(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-17
(45)【発行日】2023-03-28
(54)【発明の名称】臓器モデルおよびその製造方法並びに焼灼治療トレーニング用キット
(51)【国際特許分類】
G09B 23/28 20060101AFI20230320BHJP
C08L 29/04 20060101ALI20230320BHJP
C08L 1/02 20060101ALI20230320BHJP
C08L 5/08 20060101ALI20230320BHJP
【FI】
G09B23/28
C08L29/04 G
C08L1/02
C08L5/08
(21)【出願番号】P 2019117559
(22)【出願日】2019-06-25
【審査請求日】2022-04-08
(73)【特許権者】
【識別番号】594170727
【氏名又は名称】日本ライフライン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001357
【氏名又は名称】弁理士法人つばさ国際特許事務所
(73)【特許権者】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001357
【氏名又は名称】弁理士法人つばさ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100100066
【氏名又は名称】愛智 宏
(72)【発明者】
【氏名】今西 彩花
(72)【発明者】
【氏名】宮本 久生
(72)【発明者】
【氏名】吉井 文男
(72)【発明者】
【氏名】田口 光正
(72)【発明者】
【氏名】木村 敦
【審査官】赤坂 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-186474(JP,A)
【文献】特開2015-36809(JP,A)
【文献】特表2015-522385(JP,A)
【文献】特開2018-49156(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0193582(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第105590531(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 23/26-23/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍の焼灼治療のトレーニングに使用する臓器モデルであって、
模擬正常部中に模擬腫瘍部が包含されてなり、
前記模擬正常部は、放射線架橋構造を有し、37℃における電気抵抗率が95~380Ω・cmであるPVAハイドロゲルからなり、
前記模擬腫瘍部は、前記放射線架橋構造を有し、37℃における電気抵抗率が95~380Ω・cmであるPVAハイドロゲル中に水不溶性粒子が分散されており、当該水不溶性粒子が分散されていることにより、超音波撮像装置による画像において前記模擬正常部との識別が可能であることを特徴とする臓器モデル。
【請求項2】
前記水不溶性粒子が高分子からなることを特徴とする請求項1に記載の臓器モデル。
【請求項3】
前記模擬正常部を構成するPVAハイドロゲルおよび前記模擬腫瘍部を構成するPVAハイドロゲルは、それぞれ、PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%であることを特徴とする請求項1または2に記載の臓器モデル。
【請求項4】
前記模擬正常部を構成するPVAハイドロゲルと、前記模擬腫瘍部を構成するPVAハイドロゲルとが、互いに同程度のNaCl濃度を有することを特徴とする請求項3に記載の臓器モデル。
【請求項5】
前記模擬正常部および前記模擬腫瘍部には、それぞれ、これらを互いに異なる色に着色するとともに、所定の温度以上に加熱することによって変色または消色する着色剤が含有されていることを特徴とする請求項1~4の何れかに記載の臓器モデル。
【請求項6】
前記水不溶性粒子として、セルロース類および/またはアミノ多糖類が前記模擬腫瘍部に含有されていることを特徴とする請求項1~5の何れかに記載の臓器モデル。
【請求項7】
前記水不溶性粒子として、セルロース、キチンおよびキトサンから選ばれた少なくとも1種が前記模擬腫瘍部に含有されていることを特徴とする請求項1~6の何れかに記載の臓器モデル。
【請求項8】
前記模擬腫瘍部における前記水不溶性粒子の含有割合が1~20質量%であることを特徴とする請求項6または7に記載の臓器モデル。
【請求項9】
前記模擬腫瘍部における前記水不溶性粒子の含有割合が3~5質量%であることを特徴とする請求項6~8の何れかに記載の臓器モデル。
【請求項10】
前記模擬正常部の37℃における圧縮弾性率が20~300kPaであり、
