(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-15
(45)【発行日】2023-03-24
(54)【発明の名称】ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C08F 4/6592 20060101AFI20230316BHJP
【FI】
C08F4/6592
(21)【出願番号】P 2019076486
(22)【出願日】2019-04-12
【審査請求日】2022-02-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100156225
【氏名又は名称】浦 重剛
(74)【代理人】
【識別番号】100168549
【氏名又は名称】苗村 潤
(74)【代理人】
【識別番号】100200403
【氏名又は名称】石原 幸信
(74)【代理人】
【識別番号】100206586
【氏名又は名称】市田 哲
(72)【発明者】
【氏名】尾藤 容正
(72)【発明者】
【氏名】端場 俊文
(72)【発明者】
【氏名】岸本 浩通
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 隆人
【審査官】堀内 建吾
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-349617(JP,A)
【文献】特開2007-23248(JP,A)
【文献】特表2008-503604(JP,A)
【文献】A Density Functional Study on the Origin of the Propagation Barrier in the Homogeneous Ethylene Polymerization with Kaminsky-Type Catalysts,Journal of the American Chemical Society,1995年,Vol. 117 No. 51,p.12793-12800
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 4/6592
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種類のモノマーを重合させてポリマーを製造する際に用いられる重合触媒をスクリーニングするための方法であって、
複数種類の重合触媒のそれぞれについて、前記重合触媒を添加した時の前記モノマーとの反応率と、前記各重合触媒と前記モノマーとが反応した構造について、前記各重合触媒と前記モノマーとの反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーとの関係である反応率-軌道エネルギー関係を取得する工程と、
前記反応率-軌道エネルギー関係に基づいて、前記反応率が優れる重合触媒を選択する工程と、
を含むポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記選択する工程は、前記複数種類の重合触媒のうち、前記反応率が最も優れる重合触媒を選択する、請求項1記載のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記選択する工程は、前記複数種類の重合触媒よりも前記反応率が優れる重合触媒を設計する、請求項1記載のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記軌道エネルギーは、前記重合触媒が前記モノマーに反応した後の安定構造に基づいて取得される、請求項1乃至3のいずれかに記載のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記重合触媒は、遷移金属触媒である、請求項1乃至4のいずれかに記載のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記ポリマーは、第1のモノマー及び第2のモノマーを共重合したものであり、
前記選択する工程は、前記第1のモノマーの前記反応率、及び、前記第2のモノマーの前記反応率の双方が優れる重合触媒を選択する、請求項1乃至5のいずれかに記載のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマーを製造する際に用いられる重合触媒をスクリーニングするための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマーは、複数のモノマーを重合することによって生成されている。特に、立体規則性の高いモノマーを重合するためには、モノマーが重合する時の立体規則性を制御しつつ、反応を促進するために、重合触媒が用いられる場合が多い。従って、モノマーの重合度を高めるためには、高活性な重合触媒を選択することが重要である。関連する技術としては、下記特許文献1がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、重合触媒には、多くの種類が存在するが、その中から所望の立体規則性を制御しつつ、高活性な重合触媒を選択することは困難である。
【0005】
