(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-16
(45)【発行日】2023-03-27
(54)【発明の名称】三次元培養表皮モデル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230317BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230317BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230317BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12Q1/02
C12N15/09 110
(21)【出願番号】P 2018231805
(22)【出願日】2018-12-11
【審査請求日】2021-10-18
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮地 克真
(72)【発明者】
【氏名】井上 悠
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 祐一
(72)【発明者】
【氏名】山田 貴亮
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/020970(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/070506(WO,A1)
【文献】乾燥やシワの遺伝子をゲノム編集、加齢による肌の変化を表皮モデルで再現可能に,医療機器ニュース - MONOist, 2017年4月11日,p.1-4,https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/1704/11/news033.html, 検索日:2022年9月27日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12Q 1/02
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノム編集によって標的遺伝子が改変されたゲノム編集表皮角化細胞と、正常表皮角化細胞とを含む、三次元培養表皮モデル
であって、該標的遺伝子が、フィラグリン(FLG)、インボルクリン(IVL)、ロリクリン(LOR)、トランスグルタミナーゼ-2、タイトジャンクションタンパク-1(TJP1)、クローディン1(CLDN1)、オクルディン(OCLN)、アクアポリン1(AQP1)、アクアポリン3(AQP3)、3-ケトジヒドロスフィンゴシンレダクターゼ(KDSR)、セラミド合成酵素-1(CERS1)、セラミド合成酵素-3(CERS3)、セラミド合成酵素-6(CERS6)、スフィンゴシン1-リン酸ホスファターゼ(SGPP2)、アルカリセラミダーゼ1(ACER1)、カスパーゼ14(CASP14)、及びsmall proline-rich proteins 1A(SPRR1A)から選ばれる1種又は2種以上の皮膚バリア機能に関連する遺伝子である、三次元培養表皮モデル。
【請求項2】
前記ゲノム編集表皮角化細胞の細胞数と前記正常表皮角化細胞の細胞数を合わせた全細胞数に対し、前記ゲノム編集表皮角化細胞の占める細胞数の割合が5%以上である、請求項1に記載の三次元培養表皮モデル。
【請求項3】
以下の工程を含む三次元培養表皮モデルの製造方法。
(a)表皮角化細胞の標的遺伝子をゲノム編集により改変してゲノム編集表皮角化細胞を作製する工程
であって、該標的遺伝子が、フィラグリン(FLG)、インボルクリン(IVL)、ロリクリン(LOR)、トランスグルタミナーゼ-2、タイトジャンクションタンパク-1(TJP1)、クローディン1(CLDN1)、オクルディン(OCLN)、アクアポリン1(AQP1)、アクアポリン3(AQP3)、3-ケトジヒドロスフィンゴシンレダクターゼ(KDSR)、セラミド合成酵素-1(CERS1)、セラミド合成酵素-3(CERS3)、セラミド合成酵素-6(CERS6)、スフィンゴシン1-リン酸ホスファターゼ(SGPP2)、アルカリセラミダーゼ1(ACER1)、カスパーゼ14(CASP14)、及びsmall proline-rich proteins 1A(SPRR1A)から選ばれる1種又は2種以上の皮膚バリア機能に関連する遺伝子である工程
(b)工程(a)で作製したゲノム編集表皮角化細胞と正常表皮角化細胞を任意の割合で混合する工程
(c)工程(b)で得られた細胞混合物を三次元培養する工程
【請求項4】
前記表皮角化細胞が、不死化細胞である、請求項
3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記ゲノム編集が、CRISPR-Cas9によって行われる、請求項
3又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記標的遺伝子の改変が、欠失、挿入、又は置換である、請求項
3~
5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1
又は2に記載の三次元培養表皮モデルに被験物質を接触させ、該モデルの表皮角化細胞の変化を測定することを特徴とする、該被験物質の有効性又は安全性を評価する方法。
【請求項8】
請求項1
又は2に記載の三次元培養表皮モデルに被験物質を接触させ、該モデルの表皮角化細胞の変化を測定することを特徴とする、