前記模擬腫瘍部の37℃における圧縮弾性率が100~900kPaであり、
前記模擬腫瘍部の前記圧縮弾性率は、前記模擬正常部の前記圧縮弾性率より80kPa以上高いことを特徴とする請求項1~9の何れかに記載の臓器モデル。
【請求項11】
請求項1~10の何れかに記載の臓器モデルを製造する方法であって、
PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%であるPVA水溶液を調製する第1工程と、
PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%、前記水不溶性粒子の濃度が1~20質量%である水不溶性粒子分散液を調製し、この水不溶性粒子分散液に対して30kGy以上の放射線を照射して前記模擬腫瘍部を形成する第2工程と、
第1工程で得られた前記PVA水溶液中に、第2工程で得られた前記模擬腫瘍部を投入し、前記模擬腫瘍部を包含した状態の前記PVA水溶液に対して30kGy以上の放射線を照射して前記模擬正常部を形成する第3工程と、
を含むことを特徴とする臓器モデルの製造方法。
【請求項12】
請求項1~10の何れかに記載の臓器モデルと、
前記臓器モデルおよび食塩水を収容する導電性の容器と、
前記容器の下側に配置された対極板と、
電極針および高周波発生装置を有する焼灼装置と、
前記臓器モデル内部の画像を撮影可能な超音波撮像装置と
を備えてなることを特徴とする焼灼治療トレーニング用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、模擬正常部中に模擬腫瘍部が包含されてなる焼灼治療トレーニング用の臓器モデルおよびその製造方法並びに当該臓器モデルを備えた焼灼治療トレーニング用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、焼灼カテーテルによる焼灼治療の評価に使用するために、本出願人は、生体組織に近い電気伝導性および機械的特性を有する疑似心筋および焼灼性能の評価装置について提案している(特許文献1参照)。
【0003】
また、本出願人は、焼灼カテーテルによる焼灼を評価するための装置として、対極板と、この対極板上に配置され、焼灼を評価する際に使用する液体を収容する導電性樹脂からなる容器と、この容器内に配置されるゲルからなる焼灼対象物とを備え、前記焼灼対象物が熱変色材料および導電性材料を含んで構成されている焼灼カテーテルの評価装置についても提案している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-186474号公報
【文献】特開2017-143875号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電極針を備えた焼灼装置による腫瘍の焼灼治療は、焼灼対象である腫瘍部位を超音波撮像装置による画像上で視認しながら行われている。
このような腫瘍の焼灼治療をトレーニングするための装置として、特許文献1や特許文献2に記載されているような評価装置を使用することが考えられる。
【0006】
しかしながら、これらの評価装置を構成する焼灼対象物は単一組成のゲル成形品であり、このような評価装置によっては、超音波撮像装置による画像を見ながら、正常組織中の腫瘍部位を探したり、腫瘍部位を標的として電極針を穿刺したりするなどのトレーニング(模擬治療)を行うことができない。
【0007】
本発明は以上のような事情に基いてなされたものである。
本発明の第1の目的は、模擬正常部中に模擬腫瘍部が包含され、超音波撮像装置による画像上で、模擬腫瘍部を模擬正常部から識別することができる臓器モデルを提供することにある。
本発明の第2の目的は、模擬腫瘍部に対して適正な焼灼治療を行うことができたか否かを確認することができる臓器モデルを提供することにある。
本発明の第3の目的は、そのような臓器モデルを確実に製造することができる製造方法を提供することにある。
本発明の第4の目的は、超音波撮像装置による画像を見ながら、模擬正常部中の模擬腫瘍部を探したり、模擬腫瘍部を標的として電極針を穿刺したりするなどのトレーニングを行うことができる焼灼治療トレーニング用キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明の臓器モデルは、腫瘍の焼灼治療のトレーニングに使用する臓器モデルであって、
模擬正常部中に模擬腫瘍部が包含されてなり、
前記模擬正常部は、放射線架橋構造を有し、37℃における電気抵抗率が95~380Ω・cmであるPVAハイドロゲルからなり、
前記模擬腫瘍部は、前記放射線架橋構造を有し、37℃における電気抵抗率が95~380Ω・cmであるPVAハイドロゲル中に水不溶性粒子が分散されており、当該水不溶性粒子が分散されていることにより、超音波撮像装置による画像において前記模擬正常部との識別が可能であることを特徴とする。
