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特許7245844抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬
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  • 特許-抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬 図1
  • 特許-抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-15
(45)【発行日】2023-03-24
(54)【発明の名称】抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/36 20060101AFI20230316BHJP
   A61P 25/02 20060101ALI20230316BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230316BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230316BHJP
   A61K 31/282 20060101ALI20230316BHJP
【FI】
A61K38/36 ZNA
A61P25/02
A61P35/00
A61P43/00 121
A61K31/282
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020549413
(86)(22)【出願日】2019-09-27
(86)【国際出願番号】 JP2019038066
(87)【国際公開番号】W WO2020067389
(87)【国際公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-03-16
(31)【優先権主張番号】P 2018183447
(32)【優先日】2018-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】303046299
【氏名又は名称】旭化成ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】酒井 拓己
(72)【発明者】
【氏名】草川 元一
(72)【発明者】
【氏名】内田 雄吾
【審査官】参鍋 祐子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-095652(JP,A)
【文献】医薬品インタビューフォーム オキサリプラチン点滴静注液50mg「サワイ」 オキサリプラチン点滴静注液,2014年12月,pp.1-29,特に、第10、19、20頁
【文献】MOLL, S. et al.,Phase I study of a novel recombinant human soluble thrombomodulin, ART-123,Journal of Thrombosis and Haemostasis,2004年,Vol.2,pp.1745-1751,ISSN:1528-7933, 特に、アブストラクト、図1、3、第1745頁右欄「Introduction」欄第1段、第1748
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
A61K 31/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者における抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬であって、前記抗悪性腫瘍治療は、1日目にオキサリプラチンをヒト癌患者に静脈内投与し、その後少なくとも13日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療であり、前記抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にヒト可溶性トロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回静脈内投与するための、ヒト可溶性トロンボモジュリンを有効成分として含有する該医薬。
【請求項2】
前記抗悪性腫瘍治療におけるオキサリプラチン総投与量の低減を抑制するための請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
前記サイクルの1日目にオキサリプラチン50~150mg/m 2 (体表面積)が投与される、請求項1又は2に記載の医薬。
【請求項4】
オキサリプラチンがFOLFOX療法により投与される請求項1~3のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項5】
オキサリプラチンの投与開始前に前記ヒト可溶性トロンボモジュリン投与が開始される、請求項1~4のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項6】
大腸癌、膵癌、及び胃癌からなる群より選択される1種以上の癌を患った癌患者に投与される請求項1~5のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項7】
末梢神経障害が、末梢性運動神経障害又は末梢性感覚神経障害である請求項1~6のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項8】
前記抗悪性腫瘍治療が少なくとも6サイクル繰り返される請求項1~7のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項9】
前記ヒト可溶性トロンボモジュリンが、下記(i-1)又は(i-2)のいずれかのアミノ酸配列をコードするDNAを宿主細胞にトランスフェクトして調製された形質転換細胞より取得されるペプチド(但し、(i-2)のアミノ酸配列をコードするDNAより取得されるペプチドである場合、該ペプチドはトロンボモジュリン活性を有する)である請求項1~のいずれか1項に記載の医薬;
(i-1)配列番号1又は配列番号3のいずれかに記載のアミノ酸配列、又は
(i-2)上記(i-1)のアミノ酸配列の1つ又は複数のアミノ酸が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列。
【請求項10】
前記ヒト可溶性トロンボモジュリンが、下記(i-1)又は(i-2)のいずれかのアミノ酸配列を含むペプチドであって、該ペプチドがトロンボモジュリン活性を有するペプチドである請求項1~のいずれか1項に記載の医薬;
(i-1)配列番号1又は配列番号3のいずれかに記載のアミノ酸配列における第19~516位のアミノ酸配列、又は
(i-2)上記(i-1)のアミノ酸配列の1つ又は複数のアミノ酸が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列。
【請求項11】
前記ヒト可溶性トロンボモジュリンがトロンボモデュリン アルファ(遺伝子組換え)である請求項1~のいずれか1項に記載の医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害に対して症状軽減及び/又は発症抑制効果を有する医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
癌(悪性腫瘍)の治療においては、外科手術、放射線治療、化学療法がそれぞれ単独又は併用で適宜用いられている。このうち、癌化学療法で用いられる抗悪性腫瘍剤は、細胞毒性、細胞障害性を有するものであり、癌細胞だけでなく正常細胞をも傷害することによる副作用が発生する。
【0003】
抗悪性腫瘍剤による主な副作用としては、血液毒性、消化器障害、末梢神経障害が挙げられる。抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害は、激痛や焼けるような痛み等の疼痛、四肢末端のしびれ、低温刺激に対する過敏等の知覚異常、感覚消失や感覚麻痺等の感覚異常、知覚性運動失調、筋力の低下等が症状として発現する。これらの末梢神経障害を誘発しやすい抗悪性腫瘍剤として、オキサリプラチンが挙げられる(非特許文献1)。
【0004】
現在、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害に有効な予防法及び治療法は確立されていない。また、日本国内外で抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の発症抑制及び治療の適応を有する医薬品は存在しない。オキサリプラチンの末梢神経障害に対しては、カルシウム/マグネシウム静脈内投与やグルタチオンの有用性が報告されているが、癌化学療法の煩雑化や大量投与が必要である等の理由でほとんど用いられていない。また、実際の臨床現場では、理学療法、マッサージや鍼などの補完療法、及びステロイド、抗うつ薬、抗てんかん薬、オピオイド、漢方薬(牛車腎気丸)などの薬物療法の組み合わせにより、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の対処を余儀なくされているが、これらの治療法は有効性が立証されておらず、それ自体に副作用があることも少なくない(非特許文献1、2)。日本国外では、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の予防と治療に関するガイドラインが発表されている(非特許文献3)。治療薬として推奨されているのはデュロキセチンのみであり、発症抑制薬として推奨されたものはない。
【0005】
一方、トロンボモジュリンは、トロンビンと特異的に結合しトロンビンの血液凝固活性を阻害すると同時にトロンビンのプロテインC活性化能を著しく促進する作用を有する物質として知られ、強力な血液凝固阻害作用を有することが知られている(非特許文献4)。ヒト可溶性トロンボモジュリンを有効成分とする汎発性血管内血液凝固症(DIC)に対する治療薬が、日本においてリコモジュリン(登録商標)として医薬品としての承認を受けている(非特許文献4)。その他、トロンボモジュリンの用途として、重症敗血症、肝臓障害、造血細胞移植に伴う疼痛が記載されている(特許文献2~4)。また、トロンボモジュリンの用途として、抗癌剤に起因する末梢性神経障害性疼痛が記載されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2013/073545号公報
【文献】特開平8-3065号公報
【文献】特開2011-178687号公報
【文献】WO2013/179910号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】日薬理誌,2010,136:275-279
【文献】EMBO Journal,1987,6:1891-1897
【文献】JOURNAL OF CLINICAL ONCOLOGY, 2014, Hershman et al, Prevention and Management of Chemotherapy-Induced Peripheral Neuropathy in Survivors of Adult Cancers:American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline
【文献】リコモジュリン(登録商標)添付文書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者において、前記治療における抗悪性腫瘍剤の投与により誘発される末梢神経障害に対してその症状軽減及び/又は発症抑制効果を有する、有効かつ安全な医薬を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
トロンボモジュリンが、抗癌剤に起因する末梢性神経障害性疼痛に対して効果があることは公知である(特許文献4)。しかしながら、前記特許文献4では、抗癌剤を複数回投与して末梢神経障害を発症させるラットモデルを用い、7日間連日のトロンボモジュリン腹腔内投与が抗癌剤に起因する末梢性神経障害性疼痛に対して効果があったことを定性的に記載しているに過ぎない。また、前記特許文献4では、各クールの抗癌剤投与直前、投与中、及び投与直後の3回、TMD123(例えばリコモジュリン(登録商標))を投与することが例示的に記載されている。さらには、トロンボモジュリンの投与回数に関する一般的な記載はあるものの、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリンを1サイクルあたり1回投与することについては一切記載が無い。その他、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者において、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の発症を抑制するためにトロンボモジュリンをどのような用法用量でヒト癌患者に投与すれば有効かつ安全に投与可能であったかを示す情報は一切報告されていない。
【0010】
本発明者らは、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者において生ずる末梢神経障害を、有効かつ安全に末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制するとの前記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、意外にも、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回投与することにより、前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち。本発明としては、以下のものが挙げられる。
〔1〕オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者における抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬であって、前記抗悪性腫瘍治療は、オキサリプラチンをヒト癌患者に静脈内投与し、その後休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療であり、前記抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回静脈内投与するための、トロンボモジュリンを有効成分として含有する該医薬。
〔1-2〕オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者における抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬であって、前記抗悪性腫瘍治療は、オキサリプラチンをヒト癌患者に1~6回静脈内投与し、その後少なくとも6日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療であり、前記抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回静脈内投与するための、トロンボモジュリンを有効成分として含有する前記〔1〕に記載の医薬。
〔1-3〕前記抗悪性腫瘍治療におけるサイクルの回数が1~12回である前記〔1〕に記載の医薬。
〔1-4〕前記抗悪性腫瘍治療におけるサイクルの回数が少なくとも8回である前記〔1〕又は〔1-2〕に記載の医薬。
〔1-5〕前記抗悪性腫瘍治療におけるサイクルの回数が少なくとも12回である前記〔1〕又は〔1-2〕に記載の医薬。
〔1-6〕オキサリプラチンをヒト癌患者に静脈内投与し、その後休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療において、オキサリプラチンによる末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬であって、治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回静脈内投与するためのトロンボモジュリンを有効成分として含有する該医薬。
〔2〕前記抗悪性腫瘍治療におけるオキサリプラチン総投与量の低減を抑制するための前記〔1〕~〔1-6〕のいずれかに記載の医薬。
なお、上記〔1〕~〔1-6〕のように引用する項番号が範囲で示され、その範囲内に〔1-2〕等の枝番号を有する項が配置されている場合には、〔1-2〕等の枝番号を有する項も引用されることを意味する。以下においても同様である。
〔3〕前記オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療が、オキサリプラチン50~150mg/m(体表面積)を1日1回1~3日間ヒト癌患者に静脈内投与し、その後少なくとも13日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療である前記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬。
〔3-2〕前記オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療が、オキサリプラチン50~150mg/m(体表面積)を1日1回1日間ヒト癌患者に静脈内投与し、その後13~24日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療である前記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬。
〔3-3〕前記オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療が、オキサリプラチン80~140mg/m(体表面積)を1日1回1日間ヒト癌患者に静脈内投与し、その後少なくとも13日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療である前記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬。
〔3-4〕前記オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療が、オキサリプラチン80~90mg/m(体表面積)を1日1回1日間ヒト癌患者に静脈内投与し、その後少なくとも13日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療である前記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬。
〔3-5〕前記オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療が、オキサリプラチン120~140mg/m(体表面積)を1日1回1日間ヒト癌患者に静脈内投与し、その後少なくとも20日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療である前記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬。
〔3-6〕前記抗悪性腫瘍治療におけるサイクルの回数が1~12回である前記〔3〕~〔3-5〕のいずれかに記載の医薬。
〔3-7〕前記抗悪性腫瘍治療におけるサイクルの回数が少なくとも8回である前記〔3〕~〔3-5〕のいずれかに記載の医薬。
〔3-8〕前記抗悪性腫瘍治療におけるサイクルの回数が少なくとも12回である前記〔3〕~〔3-5〕のいずれかに記載の医薬。
〔4〕オキサリプラチンがFOLFOX療法により投与される前記〔1〕~〔3-4〕、〔3-6〕、又は〔3-7〕のいずれかに記載の医薬。
〔5〕オキサリプラチンの投与開始前に前記トロンボモジュリン投与が開始される、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の医薬。
〔5-2〕オキサリプラチンの投与開始の30分~3時間前に前記トロンボモジュリン投与が開始される、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の医薬。
〔6〕大腸癌、膵癌、及び胃癌からなる群より選択される1種以上の癌を患った癌患者に投与される前記〔1〕~〔5-2〕のいずれかに記載の医薬。
〔7〕末梢神経障害が、末梢性運動神経障害又は末梢性感覚神経障害である前記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の医薬。
〔8〕前記トロンボモジュリンが可溶性トロンボモジュリンである前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の医薬。
〔9〕前記トロンボモジュリンがヒトトロンボモジュリンである前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の医薬。
〔10〕前記トロンボモジュリンが、下記(i-1)又は(i-2)のいずれかのアミノ酸配列をコードするDNAを宿主細胞にトランスフェクトして調製された形質転換細胞より取得されるペプチド(但し、(i-2)のアミノ酸配列をコードするDNAより取得されるペプチドである場合、該ペプチドはトロンボモジュリン活性を有する)である前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の医薬;
(i-1)配列番号1又は配列番号3のいずれかに記載のアミノ酸配列、又は
(i-2)上記(i-1)のアミノ酸配列の1つ又は複数のアミノ酸が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列。
〔10-2〕前記トロンボモジュリンが、下記(i-1)のアミノ酸配列をコードするDNAを宿主細胞にトランスフェクトして調製された形質転換細胞より取得されるペプチドである前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の医薬;
(i-1)配列番号1又は配列番号3のいずれかに記載のアミノ酸配列。
〔11〕前記トロンボモジュリンが、下記(i-1)又は(i-2)のいずれかのアミノ酸配列を含むペプチドであって、該ペプチドがトロンボモジュリン活性を有するペプチドである前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の医薬;
(i-1)配列番号1又は配列番号3のいずれかに記載のアミノ酸配列における第19~516位のアミノ酸配列、又は
(i-2)上記(i-1)のアミノ酸配列の1つ又は複数のアミノ酸が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列。
