(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-16
(45)【発行日】2023-03-27
(54)【発明の名称】抗IGF-I受容体ヒト化抗体
(51)【国際特許分類】
C07K 16/28 20060101AFI20230317BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20230317BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20230317BHJP
A61P 3/00 20060101ALI20230317BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20230317BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20230317BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20230317BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20230317BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230317BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20230317BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20230317BHJP
【FI】
C07K16/28 ZNA
A61K39/395 N
A61K48/00
A61P3/00
A61P21/00
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12N15/13
C12P21/08
(21)【出願番号】P 2020559184
(86)(22)【出願日】2019-12-02
(86)【国際出願番号】 JP2019047050
(87)【国際公開番号】W WO2020116398
(87)【国際公開日】2020-06-11
【審査請求日】2021-05-11
【審判番号】
【審判請求日】2022-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2018226669
(32)【優先日】2018-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審理対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503369495
【氏名又は名称】帝人ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【氏名又は名称】関根 宣夫
(72)【発明者】
【氏名】田野倉 章
(72)【発明者】
【氏名】加藤 浩嗣
(72)【発明者】
【氏名】江口 広志
(72)【発明者】
【氏名】高木 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】山村 聡
(72)【発明者】
【氏名】並木 直子
(72)【発明者】
【氏名】石川 大輔
(72)【発明者】
【氏名】樋口 浩文
(72)【発明者】
【氏名】竹尾 智予
(72)【発明者】
【氏名】大堀 真代
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】飯室 里美
【審判官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-531217(JP,A)
【文献】特表2005-533493(JP,A)
【文献】特表2009-502129(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K16/28
A61K39/395
A61K48/00
BIOSIS/MEDLINE/CAplus/EMBASE/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重鎖可変領域のCDR-1(CDR-H1)配列として、配列番号1のアミノ酸配列、又は、配列番号1のアミノ酸配列において1箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、重鎖可変領域のCDR-2(CDR-H2)配列として、配列番号2のアミノ酸配列、又は、配列番号2のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、重鎖可変領域のCDR-3(CDR-H3)配列として、配列番号3のアミノ酸配列、又は、配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、軽鎖可変領域のCDR-1(CDR-L1)配列として、配列番号4のアミノ酸配列、又は、配列番号4のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、軽鎖可変領域のCDR-2(CDR-L2)配列として、配列番号5のアミノ酸配列、又は、配列番号5のアミノ酸配列において1箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、及び軽鎖可変領域のCDR-3(CDR-L3)配列として、配列番号6のアミノ酸配列、又は、配列番号6のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、を含み、配列番号14(ヒトIGF-I受容体)の
アミノ酸配列における315番目及び316番目に相当するアミノ酸残基を含む結合部位に特異的に結合する、抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項2】
前記抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体が、重鎖可変領域として、配列番号7のアミノ酸配列、又は、配列番号7のアミノ酸配列において1若しくは数箇所におけるアミノ酸残基が置換、欠失、若しくは付加されたアミノ酸配列を含むアミノ酸配列、及び軽鎖可変領域として、配列番号8のアミノ酸配列、又は、配列番号8のアミノ酸配列において1若しくは数箇所におけるアミノ酸残基が置換、欠失、若しくは付加されたアミノ酸配列を含むアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項3】
前記抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体が、重鎖可変領域として配列番号7のアミノ酸配列、及び軽鎖可変領域として配列番号8、9、10、11及び12から選択される何れかのアミノ酸配列を含む、請求項1又は2に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項4】
定常領域として、ヒト免疫グロブリンの各クラスにおける定常領域を更に含む、請求項1から3の何れか一項に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項5】
重鎖定常領域が、ヒトIgG4クラスの重鎖定常領域である、請求項4に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項6】
配列番号14(ヒトIGF-I受容体)のアミノ酸番号308から319に相当するアミノ酸配列(ProSerGlyPheIleArgAsnGlySerGlnSerMet)を有するペプチドを含むエピトープ又はその近傍に結合する、請求項1から5の何れか一項に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項7】
ヒト又はモルモットに由来する筋芽細胞の増殖を誘導する用量において、当該培養細胞でのグルコース取り込みを誘導しない、請求項1から6の何れか一項に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項8】
脊椎動物に投与され、当該脊椎動物の筋肉量及び/又は体長の増加を誘導する用量において、当該脊椎動物の血糖値を低下させない、請求項1から7の何れか一項に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項9】
脊椎動物に投与され、当該脊椎動物の筋肉量及び/又は体長の増加を誘導する有効用量に対して10倍以上の血中曝露量においても、当該脊椎動物の血糖値を低下させない、請求項8に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
【請求項10】
請求項1から9の何れか一項に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体をコードするポリヌクレオチド配列からなる核酸分子。
【請求項11】
請求項10に記載の核酸分子を少なくとも一つ含むクローニングベクター又は発現ベクター。
【請求項12】
請求項11に記載のベクターが宿主細胞に導入された組換え体細胞。
【請求項13】
請求項12に記載の組換え体細胞を培養し、前記組換え体細胞から産生される当該抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体を精製する工程を含む、請求項1から9の何れか一項に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体の製造方法。
【請求項14】
請求項1から9の何れか一項に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体、請求項10に記載の核酸分子、請求項11に記載のベクター或いは請求項12に記載の組換え体細胞を有効成分として含む、医薬組成品。
【請求項15】
筋萎縮性疾患又は低身長症の治療に用いられる、請求項14に記載の医薬組成品。
【請求項16】
筋萎縮性疾患が、廃用性筋萎縮、サルコペニア又はカヘキシアである、請求項15に記載の医薬組成品。
【請求項17】
低身長症が、ラロン型低身長症又は成長ホルモン抵抗性低身長症である、請求項15に記載の医薬組成品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗IGF-I受容体ヒト化抗体に関する。具体的には、脊椎動物のIGF-I受容体に特異的に結合する抗IGF-I受容体ヒト化抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
1.IGF-I
IGF-Iは、インスリン様成長因子であり、下垂体から分泌される成長ホルモン(GH)によるGH受容体の活性化を介して、主に肝臓から分泌され、IGF-I受容体に作用することにより、各種臓器で種々の生理機能を発現する。このことからIGF-Iは、種々の疾患への治療が期待される。IGF-Iは、プロインスリンのアミノ酸配列と比較して、約40%と高い相同性を有することから、インスリン受容体にも結合して、インスリン様の作用を発現することがある(非特許文献1)。また、IGF-I受容体は、インスリン受容体のアミノ酸配列と比較して、約60%と高い相同性を有することから、両受容体はヘテロ二量体を形成することがある(非特許文献1)。なお、インスリンは、インスリン受容体に作用することにより、強力な血糖低下作用を発現することから、血糖降下薬として治療に用いられている。
【0003】
2.IGF-I受容体
IGF-I受容体はα鎖及びβ鎖で構成され、L1、CR、L2、Fn1、Fn2及びFn3の6つの細胞外ドメイン、膜貫通ドメイン、及び細胞内ドメインを含む膜貫通タンパク質である(非特許文献2)。IGF-I受容体の細胞内ドメインは、チロシンキナーゼを有する。細胞外ドメインであるCR(cysteine-rich domain)は、IGF-IがIGF-I受容体に結合した時の当該受容体の立体構造の変化に伴う、細胞内のチロシンキナーゼの活性化に関与する。IGF-I受容体は、ホモ二量体複合体(ホモ型)を形成して、IGF-Iが結合すると、受容体キナーゼを活性化することにより信号を送る。また、インスリン受容体とのヘテロ二量体複合体(ヘテロ型)を形成して、インスリン又はIGF-Iが結合すると、受容体キナーゼを活性化することにより信号を送る(非特許文献3、4)。
【0004】
3.IGF-Iの生理作用
IGF-Iは、身長や体重増加等の成長促進作用、及び糖代謝促進や血糖低下作用等のインスリン様代謝作用が明らかにされている。ヒト組換えIGF-Iであるメカセルミンは、インスリン受容体異常症の高血糖、高インスリン血症、黒色表皮腫及び多毛といった症状を改善することが認められている。また、成長ホルモン抵抗性低身長症の成長障害を改善することが認められている(非特許文献5)。
【0005】
4.IGF-Iの成長促進作用
IGF-Iはヒト軟骨細胞のDNA合成能を亢進させることが知られている。また、IGF-Iの投与は、下垂体摘出ラットの体重を増加させ、大腿骨骨長を伸長させる(非特許文献5)。
【0006】
5.IGF-Iの筋肉量増加作用
IGF-Iを介した細胞増殖活性の亢進は、IGF-I受容体の持続的な活性化が必要である(非特許文献6)。IGF-I受容体を過剰発現させた動物では筋肉量が増加している(非特許文献7)。また、IGF-I/IGFBP3の持続投与は、大腿骨近位部骨折患者の握力を亢進させ、介助なしでの座位からの立ち上がり能力を改善させる(非特許文献8)。高齢のヒト及びマウスの筋肉中のIGF-I濃度は、若齢と比較して低下することが知られているが(非特許文献9、10)、IGF-Iを筋組織特異的に強制発現させた高齢のマウスでは、野生型マウスと比較して、筋肉量が改善した(非特許文献11)。
