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特許7248882脆性亀裂伝播停止特性試験方法及び試験片
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-22
(45)【発行日】2023-03-30
(54)【発明の名称】脆性亀裂伝播停止特性試験方法及び試験片
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/30 20060101AFI20230323BHJP
   G01N 3/00 20060101ALI20230323BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20230323BHJP
【FI】
G01N3/30
G01N3/00 Q
G01N1/28 C
G01N3/00 T
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018205842
(22)【出願日】2018-10-31
(65)【公開番号】P2020071149
(43)【公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-06-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(72)【発明者】
【氏名】島田 祐介
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-051330(JP,A)
【文献】特開昭62-274258(JP,A)
【文献】特開昭63-195541(JP,A)
【文献】特開2014-202730(JP,A)
【文献】特開2009-047462(JP,A)
【文献】国際公開第2019/102912(WO,A1)
【文献】鋼の微視組織と脆性亀裂停止挙動の関係解明に向けたマルチスケール破壊力学モデル 第2報:アレスト試験への適用,鉄と鋼,2016年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/30
G01N 3/00
G01N 1/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験片の一端に切欠きを設け、当該切欠きに打撃エネルギーを負荷し亀裂を発生させ、前記試験片の幅方向に亀裂を進展させる脆性亀裂伝播停止特性試験方法において、
前記試験片の厚さtが100mm以下であり、
前記試験片の一端と他端との距離である試験片の幅Wが200mm以上350mm未満であり、
前記試験片が、前記切欠きの先端に隣接する部分に脆化部を有し、
前記試験片幅方向の前記脆化部の長さが30mm以上50mm以下であり、
前記試験片幅方向と直交する前記脆化部の幅が1mm以上30mm以下であり、
前記試験片に、前記試験片幅方向と直交する試験片長さ方向に弾性変形の範囲内で引張荷重が載荷される脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
【請求項2】
前記脆化部がアーク溶接によって形成される
請求項1に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
【請求項3】
前記脆化部が電子ビーム溶接によって形成される
請求項1に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
【請求項4】
前記試験片の一端から他端に向けて温度Tが上昇しており、
前記試験片の一端からの距離Xに対する前記温度Tの変化率である温度勾配dT/dX[℃/mm]が下記(式1)を満足する請求項1~のいずれか一項に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
0.76-0.0008W≦dT/dX≦0.64-0.0002W ・・・(式1)
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法の試験片であって、
一端に切欠きを有し、
厚さtが100mm以下であり、
前記一端と他端との距離である幅Wが200mm以上350mm未満であり、
