認識する一本鎖抗体及びpIが11.45である塩基性エピトープを認識する一本鎖抗体を作製している。非特許文献1及び特許文献2には、これらの一本鎖抗体への塩基性アミノ酸残基の導入により生じる電気的引力を利用して、トロポニンIへの親和性を向上できたことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許出願公開第2012/0329995号明細書
【文献】国際公開第2013/084371号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【文献】Fukunaga A及びTsumoto K, Improving the affinity of an antibody for its antigen via long-range electrostatic interactions, Protein Eng. Des. Sel. vol.26, no.12, p.773-780, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1及び特許文献2には、抗体抗原反応における結合速度定数を増加させる観点から、抗トロポニンI抗体のフレームワーク領域3(FR3)に上記のような変異を導入して、トロポニンIへの親和性を向上させている。しかし、これらの文献には、抗トロポニンI抗体以外の抗体も、同じ手法によって抗原への親和性を改変できるかについては記載されていない。
【0007】
また、非特許文献1及び特許文献2には、抗原への親和性を向上させたことしか記載されていない。一方、抗体を試薬として利用する場合、抗原への親和性が向上した抗体だけでなく、親和性が低下した抗体が求められることもある。例えば、抗原に対する親和性が低下した抗体は、抗原抗体反応の適切な対照として使用できる。よって、抗体の抗原に対する親和性を制御する技術の確立が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、抗体のFR3のアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換すると、抗体の種類に応じて、抗原に対する親和性を向上又は低下できることを見出した。そして、そのような親和性の変化の差が、CDRに含まれる荷電アミノ酸残基の数に基づいて決定されるCDRの電気的特性と関連することを見出して、本発明を完成した。
【0009】
よって、本発明は、抗体の抗原に対する親和性を制御する方法を提供する。この方法では、CDRのアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性又は負電荷の抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換する。
【0010】
また、本発明は、抗原に対する親和性が改変された抗体の製造方法を提供する。この方法は、CDRのアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性又は負電荷の抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換する工程と、置換工程で得られた抗体を回収する工程とを含む。
【0011】
さらに、本発明は、抗原に対する親和性が改変された抗体を提供する。この抗体においては、CDRのアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性又は負電荷であり、未改変の抗体におけるChothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基が、荷電アミノ酸残基に置換されている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、抗原に対する親和性が改変された抗体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】野生型の抗インスリン抗体及びその変異型と、抗原(インスリン)との相互作用における解離定数を示すグラフである。
【
図1B】野生型の抗甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)抗体及びその変異型と、抗原(TSHR)との相互作用における解離定数を示すグラフである。
【
図2A】野生型の抗インスリン抗体及びその変異型、並びに抗原(インスリン)の表面電荷分布を示す図である。
【
図2B】野生型の抗TSHR抗体及びその変異型、並びに抗原(TSHR)の表面電荷分布を示す図である。
【
図3】野生型の抗インスリン抗体及びその変異型の熱安定性を示差走査熱量計(DSC)で測定したときの解析ピークを示すグラフである。
【
図4】野生型の抗リゾチーム抗体及びその変異型と、抗原(リゾチーム)との相互作用における解離定数を示すグラフである。
【
図5】野生型の抗B型肝炎表面抗原(HBsAg)抗体及びその変異型と、抗原(HBsAg)との相互作用における解離定数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[1.抗体の抗原に対する親和性を制御する方法]
本実施形態の抗体の抗原に対する親和性を制御する方法(以下、「制御方法」ともいう)では、CDRのアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性又は負電荷である抗体が、抗原への親和性を制御する対象となる。本実施形態の制御方法は、そのような電気的特性を有する抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換することにより、該抗体の抗原に対する親和性を制御することを可能にする。ここで、「親和性を制御する」とは、抗体の抗原に対する親和性を向上させること及び抗体の抗原に対する親和性を低下させることの両方をいう。よって、本実施形態の制御方法は、抗体の抗原に対する親和性を改変する方法と解釈してもよい。
【0015】
本実施形態の制御方法において抗原への親和性を制御する対象となる元の抗体を、「未改変の抗体」ともいう。本明細書において、未改変の抗体におけるChothia法で定義されるFR3のアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換することを、「変異を導入する」ともいう。そのような置換を「変異の導入」又は単に「変異」ともいう。また、未改変の抗体に変異を導入して得られる抗体を、「親和性が制御された抗体」ともいう。
【0016】
本実施形態では、変異の導入により未改変の抗体の表面電荷分布が変化して、抗原に対する親和性が制御される。すなわち、親和性が制御された抗体は、未改変の抗体と比較して、抗原に対する親和性が向上又は低下している。本実施形態において、親和性が制御された抗体の抗原に対する親和性は、抗原抗体反応における動力学的パラメータにより評価してもよいし、ELISA法などの免疫学的測定法により評価してもよい。動力学的パラメータとしては、結合速度定数(kon)、解離速度定数(koff)及び解離定数(KD)が挙げられ、好ましくはKDである。抗原抗体反応における動力学的パラメータは、表面プラズモン共鳴(SPR)技術により取得できる。
【0017】
本実施形態の制御方法により抗体の抗原に対する親和性が向上する場合、例えば、抗原抗体反応におけるKDの値は、未改変の抗体と比較して、約1/2、約1/5、約1/10、約1/20、約1/50、約1/100又は約1/1000である。一方、抗体の抗原に対する親和性が低下する場合、抗原抗体反応におけるKDの値は、未改変の抗体と比較して、約2倍、約5倍、約10倍、約20倍、約50倍、約100倍又は約1000倍である。
【0018】
本実施形態において、未改変の抗体は、いずれの抗原を認識する抗体であってもよい。好ましい本実施形態では、未改変の抗体は、軽鎖及び重鎖の可変領域をコードする遺伝子の塩基配列が公知であるか又は該塩基配列を確認可能な抗体である。具体的には、公知のデータベースに抗体遺伝子の塩基配列が開示されている抗体か、又は該抗体を産生するハイブリドーマが入手可能な抗体である。そのようなデータベースとしては、例えばNational Center for Biotechnology Information(NCBI)により提供されるGeneBankなどが挙げられる。また、抗体のクラスは、IgG、IgA、IgM、IgD及びIgEのいずれであってもよいが、好ましくはIgGである。
【0019】
本実施形態において、未改変の抗体は、変異が導入されることとなるFR3を含む可変領域を有するかぎり、抗体断片の形態にあってもよい。また、親和性が制御された抗体は、変異が導入されたFR3を含む可変領域を有するかぎり、抗体断片の形態にあってもよい。そのような抗体断片としては、例えばFab断片、F(ab')2断片、Fab'断片、Fd断片、Fv断片、dAb断片、一本鎖抗体(scFv)などが挙げられる。それらの中でも、Fab断片が特に好ましい。
【0020】
CDRは、抗体の軽鎖及び重鎖のそれぞれの可変領域に3つずつ存在し、抗体の抗原結合部位を構成する。3つのCDRは、抗体鎖のアミノ末端から数えてCDR1、CDR2及びCDR3と呼ばれる。CDRは抗体の特異性に関与するので、本実施形態において、親和性が制御された抗体は、CDRに変異を有さないことが好ましい。すなわち、親和性が制御された抗体のCDRのアミノ酸配列は、未改変の抗体のCDRのアミノ酸配列と同じであることが好ましい。
【0021】
フレームワーク領域(FR)とは、抗体の軽鎖及び重鎖のそれぞれの可変領域に存在する、CDR以外の領域である。FRは、3つのCDRを連結する足場の役割を果たし、CDRの構造安定性に寄与する。そのため、FRのアミノ酸配列は、同じ種(species)の抗体間で高度に保存されている。FR3とは、FRの一つであり、CDR2とCDR3との間の領域を指す。
【0022】