発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、重合触媒を添加した時のモノマーの反応率と、重合触媒とモノマーとが反応した構造で求められる、反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーとの間には相関関係があることを知見し、この相関関係に基づいて、反応率が優れる高活性な重合触媒を効率よく選択できることを見出した。
【0006】
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、モノマーとの反応率が優れる高活性な重合触媒を効率よく選択することができるポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、少なくとも1種類のモノマーを重合させてポリマーを製造する際に用いられる重合触媒をスクリーニングするための方法であって、複数種類の重合触媒のそれぞれについて、前記重合触媒を添加した時の前記モノマーとの反応率と、前記各重合触媒と前記モノマーとが反応した構造について、前記各重合触媒と前記モノマーとの反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーとの関係である反応率-軌道エネルギー関係を取得する工程と、前記反応率-軌道エネルギー関係に基づいて、前記反応率が優れる重合触媒を選択する工程と、を含むことを特徴とする。
【0008】
本発明に係る前記ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法において、前記選択する工程は、前記複数種類の重合触媒のうち、前記反応率が最も優れる重合触媒を選択してもよい。
【0009】
本発明に係る前記ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法において、前記選択する工程は、前記複数種類の重合触媒よりも前記反応率が優れる重合触媒を設計してもよい。
【0010】
本発明に係る前記ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法において、前記軌道エネルギーは、前記重合触媒が前記モノマーに反応した後の安定構造に基づいて取得されてもよい。
【0011】
本発明に係る前記ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法において、前記重合触媒は、遷移金属触媒であってもよい。
【0012】
本発明に係る前記ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法において、前記ポリマーは、第1のモノマー及び第2のモノマーを共重合したものであり、前記選択する工程は、前記第1のモノマーの前記反応率、及び、前記第2のモノマーの前記反応率の双方が優れる重合触媒を選択してもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法は、複数種類の重合触媒のそれぞれについて、重合触媒を添加した時のモノマーの反応率と、各重合触媒とモノマーとが反応した構造について、各重合触媒と前記モノマーとの反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーとの関係である反応率-軌道エネルギー関係を取得する工程と、前記反応率-軌道エネルギー関係に基づいて、前記反応率が優れる重合触媒を選択する工程とを含んでいる。
【0014】
前記反応率と、前記軌道エネルギーとの間には、相関関係がある。このような相関関係に基づいて、前記反応率が高くなる前記軌道エネルギーの傾向を把握することができるため、前記反応率が優れる高活性な重合触媒を効率よく選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法に用いられるコンピュータの一例を示す斜視図である。
【
図3】
図3(a)、(b)は、重合触媒の一例を示す構造式である。
【
図4】ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図5】取得工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図7】複数種類の重合触媒の反応率-軌道エネルギー関係の一例を示すグラフである。
【
図8】選択工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図9】新たに設計された重合触媒の一例を示す構造式である。
【
図10】新たに設計された重合触媒を追加した反応率-軌道エネルギー関係の他の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本発明のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法(以下、単に「スクリーニング方法」ということがある。)は、少なくとも1種類のモノマーを重合させてポリマーを製造する際に用いられる重合触媒を、スクリーニング(選別)するのに用いられる。
【0017】
図1は、本発明のポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法に用いられるコンピュータの一例を示す斜視図である。コンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c、及び、ディスプレイ装置1dを含んで構成されている。この本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられている。また、記憶装置には、本実施形態のスクリーニング方法に用いられるソフトウェア等が予め記憶されている。
