(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-22
(45)【発行日】2023-03-30
(54)【発明の名称】2相ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230323BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230323BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20230323BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20230323BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C22C38/58
C21D8/00 E
C21D6/00 102L
(21)【出願番号】P 2019091653
(22)【出願日】2019-05-14
【審査請求日】2022-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】相良 雅之
(72)【発明者】
【氏名】小薄 孝裕
(72)【発明者】
【氏名】鵜川 裕介
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-180172(JP,A)
【文献】特開2017-031473(JP,A)
【文献】特開2001-073093(JP,A)
【文献】特開平10-259456(JP,A)
【文献】特開2000-234125(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101289726(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 8/00
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Cr:27.0~29.0%、
Mo:2.50~4.00%、
Ni:5.00~8.00%、
N:0.400%超~0.600%、
Ag:0.01~0.50%、
C:0.030%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
sol.Al:0.040%以下、
V:0.50%以下、
O:0.010%以下、
P:0.030%以下、
S:0.0200%以下、
W:0~6.00%、
Cu:0~0.10%未満、及び、
残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する、2相ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載の2相ステンレス鋼であって、前記化学組成は、
W:0.10~6.00%を含有する、2相ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の2相ステンレス鋼であって、前記化学組成は、
Cu:0.01~0.10%未満を含有する、2相ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2相ステンレス鋼に関し、さらに詳しくは、耐孔食性に優れる2相ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト相及びオーステナイト相の2相組織を有する2相ステンレス鋼は、優れた耐食性を有することが知られている。2相ステンレス鋼は特に、塩化物を含有する水溶液中で問題となる、孔食及び/又はすきま腐食に対する耐食性(以下、「耐孔食性」という)が優れる。そのため2相ステンレス鋼は、海水等の塩化物を含む湿潤環境で広く用いられている。塩化物を含む湿潤環境において2相ステンレス鋼は、たとえば、フローラインパイプ、アンビリカルチューブ、及び、熱交換器等に用いられる。
【0003】
近年、2相ステンレス鋼の使用環境における腐食条件は、ますます厳しくなってきている。そのため、2相ステンレス鋼には、さらに優れた耐孔食性が求められている。2相ステンレス鋼の耐孔食性をさらに高めるために、様々な技術が提案されている。
【0004】
国際公開第2013/191208号(特許文献1)は、質量%で、Ni:3~8%、Cr:20~35%、Mo:0.01~4.0%、N:0.05~0.60%を含有し、Re:2.0%以下、Ga:2.0%以下、及び、Ge:2.0%以下から選択される1種以上をさらに含有することを特徴とする2相ステンレス鋼を開示する。特許文献1では、Re、Ga、又は、Geを2相ステンレス鋼に含有させることによって、孔食が発生する臨界電位(孔食電位)を上昇させ、耐孔食性及び耐すき間腐食性を高めている。
【0005】
国際公開第2010/082395号(特許文献2)は、質量%で、Cr:20~35%、Ni:3~10%、Mo:0~6%、W:0~6%、Cu:0~3%、N:0.15~0.60%を含有する2相ステンレス鋼材を、熱間加工によりあるいはさらに固溶化熱処理することにより冷間加工用素管を作製した後、冷間圧延によって2相ステンレス鋼管を製造する方法を開示する。特許文献2の2相ステンレス鋼管の製造方法は、最終の冷間圧延工程における断面減少率での加工度Rd(=exp[{In(MYS)-In(14.5×Cr+48.3×Mo+20.7×W+6.9×N)}/0.195])が10~80%の範囲内で冷間圧延し、758.3~965.2MPaの最低降伏強度を有する2相ステンレス鋼管の製造方法であることを特徴とする。これにより、例えば油井やガス井に使用できる、炭酸ガス腐食環境や応力腐食環境においても優れた耐食性を発揮するとともに高い強度をも兼ね備えた2相ステンレス鋼管が得られる、と特許文献2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2013/191208号
