(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-22
(45)【発行日】2023-03-30
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
C23C 2/26 20060101AFI20230323BHJP
C22C 18/00 20060101ALI20230323BHJP
C22C 18/04 20060101ALI20230323BHJP
C22C 30/06 20060101ALI20230323BHJP
C23C 2/06 20060101ALI20230323BHJP
C23C 2/40 20060101ALI20230323BHJP
【FI】
C23C2/26
C22C18/00
C22C18/04
C22C30/06
C23C2/06
C23C2/40
(21)【出願番号】P 2021543049
(86)(22)【出願日】2020-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2020032646
(87)【国際公開番号】W WO2021039973
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2022-02-03
(31)【優先権主張番号】P 2019157206
(32)【優先日】2019-08-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】光延 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼田 公平
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】竹林 浩史
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/139620(WO,A1)
【文献】特開2010-180428(JP,A)
【文献】国際公開第2018/221738(WO,A1)
【文献】特許第6443596(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00
C23C 28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼からなる母材と、
前記母材の表面に形成されためっき層と、
前記めっき層の表面に形成された酸化物皮膜と、
を備え、
前記めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:20.00~45.00%、
Fe:10.00~45.00%、
Mg:4.50~15.00%、
Si:0.10~3.00%、
Ca:0.05~3.00%、
Sb:0~0.50%、
Pb:0~0.50%、
Cu:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Ti:0~1.00%、
Sr:0~0.50%、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~1.00%、
Mn:0~1.00%、
を含み、残部がZnおよび不純物であり、
前記酸化物皮膜の化学組成が、原子%で、
Mg:20.0~55.0%、
Ca:0.5~15.0%、
Zn:0~15.0%、
Al:0%以上、10.0%未満、
を含み、残部がO及び合計5.0%以下の不純物からなり、
前記酸化物皮膜の片面付着量が、0.01~10g/m
2である、
ことを特徴とするホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記めっき層の前記化学組成が、質量%で、
Al:25.00~35.00%、
Mg:6.00~10.00%、
の1種または2種を含有することを特徴とする、
請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
前記酸化物皮膜の前記化学組成が、原子%で、
Mg:35.0~55.0%、
を含有することを特徴とする、
請求項1または2に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