当該技術においては、CDRの境界及び長さを定義するための、CDRのアミノ酸残基に番号付けをする方法(以下、「ナンバリング法」ともいう)が知られている。そのようなナンバリング法としては、例えばChothia法(Chothia C.及びLesk AM., Canonical Structures for the Hypervariable Regions of Immunoglobulins., J Mol Biol., vol.196, p.901-917, 1987)、Kabat法(Kabat EA.ら, Sequences of Proteins of Immunological Interest., NIH publication No.91-3242)、IMGT法(Lefranc MP., IMGT Unique Numbering for the Variable (V), Constant (C), and Groove (G) Domains of IG, TR, MH, IgSF, and MhSF., Cold Spring Harb Protoc. 2011(6):633-642, 2011)、Honergger法(Honegger A.ら, Yet Another Numbering Scheme for Immunoglobulin Variable Domains: An Automatic Modeling and Analysis Tool., J Mol Biol., vol.309, p.657-670, 2001)、ABM法、Contact法などが公知である。CDRのアミノ酸残基に番号が付されると、CDR以外の領域であるFRにも番号が付されることとなる。本実施形態では、CDR及びFR3の境界及び長さは、Chothia法により定義されるが、他のナンバリング法により定義することもできる。
【0023】
Chothia法では、軽鎖FR3は、53~90番目のアミノ酸残基からなる領域として定義され、重鎖FR3は、56~95番目のアミノ酸残基からなる領域として定義される。ここで、比較のため、Chothia法及び他のナンバリング法で定義した場合の軽鎖及び重鎖のFR3の番号(FR3の始点及び終点のアミノ酸残基の位置)を、表1及び2に示す。なお、表中のVernierゾーン残基とは、FRに含まれるアミノ酸残基のうち、CDRの構造安定性に寄与するアミノ酸残基である。表1及び2では、各ナンバリング法で定義される、FR3中のVernierゾーン残基の位置も示した。また、表1では、各ナンバリング法で定義される、実施例1で軽鎖のFR3に変異を導入した位置も示した。
【0024】
【0025】
【0026】
本実施形態では、少なくとも3つの変異を、未改変の抗体におけるChothia法で定義されるFR3(以下、単に「FR3」ともいう)のいずれのアミノ酸残基に導入してもよい。好ましくは、少なくとも3つの変異を、FR3から、分子内部に折りたたまれて表面に露出しないアミノ酸残基(以下、「非露出残基」ともいう)を除いた領域にあるアミノ酸残基に導入する。非露出残基に変異を導入しても、表面電荷には影響しないことが予想されるので、非露出残基は、変異を導入すべき位置から除外することが好ましい。FR3から非露出残基を除いた領域にあるアミノ酸残基とは、具体的には、軽鎖のFR3の53~81番目のアミノ酸残基であり、重鎖のFR3の56~88番目のアミノ酸残基である。
【0027】
より好ましくは、少なくとも3つの変異を、FR3から非露出残基及びVernierゾーン残基を除いた領域にあるアミノ酸残基に導入する。上述のとおり、Vernierゾーン残基は、CDRの構造安定性に寄与するからである。FR3から非露出残基及びVernierゾーン残基を除いた領域にあるアミノ酸残基とは、具体的には、軽鎖のFR3の53~63、65、67、70及び72~81番目のアミノ酸残基であり、重鎖のFR3の56~66、68、70、72、74~77及び79~88番目のアミノ酸残基である。
【0028】
特により好ましくは、少なくとも3つの変異を、FR3から非露出残基及びVernierゾーン残基を除いた領域にあるアミノ酸残基のうち、側鎖が分子表面を向くアミノ酸残基に導入する。側鎖が分子表面を向くアミノ酸残基が荷電アミノ酸残基に置換されることにより、表面電荷への寄与がより大きくなる。FR3における側鎖が分子表面を向くアミノ酸残基とは、軽鎖のFR3の53、54、56、57、60、63、65、67、70、72、74、76、77及び79~81番目のアミノ酸残基であり、重鎖のFR3の56、57、59、61、62、64~66、68、70、72、74、75、77、79、81、83、84及び86~88番目のアミノ酸残基である。
【0029】
本実施形態では、少なくとも3つの変異を、軽鎖のFR3及び重鎖のFR3のいずれに導入してもよい。抗体の熱安定性の観点からは、少なくとも3つの変異を、軽鎖のFR3に導入することが好ましい。軽鎖及び重鎖の両方のFR3が変異を有する場合、軽鎖のFR3に少なくとも3つの変異を導入し、且つ重鎖のFR3に少なくとも3つの変異を導入することが好ましい。
【0030】
本実施形態において、FR3に導入する変異の数の上限は特に限定されないが、好ましくは16アミノ酸以下である。すなわち、親和性が制御された抗体のFR3中の変異の数は、具体的には、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15又は16である。
【0031】
上述のとおり、本実施形態の制御方法では、未改変の抗体への変異の導入により表面電荷分布が変化して、抗原に対する親和性が変化する。よって、少なくとも3つの変異は全て、同じ電荷を有する荷電アミノ酸残基での置換であることが好ましい。すなわち、少なくとも3つの変異は全て、酸性アミノ酸残基での置換であるか又は塩基性アミノ酸残基での置換であることが好ましい。
【0032】
荷電アミノ酸残基とは、アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基、リジン残基、アルギニン残基及びヒスチジン残基をいう。酸性アミノ酸残基とは、アスパラギン酸残基及びグルタミン酸残基をいう。塩基性アミノ酸残基とは、リジン残基、アルギニン残基及びヒスチジン残基をいう。本実施形態では、変異としてFR3に導入される塩基性アミノ酸残基としては、リジン残基及びアルギニン残基が好ましい。
【0033】
本実施形態では、未改変の抗体に導入する少なくとも3つの変異は、FR3の中性アミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換する変異であってもよい。中性アミノ酸残基とは、アラニン残基、アスパラギン残基、イソロイシン残基、グリシン残基、グルタミン残基、システイン残基、スレオニン残基、セリン残基、チロシン残基、フェニルアラニン残基、プロリン残基、バリン残基、メチオニン残基、ロイシン残基及びトリプトファン残基である。
【0034】
上述のとおり、本実施形態では、CDRのアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性又は負電荷である抗体が、抗原への親和性を制御する対象となる。本明細書において、CDRの電気的特性とは、本発明者らが独自に定義した指標であり、CDRのアミノ酸配列中の荷電アミノ酸残基の数に基づいて決定される。具体的には、CDRの電気的特性は、下記の式(I)により決定される。
【0035】
X=[CDRのアミノ酸配列中の塩基性アミノ酸残基の数]-[CDRのアミノ酸配列中の酸性アミノ酸残基の数] ・・・(I)
(式中、Xが-1、0又は1であるとき、CDRの電気的特性は中性であり、
Xが2以上であるとき、CDRの電気的特性は正電荷であり、
Xが-2以下であるとき、CDRの電気的特性は負電荷である)
【0036】
CDRの電気的特性は、軽鎖及び重鎖の両方のCDRのアミノ酸配列に基づいて決定することが好ましい。この場合、式(I)におけるCDRのアミノ酸配列は、軽鎖のCDR1、CDR2及びCDR3と、重鎖のCDR1、CDR2及びCDR3との全てのアミノ酸配列をいう。本実施形態では、軽鎖及び重鎖の両方のCDRのアミノ酸配列に基づいて決定された電気的特性が中性又は負電荷である抗体において、軽鎖のFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換することが好ましい。
【0037】
CDRの電気的特性は、軽鎖CDR及び重鎖CDRのそれぞれについて決定してもよい。すなわち、軽鎖CDRの電気的特性を決定する場合、式(I)におけるCDRのアミノ酸配列は、軽鎖のCDR1、CDR2及びCDR3の全てのアミノ酸配列をいう。また、重鎖CDRの電気的特性を決定する場合、式(I)におけるCDRのアミノ酸配列は、重鎖のCDR1、CDR2及びCDR3の全てのアミノ酸配列をいう。本実施形態では、軽鎖CDRの電気的特性が中性又は負電荷である抗体において、軽鎖のFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換することが好ましい。
【0038】
CDRのアミノ酸配列は、抗体遺伝子の配列を開示する公共のデータベースから得ることができる。あるいは、未改変の抗体を産生するハイブリドーマがある場合、CDRのアミノ酸配列は、公知の方法により、該ハイブリドーマから重鎖及び軽鎖をコードする核酸を取得し、該核酸の塩基配列をシーケンシングすることによって得ることができる。
【0039】
CDRの電気的特性は抗体によって異なる。例えば、後述の実施例3に示されるように、野生型(すなわち未改変)の抗インスリン抗体の軽鎖CDRには、塩基性アミノ酸残基(アルギニン)が1つあり、酸性アミノ酸残基は存在しない。よって、野生型の抗インスリン抗体のCDRの電気的特性は、中性(X=1)と定義される。また、野生型の抗TSHR抗体の軽鎖CDRには、酸性アミノ酸残基(アスパラギン酸)が5つあり、塩基性アミノ酸残基は存在しない。よって、野生型の抗TSHR抗体のCDRの電気的特性は、負電荷(X=-5)と定義される。
