(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-20
(45)【発行日】2023-03-29
(54)【発明の名称】二分化または多分化オルガノイド
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20230322BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230322BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20230322BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230322BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230322BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230322BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230322BHJP
A61K 35/30 20150101ALN20230322BHJP
A61L 27/36 20060101ALN20230322BHJP
【FI】
C12N5/079 ZNA
C12N5/10
A61P25/00
A61P43/00 105
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/02
A61K35/30
A61L27/36 100
(21)【出願番号】P 2019557794
(86)(22)【出願日】2018-04-25
(86)【国際出願番号】 EP2018060559
(87)【国際公開番号】W WO2018197544
(87)【国際公開日】2018-11-01
【審査請求日】2021-03-18
(32)【優先日】2017-04-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】513048519
【氏名又は名称】イーエムベーアー-インスティテュート フュール モレクラレ バイオテクノロジー ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】ユルゲン クノーブリヒ
(72)【発明者】
【氏名】ジョシュア エー.バグリー
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-506244(JP,A)
【文献】国際公開第2016/141137(WO,A1)
【文献】特表2015-528289(JP,A)
【文献】特表2013-509859(JP,A)
【文献】国際公開第2017/060884(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/076388(WO,A1)
【文献】LANCASTER M.A. et al., 'Cerebral organoids model human brain development and microcephaly', NATURE (2013), Vol.501, No.7467, pp.373-379, DOI: 10.1038/nature12517
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12Q
G01N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2つの神経組織型を有する二分化または多分化神経組織のインビトロ産生方法であって、目的の分化段階に発生している第一の神経組織を提供し;前記第一の神経組織の目的の分化段階とは異なる目的の分化段階に発生している第二の神経組織を提供し;前記第一および第二の神経組織を増殖による融合に十分な近位に配置し;前記第一および第二の神経組織とを増殖させ、そして互いに融合できるようにし;それにより異なる分化段階を有する前記第一および第二の神経組織を含む二分化または多分化神経組織を産生することを含
む、方法。
【請求項2】
前記第一および/または前記第二の神経組織が、多能性幹細胞のインビトロ培養から誘導される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記第二の神経組織を異なる目的の分化段階に発生させることから分離して、前記第一の神経組織を目的の分化段階に発生させることを含む、請求項1
~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
少なくとも前記第一および/または第二の神経組織が、神経前駆細胞およびニューロンを含む、請求項1
~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記第一の神経組織の分化段階が、腹側前脳前駆組織または吻側-腹側前脳組織を含む、請求項
5に記載の方法。
【請求項7】
前記第二の神経組織の分化段階が、腹側または背側前脳へ分化しない背側前脳組織または神経外胚葉を含む、請求項
5または
6に記載の方法。
【請求項8】
前記第一および第二の神経組織を増殖による融合に十分な近位に配置し、そして前記第一および第二の神経組織を増殖させ、そして互いに融合できるようにする段階が、浮遊培養において実施される、請求項1~
7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記二分化または多分化神経組織が神経板に発生するように分化される、請求項1~
8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記第一および第二の神経組織を少なくとも100μ
mのサイズに増殖させる、請求項1~
9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記第一および第二の神経組織を少なくとも150μmのサイズに増殖させる、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記第一および第二の神経組織を少なくとも200μmのサイズに増殖させる、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記第一および/または第二の神経組織が、前記第一および第二の神経組織の群以外のものによっては発現されない検出可能マーカーを発現する、請求項1~
12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
異なる分化段階の少なくとも2つの神経組織型を有する二分化または多分化神経組織であって、前記神経組織型の少なくとも1つが腹側神経組織を含み、そして少なくとも別の1つの組織型が実質的に非腹側である
が腹側神経組織からの移動細胞を含み、
前記移動細胞が実質的に非腹側組織の細胞の5%以下を占め、前記二分化または多分化組織が100μm~10 mmの最長寸法を有する、前記二分化または多分化神経組織。
【請求項15】
前記神経組織型の少なくとも1つが、前記二分化または多分化神経組織の別
の組織型により発現されない検出可能マーカ
ーを発現する、請求項14に記載の二分化または多分化神経組織。
【請求項16】
前記検出可能マーカーが蛍光マーカーである、請求項15に記載の二分化または多分化神経組織。
【請求項17】
球状体の形または組織切片の形である、請求項1
4、15または1
6に記載の二分化または多分化神経組織。
【請求項18】
二分化または多分化神経組織の分化に影響を及ぼす候補化合物を試験またはスクリーニングする方法であって、請求項1
4~1
7のいずれか一項に記載の神経組織を候補化合物と接触させ、そして前記接触させた組織を培養に維持し、そして前記候補化合物と接触させていない前記組織と比較して、前記組織の任意の差次的変化を観察することを含む、方法。
【請求項19】
請求項1~
13のいずれか一項に記載の方法におけるキットの使用であって、前記キットが(i)WNT阻害剤および/またはSHHエンハンサーと(ii)SHH阻害剤を含む、キットの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工オルガノイドモデル組織の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元(3D)オルガノイド培養技術は、生体内(インビボ)発生によく似ている複雑な類器官の開発を可能にした(国際公開第WO2014/090993号パンフレット;Lancaster他, Nature 501, 373-379 (2013); Lancaster & Knoblich, Science 345, 1247125 (2014))。重要であるのは、脳オルガノイドが様々な脳領域アイデンティティに相当する多様な細胞型の産生を含む胚皮質発生の多くの局面を再現することである。(Lancaster & Knoblich, Nat Protoc 9, 2329-2340 (2014))。例えば、脳オルガノイドは、興奮性ニューロンと抑制性介在ニューロンを生成する背側および腹側前脳前駆細胞を産生することができる。更に、脳オルガノイドはヒト患者由来の多能性幹細胞(hiPSC)を産生することができ、小頭症や自閉症のような神経障害の機能性ゲノム研究に利用することができる。
【0003】
Maroof他、Cell Stem Cell 12, 559-572 (2013) およびNicholas他、Cell Stem Cell 12, 573-586 (2013) は、マウスにおいてヒトニューロン発生をインビボでモデル化する方法を記載している。この方法は、皮質フィーダー層上で幹細胞をインビトロで培養し、次いで細胞を更なる発生のため免疫不全マウスの新生児新皮質中に移植することを含む。Liu他、Nat Protoc 8, 1670-1679 (2013)は、細胞を小神経球(20μm~50μm)に培養し、該神経球の細胞を培養によりGABA+ニューロンに分化させることを記載している。
【0004】
米国特許出願第2016/289635 A1号公報は、人工終脳組織を作製する方法を記載している。
国際公開第WO 2014/033322 A1号パンフレットは、前駆細胞を分化させることによる膵内胚葉の産生方法を記載している。
国際公開第WO 2011/055855 A1号パンフレットは、培養幹細胞において分化を誘導する方法を記載している。
米国特許出願第US 2016/312181 A1号公報は、幹細胞からの神経細胞の分化を記載している。
【0005】
そのような従来モデルシステムは、いまだいずれの生理学的発生も刺激することができない。例えば、大脳皮質は2つの主要なニューロン集団、すなわち興奮性グルタミン酸作動性錐体ニューロンと、抑制性γ-アミノ酪酸(GABA)産生介在ニューロンとを含む。興奮性皮質ニューロンは主として背側前脳前駆体により産生されるが、一方で抑制性GABA作動性皮質介在ニューロンは腹側前脳前駆体により生産される。皮質回路へ一本化するために、介在ニューロンは腹側の起点からそれらの標的の背側皮質領域への長距離の移動を行う。この長距離の接線方向移動は、多くのシグナル伝達経路により制御されており、幾つかの神経学的疾患関連遺伝子中の突然変異が介在ニューロンの移動を破壊しうる。しかしながら、患者特異的突然変異とヒト脳発生との相互関係は、適当な実験ヒトモデル系を持たず、謎のままである。
【0006】
かくして、自然の、特にヒトの大脳の追加の特徴を、脳に密接に類似しておりかつできるだけ後方の/数の大きい段階へ、脳の発生を大型インビトロ(in vitro)培養においてモデル化する需要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、少なくとも2つの組織型を有する二分化または多分化した組織の生産方法であって、目的の分化段階まで発生した第一の組織を提供し;前記第一の組織の目的の分化段階とは異なる第二の組織を提供し;前記第一および第二の組織を、増殖による融合に十分な近位に配置し;前記第一および第二の組織を増殖させ互いに融合できるようにし;それにより異なる分化段階を有する第一および第二の組織を含む二分化または多分化組織を生産する方法を提供する。
【0008】
また、少なくとも2つの組織型を有する二分化または多分化した組織の生産方法であって、第一の組織を目的の分化段階まで発生させ;第一の組織の目的の分化段階とは異なる目的の分化段階まで第二の組織を発生させ;前記第一および第二の組織を、増殖による融合に十分な近位に配置し;第一および第二の組織を増殖させそして互いに融合できるようにし;それにより異なる分化段階を有する第一および第二の組織を含む二分化または多分化した組織を生産する方法を提供する。
