(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-17
(45)【発行日】2023-03-28
(54)【発明の名称】間葉系細胞の培養方法、活性化間葉系細胞の製造方法、毛包原基の製造方法、間葉系細胞の活性化方法、及び上皮系細胞の活性化方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20230320BHJP
【FI】
C12N5/077
(21)【出願番号】P 2018201545
(22)【出願日】2018-10-26
【審査請求日】2021-10-01
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 淳二
(72)【発明者】
【氏名】景山 達斗
(72)【発明者】
【氏名】エン ライ
(72)【発明者】
【氏名】チャン ビンビン
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/073625(WO,A1)
【文献】特開2018-082638(JP,A)
【文献】PLOS ONE,2018年06月14日,13(6), e0199046,pp. 1/19 - 19/19
【文献】相澤益男,細胞の電気制御培養による物質生産,有機合成化学,1990年,Vol. 48, No. 6,pp. 571-576
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極の表面に接着した
毛乳頭細胞及び/又は毛球部毛根鞘細胞である間葉系細胞を、
前記電極表面に播種してから10時間以上経過した後に前記電極を介して20μA/cm
2以上、
400μA/cm
2以下のパルス電流を印加しながら培養することを含む、間葉系細胞の培養方
法。
【請求項2】
第一の電極としての前記電極、及び前記第一の電極に対向する位置に配置された第二の電極を介して前記電流を印加する、
請求項1に記載の間葉系細胞の培養方法。
【請求項3】
電極の表面に接着した
毛乳頭細胞及び/又は毛球部毛根鞘細胞である間葉系細胞を、
前記電極表面に播種してから10時間以上経過した後に前記電極を介して20μA/cm
2以上、
400μA/cm
2以下のパルス電流を印加しながら培養することにより、前記パルス電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞に比べて活性化された前記間葉系細胞を得ることを含む、活性化間葉系細胞の製造方
法。
【請求項4】
第一の電極としての前記電極、及び前記第一の電極に対向する位置に配置された第二の電極を介して前記電流を印加する、
請求項3に記載の活性化間葉系細胞の製造方法。
【請求項5】
前記活性化された間葉系細胞は、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が、前記パルス電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞のそれより増加した間葉系細胞である、
請求項3又は4に記載の活性化間葉系細胞の製造方法。
【請求項6】
請求項3乃至5のいずれかに記載の方法により製造された間葉系細胞と、上皮系細胞とを共培養することにより毛包原基を形成すること
を含む、毛包原基の製造方法。
【請求項7】
前記間葉系細胞と前記上皮系細胞とを細胞非接着性表面上で共培養することにより前記毛包原基を形成する、
請求項6に記載の毛包原基の製造方法。
【請求項8】
前記共培養により形成された前記毛包原基は、前記パルス電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる上皮系細胞に比べて、活性化された前記上皮系細胞を含む、
請求項6又は7に記載の毛包原基の製造方法。
【請求項9】
前記活性化された上皮系細胞は、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が、前記パルス電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる上皮系細胞のそれより増加している上皮系細胞である、
請求項8に記載の毛包原基の製造方法。
【請求項10】
前記共培養により形成された前記毛包原基は、前記パルス電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる当該間葉系細胞に比べて、活性化された前記間葉系細胞を含む、
請求項6乃至9のいずれかに記載の毛包原基の製造方法。
【請求項11】
前記活性化された間葉系細胞は、前記パルス電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる当該間葉系細胞に比べて、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が増加している間葉系細胞である、
請求項10に記載の毛包原基の製造方法。
【請求項12】
電極の表面に接着した
毛乳頭細胞及び/又は毛球部毛根鞘細胞である間葉系細胞を、
前記電極表面に播種してから10時間以上経過した後に前記電極を介して20μA/cm
2以上、
400μA/cm
2以下のパルス電流を印加しながら培養することにより、前記間葉系細胞を活性化する、
間葉系細胞の活性化方
法。
【請求項13】
間葉系細胞と上皮系細胞との共培養により形成される毛包原基において、
前記間葉系細胞として、請求項3乃至5のいずれかに記載の方法により製造された間葉系細胞を用いることにより、前記毛包原基に含まれる前記上皮系細胞を活性化する、
上皮系細胞の活性化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系細胞の培養方法、活性化間葉系細胞の製造方法、毛包原基の製造方法、間葉系細胞の活性化方法、及び上皮系細胞の活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体外で毛包原基を形成し、当該毛包原基を生体に移植して毛髪を再生させる技術の開発が進められている。
【0003】
特許文献1には、規則的な配置の微小凹部からなるマイクロ凹版に、間葉系細胞及び上皮系細胞を播種し、酸素を供給しながら混合培養することにより、毛包原基を形成させる工程を備えることを特徴とする再生毛包原基の集合体の製造方法が記載されている。
【0004】
特許文献2には、毛乳頭細胞を塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)の存在下で培養し、継代する、及び毛乳頭細胞をスフェア化させる、ことを特徴とする毛乳頭培養方法が記載されている。
【0005】
特許文献3には、FGF系材料、BMP-2/BMP-4系材料及びWNT系材料の存在下で毛乳頭細胞を培養することを特徴とする、毛誘導能を維持した毛乳頭細胞の培養方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2017/073625号
【文献】特開2007-274949号公報
【文献】国際公開第2010/021245号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、毛乳頭細胞の発毛関連特性を効果的に向上させる培養方法は、未だ確立されてはいない。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みて為されたものであり、発毛関連特性を向上させる間葉系細胞の培養方法、活性化間葉系細胞の製造方法、毛包原基の製造方法、間葉系細胞の活性化方法、及び上皮系細胞の活性化方法を提供することをその目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る間葉系細胞の培養方法は、電極の表面に接着した間葉系細胞を、前記電極を介して電流を印加しながら培養することを含む。本発明によれば、間葉系細胞の発毛関連特性を向上させる、間葉系細胞の培養方法が提供される。