【0040】
CDRの電気的特性が中性である未改変の抗体においては、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に置換することにより、抗体の抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が負となる。また、CDRの電気的特性が中性である未改変の抗体においては、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に置換することにより、抗体の抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が正となる。このような表面電荷の変化により、抗体と抗原が結合する際に静電相互作用(引力又は斥力)が生じる。すなわち、CDRの電気的特性が中性である未改変の抗体において、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に置換することにより、抗体の抗原に対する親和性を未改変の抗体に比べ低下させることができる。また、CDRの電気的特性が中性である未改変の抗体において、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に置換することにより、抗体の抗原に対する親和性を未改変の抗体に比べ向上させることができる。
【0041】
CDRの電気的特性が負電荷である抗体においては、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に置換することにより、抗体の抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が負となる。このような表面電荷の変化により、抗体と抗原が結合する際に静電相互作用(斥力)が生じる。すなわち、CDRの電気的特性が負電荷である未改変の抗体において、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に置換することにより、抗体の抗原に対する親和性を未改変の抗体に比べ低下させることができる。
【0042】
本実施形態では、DNA組み換え技術及びその他の分子生物学的技術などの公知の方法により、未改変の抗体のFR3に変異を導入できる。例えば、未改変の抗体を産生するハイブリドーマがある場合は、後述の実施例1に示すように、該ハイブリドーマから抽出したRNAを用いて、逆転写反応及びRACE (Rapid Amplification of cDNA ends)法により、軽鎖をコードするポリヌクレオチド及び重鎖をコードするポリヌクレオチドのそれぞれを合成する。これらのポリヌクレオチドを、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基に変異を導入するためのプライマーを用いてPCR法により増幅することで、FR3に変異が導入された軽鎖をコードするポリヌクレオチド及び重鎖をコードするポリヌクレオチドを取得する。得られたポリヌクレオチドを、当該技術において公知の発現用ベクターに組み込んで、親和性が制御された抗体をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを取得する。ここで、軽鎖をコードするポリヌクレオチド及び重鎖をコードするポリヌクレオチドは、1つの発現ベクターに組み込まれてもよいし、2つの発現ベクターに別個に組み込まれてもよい。発現ベクターの種類は特に限定されず、哺乳動物細胞用発現ベクターであってもよいし、大腸菌用発現ベクターであってもよい。得られた発現ベクターを適当な宿主細胞(例えば、哺乳動物細胞又は大腸菌)に形質導入又はトランスフェクションすることにより、親和性が制御された抗体を得ることができる。
【0043】
一本鎖抗体(scFv)である親和性が制御された抗体を得る場合は、例えば特許文献2に示されるように、上記のハイブリドーマから抽出したRNA用いて、逆転写反応及びPCR法により軽鎖可変領域をコードするポリヌクレオチド及び重鎖可変領域をコードするポリヌクレオチドのそれぞれを合成すればよい。これらのポリヌクレオチドをオーバーラップエクステンションPCR法などによって連結して、未改変のscFvをコードするポリヌクレオチドを取得する。得られたポリヌクレオチドを、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基に変異を導入するためのプライマーを用いてPCR法により増幅することで、FR3に変異が導入されたscFvをコードするポリヌクレオチドを取得する。得られたポリヌクレオチドを、当該技術において公知の発現ベクターに組み込んで、scFvの形態にある親和性が制御された抗体をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを取得する。得られた発現ベクターを適当な宿主細胞に形質導入又はトランスフェクションすることにより、scFvの形態にある親和性が制御された抗体を得ることができる。
【0044】
なお、興味対象の抗原を認識する抗体を産生するハイブリドーマがない場合は、例えばKohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法などの公知の方法により、抗体産生ハイブリドーマを作製すればよい。あるいは、興味対象の抗原で免疫したマウスなどの動物の脾臓から取得したRNAを用いてもよい。脾臓から取得したRNAを用いる場合は、例えば非特許文献1に示されるように、得られた未改変のFabをコードするポリヌクレオチドの中から、ファージディスプレイ法などにより所望の親和性を有する未改変のFabをコードするポリヌクレオチドを選択してもよい。
【0045】
[2.抗原に対する親和性が改変された抗体の製造方法]
本発明の範囲には、抗原に対する親和性が改変された抗体の製造方法(以下、「製造方法」ともいう)も含まれる。本実施形態の製造方法では、まず、CDRのアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が中性又は負電荷の抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換する工程を行う。
【0046】
本実施形態の製造方法においてFR3のアミノ酸残基が置換されることとなる上記の抗体は、本実施形態の制御方法における未改変の抗体と同じである。以下、本実施形態の製造方法において抗原への親和性を改変する対象となる元の抗体を、「未改変の抗体」ともいう。CDRの電気的特性の詳細は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じである。抗体のCDRの電気的特性は、上記の式(I)により決定できる。また、Chothia法で定義されるFR3は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じであり、表1及び2に示すとおりである。
【0047】
本実施形態の製造方法では、アミノ酸残基の置換により抗体の表面電荷分布を変化させて、抗原に対する親和性を改変した抗体を取得できる。すなわち、上記の置換工程は、CDRの電気的特性が中性又は負電荷の抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換し、抗体の抗原に対する親和性を改変する工程といえる。例えば、上記の置換工程は、CDRの電気的特性が中性の抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に置換し、抗体の抗原に対する親和性を未改変の抗体に比べ低下させる工程であってもよい。また、上記の置換工程は、CDRの電気的特性が中性の抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に置換し、抗体の抗原に対する親和性を未改変の抗体に比べ向上させる工程であってもよい。あるいは、上記の置換工程は、CDRの電気的特性が負電荷の抗体において、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に置換し、抗体の抗原に対する親和性を未改変の抗体に比べ低下させる工程であってもよい。
【0048】
本実施形態では、軽鎖及び重鎖の両方のCDRのアミノ酸配列に基づいて決定された電気的特性が中性又は負電荷である抗体において、軽鎖のFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換することが好ましい。また、軽鎖CDRの電気的特性が中性又は負電荷である抗体において、軽鎖のFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換することが好ましい。
【0049】
アミノ酸残基の置換は、DNA組み換え技術及びその他の分子生物学的技術などの公知の方法により行うことができる。例えば、CDRの電気的特性が中性又は負電荷である抗体を産生するハイブリドーマがある場合は、本実施形態の制御方法について述べたことと同様にして、抗原に対する親和性が改変された抗体をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを取得できる。そして、得られた発現ベクターを適当な宿主細胞に形質導入又はトランスフェクションして、上記抗体を発現する宿主細胞を取得できる。
【0050】
次いで、本実施形態の製造方法では、上記の置換工程で得られた抗体を回収する。例えば、抗原に対する親和性が改変された抗体を発現する宿主細胞を、適当な可溶化剤を含む溶液に溶解して、該溶液中に抗体を遊離させる。上記の宿主細胞が、抗原に対する親和性が改変された抗体を培地中に分泌する場合は、培養上清を回収する。遊離した抗体は、アフィニティクロマトグラフィなどの当該技術において公知の方法により回収することができる。例えば、製造した抗体がIgGである場合は、プロテインA又はGを用いるアフィニティクロマトグラフィにより回収できる。必要に応じて、回収した抗体を、ゲルろ過などの当該技術において公知の方法により精製してもよい。