〔11-2〕前記トロンボモジュリンが、下記(i-1)のアミノ酸配列を含むペプチドであって、該ペプチドがトロンボモジュリン活性を有するペプチドである前記〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の医薬;
(i-1)配列番号1又は配列番号3のいずれかに記載のアミノ酸配列における第19~516位のアミノ酸配列。
〔12〕前記トロンボモジュリンがトロンボモデュリン アルファ(遺伝子組換え)である前記〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の医薬。
〔13〕オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者における抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための医薬を製造するためのトロンボモジュリンの使用であって、前記抗悪性腫瘍治療は、オキサリプラチンをヒト癌患者に静脈内投与し、その後休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療であり、前記抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回静脈内投与するための、該使用。
〔13-2〕上記〔1〕~〔12〕に記載の特徴を有する上記〔13〕に記載の使用。
〔14〕オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者における抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のためのトロンボモジュリンであって、前記抗悪性腫瘍治療は、オキサリプラチンをヒト癌患者に静脈内投与し、その後休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療であり、前記抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回静脈内投与するための、該トロンボモジュリン。
〔14-2〕上記〔1〕~〔12〕に記載の特徴を有する上記〔14〕に記載のトロンボモジュリン。
〔15〕オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者における抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制のための方法であって、トロンボモジュリンをヒト癌患者に投与する工程を含む該方法であって、前記抗悪性腫瘍治療は、オキサリプラチンをヒト癌患者に静脈内投与し、その後休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療であり、前記抗悪性腫瘍治療の各サイクルの初日にトロンボモジュリン0.06mg/kgを1サイクルあたり1回静脈内投与するための、該方法。
〔15-2〕上記〔1〕~〔12〕に記載の特徴を有する上記〔15〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、抗悪性腫瘍剤による治療を受けるヒト癌患者において、前記治療における抗悪性腫瘍剤の投与に伴い生ずる末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制を有効かつ安全に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、オキサリプラチン投与によってラットに生じる痛覚過敏(圧刺激痛覚閾値の低下)に対するART-123 7回投与の予防効果を調べた結果である。オキサリプラチン(6mg/kg)は、全例に対して白抜き矢印のタイミングで腹腔内投与した。矢印:ART-123あるいは媒体投与、●:媒体群、△:ART-123 0.3mg/kg投与群、□:ART-123 1mg/kg投与群、○:ART-123 10mg/kg投与群、**:p<0.005(媒体群との比較)、##:p<0.01(オキサリプラチン投与前日の媒体群との比較)
図2図2は、オキサリプラチン投与によってラットに生じる痛覚過敏(圧刺激痛覚閾値の低下)に対するART-123 1、2あるいは3回投与の予防効果を調べた結果である。オキサリプラチン(6mg/kg)は、全例に対して白抜き矢印のタイミングで腹腔内投与した。実線矢印:ART-123 1mg/kg、点線矢印:媒体投与、●:媒体群、△:ART-123 1回投与群、□:ART-123 2回投与群、○:ART-123 3回投与群、n.s.:有意差なし(媒体群との比較)*:p<0.025(媒体群との比較)、**:p<0.005(媒体群との比較)、##:p<0.01(オキサリプラチン投与前日の媒体群との比較)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい態様(以下、本明細書において「実施形態」と略すことがある)について具体的に説明するが、本発明の範囲は下記に説明する特定の態様に限定されることはない。
【0015】
一つの実施形態において、トロンボモジュリンとしては、配列番号1もしくは配列番号3の第19~516位の配列、又はそれらの相同変異配列を少なくとも含み、以下に示すトロンボモジュリン活性を有するペプチドが例示される。別の態様としては、配列番号1の第19~516位の配列を含むペプチドが例示される。さらに別の態様としては、配列番号1の相同変異配列を含むペプチドが例示される。
相同変異配列としては、対象とするペプチドのアミノ酸配列中、1つ又は複数のアミノ酸が置換、欠失、又は付加していてもよいペプチド配列が例示される。置換、欠失、又は付加していてもよいアミノ酸の数としては、1~40個が例示され、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個が例示される。また、相同変異配列としては、対象とするペプチドのアミノ酸配列中、一定以上の相同性を有するペプチド配列が例示される。一定以上の相同性としては、80%以上が例示され、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の相同性が例示される。
トロンボモジュリン活性としては、(1)トロンビンと選択的に結合して(2)トロンビンによるプロテインCの活性化を促進する作用が例示される。また、(3)トロンビンによる凝固時間を延長する作用、(4)トロンビンによる血小板凝集を抑制する作用、又は(5)抗炎症作用が例示される。トロンボモジュリン活性としては、上記(1)及び(2)の作用を有し、さらに上記(1)~(4)の作用を有していることが例示される。また、別の態様として、(1)~(5)の作用を全て有していることが例示される。
トロンボモジュリンのトロンビンとの結合作用は、例えば、Thrombosis and Haemostasis 1993 70(3):418-422やThe Journal of Biological Chemistry 1989 264(9):4872-4876を初めとする各種の公知文献に記載の試験方法により確認できる。トロンビンによるプロテインCの活性化を促進する作用は、例えば、特開昭64-6219号公報を初めとする各種の公知文献に明確に記載された試験方法によりプロテインCの活性化を促進する作用の活性量やその有無を容易に確認できるものである。また、トロンビンによる凝固時間を延長する作用、及び/又はトロンビンによる血小板凝集を抑制する作用についても同様に容易に確認できる。さらには、抗炎症作用についても、例えばBlood 2008 112:3361-3670、The Journal of Clinical Investigation 2005 115(5):1267-1274を初めとする各種の公知文献に記載の試験方法により確認できる。
一つの実施形態において、トロンボモジュリンとしては、配列番号1もしくは配列番号3における第19~516位、第19~515位、第17~516位、又は第17~515位の配列からなるペプチドが例示される。トロンボモジュリンは、配列番号1もしくは配列番号3における第19~516位、第19~515位、第17~516位、又は第17~515位の配列からなるペプチドの混合物である場合がある。
一つの実施形態において、トロンボモジュリンとしては、前記トロンボモジュリンであれば特に限定されないが、可溶性トロンボモジュリンが例示される。別の態様としては、ヒトトロンボモジュリンが例示される。さらに別の態様としては、ヒト可溶性トロンボモジュリンが例示される。さらに別の態様としては、トロンボモデュリン アルファ(遺伝子組換え)が例示される。トロンボモデュリン アルファ(遺伝子組換え)は、日本において医薬品としての承認を受けているリコモジュリン(登録商標)の有効成分である。トロンボモデュリン アルファ(遺伝子組換え)は、ART-123と呼ばれることもある。
可溶性トロンボモジュリンとしては、界面活性剤の非存在下で水に可溶なトロンボモジュリンが例示される。可溶性トロンボモジュリンの溶解性の好ましい例示としては、水、例えば注射用蒸留水に対して(トリトンX-100やポリドカノール等の界面活性剤の非存在下、通常は中性付近にて)、1mg/mL以上、または10mg/mL以上が挙げられ、好ましくは15mg/mL以上、または17mg/mL以上が挙げられ、さらに好ましくは20mg/mL以上、25mg/mL以上、または30mg/mL以上が例示され、特に好ましくは60mg/mL以上が挙げられ、場合によっては、80mg/mL以上、または100mg/mL以上がそれぞれ挙げられる。可溶性トロンボモジュリンが溶解し得たか否かを判断するに当たっては、溶解した後に、例えば白色光源の直下、約1000ルクスの明るさの位置で、肉眼で観察した場合に、澄明であって、明らかに認められるような程度の不溶性物質を含まないことが端的な指標となるものと理解される。また、濾過して残渣の有無を確認することもできる。
トロンボモジュリンの分子量としては、分子量の上限としては100,000以下が好ましく、90,000以下がより好ましく、80,000以下がさらに好ましく、70,000以下が特に好ましく、分子量の下限としては、50,000以上がさらに好ましく、60,000以上が特に好ましい。可溶性トロンボモジュリンの分子量は、たん白質の分子量を測定する通常の方法で容易に測定が可能であるが、質量分析法にて測定することが好ましく、MALDI-TOF-MS法がより好ましい。目的の範囲の分子量の可溶性トロンボモジュリンを取得するためには、後述の通り、可溶性トロンボモジュリンをコードするDNAをベクターにより宿主細胞にトランスフェクトして調製された形質転換細胞を培養することにより取得される可溶性トロンボモジュリンをカラムクロマトグラフィー等により分画することで取得することができる。
トロンボモジュリンは後述の通り、これらのペプチドをコードするDNA(例えば、配列番号2または配列番号4等の塩基配列)をベクターにより宿主細胞にトランスフェクトして調製された形質転換細胞より取得することができる。
【0016】