【0009】
本発明はさらに、そのような方法により得ることができるインビトロの二分化または多分化した組織を提供する。特に、異なる分化段階の少なくとも2つの組織型を有する二分化または多分化組織であって、組織型の少なくとも1つは腹側神経組織を含み、少なくとももう1つの組織型は実質的に非腹側であるが、実質的に非腹側組織の細胞の5%以下を占める腹側神経組織からの移動細胞を含み、その最長寸法が100μmから10 mmである二分化または多分化した組織が提供される。
【0010】
更に、二分化または多分化組織の発生に影響を与える候補化合物を試験する方法であって、本発明の方法において細胞または組織を候補化合物と接触させ、または本発明の組織を候補化合物と接触させそして前記接触組織を培養液中に維持し、そして前記候補化合物による接触を伴わない前記組織と比較して組織の任意の発生上の変化を観察することを含む方法が提供される。
【0011】
また、腹側分化誘導剤および背側分化誘導剤、好ましくは腹側分化誘導剤としてのWNT阻害剤および/またはSSHエンハンサー、好ましくは背側分化誘導剤としてのSSH阻害剤を含む組織培養を提供するのに適したキットも提供される。このキットは、本発明の方法に有用であり、使用することができる。
【0012】
本発明の全ての実施形態は下記の詳細な説明において一緒に説明され、全ての好ましい実施形態は、同様に全ての実施形態、態様、方法、組織およびキット等に関する。例えば、キットまたはそれらの構成成分は、本発明の方法で使用することができ、または本発明の方法に適することができる。記載の方法で使用される任意の構成成分は、キットに含めることが可能である。本発明の組織は、本発明方法の結果であるか、本発明方法で使用することができる。本発明方法の好ましい詳細な説明は、本発明の適合性についておよび得られる組織についても同様に読み取れる。異なって言及しない限り、全ての実施形態は互いに組み合わせることができる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、少なくとも2つの組織型を有する二分化または多分化した組織を生産する方法であって、目的の分化段階で/に、第一の組織を提供または発生させ;第一の組織の目的の分化段階とは異なる目的の分化段階で/に、第二の組織を提供または発生させ;増殖による融合に十分な近位に、前記第一および第二の組織を配置し;第一および第二の組織を増殖させそして互いに融合するようにし;それにより、異なる分化段階を有する第一および第二の組織を含む二分化または多分化組織を生産するという段階を含む方法を提供する。この方法は、通常、バイアルまたは培養皿のような容器または他の細胞培養器において、インビトロまたはエクスビボで実施される。典型的には、第一および/または第二の組織、特に両方(および場合により追加の組織)は、インビトロで、すなわちインビトロ培養から誘導される。好ましくは、第一および/または第二の組織、特に両方(および任意に追加の組織)は、多能性幹細胞からインビトロで、または言い換えれば、多能性幹細胞のインビトロ培養から誘導される。第一および/または第二の組織、特に両方(および任意で追加の組織)が(例えば患者から単離された細胞から誘導することができる)人工多能性幹細胞から誘導される場合、または、言い換えれば、人工多能性幹細胞のインビトロ培養から誘導することができる。
【0014】
3D(三次元)培養を含む人工組織培養法は、国際公開第WO2014/090993号パンフレット;Lancaster他、Nature 501、373-379(2013);Lancaster&Knoblich、Science 345、1247125-1247125(2014);およびLancaster&Knoblich、Nat Protoc 9、2329-2340(2014)から既知である(全て参照により本明細書に組み込まれる)。そのような従来法は、本発明の二分化または多分化組織の一部を構成する第一および第二の組織並びに任意の追加の組織を発生させるために本発明に従って使用することができる。PCT/EP2017/050469(参照により本明細書に組み込まれる)は、三次元マトリックス中の支持体上にオルガノイドを構築する改善方法を記載している。そのような方法も本発明に従って使用可能である。また、米国特許出願第2011/0143433号公開公報は、組織へと発生することのできる幹細胞の培養を記載しており、それも本発明に従って使用することができる。従来のオルガノイドは、自然の脳に類似した特性や層構造を有する人工的インビトロ神経組織の創製に成功した。
【0015】
要約すると、多くの組織が開発されている。そのような組織は、目的の所定の分化段階に発生した第一の組織として、および目的の所定の分化段階での第二の(および場合により任意の追加の)組織として、本発明の出発点として使用することができる。特に興味深いのは、神経組織または神経系組織である。神経組織は複雑な分化パターンを経て発生するがゆえに、人間の脳の正確なモデリングは発生生物学の上で困難をもたらす。進歩はしたが(Lancaster 他およびLancaster&Knoblich、前掲による全ての文献)、動物または人間の脳に進化することができる組織の完全な発生をモデリングすることは、まだ手の届かないままである(Brustle、Nature 501 (2013): 319-320; Chambers他、Cell Stem Cell (2013)13: 377-378)。神経組織において特定の有利な効果と結果が提示されているため、本発明の方法や組織は神経組織に関連することが好ましいが、本発明の利点は任意の種類の組織に可能であるため、これは特定の組織への本発明の貢献の制限として理解されるべきではない。
【0016】
第一、第二および任意に追加の組織の細胞は、特定の臓器型に発生するか、特定の分化終末に向かって分化を開始している。組織の細胞は多能性になっていてよく(以前から多能性であるものからまたはほとんど分化していなかったものであっても)、一部の細胞は単能性または体細胞組織の細胞であってもよい。組織の終末は任意の組織に向けられてよい。好ましくは、標的組織は、神経組織、結合組織、肝組織、膵臓組織、腎臓組織、骨髄組織、心臓組織、網膜組織、腸組織、肺組織、および内皮組織から選択される。例えば、組織は、組織特異的分化を受けたそのような組織の任意の幹細胞を含み得る。好ましくは、組織は、ニューロンまたは神経原性、脂質生成、筋原性、腱原性、軟骨原性、骨原性、靭帯原性、皮膚原性、肝細胞、または内皮細胞から選択された細胞を含む。場合により組み合わせも可能であり、例えば臓器組織(例えば神経、筋原性、肝臓)と支持組織に発生する細胞(例えば内皮細胞、脂肪細胞、靭帯生成細胞)との組み合わせも可能である。当該方法において、分化は、分化誘導剤とも呼ばれる公知の組織特異的成長因子または分化因子によって開始されてよい。そのようなものは例えば当該技術分野で知られており、例えば国際公開第WO 2009/023246 A2、WO 2004/084950 A2およびWO 2003/042405 A2号パンフレットに開示されている。更に、分化または成長因子は、骨形態形成タンパク質、軟骨由来の形態形成タンパク質、成長分化因子、血管新生因子、血小板由来成長因子、血管内皮成長因子、表皮成長因子、線維芽細胞増殖因子、肝細胞増殖因子、インスリン様成長因子、神経成長因子、コロニー刺激因子、神経栄養因子(ニューロトロフィン)、成長ホルモン、インターロイキン、結合組織成長因子、副甲状腺ホルモン関連タンパク質(例えば、PCT国際公開WO 2004/084950 A2パンフレットに開示されたもの)であることができる。これらの因子/剤は商業的に入手可能であり、更に説明する必要はない。もちろん、このような因子/剤は、上記の組織型のいずれか1つについて、本発明のキットの中に含まれてもよい。好ましくは、神経組織または神経性組織が本方法で使用され、またはキットで提供され、好ましくは神経細胞または神経性細胞が本発明の組織の中に存在する。
【0017】
組織は、任意の組織、特に上記のものに対する前駆細胞、例えば幹細胞を含んでもよい。前駆細胞は、好ましくは、全能性幹細胞、多能性幹細胞、多分化能性幹細胞、間葉系幹細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、膵臓幹細胞、心臓幹細胞、胚幹細胞、胚性生殖細胞、神経幹細胞、特に神経堤幹細胞、腎臓幹細胞、肝臓幹細胞、肺幹細胞、血管芽細胞、および内皮前駆細胞から選択される。本方法で使用される多能性細胞または前駆細胞は、脱分化した軟骨形成細胞、筋形成細胞、骨形成細胞、腱形成細胞、靭帯形成細胞、脂肪生成細胞、または皮膚形成細胞から誘導することができる。
【0018】
分化は、細胞を組織特異的な成長因子または分化因子と接触させることにより達成できる。次いで、細胞は所望の組織へと発生し得る。そのような組織特異的成長因子または分化因子は、神経または神経原性、筋原性、腱原性、軟骨原性、または骨原性の分化因子、特に好ましくは神経分化因子であり得る。これは、その後の発生における各々の細胞組織型への発生を決定するだろう。それにより、細胞は多能性細胞から多分化能性細胞へと移行する。その場合、他の組織型は可能でないかまたは多能性状態への復帰によってのみ再び可能になる。通常、全ての細胞が選択した組織型に分化するわけではない。通常、約30%以上または少なくとも40%または少なくとも50%、または少なくとも60%または少なくとも70%または少なくとも80%の細胞が、選択した組織型への分化を開始し、そして各々の組織の運命を持つ多分化能性細胞による分化能(細胞量の割合としての%値)を減少させるように形質転換することで十分である。もちろん、この分化運命は、人工的な成長および脱分化刺激剤の使用によって未分化状態または低分化状態へと戻らない細胞にのみ適用される。明らかに、体細胞でさえも多能性細胞へと戻すことができ、これは、本明細書で分化状態を定義する場合には意味しない。好ましくは、細胞を多能性細胞に戻す因子は1つも細胞に導入されない。
【0019】
本発明の第一、第二および任意に追加の組織は、異なる発生または分化段階を有する。そのような異なる分化とは、組織が、異なる組織型、例えばサブタイプまたは他の異なる臓器領域または臓器組織領域、腹側および背側の発生、および/または異なる脳領域の発生、および/または左脳および右脳半球の発生、などの異なる組織型への分化を少なくとも開始したことを意味する。
【0020】
次いで、第一、第二および任意に追加の組織を互いの近位に配置し、一緒に増殖または融合させる。これにより、驚くべきことに、この結合または融合した組織(二分化組織または多分化組織とも呼ばれる)の発生において注目すべき新たな知見が得られた。例えば、前脳の発生には、腹側から背側への長距離に渡るGABA作動性介在ニューロンの移動が伴う。てんかん、自閉症、統合失調症などの神経精神疾患には、介在ニューロン移動の欠陥が関係しているが、このプロセスをヒトで研究するためのモデル系はまだ不足している。独立したパターン化されたオルガノイドを単一の組織にうまく合体させるオルガノイド共培養「融合」パラダイムが開発された。本発明の二分化または多分化組織は、従来のオルガノイドモデルの有利性を達成するだけでなく、ヒト介在ニューロン移動など、組織型間の細胞移動(遊走)のモデルを提供するのに適する。脳オルガノイドの場合、背側および腹側前脳に対して指定されたオルガノイドを融合することにより、連続した背腹軸が顕示された。蛍光レポーターを使用して、腹側から背側前脳へのGABA作動性介在ニューロンの方向性のある移動をモニタリングできる。これらの細胞の分子分類学および移動動力学は、皮質介在ニューロンのそれに類似している。人間の介在ニューロン移動のタイムラプス撮影が可能である。また、そのような移動の阻害、例えばCXCR4拮抗薬AMD3100による阻害も観察可能である。結果は、脳オルガノイド融合培養が異なる脳領域間の複雑な相互作用をモデル化できることを証明する。再プログラミング技術と組み合わせることにより、融合は、神経精神病患者の細胞を使用して複雑な神経発生障害を分析する可能性、および有力な候補の治療化合物を試験する可能性を提供する。
【0021】
細胞共培養は当該分野で知られている。例えば、幹細胞は、幹細胞に追加の支持因子または発生因子を提供するために他の細胞と混合して培養される(Paschos他、Tissue Eng Regen Med(2014)DOI:10.1002/term.1870)。本発明は、異なる種類の共培養に関する。本発明は、組織レベルでの共培養であって、2種以上の異なって発生した組織を一緒に培養し、融合組織、二分化組織または多分化組織を形成する共培養を提供する。元の異なる組織は二分化組織または多分化組織内で組織型の別々の領域を保持しているので、元の異なる組織の個々の細胞は実施者により混合されない。ただし、細胞移動はもちろん許容される。実際、ある組織から別の組織への自然な細胞移動が切望され、融合組織の自然な発生を示す。一部の細胞は、異なる組織型間の連結部を形成する。