【0051】
作製した抗体の抗原に対する親和性は、抗原抗体反応における動力学的パラメータにより評価してもよいし、ELISA法などの免疫学的測定法により評価してもよい。抗原に対する親和性が向上している抗体では、例えば、抗原抗体反応におけるKDの値が、元の抗体と比較して、約1/2、約1/5、約1/10、約1/20、約1/50、約1/100又は約1/1000である。抗原に対する親和性が低下している抗体では、抗原抗体反応におけるKDの値が、元の抗体と比較して、約2倍、約5倍、約10倍、約20倍、約50倍、約100倍又は約1000倍である。
【0052】
[3.抗原に対する親和性が改変された抗体]
本発明の範囲には、抗原に対する親和性が改変された抗体(以下、「改変抗体」ともいう)も含まれる。本実施形態の改変抗体は、CDRのアミノ酸配列に基づくCDRの電気的特性が、中性又は負電荷であることを特徴とする。CDRの電気的特性の詳細は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じである。改変抗体のCDRの電気的特性は、上記の式(I)により決定できる。
【0053】
本実施形態の改変抗体では、未改変の抗体におけるChothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基が荷電アミノ酸残基に置換されている。すなわち、本実施形態の改変抗体は、未改変の抗体のアミノ酸配列と比較して、Chothia法で定義されるFR3中に、荷電アミノ酸残基での置換による変異を少なくとも3つ有する。なお、本実施形態の改変抗体は、上述の「親和性が制御された抗体」と同じである。また、Chothia法で定義されるFR3は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じであり、表1及び2に示すとおりである。
【0054】
ここで、未改変の抗体とは、抗原に対する親和性が改変される前の抗体をいう。すなわち、未改変の抗体は、改変抗体の元の抗体であり、Chothia法で定義されるFR3のアミノ酸残基が、荷電アミノ酸残基に置換されていない。なお、この未改変の抗体は、本実施形態の制御方法における、抗原への親和性を制御する対象となる元の抗体に当たる。本実施形態において、未改変の抗体は、電気的特性が中性又は負電荷であるCDRを有する。
【0055】
本実施形態の改変抗体では、変異の導入により、抗体の表面電荷分布が変化している。すなわち、改変抗体は、未改変の抗体と比較して、抗原に対する親和性が向上又は低下している。本実施形態において、改変抗体の抗原に対する親和性は、抗原抗体反応における動力学的パラメータにより評価してもよいし、ELISA法などの免疫学的測定法により評価してもよい。動力学的パラメータの種類及び取得は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じである。
【0056】
抗原に対する親和性が向上した改変抗体では、例えば、抗原抗体反応におけるKDの値が、未改変の抗体と比較して、約1/2、約1/5、約1/10、約1/20、約1/50、約1/100又は約1/1000である。抗原に対する親和性が低下した改変抗体では、例えば、抗原抗体反応におけるKDの値が、未改変の抗体と比較して、約2倍、約5倍、約10倍、約20倍、約50倍、約100倍又は約1000倍である。
【0057】
改変抗体は、いずれの抗原を認識する抗体であってもよい。また、抗体のクラスは、IgG、IgA、IgM、IgD及びIgEのいずれであってもよいが、好ましくはIgGである。本実施形態の改変抗体は、変異が導入されたFR3を含む可変領域を有するかぎり、抗体断片の形態にあってもよい。抗体断片の種類は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じである。
【0058】
本実施形態の改変抗体は、CDRに変異を有さないことが好ましい。すなわち、改変抗体のCDRのアミノ酸配列は、未改変の抗体のCDRのアミノ酸配列と同じであることが好ましい。
【0059】
本実施形態の改変抗体では、少なくとも3つの変異は、未改変の抗体におけるChothia法で定義されるFR3のいずれのアミノ酸残基に導入されていてもよい。好ましくは、少なくとも3つの変異は、FR3から非露出残基を除いた領域にあるアミノ酸残基に導入される。FR3から非露出残基を除いた領域にあるアミノ酸残基は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じである。
【0060】
より好ましくは、少なくとも3つの変異は、FR3から非露出残基及びVernierゾーン残基を除いた領域にあるアミノ酸残基に導入される。FR3から非露出残基及びVernierゾーン残基を除いた領域にあるアミノ酸残基は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じである。
【0061】
特により好ましくは、少なくとも3つの変異は、FR3から非露出残基及びVernierゾーン残基を除いた領域にあるアミノ酸残基のうち、側鎖が分子表面を向くアミノ酸残基に導入される。FR3における側鎖が分子表面を向くアミノ酸残基は、本実施形態の制御方法について述べたことと同じである。
【0062】
本実施形態では、少なくとも3つのアミノ酸残基の変異は、軽鎖のFR3及び重鎖のFR3のいずれに導入されていてもよいが、好ましくは軽鎖のFR3に導入される。軽鎖及び重鎖の両方のFR3が変異を有する場合、軽鎖のFR3に少なくとも3つのアミノ酸残基の変異が導入され、且つ重鎖のFR3に少なくとも3つのアミノ酸残基の変異が導入されていることが好ましい。
【0063】
本実施形態において、改変抗体のFR3中の変異の数の上限は特に限定されないが、好ましくは16アミノ酸以下である。改変抗体のFR3中の変異の数は、具体的には、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15又は16である。
【0064】
本実施形態では、改変抗体が有する少なくとも3つの変異は、FR3の中性アミノ酸残基が荷電アミノ酸残基に置換される変異であってもよい。また、本実施形態では、少なくとも3つの変異は全て、同じ電荷を有する荷電アミノ酸残基での置換であることが好ましい。すなわち、少なくとも3つの変異は全て、酸性アミノ酸残基での置換であるか又は塩基性アミノ酸残基での置換であることが好ましい。
【0065】
本実施形態の改変抗体として、例えば、以下の(1)~(3)の抗体が挙げられる。
(1) CDRの電気的特性が中性であり、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基が酸性アミノ酸残基に置換され、抗体の抗原に対する親和性が未改変の抗体に比べ低下した抗体、
(2) CDRの電気的特性が中性であり、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基が塩基性アミノ酸残基に置換され、抗体の抗原に対する親和性が未改変の抗体に比べ向上した抗体、及び
(3) CDRの電気的特性が負電荷であり、Chothia法で定義されるFR3の少なくとも3つのアミノ酸残基が酸性アミノ酸残基に置換され、抗体の抗原に対する親和性が未改変の抗体に比べ低下した抗体。
【0066】
改変抗体の具体的な例として、抗インスリン抗体及び抗TSHR抗体の改変抗体が挙げられる。そのような抗インスリン抗体の改変抗体では、CDRの電気的特性が中性であり、軽鎖のFR3における63、65、67、70及び72番目のアミノ酸残基が塩基性アミノ酸残基に置換される。この改変抗体においては、未改変の抗体に比べて、抗原であるインスリンに対する親和性が向上している。一方、軽鎖のFR3における63、65、67、70及び72番目のアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に置換された改変抗体では、未改変の抗体に比べて、抗原であるインスリンに対する親和性が低下している。また、抗TSHR抗体の改変抗体では、CDRの電気的特性が負電荷であり、軽鎖のFR3における63、65、67、70及び72番目のアミノ酸残基が酸性アミノ酸残基に置換される。この改変抗体においては、未改変の抗体に比べて、抗原であるTSHRに対する親和性が低下している。
【0067】
本実施形態の改変抗体は、DNA組み換え技術及びその他の分子生物学的技術などの公知の方法により作製できる。例えば、CDRの電気的特性が中性又は負電荷である抗体を産生するハイブリドーマがある場合は、本実施形態の制御方法及び製造方法について述べたことと同様にして、FR3の少なくとも3つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換した抗体を作製できる。
【0068】
本実施形態において、改変抗体の使用法は、未改変の抗体と特に変わるところはない。改変抗体は、未改変の抗体と同様、種々の試験や研究などに利用できる。また、本実施形態の改変抗体は、当該技術において公知の標識物質などで修飾されてもよい。
【0069】
本発明の範囲には、本実施形態の抗原に対する親和性が改変された抗体又はその断片をコードする単離且つ精製されたポリヌクレオチドが含まれる。本実施形態の改変抗体の断片をコードする単離且つ精製されたポリヌクレオチドは、変異が導入されたFR3を含む可変領域をコードすることが好ましい。本発明の範囲には、上記のポリヌクレオチドを含むベクターも含まれる。ベクターは、形質導入又はトランスフェクションのために設計されたポリヌクレオチド構築物である。ベクターの種類は特に限定されず、発現ベクター、クローニングベクター、ウィルスベクターなど、当該技術において公知のベクターから適宜選択できる。また、本発明の範囲には、該ベクターを含む宿主細胞も含まれる。宿主細胞の種類は特に限定されず、真核細胞、原核細胞、哺乳動物細胞などから適宜選択できる。
