(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-15
(45)【発行日】2023-03-24
(54)【発明の名称】マイクロRNAによるアレルギー疾患予測方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6837 20180101AFI20230316BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20230316BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20230316BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20230316BHJP
G01N 33/02 20060101ALI20230316BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20230316BHJP
【FI】
C12Q1/6837 Z
C12Q1/6883 Z ZNA
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
G01N33/02
C12N15/113 Z
(21)【出願番号】P 2019543711
(86)(22)【出願日】2018-09-20
(86)【国際出願番号】 JP2018034915
(87)【国際公開番号】W WO2019059312
(87)【国際公開日】2019-03-28
【審査請求日】2021-06-03
(31)【優先権主張番号】P 2017181786
(32)【優先日】2017-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(73)【特許権者】
【識別番号】320006025
【氏名又は名称】Noster株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(72)【発明者】
【氏名】國澤 純
(72)【発明者】
【氏名】米島 靖記
【審査官】竹内 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-140513(JP,A)
【文献】Int. Arch. Allergy Immunol.,2013年,161(2),pp.99-115
【文献】穐山 浩,カロテノイド摂取による食物アレルギー感作成立の抑制に関する研究,科学研究費補助金研究成果報告書,課題番号:18604011,2009年06月01日,[検索日:2022年11月25日],<URL: http://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-18604011/18604011seika.pdf>
【文献】Br. J. Nutr., 2011, 105(1), pp.24-30
【文献】HAFTEL L et al.,Nutrition, 2015, 31(3), pp.443-445
【文献】Int. J. Biol. Sci., 2012, 8(1), pp.118-123
【文献】PLoS One, 2013, 8(2), e50564
【文献】Silence, 2010, 1(1):7
【文献】日本小児アレルギー学会誌、2016年、30巻、3号、447頁、O-29
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/68-1/6897
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
出産後3カ月以内の母体より採取した母乳中の、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3pからなる群より選択される1以上のmiRNAの量を測定することを含む、該母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクの予測のための検査方法。
【請求項2】
母乳が、出産後1カ月以内の母体から採取したものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アレルギー疾患が、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎及び食物アレルギーからなる群より選択される1以上の疾患である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3pからなる群より選択される1以上のmiRNAのヌクレオチド配列の各々に相補的なヌクレオチド配列を含む核酸を含んでなる、児におけるアレルギー疾患の発症リスクの予測用キットであって、該児は出産後3カ月以内の母体由来の母乳を摂取した児であり、該キットは該母乳中の、前記選択された1以上のmiRNAの量を測定するためのものである、キット。
【請求項5】
出産前に被検食品化合物を定期的に摂取した、出産後3カ月以内の母体より採取した母乳中の、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3pからなる群より選択される1以上のmiRNAの量を測定することを含む、母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減もしくは増大させる食品化合物の同定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母乳中の特定のmicroRNA(miRNA)を測定することにより子供のアレルギーを予測する方法及びそのためのキット、該miRNAを有効成分とするアレルギーの予防又は改善剤、母乳中の該miRNA量を指標とする子供のアレルギーを予防する食品化合物の同定方法、該方法により同定された食品化合物を有効成分とするアレルギーの予防又は改善剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、アレルギー疾患を有する患者数は増加傾向にあり、その早期発見及び早期治療は、成長時のみならず生涯の生活に重要な意味を持つ。アレルギー疾患の多くは乳幼児期に発症し、遺伝的素因とともに、乳幼児期に摂取した食事などの環境因子も、その発症に大きく影響を及ぼす。食物アレルギーは、その炎症反応により非常に重篤な症状を生じるものもあるので、アレルギー体質であるか否かを、より早期に(例えば、新生児期において)予測し得る手段が求められる。
【0003】
しかし現在は、特定の食品や化学物質を摂取した時や、それらに触れた時に、アレルギー症状が見られたことにより初めてアレルギー体質であると発見されることが多く、特に皮膚の発疹・発赤や吐き気・嘔吐などの発現が主なものとなる。それらの症状を発症後、血液によるアレルギー検査等を受けることで具体的なアレルゲンが特定される。
【0004】
母乳は乳児期のアレルギー発症に影響することが示唆されているが、母乳中のどの成分が重要であるか、また、その影響が児のその後のアレルギー発症に防御的に作用するのか、それとも促進的に作用するのかについては、ほとんど解明されていない。miRNAは、母乳中に豊富に含まれる成分の一つであり、特に免疫に関連することが知られているmiRNAの多くが産後6か月迄の母乳のエクソソーム中に豊富に含まれることから(非特許文献1、2)、これらのmiRNAが乳幼児の免疫系の発達に影響を及ぼしていると考えられている。また、T細胞の抑制や炎症の制御に関連するとされるmiR-155やTh1分化を抑制するとの報告があるmiR-21が、産後3-5日目に高値を示す母乳を摂取した児は、アトピー性疾患を発症しやすいとの報告もあり(非特許文献2)、母乳中の特定の免疫関連miRNAと乳幼児のアレルギー発症との関連も示唆されてはいる。
【0005】
しかしながら、母乳中に含まれるmiRNAと、その母乳を摂取した乳幼児のアレルギー発症との関連についての網羅的な研究は少なく、特に、免疫との関連が知られていないmiRNAとアレルギー体質との関連については、情報は皆無に近いのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Zhou, Q. et al., Immune-related MicroRNAs are Abundant in Breast Milk Exosomes, Int. J. Biol. Sci., 2012; 8(1): 118-123
【文献】大嶋勇成ら, 「母乳中miRNA によるアトピー性疾患発症予防法の検討」, 福井大学生命科学複合教育研究センター「平成25年度学内共同研究等プロジェクト研究費助成」成果報告書(http://www.med.u-fukui.ac.jp/life/seimei/research/H25_seikahoukokusyo/oshima.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の目的は、母乳、特に産後の早い時期の母乳に含まれるmiRNAの中から、アレルギー疾患の発症と高い相関を示すmiRNAを同定し、該miRNA量を測定することにより、将来的な児のアレルギー疾患の発症を早期に予測する方法を提供することである。本発明のさらなる目的は、同定されたアレルギー疾患と相関するmiRNAの母乳中の量を指標として、児のアレルギー疾患を予防し得る食品化合物を同定し、該食品化合物を有効成分とするアレルギーの予防又は改善剤(例、機能性食品、サプリメント)を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意研究を行なった結果、ある特定のmiRNA(hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392、hsa-miR-6765-3p)が、アレルギー疾患を発症した児が生後0~1ヶ月の時点で摂取した母乳中で有意に低値であることを見出し、出産後の早い時期に母乳中の該miRNAの一種以上を測定することにより、その母乳を摂取した乳児のアレルギー疾患の発症リスクを、事前にかつ早期に予測することに成功した。
