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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-16
(45)【発行日】2023-03-27
(54)【発明の名称】血液ろ過用補充液
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/00 20060101AFI20230317BHJP
   A61M 1/16 20060101ALI20230317BHJP
   A61K 33/10 20060101ALI20230317BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20230317BHJP
【FI】
A61K33/00
A61M1/16 175
A61K33/10
A61P39/06
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019030748
(22)【出願日】2019-02-22
(65)【公開番号】P2019142859
(43)【公開日】2019-08-29
【審査請求日】2021-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2018031207
(32)【優先日】2018-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)平成29年8月25日第23回日本HDF研究会学術集会・総会 一般演題採択結果での公開掲載アドレス:http://www.mtoyou.jp/hdf23/saitaku_hdf23.pdf (2)平成29年9月14日 第23回日本HDF研究会学術集会・総会プログラム抄録集での公開 刊行物名 :第23回日本HDF研究会学術集会・総会プログラム抄録集(3)平成29年9月30日~10月1日第23回日本HDF研究会学術集会・総会での公開
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】518063919
【氏名又は名称】荻野 稔
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荻野 稔
【審査官】沼田 規好
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-329061(JP,A)
【文献】特開2013-224327(JP,A)
【文献】特許第3904030(JP,B2)
【文献】特許第3832458(JP,B2)
【文献】韓国登録特許第10-0822521(KR,B1)
【文献】国際公開第2003/002466(WO,A1)
【文献】特開平11-009655(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-1183965(KR,B1)
【文献】特開平09-124491(JP,A)
【文献】特開2010-063629(JP,A)
【文献】特許第6189562(JP,B1)
【文献】特開2010-241787(JP,A)
【文献】特許第4486157(JP,B1)
【文献】特開2007-056013(JP,A)
【文献】特開2015-003871(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 33/00
A61M 1/16
A61K 33/10
A61P 39/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含むA液、ならびに炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含むB液からなる用時混合型血液ろ過用補充液であり、B液のみに水素を溶存させた血液ろ過用補充液。
【請求項2】
少なくともB液がpH調整剤を含有する請求項1記載の血液ろ過用補充液。
【請求項3】
液はろ過滅菌により滅菌されている請求項1または2記載の血液ろ過用補充液。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の血液ろ過用補充液のA液およびB液が、連通可能な隔離手段で区画された少なくとも2室を有する複室容器の各室にそれぞれ収容されている血液ろ過用補充液充填複室容器。
【請求項5】
複室容器の少なくともB液が収容されている部分が金属を含む素材で形成されている請求項4記載の血液ろ過用補充液充填複室容器。
【請求項6】