【文献】国際公開第2010/082395号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のとおり、2相ステンレス鋼には、さらに優れた耐孔食性が求められている。したがって、特許文献1及び2に記載の技術以外の他の手段によって、さらに優れた耐孔食性を示す2相ステンレス鋼が得られてもよい。
【0008】
本開示の目的は、優れた耐孔食性を有する2相ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示による2相ステンレス鋼は、質量%で、Cr:27.0~29.0%、Mo:2.50~4.00%、Ni:5.00~8.00%、N:0.400%超~0.600%、Ag:0.01~0.50%、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、sol.Al:0.040%以下、V:0.50%以下、O:0.010%以下、P:0.030%以下、S:0.0200%以下、W:0~6.00%、Cu:0~0.10%未満、及び、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する。
【発明の効果】
【0010】
本開示による2相ステンレス鋼は、優れた耐孔食性を有する。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、2相ステンレス鋼の耐孔食性を高める手法について調査及び検討を行った。その結果、次の知見を得た。
【0012】
2相ステンレス鋼の耐孔食性を高める元素として、これまでに、CrやMoが知られている。具体的に、Cr及びMoが2相ステンレス鋼の耐孔食性を高めるメカニズムは、次のように考えられている。
【0013】
Crは、酸化物として2相ステンレス鋼の表面の不働態被膜の主成分となる。不働態被膜は、腐食因子と2相ステンレス鋼の表面との接触を抑制する。その結果、不働態被膜が表面に形成された2相ステンレス鋼は、耐孔食性が高まる。Moは、不働態被膜に含有され、不働態被膜の耐孔食性をさらに高める。
【0014】
そこで本発明者らは、質量%で、Crを27.0~29.0%、Moを2.50~4.00%、Niを5.00~8.00%、及び、Nを0.400%超~0.600%含有する2相ステンレス鋼に着目し、耐孔食性を高める手法について種々検討した。
【0015】
具体的に、上述の化学組成に加えて、他の元素も含有する2相ステンレス鋼を種々製造し、その耐孔食性について詳細に調査及び検討した。その結果、上述の化学組成を有する2相ステンレス鋼では、これまで着目されてこなかった銀(Ag)を含有することによって、耐孔食性が高まる可能性があることを、本発明者らは見出した。すなわち、本発明者らの詳細な検討の結果、上述の化学組成に加えて、Agが0.01%以上含有されれば、2相ステンレス鋼の耐孔食性が高まることが明らかになった。
【0016】
上述の化学組成を有する2相ステンレス鋼において、Agが0.01%以上含有されることにより、耐孔食性が高まる詳細なメカニズムは、明らかになっていない。しかしながら、本発明者らは次のように考えている。孔食が生じるまでには、次の2つのステップが存在すると考えられている。最初のステップは、孔食の発生(初期段階)である。次のステップは、孔食の進展(進展段階)である。
【0017】
酸性溶液中では、2相ステンレス鋼の表面には、溶解速度が速い活性サイトが形成される。Agは、鋼に固溶して、その活性サイトを被覆する可能性がある。この場合、鋼中に固溶したAgは、2相ステンレス鋼の溶解を抑制することができる。これにより、Agは2相ステンレス鋼の孔食の進展を抑制すると考えられる。
【0018】
なお、Agを0.01%以上含有することにより、上述の化学組成を有する2相ステンレス鋼の耐孔食性が高まることは、後述する実施例によって証明されている。すなわち、本発明者らが考える上記メカニズムとは異なるメカニズムによって、Agが2相ステンレス鋼の耐孔食性を高めていた場合であっても、Agが2相ステンレス鋼の耐孔食性に有効であることは、証明されている。
【0019】
したがって、本実施形態による2相ステンレス鋼は、上述の化学組成に加えて、さらに、Agを0.01~0.50%含有する。その結果、本実施形態による2相ステンレス鋼は、優れた耐孔食性を得ることができる。
【0020】
以上の知見に基づき完成した本実施形態による2相ステンレス鋼は、質量%で、Cr:27.0~29.0%、Mo:2.50~4.00%、Ni:5.00~8.00%、N:0.400%超~0.600%、Ag:0.01~0.50%、C:0.030%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、sol.Al:0.040%以下、V:0.50%以下、O:0.010%以下、P:0.030%以下、S:0.0200%以下、W:0~6.00%、Cu:0~0.10%未満、及び、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する。
【0021】
本実施形態による2相ステンレス鋼は、上述の化学組成を有する。その結果、本実施形態による2相ステンレス鋼は、優れた耐孔食性を有する。
【0022】
好ましくは、上記化学組成は質量%で、W:0.10~6.00%を含有する。
【0023】
好ましくは、上記化学組成は質量%で、Cu:0.01~0.10%未満を含有する。
【0024】
この場合、本実施形態による2相ステンレス鋼の耐孔食性がさらに高まる。
【0025】
以下、本実施形態による2相ステンレス鋼について詳述する。
【0026】
[化学組成]
本実施形態による2相ステンレス鋼の化学組成は、次の元素を含有する。なお、特に断りが無い限り、元素に関する%は質量%を意味する。
【0027】
[必須元素について]