【0009】
このような構成の臓器モデルによれば、超音波撮像装置による画像上で模擬腫瘍部と模擬正常部とを識別することができるので、当該画像を見ながら、模擬正常部中の模擬腫瘍部を探したり、模擬腫瘍部を標的として電極針を穿刺したりするなどのトレーニングを行うことができる。
【0010】
(2)本発明の臓器モデルにおいて、前記水不溶性粒子が高分子からなることが好ましい。
【0011】
(3)本発明の臓器モデルにおいて、前記模擬正常部を構成するPVAハイドロゲルおよび前記模擬腫瘍部を構成するPVAハイドロゲルは、それぞれ、PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%であることが好ましい。
【0012】
このような臓器モデルによれば、模擬正常部および模擬腫瘍部を構成するPVAハイドロゲルのPVA濃度が5~15質量%であることにより、製造時におけるハンドリングが良好であるとともに、食塩水中に浸漬した場合でも、離水(収縮)や吸水(膨張)が起こりにくく、臓器モデルの形態安定性に優れている。
【0013】
また、模擬正常部および模擬腫瘍部を構成するPVAハイドロゲルのNaCl濃度が0.1~0.9質量%であることにより適正な電気伝導性を保持することができる。
【0014】
(4)上記(3)の臓器モデルにおいて、前記模擬正常部を構成するPVAハイドロゲルと、前記模擬腫瘍部を構成するPVAハイドロゲルとが、互いに同程度のNaCl濃度を有することが好ましい。
【0015】
このような臓器モデルによれば、模擬正常部と模擬腫瘍部との間でNaClが移動することを防止することができる。
【0016】
(5)本発明の臓器モデルにおいて、前記模擬正常部および前記模擬腫瘍部には、それぞれ、これらを互いに異なる色に着色するとともに、所定の温度以上に加熱することで変色または消色する着色剤が含有されていることが好ましい。
【0017】
このような臓器モデルの断面を観察することにより、互いに異なる色に着色されている模擬正常部と模擬腫瘍部とを目視によっても識別することができる。
また、模擬正常部および模擬腫瘍部にそれぞれ含有されている着色剤は、所定の温度以上に加熱することで変色または消色するので、模擬腫瘍部を標的として焼灼した後、臓器モデルの断面を観察することにより、変色または消色している焼灼領域の形状やサイズを確認することができる。
また、焼灼後の模擬腫瘍部において変色または消色されていない部分の有無を確認することにより、模擬腫瘍部における焼け残しの有無を確認することができる。
【0018】
(6)本発明の臓器モデルにおいて、前記水不溶性粒子として、セルロース類および/またはアミノ多糖類が前記模擬腫瘍部に含有されていることが好ましい。
【0019】
(7)本発明の臓器モデルにおいて、前記水不溶性粒子として、セルロース、キチンおよびキトサンから選ばれた少なくとも1種が前記模擬腫瘍部に含有されていることが好ましい。
【0020】
(8)上記(6)または(7)の臓器モデルにおいて、前記模擬腫瘍部における前記水不溶性粒子の含有割合が1~20質量%であることが好ましい。
【0021】
(9)上記(6)または(7)の臓器モデルにおいて、前記模擬腫瘍部における前記水不溶性粒子の含有割合が3~5質量%であることが特に好ましい。
【0022】
(10)本発明の臓器モデルにおいて、前記模擬正常部の37℃における圧縮弾性率が20~300kPaであり、
前記模擬腫瘍部の37℃における圧縮弾性率が100~900kPaであり、
前記模擬腫瘍部の前記圧縮弾性率は、前記模擬正常部の前記圧縮弾性率より80kPa以上高いことが好ましい。
【0023】
このような臓器モデルによれば、これに電極針を穿刺したときに、生体の臓器に穿刺したときに近い感覚を得ることができる。
また、この臓器モデルでは、模擬正常部の圧縮弾性率よりも模擬腫瘍部の圧縮弾性率が高く、この点においても、正常組織より腫瘍部位が硬い生体の臓器を模擬しており、この臓器モデルを使用して行うトレーニングにおいて、模擬腫瘍部の存在を、電極針を介して手指に伝わる感覚により把握することができる。
【0024】
(11)本発明の製造方法は、本発明の臓器モデルを製造する方法であって、
PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%であるPVA水溶液を調製する第1工程と、
PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%、前記水不溶性粒子の濃度が1~20質量%である水不溶性粒子分散液を調製し、この水不溶性粒子分散液に対して30kGy以上の放射線を照射して前記模擬腫瘍部を形成する第2工程と、
第1工程で得られた前記PVA水溶液中に、第2工程で得られた前記模擬腫瘍部を投入し、前記模擬腫瘍部を包含した状態の前記PVA水溶液に対して30kGy以上の放射線を照射して前記模擬正常部を形成する第3工程と、
