(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-17
(45)【発行日】2023-03-28
(54)【発明の名称】熱可塑性樹脂組成物及び成形体
(51)【国際特許分類】
C08F 212/08 20060101AFI20230320BHJP
C08F 290/14 20060101ALI20230320BHJP
C08F 220/18 20060101ALI20230320BHJP
【FI】
C08F212/08
C08F290/14
C08F220/18
(21)【出願番号】P 2018246525
(22)【出願日】2018-12-28
【審査請求日】2021-11-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100181272
【氏名又は名称】神 紘一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100196298
【氏名又は名称】井上 高雄
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 純
(72)【発明者】
【氏名】溝元 均
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 健
(72)【発明者】
【氏名】梁 暁斌
【審査官】渡辺 陽子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/070704(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/076172(WO,A1)
【文献】特開2008-203226(JP,A)
【文献】特開2017-179342(JP,A)
【文献】株式会社クレハ,フッ化ビニリデン樹脂のカタログ,2019年,7頁,URL:https://www.kureha.co.jp/business/material/pdf/KFpolymer_ho.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F6-246、290、299
C08F 220/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単一重合体としたときのガラス転移温度が異なる2種以上のモノマーユニットを含むランダム共重合体を含み、
前記モノマーユニットが芳香族ビニルモノマーに由来するユニット及びアルキル(メタ)アクリレートに由来するユニットを含み、
前記ランダム共重合体が変性ポリロタキサンユニットを含み、
前記ランダム共重合体を合成する際のモノマーの合計質量に対する前記芳香族ビニルモノマーの添加質量割合が40質量部以上、前記アルキル(メタ)アクリレートの添加質量割合が60質量部以下、前記変性ポリロタキサンの添加質量割合が1質量部未満である、
熱可塑性樹脂組成物であって、
前記熱可塑性樹脂組成物を160℃窒素雰囲気下で5分間混錬した後に30℃に保持したISO37 type2の金型に流し込み、40秒間保持して作製した成形板としたときに、Atomic Force Microscope(AFM)を用いて弾性率をマッピングした際に、弾性率の異なる成分がナノスケールで相分離した構造を有
し、
前記ランダム共重合体が、Gel Permiation Chromatography(GPC法)による分子量測定により作成した分子量分布曲線において、分子量が100万以上の成分を0.1~20%含む、
ことを特徴とする、熱可塑性樹脂組成物。
【請求項2】
前記マッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムのピークフィッティング処理において、主成分のピークと、主成分より弾性率が低い低弾性率ピークとを含む少なくとも2個のピークが存在し、
前記低弾性率ピークが占める割合が5~40%である、請求項1に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項3】
変性ポリロタキサンユニットが主として分散相に存在する、請求項
1又は2に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項4】
相分離した前記構造において、マトリックス相を形成する成分のガラス転移温度と、分散層を形成する成分のガラス転移温度との差が5℃以上である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか1項に記載の熱可塑性樹脂組成物を成形してなることを特徴とする、成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性樹脂組成物及びその成形体に関する
【背景技術】