【0010】
前記方法においては、前記電流は、パルス電流であることとしてもよい。前記方法においては、第一の電極としての前記電極、及び前記第一の電極に対向する位置に配置された第二の電極を介して前記電流を印加することとしてもよい。
【0011】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る活性化間葉系細胞の製造方法は、電極の表面に接着した間葉系細胞を、前記電極を介して電流を印加しながら培養することにより、電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞に比べて活性化された前記間葉系細胞を得ることを含む。本発明によれば、発毛関連特性が向上した活性化間葉系細胞の製造方法が提供される。
【0012】
前記方法においては、前記電流は、パルス電流であることとしてもよい。前記方法においては、第一の電極としての前記電極、及び前記第一の電極に対向する位置に配置された第二の電極を介して前記電流を印加することとしてもよい。前記方法において、前記活性化された間葉系細胞は、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞のそれより増加した間葉系細胞であることとしてもよい。
【0013】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る毛包原基の製造方法は、前記いずれかの方法により製造された間葉系細胞と、上皮系細胞とを共培養することにより毛包原基を形成することを含む。本発明によれば、発毛関連特性が効果的に向上した毛包原基の製造方法が提供される。
【0014】
前記方法においては、前記間葉系細胞と前記上皮系細胞とを細胞非接着性表面上で共培養することにより前記毛包原基を形成することとしてもよい。前記方法において、前記共培養により形成された前記毛包原基は、電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる上皮系細胞に比べて、活性化された前記上皮系細胞を含むこととしてもよい。この場合、前記活性化された上皮系細胞は、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる上皮系細胞のそれより増加している上皮系細胞であることとしてもよい。
【0015】
前記方法において、前記共培養により形成された前記毛包原基は、電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる当該間葉系細胞に比べて、活性化された前記間葉系細胞を含むこととしてもよい。この場合、前記活性化された間葉系細胞は、電流を印加しない以外は前記間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる当該間葉系細胞に比べて、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が増加している間葉系細胞であることとしてもよい。
【0016】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る間葉系細胞の活性化方法は、電極の表面に接着した間葉系細胞を、前記電極を介して電流を印加しながら培養することにより、前記間葉系細胞を活性化する。本発明によれば、間葉系細胞の発毛関連特性を効果的に向上させる、間葉系細胞の活性化方法が提供される。
【0017】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る上皮系細胞の活性化方法は、間葉系細胞と上皮系細胞との共培養により形成される毛包原基において、前記間葉系細胞として、前記いずれかの方法により製造された間葉系細胞を用いることにより、前記毛包原基に含まれる前記上皮系細胞を活性化する。本発明によれば、上皮系細胞の発毛関連特性を効果的に向上させる、上皮系細胞の活性化方法が提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、発毛関連特性を向上させる間葉系細胞の培養方法、活性化間葉系細胞の製造方法、毛包原基の製造方法、間葉系細胞の活性化方法、及び上皮系細胞の活性化方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本実施形態において用いられる培養装置の一例について、その断面を概略的に示す説明図である。
【
図2A】本実施形態に係る実施例2において、電流を印加し始めるタイミングを変えた場合の毛乳頭細胞の遺伝子発現量を評価した結果を示す説明図である。
【
図2B】本実施形態に係る実施例2において、印加する電流値を変えた場合の毛乳頭細胞の遺伝子発現量を評価した結果を示す説明図である。
【
図2C】本実施形態に係る実施例2において、電流を印加する時間を変えた場合の毛乳頭細胞の遺伝子発現量を評価した結果を示す説明図である。
【
図3】本実施形態に係る実施例3において、毛包原基に含まれる毛乳頭細胞及び上皮系細胞の遺伝子発現量を評価した結果を示す説明図である。
【
図4A】本実施形態に係る実施例3において、電流を印加して培養した毛乳頭細胞を用いて形成され、マウスに移植された毛包原基からの発毛の様子を撮影した写真を示す説明図である。
【
図4B】本実施形態に係る実施例3において、電流を印加することなく培養した毛乳頭細胞を用いて形成され、マウスに移植された毛包原基からの発毛の様子を撮影した写真を示す説明図である。
【
図5】本実施形態に係る実施例3において、マウスに移植された毛包原基からの発毛数を評価した結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の一実施形態に係る方法(以下、「本方法」という。)について説明する。なお、本発明は本実施形態に限られるものではない。
【0021】
本方法は、電極の表面に接着した間葉系細胞を、当該電極を介して電流を印加しながら培養することを含む、間葉系細胞の培養方法を包含する。すなわち、本発明の発明者らは、間葉系細胞の発毛関連特性を向上させる技術的手段について鋭意検討を重ねた結果、電気刺激を与えながら間葉系細胞を培養することにより、当該間葉系細胞が活性化され、その発毛関連特性が効果的に向上することを独自に見出し、本発明を完成するに至った。
【0022】
このため、本方法は、電極の表面に接着した間葉系細胞を、当該電極を介して電流を印加しながら培養することにより、当該間葉系細胞を活性化する、間葉系細胞の活性化方法を包含する。
【0023】
また、本方法は、電極の表面に接着した間葉系細胞を、当該電極を介して電流を印加しながら培養することにより、電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞に比べて活性化された当該間葉系細胞を得ることを含む、活性化間葉系細胞の製造方法を包含する。
【0024】
さらに、本方法は、上記本方法により製造された間葉系細胞と、上皮系細胞とを共培養することにより毛包原基を形成することを含む、毛包原基の製造方法を包含する。
【0025】
また、本発明の発明者らは、上記活性化された間葉系細胞と上皮系細胞とを共培養して毛包原基を形成することにより、意外にも、当該毛包原基に含まれる上皮系細胞が活性化されることを独自に見出した。
【0026】
このため、本方法は、間葉系細胞と上皮系細胞との共培養により形成される毛包原基において、当該間葉系細胞として、上記本方法により製造された間葉系細胞を用いることにより、当該毛包原基に含まれる当該上皮系細胞を活性化する、上皮系細胞の活性化方法を包含する。
【0027】