【0018】
ポリマーの製造に用いられるモノマーについては、特に限定されない。モノマーの一例としては、スチレンモノマーや、ブタジエンモノマー等が挙げられる。これらのモノマーを重合させたポリマーとしては、ポリスチレン、ブタジエンゴム、又は、スチレン・ブタジエンゴムが例示される。
【0019】
本実施形態のスクリーニング方法では、第1のモノマー及び第2のモノマーを共重合させたポリマーの製造に用いられる重合触媒が、スクリーニングされる。
図2は、ポリマー2の一例を示す構造式である。
【0020】
本実施形態のポリマー2は、スチレン・ブタジエンゴムである。従って、本実施形態の第1のモノマー3Aは、スチレンモノマーであり、本実施形態の第2のモノマー3Bは、ブタジエンモノマーである。なお、ポリマー2は、スチレン・ブタジエンゴムに限定されるわけではない。
【0021】
図3(a)、(b)は、重合触媒5の一例を示す構造式である。本実施形態の重合触媒5は、第1の重合触媒5A、及び、第2の重合触媒5Bを含んでいる。
図3(a)に示されるように、第1の重合触媒5Aは、(h
5-cyclopentadienyl)(2,6-diisopropylphenoxy)titanium dichlorideである。
図3(b)に示されるように、第2の重合触媒5Bは、(h
5-cyclopentadienyl)(di-tert-butylketimide)titanium dichlorideである。第1の重合触媒5A及び第2の重合触媒5Bは、いずれも遷移金属触媒である。これらの第1の重合触媒5A及び第2の重合触媒5Bの活性は、中心金属に大きく依存している。
【0022】
2種類以上のモノマーを共重合させたポリマー2は、各モノマー3(本実施形態では、第1のモノマー3A、及び、第2のモノマー3B)が交互に配列された交互共重合体であるのが望ましい。このような交互共重合体の製造には、第1のモノマー3A、及び、第2のモノマー3Bの双方に対して、活性化エネルギーが同程度の重合触媒5を用いることが重要である。
図4は、ポリマー製造用の重合触媒のスクリーニング方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0023】
本実施形態のスクリーニング方法では、先ず、複数種類の重合触媒5(本実施形態では、
図3(a)、(b)に示した第1の重合触媒5A及び第2の重合触媒5B)のそれぞれについて、重合触媒5を添加した時のモノマー3(本実施形態では、
図2に示した第1のモノマー3A、及び、第2のモノマー3B)の反応率と、各重合触媒5とモノマー3とが反応した構造について、各重合触媒5とモノマー3との反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギー(以下、単に「軌道エネルギー」ということがある。)との関係である反応率-軌道エネルギー関係が取得される(取得工程S1)。
図5は、取得工程S1の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0024】
本実施形態の取得工程S1では、先ず、
図3(a)、(b)に示した複数種類の重合触媒5A、5Bのそれぞれについて、重合触媒5A、5Bを添加した時のモノマー3(
図2に示した第1のモノマー3A、及び、第2のモノマー3B)との反応率が求められる(工程S11)。反応率は、各重合触媒5A、5Bについて、仕込んだモノマー3の総数に対して、生成したポリマー2に含まれるモノマー(即ち、重合したモノマー)3の個数の割合である。
【0025】
本実施形態の工程S11では、各重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)について、
図2に示した第1のモノマー3Aの反応率、及び、第2のモノマー3Bの反応率がそれぞれ取得される。これらの反応率の取得方法の一例としては、先ず、反応容器内の空気をアルゴンガス等の不活性ガスで置換し、その反応容器内において、モノマー3をシクロヘキサンで希釈する。次に、希釈した反応容器内に、助触媒MAO、及び、グローブボックス内で調製した重合触媒5のトルエン溶液を滴下し、70℃の状態で3時間反応させる。そして、生成したポリマー2中のモノマー3の含有量を、モノマー3の仕込み量で除することで、反応率を取得することができる。なお、ポリマー2中のモノマー3の含有量については、NMR(核磁気共鳴装置)を用いて評価される。反応率は、コンピュータ1に記憶される。
【0026】
次に、本実施形態の取得工程S1では、
図3(a)、(b)に示した複数種類の重合触媒5A、5Bとモノマー3とが反応した構造のそれぞれについて、各重合触媒5A、5Bとモノマー3(
図2に示す)との反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーが取得される(工程S12)。軌道エネルギーの計算には、例えば、コンピュータ1(
図1に示す)が用いられる。
【0027】
例えば、フロンティア軌道理論に基づくと、重合触媒5とモノマー3(
図2に示す)との反応を支配する分子軌道を構成する重合触媒5の分子軌道と、モノマー3の分子軌道とのエネルギー差が小さいほど、重合触媒5(