本願は、2019年08月29日に、日本に出願された特願2019-157206号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び地球温暖化の防止のために、化学燃料の消費を抑制することが要請されている。このような要請は、例えば、移動手段として日々の生活や活動に欠かせない自動車についても例外ではない。このような要請に対し、自動車では、車体の軽量化などによる燃費の向上等が検討されている。自動車の構造の多くは、鉄、特に鋼板により形成されているので、この鋼板を薄くして重量を低減することが、車体の軽量化にとって効果が大きい。しかしながら、単純に鋼板の厚みを薄くして鋼板の重量を低減すると、構造物としての強度が低下し、安全性が低下することが懸念される。そのため、鋼板の厚みを薄くするためには、構造物の強度を低下させないように、使用される鋼板の機械的強度を高くすることが求められる。
よって、鋼板の機械的強度を高めることにより、以前使用されていた鋼板より薄くしても機械的強度を維持又は高めることが可能な鋼板について、研究開発が行われている。このような鋼板に対する要請は、自動車製造業のみならず、様々な製造業でも同様になされている。
【0003】
一般的に、高い機械的強度を有する材料は、曲げ加工等の成形加工において、形状凍結性が低い傾向にあり、複雑な形状に加工する場合、加工そのものが困難となる。この成形性についての問題を解決する手段の一つとして、いわゆる「熱間プレス方法(ホットスタンプ法、高温プレス法、ダイクエンチ法)」が挙げられる。この熱間プレス方法では、成形対象である材料を一旦高温に加熱して、加熱により軟化した材料に対してプレス加工を行って成形した後に、または成形と同時に、冷却する。
【0004】
この熱間プレス方法によれば、材料を一旦高温に加熱して軟化させ、材料が軟化した状態でプレス加工するので、材料を容易にプレス加工することができる。従って、この熱間プレス加工により、良好な形状凍結性と高い機械的強度とを両立したプレス成形品が得られる。特に材料が鋼の場合、成形後の冷却による焼入れ効果により、プレス成形品の機械的強度を高めることができる。
【0005】
しかしながら、この熱間プレス方法を鋼板に適用した場合、例えば800℃以上の高温に加熱することにより、表面の鉄などが酸化してスケール(酸化物)が発生する。従って、熱間プレス加工を行った後に、このスケールを除去する工程(デスケーリング工程)が必要となり、生産性が低下する。また、耐食性を必要とする部材等では、加工後に部材表面へ防錆処理や金属被覆をする必要があるので、表面清浄化工程、表面処理工程が必要となり、やはり生産性が低下する。
【0006】
このような生産性の低下を抑制する方法の例として、ホットスタンプ前の鋼板にめっき等の被覆を施すことで、耐食性を高めるとともに、デスケーリング工程を省略することが考えられている。
【0007】
このようなめっき鋼材として、例えば、特許文献1には、鋼板表面に、Al:20~95質量%、Ca+Mg:0.01~10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板が開示されている。特許文献1によれば、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成が抑制され、かつ熱間プレス時に金型にめっきが凝着することなく、また、得られる熱間プレス部材は、外観が良好であり、優れた塗装密着性や耐食性を有すると開示されている。
【0008】
また、特許文献2には、ホットプレスによって部品に成形するために提供され、かつその上に腐食から保護するためにZn又はZn合金で形成される金属保護コーティングが塗布されている鋼から成る基層を有する鋼板製品において、前記鋼板製品の自由表面の少なくとも1つに、卑金属の酸化物、窒化物、硫化物、炭化物、水和物又はリン酸塩化合物を含む個別のカバー層が塗布されていることを特徴とする鋼板製品が開示されている。
【0009】
また、特許文献3には、鋼材表面に、Al-Fe合金層とZn-Mg-Al合金層とを含むめっき層が備えられた、耐食性を飛躍的に向上しためっき鋼材が開示されている。
【0010】
上述のような鋼材がホットスタンプされて得られる部材は自動車部品に適用されることが多く、自動車部品として適用される場合、部材には一般に接着接合が施される。しかしながら、特許文献1~特許文献3では、ホットスタンプ成形体の接着性については何ら検討されていない。
本発明者らが検討した結果、AlやZnを含むめっき層を有する鋼板にホットスタンプを行って得られた部材に、自動車用として一般的な接着接合を行う場合、接着性(接着耐久性)を確保できない場合があることが分かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】日本国特開2012-112010号公報
【文献】日本国特表2014-514436号公報