を含むことを特徴とする。
【0025】
このような製造方法によれば、第2工程における30kGy以上の放射線照射によって水不溶性粒子分散液中のPVAの十分な架橋反応が行われて放射線架橋構造を有する模擬腫瘍部が形成され、第3工程における30kGy以上の放射線照射によってPVA水溶液中のPVAの十分な架橋反応が行われて放射線架橋構造を有する模擬正常部が形成され、これにより、模擬正常部中に模擬腫瘍部が包含されている本発明の臓器モデルを確実に製造することができる。
【0026】
(12)本発明の焼灼治療トレーニング用キットは、本発明の臓器モデルと、
前記臓器モデルおよび食塩水を収容する導電性の容器と、
前記容器の下側に配置された対極板と、
電極針および高周波発生装置を有する焼灼装置と、
前記臓器モデル内部の画像を撮影可能な超音波撮像装置と
を備えてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明の臓器モデルによれば、超音波撮像装置による画像上で模擬腫瘍部と模擬正常部とを識別することができるので、当該画像を見ながら、模擬正常部中の模擬腫瘍部を探したり、模擬腫瘍部を標的として電極針を穿刺したりするなどのトレーニングを行うことができる。
また、模擬正常部および模擬腫瘍部に、それぞれ上述した着色剤が含有されている臓器モデルによれば、模擬腫瘍部を標的として焼灼した後、臓器モデルの断面を観察することにより、焼灼領域の形状やサイズ、模擬腫瘍部における焼け残しの有無などを確認することができ、模擬腫瘍部に対して適正な焼灼治療を行うことができたか否かを確認することができる。
本発明の製造方法によれば、本発明の臓器モデルを確実に製造することができる。
本発明の焼灼治療トレーニング用キットによれば、超音波撮像装置による画像を見ながら、模擬正常部中の模擬腫瘍部を探したり、模擬腫瘍部を標的として電極針を穿刺したりするなどのトレーニングを行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の一実施形態に係る臓器モデルの構造を示す模式図である。
【
図2】本発明の焼灼治療トレーニング用キットの構造を示す模式図である。
【
図3A】本発明の一実施形態に係る臓器モデルの模擬腫瘍部に電極針を穿刺した状態を超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図4A】焼灼治療のトレーニング後における臓器モデルの断面写真である。
【
図5A】焼灼治療のトレーニング後における臓器モデルの断面写真である。
【
図6A】セルロース(1質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例1の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6B】セルロース(3質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例2の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6C】セルロース(5質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例3の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6D】セルロース(10質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例4の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6E】セルロース(20質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例5の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6F】キチン(3質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例6の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6G】キトサン(3質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例7の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6H】硫酸バリウム(3質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例8の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6I】キチン(5質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例9の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6J】キトサン(5質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例10の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【