本方法で用いられる間葉系細胞は、発毛関連特性(例えば、発毛関連遺伝子の発現、及び/又は、上皮系細胞との共培養による毛包原基の形成)を有するものであれば特に限られない。間葉系細胞は、成体毛包組織(例えば、毛乳頭及び/又は毛球部毛根鞘)に由来する細胞であってもよく、皮膚組織(胎児、幼体、成体のいずれの皮膚組織であってもよい。)に由来する細胞であってもよく、生体外で幹細胞(例えば、人工多能性(iPS)幹細胞、胚性幹(ES)細胞、又は胚性生殖(EG)細胞)から誘導された細胞であってもよい。間葉系細胞は、生体から採取された初代細胞であってもよく、予め培養された細胞(例えば、継代培養された細胞、及び/又は、株化された細胞)であってもよい。間葉系細胞は、例えば、Versican及びALP(アルカリフォスファターゼ)を発現する細胞として特定される。具体的に、間葉系細胞としては、毛乳頭細胞及び/又は毛球部毛根鞘細胞が好ましく用いられる。毛乳頭細胞及び毛球部毛根鞘細胞は、Versican及びALPを発現する。
【0028】
間葉系細胞は、ヒト由来であることが好ましいが、非ヒト動物(ヒト以外の動物)由来であってもよい。非ヒト動物は、特に限られないが、非ヒト脊椎動物(ヒト以外の脊椎動物)であることが好ましい。非ヒト脊椎動物は、特に限られないが、非ヒト哺乳類であることが好ましい。非ヒト哺乳類は、特に限られないが、霊長類(例えば、サル)、げっ歯類(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ)、食肉類(例えば、イヌ、ネコ)、又は有蹄類(例えば、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ)であってもよい。
【0029】
間葉系細胞の培養に用いる培養液は、当該間葉系細胞の生存及び発毛関連特性の維持に適した組成のものであれば特に限られず、例えば、商業的に入手可能な間葉系細胞培養用の培養液が好ましく用いられる。
【0030】
本方法で用いられる電極(以下、「培養電極」という。)の間葉系細胞が接着する表面(以下、「培養表面」という。)は、間葉系細胞を接着させて培養することができ、且つ電流を印加できる導電性表面であれば特に限られない。培養電極は、金属膜を含むことが好ましい。この場合、金属膜を構成する金属は、当該培養電極に導電性を付与するものであれば特に限られないが、例えば、金、白金、銀、銅、チタン、クロム及びニッケルからなる群より選択される1以上、又はこれらの合金が好ましく用いられる。
【0031】
培養電極は、導電性高分子膜を含んでもよい。すなわち、例えば、培養電極は、金属膜と、当該金属膜上に形成された導電性高分子膜とを含んでもよい。導電性高分子膜を構成する導電性高分子は、特に限られないが、例えば、ポリピロール系高分子、ポリチオフェン系高分子、ポリアニリン系高分子、ポリアセチレン系高分子、及びポリパラフェニレン系高分子からなる群より選択される1以上が好ましく用いられる。
【0032】
培養電極は、細胞接着性物質膜を含んでもよい。すなわち、例えば、培養電極は、金属膜と、当該金属膜上に形成された細胞接着性物質膜とを含んでもよい。また、例えば、培養電極は、金属膜と、当該金属膜上に形成された導電性高分子膜と、当該導電性高分子膜上に形成された細胞接着性物質膜とを含んでもよい。細胞接着性物質は、間葉系細胞の電極表面への接着を促進する物質であれば特に限られないが、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等の細胞外マトリックス成分、細胞接着性を示す特定のアミノ酸配列(例えば、アルギニン、グリシン、アスパラギン酸(いわゆるRGD)配列等)、細胞接着性を示す特定の糖鎖配列が好ましく用いられる。
【0033】
なお、培養電極が細胞接着性物質膜を含まない場合であっても、例えば、当該培養電極の培養表面に接する培養液に含まれる細胞接着性物質が当該培養表面に吸着することで、間葉系細胞は、当該培養表面に接着することができる。すなわち、培養表面は、培養液と接した状態で細胞接着性を示す導電性表面であれば特に限られない。
【0034】
間葉系細胞の培養表面への接着は、当該培養表面上に当該間葉系細胞を播種し、当該培養表面上で当該間葉系細胞を保持することにより行う。具体的に、間葉系細胞を含む培養液を培養表面上に滴下し、当該培養液中で当該培養表面上に沈降した当該間葉系細胞を、当該間葉系細胞の培養に適した条件(例えば、間葉系細胞の培養に適した温度、培養液に接する気相組成、培養液組成)で所定時間保持することにより、当該間葉系細胞を当該培養表面に接着させる。なお、培養表面に接着する前の間葉系細胞は球状であるが、当該培養表面に接着した間葉系細胞は、接着前に比べて扁平な形状を示す。
【0035】
本方法における間葉系細胞の培養は、当該間葉系細胞が接着した培養電極を介して電流を印加しながら行う。電流を印加する条件は、本発明による効果が得られる範囲であれば特に限られないが、例えば、培養後の間葉系細胞の少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が、当該電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞のそれより増加する条件が好ましく用いられる。
【0036】
電流の印加を開始するタイミングは、本発明による効果が得られる範囲であれば特に限られないが、例えば、間葉系細胞を電極表面に播種してから6時間以上経過した後であることが好ましく、10時間以上経過した後であることがより好ましく、15時間以上経過した後であることがより一層好ましく、20時間以上経過した後であることが特に好ましい。
【0037】
また、電流の印加を開始するタイミングは、例えば、間葉系細胞を電極表面に播種してから170時間経過前であることが好ましく、120時間経過前であることがより好ましく、80時間経過前であることがより一層好ましく、50時間経過前であることが特に好ましい。電流の印加を開始するタイミングは、上記下限値のいずれかと、上記上限値のいずれかとを任意に組み合わせて特定されてもよい。
【0038】
電流を印加する総時間(培養期間中に複数回に分けて電流を印加する場合は、当該複数回の電流印加時間の合計)は、本発明による効果が得られる範囲であれば特に限られないが、例えば、5分以上であることが好ましく、10分以上であることがより好ましく、15分以上であることがより一層好ましく、20分以上であることが特に好ましい。
【0039】
また、電流を印加する総時間は、例えば、120時間以下であることが好ましく、80時間以下であることがより好ましく、50時間以下であることがより一層好ましく、20時間以下であることが特に好ましい。電流を印加する総時間は、上記下限値のいずれかと、上記上限値のいずれかとを任意に組み合わせて特定されてもよい。
【0040】
1回の電気刺激において電流を印加する時間(培養期間中に複数回に分けて電流を印加する場合は、当該複数回の電流印加のうち1回において電流を継続的に印加する時間)は、本発明による効果が得られる範囲であれば特に限られないが、例えば、5分以上であることが好ましく、10分以上であることがより好ましく、15分以上であることがより一層好ましく、20分以上であることが特に好ましい。
【0041】
また、1回の電気刺激において電流を印加する時間は、例えば、120時間以下であることが好ましく、80時間以下であることがより好ましく、50時間以下であることがより一層好ましく、20時間以下であることが特に好ましい。1回の電気刺激において電流を印加する時間は、上記下限値のいずれかと、上記上限値のいずれかとを任意に組み合わせて特定されてもよい。
【0042】
培養表面(電極表面)の単位面積(cm2)当たりに印加する電流値は、本発明による効果が得られる範囲であれば特に限られないが、例えば、10μA/cm2以上であることが好ましく、20μA/cm2以上であることがより好ましく、30μA/cm2以上であることがより一層好ましく、40μA/cm2以上であることが特に好ましい。
【0043】
また、印加する電流値は、例えば、1000μA/cm2以下であることが好ましく、700μA/cm2以下であることがより好ましく、400μA/cm2以下であることがより一層好ましく、200μA/cm2以下であることが特に好ましい。印加する電流値は、上記下限値のいずれかと、上記上限値のいずれかとを任意に組み合わせて特定されてもよい。