【0022】
組織を増殖させて二分化または多分化組織を構築することは、組織培養の分野で周知のように実施することができる。三次元マトリックスで培養することが好ましい。三次元マトリックスは、皿の平面上での二次元(2D)培養などの2D培養とは異なる。「三次元培養」とは、培養物が片側の壁(培養皿の底板など)によって遮られることなく三次元全てに広がることができることを意味する。そのような培養物は好ましくは浮遊状態にある。三次元マトリックスは、ゲル、特に堅く安定したゲルであってよく、増殖する細胞培養物/組織の更なる拡張と分化をもたらす。適切な三次元マトリックスはコラーゲンを含んでもよい。より好ましくは、三次元マトリックスは細胞外マトリックス(ECM)、またはコラーゲン、ラミニン、エンタクチンおよびヘパリン硫酸化プロテオグリカンから選択されたそれの任意成分、またはそれらの任意の組み合わせを含む。細胞外マトリックスは、EHS(Engelbreth-Holm-Swarm)腫瘍もしくはその任意構成成分、またはラミニン、コラーゲン、好ましくはIV型コラーゲン、エンタクチン、および任意に追加のヘパラン硫酸化プロテオグリカンまたはその任意の組み合わせに由来し得る。このようなマトリックスはマトリゲル(Matrigel;登録商標)である。マトリゲルは、当技術分野で知られており(米国特許第4,829,000号)、以前から3D心臓組織(WO 01/55297 A2)または神経組織(WO 2014/090993)をモデル化するために使用されている。好ましくは、マトリックスは、ラミニン、コラーゲンおよびエンタクチンを、好ましくは30%~85%ラミニン、3%~50%コラーゲン、およびマトリックスがゲルを形成するのに十分なエンタクチン、通常は0.5%~10%エンタクチンの濃度で含む。コラーゲン量がゲル形成に不十分である場合は、ラミニンがゲルを形成するためにエンタクチンの存在を必要とすることがある。更により好ましくは、マトリックスは、重量部で約50%~85%のラミニン、5%~40%のコラーゲンIV、任意に1%~10%のニドゲン、任意に1%~10%のヘパラン硫酸プロテオグリカンおよび1%~10%エンタクチンを含む、少なくとも3.7 mg/mLの濃度を含む。マトリゲルの固形成分は通常、約60%ラミニン、30%コラーゲンIV、8%エンタクチンを含む。マトリックス成分に与えられた全ての%値は重量%である。エンタクチンは、ラミニンとコラーゲンと相互作用する架橋分子である。そのようなマトリックス成分は、工程 r)において添加することができる。これらの構成要素は、本発明のキットの好ましい一部分でもある。三次元マトリックスは、成長因子、例えばEGF(表皮成長因子)、FGF(線維芽細胞成長因子)、NGF、PDGF、IGF(インスリン様成長因子)、特にIGF-1、TGF-β、組織プラスミノーゲン活性化因子のいずれか1つを更に含んでよい。三次元マトリックスはこれらの成長因子のいずれも含まなくてもよい。
【0023】
一般に、三次元マトリックスは生体適合性マトリックスの三次元構造である。好ましくは、それはコラーゲン、ゼラチン、キトサン、ヒアルロン酸、メチルセルロース、ラミニンおよび/またはアルギン酸塩を含む。マトリックスは、ゲル、特にヒドロゲルであり得る。有機化学物質のヒドロゲルは、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸ナトリウム、アクリレートポリマー、および豊富な親水性基を持つコポリマー(共重合体)を含んでもよい。ヒドロゲルは、親水性のポリマー鎖のネットワークを含み、水が分散媒であるコロイド状ゲルとして存在する場合もある。ヒドロゲルは、高度に吸収性の(それらは99重量%以上の水分を含むことができる)天然または合成ポリマーである。また、ヒドロゲルは、それらの相当な水分量のために、自然の組織に非常に類似した、ある程度の柔軟性を有する。三次元マトリックスまたはその構成成分、特にECMもしくはコラーゲンは、生産された組織培養物中に残存していることも可能である。好ましくは、三次元マトリックスはコラーゲン基質であり、好ましくはI型および/またはIV型コラーゲンを含む。
【0024】
融合の出発材料として使用される第一、第二および任意で追加の組織は、上記のように三次元マトリックスにおいて増殖または分化させることもできる―もちろん、上述したような所望の組織型への分化に適切な成長因子を使用することができる。従って、本発明は、細胞、好ましくは幹細胞を三次元マトリックス中で増殖させ、本発明方法で更に使用することができる第一および/または第二および/または追加の組織へと細胞を分化させる段階を提供する。本発明はまた、三次元マトリックスにおいて増殖させた組織の使用を提供する。
【0025】
好ましくは、目的の分化段階への第一の組織の発生は、異なる目的の分化段階への第二の組織の発生から切り離される。第一と第二の組織の(およびまた使用を意図する場合は追加の組織の)分化を分離することで、分化をより適切に制御可能にする。もちろん、少なくともある一定の段階にまで、例えば、一般的に神経組織または上述したような任意の別の臓器もしくは組織クラスといった一般臓器の目的地まで、特定の組織サブタイプ、例えば背側または腹側組織への別個の分化との、共分化も可能である。別個の分化は例えば、別々の容器、例えば異なるバイアル、フラスコまたは皿において可能である。
【0026】
特に、第一の組織および/または第二の組織を含む人工組織培養物が提供される。そのような培養物は、細胞または細胞の凝集体からインビトロで増殖させることができる。培養物は、特に、生体内で発生した脳またはそれの組織試料の培養物ではない。本発明を創製するための出発ブロックとして使用される第一と第二の組織は、好ましくは分離可能であり、すなわち、既に一緒には増殖していない。それらの組織は、例えば切断や断裂により、細胞やECM(細胞外マトリックス)の結合を切り離すことなく分離することができる。
【0027】
次に、増殖による融合を可能にする近位に第一の組織と第二の組織を配置する。両組織は、直接隣接して置かれるか、または増殖によって組織同士の結合を可能にするようなわずかな空間(例えば上述の三次元マトリックスの、マトリックス材料により満たされた空間)を開けて配置される。そのような距離は、0.001μmから50μm、好ましくは0.01μmから20μm、または0.1μmから10μm、または最大1μmであり得る。増殖による融合に十分な近さに前記第一および第二の組織とを配置し、第一の組織と第二の組織を増殖させ、互いに融合させる段階は、好ましくは、例えばヒドロゲルのような3Dマトリックスなどの適切な培養培地またはマトリックス中に配置した後、浮遊培養において実施される。
【0028】
混合中およびその後も、組織は好ましくは三次元マトリックス中で培養される。従って、第一および第二(および場合により追加の)組織は、上述の三次元マトリックス材料、好ましくはヒドロゲルの内側に配置される。その後、組織は増殖と融合を続け、二分化組織または多分化組織を形成する。二分化組織または多分化組織は、更なる発生のためにヒドロゲルなどの三次元マトリックス中で増殖または維持を続けることができる。そのような更なる発生としては、ある組織型から別の組織型への細胞の移動を可能にすることを含む。両組織型は、元々別個の第一の組織と第二の組織(および場合により、存在する場合には追加の組織)によって生み出された組織である。従って、好ましい実施形態では、本発明は、前記二分化組織または多分化組織における第一の組織から第二の組織への細胞の移動を含む。
【0029】
好ましくは、組織は、結合(融合)後でも更に培養される。結合後、組織型間の細胞移動などの興味深いプロセスが観察される場合がある。更なる発生が起こる場合もある。好ましくは、二分化組織または多分化組織は、融合後少なくとも5日間、好ましくは融合後少なくとも10日間培養される。
【0030】
本発明の好ましい実施形態では、組織は神経組織であり、特に、本発明の二分化または多分化組織は脳オルガノイドである。脳オルガノイドは、例えばWO2014/090993、PCT/EP2017/050469、Lancaster他、Lancaster&Knoblich(全て前掲)に開示されている。オルガノイドは、現実的ミクロ解剖学を示す、三次元で試験管内生産された臓器のミニチュア化および簡略化版である。それらは、組織、胚幹細胞、または人工多能性幹細胞の1つまたは数個の細胞から派生する。これらの細胞は自己再生能力と分化能力をもつために、三次元培養で自己組織化できる。第一、第二および任意に追加の組織は、既にオルガノイドであるか、または対応する成長因子もしくは分化因子刺激が与えられるとオルガノイドに発生することができる。好ましくは、少なくとも二分化または多分化組織はオルガノイドに増殖し、次いでオルガノイドは二分化または多分化オルガノイドになる。
【0031】
好ましくは、少なくとも第一の組織は、好ましくは外側放射状グリア、皮質脳室下帯、および皮質内部線維層(および/または神経前駆細胞およびニューロンを含む)を含む、神経組織を含む。代替的または付加的に、特に付加的に、少なくとも第二の組織は、好ましくは外側放射状グリア、皮質脳室下帯および皮質内部線維層を含む(および/または神経前駆細胞およびニューロンを含む)神経組織を含むことが好ましい。これらの領域、帯および層は、高度に発生した脳オルガノイドの特徴であり、好ましくは、高度な神経発生を研究するために提供される。好ましくは、二分化または多分化組織は、好ましくは外側放射状グリア、皮質脳室下帯および皮質内部線維層を含む(および/または神経前駆細胞およびニューロンを含む)神経組織を含む。
【0032】
好ましくは、第一の組織の分化段階は、腹側前脳前駆組織または吻側-腹側(rostro-ventral)前脳組織を含む。腹側または腹側様組織型へのこの分化は、WNT阻害および/またはSHHシグナル伝達の増強によって開始され得る。第一の組織の細胞を処置するために使用できる適切なWNT阻害剤はIWP2(「WNT Production-2の阻害剤」、例えばCAS番号:686770-61-6)である。第一の組織の細胞を処置するために使用できる適切なSHHシグナル伝達エンハンサーはSAG(「Smoothened Agonist」、例えばCAS番号:364590-63-6)である。実施例に記載されている濃度を使用することができる。WNT阻害および/またはSHHシグナル伝達増強は、好ましくは神経系誘導、すなわち、神経組織発生へ向けた前駆細胞の分化と同時である。同様に、好ましくは、第二の組織の分化段階は、腹側前脳または背側前脳への分化を伴わない背側前脳組織または神経外胚葉を含む。背側または背側様組織型への分化は、SHH活性阻害によって開始され得る。第二の組織の細胞の処置に使用できる適切なSHH活性阻害剤は、シクロパミンA(CycA)である。実施例に記載されている濃度を使用することができる。SHH阻害は、好ましくは神経系誘導、すなわち神経組織発生へ向けた前駆細胞の分化と同時である。好ましくは、二分化または多分化組織は、第一の組織に対応する、1つの組織領域の腹側前脳前駆組織または吻側-腹側前脳組織;および第二の組織に対応する、別の組織領域の腹側前脳組織、または腹側もしくは背側前脳に分化しない神経外胚葉を含む。簡単に言えば、腹側および背側組織は、神経細胞、特に介在ニューロンを形成する細胞といったGABA作動性神経細胞の移動など、高度な神経発生の観察を可能にする。そのような細胞は腹側領域から移動する可能性があり、従って、本発明の第一組織および/または二分化もしくは多分化組織に存在することが好ましい。
【0033】
好ましくは、二分化または多分化組織は、神経板または更に神経管に発生するように分化誘導される。本発明の二分化または多分化組織には、神経板または神経管が存在してもよい。
【0034】
本発明の好ましい実施形態では、第一の組織は、少なくとも100μm、好ましくは少なくとも150μm、特に好ましくは少なくとも200μmのサイズに増殖される。同様に、好ましくは、第二の組織は、少なくとも100μm、好ましくは少なくとも150μm、特に好ましくは少なくとも200μmのサイズに増殖される。好ましくは、第一および第二の組織のサイズは、融合して二分化または多分化組織を形成する前、ほぼ同じサイズに増殖される。ほぼ同じサイズとは、体積が最大で40%、好ましくは最大で30%、最大で20%、または最大で10%異なることを意味する。「サイズ」とは、3D空間の最長寸法を指す。好ましくは、組織は形状が球状であり、特に、最短寸法が最長寸法の20%以上、特に最長寸法の30%以上または40%以上であるものである。好ましくは、第一および/または第二の組織の体積は、少なくとも1×106μm3、特に好ましくは少なくとも2×106μm3、少なくとも4×106μm3、少なくとも6×106μm3である。二分化または多分化組織は、同じサイズ、形状および体積、または少なくとも8×106μm3、少なくとも10×106μm3、少なくとも15×106μm3の体積および/または少なくとも250μm、特に好ましくは少なくとも350μmのサイズを有する。