【0070】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0071】
実施例1 FR3に荷電アミノ酸残基を導入した抗体の作製
抗インスリン抗体及び抗甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)抗体のFR3の3つ又は5つのアミノ酸残基を荷電アミノ酸残基に置換して、各抗体の変異体を作製した。
【0072】
(1) 野生型抗インスリン抗体及び野生型抗TSHR抗体の遺伝子の取得
[試薬]
ISOGEN(株式会社ニッポンジーン)
SMARTer(登録商標)RACE 5'/3'キット(clontech社)
10x A-attachment mix(東洋紡株式会社)
pcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキット(Thermo Fisher社)
Competent high DH5α(東洋紡株式会社)
QIAprep Spin Miniprepキット(QIAGEN社)
KOD plus neo(東洋紡株式会社)
Ligation high ver.2(東洋紡株式会社)
【0073】
(1.1) 野生型抗インスリン抗体の遺伝子の取得
(1.1.1) 抗体産生ハイブリドーマからのトータルRNAの抽出
ヒトインスリンを抗原に用いて、Kohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法により、野生型のマウス抗ヒトインスリン抗体を産生するハイブリドーマを作製した。このハイブリドーマの培養物(10 mL)を1000 rpmで5分間遠心処理した後、上清を除去した。得られた細胞をISOGEN(1mL)で溶解し、室温で5分静置した。ここに、クロロホルム(200μL)を添加し、15秒間撹拌した後、室温で3分間静置した。そして、これを12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理して、RNAを含む水相(500μL)を回収した。回収した水相にイソプロパノール(500μL)を添加して混合した。得られた混合物を室温で5分間静置した後、12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去して、得られた沈殿物(トータルRNA)に70%エタノール(1mL)を添加し、7500×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去し、RNAを風乾させ、RNaseフリーの水(20μL)に溶解した。
【0074】
(1.1.2) cDNAの合成
上記(1.1.1)で得られた各トータルRNAを用いて、以下の組成のRNAサンプルを調製した。
[RNAサンプル]
トータルRNA (500 ng/μL) 1μL
RTプライマー 1μL
脱イオン水 1.75μL
合計 3.75μL
【0075】
調製したRNAサンプルを72℃にて3分間加熱した後、42℃にて2分間インキュベートした。そして、RNAサンプルに12μM SMARTerIIAオリゴヌクレオチド(1μL)を添加してcDNA合成用サンプルを調製した。このcDNA合成用サンプルを用いて、以下の組成の逆転写反応液を調製した。
[逆転写反応液]
5x First-Strandバッファー 2μL
20 mM DTT 1μL
10 mM dNTP mix 1μL
RNAaseインヒビター 0.25μL
SMARTScribe RT(100 U/μL) 1μL
cDNA合成用サンプル 4.75μL
合計 10μL
【0076】
調製した逆転写反応液を42℃にて90分間反応させた。そして、反応液を70℃にて10分間加熱し、トリシン-EDTA(50μL)を添加した。得られた溶液をcDNAサンプルとして用いて、以下の組成の5'RACE反応液を調製した。
[5'RACE反応液]
10x PCRバッファー 5μL
dNTP mix 5μL
25 mM Mg2SO4 3.5μL
cDNAサンプル 2.5μL
10x Universal Primer Mix 5μL
3'-プライマー 1μL
KOD plus neo (1 U/μL) 1μL
精製水 27μL
合計 50μL
【0077】
調製した5'RACE反応液を下記の反応条件でRACE反応に付した。なお、下記の「Y」は、軽鎖については90秒であり、重鎖については150秒である。
[反応条件]
94℃で2分、
98℃で10秒、50℃で30秒、及び68℃でY秒を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0078】
上記の反応で得られた5’RACE産物を用いて、以下の組成の溶液を調製した。該溶液を60℃にて30分間反応させて、5’RACE産物の末端にアデニンを付加した。
5’RACE産物 9μL
10x A-attachment mix 1μL
合計 10μL
【0079】
得られたアデニン付加産物及びpcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキットを用いて、以下の組成のTAクローニング反応液を調製した。該反応液を室温にて10分間インキュベートして、アデニン付加産物をpCDNA3.4にクローニングした。
[TAクローニング反応液]
アデニン付加産物 4μL
salt solution 1μL
pCDNA3.4 1μL
合計 6μL
【0080】
(1.1.3) トランスフォーメーション、プラスミド抽出及びシーケンスの確認
上記(1.1.2)で得られたTAクローニングサンプル(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、氷上で30分静置した後、混合物を42℃にて45秒間加熱してヒートショックを行った。再度、氷上で2分静置した後、全量をアンピシリン含有LBプレートに塗布した。該プレートを37℃にて16時間インキュベートした。プレート上のシングルコロニーをアンピシリン含有LB液体培地中に取り、37℃にて16時間振とう培養(250 rpm)した。培養物を5000×Gで5分間遠心処理して、大腸菌の形質転換体を回収した。回収した大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドを抽出した。具体的な操作は、該キットに添付のマニュアルに従って行った。得られたプラスミドの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以下、このプラスミドを、哺乳動物細胞発現用プラスミドとして用いた。
【0081】
(1.2) 野生型抗TSHR抗体の遺伝子の取得
ジェンスクリプトジャパン株式会社に野生型ヒト抗TSHR抗体の遺伝子の合成を委託して、野生型ヒト抗TSHR抗体の遺伝子を取得した。
【0082】
(2) 各抗体の変異体の遺伝子の取得
(2.1) プライマーの設計及びPCR
各抗体の軽鎖における、Chothia法で定義されるFR3に変異を導入するため、上記(1.1.3)で得られた野生型抗インスリン抗体の遺伝子を含むプラスミド、(1.2)で得た野生型抗TSHR抗体の遺伝子及び下記の塩基配列で示されるプライマーを用いてPCRを実施した。なお、D5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がアスパラギン酸残基に変異された変異体であり、E5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がグルタミン酸残基に変異された変異体であり、K5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がリジン残基に変異された変異体であり、R5変異体とは、FR3の5つのアミノ酸残基がアルギニン残基に変異された変異体であり、R3変異体とは、FR3の3つのアミノ酸残基がアルギニン残基に変異された変異体である。
【0083】
[抗インスリン抗体のプライマー]
配列1 D5変異体 REV: 5’ TTCGTATTCGGTCCCTTCCCCTTCGCCTTCAAAGCGAGCA 3’ (配列番号1)
配列2 E5変異体 REV: 5’ ATCGTAATCGGTCCCATCCCCATCGCCATCAAAGCGAGCA 3’ (配列番号2)
配列3 K5変異体 REV: 5’ CTTGTACTTGGTCCCCTTCCCCTTGCCCTTAAAGCGAGCA 3’ (配列番号3)
配列4 R5変異体 REV: 5’ TCTGTATCTGGTCCCTCTCCCTCTGCCTCTAAAGCGAGCA 3’ (配列番号4)
配列5 FOR: 5’CTCACAATCAGCTGATTG 3’ (配列番号5)
配列6 R3変異体 REV: 5’ TCTCCCTCTGCCTCTAAAGCGAGCA 3’ (配列番号6)
配列7 R3変異体 FOR: 5’ GGGACCAGATACAGA 3’ (配列番号7)
【0084】
配列5のプライマーは、配列1~4のプライマーに共通のフォワードプライマーとして用いた。また、配列7のプライマーは、配列6のプライマーに対するフォワードプライマーとして用いた。
【0085】
[抗TSHR抗体のプライマー]
配列8 D5変異体 FOR: 5’ GGCACAGACGCCGACCTGGCAATCA 3’ (配列番号8)
配列9 D5変異体 REV: 5’ GTCCCGGTCTCCGTCAAACCGGTCG 3’ (配列番号9)
配列10 E5変異体 FOR: 5’ GGCACAGAGGCCGAGCTGGCAATCA 3’ (配列番号10)
配列11 E5変異体 REV: 5’ CTCCCGCTCTCCCTCAAACCGGTCG 3’ (配列番号11)
配列12 K5変異体 FOR: 5’ GGCACAAAGGCCAAGCTGGCAATCA 3’ (配列番号12)
