(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-17
(45)【発行日】2023-03-28
(54)【発明の名称】低熱膨張合金
(51)【国際特許分類】
C22C 19/07 20060101AFI20230320BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20230320BHJP
C22F 1/10 20060101ALI20230320BHJP
C22F 1/16 20060101ALI20230320BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230320BHJP
【FI】
C22C19/07 Z
C22C30/00
C22F1/10 J
C22F1/16 Z
C22F1/00 611
C22F1/00 631B
C22F1/00 640A
C22F1/00 650E
C22F1/00 661Z
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2018187614
(22)【出願日】2018-10-02
【審査請求日】2021-10-01
(73)【特許権者】
【識別番号】591274299
【氏名又は名称】新報国マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(72)【発明者】
【氏名】坂口 直輝
(72)【発明者】
【氏名】小奈 浩太郎
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-088432(JP,A)
【文献】特開2004-204255(JP,A)
【文献】特開2011-074454(JP,A)
【文献】特開平07-328509(JP,A)
【文献】特開2003-081647(JP,A)
【文献】国際公開第2018/186417(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/07
C22C 30/00-30/06
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.04~0.20%、
Si:0.25%以下、
Mn:0.15~0.50%、
Cr:8.50~10.0%、
Ni:0~5.00%、
及び
Co:43.0~56.0
%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、
Ni、Co、Mn、Cの含有量[Ni]、[Co]、[Mn],[C]が
55.5≦2.2[Ni]+[Co]+[Mn]+8.2[C]≦57.0
を満たし、
組織がオーステナイト単相であ
り、
0~60℃の平均熱膨張係数が-1.0×10
-6
/℃以上、+1.0×10
-6
/℃以下、
ヤング率が160GPa以上
であることを特徴とする低熱膨張合金。
【請求項2】
請求項1に記載の低熱膨張合金の製造方法であって、
質量%で、
C :0.04~0.2
0%、
Si:0.25%以下、
Mn:0.15~0.50%、
Cr:8.50~10.0%、
Ni:0~5.00%、
及び
Co:43.0~56.0
%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、
Ni、Co、Mn
、Cの含有量[Ni]、[Co]、[Mn]
、[C]が
55.5≦2.2[Ni]+[Co]+[Mn]+8.2[C]≦57.0
を満たす合金を、
700~1050℃に加熱した後、炉内で冷却する
ことを特徴とする低熱膨張合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高いヤング率を有する低熱膨張合金に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロニクスや半導体関連機器、レーザー加工機、超精密加工機器の部品材料として、熱的に安定なインバー合金が広く使用されている。しかしながら、従来のインバー合金には、ヤング率が一般鋼材の2分の1程度と小さいという問題があった。そのため、対象となる部品の肉厚を厚くするなどの、高剛性化設計を行う必要があった。
【0003】
特許文献1は、耐ガラス腐食性にすぐれた光学ガラスレンズプレス成形用低熱膨張Co基合金製金型として、高い弾性係数を有し、線熱膨張係数が2~8×10-6/Kをもつ合金を開示している。この合金は、望ましくは[111]の結晶方位を金型のプレス軸に配向させた単結晶組織をもつ。
【0004】
特許文献2は-50℃を下回る極低温域において常温近傍と同等の優れた低熱膨張特性を示す低熱膨張Co基合金である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-81648号公報