次に、本発明者らは、出産0ヶ月の母親の過去1ヶ月の食事を、簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて調査し、母親が摂取した栄養素と母乳中の該miRNA量との相関を解析したところ、カロテノイド(特にカロテン)やビタミンC等の栄養素の摂取量と、母乳中の該miRNA量との間に、正の相関があることが示された。そこで、すべてのmiRNAに対して高い相関係数を示したα-カロテンについて、母乳を摂取した児がアレルギーを発症した群と、発症しなかった群とで、母親が摂取した量を比較した結果、非アレルギー群において、母親のα-カロテン摂取量が有意に高値であることを見出し、母乳中のmiRNA量を指標として、母乳を摂取した児のアレルギーの発症リスクを低下させ得る食品化合物を同定すること成功した。
また、本発明者らは、児のアレルギーと負の相関を示す上記miRNAの標的mRNAをインフォマティクス解析し、これらのmiRNAが腸管バリア機能に関与している可能性を明らかにした。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は下記のとおりである:
[1]出産後3カ月以内の母体より採取した母乳中の、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3pからなる群より選択される1以上のmiRNAの量を測定することを含む、該母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクの予測方法。
[2]miRNAが、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p及びhsa-miR-22-3pからなる群より選択される、[1]に記載の方法。
[3]母乳が、出産後1カ月以内の母体から採取したものである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]アレルギー疾患が、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎及び食物アレルギーからなる群より選択される1以上の疾患である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3pからなる群より選択される1以上のmiRNAのヌクレオチド配列の各々に相補的なヌクレオチド配列を含む核酸を含んでなる、アレルギー疾患の発症リスクの予測用キット。
[6]miRNAが、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p及びhsa-miR-22-3pからなる群より選択される、[5]に記載のキット。
[7]出産前に被検食品化合物を定期的に摂取した、出産後3カ月以内の母体より採取した母乳中の、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3pからなる群より選択される1以上のmiRNAの量を測定することを含む、母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減もしくは増大させる食品化合物の同定方法。
[8]miRNAが、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p及びhsa-miR-22-3pからなる群より選択される、[7]に記載の方法。
[9]カロテノイドを有効成分として含有する、母乳中のhsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3pからなる群より選択される1以上のmiRNAの量を増加させる、母乳改質剤。
[10]miRNAが、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p及びhsa-miR-22-3pからなる群より選択される、[9]に記載の剤。
[11]カロテノイドがカロテンである、[9]又は[10]に記載の剤。
[12]カロテノイドがα-カロテン、β-カロテン又はクリプトキサンチンである、[9]又は[10]に記載の剤。
[13]ビタミンC、ビタミンB、食物繊維、マンガン及びカリウムからなる群より選択される1以上の成分をさらに含有する、[9]~[12]のいずれかに記載の剤。
[14]母乳を摂取した児の腸管バリア機能を改善する、[9]~[13]のいずれかに記載の剤。
[15]hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392、hsa-miR-6765-3p及びそれらの非ヒト哺乳動物オルソログからなる群より選択される1以上のmiRNA又はその前駆体を含有してなる、アレルギー体質の予防又は改善剤。
[16]miRNAが、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p及びhsa-miR-22-3pからなる群より選択される、[15]に記載の剤。
[17]新生児ないし幼児に投与される、[15]又は[16]に記載の剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、産後早期の母乳に含まれる特定のmiRNA量を測定することにより、該母乳を摂取した児のアレルギー疾患の発症リスクを予測できるので、新生児期から発症予防の対策を講じることも可能である。また、母乳を被検試料とするので、母子ともに非侵襲的に発症リスク診断が行える。さらに、miRNAの種類によって発現変動パターンに差があるので、該パターンの異なる2以上のmiRNAの母乳中レベルを経時的に測定することで、より高確度の予測が可能となる。
また、妊娠中の食習慣と母乳に含まれるmiRNA量との相関を調べることにより、母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減もしくは増大させる食品化合物を同定することができ、妊婦の食生活の改善に寄与することができる。さらに、本発明により同定されたアレルギー疾患の発症リスクを低減させる食品化合物を添加した組成物(例、機能性食品、サプリメント)は、周産期の母親に摂取させることにより、母乳中の特定のmiRNA量を増加させ、該母乳を摂取した児の腸管バリア機能を改善し、アレルギーの発症を予防することができる。
本発明で同定されたmiRNAは、母乳を介して児をアレルギーになりにくい体質に誘導するのに寄与していると考えられるので、該miRNA又はその前駆体を補充することにより、アレルギー体質の予防及び/又は改善が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のRNU44(内部標準)の発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図2】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-miR-200c-3p)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図3】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-miR-4286)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図4】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-let-7a-5p)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図5】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-let-7b-5p)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図6】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-let-7c-5p)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図7】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-miR-30d-5p)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図8】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-miR-22-3p)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図9】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-miR-2392)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図10】出産0カ月、1カ月、3カ月の母乳中のmiRNA(hsa-miR-6765-3p)発現レベルを示す図である。-●-:アレルギー群、-○-:健常群;*:p<0.05、**:p<0.01