さらに、これらのペプチドは、前記のアミノ酸配列を有すればよく、糖鎖が付いていても、また付いていなくともよく、この点は特に限定されるものではない。また遺伝子操作においては、使用する宿主細胞の種類により、糖鎖の種類や、付加位置や付加の程度は相違するものであり、いずれも用いることができる。糖鎖の結合位置および種類については、特開平11-341990号公報に記載の事実が知られており、一つの実施形態におけるトロンボモジュリンについても同様の位置に同様の糖鎖が付加する場合がある。一つの実施形態におけるトロンボモジュリンにはフコシルバイアンテナリー型とフコシルトリアンテナリー型の2種類のN結合型糖鎖が結合し、その比率は(100:0)~(60:40)が例示され、(95:5)~(60:40)が好ましく、(90:10)~(70:30)がより好ましい例として挙げられる。これらの糖鎖の比率は、生物化学実験法23 糖蛋白質糖鎖研究法、学会出版センター(1990年)などに記載の2次元糖鎖マップによって測定できる。さらに、一つの実施形態におけるトロンボモジュリンの糖組成を調べると、中性糖、アミノ糖及びシアル酸が検出され、たん白質含量に対し、それぞれ独立に重量比で1~30%の比率が例示され、2~20%が好ましく、5~10%がより好ましい。これら糖含量は、新生化学実験講座3 糖質I糖タンパク質(上)、東京化学同人(1990年)に記載の方法(中性糖:フェノール-硫酸法、アミノ糖:エルソン-モルガン法、シアル酸:過ヨウ素酸-レゾルシノール法)によって測定できる。
後述の通り、トロンボモジュリンの取得は遺伝子操作により取得することに限定されるものではないが、遺伝子操作により取得する場合には、発現に際して用いることができるシグナル配列としては、配列番号1の第1~18位のアミノ酸配列をコードする塩基配列、配列番号1の第1~16位のアミノ酸配列をコードする塩基配列、その他公知のシグナル配列、例えば、ヒト組織プラスミノゲンアクチベータのシグナル配列を利用することができる(国際公開88/9811号公報)。
【0017】
トロンボモジュリンをコードするDNA配列を宿主細胞へ導入する場合には、好ましくはトロンボモジュリンをコードするDNA配列を、ベクター、特に好ましくは、動物細胞において発現可能な発現ベクターに組み込んで導入する方法が挙げられる。発現ベクターとは、プロモーター配列、mRNAにリボソーム結合部位を付与する配列、発現したい蛋白をコードするDNA配列、スプライシングシグナル、転写終結のターミネーター配列、複製起源配列などで構成されるDNA分子であり、好ましい動物細胞発現ベクターの例としては、Mulligan RCら[Proc Natl Acad Sci USA 1981,78:2072-2076]が報告しているpSV2-Xや、Howley PMら[Methods in Emzymology 1983,101:387-402、Academic Press]が報告しているpBP69T(69-6)などが挙げられる。また、微生物において発現可能な発現ベクターに組み込む別の好ましい態様もある。
【0018】
これらのペプチドを製造するに際して用いることのできる宿主細胞としては、動物細胞が挙げられる。動物細胞としては、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞、COS-1細胞、COS-7細胞、VERO(ATCC CCL-81)細胞、BHK細胞、イヌ腎由来MDCK細胞、ハムスターAV-12-664細胞等が、またヒト由来細胞としてHeLa細胞、WI38細胞、ヒト293細胞、PER.C6細胞が挙げられる。CHO細胞が極めて一般的であり好ましく、CHO細胞においては、ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)欠損CHO細胞がさらに好ましい。
【0019】
また、遺伝子操作の過程やペプチドの製造過程において、大腸菌等の微生物も多く使われ、それぞれに適した宿主-ベクター系を使用することが好ましく、上述の宿主細胞においても、適宜のベクター系を選択することができる。遺伝子組換え技術に用いるトロンボモジュリンの遺伝子は、クローニングされており、そしてトロンボモジュリンの遺伝子組換え技術を用いた製造例が開示されており、さらにはその精製品を得るための精製方法も知られている[特開昭64-6219号公報、特開平2-255699号公報、特開平5-213998号公報、特開平5-310787号公報、特開平7-155176号公報、J Biol Chem 1989,264:10351-10353]。したがって一つの実施形態においてトロンボモジュリンは、上記の報告に記載されている方法を用いることにより、あるいはそれらに記載の方法に準じることにより製造することができる。例えば特開昭64-6219号公報では、全長のトロンボモジュリンをコードするDNAを含むプラスミドpSV2TMJ2を含む、Escherichia coli K-12 strain DH5(ATCC寄託番号67283号)が開示されている。また、この菌株を生命研(現独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター)の菌株(Escherichia coli DH5/pSV2TM J2)(FERM BP-5570)を用いることもできる。この全長のトロンボモジュリンをコードするDNAを原料として、公知の遺伝子操作技術によって、一つの実施形態におけるトロンボモジュリンを調製することができる。
【0020】
一つの実施形態において、トロンボモジュリンは、従来公知の方法またはそれに準じて調製すればよいが、例えば、前記山本らの方法[特開昭64-6219号公報]、または特開平5-213998号公報を参考にすることができる。すなわちヒト由来のトロンボモジュリン遺伝子を遺伝子操作技術により、例えば、配列番号1のアミノ酸配列をコードするDNAとなし、さらに必要に応じた改変を行うことも可能である。この改変としては、例えば、配列番号3のアミノ酸配列をコードするDNA(具体的には、配列番号4の塩基配列よりなる)となすために、配列番号1の第473位のアミノ酸をコードするコドン(特に、配列番号2の第1418位の塩基)に、Zoller MJら[Methods in Enzymology 1983,100:468-500、Academic Press]の方法に従って、部位特異的変異を行う。例えば、配列番号2の第1418位の塩基Tは、配列番号5に示された塩基配列を有する変異用合成DNAを用いて塩基Cに変換したDNAとなすことができる。
【0021】
このようにして調製したDNAを、例えばチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞に組み込んで、形質転換細胞とし、適宜選択し、この細胞を培養して得た培養液から、公知の方法により精製されたトロンボモジュリンが製造できる。前述の通り配列番号1のアミノ酸配列をコードするDNA(配列番号2)を前記宿主細胞にトランスフェクトすることが好ましい。
一つの実施形態におけるトロンボモジュリンの生産方法は、上記の方法に限定されるものではなく、例えば、尿や血液、その他体液等から抽出精製することでも可能であるし、またトロンボモジュリンを生産する組織またはこれら組織培養液等から抽出精製することも、また必要によりさらに蛋白分解酵素により切断処理することも可能である。
【0022】
上記の形質転換細胞を培養するにあたっては、通常の細胞培養に用いられる培地を使用することが可能であり、その形質転換細胞を各種の培地にて事前に培養して、最適の培地を選択することが好ましい。例えば、MEM培地、DMEM培地、199培地などの公知の培地を基本培地とし、さらに改良あるいは各種培地用のサプリメントを添加した培地を使用すればよい。培養方法としては、血清を添加した培地で培養する血清培養、又は血清を添加しない培地で培養する無血清培養が挙げられる。培養方法は特に限定されることはないが、無血清培養が好ましい。
【0023】
血清培養において、培地に血清を添加する場合はウシ血清が好ましい。ウシ血清には、ウシ胎児血清、新生仔ウシ血清、仔ウシ血清、成牛血清などがあるが、細胞培養に適したものであれば、どれを使用してもよい。一方、無血清培養において、使用する無血清培地は、市販の培地を使用することが可能である。各種細胞に適した無血清培地が市販されており、例えばCHO細胞に対しては、インビトロジェン社からCD-CHO、CHO-S-SFMII、CHO-III-PFMが、アーバイン サイエンティフィック社からIS CHO、IS CHO-CD培地などが販売されている。これらの培地をそのまま、改良あるいはサプリメントを添加して使用してもよい。さらに、無血清培地としては、インスリン、トランスフェリン、及び亜セレン酸をそれぞれ5mg/Lとなるように添加したDMEM培地が例示される。このように、一つの実施形態におけるトロンボモジュリンを産生できる培地であれば、特に限定されない。培養方法は特に限定されず、バッチ培養、繰り返しバッチ培養、フェドバッチ培養、灌流培養等どのような培養法でもよい。
【0024】
上記細胞培養方法により一つの実施形態におけるトロンボモジュリンを製造する場合、タンパク質の翻訳後修飾により、N末端アミノ酸に多様性が認められる場合がある。例えば、配列番号1における第17位、18位、19位、もしくは22位のアミノ酸がN末端となる場合がある。また、例えば第22位のグルタミン酸がピログルタミン酸に変換されるように、N末端アミノ酸が修飾される場合もある。第17位または19位のアミノ酸がN末端となることが好ましく、第19位のアミノ酸がN末端となることがより好ましい。また、第17位のアミノ酸がN末端となることが好ましい別の態様もある。以上の修飾や多様性等については配列番号3についても同様な例が挙げられる。
【0025】
さらに、配列番号2の塩基配列を有するDNAを用いて可溶性トロンボモジュリンを製造する場合、C末端アミノ酸の多様性が認められることがあり、1アミノ酸残基短いペプチドが製造される場合がある。すなわち、第515位のアミノ酸がC末端となり、さらに該第515位がアミド化されるといったように、C末端アミノ酸が修飾される場合がある。また、2アミノ酸残基短いペプチドが製造される場合もある。すなわち、第514位のアミノ酸がC末端となる場合がある。したがって、N末端アミノ酸とC末端アミノ酸が多様性に富んだペプチド、又はそれらの混合物が製造されることがある。第515位のアミノ酸又は第516位のアミノ酸がC末端となることが好ましく、第516位のアミノ酸がC末端となることがより好ましい。また、第514位のアミノ酸がC末端になることが好ましい別の態様もある。以上の修飾や多様性等については配列番号4の塩基配列を有するDNAについても同様である。
【0026】
上記方法で得られるトロンボモジュリンは、N末端及びC末端に多様性が認められるペプチドの混合物である場合がある。具体的は、配列番号1における第19~516位、第19~515位、第19~514位、第17~516位、第17~515位、もしくは第17~514位の配列からなるペプチドの混合物が挙げられる。
【0027】
