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特許7246635超音波測定方法、超音波測定プログラム、及び超音波測定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-17
(45)【発行日】2023-03-28
(54)【発明の名称】超音波測定方法、超音波測定プログラム、及び超音波測定装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 8/14 20060101AFI20230320BHJP
【FI】
A61B8/14 ZDM
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019078727
(22)【出願日】2019-04-17
(65)【公開番号】P2020174856
(43)【公開日】2020-10-29
【審査請求日】2022-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000243364
【氏名又は名称】本多電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】上田 有紀
(72)【発明者】
【氏名】穂積 直裕
(72)【発明者】
【氏名】吉田 祥子
(72)【発明者】
【氏名】小林 和人
(72)【発明者】
【氏名】原 祐輔
【審査官】最首 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/207276(WO,A1)
【文献】特開2006-271765(JP,A)
【文献】特開2017-064391(JP,A)
【文献】特開昭62-081561(JP,A)
【文献】特開昭56-102382(JP,A)
【文献】特開2012-065230(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 8/00-8/15
G01N 29/00-29/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物に超音波を照射し、
前記測定対象物からの反射波を取得して前記測定対象物の深さ方向の音響インピーダンスを計算し、
前記音響インピーダンスを前記測定対象物の深さ方向に関して二回微分して得られる変曲点に基づいて前記測定対象物の厚さを推定し出力する、
ことを特徴とする超音波測定方法。
【請求項2】
前記測定対象物は、多層膜の最表面の膜であり、
前記変曲点のうち、前記深さ方向で所定の閾値を超える最初の変曲点と、前記最初の変曲点よりも深い位置で変化率の変化の符号がマイナスからプラスに変化するゼロ点との間の距離を前記厚さとして出力することを特徴とする請求項1に記載の超音波測定方法。
【請求項3】
前記変曲点と前記ゼロ点は、二回微分フィルタ処理により算出されることを特徴とする請求項2に記載の超音波測定方法。
【請求項4】
前記厚さと、前記音響インピーダンスの計測値の少なくとも一方に基づいて、前記測定対象物の硬さまたは弾性の評価値を出力する、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の超音波測定方法。
【請求項5】
前記音響インピーダンスの前記深さ方向の分布に基づいて、前記測定対象物の特性を表わす画像を生成し、出力することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の超音波測定方法。
【請求項6】
前記測定対象物は生体膜であることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の超音波測定方法。
【請求項7】
前記測定対象物はヒトの皮膚であり、
前記厚さに基づいて皮膚年齢の推定値を出力することを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の超音波測定方法。
【請求項8】
プロセッサに、
測定対象物に照射された超音波の反射信号を取得する手順と、
前記反射信号から前記測定対象物の深さ方向の音響インピーダンスを計算する手順と、
前記音響インピーダンスを前記測定対象物の深さ方向に関して二回微分して得られる変曲点に基づいて前記測定対象物の厚さを推定する手順と、
前記厚さの推定値を出力する手順と、
を実行させる超音波測定プログラム。
【請求項9】
測定対象物に超音波を照射し前記測定対象物からの反射波を取得する超音波測定器と、