【文献】日本国特開2017-66459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記の課題に鑑みてなされた。本発明は、優れた接着性を発現するホットスタンプ成形体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、溶融Zn-Al-Mgめっき鋼板のめっき層の組成バランスと製造時の条件とを制御して、接着性向上に寄与する酸化物皮膜を表面に形成することで、接着性に優れたホットスタンプ成形体が得られることを知見した。
本発明は上記知見に基づいて完成され、その要旨は以下の通りである。
【0014】
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ成形体は、鋼からなる母材と、前記母材の表面に形成されためっき層と、前記めっき層の表面に形成された酸化物皮膜と、を備え、前記めっき層の化学組成が、質量%で、Al:20.00~45.00%、Fe:10.00~45.00%、Mg:4.50~15.00%、Si:0.10~3.00%、Ca:0.05~3.00%、Sb:0~0.50%、Pb:0~0.50%、Cu:0~1.00%、Sn:0~1.00%、Ti:0~1.00%、Sr:0~0.50%、Cr:0~1.00%、Ni:0~1.00%、Mn:0~1.00%、を含み、残部がZnおよび不純物であり、前記酸化物皮膜の化学組成が、原子%で、Mg:20.0~55.0%、Ca:0.5~15.0%、Zn:0~15.0%、Al:0%以上、10.0%未満を含み、残部がO及び合計5.0%以下の不純物からなり、前記酸化物皮膜の片面付着量が、0.01~10g/m2である。
(2)上記(1)に記載のホットスタンプ成形体は、前記めっき層の前記化学組成が、質量%で、Al:25.00~35.00%、Mg:6.00~10.00%、の1種または2種を含有してもよい。
(3)上記(1)または(2)に記載のホットスタンプ成形体は、前記酸化物皮膜の前記化学組成が、原子%で、Mg:35.0~55.0%、を含有してもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の上記態様によれば、優れた接着性を発現するホットスタンプ成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本実施形態に係るホットスタンプ成形体を示す模式図である。
【
図2】本実施形態に係るホットスタンプ成形体の酸化物皮膜の一例を示す図である。
【
図3】実施例No.11(比較例)のホットスタンプ成形体の酸化物皮膜の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態に係るホットスタンプ成形体(本実施形態に係るホットスタンプ成形体)について、図面を参照しながら説明する。
図1を参照し、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1は、鋼からなる母材2と、母材2の表面に形成されためっき層3と、めっき層3の表面に形成された酸化物皮膜4とを備える。
図1では、めっき層3と酸化物皮膜4とは母材2の片面にのみ形成されているが、両面に形成されていてもよい。
【0018】
<母材>
母材2は、鋼からなる。母材2は、例えば鋼板をホットスタンプして得られるホットスタンプ部材である。そのため、
図1では、板形状をしているが、その形状は限定されない。
また、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1は、めっき層3及び酸化物皮膜4が重要であり、母材2の化学組成等については特に限定されない。母材2は、適用される製品や要求される強度や板厚等によってめっき、ホットスタンプに供する鋼を決定すればよい。例えば、母材としては、JIS G3193:2008に記載された熱延鋼板やJIS G3141:2017に記載された冷延鋼板を用いることができる。
【0019】
<めっき層>
[化学組成]
以下、めっき層の化学組成に関する%は、断りがない限り質量%である。
【0020】
Al:20.00~45.00%
Alは、めっき層3の耐食性を向上させるために必須な元素である。また、Al含有量が20.00%未満であると、ホットスタンプ時にめっき層の最表面へのCaの供給源となるCaとAlとを主体とした金属間化合物が生成できなくなる。その結果、ZnやMgが蒸発し、接着性を低下させるMgO、ZnOがめっき層の表面に形成され、接着性が低下する。そのため、Al含有量を20.00%以上とする。好ましくは25.00%以上である。
一方、Al含有量が45.00%を超えると、接着性を低下させるAl2O3等のAl系酸化物が形成されるので、接着性が低下する。そのため、Al含有量を45.00%以下とする。好ましくは35.00%以下である。