図6K】硫酸バリウム(5質量%)が分散された模擬腫瘍部を有する実施例11の臓器モデルを超音波撮像装置で撮像した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
<臓器モデル>
本発明の臓器モデルは、後述する焼灼治療トレーニング用キットに組み込まれ、腫瘍の焼灼治療のトレーニングを行うために使用される。
【0030】
図1に示す本発明の臓器モデル10は、模擬正常部11中に模擬腫瘍部12が包含され(模擬正常部11中に模擬腫瘍部12の全部が埋没され)てなり、臓器モデル10の外観上からは模擬腫瘍部12を確認することはできない。
【0031】
本発明の臓器モデル10を構成する模擬正常部11は、放射線架橋構造を有し、37℃における電気抵抗率が95~380Ω・cmであるPVAハイドロゲルからなる。
模擬正常部11に包含されて臓器モデル10を構成する模擬腫瘍部12は、放射線架橋構造を有し、37℃における電気抵抗率が95~380Ω・cmであるPVAハイドロゲル中に、高分子からなる水不溶性粒子が分散されてなる。
【0032】
ここに、放射線架橋構造とは、PVA分子鎖が架橋剤を介在せずに結合している構造をいい、水溶性であるPVA分子に放射線を照射して、架橋剤の不存在下に架橋させることにより形成される。
【0033】
模擬正常部11および模擬腫瘍部12を構成するPVAハイドロゲルは、少なくとも25~100℃の温度範囲でゲル状態を維持することが好ましい。
【0034】
100℃でゲル状態を維持できないPVAハイドロゲルにより構成される臓器モデルは、焼灼時の加熱温度で融解してその形状を維持できなくなる可能性がある。
【0035】
模擬正常部11および模擬腫瘍部12を構成するPVAハイドロゲルの37℃における電気抵抗率は95~380Ω・cmとされ、好ましくは120~285Ω・cmとされる。
【0036】
電気抵抗率が95Ω・cm未満であるPVAハイドロゲルにより構成される臓器モデルを食塩水に浸漬して焼灼操作を行うと、当該臓器モデルに過剰の電流が流れ、内部温度が過大となって過度の焼灼がなされるので、臨床環境を模擬した治療をすることができないことがある。
【0037】
他方、電気抵抗率が380Ω・cmを超えるPVAハイドロゲルにより構成される臓器モデルを食塩水に浸漬して焼灼操作を行うと、当該検体に流れる電流が過少となり、内部を十分に昇温させることができず、所期の焼灼を行うことができないことがある。
【0038】
模擬正常部11および模擬腫瘍部12を構成するPVAハイドロゲルにおけるPVA濃度は5~15質量%であることが好ましく、更に好ましくは7~10質量%とされる。
【0039】
PVA濃度が5質量%未満であるPVAハイドロゲルは、十分な水を吸収保持することができず、そのようなPVAハイドロゲルによって構成される臓器モデルを食塩水に浸漬する際に、離水を生じて収縮することがある。
【0040】
他方、PVA濃度が15質量%を超えるPVAハイドロゲルは、これを調製するためのPVA水溶液の粘度が過大となってハンドリングが困難となる。また、そのようなPVAハイドロゲルによって構成される臓器モデルを食塩水に浸漬する際に、この食塩水を吸収して膨張することがある。
【0041】
模擬正常部11を構成するPVAハイドロゲルと模擬腫瘍部12を構成するPVAハイドロゲルとは、互いに異なるPVA濃度を有していてもよいが、互いに同一のPVA濃度を有していることが好ましい。
【0042】
模擬正常部11および模擬腫瘍部12を構成するPVAハイドロゲルにおけるNaCl濃度は0.1~0.9質量%であることが好ましく、更に好ましくは0.1~0.5質量%とされる。
【0043】
NaCl濃度が0.1質量%未満であるPVAハイドロゲルは、その電気抵抗率(37℃)が過大となる傾向がある。
他方、NaCl濃度が0.9質量%を超えるPVAハイドロゲルは、その電気抵抗率(37℃)が過小となる傾向がある。
【0044】
模擬正常部11を構成するPVAハイドロゲルと模擬腫瘍部12を構成するPVAハイドロゲルとは、互いに異なるNaCl濃度を有していてもよいが、互いに同一のNaCl濃度を有していることが好ましい。
【0045】
本発明の臓器モデル10を構成する模擬腫瘍部12は、上述したPVAハイドロゲル中に水不溶性粒子が分散されてなる。
水不溶性粒子が分散されていることにより、この模擬腫瘍部12を、超音波撮像装置による画像上で模擬正常部11から識別することができる。