【
図11】出産0カ月の母親の過去1ヶ月の1日あたりのα-カロテン摂取量と、母乳を摂取した児におけるアレルギーの発症の有無との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の詳細を説明する。
本発明は、母乳中の特定のmiRNAを測定することにより、該母乳を摂取した児のアレルギー疾患の発症リスクを予測する方法(以下、「本発明の予測方法」ともいう。)を提供する。
【0013】
本明細書において「母乳」とは、出産後のヒト母体から分泌される乳を意味し、本発明において該母乳を摂取する児との間に母子関係があることが好ましいが、該児の母親以外の女性(乳母)から提供される乳であることを排除しない。
【0014】
本明細書において「児」とは、児童福祉法で定義される「児童(満18歳未満)」と実質的に同義であり、新生児(生後28日未満)、乳児(満1歳未満)、幼児(乳児期満了~小学校就学まで)、少年(幼児期満了~満18歳未満)を包含する概念として用いられる。尚、アレルギー疾患との関連では、その特性上満2歳未満を乳児と定義することが多いので、本明細書においても当該区分を適用する。アレルギー疾患の多くは乳幼児期に発症することから、好ましい実施態様においては、本発明における予測対象となる児は、乳幼児(小学校就学まで)である。
【0015】
本発明の予測方法において、検査対象となる母乳は、出産後3カ月以内の母体、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳である。
これらのことから、本発明における「母乳を摂取した児の・・・発症リスク」なる用語は、仮に、出産後3カ月以内(例、出産後0~1カ月)の母体から採取した母乳を生後3カ月以内(例、生後0~1カ月)に摂取した場合に、その摂取者が、児である期間内(満18歳まで)、好ましくは乳幼児である期間内(小学校就学まで)に、アレルギー疾患を発症するリスクを意味することは明らかであろう。
【0016】
本発明により発症リスクの予測が可能な「アレルギー疾患」としては、外部からの抗原に対する過剰な免疫応答によって惹き起こされる疾患であれば特に限定されないが、例えば、乳児期に多く発症する消化管アレルギー、湿疹、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、幼児期に多く発症する気管支喘息、少年期に多く発症するアレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、蕁麻疹等が挙げられる。子供のアレルギーは、成長するに従って、アレルゲンと発症臓器(疾患)を変えながら、次から次へと複数のアレルギー疾患を発症していく現象(アレルギーマーチ)により特徴づけられるので、「アレルギー疾患の発症リスク」とは、個々のアレルギー疾患を発症するリスクとしてよりも、上記した種々のアレルギー疾患全体の発症リスクとして捉えられる。その意味において、本発明の予測方法は、被検母乳を摂取した児が、アレルギー体質、即ち、将来的に種々のアレルギー疾患を発症しやすい体質となるか否かを予測する方法であるともいえる。但し、後述の実施例で示される母乳中の特定のmiRNA量の低値と、該母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患発症との相関が、授乳期の該miRNAの不足が児のアレルギー体質を惹き起こすという可能性に加えて、妊娠期における経胎盤感作を通じて、胎児期に既にアレルギー体質に方向づけられている結果として、出産後早期の母乳中で該miRNAが低値を示す可能性を否定できないため、母乳を摂取した児がアレルギー体質となる場合と、該母乳を産生する母親から生まれた児がアレルギー体質を有している場合(この場合、母乳の提供者と児との間に母子関係がある必要がある)とを包含する意味で、本明細書においては「アレルギー疾患の発症リスク」との表現を用いることとする。
【0017】
本発明の予測方法において、採取する母乳の量は、目的のmiRNA量を測定するのに十分な量であれば特に制限はなく、miRNAの種類やmiRNA測定法によって変動するが、例えば、0.1~100 ml、好ましくは1~10 mlが挙げられる。採乳は、例えば、自体公知の手動搾乳機を用いて行うことができる。得られた母乳は採乳直後に分析に供してもよいし、分析時まで-80℃で凍結保存することもできる。
【0018】
母乳からのmiRNA含有画分の抽出は、例えば、市販のmiRNA抽出用キット(例、mirVanaTM miRNA Isolation Kit (Ambion)、NucleoSpin(登録商標) miRNA (MACHERY-NAGEL) 等)を用いて、200 nt未満の小RNA分子のみを抽出することによって行うこともできるし、該小RNA分子を含む全RNAを抽出することによって行うこともできる。あるいは、母乳から、例えば、超遠心沈降法、平衡密度勾配遠心法、免疫学的捕捉法、サイズ排除法、リン脂質アフィニティー、ポリマー沈降法などにより、エクソソームを分離精製した後、該エクソソームに含まれる小RNA分子を、上記と同様にして抽出することもできる。
【0019】
本発明の予測方法において、児のアレルギー疾患の発症リスクの指標となるmiRNAとしては、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p、hsa-miR-22-3p、hsa-miR-2392及びhsa-miR-6765-3p(以下、「本発明のmiRNA」ともいう。)が挙げられる。以下に、これらのmiRNAのヌクレオチド配列を示す(特にことわらない限り、本明細書においてヌクレオチド配列は、5’から3’方向に記載する)。
hsa-miR-200c-3p; uaauacugccggguaaugaugga(配列番号1)
hsa-miR-4286; accccacuccugguacc (配列番号2)
hsa-let-7a-5p; ugagguaguagguuguauaguu (配列番号3)
hsa-let-7b-5p; ugagguaguagguugugugguu (配列番号4)
hsa-let-7c-5p; ugagguaguagguuguaugguu (配列番号5)
hsa-miR-30d-5p; uguaaacauccccgacuggaag (配列番号6)
hsa-miR-22-3p; aagcugccaguugaagaacugu (配列番号7)
hsa-miR-2392; uaggaugggggugagaggug (配列番号8)
hsa-miR-6765-3p; ucaccuggcuggcccgcccag (配列番号9)
好ましくは、hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p及びhsa-miR-22-3pである。
【0020】
本発明の予測方法において測定対象となる本発明のmiRNAは、上記のうちの1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。2種以上を用いる場合、同一母乳中のそれらのmiRNA量を測定してもよいし、同一母体より異なる時期に採取した複数の母乳検体について、それぞれ1種ずつのmiNRAを測定することもできる。後者の場合、各時期において、高発症リスク群と低発症リスク群との間で測定値の差が顕著であるmiRNAを測定対象として選択することが好ましい。
【0021】
母乳から抽出したmiRNA含有画分中の本発明のmiRNAの測定方法としては、例えば、リアルタイムPCR、競合RT-PCR、マイクロアレイ解析、ノーザンブロット又はドットブロット解析等が挙げられる。好ましくは、リアルタイムPCR又はマイクロアレイ解析である。
【0022】
リアルタイムPCRは、蛍光試薬を用いて増幅量をリアルタイムでモニタリングする方法であり、サーマルサイクラーと分光蛍光光度計を一体化した装置を必要とする。このような装置は市販されている。用いる蛍光試薬によりいくつかの方法があり、例えば、インターカレンター法、TaqManTMプローブ法、Molecular Beacon法等が挙げられる。いずれも、miRNA含有画分から逆転写反応によりcDNAを合成した後に、本発明のmiRNAを特異的に増幅し得るプライマーとインターカレーター、TaqManTMプローブまたはMolecular Beaconプローブと呼ばれる蛍光試薬(プローブ)をそれぞれPCR反応系に添加するというものである。インターカレーターは合成された二本鎖DNAに結合して励起光の照射により蛍光を発するので、蛍光強度を測定することにより増幅産物の生成量をモニタリングすることができ、それによって元の鋳型cDNA量を推定することができる。TaqManTMプローブは両端を蛍光物質と消光物質をそれぞれで修飾した、標的核酸の増幅領域にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドであり、アニーリング時に標的核酸にハイブリダイズするが消光物質の存在により蛍光を発せず、伸長反応時にDNAポリメラーゼのエキソヌクレアーゼ活性により分解されて蛍光物質が遊離することにより蛍光を発する。従って、蛍光強度を測定することにより増幅産物の生成量をモニタリングすることができ、それによって元の鋳型cDNA量を推定することができる。Molecular Beaconプローブは両端を蛍光物質と消光物質をそれぞれで修飾した、標的核酸の増幅領域にハイブリダイズし得るとともにヘアピン型二次構造をとり得るオリゴヌクレオチドであり、ヘアピン構造をとっている時は消光物質の存在により蛍光を発せず、アニーリング時に標的核酸にハイブリダイズして蛍光物質と消光物質との距離が広がることにより蛍光を発する。従って、蛍光強度を測定することにより増幅産物の生成量をモニタリングすることができ、それによって元の鋳型cDNA量を推定することができる。