【0021】
Fe:10.00~45.00%
ホットスタンプ時に、めっき鋼板を加熱すると、Feが母材2からめっき層3に拡散するので、ホットスタンプ成形体1のめっき層3には必ずFeが含まれる。
Fe含有量が10.0%未満である場合、スポット溶接性、および溶着性が悪化する傾向にあるので、Fe含有量を、10.00%以上とする。
一方、Fe含有量が高すぎる場合、耐食性が悪化する傾向にあるので、Fe含有量を、45.00%以下とする。
【0022】
Mg:4.50~15.00%
Mgは、めっき層3の耐食性の向上に寄与する元素である。また、Mgは、ホットスタンプの加熱時に、めっき層3中のZn成分と結合して液相Znの発生を防止するので、LME割れを抑制する効果も有する。また、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1では、Mgは酸化物皮膜4を形成し、接着性を向上させる元素である。これらの効果を得るため、Mg含有量を4.50%以上とする。Mg含有量が4.50%未満であると、酸化物皮膜4に接着性を低下させるAl系酸化物が増加する。Mg含有量は好ましくは6.00%以上である。
一方、Mg含有量が15.00%を超えると、過度に犠牲防食が働き、めっき層3の耐食性が低下する傾向がある。また、酸化物皮膜4が脆化して接着性が低下する。そのため、Mg含有量を15.00%以下とする。好ましくは10.00%以下である。
【0023】
Si:0.10~3.00%
Siは、Mgとともに化合物を形成して、耐食性の向上に寄与する元素である。また、Si含有量が0.10%未満では、ホットスタンプ時にZnやMgが蒸発し、接着性を低下させるMgO、ZnOが表面に形成されるので、接着性が低下する。そのため、Si含有量を0.10%以上とする。
一方、Si含有量が3.00%を超えてもホットスタンプ時にZnやMgが蒸発し、接着性を低下させるMgO、ZnOが表面に形成されるので、接着性が低下する。そのため、Si含有量を3.00%以下とする。
【0024】
Ca:0.05~3.00%
CaはMgとともに酸化物皮膜4に含有されると、接着性を高める元素である。Ca含有量が0.05%未満では、ホットスタンプ時にZnやMgが蒸発し、接着性を低下させるMgO、ZnOが表面に形成されるので、接着性が低下する。そのため、Ca含有量を0.05%以上とする。
一方、Ca含有量が3.00%を超えても、ホットスタンプ時にZnやMgが蒸発し、接着性を低下させるMgO、ZnOが表面に形成されるので、接着性が低下する。そのため、Ca含有量を3.00%以下とする。
【0025】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体1のめっき層3は、上記の元素を含有し、残部がZn及び不純物からなることを基本とする。
しかしながら、めっき層3は、上記の元素に加えて、Sb、Pb、Cu、Sn、Ti、Sr、Cr、Ni、Mnを下記の範囲で含有してもよい。これらの元素は必ずしも含有する必要がないので、下限は0%である。また、これらの元素の合計含有量は、5.00%以下であることが好ましい。
【0026】
Sb:0~0.50%
Pb:0~0.50%
Cu:0~1.00%
Sn:0~1.00%
Ti:0~1.00%
Sb、Pb、Cu、SnおよびTiは、めっき層3中でZnと置換され、MgZn2相内で固溶体を形成するが、所定の含有量の範囲内であれば、ホットスタンプ成形体1の特性に悪影響を及ぼさない。よって、これらの元素がめっき層3中に含まれていてもよい。しかしながら、それぞれの元素の含有量が過剰な場合、ホットスタンプの加熱時に、これらの元素の酸化物が析出し、ホットスタンプ成形体1の表面性状が悪化して接着性が低下する傾向がある。また、Pb、Snの含有量が過剰な場合には、溶着性および耐LME性も劣化する。
そのため、SbおよびPbの含有量は、それぞれ0.50%以下、Cu、SnおよびTiの含有量はそれぞれ1.00%以下とする。SbおよびPbの含有量は0.20%以下とするのが好ましく、Cu、SnおよびTiの含有量は、0.80%以下が好ましく、0.50%以下がより好ましい。
【0027】
Sr:0~0.50%
Srは、製造時にめっき浴上に形成されるトップドロスの生成を抑制するために有効な元素である。また、Srは、ホットスタンプの熱処理時に、大気酸化を抑制するので、熱処理後のめっき鋼板の色変化を抑制する元素である。そのため、Srを含有させてもよい。上記の効果を得るためには、Sr含有量は0.05%以上とするのが好ましい。