【0044】
印加する電流は、パルス電流であることが好ましい。パルス電流は、パルス的に印加される電流であれば特に限られないが、例えば、1つのパルスが次の(1)、(2)及び(3)から構成され、下記(1)及び(2)から構成され、又は下記(1)及び(3)から構成されることとしてもよい:(1)まず第一の値のプラス電流又はマイナス電流を第一の時間印加し;、(2)次いで第二の値のマイナス電流又はプラス電流を第二の時間印加し;、(3)続く第三の時間は電流を印加しない。なお、上記(1)の「プラス電流又はマイナス電流」及び(2)の「マイナス電流又はプラス電流」との記載は、(1)でプラス電流を印加した場合は(2)でマイナス電流を印加し、(1)でマイナス電流を印加した場合は(2)でプラス電流を印加することを意味する。
【0045】
上述したパルス電流の第一の値と第二の値とは異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。また、第一の時間と第二の時間とは異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。第三の時間は、第一の時間及び/又は第二の時間と異なっていてもよいし、同一であってもよい。
【0046】
パルス電流の周波数は、本発明の効果が得られる範囲であれば特に限られないが、例えば、2Hz以上であることが好ましく、3Hz以上であることがより好ましく、4Hz以上であることがより一層好ましく、5Hz以上であることが特に好ましい。なお、1Hzは、1秒間に1回のパルス電流を印加することを意味する。
【0047】
また、パルス電流の周波数は、例えば、100Hz以下であることが好ましく、50Hz以下であることがより好ましく、25Hz以下であることがより一層好ましく、10Hz以下であることが特に好ましい。パルス電流の周波数は、上記下限値のいずれかと、上記上限値のいずれかとを任意に組み合わせて特定されてもよい。
【0048】
培養電極を介した電流の印加は、例えば、第一の電極としての当該培養電極と、第二の電極とを用いて行う。この場合、例えば、第一の電極(培養電極)を作用極、第二の電極を対極として用いる。また、参照極を用いることとしてもよい。第一の電極と第二の電極との位置関係は、当該第一の電極及び当該第二の電極が、間葉系細胞を含む培養液と接していれば特に限られない。
【0049】
本方法においては、例えば、第一の電極としての培養電極、及び当該第一の電極に対向する位置に配置された第二の電極を介して電流を印加することとしてもよい。すなわち、この場合、第一の電極と第二の電極との間には、当該第一の電極の培養表面に接着した間葉系細胞、及び当該第一の電極及び第二の電極と接し当該間葉系細胞を含む培養液が配置される。
【0050】
図1には、電流を印加しながら間葉系細胞を培養するための培養装置の一例を概略的に示す。
図1に示す例において、培養装置1は、作用極として用いられる培養電極である第一の電極10と、当該第一の電極10の培養表面11と対向する位置に配置された、対極として用いられる第二の電極20とを含む。第一の電極10は、ガラス板等で構成される基板12上に形成された金薄膜等の金属膜から構成される。第二の電極20は、白金等の金属から構成される。
【0051】
培養装置1は、複数(4つ)の培養ウェル30を含む。各培養ウェル30は、第一の電極10上に培養液Mを保持するための隔壁31を有している。各培養ウェル30において、間葉系細胞Cは、培養液M中で培養表面11に接着して培養される。第一の電極10及び第二の電極20は、それぞれ電源40に接続される。すなわち、第一の電極10は第一の配線41によって、また、第二の電極20は第二の配線42によって、それぞれ電源40に接続される。
図1に示す例では、4つの培養ウェル30の各々の第二の電極20が配線42によって電源40に接続されるため、当該4つの培養ウェル30には異なる条件で電流を印加することもできる。
【0052】
そして、電源40によって、各培養ウェル30における第一の電極10と第二の電極20との間に所定の電位を印加することにより、当該第一の電極10及び第二の電極20を介して電流を印加することができる。本方法においては、このような培養装置を用いて、電流を印加しながら、当該培養電極の培養表面に接着した間葉系細胞を培養することとしてもよい。
【0053】
培養表面上で間葉系細胞を培養する時間は、本発明による効果が得られる範囲であれば特に限られないが、例えば、5時間以上であることが好ましく、20時間以上であることがより好ましく、50時間以上であることがより一層好ましく、70時間以上であることが特に好ましい。
【0054】
また、培養表面上で間葉系細胞を培養する時間は、例えば、400時間以下であることが好ましく、300時間以下であることがより好ましく、200時間以下であることがより一層好ましく、100時間以下であることが特に好ましい。培養表面上で間葉系細胞を培養する時間は、上記下限値のいずれかと、上記上限値のいずれかとを任意に組み合わせて特定されてもよい。
【0055】
培養電極を介して電流を印加しながら、当該培養電極の培養表面に接着した間葉系細胞を培養することにより、当該間葉系細胞は活性化される。すなわち、電流を印加しながら培養することにより、活性化された間葉系細胞が得られる。
【0056】
ここで、間葉系細胞の活性化は、当該間葉系細胞の発毛関連特性の向上を意味する。
【0057】
具体的に、間葉系細胞の発毛関連特性の向上は、例えば、当該間葉系細胞の発毛関連遺伝子の発現量の増加、及び/又は、当該間葉系細胞を用いて形成された毛包原基の発毛特性の向上(例えば、生体に移植された当該毛包原基から生える毛の数及び/又は長さの増加)を含む。
【0058】
すなわち、本方法により得られる活性化された間葉系細胞は、例えば、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞のそれより増加した間葉系細胞である。
【0059】
間葉系細胞において発現する発毛関連遺伝子は、当該間葉系細胞の発毛への寄与に関連する遺伝子であれば特に限られないが、例えば、Versican、ALP、BMP4、Nexin及びNotch1からなる群より選択される1以上であることとしてもよい。
【0060】
具体的に、本方法により得られる活性化間葉系細胞は、例えば、RT-PCRで測定されるALP遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞のそれの1.5倍以上であり、又は、2.0倍以上である。
【0061】
本方法により製造された活性化間葉系細胞は、様々な用途に供することができる。すなわち、この活性化間葉系細胞は、例えば、そのまま培養電極の培養表面に接着した状態で、又は当該培養表面から回収されて、研究用途や、移植等の医療用途に供される。
【0062】
具体的に、例えば、活性化間葉系細胞は、生体外における毛包原基の形成に好ましく用いられる。すなわち、本方法により製造された活性化間葉系細胞と、上皮系細胞とを共培養することにより、発毛関連特性に優れた毛包原基を形成することができる。
【0063】
本方法で毛包原基の形成に用いられる上皮系細胞は、発毛関連特性(例えば、発毛関連遺伝子の発現、及び/又は、間葉系細胞との共培養による毛包原基の形成)を有するものであれば特に限られない。上皮系細胞は、毛包組織(例えば、毛包組織のバルジ領域の外毛根鞘最外層、及び又は、毛母基部)に由来する細胞であってもよく、皮膚組織に由来する細胞であってもよく、生体外で幹細胞(例えば、iPS幹細胞、ES細胞、又はEG細胞)から誘導された細胞であってもよい。上皮系細胞は、生体から採取された初代細胞であってもよく、予め培養された細胞(例えば、継代培養された細胞、及び/又は、株化された細胞)であってもよい。上皮系細胞は、例えば、サイトケラチンを発現する細胞として特定される。上皮系細胞は、上皮幹細胞であることが好ましい。上皮幹細胞は、例えば、サイトケラチン15、及び/又は、CD34を発現する細胞として特定される。
【0064】