前記反射波から前記測定対象物の深さ方向の音響インピーダンスを計算し、前記音響インピーダンスを前記測定対象物の深さ方向に関して二回微分して得られる変曲点に基づいて前記測定対象物の厚さの推定値を出力するプロセッサと、
を有することを特徴とする超音波測定装置。
【請求項10】
前記プロセッサは、前記厚さと、前記音響インピーダンスの計算値の少なくとも一方に基づいて、前記測定対象物の硬さまたは弾性の評価値を出力する、
ことを特徴とする請求項9に記載の超音波測定装置。
【請求項11】
前記プロセッサは、前記深さ方向の前記音響インピーダンスの分布に基づいて、前記測定対象物の特性を表わす画像を生成し、
前記超音波測定装置は、前記画像を表示する表示装置、
をさらに有することを特徴とする請求項9または10に記載の超音波測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波測定方法、超音波測定プログラム、及び超音波測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
物体の表面または表層の特性評価は様々な分野で有用である。生体の場合、生体の表面に存在するのは皮膚であり、皮膚の特性である肌質を把握することで、肌質に応じたスキンケアを行って健康な皮膚を維持することができる。美容及び化粧品の分野では、美容技術者による問診などを通した肌質の評価のほかに、計測機器で肌の柔軟性、弾力などの力学特性、肌のつや、透明感などの光学特性などを測定して肌状態や機能を評価する客観評価も行われている。
【0003】
皮膚の表面から応力等を与えて変位させる従来の弾性計測方法では、応力は表皮より深い位置の真皮、皮下組織等にも到達し、皮膚を構成する各層(角層、表皮、真皮、皮下組織)の寄与がすべて含まれた全体の特性値が検出されている。
【0004】
皮膚を構成する各層にはそれぞれの役割と機能があるので、各層を個別に測定し、評価できることが望ましい。特に、皮膚の最外層にある角層は、生命活動の維持に必要なバリア機能や保湿機能を備えていることから、その特性値の正確な測定は、医療、製薬の分野で重要な課題である。また、スキンケアの訴求対象が薬事的には角層に限定されていることから、角層のみの特性評価は、美容・化粧品の分野でも有意義である。
【0005】
角層を識別する先行技術としては、ラマン共焦点顕微鏡が知られている(たとえば、非特許文献1参照)。物質固有のラマン散乱スペクトルを分光することで特定の分子を識別することが可能であるため、水分子を識別して表面から皮膚内部の水分プロファイルを得ることで、角層を生細胞と区別して特定することが可能である。水分プロファイルによる検出では、腕などの四肢の皮膚における加齢変化、すなわち加齢による角層の重層化が観察されているが(たとえば、非特許文献2参照)、四肢部位よりも薄い角層を有する顔面での加齢変化は、観察されていない。
【0006】
近年、超音波を用いて、皮膚の深さ方向の界面を特定し、各層の厚さを判定する方法が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。また、層構造を有する非常に薄い測定対象物の超音波断層画像を構築する方法が知られている(たとえば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4654352号
【文献】特許第6361001号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Egawa, et al., British Journal of Dermatology 2008, 158, 251-260
【文献】E. Boireau-Adamezyk et al., Skin Research and Technology 2014, 20, 409-415
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
超音波を用いた皮膚内部の測定は、美容関係の業界では反射画像から得られる形態情報を用いた「皮膚全体の厚みの計測」または「反射強度の比較」が一般的である。しかし超音波によって得られる反射画像は、音響インピーダンスの異なる複数の層の界面からの反射像の重なり合いの結果である。このため、反射画像を用いた超音波測定では、測定部位の皮膚内のおおまかな層情報を得ることはできても、それぞれの層の位置の特定や、反射を強めている層を特定するには情報不足である。とくに、皮膚の層はプラスチックを積層したような単純な構造とは異なり、層の中は単一構造ではないため、層の中にも複数の小さな界面がみられるため層の界面からの反射波形はなまくらである。とくに、層の中でも非常に薄い角層の位置または厚さを精度良く特定するのは困難である。 本発明は、複数の薄層で形成される層構造から、目的とする測定対象物の層の界面の位置または厚さを精度良く特定することのできる超音波測定技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、測定対象物からの音響インピーダンスプロファイルの変化に着目して、二回微分による解析を用いる。より具体的には、超音波測定方法では、