【0035】
第一および第二の組織は通常、細胞の小凝集体であり、最大で2 mm、好ましくは最大で1250μmまたは最大で800μmのサイズ、例えば最大で8 mm3、最大で2 mm3、または最大で1 mm3の体積を有してもよい。いくつかの実施形態では、二分化または多分化組織は、最大で15 mm、好ましくは最大で10 mmまたは最大で5 mmのサイズで、例えば最大で60 mm3、最大で30 mm3、または最大で10 mm3の体積で、より大きくてもよい。
【0036】
第一および第二の組織は、特定の分化発現マーカーを発現するか、特定の分化シグナルとしてそのような発現マーカーの発現を欠いていてもよい。発現マーカーは、これら2つの組織の異なる分化を示す印である。
【0037】
好ましくは、本発明の第一の組織および/または二分化もしくは多分化組織は、DLX2を発現する細胞を含む。DLX2は、腹側前脳アイデンティティの細胞で発現される。好ましくは、この組織型は本発明の組織に含まれる。
【0038】
好ましくは、本発明の第一の組織および/または二分化もしくは多分化組織は、GSX2を発現する細胞を含む。GSX2は、背外側神経節隆起および尾節神経節隆起細胞において発現する。好ましくは、この組織型は本発明の組織に含まれる。
【0039】
好ましくは、本発明の第一の組織および/または二分化もしくは多分化組織は、NKX2-1を発現する細胞を含む。NKX2-1は、腹側-内側神経節隆起アイデンティティの細胞において発現する。好ましくは、この組織型は本発明の組織に含まれる。
【0040】
好ましくは、本発明の第一の組織および/または二分化もしくは多分化組織は、LHX6を発現する細胞を含む。LHX6は、腹側-内側神経節隆起のアイデンティティのサブ領域の細胞において発現する。好ましくは、この組織型は本発明の組織に含まれる。
【0041】
好ましくは、本発明の第一の組織、第二の組織、および/または二分化もしくは多分化組織は、FoxG1を発現する細胞を含む。FoxG1は、背側皮質アイデンティティの細胞において発現する。好ましくは、この組織型は本発明の組織に含まれる。
【0042】
好ましくは、本発明の第二の組織および/または二分化もしくは多分化組織は、TBR1を発現する細胞を含む。TBR1は、背側前脳アイデンティティの細胞で発現する。好ましくは、この組織型は本発明の組織に含まれる。
【0043】
好ましくは、本発明の第二の組織および/または二分化もしくは多分化組織は、TBR2を発現する細胞を含む。TBR2は、背側皮質アイデンティティの細胞で発現する。好ましくは、この組織型は本発明の組織に含まれる。
【0044】
本発明の二分化または多分化組織は、それらを生じさせた第一および第二の組織を連想させる組織型間の融合領域を含み得る。そのような融合領域は、組織型の領域を並置することを可能にし、一方の側が第一の組織型であり、他方の側が第二の組織タイプである連続組織である組織をもたらす。
【0045】
好ましくは、第一および/または第二の組織は、第一および第二の組織の群のうちの他方によって発現されない検出可能マーカーを発現する。好ましい実施形態において、存在する場合には追加の組織にも、同じことが当てはまる。検出可能マーカーを前の段落の発現マーカーと混同してはならない。ここで検出可能マーカーとは、組換え発現などのために、前記組織の標識として第一および/または第二の組織の細胞に導入される標識のことを言う。強調点は、蛍光マーカーの場合には、簡単な検出と測定である。検出可能マーカーは、色または蛍光などの光学信号を提供することが好ましい。検出可能マーカーを使用して、二分化または多分化組織全体に渡り第一または第二の組織由来の細胞(組織型)を追跡することができる。前述のように、細胞は組織型間を遊走して移動することができる。
【0046】
本発明はまた、本発明の方法により得られる二分化または多分化組織を提供する。本発明の方法によれば、インビトロで実施される場合、組織もインビトロで提供される。あるいは、げっ歯類などの非ヒト動物に移植してもよい。
【0047】
本発明は、異なる分化段階の少なくとも2つの組織型を有する二分化または多分化組織を提供し、ここで前記組織型の少なくとも1つは腹側神経組織を含み、そして少なくとも1つの別の組織型は実質的に非腹側であるが、実質的に非腹側組織の細胞の5%以下を占める腹側神経組織からの移動細胞を含む。また、この組織は、インビトロで提供されるか、げっ歯類などの非ヒト動物に移植されてもよい。インビトロとは上記と同じ意味であり、好ましくは組織はバイアルなどの容器で提供される。それは、浮遊状態でまたは浮遊可能な、すなわち容器の壁面に固定されていない状態で提供されてもよい。
【0048】
本発明の組織は、異なる分化段階に発生させた組織の使用による異なる組織の融合の生産物であるため、本発明の二分化または多分化組織は、これらの異なる組織融合を反映してそれを含むだろう。上記のような任意の発生段階、例えば腹側または背側の発生組織が好ましい。他の実施形態は、上述したようにてんかん、自閉症および統合失調症などの神経精神疾患から選択された疾患など、健常な発生段階と罹患した発生段階の融合を提供する。また、2つの異なる罹患状態の融合も可能である。そのような融合は、疾患に応じて特徴的な細胞移動またはその機能障害を示す。移動(migration)は、他方の(通常は健常な)組織において観察することができる。健常とは、病気に罹患していない状態を意味する。好ましくは、ヒドロゲルなどの三次元マトリックスは、二分化組織または多分化組織にもまだ存在する。
【0049】
好ましくは、移植用の非ヒト動物は、組織拒絶反応を回避するために免疫不全状態である。
【0050】
そのような組織は、腹側の第一の分化組織が、背側の第二の分化組織のような別の非腹側分化組織と融合されている組織、または神経分化組織(それ以上腹側分化しない)が上記に詳述したように融合されている組織を構成する。もちろん、上記の全ての好ましい実施形態は、この組織、特に領域、サイズ、および検出マーカーや発現マーカーなどの実施形態にも関連する。例えば、組織型の少なくとも1つは、二分化または多分化組織の別の組織型によって発現されない検出可能マーカー、好ましくは蛍光マーカーを発現する。これにより、他の組織型へと移行しうる前記組織およびその細胞を簡単に検出することができる。好ましくは、マーカーを有する組織型は、腹側の分化した第一の組織である。
【0051】
提供される組織は、遊走性細胞または移動細胞を含んでよい。そのような細胞は、実質的に非腹側(例えば背側)の別の組織型に移動していてもよい。非腹側組織中の腹側神経組織から移動した細胞は、実質的に非腹側組織の細胞の5%以下(非腹側/第二組織の細胞量の%で)を構成してもよい。好ましくは、腹側細胞のまたは通常は第一組織の細胞の5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、または1%以下が、非腹側組織に、または通常は第二組織または場合により追加の組織に認められる(腹側/第一組織の細胞が認められる組織の細胞量の%)。
【0052】
二分化または多分化組織は、好ましくは、その最長寸法が100μm~10 mmのサイズであるか、または前述したような任意のサイズ、形状もしくは体積を有する。250μm~10 mmまたは500μm~5 mmのサイズが好ましい。
【0053】
本発明の二分化または多分化組織は、球状体の形で、例えば一定の形状またはアスペクト比(寸法比)のいずれかにおいて上述のような形で提供されてもよい。二分化または多分化組織は、組織切片として提供されてもよい。二分化または多分化組織を上記のように増殖させ、その後、組織切片を取得することができる。そのような切片は、例えば、厚さが3μm~100μmまたは5μm~50μmまたは10μm~30μm、好ましくは約20μmでありうる。他の寸法、例えば上述したような最長寸法が切片にまだ示されるかもしれない。薄片化は凍結状態で行うことが好ましい。切片は組織切片内のマーカーの検出および/または発現を検出するのに用いることができる。切片は顕微鏡イメージングに用いることができる。
【0054】
前記組織は人工組織と見なされる。「人工」とは、インビトロで増殖され、サイズ、一貫性、形状、細胞組織化のような人工培養の幾つかの特性をもつことを意味する。形状は不規則で自然の組織とは異なってもよく、細胞組織化はサイズ制限のために異なってもよい。特に、「人工」は、自然発生の組織と臓器並びにその部分、例えば自然組織の切片を除外する。三次元マトリックスはまだ培養物中にあってよく、そして/または人工組織は、そのようなマトリックス中での増殖により決定された形状を有してよい。例えば。培養物は、三次元マトリックス、特に上記のようなマトリックス中で増殖させることにより得ることができる。好ましくは、本発明の組織はオルガノイド、特に脳オルガノイドである。
【0055】
組織は、上述した任意の組織型のもの、例えば神経組織、結合組織、肝組織、膵臓組織、腎臓組織、骨髄組織、心臓組織、網膜組織、腸組織、肺組織および内皮組織であることができ;そして、例えば上述した幹細胞のような任意の細胞を含んでもよい。
【0056】
本発明は、ヒト皮質介在ニューロン移動の分析を可能にするオルガノイド融合アッセイを提供する。この技術は、脳オルガノイドに利用できる表現型アッセイのレパートリーを強化し、ひいてはヒト神経学的疾患の発生細胞生物学の研究に利用できる表現型の複雑性を高める。
【0057】
例えば、二分化または多分化組織の発生に影響を与える候補化合物を試験するまたはスクリーニングする方法であって、本発明のいずれか1つの方法において細胞または組織をその候補化合物と接触させるか、または本発明の組織を候補化合物と接触させそして前記接触させた組織を培養中に維持し、そして前記候補化合物と接触することなく前記組織と比較して組織中にいずれかの発生上の変化を観察することを含む方法が提供される。
【0058】
接触工程は、本発明組織へ発生させようとする細胞のまたは組織のもしくはそれの前駆組織(第一、第二および/または任意の追加の組織など)の処置工程である。候補化合物は、小有機分子、例えば100 Da~5000 Daの質量を有する分子であってもよい。他の候補化合物は、タンパク質、核酸、炭水化物などの生体分子であってもよい。更なる候補化合物は、エタノール等の溶媒などのバルク化学物質(もちろん、一般に細胞に有効な濃度で使用される)またはポリマーでありうる。治療は、化合物の特定の効果が期待できる濃度であるべきである。様々な濃度を並行して試験できる。通常、候補化合物の濃度は1 ng/mLから100 mg/mL、例えば100 ng/mLから1 mg/mLまでである。
【0059】
特に好ましくは、本発明の方法または組織を使用して、候補化合物としての薬物候補の副作用について試験することができる。好ましくは、何らかの変化を監視することにより、先天性障害の原因、性質および可能な治療法が調査される。例えば、本発明組織が潜在的に原因となる物質/環境変化/遺伝子組み換えに接触した時に、本発明組織の発生および/または増殖を監察することにより、催奇形効果を調べることができる。
【0060】
この方法により、候補化合物またはその他の環境の影響によって影響を受ける発生効果または発生障害(developmental effects or disorders)を調査することができる。初期分化の間にのみ効果が期待される場合、例えば第一および/または第二の組織または任意の更なる組織へと細胞を分化および増殖させる場合、(候補化合物等を)細胞と接触させることで十分である。後期分化および/または細胞の配置または増殖中に効果が期待される場合(例えば臓器特異的催奇形性物質)、第一および/または第二の組織または任意の追加の組織と接触させることで十分かもしれない。融合後または融合中に組織と接触させることも可能である。もちろん、これは細胞分化中の接触と組み合わせることができる。そのような催奇形性化合物は例えばエタノールであり、発生中に胚または胎児がそれに曝露されると、胎児性アルコール症候群などの胎児性アルコール障害を引き起こす。発生中の組織、例えば発生中の脳組織に対するエタノールの影響を、本発明の方法で調査することができる。
【0061】
1つの優先事項によれば、本発明は、本発明の方法の任意の段階において、i)細胞内の目的の遺伝子の発現を減少または増加させること、またはii)候補薬剤を細胞に投与することを含む、発生組織の効果を調査する方法であって、ここで前記細胞が、好ましくは組織型への分化および/または融合中に、本発明に従って二分化または多分化組織へと培養される方法を提供する。