【0002】
樹脂は、ガラスに比べ軽量であることから、ガラスの代替として様々な用途に用いられている。特にスチレン系樹脂は成形加工性に優れており、自動車部品、家電、包装容器等の用途に用いられている。また、意匠性を要求される用途にも広く用いられている。これらの用途に用いられる樹脂においては、弾性率等の強度や伸び等の物性が必要とされる。
【0003】
樹脂組成物の伸びを向上させる方法として、ゴム等の低弾性率成分を分散させる方法が知られている(特許文献1)。しかし、この様な方法では、弾性率や耐熱性の低下、ゴム粒子が分散することにより透明性が損なわれる、等の問題があった。
【0004】
特許文献2では、ハードセグメントで構成されるマトリックス中にナノスケールでソフトセグメントを分散させ、2つのセグメントを動的結合させることで靭性の改良をおこなっている。この様な方法ではセグメント間の結合形成等に複雑な工程を要する上、耐熱性や透明性が低下する等の問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平10-110085号公報
【文献】特開2018-30930号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、耐熱性や透明性に優れ、破断伸び等の機械物性が向上した成形体を得ることができる熱可塑性樹脂組成物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討し実験を重ねた結果、単一重合体としたときのガラス転移温度が異なる少なくとも2種のモノマーユニットを含むランダム共重合体を含み、成形板としたときに、Atomic Force Microscope(AFM)を用いた弾性率マッピングにおいて、弾性率が異なる成分がナノスケールで相分離した構造を有する、熱可塑性樹脂組成物により上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の態様を有する。
(1)
単一重合体としたときのガラス転移温度が異なる2種以上のモノマーユニットを含むランダム共重合体を含み、
前記モノマーユニットが芳香族ビニルモノマーに由来するユニット及びアルキル(メタ)アクリレートに由来するユニットを含み、
前記ランダム共重合体が変性ポリロタキサンユニットを含み、
前記ランダム共重合体を合成する際のモノマーの合計質量に対する前記芳香族ビニルモノマーの添加質量割合が40質量部以上、前記アルキル(メタ)アクリレートの添加質量割合が60質量部以下、前記変性ポリロタキサンの添加質量割合が1質量部未満である、
熱可塑性樹脂組成物であって、
前記熱可塑性樹脂組成物を160℃窒素雰囲気下で5分間混錬した後に30℃に保持したISO37 type2の金型に流し込み、40秒間保持して作製した成形板としたときに、Atomic Force Microscope(AFM)を用いて弾性率をマッピングした際に、弾性率の異なる成分がナノスケールで相分離した構造を有し、
前記ランダム共重合体が、Gel Permiation Chromatography(GPC法)による分子量測定により作成した分子量分布曲線において、分子量が100万以上の成分を0.1~20%含む、
ことを特徴とする、熱可塑性樹脂組成物。
(2)
前記マッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムのピークフィッティング処理において、主成分のピークと、主成分より弾性率が低い低弾性率ピークとを含む少なくとも2個のピークが存在し、
前記低弾性率ピークが占める割合が5~40%である、(1)の熱可塑性樹脂組成物。
(3)
変性ポリロタキサンユニットが主として分散相に存在する、(1)又は(2)の熱可塑性樹脂組成物。
(4)
相分離した前記構造において、マトリックス相を形成する成分のガラス転移温度と、分散層を形成する成分のガラス転移温度との差が5℃以上である、(1)~(3)のいずれかの熱可塑性樹脂組成物。
(5)
(1)~(4)のいずれかの熱可塑性樹脂組成物を成形してなることを特徴とする、成形体。
【発明の効果】
【0009】
本発明の熱可塑性樹脂組成物によれば、耐熱性及び透明性に優れ、破断伸びが大きく向上した成形体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1で得られた小型試験片の、AFMを用いた弾性率のマッピング、及び該マッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムである
【
図2】実施例2で得られた小型試験片の、AFMを用いた弾性率のマッピング、及び該マッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムである
【