一方、Srは、含有量が過剰な場合、腐食試験において塗膜膨れ幅および流れ錆に悪影響を与える。そのため、Sr含有量は0.50%以下とする。Sr含有量は、0.30%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましい。
【0028】
Cr:0~1.00%
Ni:0~1.00%
Mn:0~1.00%
Cr、NiおよびMnは、めっき鋼板においては、めっき層と母材との界面付近に濃化し、めっき層表面のスパングルを消失させるなどの効果を有する。よって、Cr、NiおよびMnから選択される一種以上が、めっき層中に含まれていてもよい。これらの効果を得る場合、Cr、NiおよびMnの含有量は、それぞれ0.01%以上とするのが好ましい。
一方、これらの元素の含有量が過剰な場合、塗膜膨れ幅および流れ錆が大きくなり、耐食性が悪化する傾向にある。よって、Cr、NiおよびMnの含有量は、それぞれ1.00%以下とする。Cr、NiおよびMnの含有量は、それぞれ、0.50%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましい。
【0029】
めっき層の化学組成は、以下のように測定する。
めっき層の平均組成は、めっき層を溶解して剥離した後、誘導結合プラズマ発光(ICP)分析法により、剥離されためっき層に含まれる元素の含有量を分析することで測定する。めっき層の剥離は、例えば、地鉄の腐食を抑制するインヒビター(酸洗抑制防止剤:朝日化学製)を加えた10%塩酸に浸漬し、発泡が停止したところを溶解完了と判断すればよい。
【0030】
めっき層の組織は限定されないが、例えばFe-Al相、Zn-Mg相、Zn-Al-Mg相を含んでいる。また、めっき層の付着量は限定されないが、10~120g/m2が好ましい。めっき層の付着量は、上述の方法でめっき層を室温で溶解し、溶解前後の重量変化から求めることができる。
【0031】
<酸化物皮膜>
[原子%で、Mg:20.0~55.0%、Ca:0.5~15.0%、Zn:0~15.0%、Al:0%以上、10.0%未満、を含み、残部は、O及び合計5.0%以下の不純物からなる]
通常、Alを含むめっき層を有する鋼材をホットスタンプして得られたホットスタンプ成形体の表面(めっき層の表面)には、主としてAl2O3からなる酸化物が形成される。この酸化物皮膜は接着性を低下させる。
これに対し、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1では、後述するような方法でめっきを行ってその凝固組織を制御することで、その後のホットスタンプ時に、ZnやMgの蒸発が抑制されるとともに、鋼材の表面に、Ca、Mgを主体とする酸化物皮膜4が形成される。この酸化物皮膜は接着性に優れる。
酸化物皮膜中のMg含有量が20.0%未満であると、酸化物中にAlが多く含有されることとなって接着性が低下する。また、Mg含有量が55.0%超であると、かえって接着剤と酸化物との密着性が低下することとなって接着性が低下する。
また、酸化物皮膜中のCa含有量が0.5%未満であると、酸化物そのものの強度が低下する結果となって接着性が低下する。また、Ca含有量が15.0%超であると、かえって接着剤と酸化物との密着性が低下することとなって接着性が低下する。
また、酸化物皮膜4にZnが15.0%超含まれると、接着性が大きく低下する。そのため、Zn含有量を15.0%以下とする。また、酸化物皮膜4にAlが10.0%以上含まれると、接着性が大きく低下する。そのため、Al含有量を10.0%未満とする。Zn及びAlは含まれなくてもよい。
酸化物皮膜4の化学組成の残部は、O及び合計5.0%以下の不純物からなる。
不純物元素が5.0%超であると十分な接着性が得られなくなる。不純物としては、例えば、Fe、Si、Cである。
【0032】
図2に本実施形態に係るホットスタンプ成形体の表面に形成された酸化物皮膜の代表的なSEM観察画像の一例を示す。
図2に示すように、本実施形態に係るホットスタンプ成形体1の酸化物皮膜4は、主としてMg、Caを含有する酸化物11であり、酸化物のAl含有量は10.0%未満である。この酸化物は、結晶粒径が、短径で1~10μmである。
【0033】
酸化物皮膜の化学組成は、めっき層は溶解せず酸化物皮膜のみを溶解する薬剤、例えば、20%クロム酸で溶解し、皮膜が溶解した溶液をICP分析し、酸化物皮膜の平均組成を測定することで得られる。
【0034】
[片面付着量]
酸化物皮膜の片面付着量が、0.01~10g/m2である
酸化物皮膜の片面付着量が0.01g/m2未満では、接着性の向上効果が十分に得られない。一方、片面付着量が10g/m2を超えると曲げ加工などを受けた際に酸化物層内で亀裂が生じ、これも接着性の低下(剥離)の原因となる。そのため、片面付着量を0.01~10g/m2とする。