【0062】
本発明の分化および/または融合方法を実施しそして該方法の任意の段階(上記のような)、好ましくは全段階で、候補薬剤を前記細胞に投与することを含む、目的の発生組織障害の治療に適した候補治療薬をスクリーニングする方法も提供される。
【0063】
また、発生効果、特に先天性障害に対する効果について候補薬剤を評価する方法も提供され、該方法は、本発明の組織に候補薬剤を投与し、または該方法の最中に(例えば分化中、第一/第二組織の発生中、融合中または融合後に)候補薬剤を投与し、そして前記組織の細胞の目的の活性を測定し、そして前記活性を、前記候補薬剤を投与しない組織の細胞の活性と比較することを含み、ここで(対照に対する)差次的活性が発生効果を示す。
【0064】
更に、化合物と物質のキットが提供される。該キットは、本発明の方法のいずれかを実行する手段を含むことができる。もちろん、一部の物質は標準物質であるかまたは一般に入手可能であるため、全ての物質をキット中に含める必要はない。それにもかかわらず、好ましくは、コア物質が提供される。他のキットでは、より希少な物質が提供される。もちろん、本発明のキットまたはそれらの物質を組み合わせてもよい。キットの構成成分は通常、バイアルやフラスコなどの個別の容器中に提供される。容器は一緒に梱包してもよい。好ましくは、キットは、本発明の方法またはその段階を実行するためのマニュアルまたは説明書を含む。
【0065】
本発明による組織培養を提供するのに適したキットが提供される。キットは、腹側分化誘導因子および背側分化誘導因子、好ましくは腹側分化誘導因子としてのWNT阻害剤および/またはSSHエンハンサーと、好ましくは背側分化誘導因子としてのSSH阻害剤とを含み得る。また、腹側または背側の分化活性のない神経増殖因子または分化因子も想定される。そのようなキットは、神経分化に、例えば脳オルガノイドを創製するために、使用することができる。代替キットには、上記の組織、組織型および臓器のいずれかの増殖または分化因子が含まれてもよい。
【0066】
好ましくは、キットは、上記のような三次元マトリックス、またはそのような三次元マトリックスを生成するためのそれらの構成成分を含む。マトリックス成分は、例えば、水和によって、マトリックスへと再構成することができる凍結乾燥状態などの固体状態で提供されてもよい。上記のマトリックスまたはそれらの構成成分は、キットに含まれている場合がある。好ましくは、マトリックスはヒドロゲル、特に上記のコラーゲン・ヒドロゲルである。キットは、そのような再構成可能な成分(好ましくはコラーゲン成分)を含んでもよい。さらに好ましいマトリックス成分は糖類、特にポリマー形態の糖類(多糖類)である。好ましい多糖類はアガロースである。
【0067】
任意のキットは、細胞増殖栄養素、好ましくはDMEM/F12、ウシ胎児血清、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、2-メルカプトエタノール、またはそれらの任意の組み合わせを更に含んでよい。実施例に記載されている化合物はすべてキットに含めることができる。
【0068】
本明細書で説明される任意の方法または製品は、本明細書で説明される他の任意の方法または製品に関して実装することができ、異なる実施形態を組み合わせることができると考えられる。
【0069】
出願当初のクレームは、任意の出願当初クレームまたは出願当初クレームの任意の組み合わせに多重従属するクレームを網羅するものと想定される。本明細書で説明する任意の実施形態は、本発明の方法または産生物に関して実装することができ、逆もまた同様であると考えられる。特定の条件に関して検討された任意の実施形態は、異なる条件に関して適用または実装することができる。更に、本発明の組成物およびキットを使用して、本発明の方法を達成することができる。
【0070】
「含む」とは、制限のない用語、すなわち、物の更なる構成要素または段階を可能にするものとして理解される。「から成る」とは、物の更なる構成要素または段階を含まない閉鎖的な用語として理解される。
【0071】
本出願明細書全体を通して、「約」という用語は、値がその値の決定に使用されるデバイスまたは方法の誤差の標準偏差を含むことを示すために使用されることがあり、または設定値においては±10%を指すことがある。
【0072】
本発明は、本発明のこれらの実施形態に限定されることなく、以下の図および実施例によって更に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【
図1】腹側薬剤処置は、脳オルガノイドを含む腹側前脳を産生する。(A)神経誘導段階において腹側薬剤パターン形成法適用(2.5μM IWP2および100 nM SAG)を使用した脳オルガノイドプロトコルの概略図。(B)qPCR/IHC分析に使用されるパターニングマーカーの局所的発現を示す、ヒト冠状脳スライスの概略図。(C)腹側脳オルガノイドにおける腹側の増加と背側前脳のアイデンティティの減少を示す、異なる脳領域マーカーの発現のqPCR分析。値は、参照遺伝子TBPに対する相対的発現レベル(2
-ΔCt)としてプロットされる。各データポイントは、8~10個のオルガノイドのプールバッチに対応する。データは平均値±SDとして表され、統計的有意性は、対照(n=6バッチ)対IWP2 + SAG(n=5バッチ)処置のスチューデントt検定(df=9)を使用してテストした。(D~E)対照および腹側脳オルガノイドの免疫染色分析の広視野画像。腹側オルガノイドの腹側前脳のアイデンティティ(D)、および対照オルガノイドの背側前脳のアイデンティティ(E)を示す。スケールバーは200μmである。
【0074】
【
図2】脳オルガノイドの融合により、腹側と背側の前脳組織間の細胞移動が可能になる。(A)脳オルガノイド融合共培養法の実験概要。(B)オルガノイド融合手順全体の様々な段階での代表的な広視野画像。(C)腹側::背側オルガノイド融合の免疫染色凍結切片のタイルスキャン画像は、腹側(NKX2-1
+)と背側(TBR1
+)領域の組み合わせを示す。(D)異なる年齢のオルガノイドからの免疫染色された腹側::背側オルガノイド融合凍結切片は、腹側から背側組織へのGFP
+細胞の移動の時間経過を示す。(E)背側組織のGFP
+細胞密度を、32日(n=3オルガノイド)、46日(n=3)、58日(n=4)、および80日(n=4)齢のオルガノイドの切片で定量化した。データは平均±標準偏差(SD)として提示され、一元配置ANOVA [F(3,10)=12.59、p=0.0010]を使用して、群間比較のためのpost-hoc(事後)テューキー検定で検定された統計的有意性が示される。スケールバーは500μmである。
【0075】
【
図3】脳オルガノイド融合の組織構成成分の混合は、腹側から背側への最も堅牢な移行を示す。(A)腹側(V)、対照(C)または背側(D)処置組織の異なる組み合わせを含む脳オルガノイド融合体が創製された。構成成分は、GFP(緑)またはtdTomato(赤)のいずれかで標識付けされた。(A)~80日齢のオルガノイド融合体の全載画像は、腹側-対照および腹側-背側オルガノイド融合体におけるtdTomato
+ 組織でのGFP
+スポット(矢印)の出現を示している。(B)免疫染色した混合オルガノイド融合体凍結切片のタイルスキャン共焦点画像は、GFP
+細胞が正中線(破線)を横切ってGFP
-オルガノイドに移動することを示す。(C)組織切片のGFP
-組織におけるGFP
+細胞密度の定量。各データポイントは個々のオルガノイドに対応し、データは平均±SDとして表され、一元配置ANOVA [F(3,19)=8.214、p=0.0010]を使用して群間のpost-hoc(事後)テューキー検定で検定された統計的有意性比較。腹側::対照(n=7オルガノイド)と腹側::背側(n=8)の融合は、対照::対照(n=4)と背側::背側(n=4)融合と比較してGFP
+細胞の最大移動を示す。スケールバーは500μmである。
【0076】
【
図4】GABA作動性介在ニューロンは、融合した背腹大脳オルガノイド間を移動する。(A)免疫染色した80日齢の腹側::背側オルガノイド融合凍結切片の全オルガノイド共焦点タイルスキャン画像。GFP
+細胞は、GFP
+腹側からGFP
-背側組織へ融合正中線(破線)を横切って移動することが観察できる。GABA作動性マーカーGAD1は、GFP(矢印)と同様のパターンで観察できる。(B~C)(A)のオルガノイド融合の周辺(B)および内部領域(C)の拡大図。GAD1を発現するGFP
+細胞は、両方の領域で観察できる(矢印)。(D)80日齢の腹側::背側オルガノイド融合凍結切片の背側領域におけるGFP/RELN免疫染色の共焦点画像は、移動したGFP
+細胞(矢印)がRELNを発現しないことを示している。(E)58日齢の腹側の背側領域におけるGFP/DCX/NeuN免疫染色の共焦点画像。移動性GFP
+細胞がDCX
+未熟ニューロン(黄色の矢印)であり、一部が成熟していることを示す背側オルガノイド融合凍結切片(DCX
+/NeuN
+)ニューロン(青い矢印)。スケールバーは(A)500μm、(B~E)20μmである。
【0077】
【
図5】腹側::背側の脳オルガノイド融合体における移動性介在ニューロンは、様々な介在ニューロンサブタイプマーカーを発現する。(A~H)80日齢の腹側::背側オルガノイド融合凍結切片の背側における免疫染色の共焦点画像。GABA作動性マーカーGAD1またはVGATの発現を使用して、介在ニューロンを特定した。GAD1またはVGATのいずれかを発現する様々な移動したGFP
+介在ニューロンの例が、MGE由来介在ニューロンマーカーSOX6(A)またはサブタイプマーカーSOM(B)、NPY(C)、CB(D)、PV(E)を発現することが観察された。移動したGFP
+介在ニューロンは、LGE/CGE由来介在ニューロンマーカーSP8(F)、COUP-TFII(G)、またはサブタイプマーカーCR(H)も発現した。スケールバーは20μmである。略語:SOM=ソマトスタチン、NPY=ニューロペプチドY、CB=カルビンジン、PV=パルブアルブミン、CR=カルレチニン、VGAT=小胞性GABAトランスポーター、GAD1=グルタミン酸デカルボキシラーゼ1。
【0078】
【
図6】脳オルガノイド融合体における移動細胞は、接線方向に移動する介在ニューロンの移動動態を示し、CXCR4活性に感受性である。(A)移動動態の短期的タイムラプス撮影、または長期的な薬剤処置のいずれかのオルガノイド融合スライス培養アッセイの模式図。腹側::背側オルガノイド融合スライス全体の代表的なタイルスキャン画像は、緑色でラベルされた腹側GFP
+領域と赤で囲まれたラベルなしまたはtdTomatoの背側領域で示される。(B)に示されている移動細胞を含む領域は、黄色のボックスで示される。(B)GFP
+細胞の移動を示す3日間のタイムラプス実験の静止画像。分岐した先導プロセスは、細胞体が先導プロセスの1つを辿るときに、枝の延長(閉じた矢印)と収縮(開いた矢印)の両方を示す。(C)軸索成長円錐のように見える房を持つ拡張神経突起(閉じた矢印)は、視野を横切って一方向に移動する。(D)未処置(対照)またはCXCR4阻害剤(AMD3100)で処置された長期オルガノイド融合スライス培養からtdTomato
+ 背側領域(赤い輪郭)に移動したGFP
+細胞の広視野画像。(E)スチューデントのt検定(df=4)で対照群(n=3オルガノイド)とAMD3100(n=3)処置群とを比較して統計的有意性をテストし、平均値±SDで表されるデータを使用した移動GFP
+細胞密度の定量化各データポイントは、個々のオルガノイドからの1つのスライスを表す。AMD3100処置したスライス培養では、移動細胞の数が少なくなる。スケールバーは、(A)500μm、(B~C)50μm、および(D)500μmである。
【実施例】
【0079】
実施例1:細胞培養
フィーダー依存性ヒト人工多能性幹細胞(hiP-SC)(Systems Biosciences社、カタログ番号SC101A-1)を、多能性検証済で汚染のない状態でSystems Biosciences社から入手した。フィーダー依存性hiPSCは、ゼラチンコーティングした(PBS中0.1%ゼラチン)6ウェル培養プレート上で、照射済マウス胚線維芽(MEF)フィーダー細胞(MTI-GlobalStem社、カタログ番号6001G)をヒト胚幹細胞(hESC)培地:20 ng/mL bFGF (IMBA institute Molecular Biology Service社のコア施設により製造)、3.5μL/500 mL 培地の2-メルカプトエタノール、20%ノックアウト血清(Invitrogen社製)、1% GlutaMAX (Invitrogen社製)、1%MEM-NEAA (Sigma社製)および3% FBSを含有するDMEM/F12培地(Invitrogen社製)を使って培養した。フィーダー未使用のH9ヒト胚幹細胞(hESC)は、検証済正常核型および汚染の無い状態でWiCell社から入手した。フィーダー未使用のhESCは、hESC適格マトリゲル(Corning社製、カタログ番号354277)でコーティングした6ウェルプレート上で、mTeSR1(Stemcell Technologies社製)を使って培養した。全ての幹細胞は5%CO2インキュベーター中37℃に維持した。hPSCを培養し分裂させるためには以前に説明された通りの標準手順を用いた(Lancaster & Knoblich Nat Protoc 9, 2329-2340 (2014))。全ての細胞系を汚染について日常的に試験し、マイコプラズマ陰性であることを確かめた。