測定対象物に超音波を照射し、
前記測定対象物からの反射波を取得して前記測定対象物の深さ方向の音響インピーダンスを計算し、
前記音響インピーダンスを前記測定対象物の深さ方向に関して二回微分して得られる変曲点に基づいて前記測定対象物の厚さを推定し出力する。
【発明の効果】
【0011】
上記手法により、測定対象物の層の界面位置または厚さを精度良く特性することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態の超音波測定の概念図である。
図2】実施形態の超音波測定装置のブロック図である。
図3】測定対象としてヒトの皮膚の断面構造を示す図である。
図4】超音波測定で得られる反射信号を示す図である。
図5】計算された音響インピーダンスの分布図である。
図6】音響インピーダンスと一回微分及び二回微分の関係を示す図である。
図7図6の方法で特定した角層の断面画像である。
図8】角層の厚さと角層中心の平均音響インピーダンスの関係を示す図である。
図9】年齢と角質の厚さの関係をプロットした図である。
図10】皮膚の状態の変化を模式的に示す図である。
図11】超音波測定が適用される多層構造モデルの模式図である。
図12図11のモデルを用いて測定された音響インピーダンスの深さ方向への分布画像である。
図13】実施形態の超音波測定方法のフローチャートである。
図14】超音波測定を用いた皮膚の評価方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、実施形態の超音波測定の概念図である。超音波測定は、一例として、超音波測定器10と、データ解析用のパーソナルコンピュータ(PC)20を用いて行う。
【0014】
超音波測定器10は、この例では、パルス発生器14と、オシロスコープ16と、送受波分離回路15と、トランスデューサ12を有する。パルス発生器14で生成された駆動パルスはトランスデューサ12に入力される。トランスデューサ12は、パルス(電気)信号を機械的な振動に変換して超音波を生成し、超音波をサンプル40に照射する。サンプル40からの反射波は、トランスデューサ12で検知され、電気信号に変換される。
【0015】
トランスデューサ12は送受波分離回路15に接続されており、トランスデューサ12に入力される信号と、トランスデューサ12から出力される反射信号とが分離される。反射信号の音響インピーダンスはオシロスコープ16で測定され、測定波形がPC20に入力されて解析される。
【0016】
PC20は情報処理装置の一例であり、タブレット端末、スマートフォン、ノート型コンピュータ等、その形態は問わない。オシロスコープ16は、反射波を測定する装置の一例であり、反射波を受信して電圧信号を測定することのできる任意の回路装置を用いてもよい。たとえば、オシロスコープ16に替えて、反射信号の検波とデジタル変換機能を有する受信回路を用いてもよい。
【0017】
ドライバ13は、ステージ上に保持されたサンプル40を、トランスデューサ12に対して相対的に動かして走査する。ドライバ13からのトリガ信号を用いて、サンプル40の走査タイミングと、パルス発生器14のパルス出力タイミングを同期させてもよい。
【0018】
サンプル40は、たとえば透明プレート30上に、水、ゲル等のカプラント31を介して配置されている。実施形態では、サンプル40の音響インピーダンスの二回微分を用いて、サンプル40におけるターゲットの層の界面位置または厚さを特定する。
【0019】
サンプル40は、異なる力学特性を有する複数の層を含む。たとえば、皮膚は力学特性が異なる複数の層で形成されているが、最表面の角層は、隣接する層(角層以外の表皮部分)と比較して、2桁以上高い弾性率(ヤング率)を有している。音響特性の変化に基づいて、硬い角層から柔らかい表皮層への移行を明確にとらえることができれば、角層と隣接層の界面位置と厚さを正確に求めることができる。
【0020】