これにより、超音波撮像装置による画像を見ながら、模擬正常部11中の模擬腫瘍部12を探したり、
図3(
図3Aおよび
図3B)に示すように、模擬腫瘍部12を標的として電極針41を穿刺するなどのトレーニングを行うことができる。
【0046】
模擬腫瘍部12を構成する水不溶性粒子としては、これが分散されることにより、超音波撮像装置による画像上で、模擬正常部11との識別が可能となるような粒子を挙げることができる。
水不溶性粒子の構成物質としては、高分子、特に、多糖類などの有機高分子が好ましい。水不溶性粒子を構成する高分子の重量平均分子量(Mw)は10, 000以上10,000,000以下であることが好ましい。
水不溶性粒子の具体例としては、セルロースなどのセルロース類、キチンおよびキトサンなどのアミノ多糖類、並びに硫酸バリウムなどの無機化合物などからなるものを例示することができ、これらは単独でまたは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0047】
模擬腫瘍部12における水不溶性粒子の含有割合としては、1~20質量%であることが好ましく、更に好ましくは1~10質量%、特に好ましくは3~5質量%である。
【0048】
本発明の臓器モデル10を構成する模擬正常部11(PVAハイドロゲル)の37℃における圧縮弾性率は20~300kPaであることが好ましく、更に好ましくは30~200kPaとされる。
【0049】
この圧縮弾性率は生体組織における圧縮弾性率と同程度であり、そのような模擬正常部11を有する臓器モデル10によれば、これに電極針を穿刺したときに、生体の臓器に穿刺したときに近い感覚を得ることができる。
【0050】
本発明の臓器モデル10を構成する模擬腫瘍部12(水不溶性粒子の分散体)の37℃における圧縮弾性率は100~900kPaであることが好ましく、更に好ましくは150~500kPaとされる。
模擬腫瘍部12の圧縮弾性率は、模擬腫瘍部11の前記圧縮弾性率より80kPa以上高いことが好ましい。
【0051】
模擬正常部11の圧縮弾性率よりも模擬腫瘍部12の圧縮弾性率が高い臓器モデル10は、正常組織より腫瘍部位が硬いとされる生体の臓器を模擬しており、この臓器モデル10を使用して行うトレーニングにおいて、模擬腫瘍部12の存在を、電極針を介して手指に伝わる感覚により把握することができる。
【0052】
本発明の臓器モデル10において、模擬正常部11および模擬腫瘍部12には、それぞれ、これらを互いに異なる色に着色するとともに、所定の温度以上に加熱することにより変色または消色する着色剤が含有されていることが好ましい。
【0053】
ここに、着色剤が変色または消色する温度としては、40℃以上であることが好ましく、更に好ましくは55℃以上である。
【0054】
模擬正常部11および模擬腫瘍部12が含有されている着色剤によって互いに異なる色に着色されていることにより、臓器モデル10の断面を観察したときに、模擬正常部11と模擬腫瘍部12とを目視によって識別することができる。
【0055】
また、模擬正常部11および模擬腫瘍部12に含有されている着色剤は所定の温度以上に加熱することにより変色または消色するので、模擬腫瘍部12を標的として焼灼(所定の温度以上に加熱)した後、臓器モデル10の断面を観察することにより、焼灼領域(変色または消色されている領域)の形状やサイズを確認することができる。
【0056】
図4Aにおいて白色に変色され、
図4Bにおいて符号15で示されている領域が焼灼領域である。
図4(
図4Aおよび
図4B)で示した例では、模擬腫瘍部の全域が焼灼されており(
図4Bにおいて、焼灼された模擬腫瘍部を符号12’で示している)、焼灼治療が完全に行われていることが確認された。
【0057】
また、焼灼後の模擬腫瘍部12において変色または消色されていない部分の有無を確認することにより、模擬腫瘍部12における焼け残しの有無を確認することができる。
【0058】
図5Aにおいて白色に変色され、
図5Bにおいて符号15で示されている領域が焼灼領域である。
図5(
図5Aおよび
図5B)で示した例では、模擬腫瘍部の一部に焼き残し部分が認められ(
図5Bにおいて、焼灼された模擬腫瘍部を符号12’で示し、焼け残し部分を符号12で示している)、焼灼治療が不完全であったことが確認された。
【0059】
以上、本発明の臓器モデルの一例を示したが、本発明の臓器モデルはこれらに限定されるものではなく、種々の変更が可能である。例えば、模擬正常部中に複数の模擬腫瘍部が包含されていてもよい。
また、
図1に示した臓器モデル10のように、模擬腫瘍部12の全体が模擬正常部11中に埋没されていることは必須の要件ではなく、模擬腫瘍部の一部が模擬正常部の内部に埋没され、模擬腫瘍部の残部が模擬正常部の外側に存在している態様も本発明の臓器モデルに含まれる。
【0060】
<臓器モデルの製造方法>