図3】比較例1で得られた小型試験片の、AFMを用いた弾性率のマッピング、及び該マッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムである
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細説明する。本発明は、以下の実施形態にのみ限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施できる。
以下の用語の定義は、本明細書及び特許請求の範囲にわたって適用される。
「ガラス転移温度」とは、示差走査熱量系(DSC)の測定を行って得られる温度から定義される値を指す。
「ランダム共重合体」とは、2種以上の異なるモノマーユニットを重合して得られる重合体であり、モノマーユニットの配列に秩序がない重合体を指す。Mayo-Lewis式で定義されるr1、r2が0.01<r1<1、0.01<r2<1の場合にランダム共重合体を形成しやすい。ランダム共重合体としては、ガラス転移温度を1つしか持たないランダム共重合体が好ましい。
「熱可塑性」とは、ガラス転移温度又は融点以上に加熱することで軟化する性質のことを指し、軟化することで容易に成形加工が可能になる。
「ナノスケールでの相分離」とは、原子間力顕微鏡により成形体を観察した際に、2相以上に分離した構造を取っており、長径が1000nm未満である分散相を有する状態を指す。
「(メタ)アクリレート」とは、アリクレート及びメタクリレートからなる群から選ばれる少なくとも1種を指す。
【0012】
以下、本願発明について詳細に説明する。
[熱可塑性樹脂組成物]
本実施形態の熱可塑性樹脂組成物は、単一重合体としたときのガラス転移温度が異なる2種以上のモノマーユニットを含むランダム共重合体を含み、成形板としたときに、Atomic Force Microscope(AFM)を用いて弾性率をマッピングした際に、弾性率の異なる成分がナノスケールで相分離した構造を有する。
【0013】
(ランダム共重合体)
-モノマーユニット-
上記モノマーユニットとしては、例えば、スチレン、α-メチルスチレン、パラメチルスチレン、エチルスチレン、プロピルスチレン、ブチルスチレン、クロロスチレン、ブロモスチレン等の芳香族ビニルモノマー;(メタ)アクリロニトリル等のシアン化ビニル系単量体;ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリテトラメチレングリコールジ(メタ)アクリレート等のポリアルキレングリコールジ(メタ)アクリレート;ポリエステルジオールジ(メタ)アクリレート;ポリカーボネートジオールジ(メタ)アクリレート;ポリウレタンジ(メタ)アクリレート等の多官能(メタ)アクリレート;n-ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、2-エチルへキシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート等のアルキル(メタ)アクリレート;ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、メトキシ化ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート等のポリアルキレングリコールモノ(メタ)アクリレート;等のモノマーに由来するユニットが挙げられる。これらを2種以上組み合わせて用いて使用する。
これらの中でも、得られるランダム共重合体の吸水性がなく寸法安定性が高くなり、透明性にも優れることから、芳香族ビニルモノマーとモノ(メタ)アクリレートモノマーとを組み合わせることが好ましく、芳香族ビニルモノマーとアルキル(メタ)アクリレートとを組み合わせることがより好ましい。
【0014】
上記モノマーユニットは、単一重合体としたときのガラス転移温度が異なる2種以上のモノマーユニットを含む。
上記モノマーユニットとしては、単一重合体としたときのガラス転移温度の差が50℃以上であるモノマーユニットの組み合わせを含むことが好ましく、差が100℃以上であるモノマーユニットの組み合わせを含むことがより好ましい。
上記モノマーユニットは、2種であってもよい。
【0015】
上記ランダム共重合体は、芳香族ビニルモノマーに由来するモノマーユニットを含むことが好ましい。
ランダム共重合体を合成する際の、モノマーの合計質量(100質量部)に対する芳香族ビニルモノマーの添加量は、破断強度に優れる観点から、40質量部以上であることが好ましく、より好ましくは50~90質量部である。
【0016】
上記ランダム共重合体は、アルキル(メタ)アクリレートに由来するモノマーユニットを含むことが好ましい
ランダム共重合体を合成する際の、モノマーの合計質量(100質量部)に対するアルキル(メタ)アクリレートの添加量は、破断伸びに一層優れる観点から、60質量部以下であることが好ましく、より好ましくは5~45質量部である。
