(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-16
(45)【発行日】2023-03-27
(54)【発明の名称】活性調節剤
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20230317BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20230317BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230317BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20230317BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20230317BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20230317BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20230317BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20230317BHJP
C07K 16/28 20060101ALN20230317BHJP
【FI】
A61K39/395 N
A61P9/10
A61P43/00 105
A61P1/00
A61P13/12
A61P27/02
A61P11/00
A61P25/00
A61K39/395 D
C07K16/28
(21)【出願番号】P 2019557290
(86)(22)【出願日】2018-11-28
(86)【国際出願番号】 JP2018043862
(87)【国際公開番号】W WO2019107445
(87)【国際公開日】2019-06-06
【審査請求日】2021-09-24
(31)【優先権主張番号】P 2017229958
(32)【優先日】2017-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 彰
(72)【発明者】
【氏名】小田 ちぐさ
(72)【発明者】
【氏名】阿部 史枝
(72)【発明者】
【氏名】藤山 聡
【審査官】佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/025956(WO,A1)
【文献】Blood, 2012, Vol.119, No.12, pp.2799-2809
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00-39/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CD300a結合性物質を含み、マクロファージにおけるCD300b依存性貪食シグナルを
促進するための活性
促進剤
であって、
前記CD300a結合性物質がCD300a中和抗体である、活性促進剤。
【請求項2】
前
記CD300a
中和抗体が抗CD300aモノクローナル抗体である、請求項
1に記載の活性
促進剤。
【請求項3】
請求項1
または2に記載の活性
促進剤を含有する虚血性疾患用薬剤。
【請求項4】
前記虚血性疾患用薬剤が、虚血性心疾患、虚血性脳疾患、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、四肢虚血、網膜虚血、虚血性肺疾患および脊髄虚血から選択される一種以上を治療または予防するための薬剤である、請求項
3に記載の虚血性疾患用薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CD300a結合性物質を含む活性調節剤および虚血性疾患用薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化・生活習慣の欧米化などを背景に我が国では虚血性疾患の罹患者が数多く存在し、死亡原因の上位を占めるとともに医療経済面での負担となっている。虚血性疾患は、心臓、脳などの臓器における血管が一時的又は持続的に閉塞したり狭窄することにより引き起こされる急激な血流減少による酸素・栄養欠乏状態により引き起こされる疾患であり、虚血性疾患の代表的な疾患としては、例えば、心筋梗塞、脳梗塞等が挙げられる。
【0003】
アポトーシスは生体内の恒常性の維持などに関わる細胞死の機構の一つであり、悪化した生体内環境、例えば、前記虚血性疾患において引き起こされる酸素・栄養欠乏状態などに曝された細胞において惹起されることが知られている。アポトーシスを引き起こした細胞はマクロファージなどの食細胞に認識されることで貪食処理され、速やかに除去される。