【文献】特開2009-227180号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された合金は、2~8×10-6/Kという、比較的低い熱膨張係数を有するが、超精密加工機器の部品材料として使用するためには、さらに低い熱膨張係数が求められる。また、特許文献1に開示された合金は単結晶であるため、製造に時間がかかるという欠点がある。
【0007】
特許文献2に開示された合金は-50℃を下回る極低温域で優れた熱膨張特性を示すが、組織が3相組織からなることで組織が不安定になり、-150℃以下ではマルテンサイト変態が開始され、熱膨張特性が失われるため、使用可能な温度環境が制限される。例えば極寒冷地や月面、近年の電波望遠鏡などの精密機器の使用温度の極低温化などの問題がある。
【0008】
本発明は、上記の問題を解決し、通常の鋳造により製造可能であり、高いヤング率、低い熱膨張係数を有し、さらに、低温でも安定した組織を有する、低熱膨張合金及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、高いヤング率と低い熱膨張係数を両立し、さらに低温でも安定した組織を有する低熱膨張合金を得る方法を鋭意検討した。その結果、特に、Ni、Co、Mnの含有量を最適化することにより、高いヤング率と低い熱膨張係数を合わせ持ち、さらに低温でも安定な低熱膨張合金を得ることができることを見出した。
【0010】
通常の低熱膨張合金においても、成分組成の調整により、ヤング率と熱膨張係数をある程度調整することができる。しかしながら、ヤング率と熱膨張係数は、ほぼトレードオフの関係にある。すなわち、ヤング率が高くなると、熱膨張係数も大きくなる関係にあり、従来のFe-NiあるいはFe-Ni-Co合金では高ヤング率化に限界があった。
【0011】
本発明者らは、低熱膨張合金において、Fe-Co-Cr合金の成分組成を最適化することにより、小さい熱膨張係数でもヤング率が向上することを発見した。さらに、オーステナイトが-196℃以下の低い温度おいても安定な組織となるので、極寒冷地、極低温の使用環境化でもマルテンサイト変態が進行して低熱膨張特性が失われることがないことを見出した。
【0012】
本発明は上記の知見に基づきなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
【0013】
(1)質量%で、C:0.04~0.20%、Si:0.25%以下、Mn:0.15~0.50%、Cr:8.50~10.0%、Ni:0~5.00%、Co:43.0~56.0%、S:0~0.050%、及びSe:0~0.050%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、Ni、Co、Mn,Cの含有量[Ni]、[Co]、[Mn]、[C]が55.5≦2.2[Ni]+[Co]+[Mn]+8.2[C]≦57.0を満たし、組織がオーステナイト単相であることを特徴とする低熱膨張合金。
【0014】
(2)前記(1)の低熱膨張合金の製造方法であって、C:0.04~0.20%、Si:0.25%以下、Mn:0.15~0.50%、Cr:8.50~10.0%、Ni:0~5.00%、Co:43.0~56.0%、S:0~0.050%、及びSe:0~0.050%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、Ni、Co、Mnの含有量[Ni]、[Co]、[Mn]が55.5≦2.2[Ni]+[Co]+[Mn]+8.2[C]≦57.0を満たす合金を、700~1050℃に加熱した後、炉内で冷却することを特徴とする低熱膨張合金の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高いヤング率、低い熱膨張係数を有し、さらに、低温でも安定した組織を有する、低熱膨張合金が得られるので、熱的に安定でありかつ高い剛性が必要となる部品等に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例で製造した合金のX線回折の一例であり、(a)は発明例、(b)は比較例のものである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。以下、成分組成に関する「%」は特に断りのない限り「質量%」を表すものとする。はじめに、本発明の合金の成分組成について説明する。
【0018】
Cは、オーステナイトの低温安定性の向上、鋳造性の向上に寄与する。この効果を得るために、Cの含有量は0.40%以上とする。Cの含有量が多くなると、熱膨張係数が大きくなり、延性が低下するので、含有量は0.20%以下とする。
【0019】
Siは、脱酸材として添加される。凝固後の合金にはSiが含有される必要はないが、現実的には含有量を0とすることは難しく、0.01%以上含有してもよい。Si量が多くなると熱膨張係数が増加するので、Si量は0.25%以下、好ましくは0.20%以下とする。溶湯の流動性を向上させるためには、Siは0.10%以上含有させることが好ましい。
【0020】