【0007】
6.筋肉量を増加させる先行品
グレリン受容体の作動薬であるアナモレリンは、廃用性筋萎縮症であるカケキシアの臨床試験において、除脂肪量を増加させた。一方、副作用として、吐き気及び血糖値の上昇が認められる(非特許文献12)。
【0008】
ミオスタチンは、アクチビン受容体II(ActRII)に作用して、Akt/mTORを阻害する、骨格筋形成の負の制御因子である(非特許文献13~15)。抗ミオスタチン抗体であるLY2495655は、全人工股関節置換術を実施した患者及び高齢者の筋肉量を増加させる(非特許文献16、17)。
【0009】
また、抗ActRII抗体であるビマグルマブは、神経筋疾患患者の筋肉量を増加させる(非特許文献18)。しかし、骨格筋の形成を促進させ、治療のために使用できる薬は現在のところ存在しない。
【0010】
7.IGF-Iの血糖低下作用
IGF-Iのインスリン様作用として、血糖低下作用が知られている。IGF-Iは、ラット筋肉由来細胞においてグルコース取込み作用を亢進させる(非特許文献5)。また、IGF-Iの投与は、ラットの血糖値を低下させる(非特許文献5)。
【0011】
IGF-Iによる血糖低下作用は、臨床上の副作用として低血糖を惹起させることが報告されている(非特許文献19)。更に、IGF-Iは、ヒトへの投与により低血糖を起こすことから、治療開始時は、低用量から順次適当量を投与し、投与後の血糖値等を含む各種臨床所見の観察が必要となる(非特許文献5)。
【0012】
IGF-Iは、IGF-I受容体の下流シグナルであるAktのリン酸化の亢進を介して血糖低下作用を発現する。Aktの活性型変異体は、3T3-L1細胞のグルコース取込みを亢進させる(非特許文献20)。一方、Akt2を欠損させたマウスは、血糖値が上昇した(非特許文献21)。また、ラット筋肉由来細胞においてAkt阻害剤は、インスリン刺激によるグルコース取込みを阻害する(非特許文献22)。更に、IGF-Iは、血糖低下作用に関与するインスリン受容体を活性化させることが知られている。これらのことから、IGF-Iによる血糖低下作用には、Aktの過剰な活性化及びインスリン受容体の活性化が関与することが考えられる。
【0013】
8.IGF-Iの短い血中半減期
IGF-Iの血中半減期は、短いため治療では頻回投与が必要となる。実際に、ヒト組換えIGF-Iであるメカセルミンは、血中半減期が約11時間から16時間であり、低身長症の治療では1日1回から2回の投与が必要である(非特許文献5)。
【0014】
血中のIGF-Iの約70から80%はIGFBP3と結合している。IGF-Iの遊離体が生理活性を示す。IGFBP3との結合は、IGF-Iの血中半減期を約10時間から16時間に維持している(非特許文献1)。
【0015】
IGF-IとIGFBP3の配合剤であるIPLEXは、血中半減期が約21時間から26時間とIGF-Iと比較して長く、1日1回の投与を可能にした薬剤である(非特許文献23)。しかし、IPLEXは市場から撤退している。
【0016】
IGF-Iの動態を改善させたPEG化IGF-Iも開発が試みられたが、治療に用いられている薬剤は存在しない(特許文献1)。
【0017】
9.IGF-Iの作用により期待される治療効果
IGF-Iは多種の臓器に作用し、その生理機能は多岐にわたることが知られている(非特許文献19)。
【0018】
IGF-Iは、中枢神経系において、IGF-I受容体の活性化を介して、ミトコンドリアの保護及び抗酸化作用による神経保護作用があることが報告されている(非特許文献24、25)。IGF-Iは、傷害後の神経突起の形成を促進させる(非特許文献26)。
【0019】
IGF-Iは、成長促進の主要な因子である(非特許文献27、28)。実際に、ヒト組換えIGF-Iであるメカセルミンは、低身長症の治療薬として臨床で用いられている。
【0020】
IGF-Iは、肝硬変の治療に有用であると考えられている。肝硬変は、肝障害又は慢性肝疾患から病態進展したものであり、肝臓の線維化を伴う疾患である。肝硬変モデル動物において、IGF-Iの投与は、肝臓の線維化を抑制した(非特許文献29)。
【0021】
IGF-Iは、腎臓の発達、機能にも関与することが知られている。腎臓のメサンギウム細胞において、IGF-Iは、糖毒性による酸化ストレス及びアポトーシスに対して保護作用がある(非特許文献30)。IGF-Iは、腎症の治療薬として期待される。
【0022】
IGF-Iの投与により改善が期待される病態には、低身長症、ラロン症、肝硬変、肝線維化、老化、子宮内胎児発育遅延(IUGR)、神経疾患、脳卒中、脊髄損傷、心血管保護、糖尿病、インスリン抵抗性、メタボリックシンドローム、腎症、骨粗しょう症、嚢胞性線維症、創傷治癒、筋強直性ジストロフィー、エイズ筋減弱症、HIVに伴う脂肪再分布症候群、火傷、クローン病、ウェルナー症候群、X連鎖性複合免疫不全症、難聴、神経性無食欲症及び未熟児網膜症がある(非特許文献19)。
【0023】
IGF-Iは、その多彩な生理作用から、種々の疾患の治療薬として期待される。しかし、副作用である血糖低下作用、及び短い半減期による複数回の投与が臨床で用いるための課題である。
【0024】
10.IGF-I受容体アゴニスト抗体
抗体製剤は、一般的に半減期が長く、月に1回から2回の投与で有効性を示す。IGF-I受容体アゴニスト抗体は、インビトロ(in vitro)での受容体活性化作用が報告されているが、インビボ(in vivo)においてIGF-I受容体に対するアゴニスト活性を示した抗体の報告は無い(非特許文献31~35)。
【0025】
抗体3B7及び抗体2D1は、インビトロにおいて細胞のDNA合成を亢進する(非特許文献32)。
【0026】
抗体11A1、11A4、11A11及び24-57は、インビトロにおいてIGF-I受容体のチロシンのリン酸化を亢進する(非特許文献33)。
【0027】
抗体16-13、17-69、24-57、24-60、24-31及び26-3は、インビトロにおいて細胞のDNA合成、及びグルコース取込みの亢進作用を有することが示されており、これらの抗体は血糖低下作用を有する可能性がある(非特許文献34、35)。
【0028】
しかしながら、これまで初代培養細胞、その中でもヒト筋芽細胞を使用したインビトロでの細胞増殖活性を示したIGF-I受容体アゴニスト抗体の報告は無く、ましてやインビボでの筋肉量増加作用を示すIGF-I受容体アゴニスト抗体は無かった。
【0029】
11.IGF-I受容体アンタゴニスト抗体
IGF-I受容体に結合する抗体はIGF-IとIGF-I受容体の結合を阻害するアンタゴニスト作用を利用して、悪性腫瘍等の治療への応用が試みられている。しかしながら、既存のIGF-I受容体アンタゴニスト抗体は単独治療において高血糖等の副作用が多いだけでなく(非特許文献36)、他の抗癌剤との併用により高血糖の発現率が上昇することから(非特許文献37)、治療への適用は限定的なものになるものと考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0030】
【非特許文献】
【0031】
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【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0032】
本発明は、脊椎動物のIGF-I受容体に特異的に結合する、抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体を提供することを、その目的の一つとする。また、本発明は、IGF-I受容体を介して、筋肉量を増加させ、血糖値を低下させない抗体を提供することを、その目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0033】
即ち、本発明は以下に関する。
[1] 重鎖可変領域のCDR-1(CDR-H1)配列として、配列番号1のアミノ酸配列、又は、配列番号1のアミノ酸配列において1箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、重鎖可変領域のCDR-2(CDR-H2)配列として、配列番号2のアミノ酸配列、又は、配列番号2のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、重鎖可変領域のCDR-3(CDR-H3)配列として、配列番号3のアミノ酸配列、又は、配列番号3のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、軽鎖可変領域のCDR-1(CDR-L1)配列として、配列番号4のアミノ酸配列、又は、配列番号4のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、軽鎖可変領域のCDR-2(CDR-L2)配列として、配列番号5のアミノ酸配列、又は、配列番号5のアミノ酸配列において1箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、及び軽鎖可変領域のCDR-3(CDR-L3)配列として、配列番号6のアミノ酸配列、又は、配列番号6のアミノ酸配列において1若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、を含み、配列番号14(ヒトIGF-I受容体)の細胞外ドメインに特異的に結合する、抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[2] 前記抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体が、重鎖可変領域として、配列番号7のアミノ酸配列、又は、配列番号7のアミノ酸配列において1若しくは数箇所におけるアミノ酸残基が置換、欠失、若しくは付加されたアミノ酸配列を含むアミノ酸配列、及び軽鎖可変領域として、配列番号8のアミノ酸配列、又は、配列番号8のアミノ酸配列において1若しくは数箇所におけるアミノ酸残基が置換、欠失、若しくは付加されたアミノ酸配列を含むアミノ酸配列を含む、[1]に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[3] 前記抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体が、重鎖可変領域として配列番号7のアミノ酸配列、及び軽鎖可変領域として配列番号8、9、10、11及び12から選択される何れかのアミノ酸配列を含む、[1]又は[2]に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[4] 定常領域として、ヒト免疫グロブリンの各クラスにおける定常領域を更に含む、[1]から[3]に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[5] 重鎖定常領域が、ヒトIgG4クラスの重鎖定常領域である、[4]に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[6] 配列番号14(ヒトIGF-I受容体)のアミノ酸番号308から319に相当するアミノ酸配列(ProSerGlyPheIleArgAsnGlySerGlnSerMet)を有するペプチドを含むエピトープ又はその近傍に結合する、[1]から[5]の何れかに記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[7] ヒト又はモルモットに由来する筋芽細胞の増殖を誘導する用量において、当該培養細胞でのグルコース取り込みを誘導しない、[1]から[6]の何れかに記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[8] 脊椎動物に投与され、当該脊椎動物の筋肉量及び/又は体長の増加を誘導する用量において、当該脊椎動物の血糖値を低下させない、[1]から[7]の何れかに記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[9] 脊椎動物に投与され、当該脊椎動物の筋肉量及び/又は体長の増加を誘導する有効用量に対して10倍以上の血中曝露量においても、当該脊椎動物の血糖値を低下させない、[8]に記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体。
[10] [1]から[9]の何れかに記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体をコードするポリヌクレオチド配列からなる核酸分子。
[11] [10]に記載の核酸分子を少なくとも一つ含むクローニングベクター又は発現ベクター。
[12] [11]に記載のベクターが宿主細胞に導入された組換え体細胞。
[13] [12]に記載の組換え体細胞を培養し、前記組換え体細胞から産生される当該抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体を精製する工程を含む、[1]から[9]の何れかに記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体の製造方法。
[14] [1]から[9]の何れかに記載の抗IGF-I受容体ヒト化抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体、[10]に記載の核酸分子、[11]に記載のベクター或いは[12]に記載の組換え体細胞を有効成分として含む、医薬組成品。