【0080】
実施例2:hPSC系列のクローニング/分子生物学/作製
細胞のユビキタス蛍光標識のため、TALEN技術(Hockemeyer他、Nat. Biotechnol. 27, 851-857 (2009))を用いて以前に実施された通りに、鋳型としてAAVS1 SA-2A-Puro ドナーベクターを使ってhPSCのセーフ・ハーバー(安全領域)AAVS1遺伝子座中にレポーター構成物を挿入した。コアのニワトリHS4インシュレーターの隣接タンデムリピート配列(2xCHS4)を含む改変型骨格を構築した。その隣接インシュレーター配列の間に蛍光レポーター発現カセットを挿入した。次の発現構成物をiPSC中に挿入した:(1) 2xCHS4-EF1α-eGFP-SV40-2xCHS4、(2) 2xCHS4-EF1α-tdTomato-SV40-2xCHS4。フィーダーフリーのH9 hESCSには、2xCHS4-CAG-eGFP-WPRE-SV40-2xCHS4構成物を挿入し、タイムラプス撮影実験用にGFP発現を増強した。
【0081】
EBs11を樹立するのと同じ細胞解離手順を使って、単細胞懸濁液としてヌクレオフェクション(核内遺伝子導入)用にhPSCを調製した。Amaxaヌクレオフェクター(Lonza製)を、製造業者のガイドラインに従って、各1μgのTALENガイド、および3μgのドナープラスミドDNAを含むStem Cell Kit 1と共に、ヌクレオフェクション当たり800,000個の細胞を使用した。ヌクレオフェクション後、合計600μLヌクレオフェクション溶液のうちの200μLを、10 cmの細胞培養皿に接種した。単細胞からのコロニーを4日間増殖させ、次いでピューロマイシン(Puro) (Jena Bioscience, カタログ番号NU-931-5)で処置した。フィーダー依存性細胞には、1.1μg/mL puroを適用し、フィーダーフリーの細胞には0.7μg/mLを適用した。puro処置は、生存するコロニーが手動で採取するのに十分な程大きくなるまで5~7日間続け、その後24ウェルプレートに移した。24ウェルプレートからコロニーを分離する時、細胞の半分を遺伝子型決定に使用し、残りの半分を12ウェル→6ウェル形式にて増殖させ、次いで更なる実験に使用した。遺伝子型決定用に、QuickExtract溶液(EpiCentre)を使ってDNAを抽出し、次のプライマー:1) Puro 〔AAVS1_Puro-fwd: tcccctcttccgatgttgag(配列番号1)と AAVS1_Puro-rev: gttcttgcagctcggtgac(配列番号2)〕、2) eGFP〔AAVS1_eGFP-fwd: GAACGGCATCAAGGTGAACT(配列番号3)とAAVS1_eGFP-rev: cttcttggccacgtaacctg(配列番号4)〕、および3) tdTomato〔AAVS1_tdTomato-fwd: ctacaaggtgaagatgcgcg(配列番号5)とAAVS1_tdTomato-rev: tccagcccctcctactctag(配列番号6)〕を使って、正確にターゲットされたAAVS1挿入片を同定した。前記挿入片がヘテロ接合であるかホモ接合であるかを決定するために、次の追加のプライマー:4) WT〔AAVS1_WT-fwd: tcccctcttccgatgttgag(配列番号7)とAAVS1_WT-rev: tccagcccctcctactctag(配列番号8)〕を使って、WT対立遺伝子の存在について試験した。正確にターゲットされたヘテロ接合またはホモ接合挿入片を有する細胞クローンは、Cell Banker 2溶液(Amsbio製、カタログ番号11891)と共に凍結させることによりアーカイブ保管しそして/または次の実験のために培養した。
【0082】
実施例3:脳オルガノイドの作製と融合
脳オルガノイドは、国際公開第WO2014/090993号、Lancaster & Knoblich, Science 345, 1247125-1247125 (2014)およびLancaster & Knoblich, Nat Protoc 9, 2329-2340 (2014) に記載の従来のプロトコルに従って、わずかな変更を伴って作製した。該プロトコルの神経系誘導段階の間に、次の処置の1つ:1) 対照、薬剤無し、2) 腹側、2.5μM IWP2(Sigma社製、カタログ番号I0536) と100 nM SAG(Millipore社製、カタログ番号566660)、3) 背側、5μM CycA(Calbiochem社製、カタログ番号239803)を使って、薬剤パターン形成処置を適用した。薬剤原液は次のように調製した:IWP2 (DMSO中5mM)、SAG (H2O中1 mM)およびCycA (DMSO中5 mM)。マトリゲル(Corning, カタログ番号356235)中に包埋後、オルガノイドを25 mLの分化培地の入った10 cm細胞培養皿中で増殖させ、最初の培地交換後、5~7日ごとに培地を交換しながら軌道振盪器上で維持した。プロトコルの40日目に、オルガノイドがマトリゲル液滴の外側に増殖し始めた時点で、分化培地に1%マトリゲルを補足した。
【0083】
オルガノイド融合体を創製するため、上述した対照、背側または腹側プロトコルのいずれかを使ってEBを別々にかつ個別にパターン化培養した。マトリゲル包埋の間、2種のEBを同じパラフィンウェルに移し、一滴(約30μL)のマトリゲル中に包埋した。20μLのピペットチップを使ってEBをできる限り近位になるよう一緒に押し込め、EBが固形化したマトリゲル液滴の正中線の中に近接した位置に保持するようにした。
【0084】
実施例4:RNA抽出/qPCR
各薬剤パターン化処置群については、8~12個のオルガノイドを2 mLのRNアーゼフリー試験管の中に30~40日目に収集し、操作全体を通して氷上で冷却した。オルガノイドを氷冷PBS中で3回洗浄し、次いで該オルガノイドを冷却したCell Recovery Solution(Corning社製、カタログ番号354253)中で4℃にて1時間インキュベートすることによりマトリゲルを溶解させた。溶解したマトリゲルを冷PBS中で3回すすぐことにより除去した。Rneasyミニキット(Quiagen社製)を使ってRNAを抽出した。cDNA合成は、2μgの全RNAとSuperscript II (Invitrogen社製) 酵素を使って製造元のプロトコルに従って実施した。qPCR 反応は、Sybr Green マスターミックス(Promega社製)を用い、次の反応プロトコルを使ってBioRad 384-ウェル装置(CXF384)上で実施した:1) 95℃で3分、2) 95 ℃で10秒、3) 62 ℃で10秒、4) 72℃で40秒、5) 2)に戻って40サイクル、6) 95℃で1分、7) 50 ℃で10秒。定量は、参照(リファレンス)遺伝子としてTBPを使ってΔCt値を算出することによりエクセル上で行った。データは、TBPに比較した発現レベル〔2-ΔCt〕として表した。
【0085】
実施例5:脳オルガノイドスライス培養と薬剤処置
オルガノイド融合体をVibratome薄片化することによりスライス培養物を作製した。オルガノイド融合組織を4%低融点アガロース(Biozyme社製、カタログ番号850080)中に包埋し、氷冷PBS(Ca2+/Mg2+不含有)中で切片にし、200~250μm切片を作製した。その切片を、6ウェル細胞培養プレート中のMillicellオルガノタイプ用インサート(Millipore社製、カタログ番号PICM01250)上に移行した。タイムラプス撮影のため、切片を1~2日間培養した後、回転版共焦点顕微鏡(VisiScore)を使った撮像に実装した。切片を培養物から切り取り、膜の中に挿入し、次いでガラス底の培養皿の上に反転して配置した。切片の上に細胞培養用インサートを配置し、真空グリースを使ってそれを皿に接着させることにより固定化した。薬剤処置には、長期スライス培養をまず初めに分化培地(+5%FBS)中で一晩培養した。次いで培地を新鮮培地(対照)またはCXCR4阻害剤AMD3100(Sigma社製、#A5602)を含む培地と交換し、更に3週間培養した後、組織固定法と更なる免疫蛍光法に供した。
【0086】
実施例6:組織学/低温切開/免疫蛍光
オルガノイド組織を所望の日齢にて収集し、PBS中で3回すすぎ、そして4%PFA中で4℃にて一晩固定した。翌日、組織をPBS中で3回すすぎ、PBS中30%ショ糖を使って4℃にて一晩凍結防止処置した。次いで組織を30%ショ糖/PBSとO.C.T.低温包埋培地(Sakura製、カタログ番号4583)の1:1混合物中で2~4時間インキュベートした。次いで、2~4個のオルガノイドの群をショ糖/OCT混合物からCryomold(登録商標)(サクラファインテック製)へと移し、そしてO.C.T.で満たした。包埋組織をドライアイス上で凍結させ、次いでクリオスタット切片化まで長期保管のため-80℃に維持した。凍結したオルガノイド組織をクリオスタット(Leica製)を使って20μm片にスライスし、Superfrost Ultra Plus(商標)スライド上に集めた。各スライドが組織1ブロックあたり8~10枚の切片を含むまで、10番目ごとのスライスを連続して収集した。それらの切片を一晩乾燥し、免疫蛍光標識に使用し、染色に使用するまで-20℃で保存した。
【0087】
免疫蛍光は、スライド上で直接組織片に実施した。スライドラック(Sigma, Wash-N-Dry)を使ってPBS中で10分間洗浄することによりO.C.T.を取り除いた。該スライドを4%PFAを使ってRTで10分間直接前固定し、次いでPBS中で3回×10分間洗浄した。油性のPAPペンで組織領域の輪郭を描いた。0.05%アジ化ナトリウムを含むPBS中5%BSA/0.3%TX100を使って透過化/ブロッキングを実施し、加湿したスライド暗箱の中で室温(RT)で30分間インキュベートした。一次抗体(使用した一次抗体と二次抗体の一覧表は方法の項目の最後に見ることができる)を抗体溶液(0.05%アジ化ナトリウムを含むPBS中5%BSA、0.1%TX100)中所望の希釈度で添加し、4℃で一晩インキュベートした。スライドをPBS中で3回すすぎ、次いで軌道振盪器上でRTにてPBST中3回×10分間洗浄した。二次抗体を抗体溶液中1:500希釈度で添加し、RTで2時間インキュベートした。DAPI溶液(2μg/mL)を5分間加え、次いでスライドを一次抗体適用後に行った通りに洗浄し、再度にPBSで洗浄した。DAKO封入培地(Agilent Pathology Solutions製, カタログ番号S3023)を使ってカバースリップで覆い、一晩硬化させた。次いでスライドを画像化まで4℃で保存するか、または長期保管のために-20℃で保存した。
【0088】
長期スライス培養には、細胞培養用インサート上で培養した切片をPBS中ですすぎ、4%PFA中で4℃にて2日間固定した。切片をPBS中で3回×10分間洗浄し、次いでスライド上の低温切開片について透過化/ブロッキングを実施した。一次および二次抗体インキュベーションは4℃で一晩実施し、次いで各工程の後、3回×10分間PBS中で洗浄した。その切片をDAPIを含むVectashield(Vector Labs製)中に封入した。
【0089】
実施例7:イメージング/顕微鏡検査
蛍光細胞培養イメージングは、Zeiss Axio Vert. A1広視野顕微鏡とAxiocam ERc 5sカメラ(Zeiss, Zeiss GmbH)を使用し、Zeiss プラン・ネオフルアール(Plan-Neofluar)2.5×/0.085とZeiss LD A-Plan 10×0.25 Ph1対物レンズを使用して実施した。tdTomato とGFPチャネルの両方を別々に記録し、ImageJのFijiパッケージを使って疑似カラー化しマージした。
【0090】