【0004】
マクロファージ等によるアポトーシス細胞の速やかな貪食による除去は、虚血性疾患の病態進行の抑制に大きく貢献している。細胞がアポトーシスを引き起こした場合、マクロファージが誘引されてアポトーシス細胞が体内から除去(クリアランス)されることで、周囲の細胞や組織の負荷が軽減される。このようなアポトーシス細胞のクリアランスが正常に引き起こされない場合、アポトーシス細胞やその内容物が周囲に蓄積することで周囲の細胞や組織に負荷がかかり、周辺組織の損傷を引き起こす。このように、マクロファージによるアポトーシス細胞の貪食は生体の恒常性を維持するためには極めて重要である。
【0005】
アポトーシスを引き起こした細胞は、正常細胞においては細胞膜の内側に存在するリン脂質であるホスファチジルセリン(PS:phosphatidylserine)を細胞の表面に露出することが知られている。このPSはマクロファージ等の貪食細胞に対して、いわゆる「eat me」シグナルを介在することが知られており、アポトーシス細胞上のPSをマクロファージが認識することでマクロファージはアポトーシス細胞を貪食する(非特許文献1、2)。
【0006】
マクロファージにおいて「eat me」シグナルを受け取る因子の一つとして、受容体型チロシンキナーゼファミリーに属するMer tyrosine kinase(MerTK)が知られている。MerTKはそのリガンドであるgas6やprotein6を介して、アポトーシス細胞表面のPSと結合することでマクロファージの貪食作用を亢進する。例えば、MerTKを欠損するマウスから調製したマクロファージはアポトーシス細胞を貪食できないという知見がある(非特許文献3)。
【0007】
また、受容体ファミリータンパク質であるCD300ファミリーのメンバーであるCD300b(CLM7/LMIR5)が、アポトーシス細胞表面のPSをリガンドとして認識し、アポトーシス細胞の食作用を調節することも報告されている(非特許文献4)。
【0008】
一方、同じくCD300受容体ファミリーのメンバーであるCD300aについては、免疫系細胞であるマスト細胞等においてCD300aはPSと結合することにより免疫系抑制性シグナルの伝達が亢進すること(特許文献1)、マクロファージのCD300aはPSと結合しても貪食は促進しないこと(非特許文献5)、を本発明者らが報告している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【文献】V.A.Fadok et al. J Immunol 148,2207 Apr 1,1992
【文献】J.Savill,I.Dransfield, C.Gregory,C.Haslett, Nat Rev Immunol 2,965, 2002
【文献】Nishi et al. Mol. Cell. Biol. April 2014 vol. 34 no. 8 1512-1520
【文献】Murakami et al. Cell Death and Differentiation (2014) 21, 1746-1757
【文献】Nakahashi-Oda et al. J. Exp. Med., 209, 1493-1503
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、CD300b依存性貪食作用の活性化制御機構を解明し、当該CD300b依存性貪食作用の活性を調節するための手段である活性調節剤、さらに当該活性が関与する疾病または病状を治療または予防するための薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、マクロファージの貪食作用におけるCD300b依存性貪食作用の活性化制御機構を解明すべく鋭意研究を重ねた結果、PSと結合することで活性化したCD300aが、マクロファージのCD300b依存性貪食作用を抑制するという知見を得た。
【0013】
本発明者はさらに、生体内において虚血が生じた場合においてCD300b依存性貪食作用がCD300aによって抑制され、当該虚血によりアポトーシスを引き起こした細胞やその細胞内物質が組織内に蓄積することが、虚血性疾患を引き起こすまたは憎悪させる原因となると考えた。ここから、抗CD300a抗体を用いてCD300aの活性を調節し、CD300b依存性貪食作用を制御することで虚血性疾患を治療できること、抗CD300a抗体は虚血性疾患を治療するためのツールとなり得ることを想到し、本発明に至った。
【0014】
これらの知見に基づいてなされた本発明により、例えば、下記[1]~[9]に示される活性調節剤および薬剤が提供される。