[15] 筋萎縮性疾患又は低身長症の治療に用いられる、[14]に記載の医薬組成品。
[16] 筋萎縮性疾患が、廃用性筋萎縮、サルコペニア又はカヘキシアである、[15]に記載の医薬組成品。
[17] 低身長症が、ラロン型低身長症又は成長ホルモン抵抗性低身長症である、[15]に記載の医薬組成品。
【発明の効果】
【0034】
本発明の抗体若しくはその断片、又はそれらの誘導体は、脊椎動物のIGF-I受容体に特異的に結合する効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】
図1は、IGF-I受容体のCRドメインのアミノ酸配列(アミノ酸配列は1文字表記で示す)を、マウス、ラット、ヒト、モルモット及びウサギで比較した結果を示す図である。
【
図2】
図2は、モルモットにIGF-Iを浸透圧ポンプで持続投与又は、抗IGF-I受容体ヒト化抗体R11-16Bを単回静脈内投与したときの投与2週間後の長趾伸筋の重量を示す図である。
【
図3】
図3は、絶食条件下のモルモットに、IGF-Iを単回皮下投与したときの血中動態の経時推移を示す図である。
【
図4】
図4は、絶食条件下のモルモットに、抗IGF-I受容体ヒト化抗体R11-16Bを単回静脈内投与したときの血中動態の経時推移を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明を具体的な実施形態に基づき説明するが、本発明はこれらの実施形態に何ら限定されない。なお、本明細書において引用する特許公報、特許出願公開公報、及び非特許公報を含む全ての文献は、あらゆる目的において、その全体が援用により本明細書に組み込まれる。
【0037】
[IGF]
本開示において「IGF」とは、インスリン様成長因子(Insulin-like Growth Factor)のことをいい、IGF-IとIGF-IIが存在する。IGF-I及びIGF-IIは、後述のIGF-I受容体(インスリン様成長因子-I受容体:Insulin-like Growth Factor-I Receptor)に結合して、細胞内に細胞分裂や代謝のシグナルを入れるアゴニスト活性を有する生体内のリガンドである。IGF-I及びIGF-IIは、IGF-I受容体と構造的に類似性のあるインスリン受容体(INSR)にも弱く交差的に結合することが知られている。本明細書では、生理的機能等がよりよく知られているIGF-Iを主に扱うが、IGF-I受容体とリガンドとの結合を介する作用や疾患等の検討を行う場合には、IGF-IとIGF-IIの両者の作用を含めて記載することがある。
【0038】
IGF-IはソマトメジンCとも呼ばれ、70アミノ酸からなる単一ポリペプチドのホルモンである。ヒトのIGF-Iの配列はEMBL-EBIのUniProtKB-アクセッション番号P50919等を参照して入手できる。配列表の配列番号13に成熟型IGF-Iのアミノ酸配列を示す。この70アミノ酸からなる配列は、多くの種で保存されている。本発明においては、「IGF-I」とのみ記載された場合は、特に断りがない限り、ホルモン活性を有するIGF-Iタンパク質のことを意味する。
【0039】
IGF-Iは、肝臓細胞をはじめ生体内の種々の細胞で産生されていて、血液やその他の体液中にも存在する。従って、天然型のIGF-Iは動物の体液や、動物から分離した初代培養細胞や株化細胞等を培養した培養物から精製して得ることができる。また、IGF-Iは成長ホルモンによって細胞での産生が誘導されるため、成長ホルモンが投与された動物の体液や、動物から分離した初代培養細胞や株化細胞等を成長ホルモン存在下で培養した培養物からもIGF-Iを精製することで得られる。また、別の方法として、IGF-Iのアミノ酸配列をコードする核酸分子を発現ベクターに組み込んで大腸菌等の原核生物や酵母、昆虫細胞又は哺乳類由来の培養細胞等の真核細胞の宿主に導入した組換え体細胞や、IGF-I遺伝子を導入したトランスジェニック動物やトランスジェニック植物等を用いて、IGF-Iを製造することも可能である。更に、ヒトIGF-Iは研究用試薬(Enzo Life Sciences, catalog: ADI-908-059-0100; Abnova, catalog: P3452等)、医薬品(ソマゾン(登録商標)、メカセルミン、INCRELEX(登録商標)等)として入手することも可能である。用いるIGF-Iのインビボ及びインビトロでの活性は、World Health OrganizationのNational Institute for Biological Standards and Control(NIBSC)のNIBSC code:91/554のIGF-I標準物質での活性を1国際ユニット/マイクログラムとして比較することで、その比活性を評価することができる。本発明におけるIGF-Iは、当該NIBSC code:91/554のIGF-Iと同等の比活性を有するものとして扱うものとする。
【0040】
[IGF-I受容体]
本開示において「IGF-I受容体」とは、インスリン様成長因子-I受容体(Insulin-like Growth Factor-I Receptor)のことをいう。本明細書において「IGF-I受容体」は、特に断りがない限り、IGF-I受容体タンパク質を意味する。IGF-I受容体はα鎖とβ鎖からなるサブユニットが2つ会合した構造のタンパク質である。配列番号14に示したヒトIGF-I受容体のアミノ酸配列においては、そのアミノ酸配列のうち、31番目から735番目のアミノ酸配列からなる部分がα鎖に相当し、β鎖は740番目以降の配列に相当する。IGF-I受容体のα鎖はIGF-Iの結合部分を有し、β鎖は膜貫通型の構造であり、細胞内へのシグナルを伝える働きをする。IGF-I受容体のα鎖は、L1、CR、L2、FnIII-1及びFnIII2a/ID/FnIII2bのドメインに分かれる。配列番号14に示したヒトIGF-I受容体のアミノ酸配列においては、31番目から179番目の部分がL1ドメイン、180番目から328番目の部分がCRドメイン、329番目から491番目の部分がL2ドメイン、492番目から607番目の部分がFnIII-1ドメイン及び608番目から735番目までがFnIII-2a/ID/FnIII-2bドメインに相当する。中でもCRドメイン(cysteine-rich domain)は、IGF-IがIGF-I受容体に結合した時の当該受容体の立体構造の変化に伴う、β鎖の細胞内チロシンキナーゼの活性化に関与する。ヒトのIGF-I受容体のアミノ酸配列は、EMBL-EBIのUniProtKB-アクセッション番号P08069等から参照することが可能であるが、配列表の配列番号14にも示す。
【0041】
IGF-I受容体は生体内の組織や細胞の広い範囲で発現していることが知られており、IGF-Iによる細胞増殖の誘導や細胞内シグナルの活性化等の刺激を受ける。特に筋芽細胞はIGF-IのIGF-I受容体を介する作用を、細胞増殖活性を指標として評価に用いることが可能である。このことから筋芽細胞は、IGF-I受容体に結合する抗体の作用を解析する上で有用である。また、ヒトやその他の脊椎動物のIGF-I受容体のアミノ酸配列をコードする核酸分子を発現ベクターに組み込んで、昆虫細胞又は哺乳類由来の培養細胞等の真核細胞の宿主に導入した組換え体細胞において、その細胞膜上に導入された核酸がコードするIGF-I受容体を発現させることで、ヒトやその他の脊椎動物のIGF-I受容体を発現した細胞を人工的に製造することが可能である。当該IGF-I受容体発現細胞は抗体の結合性の解析や細胞内へのシグナルの伝達等の検討に用いることができる。
【0042】
[抗IGF-I受容体ヒト化抗体]
本発明の一側面によれば、新規な抗IGF-I受容体ヒト化抗体が提供される(これを以下適宜「本発明の抗体」と称する。)。
【0043】
本開示において「抗体」とは、ジスルフィド結合により相互結合された少なくとも2つの重(H)鎖及び2つの軽(L)鎖を含む糖タンパク質である。それぞれの重鎖は、重鎖可変領域(VHと略される)及び重鎖定常領域を含み、重鎖定常領域は、3つのドメイン、CH1、CH2及びCH3を含む。それぞれの軽鎖は、軽鎖可変領域(VLと略される)及び軽鎖定常領域を含む。軽鎖定常領域は、1つのドメイン、CLを含む。軽鎖の定常領域にはλ鎖及びκ鎖と呼ばれる2種類が存在する。重鎖の定常領域にはγ鎖、μ鎖、α鎖、δ鎖及びε鎖が存在し、その重鎖の違いによって、それぞれIgG、IgM、IgA、IgD及びIgEという抗体のアイソタイプが存在する。VH及びVLは、更にフレームワーク領域(FR)と称される、より保存されている4つの領域(FR-1、FR-2、FR-3、FR-4)と、相補性決定領域(CDR)と称される超可変性の3つの領域(CDR-1、CDR-2、CDR-3)に細分される。VHは、アミノ末端からカルボキシ末端へ、FR-1、CDR-1(CDR-H1)、FR-2、CDR-2(CDR-H2)、FR-3、CDR-3(CDR-H3)、FR-4の順番で配列された3つのCDR及び4つのFRを含む。VLは、アミノ末端からカルボキシ末端へ、FR-1、CDR-1(CDR-L1)、FR-2、CDR-2(CDR-L2)、FR-3、CDR-3(CDR-L3)、FR-4の順番で配列された3つのCDR及び4つのFRを含む。重鎖及び軽鎖の可変領域は、抗原と相互作用する結合ドメインを含む。
【0044】
本発明の抗体は、抗体の断片及び/又は誘導体であってもよい。抗体の断片としては、F(ab’)2、Fab、Fv等が挙げられる。抗体の誘導体としては、定常領域部分に人工的にアミノ酸変異を導入した抗体、定常領域のドメインの構成を改変した抗体、1分子あたり2つ以上のFcを持つ形の抗体、重鎖のみ又は軽鎖のみで構成される抗体、糖鎖改変抗体、二重特異性抗体、抗体又は抗体の断片化合物や抗体以外のタンパク質と結合させた抗体コンジュゲート、抗体酵素、ナノボディ、タンデムscFv、二重特異性タンデムscFv、ダイアボディ(Diabody)、VHH等が挙げられる。なお、本発明において単に「抗体」という場合には、別途明記しない限り、抗体の断片及び/又は誘導体も含むものとする。
【0045】
本開示において「抗原抗体反応」とは、IGF-I受容体に対して、抗体が平衡解離定数(KD)1×10-7M以下の親和性で結合することをいう。本発明の抗体は、IGF-I受容体に対して、通常1×10-5M以下、中でも1×10-6M以下、更には1×10-7M以下のKDで結合することが好ましい。
【0046】
本開示において、抗体が抗原に対して「特異性」を有するとは、抗体とその抗原との間に高い抗原抗体反応が起こることをいう。特に、本開示において「IGF-I受容体特異的抗体」とは、IGF-I受容体を発現させた細胞と有意に抗原抗体反応を示す濃度において、IGF-I受容体の一次構造(アミノ酸配列)及び高次構造と高い類似性を有するINSRに対する抗原抗体の反応性が、Mock細胞に対する反応性の1.5倍以下である場合をいう。
【0047】
抗原抗体反応の測定は、当業者であれば固相又は液相の系での結合測定を適宜選択して行うことが可能である。そのような方法としては、酵素結合免疫吸着法(enzyme-linked immunosorbent assay:ELISA)、酵素免疫測定法(enzyme immunoassay:EIA)、表面プラズモン共鳴法(surface plasmon resonance:SPR)、蛍光共鳴エネルギー移動法(fluorescence resonance energy transfer:FRET)、発光共鳴エネルギー移動法(luminescence resonance energy transfer:LRET)等が挙げられるが、それらに限定されるものではない。また、そのような抗原抗体結合を測定する際に、抗体及び/又は抗原を酵素、蛍光物質、発光物質、放射性同位元素等で標識を行い、その標識した物質の物理的及び/又は化学的特性に適した測定方法を用いて抗原抗体反応を検出することも可能である。
【0048】
本発明の抗体は、IGF-I受容体のCRドメインに結合することにより、IGF-I受容体が二量体を形成したホモ型の受容体、或いはIGF-I受容体とINSRが二量体を形成したヘテロ型の受容体を活性化させると考えられる。
【0049】
本発明の抗体は、各CDR配列として、特定のアミノ酸配列を有することが好ましい。具体的には以下のとおりである。なお、本発明においてアミノ酸配列の「同一性」(identity)とは、一致するアミノ酸残基の割合を意味し、「相同性」(similarity)とは、一致又は類似するアミノ酸残基の割合を意味する。相同性及び同一性は、例えばBLAST法(NCBIのPBLASTのデフォルト条件)により決定することができる。
【0050】
ここで「類似するアミノ酸残基」とは、同様の化学的特質(例えば、電荷又は疎水性)を持つ側鎖を有するアミノ酸残基を意味する。類似するアミノ酸残基としては、例えば以下の組合せが挙げられる。
1)脂肪族側鎖を有するアミノ酸残基:グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、及びイソロイシン残基。
2)脂肪族ヒドロキシル側鎖を有するアミノ酸残基:セリン及びトレオニン残基。
3)アミド含有側鎖を有するアミノ酸残基:アスパラギン及びグルタミン残基。
4)芳香族側鎖を有するアミノ酸残基:フェニルアラニン、チロシン、及びトリプトファン残基。
5)塩基性側鎖を有するアミノ酸残基:リシン、アルギニン、及びヒスチジン残基。
6)酸性側鎖を有するアミノ酸残基:アスパラギン酸及びグルタミン酸残基。
7)硫黄含有側鎖を有するアミノ酸残基:システイン及びメチオニン残基。
【0051】