上皮系細胞は、ヒト由来であることが好ましいが、非ヒト動物(ヒト以外の動物)由来であってもよい。非ヒト動物は、特に限られないが、非ヒト脊椎動物(ヒト以外の脊椎動物)であることが好ましい。非ヒト脊椎動物は、特に限られないが、非ヒト哺乳類であることが好ましい。非ヒト哺乳類は、特に限られないが、霊長類(例えば、サル)、げっ歯類(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ)、食肉類(例えば、イヌ、ネコ)、又は有蹄類(例えば、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ)であってもよい。
【0065】
間葉系細胞と上皮系細胞との共培養は、電流を印加しながら培養された後に回収された間葉系細胞と、当該間葉系細胞とは別に用意された上皮系細胞とを混合して培養することにより行う。
【0066】
共培養の方法は、間葉系細胞及び上皮系細胞が凝集して毛包原基を形成する方法であれば特に限られないが、例えば、当該間葉系細胞と当該上皮系細胞とを細胞非接着性表面上で共培養することにより毛包原基を形成することが好ましい。
【0067】
ここで、細胞非接着性表面は、間葉系細胞及び上皮系細胞が実質的に接着しない表面であれば特に限られない。すなわち、細胞非接着性表面は、例えば、間葉系細胞及び上皮系細胞が接着せず浮遊状態で維持される表面、又は、当該間葉系細胞及び上皮系細胞が緩く接着するものの、トリプシン処理等の酵素処理を施すことなく、ピペッティング等の培養液を流動させる操作で当該間葉系細胞及び上皮系細胞が容易に脱離する表面である。細胞非接着性表面を有する培養容器としては、例えば、商業的に入手可能な、各ウェルの底面に細胞非接着コーティングが施されたマルチウェルプレートを用いることができる。また、国際公開第2017/073625号に記載されたマイクロ凹版も好ましく用いることができる。
【0068】
間葉系細胞と上皮系細胞とを共培養する(例えば、間葉系細胞及び上皮系細胞を培養液中に分散し混合して培養する)ことにより、当該間葉系細胞及び上皮系細胞が自発的に凝集して、毛包原基が形成される。形成された毛包原基は、例えば、間葉系細胞同士が自発的に凝集して形成された間葉系細胞凝集部と、上皮系細胞同士が自発的に凝集して形成され、且つその一部が当該間葉系細胞凝集部の一部と結合した上皮系細胞凝集部と、を含む。
【0069】
毛包原基においては、例えば、間葉系細胞凝集部が内核部を構成するとともに、上皮系細胞凝集部が、当該間葉系細胞凝集塊の外周を覆う外層を構成することとしてもよい(いわゆるコアシェル型の毛包原基)。また、毛包原基においては、例えば、間葉系細胞と上皮系細胞とがそれぞれ分散して配置されることとしてもよい(いわゆるランダム型の毛包原基)。
【0070】
細胞非接着表面上では、非接着状態の毛包原基が製造される。ここで、非接着状態の毛包原基とは、細胞非接着表面に接着せず浮遊状態にある毛包原基、又は、当該細胞非接着表面に緩く接着しているが、トリプシン処理等の酵素処理を施すことなく、ピペッティング等の培養液を流動させる操作で当該細胞非接着性表面から容易に脱離する毛包原基である。
【0071】
本方法において形成される毛包原基は、例えば、毛包原基スフェロイドであることとしてもよい。毛包原基スフェロイドは、略球状の細胞凝集塊である。毛包原基スフェロイドは、非接着状態で形成され、容易に回収される。このため、毛包原基スフェロイドは、生体への移植に好ましく用いられる。
【0072】
本方法における共培養により形成された毛包原基は、電流を印加しない以外は活性化間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる上皮系細胞に比べて、活性化された上皮系細胞を含む。
【0073】
具体的に、本方法により電流を印加しながら培養された間葉系細胞を活性化間葉系細胞と呼び、電流を印加しない以外は当該活性化間葉系細胞と同一の方法で培養された間葉系細胞を対照間葉系細胞と呼び、当該対照間葉系細胞と上皮系細胞との共培養により形成された毛包原基を対照毛包原基と呼ぶ場合、当該活性化間葉系細胞と上皮系細胞との共培養により形成された毛包原基は、当該活性化間葉系細胞に代えて当該対照間葉系細胞を用いた以外は同一の方法で形成された対照毛包原基に含まれる上皮系細胞に比べて、活性化された上皮系細胞を含む。
【0074】
すなわち、本方法により電流を印加しながら培養された間葉系細胞と共培養された上皮系細胞は、当該電流を印加しない以外は同一の条件で培養された間葉系細胞と共培養された上皮系細胞に比べて、活性化される。換言すれば、活性化間葉系細胞を用いることにより、対照間葉系細胞を用いる場合に比べて活性化された上皮系細胞を含む毛包原基を製造することができる。
【0075】
ここで、上皮系細胞の活性化は、当該上皮系細胞の発毛関連特性の向上を意味する。具体的に、上皮系細胞の発毛関連特性の向上は、例えば、当該上皮系細胞の発毛関連遺伝子の発現量の増加、及び/又は、当該上皮系細胞を用いて形成された毛包原基の発毛特性の向上(例えば、生体に移植された当該毛包原基から生える毛の数及び/又は長さの増加)を含む。
【0076】
すなわち、本方法により形成された毛包原基に含まれる活性化された上皮系細胞は、例えば、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は活性化間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる上皮系細胞のそれより増加している上皮系細胞である。
【0077】
上皮系細胞において発現する発毛関連遺伝子は、当該上皮系細胞の発毛への寄与に関連する遺伝子であれば特に限られないが、例えば、Wnt10b、LEF1(Lymphoid Enhancer Factor-1)、Shh(Sonic hedgehog)及びβ-Cateninからなる群より選択される1以上であることとしてもよい。
【0078】
具体的に、本方法により製造された毛包原基に含まれる活性化上皮系細胞は、例えば、RT-PCRで測定されるWnt10b遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は同一の方法で培養された間葉系細胞と共培養された上皮系細胞のそれの1.5倍以上であることとしてもよく、2.0倍以上であることとしてもよく、2.5倍以上であることとしてもよく、3.0倍以上であることとしてもよい。
【0079】
このように、電気刺激により活性化された間葉系細胞と共培養することにより上皮系細胞が活性化されるという効果は、従来技術からは予想することができない意外な効果である。
【0080】
また、本方法における共培養により形成された毛包原基は、電流を印加しない以外は活性化間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる当該間葉系細胞に比べて、活性化された間葉系細胞を含む。すなわち、本方法により製造された活性化間葉系細胞は、上皮系細胞との共培養によって毛包原基を形成した後においても、活性化された状態を維持している。
【0081】
具体的に、本方法により形成された毛包原基に含まれる活性化された間葉系細胞は、電流を印加しない以外は活性化間葉系細胞と同一の方法で製造された間葉系細胞を用いたこと以外は同一の方法で形成された毛包原基に含まれる当該間葉系細胞に比べて、少なくとも一つの発毛関連遺伝子の発現量が増加している間葉系細胞である。
【0082】
具体的に、本方法により製造された毛包原基に含まれる活性化間葉系細胞は、例えば、RT-PCRで測定されるVersican遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は同一の方法で培養され毛包原基を形成した間葉系細胞のそれの1.5倍以上であることとしてもよく、2.0倍以上であることとしてもよい。
【0083】
