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特許7247079ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-17
(45)【発行日】2023-03-28
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20230320BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20230320BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320F
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019221993
(22)【出願日】2019-12-09
(65)【公開番号】P2021090979
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】池田 舞
(72)【発明者】
【氏名】笹木 聖人
(72)【発明者】
【氏名】千葉 竜太朗
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-123012(JP,A)
【文献】特開2018-034170(JP,A)
【文献】特開2016-055311(JP,A)
【文献】特開2010-269335(JP,A)
【文献】特開2018-153853(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0236302(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101396775(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスとの合計で、
C:0.03~0.10%、
Si:0.2~0.7%、
Mn:2.8~3.8%、
Al:0.20~0.50%、
B:0.002~0.015%を含有し、
かつ、Mn/Al:7~17であり、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
Ti酸化物のTiO2換算値の合計:5.0~8.0%、
Si酸化物のSiO2換算値の合計:0.2~0.7%、
Zr酸化物のZrO2換算値の合計:0.2~0.7%、
Al酸化物のAl23換算値の合計:0.1~0.5%、
金属弗化物のF換算値の合計:0.02~0.15%
Mg:0.1~0.8%、
Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計:0.03~0.20%を含有し、
残部が鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
Ti:0.05~0.40%を更に含有することを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟鋼から490MPa級高張力鋼及び低温鋼の鋼構造物を溶接する際に用いられるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関し、特に全姿勢溶接での溶接作業性が良好で、スパッタ発生量が少なく、低温靭性に優れた溶接金属を得るうえで好適なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、高能率で溶接作業性に優れており、造船、鉄骨及び海洋構造物等の分野に広く使用されている。
【0003】
特にルチール系フラックス入りワイヤは全姿勢溶接で溶接作業性に優れることから、好まれて使用されている。
【0004】
しかし、ルチール系フラックス入りワイヤは、TiO2を主体とした金属酸化物を多く含有するため、溶接金属の低温靭性が劣るという問題があった。
【0005】
溶接金属の低温靭性に優れるルチール系フラックス入りワイヤについては、これまで様々な開発が行われている。例えば、特許文献1には、フラックス入りワイヤ中のTiO2、Mg、B、Ti、Mn、K、Na及びSiの含有量を規定することで、良好な溶接作業性と優れた溶接金属の低温靭性が得られるフラックス入りワイヤが開示されている。しかし、特許文献1に開示の技術では、TiO2以外の金属酸化物が規定されておらず、アークの安定性、スラグ被包性及び耐メタル垂れ性が悪く、十分な溶接作業性が得られないという問題点があった。
【0006】
また、特許文献2には、フラックス入りワイヤ中のTiO2、SiO2、Si、Mn、Mg、B、Al、Ca及びNi、Ti、Zrの1種または2種以上の含有量を規定することで、良好な溶接作業性と優れた溶接金属の低温靭性が得られるフラックス入りワイヤが開示されている。この特許文献2の開示技術によれば、TiO2とSiO2の適量添加でビード形状やスラグ被包性等の溶接作業性を改善し、Ca、Al、Ti及びBとの相乗効果で溶接金属の低温靭性を向上できる。しかし、特許文献2に開示の技術では、アークの安定性やスラグ剥離性が劣っており、十分な溶接作業性は得られないという問題点があった。
【0007】