【0035】
片面付着量を溶解する方法で求める場合、測定する面以外の、反対側の面及び端面をテープでシールして、溶解液に浸漬することで測定面のみの剥離液を得て、溶解前後の重量変化から求めることができる。
【0036】
<製造方法>
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、製造方法に依らず、上記の特徴を有していればその効果が得られる。しかしながら、以下の工程を含む製造方法によれば安定して製造することができるので好ましい。
すなわち、本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、
(I)鋼材をめっき浴に浸漬してめっき層を有するめっき鋼材を得るめっき工程と、
(II)めっき工程後のめっき鋼材にホットスタンプを行うホットスタンプ工程と、
を備え、
(III)めっき工程において、めっき浴浸漬後の冷却過程で、浴温~450℃の平均冷却速度を10℃/秒以上とし、450~350℃の平均冷却速度を7℃/秒以下とし、350~150℃の平均冷却速度を4℃/秒以下とするように、室温まで冷却する、
製造方法によって得ることができる。
【0037】
<めっき工程>
[めっき浴への浸漬]
めっき工程では、原板となる鋼板等の鋼材を、めっき浴に浸漬することで、表面にめっき層を形成させる。
めっき浴への浸漬の条件については特に限定されない。例えば、600~940℃でめっき原板の表面を加熱還元処理し、N2ガスで空冷して鋼材の温度が浴温+20℃に到達した後、500~750℃の浴温のめっき浴に約0.2~6秒浸漬する。
浸漬時間が、0.2秒未満では、めっき層が十分に形成されない場合がある。一方、浸漬時間が6秒超では、めっき層と鋼材が過剰に合金化し、めっき層中に多量のFeが含有されることとなる。過剰のFeがめっき層に含有された場合、ホットスタンプの加熱中にZn及びMgの蒸発を抑制することが困難となる。そのため、浸漬時間が6秒超の場合には、所定の組成を有する酸化物皮膜が得られなくなり、ホットスタンプ成形体の接着性が低下する。
めっき浴は目的とするめっき層3の組成に応じて、Zn、Al、Mg及びその他の元素を含むように設定すればよい。例えば、Al:30.00~75.00%、Mg:4.00~17.00%、Si:0.20~2.00%、を含み、必要に応じてめっき層に含有させたい任意元素を含み、残部がZnと不純物である。
【0038】
[冷却]
浴温~450℃の平均冷却速度:10℃/秒以上
本実施形態に係るホットスタンプ成形体の製造方法では、めっき浴からめっき鋼材を引き上げた後、450℃までの温度域の平均冷却速度が10℃/秒以上となるように冷却する。この温度域での平均冷却速度を10℃/秒以上とすることで、めっき鋼材の表面にAl酸化物が形成されることを抑制できる。
【0039】
450~350℃の平均冷却速度:7℃/秒以下
上記冷却に引き続き、450℃~350℃の温度域の平均冷却速度が7℃/秒以下となるように冷却を行う。
この温度域での冷却速度を低くして凝固組織を制御することで、引き続いて行われるホットスタンプ工程において、表面にAl含有量が少なく(10原子%以下)、Mg、Caを含む酸化物皮膜が形成される。その結果、ホットスタンプ成形体の接着性が向上する。
また、亜鉛系のめっき層の場合、ホットスタンプによってZn(亜鉛)が蒸発することが懸念されるが、上記の通り制御された凝固組織では、詳細な機構は明らかでないものの、蒸気圧が高い元素であるZn及びMgの蒸発を抑制する効果を有するAl、Zn、CaならびにSiを含有する金属間化合物がめっき層の表面近傍に優先的に生成することで、引き続き行われるホットスタンプの加熱時のZn及びMgの蒸発を抑制することができる。
【0040】
350~150℃の平均冷却速度:4℃/秒以下
上記冷却に引き続き、350℃~150℃の平均冷却速度を4℃/秒以下とすると、凝固組織に含有されるAlとZnとの固溶体がAl相とZn相に分離することでめっき層の融点が低下し、Al、Zn、CaならびにSiを含有する金属間化合物がホットスタンプ加熱中に溶融状態にあるめっき層の表面に移動しやすくなる。その結果として、より効率的にZn及びMgの蒸発を抑制することが可能となり、MgとCaとを含有した酸化物皮膜の効率的な形成が可能となる。
ただし、350℃~150℃の平均冷却速度が4℃/秒以下であっても、一部の温度域の冷却速度が速いと好ましい金属組織が得られなくなる。そのため、350℃~150℃の平均冷却速度が4℃/秒以下であって、350℃~250℃の平均冷却速度が4℃/秒以下、かつ250~150℃の平均冷却速度が4℃/秒以下であることが好ましい。