図3に示す)とモノマー3との反応が起こりやすくなると考えられる。このため、軌道エネルギーを求める際の分子構造として、重合触媒5とモノマー3とが反応する時の遷移状態での構造を使用するのが望ましいとも考えられる。しかしながら、重合触媒5の遷移状態の構造を求めることは、一般的に容易では無い。このため、本実施形態の軌道エネルギーは、重合触媒5がモノマー3に反応した後の安定構造に基づいて取得される。このような安定構造は、例えば、反応前の構造や反応中(遷移状態)の構造に比べて、モノマー3の重合過程の特徴を反映した構造であり、重合触媒5の中心金属とモノマー3との相互作用を考慮した軌道エネルギーの取得が可能となる。
【0028】
安定構造、及び、軌道エネルギーは、モノマー3をモデル化したモノマーモデルと、重合触媒5をモデル化した重合触媒モデル(図示省略)とが反応した構造を用い、量子化学計算に基づいて取得することができる。
図6は、モノマーモデル11の一例を示す図である。
【0029】
図6で示したモノマーモデル11は、第2のモノマー3B(ブタジエンモノマー)をモデル化した第2のモノマーモデル11Bである。モノマーモデル11は、原子モデル13を用いて構成されている。
【0030】
原子モデル13には、原子名(又は、原子番号)、初期座標などのパラメータが定義される。本実施形態の原子モデル13は、モノマー3の炭素原子を示す炭素原子モデル13C、及び、水素原子を示す水素原子モデル13Hを含んでいる。
【0031】
重合触媒モデル(図示省略)は、モノマーモデル11と同様に、重合触媒5の構造に基づいて、原子モデル13を用いて定義される。この重合触媒モデルも、原子モデル13を含んで構成されている。
【0032】
量子化学計算では、使用する理論と系全体の電荷、スピン多重度、並びに、モノマーモデル11及び重合触媒モデル(図示省略)を構成する原子モデル13に適用する基底関数が定義される。本実施形態で定義される理論としては、例えば、密度汎関数法(汎関数:B3LYP)が定義される。また、基底関数としては、例えば、基底関数(6-31G(d))が定義される。量子化学計算は、Gaussian社製の量子化学計算プログラムGaussian03、又は、Gaussian09を用いて処理することができる。
【0033】
量子化学計算では、モノマーモデル11及び重合触媒モデル(図示省略)の電子状態が、コーン・シャム方程式やシュレディンガー方程式に基づき求められる。重合触媒5(
図3に示す)がモノマー3(
図2に示す)に反応した後の安定構造を求める方法としては、先ず、重合触媒5がモノマー3に反応した後の初期配置を読み込み、それらの電子状態を計算し、その電子状態から原子モデル13に作用する力を求める。そして、力の大きさが予め定められた閾値以下になることで、重合触媒5がモノマー3に反応した後の安定構造が求められる。一方、力の大きさが閾値を超えている場合には、力がゼロになる方向へ原子モデル13を移動させて、電子状態、及び、原子モデル13に作用する力が再度計算される。このような計算は、力の大きさが閾値以下になるまで計算される。なお、閾値については、適宜設定することができる。本実施形態の閾値は、例えば、量子化学計算プログラムの仕様等に基づいて、3×10
-4以下に設定されている。このような安定構造に基づいて、軌道エネルギーが取得される。
【0034】
工程S12では、
図3(a)、(b)に示した複数種類の重合触媒5A、5Bをそれぞれモデル化した重合触媒モデル(図示省略)について、重合触媒モデルと第1のモノマーモデル11A(図示省略)とが反応した構造を用いた量子化学計算、及び、重合触媒モデルと第2のモノマーモデル11B(
図6に示す)とが反応した構造を用いた量子化学計算がそれぞれ行われる。これにより、重合触媒5(
図3に示す)が第1のモノマー3A(
図2に示す)に反応した後の安定構造、及び、重合触媒5が第2のモノマー3B(
図2に示す)に反応した後の安定構造がそれぞれ計算される。そして、工程S12では、それらの安定構造について、各重合触媒5とモノマー3との反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーが取得される。本実施形態において、反応に最も関与する分子軌道とは、重合触媒5とモノマー3との間に重なりがある(即ち、重合触媒5とモノマー3との間に結合を作る)分子軌道を意味している。なお、このような分子軌道が複数存在する場合には、それらの分子軌道のうち、反応率(即ち、工程S11で取得された反応率)と最も相関がある分子軌道が、反応に最も関与する分子軌道として特定される。これらの軌道エネルギーは、コンピュータ1に記憶される。
【0035】
各量子化学計算に用いられるモノマーモデル11の個数については、適宜設定することができる。モノマーモデル11を多数用いても、大部分のモノマーモデル11は触媒モデル(図示省略)の反応中心から離れた位置に存在し、触媒モデルとの相互作用が少ないため、計算精度を十分に向上できないおそれがある。しかも、モノマーモデル11の個数を増加させると、計算時間が大幅に増大するおそれもある。このような観点より、モノマーモデル11の個数は、1個の重合触媒モデルに対して、好ましくは5個以下であり、さらに好ましくは3個以下が望ましい。本実施形態では、1個の重合触媒モデルに対して、2個のモノマーモデル11が用いられている。また、各量子化学計算に用いられるモノマーモデル11の個数は、1~3個が望ましい。
【0036】