次いで上記により取得された培養上清、または培養物からのトロンボモジュリンの単離精製方法は、公知の手法[堀尾武一編集、蛋白質・酵素の基礎実験法、1981]に準じて行うことができる。例えば、トロンボモジュリンと逆の電荷を持つ官能基を固定化したクロマトグラフィー担体と、トロンボモジュリンの間の相互作用を利用したイオン交換クロマトグラフィーや吸着クロマトグラフィーの使用も好ましい。また、トロンボモジュリンとの特異的親和性を利用したアフィニティークロマトグラフィーも好ましい例として挙げられる。吸着体の好ましい例として、トロンボモジュリンのリガンドであるトロンビンやトロンボモジュリンの抗体を利用する例が挙げられる。この抗体としては、適宜の性質、あるいは適宜のエピトープを認識するトロンボモジュリンの抗体を利用することができ、例えば、特公平5-42920号公報、特開昭64-45398号公報、特開平6-205692号公報などに記載された例が挙げられる。また、トロンボモジュリンの分子量サイズを利用した、ゲル濾過クロマトグラフィーや限外濾過が挙げられる。そしてまた、疎水性基を固定化したクロマトグラフィー担体と、トロンボモジュリンのもつ疎水性部位との間の疎水結合を利用した疎水性クロマトグラフィーが挙げられる。また、吸着クロマトグラフィーとしてハイドロキシアパタイトを担体として用いることも可能であり、例えば、特開平9-110900号公報に記載した例が挙げられる。これらの手法は適宜組み合わせることができる。精製の程度は、使用目的等により選択できるが、例えば電気泳動、好ましくはSDS-PAGEの結果が単一バンドとして得られるか、もしくは単離精製品のゲル濾過HPLCまたは逆相HPLCの結果が単一のピークになるまで純粋化することが望ましい。もちろん、複数種のトロンボモジュリンを用いる場合には、実質的にトロンボモジュリンのみのバンドになることが好ましいのであり、単一のバンドになることを求めるものではない。
【0028】
一つの実施形態におけるトロンボモジュリンの精製法を具体的に例示すれば、トロンボモジュリン活性を指標に精製する法が挙げられ、例えばイオン交換カラムのQ-セファロースFast Flowで培養上清または培養物を粗精製しトロンボモジュリン活性を有する画分を回収し、ついでアフィニティーカラムのDIP-トロンビン-アガロース(diisopropylphosphorylthrombin agarose)カラムで主精製しトロンボモジュリン活性が強い画分を回収し、回収画分を濃縮し、ゲル濾過にかけトロンボモジュリン活性画分を純品として取得する精製方法[Gomi K et al、Blood 1990;75:1396-1399]が挙げられる。指標とするトロンボモジュリン活性としては、例えばトロンビンによるプロテインC活性化の促進活性が挙げられる。その他に、好ましい精製法を例示すると以下の通りである。
【0029】
トロンボモジュリンと良好な吸着条件を有する適当なイオン交換樹脂を選定し、イオン交換クロマト精製を行う。特に好ましい例としては、0.18mol/L NaClを含む0.02mol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.4)で平衡化したQ-セファロースFast Flowを用いる方法である。適宜洗浄後、例えば0.3mol/L NaCl含む0.02mol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.4)で溶出し粗精製品のトロンボモジュリンを得ることができる。
【0030】
次に、例えばトロンボモジュリンと特異的親和性を持つ物質を樹脂に固定化しアフィニティークロマト精製を行うことができる。好ましい例としてDIP-トロンビン-アガロースカラムの例と、抗トロンボモジュリンモノクローナル抗体カラムの例が挙げられる。DIP-トロンビン-アガロースカラムは、予め、例えば、100mmol/L NaClおよび0.5mmol/L塩化カルシウムを含む20mmol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.4)で平衡化せしめ、上記の粗精製品をチャージして、適宜の洗浄を行い、例えば、1.0mol/L NaClおよび0.5mmol/L塩化カルシウムを含む20mmol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.4)で溶出し精製品のトロンボモジュリンを取得することができる。また抗トロンボモジュリンモノクローナル抗体カラムにおいては、予めCNBrにより活性化したセファロース4FF(GEヘルスケアバイオサイエンス社)に、抗トロンボモジュリンモノクローナル抗体を溶解した0.5mol/L NaCl含有0.1mol/L NaHCO3緩衝液(pH8.3)に接触させ、セファロース4FFに抗トロンボモジュリンモノクローナル抗体をカップリングさせた樹脂を充填したカラムを、予め例えば0.3mol/L NaCl含む20mmol/Lリン酸塩緩衝液(pH7.3)で平衡化し、適宜の洗浄の後、例えば、0.3mol/L NaCl含む100mmol/Lグリシン塩酸緩衝液(pH3.0)にて溶出せしめる方法が例示される。溶出液は適当な緩衝液で中和し、精製品として取得することもできる。
【0031】
次に得られた精製品をpH3.5に調整した後に、0.3mol/L NaClを含む100mmol/Lグリシン塩酸緩衝液(pH3.5)で平衡化した陽イオン交換体、好ましくは強陽イオン交換体であるSP-セファロースFF(GEヘルスケアバイオサイエンス社)にチャージし、同緩衝液で洗浄して得られた非吸着画分を得る。得られた画分は適当な緩衝液で中和し、高純度精製品として取得することができる。これらは、限外濾過により濃縮することが好ましい。
【0032】
さらに、ゲル濾過による緩衝液交換を行うことも好ましい。例えば、50mmol/L NaClを含む20mmol/Lリン酸塩緩衝液(pH7.3)で平衡化せしめたSephacryl S-300カラムもしくはS-200カラムに、限外濾過により濃縮した高純度精製品をチャージし、50mmol/L NaClを含む20mmol/Lリン酸塩緩衝液(pH7.3)で展開分画し、トロンビンによるプロテインC活性化の促進活性の確認を行って活性画分を回収し、緩衝液交換した高純度精製品を取得することができる。このようにして得られた高純度精製品は安全性を高めるために適当なウイルス除去膜、例えばプラノバ15N(旭化成メディカル株式会社)を用いて濾過することが好ましく、その後限外濾過により目的の濃度まで濃縮することができる。最後に無菌濾過膜により濾過することが好ましい。
【0033】
一つの実施形態において、「抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害」としては、上記で例示したような抗悪性腫瘍剤をヒト癌患者に投与することに起因して生じる末梢神経障害が例示される。本明細書においては、「化学療法による末梢神経障害(chemotherapy-induced peripheral neuropathy)」と呼ばれることもある。
【0034】
一つの実施形態において、「抗悪性腫瘍剤」とは、悪性腫瘍病変の増大や転移の抑制、又は延命、症状コントロール等の何らかの臨床的有用性を悪性腫瘍患者において示す薬剤が例示される。具体的には、オキサリプラチンが例示される。一つの実施形態において、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害は、オキサリプラチンによる末梢神経障害が例示される。
【0035】
オキサリプラチンは、核酸の代謝を阻害する抗悪性腫瘍剤であり、白金製剤に分類される。オキサリプラチンは、日本において医薬品としての承認を受けているエルプラット(登録商標)の有効成分である。オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療を受けるヒト癌患者における抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害は、オキサリプラチン誘発性末梢神経障害と呼ばれることもある。
【0036】
一つの実施形態において、末梢神経障害としては、四肢のしびれ、四肢の痛み、深部腱反射の低下、筋力の低下、異痛症(「アロディニア」と呼ばれることもある)、痛覚過敏及び運動機能障害が例示される。その他、末梢神経障害としては刺痛や焼けるような痛み等の廃痛、四肢末端のしびれ、灼熱感等の知覚異常、冷感刺激に対する過敏等の知覚過敏、感覚消失・感覚麻庫や違和感等の感覚異常、知覚性運動失調、筋力の低下が例示される。末梢神経障害は、末梢性運動神経障害、末梢性感覚神経障害、又は末梢性自律神経障害の3つに大きく分類することができるが、これらに限定されるものではない。末梢性運動神経障害としては末梢運動神経の炎症または変性、末梢性感覚神経障害としては末梢知覚神経の炎症または変性、末梢性自律神経障害としては末梢自律神経の炎症または変性が例示される。
【0037】
抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の発症抑制及び/又は症状軽減効果を評価する方法としては、有害事象共通用語基準v4.0日本語訳JCOG版(以下、NCI-CTCAEと略すことがある)に基づく医師による評価、又はFunctional Assessment of Cancer Therapy/Gynecologic Oncology Group-Neurotoxicity(Version4)(以下、FACT/GOG-NTX-12と略すことがある)に基づく患者による評価が例示される。
【0038】
NCI-CTCAEでは、末梢性運動神経障害又は末梢性感覚神経障害に対する効果を医師が確認することができ、FACT/GOG-NTX-12では、オキサリプラチン誘発性末梢神経障害に対する効果を患者が確認することができる。NCI-CTCAEでは、末梢性運動神経障害又は末梢性感覚神経障害を、なし、Grade1(症状がない)、Grade2(中等度の症状がある)、Grade3(高度の症状がある)、Grade4(生命を脅かす)、Grade5(死亡)の6段階で評価することができる。また、FACT/GOG-NTX-12では、各評価項目(12項目)について、患者が0点(全くあてはまらない)、1点(わずかにあてはまる)、2点(多少あてはまる)、3点(かなりあてはまる)、4点(非常によくあてはまる)の評価をつけ、効果の大小は、評点(=48点-患者評価点)により評価することができ、評点が高いほど効果が高いことを意味する。
【0039】
一つの実施形態において、ヒト癌患者としては、オキサリプラチンによる治療が必要とされるヒト癌患者であれば特に限定されないが、大腸癌、膵癌、又は胃癌を患うヒト癌患者が例示される。別の態様として、大腸癌又は胃癌を患うヒト癌患者が例示される。別の態様として、大腸癌が例示される。大腸癌としては、直腸癌又は結腸癌が例示される。
また、一つの実施形態において、トロンボモジュリンは、術後再発抑制を目的とした補助化学療法においても使用することができる。さらには、再発癌又は転移癌のヒト癌患者にも投与することができる。
【0040】
一つの実施形態において、抗悪性腫瘍剤による治療におけるサイクルとは、ある期間の抗悪性腫瘍剤による治療とある期間の休薬期間を組み合わせた抗悪性腫瘍剤による治療の一つの単位である。抗悪性腫瘍剤(オキサリプラチン)の投与を開始した日を1サイクルの初日とする。
一つの実施形態において、抗悪性腫瘍剤による治療としては、オキサリプラチンをヒト癌患者に静脈内投与し、その後休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す場合、オキサリプラチンをヒト癌患者に1~6回静脈内投与し、その後、少なくとも6日間休薬することを1サイクルとしてこれを繰り返す治療が例示される。また、オキサリプラチンは、例えばエルプラット(登録商標)添付文書又はEloxatinラベルに記載の使用方法で使用することができる。
【0041】
オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療の1サイクルにおいてオキサリプラチンが投与される回数としては、1~6回が例示され、別の態様として1~3回が例示され、さらに別の態様としては1回が例示される。1サイクルにおいて抗悪性腫瘍剤が2回以上投与される場合、2週間に1回の投与が例示され、別の態様として1週間に1回の投与が例示される。別の態様として毎日投与が例示される。また、抗悪性腫瘍剤は1日あたり1回投与される。