皮膚の弾性測定にキュートメーター(登録商標)のような弾力計を用いると、皮膚に応力やトルクを印加する時間が長く、また、その応答時間も長い。応力は表皮の奥の真皮まで到達するため、弾力計で得られる弾性情報には真皮の情報が多く入ってしまう。
【0021】
これに対し、超音波は密度が変化する界面で反射するため、皮膚の表層からの反射波を測定して皮膚表面の特性を取得することができる。400MHz以下の超音波を用いるため、非侵襲的な測定が可能である。
【0022】
図2は、実施形態の超音波測定装置1のブロック図である。超音波測定装置1は、超音波測定器10と、PC20を含む。超音波測定器10は、たとえば、全体がプローブの形状をして、先端に超音波の入出力窓を有していてもよい。超音波測定器10は、コントローラ11、トランスデューサ12、ドライバ13、パルス発生器14、エンコーダ17、及び受信回路18を有する。
【0023】
コントローラ11は、たとえばメモリとマイクロプロセッサで構成されており、超音波測定器10の全体の動作を制御する。エンコーダ17は、サンプル40が保持されたステージの座標位置を検出する。
【0024】
コントローラ11は、エンコーダ17からの座標情報に基づいてドライバ13の動作を制御し、ドライバ13の駆動と同期して、パルス発生器14のパルス発生タイミングを制御する。
【0025】
パルス発生器14から出力された電気パルスは、送受波分離回路15によってトランスデューサ12に入力され、超音波に変換されてサンプル40に入射する。トランスデューサ12は、サンプル40で反射された反射波を電気信号に変換する。反射信号は、送受波分離回路15を介して受信回路18に供給される。受信回路18は、アナログ電気信号を検波し、アナログ/デジタルコンバータ(ADC)19でアナログ信号をデジタル信号に変換して、PC20に出力する。
【0026】
超音波測定器10は、高速シリアルバス規格等のコネクタケーブルでPC20に接続されてもよいし、近距離の無線通信規格で無線接続されてもよい。
【0027】
PC20は、CPU21、メモリ22、補助記憶装置23、入力装置24、表示装置25、及びインタフェース(I/F)26を有する。超音波測定器10で取得された測定信号は、インタフェース26を介してCPU21に入力され、CPU21で解析される。
【0028】
メモリ22は、リードオンリーメモリ(ROM)とランダムアクセスメモリ(RAM)を含む主記憶装置である。ROMは超音波測定で必要な演算のパラメータ、プログラム等を保存する。RAMは超音波解析のための作業エリアとして用いられる。補助記憶装置23は、ソリッドステートドライブ(SSD)、ハードディスクドライブ等であり、プログラム、データ、パラメータ等を長期保存する。
【0029】
入力装置35は、タッチパネル、マウス、キーボード等の入力ユーザインタフェースである。表示装置36は、液晶、プラズマ、有機EL(electroluminescence)等のモニタディスプレイである。超音波測定プログラムを用いる場合は、CPU21がメモリ22または補助記憶装置23に格納された超音波測定プログラムを読み出して、反射信号を解析して画像データを構築し、皮膚構造の画像を表示装置36に表示してもよい。
【0030】
図3は、測定対象物としてのヒトの皮膚の断面構造を示す。皮膚は、最外層の角層を含む表皮と、表皮の内側にある真皮を含む。真皮よりもさらに内部は、皮下組織となる。角層には、体内の水分の蒸散を防ぎ、外界からの異物の侵入を防ぐバリア機能がある。真皮は、皮膚の約95%を占め、皮膚の土台となる。真皮は、乳頭層と網状層を含む。真皮は皮膚の弾力性を保ち、外部からの圧力や破壊力に対する緩衝材のような役割を果たす。
【0031】
角層だけではなく、角層直下の表皮層と真皮の力学特性の変化が評価できれば、新しいスキンケアの価値を提供することができる。皮膚だけではなく、樹脂フィルム、ポリマージェル等の薄膜が複数積層された多層構造体で各層の評価ができれば有用である。
【0032】
図4は、超音波測定で得られる反射信号を示す。サンプル40Aは、粘着テープ等で採取されたヒトの皮膚の表層であり、最外層の角層41を含む表皮42と、真皮45を含む。表皮42のうち、角層41以外の層を表皮層43とする。
【0033】
サンプル40Aは、水、ゲル等のカプラント31を介して、透明プレート30上に保持されている。この例で、透明プレート30はアクリル等のプラスチックプレートである。
【0034】
サンプル40Aからの反射波には、真皮よりも深い皮下組織からの反射成分も含まれ得る。そこで、時間窓を用いて、対象となる層からの反射信号だけを取り出す。ここでは、透明プレートから真皮までの各層で得られる反射信号を取り出して音響インピーダンスの分布を取得する。