本発明において、重鎖可変領域のCDR-1(CDR-H1)配列としては、配列番号1(SerTyrTrpMetHis)、又は、配列番号1の何れか1箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列が好ましい。また、重鎖可変領域のCDR-H1配列は、配列番号1と80%以上の相同性(好ましくは同一性)を有することが好ましい。
【0052】
重鎖可変領域のCDR-2(CDR-H2)配列としては、配列番号2(GluThrAsnProSerAsnSerValThrAsnTyrAsnGluLysPheLysSer)、又は、配列番号2の何れか1箇所若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列が好ましい。また、重鎖可変領域のCDR-H2配列は、配列番号2と88%以上、中でも94%の相同性(好ましくは同一性)を有することが好ましい。
【0053】
重鎖可変領域のCDR-3(CDR-H3)配列としては、配列番号3(GlyArgGlyArgGlyPheAlaTyr)、又は、配列番号3の何れか1箇所若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列が好ましい。また、重鎖可変領域のCDR-H3配列は、配列番号3と75%以上、中でも87%以上の相同性(好ましくは同一性)を有することが好ましい。
【0054】
軽鎖可変領域のCDR-1(CDR-L1)配列としては、配列番号4(ArgAlaSerGlnAsnIleAsnPheTrpLeuSer)、又は、配列番号4の何れか1箇所若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列が好ましい。また、軽鎖可変領域のCDR-L1配列は、配列番号4と81%以上の相同性、中でも90%以上の相同性(好ましくは同一性)を有することが好ましい。
【0055】
軽鎖可変領域のCDR-2(CDR-L2)配列としては、配列番号5(LysAlaSerAsnLeuHisThr)、又は、配列番号5の何れか1箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列が好ましい。また、軽鎖可変領域のCDR-L2配列は、配列番号5と85%以上の相同性(好ましくは同一性)を有することが好ましい。
【0056】
軽鎖可変領域のCDR-3(CDR-L3)配列としては、配列番号6(LeuGlnGlyGlnSerTyrProTyrThr)、又は、配列番号6の何れか1箇所若しくは2箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列が好ましい。また、軽鎖可変領域のCDR-L3配列は、配列番号6と77%以上、中でも88%以上の相同性(好ましくは同一性)を有することが好ましい。
【0057】
特に、本発明の抗体は、以下のCDR配列の組み合わせを有することが好ましい。CDR-H1配列として、配列番号1のアミノ酸配列、CDR-H2配列として、配列番号2のアミノ酸配列、CDR-H3配列として、配列番号3のアミノ酸配列、CDR-L1配列として、配列番号4のアミノ酸配列、CDR-L2配列として、配列番号5のアミノ酸配列、及びCDR-L3配列として、配列番号6のアミノ酸配列。
【0058】
なお、抗体におけるCDR-H1、CDR-H2、CDR-H3、CDR-L1、CDR-L2、又はCDR-L3の各配列を同定する方法としては、例えばKabat法(Kabat et al., The Journal of Immunology, 1991, Vol.147, No.5, pp.1709-1719)やChothia法(Al-Lazikani et al., Journal of Molecular Biology, 1997, Vol.273, No.4, pp.927-948)が挙げられる。これらの方法は、この領域の当業者にとっては技術常識であるが、たとえばDr. Andrew C.R. Martin‘s Groupのインターネットホームページ(http://www.bioinf.org.uk/abs/)から概要を知ることも可能である。
【0059】
本発明の抗体である免疫グロブリンのフレームワーク配列は、ヒトの免疫グロブリンの各クラスにおけるフレームワーク配列であることが好ましい。
【0060】
本発明の抗体は、重鎖可変領域及び軽鎖可変領域として、特定のアミノ酸配列を有することが好ましい。具体的には以下のとおりである。なお、本開示において「1箇所若しくは数箇所」とは、特に断り書き無い限り、1箇所、2箇所、3箇所、4箇所、5箇所、6箇所、7箇所、8箇所、9箇所、又は10箇所の何れかを指すものとする。
【0061】
本発明の抗体の重鎖可変領域としては、配列番号7、配列番号7の何れか1箇所若しくは数箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、又は配列番号7と90%以上の相同性(好ましくは同一性)を有するアミノ酸配列が好ましい。また、本発明の抗体の軽鎖可変領域としては、配列番号8、配列番号8の何れか1箇所若しくは数箇所のアミノ酸残基が置換されたアミノ酸配列、又は配列番号8と90%以上の相同性(好ましくは同一性)を有するアミノ酸配列が好ましい。
【0062】
特に、本発明の抗体は、重鎖可変領域として配列番号7を有すると共に、軽鎖可変領域として配列番号8、又は、配列番号8の36番目(Kabat番号:L36)がTyrからAla、Ser、Phe若しくはCysに置換されたアミノ酸配列を含む配列(それぞれ配列番号9、配列番号10、配列番号11及び配列番号12)を有することが好ましい。
【0063】
本発明の抗体の重鎖及び軽鎖の各フレームワーク領域及び/又は各定常領域のアミノ酸配列は、例えばヒトのIgG、IgA、IgM、IgE、及びIgDの各クラス並びにそれらの変異体から選択することが可能である。一例によれば、本発明の抗体の重鎖定常領域は、ヒトのIgG4の重鎖定常領域である。
【0064】
[抗IGF-I受容体ヒト化抗体のエピトープ]
本発明の抗体は、IGF-I受容体のCRドメインをエピトープとする。好ましくは、本発明の抗体は、配列番号14(ヒトIGF-I受容体)のアミノ酸番号308から319に相当するアミノ酸配列(ProSerGlyPheIleArgAsnGlySerGlnSerMet)を有するペプチドを含むエピトープ又はその近傍に結合する。本発明の抗体は、IGF-I受容体のCRドメインに結合することにより、IGF-I受容体が二量体を形成したホモ型の受容体、或いはIGF-I受容体とINSRが二量体を形成したヘテロ型の受容体を活性化させると考えられる。但し、後述する本発明のアゴニスト抗体(アゴニスト抗体である本発明の抗体)は、IGF-I受容体の一次構造(アミノ酸配列)及び高次構造と高い類似性を有するINSRに対しては結合性を有さない。
【0065】
[IGF-I受容体アゴニスト抗体及びアンタゴニスト抗体]
本発明の抗体は、アゴニスト抗体とアンタゴニスト抗体の両方を含む(以下、アゴニスト抗体である本発明の抗体を適宜「本発明のアゴニスト抗体」と称し、アンタゴニスト抗体である本発明の抗体を適宜「本発明のアンタゴニスト抗体」と称する)。本発明のアゴニスト抗体は、単独で作用させた場合、IGF-Iによる筋芽細胞の増殖活性を亢進する作用を有する。一方、本発明のアンタゴニスト抗体は、IGF-Iと同時に作用させた場合、IGF-Iによる筋芽細胞の増殖活性を阻害する作用を有する。
【0066】
本発明のアゴニスト抗体は、ヒトIgGクラス又はその変異体であることが好ましく、ヒトIgG4サブクラス若しくはその変異体、又は、ヒトIgG1サブクラス若しくはその変異体であることが好ましい。1つの例では、安定化IgG4定常領域は、Kabatの系により、ヒンジ領域の位置241においてプロリンを含む。この位置は、EU付番方式(Kabat et al., Sequences of Proteins of Immunological Interest, DIANE Publishing, 1992, Edelman et al., Proc. Natl. Acad. Sci USA, 63, 78-85, 1969)により、ヒンジ領域の位置228に対応する。ヒトIgG4では、この残基は一般的にセリンであり、セリンのプロリンへの置換で安定化を誘導することができる。1つの例では、IgG1の定常領域にN297A変異を組み入れてFc受容体への結合及び/又は補体を固定する能力をできるだけ抑えることができる。
【0067】
本発明のアゴニスト抗体は、IGF-I受容体の特異的なドメインに強力に結合し、インビトロで筋芽細胞の増殖活性の亢進作用を有する。
【0068】
また、本発明のアゴニスト抗体は、インビトロでの分化筋細胞のグルコース取込み亢進作用を有さないという特徴を有する。具体的に、本発明のアゴニスト抗体は、筋芽細胞(例えば、ヒト又はモルモットに由来する筋芽細胞)の増殖活性を亢進させる作用濃度、より好ましくは作用濃度より10倍高い濃度、更に好ましくは100倍高い濃度でも、インビトロでの培養分化筋細胞のグルコース取込み亢進作用を有さない。
【0069】
また、本発明のアゴニスト抗体は、筋肉量増加作用を示す用量において、血糖低下作用を有さないという特徴を有する。IGF-Iは、筋肉量増加作用を示す用量で投与した場合、著しい血糖低下作用を有する。しかし、本発明のアゴニスト抗体は、脊椎動物の筋肉量及び/又は体長の増加を誘導する用量において、当該脊椎動物の血糖値を低下させる作用を有さない。好ましくは、本発明のアゴニスト抗体は、脊椎動物の筋肉量及び/又は体長の増加を誘導する有効用量の10倍以上の血中曝露量となるように投与した場合でさえも、脊椎動物の血糖値を低下させる作用を有さない。
【0070】
更に、本発明のアゴニスト抗体は、モルモットへ単回投与した場合に、IGF-Iを持続投与したときの筋肉量増加作用と、同程度のインビボ活性を有する。また、本発明のアゴニスト抗体は、血中半減期が長く、動物への単回投与により筋肉量増加作用を示す。
【0071】
以上のことから、本発明のアゴニスト抗体は、IGF-Iで期待される、廃用性筋萎縮及び低身長症等のIGF-I受容体が関連する種々の疾患の治療薬又は予防薬となる可能性を有し、IGF-Iの問題点である、血糖低下作用を克服し、血中半減期を長期化することが可能である。
【0072】
一方、本発明のアンタゴニスト抗体は、IGF-IがIGF-I受容体に結合するのを阻害する作用を有する。
【0073】
本発明のアンタゴニスト抗体の一つの態様は、IGF-I受容体を活性化するが、IGF-IによるIGF-I受容体に対する作用を阻害する抗体である。この場合、当該抗体はIGF-Iの相加的なアゴニスト活性、例えば筋芽細胞のIGF-Iによる増殖誘導活性を打ち消す作用がある。
【0074】
本発明のアンタゴニスト抗体の別の態様は、IGF-I受容体と結合するが、IGF-I受容体を活性化させない抗体である。このようなIGF-I受容体の架橋による活性化を起こさないアンタゴニスト抗体の例としては、Fab、scFv等の抗原結合性が1価である抗体、二重特異性抗体のように2価の結合部位を有するがその片側の結合部位のみがIGF-I受容体の特異的ドメインに結合する抗体、又は2価の結合部位の距離をリンカー等で変化させた抗体等がある。しかし、本態様のアンタゴニスト抗体は、これらに限定されるものではない。
【0075】
本発明のアンタゴニスト抗体のうち、IGF-I受容体と結合するが、アゴニスト活性を持たない態様の抗体については、抗体とIGF-I受容体との抗原抗体反応を測定する方法により、IGF-I受容体に対する結合性を有すること、筋芽細胞等の細胞での細胞増殖試験により細胞増殖の誘導活性を持たないことを確認できる。
【0076】
また、本発明のアンタゴニスト抗体は、インビトロでの分化筋細胞のグルコース取込みやインビボでの血糖値に対して影響を及ぼさない。従って、本発明のアンタゴニスト抗体は、高血糖等の副作用を示さない抗IGF-I受容体ヒト化抗体として、乳癌、大腸癌、サルコーマ、肺癌、前立腺癌、甲状腺癌、ミエローマ等の悪性腫瘍等の治療薬又は予防薬となる可能性を有している。
【0077】
[交差反応]
本発明の抗体は、他の脊椎動物のIGF-I受容体に対して交差反応を有することが好ましい。交差反応とは、その抗体が抗原抗体反応をするIGF-I受容体の動物種(例えばヒト)とは異なる、他の動物種の抗原に対する抗体の結合性を示す。その抗体が抗原抗体反応をするIGF-I受容体の動物種以外である、ヒト、又はモルモット、サル、ウサギ、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、イヌ若しくはニワトリを含む非ヒト動物のIGF-I受容体と交差反応性を有することが好ましい。後述の実施例4において、抗IGF-I受容体ヒト化抗体であるR11-16Bは、ヒトIGF-I受容体のCRドメインにおけるProSerGlyPheIleArgAsnGlySerGlnSerMetの配列と結合することが示された。サル(カニクイザル)、ウサギ、モルモット、ウシ、ヒツジ、ウマ及びイヌのIGF-I受容体の相同的な部分において、このProSerGlyPheIleArgAsnGlySerGlnSerMetの配列が保存されており、これらの種の間でのIGF-I受容体と結合交差性がある。また、マウス及びラットにおいては、当該相同的な部分のアミノ酸配列がProSerGlyPheIleArgAsnSerThrGlnSerMetとなっており、この部分に結合する抗IGF-I受容体抗体を取得することで、マウスやラット等のIGF-I受容体と結合し、R11-16Bと同様の性状や機能を有する抗体を取得することが可能である。
【0078】