請求項4記載の血液ろ過用補充液充填複室容器を外装材で覆った包装体であって、該複室容器の少なくともB液が収容されている部分を覆う外装材が金属を含む素材で形成されている包装体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素を含有する血液ろ過用補充液に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、血液透析(HD)における人工透析患者の酸化ストレスや炎症を抑制することを目的として、水素を溶存した透析液が注目されている。これは、水素がヒドロキシラディカルと反応し、炎症反応および酸化ストレスを抑制することを利用したもので、例えば、慢性腎不全患者の予後不良因子である酸化型アルブミンの有意な低減効果が報告されている。また、水素を溶存した透析液が、血中IL-6やCRPの低下、赤血球膜の酸化的障害の軽減、リンパ球の炎症性アポトーシスの抑制等に効果を奏することが報告されている。
【0003】
これらの報告を受け、水素を溶存させた透析液を作製する方法として、電気分解により作製した水素水を透析原液と混合させる方法と、透析液原液水素還元装置を用いた透析原液をマイクロナノバブル化し、これを透析用水と混合する方法が提案されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-177912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の水素溶存透析液の作製方法では、用時に水素を溶存させるため、透析治療の現場において水素を溶存させる専用装置を設ける必要があり、装置導入にコストを要することが普及の妨げになっていた。
【0006】
一方、透析治療における血液浄化療法としては血液透析(HD)のほかに、血液ろ過(HF)および血液ろ過透析(HDF)がある。血液ろ過(HF)とは、ろ過膜にかかる膜間圧格差により血液からろ液を抽出して溶質を除去し、同量の補充液を体内に補充するものであり、臨床適用としては、浸透圧や酸塩基平衡の変化が緩徐であり、細胞内外液の格差が少なく、不均衡症候群を起こしにくいことから、透析困難症や劇症型肝炎では脳症惹起物質除去のため、敗血症では炎症性サイトカイン除去のために用いられる。また、血液ろ過透析(HDF)とは、血液透析(HD)と血液ろ過(HF)を同時に行うものであり、血液透析(HD)における血液側より透析側への溶質の移動を、濃度差を推進力とした拡散現象と、ろ膜間圧格差とで行なわせ、除去したのと同量の補充液を体内に補充するものである。
【0007】
本発明者は、血液ろ過(HF)および血液ろ過透析(HDF)における補充液に着目し、この補充液に水素を溶存させることにより、上述した、血中IL-6やC-反応性タンパク質の低下、赤血球膜酸化的障害の軽減、およびリンパ球の炎症性アポトーシス抑制等の水素による治療効果を発現させることを着想した。
【0008】
すなわち、本発明は、高コストな専用装置を必要とせず、血液ろ過(HF)および血液ろ過透析(HDF)などの血液浄化法に使用可能な水素を溶存させた血液ろ過用補充液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、A液およびB液にそれぞれ炭酸水素ナトリウムおよび炭酸水素ナトリウムと沈殿を形成し得る化合物を振り分け、用時混合型製剤とした血液ろ過用補充液において、他の成分の組成に大きな影響を与えることなく、B液に水素を溶存可能であること見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、
[1]炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含むA液、ならびに炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含むB液からなる用時混合型血液ろ過用補充液であり、B液が水素を含有する血液ろ過用補充液、
[2]連通可能な隔離手段で区画された少なくとも2室を有する複室容器の各室にA液およびB液がそれぞれ収容されている上記[1]記載の血液ろ過用補充液、
[3]少なくともB液がpH調整剤を含有する上記[1]または[2]記載の血液ろ過用補充液、
[4]複室容器の少なくとも一部または該複室容器を覆う外装材の少なくとも一部が金属を含む素材で形成されている上記[2]または[3]記載の血液ろ過用補充液、ならびに
[5]少なくとも収容されたB液はろ過滅菌により滅菌されている上記[2]~[4]のいずれかに記載の血液ろ過用補充液
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の、水素を溶存させた血液ろ過用補充液によれば、用時に水素を溶存させるための専用装置を必要とせず、血液ろ過(HF)および血液ろ過透析(HDF)などの血液浄化法において水素の治療効果を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】試料中の溶存水素濃度の経時変化を示すグラフである。
図2】試料中の溶存水素濃度を示すグラフである。
図3】試料中の溶存水素濃度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含むA液、ならびに炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含むB液からなる用時混合型血液ろ過用補充液であり、B液に水素を含むことを特徴とする。