皮膚バリア機能の改善物質をスクリーニングする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肌荒れやシワのような特定の肌の状態をレベルごとに再現した三次元培養表皮モデル及びその製造方法、ならびにその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を立体的に培養して機能的な三次元組織を人工的に構築する技術は、臓器の代替や組織の再生といった再生医療のみならず、化粧品や医薬品の安全性や有効性の評価試験においても利用できるので盛んに研究・開発が行われている。例えば、人の皮膚の組織を模したモデルとして、培養表皮、培養真皮、これらを組み合わせた複合型培養皮膚が開発されている。これらの皮膚モデルは医療の現場においては熱傷や皮膚潰瘍における創傷閉鎖に用いられるほか、化粧品や医薬品の開発においては、皮膚に対する薬剤の有効性や刺激性を予測し評価するためのツールとして用いられている。
【0003】
今日では、様々な種類の培養表皮(皮膚)モデルが市販されており、これらを利用することにより、皮膚刺激性試験や経皮吸収性試験などを実験動物を使用せずにin vitroで行うことが可能となっている。また、肌荒れや炎症といった皮膚の損傷状態を再現した傷害皮膚モデルも、化粧品や医薬品の有効性評価やスクリーニングを目的として開発されており、傷害手段としては、典型的には紫外線照射や化学的薬剤が用いられている。例えば、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を含有する生理食塩水に浸漬することによって損傷を施した表皮類似構造物(特許文献1)、ケラチノサイト及び繊維芽細胞を含んで成る三次元皮膚モデルに一定の条件下でUVBを照射することで作製された不全角化及び/又は表皮増殖異常三次元皮膚モデル(特許文献2)、培養下で維持された表皮組織を単離して低湿下で乾燥させた角質シートから成る肌荒れ表皮モデル(特許文献3)、培養ケラチノサイトにカルシウム結合タンパクS100タンパク質ファミリーのS100AおよびS100A9を作用させることにより炎症性サイトカインを誘導して作製された、炎症誘導と過剰増殖を伴う皮膚疾患のin vitroモデル(特許文献4)などが提案されている。
【0004】
しかしながら、上記のような方法で作製された傷害皮膚モデルは、紫外線照射の強さや化学薬剤の濃度の制御が難しく、またロット間の変動が大きいので、それらを用いた評価試験の精度は必ずしも高いといえるものではなかった。また、肌質は、かぶれやすい人、乾燥しやすい人、色素沈着が起こりやすい人など個人によって大きな差異があり、肌荒れ、色素沈着(シミ・ソバカス)、角質肥厚(ごわつき)といった肌の状態も、年齢、季節、環境によって変化する。例えば、低刺激性の化粧料であっても個人の肌質や状態によってはトラブルを招く可能性がある。よって、薬剤や化粧料の作用や効果を正確に確認するためにも、また、個人の肌の状態に適した薬剤や化粧料を提供するためにも、特定の肌の状態を正確に再現した表皮モデルの開発と運用が待たれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-26092号公報
【文献】特開2009-240271号公報
【文献】特開2010-172200号公報
【文献】WO2008/096868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、上述した実情に鑑み、肌荒れやシワのような特定の肌の状態をレベルごとに正確に再現した三次元培養表皮モデルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、近年着目されている遺伝子を任意に編集できるゲノム編集技術を用いて改変した表皮角化細胞を原料とした三次元培養表皮を作製することにより、標的遺伝子とゲノム編集の種類に応じて様々な肌の状態を再現できること、また、原料にゲノム編集表皮角化細胞と正常の表皮角化細胞を混合して用い、その割合を任意に変更することにより、肌の状態をレベルごとに正確に再現できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)ゲノム編集によって標的遺伝子が改変されたゲノム編集表皮角化細胞と、正常表皮角化細胞とを含む、三次元培養表皮モデル。
(2)前記ゲノム編集表皮角化細胞の細胞数と前記正常表皮角化細胞の細胞数を合わせた全細胞数に対し、前記ゲノム編集表皮角化細胞の占める細胞数の割合が5%以上である、(1)に記載の三次元培養表皮モデル。
(3)前記標的遺伝子が、皮膚バリア機能に関連する遺伝子である、(1)又は(2)に記載の三次元培養表皮モデル。
(4)以下の工程を含む三次元培養表皮モデルの製造方法。
(a)表皮角化細胞の標的遺伝子をゲノム編集により改変してゲノム編集表皮角化細胞を作製する工程
(b)工程(a)で作製したゲノム編集表皮角化細胞と正常表皮角化細胞を任意の割合で混合する工程
(c)工程(b)で得られた細胞混合物を三次元培養する工程
(5)前記表皮角化細胞が、不死化細胞である、(4)に記載の製造方法。
(6)前記標的遺伝子が、皮膚バリア機能に関連する遺伝子である、(4)又は(5)に記載の製造方法。
(7)前記ゲノム編集が、CRISPR-Cas9によって行われる、(4)~(6)のいずれかに記載の製造方法。
(8)前記標的遺伝子の改変が、欠失、挿入、又は置換である、(4)~(7)のいずれかに記載の製造方法。
(9)(1)~(3)のいずれかに記載の三次元培養表皮モデルに被験物質を接触させ、該モデルの表皮角化細胞の変化を測定することを特徴とする、該被験物質の有効性又は安全性を評価する方法。