また、本発明の抗体と交差反応しない動物の種を用いて、その細胞や動物を遺伝子工学的に改変させることにより、本発明の抗体が交差反応するIGF-I受容体を発現する細胞や動物を作製することも可能である。
【0079】
[脊椎動物由来細胞の増殖誘導活性、筋肉量及び/又は体長の増加の誘導活性]
本発明のある態様における抗IGF-I受容体ヒト化抗体は、脊椎動物由来細胞の増殖誘導活性を有する。IGF-I受容体アゴニスト抗体の存在はすでに知られていたものの、初代培養細胞、その中でも筋芽細胞において細胞の増殖誘導活性を示した抗体の報告は無かった。更に、インビトロにおいてIGF-IのEC50値よりも低用量で細胞の増殖誘導活性を有する抗体の報告もなかった。
【0080】
なお、本開示において「脊椎動物由来細胞」とは、好ましくは哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類又は魚類に由来する細胞であり、より好ましくは哺乳類又は鳥類に由来する細胞であり、更により好ましくは、ヒト、サル、ウサギ、モルモット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ又はイヌに由来する細胞である。これらの種に由来する細胞で、IGF-I受容体を発現し、当該IGF-I受容体に本発明の抗体が交差反応する細胞であれば、本発明の抗体によって細胞増殖が誘導されうる。また、本発明の抗体と交差反応性がある種のIGF-I受容体を発現されるように改変された細胞や動物、又は当該改変動物に由来する細胞も、本開示における「脊椎動物由来細胞」に含まれる。
【0081】
脊椎動物由来細胞のインビトロにおける増殖誘導活性を調べるための細胞としては、初代培養細胞、株化細胞、又はそれらの細胞の形質転換体細胞等を用いることが可能である。
【0082】
本開示において「初代培養細胞」とは、生物の臓器や組織から分離された細胞で、通常はある程度の継代数での継代培養が可能であるものをいう。脊椎動物由来の初代培養細胞は、脊椎動物の臓器や組織から酵素処理、物理的方法による分散又はexplant法等の手法で得ることができる。また、脊椎動物から得られた臓器や組織、又はそれらの断片を用いることも可能である。それらの当該初代細胞を調製する臓器や組織としては、好ましくは甲状腺、副甲状腺や副腎等の内分泌組織、虫垂、扁桃腺、リンパ節や脾臓等の免疫組織、気管や肺等の呼吸器、胃、十二指腸、小腸や大腸等の消化器、腎臓や膀胱等の泌尿器、輸精管、睾丸や前立腺等の雄性生殖器、乳房や卵管等の雌性生殖器、心筋や骨格筋等の筋組織等が挙げられ、より好ましくは肝臓、腎臓若しくは消化器又は筋組織等であり、更により好ましくは筋組織である。本発明の抗体の増殖誘導活性を調べるために用いられる当該初代培養細胞としては、IGF-I受容体を発現し、そのIGF-I受容体と結合するIGF-Iによって増殖が誘導される細胞が用いられる。その代表としては、筋組織から分離された初代培養細胞である骨格筋筋芽細胞等が使われる。ヒトや動物由来の初代培養細胞としては、分譲や市販されているものを入手して使用することも可能である。ヒト初代培養細胞は、例えばATCC(登録商標)、ECACC、Lonza、Gibco(登録商標)、Cell Applications、ScienCell research laboratories、PromoCell等の機関や会社から入手できる。
【0083】
本開示において「株化細胞」とは、生物に由来する細胞が不死化されて一定の性質を保ちながら半永久的に増殖しうる培養細胞をいう。株化細胞には非腫瘍由来のものと、腫瘍由来のものが存在する。本発明の抗体による増殖誘導活性を調べるための脊椎動物由来の株化細胞としては、IGF-I受容体を発現し、そのIGF-I受容体と結合するIGF-Iによって増殖が誘導される細胞が用いられる。IGF-I受容体を発現し、IGF-Iにより細胞増殖が誘導される株化細胞としては、例えばヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y、ヒト表皮角化細胞株HaCaT、ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞株A549、ヒト結腸腺癌細胞株Caco-2、ヒト肝癌由来細胞株HepG2、ヒト子宮頚部癌細胞株Hela、ヒト子宮頚部癌細胞株SiHa、ヒト乳がん細胞株MCF7、ヒト多能性胎生期癌NTERA-2やヒト骨肉腫細胞株U-2-OS等があるが、これらに限定されるものではない。
【0084】
本開示において、本発明の抗体による増殖誘導活性を調べるために使用できる形質転換体細胞としては、前述の初代培養細胞や株化細胞の形質転換体細胞が挙げられる。そのような形質転換細胞の一例としては、初代培養細胞から作製したiPS細胞や、そのiPS細胞から分化誘導した細胞や組織等が挙げられる。また、他の形質転換細胞の例としては、初代培養細胞や株化細胞に遺伝子を導入し一過的又は持続的に発現させた細胞も当該形質転換細胞に含まれる。当該細胞に導入して発現させる遺伝子としては、ヒト又は他の種のIGF-I受容体の遺伝子を含んでもよい。
【0085】
脊椎動物由来の細胞における本発明の抗体による細胞の増殖誘導活性を調べる方法としては、細胞数計測、DNA合成量の測定、代謝酵素活性の変化量の測定等が挙げられる。細胞数計測の方法は、血球算定盤を用いた方法やコールターカウンター等の細胞数計測装置を用いた方法があり、DNA合成量を測定する方法としては、[3H]-チミジンや5-ブロモ-2’-デオキシウリジン(BrdU)の取込みによる測定方法、代謝酵素活性の変化量をみる方法としては、MTT法、XTT法やWST法等があるが、当業者であれば適宜その他の方法等でも実施することができる。
【0086】
細胞の増殖誘導活性は、試験に用いる培養細胞に対して、本発明の抗体を反応させた場合の方が、当該抗体を反応させていない場合よりも細胞の増殖が上昇していることで判定できる。この場合、当該誘導活性の対照として、同条件で本来のIGF-I受容体のリガンドであるIGF-Iを反応させた測定を行うと、その活性の評価に便利である。試験を行う培養細胞に対して、本発明の抗体及びIGF-Iをそれぞれの濃度を変化させて反応させたときに、最大の増殖誘導活性の50%を示すときの濃度をEC50値として示す。ヒト骨格筋筋芽細胞を用いて増殖誘導活性を評価した場合、好ましくは本発明の抗体の細胞増殖誘導活性はIGF-Iと同等のEC50値であり、より好ましくは本発明の抗体のEC50値はIGF-Iの1/10以下であり、更に好ましくは1/20以下であり、更により好ましくは本発明の抗体のEC50値はIGF-Iの1/50以下である。また、ヒト骨格筋筋芽細胞を用いて増殖誘導活性を評価した場合、本発明の抗体のEC50値は、好ましくは0.5nmol/L以下であり、より好ましくは0.3nmol/L以下であり、更に好ましくは0.1nmol/L以下である。
【0087】
脊椎動物由来細胞のインビボにおける増殖誘導活性を調べる方法としては、当該脊椎動物に本発明の抗体を投与して、投与された個体全体、又は投与された個体における臓器又は組織の重量、大きさ、細胞数等の変化を計測するか、当該脊椎動物細胞を移植された動物を用いて、当該移植を受けた個体において当該移植された脊椎動物細胞を含む移植片の重量、大きさ、細胞数等の変化を計測することで調べることができる。個体全体での計測では、体重、体長、四肢周囲長等の測定や、インピーダンス法による体組成測定、クレアチニン、身長係数等が用いられる。個体での臓器や組織、又は移植片の計測については、ヒト以外の動物では直接目的の臓器、組織又は移植片を回収し、重量、大きさや含まれる細胞数の算定等が行われる。また、非侵襲的に個体の臓器、組織又は移植片を計測する方法としては、X線撮影像やCT、MRIによる画像解析、同位元素や蛍光物質によるトレーサーを用いた造影法等が用いられる。対象となる組織が骨格筋である場合には、筋力の変化等が指標となる。その他、当業者であれば適宜その他の方法を用いることで、本発明の抗体の脊椎動物由来細胞のインビボにおける増殖誘導活性に対する作用を調べることができる。本発明の抗体のインビボにおける脊椎動物由来細胞の増殖誘導活性を調べるためには、本発明の抗体を投与した個体と、本発明の抗体以外の抗体又は別の対照物質を投与された個体との間で、上に示した方法等での計測等を行った結果を比較することで評価することができる。
【0088】
本発明の抗体は、細胞に接触させた時間に対して、増殖誘導する作用の持続性が天然型IGF-Iに対して長いという特徴を有する。インビトロでの細胞増殖誘導活性において、天然型IGF-Iは、細胞に接触させた後でIGF-Iを含まない培地で洗浄すると細胞増殖誘導活性が消失してしまうのに対して、本発明の抗体の設計の基となったマウス抗体であるIGF11-16抗体(日本特許出願:特願2017-106529)は、細胞に接触させた後IGF11-16抗体を含まない培地で洗浄した場合でも、細胞の増殖誘導活性が持続していた。また、後述の実施例8において、IGF-Iと本発明の抗体であるR11-16B抗体の血中動態を比較しているが、天然型IGF-Iは動物への投与後24時間までに約50%以上が血中から消失するのに対して、R11-16B抗体は動物に投与された後、48時間後でも60%以上が血中に存在することから、長期間にわたって血中に存在していることが示された。これらのことから、本発明の抗体は、インビトロ及びインビボにおいて長い細胞増殖誘導効果を示すことがわかる。
【0089】
また、本発明の抗体のインビボでの効果としては、筋肉量及び/又は体長の増大効果が挙げられる。IGF-Iは骨格筋において上述の筋芽細胞の増殖や分化に作用するほか、筋線維を太くする作用もあり、そのような総合的な作用として筋肉量を増大させる効果があると考えられている。本発明の抗体もIGF-Iと同様に動物に投与することによって、当該動物の筋肉量を増大させる効果を有する。IGF-I受容体アゴニスト抗体の作用として、インビボで筋肉の増大作用を有することが示されたのは、本発明の抗体が初めてである。
【0090】
本発明の抗体による筋肉量の増大効果を計測する方法としては、個体全体での計測では、体重、体長、四肢周囲長等の測定や、インピーダンス法による体組成測定、クレアチニン、身長係数等が用いられ、また、CT、MRIによる画像解析、同位元素や蛍光物質によるトレーサーを用いた造影法等の方法が用いられるほか、筋力の変化等も指標になる。また、ヒト以外の動物では直接筋肉を採取してその重量や大きさを計測する方法等も可能である。筋肉量の増加の効果は、本発明の抗体を投与された個体と当該抗体を投与されなかった個体での筋肉量の増加を比較すること、又は、一つの個体で本発明の抗体を投与する前と投与した後での筋肉量の比較を行うことで評価することができる。筋肉量の増加の効果は、本発明の抗体が投与により筋肉量の増加の差が見られれば、その効果を知ることができるが、本発明の抗体が投与された個体と投与されなかった個体、又は、本発明の抗体が投与される前と後で、好ましくは103%以上、より好ましくは104%以上の筋肉量の差が認められることで本発明の抗体の投与による効果を判断することが可能である。IGF-Iは骨の成長にも関与し、体長(ヒトの場合は身長)を増大させる働きもある。したがって、本発明の抗体も、動物に投与することによって体長を増大させる効果を有する。本発明の抗体による体長増大の効果は、個体の体重、体長、四肢周囲長等の測定によって計測することが可能である。
【0091】
[脊椎動物由来細胞でのグルコース取込み及び/又は動物での血糖値に対する作用]
一態様によれば、本発明の抗体は、脊椎動物由来の分化筋細胞での細胞内へのグルコースの取込み作用及び/又は脊椎動物での血糖値に影響を及ぼさないという特徴を有する。IGF-Iは、IGF-I受容体へのアゴニスト作用の一部として、細胞へのグルコースの取込みの亢進や血糖値の低下作用を起こすことが知られている。しかし、IGF-I受容体アゴニスト抗体として機能する本発明のアゴニスト抗体は、脊椎動物由来細胞での増殖誘導活性のインビトロにおけるEC50値の100倍以上の用量においても、分化筋細胞でのグルコース取込みを誘導せず、また、動物に非経口的に投与した場合に筋肉量の増加を誘導する有効用量の更に10倍以上の血中曝露量でも、血糖値を変動させないという特徴を示すという、予想外の効果を有する。また、IGF-I受容体アンタゴニスト抗体として機能する本発明のアンタゴニスト抗体も、脊椎動物由来細胞の分化筋細胞でのグルコース取込み及び/又は脊椎動物での血糖値に影響を及ぼさないという特徴は、従来のIGF-I受容体アンタゴニスト抗体をヒトの治療で用いる際の未充足の課題であった高血糖等を回避するうえで有利な効果である。なお、本開示における脊椎動物由来細胞については、前述したとおりである。
【0092】
本発明の抗体が有する、脊椎動物由来細胞のインビトロにおける細胞内へのグルコース取込みに影響を及ぼさないという特徴を調べるための細胞としては、初代培養細胞、株化細胞、又はそれらの細胞の形質転換体細胞等を用いることが可能である。なお、本開示における初代培養細胞、株化細胞、及び形質転換体細胞については、何れも前述したとおりである。
【0093】
脊椎動物由来の細胞における本発明の抗体によるグルコース取込みに及ぼす影響を調べる方法としては、細胞内グルコース濃度の測定、グルコース類縁トレーサー物質の細胞内取込み量の測定、グルコーストランスポーターの変化の測定等が挙げられる。グルコース濃度の測定方法は、酵素法等の吸光度測定法があり、グルコース類縁トレーサー物質の細胞内取込み量を測定する方法としては、[3H]-2’-デオキシグルコースの取込み量の測定、グルコーストランスポーターの変化をみる方法としては、細胞免疫染色法、ウエスタンブロット等があるが、当業者であれば適宜その他の方法等でも実施することができる。細胞内へのグルコース取込みに及ぼす影響は、試験に用いる培養細胞に対して、本発明の抗体を反応させた場合の細胞内へのグルコース取込みが、当該抗体を反応させていない場合と同程度であることで判定できる。この場合、当該誘導活性の対照として、同条件で本来のIGF-I受容体のリガンドであるIGF-Iを反応させた測定を行うと、その活性の評価に便利である。