本実施形態による2相ステンレス鋼の化学組成は、次の元素を必須に含有する。
【0028】
Cr:27.0~29.0%
クロム(Cr)は、酸化物として2相ステンレス鋼の表面に不働態被膜を形成する。不働態被膜は、腐食因子と2相ステンレス鋼の表面との接触を抑制する。その結果、2相ステンレス鋼の孔食の発生が抑制される。Crはさらに、2相ステンレス鋼のフェライト組織を得るために必要な元素である。十分なフェライト組織を得ることで、安定した耐孔食性が得られる。Cr含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、2相ステンレス鋼の熱間加工性が低下する。したがって、Cr含有量は27.0~29.0%である。Cr含有量の好ましい下限は27.0%超であり、より好ましくは27.5%であり、さらに好ましくは28.0%である。Cr含有量の好ましい上限は28.5%である。
【0029】
Mo:2.50~4.00%
モリブデン(Mo)は、不働態被膜に含有され、不働態被膜の耐食性をさらに高める。その結果、2相ステンレス鋼の耐孔食性を高める。Mo含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、2相ステンレス鋼からなる鋼管を組立等する場合の加工性が低下する。したがって、Mo含有量は2.50~4.00%である。Mo含有量の好ましい下限は2.80%であり、より好ましくは3.00%である。Mo含有量の好ましい上限は3.80%であり、より好ましくは3.60%であり、さらに好ましくは3.50%であり、さらに好ましくは3.30%である。
【0030】
Ni:5.00~8.00%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト安定化元素であり、フェライト・オーステナイトの2相組織を得るために必要な元素である。Ni含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Ni含有量が高すぎれば、フェライト相とオーステナイト相とのバランスが得られない。この場合、安定して2相ステンレス鋼を得られない。したがって、Ni含有量は5.00~8.00%である。Ni含有量の好ましい下限は5.50%であり、より好ましくは6.00%である。Ni含有量の好ましい上限は7.50%である。
【0031】
N:0.400%超~0.600%
窒素(N)は、オーステナイト安定化元素であり、フェライト・オーステナイトの2相組織を得るために必要な元素である。Nはさらに、2相ステンレス鋼の耐孔食性を高める。N含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、N含有量が高すぎれば、2相ステンレス鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。したがって、N含有量は0.400%超~0.600%である。N含有量の好ましい下限は0.420%である。N含有量の好ましい上限は0.500%である。
【0032】
Ag:0.01~0.50%
銀(Ag)は、2相ステンレス鋼に固溶して、酸性溶液中で2相ステンレス鋼の表面に形成された、活性サイトを被覆する。その結果、2相ステンレス鋼の耐孔食性を高める。Ag含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、Ag含有量が高すぎれば、2相ステンレス鋼の熱間加工性が低下する。Ag含有量が高すぎればさらに、2相ステンレス鋼の耐孔食性が低下する。したがって、Ag含有量は0.01~0.50%である。Ag含有量の好ましい下限は0.02%であり、より好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.10%である。Ag含有量の好ましい上限は0.45%であり、より好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0033】
C:0.030%以下
炭素(C)は不可避に含有される。すなわち、C含有量は0%超である。Cは結晶粒界にCr炭化物を形成し、粒界での腐食感受性を増大させる。したがって、C含有量は0.030%以下である。C含有量の好ましい上限は0.025%であり、より好ましくは0.020%である。C含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、C含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、C含有量の好ましい下限は0.001%であり、より好ましくは0.005%である。
【0034】
Si:1.00%以下
シリコン(Si)は鋼を脱酸する。Siを脱酸剤として用いる場合、Si含有量は0%超である。一方、Si含有量が高すぎれば、2相ステンレス鋼の熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は1.00%以下である。Si含有量の好ましい上限は0.80%であり、より好ましくは0.70%である。Si含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.20%である。
【0035】
Mn:2.00%以下
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnを脱酸剤として用いる場合、Mn含有量は0%超である。一方、Mn含有量が高すぎれば、2相ステンレス鋼の熱間加工性が低下する。したがって、Mn含有量は2.00%以下である。Mn含有量の好ましい上限は1.75%であり、より好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.25%である。Mn含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.20%である。
【0036】