【0035】
音響インピーダンスZは、超音波の通りにくさを示し、
Z=p/v=ρ×C
で表される。ここで、pは音圧(Pa)、vは体積速度(m3/s)、ρは測定対象物の密度(kg/m3)、Cは物質固有の音速(m/s)である。皮膚を構成する各層の密度とその固有の音速は層ごとに異なるため、音響インピーダンスも層ごとに異なる。皮膚を構成する層間の音響インピーダンスの差が大きいほど強く反射される。
【0036】
反射信号から音響インピーダンスへの変換は、CPU21により、たとえばTDR(Time Domain Reflection)法に基づいて行われる。
【0037】
入射された超音波パルスは、インピーダンス不整合部分で反射される。反射係数Rは、式(1)で表される。
【0038】
【数1】
ここで、ZLはサンプル40Aのインピーダンス、Z0は既知のインピーダンスである。ここでは、既知のインピーダンスとしてカプラント31のインピーダンスを用いる。
【0039】
サンプル40Aのインピーダンスは、式(2)で表される。
【0040】
【数2】
Rの値をもとにZLを求める。Rの値は、深さ方向の各位置での反射電圧を入力パルス電圧で割り算した値である。反射の位置が異なれば、時間軸上でも異なる位置でインピーダンスの変化が観測される。
【0041】
図5は、計算された音響インピーダンスの深さ方向の分布図である。ここでは、中心周波数が80MHzのトランスデューサ12を用いた。サンプル40Aから得られる反射信号のうち、所定の時間窓内で得られる反射信号から、点線で囲まれる領域W(プラスチック~水~角層~表皮層~真皮までの領域)を解析する。この図で、色が薄いほど、音響インピーダンス(MNs/m3)が高い。
【0042】
図6は音響インピーダンスと一回微分及び二回微分の関係を示す図である。図6の(A)は深さ方向の音響インピーダンス分布、図6の(B)は反射信号から計算される音響インピーダンス、図6の(C)は音響インピーダンスの一回微分、図6の(D)は音響インピーダンスの二回微分である。いずれも横方向は深さ(μm)である。
【0043】
図6の(A)で、プラスチップの透明プレート30の音響インピーダンスは高く、カプラント31としての水の音響インピーダンスは低い。角層の音響インピーダンスは、水の音響インピーダンスとは異なるが、どこから角層が始まって、どこで終了するのか、明確に界面を特定するのは困難である。同様に、表皮層と真皮乳頭層の界面、真皮乳頭層と真皮の界面も特定しにくい。
【0044】
一回微分は、音響インピーダンスの変化率を表わす。一回微分で、変化率が大きいということは音響インピーダンスの変化が大きいことを意味する。変化率が大きいところが界面であることは推測がつくが、やはり、各層の界面位置を正確に特定することは困難である。
【0045】
二回微分は、変化率が増減する曲率の符号、すなわち、曲率がプラスの変化(下に凸の変化)か、マイナスの変化(上に凸の変化)かを示す。二回微分値がゼロということは、変化率の増減の曲率が下に凸の変化から上に凸の変化に切り替わる点、あるいは上に凸の変化から下に凸の変化へ切り替わる点を意味する。変化率が変化する曲率の符号が反転する点を「変曲点」と呼ぶ。
【0046】
実施形態では、音響インピーダンスの二回微分値がゼロになる変曲点を界面位置と決定し、変曲点と次の変曲点の間の距離を、その層の厚さと特定する。ただし、同じ層の内部での層密度の微細な変化や測定ばらつき等の影響により、音響インピーダンスの小さな変化も一回微分で変化率として算出され、二回微分でも変化率が変化する曲率の符号が小刻みに反転する。そこで、二回微分値のうち、所定の変化割合未満の微小な変動は、異なる層の界面での変化とは無関係であるとみなす。
【0047】
この例では、変化率の変化がプラスからマイナスに変化する箇所が角層の入り口、それよりも深い位置で変化率の変化がマイナスの領域が角層の内部、変化率の変化がプラスに切り替わるゼロ点が、角質と乳頭層との界面である。変化率の変化の符号が反転する(ゼロになる)変曲点を特定することで、角層の界面位置を正確に特定することができる。
【0048】
このような二回微分と変曲点の特定は、たとえば、PC20のCPU21による二回微分フィルタ処理により算出することができる。
【0049】
サンプル40Aの測定では、透明プレート30と皮膚サンプルの間にカプラント31が介在するため、皮膚の深さ方向で変化率の変化が所定の閾値を超えた後の最初の変曲点を角層の開始位置とする。この最初の変曲点よりも深い位置で変化率の傾きがマイナスからプラスに変化するゼロ点(変曲点)を角層の終了位置とする。最初の変曲点と、次の変曲点との間の距離を、角層の厚さとして出力する。