本発明の臓器モデルの製造方法は、PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%であるPVA水溶液を調製する第1工程と、
PVA濃度が5~15質量%、NaCl濃度が0.1~0.9質量%であるPVA水溶液に水不溶性粒子を分散させて、当該水不溶性粒子の濃度が1~20質量%である水不溶性粒子分散液を調製し、この水不溶性粒子分散液に対して30kGy以上の放射線を照射して模擬腫瘍部を形成する第2工程と、
第1工程で得られたPVA水溶液中に、第2工程で得られた模擬腫瘍部を投入し、模擬腫瘍部を包含した状態のPVA水溶液に対して30kGy以上の放射線を照射して模擬正常部を形成する第3工程とを含む。
【0061】
第1工程は、模擬正常部を形成するためのPVA水溶液を調製する工程である。
第1工程において調製するPVA水溶液のPVA濃度は5~15質量%とされ、好ましくは7~10質量%とされる。
PVA水溶液のPVA濃度が5質量%未満であると、十分な水を吸収保持することができるハイドロゲル(PVA濃度が5質量%以上のPVAハイドロゲル)を得ることができない。
他方、PVA水溶液のPVA濃度が15質量%を超える場合には、その粘度が過大となって、ハイドロゲルを製造するためのハンドリングが困難となる。また、PVA濃度が15質量%を超えるPVA水溶液を用いて得られるハイドロゲル(PVA濃度が15質量%を超えるPVAハイドロゲル)によって構成される臓器モデルを食塩水に浸漬する際に、この食塩水を吸収して膨張しやすくなる。
【0062】
第1工程において調製するPVA水溶液のNaCl濃度は0.1~0.9質量%とされ、好ましくは0.1~0.3質量%とされる。
PVA水溶液のNaCl濃度が0.1質量%未満である場合には、得られるハイドロゲルの電気抵抗率(37℃)が過大となる傾向がある。
他方、PVA水溶液のNaCl濃度が0.9質量%を超える場合には、得られるハイドロゲルの電気抵抗率(37℃)が過小となる傾向がある。
【0063】
第2工程は、PVA水溶液に水不溶性粒子を分散させて水不溶性粒子分散液を調製し、これに放射線を照射して模擬腫瘍部を形成する工程である。
第2工程において水不溶性粒子の分散媒となるPVA水溶液は、第1工程で得られるPVA水溶液と同様であり、このPVA水溶液に水不溶性粒子を分散させて、当該水不溶性粒子の濃度が1~20質量%である水不溶性粒子分散液を調製する。
ここに、水不溶性粒子としては、上述したセルロースなどのセルロース類、キチンおよびキトサンなどのアミノ多糖類、並びに硫酸バリウムなどの無機化合物などを使用することができる。
次に、この水不溶性粒子分散液に対し30kGy以上の放射線を照射してPVAを架橋させることにより模擬腫瘍部を形成する。
ここに、放射線の線種としては、γ線、電子線、X線のような電離性放射線であれば特に限定されるものではなく、透過力の大きいγ線が特に好ましい。
PVA水溶液に照射する放射線の線量は、30kGy以上とされ、好ましくは30~50kGyとされる。照射線量が30kGy未満である場合には、得られるハイドロゲルが十分な架橋密度を有するものとならず、そのようなハイドロゲルにより構成される模擬腫瘍部は、十分な圧縮弾性率(硬さ)を有するものとならない。
【0064】
第3工程は、第1工程で得られたPVA水溶液中に、第2工程で得られた模擬腫瘍部を投入し、模擬腫瘍部を包含した状態のPVA水溶液に対して放射線を照射して模擬正常部を形成する工程である。
ここに、放射線の線種としては、γ線、電子線、X線のような電離性放射線であれば特に限定されるものではなく、透過力の大きいγ線が特に好ましい。
PVA水溶液に照射する放射線の線量は、30kGy以上とされ、好ましくは30~50kGyとされる。照射線量が30kGy未満である場合には、得られるハイドロゲルが十分な架橋密度を有するものとならず、そのようなハイドロゲルにより構成される模擬正常部は、十分な圧縮弾性率(硬さ)を有するものとならない。
【0065】
<焼灼治療トレーニング用キット>
図2に示す本発明の焼灼治療トレーニング用キット100は、本発明の臓器モデル10と、この臓器モデル10および食塩水60を収容する導電性の容器20と、この容器20の下側に配置された対極板30と、電極針41および高周波発生装置42を有する焼灼装置40と、超音波プローブ51を有する超音波撮像装置50とを備えてなる。
【0066】
容器20は、導電性シリコーンゴムなどの導電性材料からなる。
容器20を構成する導電性材料の電気抵抗率は、臓器モデル10の電気抵抗率と同程度(37℃において95~380Ω・cm)とされる。容器20内には食塩水60が収容されている。食塩水60におけるNaCl濃度は0.1~1.5質量%とされ、好適な一例を示せば0.18質量%である。
NaCl濃度が低すぎる場合には、血液よりも電気伝導性が低くなり、検体に流れる電流量が多くなって、発生するジュール熱量が過大となる。