特許文献3には、フラックス入りワイヤ中のC、Si、Mn、Ni、Al、B、TiO2、Al23、SiO2、ZrO2、Mg、Na2O、K2O等の含有量を規定することで、良好な溶接作業性と優れた溶接金属の低温靭性が得られるフラックス入りワイヤが開示されている。この特許文献3の開示技術によれば、TiO2、Al23、SiO2、ZrO2、Mg、Na2O、K2O等の金属酸化物の適量添加で、ビード形状、スラグ剥離性及びアークの安定性に優れるなど良好な溶接作業性を有し、かつ、C、Si、Mn、Ni、Bの適量添加で溶接金属の低温靭性を向上させることが可能となる。しかし、特許文献3に開示の技術では、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくなり、ビード形状が不良になり、十分な溶接作業性が得られないという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平9-262693号公報
【文献】特開平6-238483号公報
【文献】特開2016-203179号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、軟鋼から490MPa級高張力鋼及び低温鋼等の鋼構造物を溶接するにあたり、全姿勢溶接での溶接作業性が良好で、スパッタ発生量が少なく、かつ、低温靭性に優れた溶接金属が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は、鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.03~0.10%、Si:0.2~0.7%、Mn:2.8~3.8%、Al:0.20~0.50%、B:0.002~0.015%を含有し、かつ、Mn/Al:7~17であり、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、Ti酸化物のTiO2換算値の合計:5.0~8.0%、Si酸化物のSiO2換算値の合計:0.2~0.7%、Zr酸化物のZrO2換算値の合計:0.2~0.7%、Al酸化物のAl23換算値の合計:0.1~0.5%、金属弗化物のF換算値の合計:0.02~0.15%、Mg:0.1~0.8%、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa換算値及びK換算値の合計:0.03~0.20%を含有し、残部が鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の要旨は、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Ti:0.05~0.40%を更に含有することも特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明を適用したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、軟鋼から490MPa級高張力鋼及び低温鋼等の鋼構造物の溶接に際し、特に全姿勢溶接での溶接作業性が良好で、スパッタ発生量が少なく、かつ、優れた低温靭性を有する溶接金属が得られるので、溶接能率の向上及び溶接部の品質の向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤについて、全姿勢溶接でアークが安定でスパッタ発生量が少ないなど溶接作業性が良好で、かつ、低温靭性が良好な溶接金属を得るべく種々検討を行った。
【0014】
その結果、フラックス入りワイヤ中にC、Mnを適量添加することで十分な溶接金属の強度を確保しつつ、Alを適量添加することで溶接金属の強度を向上することを見出した。
【0015】
また、溶接作業性に関し、アークの安定性が良好でスパッタ発生量が少ないフラックス入りワイヤ成分を調整した結果、Mn/Al、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、Al及びAl酸化物、Mg、金属弗化物を適量添加することで、ビード形状、スラグ被包性、スラグ剥離性、耐メタル垂れ性を改善して溶接作業性を良好にできることを見出した。さらに、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物、K弗化物及び金属弗化物を適量添加することで、アークの安定性が向上することを見出した。
【0016】
以下、本発明を適用したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成及びその含有量と、各成分組成の限定理由について説明する。なお、成分組成の含有量は質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載して表すこととする。
【0017】
以下、各成分組成の含有量は、フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で表す。
【0018】
[鋼製外皮とフラックスの合計でC:0.03~0.10%]