sol.Al:0.040%以下
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Alを脱酸剤として用いる場合、Al含有量は0%超である。一方、Al含有量が高すぎれば、2相ステンレス鋼の熱間加工性が低下する。したがって、Al含有量は0.040%以下である。Al含有量の好ましい上限は0.030%であり、より好ましくは0.025%である。Al含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.005%である。本実施形態において、Al含有量とは、酸可溶性Al(sol.Al)含有量を指す。
【0037】
V:0.50%以下
バナジウム(V)は不可避に含有される。すなわち、V含有量は0%超である。V含有量が高すぎれば、フェライト相が過度に増加し、2相ステンレス鋼の靱性及び耐食性の低下が生じる場合がある。したがって、V含有量は0.50%以下である。V含有量の好ましい上限は0.40%であり、より好ましくは0.30%である。V含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.05%である。
【0038】
O:0.010%以下
酸素(O)は不純物である。すなわち、O含有量は0%超である。Oは2相ステンレス鋼の熱間加工性を低下させる。したがって、O含有量は0.010%以下である。O含有量の好ましい上限は0.007%であり、より好ましくは0.005%である。O含有量はなるべく低いほうが好ましい。しかしながら、O含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、より好ましくは0.0005%である。
【0039】
P:0.030%以下
燐(P)は不純物である。すなわち、P含有量は0%超である。Pは2相ステンレス鋼の耐孔食性及び靱性を低下させる。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.025%であり、より好ましくは0.020%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、より好ましくは0.005%である。
【0040】
S:0.0200%以下
硫黄(S)は不純物である。すなわち、S含有量は0%超である。Sは2相ステンレス鋼の熱間加工性を低下させる。したがって、S含有量は0.0200%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0100%であり、より好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0030%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、より好ましくは0.0005%である。
【0041】
本実施形態の2相ステンレス鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、2相ステンレス鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態による2相ステンレス鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
[任意元素]
本実施形態による2相ステンレス鋼の化学組成は、次の元素を任意に含有してもよい。
【0043】
W:0~6.00%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、W含有量は0%であってもよい。含有される場合、WはMoと同様に不働態被膜に含有され、不働態被膜の耐食性をさらに高める。その結果、2相ステンレス鋼の孔食の発生を抑制する。Wがわずかでも含有されれば、この効果はある程度得られる。一方、W含有量が高すぎれば、σ相が析出し易くなり、靱性が低下する。したがって、W含有量は0~6.00%である。W含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは1.00%である。W含有量の好ましい上限は5.90%であり、より好ましくは5.70%であり、さらに好ましくは5.50%である。
【0044】
Cu:0~0.10%未満
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは2相ステンレス鋼に固溶して、酸性溶液中で2相ステンレス鋼の表面に形成された、活性サイトを被覆する。その結果、2相ステンレス鋼の耐孔食性を高める。Cuがわずかでも含有されれば、この効果はある程度得られる。一方、Cu含有量が高すぎれば、金属Cuが鋼中に析出し、かえって耐孔食性が低下する場合がある。したがって、Cu含有量は0~0.10%未満である。Cu含有量の好ましい下限は、0%超であり、より好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.01%超であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Cu含有量の好ましい上限は0.09%であり、より好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.06%である。
【0045】
[ミクロ組織について]
本実施形態による2相ステンレス鋼のミクロ組織は、フェライト及びオーステナイトからなる。フェライト及びオーステナイトの体積分率は、特に限定されない。しかしながら、フェライト相の体積率(以下、フェライト分率ともいう)、又は、オーステナイト相の体積率(以下、オーステナイト分率ともいう)が低すぎれば、適切に元素分配が行われず、2相ステンレス鋼の特性が得られない場合がある。したがって、フェライト分率は、たとえば、35~65%未満である。この場合、オーステナイト分率は、たとえば、35超~65%である。