また、例えば、本方法により製造された毛包原基に含まれる活性化間葉系細胞は、RT-PCRで測定されるALP遺伝子の発現量が、電流を印加しない以外は同一の方法で培養され毛包原基を形成した間葉系細胞のそれの1.5倍以上であることとしてもよく、2.0倍以上であることとしてもよく、2.5倍以上であることとしてもよく、3.0倍以上であることとしてもよい。
【0084】
このように、本方法による毛包原基の製造は、活性化された上皮系細胞、及び/又は、活性化された間葉系細胞を含む毛包原基の製造、すなわち、活性化された毛包原基の製造であるともいえる。
【0085】
本方法により製造された毛包原基は、そのまま研究用途に供することもできるが、生体への移植用途にも好ましく用いられる。すなわち、本方法によれば、生体に移植されることで毛が生える毛包原基が製造される。
【0086】
本方法により製造された毛包原基を生体に移植して当該毛包原基から毛を生やす場合、当該生体は特に限られず、ヒトであってもよいし、非ヒト動物であってもよい。非ヒト動物は特に限られないが、非ヒト哺乳類であることが好ましい。非ヒト哺乳類は、特に限られないが、例えば、霊長類(例えば、サル)、げっ歯類(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ)、食肉類(例えば、イヌ、ネコ)、又は有蹄類(例えば、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ)であってもよい。毛包原基の生体への移植は、当該生体の皮膚への移植であることが好ましい。皮膚への移植は、例えば、皮下移植であってもよいし、皮内移植であってもよい。
【0087】
毛包原基の製造及びその動物への移植は、医学的用途であってもよいし、研究用途であってもよい。すなわち、例えば、脱毛を伴う疾患の治療又は予防のために、当該疾患を患っている又は患う可能性のあるヒト患者に移植する目的で毛包原基を製造し、又は当該毛包原基を当該ヒト患者に移植することとしてもよい。
【0088】
脱毛を伴う疾患は、特に限られないが、例えば、男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia:AGA)、女子男性型脱毛症(Female Androgenetic Alopecia:FAGA)、分娩後脱毛症、びまん性脱毛症、脂漏性脱毛症、粃糠性脱毛症、牽引性脱毛症、代謝異常性脱毛症、圧迫性脱毛症、円形脱毛症、神経性脱毛症、抜毛症、全身性脱毛症、及び症候性脱毛症からなる群より選択される1以上であることとしてもよい。
【0089】
また、例えば、脱毛を伴う疾患の治療又は予防に使用され得る物質の探索、及び/又は当該疾患の機構に関与する物質の探索のために、毛包原基を製造し、又は当該毛包原基を非ヒト動物に移植することとしてもよい。
【0090】
次に、本実施形態に係る具体的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0091】
[培養装置]
図1に示す培養装置1と同様の構造を有する培養装置を以下のようにして製造した。まず、基板を洗浄した。すなわち、アンモニア液(25%)と過酸化水素水(30%)とを3:1の体積比で混合して洗浄液を調製した。次いで、基板として用いるスライドガラスを、300℃で沸騰させた洗浄液中に5分間浸漬することで、当該スライドガラスの表面に付着している不純物を除去した。その後、スライドガラスを、300℃で沸騰させた超純水に5分間浸漬する操作を2回繰り返すことで、洗浄液を洗い流した。
【0092】
次に、その表面で間葉系細胞を培養する電極を作製した。すなわち、上述のようにして洗浄したスライドガラスの表面に、スパッタリング装置を用いてクロム薄膜を形成し、さらに、当該クロム薄膜上に金薄膜を形成した。金薄膜が形成されたスライドガラスを、0.1Mポリピロール溶液と0.1Mp-トルエンスルホン酸溶液との混合液に浸漬し、当該混合液に0.25mA/cm2の電流を4分間印加することで、当該金薄膜上にポリピロール膜(導電性高分子膜)を形成した。その後、ポリピロール膜が形成されたスライドガラスを超純水で洗浄し、風乾した。
【0093】
そして、培養ウェルを作製した。すなわち、ポリピロール膜が形成されたスライドガラス表面の一部に、4ウェルチャンバー(Lab Tek II Chamber Slide)を接着させることで、当該4ウェルチャンバーの枠体(隔壁)で仕切られ、当該ポリピロール膜が形成された培養表面からなる底面を有する4つの培養ウェルを形成した。
【0094】
その後、各培養ウェル内をエタノールで洗浄することで滅菌した。次いで、各培養ウェル内に、0.03%コラーゲンタイプI溶液を加え、風乾させることで、当該培養ウェルの底面のポリピロール膜上にコラーゲン薄膜を形成した。こうして、各々の面積が約2cm2である4つの培養表面を得た。
【0095】
また、各培養ウェルの上部開口を塞ぐサイズの樹脂基材を用意し、当該樹脂基材の一方の表面を白金メッシュで覆った。後述する間葉系細胞の培養においては、この樹脂基材を培養ウェルの蓋として用い、その白金メッシュ表面が各培養ウェルの底面と対向するように、当該各培養ウェルの上部開口に嵌め込んだ。
【0096】
また、電源としてガルバノスタット装置を用いた。すなわち、ポリピロール膜が形成されたスライドガラス表面のうち、培養ウェルが形成されていない部分(4ウェルチャンバーの枠体が配置されていない部分)を金属配線を介して電源に電気的に接続するとともに、4つの培養ウェルの蓋として用いる4つの樹脂基材の各々の白金メッシュを金属配線を介して当該電源に電気的に接続した。こうして、間葉系細胞の培養に用いる培養装置を製造した。
【0097】
[間葉系細胞の調製]
間葉系細胞としては、毛乳頭細胞を用いた。すなわち、商業的に入手可能なヒト毛乳頭細胞(PromoCell社)を継代培養し、継代4代目~6代目(P4~P6)の当該ヒト毛乳頭細胞を実験に用いた。培養液としては、商業的に入手可能な毛乳頭細胞用培養培地(PromoCell社)を用いた。
【0098】
[間葉系細胞の培養]
実施例1-1として、各培養ウェルに毛乳頭細胞を播種し、当該毛乳頭細胞を当該各培養ウェルの底面(培養電極の培養表面)上で3日間培養した。この培養期間中、毛乳頭細胞を播種してから24時間経過した時点から16分間、各培養ウェルにパルス電流を印加した。
【0099】
具体的に、このパルス電流刺激においては、各培養チャンバーに対して、(1)まず「+200μA(培養表面の単位面積当たりの電流値:約+100μA/cm2)」の電流を0.05秒印加し、(2)次いで「-200μA(培養表面の単位面積当たりの電流値:約-100μA/cm2)」の電流を0.05秒印加し、(3)その後、電流を印加せずに(0μA)0.1秒保持する、という当該(1)、(2)及び(3)を1つのパルスとする電流を印加した。
【0100】
一方、比較例1-1として、電流を印加しない以外は同一の方法で毛乳頭細胞を3日間培養した。また、比較例1-2として、ポリピロール膜を形成していない以外は同一の方法で製造した培養装置を用いて、電流を印加しない以外は同一の方法で毛乳頭細胞を3日間培養した。
【0101】
[間葉系細胞の生死染色]
培養3日目に、生細胞を染色するためのフルオレセインジアセテート(FDA)と、死細胞を染色するためのエチジウムブロマイド(EB)とを用いて、毛乳頭細胞の生死染色を行った。すなわち、まず培養3日目に各培養ウェルから培地を除去し、その後、当該各培養ウェルにFDAを含む培養液(生細胞染色液)を加え、30分維持することにより、生細胞の染色を行った。次いで、各培養ウェルから生細胞染色液を除去し、その後、当該各培養ウェルにEBを含む培地(死細胞染色液)を加え、数分維持することにより、死細胞の染色を行った。さらに、各培養ウェルから死細胞染色液を除去した後、当該各培養ウェル内をリン酸緩衝液(PBS)で洗浄した。そして、染色された毛乳頭細胞を位相差顕微鏡及び蛍光顕微鏡で観察した。
【0102】
[結果]
染色された毛乳頭細胞を位相差顕微鏡及び蛍光顕微鏡で観察した結果、電気刺激の有無にかかわらず、実施例1-1、比較例1-1及び比較例1-2の全てにおいて、ほとんどの毛乳頭細胞がFDAで染色されており、生存していることが確認された。すなわち、本実験で用いられたパルス電流刺激は、毛乳頭細胞の生存に影響しないことが確認された。