次に、本実施形態の取得工程S1では、反応率-軌道エネルギー関係が取得される(工程S13)。反応率-軌道エネルギー関係は、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)のそれぞれについて、工程S13で取得されたモノマー3との反応率と、モノマー3との反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーとの関係を示すものである。本実施形態において、反応率-軌道エネルギー関係の取得には、コンピュータ1が用いられている。
図7は、複数種類の重合触媒の反応率-軌道エネルギー関係の一例を示すグラフである。
【0037】
本実施形態では、第1のモノマー3Aにおいて、軌道エネルギーが相対的に小さい第2の重合触媒5B(
図7において、「■」)が、軌道エネルギーが相対的に大きい第1の重合触媒5A(
図7において、「●」)に比べて、反応率が高くなっている。さらに、第2のモノマー3Bにおいて、軌道エネルギーが相対的に小さい第2の重合触媒5B(
図7において、「□」)が、軌道エネルギーが相対的に大きい第1の重合触媒5A(
図7において、「○」)に比べて、反応率が高くなっている。従って、第1のモノマー3A及び第2のモノマー3Bの双方において、軌道エネルギーが低くなるほど、重合触媒5とモノマー3との反応率が高くなる傾向がある。このように、重合触媒5とモノマー3との反応率と、軌道エネルギーとの間には相関関係がある。従って、反応率-軌道エネルギー関係に基づいて、反応率が高くなる軌道エネルギーの傾向を把握することができる。
【0038】
本実施形態の反応率-軌道エネルギー関係では、軌道エネルギーが低くなるほど、重合触媒5とモノマー3との反応率が高くなっているが、このような傾向に限定されるものではない。モノマー3の種類や重合触媒5の種類によっては、例えば、軌道エネルギーが高くなるほど、重合触媒5とモノマー3との反応率が高くなる場合もある。反応率-軌道エネルギー関係は、コンピュータ1に記憶される。
【0039】
次に、本実施形態のスクリーニング方法は、反応率-軌道エネルギー関係に基づいて、反応率が優れる重合触媒が選択される(選択工程S2)。
図8は、選択工程S2の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0040】
本実施形態の選択工程S2では、先ず、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)よりも反応率が優れる重合触媒5が設計される(工程S21)。工程S21では、
図7に示した反応率-軌道エネルギー関係の傾向に基づいて、重合触媒5が設計される。本実施形態の反応率-軌道エネルギー関係では、第1のモノマー3A及び第2のモノマー3Bの双方において、軌道エネルギーが低くなるほど、重合触媒5とモノマー3との反応率が高くなる傾向がある。従って、複数種類の重合触媒5A、5Bよりも軌道エネルギーが低い重合触媒(図示省略)は、モノマー3との反応率がより高くなると予測することができる。
【0041】
本実施形態の工程S21では、軌道エネルギーを低くするために、電子吸引性を有するフッ素原子、塩素原子、及び、臭素原子を、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)よりも多く含む重合触媒が設計される。
図9は、新たに設計された重合触媒5Eの一例を示す構造式である。
【0042】
次に、本実施形態の選択工程S2では、新たに設計された重合触媒5Eについて、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)と同様に、重合触媒を添加した時のモノマー3(
図2に示す)の反応率、及び、モノマー3との反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーが取得される(工程S22)。新たに設計された重合触媒5E(
図9に示す)とモノマー3との反応率、及び、モノマー3との反応に最も関与する分子軌道の軌道エネルギーは、コンピュータ1に記憶される。
【0043】
次に、本実施形態の選択工程S2では、新たに設計された重合触媒5E(
図9に示す)について、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)よりも、モノマー3(
図2に示す)との反応率が優れるか否かが判断される(工程S23)。
【0044】
本実施形態では、新たに設計された重合触媒5E(
図9に示す)のモノマー3(
図2に示した第1のモノマー3A及び第2のモノマー3Bの双方)との反応率が、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)のモノマー3との反応率よりも優れているか否か(即ち、反応率が大きいか否か)が判断されている。
【0045】
工程S23において、新たに設計された重合触媒5E(
図9に示す)のモノマー3との反応率が、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)のモノマー3との反応率よりも優れていると判断された場合(工程S23において、「Y」)、新たに設計された重合触媒5Eを、ポリマー2(
図2に示す)を製造する際に用いる重合触媒として選択される(工程S24)。そして、
図4に示されるように、選択された重合触媒5Eを用いて、ポリマー2が製造される(工程S3)。