前記切欠きの先端に隣接する部分に脆化部を有する脆性亀裂伝播停止特性試験片。
【請求項6】
前記脆化部の長さが50mm以下、前記脆化部の幅が1mm以上30mm以下である請求項に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験片。
【請求項7】
前記脆化部が表面のアーク溶接ビードと熱影響部とからなる請求項又はに記載の脆性亀裂伝播停止特性試験片。
【請求項8】
前記脆化部が電子ビーム溶接ビードである請求項又はに記載の脆性亀裂伝播停止特性試験片。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の脆性亀裂伝播停止特性(脆性亀裂アレスト靭性)試験方法及び当該試験に供する試験片に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脆性破壊は、大規模な塑性変形を伴わず、材料の降伏強度以下の低応力で亀裂が発生し、高速で長距離を伝播して構造物が破壊に至る現象である。大規模構造物に使用される鋼材には、脆性破壊が発生した際に亀裂の伝播が途中で停止する、優れた脆性亀裂伝播停止特性(アレスト性)が要求される。
【0003】
脆性亀裂伝播停止特性は、日本溶接協会が制定した規格(例えば、非特許文献1)に準じて評価することができる。日本溶接協会規格WES2815の脆性亀裂伝播停止特性試験方法のうち、温度勾配を持たせた試験片の低温側から脆性亀裂を発生させ、亀裂の停止位置を確認し、評価するものを温度勾配型アレスト試験という。
【0004】
WES2815では、脆性亀裂伝播停止特性試験に用いられる試験片の幅を350~1000mmとしている。試験片の幅は、亀裂を発生させる試験片の一端から他端までの距離である。脆性亀裂伝播停止特性試験では、脆性亀裂を発生させるための打撃エネルギーと伝播させるための引張ひずみエネルギーとを試験片に載荷し、亀裂を試験片の幅方向に伝播させる。
【0005】
このうち、打撃エネルギーは、亀裂の発生だけでなく、亀裂の伝播にも影響し、その影響が及ぶ範囲(影響範囲)はエネルギーの大きさに比例して大きくなり、亀裂の伝播に影響を及ぼすエネルギーの量(影響量)は亀裂が発生した部位から離れるほど小さくなる。打撃エネルギーの載荷は、脆性亀裂伝播停止特性試験では、脆性亀裂を発生させることだけが目的である。したがって、脆性亀裂伝播停止特性を正しく評価するには、打撃エネルギーの影響を無視できる部位で亀裂を停止させる必要があり、試験片の幅を大きくすることが望ましく、WES2815では試験片の幅を350mm以上としている。
【0006】
非特許文献2には、WES2815よりも幅が狭く、幅300mmである試験片を用いて温度勾配型アレスト試験を行った例が示されている。非特許文献2では、アレスト性を数値解析するモデルを検証するために、温度勾配型アレスト試験を実施している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】日本溶接協会WES2815規格2014
【文献】山本、他5名、「鋼の微視組織と脆性亀裂停止挙動の関係解明に向けたマルチスケール破壊力学モデル 第2報:アレスト試験への適用」鉄と鋼、日本鉄鋼協会、vol.102(2016)、No.6、p.82~90
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
脆性亀裂伝播停止特性を評価する際には、確実に脆性亀裂を発生させるため、載荷する打撃エネルギーを大きくすることが望ましい。この場合、打撃エネルギーが亀裂伝播に影響する範囲が大きくなり、亀裂が発生した部位から亀裂を停止させる部位までの距離を大きくする必要が生じることから、大型の試験片が必要になる。しかし、試験片が大型になると大規模な試験装置が必要になるだけでなく、試験片自体の重量が大きくなりその取扱いが困難になる。さらに、供試材のサイズによっては幅が350mm以上の試験片を採取することが困難な場合もある。
【0009】
非特許文献2のように試験片の幅を狭くすると、試験片幅に対して打撃エネルギーの影響範囲が大きくなり、脆性亀裂が適正な部位で停止するような試験条件を設定することが難しくなる。一方、打撃エネルギーを小さくすると、脆性亀裂が発生しない場合や、亀裂が発生しても打撃部近傍で停止しまう場合があり、適正な評価ができない場合がある。そこで、従来よりも試験片幅の小さい小型試験片を用いて脆性亀裂伝播停止特性試験を行う際には、小さな打撃エネルギーで脆性亀裂を発生させることが求められる。