【0017】
-変性ポリロタキサン-
上記ランダム共重合体は、変性ポリロタキサンに由来する、変性ポリロタキサンユニットを含んでいてもよい。
上記変性ポリロタキサンは、環状分子(環状構造)の開口部に直鎖状分子(直鎖状構造)が貫通し、直鎖状分子の両末端にブロック基(封鎖基)を有するポリロタキサンであって、環状分子に官能性単量体を反応させて変性させたものである。
変性ポリロタキサンとしては、環状構造が直鎖状構造上を自由に動くことができるものが好ましい。環状構造が直鎖状構造上を自由に動きやすい点から、環状構造の包接率が理論上の飽和値の50質量%以下であることが好ましい。
【0018】
環状構造としては、特に限定されないが、入手しやすさの観点から、シクロデキストリンが好ましい。シクロデキストリンとしては、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリンが好ましく、α-シクロデキストリンが最も好ましい。シクロデキストリンは、化学修飾されていてもよい。上記モノマーユニットとの相分離等が生じにくい点で、シクロデキストリンの水酸基が、イソプロピル基、カプロラクトン基等で修飾されていることが好ましい。
【0019】
変性ポリロタキサンを構成する環状構造は、ラジカル重合可能な不飽和二重結合を有する基を有することが好ましく、(メタ)アクリレート基を有することが好ましい。環状構造が(メタ)アクリレート基を有する場合、モノマーユニットと重合により一体化し、効果を発揮しやすくなる。
【0020】
変性ポリロタキサンを構成する直鎖状構造としては、特に限定されないが、耐衝撃性の発現のしやすさから、ガラス転移温度が低いものが好ましい。
ガラス転移点が低い直鎖状構造としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリブチレングリコール、シリコーン樹脂、ポリブタジエン等が挙げられる。中でも、入手しやすさの観点から、ポリエチレングリコールが最も好ましい。
上記直鎖状構造の重量平均分子量は、5000~10万が好ましく、1万~4万がより好ましい。上記下限値以上であれば、耐衝撃性を発現しやすく、上記上限値以下であれば、モノマーユニットとの相分離を抑えやすい傾向がある。
なお、重量平均分子量は、後述の実施例のGPC法により測定することができる。
【0021】
変性ポリロタキサンを構成する封鎖基は、環状構造の直鎖状構造からの脱離を防止する基であり、例えばアダマンチル基等が挙げられる。
変性ポリロタキサンは1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
上記ランダム共重合体に変性ポリロタキサンユニットが含まれる場合は、ランダム共重合体を合成する際の、モノマーの合計質量(100質量部)に対する、変性ポリロタキサンの添加量は、1質量部未満であることが好ましく、より好ましくは0.03~0.5質量部、さらに好ましくは0.05~0.3質量部、特に好ましくは0.1~0.2質量部である。変性ポリロタキサンの含有量が上記下限値以上であれば、伸びを発現しやすい。変性ポリロタキサンを上限以上に加えるとより高い物性の発現が期待されるが、重合時にゲル成分や架橋成分が生成し、成形加工が不可能になる、物性が低下する等の問題がある。
【0023】
-ランダム共重合体の製造方法-
上記ランダム共重合体は、例えば、モノマーを含む組成物を、温度50~150℃で3~100時間重合する方法等により得ることができる。
【0024】
上記組成物は、さらに、熱重合開始剤等の重合開始剤を含んでいてもよい。
上記ランダム共重合体は、異なるモノマーを熱重合又は熱重合開始剤を用いて重合させたランダム共重合体としてよい。
上記熱重合開始剤の具体例としては、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)等のアゾ系重合開始剤;1,1-ビス(t-ブチルパーオキシ)シクロヘキサン等のパーオキシケタール類;ジ-t-ブチルパーオキサイド、2,5-ジメチル-2,5-ジ(t-ブチルパーオキシ)ヘキサン等のジアルキルパーオキサイド類;ベンゾイルパーオキサイド、m-トルオイルパーオキサイド等のジアシルパーオキサイド類;ジミリスチルパーオキシジカーボネート等のパーオキシエステル類;シクロヘキサノンパーオキサイド等のケトンパーオキサイド類;p-メンタハイドロパーオキサイド等のハイドロパーオキサイド類;2,2-ビス(4,4-ジターシャリーブチルパーオキシシクロヘキシル)プロパン、2,2-ビス(4,4-ジターシャリーアミルパーオキシシクロヘキシル)プロパン、2,2-ビス(4,4-ジターシャリーブチルパーオキシシクロヘキシル)ブタン、2,2-ビス(4,4-ジクミルパーオキシシクロヘキシル)プロパン等の多官能過酸化物類;等を挙げることができる。
