(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-16
(45)【発行日】2023-03-27
(54)【発明の名称】細胞培養チップ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20230317BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
(21)【出願番号】P 2018210069
(22)【出願日】2018-11-07
【審査請求日】2021-09-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山中 誠
(72)【発明者】
【氏名】亀井 謙一郎
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/104541(WO,A1)
【文献】特開2015-116174(JP,A)
【文献】特開2004-108862(JP,A)
【文献】特開2004-333404(JP,A)
【文献】特開2010-200714(JP,A)
【文献】特開2004-000163(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 3/00 - 3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一面を有
し、光透過性の非多孔質体の材料からなる板材と、
前記板材の内部に形成され、一方の端部が前記第一面上に露出してなる第一開口部と、
前記板材の内部であって前記第一開口部とは異なる位置に形成され、一方の端部が前記第一面上に露出してなる第二開口部と、
前記第一開口部の他方の端部と前記第二開口部の他方の端部とを連絡する中空状の連絡部とを備え、
前記板材の前記第一面上のうち、前記第一開口部
及び前記第二開口部の近傍には撥水処理が施された撥水部を有し、
前記第一開口部
の近傍に形成された前記撥水部は、
前記第一開口部の外縁から前記第一開口部の半径又は前記第一開口部の内接円の半径に相当する長さだけ離れた位置までの領域が構成する面積の70%以上の領域を含むように形成されており、
前記第二開口部
の近傍に形成された前記撥水部は、
前記第二開口部の外縁から前記第二開口部の半径又は前記第二開口部の内接円の半径に相当する長さだけ離れた位置までの領域が構成する面積の70%以上の領域を含むように形成されており、
前記第一開口部の近傍に形成された前記撥水部と前記第二開口部の近傍に形成された前記撥水部とは、相互に離間していることを特徴とする、細胞培養チップ。
【請求項2】
前記撥水部は、フッ素系ポリマーを含む材料を含むことを特徴とする、請求項1に記載の細胞培養チップ。
【請求項3】
前記第一開口部の前記一方の端部から、前記連絡部を介して、前記第二開口部の前記一方の端部に達する空間の容積が、100μL以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の細胞培養チップ。
【請求項4】
前記第一面上に形成された、前記第一開口部の前記一方の端部及び前記第二開口部の前記一方の端部は、いずれも内径が5mm以下であることを特徴とする、請求項3に記載の細胞培養チップ。
【請求項5】
前記第一面上に形成された、前記第一開口部の前記一方の端部と前記第二開口部の前記一方の端部との離間距離が、20mm以下であることを特徴とする、請求項3又は4に記載の細胞培養チップ。
【請求項6】
請求項1に記載の細胞培養チップの製造方法であって、
一方の面から他方の面に向かって貫通する少なくとも2箇所の貫通孔と前記貫通孔同士を連絡する孔部を有する第一基板と、平板状の第二基板を作製する工程(a)と、
前記第一基板の前記一方の面のうち、少なくとも1箇所の前記貫通孔が露出されている領域の近傍に対して撥水処理を施す工程(b)と、
前記第一基板の前記他方の面と前記第二基板とを貼り合わせて前記板材を作製する工程(c)とを有することを特徴とする、細胞培養チップの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養チップ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、多数の試料を一度に観察、検査することができる実験器具として、マイクロプレートがある(例えば、下記特許文献1参照)。マイクロプレートは、多数のマイクロ流路が形成された平板状の器具であり、検査対象となる細胞や微生物等を各マイクロ流路の中でそれぞれ異なる条件で培養したり、検査したりすることを可能としたものである。マイクロプレートを用いることによって、多数のマイクロ流路内の検査対象を一度に容易に比較することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