【0014】
本明細書において「血液ろ過用補充液」とは、血液ろ過(HF)、血液ろ過透析(HDF)、持続的血液ろ過(CHF)、持続的血液ろ過透析(CHDF)などの血液浄化法に用いられる補充液を意味する。
【0015】
本明細書において「用時混合型」とは、複数の液(A液、B液、必要に応じてその他の液)を使用時に混合して「血液ろ過用補充液」とする形態を意味する。つまり、「用時混合型」の場合、「血液ろ過用補充液」を構成する各液(A液、B液、必要に応じてその他の液)は、使用直前まで混ざることなく別個に収容されることになる。
【0016】
(A液)
本明細書において「A液」は、炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含むものであり、これらは通常、炭酸水素ナトリウムおよび/または炭酸ナトリウムとして含有される。炭酸水素イオン(HCO3 -)と炭酸イオン(CO3 2-)とは水溶液中で平衡状態にあるので、A液中では、いずれか一方のみが存在する状態であってもよいし、両イオンが併存する状態であってもよい。
【0017】
A液には、「炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分」以外の成分を含有させてもよい。ここで、「炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分」としては、例えば、カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどが挙げられる。つまり、A液には、塩化カルシウムや塩化マグネシウムは含有させない。これにより、保存中の沈殿生成を回避することができる。A液に含有させることができるものとしては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、酢酸ナトリウムなどの電解質や、有機酸塩などが挙げられる。また、pH調整剤として塩酸や有機酸(例えば、酢酸、クエン酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、アスコルビン酸、オキサロ酢酸、グルコン酸、イソクエン酸、リンゴ酸等)、水酸化ナトリウムなどの塩基性化合物を使用することもできる。
【0018】
A液に含まれる各成分の含有比率や、A液のpHなどは、特に制限されるものではなく、従来公知の用時混合型血液ろ過用補充液のA液と同様であればよい。
【0019】
(B液)
本明細書において「B液」は、「炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分」を含む水溶液である。「炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分」としては、上述の通りカルシウムイオン、マグネシウムイオンなどが挙げられ、これら電解質成分は、通常、塩化カルシウム(塩化カルシウム二水和物、塩化カルシウム一水和物、塩化カルシウム無水物等)、塩化マグネシウム(塩化マグネシウム六水和物等)などとしてB液に含有させることができる。そして、B液には、炭酸イオンおよび炭酸水素イオンは含有させないものとする。これにより、保存中の沈殿生成を回避することができる。
【0020】
B液には、その他、塩化ナトリウム、塩化カリウム、酢酸ナトリウム(無水酢酸ナトリウム、酢酸ナトリウム三水和物、酢酸(氷酢酸)と水酸化ナトリウムの混合物等)などのその他の電解質や有機酸塩などを含有させることができる。また、本発明におけるB液は、水素を含有させることから、pH調整剤として塩酸や有機酸(酢酸、クエン酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、アスコルビン酸、オキサロ酢酸、グルコン酸、イソクエン酸、リンゴ酸等)を含有させることが好ましい。さらに、B液にはブドウ糖を混合することが好ましい。
【0021】
B液に含まれる各成分の含有比率や、B液のpHなどは、特に制限されるものではなく、従来公知の用時混合型血液ろ過用補充液のB液と同様であればよい。
【0022】
(水素の溶存方法)
本発明におけるB液は、水素を含有(溶存)する。水素を溶存させる方法としては、B液に直接、水素ガスをバブリングする方法などが挙げられる。具体的には、水素ガスをバブリングする場合、溶液(B液)を入れた容器内に水素ボンベ用チューブを差し込み、一定時間、一定流量で撹拌しながらバブリングするとよい。
【0023】
水素ガスをバブリングする際の溶液の液温は、水素を効率よく溶存させることができる点で、高い方が好ましい。但し、あまりに高温すぎると、水素を溶存させるB液の成分組成が変化する虞があるので、水素ガスをバブリングする際の溶液の液温は、例えば、1~30℃とするのが好ましい。