【0046】
[フェライト分率の測定方法]
本実施形態において、2相ステンレス鋼のフェライト分率を求める場合、次の方法で求めることができる。2相ステンレス鋼からミクロ組織観察用の試験片を採取する。2相ステンレス鋼が鋼板であれば、鋼板の板幅方向に垂直な断面(以下、観察面という)を研磨する。2相ステンレス鋼が鋼管であれば、鋼管の軸方向と肉厚方向とを含む断面(観察面)を研磨する。2相ステンレス鋼が棒鋼又は線材であれば、棒鋼又は線材の軸方向を含む断面(観察面)を研磨する。次に、王水とグリセリンとの混合液を用いて、研磨後の観察面をエッチングする。
【0047】
エッチングされた観察面を光学顕微鏡で10視野観察する。視野面積は、たとえば、2000μm2(倍率500倍)である。各観察視野において、フェライトと、その他の相とはコントラストから区別できる。そのため、コントラストから各観察におけるフェライトを特定する。特定されたフェライトの面積率を、JIS G0555(2003)に準拠した点算法で測定する。測定された面積率は、体積分率に等しいとして、これをフェライト分率(体積%)と定義する。
【0048】
[2相ステンレス鋼の形状]
本実施形態による2相ステンレス鋼の形状は、特に限定されない。2相ステンレス鋼はたとえば、鋼管であってもよいし、鋼板であってもよいし、棒鋼であってもよいし、線材であってもよい。
【0049】
[製造方法]
本実施形態の2相ステンレス鋼は、たとえば次の方法で製造できる。製造方法は、準備工程と、熱間加工工程と、溶体化熱処理工程とを備える。
【0050】
[準備工程]
準備工程では、上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は、連続鋳造法により製造された鋳片(スラブ、ブルーム、及び、ビレット)であってもよく、造塊法により製造された鋼塊(インゴット)であってもよい。必要に応じて、鋳片又は鋼塊を分塊圧延して、鋼片(ビレット)を製造してもよい。
【0051】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、上記準備工程で準備された素材を熱間加工して、鋼材を製造する。熱間加工は、熱間鍛造であってもよく、熱間押出であってもよく、熱間圧延であってもよい。熱間加工の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。
【0052】
熱間押出を実施する場合、たとえば、ユジーン・セジュルネ法、又は、エルハルトプッシュベンチ法を実施してもよい。熱間圧延を実施する場合、たとえば、マンネスマン法による穿孔圧延を実施してもよい。なお、熱間加工は、1回のみ実施してもよく、複数回実施してもよい。たとえば、素材に対して、上述の穿孔圧延を実施した後、上述の熱間押出を実施してもよい。
【0053】
[溶体化熱処理工程]
溶体化熱処理工程では、上記熱間加工工程で製造された鋼材に対して、溶体化熱処理を実施する。溶体化熱処理の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、鋼材を熱処理炉に装入し、所望の温度で均熱した後、急冷する。
【0054】
本実施形態による溶体化熱処理工程で均熱する温度(溶体化熱処理温度)、及び、均熱する時間(溶体化熱処理時間)は特に限定されず、周知の条件で実施すればよい。溶体化熱処理温度は、たとえば、980~1200℃である。溶体化熱処理時間は、たとえば、2~60分である。急冷方法は、たとえば、水冷である。
【0055】
なお、溶体化熱処理が実施された鋼材に対して、必要に応じて、冷間加工や、酸洗処理を実施してもよい。この場合、冷間加工及び酸洗処理は、周知の方法で実施されればよく、特に限定されない。
【0056】
以上の工程により、本実施形態による2相ステンレス鋼が製造できる。なお、上述の2相ステンレス鋼の製造方法は一例であり、他の方法によって2相ステンレス鋼が製造されてもよい。
【実施例】
【0057】
表1に示す化学組成を有する合金を50kgの真空溶解炉で溶製し、得られたインゴットを1200℃で加熱し、熱間鍛造及び熱間圧延を実施して厚さ10mmの鋼板に加工した。得られた各試験番号の鋼板に対して、1150℃で15分保持する溶体化処理を実施した。なお、各試験番号の鋼板のミクロ組織は、いずれもフェライト及びオーステナイトからなるミクロ組織であった。各試験番号の鋼板のミクロ組織はさらに、フェライト分率(フェライトの体積率)が、35~65%未満の範囲内であった。
【0058】
【0059】
[孔食試験]
溶体化処理が実施された、各試験番号の鋼板に対して、孔食試験として、ASTM G48(2015)に準拠した塩化第二鉄浸漬腐食試験を実施した。具体的には、各試験番号の鋼板を機械加工して、幅30mm、厚さ3mm、長さ50mmの孔食試験片を採取した。採取した孔食試験片の重量を測定した。孔食試験片を、80±1℃に加熱した塩酸酸性の6%FeCl3水溶液中に24時間浸漬した。
【0060】
24時間浸漬後の孔食試験片の重量を測定した。浸漬前後の孔食試験片の重量の変化量に基づいて、各試験番号の孔食試験片の腐食による減量を求めた。得られた各試験番号の減量から、各試験番号の孔食試験片における腐食速度(g/m2/hr)を求めた。求めた各試験番号の孔食試験片における腐食速度を表1に示す。なお、表1中の腐食速度「-」は、腐食速度が0.01g/m2/hr未満であったことを意味する。
【0061】
[評価結果]
表1を参照して、試験番号1~7の鋼板は、化学組成が適切であった。その結果、試験番号1~7の鋼板では、腐食速度が0.01g/m2/hr未満となり、優れた耐孔食性を示した。
【0062】
一方、試験番号8の鋼板では、Ag含有量が低すぎた。その結果、腐食速度が0.01g/m2/hr以上となり、優れた耐孔食性を示さなかった。
【0063】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。