【0042】
オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療の1サイクルにおいて抗悪性腫瘍剤(オキサリプラチン)を休薬する期間としては、少なくとも6日間が例示され、別の態様として少なくとも13日間が例示され、さらに別の態様として少なくとも20日間が例示される。さらに別の態様として6日間~24日間が例示され、さらに別の態様として13日間~24日間が例示され、さらに別の態様として13日間~20日間が例示され、さらに別の態様として13日間が例示され、さらに別の態様として20日間が例示される。オキサリプラチンの投与により副作用が強く生じた場合、一定期間、オキサリプラチンの休薬期間を3~6週間とすることがあるが、これも一つの実施形態である。
【0043】
オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療において、1サイクルが繰り返される場合のサイクルの回数としては、1~24回が例示され、別の態様として1~18回が例示され、さらに別の態様としては1~12回が例示される。さらに別の態様としては1~6回が例示される。さらに別の態様としては少なくとも6回が例示される。さらに別の態様としては少なくとも8回が例示される。さらに別の態様としては少なくとも12回が例示される。さらに別の態様としては少なくとも18回が例示される。さらに別の態様としては少なくとも24回が例示される。
【0044】
オキサリプラチンの1回あたりの投与量は、ヒト癌患者の体表面積あたり50~150mg/mが例示され、別の態様として80~140mg/mが例示され、さらに別の態様として80~90mg/mが例示され、さらに別の態様として90~110mg/mが例示され、さらに別の態様として120~140mg/mが例示され、さらに別の態様として85mg/mが例示され、さらに別の態様として100mg/mが例示され、さらに別の態様として130mg/mが例示される。
【0045】
ヒト癌患者の体表面積は、ヒト癌患者の身長と体重から求めることができる。体表面積の算出方法は技術常識に照らし、適宜算出することができるが、例えば以下のDuBoisの式(Dubois D and Dubois EF: Arch Intern Med, 17, 863-871, 1916)により算出することができる。
体表面積(m)=身長(cm)0.725×体重(kg)0.425×0.007184
【0046】
オキサリプラチンを静脈内投与する速度としては、通常の用いられる点滴速度であれば特に限定されないが、オキサリプラチンの必要量を3時間以内で投与することが例示され、別の態様として2時間以内で投与することが例示される。
【0047】
オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療としては、以下の(a)~(f)が例示される。
(a)ヒト癌患者に、オキサリプラチンとして80~90mg/m(体表面積)を1日1回静脈内投与し、少なくとも13日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
(b)ヒト癌患者に、オキサリプラチンとして85mg/m(体表面積)を1日1回静脈内投与し、少なくとも13日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
(c)ヒト癌患者に、オキサリプラチンとして90~110mg/m(体表面積)を1日1回静脈内投与し、少なくとも13日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
(d)ヒト癌患者に、オキサリプラチンとして100mg/m(体表面積)を1日1回静脈内投与し、少なくとも20日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
【0048】
(e)ヒト癌患者に、オキサリプラチンとして120~140mg/m(体表面積)を1日1回静脈内投与し、少なくとも20日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
(f)ヒト癌患者に、オキサリプラチンとして130mg/m(体表面積)を1日1回静脈内投与し、少なくとも20日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す。
一つの実施形態において、オキサリプラチンは作用機序の異なる複数の抗悪性腫瘍剤と組み合わせて投与することができる。例えば、オキサリプラチンはFOLFOX療法により投与することができる。FOLFOX療法は、オキサリプラチンをフルオロウラシル及びレボホリナートと組み合わせて行う抗悪性腫瘍治療である。FOLFOX療法は、投与方法によって、例えば、FOLFOX2、FOLFOX3、FOLFOX4、FOLFOX6、mFOLFOX6、FOLFOX7、又はmFOLFOX7に分類される。また、オキサリプラチンはXELOX療法(CapeOX療法)、FOLFOXIRI療法、FOLFIRINOX療法、又はSOX療法により投与することができる。XELOX療法は、オキサリプラチンをカペシタビンと組み合わせて行う抗悪性腫瘍治療である。FOLFOXIRI療法又はFOLFIRINOX療法は、オキサリプラチンを、イリノテカン塩酸塩水和物、フルオロウラシル、及びレボホリナートと組み合わせて行う抗悪性腫瘍治療である。SOX療法は、オキサリプラチンをS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)と組み合わせて行う抗悪性腫瘍治療である。
【0049】
オキサリプラチンと組み合わせて投与される抗悪性腫瘍剤としては、フルオロウラシル、カペシタビン、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤、イリノテカン、ベバシズマブ、セツキシマブ、パニツムマブ、又はトラスツズマブが例示される。
また、一つの実施形態において、オキサリプラチンは、制吐剤又は抗アレルギー剤と共に投与することができる。
【0050】
一つの実施形態において、トロンボモジュリンは、抗悪性腫瘍剤の各サイクルの初日に静脈内投与することができる。また、トロンボモジュリンは1サイクルあたり1回投与することができる。
一つの実施形態において、トロンボモジュリンは、抗悪性腫瘍剤の投与開始前に投与することができる。また、抗悪性腫瘍剤の投与開始後に投与することもできる。さらに、トロンボモジュリンと抗悪性腫瘍剤の投与を同時に開始することもできる。
【0051】
抗悪性腫瘍剤の投与開始前にトロンボモジュリンを投与する場合、抗悪性腫瘍剤投与開始前何時間でトロンボモジュリンを投与するかについては、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制効果を発揮できれば特に限定されないが、抗悪性腫瘍剤投与開始前第9日以後が例示され、別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始前第7日以後が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始前第5日以後が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始前第3日以後が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始前第1日以後が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始前12時間以後が例示される。
【0052】
抗悪性腫瘍剤の投与開始後にトロンボモジュリンを投与する場合、抗悪性腫瘍剤投与開始後何時間でトロンボモジュリンを投与するかについては、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制効果を発揮できれば特に限定されないが、抗悪性腫瘍剤投与開始後第8日以前が例示され、別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始後第6日以前が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始後第4日以前が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始後第2日以前が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始後6時間以前が例示され、さらに別の態様として抗悪性腫瘍剤投与開始後1時間以前が例示される。
【0053】
一つの実施形態において、本発明の医薬は担体を含有することができる。本発明で用いることのできる担体としては、水溶性の担体が好ましく、例えば、ショ糖、グリセリン等や、その他の無機塩のpH調整剤等を添加剤として加えて調製することができる。さらに必要に応じて、特開平1-6219号公報および特開平6-321805号公報に開示される通り、アミノ酸、塩類、糖質、界面活性剤、アルブミン、ゼラチン等を添加しても良いし、また、防腐剤を添加することも好ましく、例えば、パラ安息香酸エステル類が好ましい例として挙げられ、パラ安息香酸メチルが特に好ましい例として挙げられる。防腐剤の添加量は、通常0.01~1.0%(重量%を示す、以下同じ)が例示され、好ましくは0.1~0.3%が挙げられる。これらの添加方法は特に限定されないが、凍結乾燥とする場合には、通常行われるように、例えば、抗悪性腫瘍剤を含有する溶液とトロンボモジュリン含有溶液を混合した後、添加物を添加混合する方法や、またはあらかじめ添加物を水、注射用蒸留水あるいは適当な緩衝液に溶解した抗癌剤に混合した後、トロンボモジュリン含有溶液を添加混合にする方法にて溶液を調製し、凍結乾燥する方法が挙げられる。一つの実施形態において、本発明の医薬は、注射液の形態で提供されても、また凍結乾燥製剤を使用時に溶解して使用する形態で提供されてもよい。
【0054】
製剤化工程においては、アンプルまたはバイアルに、水、注射用蒸留水あるいは適当な緩衝液1mLあたり0.05~15mg、好適には0.1~5mgのトロンボモジュリンと、上記添加物を含有する溶液を、例えば0.5~10mL充填した後に凍結し、減圧下のもとで乾燥する方法が例示される。またはそのままに水溶液注射用製剤として調製できる。
【0055】
一つの実施形態において、本発明の医薬の投与方法としては、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制効果を発揮できれば特に限定されないが、静脈内投与が例示される。
【0056】
静脈内投与の場合、一度に所望の量を投与する方法または点滴静脈内投与が挙げられる。
一度に所望の量を投与する方法(静脈内急速投与)は投与時間が短い点で好ましい。一度に投与する場合には、注射器での投与に要する時間に通常幅があるが、投与に要する時間としては、投与する液量にもよるが、5分以下が例示され、3分以下が好ましく、2分以下がより好ましく、1分以下がさらに好ましく、30秒以下が特に好ましい。また下限としては特に限定されないが、1秒以上が好ましく、5秒以上がより好ましく、10秒以上がさらに好ましい。投与量は上記の好ましい投与量であれば特に限定されない。また、点滴静脈内投与はトロンボモジュリンの血中濃度を一定に保つことが容易な点で好ましい。