【0094】
試験を行う培養細胞に対して、本発明の抗体及びIGF-Iをそれぞれの濃度を変化させて反応させたときに、無処置群の細胞内へのグルコース取込みを100%とした場合のグルコース取込み量として示す。ヒト分化筋細胞を用いてグルコース取込み量を評価した場合、好ましくは本発明の抗体のグルコース取込み量は同一濃度のIGF-Iのグルコース取込み量以下であり、より好ましくは本発明の抗体のグルコース取込み量は無処置群の110%以下であり、更に好ましくは本発明の抗体のグルコース取込み量は無処置群と同等の100%である。また、ヒト分化筋細胞を用いてグルコース取込み量を評価した場合、本発明の抗体を100nmol/L添加した場合のグルコース取込み量は、好ましくは110%以下であり、より好ましくは105%以下であり、更に好ましくは95から100%である。
【0095】
脊椎動物由来細胞のインビボにおけるグルコース取込みを調べる方法としては、当該脊椎動物に本発明の抗体を投与して、投与された個体における臓器又は組織中のグルコース含量等の変化を計測することで調べることができる。個体全体での計測では、血糖値等の測定や、糖化蛋白質を指標としたヘモグロビンA1C等が用いられる。個体での臓器や組織中のグルコース取込み量等の測定においては、ヒト以外の動物においては直接目的の臓器又は組織を回収し、グルコース含量又はトレーサーの算定等が行われる。また、非侵襲的に個体の臓器又は組織中のグルコース取込みを測定する方法としては、X線撮影像やCT、MRIによる画像解析、同位元素や蛍光物質によるトレーサーを用いた造影法等が用いられる。対象となる組織が骨格筋である場合には、グルコースクランプ等も指標となる。その他、当業者であれば適宜その他の方法を用いることで、本発明の抗体の脊椎動物由来細胞のインビボにおけるグルコース取込みに及ぼす影響を調べることができる。
【0096】
また、本発明の抗体は、脊椎動物に投与された場合、当該脊椎動物の筋肉量の増加を誘導する有効用量に対して、同一用量、好ましくは10倍以上の用量においても、当該脊椎動物の血糖値を変動させないことを特徴とする。本発明の抗体の脊椎動物での血糖値の変化を調べるための動物としては、好ましくは哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類又は魚類に属する動物であり、より好ましくは哺乳類又は鳥類に属する動物であり、更により好ましくは、ヒト、サル、ウサギ、モルモット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ又はイヌである。また、本発明の抗体と交差反応性がある種のIGF-I受容体を発現されるように改変された動物も、本発明の抗体の脊椎動物での血糖値の変化を調べるための動物に含まれる。血糖値の測定は、観血的方法としては比色法や電極法等が用いられ、検出のための酵素にはグルコースオキシダーゼ法(GOD法)、グルコースデヒドロゲナーゼ法(GDH法)等があり、非観血的方法としては光学的測定法等があるが、当業者であれば適宜その他の方法も選択することができる。血糖値はヒトの場合、空腹時血糖値の正常域は、100mg/dL~109mg/dLである。血糖値に対する薬剤投与による有害事象は(有害事象共通用語規準v4.0)、血糖値が77mg/dL~55mg/dLの範囲より低値となる場合は低血糖、109mg/dL~160mg/dLの範囲より高値となる場合は高血糖と定義されている。薬剤投与による血糖値に及ぼす影響がないとは、薬剤投与後の血糖値が55mg/dLより上で160mg/dL未満の範囲内となること、より好ましくは77mg/dLより上で109mg/dL未満の範囲内となることである。但し、血糖値は投与する動物によって正常値やその変動の幅が異なり、またヒトであっても投与時の血糖値が必ずしも正常値の範囲であるとは限らないことから、本開示において脊椎動物の血糖値を変動させないとは、本発明の抗体を投与された脊椎動物の血糖値が好ましくは30%以内、より好ましくは20%以内、更により好ましくは10%以内の変化であることをいう。
【0097】
[抗IGF-I受容体ヒト化抗体の製法]
本発明の抗体は、IGF-I受容体に対するマウスモノクローナル抗体IGF11-16(マウスIGF11-16抗体、日本特許出願:特願2017-106529)をヒト化することにより取得できる。そのようなヒト化抗体の取得方法の例は、後述の実施例1に記載されており、それによって得られたヒト化抗体としては、配列番号7のVHアミノ酸配列、配列番号8、9、10、11又は12のVLアミノ酸配列を有するヒト化抗体(R11-16B、R11-16C、R11-16D、R11-16E又はR11-16F)が挙げられる。しかし、本発明の抗体は、それらに限定されるものではない。
【0098】
得られた抗IGF-I受容体ヒト化抗体について、その抗体のタンパク質のアミノ酸をコードする塩基配列を有する核酸分子を得ることも可能であり、そのような核酸分子を用いて遺伝子工学的に抗体を作製することも可能である。当該抗体の遺伝子情報におけるH鎖、L鎖、若しくはそれらの可変領域について、CDR配列等の情報を参考にして、抗体の結合性や特異性の向上のための改変等を行うことができる。
【0099】
本発明の抗体を製造する方法としては、それぞれ取得したい抗体のタンパク質のアミノ酸をコードする遺伝子を導入された哺乳細胞、昆虫細胞、及び大腸菌などを培養し、得られた培養上清から常法によって抗体を精製して取得することができる。その具体的な方法としては、これに限定されるものではないが、以下のような方法が例示される。
【0100】
まず、H鎖可変領域をコードする核酸分子に、H鎖シグナルペプチドをコードする核酸分子と、H鎖定常領域をコードする核酸分子とを結合させて作製する。L鎖可変領域をコードする核酸分子に、L鎖シグナルペプチドをコードする核酸分子と、L鎖定常領域をコードする核酸分とを結合させて作製する。
【0101】
これらのH鎖遺伝子とL鎖遺伝子を、選択した宿主細胞で発現するのに適したベクター、例えばクローニングベクター又は発現用ベクターに組込む。ここで、H鎖遺伝子及びL鎖遺伝子は、両方の遺伝子が発現する形であれば、一つのベクターに組み込まれてもよく、また、それぞれ別のベクターに組み込まれてもよい。
【0102】
次に、H鎖遺伝子とL鎖遺伝子が組み込まれたベクターは、宿主細胞に導入される。宿主細胞としては、例えば哺乳動物細胞、昆虫細胞、酵母細胞、若しくは植物細胞等の真核細胞、又は細菌細胞が挙げられる。宿主細胞に遺伝子を導入する方法としては、リン酸カルシウムやリポフェクション法などの化学的方法、エレクトロポレーション法やパーティクルガン法などの物理的方法又はウイルスやファージなどでの感染による方法などから適宜選択することができる。H鎖遺伝子及びL鎖遺伝子が導入された宿主細胞は、選択をかけることなく培養に用いることもできるし、薬剤耐性や栄養要求性などの性質を用いて遺伝子が導入された組換え体細胞を選択的に濃縮することや、更に遺伝子が導入された単一の宿主細胞から樹立されたクローンの組換え体細胞を培養に用いることも可能である。
【0103】
H鎖遺伝子及びL鎖遺伝子が導入された宿主細胞は、適切な培地と培養条件で培養される。ここで、宿主細胞内で発現したH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子の産物は、通常は抗体タンパク質として培地中に分泌され、当該培地を回収することで産生された抗体タンパク質を得ることができる。但し、遺伝子と宿主との組み合わせにより、必要がある場合には宿主細胞を破壊して細胞内に蓄積した抗体タンパク質を回収すること、原核細胞の場合にはペリプラズム画分から抗体タンパク質を回収することも選択できる。回収された抗体タンパク質を含む培地等の試料から抗体を精製する方法としては、塩沈法、透析や限外濾過法等による濃縮や溶媒の交換、プロテインA、プロテインG又は抗原等が固定化された担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーなどが一般に用いられるが、その他、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、混合モードクロマトグラフィーやサイズ排除クロマトグラフィー等の方法も適宜用いて精製することが可能である。これらの手順に用いられる各種の手法は、何れも当業者には周知である。
【0104】
ここで、免疫グロブリンの重鎖及び/又は軽鎖をコードする遺伝子について、望む形質を導入するための遺伝子改変を行ったり、免疫グロブリンの重鎖及び/又は軽鎖の可変領域又はCDR領域の構造情報を用いたりすることにより、抗体キメラタンパク質、低分子抗体、スキャフォールド抗体等を作製することは、当業者であれば公知の技術を用いて実施可能である。また、抗体の性能の向上や副作用の回避を目的に、抗体の定常領域の構造に改変を入れることや、糖鎖の部分での改変を行うことも、当業者によく知られた技術によって適宜行うことができる。
【0105】
[抗IGF-I受容体ヒト化抗体を含有する薬]
本発明の抗体は、IGF-Iに関連した状態又はIGF-I受容体への作用に起因する疾患の治療薬又は予防薬として利用可能である。具体的には、IGF-Iに関連した状態又はIGF-I受容体アゴニスト抗体での治療又は予防の対象となる疾患としては、筋萎縮性疾患(例えば廃用性筋萎縮、サルコペニア、カヘキシア等)、低身長症(例えばラロン型低身長症、成長ホルモン抵抗性低身長症等)、肝硬変、肝線維化、糖尿病性腎症、慢性腎不全、老化、子宮内胎児発育遅延(IUGR)、心血管保護、糖尿病、インスリン抵抗性、メタボリックシンドローム、骨粗しょう症、嚢胞性線維症、筋強直性ジストロフィー、エイズ筋減弱症、HIVに伴う脂肪再分布症候群、クローン病、ウェルナー症候群、X連鎖性複合免疫不全症、難聴、神経性無食欲症及び未熟児網膜症、ターナー症候群、プラダー・ウィリー症候群、シルバー・ラッセル症候群、特発性低身長、肥満、多発性硬化症、潰瘍性大腸炎、低筋肉量、心筋虚血、低骨密度、IGF-I受容体アンタゴニスト抗体での治療又は予防の対象となる疾患としては、神経芽細胞腫、横紋筋肉腫、骨肉腫、小児がん、先端巨大症、卵巣がん、膵臓がん、良性前立腺肥大症、乳がん、前立腺がん、骨がん、肺がん、結腸直腸がん、頚部がん、滑膜肉腫、膀胱がん、胃がん、ウィルムス腫瘍、転移性カルチノイド及び血管作動性腸管ペプチド分泌腫瘍に関連する下痢、ビポーマ、ウェルナー-モリソン症候群、ベックウィズ-ヴィーデマン症候群、腎臓がん、腎細胞がん、移行上皮がん、ユーイング肉腫、白血病、急性リンパ芽球性白血病、脳腫瘍、膠芽腫、非膠芽腫性脳腫瘍、髄膜腫、下垂体腺腫、前庭神経鞘腫、未分化神経外胚葉性腫瘍、髄芽腫、星状細胞腫、乏突起膠腫、脳室上衣腫、脈絡叢乳頭腫、巨人症、乾癬、アテローム性動脈硬化症、血管の平滑筋再狭窄、不適切な微小血管増殖、糖尿病性網膜症、グレーヴズ病、全身性エリテマトーデス、橋本甲状腺炎、重症筋無力症、自己免疫性甲状腺炎、及びベーチェット病が挙げられる。特に、本発明の抗体は、筋萎縮性疾患(例えば廃用性筋萎縮、サルコペニア、カヘキシア等)及び/又は低身長症(例えばラロン型低身長症、成長ホルモン抵抗性低身長症等)の治療薬又は予防薬としての使用が好ましい。また、本発明の抗体は投与によって血糖値の変動を生じさせない点において優れている。
【0106】
本発明の抗体を含有する薬は、本発明の抗体の他に、医薬的に許容される担体及び/又はその他の添加剤を含有する、医薬組成物の形態として製剤化してもよい。医薬的に許容される担体及び/又はその他の添加剤を用いての製剤は、例えばUniversity of the Sciences in Philadelphia, “Remington: The Science and Practice of Pharmacy, 20th EDITION”, Lippincott Williams & Wilkins, 2000に記載の方法で実施することが可能である。
【0107】
このような治療剤又は予防剤の一つの形態としては、無菌の水性液又は油性液に溶解、懸濁、又は乳化することによって調製された液剤或いは凍結乾燥剤として供される。このような溶剤又は溶解液として、水性液としては注射用蒸留水、生理食塩水等が挙げられ、それに加えて浸透圧調節剤(例えば、D-グルコース、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウム等)が添加される場合、適当な溶解補助剤、例えばアルコール(例えばエタノール)、ポリアルコール(例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン性界面活性剤(例えばポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油50)等が併用される場合もある。また、溶剤又は溶解液としては油性液が用いられる場合もあり、当該油性液の例としてはゴマ油、大豆油等があげられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等が併用される場合もある。このような製剤においては、適宜、緩衝剤(例えば、リン酸塩類緩衝剤、酢酸塩類緩衝剤)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン等)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール等)、保存剤(例えば、アスコルビン酸、エリソルビン酸及びそれらの塩等)、着色剤(例えば、銅クロロフィル、β-カロチン、赤色2号、青色1号等)、防腐剤(例えばパラオキシ安息香酸エステル、フェノール、塩化ベンゼトニウム、塩化ベンザルコニウム等)、増粘剤(例えばヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース及びそれらの塩等)、安定化剤(例えばヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール等)、矯臭剤(例えばメントール、柑橘香料等)の添加剤が用いられる場合がある。