[1] CD300a結合性物質を含み、マクロファージにおけるCD300b依存性貪食シグナルを調節するための活性調節剤。
[2] 前記CD300a結合性物質がマクロファージにおけるCD300aの活性を阻害する物質である[1]に記載の活性調節剤。
[3] 前記CD300a結合性物質がCD300aとホスファチジルセリンの結合を阻害する物質である[1]または[2]に記載の活性調節剤。
[4] 前記CD300a結合性物質が抗体またはペプチドである、[1]~[3]のいずれかに記載の活性調節剤。
[5] 前記CD300a結合性物質が抗CD300a抗体である、[1]~[3]のいずれかに記載の活性調節剤。
[6] 前記抗CD300a抗体がCD300a中和抗体である、[5]に記載の活性調節剤。
[7] 前記抗CD300a抗体が抗CD300aモノクローナル抗体である、[5]または[6]に記載の活性調節剤。
[8] [1]~[7]のいずれかに記載の活性調節剤を含有する虚血性疾患用薬剤。
[9] 前記虚血性疾患用薬剤が、虚血性心疾患、虚血性脳疾患、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、四肢虚血、網膜虚血、虚血性肺疾患および脊髄虚血から選択される一種以上を治療または予防するための薬剤である、[8]に記載の虚血性疾患用薬剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、マクロファージのCD300b依存性貪食作用に関するシグナル伝達を調節することを特徴とする、活性調節剤および虚血性疾患用薬剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、参考例1で得られたフローサイトメトリー分析の結果を示す。抗MerTk抗体+コントロール抗体で処理した細胞群についての結果を丸で、抗MerTk抗体+抗CD300a抗体で処理した細胞群についての結果を四角で示す。
【
図2】
図2Aは、参考例2において腎虚血処置を行い、再灌流処置24時間後のCD300a
fl/flマウス(コントロールマウス)およびCD300a
fl/flLysm-Creマウスにおける尿素窒素(BUN)およびクレアチニン(Cre)の血清中濃度の測定値を示したグラフである。
図2Bは、それぞれのマウスについて腎虚血処置・再灌流処置後の生存率を示したグラフである。
【
図3】
図3は、参考例3における、腎虚血処置前(naive)、腎虚血処置および再灌流処置24時間後および72時間後のCD300a
fl/flマウス(コントロールマウス)およびCD300a
fl/flLysm-Creマウスの腎臓組織切片におけるヘマトキシリンエオジン染色の染色像、および虚血処置および再灌流処置24時間後のTUNEL染色の染色像である。
【
図4】
図4は、実施例1において腎虚血処置を行い、再灌流処置24時間後の尿素窒素(BUN)およびクレアチニン(Cre)の血清中濃度の測定値を示したグラフである。抗CD300a抗体投与群を三角で、非投与群を四角で示す。
【
図5】
図5は、参考例4において一過性脳虚血処置を行った、CD300a
fl/flLysm-CreマウスおよびCD300a
fl/flマウス(コントロールマウス)における神経学的所見のスコアをあらわしたグラフである。
【
図6】
図6は、実施例2において一過性脳虚血処置を行ったマウスにおける神経学的所見のスコアをあらわしたグラフである。抗CD300a抗体投与群を四角で、非投与群を丸で示す。
【
図7】
図7Aは実施例3において一過性脳虚血処置を行ったマウスにおける、神経学的所見のスコアをあらわしたグラフである。抗CD300a抗体投与群を四角で、非投与群を丸で示す。
図7Bは実施例3において作製した、抗CD300a抗体投与または非投与マウスにおける大脳組織標本におけるヘマトキシリンエオジン染色の染色像およびその解析結果を示したグラフである。
【
図8】
図8は参考例5において作製したCD300a
fl/flLysm-Creマウスおよび野生型マウス(C57BL/6J)を用いた心筋梗塞モデルの生存率をあらわしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の活性調節剤および虚血性疾患用薬剤は、マクロファージにおけるCD300b依存性貪食シグナルを調節することを特徴とする。具体的には、CD300b依存性貪食シグナル伝達を調節することで、虚血部位におけるアポトーシス細胞の貪食による除去(クリアランス)に関わる。
【0018】
本発明の活性調節剤および虚血性疾患用薬剤について、以下詳細に説明する。
【0019】
本明細書における「虚血」とは、血管の狭窄や閉塞により、組織に供給される動脈血量が減少することによる組織の酸素や栄養等の欠乏状態を意味し、「虚血性部位」とは、虚血によって動脈血量が減少し、その結果、栄養や酸素等が減少している状態の部位を意味する。