【0010】
本発明はこのような実情に鑑みて、小型の試験片を用いて、脆性亀裂伝播停止特性を適正に評価できる試験方法及び試験片を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、脆性亀裂の発生に要する打撃エネルギーを小さくするために検討を行った。その結果、脆性亀裂が発生する部分だけを脆化させることにより、亀裂を発生し易くし、伝播した亀裂が停止する部分は脆化させることなく元の材質のままにすることにより、打撃エネルギーを小さくしても、脆性亀裂伝搬停止特性を評価できることを見出した。即ち、打撃エネルギーを加える試験片の切欠きの近傍に脆化部を設け、適正な温度勾配を与えることにより、小型の試験片を用いても脆性亀裂伝播停止特性を適正に評価することができた。本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0012】
[1]試験片の一端に切欠きを設け、当該切欠きに打撃エネルギーを負荷し、亀裂を発生させる脆性亀裂伝播停止特性試験方法において、
前記試験片の厚さtが100mm以下であり、
前記試験片の一端と他端との距離である試験片の幅Wが200mm以上350mm未満であり、
前記試験片が、前記切欠きの先端に隣接する部分に脆化部を有する脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
[2]前記試験片幅方向の前記脆化部の長さが50mm以下であり、
前記試験片幅方向と直交する前記脆化部の幅が1mm以上30mm以下である
上記[1]に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
[3]前記脆化部がアーク溶接によって形成される
上記[1]又は[2]に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
[4]前記脆化部が電子ビーム溶接によって形成される
上記[1]又は[2]に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
[5]前記試験片の一端から他端に向けて温度Tが上昇しており、
前記試験片の一端からの距離Xに対する前記温度Tの変化率である温度勾配dT/dX[℃/mm]が下記(式1)を満足する、[1]~[4]のいずれか一項に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験方法。
0.76-0.0008W≦dT/dX≦0.64-0.0002W ・・・(式1)
[6]脆性亀裂伝播停止特性試験方法の試験片であって、
一端に切欠きを有し、
厚さが100mm以下であり、
前記一端と他端との距離である幅Wが200mm以上350mm未満であり、
前記切欠きの先端に隣接する部分に脆化部を有する脆性亀裂伝播停止特性試験片。
[7]前記脆化部の長さが50mm以下、前記脆化部の幅が1mm以上30mm以下である上記[6]に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験片。
[8]前記脆化部が表面のアーク溶接ビードと熱影響部とからなる上記[6]又は[7]に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験片。
[9]前記脆化部が電子ビーム溶接ビードである上記[6]又は[7]に記載の脆性亀裂伝播停止特性試験片。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来よりも小型の試験片を用いて、脆性亀裂伝播停止特性を適正に評価することができる。したがって、試験片の作製が容易になり、また、適正な試験条件を容易に定めることができるため、材料開発に要する期間及びコストを削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験片の概要を示す図である。
図2】本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法において、脆性亀裂を発生させる方法を示す概念図である。