中でも、効率よく重合でき、分子量が均一なランダム共重合体が得られやすく、弾性率と伸びに優れるランダム共重合体が得られやすい観点から、アゾ系重合開始剤が好ましく、より好ましくは2,2’-アゾビスイソブチロニトリルである。
【0025】
上記組成物中の上記重合開始剤の含有量は、モノマーの合計質量(100質量部)に対して、0.01~10質量部であることが好ましく、より好ましくは0.1~5質量部である。重合開始剤の含有量が上記下限値以上であれば、重合が進行しやすく、上記上限値以下であれば、ゲル等の生成が起こらず重合により得られる共重合体の強度がより優れる傾向がある。
【0026】
(他の成分)
本実施形態の熱可塑性樹脂組成物は、さらに他の成分を含んでいてもよい。
他の成分としては、例えば滑剤、可塑剤、離型剤、抗菌剤、防カビ剤、光安定剤、紫外線吸収剤、ブルーイング剤、染料、顔料、帯電防止剤、熱安定剤、消泡剤、分散剤等が挙げられる。
【0027】
上記他の成分の含有量は、熱可塑性樹脂組成物100質量部に対して、3質量部以下が好ましく、1質量部以下がより好ましい。他の成分の含有量が少ない方が、得られる成形体が良好な特性を発現しやすい。
【0028】
(熱可塑性樹脂組成物の特性)
本実施形態の熱可塑性樹脂組成物は、成形板としたときに、Atomic Force Microscope(AFM)を用いた弾性率のマッピングにおいて、弾性率の異なる成分がナノスケールで相分離した構造を有する。
ここで、「弾性率が異なる成分」とは、後述のマッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムにおいて、最大弾性率と最小弾性率との差が1.3GPa以上であることをいう。また、ピークトップを示す弾性率から±0.6GPa以上の差を持つ成分を含むことが好ましい。また、ピークフィッティング処理において、弾性率が異なる2個以上のピークが存在することがより好ましく、ピーク間の弾性率の差が0.3GPa以上であるピークの組み合わせを含むピークが存在することがさらに好ましい。
上記相分離した構造は、モノマーユニットの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)、変性ポリロタキサンの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)により得ることができる。
【0029】
上記相分離した構造としては、弾性率のマッピングで長径が1000nm未満である分散相を、1000nm×1000nm中に少なくとも1個有する構造が好ましく、少なくとも10個有する構造が好ましい。なお、弾性率のマッピングにおいて、マトリックス相と分散相とは、弾性率が異なる成分から構成されていることが好ましく、分散相がマトリックス相を構成する成分よりも弾性率が低い成分から構成されることが好ましい。
上記分散相の長径は、10nm以上500nm未満がより好ましく、さらに好ましくは長径が30nm以上300nm未満の相である。上記下限値以上の範囲であれば伸び等の物性向上が見られ、上記上限値以下の範囲でれば弾性率の低下は見られない。
分散相の数や大きさは、例えば、変性ポリロタキサンの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)、モノマーユニットの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)により、目的の範囲とすることができる。
なお、成形板は、後述の実施例に記載の方法で製造した成形板を用いて良い。また、弾性率のマッピングは、後述の実施例に記載の方法で作成することができる。
【0030】
上記ランダム共重合体に変性ポリロタキサンが含まれる場合は、主として変性ポリロタキサンユニットが分散相に含まれていることが好ましい。分散相に変性ポリロタキサンユニットが含まれることで、より顕著な伸びを示す。分散相に変性ポリロタキサンユニットが含まれることは、分散相のみを分取後にNMRやガラス転移温度を測定することで確認可能である。
ここで、「主として」とは、樹脂中に存在する変性ポリロタキサンの総量を100質量部とした際に、50質量%超が分散相に存在することを指し、70質量%以上であってもよい。
【0031】
上記相分離した構造において、マトリックス相を形成する成分のガラス転移温度と、分散相を形成する成分のガラス転移温度との差は、5℃以上であることが好ましく、より好ましくは7℃以上である。上記下限値以上の温度差がある場合には伸び等の物性が発現するようになる。
なお、「マトリックス相を形成する成分のガラス転移温度」とは、弾性率のマッピングにおいて連続的な相であるマトリックス相から任意の5箇所から試料を採取し、ガラス転移温度を測定した時の平均値として良い。また、「分散相を形成する成分のガラス転移温度」とは、弾性率マッピングにおいて不連続な相であって、分散相から任意の5箇所から試料を採取し、ガラス転移温度を測定した時の平均値として良い。