Cは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。Cが0.03%未満では、十分な溶接金属の強度が得られない。一方、Cが0.10%を超えると、溶接金属中にCが過剰に歩留まり、溶接金属の強度が高くなり、低温靱性が低下する。したがって、鋼製外皮とフラックスの合計でCは0.03~0.10%とする。なお、Cは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属粉及び合金粉等から添加できる。
【0019】
[鋼製外皮とフラックスの合計でSi:0.2~0.7%]
Siは、脱酸剤として作用し、溶接金属の低温靭性を向上させる効果がある。Siが0.2%未満では、その効果が得られず、溶接金属の低温靭性が低下する。一方、Siが0.7%を超えると、溶接時に生成するスラグ量が多くなり、スラグ巻込みが発生しやすくなる。また、Siが0.7%を超えると、溶接金属中にSiが過剰に歩留まり、かえって溶接金属の低温靱性が低下する。したがって、鋼製外皮とフラックスの合計でSiは0.2~0.7%とする。なお、Siは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加できる。
【0020】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMn:2.8~3.8%]
Mnは、脱酸剤として作用するとともに、溶接金属中に歩留まって溶接金属の強度と低温靱性を向上させる効果がある。Mnが2.8%未満では、溶接金属中にMnが十分に歩留まらず、溶接金属の低温靭性が低下するとともに、十分な強度が得られない。一方、Mnが3.8%を超えると、Mnが溶接金属中に過剰に歩留まり、溶接金属の強度が高くなって低温靱性が低下する。したがって、鋼製外皮とフラックスの合計でMnは2.8~3.8%とする。なお、Mnは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加できる。
【0021】
[鋼製外皮とフラックスの合計でAl:0.20~0.50%]
Alは、脱酸力が非常に高く、SiやMnなどのほかの脱酸剤よりも早く酸素を取り込むため、溶接金属中の酸素量を低減し低温靭性を向上させる効果がある。Alが0.20%未満では、溶接金属が十分に脱酸されず、溶接金属の低温靭性が得られない。一方、Alが0.50%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなる。したがって、鋼製外皮とフラックスの合計でAlは0.20~0.50%とする。なお、Alは鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Al、Fe-Al、Al-Mg等の合金粉末から添加できる。
【0022】
[鋼製外皮とフラックスの合計でB:0.002~0.015%]
Bは、微量の添加により溶接金属の組織を微細化し、溶接金属の低温靱性を向上させる効果がある。Bが0.002%未満では、その効果が十分に得られず、溶接金属の低温靭性が得られない。一方、Bが0.015%を超えると、高温割れが発生しやすくなる。したがって、鋼製外皮とフラックスの合計でBは0.002~0.015%とする。なお、Bは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属B、Fe-B、Fe-Mn-B等の合金粉末から添加できる。
【0023】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMn/Al:7~17]
Mn/Alは、溶接作業性に影響する。Mn/Alが7未満では、全姿勢溶接においてスパッタ量が多くなる。一方、Mn/Alが17を超えると、立向上進溶接においてメタル垂れが発生しやすくなる。したがって、Mn/Alは7~17とする。
【0024】
[フラックス中のTi酸化物のTiO2換算値の合計:5.0~8.0%]
Ti酸化物は、スラグの主成分であり、溶接時の溶融スラグの融点や粘性を調整して耐メタル垂れ性、スラグ被包性、ビード外観を改善するなど良好な溶接作業性を与える効果がある。Ti酸化物のTiO2換算値の合計が5.0%未満では、溶融スラグの粘性が不足するため、立向上進溶接及び立向下進溶接において耐メタル性が不良になる。また、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が5.0%未満では、スラグ生成量が少ないため、各姿勢溶接でスラグ剥離性やビード外観の不良など溶接作業性が悪くなる。一方、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が8.0%を超えると、スラグ生成量が多くなりすぎ、各姿勢溶接で溶接部にスラグ巻込み等の溶接欠陥が発生しやすくなる。また、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が8.0%を超えると、溶接金属中にTi酸化物が過剰に残存し、溶接金属の低温靱性が低下する。したがって、フラックス中のTi酸化物のTiO2換算値の合計は5.0~8.0%とする。なお、Ti酸化物は、フラックスからルチール、酸化チタン、チタンスラグ、イルミナイト等から添加できる。
【0025】
[フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計:0.2~0.7%]
Si酸化物は、溶接時に溶融スラグの粘性や融点を調整してスラグ被包性を改善する効果がある。Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.2%未満では、この効果が十分に得られず、各姿勢溶接でスラグ被包性が悪くなってビード形状が不良になる。一方、Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.7%を超えると、溶融スラグの凝固が遅くなり、立向上進溶接、立向下進溶接において、メタル垂れが発生しやすくなる。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.7%を超えると、溶接金属中にSi酸化物が過剰に残存するため、溶融スラグの塩基度が低下して溶接金属中の酸素量が増加し、溶接金属の低温靭性が低下する。したがって、フラックス中のSi酸化物のSiO2換算値の合計は0.2~0.7%とする。なお、Si酸化物は、フラックスから珪砂、カリ長石、ジルコンサンド、珪酸ソーダ等から添加できる。
【0026】
[フラックス中のZr酸化物のZrO2換算値の合計:0.2~0.7%]
Zr酸化物は、溶接時に溶融スラグの粘性や融点を調整し、特に立向上進溶接での耐メタル垂れ性及びビード形状を改善する効果がある。Zr酸化物のZrO2換算値が0.2%未満では、この効果が十分に得られず、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくなり、ビード形状が不良になる。一方、Zr酸化物のZrO2換算値が0.7%を超えると、各姿勢溶接でスラグ剥離性が不良になる。したがって、フラックス中のZr酸化物のZrO2換算値の合計は0.2~0.7%とする。なお、Zr酸化物は、フラックスからジルコンサンド、酸化ジルコニウム等から添加できるとともに、Ti酸化物に微量含有される。
【0027】
[フラックス中の合計でAl酸化物のAl23換算値の合計:0.1~0.5%]
Al酸化物は、溶接時に溶融スラグの融点や粘性を調整して、特に立向上進溶接での耐メタル垂れ性及びビード形状を改善する効果がある。Al酸化物のAl23換算値の合計が0.1%未満では、その効果が十分に得られず、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくなり、ビード形状が不良になる。一方、Al酸化物のAl23換算値の合計が0.5%を超えると、Al酸化物として溶接金属中に残存し、溶接金属の低温靭性が低下する。したがって、フラックス中での合計でのAl酸化物のAl23換算値の合計は0.1~0.5%とする。なお、Al酸化物はフラックスからアルミナ、カリ長石等から添加できる。
【0028】
[フラックス中の金属弗化物のF換算値の合計:0.02~0.15%]
金属弗化物は、アークを強くするとともに、特に立向上進溶接及び立向下進溶接で耐メタル垂れ性及びビード形状を改善する効果がある。金属弗化物のF換算値の合計が0.02%未満では、この効果が十分に得られず、アークが不安定になり、立向上進溶接及び立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすく、ビード形状が不良になる。一方、金属弗化物のF換算値の合計が0.15%を超えると、アークが不安定となり、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすく、ビード形状が不良になる。したがって、フラックス中の金属弗化物のF換算値の合計は0.02~0.15%とする。なお、金属弗化物はフラックスからCaF2、NaF、LiF、MgF2、K2SiF6、Na3AlF6、AlF3等から添加でき、F換算値はこれらに含有されるF量の合計である。
【0029】
[フラックス中のMg:0.1~0.8%]
Mgは、強脱酸剤として作用して溶接金属中の酸素を低減し、溶接金属の低温靱性を向上させる効果がある。Mgが0.1%未満では、その効果が十分に得られず、脱酸不足となって溶接金属の低温靱性が低下する。一方、Mgが0.8%を超えると、溶接時にアーク中で激しく酸素と反応してアークが不安定になり、スパッタ発生量が多くなる。したがって、フラックス中のMgは0.1~0.8%とする。なお、Mgは、フラックスから金属Mg、Al-Mg等の合金粉末から添加できる。
【0030】
[フラックス中のNa酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa換算値及びK換算値の合計:0.03~0.20%]
Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物はアーク安定剤として作用し、アークの安定性を良好する効果がある。Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa換算値及びK換算値の合計が0.03%未満であると、アークが不安定となってスパッタ発生量が多くなる。一方、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa換算値及びK換算値の合計が0.20%を超えると、アーク長が長くなって不安定になり、スパッタ及びヒュームの発生量が多くなる。また、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa換算値及びK換算値の合計が0.20%を超えると、立向上進溶接及び立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすくなり、ビード形状が不良になる。したがって、フラックス中のフラックス中のNa酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa換算値及びK換算値の合計は0.03~0.20%とする。なお、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物、K弗化物は、珪酸ソーダ及び珪酸カリからなる水ガラスの固質成分、NaF、Na2Ti37、K2SiF6、Na2SiF6等から添加でき、Na換算値及びK換算値はこれらに含有されるNa及びK量の合計である。
【0031】
[鋼製外皮とフラックスの合計でTi:0.05~0.40%]
Tiは、溶接金属の組織を微細化して低温靭性を向上させる効果がある。Tiが0.05%未満では、溶接金属の低温靭性をより向上する効果が得られない。一方、Tiが0.40%を超えると、靭性を阻害する上部ベイナイト組織を生成し、溶接金属の低温靭性が低下する。したがって、鋼製外皮とフラックスの合計でTiは0.05~0.40%とする。なお、Tiは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Ti、Fe-Ti等の合金粉末から添加できる。
【0032】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの残部は、鋼製外皮のFe、フラックス中の鉄粉、Fe-Mn、Fe-Si合金等の鉄合金粉のFe分及び不可避不純物である。なお、成分調整のためにFeO、MnO等を添加してもよい。不可避不純物については特に限定しないが、耐高温割れ性の観点から、Pは0.020%以下、Sは0.010%以下が好ましい。
【0033】
なお、本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製外皮をパイプ状に形成し、内部にフラックスを充填する構造であり、鋼製外皮の合わせ目を溶接して継目の無いタイプと、鋼製外皮の合わせ目を溶接しないでかしめる継目を有するタイプに大別できる。継目の無いタイプはフラックス入りワイヤ中の水素量を低減することを目的とした熱処理が可能であり、かつ、製造後のフラックス入りワイヤの吸湿が少ないので、溶接金属の拡散性水素を低減でき、耐割れ性の向上を図ることができるので、より好ましい。
【0034】
また、フラックス充填率は特に制限はしないが、生産性の観点から、ワイヤ全質量に対して8~20%とするのが好ましい。
【実施例
【0035】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0036】
JIS Z G3141 SPCCの鋼製外皮をU字型に成形、フラックスを充填率10~16%で充填してC字型に成形した後、鋼製外皮の合わせ目を溶接して造管、伸線し、表1及び表2に示す各種成分のフラックス入りワイヤを試作した。なお、試作したワイヤ径は1.2mmとした。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
これら試作ワイヤを用い、立向上進溶接、立向下進溶接、水平すみ肉溶接による溶接作業性及び溶着金属の機械性能を調査した。
【0040】
溶接作業性は、板厚16mmのJIS G 3106 SM490B鋼板をT字に組んだ試験体に、表3に示す溶接条件で、立向上進溶接、立向下進溶接、水平すみ肉溶接を行い、その際のアーク状態、スパッタ発生状態、スラグ被包性、スラグ剥離性、ビード形状の良否、メタル垂れの有無を目視確認で調査した。また、JIS Z 3181に準じて破断面の確認を行い、スラグ巻込み等の溶接欠陥の有無を調査した。
【0041】
【表3】
【0042】
溶着金属試験は、板厚20mmのJIS G 3106 SM490B鋼板を用い、JIS Z 3111に準じて溶接を行い、溶着金属の板厚方向中心から引張試験片(A0号)及び衝撃試験片(Vノッチ試験片)を採取し、機械試験を実施した。引張試験の評価は、引張強さが540~640MPaを良好とした。衝撃試験の評価は、-20℃におけるシャルピー衝撃試験を行い、繰返し3本の吸収エネルギーの平均が47J以上を良好とした。その際、初層溶接時に高温割れの有無を目視確認で調査した。これら結果を表4及び表5にまとめて示す。
【0043】
【表4】
【0044】
【表5】
【0045】