(10)(1)~(3)のいずれかに記載の三次元培養表皮モデルに被験物質を接触させ、該モデルの表皮角化細胞の変化を測定することを特徴とする、表皮機能の改善物質をスクリーニングする方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、肌荒れやシワのような特定の肌の状態をレベルごとに再現し、かつロット間でのバラつきのない三次元培養表皮モデルが提供される。よって、本発明の三次元培養表皮モデルは、皮膚刺激性試験や皮膚のターンオーバーの促進物質などの評価試験において、再現性かつ信頼性のある評価結果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、全細胞に対するゲノム編集細胞の割合を変更して作製した任意の肌荒れレベルの培養表皮モデルの染色像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.三次元培養表皮モデル及びその製造方法
本発明の三次元培養表皮モデルは、ゲノム編集によって標的遺伝子が改変されたゲノム編集表皮角化細胞と正常表皮角化細胞とを含むことを特徴とする。本発明において、「ゲノム編集表皮角化細胞」とは、表皮角化細胞のゲノム上の標的遺伝子をゲノム編集によって遺伝子改変を行った表皮角化細胞をいい、遺伝子改変としては、欠失(完全欠失及び部分欠失を含む)、挿入(外来遺伝子の挿入を含む)、置換等が挙げられる。また、本発明において、「正常表皮角化細胞」とは、上記のようなゲノム編集を行っていない表皮角化細胞をいう。
【0012】
ゲノム編集とは、ゲノムDNAの特定部位を切断できる人工酵素を用いて任意のDNAの塩基配列に二本鎖切断(Double Strand Break:DSB)を導入し、切断されたDNAの修復機構(相同組換え(homologous recombination:HR)又は非相同末端連結(non-homologous end jointing:NHEJ)の過程で標的遺伝子を改変する技術である。本発明の三次元培養表皮モデルは、このようなゲノム編集によって標的遺伝子が改変されたゲノム編集表皮角化細胞を、培養表皮を構成する全細胞に対して任意の割合で含有するものであり、標的遺伝子の種類、改変の種類に対応した様々な肌状態を再現し、かつ、上記割合を変更することによって任意に肌状態のレベルを制御することを可能とするものである。本発明の三次元培養表皮モデルはまた、ロット間のバラつきもなく、実際のヒト表皮に近い表皮角化細胞が重層化した構造を有することを特徴とする。
【0013】
本発明の三次元培養表皮モデルにおいて、ゲノム編集表皮角化細胞の細胞数と正常表皮角化細胞の細胞数を合わせた全細胞数に対し、ゲノム編集表皮角化細胞の占める細胞数の割合は5%以上であればよく、100%未満の範囲で、例えば、10%、15%、20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%等とすることができる。
【0014】
本発明において、ゲノム編集により改変される標的遺伝子としては、表皮角化細胞(ケラチノサイト)において発現し、特定の肌の状態に関連する遺伝子であれば特に制限はされない。また、上記標的遺伝子には、表皮角化細胞(ケラチノサイト)以外の表皮内の他の細胞(メラノサイト等)や、表皮や皮膚全体の機能(弾力性、水分の保持等)に影響を及ぼす基底膜や真皮内の細胞において発現する遺伝子であって、特定の肌の状態に関連する遺伝子をも含むものとする。本発明において、「肌の状態」とは、バリア機能、しわ、たるみ、炎症、色素沈着(シミ・そばかす)、乾燥、皮脂量、毛穴の開き、きめの粗さなどを指す。標的遺伝子としては、例えば、下記の遺伝子が挙げられ、これらの1種であってもよく、2種以上であってもよい。ゲノム編集では、複数の遺伝子を同時に改変することが可能である。
【0015】
<皮膚バリア機能に関連する遺伝子>
フィラグリン(FLG):NM_002016.1
インボルクリン(IVL):NM_005547.3
ロリクリン(LOR):NM_000427.2
トランスグルタミナーゼ-2(TGM2):NM_001323316.1
タイトジャンクションタンパク-1(TJP1):NM_001301025.2
クローディン1(CLDN1):NM_021101.4
オクルディン(OCLN):NM_001205254.2
アクアポリン1(AQP1):NM_001329872.1
アクアポリン3(AQP3):NM_001318144.1
3-ケトジヒドロスフィンゴシンレダクターゼ(KDSR):NM_002035.4
セラミド合成酵素-1(CERS1):NM_001290265.1
セラミド合成酵素-3(CERS3):NM_001290341.2
セラミド合成酵素-6(CERS6):NM_001256126.1
スフィンゴシン1-リン酸ホスファターゼ(SGPP2):NM_001320833.1
アルカリセラミダーゼ1(ACER1):NM_133492.2
カスパーゼ14(CASP14):NM_012114.3
small proline-rich proteins 1A(SPRR1A):NM_001199828.1
【0016】
<シワ・たるみに関連する遺伝子>
I型コラーゲンα1(COL1A1):NM_000088.3
III型コラーゲンα1(COL3A1): NM_000090.3
ヒアルロン酸合成酵素-1(HAS1):NM_001297436.1
エラスチン(ELN):NM_000501.3
マトリックスメタロプロテイナーゼ-1(MMP1):NM_001145938.1