図3】本発明に係る、アーク溶接によって形成された脆化部を有する試験片の一例を示す図である。
図4】本発明に係る、電子ビームによって形成された脆化部を有する試験片の一例を示す図である。
図5】試験片幅が300mmと500mmとで温度勾配を同一にした場合のK値、Kca値と温度の関係を示す図である。
図6】本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法による評価結果の一例を示す図である。
図7】本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法による評価結果に及ぼす脆化部の効果を示す図である。
図8】本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法による評価結果に及ぼす温度勾配の影響を示す図である。
図9】本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法による評価結果に及ぼす脆化部の長さの影響を示す図である。
図10】本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法による評価結果に及ぼす脆化部の形成方法の影響を示す図である。
図11】本発明に係る、サイドグルーブを設けた場合の脆化部を有する試験片の一例を示す図である。図11(a)はアーク溶接によって脆化部を形成した場合の一例を、図11(b)は電子ビームによって脆化部を形成した場合の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.本発明に係る試験方法の概要
本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法は、試験片の一端から他端に向けて亀裂を進展させ、前記亀裂を停止させる鋼板の特性を評価する試験方法である。図1の試験片では、試験片の一端は図面中上方の辺を、他端は下方の辺を指す。本発明に係る試験片1は、図1に示すように、その一端に切欠き30及び切欠き先端に隣接する脆化部40を有している。ここで、切欠き先端とは、試験片幅方向の切欠きの頂点を指す。図2に示すように、切欠き30には楔7を設置し、打撃エネルギーを負荷して脆性亀裂を発生させる。脆性亀裂が進展する試験片幅方向と直交する試験片長さ方向には、構造体に作用する引張応力を再現するために、弾性変形の範囲内で引張荷重が載荷される。例えば、試験片に接合されたタブ板21(図中では、21A、21Bと表示。)に設けたピンチャック22を介して、試験片の長さ方向に引張荷重を付加することができる。
【0016】
脆性亀裂は、例えば図2に示すように、試験片の一端に設けた切欠きに切欠きの開き角よりも先端角が大きい楔を設置し、楔へ打撃エネルギーを載荷することによって発生させる。打撃エネルギーは、切欠きを開口させるために与えており、例えばWES2815と同様に、自由落下や圧縮ガスなどによって発生させることができる。
【0017】
楔に載荷された打撃エネルギーは、試験片の切欠きを開口し、切欠きの先端ではひずみエネルギー(弾塑性ひずみ)となって脆性亀裂を発生させ、一部は亀裂伝播にも作用する。そのため、脆性亀裂は、試験片の長さ方向に作用する引張応力に起因するひずみエネルギー(弾性ひずみ)によって試験片の幅方向に伝播する。
【0018】
試験片の一端では、亀裂の発生を容易にするため、冷却等によって温度を低下させている。試験片には温度勾配が付与されており、試験片の一端から亀裂が進展する他端に向けて温度を上げている。また、打撃エネルギーに起因する弾塑性ひずみエネルギーの影響も試験片の一端から離れるに従って小さくなる。したがって、試験片の一端から発生した亀裂は、他端に向けて距離が離れるほど伝播し難くなり、停止に至る。
【0019】
試験後、WES2815に準拠して、(a)亀裂伝播経路の条件、(b)アレスト亀裂長さの条件、(c)亀裂直進性の条件、(d)亀裂分岐の条件、(e)打撃エネルギーの条件を満足した場合、アレスト靭性を算定する。このような試験方法は、温度勾配型アレスト試験と称される。
【0020】
2.試験片のサイズ及び形状