【0020】
虚血によりアポトーシスが引き起こされた細胞上のPSによりマクロファージ表面のCD300bが活性化されると、CD300bはアダプター分子であるDAP12と会合する。その結果、DAP12のITAM(immunoreceptor tyrosine-based activating motif)に存在するチロシンがリン酸化されることでSH2ドメインを持つSykファミリーキナーゼがリクルートされ活性化され、その下流のPI3K/Akt経路を活性化することで、マクロファージの貪食作用が亢進される。
【0021】
一方でCD300aは、PSと結合して活性化することで、その細胞内領域のITIM(Immunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif)配列を介してチロシンフォスファターゼであるSHP-1をリクルートする。その結果、前記DAP12のITAMに存在するチロシンのリン酸化を阻害することで、CD300b依存性貪食シグナルを抑制する。
【0022】
<活性調節剤>
本発明の「活性調節剤」はCD300a結合性物質を含み、マクロファージにおけるCD300b依存性貪食シグナルを調節することを特徴とする。本発明の活性調節剤は、具体的には、該活性調節剤に含まれるCD300a結合性物質がCD300aと結合することで、CD300aとPSとの結合が阻害(中和)されることでCD300b依存性貪食シグナル伝達を促進する。
【0023】
<CD300a結合性物質>
前記CD300a結合性物質は、マクロファージにおけるCD300aの活性を阻害する物質であることが好ましく、CD300aとPSとの結合を阻害する物質であることがさらに好ましい。CD300aの活性を阻害する物質は、特に限定されないが、抗体またはペプチドであることが好ましく、抗CD300a抗体であることがより好ましい。
【0024】
<抗CD300a抗体>
本発明の活性調節剤において用いられる抗CD300a抗体は、CD300aを抗原として特異的に認識する抗体である。抗CD300a抗体は遊離の抗体であってもよいし、他の任意の物質(例えば補助薬剤等)が直接または間接的に固定された抗体であってもよい。前記活性調節剤において含まれるのは特定の一種類のモノクローナル抗体であってもよいし、二種類以上のモノクローナル抗体の組み合わせ(ないしポリクローナル抗体)であってもよいが、特異性という観点から一種類のモノクローナル抗体が含まれていることが好ましい。
【0025】
前記抗CD300a抗体は本発明の作用効果を奏する抗体、すなわちCD300aとPSとの結合を阻害または抑制する作用(中和作用)を有するものであれば特に限定されず、特にCD300aに対する中和抗体を選択することが好ましい。中和抗体は、公知の手法によって作製することができる。前記抗CD300a抗体としてモノクローナル抗体を選択する場合であれば、一般的には、CD300aを用いた免疫、ハイブリドーマの作製、スクリーニング、培養、回収といった手順で、抗CD300aモノクローナル抗体は作製される。それらの中から、CD300aとPSとの好適な中和作用を有し、本発明の作用効果を奏する適切なモノクローナル抗体を選択すればよい。
【0026】
前記抗CD300a抗体としてポリクローナル抗体を選択する場合、ポリクローナル抗体として、抗原分子のエピトープを含む特定の配列部分を免疫抗原にして作成される一般的なポリクローナル抗体を用いることができるが、これに限らず、例えば、2種類以上のモノクローナル抗体の混合物をポリクローナル抗体の代替品(同等品)として使用してもよい。なお、抗体を産生する動物(免疫動物)の種類は特に限定されるものではなく、従来と同様、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジなどから選択すればよい。
【0027】
前記抗CD300a抗体は、CD300aとPSとの結合を阻害または抑制する作用(中和作用)を有し、本発明の作用効果を奏する抗体であれば、天然の抗体のように全長を有するものである必要はなく、抗体断片または誘導体であってもよい。すなわち、本明細書における「抗体」という用語には、全長の抗体だけでなく、抗体断片(Fab断片もしくはF(ab')2等)、キメラ抗体(ヒト化抗体等)、多機能抗体などの誘導体が包含される。
【0028】
<ペプチド>
本発明においてCD300a結合性物質として用いられるペプチドは、マクロファージにおけるCD300aの活性を阻害するペプチドであることが好ましく、CD300aとPSとの結合を阻害するペプチドであることがさらに好ましい。例えば、CD300aと特異的に結合するペプチドを選択することが好ましく、具体的にはCD300aのリガンドとなり得るペプチドであって、マクロファージにおけるCD300aの活性を阻害するペプチドであることが好ましい。