マイクロ流路への溶液供給方法としては、ポンプとチューブを用いて連続的に溶液を供給する方式と、マイクロピペット等を用いて定容量の溶液を供給するバッチ式の方式がある。しかし、ポンプとチューブを用いる方式においては、チップの周囲にポンプ及びチューブを配置する必要があるため、全体としてサイズが大型化してしまう上、電源の取り回しなどが複雑化するという課題がある。そこで、簡易な方法でマイクロ流路に溶液を供給する観点からは、マイクロピペット等を用いて溶液をマイクロ流路内に供給する方式が好ましい。
【0005】
ところで、容積(容量)の小さいマイクロ流路を含む細胞培養チップにおいては、培養液の導入口と導出口との間隔が狭い。また、かかる細胞培養チップにおいては、マイクロ流路の容量が小さいことを踏まえ、多数のマイクロ流路を併設することが可能である。この場合、あるマイクロ流路Aの導入口と、隣接するマイクロ流路Bの導入口又は導出口との間隔も狭い。
【0006】
このような状態の下、あるマイクロ流路Aの導入口から、マイクロピペットを用いて溶液Xを導入した場合、前記導入口の周辺に溶液Xが濡れ広がるおそれがある。前記のとおり、同一のマイクロ流路A内における導入口と導出口の間隔や、隣接するマイクロ流路の間隔が狭いため、濡れ広がった溶液Xが、導出口や隣接するマイクロ流路内に侵入し、交差汚染(いわゆるコンタミネーション)が生じる恐れがある。このような現象が生じてしまうと、培養されている細胞等を正しく評価することができなくなる可能性がある。
【0007】
本発明は、上記の課題に鑑み、マイクロ流路を含む細胞培養チップであって、培養液の注入時に交差汚染が生じにくい細胞培養チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る細胞培養チップは、
第一面を有する板材と、
前記板材の内部に形成され、一方の端部が前記第一面上に露出してなる第一開口部と、
前記板材の内部であって前記第一開口部とは異なる位置に形成され、一方の端部が前記第一面上に露出してなる第二開口部と、
前記第一開口部の他方の端部と前記第二開口部の他方の端部とを連絡する中空状の連絡部とを備え、
前記板材の前記第一面上のうち、少なくとも前記第一開口部又は前記第二開口部の近傍には撥水処理が施された撥水部を有することを特徴とする。
【0009】
前記細胞培養チップによれば、第一開口部又は第二開口部から、例えばマイクロピペットを用いて細胞を含む培養液を注入することで、連絡部内において細胞を培養することが可能となる。そして、板材の第一面上のうち、少なくとも第一開口部又は第二開口部の近傍には撥水処理が施されているため、この撥水処理が施されている開口部から培養液を注入した場合、仮に開口部の周囲に培養液が付着したとしても、第一面上の開口部近傍に着滴化して留まり、その外側に培養液が流れ込むことが防止される。これにより、前記細胞培養チップを用いて、隣接した培養空間(連結部)内において複数の細胞を培養する場合においても、培養液が隣接する培養空間内に流入することが抑制される。
【0010】
また、上述したように、撥水部によって撥水処理が施されていることで、当該撥水部に漏れ出た培養液は水滴状態となる。このため、容易に開口部(第一開口部,第二開口部)側に戻すことが可能となる。培養空間内に供給される培養液の量が変化すると、細胞の培養状態に影響を及ぼすことがあるが、上記の構成によれば、各培養空間内に所定量の培養液を供給することができ、試験の精度を向上させることができる。
【0011】
なお、本明細書において、第一開口部又は第二開口部の「近傍」とは、第一面上における各開口部の外周から、少なくとも0.5mmだけ離れた位置までの領域を指すものとしても構わない。また、撥水部は、必ずしも第一開口部又は第二開口部の外周を完全に覆うように形成されている必要はなく、前記外周の外側の一部領域に、非撥水部が形成されていても構わない。より具体的には、第一開口部又は第二開口部の外縁から、開口部の半径(開口部が非円形である場合には内接円の半径)に相当する長さだけ離れた位置までの領域が構成する面積の、70%以上、100%以下の領域に撥水部が設けられているのが好ましい。より好ましくは、撥水部が、開口部の外縁の70%以上、100%以下の領域を含むように設けられる。