本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法に使用する試験片の厚さtは100mm以下にするとよい。これは、試験片の厚さtが100mmを超えると、試験片の幅を大きくしなければ脆性亀裂伝播停止特性の評価が難しくなるためである。板厚の下限は特に限定しない。試験片の厚さは脆性亀裂伝播停止特性を評価する鋼板の板厚と同じでもよい。例えば、溶接構造物に適用される厚鋼板の板厚は6mm以上の場合が多く、このような場合試験片の厚さtも6mm以上とすればよい。
【0021】
本発明に係る試験片は、試験片の採取が可能な供試材の入手の容易さ、費用等の観点から、試験片の一端と他端との距離である試験片の幅Wを350mm未満とすることができる。一方、試験片の幅Wが小さすぎると上記のWES2815に係る条件(a)~(e)を満足するように脆性亀裂を停止させることが難しくなる。アレスト靭性を安定的に算定するために、試験片の幅Wを200mm以上とするとよい。
【0022】
また、試験片の厚さtが大きくなると、脆性亀裂の発生に要する打撃エネルギーが大きくなる。後述するように、脆性亀裂伝播停止特性を評価する際には、試験片の長さ方向における打撃エネルギーの影響を無視できる部位で亀裂を停止させることが必要である。試験片の厚さtを大きくすると、打撃エネルギーの影響が及ぶ距離が長くなるので、試験片の幅Wは一定以上を確保することが好ましい。このような観点から、試験片幅Wと試験片の厚さtとの比W/tは2以上であることが好ましい。脆性亀裂が進展する方向を制御するためにサイドグルーブを設けてもよい。
【0023】
3.脆化部
本発明に係る試験片は、その一端に、亀裂を発生させる切欠きを有しており、試験片の、切欠きの先端(試験片の幅の方向の切欠きの頂点)に隣接する部分を脆化させることが特徴である。この脆化させた部分を脆化部と呼ぶ。脆化部は、脆性亀裂を発生させるために必要な打撃エネルギーを減少させるために設けられている。なお、試験片に設ける切欠きの形成方法は特に限定されないが、WES2815において推奨される機械切欠き、プレス切欠きのいずれかを採用することが好ましい。
【0024】
脆性亀裂伝播停止特性を評価するためには、亀裂発生のために負荷された打撃エネルギーが亀裂伝播に及ぼす影響を無視できる部位で亀裂を停止させることが必要になる。脆性亀裂伝播停止特性試験では、打撃エネルギーによる亀裂伝播への影響が、試験片の一端から離れるに従って小さくなることを考慮して、亀裂が停止する範囲(試験片の一端から幅方向の距離)を概ね0.3W~0.7W(Wは試験片の幅)になるようにするとよい。亀裂が停止する範囲が脆化部にならないようにするため、脆化部の長さは、長くても0.3W以下にすることが好ましい。ここで、脆化部の長さとは、脆化部の試験片幅方向における長さのことをいう。
【0025】
本発明に係る試験片の幅Wの最小値は200mmであるので、亀裂を停止させる範囲を、試験片の一端から他端に向けて60~140mmの範囲とするとよいことになる。亀裂を停止させる範囲に脆化部を設けることは好ましくないため、試験片の一端から、脆化部の、試験片幅の方向の端部までの長さは50mm以下にすることが好ましい。さらに好ましくは、切欠き長さと脆化部長さとの和を50mm以下にすることが好ましい。
【0026】
試験片の、脆性亀裂を発生させる部位に脆化部を設けることにより亀裂が発生し易くなるため、脆化部の長さの下限は特に限定しない。脆化部の形成方法により異なるが、例えばアーク溶接ビードであれば1mm以上であることが好ましく、電子ビーム溶接であれば0.1mm以上であることが好ましい。
【0027】
また、脆化部は、板厚方向に全面にわたって形成されていることが望ましいが、板厚方向の一部に形成されていてもよい。例えば、試験片の表面にアーク溶接によって脆化部を形成する場合、試験片の表面近傍に形成されたアーク溶接ビード及び熱影響部の直下にしか脆化部が形成されておらず、脆化部が板厚方向に貫通していない場合がある。板厚方向の一部に脆化部がある場合、脆化部の板厚方向深さの下限は特に限定しないが、1mm以上であることが好ましい。さらに好ましくは2mm以上であり、上記したように全面にわたって形成されることが理想的である。
【0028】
また、脆化部の長さと直交する脆化部の幅は、機械切欠きと同様、0.2mm以上であればよい。電子ビームなどの高エネルギービームによって溶融、凝固させて脆化部を形成する場合などでは、1mm以上であってもよい。アーク溶接によって脆化部を形成する場合などでは、2mm以上であってもよい。脆化部の幅は広くても効果は変わらないため、脆化部の上限は特に限定されないが、コストの上昇を抑えるためには30mm以下であることが好ましい。