【0050】
同様に、真皮乳頭層については、角層よりも所定量以上深い位置で、最初に変化率の変化(二回微分値)が閾値を超えるときの両側のゼロ点を界面位置と特定し、両側のゼロ点の間の距離を乳頭層の厚さと特定する。さらに、角層の終了位置から乳頭層の開始位置までを、角層を除く表皮層の厚さとして特定することができる。
【0051】
図7は、サンプル40Aを超音波で一次元方向に走査して、図6の方法で特定した角層の断面画像である。縦方向が皮膚の深さ方向、横方向が走査方向の位置である。角層の中心は、変化率の変化が所定の閾値を超えた後の最初の変曲点と、次の変曲点の中点をプロットしたものである。角層の厚さとともに、皮膚表面の凹凸を観察することができる。
【0052】
図6及び図7の測定結果から、超音波により角層の厚さを非侵襲で計測することで、肌状態を評価することができる。たとえば、角層の厚さと角層の中心の平均音響インピーダンスは相関する。
【0053】
図8は、角層の厚さと角層中心の平均音響インピーダンスの関係を示す図である。20歳代から60歳代までの33名の被験者から、一人あたり頬の3か所で音響インピーダンス像を取得し、二回微分法によって角質の厚さ(μm)と、角質中心の音響インピーダンスを算出した。
【0054】
90%信頼区間の中にほとんどのデータが納まっており、角質の厚さと音響インピーダンスは相関することがわかる。角質の厚さが厚くなると、角質中心の音響インピーダンスも高くなる。これは、角質が厚くなるほど皮膚の柔軟性が失われて、硬くなっていくことを示している。
【0055】
図9は、同じ被験者グループから取得された音響インピーダンス像に基づいて、年齢と角質の厚さの関係をプロットした図である。ここでも、90%信頼区間にほとんどのデータが納まっており、年齢と角質の厚さは一定の傾きで相関することがわかる。加齢につれて角層は厚くなり、皮膚の柔軟性が失われる。
【0056】
従来のラマン共焦点顕微観察による水分プロファイルからは頬の加齢変化が抽出されないことと比較して、本発明の構成・手法によると、超音波エコー信号に対して簡単な微分解析を行うだけで、加齢変化を計測することができる。
【0057】
図10は、図8図9の結果から皮膚状態の変化を模式的に示す図である。図10の(A)は正常な皮膚を示す。皮膚の細胞は表皮の基底(図3の表皮と乳頭層との界面)から、約2週間かけで表層へと押し出されて角質細胞となる。角質細胞は2週間程度の皮膚の表面から垢として排出される。このサイクルをターンオーバーという。ターンオーバーのサイクルが乱れると、古い角層が皮膚に残り、図10の(B)に示すように角質が厚くなる。残った古い角層は密度が高くなり、音響インピーダンスの値が上昇する。
【0058】
ここから、年齢別にあらかじめ正常な皮膚の音響インピーダンスを測定して平均的な角質の厚さデータを取得しておき、PC20のメモリ22に保存しておき、測定対象者から得られた音響インピーダンス値または角層の厚さを、メモリ22に保存された正常な平均値と比較することで、測定対象者の現在の皮膚の状態を評価することができる。
【0059】
このような超音波測定と膜厚の計測は、皮膚だけではなく、薄膜が積層された多層構造体の測定にも適用することができる。
【0060】
図11は、超音波測定が適用される多層モデルの図である。多層モデルの一例として、透明プレート30に置かれた、ポリスチレン141とゼラチン142の2層構造モデル140を示す。この2層構造モデル140に超音波を照射して反射信号から深さ方向の音響インピーダンスを算出し、音響インピーダンスを二回微分して変曲点を特定することで、界面位置を特定することができる。また変曲点と変曲点の間の距離を測定対象物の厚さとして計測することができる。
【0061】
図12は、図11の2層構造モデル140の深さ方向の音響インピーダンスの分布画像である。多層を構成する層の材質によって音響インピーダンスが異なり、大まかな層構造を特定することができる。この例では、1.5MNs/m3を境にして、プラスチック製の透明プレート30の音響インピーダンスは高く、ポリスチレン141とゼラチン142の2層構造の音響インピーダンスが低い。2層構造の中でも、ポリスチレン141の音響インピーダンスは水と同程度に低く、ゼラチン142の音響インピーダンスの方が高い。
【0062】