【0057】
一つの実施形態において、トロンボモジュリンの1日の投与量は、患者の年齢、体重、疾患の程度、投与経路などによっても異なるが、0.06mg/kgが例示される。
なお、リコモジュリン(登録商標)添付文書「薬物動態」1.(2)の図に記載の通り、トロンボモデュリン アルファ(遺伝子組換え)0.06mg/kgは380U/kgに相当することがわかる。すなわち、トロンボモジュリン「0.06mg/kg」は、「380U/kg」と読み替えることができる場合がある。
【0058】
一つの実施形態において、本発明の医薬は、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制の効果を発揮する。症状軽減とは、オキサリプラチンを投与する場合に通常生ずる症状、例えば手・足の感覚麻痺やピリピリした痛み及び不快感並びに低温にさらされて手または足に痛みを感じる等の症状よりも症状が軽度となることをいう。また、発症抑制とは、オキサリプラチンを投与する場合に通常生ずる末梢神経障害、例えば末梢性運動神経障害又は末梢性感覚神経障害が一定レベル以下(例えばNCI-CTCAEにおけるGrade1以下)に抑えられることをいう。手又は足の痛みは、Numerical Rating Scale (以下、NRSと略すことがある)により評価することができる。NRSでは、全く痛みがないときを0、考えられるなかで最悪の痛みを10として痛みの強さを11段階で評価することができる。
【0059】
一つの実施形態において、本発明の医薬は、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療において1~複数回のサイクルによる治療を行う場合、ヒト癌患者において通常投与されるべき全サイクルのオキサリプラチン投与量の合計である総投与量(A)に比して、結果的に投与されるオキサリプラチンの総投与量が低減するのを抑制することができる。オキサリプラチンの総投与量の低減を抑制することとしては、本発明の医薬が投与される場合の、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療における1~複数回のサイクルによるオキサリプラチン総投与量を(B)、本発明の医薬が投与されない場合の、オキサリプラチンによる抗悪性腫瘍治療における1~複数回のサイクルによるオキサリプラチン総投与量を(C)とした場合に、AとBの差が、AとCの差よりも小さければ特に限定されない。オキサリプラチンの総投与量の低減を抑制することとしては、一例として、総投与量の平均値に関し、Aに対するBの割合が、少なくとも70%であることが例示され、別の態様として少なくとも80%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも85%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも90%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも95%であることが例示される。また、オキサリプラチンの総投与量の低減を抑制することの別の例として、総投与量の平均値に関し、Cに対するBの割合が、少なくとも101%であることが例示され、別の態様として少なくとも102%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも103%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも104%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも105%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも110%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも115%であることが例示され、さらに別の態様として少なくとも120%であることが例示される。
【0060】
一つの実施形態において、本発明の医薬は、副作用が少なく安全な医薬として使用することができる。
【0061】
一つの実施形態において、本発明の医薬は、抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害の対処法として使用されている他剤、例えば、漢方薬、ステロイド、抗うつ薬、抗てんかん薬、オピオイドなどの中から一つ、もしくは複数の薬剤を選択して、併用もしくは合剤として調剤し投与することができる。また、理学療法、マッサージや鍼などの補完療法などと組み合わせてトロンボモジュリンを投与することも可能である。
【実施例
【0062】
以下に本発明の実施例、比較例、及び製造例を挙げて詳しく説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0063】
[配列表の説明]
配列番号1:ART-123の生産に用いた遺伝子がコードするアミノ酸配列
配列番号2:配列番号1のアミノ酸配列をコードする塩基配列
配列番号3:ART-123Mの生産に用いた遺伝子がコードするアミノ酸配列
配列番号4:配列番号3のアミノ酸配列をコードする塩基配列
配列番号5:部位特異的変異を行う際に使用する変異用合成DNA
【0064】
実施例又は比較例に用いる本発明におけるトロンボモジュリンは、前記山本らの方法(特開昭64-6219号に記載の方法)に準じて製造した。以下にその製造例を示す。なお、今回の製造例で得られたトロンボモジュリンは、ラットおよびサルを用いた単回および反復静脈内投与試験、マウス生殖試験、局所刺激性試験、安全性薬理試験、ウイルス不活化試験などによりその安全性が確認されている。
【0065】
〔製造例1〕
<トロンボモジュリンの取得>
上記の方法、すなわち、配列番号1のアミノ酸配列をコードするDNA(具体的には、配列番号2の塩基配列よりなる)を、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞にトランスフェクションして、この形質転換細胞の培養液より前述した定法の精製法にて、50mmol/L NaClを含む20mmol/Lリン酸塩緩衝液(pH7.3)で活性画分を回収した高純度精製品を取得した。さらに限外濾過を行って濃度が11.2mg/mLのトロンボモジュリン(ART-123)溶液を取得した。
<添加剤溶液調製>
10Lのステンレス製容器に、塩酸アルギニン(味の素社製)480gを量り入れ、注射用水を5L加えて溶解した。1mol/L水酸化ナトリウム溶液を添加して、pHを7.3に調整した。
【0066】
<薬液調製・充填 >
上記添加剤溶液全量を20Lのステンレス製容器に入れ、上記得られたART-123溶液2398mL(可溶性トロンボモジュリンのたん白質量として26.88gに相当。ただし12%過量仕込み。)加え混合攪拌した。さらに注射用水を加えて全量を12Lとして均一に混合撹拌した。この薬液を、孔径が0.22μmのフィルター(ミリポア製MCGL10S)で濾過滅菌した。濾過液を1mLずつバイアルに充填し、ゴム栓を半打栓した。
【0067】
<凍結乾燥>
凍結乾燥→窒素充填→ゴム栓全打栓→キャップ巻締めの順で以下の条件にて凍結乾燥工程を行い、1容器中に可溶性トロンボモジュリン2mg、塩酸アルギニン40mgを含むART-123含有製剤を得た。
<凍結乾燥条件>
予備冷却(15分かけて室温から15℃)→ 本冷却(2時間かけて15℃から-45℃)→ 保持(2時間 -45℃)→ 真空開始(18時間 -45℃)→ 昇温(20時間かけて-45℃から25℃)→ 保持(15時間25℃)→ 昇温(1時間かけて25℃から45℃)→ 保持(5時間45℃)→ 室温(2時間かけて45℃から25℃)→ 復圧窒素充填(-100mmHgまで)→ 全打栓 → キャップ巻締め
【0068】
〔製造例2〕
配列番号3のアミノ酸配列をコードするDNA(具体的には、配列番号4の塩基配列よりなる)を、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞にトランスフェクションして、この形質転換細胞の培養液より前述した定法の精製法にて精製されたトロンボモジュリン(以下、ART-123Mと略すことがある)溶液を取得し、上記と同様の方法によりART-123Mの凍結乾燥製剤を取得する。
【0069】
〔実施例1〕ヒト癌患者における、オキサリプラチン誘発性末梢神経障害に対するART-123 1サイクル1回投与の効果
<試験方法>
根治切除(R0手術)後、病理ステージIIまたはIII結腸癌患者に、オキサリプラチンを含む術後補助化学療法を実施する際のオキサリプラチン誘発性末梢神経障害発症に対するART-123の有効性および安全性を検討するためにプラセボ対照の試験を行った。
オキサリプラチンを含む術後補助化学療法はmFOLFOX6法(オキサリプラチンとして85mg/m2(体表面積) を1日1回静脈内に2時間で点滴投与し、少なくとも13日間休薬する。これを1サイクルとして投与を繰り返す)とし、12サイクル実施した。被験者はプラセボ群、ART-123 1回投与群、ART-123 3回投与群の3群にランダムに割り付けた。プラセボ群では各サイクルの1日目、2日目および3日目にプラセボを投与し、ART-123 1回投与群では、各サイクルの1日目にART-123 0.06 mg/kg、2日目、3日目にプラセボを投与し、ART-123 3回投与群では、各サイクルの1日目、2日目および3日目にART-123 0.06 mg/kgを投与した。ART-123あるいはプラセボの投与は、1日目はオキサリプラチンの投与2時間~30分前に治験薬の投与を開始し、30分間点滴静脈内投与によりオキサリプラチン投与開始前に治験薬の投与を終了した。2日目、3日目は1日目と可能な限り同一時間帯にART-123あるいはプラセボの投与を開始し、30分間点滴静脈内投与した。
【0070】
投与期間中は他の治験薬、リコモジュリン(登録商標)、本治験で規定した術後補助化学療法で使用する薬剤以外の抗悪性腫瘍剤、血栓溶解剤(t-PA製剤、ウロキナーゼ等)の薬剤の併用は禁止した。また、有害事象共通用語規準v4.0 日本語訳JCOG版(以下、NCI-CTCAE)末梢性運動ニューロパチー、末梢性感覚ニューロパチーのいずれかがGrade 2以上と治験責任医師または治験分担医師によって判断されている期間中を除き、末梢神経障害に影響を及ぼすと考えられる薬剤の併用を禁止した。
【0071】
末梢神経障害の評価指標として患者による評価はFunctional Assessment of Cancer Therapy/Gynecologic Oncology Group-Neurotoxicity (Version 4)(以下、FACT/GOG-NTX-12)、NRS(痛み)、医師による評価はNCI-CTCAEの末梢性運動ニューロパチー、末梢性感覚ニューロパチーを用いた。
【0072】
<結果>
1.末梢神経障害の症状軽減効果
表1に治験薬投与開始から治験完了までに評価したFACT/GOG-NTX-12の投与群別の最小二乗平均の推移およびプラセボ群とART-123 1回投与群または3回投与群との差を示した。48点-患者評価点を評点とした。12サイクル時のART-123群の点数はいずれもプラセボ群よりも高く、ART-123は末梢神経障害の症状を軽減した。また、ART-123 1回投与群はART-123 3回投与群に比べ末梢神経障害の症状軽減効果が大きかった。