IHC染色と長期スライス培養の広視野イメージングは、Axio Imager Z2 (Zeiss, Zeiss GmbH) 上でSola SM2照明光源、(5×0.15 プラン・ネオフルアール、10×/0.3 プラン・ネオフルアール、20×0.5 プラン・ネオフルアール)対物レンズおよびHamamatsu ORCA Flash 4カメラを使って実施した。使用したフィルターは、Ex 360/40 nm Em 445/50 nm、Ex 480/40 nm Em 535/50 nmおよびEx 560/55 nm Em 645/75 nmであった。
【0091】
共焦点イメージングは、20×0.8 プラン・アポクロマート乾式対物レンズを備えたZeiss LSM700 AxioImager正立顕微鏡を使って実施した。405 nm (5 mW)、488 nm (10 mW)、555 nm (10 mW) および 639 nm (5 mW)のレーザーを波長に対応してフィルターSP490, SP555, SP640と共に使用し、そして記録にはLP490、LP560、LP640を使用した。全範囲オルガノイドタイルスキャンには、XY Scanning Stage(走査階層)およびZeiss Zen実装縫い合わせ(ステッチング)アルゴリズムを使用した。マーカーの着色には、20×でZスキャンを実装した。
【0092】
細胞密度計測とタイムラプス撮影に使用したGFP染色したスライドの画像を、Visitron製VisiView(登録商標)ソフトウェアで調節しながら、ex 488レーザーとem フィルター 525/50を使用するEclipse Ti-E顕微鏡(Nikon製、Nikon Instruments BV)上に組み立てたYokogawa W1回転版式共焦点顕微鏡(VisiScore製、Visitron Systems GmbH、Puchheim、ドイツ)を使って取得した。測定は、sCMOSカメラPCO edge 4.2 mによる10×/0.45 CFIプランアポ・ラムダ(CFI plan Apo rambda)対物レンズ(Nikon製、Nikon Instruments BV)を使って記録した。細胞計数の全IHCスライスイメージングは、タイルスキャン取得機能を使って行った。タイルスキャン画像をFijiのグリッド/コレクション(Grid/Collection)スティッチング・プラグイン51を使って繋ぎ合わせた。タイムラプス・ムービーのため、タイルスキャンZスタック撮影像を記録した。細胞計数に実施した通りのスティッチングの後、最大Zプロジェクション画像が作成され、Zプロジェクション時間スタックを細胞移動のグローバル視覚化に使用した。Fijiを使ってトリミングした領域を作成し、圧縮していないAVIファイルとして保存した。Handbrakeソフトウェアを使ってそのAVIファイルをmp4形式に変換し、補助動画を製作した。
【0093】
作図と画像の表示には、「クロップ」機能を使用し、そしてFijiの「輝度/コントラスト」機能による最大/最小レベルの変更を使用した。
【0094】
実施例8:細胞密度の定量
脳オルガノイド融合体のGFP
-標的領域に移動するGFP
+細胞の数を、Fijiの「Cell Counter」プラグインを使って手動でカウントした。オルガノイド融合体中のGFP
-領域を、ROIツールを使って輪郭を取り、その面積を「measure」機能を使って計算した。細胞計数をその面積により除算し、移動したGFP
+細胞の密度を決定した。移動の経時変化(
図2E、F)とオルガノイド融合体混成(
図3B、C)実験について、組織低温切片の共焦点スキャン画像を定量に使用した。長期スライス培養実験(
図6D、E)については、GFP
-領域を含む広視野5倍画像を、細胞計数に使用した。
【0095】
実施例9:統計学
全てのグラフと統計分析は、Prism 7(GraphPad)を使って作成した。2つの群のみを比較する場合(
図1C、6E)は、対応のない両側スチューデントt検定を実施し、多数の群を比較するその他のデータの場合には、post-hocテューキー検定を用いる一方向性ANOVAを使用した(
図2F、3C)。統計的有意性を試験する前にサンプルを正規性検定した。サンプルサイズを予め決定する際には統計法は使用しなかった。実験に用いるサンプルサイズは、有意性を示した同様の設定による以前の経験に基づいて推定した。実験は無作為化せず、研究者は盲目試験されなかった。
【0096】
【0097】
【0098】
【0099】
実施例10:脳オルガノイド組織の薬剤パターン形成による識別は、腹側前脳アイデンティティの産生を増強する。
脳オルガノイド法(国際公開第WO2014/090993号;Lancaster他;Lancaster & Knoblich、全て前掲)は、背側前脳と腹側前脳を含む多数の異なる脳領域を産生することができる。しかしながら、該方法は固有のパターン化に頼るため、一部の領域の産生は可変的で低頻度であり、特により腹側の(NKX2-1
+)介在ニューロン前駆体領域はそうである。腹側前脳介在ニューロン前駆体領域の一貫性と収量を増加させるため、本発明者らは腹側薬剤処置(
図1A)を含めた。更にWNT阻害とSHHシグナル伝達強化の組み合わせを用いて、吻側-腹側前脳アイデンティティを増強した。腹側オルガノイドのqPCR分析は、前脳マーカーFOXG1の発現の有意な増加を明らかに示した(
図1B、1C)。背側前脳マーカーTBR1は検出できなくなる一方で、対照オルガノイドと比較して腹側オルガノイドにおいて腹側前脳マーカーDLX2が著しく増加した(
図1B、C)。この脳オルガノイド組織の好結果の腹側化を更に確かめるために、本発明者らは、異なるサブタイプの介在ニューロンを産生する腹側前脳の神経節隆起(GE)サブ領域の特異的マーカーの発現を調べた。GSX2は背側-外側GE(LGE)と尾側GE(CGE)において発現され、NKX2-1は腹側-内側GE(MGE)において発現され、一方でLHX6は、更に腹側由来MGE(vMGE)介在ニューロンを産生するMGEのサブ領域において発現される(
図1B)。GSX2は対照オルガノイド中で発現されたが、腹側オルガノイド中で更に増加した(
図1C)。NKX2-1とLHX6の発現は、対照オルガノイドでは検出されなかったが、腹側オルガノイドでは大きく増加した(
図1C)。最終的に、免疫染色は、対照と腹側オルガノイドではFOXG1の広範囲発現を示すが、腹側オルガノイドのみが腹側前脳マーカーNKX2-1を発現するという、qPCR結果を確証した(
図1D)。興味深いのは、対照オルガノイドは前駆体(PAX6)と早生ニューロン(TBR1)の両方のための背側前脳マーカーを広範囲に発現したことである(
図1E)。対照的に、腹側オルガノイドはPAX6
+またはTBR1
+組織のごく小さい領域のみを含んでいた(
図1E)。従って、これらの結果は、腹側薬剤処置により、背側組織の外側で腹側脳オルガノイドが好結果に産生されたことを確証する。
【0100】
実施例11:融合脳オルガノイド組織は、連続した背側-腹側前脳軸および長距離の細胞移動を再現する。
単一組織で完全な背側-腹側アイデンティティを再現するために、オルガノイド「融合」と名付けたオルガノイド組織共培養法を開発した。対照オルガノイドは、主に背側前脳組織を産生した(
図1C、E)。しかしながら、スムーズンド(Smoothened; Smo)受容体阻害剤シクロパミンA(CycA)によるSHH活性の阻害は、hPSCsからの2Dニューロン分化における背側前脳アイデンティティを高めることができる。従って、背側アイデンティティをサポートするために、脳オルガノイドプロトコルの神経誘導過程中にオルガノイドをCycAで処置した(
図2A)。このアプローチでは、胚様体(EB)が個別に識別され、背側(CycA)または腹側(IWP2
+ SAG)の前脳オルガノイド中にパターン形成される(
図2A、B)。差次的処置の後、腹側と背側のEBが単一マトリゲル液滴内に一緒に包埋され(
図2A)、時間が経つにつれてオルガノイドが一緒に増殖して融合する(
図2B)。融合した腹側::背側オルガノイドの免疫染色により、片側が腹側マーカーNKX2-1に対して非常に陽性であり、反対側が背側マーカーTBR1に対して陽性である連続組織の産生が明らかになった(
図2C)。従って、オルガノイド融合法により、脳の発生中に起こるのと同様の配置で背側と腹側の前脳領域を並置させることができる。
【0101】
融合したオルガノイド間で細胞が移動できるかどうかをテストするため、ユビキタスGFPレポーターを含む細胞株を使用して、腹側/GFP
+::背側オルガノイド融合体を作製した。免疫蛍光分析により、GFP背側オルガノイド内の腹側オルガノイドから多くのGFP
+細胞が顕示された(
図2D)。移動細胞は30日ごろに少数観察された(
図2D、E)。それらの密度は30日目から46日目まで劇的に増加したが、46日目から80日目までの有意な増加は観察されなかった(
図2E)。臓器の大きさは年齢とともに増加するため、同様の密度を維持するには、移動した細胞の絶対数が時間とともに増加する必要がある。更に、細胞は80日齢のオルガノイドの背側領域全体に分散しているように見えた(
図2D)。従って、これらの結果に基づいて、60日齢以上前のオルガノイドに今後の分析を集約した。
【0102】
実施例12:脳オルガノイド二分化融合の組織構成成分の混合は、指向性のある腹側から背側への皮質細胞移動を示す。
生体内での脳の発生中に、GABA作動性介在ニューロンは、背側前脳の標的に移動する前に腹側前脳前駆体領域から起こる。この方向性が融合オルガノイドで再現されるかどうかをテストするために、個々の組織構成成分のアイデンティティを変化させた(
図3)。1つのオルガノイドをGFPで、もう1つをtdTomatoで一貫して標識し、origin :: target(GFP :: tdTomato)アレンジメントで融合の輪郭を描いた。このパラダイムを使用して、脳のオルガノイド融合の起点と標的領域の背側/腹側のアイデンティティを差別的に制御するときに移動する細胞の数を分析した。腹側::対照と腹側::背側融合体の全載イメージングは、tdTomato
+組織内のGFP
+スポットの発生を示した(
図3A)。逆に、対照::対照または背側::背側融合ではスポットはほとんど観察されなかった(
図3A)。この差は、オルガノイド融合組織の免疫染色された輪状切片を分析する際に更に顕著であった。移動細胞の最大量は腹側::対照および腹側::背側の融合で起こり、最少の移動は背側::背側の融合で起こった(
図3B、C)。腹側::対照融合体の移動細胞の平均密度は腹側::背側融合体と有意な差は認められなかったが、腹側::背側融合体はより一貫して大量の移動細胞を含んでいた(
図3C)。これらのデータは、腹側組織から背側のオルガノイド組織への方向に偏った最初の移動の観察を確証し、融合したオルガノイド間の移動がニューロン内の移動に似ていることを強く示唆している。最後に、この実験は、腹側::背側融合オルガノイドがオルガノイド組織間で最も堅牢な移動を生じることを示している。
【0103】
実施例13:GABA作動性介在ニューロンは、融合した脳オルガノイド組織間を移動する。
実施例12では、腹側::背側オルガノイド融合体での移動が介在ニューロンの移動に類似していることが示唆されたため、まず、移動するGFP
+細胞が、GABA合成の鍵酵素であるGAD1を発現しているかどうかを調べることにより、移動細胞がGABA作動性であるかどうかを試験した。免疫染色により、標的オルガノイドに移動したGFP
+細胞がGAD1を広く発現していることが明らかになった(
図4A~C)。驚くべきことに、オルガノイド全体を視覚化すると、GAD1がGFP
+移動細胞と同様のパターンで発現された(
図4A)。更に、GAD1の発現は、オルガノイドの辺縁に近い領域で強く現れ(
図4B)、移動細胞の起点から遠く離れている。従って、介在ニューロンは、オルガノイド融合体内で腹側から背側領域へと移動することができる。
【0104】
発生中の人間の脳内の接線方向に移動する細胞の別の主要集団は、非GABA作動性カハール・レチウス細胞(Cajal-Retzius cell)である。これらの細胞は、リーリン(RELN)の発現によって識別される。従って、オルガノイド融合体の移動性GFP
+細胞もRELNを発現するかどうかを調べた。驚いたことに、オルガノイド融合体の背側標的領域にGFP
-、RELN
+細胞が実質的に存在するにも関わらず、GFP
+細胞によるRELN発現の明らかな欠如が観察された(
図4D)。従って、我々のデータは、オルガノイド融合体における移動性GFP
+細胞はカハール・レチウス細胞ではなく、以前の結果と組み合わせると、GABA作動性介在ニューロンとしてのアイデンティティを強化することを示している。
【0105】
最後に、未成熟の移動ニューロンマーカーDCXおよび/または成熟ニューロンマーカーNeuNの発現を分析することにより、移動細胞が成熟ニューロンを産生できるかどうかをテストした。GFP
+細胞はDCXを発現し(
図4E)、そのニューロンのアイデンティティを確認した結果、サブセットもNeuNを発現することが観察された(
図4E)。この発見は、移動するGFP
+細胞が移動性ニューロン(DCX