ガラス転移温度の差は、例えば、変性ポリロタキサンの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)、モノマーユニットの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)により、目的の範囲とすることができる。
【0032】
上記マッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムのピークフィッティング処理において、2個以上のピークが存在することが好ましく、主成分のピークと主成分より弾性率が低い低弾性率ピークとを含む少なくとも2個のピークが存在することがより好ましい。低弾性率ピークは、1個であってもよいし複数であってもよい。
ここで、複数のピークが存在する場合、最も頻度が高いピークを主成分のピークと称する。
上記ヒストグラムにおいて、低弾性率ピークが占める合計割合(好ましくは、低弾性率ピークのうち、最も弾性率が低いピークのみが占める割合)は、5~40%であることが好ましく、より好ましくは10~35%、さらに好ましくは15~30%である。上記下限値以上であると大きな伸びを示すようになり、上記上限値以下であると、弾性率が低下せずに伸びを向上させることが可能である。各ピークが占める割合は、ピークフィッティング処理によって算出でき、ヒストグラムにおける各ピークが占める面積割合をいう。
上記割合は、例えば、変性ポリロタキサンの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)、モノマーユニットの種類や添加量(例えば、上述の好適例や好適添加量)により、目的の範囲とすることができる。
なお、ピークフィッティング処理は、後述の実施例に記載の方法により解析できる。
【0033】
上記ヒストグラムをフィッティング処理した際の、主成分より弾性率が低いピークを構成する成分としては、分散相を形成する成分であることが好ましく、主として、変性ポリロタキサンユニットが分散相に存在していることがより好ましい。
【0034】
本実施形態の熱可塑性樹脂は、GPC法による分子量測定により作成した分子量分布曲線における、分子量が100万以上の成分(高分子量成分)の割合が、0.1~20%であることが好ましく、より好ましくは0.2~10%、さらに好ましくは0.3~5%である。上記下限値以上の高分子量成分を含むことで弾性率を保持したまま伸びを示すようになる。上記上限値以下の範囲であればゲルや架橋体を形成せずに成形加工性を維持することが可能である。
【0035】
(成形体)
本実施形態の成形体は、上述の実施形態の熱可塑性樹脂組成物を成形してなる成形体である。
上記成形体の製造方法としては、例えば、混練した上記熱可塑性樹脂組成物を金型に流し込み、成形する方法等が挙げられる。
上記成形体は、例えば、車両内装用部品、家電製品の筐体、食品包装の容器等に用いることができる。
【0036】
(作用効果)
本実施形態の成形体にあっては、低弾性率成分がナノスケールで分散した構造をとるため充分な透明性及び弾性率を保持したまま十分な伸びを示す。
1つのモノマーのみを重合した重合体は、弾性率、透明性は高いが、伸びずに破断する。
特定の2種以上のモノマーユニットを組み合わせることで、充分な弾性率を保持しつつ伸びを高めることができる。これは、複数のモノマーユニットを用いることで低弾性率成分がナノスケールで分散するためである。上記ランダム共重合樹脂は、非常に高い均質性を示すため、透明性も良好である。
【実施例】
【0037】
以下、本発明について、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0038】
後述の各例で用いた評価方法を以下に示す。
<評価方法>
(AFM)
<試料前処理条件>
120℃でウルトラミクロトームを用いて、ダイヤモンドナイフで各種高分子試料を切削し、平滑な観察表面を得た。
切削厚み:100nm
<測定条件>
装置名称:原子間力顕微鏡NanoScope V(Bruker, USA)
カンチレバー:OMCL-TR800PSA(Olympus, Japan)
測定モード:Tappingモード
PeakForce QNMモード (定量的ナノメカニカルマッピング)
解像度:256点×256点
測定範囲:1000nm
サンプリング周波数:1Hz for Tappingモード、0.5Hz for PeakForce QNMモード
<ピークフィッティング処理>
AFM測定により得られたヒストグラムに対して、次の条件でピークフィッティング処理をおこなった。
ソフト名:株式会社ヒューリンクス社製 Igor Pro