ヒアルロニダーゼ3(HYAL3): NM_001200029.1
ガレクチン9(galectin 9): NM_001330163.1
【0017】
<老化及び酸化ストレスに関連する遺伝子>
サーチュイン(SIRT):NM_001142498.1
kelch like ECH associated protein 1(KEAP1):NM_012289.3
ラミンA(LMNA):NM_001257374.2
ATMセリン/トレオニン蛋白質キナーゼ(ATM):NM_000051.3
ATRセリン/トレオニン蛋白質キナーゼ(ATR):NM_001184.4
WRN:NM_000553.5
テロメラーゼ逆転写酵素(TERT):NM_001193376.1
カタラーゼ(CAT):NM_001752.3
ラミニンα3(LAMA3):NM_000227.4
ラミニンβ3(LAMB3):NM_000228.2
ラミニンγ2(LAMC2):NM_005562.2
IV型コラーゲンα1(COL4A1):NM_001303110.1
V型コラーゲンα1(COL5A1):NM_000093.4
インテグリンβ1(ITGB1):NM_002211.3
tumor protein p53 (TP53):NM_000546.5
サイクリン依存キナーゼ阻害タンパク質1A(CDKN1A):NM_000389.4
サイクリン依存性キナーゼ阻害2A(CDKN2A):NM_000077.4)
スーパーオキシドディスムターゼ-2(SOD2):NM_000636.4
グルタチオンペルオキシダーゼ1(GPX1):NM_000581.4
【0018】
<シミやソバカスに関連する遺伝子>
ドーパクロムトートメラーゼ(DCT):NM_001129889.2
Ras-related protein Rab-27A(RAB27A):NM_004580.4
Wnt family member 1(WNT1):NM_005430.3
小眼球症関連転写因子(MITF):NM_000248.3
チロシナーゼ関連タンパク-1(TYRP1): NM_000550.2
チロシナーゼ(TYR):NM_000372.4
【0019】
<毛穴肥大・脂性肌に関連する遺伝子>
ステロイド-5α-リダクターゼ-1(SRD5A1):NM_001047.4
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ(PPARG):NM_001330615.1
fatty acid binding protein 2(FABP2):NM_000134.3
【0020】
本発明の三次元培養表皮モデルの製造方法は、(a)表皮角化細胞の標的遺伝子をゲノム編集により改変してゲノム編集表皮角化細胞を作製する工程、(b)工程(a)で作製したゲノム編集表皮角化細胞と正常表皮角化細胞を任意の割合で混合する工程、及び(c)工程(b)の細胞混合物を三次元培養する工程を含む。以下、本発明の三次元培養表皮モデルの製造方法について工程順に説明する。
【0021】
工程(a):
工程(a)では、表皮角化細胞の標的遺伝子をゲノム編集により改変する。本発明において使用する表皮角化細胞は、継代を重ねても増殖能と分化能を失わず、細胞老化のない不死化表皮細胞であることが好ましい。不死化表皮角化細胞は、ヒト等の皮膚組織より分離された表皮角化細胞に、不死化遺伝子を導入した細胞を適当な培地中で継代培養することによって樹立することができる。ここで「不死化遺伝子」とは、細胞を不死化し、無限増殖能を獲得させる遺伝子をいい、表皮角化細胞などの上皮細胞の培養細胞を不死化させ、かつ細胞死を誘導しない遺伝子であれば特に限定はされない。また、不死化遺伝子は、外因性遺伝子であり、細胞外から新たに導入される不死化遺伝子を意味する。さらに、不死化遺伝子は、ヒト以外に由来する不死化遺伝子であってもよく、標的細胞内で発現可能な形態に改変された不死化遺伝子であってもよい。本発明において用いる不死化遺伝子としては、例えば、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)遺伝子、テロメラーゼの発現又は活性を調節する遺伝子(例えば、Myc遺伝子、Ras遺伝子等)、ウイルス遺伝子(SV40T、HPV E6-E7、EBV等)が挙げられるが、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)遺伝子が好ましく、ヒトテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)遺伝子がより好ましい。本発明において使用される表皮角化細胞の由来としては、哺乳動物であれば特に限定はされず、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ等が挙げられるが、ヒトであることが好ましい。
【0022】
また、不死化遺伝子に加えて、細胞周期の移行促進因子をコードする遺伝子をさらに導入することが好ましい。細胞周期の移行促進因子(細胞周期の正の調節因子)としては、