【実施例2】
【0103】
[培養装置]
上述の実施例1で製造した培養装置を用いた。
【0104】
[間葉系細胞の調製]
間葉系細胞としては、毛乳頭細胞を用いた。すなわち、商業的に入手可能なヒト毛乳頭細胞(PromoCell社)を継代培養し、P4~P6の当該ヒト毛乳頭細胞を実験に用いた。培養液としては、毛乳頭細胞用培養培地(PromoCell社)を用いた。
【0105】
[間葉系細胞の培養]
実施例2-1として、各培養ウェルに、1.2×104個の毛乳頭細胞を播種し、当該毛乳頭細胞を当該各培養ウェルの底面(培養電極の培養表面)上で3日間培養した。この実施例2-1においては、パルス電流を印加し始めるタイミング(毛乳頭細胞を播種してから5時間経過時点、29時間経過時点、53時間経過時点)、印加するパルス電流の大きさ(0μA(0μA/cm2-培養表面)、45μA(22.5μA/cm2)、100μA(50μA/cm2)、200μA(100μA/cm2)、及び300μA(150μA/cm2))、パルス電流を継続して印加する時間(16分、3時間、24時間)が異なる複数の条件で、パルス電流を印加しながら毛乳頭細胞を培養した。一方、比較例2-1として、電流を印加しない以外は同一の方法で毛乳頭細胞を3日間培養した。
【0106】
[発毛関連遺伝子のPCR解析]
3日間培養した毛乳頭細胞の遺伝子発現量をRT-PCRにより解析した。RT-PCRで用いたプライマーの塩基配列は、ALP(アルカリフォスファターゼ)について、Forward Primerは「5‘-ATTGACCACGGGCACCAT-3’」、Reverse Primerは「5‘-CTCCACCGCCTCATGCA-3’」であり、コントロールとして用いたGAPDHについて、Forward Primerは「5‘-GCACCGTCAAGGCTgAGAAC-3’」、Reverse Primerは「5‘-TGGTGAAGACGCCAGTGGA-3’」であった。
【0107】
[結果]
図2Aには、パルス電流を印加し始めるタイミングを変えて培養した毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量を解析した結果を示す。具体的に、
図2Aには、電流を印加しなかった比較例2-1(図中の「Control」)、実施例2-1のうち、毛乳頭細胞にパルス電流を印加し始めたタイミングが、当該毛乳頭細胞を播種してから5時間経過した時点であった例(図中の「Day 0」)、29時間経過した時点であった例(図中の「Day 1」)、及び53時間経過した時点であった例(図中の「Day 2」)のそれぞれについて、当該比較例2-1における遺伝子発現量を「1」とした場合の、相対的な遺伝子発現量(図の縦軸「Relative gene expression」)を示す。
【0108】
なお、
図2Aに示す各例において、パルス電流としては、(1)まず「+200μA(約+100μA/cm
2)」の電流を0.05秒印加し、(2)次いで「-200μA(約-100μA/cm
2)」の電流を0.05秒印加し、(3)その後、電流を印加せずに(0μA)0.1秒保持する、という当該(1)、(2)及び(3)を1つのパルスとする電流を16分間印加した。
【0109】
図2Aに示すように、毛乳頭細胞を播種してから5時間の時点からバルス電流を印加した場合(図中の「Day 0」)には、電流を印加しない場合(図中の「Control」)に比べて、当該毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量が減少した。
【0110】
これに対し、毛乳頭細胞を播種してから29時間の時点又は53時間の時点からパルス電流を印加した場合(図中の「Day 1」及び「Day 2」)には、電流を印加しない場合に比べて、毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量が顕著に増加した。また、特に、29時間の時点からパルス電流を印加した場合には、53時間の時点からパルス電流を印加した場合に比べても、毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量は大きかった。
【0111】
図2Bには、印加するパルス電流の大きさを変えて培養した毛乳頭細胞のALP遺伝子発現を解析した結果を示す。具体的に、
図2Bには、電流を印加しなかった比較例2-1(図中の「Control」)、実施例2-1のうち、毛乳頭細胞に印加したパルス電流の大きさが各培養ウェルあたり45μA(各培養ウェルの培養表面(電極表面)の単位面積当たり22.5μA/cm
2)であった例(図中の「45μA」)、100μA(50μA/cm
2)であった例(図中の「100μA」)、200μA(100μA/cm
2)であった例(図中の「200μA」)、及び300μA(150μA/cm
2)であった例(図中の「300μA」)のそれぞれについて、当該比較例2-1における遺伝子発現量を「1」とした場合の、相対的な遺伝子発現量(図の縦軸「Relative gene expression」)を示す。
【0112】
なお、
図2Bに示す各例において、パルス電流は、毛乳頭細胞を播種してから29時間経過した時点から16分間印加した。また、各例においてはパルス電流として、(1)まず所定値のプラス電流(例えば、「+45μA(約+22.5μA/cm
2)」の電流)を0.05秒印加し、(2)次いで所定値のマイナス電流(例えば、「-45μA(約-22.5μA/cm
2)」の電流)を0.05秒印加し、(3)その後、電流を印加せずに(0μA)0.1秒保持する、という当該(1)、(2)及び(3)を1つのパルスとする電流を印加した。
【0113】
図2Bに示すように、45μA(22.5μA/cm
2)以上のパルス電流を印加した全ての例において、電流を印加しない場合に比べて、毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量が増加した。特に、100μA(50μA/cm
2)以上の大きさのパルス電流を印加した場合には、電流を印加しない場合に比べて、毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量が顕著に増加した。
【0114】
図2Cには、パルス電流を継続的に印加する時間(培養期間中にパルス電流を印加した総時間でもある。)を変えて培養した毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量を解析した結果を示す。具体的に、
図2Cには、電流を印加しなかった比較例2-1(図中の「Control」)、実施例2-1のうち、毛乳頭細胞にパルス電流を印加した時間が16分であった例(図中の「16min」)、3時間であった例(図中の「3h」)、及び24時間であった例(図中の「24h」)のそれぞれについて、当該比較例2-1における遺伝子発現量を「1」とした場合の、相対的な遺伝子発現量(図の縦軸「Relative gene expression」)を示す。
【0115】
なお、
図2Cに示す各例においては、(1)まず「+200μA(約+100μA/cm
2)」の電流を0.05秒印加し、(2)次いで「-200μA(約-100μA/cm
2)」の電流を0.05秒印加し、(3)その後、電流を印加せずに(0μA)0.1秒保持する、という当該(1)、(2)及び(3)を1つのパルスとする電流を印加した。また、パルス電流は、毛乳頭細胞を播種してから29時間経過した時点から印加した。
【0116】
図2Cに示すように、パルス電流を印加した時間が16分以上であった全ての例において、電流を印加しない場合に比べて、毛乳頭細胞のALP遺伝子発現量が顕著に増加した。
【実施例3】
【0117】
[培養装置]
上述の実施例1で製造した培養装置を用いた。
【0118】
[間葉系細胞の調製]