【0012】
前記撥水部は、撥水性に加えて、耐水性、薬品耐久性、及び生体適合性などを有するのが好ましい。一例として、前記撥水部は、フッ素系ポリマーを含む材料を含むものとすることができる。より詳細には、フッ素系ポリマー溶液をスタンプ又はインクジェットによって塗布することで、前記撥水部を形成することができる。
【0013】
前記細胞培養チップは、前記第一開口部の前記一方の端部から、前記連絡部を介して、前記第二開口部の前記一方の端部に達する空間の容積が、100μL以下であるものとしても構わない。
【0014】
かかる構成の場合、細胞を培養する空間は、微小空間で構成される。このような構成であっても、上述したように、板材の第一面上のうち、少なくとも第一開口部又は第二開口部の近傍には撥水処理が施されているため、微量の培養液を第一開口部又は第二開口部より注入することで、板材の第一面上を通じて培養液が流出する事態が抑制できる。
【0015】
前記第一面上に形成された、前記第一開口部の前記一方の端部及び前記第二開口部の前記一方の端部は、いずれも内径が5mm以下であるものとしても構わない。また、前記第一面上に形成された、前記第一開口部の前記一方の端部と前記第二開口部の前記一方の端部との離間距離が、20mm以下であるものとしても構わない。
【0016】
また、同一の細胞培養チップ上に、第一開口部、連絡部及び第二開口部を含んでなる培養空間が複数形成されていても構わない。この場合に、隣接する培養空間が備える、各開口部同士(第一開口部同士)の離間距離は、10mm以下とするのが好ましい。これにより、同時並行的に異なる環境下で複数の細胞を培養することが可能となり、高密度化/高スループット化が実現される。更に、各開口部の周囲に撥水部が設けられることで、隣接する培養空間内に、培養液が混入するリスクが低下し、交差汚染の問題が解消する。
【0017】
本発明は、前記細胞培養チップの製造方法であって、
一方の面から他方の面に向かって貫通する少なくとも2箇所の貫通孔と前記貫通孔同士を連絡する孔部を有する第一基板と、平板状の第二基板を作製する工程(a)と、
前記第一基板の前記一方の面のうち、少なくとも1箇所の前記貫通孔が露出されている領域の近傍に対して撥水処理を施す工程(b)と、
前記第一基板の前記他方の面と前記第二基板とを貼り合わせて前記板材を作製する工程(c)とを有することを特徴とする。
【0018】
上記方法によれば、前記2つの貫通孔と孔部とによって、第一開口部、第二開口部、及びこれらを連絡する連絡部を有すると共に、少なくとも一方の開口部の近傍の面上に撥水処理が施された撥水部を有した細胞培養チップが製造される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、培養液の注入時に交差汚染が生じにくい細胞培養チップが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】細胞培養チップの一実施形態の構造を示す模式的に示す斜視図である。
【
図2】第一基板側から細胞培養チップを見たときの模式的な平面図である。
【
図3】細胞培養チップを、
図2内のX1-X1線で切断したときの模式的な断面図である。
【
図4】培養液が注入された状態の細胞培養チップを、
図3にならって図示した模式的な断面図である。
【
図5】細胞培養チップの寸法を説明するための、模式的な断面図である。
【
図6】撥水部を有しない細胞培養チップに対して培養液が注入された状態における、細胞培養チップの模式的な平面図である。
【
図7】撥水部を有しない細胞培養チップに対して培養液が注入された状態における、細胞培養チップの模式的な断面図である。
【
図8A】複数の培養チャンバを備えた細胞培養チップの一例を模式的に示す平面図である。
【
図8B】複数の培養チャンバに対して培養液を注入した後の、
図8AにおけるA1-A1線で切断したときの状態を模式的に示す図面である。
【
図9】細胞培養チップの製造方法を模式的に示す工程断面図である。
【
図10】別実施形態の細胞培養チップの構造を模式的に示す断面図である。
【
図11】撥水部の形状の一例を示す模式的な平面図である。
【
図12A】別実施形態の細胞培養チップを第一基板側から見たときの模式的な平面図である。
【
図12B】別実施形態の細胞培養チップを第一基板側から見たときの模式的な平面図である。