【0023】
競合PCRによる場合、本発明のmiRNAを特異的に増幅し得るプライマーに加えて、該プライマーで増幅でき、増幅後に標的miRNAの増幅産物と区別することができる(例えば、増幅サイズが異なる、制限酵素処理断片の泳動パターンが異なるなど)既知量のcompetitor核酸が用いられる。標的miRNAとcompetitor核酸とはプライマーを奪い合って増幅が競合的に起こるので、増幅産物の量比が元の鋳型の量比を反映することになる。competitor核酸はDNAでもRNAでもよい。DNAの場合、miRNA含有画分から逆転写反応によりcDNAを合成した後に、上記プライマーおよびcompetitorの共存下でPCRを行えばよく、RNAの場合は、miRNA含有画分にcompetitorを添加して逆転写反応を行い、さらに上記プライマーを添加してPCRを実施すればよい。
【0024】
本発明のmiRNAを特異的に増幅し得るプライマーとしては、例えば、配列番号1~9で表される各ヌクレオチド配列の5’末端側から12~20ヌクレオチドのヌクレオチド配列に対して相補的な配列を含むDNA(miRNA特異的フォーワードプライマー)が挙げられる。本発明における測定対象であるmiRNAは、わずか17~23ヌクレオチドからなるため、予め検体中のmiRNAの3’末端に、例えばpolyAポリメラーゼを用いてpolyAテイルを付加した後、オリゴdT配列の5’末端に適当な共通配列(タグ)を付加した(さらに3’末端に標的miRNAの3’末端から数ヌクレオチドの配列に相補的な配列を付加してもよい)DNAをプライマーとして逆転写反応を行い、標的miRNA-polyA-タグのcDNAを合成し、これを鋳型として、上記miRNA特異的フォーワードプライマーと、共通リバースプライマーとして該タグに相補的な配列を用いてPCRを行うことにより、標的miRNAを特異的に増幅することができる。尚、ここで「相補的」とは、必ずしも完全に相補的である必要はなく、プライマーが標的配列に特異的にアニーリングし得る限り、1乃至数個(例、1又は2個)のヌクレオチドでミスマッチを有していてもよい。本発明のmiRNAは約20ヌクレオチドからなるので、言い換えれば、配列番号1~9で表される各ヌクレオチド配列に対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相補性を有すれば、相補的な配列であるといえる。
【0025】
上記の各プライマーは、市販のDNA/RNA自動合成機等を用いて化学的に合成することによって得ることができる。
【0026】
マイクロアレイ解析による場合、例えば、miRNA含有画分から、逆転写反応によりT7プロモーター等のpol III系のプロモーターを導入したcDNAを合成し、さらにRNAポリメラーゼを用いてcRNAを合成する(この時ビオチンなどで標識したモノヌクレオチドを基質として用いることにより、標識されたcRNAが得られる)。あるいは、miRNAを直接標識して用いることもできる。
一方、配列番号1~9で表される各ヌクレオチド配列に相補的な配列を市販のDNA/RNA自動合成機等を用いて化学的に合成し、適当な固相(例、ガラス、シリコン、プラスチック、ニトロセルロース、ナイロン、ポリビニリデンジフロリド等)に固定化した固相化プローブを用意する。固定化手段としては、予め核酸にアミノ基、アルデヒド基、SH基、ビオチンなどの官能基を導入しておき、一方、固相上にも該核酸と反応し得る官能基(例:アルデヒド基、アミノ基、SH基、ストレプトアビジンなど)を導入し、両官能基間の共有結合で固相と核酸を架橋したり、ポリアニオン性の核酸に対して、固相をポリカチオンコーティングして静電結合を利用して核酸を固定化するなどの方法が挙げられるが、これらに限定されない。
上記標識されたcRNA又はmiRNAを、固相化プローブと接触させてハイブリダイゼーション反応させ、固相上の各プローブに結合した標識量を測定することにより、標的miRNAの発現量を測定することができる。当該方法は、測定する標的miNRAの数が多くなるほど、迅速性および簡便性の面で有利である。固相化プローブとしては、市販のmiRNA解析用マイクロアレイ(例、3D-Gene(登録商標)(東レ)、GeneChip(登録商標) miRNA Array(Affimetryx)等)を用いることもできる。
【0027】
ノーザンブロットまたはドットブロット解析による場合、標的miNRAの検出は、マイクロアレイ解析の場合と同様に各標的miRNAに対するプローブを合成し(この時ビオチンなどで標識したモノヌクレオチドを基質として用いることにより、標識されたプローブが得られる)、これを用いて実施することができる。即ち、ノーザンハイブリダイゼーションの場合は、miRNA含有画分をゲル電気泳動にて分離した後、ニトロセルロース、ナイロン、ポリビニリデンジフロリド等のメンブレンに転写し、緩衝液中で上記標識プローブとハイブリダイゼーション反応させた後、適当な方法でメンブレンに結合した標識量をバンド毎に測定することにより、各標的miRNAの発現量を測定することができる。ドットブロットの場合も、miRNA含有画分をスポットしたメンブレンを同様にハイブリダイゼーション反応に付し、各スポットの標識量を測定することにより、各標的miRNAの発現量を測定することができる。
【0028】
いずれのmiRNA測定法においても、内部標準として、いずれの母乳中においても、その発現量が出産後3カ月の間ほぼ一定に保たれるRNA、好ましくは小RNA分子の発現レベルを同時に測定し、該内部標準に対する相対発現量として、本発明のmiRNAの測定値を評価することが望ましい。そのような内部標準となり得る小RNA分子としては、例えば、hsa-miR-16-1-3p等のmiRNA、RNU44、RNU48、RNU24、U6 snRNA等のsnRNAや5S rRNAのrRNA等が挙げられる。好ましくはRNU44を内部標準として用いることもできる。以下に、RNU44のヌクレオチド配列を示す。
RNU44: ccuggaugaugauaagcaaaugcugacugaacaugaaggucuuaauuagcucuaacugacu
(配列番号10)
【0029】
母乳を摂取した児が、その後の追跡調査(少なくとも生後12か月まで)の結果、アレルギー疾患(例、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー)を発症した群(アレルギー群)と、発症しなかった群(健常群)とに分け、それらを学習セットとして、各群における、出産後0~3カ月の各時点で採取した母乳について、本発明のmiRNAの各々の発現量(好ましくは、内部標準に対する相対的発現量)を、上記のいずれかの測定法により測定する。ここでアレルギー群は、家族のアレルギー歴を問わない。また、健常群は、家族のアレルギー歴及び/又はアレルゲンの感作の有無を問わない。
例えば、各時点における健常群の標的miRNA発現量の平均値-標準誤差(SE)、好ましくは平均値-2SEをカットオフ値とし、被検母乳における標的miRNAの測定値がそれより低かった場合に、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。あるいは、n数が十分に大きい場合に、健常群における測定値の最小値が、アレルギー群における測定値の最大値より低い場合には、被検母乳における標的miRNAの測定値が、健常群における測定値の最小値より低いか、アレルギー群における測定値の最大値以下であれば、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。しかしながら、カットオフ値の決定はそれらに限定されず、自体公知のいかなる方法によっても決定することができる。
【0030】
後述の実施例1に示されるとおり、hsa-miR-200c-3pの母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後0~3カ月の間有意に低い。特に、出産後0~1カ月の間、顕著に低値である。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳中のhsa-miR-200c-3pの量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0031】
後述の実施例2に示されるとおり、hsa-miR-4286の母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後0~3カ月の間有意に低い。特に、出産後0~1カ月の間、顕著に低値である。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳中のhsa-miR-4286の量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0032】
後述の実施例3に示されるとおり、hsa-let-7a-5pの母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後0~3カ月の間有意に低い。特に、出産後0~1カ月の間、顕著に低値である。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳中のhsa-let-7a-5pの量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0033】