配列13 K5変異体 REV: 5’ CTTCCGCTTTCCCTTAAACCGGTCG 3’ (配列番号13)
配列14 R5変異体 FOR: 5’ GGCACAAGGGCCAGGCTGGCAATCA 3’ (配列番号14)
配列15 R5変異体 REV: 5’ CCTCCGCCTTCCCCTAAACCGGTCG 3’ (配列番号15)
【0086】
上記(1.3)で得られたプラスミドを鋳型として用いて、以下の組成のPCR反応液を調製した。
[PCR反応液]
10x PCRバッファー 5μL
25 mM Mg2SO4 3μL
2mM dNTP mix 5μL
フォワードプライマー 1μL
リバースプライマー 1μL
鋳型プラスミド(40 ng/μL) 0.5μL
KOD plus neo (1 U/μL) 1μL
精製水 33.5μL
合計 50μL
【0087】
調製したPCR反応液を下記の反応条件でPCR反応に付した。
[反応条件]
98℃で2分、
98℃で10秒、54℃で30秒、及び68℃で4分を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0088】
得られたPCR産物(50μL)に2μLのDpnI(10 U/μL)を添加して、PCR産物を断片化した。DpnI処理済みPCR産物を用いて、以下の組成のライゲーション反応液を調製した。該反応液を16℃にて1時間インキュベートして、ライゲーション反応を行った。
[ライゲーション反応液]
DpnI処理済みPCR産物 2μL
Ligation high ver.2 5μL
T4ポリヌクレオチドキナーゼ 1μL
精製水 7μL
合計 15μL
【0089】
(2.2) トランスフォーメーション、プラスミド抽出及びシーケンスの確認
ライゲーション反応後の溶液(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、上記(1.1.3)と同様にして、大腸菌の形質転換体を得た。得られた大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドを抽出した。得られた各プラスミドの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以下、これらのプラスミドを、哺乳動物細胞発現用プラスミドとして用いた。
【0090】
(3) 哺乳動物細胞での発現
[試薬]
Expi293(商標)細胞(Invitrogen社)
Expi293(商標) Expression培地(Invitrogen社)
ExpiFectamine(商標)293トランスフェクションキット(Invitrogen社)
【0091】
(3.1) トランスフェクション
Expi293細胞は、5%CO2雰囲気下、37℃にて振とう培養(150 rpm)して増殖させた。サンプル数に応じた数の30 mLの細胞培養物(3.0 x 106 cells/mL)を準備した。FR3の各変異体をコードするプラスミド及び野生型の抗体をコードするプラスミドを用いて、以下の組成のDNA溶液を調製し、5分間静置した。
[DNA溶液]
軽鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
重鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
Opti-MEM(商標) 適量(mL)
合計 1.5 mL
【0092】
以下の組成のトランスフェクション試薬を調製し、5分間静置した。
ExpiFectamine試薬 80μL
プラスミド溶液 1420μL
合計 1.5 mL
【0093】
調製したDNA溶液及びトランスフェクション試薬を混合して、20分間静置した。得られた混合液(3mL)を細胞培養物(30 mL)に添加して、5%CO2雰囲気下、37℃にて20時間振とう培養(150 rpm)した。20時間後、各培養物に、ExpiFectamine(商標)トランスフェクションエンハンサー1及び2をそれぞれ150μL及び1.5 mLを添加して、5%CO2雰囲気下、37℃にて6日間振とう培養(150 rpm)した。
【0094】
(3.2) 抗体の回収及び精製
各細胞培養物を3000 rpmで5分間遠心処理して、培養上清を回収した。培養上清には、トランスフェクションされたExpi293(商標)細胞から分泌された各抗体が含まれる。得られた培養上清を再度、15000×Gで10分間遠心処理して、上清を回収した。得られた上清(30 mL)に対して100μLの抗体精製用担体Ab-Capcher Mag(プロテノバ社)を添加して、室温にて2時間反応させた。担体を集磁して上清を除去し、PBS(1mL)を添加して担体を洗浄した。担体に100 mM Gly-HCl(pH 2.8)を400μL添加して、担体に捕捉された抗体(IgG)を溶出した。この溶出操作を合計3回行った。得られた溶出液を、100 mM Tris-HCl(pH 8.0)を用いて中和して、抗体溶液を取得した。
【0095】
(4) 結果
野生型抗インスリン抗体及び野生型抗TSHR抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目、67番目、70番目及び72番目のセリン残基を、荷電アミノ酸残基(アスパラギン酸残基、グルタミン酸残基、リジン残基又はアルギニン残基)に置換した抗体を得た。また、野生型抗インスリン抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目及び67番目のセリン残基を、荷電アミノ酸残基(アルギニン残基)に置換した抗体を得た。
【0096】
実施例2 FR3に荷電アミノ酸残基を導入した抗体の親和性の測定
実施例1で作製した各変異体の抗原に対する親和性が、野生型に比べて、どのように変化するかを検討した。
【0097】
(1) 抗体の断片化
Pierce(商標) Mouse IgG1 Fab and F(ab')2 Preparationキット(Thermo Fisher社)を用いて、実施例1で得られた各抗体をFab断片にした。具体的な操作は、該キットに添付のマニュアルに従って行った。得られた反応液を、Superdex 200 Increase 10/300 GL(GEヘルスケア社)を用いて、ゲルろ過精製した。50 kDa溶出フラクションを回収し、得られたフラクションをFab断片含有溶液として、以降の実験に用いた。
【0098】
(2) 親和性の測定
(2.1) SPR技術による親和性の測定
野生型抗インスリン抗体及びその変異体の抗原に対する親和性を、次のようにしてSPR技術により測定した。抗インスリン抗体の抗原として、ヒューマリンR注100単位(イーライリリー社)を用いた。Biacore(登録商標)用センサーチップSeries S Sensor Chip CM5(GEヘルスケア社)に抗原を固定化した(固定化:100RU)。抗インスリン抗体のFab断片含有溶液を希釈して、50 nM、25 nM、12.5 nM、6.25 nM及び3.13 nMの溶液を調製した。各濃度のFab断片含有溶液をBiacore(登録商標)T200(GEヘルスケア社)に送液した(association time 120秒及びdissociation time 1200秒)。測定データをBiacore(登録商標) Evaluationソフトウェアを用いて解析し、抗インスリン抗体の親和性に関するデータを取得した。
【0099】
(2.2) ELISA法による親和性の評価
野生型抗TSHR抗体及びその変異体の抗原に対する親和性を、次のようにしてELISA法により測定した。
【0100】
(2.2.1) 捕捉用抗体の固相化
捕捉用抗体として、マウスモノクローナル抗TSHR抗体である4E31抗体(RSR社)を用いた。4E31抗体(5μg)をPBSで希釈して、抗体溶液を得た。この抗体溶液を、NUNC-イムノモジュール(Cat No.469949、NUNC社製。以下、「プレート」と呼ぶ)の各ウェルに100μLずつ添加した。このプレートを室温にて3時間静置して、4E31抗体をウェルに固相化した。抗体溶液を除去して、プレートの各ウェルにブロッキング溶液(1% BSA含有PBS)を300μLずつ添加した。4℃にて20時間以上ブロッキングを行った。
【0101】
(2.2.2) 一次反応
抗TSHR抗体の抗原として、Detergent solubilized cell membrane preparation containing the TSHR (RSR社)を用いた。この抗原を1% BSA含有PBSで500倍に希釈して、抗原溶液を得た。4E31抗体を固相化したプレートからブロッキング液を除去し、各ウェルに抗原溶液を50μLずつ添加した。このプレートを室温にて60分間振とうして、抗原抗体反応を行った。
【0102】
(2.2.3) 二次反応
検出用抗体として、野生型抗TSHR抗体、D5変異体及びR5変異体を用いた。各抗体を1% BSA含有PBSで段階的に希釈して、1000 pM、100 pM、10 pM、1pM及び0.1 pMの濃度の抗体溶液を得た。また、二次抗体として、HRP標識抗ヒトIgG (Fc特異的)抗体を用いた。この二次抗体を1% BSA含有PBSで希釈して、0.2μg/mLの濃度の二次抗体溶液を得た。各濃度の抗体溶液(50μL)と二次抗体溶液(50μL)とを混合して、抗体の混合液を得た。上記のプレートから抗原溶液を除去して、各ウェルに洗浄液(1% BSA含有PBS)を300μLずつ添加した。そして、プレートから洗浄液を除去して、各ウェルに洗浄液を300μLずつ添加して洗浄を行った。この洗浄操作を3回繰り返した。プレートから洗浄液を除去して、各ウェルに上記の抗体の混合液を100μLずつ添加した。このプレートを室温にて60分間振とうして、抗原抗体反応を行った。反応後、上記の洗浄操作を3回繰り返した。
【0103】
(2.2.4) 検出