【0029】
<虚血性疾患用薬剤>
本発明の「虚血性疾患用薬剤」は、前記活性調節剤を有効成分として含有する。該活性調節剤により、CD300b依存性貪食シグナル伝達が促進されることで、虚血部位におけるアポトーシス細胞は速やかに貪食により除去(クリアランス)されることから、アポトーシス細胞の組織内への蓄積を抑制することができ、虚血性疾患の治療、または予防を行うことが可能となる。
【0030】
なお、「治療」には疾病または症状を治癒することと共に、それを緩和(軽快)することも含まれ、また「予防」には、疾病または症状を未然に防ぐことと共に、疾病または症状の治癒後にその再発を防ぐことも含まれる。
【0031】
本発明の虚血性疾患用薬剤の投与対象は、ヒトであるか、ヒト以外であるか(例えばマウス等の哺乳類)を問わないが、好ましくはヒトであり、さらに好ましくは虚血性疾患に罹患しているかまたは罹患の虞のあるヒトである。
【0032】
本発明の虚血性疾患用薬剤の対象疾患である「虚血性疾患」とは、自覚症状の有無に拘わらず、動脈の狭窄や閉塞により、組織の虚血が持続している状態、またはかかる虚血により引き起こされる好ましくない状態をいう。虚血性疾患としては、特に限定されないが、例えば、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、脳梗塞やもやもや病などの虚血性脳疾患、腎不全などの虚血性腎疾患、虚血性大腸炎や腸間膜動脈閉塞症などの虚血性腸疾患、壊疽や閉塞性動脈硬化症などの四肢虚血、糖尿病網膜症などの網膜虚血、虚血性肺疾患、脊髄虚血、またはそれらの兆候のある状態などが挙げられる。
【0033】
本発明の虚血性疾患用薬剤の投与部位は、投与対象とする疾病または病状に応じて選択ができ、特に限定されるものではない。例えば、血中に投与することで全身的に投与してもよいし、虚血が生じている部位の粘膜下組織や結合組織またはその付近に投与してもよいし、虚血が生じている部位に直接投与してもよい。投与方法としては、経口投与、非経口投与共に可能であるが、非経口投与が好ましく、例えば静脈注射、皮下注射、局所注入、脳室内投与等を行うことができ、静脈注射、すなわち全身投与が最も好ましい。
【0034】
本発明の虚血性疾患用薬剤は単独で投与することもできるし、また他の薬剤、例えば血栓溶解薬等を組み合わせて用いることができる。
【0035】
本発明の虚血性疾患用薬剤の投与量は、特に制限はされないが、経済上の観点および副作用を可能な限り回避する観点から、必要な治療効果が得られる範囲においてできる限り少ない方が好ましい。具体的には、疾患の程度、患者の体重、年齢、性別に応じて適宜選択し、改善の度合い等に応じて適宜増減することが好ましい。また、投与回数は1日あたり1回~数回とすることが好ましい。
【0036】
同様に、本発明の虚血性疾患用薬剤に含有される抗CD300a抗体の量も適宜選択することができる。例えば、投与されるヒトまたは動物1kgあたり、10~100mg、好ましくは20~50mgであることが好ましい。
【0037】
本発明の虚血性疾患用薬剤の形態は特に限定されないが、例えば、所望の粘度や含有成分の濃度になるように希釈剤に溶解または分散させた溶液または分散液であることが好ましく、常法に従って、フィルターによる濾過滅菌されてもよいし、殺菌剤の配合等により無菌化されてもよい。また、用時調製の形態としてもよく、例えば、凍結乾燥法などによって固体製剤として調製し、使用前に希釈剤に溶解または分散させてから投与することもできる。
【0038】
本発明の「虚血性疾患用薬剤」は、必要に応じて、さらに薬学的に許容され得る添加剤を含有していてもよい。例えば、希釈剤、担体または賦形剤を含有していてもよい。
【0039】
薬学的に許容され得る添加剤とは、本発明の目的に反しないものである限り特に限定されず、例えば、希釈剤、担体、賦形剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、界面活性剤等の乳化剤、着色剤、粘稠剤、グリコール類などの溶解補助剤、塩化ナトリウムやグリセリン等の等張化剤等が挙げられる。
【0040】
具体的な添加剤の例としては、ラクトース、ブドウ糖、スクロース、ソルビトール、マンニトール、でんぷん、アラビアガム、リン酸カルシウム、不活性アルギン酸類、トラガント、ゼラチン、ケイ酸カルシウム、結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、セルロース、ウォーターシロップ、水、水/エタノール、水/グリコール、水/ポリエチレン、高張塩水、グリコール、プロピレングリコール、メチルセルロース、メチルヒドロキシベンゾエート、プロピルヒドロキシベンゾエート、タルク、ステアリン酸マグネシウム、鉱物油もしくは硬質な脂肪などの脂肪性物質、またはそれらの適当な混合物が挙げられる。