【0046】
このように、本実施形態のスクリーニング方法は、重合触媒5を添加した時のモノマー3の反応率が高くなる軌道エネルギーの傾向を把握することができるため、モノマー3との反応率が優れる高活性な重合触媒5を効率よく選択(設計)することができる。そして、ポリマー2の製造に選択された重合触媒5が用いられることにより、
図2に示したモノマー3の重合度が高いポリマー2を確実に製造することができる。
【0047】
一方、
図8に示されるように、工程S23において、新たに設計された重合触媒5E(
図9に示す)を添加した時のモノマー3との反応率が、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)のモノマー3との反応率よりも優れていないと判断された場合(工程S23において、「N」)、重合触媒5が再設計され(工程S25)、工程S21~工程S23が再度実施される。これにより、本実施形態のスクリーニング方法では、複数種類の重合触媒5A、5Bよりもモノマー3との反応率が優れる重合触媒5を、確実に設計することができる。
【0048】
重合触媒5の再設計には、重合触媒5を設計する工程S21と同様の手順に基づいて、新たに設計された重合触媒5E(
図9に示す)を含む反応率-軌道エネルギー関係が用いられる。
図10は、新たに設計された重合触媒5Eを追加した反応率-軌道エネルギー関係の他の例を示すグラフである。
【0049】
図10に示されるように、新たに設計された重合触媒5Eを添加した時の存在下での第2のモノマー3Bの反応率(
図10において、「△」)は、各重合触媒5A、5Bを添加した時の第2のモノマー3Bの反応率(
図10において、「○」、「□」)よりも優れている。一方、新たに設計された重合触媒5Eを添加した時の第1のモノマー3Aの反応率(
図10において、「▲」)は、各重合触媒5A、5Bを添加した時の第1のモノマー3Aの反応率(
図10において、「●」、「■」)よりも劣っている。
【0050】
このような場合、複数種類の重合触媒5A、5Bのうち、モノマー3の反応率が最も高い第2の重合触媒5B(
図5(b)に示す)と、新たに設計された重合触媒5Eとの間の大きさの軌道エネルギーを有する重合触媒(図示省略)が、複数種類の重合触媒5A、5Bよりも、モノマー3A、3Bの反応率が優れる可能性があると考えられる。このように、複数種類の重合触媒5A、5B、及び、新たに設計された重合触媒5Eの反応率-軌道エネルギー関係を用いることで、反応率を高める傾向を、軌道エネルギーの傾向から把握することができるため、反応率が優れる新たな重合触媒5を再設計することができる。
【0051】
これまでの実施形態の選択工程S2では、第1のモノマー3Aとの反応率、及び、第2のモノマー3Bとの反応率の双方が優れる重合触媒5が選択されたが、このような態様に限定されない。例えば、1種類のモノマー3(例えば、第1のモノマー3A又は第2のモノマー3Bのいずれか一方)を重合させたポリマー(図示省略)を製造する際に用いられる重合触媒5をスクリーニングする場合には、そのモノマー3との反応率が優れる重合触媒5が選択されるのが望ましい。一方、3種類以上のモノマー3を共重合させたポリマー(図示省略)を製造する際に用いられる重合触媒5をスクリーニングする場合には、それらのモノマー3との反応率が優れる重合触媒5が選択されるのが望ましい。
【0052】
これまでの実施形態の選択工程S2では、複数種類の重合触媒5A、5B(
図3(a)、(b)に示す)よりもモノマー3との反応率が優れる重合触媒5E(
図9に示す)が設計されたが、このような態様に限定されない。例えば、選択工程S2では、複数種類の重合触媒5A、5Bのうち、モノマー3との反応率が最も優れる重合触媒が選択されてもよい。このような選択工程S2では、既存の重合触媒5から、モノマーとの反応率が最も優れる重合触媒5を効率よく選択することができる。なお、選択された重合触媒5について、モノマー3の反応率が十分に優れない場合には、モノマー3との反応率が高くなる軌道エネルギーの傾向に基づいて、新たな重合触媒5が選択されるのが望ましい。
【0053】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0054】
図4に示した手順に従って、モノマーを重合させてポリマーを製造する際に用いられる重合触媒がスクリーニングされた(実施例)。実施例では、
図5に示した手順に従って、
図3(a)、(b)に示した第1の重合触媒及び第2の重合触媒のそれぞれについて、モノマーとの反応率と、軌道エネルギーとの関係(
図7に示す)が取得された。そして、
図8に示した処理手順に従い、反応率-軌道エネルギー関係に基づいて、モノマーの反応率が優れる重合触媒が選択された。ポリマー、モノマー、及び、重合触媒の詳細については、明細書に記載したとおりである。
【0055】
テストの結果、第1の重合触媒、及び、第2の重合触媒のうち、モノマーとの反応率が優れる第2の重合触媒を、効率よく選択することができた。さらに、
図7に示した反応率-軌道エネルギー関係に基づいて、モノマーとの反応率が高くなる軌道エネルギーの傾向を把握することができた。この傾向に基づいて、第1の重合触媒、及び、第2の重合触媒よりもモノマーとの反応率が優れる高活性な重合触媒を設計できることができた。
【符号の説明】
【0056】
S1 反応率-軌道エネルギー関係を取得する工程
S2 反応率が優れる重合触媒を選択する工程