細胞周期のG1からS期への進行に関与するサイクリン依存性キナーゼ(Cyclin-Dependent Kinase:CDK)とその結合パートナーであるサイクリン(Cyclin:CCN)が挙げられる。サイクリン依存性キナーゼ(CDK)とサイクリン(CCN)は、いずれか一方であっても両方であってもよい。本発明において用いるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)としては、CDK1、CDK2、CDK3、CDK4、CDK6及びCDK7が挙げられ、これらの中でもCDK4及びCDK6が好ましく、CDK4がより好ましい。また、サイクリン(CCN)としては、上記CDKと結合して活性化できるものであればよく、例えばD型サイクリン(CCND1,CCND2,CCND3)が挙げられる。本発明において用いるCDK遺伝子及び/又はCCN遺伝子のヌクレオチド配列の情報は、NCBIデータベースから入手可能である。また、CDK遺伝子及び/又はCCN遺伝子は、好ましくは哺乳動物由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0023】
上記の不死化遺伝子や細胞周期の移行促進因子をコードする遺伝子を表皮角化細胞に導入する方法は、一般に遺伝子導入に用いられている方法であれば限定はされないが、例えば、ウイルスベクターを用いる方法、リポフェクション法、リン酸カルシウム共沈法、エレクトロポレーション法などが挙げられるが、ウイルスベクターを用いる方法が好ましい。ウイルスベクターとしては、レンチウイルスベクター、レトロウイルスベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、アデノウイルスベクター等が挙げられる。
【0024】
本発明において、表皮角化細胞の標的遺伝子の改変は、当該標的遺伝子座のゲノム編集によって行う。ゲノム編集は、DNA二本鎖の切断とその修復のエラーを利用して遺伝子改変を行う技術であり、DNA二本鎖を切断できるヌクレアーゼ、前記ヌクレアーゼと結合又は複合体化するDNA認識成分を使用する。このようなゲノム編集技術としては、例えば、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)-Cas9、TALEN(transcription activator-like effector nuclease)、ZFN(zinc-finger nuclease)などが挙げられるが、標的配列の設計の容易性や効率の観点から、CRISPR-Cas9を用いるのが好ましい。これらの技術に基づくゲノム編集のためのキットは市販されており、例えばThermo Fisher Scientific社、ORIGENE社、クロンテック社などから購入することができる。
【0025】
CRISPR-Cas9では、ゲノム上のPAM配列(NGG)に隣接する標的の塩基配列に相補的な塩基配列を有するガイドRNA(gRNA)と、Cas9ヌクレアーゼとを使用して標的DNA配列に二本鎖切断(DSB)を導入する。ガイドRNA(gRNA)の配列は、オンラインCRISPR ガイドRNAデザインツール(https://apps.thermofisher.com/apps/crispr/index.html#/search)、Thermo社のInvitrogen(登録商標)GeneArt(登録商標)CRISPR Search and Design Toolなどの公知のガイドRNAの設計ツールを用いて設計することができる。
【0026】
二本鎖切断導入後、非相同性末端結合(NHEJ)経路の修復では、塩基の欠失や挿入などの変異に基づくフレームシフト、終止コドンの誘発により、遺伝子機能の破壊(ノックアウト)を誘導させることができる。また、相同組換え(HR)経路の修復では、ドナーベクターを共導入することによって、切断部分に別の遺伝子の導入(ノックイン)やSNPsの置換を行うことができる。
【0027】
本発明においては、特定の肌の状態を再現するために、前記標的遺伝子の機能を欠損させる、不活性化させる、発現を増強させるなどのゲノム編集を行う。例えば、皮膚バリア機能を担う遺伝子であるフィラグリン遺伝子の機能の全部又は一部を破壊(ノックアウト)するゲノム編集を行うことより、肌荒れ状態を再現した培養表皮モデルを作製することができる。またシワ形成遺伝子であるマトリックスメタロプロテイナーゼ-1(MMP1)遺伝子の発現を増加させるゲノム編集(例えば当該遺伝子の転写活性化因子や強力なプロモーターの発現量を増加させる編集)を行うことにより、シワ状態を再現した培養表皮モデルを作製することができる。
【0028】
工程(b):
工程(b)では、工程(a)で作製したゲノム編集表皮角化細胞と正常細胞とを任意の割合で混合する。ゲノム編集表皮角化細胞と正常細胞の混合比は、特に限定はされず、例えば、最終的に得られる培養表皮で再現したい肌の状態のレベルに応じて、適宜選択することができ、細胞数で99:1~1:99の範囲とすることができる。
【0029】
工程(c):
次に、工程(c)では、ゲノム編集表皮角化細胞と正常表皮角化細胞の細胞混合物(以下、「細胞混合物」という)を用いて三次元培養を行う。三次元培養は、表皮角化細胞(ケラチノサイト)を空気暴露により重層化させ皮膚を再構成させるという、当分野で一般的に用いられている下記の三次元培養皮膚の作製方法に従って行うことができる。
【0030】
三次元培養皮膚の作製は、細胞の増殖培養工程と分化誘導工程からなる。増殖培養工程においては、細胞混合物を、培養インサート等の培養容器内で底面にコンフルエントになるまで増殖培養させる。具体的には、細胞混合物を細胞増殖用培地に分散し、この細胞分散液を、液透過性膜を底面に有する培養インサートに播種し、培養インサートの外部も同じ細胞増殖用培地で満たして、液透過性膜上の細胞混合物が細胞増殖用培地中に浸漬した状態で培養する。液透過性膜によって、培養インサートの内部と外部とは培地が透過可能なように連通している状態が維持される。ここで、細胞培養インサートに添加する細胞混合物の細胞数は、特に限定されないが、通常15×104~120×104細胞/cm2が好ましく、30×104~90×104細胞/cm2がより好ましい。