後述の実施例4に示されるとおり、hsa-let-7b-5pの母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後0~3カ月の間有意に低い。特に、出産後0~1カ月の間、顕著に低値である。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳中の、hsa-let-7b-5pの量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0034】
後述の実施例5に示されるとおり、hsa-let-7c-5pの母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後0~1カ月の間有意に低く、出産後3カ月でも低い傾向にある。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳中の、hsa-let-7c-5pの量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0035】
後述の実施例6に示されるとおり、hsa-miR-30d-5pの母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後1~3カ月の間有意に低い。また、出産後0カ月でも低い傾向にある。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後1~3カ月の母体より採取した母乳中のhsa-miR-30d-5pの量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0036】
後述の実施例7に示されるとおり、hsa-miR-22-3pの母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後0~1カ月の間有意に低く、出産後3カ月でも低い傾向にある。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳中のhsa-miR-22-3pの量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0037】
後述の実施例8に示されるとおり、hsa-miR-2392の母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後1カ月において有意に低く、出産後0カ月又は3カ月でも低い傾向にある。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後1カ月の母体より採取した母乳中のhsa-miR-2392の量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0038】
後述の実施例9に示されるとおり、hsa-miR-6765-3pの母乳中の発現レベルは、健常群と比較して、アレルギー群では、少なくとも出産後0~1カ月の間有意に低く、出産後3カ月でも低い傾向にある。従って、出産後0~3カ月、好ましくは出産後0~1カ月の母体より採取した母乳中のhsa-miR-6765-3pの量が、上記したいずれかのカットオフ値よりも低かった場合には、該母乳を摂取した児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測することができる。
【0039】
本発明はまた、上記した本発明の予測方法を実施するための試薬キット(以下、「本発明のキット」ともいう。)を提供する。本発明のキットは、少なくとも、本発明のmiRNAを検出するための、該miRNAの全部もしくは一部のヌクレオチド配列に相補的な配列を含む核酸を構成として含む。該核酸はストリンジェントな条件下で標的miRNAとハイブリダイズし得る限り、標的miRNAに対して完全相補的である必要はなく、1乃至数個(例、1もしくは2個)のヌクレオチドでミスマッチを含んでもよい(言い換えれば、標的miRNAに対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相補性を有していればよい)。また、該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、DNA/RNAキメラであってもよい。好ましくはDNAである。
【0040】
ノーザンブロットもしくはドットブロット解析でプローブとして用いられる核酸は、二本鎖であっても一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAハイブリッドでもよい。マイクロアレイ解析に用いられる核酸は、一本鎖DNAであることが好ましい。該核酸の長さは標的miRNAと特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、例えば約12塩基以上、好ましくは約15塩基以上である。該核酸は、標的miRNAの検出・定量を可能とするために、標識剤により標識されていることが好ましい。標識剤としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、例えば、〔32P〕、〔3H〕、〔14C〕などが用いられる。酵素としては、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えば、β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネートなどが用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが用いられる。さらに、プローブと標識剤との結合にビオチン-(ストレプト)アビジンを用いることもできる。一方、プローブとなる核酸を固相上に固定化する場合には、試料中のmiRNAを上記と同様の標識剤を用いて標識することができる。
【0041】
リアルタイムPCRや競合PCRでプライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドのセットとしては、各miRNAの5’末端側の約12塩基以上、好ましくは約15塩基以上のヌクレオチド配列と特異的にハイブリダイズすることができ、該miRNAの3’末端に付加されるタグ配列に相補的なユニバーサルプライマーと組み合わせて用いることにより、該miRNAを特異的に増幅することができるものであれば特に制限はない。
【0042】
これらのプローブ又はプライマー核酸は、乾燥した状態もしくはアルコール沈澱の状態で、固体として提供することもできるし、水もしくは適当な緩衝液(例:TE緩衝液等)中に溶解した状態で提供することもできる。標識プローブとして用いられる場合、該核酸は予め上記のいずれかの標識物質で標識した状態で提供することもできるし、標識物質とそれぞれ別個に提供され、用時標識して用いることもできる。あるいは、該核酸は、適当な固相に固定化された状態で提供することもできる。該固相及び固定化手段としては、マイクロアレイ解析の説明において前記したのと同様のものが挙げられる。
【0043】
本発明のキットは、プローブ又はプライマー核酸に加えて、標的miRNAの検出するための反応において必要な他の物質をさらに構成として含むことができる。例えば、標的miRNAを検出するための反応がPCRの場合、当該他の物質としては、例えば、反応緩衝液、dNTPs、耐熱性DNAポリメラーゼ等が挙げられる。競合PCRやリアルタイムPCRを用いる場合は、competitor核酸や蛍光試薬(上記インターカレーターや蛍光プローブ等)などをさらに含むことができる。
【0044】
本発明の予測方法により、被検母乳を摂取すると将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高いと予測された児に対して、生後3カ月以内という極めて早い時期から、アレルギー疾患の予防、アレルギー体質の改善のための措置を講ずることができる。そのような予防・改善措置としては、例えば、母乳を1年以上与える、離乳食(補完食)の開始を早くとも生後4か月以降(例、生後5~6か月)、補充を必要とする場合、低アレルゲン化ミルクを第一選択とする等が挙げられる。また、積極的にアレルギー検査(例、好酸球数、総IgE値、特的IgE抗体、HRT、ALST、パッチテスト等)を実施することもできる。
【0045】
miRNAを含む母乳中の成分は、母体の妊娠中の食生活をはじめとする生活習慣の影響を受けることが知られている。従って、母体の食習慣(特に経胎盤感作の始まる妊娠6か月以降の食習慣)と、出産後3カ月以内の母乳中の本発明のmiRNA量との相関を調べることにより、母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減もしくは増大させる食品化合物を同定することができる。
従って、本発明はまた、出産前に被検食品化合物を定期的に摂取した、出産後3カ月以内の母体より採取した母乳中の、本発明のmiRNAの1種以上の量を測定することを含む、母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減もしくは増大させる食品の同定方法(以下、「本発明の同定方法」ともいう。)を提供する。
【0046】