【0108】
別の形態として、粘膜適用用治療剤又は予防剤もあげられる。この製剤においては、粘膜への吸着性、滞留性等を付与することを主な目的として、添加剤として粘着剤、粘着増強剤、粘稠剤、粘稠化剤等(例えば、ムチン、カンテン、ゼラチン、ペクチン、カラギーナン、アルギン酸ナトリウム、ローカストビンガム、キサンタンガム、トラガントガム、アラビアゴム、キトサン、プルラン、ワキシースターチ、スクラルフェート、セルロース、及びその誘導体(例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリグリセリン脂肪酸エステル、アクリル酸(メタ)アクリル酸アルキル共重合体、又はその塩、ポリグリセリン脂肪酸エステル等)が含有される場合もある。しかしながら、生体に供与される治療剤又は予防剤の形態及び溶剤や添加剤はこれらに限定されるものではなく、当業者であれば適宜選択できる。
【0109】
本発明の抗体を含有する薬は、本発明の抗体の他に、既存の他の薬物(活性成分)を含んでいてもよい。また、本発明の抗体を含む薬を、既存の他の薬物と組み合わせ、キットの形態としてもよい。IGF-I受容体アゴニスト抗体と組み合わせる活性成分として、成長ホルモン又はそのアナログ、インスリン又はそのアナログ、IGF-II又はそのアナログ、抗ミオスタチン抗体、ミオスタチンアンタゴニスト、抗アクチビンIIB型受容体抗体、アクチビンIIB受容体アンタゴニスト、可溶性アクチビンIIB型受容体又はそのアナログ、グレリン又はそのアナログ、フォリスタチン又はそのアナログ、ベータ2アゴニスト、及び選択的アンドロゲン受容体モジュレーターが挙げられる。また、IGF-I受容体アンタゴニスト抗体と組み合わせる活性成分として、コルチコステロイド、制吐薬、オンダンセトロン塩酸、グラニセトロン塩酸、メトロクロプラミド(metroclopramide)、ドンペリドン、ハロペリドール、シクリジン、ロラゼパム、プロクロルペラジン、デキサメタゾン、レボメプロマジン、トロピセトロン、癌ワクチン、GM-CSF阻害薬、GM-CSF DNAワクチン、細胞に基づくワクチン、樹状細胞ワクチン、組換えウイルスワクチン、熱ショックタンパク質(HSP)ワクチン、同種腫瘍ワクチン、自己腫瘍ワクチン、鎮痛薬、イブプロフェン、ナプロキセン、トリサリチル酸コリンマグネシウム、オキシコドン塩酸、抗血管形成薬、抗血栓薬、抗PD-1抗体、ニボルマブ、ペムブロリズマブ、抗PD-L1抗体、アテゾリズマブ、抗CTLA4抗体、イピリムマブ、抗CD20抗体、リツキシマブ、抗HER2抗体、トラスツズマブ、抗CCR4抗体、モガムリズマブ、抗VEGF抗体、ベバシズマブ、抗VEGF受容体抗体、可溶性VEGF受容体断片、抗TWEAK抗体、抗TWEAK受容体抗体、可溶性TWEAK受容体断片、AMG 706、AMG 386、抗増殖薬、ファルネシルタンパク質トランスフェラーゼ阻害薬、αvβ3阻害薬、αvβ5阻害薬、p53阻害薬、Kit受容体阻害薬、ret受容体阻害薬、PDGFR阻害薬、成長ホルモン分泌阻害薬、アンジオポエチン阻害薬、腫瘍浸潤マクロファージ阻害薬、c-fms阻害薬、抗c-fms抗体、CSF-1阻害薬、抗CSF-1抗体、可溶性c-fms断片、ペグビソマント、ゲムシタビン、パニツムマブ、イリノテカン、及びSN-38が挙げられる。配合される本発明の抗体以外の薬物の用量としては、通常の治療に用いられる用量で行うことができるが、状況に応じて増減することも可能である。
【0110】
本発明における治療剤又は予防剤は、症状の改善を目的として、非経口的に投与することができる。非経口投与の場合には、例えば経鼻剤とすることができ、液剤、縣濁剤、固形製剤等を選択できる。また別の非経口投与の形態としては、注射剤とすることができ、注射剤としては、皮下注射剤、静脈注射剤、点滴注射剤、筋肉注射剤、脳室内注射剤又は腹腔内注射剤等を選択することができる。またその他の非経口投与に用いる製剤としては、坐剤、舌下剤、経皮剤、経鼻剤以外の経粘膜投与剤等も挙げられる。更に、ステントや血管内栓塞剤に含有若しくは塗布する態様で、血管内局所投与することもできる。
【0111】
本発明における治療剤又は予防剤の投与量は、患者の年齢、性別、体重、症状、治療効果、投与方法、処理時間、又は当該医薬組成物に含有される活性成分の種類等により異なるが、通常成人1人あたり、1回につき主剤を0.1mgから1gの範囲で、好ましくは0.5mgから300mgの範囲で、1週から4週間に1回、若しくは1か月から2か月に1回投与することができる。しかし、投与量及び投与回数は種々の条件により変動するため、前記投与量及び回数よりも少ない量及び回数で充分な場合もあり、また前記の範囲を超える投与量及び投与回数が必要な場合もある。
【0112】
[抗IGF-I受容体ヒト化抗体を用いた細胞培養方法]
脊椎動物由来細胞をインビトロにおいて維持、増殖及び/又は分化させるための細胞培養技術において、IGF-I又はその誘導体が多く用いられており、細胞培養用の試薬として市販されている。IGF-Iは安定性の問題等から、長期の培養においては時間が経つにつれて効果が減弱する可能性があり、安定的な細胞培養を行うためには適宜濃度を調節する等の対応が必要になる。また、IGF-Iは細胞へのグルコースの取込みを誘導することから、細胞内グルコース濃度の上昇によって細胞の代謝や特性の変化が誘導されたり、培地中のグルコース濃度が減少して培養環境が変化する可能性がある。本発明の抗体はIGF-Iと比較して安定性が高く、細胞に接触してからの細胞増殖を誘導する時間が長く、IGF-Iより低濃度で細胞増殖誘導活性を示し、かつ、細胞内へのグルコース取込みを誘導しないという特徴を持つ。本発明の抗体は、細胞培養においてその培地に適量を添加して使用されるほか、培養を行う容器の固相に吸着又は固定して用いることが可能で、それによって使用量を削減したり、固相に付着する細胞に対して有効に細胞増殖誘導を行うことができる。なお、本開示における脊椎動物由来細胞については、前述したとおりである。更に、本発明の抗体を用いた培養の対象としては、脊椎動物又はその遺伝子改変動物に由来する臓器や組織等も含まれる。本発明の抗体は、細胞を用いた物質生産のための培養や、細胞自体を用いる細胞医療・再生医療での培養工程で用いることができる。
【実施例】
【0113】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施例にも束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0114】
[実施例1]マウスIGF11-16抗体のヒト化抗体遺伝子の作製:
Kohlerら(Nature, 256:495-497, 1975)のハイブリドーマ法により作製し得られたIGF-I受容体に対するマウスモノクローナル抗体IGF11-16(マウスIGF11-16抗体、日本特許出願:特願2017-106529)の重鎖可変領域(VH)及び軽鎖可変領域(VL)中の相補性決定領域(CDR)アミノ酸の移植先となる鋳型ヒト抗体は、マウスIGF11-16抗体のVH、VLのフレームワーク領域(FR)のアミノ酸配列に対して、それらと相同性の高いアミノ酸配列を持つヒト抗体の生殖細胞系列(germline)の中から選んだ。
【0115】
上記の鋳型ヒト抗体VH及びVLのFRに、マウスIGF11-16抗体のVH及びVLから必要なアミノ酸配列を移植してヒト化抗体を作製した。具体的には、VHについては、前述の鋳型ヒト抗体VHのCDRアミノ酸配列及びFRアミノ酸の数カ所をマウスIGF11-16抗体のVH中の対応するアミノ酸配列で置換し、マウスIGF11-16抗体をヒト化したVHであるR11-16VHのアミノ酸配列をデザインし(配列番号7)、更にそれらのアミノ酸をコードするDNAの塩基配列をデザインした。
【0116】
VLについては、前述の鋳型ヒト抗体VLのCDRアミノ酸配列及びFRアミノ酸の数カ所をマウスIGF11-16抗体のVL中のアミノ酸配列に置換し、マウスIGF11-16抗体をヒト化したVLであるR11-16VLのアミノ酸配列をデザインした。
【0117】
R11-16VLの36番目のアミノ酸については、マウスIGF11-16抗体ではシステインであったが、通常のヒト抗体ではこの位置にシステインは存在することは少なく、本来は生じないジスルフィド結合が形成され、凝集の原因になることが考えられたことから、36番目のアミノ酸がシステイン、チロシン、アラニン、セリン、フェニルアラニンから成る5種類のR11-16VL、すなわちR11-16VL-C36、R11-16VL-C36Y、R11-16VL-C36A、R11-16VL-C36S、R11-16VL-C36Fのアミノ酸配列をデザインし(配列番号12、配列番号8、配列番号9、配列番号10、配列番号11)、更にそれらのアミノ酸をコードするDNAの塩基配列をデザインした。各ヒト化抗体の構造及びそのアミノ酸を下記表1に示す。
【0118】
【0119】
[実施例2]ヒト化抗体の調製:
デザインされたヒト化抗体の重鎖可変領域R11-16VHと、ヒトIgG4サブクラスを安定化した変異体であるヒトIgG4S228P変異体をコードするDNAをそれぞれ合成し、pCAGGS1系発現ベクターに組み込み連結し、ヒト化抗体重鎖を発現するプラスミドとした。
【0120】
デザインされたヒト化抗体の軽鎖可変領域R11-16VLについては、κ鎖定常領域を連結したヒト化抗体軽鎖領域をコードするDNAを合成し、pCAGGS1系発現ベクターに組み込み、ヒト化抗体軽鎖を発現するプラスミドとした。
【0121】
これらのヒト化抗体重鎖発現プラスミドとヒト化抗体軽鎖発現プラスミドを混合してExpi293TM Expression System(Thermo Fisher Scientific)を用いて細胞に導入することにより、マウスIGF11-16抗体をヒト化した各種抗体を発現させた。この際、R11-16VHを組込んだ重鎖発現プラスミドとR11-16VL-C36Yを組込んだ軽鎖発現プラスミドを組み合わせて発現させたヒト化抗体をR11-16B抗体、R11-16VHを組込んだ重鎖発現プラスミドとR11-16VL-C36Aを組込んだ軽鎖発現プラスミドを組み合わせて発現させたヒト化抗体をR11-16C抗体、R11-16VHを組込んだ重鎖発現プラスミドとR11-16VL-C36Sを組込んだ軽鎖発現プラスミドを組み合わせて発現させたヒト化抗体をR11-16D抗体、R11-16VHを組込んだ重鎖発現プラスミドとR11-16VL-C36Fを組込んだ軽鎖発現プラスミドを組み合わせて発現させたヒト化抗体をR11-16E抗体、R11-16VHを組込んだ重鎖発現プラスミドとR11-16VL-C36を組込んだ軽鎖発現プラスミドを組み合わせて発現させたヒト化抗体をR11-16F抗体と、それぞれ命名した。ヒト化抗体は、ヒト化抗体重鎖及びヒト化抗体軽鎖発現プラスミドを導入した細胞の培養上清を、プロテインAカラムを用いてアフィニティー精製することにより取得した。
【0122】
[実施例3]IGF-I受容体に対する結合活性(ELISA):
ヒト(配列番号14、NP_000866)、モルモット(配列番号16、XP_003475316)、カニクイザル(配列番号18、XP_005560575)及びラット(配列番号20、NP_434694)のIGF-I受容体に対するIGF-I受容体アゴニスト抗体の結合活性を検討するために、各種IGF-I受容体を発現させた細胞を用いてCell ELISAを実施した。
【0123】
HEK293T細胞にリポフェクション法によりヒト(配列番号15)、モルモット(配列番号17)、カニクイザル(配列番号19)及びラット(配列番号21)のIGF-I受容体遺伝子を組込んだpEF1発現ベクター(Thermofisher)を導入した。リポフェクション後に一晩以上培養させたHEK293T細胞を4×104cells/ウェルで96ウェルプレート(ポリ-D-リジンコート)に添加して、更に一晩以上培養したものをELISAに使用した。
【0124】
ELISAは、1%BSA/1%FBS/PBSにて2nMに調製された各ヒト化抗体溶液を各ウェルに100μL添加して37℃にて約1時間反応させた。洗浄液にて3回洗浄した。1%BSA/1%FBS/PBSにて各濃度に調製された抗ヒトIgG抗体HRPコンジュゲート溶液を各ウェルに100μL添加して37℃にて約1時間反応させ、洗浄液にて3回洗浄した。各ウェルに基質(TMB)を100μL添加して反応を開始させた。約30分後に各ウェルに100μLの1M硫酸を添加して450及び650nmの吸光度を測定し、吸光度450-650nmを算出した。IGF-I受容体遺伝子を導入していないHEK293T細胞(コントロール細胞)に対する吸光度450-650nmの値を1として、結合活性を算出した。結果を下記表2に示す。
【0125】
【0126】