【0031】
培養インサートの液透過性膜は、細胞混合物が接着又は固定され、その上で細胞混合物が増殖でき、支持体となりうるものであれば、特に限定されないが、例えば、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン等の膜が挙げられる。また、当該膜にコラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン等の細胞外マトリックスやポリL-リジン等の細胞の接着を補助するものをコーティングしてもよい。
【0032】
さらに、支持体として培養インサートを用いる他に、コラーゲンゲル、コラーゲンスポンジもしくは上皮や線維芽細胞が除去された無細胞化真皮を用いてもよい。これらを支持体として用いる場合には、適宜線維芽細胞を組み込んでもよい。また、これらの支持体には支持体表面にガラスリングを設置し、その中に細胞混合物の懸濁液を添加するのが好ましい。
【0033】
増殖培養は、例えば1~6日間、好ましくは2~4日間行う。また、この間、培地を適宜交換してもよい。培養インサートにおいて増殖した細胞混合物がコンフルエントの状態にあるかどうかは、CnT-ST-100 stain kit (CELLn TEC社製)等の細胞染色試薬により確認することができる。また、培養インサート内の培養液の液面が、培養インサート外の培養液の液面よりも高くなったときに、細胞混合物がコンフルエントになったと判断することもできる。
【0034】
次に、分化誘導工程では、培養インサートの内部及び外部の培地を細胞増殖用培地から細胞分化用培地に変更し、当該培地にて細胞混合物を6~48時間程度浸漬培養した後、培養インサートの内部及び外部のすべての培地をアスピレーターで除去し、インサート外部に細胞分化用培地を添加し、培養インサート内部の細胞混合物は空気(大気)に暴露し、5~12日間培養して、重層化した表皮角化細胞に分化誘導する。
【0035】
上記の細胞増殖用培地としては、例えば、表皮角化細胞の増殖や継代培養に適した基本培地であれば、特に限定はされないが、無血清・低カルシウム濃度の基本培地であることが好ましく、例えば、Keratinocyte-SFM(Thermo Fisher Scientific社製)、MCDB153培地(Sigma社製)、Humedia-KG2(クラボウ社製)、正常ヒトケラチノサイト用無血清培地(DSファーマバイオメディカル社製)等の市販の培地を使用すればよい。上記培地には、増殖因子としてケラチノサイト増殖因子(KGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、白血球遊走阻止因子(LIF)、Stem Cell Factor (SCF)等が含有されていてもよい。また、増殖速度を増大させるために、必要に応じて、上皮細胞増殖因子(EGF)、腫瘍壊死因子(TNF)、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、ウシ血清アルブミン(BSA)、L-グルタミン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメントが含有されてもよい。また、必要に応じて、抗生物質を添加してもよい。細胞増殖用培地のカルシウム濃度は、約0.03~0.15mMが好ましい。
【0036】
上記の細胞分化用培地としては、表皮角化細胞の分化誘導に適した基本培地であれば、特に限定はされないが、CnT-Prime 3D Barrier Culture Medium(CELLn TEC社製)等の市販の培地を使用すればよい。また、細胞分化用培地のカルシウム濃度は、約1.2~3.0mMが好ましい。
【0037】
増殖及び分化誘導のための培養温度は、細胞の由来により異なるが、例えばヒト由来の場合30~40℃が好ましく、36~38℃がより好ましい。また、CO2ガス濃度は、例えば約1~10%が好ましく、約2~5%がより好ましい。
【0038】
上記の細胞混合物を培養して重層化した表皮組織を作製する工程は、ミリセルセルカルチャーインサート(Millipore社製)、ケラチノサイト三次元培養スターターキット(フナコシ社製)等の市販の培養表皮作製用キットを利用してもよく、該キットに梱包された培地、培養インサートを用いて該キットに添付の指示書に従って行うことができる。
【0039】
本発明の上記三次元培養表皮モデルは、キット化してもよく、当該キットには、例えば、表皮角化細胞の培養に適した培地や容器、陽性や陰性の標準試料、キットの使用方法を記載した指示書等を含めることができる。
【0040】
2.三次元培養表皮モデルの使用方法
本発明の三次元培養表皮モデルは、動物実験の代替法として、化粧品や皮膚外用剤、化学物質(洗剤、衣服用染料等)の有効性や安全性の評価に用いることができる。例えば、有効性の評価には、皮膚バリア機能、水分又は油分の保持・調節機能、シワ予防・改善機能、水分浸透性の有無等が挙げられ、安全性の評価としては、紅斑、発赤、炎症、色素沈着、腫脹、かぶれの発生の有無等が挙げられる。また、本発明の三次元培養表皮モデルは、表皮機能の改善物質のスクリーニングに用いることもできる。表皮機能改善には、表皮のバリア機能(水分保持機能、外部からの紫外線・化学物質・細菌などの侵入防止機能など)の向上、皮膚のターンオーバーの正常化機能、メラニン代謝正常化機能等が挙げられる。
【0041】