【0021】
本発明に係る細胞培養チップ及びその製造方法につき、図面を参照して説明する。なお、以下の各図面はあくまで模式的に図示されたものである。すなわち、図面上の寸法比と実際の寸法比とは必ずしも一致しておらず、また、各図面間においても寸法比は必ずしも一致していない。
【0022】
[構造]
図1は、細胞培養チップの一実施形態の構造を示す模式的に示す斜視図である。
図1に示すように、細胞培養チップ1は、第一基板2aと第二基板2bからなる板材2を備える。
図2は、第一基板2a側から細胞培養チップ1を見たときの模式的な平面図である。
図3は、細胞培養チップ1を、
図2内のX1-X1線で切断したときの模式的な断面図である。
【0023】
本実施形態において、細胞培養チップ1は、第一基板2aと第二基板2bからなる板材2を備える。板材2のうち、第一基板2aには、離間した位置に2つの貫通孔が形成されており、これらの貫通孔の一方の面が第二基板2bと接触することで、第一開口部21及び第二開口部22が形成されている。つまり、細胞培養チップ1を第一基板2a側から見たとき、
図2に示すように、第一開口部21の一方の端部21a及び第二開口部22の一方の端部22aが露出されている。
図2に示すように、第一基板2aの面のうち、各開口部(21,22)の端部(21a,22a)が露出されている側の面3が「第一面」に対応する。以下、この面を適宜「第一面3」と称する。
【0024】
第一基板2aは、第二基板2b側の面に、細管状の凹部を有しており、この凹部と第二基板2bとの間の領域によって連絡部11が形成されている。連絡部11は、第一開口部21の端部21aとは反対側の端部21b、及び第二開口部22の端部22aとは反対側の端部22bとを連絡する中空流路を構成する。本実施形態では、連絡部11が、細胞を培養する空間(培養チャンバ)を構成する。
【0025】
言い換えれば、培養チャンバを構成する連絡部11は、板材2からなる壁部によって周囲が覆われ、第一開口部21から第二開口部22に向かう方向d1を長手方向とする細管状空間で構成される(
図3参照)。例えば、
図3において、第一開口部21の端部21a側から細胞41を含む培養液42が注入されることで、培養チャンバを構成する連絡部11内で細胞41が培養される(
図4も参照)。
【0026】
第一基板2aの第一面3のうち、少なくとも各開口部(21,22)の端部(21a,22a)が形成されている箇所の近傍には、撥水処理が施された領域(31,32)を有する。この領域を適宜「撥水部31」,「撥水部32」と称する。
【0027】
撥水部31は、第一基板2aの第一面3上において、少なくとも開口部21の端部21aの近傍の領域に形成されていればよい。同様に、撥水部32は、第一基板2aの第一面3上において、少なくとも開口部22の端部22aの近傍の領域に形成されていればよい。ここで、「開口部21の端部21aの近傍」とは、開口部21の端部21aの外周(外縁)から、外側に向かって前記端部21aの内径の50%離れた位置までの領域を指すものとする。同様に、「開口部22の端部22aの近傍」とは、開口部22の端部22aの外周(外縁)から、外側に向かって前記端部22aの内径の50%離れた位置までの領域を指すものとする。
【0028】
撥水部31、撥水部32は、液体を撥水させる機能を奏する限りにおいて、どのような素材・方法で形成されていても構わない。一例として、フッ素系ポリマーやシリコーンなど、疎水性材料が第一基板2aの第一面3上の所定の領域に塗布されているものとすることができる。また、ロータス効果による撥水性の発現機能を有する微細構造を設けても構わない。
【0029】
寸法の一例は以下の通りである(
図5参照)。第二基板2bの高さ(厚み)w3は約1mmであり、好ましくは100μm以上、2mm以下である。第一開口部21の高さh21、及び第二開口部22の高さh22は、いずれも約3mmである。連絡部11(培養チャンバ)の高さh11は、約300μmであり、好ましくは200μm以上500μm以下である。また、連絡部11(培養チャンバ)の長手方向に係る長さt11は、約9mmである。本実施形態では、前記長さt11が、第一開口部21の端部21aと及び第二開口部22の端部22aとの離間距離にほぼ対応する。
【0030】
図2に示す、第一開口部21の端部21a、及び第二開口部22の端部22aは、いずれも、内径が約2mmである。前記端部21a及び端部22aは、外接円(円形状である場合には当該円)の直径(内径)が、5mm以下であるのが好ましく、3mm以下であるのがより好ましい。