他方、NaCl濃度が高すぎる場合には、血液よりも電気伝導性が高くなり、検体に流れる電流量が少なくなって、発生するジュール熱量が過少となる。
容器20の下側には対極板30が配置されている。
焼灼装置40は、電極針41および高周波発生装置42を有してなる。高周波発生装置42により、電極針41の先端と対極板30との間で高周波電流を流すことができる。
超音波撮像装置50を構成する超音波プローブ51を臓器モデル10の表面に押し当てることにより、臓器モデル10の内部(包含される模擬腫瘍部12)の画像を撮影することができる。
【0067】
本発明の焼灼治療トレーニング用キット100によれば、超音波撮像装置50によって撮影される画像上で、模擬正常部11と模擬腫瘍部12とを識別することができるので、超音波撮像装置50による当該画像を見ながら、模擬正常部11中に包含されている模擬腫瘍部12を探したり、模擬腫瘍部12を標的として電極針41を穿刺したりするなどのトレーニングを行うことができる。
【実施例】
【0068】
<実施例1>
(1)第1工程:
PVAの溶融物を食塩水に溶解することにより、PVA濃度8質量%、NaCl濃度0.15質量%のPVA水溶液を調製した。
【0069】
(2)第2工程:
上記(1)と同様にしてPVA濃度8質量%、NaCl濃度0.15質量%のPVA水溶液を調製し、このPVA水溶液に、水不溶性粒子としてセルロース粒子を分散させて、セルロースの含有割合が1質量%である水不溶性粒子分散液を調製した。
この水不溶性粒子分散液に対して、コバルト60からのγ線(線率=2kGy/h)を20時間にわたって照射する(線量=40kGy)ことにより、PVAハイドロゲル中にセルロース粒子が分散されてなる直径20mm、高さ15mmの円柱状の模擬腫瘍部を得た。
【0070】
(3)第3工程:
第1工程で得られたPVA水溶液中に、第2工程で得られた模擬腫瘍部を投入し、模擬腫瘍部を包含した状態のPVA水溶液に対してコバルト60からのγ線(線率=1kGy/h)を40時間にわたり照射する(線量=40kGy)ことにより、
図1に示したような模擬正常部11中に模擬腫瘍部12が包含されてなる、直径50mm、高さ50mmの円柱状の臓器モデル10(本発明の臓器モデル)を製造した。
【0071】
<実施例2~11>
下記表1に示す処方に従って、第2工程で使用した水不溶性粒子の種類および/または分散量を変更したこと以外は実施例1と同様にして本発明の臓器モデルを得た。
【0072】
<実験例1(圧縮弾性率の測定)>
(1)実施例1~11で得られた臓器モデルの各々の模擬正常部から、直径20mm、高さ15mmの円柱状の試験片を切り出した。
圧縮試験装置として「クリープメータRE2-3305B」(株式会社山電製)を使用し、得られた試験片の各々を、温度37℃の条件下に、圧縮速度3mm/minで軸方向に圧縮し、1.2mm圧縮したとき(圧縮率=1.2/15=8%)の弾性率を測定した。結果を併せて下記表1に示す。
【0073】
(2)実施例1~11の第2工程で得られた模擬腫瘍部の各々を試験片とし、これらの各々について、上記(1)と同様にして圧縮弾性率(圧縮率=8%)を測定した。
結果を併せて下記表1に示す。
【0074】
<実験例2(模擬正常部と模擬腫瘍部との識別性)>
実施例1~11で得られた臓器モデルの各々を使用して、
図2に示したような構成の焼灼治療トレーニング用キットを製造した。
導電性の容器20内に臓器モデル10を配置して食塩水60を収容し、超音波撮像装置50の超音波プローブ51を臓器モデル10の上面に押し当てて、当該臓器モデル10の内部画像を撮影し、当該画像上で、模擬正常部11中に包含されている模擬腫瘍部12を識別できるか否かを確認した。
結果を
図6A~
図6Kおよび下記表1に示す。
【0075】
【0076】
表1中、識別性の評価基準は下記のとおりである。
◎:模擬腫瘍部全体が白く識別できる
○:模擬腫瘍部の多くが白く識別できる
△:模擬正常部と模擬腫瘍部の境界部が識別できる
×:模擬正常部と模擬腫瘍部の識別ができない
【0077】
図6A~
図6Eに示すように、セルロースの含有割合が1~20質量%、特に3~5質量%である模擬腫瘍部12は、その周囲(模擬正常部11)から明確に識別することができ、模擬腫瘍部12を標的として電極針を穿刺するトレーニングを行うことができる。
【0078】
図6F~
図6Kに示すように、何れの種類の水不溶性粒子が分散されている模擬腫瘍部12であっても、その周囲(模擬正常部11)から明確に識別することができ、模擬腫瘍部12を標的として電極針を穿刺するトレーニングを行うことができる。
【符号の説明】
【0079】
100 焼灼治療トレーニング用キット
10 臓器モデル
11 模擬正常部
12 模擬腫瘍部
15 焼灼領域
20 導電性の容器
30 対極板
40 焼灼装置
41 電極針
42 高周波発生装置
50 超音波撮像装置
51 超音波プローブ
60 食塩水