表1及び表4のワイヤ記号W1~W15は本発明例であり、表2及び表5のワイヤ記号W16~W29は比較例である。本発明例であるW1~W15は、フラックス入りワイヤ中の鋼製外皮とフラックスの合計でC、Si、Mn、Al、B、Mn/Al、フラックス中のTi酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物SiO2換算値の合計、Zr酸化物ZrO2換算値の合計、Al酸化物のAl23換算値の合計、金属弗化物のF換算値の合計、Mg、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物のNa換算値及びK換算値の合計が適正であるので、アークが安定してスパッタ発生量が少なく、立向上進溶接及び立向下進溶接でメタル垂れがなく、各姿勢溶接でスラグ被包性、スラグ剥離性、ビード形状などの溶接作業性が良好で、スラグ巻込み等の溶接欠陥が無く、高温割れも発生しなかった。また、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーも良好であった。
【0046】
なお、ワイヤ記号W2、W4、W6、W8、W10、W14及びW15は、Tiが適量添加されているので、溶着金属の吸収エネルギーが90J以上であった。
【0047】
比較例中ワイヤ記号W16はCが少ないので、溶着金属の引張強さが低かった。また、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低く、全ての溶接姿勢でスラグ巻込みが発生した。
【0048】
ワイヤ記号W17は、Cが多いので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。また、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が少ないので、全ての溶接姿勢でスラグ被包性とスラグ剥離性が不良となり、立向上進溶接及び立向下進溶接でメタル垂れが発生した。
【0049】
ワイヤ記号W18は、Siが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が少ないので、全ての溶接姿勢でスラグ被包性及びビード形状が不良であった。
【0050】
ワイヤ記号W19は、Siが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低く、全ての溶接姿勢でスラグ巻込みが発生した。また、Zr酸化物のZrO2換算値が少ないので、立向上進溶接でメタル垂れが生じ、ビード形状が不良であった。
【0051】
ワイヤ記号W20は、Mnが少ないので、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが低かった。また、Zr酸化物のZrO2換算値が多いので、全ての溶接姿勢でスラグ剥離性が不良であった。さらに、Tiが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーを向上させる効果が得られなかった。
【0052】
ワイヤ記号W21は、Mnが多いので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低かった。また、Al酸化物のAl23換算値の合計が少ないので、立向上進溶接でメタル垂れが発生し、ビード形状が不良であった。
【0053】
ワイヤ記号W22は、Alが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、金属弗化物のF換算値の合計が少ないので、アークが不安定になり、立向上進溶接及び立向下進溶接でメタル垂れが発生し、ビード形状が不良であった。
【0054】
ワイヤ記号W23は、Alが多いので、溶着金属の引張強さが高かった。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が多いので、溶着金属中の吸収エネルギーが低く、立向上進溶接及び立向下進溶接でメタル垂れが発生した。
【0055】
ワイヤ記号W24は、Bが少ないので、溶着金属中の吸収エネルギーが低かった。金属弗化物のF換算値の合計が多いので、アークが不安定になり、立向上進溶接でメタル垂れが発生し、ビード形状が不良であった。
【0056】
ワイヤ記号W25は、Bが多いので、クレータに高温割れが発生した。また、Mgが少ないので、溶着金属の吸収エネルギーが低く、スパッタ発生量が多かった。
【0057】
ワイヤ記号W26は、Al酸化物のAl23換算値の合計が多いので、溶着金属中の吸収エネルギーが低かった。また、Mn/Alが低いので、スパッタ発生量が多かった。
【0058】
ワイヤ記号W27は、Mn/Alが高いので、立向上進溶接でメタル垂れが発生した。また、Mgが多いので、アークが不安定で、スパッタ発生量が多かった。
【0059】
ワイヤ記号W28は、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計が少ないので、アークが不安定となり、スパッタ発生量が多かった。
【0060】
ワイヤ記号W29は、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種類以上のNa換算値及びK換算値の合計が多いので、アークが不安定となり、スパッタ及びヒュームの発生量が多かった。また、立向上進溶接及び立向下進溶接でメタル垂れが発生し、ビード形状が不良となった。さらに、Tiが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。