【0031】
なお、第一開口部21は、端部21aから端部21bに向かって、内径が均一である必要はなく、異なる内径を有する領域が存在していても構わない。第二開口部22についても同様である。
【0032】
第一開口部21の端部21aから、連絡部11を介して、第二開口部22の端部22aに達する空間の容積は、100mm3(100μL)以下であり、より好ましくは、10mm3(10μL)である。
【0033】
板材2を構成する第一基板2a及び第二基板2bは、好ましくは実質的に非多孔質体の材料からなる。ここで、「実質的に非多孔質体」であるとは、媒体の見かけ状の表面積が、実際の表面積に近似している状態を指す。上記のような非多孔質体を形成する材料の例としては、ガラスやシリコンなどの無機材料、又はポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネート(PC)、シクロオレフィンコポリマー(COC)、シクロオレフィンポリマー(COP)、ポリスチレン(PS)などの樹脂材料が挙げられる。なお、これらの樹脂材料が2種以上組み合わせられていても構わない。かかる材料で板材2を構成することで、連絡部11内で培養されている細胞41から放出された生理活性物質が、連絡部11の壁を構成する板材2内に吸収されるのを抑制しながら、再び細胞41側へと戻すことができる。
【0034】
板材2を構成する第一基板2a及び第二基板2bは、好ましくは、光透過性を有する材料で構成される。板材2が上記の樹脂材料で構成された場合、細胞41を細胞培養チップ1の外側から視認することができる。
【0035】
上述したように、本実施形態において、各開口部(21,22)の内径、及び各開口部(21,22)の開口面を構成する端部(21a,22a)の径は極めて短い。また、開口部(21,22)及び連絡部11からなる空間の容積も極めて小さい。このような微小空間内に細胞41を含む培養液42を注入する際には、マイクロピペットのような、ごく少量の液体を定量だけ供給できる器具を用いる方法が利用できる。
【0036】
ここで、本実施形態では、各開口部(21,22)の端部(21a,22a)の近傍に、撥水部(31,32)が設けられている。このため、例えば第一開口部21側からマイクロピペットを用いて培養液42を注入した場合、この培養液42が、第一基板2aの第一面3上における第一開口部21の外側の位置に漏れ出たとしても、第一面3上で撥水さされるため、更に外側に流出する事態が回避できる(
図4参照)。なお、
図4では、各撥水部(31,32)が高さを有するように図示されているが、これは図示の都合上であり、実際には、第一面3の表面上に極めて薄い膜として形成されているものとして構わない。
【0037】
これに対し、
図6及び
図7に示すように、撥水部(31,32)を有しない細胞培養チップ100の場合、第一開口部21から注入した培養液42が、第一面3の上面に溢れ出ると、そのまま第一面3上を流れてしまう。なお、
図6は、
図2にならって、第一基板2a側から細胞培養チップ100を見たときの平面図に対応し、
図7は、
図6内のX2-X2線で切断したときの断面図に対応する。
図6及び
図7には、注入した培養液42の量が多かったことで、第二開口部22側にも培養液42が溢れ出た場合が模式的に図示されている。
【0038】
上述したように、第一開口部21、連絡部11、及び第二開口部22で構成される流路は、極めて微小なサイズである。このため、
図8Aに図示されるように、複数の流路が互いに独立した状態で同一の板材2内に形成される場合が想定される。かかる構成によれば、並行して複数の細胞41を培養することができるため、実験・評価の効率が向上する。なお、
図8Aに図示されている各培養空間の配置数や配置の態様はあくまで一例である。例えば、
図8Aでは、行方向及び列方向に複数個の培養空間が形成されている場合が例示的に示されているが、例えば、一方の方向には1個の培養空間が形成されていても構わない。
【0039】
ここで、
図6及び
図7に示したように、開口部(111,112)近傍の第一面3上に撥水処理が施されていない場合、開口部111から注入された培養液42が第一基板2aの第一面3上を流れ、隣接する培養チャンバを構成する連絡部11に連絡された開口部(111,112)を通じて、前記隣接する培養チャンバ内に流入する可能性がある。このような事態が生じると、ある培養チャンバ(連絡部11)内で培養されていた細胞41から放出された生理活性物質が、別の培養チャンバ(連絡部11)内に流入してしまい、この別の培養チャンバ内で培養していた細胞41に作用を及ぼすおそれがある。このような事態が生じると、培養された細胞に対して正しく評価することができなくなるおそれがある。