【0041】
非経口的に投与できる形態は、滅菌されており、生理学的に許容できない薬剤が入っていないものとすべきであり、また投与時の刺激または他の副作用を最小限にするためにモル浸透圧濃度が低いものとすべきであり、それゆえ溶液は、好ましくは等張であるか、わずかに高張であるもの、例えば高張塩水(生理食塩水)とすべきである。
【実施例】
【0042】
以下、実施例に基づいて本発明の好適な態様をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0043】
[参考例1]
野生型マウス(C57BL/6J)から胸腺を採取して分離した胸腺細胞に、デキサメサゾン10μMを加えて12時間培養することでアポトーシスを誘導し、さらにpHrodo(商標)色素で標識した。
【0044】
一方で野生型またはCD300b KOマウスの腹腔滲出細胞を採取し、30分培養することで、培養皿にマクロファージを接着させた。
【0045】
1.5×106個の前記標識胸腺細胞と1.5×105個のマクロファージとを、抗MerTk中和抗体(2B10C42, Biolegend) 20ng/mlおよび抗CD300a抗体(TKA139, 中外製薬株式会社)の存在下で、または抗MerTk抗体(2B10C42, Biolegend社) 20ng/mlおよびコントロール抗体 (IC17-mouse IgG1 sFc、 中外製薬株式会社) 1ng/ml存在下で90分間培養した。その後フローサイトメトリー(BD FACSAria (商標), BD バイオサイエンス社)を用いて、抗CD11b抗体(M1/70, TONBO bioscience社)および抗F4/80抗体(BM8, Biolegend社)に陽性である総マクロファージ数、およびpHrodo陽性細胞数を計測した。その後前者に対する後者の割合を算出して、その数値をアポトーシス細胞を貪食したマクロファージの割合とした(FlowJo(登録商標), FlowJo LLC社)。
【0046】
【0047】
CD300b KOマウス由来のマクロファージは、WTマクロファージに比べて、抗CD300a抗体の有無に関わらず、アポトーシス細胞の貪食率が有意に低い。
【0048】
ここで、抗CD300a抗体によりCD300aを中和した細胞では、WTマクロファージにおいてはアポトーシス細胞の貪食率が有意に亢進したが、CD300b KOマクロファージにおいては貪食率の亢進は見られなかった。
【0049】
したがってCD300bによるマクロファージの貪食作用は、抗CD300a抗体により亢進されることがわかった。
【0050】
[参考例2]
CD300afl/flマウス(筑波大学生命科学動物資源センター製)とLysm-Creマウス(Jackson laboratory社)とを掛け合わせることで、マクロファージ特異的なCD300aコンディショナルノックアウトマウスである、CD300afl/flLysm-Creマウスを作製した。
【0051】
8-14週齢のCD300afl/flマウス(コントロールマウス)およびCD300afl/flLysm-Creマウスそれぞれを麻酔下で開腹し、クリップを用いて両側腎動脈を閉塞した(腎虚血処置)。
【0052】
25分、または35分の閉塞後、クリップを外して閉塞を解除して(再灌流処置)、閉腹した。
【0053】
それぞれのマウスについて、再灌流処置24時間後の尿素窒素(BUN)およびクレアチニン(Cre)の血清中濃度を測定した。
【0054】
また、35分閉塞させた後に再灌流処置を行ったマウスについては併せて処置後の生存率の経過観察を行った。
【0055】
【0056】
これらの結果から、マクロファージにCD300aが欠損しているマウスにおいてはコントロールに比べ腎虚血処理後における急性腎障害が抑制され、生存率も維持されることがわかる。
【0057】
[参考例3]
参考例2と同様の手法で作製したCD300afl/flLysm-CreマウスおよびCD300afl/flマウス(コントロールマウス)それぞれの両側腎動脈を30分閉塞させた後、参考例2と同様の手法で再灌流処置を行った。再灌流処置後24時間、72時間の腎臓を採取し、常法にしたがって組織標本を作製し、ヘマトキシリンエオジン染色、もしくはTUNEL染色(Apoptag, Millipore)を行った。
【0058】
結果を
図3に示す。マクロファージにCD300aが欠損しているマウスにおいてはコントロールに比べ、腎虚血処理後の組織におけるアポトーシスが抑制されており、さらに組織内へのアポトーシス細胞の蓄積も抑制されていることがわかった。