【0024】
水素ガスをバブリングする際の時間および流量は、所望の溶存濃度となるように液温に応じて適宜設定すればよい。例えば、液温25℃であれば、溶液1000mLあたり、バブリング時間は0.5~5分程度が好ましく、バブリング時の水素ガス流量は0.5~4L/分が好ましい。
【0025】
(溶存水素濃度)
B液における水素の含有量(溶存水素濃度)は、酸化ストレスや炎症の抑制といった治療効果を得る上では高い方が好ましく、例えば、40ppb以上が好ましく、50ppb以上がより好ましく、60ppb以上がさらに好ましく、100ppb以上が最も好ましい。なお、溶存水素濃度は、例えば、実施例記載の方法で測定することができる。
【0026】
(血液ろ過用補充液の包装形態)
本発明の血液ろ過用補充液は、流通可能な形態に包装されたものとすることが好ましい。具体的には、上述したように本発明の血液ろ過用補充液はA液とB液の少なくとも二液からなる用時混合型であり、例えば本発明の一実施態様としては、連通可能な隔離手段で区画された少なくとも2室を有する複室容器の各室にA液およびB液がそれぞれ収容されている態様が好ましく挙げられる。複室容器としては、具体的には、従来公知の用時混合型の血液ろ過用補充液製剤に使用されている、いわゆるダブルバッグ型容器を採用することができる。このような複室容器によれば、用時に、各室を区画する隔離手段を取り除き、各室を連通させることにより、血液ろ過用補充液を調製できる。
【0027】
本発明の血液ろ過用補充液におけるB液は、流通時に溶存水素濃度を安定に保持する上で、複室容器内に真空状態で密閉することが好ましい。なお、複室容器への各液の充填方法、使用方法(各室の連通方法)などには、従来公知の用時混合型の血液ろ過用補充液製剤と同様の方法を適用することができる。水素のB液への溶存は、B液を複室容器へ充填する前に行なってもよいし、B液を複室容器内に充填した後に行なってもよい。
【0028】
本発明の血液ろ過用補充液は、流通時に各液の組成およびB液の溶存水素濃度を安定に保持する上で、A液およびB液を収容した複室容器をさらに外装材で覆うことが好ましい。その際、溶存水素濃度を安定化する観点から、複室容器と外装材の間を真空状態とすることが特に好ましい。
【0029】
本発明の血液ろ過用補充液の包装形態としては、複室容器の少なくとも一部または該複室容器を覆う外装材の少なくとも一部は、金属を含む素材で形成されていることが好ましい。実質的にB液が収容される部分の複室容器または外装材を、金属を含む素材で覆うことにより、B液の溶存水素濃度を流通時に安定に保持することができる。金属を含む素材としては、例えば、プラスチック製フィルム(ポリエチレン(直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)を含む)、ポリプロピレンなどのポリオレフィン樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)などのポリエステル樹脂、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)、エチレンビニルアルコール共重合体(EVOH)、ナイロンなどであり、好ましくはガスバリア性フィルムを含む)に、アルミニウムなどの金属を蒸着させたフィルムや、それらを組合せた多層フィルム等が挙げられる。なお、複室容器の全体が金属を含む素材で形成されていると、使用時に目視確認が難しいため、複室容器の少なくとも一部を金属を含む素材で形成する場合にも、B液が収容される部分以外の部分の一部を目視確認ができる透明な素材とすることが好ましい。
【0030】
本発明の好ましい一実施形態においては、金属を含む素材として、アルミニウム層に、ポリエチレン層(LLDPE層を含む)、ポリエチレンテレフタレート層、ナイロン層等の複数のプラスチック層が積層された多層フィルムが、上述の複室容器のB液が収容される部分を構成する。アルミニウム層およびプラスチック層を含む多層フィルムの厚さは、特に限定されるものではないが、50~200μmが好ましく、60~150μmがより好ましく、70~120μmがさらに好ましい。また、この多層フィルムにおけるアルミニウム層の厚さは、特に限定されるものではないが、溶存水素を保持する点から1~50μmが好ましく、5~30μmがより好ましく、7~20μmがさらに好ましい。特に具体的には、内側から、ポリエチレン層、アルミニウム層、ポリエチレン層およびポリエチレンテレフタレート層を含む多層フィルム(例えば、内側から、ポリエチレン層:約51μm、アルミニウム層:約7μm、ポリエチレン層:約19μm、およびポリエチレンテレフタレート層:約16μmを含む多層フィルム:約93μm)や、ポリエチレンテレフタレート層、アルミニウム層および直鎖状低密度ポリエチレン層を含む多層フィルム(例えば、内側から、ポリエチレンテレフタレート層:約12μm、アルミニウム層:約20μm、および直鎖状低密度ポリエチレン層:約40μmを含む多層フィルム:約72μm)が好ましい。