基質溶液として、1-Step Ultra TMB-ELISA Substrate Solution (Thermo Fisher Scientific社)を用いた。プレートから洗浄液を除去して、基質溶液を100μL/ウェルで添加した。このプレートを室温にて5分間静置した。5分後、プレートの各ウェルに停止液(0.1 M H2SO4)を100μLずつ添加して、反応を停止させた。そして、プレートの各ウェルについて、450 nmでの吸光度を測定した。
【0104】
(3) 結果
抗インスリン抗体について得られた結合速度定数(k
on)及び解離速度定数(k
off)から、解離定数(K
D)を算出した。また、抗TSHR抗体を用いたELISA法の測定値から、解離定数(K
D)を算出した。各抗体の動力学的パラメータを表3及び表4、並びに
図1A及び
図1Bに示した。図中、「正電荷」は、R5変異体のK
D値を示し、「負電荷」は、D5変異体のK
D値を示す。表3中、グローバルフィッティングにより得られた値は「平均値±標準誤差」である。
【0105】
【0106】
【0107】
表3及び
図1Aより、抗インスリン抗体のR3変異体、R5変異体及びK5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも低くなった。また、D5変異体及びE5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。よって、抗インスリン抗体については、FR3の3つ又は5つのアミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が向上した抗体が作製できることがわかった。また、FR3の5つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。
【0108】
表4及び
図1Bより、抗TSHR抗体のD5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。抗TSHR抗体については、FR3の5つのアミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。一方、抗TSHR抗体のR5変異体のK
D値は、野生型のK
D値と同程度であった。すなわち、抗TSHR抗体については、FR3の5つのアミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に変異させても、親和性は変化しないことが示唆される。
【0109】
実施例3 CDRのアミノ酸配列の電気的特性と抗原に対する親和性との関連
実施例2より、抗インスリン抗体は、FR3への変異導入により親和性を向上及び低下させることができた。一方で、抗TSHR抗体は、FR3へ変異を導入しても親和性を低下させることはできたが、親和性を向上させることはできなかった。そこで、FR3への変異導入による抗体の抗原結合部位の表面電荷への影響を検討した。
【0110】
(1) 変異導入による抗体の表面電荷の変化の検討
実施例1で作製した各種のFab断片の表面電荷分布を、Discovery Studiou (ダッソー・システムズ・バイオビア株式会社)を用いて分析した。抗インスリン抗体のFab断片及び抗原としてのインスリンの表面電荷分布図を
図2Aに示す。抗TSHR抗体のFab断片及び抗原としてのTSHRの表面電荷分布図を
図2Bに示す。図中、矢印は、抗原結合部位を示し、PIは、等電点の値を示す。ここで、抗原結合部位は、CDRと同じである。また、図中、表面電荷分布は色で示されており、青色の部分は正電荷、赤色の部分は負電荷、白色の部分は電気的に中性であることを示す。
【0111】
図2Aより、野生型の抗インスリン抗体では、抗原結合部位の表面電荷は中性であることがわかった。FR3に塩基性アミノ酸残基を導入した変異型(正電荷変異)では、抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が正となっていた。ここで、抗原であるインスリンは負電荷のタンパク質であるところ、
図1Aより、正電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性が向上していた。一方、FR3に酸性アミノ酸を導入した変異型(負電荷変異)では、抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が負となっていた。
図1Aより、負電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性が低下していた。これらのことから、野生型の抗インスリン抗体では、FR3に導入した荷電アミノ酸残基による表面電荷への寄与が広範囲に及ぶことがわかる。
【0112】
図2Bより、野生型の抗TSHR抗体では、抗原結合部位の表面電荷は負であることがわかった。FR3に塩基性アミノ酸を導入した変異型(正電荷変異)では、抗原結合部位を除く範囲の表面電荷は正になったが、抗原結合部位の表面電荷はあまり変化しなかった。ここで、抗原であるTSHRは負電荷のタンパク質であるが、
図1Bより、正電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性に変化はなかった。一方、FR3に酸性アミノ酸を導入した変異型(負電荷変異)では、抗原結合部位を含む広い範囲の表面電荷が負となっていた。
図1Bより、負電荷変異を導入した変異型の抗原に対する親和性が低下していた。これらのことから、野生型の抗TSHR抗体では、FR3に導入した酸性アミノ酸残基による表面電荷への寄与が広範囲に及ぶことがわかる。一方、野生型の抗TSHR抗体のFR3に塩基性アミノ酸残基を導入しても、表面電荷が局所的に異なることがわかる。
【0113】
(2) CDRのアミノ酸配列の電気的特性と親和性の制御との関連
本発明者らは、抗体のFR3への荷電アミノ酸残基の導入によって、抗原に対する親和性がどのように変化するかは、該抗体のCDRの電気的特性が関係すると考えた。ここで、本発明者らは、CDRの電気的特性を下記の式(I)により定義した。
【0114】
X=[CDRのアミノ酸配列中の塩基性アミノ酸残基の数]-[CDRのアミノ酸配列中の酸性アミノ酸残基の数] ・・・(I)
(式中、Xが-1、0又は1であるとき、CDRの電気的特性は中性であり、
Xが2以上であるとき、CDRの電気的特性は正電荷であり、
Xが-2以下であるとき、CDRの電気的特性は負電荷である)
【0115】
表5に、野生型の抗TSHR抗体の軽鎖CDRのアミノ酸配列を示す(配列番号16及び17)。なお、これらのCDRのアミノ酸配列は、Chothia法で定義される配列である。
【0116】
【0117】
抗インスリン抗体のCDRには、塩基性アミノ酸残基(アルギニン)が1つあり、酸性アミノ酸残基は存在しないので、CDRの電気的特性は中性(X=1)と定義される。表5に示されるように、抗TSHR抗体のCDRには、酸性アミノ酸残基(アスパラギン酸)が5つあり、塩基性アミノ酸残基は存在しないので、CDRの電気的特性は負電荷(X=-5)と定義される。
図2A及びBからわかるように、式(I)により決定した抗インスリン抗体及び抗TSHR抗体のCDRの電気的特性は、Discovery Studiouで分析した抗原結合部位の表面電荷と一致する。このように、抗体によって、CDRの電気的特性及び抗原結合部位の表面電荷に偏りがあることがわかった。
【0118】
(3) 結果
実施例2及び実施例3の分析から、CDRの電気的特性が中性である抗体では、FR3への荷電アミノ酸残基の導入による寄与が大きいことが示唆される。また、CDRの電気的特性が中性である抗体では、該導入により生じる静電相互作用によって、抗原結合部位の配向制御が可能であることが示唆される。一方、CDRの電気的特性が負電荷である抗体は、FR3へ塩基性アミノ酸残基を導入しても、静電相互作用による効果が局所的であることが示唆される。しかし、CDRの電気的特性が負電荷である抗体では、FR3に酸性アミノ酸残基を導入すると、静電気的斥力により抗原に対する親和性を低下させることが可能であることが示唆される。
【0119】
実施例4 FR3に荷電アミノ酸残基を導入した抗体の熱安定性の検討
実施例1で作製した抗インスリン抗体の各変異体の熱安定性が、野生型に比べて、どのように変化するかを検討した。
【0120】
(1) ゲルろ過によるバッファーの置換
実施例2で得たFab断片含有溶液の溶媒を、ゲルろ過により、示差走査熱量計(DSC)での測定に用いるバッファー(リン酸緩生理食塩水:PBS)に置換した。ゲルろ過の条件は下記のとおりである。
[ゲルろ過の条件]
バッファー:PBS
使用したカラム:Superdex 200 Increase 10/300 (GEヘルスケア社)
カラム体積(CV):24 mL
サンプル体積:500μL
流速:1.0 mL/min
溶出量:1.5 CV
フラクション体積:500μL
【0121】
(2) 変性温度(Tm)の測定
Fab断片を含むフラクションをPBSで希釈して、Fab断片含有サンプル(終濃度5μM)を調製した。MicroCal VP-Capillary DSC (Malvern Instruments Ltd社)を用いて、各Fab断片のTmを測定した。測定条件は下記のとおりである。
[DSC測定条件]
サンプル量:400μL
測定範囲:30℃~90℃
昇温速度:60℃/時間
【0122】
(3) 結果
DSC測定により取得したTm値及び解析ピークを、それぞれ表6及び
図3に示す。
【表6】
【0123】
D5変異体は、野生型に比べて熱安定性が最も低下したが、その低下は13%程度に留まった。ほとんどの変異体において、熱安定性は野生型からほとんど変化しないことがわかった。よって、FR3への荷電アミノ酸残基の導入は、抗体の熱安定性にはほとんど影響しないことが示唆される。
【0124】
実施例5 抗リゾチーム抗体の抗原に対する親和性の制御
CDRの電気的特性に基づいて抗リゾチーム抗体のFR3に変異を導入し、得られた変異体のリゾチームに対する親和性を確認した。
【0125】
(1) 抗リゾチーム抗体のCDRの電気的特性