【0040】
これに対し、本実施形態の細胞培養チップ1のように、開口部(21,22)近傍の第一面3上に、撥水処理が施された撥水部(31,32)が設けられることで、仮に培養液42が開口部(21,22)から流出した場合であっても、水滴化して当該箇所に留まり、隣接する培養チャンバ内に流入することが防止される。上述したように、細胞培養チップ1の培養チャンバを構成する連絡部11内に培養液42を供給するに際しては、径の小さい開口部(21,22)から培養液42を注入する必要があるところ、培養液42が開口部(21,22)の外側にあふれる可能性がある。仮に、培養液42が開口部(21,22)の外側にあふれてしまうと、そのまま周囲に濡れ広がるおそれがある。しかし、上記のように、開口部(21,22)近傍の第一面3上に、撥水部(31,32)が設けられることで、仮に培養液42が開口部(21,22)から溢れたとしても、液滴化されて当該箇所にとどまるため、周囲に濡れ広がりにくい。
【0041】
図8Bは、
図8Aに示す細胞培養チップ1に培養液42を注入した後の、A1-A1線で切断したときの状態を示す模式的な図面である。開口部21の外周に撥水部31が形成されているため、撥水部31の内側において培養液42が水滴化し(水滴42a)、隣接する開口部21に流入することが防止される。例えば、開口部21の内径が2mmである場合、開口部21の上面に形成される水滴42aの直径は、2.8mm以上3.8mm以下程度である。
【0042】
[製造方法]
細胞培養チップ1の製造方法の一例につき、
図9を参照して説明する。まず、
図9(a)に示すように、所定の形状の金型(51,52)を準備する。金型51は第一基板2aの金型であり、金型52は第二基板2bの金型である。金型51は、第一基板2aの開口部(21a,21b)に対応した形状を呈している。
【0043】
次に、
図9(b)に示すように、この金型(51,52)を用いて、上述した材料(例えば樹脂材料)を用いて射出成形を行い、第一基板2a及び第二基板2bを作製する(工程(a))。その後、
図9(c)に示すように、第一基板2aの第一面3側の所定の箇所に撥水用の表面処理を行う(工程(b))。具体的には、上述したように、フッ素系ポリマー樹脂を、所定の箇所にインクジェット方式又はスタンプ方式によって塗布する。撥水用の表面処理の方法としては、上記の方法には限定されないが、第一基板2aに設けられた貫通孔、孔部を汚染しない方法が用いられるのが好ましい。
【0044】
その後、
図9(d)に示すように、第一基板2aの第一面3とは反対側の面と、第二基板2bとを貼り合わせる(工程(c))。貼り合わせの際には、貼り合わせ工程後に形成される開口部(21,22)及び連絡部11の内側の流路を汚染しない方法が好ましい。具体的には、接着剤を用いずに行うのが好ましい。一例としては、両基板(2a,2b)の接合面に真空紫外線を照射して表面処理を行った後、接合面同士を当接させた状態で加圧及び加熱を行う方法を採用することができる。
【0045】
なお、工程(a)において、金型を用いずに、予め準備された、
図9(b)に示すような形状を有する第一基板2a及び第二基板2bを用いて、工程(b)及び工程(c)を実行するものとしても構わない。また、工程(c)において、各基板(2a,2b)の外表面全体にわたって表面処理を施すものとしても構わない。
【0046】
[別実施形態]
以下、別実施形態について説明する。
【0047】
〈1〉上記実施形態では、第一基板2aの第一面3のうち、少なくとも各開口部(21,22)の端部(21a,22a)が形成されている箇所の近傍に撥水処理が施された領域(撥水部31,撥水部32)を有するものとして説明した。しかし、第一基板2aの第一面3a全体にわたって撥水処理が施されているものとしても構わない。
【0048】
また、第一基板2aの第一面3のうち、一方の開口部、例えば第一開口部21の端部21aが形成されている箇所の近傍にのみ撥水処理が施されているものとしても構わない。この場合、撥水処理が施されている側の開口部(ここでは第一開口部21)側から培養液42を注入するものとして構わない。
【0049】
〈2〉