本発明の同定方法に供される被検食品化合物は特に制限されず、例えば、児のアレルギー体質の予防のために効果があるといわれている食品化合物や、逆に児をアレルギー体質に方向づけるおそれがあるといわれている食品化合物等が挙げられる。前者としては、例えば、乳酸菌、ビフィズス菌などのプロバイオティクス、オリゴ糖、ポリデキストロース、イヌリンなどのプレバイオティクス、多価不飽和脂肪酸、ビタミン類(例、ビタミンE、、ビタミンD、葉酸)、微量金属(例、セレン、鉄、亜鉛)、あるいはそれらの1種以上を豊富に含有する食品が挙げられる。
【0047】
好ましい一実施態様においては、妊娠6か月以降の妊婦を入院させて共通の病院食を摂取させるとともに、被検食品を定期的に摂取させた群と摂取させなかった群との間で、出産後0~3カ月の間で母乳中の本発明のmiRNAの量を、本発明の予測方法と同様の方法により測定し、評価することにより、出産後3カ月以内、好ましくは出産後0~1カ月の母乳中の該miRNAの量を増大もしくは低減させ得る食品、即ち、母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減もしくは増大させ得る食品化合物を同定することができる。
別の好ましい実施態様においては、出産後0~3か月、好ましくは出産後0~1か月の母親から問診により過去1か月の食事内容を調査するとともに、該母親の母乳中の本発明のmiRNAの量を、本発明の予測方法と同様の方法により測定し、評価することにより、出産後3カ月以内、好ましくは出産後0~1カ月の母乳中の該miRNAの量を増大もしくは低減させ得る食品、即ち、母乳を摂取した児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減もしくは増大させ得る食品を同定することができる。問診は、例えば、簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて行うことができる。
【0048】
本発明の同定方法により、児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減すると同定された食品化合物を、妊婦に積極的に摂取させることにより、及び/又は、児におけるアレルギー疾患の発症リスクを増大させると同定された食品を、妊婦に(多量に)摂取させないように指導することにより、胎児がアレルギー体質になることを予防することができる。また、出産後であっても、アレルギー疾患の発症リスクを低減すると同定された食品化合物は、例えば、搾母乳やミルクに添加したり、離乳食に配合したりして、乳幼児に補助的に摂取させることにより、児のアレルギー体質の改善に寄与し得る可能性がある。
【0049】
後述の実施例に示されるように、出産前にカロテノイドを多量に摂取していた母親の出産後0か月の母乳中には、本発明のmiRNAが豊富に含まれ得る。従って、妊婦にカロテノイドを積極的に摂取させることにより、胎児がアレルギー体質になることを予防することができる。
従って、本発明はまた、カロテノイドを有効成分として含有する、母乳中の本発明のmiRNAの量を増加させる、母乳改質剤を提供する。
カロテノイドとしては、特に限定されないが、例えばカロテン類やキサントフィル類が挙げられる。カロテン類としては、好ましくはα-カロテン又はβ-カロテンが挙げられ、キサントフィル類としては、好ましくはクリプトキサンチンが挙げられる。カロテノイドは、食品添加物として許容される任意の誘導体を含み得る。
【0050】
カロテノイドは、そのまま、あるいは医薬上もしくは食品加工上許容される担体とともに製剤化して経口的に周産期の母親に投与することができる。
本発明の母乳改質剤が医薬組成物として提供される場合、カロテノイドと医薬上許容される担体とを混合し、例えば、錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、散剤、顆粒剤、カプセル剤(ソフトカプセルを含む)、口腔内崩壊錠、液剤、乳剤等の剤形に製剤化することができる。本発明の母乳改質剤の製造に用いられてもよい医薬上許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が挙げられ、例えば、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、水溶性高分子、塩基性無機塩;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また、必要に応じて、通常の防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、酸味剤、発泡剤、香料等の添加物を用いることもできる。
【0051】
本発明の母乳改質剤が食品組成物として提供される場合、有効成分であるカロテノイドを食品に添加して製造することができる。
【0052】
本発明の母乳改質剤が食品組成物として提供される場合、該食品は、児のアレルギー体質の予防のために用いられる旨の表示を付して販売することができる。ここで「表示」とは、需要者に対して上記用途を知らしめるための全ての行為を意味し、上記用途を想起・類推させうるような表示であれば、表示の目的、表示の内容、表示する対象物・媒体等の如何に拘わらず、すべて本発明における「表示」に該当する。しかしながら、需要者が上記用途を直接的に認識できるような表現により表示することが好ましい。具体的には、本発明の食品に係る商品又は商品の包装に上記用途を記載する行為、商品又は商品の包装に上記用途を記載したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸入する行為、商品に関する広告、価格表若しくは取引書類に上記用途を記載して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に上記用途を記載して電磁気的(インターネット等)方法により提供する行為、等が例示できる。
【0053】
一方、表示としては、行政等によって認可された表示(例えば、行政が定める各種制度に基づいて認可を受け、そのような認可に基づいた態様で行う表示)であることが好ましく、特に包装、容器、カタログ、パンフレット、POP等の販売現場における宣伝材、その他の書類等への表示が好ましい。
【0054】
また、例えば、健康食品、機能性食品、経腸栄養食品、特別用途食品、栄養機能食品、医薬用部外品等としての表示を例示することができ、その他厚生労働省によって認可される表示、例えば、特定保健用食品、これに類似する制度にて認可される表示を例示できる。後者の例としては、特定保健用食品としての表示、条件付き特定保健用食品としての表示、身体の構造や機能に影響を与える旨の表示、疾病リスク低減表示等を例示することができ、詳細にいえば、健康増進法施行規則(平成15年4月30日日本国厚生労働省令第86号)に定められた特定保健用食品としての表示(特に保健の用途の表示)、及びこれに類する表示が、典型的な例として挙げられる。
【0055】
本発明の母乳改質剤の投与(摂取)量は特に制限はないが、例えば、βカロテン当量として3~20 mg/日、好ましくは4~15 mg/日、より好ましくは5~10 mg/日であり、これを1日一回、又は数回に分けて投与(摂取)することができる。
【0056】
後述の実施例に示されるように、カロテノイド以外にも、ビタミンC、ビタミンB、食物繊維、マンガン、カリウム等を多量に摂取していた母親の出産後0か月の母乳中には、1以上の本発明のmiRNAが豊富に含まれ得る。従って、本発明の母乳改質剤には、カロテノイドに加えて、ビタミンC、ビタミンB、食物繊維、マンガン及びカリウムからなる群より選択される1以上の栄養素を、他の活性成分として配合することができる。
【0057】
後述の実施例に示されるように、本発明のmiRNAは、上皮バリアに関連するmRNA群を標的とする。従って、カロテノイドや上記他の活性成分は、母乳中の本発明のmiRNA量を増加させることを通じて、児の腸管バリア機能を改善する効果を奏することが期待される。即ち、本発明の母乳改質剤は、それを投与された(摂取した)母親から授乳された児の腸管バリア機能改善剤として作用すると考えられる。
【0058】
上述のように、生後3カ月以内、好ましくは生後0~1カ月の間に、母乳を介して本発明のmiRNAを十分に摂取できなかった児は、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高い。このことは、その母乳を摂取すれば将来的にアレルギー疾患を発症するリスクが高い児に対して、これらのmiRNAを母乳以外から、あるいは搾母乳に添加して投与することにより、該児におけるアレルギー疾患の発症リスクを低減(即ち、アレルギー体質を改善)し得ることを強く示唆している。
従って、本発明はまた、本発明のmiRNA及び非ヒト哺乳動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上のmiRNA又はその前駆体を含有してなる、アレルギー体質の予防又は改善剤(以下、「本発明の予防・改善剤」ともいう。)を提供する。
【0059】
本発明の予防・改善剤の有効成分である本発明のmiRNAとしては、上記配列番号1~9で表されるヌクレオチド配列からなる野生型miRNAだけでなく、ヒト細胞の生理的な条件下において該miRNAの標的mRNAに特異的にハイブリダイズし得る限り、1乃至数個(例、1もしくは2個)のヌクレオチドが野生型とは異なる(言い換えれば、標的miRNAに対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有する)変異型miRNAであってもよい。また、該有効成分は、本発明のmiRNAの非ヒト哺乳動物(例、ウシ、ヤギ、マウス、ラット、サル等)におけるそれらのオルソログであってもよい。さらには、生体内で代謝されて本発明のmiRNA又はその非ヒト哺乳動物オルソログを生成するそれらの前駆体であってもよい。そのような前駆体としては、ヒト体内のdicerによってプロセシングされ、成熟miNRAを生成するpre-miRNAが挙げられる。該非ヒト哺乳動物オルソログやpre-miRNAのヌクレオチド配列情報は、例えば公共に利用可能なデータベースmiRBaseから入手することができる。