ジェンスクリプトジャパン株式会社に抗リゾチーム抗体の遺伝子の合成を委託して、野生型抗リゾチーム抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。該遺伝子の塩基配列に基づいて、抗リゾチーム抗体のアミノ酸配列を決定した。表7に、野生型の抗リゾチーム抗体の軽鎖及び重鎖CDRのアミノ酸配列を示す(配列番号18~23)。なお、これらのCDRのアミノ酸配列は、Chothia法で定義される配列である。
【0126】
【0127】
表7に示されるように、抗リゾチーム抗体の軽鎖及び重鎖のCDRには、塩基性アミノ酸残基が2つあり、酸性アミノ酸残基が3つある。よって、抗リゾチーム抗体のCDRの電気的特性は中性(X=-1)と定義される。
【0128】
(2) 抗リゾチーム抗体の変異体の作製
ジェンスクリプトジャパン株式会社に抗リゾチーム抗体のR5変異体及びD5変異体の遺伝子の合成を委託して、抗リゾチーム抗体の変異型の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。ここで、抗リゾチーム抗体のR5変異体は、野生型抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目及び67番目のセリン残基、70番目のアスパラギン酸残基、及び72番目のスレオニン残基を、アルギニン残基に置換した抗体である。また、抗リゾチーム抗体のD5変異体は、野生型抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番目及び67番目のセリン残基、70番目のアスパラギン酸残基、及び72番目のスレオニン残基を、アスパラギン酸残基に置換した抗体である。
【0129】
得られたプラスミドを用いて、実施例1と同様にして、Expi293(商標)細胞に各抗体を発現させ、得られた培養上清を精製して、抗リゾチーム抗体の野生型、R5変異体及びD5変異体のそれぞれの溶液を取得した。
【0130】
(3) 変異体の抗原に対する親和性の測定
抗リゾチーム抗体の抗原として、ニワトリ卵白由来リゾチーム(シグマアルドリッチ社)を10 mM酢酸ナトリウム溶液(pH 5.0)に溶解した溶液(200 ng/mL)を用いた。Biacore(登録商標)用センサーチップSeries S Sensor Chip CM5(GEヘルスケア社)に抗原を固定化した(41 RU又は33 RU)。各抗体の溶液をHBS EP+バッファー(GEヘルスケア社)で希釈して、種々の濃度の溶液を調製した。これらの溶液をBiacore(登録商標)T200(GEヘルスケア社)に送液した。各溶液における抗体濃度及び測定条件は、下記のとおりである。測定データをBiacore(登録商標) Evaluationソフトウェアを用いて解析し、各抗体の親和性に関するデータを取得した。
【0131】
[抗体濃度]
野生型:30 nM、15 nM、7.5 nM、3.75 nM及び1.875 nM
D5変異体:30 nM、15 nM、7.5 nM、3.75 nM及び1.875 nM
R5変異体:2 nM、1 nM、0.5 nM、0.25 nM及び0.125 nM
【0132】
[測定条件]
Association:30μL/min, 60 sec, 120 sec
Dissociation:30μL/min, 60 sec, 1200 sec
Regeneration:Gly-HCl (pH 2.0) / 60μL/min, 40 sec
【0133】
(4) 結果
抗リゾチーム抗体の野生型及び変異体について得られた結合速度定数(k
on)及び解離速度定数(k
off)から、解離定数(K
D)を算出した。各抗体の動力学的パラメータを表8及び
図4に示す。図中、「負電荷」は、D5変異体のK
D値を示し、「正電荷」は、R5変異体のK
D値を示す。
【0134】
【0135】
表8及び
図4より、抗リゾチーム抗体のR5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも低くなった。また、D5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。よって、抗リゾチーム抗体については、FR3の5つの中性アミノ酸残基を塩基性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が向上した抗体が作製できることがわかった。また、FR3の5つの中性アミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。これらの結果は、実施例2の抗インスリン抗体の変異体と同様であった。よって、CDRの電気的特性が中性である抗体では、FR3への荷電アミノ酸残基の導入により生じる静電相互作用によって、抗原結合部位の配向制御が可能であることが示唆される。
【0136】
実施例6 抗HBsAg抗体の抗原に対する親和性の制御
CDRの電気的特性に基づいて抗HBsAg抗体のFR3に変異を導入し、得られた変異体のリゾチームに対する親和性を確認した。
【0137】
(1) 抗HBsAg抗体のCDRの電気的特性
組換え型HBsAgを抗原に用いて、Kohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法により、マウス抗HBsAg抗体を産生するハイブリドーマを作製した。実施例1と同様にして、このハイブリドーマのRNAから、野生型の抗HBsAg抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。該遺伝子の塩基配列に基づいて、抗HBsAg抗体のアミノ酸配列を決定した。野生型の抗HBsAg抗体における、Chothia法で定義される軽鎖及び重鎖CDRには、塩基性アミノ酸残基が2つあり、酸性アミノ酸残基が10個あることがわかった。よって、抗HBsAg抗体のCDRの電気的特性は負電荷(X=-8)と定義される。
【0138】
(2) 抗HBsAg抗体の変異体の作製
Chothia法で定義される軽鎖FR3に変異を導入するため、上記(1)で得た野生型抗HBsAg抗体の遺伝子及び下記の塩基配列で示されるプライマーを用いて、実施例1と同様にしてPCRを実施した。
【0139】
[抗HBsAg抗体のプライマー]
D5変異体 FOR: 5’ GGGACCGATTATGATCTCACAATCAGTCGAATGGAG 3’ (配列番号24)
D5変異体 REV: 5’ ATCCCCATCGGCATCGAAACGAACAGGGACTCCAGAAGC 3’ (配列番号25)
【0140】
得られたPCR産物を用いて、実施例1と同様にして、変異体又は野生型の軽鎖をコードする遺伝子を含むプラスミドと、野生型の重鎖をコードする遺伝子を含むプラスミドとを取得した。これらのプラスミドを用いて、実施例1と同様にして、Expi293(商標)細胞に各抗体を発現させ、得られた培養上清を精製して、抗HBsAg抗体の野生型及びD5変異体のそれぞれの溶液を取得した。ここで、抗HBsAg抗体のD5変異体は、野生型抗体におけるChothia法で定義される軽鎖FR3の63番目、65番、67番目及び70番目のセリン残基、及び72番目のフェニルアラニン残基を、アスパラギン酸残基に置換した抗体である。
【0141】
(3) 変異体の抗原に対する親和性の測定
(3.2) 捕捉用抗体の固相化
捕捉用抗体として、上記(1)で得たハイブリドーマとは異なるハイブリドーマから産生されるマウス抗HBsAg抗体を用いたこと以外は、実施例2と同様にして、この捕捉用抗体をプレート(NUNC-イムノモジュール、Cat No.469949、NUNC社製)の各ウェルに固相化した。また、実施例2と同様にして、プレートの各ウェルをブロッキング溶液(1% BSA含有PBS)でブロッキングした。
【0142】
(3.3) 一次反応
抗HBsAg抗体の抗原として、HISCL(登録商標) HBsAg キャリブレータ(HBsAg濃度0.025 IU/mL、シスメックス株式会社)を用いた。捕捉用抗体を固相化したプレートからブロッキング液を除去し、各ウェルに抗原溶液を50μLずつ添加した。このプレートを室温にて60分間振とうして、抗原抗体反応を行った。
【0143】
(3.3) 二次反応及び検出
検出用抗体として、抗HBsAg抗体の野生型及びD5変異体を用いた。各抗体を1% BSA含有PBSで段階的に希釈して、400 nM、80 nM、16 nM、3.2 nM、640 pM、128 pM、25.6 pM及び5.12 pMの濃度の抗体溶液を得た。また、二次抗体として、HRP標識抗マウスIgG (Fc特異的)抗体を用いた。これらを用いて、実施例2と同様にして抗原抗体反応を行った。そして、基質溶液として、1-Step Ultra TMB-ELISA Substrate Solution (Thermo Fisher Scientific社)を用いて、実施例2と同様にして、プレートの各ウェルについて450 nmでの吸光度を測定した。
【0144】
(4) 結果
抗HBsAg抗体の野生型及びD5変異体を用いたELISA法の測定値から、解離定数(K
D)を算出した。結果を表9及び
図5に示す。図中、「負電荷」は、D5変異体のK
D値を示す。
【0145】
【0146】
表9及び
図5より、抗HBsAg抗体のD5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。また、D5変異体のK
D値は、野生型のK
D値よりも高くなった。よって、抗HBsAg抗体については、FR3の5つの中性アミノ酸残基を酸性アミノ酸残基に変異させることにより、野生型と比べ、抗原に対する親和性が低下した抗体が作製できることがわかった。これらの結果は、実施例2の抗TSHR抗体のD5変異体及びE5変異体と同様であった。よって、CDRの電気的特性が負電荷である抗体では、FR3への酸性アミノ酸残基の導入により生じる静電的斥力によって、抗原に対する親和性を低下させることが可能であることが示唆される。
【配列表】