【0029】
脆化部の形成方法は特に限定されない。
脆化部は、例えば、アーク溶接によって形成することができる。また、例えば、硬化肉盛溶接によって形成されるビードや、クラックスタータビードであってもよい。アーク溶接によって形成された脆化部の例を図3に示す。図3は、試験片の両面に、試験片の幅方向に延びるアーク溶接ビード42(図中では42A、42Bと表示。)が形成されており、その直下部分に熱影響部43(図中では43A、43Bと表示。)が形成される。この場合、脆化部は、アーク溶接ビード42と熱影響部43とによって構成されており、板厚方向に貫通してはいない。ただし、アーク溶接条件によっては、脆化部を板厚方向に貫通させることもできる。溶接ワイヤは、例えば、硬化肉盛溶接用フラックス入りワイヤやクラックスタータビード用溶接棒を用いることができる。
【0030】
また、脆化部は、電子ビーム溶接(電子ビーム照射も含む)によって形成してもよい。電子ビーム溶接によって形成された脆化部の例を図4に示す。図4は、試験片の片側から厚さ方向に貫通する電子ビーム溶接を行った例であり、試験片の厚さ方向を貫通して幅方向に延びる脆化部44が形成されている。なお、電子ビーム溶接は真空チャンバー内で、300mm程度の対物距離を確保した状態で、約70kVの加速電圧と約200mAの電流を用いた電子ビームを試験片に照射しながら、幅方向に速度400mm/min程度で移動させることで、所定の脆化部を形成させることができる。
サイドグルーブを設けた場合、サイドグルーブに沿うように脆化部を形成すればよい。例えば、図11(a)に試験片の両面に設けたサイドグルーブ50に沿ってアーク溶接42を施し、脆化部を形成した例を示す。また、例えば、片方のサイドグルーブにだけアーク溶接を施し、脆化部を形成してもよい。また、例えば、試験片の片方の面にのみサイドグルーブを形成し、そのサイドグルーブに沿ってアーク溶接を施し、脆化部を形成してもよいし、サイドグルーブを形成していない面にのみアーク溶接を施し、脆化部を形成してもよい。
例えば、図11(b)に試験片の両面に設けたサイドグルーブ50に沿って電子ビーム溶接を施し、脆化部44を形成した例を示す。上記したアーク溶接により脆化部を形成した例と同様、電子ビーム溶接による脆化部の形成も、片面にサイドグルーブを形成した場合など、サイドグルーブの形態に限定されない。
【0031】
4.温度勾配
本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法では、亀裂の発生を容易にするため、試験片の一端の温度を低下させるとよい。一方、亀裂を停止させるため、亀裂の進行方向に向けて温度を上昇させるとよい。試験片に付与される温度勾配dT/dX[℃/mm]は、試験片の一端からの幅方向の距離Xに対する温度Tの変化率であり、温度勾配dT/dXは、WES2815に準拠して設定するとよい。温度勾配dT/dXは、試験片の幅W(mm)によって、下記式(式1)を満足するように上限及び下限を設定することが好ましい。
0.76-0.0008W≦dT/dX≦0.64-0.0002W ・・・ (式1)
【0032】
脆性亀裂伝播停止特性試験方法に幅が500mmの試験片(以下、500mm幅と称する場合がある。同様に、幅が300mmの試験片を300mm幅と称する場合がある。)を使用する場合、脆性亀裂を発生させる試験片の一端の温度は、試験片の幅方向における中央の温度に対して、-80℃~-120℃になるよう温度勾配が付与されるとよい。また、試験片には、一端に設けた切欠き30(例えば長さ29mm)と対向する他端に、応力分布を均一にするための切込み(例えば長さ29mm)を設けてもよく、この場合、温度勾配は、0.36~0.54℃/mmに相当する。
【0033】
脆性亀裂伝播停止特性試験方法では、亀裂長さa=W/2でアレストさせるのが理想的な条件である。試験片が500mm幅の場合と300mm幅の場合とで、亀裂長さa=W/2における亀裂伝播の駆動力K値が等しくなるように試験条件を設定するためには、300mm幅の試験応力(試験片の長さ方向の引張応力)は500mm幅の1.29倍(=√(500/300))にするとよい。すなわち500mm幅の時に100MPaであれば300mm幅では129MPaとなる。