図10に示すように、細胞培養チップ1において、第一開口部21と第二開口部22の内径を異ならせても構わない。この場合、径の大きい第一開口部21から培養液42を注入し、径の小さい第二開口部22から培養液42を外部に取り出すものとすることができる。この場合、培養液42を注入する側となる第一開口部21の端部21aの近傍にのみ撥水部31を設け、第二開口部22の端部22aの近傍には撥水部32を設けないものとしても構わない。
【0050】
〈3〉上記実施形態では、培養チャンバを構成する連絡部11と、各開口部(21,22)とが、第二基板2bの上面を共通の底面である場合について説明した。しかし、この態様は一例である。ただし、細胞培養チップ1の製造工程を容易化すると共に、細胞培養チップ1のサイズを極めて小型化することができるという点において、連絡部11と、各開口部(21,22)の底面が共通化されるのが好ましい。
【0051】
〈4〉
図2を参照して上述した実施形態では、第一開口部21の端部21aの周囲を取り囲むように撥水部31が設けられている場合について説明した。しかし、撥水部31は、必ずしも第一開口部21の端部21aの周囲を完全に取り囲むように形成されている必要はなく、例えば、
図11に示すように、第一開口部21の端部21aの外周部の領域の一部に非撥水部31aが形成されていても構わない。特に、上述した工程(b)において、撥水部31を形成する箇所以外をマスクした状態で撥水性材料をスプレー蒸着することで撥水部31を形成する場合には、第一基板2aの第一面3上のうちのマスクを保持するためのブリッジ部に対向する位置に、非撥水部31aが形成される。
【0052】
このとき、撥水部31は、第一開口部21の外縁21cから、第一開口部21の半径r21に相当する長さだけ離れた位置までの領域(すなわち外縁21cと仮想円21dとで挟まれた領域)が構成する面積の70%以上の領域に、設けられているのが好ましい。更に、撥水部31は、第一開口部21の外縁21cの70%以上の領域を含むように設けられているのがより好ましい。第二開口部22側に設けられる撥水部32についても同様である。
【0053】
なお、
図11では、非撥水部31aが、第一開口部21の外側に複数箇所分散して形成されている場合が図示されているが、1箇所に設けられていても構わない。非撥水部31aが形成される数や形状は任意である。
【0054】
また、撥水部31は、必ずしも第一開口部21の端部21aの外周からの幅が、均一ででなくても構わない。非撥水部31aが形成されている場合においても同様である。
【0055】
〈5〉上記実施形態では、一対の開口部(21,22)が培養チャンバを構成する連絡部11に連絡されてなる細胞培養チップ1について説明した。しかし、本発明の細胞培養チップ1において、連絡部11に対して連絡される開口部(21,22)の数は限定されない。
【0056】
図12A及び
図12Bは、別実施形態の細胞培養チップ1を、
図2にならって第一基板2a側から見たときの模式的な平面図である。
図12Aに示す細胞培養チップ1は、2つの第一開口部21と、1つの第二開口部22とを備え、各開口部(21,22)が連絡部11によって連絡されている。また、
図12Bに示す細胞培養チップ1は、1つの第一開口部21と、3つの第二開口部22とを備え、第一開口部21とそれぞれの第二開口部22とを連絡するように3つの連絡部11が設けられている。
【0057】
そして、
図12A及び
図12Bのいずれの細胞培養チップ1においても、開口部(21,22)の近傍に撥水部(31,32)が形成されている。なお、上述したように、第一開口部21と第二開口部22のうち、いずれか一方の近傍にのみ撥水部(31,32)が形成されていても構わないし、第一開口部21や第二開口部22が複数存在する場合には、1つ以上の開口部(21,22)の近傍にのみ撥水部(31,32)が形成されていても構わない。
【符号の説明】
【0058】
1 : 細胞培養チップ
2 : 板材
2a : 第一基板
2b : 第二基板
3 : 第一面
11 : 連絡部(培養チャンバ)
21 : 第一開口部
21a,21b : 第一開口部の端部
21c : 第一開口部の外縁
21d : 仮想円
22 : 第二開口部
22a,22b : 第二開口部の端部
31 : 撥水部
31a : 非撥水部
32 : 撥水部
41 : 細胞
42 : 培養液
42a : 培養液の水滴部分
51,52 : 金型
100 : 撥水部を有しない細胞培養チップ
111,112 : 細胞培養チップ100が備える開口部