【0031】
(血液ろ過用補充液の滅菌方法)
本発明の血液ろ過用補充液の滅菌方法としては、高圧蒸気滅菌、乾熱滅菌、放射線滅菌、ろ過滅菌等が挙げられるが、B液に溶存させた水素の安定性を考慮すると、少なくともB液は、ろ過滅菌により滅菌することが好ましい。
【0032】
ろ過滅菌については、特に限定されるものではないが、例えば、血液ろ過用補充液における水素を溶存させたB液を、滅菌用ろ過フィルターを備えた濾過器を通して例えば上述の複室容器に充填することにより行うことができる。この際、血液ろ過用補充液におけるA液も同様にしてろ過滅菌により複室容器に充填してもよい。滅菌用ろ過フィルターの材質としては、特に限定されるものではないが、例えば、グラスファイバー、ナイロン、ポリエーテルスルホン(PES)、親水性ポリフッ化ビニリデン、セルロース混合エステル、セルロースアセテート、ポリテトラフルオロエチレンなどが挙げられる。滅菌用ろ過フィルターの孔径は、滅菌可能なものであれば、特に限定されるものではないが、0.1~1.0μmが好ましく、0.1~0.5μmがより好ましく、0.1~0.3μmがさらに好ましく、0.1~0.2μmが最も好ましい。
【0033】
(血液ろ過用補充液の保存方法)
本発明の血液ろ過用補充液を流通時に保存する場合、B液の溶存水素濃度を安定に保存させる上で、温度はできるだけ低い方が好ましい。具体的には、30℃以下が好ましく、25℃以下がより好ましく、10℃以下がより好ましく、さらに好ましくは1~4℃がよい。
【0034】
(血液ろ過用補充液の使用方法)
本発明の血液ろ過用補充液は、血液ろ過(HF)および血液ろ過透析(HDF)における補充液として用いることができる。
【0035】
血液ろ過(HF)および血液ろ過透析(HDF)においては、体内からの血液が血液濾過膜を通過する前に補充液を血液回路に導入(前希釈)するプレオフライン血液ろ過(Pre off line hemofiltration)と、体内からの血液が血液濾過膜を通過した後に補充液を血液回路に導入(後希釈)するポストオフライン血液ろ過(Post off line hemofiltration)があるが、補充液内の溶存水素を効率よく体内に流入させる点では、ポストオフライン血液ろ過が好ましい。
【0036】
本発明の血液ろ過用補充液は、水素を含有するものであるので、血液ろ過(HF)および血液ろ過透析(HDF)などの血液浄化法において、酸化ストレスや炎症を抑制するといった治療効果を患者に提供することできる。例えば、酸化型アルブミンの有意な低減効果、血中IL-6やCRPの低下効果、赤血球膜の酸化的障害の軽減効果、リンパ球の炎症性アポトーシスの抑制効果等の治療効果が得られる。
【0037】
また本発明の血液ろ過用補充液によれば、血液透析(HD)において水素溶存透析液を用いる場合のように専用装置を必要とすることがないので、コストを抑えることができ、また使用時に特別の操作が必要なく、医療現場への幅広い普及が期待される。
【0038】
以下、本発明を実施例にもとづき具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることを意図するものではない。
【実施例
【0039】
実施例1
市販の血液ろ過用補充液(ニプロ(株)製「サブパック(登録商標)Bi」、A液成分:塩化ナトリウム、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、B液成分:塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム水和物、塩化マグネシウム、無水酢酸ナトリウム、ブドウ糖、塩酸)のB液1000mLを温度23±3℃(室温)とした後、水素ガスを1L/分で2分間バブリングさせ、200ppbの濃度で水素が溶存した水素溶存B液を得た(これを「B液-200ppb」とする)。
【0040】
次に、同じ市販の血液ろ過用補充液(ニプロ(株)製「サブパック(登録商標)Bi」)のB液1000mLを温度23±3℃(室温)とした後、水素ガスを2L/分で3分間バブリングさせ、400ppbの濃度で水素が溶存した水素溶存B液を得た(これを「B液-400ppb」とする)。
【0041】
また、上記「B液-200ppb」と開封直後の「サブパック(登録商標)Bi」のA液(980mL)とを混合し、水素溶存AB液を得た(これを「AB液-200ppb」とする)。同様に、上記「B液-400ppb」と開封直後の「サブパック(登録商標)Bi」のA液(980mL)とを混合し、水素溶存AB液を得た(これを「AB液-400ppb」とする)。
【0042】
得られた「B液-200ppb」と、「B液-400ppb」と、「AB液-200ppb」と、「AB液-400ppb」と、水素バブリング処理を行わなかった「サブパック(登録商標)Bi」のB液(これを「B液-対照」とする)と、「B液-対照」および開封直後の「サブパック(登録商標)Bi」のA液(980mL)を混合して得たAB液(これを「AB液-対照」とする)とを、いずれも作製直後に成分組成の分析に付した。その結果を表1に示す。