【0034】
試験片が500mm幅と300mm幅で、温度勾配を0.36℃/mmと同一にして脆性亀裂伝播停止特性試験方法を行うと仮定した場合の温度とK値の関係を図5に記号「+」(500mm幅)及び「×」(300mm幅)で示す。温度変化に対するK値の傾きは、500mm幅と比較して300mm幅が大きくなっている。
図5には、亀裂伝播停止特性であるアレスト靭性Kca値と温度との関係も実線で示している。亀裂伝播停止特性のKca値が、K値を上回ると亀裂の伝播が停止する。したがって、材料特性のKca値の温度変化を示す図中の実線と、K値の温度変化を示す線(記号「+」及び「×」で示す線)とが交差するところで亀裂が停止することになる。
【0035】
しかし、図5に示すように、試験片の幅を300mmにすると、亀裂が伝播したときのK値の変化(K値の温度に対する傾き)が、アレスト靭性Kca値の温度依存性(Kca値の温度に対する傾き)に近くなることがわかる。また、Kca値の温度依存性が板厚でも変化することなどから、試験条件を適正に設定しないとKca値及びK値の温度変化を示す線が交差せず、亀裂伝播が停止し難くなる。(K値≦Kca値になったときに亀裂伝搬が停止するため。)これが、試験片を小型にしたときにデータ採取が困難になる原因の一つであると考えられる。
【0036】
次に、試験片を500mm幅と300mm幅で試験片の一端及び他端の温度が同じにした場合と、温度勾配を試験片の幅に応じて変化させた場合について検討する。500mm幅で試験応力を100MPaとした場合と同じK値の温度変化を300mm幅で得る場合、300mm幅の温度勾配は500mm幅の1.67(=5/3)倍になるため、亀裂長さ、温度の計測誤差が大きくなることが予想される。また、このように温度勾配が大きくなると、亀裂が停止し難くなり、Kca値が低く評価される可能性がある。
【0037】
図5の検討結果から、脆性亀裂伝播停止特性試験方法では、試験片を300mm幅とした場合は、500mm幅とした場合よりも強い温度勾配にすべきであることがわかる。一方、試験片を300mm幅とした場合、500mm幅の場合よりも温度勾配を大きくしすぎないことが好ましい。
また、試験片のKca値の温度依存性は、試験片の厚さによっても変化する。図5では、同じ材料の試験片で厚さが25mm、50mm、70mmの例を示す。
なお、図5における試験片「300-1」は、幅300mmの試験片の一例を示す。また試験片「KE36(50mm)」は、NK規格で降伏強度355MPa以上、-40℃でのシャルピー吸収エネルギーが27J以上の鋼材で板厚が50mmのものの例を示す。
これらの知見に基づいて、種々の試験片幅Wを有する試験片を用いて適正なKca値が得られる条件について検討を行い、温度勾配dT/dX(℃/mm)を上記(式1)のように試験片幅W(mm)に応じて変化させることとした。
【0038】
5.打撃エネルギーについて
上述のように、脆性亀裂伝播停止特性を正しく評価するためには、打撃エネルギーの影響を無視できる部位で亀裂を停止させることが必要になる。本発明に係る試験片の形状はWES2815とは異なるが、WES2815で推奨される打撃エネルギーを参考にして、亀裂を発生させるために載荷する打撃エネルギーを決定することができる。
【0039】
WES2815では、試験片の幅が500mmである場合に推奨される打撃エネルギーE[J]を、板厚t[mm]、引張応力σ[N/mm]との関係式で表している。
/t≦min(1.2σ-40,200) ・・・ (式2)
ここで、右辺のmin(1.2σ-40,200)は2数値(1.2σ-40)又は(200)のどちらか最小値を意味する。
【0040】
試験片の幅が200mmの場合、500/200=2.5であるから、上記(式2)に替えて、下記(式3)によって求められる打撃エネルギーE[J]が推奨される。
/t≦min(1.2σ-40,200)/2.5 ・・ (式3)
ここで、min(1.2σ-40,200)は2つの数値(1.2σ-40)又は(200)のどちらか最小値を意味する。
【0041】