本発明の三次元培養表皮モデルは、ゲノム編集表皮角化細胞と正常表皮角化細胞の混合比によって、特定の肌の状態をレベルごとに正確に再現したモデルである。よって、本発明の三次元培養表皮モデルを使用することによって、肌の状態のレベル別(例えば、重度の肌荒れ、中程度の肌荒れ、軽度の肌荒れ)に、肌荒れを惹起する皮膚刺激性物質を特定することや、肌荒れ改善物質を予測することも可能であり、本発明の三次元培養表皮モデルは従来にはない新たな評価系を提供するものである。
【0042】
本発明において、化粧品や医薬品の安全性や有効性の評価、及びスクリーニングは、本発明の三次元培養表皮モデルに被験物質を接触させ、該モデルの表皮角化細胞の変化を測定することによって行うことができ、表皮角化細胞の変化が評価の指標となる。この際、被験物質と接触させない本発明の三次元培養表皮モデルを対照とし、その測定結果と比較すれば、評価がより正確となる。表皮角化細胞の変化には、それらの数、形態、分布、局在、移動、消失などの変化、及び表皮角化細胞内の特定遺伝子(例えばインボルクリン(Involucrin)遺伝子、フィラグリン(Filaggrin)遺伝子、ロリクリン(Loricrin)遺伝子などの表皮角化細胞特異的マーカー遺伝子)の発現量の変化が含まれる。例えば、表皮角化細胞の細胞死や増殖阻害を指標とすれば、被験物質が表皮に対して刺激性を与える物質であると評価でき、表皮角化細胞の増殖促進や角質層の厚みの増加を指標とすれば、被験物質を皮膚ターンオーバー促進剤の候補物質としてスクリーニングすることができる。被験物質は、培養インサート内に形成された三次元培養表皮モデルに、角質層表面側から及び/又は基底層表面側から接触させる。具体的には、培養インサート内の表皮モデルに上部から被験物質を投与又は塗布する方法、培養インサートの外部の培養液に被験物質を添加する方法により行うことができる。
【0043】
表皮角化細胞の変化の測定は、特に限定はされず、例えば、表皮角化細胞の数や形態等の変化の顕微鏡観察、MTT、XTT、WST-8、アラマーブルー(Alamar Blue)等を用いた細胞増殖・生存活性試験、トリパンブルー色素排除試験法等の生細胞計測法、LDHアッセイ等の細胞傷害性試験など公知の方法により行うことができる。
【0044】
被験物質は、主に化粧品及び/又は医薬品に利用できる成分を対象とし、例えば、動・植物組織の抽出物もしくは微生物培養物等の複数の化合物を含む混合物、またそれらから精製された標品;天然に生じる分子(例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、ステロイド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど);あるいは天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体(例えば、ペプチド擬態物など);及び天然に生じない分子(例えば、コンビナトリアルケミストリー技術等を用いて作製した低分子有機化合物);ならびにそれらの混合物などを挙げることができる。また、被験物質としては単一の被験物質を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験物質の混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被験物質を含むライブラリーとしては、合成化合物ライブラリー、ペプチドライブラリーなどが挙げられる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
(実施例1)ゲノム編集表皮角化細胞を用いる三次元培養表皮の作製
(1) 表皮角化細胞の不死化及びゲノム編集
正常ヒト表皮角化細胞(Human epidermal keratinocyte、NHEK、クラボウ社製)に、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)遺伝子(GenBank number: Nucleotide NM_198253.2、塩基配列:配列番号1、コード領域のアミノ酸配列:配列番号2)、サイクリン依存性キナーゼ4(CDK4)遺伝子(GenBank number: Nucleotide NM_000075.3、塩基配列:配列番号3、コード領域のアミノ酸配列:配列番号4)、及びサイクリンD1(CCND1)遺伝子(GenBank number: Nucleotide NM_053056.2、塩基配列:配列番号5、コード領域のアミノ酸配列:配列番号6)を導入し、不死化表皮角化細胞を作製した。各遺伝子はそれぞれ別個のレンチウイルスベクター(Lentiviral High Titer Packaging Mix with pLVSINシリーズを使用)に組み込み、該ベクターによって表皮角化細胞に導入した。
【0047】
次に、限界希釈法を用いて上記の不死化表皮角化細胞のモノクローン細胞株を獲得した。獲得したモノクローン細胞株に対して、Thermo Fisher Scientific社のゲノム編集デザインソフトフェア(オンラインCRISPR ガイドRNAデザインツール;https://apps.thermofisher.com/apps/crispr/index.html#/search)及びキット試薬(Gene Art Precision gRNA Synthesis Kit、A29377、Gene Art Platinum Cas9 Nuclease、B25640、Lipofectamine CRISPERMAX Cas9 Reagent、CMAX00003、Gene Art Genomic Cleavage Detection Kit、A24372)を用いてフィラグリン遺伝子の欠損変異を誘導した。ゲノム編集後のシングルセルからモノクローン細胞株を獲得し、シークエンス解析を行うことで変異の有無を確認し、欠損変異が誘導されていない細胞株を正常表皮角化細胞(以下、正常細胞という)、欠損変異が誘導されている細胞をゲノム編集表皮角化細胞(以下、ゲノム編集細胞という)とした。