【0060】
本発明の予防・改善剤の有効成分である核酸(オリゴRNA)は、それらの配列情報に基づいて、DNA/RNA自動合成機を用いて化学的に合成することができる。あるいは、当該RNAをコードするDNAを同様に合成し、例えばT7プロモーター等のpol III系プロモーターを含む発現ベクターに挿入し、インビトロ転写系を用いて転写させることにより、目的のオリゴRNAを生化学的に大量に合成することもできる。あるいは、例えばウシ生乳由来のエクソソーム中に高発現しているmiRNAトップ25の中には、let-7a、let-7b、let-7c、miR-200c及びmiR-30dが含まれることから、牛乳から単離したエクソソームをオリゴRNAの混合物として、本発明の予防・改善剤に利用することもできる。エクソソーム中のmiRNAは分解抵抗性が高いことが知られているので、スキムミルクをオリゴRNAの混合物として、本発明の予防・改善剤に利用することもできる。
【0061】
上記のようにして得られたオリゴRNAは、そのまま、あるいは医薬上もしくは食品加工上許容される担体とともに製剤化して経口的に児に投与することができる。
本発明の予防・改善剤が医薬組成物として提供される場合、上記オリゴRNAと医薬上許容される担体とを混合し、例えば、錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、散剤、顆粒剤、カプセル剤(ソフトカプセルを含む)、口腔内崩壊錠、液剤、乳剤等の剤形に製剤化することができる。本発明の予防・改善剤の製造に用いられてもよい医薬上許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が挙げられ、例えば、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、水溶性高分子、塩基性無機塩;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また、必要に応じて、通常の防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、酸味剤、発泡剤、香料等の添加物を用いることもできる。
【0062】
上記オリゴRNAは、例えば、賦形剤、崩壊剤、結合剤又は滑沢剤等の担体を添加して圧縮成形し、次いで必要により、味のマスキング、腸溶性あるいは持続性の目的のため自体公知の方法でコーティングすることにより経口投与製剤とすることができる。腸溶性製剤とする場合、腸溶層と薬剤含有層との間に両層の分離を目的として、自体公知の方法により中間層を設けることもできる。
【0063】
本発明の予防・改善剤が食品組成物として提供される場合、有効成分であるオリゴRNAを、乳児用食品又は幼児用食品、例えば、調製乳類(例、乳児用調製乳、低出生体重児用調製乳、フォローアップミルクなどや、アレルギー疾患用調製乳、無乳糖乳、先天性代謝異常症用の特殊乳など、又はこれらの粉乳)、母乳又は調製粉乳に添加する粉末、ベビーフードなどに添加して製造することができる。あるいは、該オリゴRNAを、経腸栄養剤、濃厚流動食等の流動食、栄養補助食品等の成人用食品に添加して製造することができる。
【0064】
有効成分であるオリゴRNAは、消化管中のヌクレアーゼにより分解され、腸管粘膜までインタクトな状態で到達しにくい場合があり得るので、該オリゴRNAを、例えば、エクソソームや公知のリポソーム中に内包させて食品中に配合することで、分解を抑制することが可能である。
【0065】
本発明の予防・改善剤が食品組成物として提供される場合、該食品は、アレルギー体質の改善のために用いられる旨の表示を付して販売することができる。ここで「表示」とは、上記本発明の母乳改質剤の場合と同義であり、本発明の母乳改質剤について例示された「表示」の実施態様が同様に例示される。
【0066】
本発明の予防・改善剤の投与(摂取)量は特に制限はないが、オリゴRNA量として、例えば、5 μg~120 mg/日、好ましくは10 μg~120 mg/日、より好ましくは25 μg~120mg/日であり、これを1日一回、又は数回に分けて投与(摂取)することができる。
【0067】
本発明の予防・改善剤の投与(摂取)時期は特に制限されないが、本発明のmiRNAがアレルギー疾患の発症リスクの低減(アレルギー体質の改善)に最も寄与し得るのは、母乳中で該miRNAの発現量が高値を示す生後3カ月以内であると考えられるので、好ましい実施態様においては、本発明の予防・改善剤は、新生児ないし幼児に対して投与(摂取)される。
【0068】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の単なる例示にすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0069】
母子栄養環境と乳幼児アレルギー疾患の関係解析
出産後の1、3、6、9、12カ月検診時に乳幼児のアレルギー症状の有無、母子の食事環境をアンケートにて調査した。母乳中成分について、miRNAを測定し、東レ(株)の3D-Gene(登録商標)にて解析を行った。
本実施例において、健常群(将来的にアレルギー体質になりにくい群)とは、グループ1:家族のアレルギー歴なし・感作なし・アレルギー発症なし、グループ2:家族のアレルギー歴あり・感作なし・アレルギー発症なし、グループ3:家族のアレルギー歴なし・感作あり・アレルギー発症なし、の計3グループを含む。
本発明において、アレルギー群(将来的にアレルギー体質になりやすい群)とは、グループ4:家族のアレルギー歴なし・感作あり・アレルギー発症あり、グループ5:家族のアレルギー歴あり・感作あり・アレルギー発症あり(アトピー性皮膚炎)、グループ6:家族のアレルギー歴あり・感作あり・アレルギー発症あり(食物アレルギー)、の計3グループを含む。
【参考例1】
【0070】
母乳中のRNU44(内部標準)の発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のRNU44の発現量を
図1に示す。RNU44は内部標準であり、いずれの臓器でもほぼ一定と考えられているmiRNAである。健常群及びアレルギー群において、出産後のどの時期でもほぼ一定で、Normalized valueは約50~70であった。
【実施例1】
【0071】
母乳中のhsa-miR-200c-3pの発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-miR-200c-3pの母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図2に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約10~25であり、出産後1カ月では約10~20であるが、出産後3カ月では約0~10に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~10を推移した。
【実施例2】
【0072】
母乳中のhsa-miR-4286の発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-miR-4286の母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図3に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約50~100であり、出産後1カ月では約25~55であるが、出産後3カ月では約10~30に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~25を推移した。
【実施例3】
【0073】
母乳中のhsa-let-7a-5pの発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-let-7a-5pの母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図4に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約5~20であり、出産後1カ月では約5~20であるが、出産後3カ月では約0~10に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~5を推移した。
【実施例4】
【0074】
母乳中のhsa-let-7b-5pの発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-let-7b-5pの母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図5に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約10~20であり、出産後1カ月では約10~25であるが、出産後3カ月では約0~10に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~10を推移した。
【実施例5】
【0075】