上記(式2)又は(式3)によって試験条件から求められる打撃エネルギーの上限を付与し、亀裂が発生しない場合は打撃エネルギーを大きくし、亀裂が停止しない場合は打撃エネルギーを小さくすればよい。本発明に係る脆性亀裂伝播停止特性試験方法では、上記(式2)によって求められる打撃エネルギーを参考にして、試験片の一端から幅方向の距離が0.3W~0.7W(Wは試験片の幅)の範囲内で亀裂が停止するように、打撃エネルギーを決定するとよい。
【0042】
6.供試材について
本発明が対象とする鋼材は、特に限定されない。例えば、一般の溶接構造用厚鋼板を一般の溶接構造物に適用する場合、鋼板の厚さは6.0mm以上であることが多い。
【0043】
鋼材の製造方法も特に制限されない。例えば、常法で鋼を溶製し、成分の調整後、鋳造して得られた鋳片を熱間圧延して製造することができる。熱間圧延後は、そのまま水冷するか、又は空冷した後、熱処理を施してもよい。熱間圧延後、冷間圧延して、さらに熱処理を施してもよい。
【実施例
【0044】
試験片を採取した供試鋼(鋼材A)の板厚、降伏強度、引張強度を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
[実施例1]
鋼材Aから、アーク溶接によって形成された脆化部(長さ30mm、幅5mm)を設けた300mm幅試験片(長さも300mm)と、脆化部を設けていない500mm幅の試験片(長さも500mm)とを準備した。WES2815に準拠して、どちらも温度勾配が0.55℃/mmになるようにして温度勾配型アレスト試験を実施した。結果を図6に示す。WES2815規格に準拠する500mm幅試験片のデータ(●)に比べて、300mm幅試験片のデータ(□)は若干低めの数値(-8%程度)を示しているが、WES2815でもデータばらつきの範囲とされている±15%以内には十分入っており、本発明の試験法の有効性が確認された。
【0047】
[実施例2]
鋼材Aから、実施例1の300mm幅試験片と同形状で、脆化部を設けていない試験片を準備し、実施例1と同じ条件で温度勾配型アレスト試験を実施した。結果を図7に示す。脆化部を付与しない場合、打撃エネルギーが低いと亀裂が発生しなかったため、試験データを1点しか採取できなかった。また、亀裂を発生させるために打撃エネルギーを大きくする必要があり、亀裂が停止し難くなるため、Kca値が低めに評価されていることが確認された。
【0048】
[実施例3]
鋼材Aから、実施例1と同様の脆化部を付与した300mm幅試験片を準備し、温度勾配(dT/dX)を0.45℃/mmとし、下限(0.76-0.0008W=0.52℃/mm)よりも低い条件で温度勾配型アレスト試験を実施した。結果を図8に示す。温度勾配が低いと、亀裂が停止しやすくなるため、Kca値が高めに評価されることが確認できた。
【0049】
[実施例4]
実施例1と同様の300mm幅試験片で、脆化部の長さを50mm、幅をmmにした試験片を用いて、実施例1と同条件で温度勾配型アレスト試験を実施した。結果を図9に示す。脆化部長さが長いと、亀裂長さが長くなりやすいため、Kca値を低めに評価され易くなることがわかる。ただし、脆化部長さ50mmの場合、WES2815でデータばらつきの範囲とされている±15%程度である。
【0050】
[実施例5]
実施例1と同様の300mm幅試験片で脆化部を電子ビーム(長さ30mm、幅2mm)で形成した試験片を用いて、実施例1と同条件で温度勾配型アレスト試験を実施した。結果を図10に示す。脆化部をアーク溶接で形成した場合と同程度のKca値評価ができることが確認された。
【0051】
以上、本発明について説明したが、本発明は、本明細書にて説明した態様に限定されることはなく、本発明の記載に当てはまるものであれば本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、あらゆる産業における鋼材の脆性亀裂伝播停止特性試験において利用することができる。特に、脆性亀裂伝播停止特性が必要とされる、造船、建築物などの溶接構造物に使用される鋼板が要求特性を満足しているか否かの評価や材料開発に有用である。
【符号の説明】
【0053】
1 試験片
7 楔
21 タブ板
22 ピンチャック
30 切欠き
40 脆化部
42 アーク溶接ビード
43 熱影響部
44 電子ビーム溶接による脆化部
50 サイドグルーブ
L 試験片の長さ
W 試験片の幅
t 試験片の厚さ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11