間葉系細胞としては、毛乳頭細胞を用いた。すなわち、商業的に入手可能なヒト毛乳頭細胞(PromoCell社)を継代培養し、P4~P6の当該ヒト毛乳頭細胞を実験に用いた。培養液としては、毛乳頭細胞用培養培地(PromoCell社)を用いた。
【0119】
[間葉系細胞の培養]
実施例3-1として、各培養ウェルに、1.2×104個の毛乳頭細胞を播種し、当該毛乳頭細胞を当該各培養ウェルの底面(培養電極の培養表面)上で3日間培養した。この培養期間中、毛乳頭細胞を播種してから29時間経過した時点から16分間、各培養ウェルに200μA(100μA/cm2)のパルス電流を印加した。
【0120】
[上皮系細胞の採取]
胎齢18日のC57BL/6マウス胎児より背部の皮膚組織を採取し、中尾らが報告した方法(Koh-ei Toyoshima et al. Nature Communication, 3, 784, 2012)を一部改変して、ディスパーゼ処理を4℃で1時間、40rpm震盪条件で行い、当該皮膚組織の上皮層と間葉層とを分離した。その後、上皮層に100U/mLのコラゲナーゼ処理を1時間20分施し、さらにトリプシン処理を10分施すことで、上皮系細胞を単離した。
【0121】
[毛包原基の製造]
毛包原基を形成するための培養容器として、各ウェルが、細胞非接着コーティングが施された丸底(凹状に湾曲した細胞非接着性底面)を有する、商業的に入手可能な96マルチウェルプレートを用いた。
【0122】
上述のようにして電流を印加しながら培養して得られた毛乳頭細胞と、皮膚組織から採取された上皮系細胞とを、それぞれトリプシン処理により回収し、新鮮な培養液を添加して、当該毛乳頭細胞を含む細胞懸濁液、及び当該上皮系細胞を含む細胞懸濁液をそれぞれ調製した。
【0123】
次いで、毛乳頭細胞の細胞密度が5×103個/ウェルとなり、且つ上皮系細胞の細胞密度が1×104個/ウェルとなるように、当該毛乳頭細胞と上皮系細胞とを混合して、96マルチウェルプレートの各ウェルに播種した。培養液としては、間葉系細胞培養培地(DMEM+10%FBS+1%ペニシリン/ストレプトマイシン)と、HuMedia-KG2とを体積比1:1で混合して調製された混合培地を用いた。
【0124】
そして、各ウェルにおいて、毛乳頭細胞及び上皮系細胞を混合状態で3日間培養することにより、毛包原基を形成した。すなわち、培養時間が経過するにつれて、各ウェル内において細胞同士は自発的に凝集して、球状で浮遊状態の毛包原基を形成した。なお、この毛包原基は、主に毛乳頭細胞同士が凝集して形成された毛乳頭細胞凝集部分と、主に上皮系細胞同士が凝集して形成された上皮系細胞凝集部分とを含み、当該毛乳頭細胞凝集部分の一部と当該上皮系細胞凝集部分の一部とは結合していた。
【0125】
一方、比較例3-1として、電流を印加しながら培養された毛乳頭細胞に代えて、電流を印加しない以外は同一の方法で培養された毛乳頭細胞を用いたこと以外は、同一の方法で共培養を行って毛包原基を形成した。
【0126】
[発毛関連遺伝子のPCR解析]
3日間の培養により形成された毛包原基の遺伝子発現量をRT-PCRにより解析した。RT-PCRで用いたプライマーの塩基配列は、Versicanについて、Forward Primerは「5‘-CCAGCAAGCACAAAATTTCA-3’」、Reverse Primerは「5‘-TGCACTGGATCTGTTTCTTCA-3’」であり、LEF1(Lymphoid Enhancer Factor-1)について、Forward Primerは「5‘-CCCGATGACGGAAAGCAT-3’」、Reverse Primerは「5‘-TCGAGTAGGAGGGTCCCTTGT-3’」であり、ALPについて、Forward Primerは「5‘-ATTGACCACGGgCACCAT-3’」、Reverse Primerは「5‘-CTCCACCGCCTCATGCA-3’」であり、Wnt10bについて、Forward Primerは「5‘-CCAAGAGCCGGGCCCGAGTGA-3’」、Reverse Primerは「5‘-AAGGGCGGAGGCCGAGACCG-3’」であり、コントロールとして用いたGAPDHについて、Forward Primerは「5‘-GCACCGTCAAGGCTGAGAAC-3’」、Reverse Primerは「5‘-TGGTGAAGACGCCAGTGGA-3’」であった。
【0127】
[マウスへの移植]
上述のようにして3日間の培養で形成した毛包原基を回収して、ヌードマウスの皮内に移植した。すなわち、ヌードマウスにイソフルラン吸引麻酔を施し、その背部をイソジンで消毒した。次いで、Vランスマイクロメス(日本アルコン)を用いて、皮膚の表皮層から真皮層下部に至る移植創を形成した。そして、この移植創に、毛包原基を20個ずつ注入した。なお、ヌードマウスの飼育及び移植実験は、横浜国立大学動物実験専門委員会の指針を遵守して行った。
【0128】
[結果]
図3には、毛包原基における遺伝子発現量を解析した結果を示す。具体的に、
図3には、横軸に示される遺伝子(Versican、LEF1、ALP及びWnt10b)の各々について、比較例3-1において電流を印加することなく培養された毛乳頭細胞を用いて形成された毛包原基(図中の「Control」)の発現量(黒塗りの棒グラフ)を「1」とした場合の、実施例3-1において電流を印加して培養された毛乳頭細胞を用いて形成された毛包原基(図中の「200μA」)の発現量(図の縦軸「Relative gene expression」)(白抜きの棒グラフ)を示す。
【0129】
図3に示すように、毛乳頭細胞に特徴的なVersican及びALPはいずれも、電流を印加して培養された毛乳頭細胞を含む毛包原基の遺伝子発現量が、電流を印加せずに培養された毛乳頭細胞を含む毛包原基のそれに比べて、顕著に大きかった。
【0130】
すなわち、電流を印加して培養された毛乳頭細胞は、当該培養後で毛包原基を形成する前のみならず、上皮系細胞との共培養によって毛包原基を形成した後も、当該毛包原基において、発毛関連遺伝子の発現量が増加していることが確認された。
【0131】
また、上皮系細胞に特徴的なLEF1及びWnt10bも、電流を印加して培養された毛乳頭細胞と共に毛包原基を形成した上皮系細胞の遺伝子発現量が、電流を印加せずに培養された毛乳頭細胞と共に毛包原基を形成した上皮系細胞のそれに比べて大きく、特に、Wnt10bの遺伝子発現量は、顕著に大きかった。
【0132】
すなわち、電流を印加して培養された毛乳頭細胞との共培養によって毛包原基を形成した上皮系細胞は、当該毛包原基において、その発毛関連遺伝子の発現量が顕著に増加しているという、予想外の顕著な効果が確認された。
【0133】
図4A、及び
図4Bにはそれぞれ、電流を印加して培養された毛乳頭細胞を用いて形成された毛包原基、及び電流を印加することなく培養された毛乳頭細胞を用いて形成された毛包原基をマウスに移植してから30日後の時点で撮影された、当該毛包原基から再生した毛の写真を示す。
【0134】
また、
図5には、電流を印加して培養された毛乳頭細胞を用いて形成された毛包原基(図中の「実施例3-1」)、及び電流を印加することなく培養された毛乳頭細胞を用いて形成された毛包原基(図中の「比較例3-1」)をマウスに移植してから30日後の時点において、当該毛包原基から生えていた毛の本数を数えた結果(図中の縦軸「発毛数」)を示す。
【0135】
図4A及び
図5に示すように、電流を印加して培養された毛乳頭細胞を用いて形成され、マウスに移植された毛包原基から生えた毛の本数は、約40であった。これに対し、
図4B及び
図5に示すように、電流を印加することなく培養された毛乳頭細胞を用いて形成され、マウスに移植された毛包原基から生えた毛の本数は約18本であった。
【0136】
すなわち、電流を印加して培養された毛乳頭細胞を用いて製造された毛包原基は、電流を印加することなく培養された毛乳頭細胞を用いて形成された毛包原基に比べて、生体に移植された場合の発毛能力が顕著に優れていることが確認された。
【配列表】