また、NRSによる手と足の痛みの評価を行ったところ、ART-123 1回投与群はART-123 3回投与群に比べ鎮痛効果が大きかった。
【0073】
【表1】
【0074】
2.末梢神経障害(末梢性感覚ニューロパチー)の発症抑制効果
表2に治験薬投与開始から治験完了までに評価したNCI-CTCAE(末梢性感覚ニューロパチー)の投与群別のGrade2以上累積発現割合(各サイクルまでに1度でもGrade2以上を発現した症例の割合)およびプラセボ群とART-123 1回投与群または3回投与群との差を示した。12サイクル時のART-123群のGrade2以上累積発現割合はいずれもプラセボ群よりも低く、ART-123は末梢神経障害の発症を抑制した。また、ART-123 1回投与群はART-123 3回投与群に比べ末梢神経障害の発症抑制効果が大きかった。
【0075】
【表2】
【0076】
3.末梢神経障害(末梢性運動ニューロパチー)の発症抑制効果
表3に治験薬投与開始から治験完了までに評価したNCI-CTCAE(末梢性運動ニューロパチー)の投与群別のGrade2以上累積発現割合(各サイクルまでに1度でもGrade2以上を発現した症例の割合)およびプラセボ群とART-123 1回投与群または3回投与群との差を示した。12サイクル時のART-123群のGrade2以上累積発現割合はいずれもプラセボ群よりも低く、ART-123は末梢神経障害の発症を抑制した。また、ART-123 1回投与群はART-123 3回投与群に比べ末梢神経障害の発症抑制効果が大きかった。
【0077】
【表3】
【0078】
4.オキサリプラチン総投与量低減抑制効果
表4に投与群別に治験薬投与開始から治験完了までのオキサリプラチン総投与量である累積投与量を示した。平均値、中央値のいずれもプラセボ群に比較してART-123 1回投与群、3回投与群ともにオキサリプラチンの累積投与量が多かった。
【0079】
【表4】
【0080】
5.安全性
表5に治験薬投与開始から治験完了までに発現した有害事象について、投与群別に治験薬との関連有無、重篤度、出血関連の有害事象ごとに発現例数、発現割合の集計結果およびプラセボ群とART-123 1回投与群または3回投与群との差を示した。有害事象の発現割合は、治験薬との関連有無、重篤度および出血との関連を問わず、いずれもプラセボ群と比べてART-123 1回投与群および3回投与群で顕著な差は認められず、安全に投与できることが確認された。
【0081】
【表5】
【0082】
〔比較例1〕動物モデルにおける、オキサリプラチン誘発性末梢神経障害に対するART-123 1サイクル1回投与の効果
抗悪性腫瘍剤による末梢神経障害では、抗悪性腫瘍剤の投与を繰り返すことで末梢神経障害の症状が発症・悪化し、抗悪性腫瘍剤による治療の継続が困難になることが問題である。抗悪性腫瘍剤による治療で発生する末梢神経障害の症状軽減及び/又は発症抑制により、抗悪性腫瘍剤による治療を継続することが重要である。ART-123によるオキサリプラチン誘発性末梢神経障害の予防効果に関して、オキサリプラチン治療1サイクルに対するART-123の投与回数を検討するため、抗悪性腫瘍剤1回投与で誘起するラットオキサリプラチン誘発性末梢神経障害モデル評価系を構築した。オキサリプラチンを単回腹腔内投与してラットの足に発症する痛覚過敏(圧刺激痛覚閾値の低下)を末梢神経障害の指標とし、ART-123をオキサリプラチン投与日から1日1回投与することで、治療1サイクルの期間である14日間あるいは21日間痛覚過敏の発症を抑制しうる投与回数を検討した。
【0083】
1.ヒトとラットモデル間のART-123投与量の相関性
ラット静脈内投与の薬物動態学的パラメータは、ART-123を0.25mg/kgの用量で投与した場合、初期血漿中濃度(C)が6.14μg/mL、半減期(t1/2β)は7.2時間である(リコモジュリン(登録商標)申請概要2.6.4.3.1.1項)。また、ヒトにART-123の臨床用法用量である0.06mg/kgを静脈内投与した場合の最高血漿中濃度は0.9~1.7μg/mL(リコモジュリン(登録商標)申請概要2.5.3.2.1項)であり、半減期は約20時間である(リコモジュリン(登録商標)申請概要2.5.3.3項)。これらの静脈内投与の比較では、ヒトとラットの半減期が大きく異なることから、ラット静脈内投与により、ヒトに近い血漿中濃度推移を達成することは困難であると考えられた。そこでラット腹腔内投与の薬物動態学的パラメータについて検討した。
【0084】
<試験方法>
7-8週齢のSprague Dawley系雄性ラットにART-123を1mg/kgの用量で、腹腔内投与し、経時的に血漿を取得した。血漿中濃度はELISA法で測定し、薬物速度論的パラメータはノンコンパートメントモデルにて解析した。
【0085】
<結果>
ART-123を1mg/kgの用量で腹腔内投与した場合の血漿中濃度推移から算出した最高血漿中濃度(Cmax)は5.47 μg/mL、最高血漿中濃度到達時間(tmax)は6.00 時間、半減期(t1/2)は14.1時間であった。
【0086】
ラットでのART-123の1mg/kg腹腔内投与の半減期が14.1時間であり、tmaxの6時間を加味すると、ラット腹腔内投与により、半減期が約20時間であるヒトの静脈内投与に近い血漿中濃度推移を達成することが可能であると考えられた。さらに、ラットでのART-123の1mg/kg腹腔内投与のCmax:5.47 μg/mLは、ヒトでのART-123の0.06mg/kg静脈内投与の最高血漿中濃度(0.9~1.7μg/mL)の3~6倍程度であることから 、ヒトでの0.06mg/kg静脈内投与は、ラットでは0.15~0.3mg/kg程度の腹腔内投与に近いと考えられた。
【0087】
2.ラットモデルにおける、ART-123 7日間投与によるオキサリプラチン誘発性末梢神経障害の発症抑制効果
<試験方法>
(1)オキサリプラチン誘発性末梢神経障害モデルラットの作製
実験動物として7週齢のSprague Dawley系雄性ラットを用い、ラットにオキサリプラチンを6mg/kgの用量で、腹腔内に単回投与して作製した。
(2)被験薬の投与
オキサリプラチンを投与したラットに、ART-123を、オキサリプラチン投与日から1日1回の頻度で合計7回腹腔内投与した。その際の投与用量は0.3mg/kg、1mg/kg、又は10mg/kgとした(それぞれ0.3mg/kg、1mg/kg、又は10mg/kg群)。また陰性対照として媒体を1日1回、7日間腹腔内投与した(媒体群)。
【0088】
(3)ランダール-セリット試験(Randall-Selitto test)
上記ラットについて、Randall LO.ら、Arch.Int.Pharmacodyn.Ther.1957.111,409-419に記載の足圧痛法(Randall-Selitto test)に準じて測定した。すなわち、右後肢足を圧刺激鎮痛効果測定装置で次第に加圧して、逃避反応を示したときの圧力を圧刺激逃避閾値とした。
【0089】
(4)統計処理
ART-123の作用に関しては、オキサリプラチン投与後14日目および21日目の圧刺激逃避閾値について統計処理を実施した。媒体群を対照として、0.3mg/kg、1mg/kg、および10mg/kg群の圧刺激逃避閾値について、パラメトリックWilliams検定(上昇方向)を有意水準片側2.5%以下で行った(図1中の*、**:p<0.05、p<0.01)。また、媒体群のオキサリプラチン投与1日前とオキサリプラチン投与後14日目あるいは21日目の圧刺激逃避閾値について、対応のあるt検定を有意水準両側5%で行った(図1中の##:p<0.01)。
【0090】
<結果>
ラットでのART-123をオキサリプラチン投与当日から1日1回、7日間の予防的投与の結果を図1に示す。オキサリプラチン投与後14日目および21日目の対照群では、オキサリプラチン投与前日と比べて圧刺激逃避閾値が有意に低下しており、痛覚過敏が発症していた。ART-123投与群では媒体群で認められた圧刺激逃避閾値の低下を0.3mg/kgから用量依存的にかつ有意に抑制した。
【0091】
3.ラットモデルにおける、ART-123 1~3日間投与によるオキサリプラチン誘発性末梢神経障害の発症抑制効果
<試験方法>
(1)オキサリプラチン誘発性末梢神経障害モデルラットの作製
上記試験2.と同様に、7週齢のSprague Dawley系雄性ラットを用い、ラットにオキサリプラチンを6mg/kgの用量で、腹腔内に単回投与して作製した。
【0092】
(2)被験薬の投与
ART-123 1回投与群として、オキサリプラチンを投与したラットに、オキサリプラチン投与日当日にART-123を1回、翌日及び翌々日に媒体をそれぞれ1回腹腔内投与した。ART-123 2回投与群として、オキサリプラチンを投与したラットに、オキサリプラチン投与当日及びその翌日にART-123をそれぞれ1回、翌々日に媒体をそれぞれ1回腹腔内投与した。ART-123 3回投与群として、オキサリプラチンを投与したラットに、オキサリプラチン投与当日、翌日、及び翌々日にART-123をそれぞれ1回腹腔内投与した。ART-123の投与用量は1mg/kgとした。また陰性対照として媒体を1日1回、3日間腹腔内投与した(媒体群)。
【0093】
(3)ランダール-セリット試験(Randall-Selitto test)
上記試験2.と同様に、右後肢足を圧刺激鎮痛効果測定装置で次第に加圧して、逃避反応を示したときの圧力を圧刺激逃避閾値とした。
(4)統計処理
ART-123の作用に関しては、オキサリプラチン投与後14日目および21日目の圧刺激逃避閾値について統計処理を実施した。媒体群を対照として、ART-123の1回、2回および3回投与群の圧刺激逃避閾値について、パラメトリックWilliams検定(上昇方向)を有意水準片側2.5%以下で行った(図2中の*、**:p<0.05、p<0.01)。また、媒体群のオキサリプラチン投与1日前とオキサリプラチン投与後14日目あるいは21日目の圧刺激逃避閾値について、対応のあるt検定を有意水準両側5%で行った(図2中の##:p<0.01)。
【0094】
<結果>
オキサリプラチン投与後14日目および21日目の対照群では、オキサリプラチン投与前日と比べて圧刺激逃避閾値が有意に低下しており、痛覚過敏が発症していた。ART-123を1mg/kgの用量でオキサリプラチン投与当日、翌日、及び翌々日にそれぞれ1回、合計3回投与した場合、 オキサリプラチン治療1サイクルである14日目あるいは21日目において痛覚過敏を有意に抑制した。一方、ART-123の投与がオキサリプラチン投与当日のみの1回の場合、 オキサリプラチン治療1サイクルである14日目又は21日目まで痛覚過敏の抑制を持続する効果が弱い又は認められなかった。結果を図2に示す。
【0095】
つまり、ヒトでのART-123 0.06mg/kg静脈内投与量の約3~6倍量に相当するラットモデルでのART-123 1mg/kg腹腔内投与でもオキサリプラチン治療1サイクルである14日又は21日の期間にわたり、末梢神経障害の発症抑制効果を持続することができなかった。すなわち、ヒトにおいては、オキサリプラチン治療1サイクルにおけるART-123 0.06mg/kg静脈内3回投与がオキサリプラチンによる末梢神経障害の発症抑制には必要であり、オキサリプラチン治療1サイクルにおけるART-123 0.06mg/kg静脈内1回投与では、オキサリプラチンによる末梢神経障害の発症を抑制することは期待できないと考えられた。
図1
図2
【配列表】
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