母乳中のhsa-let-7c-5pの発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-let-7c-5pの母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図6に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約10~20であり、出産後1カ月では約10~30であり、出産後3カ月では約0~10に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~10を推移した。
【実施例6】
【0076】
母乳中のhsa-miR-30d-5pの発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-miR-30d-5pの母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図7に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約5~15であり、出産後1カ月では約10~20であるが、出産後3カ月では約5~15に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~10を推移した。
【実施例7】
【0077】
母乳中のhsa-miR-22-3pの発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-miR-22-3pの母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図8に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約5~20であり、出産後1カ月では約10~30であるが、出産後3カ月では約5~20に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~10を推移した。
【実施例8】
【0078】
母乳中のhsa-miR-2392の発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-miR-2392の母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図9に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約50~200であるが、出産後1カ月では約100~400であり、出産後3カ月では約0~200に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~50を推移した。
【実施例9】
【0079】
母乳中のhsa-miR-6765-3pの発現量
出産後の退院時(0カ月)、1カ月、3カ月のhsa-miR-6765-3pの母乳中の発現レベル(RNU44(内部標準)に対する相対比率)を
図10に示す。健常群の場合、出産後0カ月では約30~70であり、出産後1カ月では約50~150であるが、出産後3カ月では約30~70に低下した。一方、アレルギー群の場合、出産後0~3カ月を通して約0~50を推移した。
【0080】
以上の結果より、上記のmiRNAはいずれも、アレルギー発症前である生後0~1カ月の時点から、その母乳を摂取した児が、将来的にアレルギー疾患を発症するリスクを予測し得る早期診断マーカーとして利用可能であることが明らかとなった。
【実施例10】
【0081】
母乳中のhsa-miR-200c-3pと食事との相関
簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて、出産後0か月の母親が過去1か月に摂取した栄養素の量を算出し、各栄養素の摂取量と母乳中のhsa-miR-200c-3pの発現量との相関を調べた。相関係数の絶対値が0.4より大きいか、もしくはp値が0.05未満であった栄養素を表1にまとめた。
【0082】
【実施例11】
【0083】
母乳中のhsa-miR-4286と食事との相関
簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて、出産後0か月の母親が過去1か月に摂取した栄養素の量を算出し、各栄養素の摂取量と母乳中のhsa-miR-4286の発現量との相関を調べた。相関係数の絶対値が0.4より大きいか、もしくはp値が0.05未満であった栄養素を表2にまとめた。
【0084】
【実施例12】
【0085】
母乳中のhsa-let-7a-5pと食事との相関
簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて、出産後0か月の母親が過去1か月に摂取した栄養素の量を算出し、各栄養素の摂取量と母乳中のhsa-let-7a-5pの発現量との相関を調べた。相関係数の絶対値が0.4より大きいか、もしくはp値が0.05未満であった栄養素を表3にまとめた。
【0086】
【実施例13】
【0087】
母乳中のhsa-let-7b-5pと食事との相関
簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて、出産後0か月の母親が過去1か月に摂取した栄養素の量を算出し、各栄養素の摂取量と母乳中のhsa-let-7b-5pの発現量との相関を調べた。相関係数の絶対値が0.4より大きいか、もしくはp値が0.05未満であった栄養素を表4にまとめた。
【0088】
【実施例14】
【0089】
母乳中のhsa-let-7c-5pと食事との相関
簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて、出産後0か月の母親が過去1か月に摂取した栄養素の量を算出し、各栄養素の摂取量と母乳中のhsa-let-7c-5pの発現量との相関を調べた。相関係数の絶対値が0.4より大きいか、もしくはp値が0.05未満であった栄養素を表5にまとめた。
【0090】
【実施例15】
【0091】
母乳中のhsa-30d-5pと食事との相関
簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて、出産後0か月の母親が過去1か月に摂取した栄養素の量を算出し、各栄養素の摂取量と母乳中のhsa-30d-5pの発現量との相関を調べた。相関係数の絶対値が0.4より大きいか、もしくはp値が0.05未満であった栄養素を表6にまとめた。
【0092】
【実施例16】
【0093】
母乳中のhsa-22-3pと食事との相関
簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いて、出産後0か月の母親が過去1か月に摂取した栄養素の量を算出し、各栄養素の摂取量と母乳中のhsa-22-3pの発現量との相関を調べた。相関係数の絶対値が0.4より大きいか、もしくはp値が0.05未満であった栄養素を表7にまとめた。
【0094】
【0095】
以上のように、調べたすべてのmiRNAに関し、母親のカロテノイドの摂取量と母乳中のmiRNA発現量との間に正の相関が認められた。興味深いことに、カロテノイドはプロビタミンAとして知られるが、ビタミンAの1種であるレチノールは、hsa-miR-4286と負の相関を示し、他のmiRNAとは相関は認められなかった。
【実施例17】
【0096】
母親のα-カロテン摂取量と児のアレルギー発症との関係
実施例10~16において、母乳中のmiRNA発現量と特に高い相関係数を示したα-カロテンについて、出産後0か月の母親の過去1か月の1日当たりのα-カロテン摂取量と、児のアレルギー発症との関係を調べた。その結果、アレルギー群に比べて、非アレルギー群では、母親のα-カロテン摂取量が有意に高値であった(
図11)。このことから、α-カロテンをはじめとするカロテノイド類は、母乳中のmiRNA量を増加させることを通じて、児のアレルギー体質の予防に寄与することが示唆された。
【実施例18】
【0097】
本発明のmiRNAの機能解析
hsa-miR-200c-3p、hsa-miR-4286、hsa-let-7a-5p、hsa-let-7b-5p、hsa-let-7c-5p、hsa-miR-30d-5p及びhsa-miR-22-3pのそれぞれについて、バイオインフォマティクス解析により、標的となるmRNAの機能を解析した結果、いずれも上皮バリアに関連する遺伝子群を標的とすることが見出された。従って、これらのmiRNAは、母乳を介して児の腸管バリア機能を改善することにより、アレルギーの発症を予防している可能性が強く示唆された。
【0098】
本発明を好ましい態様を強調して説明してきたが、好ましい態様が変更され得ることは当業者にとって自明である。
【0099】
ここで述べられた特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0100】
この出願は、2017年9月21日付で日本国に出願された特願2017-181786を基礎としており、ここで言及することにより、その内容はすべて本出願に包含されるものである。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明は、母乳中の特定のmiRNAを測定することにより、従来知られていなかった児のアレルギー体質を早期に発見する方法を明らかにした。当該方法は、児の生活・食事の指導を含むアレルギー体質の改善に向けた早期の予防的介入を可能にするものであると同時に、創薬・機能性食品などの開発ターゲットを提供するという点でも、産業上きわめて有用である。
【配列表】