2層構造モデル140の深さ方向の音響インピーダンスの変化は、図6(B)のプラスチック~水~角層の層構造での音響インピーダンスの変化と、傾向が同じである。図12で測定された深さ方向の音響インピーダンスを2回微分すると、図6(D)と同様のプロファイルが得られる。すなわち、変化率の変化が所定量を超えた後の最初の変曲点がポリスチレン141とゼラチン142の界面であり、この変曲点から、変化率の変化がマイナスからプラスに変わる次の変曲点までの距離がゼラチン142の厚さである。
【0063】
このように、実施形態の超音波測定は、肌診断のほかに、薄膜が積層された多層構造の測定にも適用することができる。
【0064】
図13は、実施形態の超音波測定方法のフローチャートである。まず、測定対象物の深さ方向の音響インピーダンスを測定する(S11)。音響インピーダンスは、測定対象物に超音波を照射し、反射波を取得して、式(2)から求めることができる。既知の音響インピーダンスZ0を持つ参照物質として、水、ゲル等の既知のカプラントを用いてもよい。
【0065】
次に、取得した音響インピーダンスを二回微分して変曲点を特定する(S12)。二回微分と変曲点の特定は、上述のようにCPU21による微分フィルタ処理により行われてもよい。変曲点の位置から、測定対象物の厚さを推定し出力する(S13)。
【0066】
この方法により、簡単な手法で、極めて薄い膜の界面位置と厚さを正確に特定することができる。
【0067】
図14は、実施形態の超音波測定を用いた皮膚の評価方法のフローチャートである。まず、皮膚サンプルの深さ方向の音響インピーダンスを測定する(S21)。皮膚サンプルは粘着テープ等で皮膚の表皮を剥離したものを用いてもよい。皮膚サンプルからの反射信号から音響インピーダンスを計算する。
【0068】
取得した音響インピーダンスを二回微分して変曲点を特定し(S22)、変曲点の位置から、角層の厚さを特定する(S23)。角層の厚さから、皮膚の弾力性、肌年齢等を評価する(S24)。この場合、角層の厚さと、皮膚の弾性、あるいは肌年齢を対応づけた情報をあらかじめメモリ22に保存しておくことで、評価結果を出力することができる。
【0069】
この方法により、簡単な手法で、精度良く皮膚の状態を評価することができる。
【0070】
以上、特定の実施例に基づいて本発明を説明してきたが、本発明は上記の例に限定されず、多様な変形例を含む。たとえば、音響インピーダンスと、音響インピーダンスの二回微分値から得られた測定対象物の厚さの少なくとも一方を、体積弾性率、水分量等の他の力学特性に変換してもよい。これにより、超音波測定によって皮膚、その他の薄膜の力学特性を迅速に取得することができる。
【0071】
角層の断面画像を画像で表示して、皮膚表面の凹凸を視覚的に把握可能にしてもよい。また、音響インピーダンスの2次元分布画像を表示して、皮膚表面の柔らかさの均一性を視覚的に把握可能にしてもよい。
【0072】
音響インピーダンスの二次元分布画像は、PC20のCPU21で生成してもよい。皮膚サンプルの一定の領域に対して超音波を照射しながら相対的に走査して、反射波を取得し、音響インピーダンスの2次元分布を算出する。各座標位置(ピクセル位置)の音響インピーダンスの値に応じた階調あるいは色をマッピングして画像データを生成し表示してもよい。
【0073】
粘着テープで皮膚サンプルを取得する替わりに、プローブ型の超音波測定器を用い、被測定者の測定部位に直接超音波を照射して、音響インピーダンスを計算してもよい。この場合、被測定者の測定部位に、生理食塩水、ゲル等のカプラントを塗布しておく。超音波の照射窓のプラスチックプレートを、カプラントを介して被測定者の測定部位に押し当てて測定することで、図4と同じ測定状況になる。
【0074】
実施形態の超音波測定方法を、PC20にインストールした超音波測定プログラムで実現する場合は、メモリ22または補助記憶装置23に保存した超音波測定プログラムを、CPU31で読み出して実行する。超音波測定プログラムは、CPU31に、
測定対象物に照射された超音波の反射信号を取得する手順と、
前記反射信号から測定対象物の深さ方向の音響インピーダンスを計算する手順と、
音響インピーダンスを二回微分して得られる変曲点に基づいて測定対象物の厚さを推定する手順と、
厚さの推定値を出力する手順と、
を実行させる。これにより迅速かつ正確な超音波測定が実現する。
【符号の説明】
【0075】
1 超音波測定装置
10 超音波測定器
11 コントローラ
12 トランスデューサ
13 ドライバ
14 パルス発生器
15 送受波分離回路
18 受信回路
19 ADC
20 PC(情報処理装置)
21 CPU
22 メモリ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図13
図14