【0059】
[実施例1]
野生型マウス(C57BL/6J)に、コントロール抗体(IC17-mouse IgG1 sFc, 中外製薬株式会社)もしくは抗CD300a抗体(TKA139, 中外製薬株式会社)20mg/kgを経静脈投与した。投与3時間後、参考例2と同様の手法で、腎虚血処置、および30分後に再灌流処置を行い、さらに24時間後の尿素窒素(BUN)およびクレアチニン(Cre)の血清中濃度をそれぞれ測定した。
【0060】
結果を
図4に示す。抗CD300a抗体をあらかじめマウスに投与しておくことにより、腎虚血処理後の急性腎障害が抑制できることがわかった。
【0061】
[参考例4]
参考例2と同様の手法で作製したCD300afl/flLysm-CreマウスおよびCD300afl/flマウス(コントロールマウス)それぞれについて、麻酔下に頚部を切開し頚動脈からシリコンコートされたモノフィラメントカテーテル(Doccol Corporation社)を挿入し留置して右中大脳動脈を閉塞することで(一過性脳虚血処理)、中大脳動脈閉塞(MCAO: right middle cerebral artery occlusion)モデルを作製した (Shichita et al. Nat Med 2016)。閉塞処理60分後、カテーテルを抜去して脳血流を再灌流させ、手術創を閉鎖した。
【0062】
その後のマウスについて経日的に観察を行い、神経学的所見について、Bederson et al. Stroke 1986を参考に、以下の神経学的スコアに基づいた評価を行った。
【0063】
0: 明らかな症状がない、1: 前肢屈曲、2: 回旋はしないが側方から押すと倒れやすい、3: 回旋する、4: 強制的に回旋する、5: ほとんど動かない、6: 死亡。
【0064】
結果を
図5に示す。マクロファージにCD300aが欠損しているマウスを用いて作製したMCAOモデルマウスにおいてはコントロールマウスを用いて作製したMCAOモデルマウスに比べて脳虚血によって引き起こされる神経障害が軽度であることが判った。
【0065】
[実施例2]
野生型マウス(C57BL/6J)について、参考例4と同様の手法で一過性脳虚血処理を行った。処理60分後、コントロール抗体(IC17-mouse IgG1 sFc, 中外製薬株式会社)または抗CD300a抗体を20mg/kgを、経静脈で投与した。その後、それぞれのマウスにおける神経学的所見について参考例4と同様のスコアに基づいた評価を行った。
【0066】
結果を
図6に示す。抗CD300a抗体を投与したマウス群においてはコントロール抗体を投与したマウス群に比べて、一過性脳虚血処理により引き起こされる神経障害が比較的軽度であることが判った。ここから抗CD300a抗体により、脳梗塞などの脳虚血で引き起こされる神経障害を予防できることが示唆される。
【0067】
[実施例3]
野生型マウス(C57BL/6J)に、参考例4と同様の手法で一過性脳虚血処理を行った。処理3時間後、上述した神経学的スコアが3(回旋する)のマウスを選択し、それぞれコントロール抗体もしくは抗CD300a抗体を20mg/kg経静脈投与し、その後の神経学的所見について参考例4で示した神経学的スコアに基づいた評価を行った。
【0068】
抗CD300a抗体投与後5日目にマウスを堵殺し、大脳を採取して大脳組織標本を作製し、ヘマトキシリンエオジン染色を行って光学顕微鏡(keyence社)で観察し、梗塞領域の面積を計測した。
【0069】
結果を
図7に示す。抗CD300a抗体を投与したマウス群においてはコントロール抗体を投与したマウス群に比べて、神経学的スコアが大きく改善しており、また染色結果からは梗塞領域の面積が有意に狭いことが判った。
【0070】
ここから抗CD300a抗体により、脳梗塞などの脳虚血で引き起こされる神経障害を治療できることが示唆される。
【0071】
[参考例5]
参考例2と同様の手法で作製した、CD300afl/flLysm-Creマウスおよび野生型マウス(C57BL/6J)それぞれについて、全身麻酔後、呼吸器補助を行って開胸し、左冠動脈左前下行枝を6-0プロリーン(登録商標)糸にて結紮することで心筋梗塞モデルを作製した(Mahmoud et al. Nat Prot 2014)。術後1週間後に梗塞巣をドップラーエコーにて確認し、梗塞巣が確認されたマウスについてその後の生存率を観察した。
【0072】
結果を
図8に示す。マクロファージにCD300aが欠損しているマウスを用いて作製した心筋梗塞モデルマウスにおいてはコントロールマウスを用いて作製した心筋梗塞モデルマウスに比べて生存率が有意に高いことが判った。