各ヒト化抗体は、ヒト、カニクイザル、及びモルモットのIGF-I受容体を発現させた細胞では、コントロール細胞(HEK293T)と比較して、結合活性を3倍以上に上昇させた。一方、ラットのIGF-I受容体を発現させた細胞に対する結合活性は、コントロール細胞と同等であった。これらのことから、各ヒト化抗体はヒト、カニクイザル、及びモルモットのIGF-I受容体に結合するが、ラットのIGF-I受容体には結合しないことが示された。
【0127】
[実施例4]ヒト化抗体R11-16Bのエピトープの決定:
R11-16Bは、ヒト、カニクイザル、及びモルモットのIGF-I受容体に結合するが、ラットのIGF-I受容体には結合しない。また、R11-16Bの設計の基となったマウス抗体(日本特許出願:特願2017-106529)であるマウスIGF11-16抗体は、ヒトIGF-I受容体のCRドメインに結合し、ラットのIGF-I受容体には結合しない。このことから、R11-16Bのエピトープは、IGF-I受容体のCRドメインのアミノ酸配列のうち、ヒト、カニクイザル及びモルモットに共通して、ラットとは異なるアミノ酸配列と推定した。
【0128】
R11-16BがヒトIGF-I受容体のCRドメインのどの部位のアミノ酸に結合するのかを決定するために、CRドメインの各種アミノ酸置換体に対する結合性をELISAにより測定した。CRドメインのうち、R11-16Bとの結合が推定されるアミノ酸配列を変異させたIGF-I受容体を発現させた細胞を用いてCell ELISAを実施した。
【0129】
CRドメインの各種アミノ酸置換体は、以下の2種を用いた。また、陽性対照として野生型のヒトIGF-I受容体(配列番号14、NP_000866)のC末端にFLAGタグ(AspTyrLysAspAspAspAspLys)を結合させたアミノ酸配列をコードするDNA(配列番号22)をpEF1発現ベクター(Thermofisher)に組込んだものを用いた。pEF1発現ベクターのみを処置した細胞をMockとした。
【0130】
(CRドメインの置換体1)
ヒトIGF-I受容体(配列番号14、NP_000866)のアミノ酸配列、245番目、247番目及び294番目のアスパラギン酸、アラニン及びグルタミン酸を、それぞれアスパラギン、トレオニン及びアスパラギン酸に置換させた。当該置換体1受容体のアミノ酸配列のC末端にFLAGタグを結合させたアミノ酸配列をコードするDNA(配列番号23)をpEF1発現ベクターに組み込んだ。
【0131】
(CRドメインの置換体2)
ヒトIGF-I受容体(配列番号14、NP_000866)のアミノ酸配列、315番目及び316番目のグリシン及びセリンを、それぞれセリン及びトレオニンに置換させた。当該置換体2受容体のアミノ酸配列のC末端にFLAGタグを結合させたアミノ酸配列をコードするDNA(配列番号24)をpEF1発現ベクターに組み込んだ。
【0132】
293T細胞を6×106cellsでポリ-D-リジンコートされた10cmディッシュに播種した。翌日に各プラスミドDNAをリポフェクション法により細胞に導入した。その翌日に0.05%トリプシン/EDTAを用いて293T細胞を剥がして、培養液にて懸濁した。293T細胞を2×104cells/ウェルで96ウェルプレート(ポリ-D-リジンコート)に添加して、37℃、5%CO2の条件で一晩インキュベートした。96ウェルプレートから培地を除去して、10%緩衝ホルマリン(Mildform(登録商標)10NM、Wako)を用いて固定し、ブロッキングバッファー(3%BSA/PBS/0.02%アジ化ナトリウム)に置換したものをELISAに使用した。
【0133】
ELISAは、ブロッキングバッファーにて5nMに調製されたR11-16Bを各ウェルに50μL添加して室温にて約1時間反応させた。洗浄液にて2回洗浄した。ブロッキングバッファーにて2500倍に希釈された抗ヒトIgG抗体ALPコンジュゲート溶液(2087-04、Southern Biotech)を各ウェルに50μL添加して室温にて約1時間反応させた。洗浄液にて3回洗浄した。各ウェルに基質(pNPP)を100μL添加して反応を開始させた。約1時間後に405及び550nmの吸光度を測定した。R11-16B処置群から無処置群の値を差し引いたものを結合活性として評価した。結果を下記表3に示す。
【0134】
【0135】
R11-16BのヒトIGF-I受容体に対する結合活性は、Mockと比較して、2倍以上亢進した。また、置換体1に対する結合活性は、ヒトIGF-I受容体に対するものと同等であった。一方、置換体2に対する結合活性は、Mockと同等であり、結合活性の亢進は認められなかった。これらのことから、R11-16BのヒトIGF-I受容体に対する結合活性は、IGF-I受容体の315番目及び316番目のアミノ酸が重要であることが示された。
【0136】
以上の結果から、R11-16BのヒトIGF-I受容体に対する結合部位は、315番目及び316番目のGly(グリシン)とSer(セリン)の近傍と推定された。一般的に抗体による認識配列数はアミノ酸8残基(6から10残基の平均値)であること、及びR11-16Bの交差反応性(ラットのIGF-I受容体に対する結合性なし、ヒト及びモルモットのIGF-I受容体に対する結合性を有する)から、ヒトIGF-I受容体のR11-16Bに対する結合部位の配列は、ProSerGlyPheIleArgAsnGly*Ser*GlnSerMetと考えられた(Gly*Ser*は、315番目及び316番目のアミノ酸配列を示す)。
【0137】
[実施例5]ヒト筋芽細胞における細胞増殖活性:
IGF-I受容体アゴニスト抗体のヒト筋芽細胞に対する増殖活性を検討するため、ヒト筋芽細胞に薬剤を添加して、4日後の細胞内のATP量を測定した。
【0138】
正常ヒト骨格筋筋芽細胞(Human Skeletal Muscle Myoblast Cells、HSMM、Lonza)を、SkBM-2(Lonza、CC-3246)に1%BSAを含む培地を使用して、96ウェルプレート(Collagen type I coated)に、0.1mL/ウェル(2×103cells/ウェル)で播種し、37℃、5%CO2の条件でインキュベートした。細胞播種の翌日に各種薬剤を25μL/ウェルで添加し、37℃、5%CO2の条件で4日間インキュベートした。細胞増殖の指標として細胞内のATP量を、CellTiter-Glo(登録商標)発光細胞生存アッセイ(Promega)を使用して測定した。4日間インキュベートした96ウェルプレートを、培養液が50μL/ウェルとなるように上清を除き、30分以上室温にて静置した。CellTiter-Glo(登録商標)試薬を50μL/ウェルで添加して10分以上反応させた後にルミノメーター(ベルトールド)にて発光シグナルを測定した。溶媒のみを添加した群の活性を100%として算出した。結果を下記表4~6に示す。
【0139】
【0140】
0.0000005、0.000005、0.00005、0.0005、0.005、0.05、0.5、5及び50nMのR11-16Bは、ヒト筋芽細胞の増殖活性を濃度依存的に亢進させた。R11-16B、マウスIGF11-16抗体及びIGF-Iの筋芽細胞増殖活性のEC50は、それぞれ0.002、0.002及び0.95nMであり、R11-16BはマウスIGF11-16抗体と同等、且つ、IGF-Iと比較して100倍以上強い活性を示した。
【0141】
【0142】
0.00005、0.0005、0.005、0.05、0.5、5、及び50nMのR11-16B、R11-16C、R11-16D、R11-16E、R11-16Fは、ヒト筋芽細胞の増殖活性を濃度依存的に亢進させた。R11-16B、R11-16C、R11-16D、R11-16E及びR11-16Fのヒト筋芽細胞増殖活性のEC50 は、何れも0.002nMであった。各ヒト化抗体はIGF-Iと比較して100倍以上強い活性を示した。
【0143】
【0144】
IGF-Iは、コントロール抗体(FLAG M2、シグマアルドリッチ)と比較して、細胞増殖活性を亢進させた。
【0145】
非特許文献35に記載された16-13抗体、及び26-3抗体(インビトロにおける細胞のDNA合成、及びグルコース取込みの亢進作用を有することが示されているアゴニスト抗体)は、溶媒コントロール(アジ化ナトリウムを含む)に比べて、顕著な細胞増殖活性は認められず、R11-16Bの活性と比較して弱いものであった。
【0146】
[実施例6]インビボ薬効(モルモットにおける筋肉量増加作用):
IGF-I受容体アゴニスト抗体のインビボでの薬効を確認するために、IGF-Iを持続投与した時の作用と比較した。
【0147】
モルモットにR11-16Bを単回投与して、2週間後の筋肉量を測定した。筋肉量増加作用とは、モルモットの筋肉重量をコントロール群と比べて5%以上増加させることとする。R11-16B(0.1及び0.3mg/kg)を、正常モルモットの静脈内に単回投与した。陽性対照としてヒト組換えIGF-I(メカセルミン)を、浸透圧ポンプ(アルゼット)を使用して皮下に埋め込み、0.3及び1mg/kg/日となるように持続投与した。薬剤投与の2週間後、モルモットを麻酔下で放血致死させ、長趾伸筋の重量を測定した。結果を
図2に示す。
【0148】
R11-16Bの0.1及び0.3mg/kgを静脈内投与した群(R11-16B)は、溶媒のみを処置したコントロール群(vehicle)と比較して、用量依存的、且つ有意に筋肉量を増加させた。
【0149】
R11-16Bの0.3mg/kgの単回投与群の筋肉増加量は、ヒト組換えIGF-Iを1mg/kg/日で持続投与した群(IGF-I)と同程度であった。このことから、R11-16Bは、単回投与により、IGF-Iの持続投与と同等の薬効を有することが示された。臨床でのIGF-I(メカセルミン)の用法用量は1日1回から2回である。一方、インビボにおいてR11-16Bは2週に1回の投与でIGF-Iの持続投与と同等の有効性を示すことから、IGF-Iと比較して持続性に優れることが示された。
【0150】
[実施例7]インビボ血糖低下作用(モルモットにおける血糖低下作用):
IGF-I受容体アゴニスト抗体のインビボでの血糖低下作用の有無を確認するために、モルモットにR11-16Bを単回投与して、継時的に血糖値を測定して、IGF-Iの単回投与時の血糖低下作用と比較した。血糖低下作用とは、血糖値を50mg/dL以下に低下させる、又は低血糖症状を起こす作用とする。
【0151】
IGF-Iによる血糖低下作用を検討した。モルモットを12時間絶食させ、ヒト組換えIGF-I(メカセルミン)を、0.3、1、3及び10mg/kgで単回皮下投与した。モルモットは、投与24時間後まで絶食させた。覚醒状態のモルモットを、投与前(0時間)、投与1、2、4、8、及び24時間後に採血して、グルテストセンサー(三和化学研究所)を使用して血糖値を測定した。結果を下記表7に示す。
【0152】
【0153】
IGF-Iは、0.3mg/kgから有意に血糖値を低下させ、1mg/kg以上では低血糖症状が認められ、3mg/kg以上では死亡例が認められた。
【0154】
R11-16B、R11-16C、R11-16D、R11-16E及びR11-16Fが血糖値に及ぼす影響を検討した。モルモットを12時間絶食させ、各ヒト化抗体を、10mg/kgで単回静脈内投与した。モルモットは、投与24時間後まで絶食させた。覚醒状態のモルモットを、投与前(0時間)、投与1、2、4、8、及び24時間後に採血して、グルテストセンサー(三和化学研究所)を使用して血糖値を測定した。結果を下記表8~表10に示す。
【0155】
【0156】
【0157】
【0158】
各ヒト化抗体は、溶媒のみを投与した溶媒対照群と比較して、血糖値に有意な差を認めず、投与後の血糖値は何れも50mg/dL以上であった。このことから、各ヒト化抗体は、IGF-Iのような顕著な血糖低下作用を有さず、血糖値に影響を及ぼさないことから、IGF-Iの副作用である低血糖を克服する薬剤としての可能性が示された。
【0159】
[実施例8]IGF-IとR11-16Bの血中動態(モルモットにおける血中動態):
・IGF-Iの血中動態:
モルモットを12時間絶食させ、ヒト組換えIGF-Iを、0.3、1、3及び10mg/kgで皮下投与した。モルモットは、投与24時間後まで絶食させた。覚醒状態のモルモットを、投与前(0時間)、投与1、2、4、8、10及び24時間後に採血して、血漿中のヒトIGF-I濃度をELISA(DG100、R&D)により測定した。結果を
図3に示す。
【0160】
血漿中のIGF-I濃度は投与用量に依存して上昇し、投与24時間後の血漿中のIGF-I濃度はピーク時の約50%以下にまで低下していた。0.3mg/kg投与群の投与24時間後のIGF-I濃度は測定下限以下であった。また、10mg/kg投与群は投与4時間以降に低血糖のため死亡したため血漿を採取できなかった。
【0161】
・ヒト化抗体の血中動態:
モルモットを12時間絶食させ、ヒト化抗体R11-16Bを、1.5及び10mg/kgで単回静脈内投与した。モルモットは、投与24時間後まで絶食させ、24時間後に再給餌した。覚醒状態のモルモットを、投与前(0時間)、投与2、4、8、24、48及び72時間後に採血して、血漿中のヒト化抗体濃度をELISAにより測定した。結果を
図4に示す。
【0162】
血漿中のヒト化抗体濃度は投与用量に依存して上昇し、投与48時間以降も血漿中のヒト化抗体濃度は投与24時間後と比較して約50%以上を維持していた。ヒト化抗体の血中動態はIGF-Iと比較して持続性に優れていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0163】
本発明は、脊椎動物のIGF-I受容体に特異的に結合し、IGF-I受容体を介して、筋肉量を増加させ、血糖値を低下させない抗体を提供することができるため、抗IGF-I受容体ヒト化抗体に関する疾患の治療、予防又は診断に利用可能である。
【配列表】