【0043】
なお、成分組成の分析は以下の装置、方法にて行い(n=3)、結果は平均値で示した。
・グルコース:東芝メディカルシステムズ(株)製「TBA-120FR」
・Na、K、Ca、Mg:パーキンエルマー社製「OPTIMA8300」
・塩素:平沼産業(株)製「COM-1700」
・酢酸:サーモフィッシャーサイエンティフィック社製「ULTIMATE3000」
・炭酸水素イオン:滴定法
【0044】
【表1】
【0045】
実施例2
水素溶存液の専用容器として市販されている加水素液体真空保存容器(ハジー物産(株)製「H2-BAG500mL」:アルミニウム層を含む多層フィルムからなる袋)に収容された「サブパック(登録商標)Bi」B液に約400ppbの濃度で水素を溶存させた水素溶存B液400mLを、真空密閉した状態で4℃の環境下、4週間保存した。1週間経過ごとに、一部を採取して2群に分け、一方をそのまま(試料1)、他方を開封直後の「サブパック(登録商標)Bi」A液(392mL)と混合した混合液(試料2)として、溶存水素濃度およびpHを測定した。なお、試料の採取は、加水素液体真空保存容器のキャップを一旦開けて素早く行い、直ちに真空密閉状態に戻して、保存を継続した。
【0046】
溶存水素濃度の測定は、試料採取後直ちに(試料1)または混合液作成後直ちに(試料2)溶存水素濃度測定器((有)共栄電子研究所製「KM2100 DH」)を用いて行なった(n=6)。pHの測定は、pH測定器(ハンナ インスツルメンツ・ジャパン(株)製「Combo 3HI 98121」)を用いて、ビーカーに入れた試料または混合液50mLを130rpmで撹拌しながら行なった(n=6)。溶存水素濃度の測定結果を図1に示す。
【0047】
図1に示す通り、初期に404±4ppbであった水素溶存B液の溶存水素濃度は、試料採取時の容器開閉の影響もあり経時的に低下したものの、3週間経過するとほぼ低下傾向は留まり、4週間後の水素溶存B液の溶存水素濃度は78±21ppbであった。水素水透析に関する「Masaaki Nakayama et al., A novel bioactive haemodialysis system using dissolved dihydrogen(H2) produced by water electrolysis: a clinical trial, Nephrol Dial Transplant, (2010) 25: 3026-3033」の報告によれば、溶存水素濃度の違いによる臨床的効果として、透析液中の溶存水素濃度が48ppbであると、酸化ストレスが軽減され有意に炎症反応が抑制されたことが確認されていることから、4週間保存後にもその効果は得られると言える。
【0048】
試料1のpHは、初期がpH2.73±0.00、4週間後がpH2.76±0.01であり、経時的に大きな変化がないことが確認できた。
【0049】
実施例3
実施例1と同様にして水素溶存B液「B液-400ppb」を作製し、市販のアルミ真空袋((株)ハギオス製の「べんけい1015」、内側から順に、ポリエチレン層(約51μm)、アルミニウム層(約7μm)、ポリエチレン層(約19μm)、ポリエチレンテレフタレート層(約16μm)が積層された多層フィルム(約93μm)からなる袋)に50mLずつ収容し、真空密閉装置((株)ハギオス製の「MZ-280-BC」)を用いて真空密閉して、保存安定性測定用サンプルを80個作製した。このうち、40個のサンプルを室温(20~27.5℃)保存し、40個のサンプルを冷蔵(4℃)の環境下で保存した。保存開始時と、保存開始から1ヵ月後、2ヵ月後、3ヵ月後にそれぞれ10個のサンプルから試料を採取し、試料採取後直ちに実施例2と同じ溶存水素濃度測定器を用いて溶存水素濃度を測定した。結果を図2に示す。
【0050】
図2に示すように、室温保存の場合の溶存水素濃度は、保存開始時に398±12ppbであったものが、3ヵ月後は291±35ppbになり、冷蔵保存の場合の溶存水素濃度は、保存開始時に401±12ppbであったものが3ヵ月後は394±42ppbになった。いずれの場合にも、真空密閉保存により、3ヵ月保存後においても上述の臨床効果が十分に得られると言える。
【0051】
実施例4
実施例1と同様にして、水素溶存B液「B液-400ppb」を作製し、孔径0.2μmの滅菌用ろ過フィルター(ニプロ(株)製のフィルターセット「FG-20ZY(2)P」)に通して滅菌した。滅菌前(滅菌用ろ過フィルター通過前)と滅菌後(滅菌用ろ過フィルター通過後)に、それぞれ試料を採取し、試料採取後直ちに、実施例2と同じ溶存水素濃度測定器を用いて溶存水素濃度を測定した(n=16)。結果を図3に示す。
【0052】
図3に示すように、ろ過滅菌前後での溶存水素濃度に大きな変化はなく、溶存水素濃度に影響を与えることなく滅菌処理ができることが確認された。
図1
図2
図3