Mnは、脱酸材として添加される。また、固溶強化による強度向上にも寄与する。さらに、本発明においては、オーステナイトの低温安定性の向上に寄与し、-196℃でもマルテンサイト変態しないようになる。この効果を得るためには、Mnを0.15%以上含有させる。Mnの含有量が0.50%を超えても効果が減少し、コスト高となるので、Mn量は0.50%以下とする。好ましくは0.30%以下とする。
【0021】
Crは耐食性を確保するのに重要な元素であり、また、Coとの最適な組み合わせにより低熱膨張が得られる。耐食性確保のためにCrの含有量は8.50%以上とする。Cr量が多くなりすぎると熱膨張係数が大きくなるため、Cr量は10.0%以下とする。
【0022】
Niは、Coとの組み合わせにより熱膨張係数の低下に寄与する。また、オーステナイトの低温安定性の向上に寄与し、-196℃でもマルテンサイト変態しないようになる。所望の熱膨張係数を得るため、Niの範囲は0~5.00%、好ましくは1.50~5.00%とする。
【0023】
Coは、熱膨張係数を低下させる、必須の元素である。Co量は多すぎても少なすぎても熱膨張係数が十分に小さくならない。本発明においては、Co量は43.0~56.0%の範囲とする。好ましい下限は45.0%であり、より好ましい下限は48.0%である。好ましい上限は54.0%であり、より好ましい上限は52.0%である。
【0024】
本発明の低熱膨張合金は、オーステナイトが安定であり、オーステナイト単相の組織を有する。この組織は、NiとCo、さらにMn、Cのバランスを適正な範囲とすることにより得られ、熱膨張係数を低くすることができる。オーステナイト単相の組織、及び低い熱膨張係数を得るためには、Ni、Co、Mn、Cの含有量(質量%)[Ni]、[Co]、[Mn]、[C]を、55.5≦2.2[Ni]+[Co]+[Mn]+8.2[C]≦57.0を満たすようにする。
【0025】
組織がオーステナイト単相であるか否かは、X線回折で調べることができる。本発明では、X線回折パターンにおいてオーステナイトとフェライトの強度比を求め、フェライトのピークがない場合、またはオーステナイトの強度がフェライトの強度の100倍以上であればオーステナイト単相であると判断する。
【0026】
この他に、被削性が要求される場合には、SあるいはSeをそれぞれ0.050%以下の範囲で添加してもよい。
【0027】
成分組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物とは、本発明で規定する成分組成を有する鋼を工業的に製造する際に、原料や製造環境等から不可避的に混入するものをいう。具体的には、Al、S、P、Cuなどが挙げられる。これらの元素が不可避的に混入する場合の含有量は0.01%以下程度である。
【0028】
次に、本発明の低熱膨張合金の製造方法について説明する。
【0029】
本発明の高剛性低熱膨張合金の製造に用いる鋳型や、鋳型への溶鋼の注入装置、注入方法は特に限定されるものではなく、公知の装置、方法を用いればよい。
【0030】
得られた鋳鋼また1100℃にて鍛造を施して得られた鍛鋼を700~1050℃に加熱し、0.5~5hr保持した後、炉内冷却する。冷却速度は遅いほうが好ましく、10℃/分以下が好ましく、5℃/分以下がより好ましい。
【0031】
本発明の高剛性低熱膨張合金は、高いヤング率、低い熱膨張係数を有し、さらに、低温でも安定した組織を有する。具体的には、160GPa以上、好ましくは170GPa以上のヤング率、±1.0×10-6/℃以内、好ましくは±0.5×10-6/℃以内の熱膨張係数を有し、マルテンサイト変態点が-196℃より低い。
【実施例】
【0032】
[実施例1]
表1に示す成分組成となるように調整した溶湯を鋳型に注湯し鋳鋼を製造した。鋳鋼は、φ100×350、鍛鋼はこの鋳塊を1150℃に加熱した後、鍛造して、φ50の鍛鋼とした上、それぞれを1000℃×2hrの熱処理を施し、炉内で冷却し、それぞれの試験片サイズに切り出し試験片とした。製造した試験片に対して315℃で2hr熱処理して最終的な合金を得た。
【0033】
【0034】
製造した試験片について、ヤング率、熱膨張係数、オーステナイト分率、-196℃の組織安定性を測定した。
【0035】
ヤング率は室温にて二点支持横共振法で測定した。熱膨張係数は、熱膨張測定機を用い、0~60℃の平均熱膨張係数として求めた。オーステナイト分率は、X線回折を使用し、オーステナイトとフェライトの強度比で求めた。
【0036】
図1にX線回折の一例を示す。(a)は実施例10(発明例)、(b)は実施例9(比較例)のものである。
【0037】
-196℃の組織安定性は、試験片を-196℃まで冷却して1時間保持した後に組織を観察し、マルテンサイトの有無を観察し、各温度にてマルテンサイトがなかった場合に組織安定性を「○」、マルテンサイトが観察された場合に組織安定性を「×」とした。
【0038】
結果を表1に示す。表1に示すとおり、本発明例の合金は、1×10-6/℃以下の低い熱膨張係数を有し、160GPa以上と高いヤング率を有し、さらに、組織がオーステナイトであり、-196℃においても組織が安定であるという結果となった。