+)になるだけでなく、移動性ニューロンが成熟ニューロン(DCX
+/NeuN
+)になる可能性があることを示している。まとめると、本発明者らの結果は、介在ニューロンが腹側-背側融合オルガノイド間を移動でき、成熟ニューロンになり得ることを示している。
【0106】
実施例14:移動中の介在ニューロンは、融合した大脳オルガノイド様組織において様々なLGE/CGEおよびMGE由来の皮質介在ニューロンサブタイプを産生する。
移動性GFP
+細胞は成熟ニューロンになることができ(
図4E)、主にGABA作動性介在ニューロンであるように見えるため(
図4A、B)、次にどの介在ニューロンサブタイプが生産されるかを試験した。介在ニューロンは特に不均一であり、複数の分子マーカーを使用して、腹側前脳内の異なる前駆細胞亜集団によって生成される様々なサブタイプを識別することができる。ヒトでは、介在ニューロンの大部分はMGEのNKX2-1
+領域から生成される。移動するGFP
+細胞がMGE由来の介在ニューロンサブタイプを生成するかどうかをテストした。ヒトでは、SOX6は、MGEおよびこの領域から発生する未熟形および成熟形の介在ニューロンに発現される。オルガノイド融合体では、GFP
+移動細胞GAD1
+でもあるGFP
+細胞の間に多数のSOX6
+ MGE介在ニューロンが観察された(
図5A)。従って、MGE由来介在ニューロンは脳オルガノイド融合体内で生成されうる。この発見を確認するために、MGE由来介在ニューロンのマーカーの発現も調べた。GFP
+移動介在ニューロン(GAD1
+またはVGAT
+)により、ソマトスタチン(SOM)(
図5B)、神経ペプチドY(NPY)(
図5C)、カルビンジンD-28k(CB)(
図5D)およびパルブアルブミン(PV)(
図5E)の発現が観察された。従って、オルガノイド融合組織では、多数のMGE由来の介在ニューロンサブタイプを生成させることが可能である。
【0107】
ヒト脳内のその他の介在ニューロンは、LGE/CGEから発生する。MGEのSOX6と同様に、転写因子COUP-TFII/NR2F2およびSP8は、皮質介在ニューロンのLGE/CGE原基分布図マーカーとして利用できる。SP8(
図5F)とCOUP-TFII(
図5G)はどちらも、オルガノイド様融合におけるGFP
+移動介在ニューロン(GAD1
+)により発現された。この結果の確認として、LGE/CGE由来のサブタイプのマーカーの発現も分析した。以前のデータは、GFP
+移動細胞によるRELN発現の欠如を既に示している(
図4)。また、GFP
+介在ニューロンを発現する血管作動性腸管ペプチド(VIP)も観察されなかった。しかしながら、オルガノイド融合体においてGFP
+介在ニューロン(VGAT
+)を発現するカルレチニン(CR)が観察された(
図5H)。まとめると、これらの結果は、オルガノイド融合体が主要な腹側前脳サブ領域(MGEおよびLGE/CGE)に由来する多くの多様な介在ニューロンサブタイプを含むことを示している。
【0108】
実施例15:融合脳オルガノイド組織における神経細胞移動は、皮質介在ニューロンの接線方向移動と類似している。
接線方向に移動する皮質介在ニューロンの移動動態は、タイムラプス撮影実験を使って広く立証されている。この挙動は、放射状グリア線維に沿って移動する皮質細胞の放射状移動のもの、または直線状に移動する細胞のもの、例えばLGE由来嗅球介在ニューロンに観察される鎖状移動とは異なる。オルガノイド融合体での移動性GFP
+細胞の挙動が皮質介在ニューロンのものと類似しているかどうかを調べるために、本発明者らは腹側-背側オルガノイド融合体のスライス培養物における移動性GFP
+細胞のタイムラプス記録を実施した(
図6A)。オルガノイド融合体のGFP
+腹側由来領域は、GFP
- 背側ターゲット領域から容易に識別可能であった(
図6A)。よって、背側オルガノイド融合体領域中に移動した、まばらに標識されたGFP
+細胞の形態を容易に視覚化することができた。3日間に渡り、静止細胞と運動性細胞の両方が観察され(
図6B)、驚くべきことに、長距離に拡張する軸索に似た動的ニューロン過程も観察できた。興味深いのは、移動性細胞が胚性マウス皮質の境界域(MZ)と中間域(IZ)における移動性介在ニューロンの動態と完全に類似している動態を示したことである。先導プロセスは通常は分岐状であり、移動方向は分岐動態により決定される。例えば、本発明において、将来の移動の方向に分枝を伸長する一方で別の方向に伸びる分枝を撤回する細胞の例が多数観察された(
図6B)。加えて、細胞は頻繁な方向の急変を伴って多方向に移動し、これは皮質内の接線方向に移動する皮質介在ニューロンにより示される多方向性の遊走挙動に似ている。
【0109】
走化性因子SDF-1(CXCL12)およびその受容体CXCR4は介在ニューロンの接線方向移動を制御する。本発明の脳オルガノイド融合体において観察された移動がCXCR4依存性であるかどうかを調べるために、CXCR4拮抗剤であるAMD3100で処置したオルガノイド融合体の長期スライス培養物を構築した。同じオルガノイド融合体から調製した未処置の対照スライスと比較して、GFP+背側領域への移動性GFP+細胞の密度がAMD3100処置により有意に減少した。従って、脳オルガノイド融合体における細胞移動はCXCR4活性に依存している。本発明者らの以前のデータと組み合わせると、この結果は、脳オルガノイドで観察された細胞移動が、接線方向に移動する介在ニューロンのそれと一致することを確証した。
【0110】
所見:
腹側/GFP::背側オルガノイド融合体の背側領域内において移動性GFP+細胞が観察された。観察された細胞は一方向で移動している。先導するプロセスは分枝状であり、異なる分枝が動的に伸びていき、見たところ互いに独立に後退している。細胞体が前方に移動するにつれて末尾プロセスが続き、複数回すると先導プロセスが末尾プロセスになる。細胞が前方に移動するにつれ、1つの先導プロセスが拡張され、そして残りのプロセスは無くなる。次いで細胞が前方に進行するにつれて全体的な移動動態サイクルが繰り返される。
【0111】
幾つかのプロセスにおいて動的拡張と撤回を伴う多数の方向性の変化を示す細胞が観察された。細胞体が静止状態に保持されるにつれ、分枝が多方向に伸長され、次いで各々の主枝は追加の高次の分枝を伸ばす。最終的に、1つの分枝は特定の方向に伸び、次いで別の主枝は撤回する。次いで細胞体が伸長している枝の方向に移動する。細胞が移動する方向を決定すると、サイクルが繰り返される。
【0112】
多数の移動性細胞が観察された。1)最初は細胞は上方に移動している。新たな先導プロセスが下方に伸長され分岐されるようになると、上方プロセスは撤回される。次いで細胞移動方向が下方に変わる。二分した先導プロセスは、他方のプロセスが撤回されると1つのプロセスが伸長されるというように動的である。次いで細胞体が、拡張された先導プロセスに沿って移動する。ヌクレオキネシスの前に、細胞体から先導プロセスの近位部に移動する膨潤が観察される。次いで細胞体は膨潤と並行して移動し、最後に細胞体は膨潤部に移動する。2)第二の細胞は数回方向を変化して移動する。各々の方向変化により、末尾プロセスが先導プロセスになる。末尾プロセスが撤回されると新たな先導プロセスが移動の方向に向かって伸長される。
【0113】
拡張プロセスと撤回プロセスを伴いながら異なる方向に移動する多数の細胞が観察された。観察の45時間位に始まり、ある細胞は一定方向で移動し素早く進むが、70時間目あたりには、先導プロセスが分岐するため、該プロセスが遅くなる。
【0114】
複数の移動性細胞が観察された。観察開始から約6時間後、細胞は分岐した先導プロセスで移動する。多重時間では、3つの分枝が観察される。細胞が前方に進むと、分枝は進行方向に伸び、他の分岐は収縮していく。約23時間で細胞は突然向きを変える。これは、前の先導プロセスが撤回される一方で、新たなプロセスの伸展を伴う。約39時間で、先導プロセスが旋回し始め、180度曲がり、次いで伸長する。その後、細胞体は先導プロセスに従う。
【0115】
成長円錐のプロセスに類似したプロセスの終端に拡張した房状物を有する、軸索のように見える神経突起が観察された。これらのプロセスは非常に動的であり、一方向への拡張を示すが、急激な方向変化も示す。
【0116】
実施例16:細胞移動アッセイ
融合した脳オルガノイドを使用した細胞移動(遊走)アッセイを開発した。腹側-背側オルガノイド融合体は、腹側前脳由来の皮質抑制性介在ニューロンに似たロバスト(堅牢)な長距離細胞移動を示す。脳オルガノイド融合体において、腹側から背側前脳領域への相当多くの移動が観察された。オルガノイド融合体内の移動細胞は、GABA作動性マーカー(GAD1/VGAT)を発現する。移動したGFP+細胞は、様々な介在ニューロンのサブタイプを産生できる。更に、移動性GFP+細胞によるRELN発現の欠如により、腹側前脳由来介在ニューロンのアイデンティティが支持される。融合オルガノイドにおけるGFP+細胞の移動動態は、皮質内で接線方向に移動する介在ニューロンによって示される特徴的な移動挙動に類似している。最後に、オルガノイド融合体における細胞移動は、発生中のマウス皮質における接線方向に移動する介在ニューロンで観察されるように、CXCR4阻害剤によって阻害された。要約すると、本発明者らは、背側前脳領域の腹側からのヒト皮質介在ニューロンの移動を再現した。更に、これらの細胞が未熟と成熟の両方の神経細胞マーカーを提示するという観察結果は、それらが背側皮質前脳のターゲット領域にいったん到達すると成熟を開始する能力を示す。これは、以前の単独オルガノイド法で達成できたものよりも増強された細胞多様性のレパートリーを含む、発生中のヒト皮質回路を再現する魅力的な機会を表している。
【0117】
当該技術の魅力的な用途は、ヒト発生生物学と神経疾患との関係を研究することである。このことを念頭に置いて、当該アッセイの特徴を明らかにしながら、様々な実験パラダイムを紹介する。その各々は、神経細胞移動に関連する様々な局面や科学的疑問を研究するために利用することができる。例えば、融合したオルガノイドの1つに含まれる細胞を蛍光レポーターで標識することにより、長距離のニューロン移動を視覚化することが可能である。これは、無傷のオルガノイド融合体の全載イメージングを通して、長期にわたり継続的に監視することさえ可能である。更に、細胞のアイデンティティを、神経サブタイプ同定のための免疫染色を使用して容易に調査することができる。統合失調症などの多くの精神疾患は特定の介在ニューロン亜集団に選択的欠損を伴うと考えられているため、これは有用である(Lewis Current Opinion in Neurobiology 26、22-26(2014))。第二のタイプの分析法は、特定分子のニューロン移動に対する役割を細かく分析し、細胞自律的または細胞非自律的のいずれで作用しているかを判断することである。例えば、本発明の二分化組織を使用することで、突然変異体または野生型対立遺伝子のいずれかを含む別々の細胞株から始原および標的のオルガノイドを導き出すことにより、移動の起源または標的のいずれかからのオルガノイドを独立して遺伝子操作できるようになる。
【0118】
また、共焦点タイムラプス撮影を使用して神経細胞移動の短期的動態を分析できる、オルガノイド融合体スライス培養パラダイムも提供される。これは、GABAなどの一部の分子が移動中の介在ニューロンの運動性に影響し、長期移動アッセイにおいて即座に判断しにくい(subtle)表現型を産生し、従って、代わりに移動細胞の動態を分析するのにより高度の時間分解能を必要としうるため、重要なツールである。さらに、長期スライス培養を使用して、様々な薬剤処置が細胞移動にどのように影響するかを調べることができる。これにより、薬剤スクリーニングが細胞移動に対する多数の異なる分子の効果を決定できるようになる。
【0119】
最後に、融合オルガノイド組織は、細胞移動の域を超えたユニークな用途も提供する。追加の例として、軸索投射の外観分析により、実体的な神経突起の動態を観察した。更に、腹側-背側前脳融合体に特に焦点を当てたが、オルガノイド融合体パラダイムは、一緒に増殖させることができる脳の領域のアイデンティティに関して柔軟性をもたらす。追加の脳領域特異的オルガノイドプロトコル(Jo他、Stem Cell 19、248-257 (2016) ; Hockemeyer他、Nat. Biotechnol. 27、851-857 (2009) ; Preibisch他、Bio-informatics 25、1463-1465 (2009))と組み合わせることで、オルガノイド融合体を使ってモデル化できる可能性のある脳回路は膨大である。従って、オルガノイド融合技術は、脳オルガノイドにおいて可能な表現型分析を大幅に強化し、そして本方法の柔軟性は、ヒト神経疾患のインビトロモデルの将来の開発を大幅に拡大する。
【配列表】