【0048】
なお、ゲノム編集に用いたガイドRNA(gRNA)を作製するために用いた塩基配列、及び変異の確認PCRとシークエンス解析に用いた塩基配列を以下に示す。
(gRNA作製用配列)
フォワード:TAATACGACTCACTATAGTCAACCATATCTGGGT(配列番号7)
リバース:TTCTAGCTCTAAAACGATGACCCAGATATGGTTG(配列番号8)
(変異確認配列)
フォワードプライマー:AGTCTTGTTTTTCTCTTT(配列番号9)
リバースプライマー:TCTTTGTTCACATATAAC(配列番号10)
【0049】
(2)三次元培養表皮の作製
(1)で作製したゲノム編集細胞から三次元培養表皮を製造した。三次元培養表皮の作製は、ケラチノサイト三次元培養スターターキット(フナコシ社製)を用いて、添付されているプロトコルに従って行った。具体的には、各細胞株をミリセルセルカルチャーインサート(24well plate用)に20万個播種し、Keratinocyte-SFMにて3日間培養後(培地量はインサート内400μL、インサート外1000μL)、インサート内外の培地を除き、分化培地であるCnT-Prime 3D barrier medium(CELLnTEC社製)に交換した(培地量はインサート内400μL、インサート外1000μL)。翌日、インサート内外の培地を除き、インサート外部にのみCnT-Prime 3D barrier mediumを700μL添加し、空気暴露を10日間行い、ゲノム編集細胞を用いて三次元培養表皮を作製した。同様にして、播種する全細胞数(ゲノム編集細胞と正常細胞の総計)に対し、ゲノム編集細胞の細胞数を5%ずつ変更して、それぞれ三次元培養表皮を作製した。
【0050】
(実施例2)ゲノム編集表皮角化細胞を用いて作製した三次元培養表皮の評価(組織の形態観察)
実施例1で作製した三次元培養表皮の構造について組織の形態観察によって品質を評価した。具体的には作製後の培養表皮を4%PFA/PBSで固定した後、バキュームロータリーにてパラフィン中に包埋し、パラフィンブロックを作製した。作製後、ミクロトームを用いて組織切片を作製し、脱パラフィン処理を行った後、ヘマトキシリン・エオジン染色(サクラファインテック社)にて組織の形態を観察した。染色結果を
図1に示す。
【0051】
図1に示されるように、ゲノム編集細胞(変異細胞)の割合が増すほど、よりバリア機能が崩壊して、表皮の層が薄く乱れており、肌荒れ状態が悪化した表皮モデルの作製をすることが出来た。つまり、これまでSLS暴露の時間、濃度によってロット間のぶれの大きかった肌荒れモデルを、ゲノム編集細胞を用い、またゲノム編集細胞と正常細胞の割合を変えることで、肌荒れ状態のレベルが異なった表皮モデルが作製できることが示された。
【0052】
(実施例3)ゲノム編集表皮角化細胞を含む三次元培養表皮を用いる皮膚安全性試験
実施例1で作製した三次元培養表皮を用いて皮膚安全性(皮膚刺激性)試験を行った。空気暴露後9日目の作製した培養表皮表面に、皮膚刺激性物質であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を弱刺激0.025%(w/v)、中刺激0.1%(w/v)、強刺激0.4%(w/v)の濃度で滴下し、15分後培養表皮を回収し、回収した表皮モデルの経皮水分蒸散量についてエバポリメーターを用いて測定した。また、経皮水分蒸散量測定後の組織の細胞生存率をMTTアッセイにより検出した。MTTアッセイは市販のMTTアッセイキット(コスモバイオ社製)を用い、添付のプロトコルに従って行った。
【0053】
経皮水分蒸散量の測定結果を表1に、MTTアッセイの結果を表2に示す。
【0054】
【0055】
【0056】
表1に示すように、全細胞に対するゲノム編集細胞の割合が増えていくほど、作製した培養表皮の水分蒸散量が増加し、皮膚バリア機能が損なわれていることが示された。そこに皮膚刺激性物質であるSDSを暴露すると、水分蒸散量がさらに増加し、バリア機能がより損なわれることがわかった。また、正常細胞(全細胞に対するゲノム編集細胞の割合が0%)を用いて作製した培養表皮では反応性を示さない程度の弱い刺激であっても、ゲノム編集細胞の割合が増えると、反応性を示すようになった。また、同じ程度の刺激を与えた場合でも、全細胞に対するゲノム編集細胞の割合を変更することによって、反応性の強さを任意に調節することが可能であることが示された。
【0057】
同様に、表2に示されるように、肌荒れのレベルを任意に調節した培養表皮の皮膚刺激(強刺激、中刺激、弱刺激)に対する反応性は、細胞生存率にも正確に反映されることがわかった。
【0058】
これらの結果から、本発明のゲノム編集細胞を含有する培養表皮は、これまでSLS等で作製した肌荒れモデルのようにロット間の変動がなく、安定であり、表皮の状態を正確に再現しているため、皮膚刺激性試験や製品の評価試験を精度よく行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の三次元培養表皮モデルによれば、動物実験を行わずに化粧品や医薬品原料の安全性や有効性の評価試験を行うことできる。よって、本発明は化粧品や医薬品の製造分野、皮膚科学研究分野などに利用できる。
【配列表】