【0041】
<ホットスタンプ工程>
めっき工程後のめっき鋼材(母材とその表面上に形成されためっき層とを有する鋼材)にホットスタンプを行う。
ホットスタンプの条件は限定されないが、例えば、750~1200℃に加熱し、0~8分保持した後、室温程度の温度にある平板金型でめっき鋼板を挟み込んで急冷する方法が挙げられる。
【0042】
上記の製造方法によれば、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を得ることができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
表1~表3に本発明で開示する実施例を示す。種々のZn-Al-Mg系めっき浴を建浴し、ホットスタンプ加熱に供した。めっき原板には、板厚1.6mmの鋼板(C:0.2%、Mn:1.3%を含む)を用いた。原板を100mm×200mmに切断した後、自社製のバッチ式の溶融めっき試験装置でめっきを施した。板温はめっき原板中心部にスポット溶接した熱電対を用いて測定した。
めっき浴浸漬前、酸素濃度20ppm以下の炉内においてN2-5%H2ガス雰囲気にて800℃でめっき原板表面を加熱還元処理し、N2ガスで空冷して浸漬板温度が浴温+20℃に到達した後、表2に示す浴温のめっき浴に約3秒浸漬した。めっき浴浸漬後、引上速度20~200mm/秒で引上げた。
引上げ時、N2ワイピングガスでめっき付着量を表2のように制御した。めっき浴から鋼板を引上げた後、表2に示す条件でめっき浴温から室温まで冷却した。
作製しためっき鋼板に対し、ホットスタンプ加熱と金型急冷とを施した。加熱条件は、900℃の加熱炉中にめっき鋼板を挿入し、めっき鋼板の温度が炉内温度-10℃に到達してから0~8分保定した後、室温程度の温度にある平板金型でめっき鋼板を挟み込み急冷することで成形品を作製した。
上述した方法で調査した結果、ホットスタンプ後のめっき層の化学組成は、表1に示す通りであった。
No.31については、市販の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いてホットスタンプを行った。
【0045】
【0046】
【0047】
<酸化物皮膜の評価>
ホットスタンプ加熱中に形成された酸化物の状態を調査するため、作製したサンプルを20%クロム酸で溶解し、酸化物皮膜が溶解した溶液をICP分析し、酸化物皮膜の平均組成を測定した。また、溶解前後の重量変化から片面当たり付着量を測定したところ、酸化物皮膜の片面付着量は、No.31を除いていずれも0.01~10g/m
2であった。
酸化物皮膜の分析結果を表2に示す。
また、ホットスタンプ後のサンプルを25mm(C方向)×15mm(L方向)に切断し、SEMを用いて、サンプル表面の酸化物皮膜の形状について観察を行った。本発明例のホットスタンプ成形体の酸化物皮膜は、Mg、Ca含有酸化物からなり、結晶粒径が短径で1~10μmであった。例えば、
図2は、表1~表3中、No.10のSEM像(BSE像)である。
一方、
図3は、実施例No.11(比較例)のSEM像(BSE像)である。No.11では、粗大なAl含有酸化物12が観察された。
【0048】
<接着性>
以下の方法で接着性を評価した。
ホットスタンプ後のめっき鋼板から100×25mmのサンプルを2枚採取し、接着剤(ペンギンセメント#1066)を接着面積が12.5×25mmとなる塗布した後に張り合わせ、120℃で45分間焼き付けることで接着性評価用の試験片を作製した。この、サンプルを用いて引張せん断試験で接着強度を測定した。引張速度5mm/min、チャック間距離112.5mmの引張せん断試験に供し、得られた応力ひずみ曲線における最大応力を接着強度とし、接着強度が高いほど接着性に優れるとした。
接着強度が30~25MPaの場合を「AA」、25未満~20MPaの場合を「A」、20未満~15MPaの場合を「B」とした。
【0049】
結果を表3に示す。
【0050】
【0051】
本発明例であるNo.3、5~10、17~20、23~26、28、29は、本発明で開示するMgとCaとを含有する酸化物皮膜がZn-Al-Mg系めっき相の上に得られ、優れた接着性を示していた。
一方、めっき層の化学組成が本発明範囲外、または、製造方法が好ましくなかった比較例では、好ましい酸化物皮膜が得られず、接着性が劣位であった。
また、市販の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた比較例でも接着性は劣位であった。
【符号の説明】
【0052】
1 ホットスタンプ成形体
2 母材
3 めっき層
4 酸化物皮膜
11 Mg、Ca含有酸化物
12 Al含有酸化物