処理条件:正規分布のヒストグラムで近似を実施。
Chi-square が1000以下となる波形数を読み取り、ピークの個数及び低弾性率の占める割合を算出した。
【0039】
(引張試験)
ISO37 type2 厚み2mmのダンベル試験片を用いて、次の条件で引張試験を実施した。
機種:INSTRON社製 5564
引張速度:5mm/min
チャック間距離:25mm
試験片破断時のひずみと最大応力を読み取った。
【0040】
(ガラス転移温度)
ガラス転移温度は次の条件で測定した。
機種:NETZSCH社製 DSC3500
測定条件:窒素雰囲気下、-20~150℃ 温度変化20K/min
2ndスキャン時のデータをガラス転移温度として読み取った。
【0041】
(分子量100万以上の成分の割合)
分子量100万以上の成分の割合は、ゲルパーミエイションクロマトグラフィ―(GPC)を用いて、次の条件で測定した。
GPC機種:東ソー社製 HPLC-8320
カラム:Shodex社製 K-803L、K-806M
移動相:クロロホルム 1.0ml/min
試料濃度:0.2質量%
温度:オーブン40℃、注入口35℃、検出器35℃
検出器:示差屈折計
単分散ポリスチレンの溶出曲線により各溶出時間における分子量を算出し、ポリスチレ
ン換算の分子量として算出した。
【0042】
<実施例1>
(熱可塑性樹脂組成物の作製)
モノマーユニットとして、スチレン60質量部(単一重合体のガラス転移温度100℃)、アクリル酸n-ブチル(東京化成(株)製、単一重合体のガラス転移温度-55℃、以下「nBA」という。)40質量部、変性ポリロタキサンとしてセルム(登録商標)スーパーポリマーSA1313P(アドバンスト・ソフトマテリアルズ(株)製、以下「SA1313P」という。)0.1質量部、重合開始剤として、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル0.3質量部、エチルベンゼン10質量部を混合し、80℃で8時間、110℃で4時間、130℃で4時間加熱することでスチレン系樹脂組成物を得た。
得られた樹脂組成物溶液をエタノール中で再沈殿させた後に、真空乾燥して回収することで熱可塑性樹脂組成物を取得した。
【0043】
(成形体の作製)
上記熱可塑性樹脂組成物を、混錬機(Xplore MC15、レオ・ラボ株式会社製)にて160℃窒素雰囲気下で5分間スクリューを100rpmで回転させ混錬をおこなった。混錬後、溶融樹脂を30℃に保持したISO37 type2の金型に流し込み40秒間保持することで小型試験片を取得した。この試験片を用いて引張試験、AFMによる弾性率マッピングをおこなった。
弾性率マッピングのヒストグラムには、2つのピークが存在し、2つのピークの弾性率は1.2GPaと1.5GPaであった。
【0044】
<実施例2>
変性ポリロタキサンを用いない以外は実施例1と同様にして樹脂組成物を取得し、引張試験、弾性率マッピングをおこなった。
弾性率マッピングのヒストグラムには、2つのピークが存在し、2つのピークの弾性率は1.1GPaと1.5GPaであった。
【0045】
<比較例1>
モノマーユニットとしてスチレン100質量部用い、成形体の作製を220℃で実施した以外は実施例1と同様にして樹脂組成物を取得し、引張試験、弾性率マッピングを行った。
【0046】
<比較例2>
モノマーユニットとしてスチレンを100質量部、変性ポリロタキサン0.1質量部を用い、成形体の作成を220℃で実施した以外は実施例1と同様にして樹脂組成物及び共重合樹脂板を作製し、引張試験の測定を行った。
【0047】
実施例1~2及び比較例1~2で用いた、モノマーユニット、引張試験の測定結果、ピークフィッティング処理によりピーク分離をおこなった際の主成分よりも低弾性率の成分が占める割合等を表1に示した。表1中、モノマーユニットの欄や変性ポリロタキサンの欄に示す数値は、使用したモノマーの合計に対する割合(質量部)である。
【0048】
実施例1~2より、分散相がナノスケールで分散している熱可塑性樹脂組成物は充分に高い弾性率を保持しつつ、大きな伸びを示すことが確認できた。また、何れのサンプルでも透明性を保持していることを確認した。
【0049】
2つ以上のモノマーユニットを含まない樹脂組成物を重合して得られた樹脂成形体(比較例1)は、弾性率は高いものの伸びが非常に低かった。
また、比較例1、2の樹脂組成物は、AFMを用いた弾性率のマッピングから得られる横軸を弾性率とするヒストグラムにおいて、ピークフィッティング処理を行ったところ、単一ピークのみが確認され、ピーク分離はなかった。
【0050】
【産業上の利用可能性】
【0051】
本実施形態の熱可塑性樹脂組成物は、耐熱性、透明性、破断伸び等の機械的物性に優れるため、例えば、車両内装用部品、家電製品の筐体、食品包装の容器等に用いることができる。