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特許7248982遺伝子変異評価方法、遺伝子変異評価用キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-22
(45)【発行日】2023-03-30
(54)【発明の名称】遺伝子変異評価方法、遺伝子変異評価用キット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6827 20180101AFI20230323BHJP
   C12Q 1/6834 20180101ALI20230323BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20230323BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20230323BHJP
【FI】
C12Q1/6827 Z ZNA
C12Q1/6834 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/12
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019527013
(86)(22)【出願日】2018-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2018024511
(87)【国際公開番号】W WO2019004335
(87)【国際公開日】2019-01-03
【審査請求日】2021-03-02
(31)【優先権主張番号】P 2017125929
(32)【優先日】2017-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】390003193
【氏名又は名称】東洋鋼鈑株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高光 恵美
(72)【発明者】
【氏名】大場 光芳
(72)【発明者】
【氏名】森弘 惇一
(72)【発明者】
【氏名】山野 博文
(72)【発明者】
【氏名】湯尻 俊昭
(72)【発明者】
【氏名】松隈 雅史
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/167317(WO,A1)
【文献】特開2014-103904(JP,A)
【文献】特開2016-077221(JP,A)
【文献】Leukemia,2016年,Vol.30,p.431-438
【文献】Clinica Chimica Acta,2017年02月,Vol.465,p.82-90
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/6827
C12Q 1/6834
C12Q 1/686
C12N 15/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の遺伝子変異が存在しうる特定箇所を含む領域を増幅して標識を有する増幅断片を得る工程と、
上記特定箇所における野生型の配列に対応する第1のプローブと、上記増幅断片における上記遺伝子変異を除く配列に対応する共通プローブと、上記複数の遺伝子変異のうち特定の遺伝子変異に対応する第2のプローブとを、上記増幅断片を含む溶液と接触させ、上記第1のプローブ、上記共通プローブ及び上記第2のプローブにおける上記標識に基づくシグナルを検出する工程と、
判定式:[第1のプローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]により第1の判定値、及び判定式:[第2のプローブのシグナル強度]/([第1のプローブのシグナル強度]+[第2のプローブのシグナル強度])により第2の判定値を算出する工程と、
上記第1の判定値及び上記第2の判定値をそれぞれ予め設定したカットオフ値と比較し、
上記第1の判定値が予め設定したカットオフ値を上回る場合に上記特定の遺伝子変異及び上記複数の遺伝子変異のうち特定の遺伝子変異以外の遺伝子変異のいずれも有しないと判定し、
上記第1の判定値が予め設定したカットオフ値を下回り、且つ上記第2の判定値が予め設定したカットオフ値を上回る場合に上記特定の遺伝子変異を有すると判定し
上記第1の判定値が予め設定したカットオフ値を下回り、且つ上記第2の判定値が予め設定したカットオフ値を下回る場合に上記複数の遺伝子変異のうち特定の遺伝子変異以外の遺伝子変異を有すると判定する工程と
を含む遺伝子変異評価方法。
【請求項2】
上記第1の判定値及び上記第2の判定値を算出する工程では、更に判定式:[第2のプローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]により更に異なる判定値を算出し、上記遺伝子変異の有無を判定する工程では、当該判定値を予め設定したカットオフ値と比較し、上記第1の判定値を用いた比較の結果と上記第2の判定値を用いた比較の結果と当該判定値を用いた比較の結果とに基づいて上記複数の遺伝子変異のうちいずれかの遺伝子変異を有するか、いずれの遺伝子変異も有しないかを判定し、上記特定の遺伝子変異の有無を判定することを特徴とする請求項1記載の遺伝子変異評価方法。
【請求項3】
上記複数の遺伝子変異は、塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする請求項1記載の遺伝子変異評価方法。
【請求項4】
上記特定箇所は、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において501番目から579番目の間であり、上記複数の遺伝子変異は501番目から579番目の領域における塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする請求項1記載の遺伝子変異評価方法。
【請求項5】
複数の遺伝子変異が存在しうる特定箇所を含む領域を増幅した標識を有する増幅断片を用いて遺伝子変異の有無を判定する遺伝子変異評価用キットであって、
上記特定箇所における野生型の配列に対応する第1のプローブと、上記増幅断片における上記遺伝子変異を除く配列に対応する共通プローブと、上記複数の遺伝子変異のうち特定の遺伝子変異に対応する第2のプローブとを含む遺伝子変異評価用キット。
【請求項6】
上記複数の遺伝子変異は、塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする請求項5記載の遺伝子変異評価用キット。
【請求項7】
上記特定箇所は、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において501番目から579番目の間であり、上記複数の遺伝子変異は501番目から579番目の領域における塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする請求項5記載の遺伝子変異評価用キット。
【請求項8】
上記共通プローブは、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において397番目から659番目の配列を含むオリゴヌクレオチドであることを特徴とする請求項5記載の遺伝子変異評価キット。
【請求項9】
上記共通プローブは、CTCCTCATCCTCATCTTTGTC(配列番号15)又はCCTCGTCCTGTTTGTC(配列番号31)を含むオリゴヌクレオチドであることを特徴とする請求項5記載の遺伝子変異評価キット。
【請求項10】
上記遺伝子変異は、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において513番目から564番目の52塩基が欠損する52塩基欠損のタイプ1変異であり、変異型に対応する第2プローブは、TCCTTGTCCTCTGCTCC(配列番号5)を含むオリゴヌクレオチドであることを特徴とする請求項5記載の遺伝子変異評価キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数種類が存在しうるタイプの遺伝子変異を評価する遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子変異には、所謂、先天的な遺伝子多型polymorphism(単に多型ともいう)及び後天的に導入される変異がある。これら遺伝子変異は、例えば、各種疾患における診断や治療、薬効といった個体の表現型に大きな影響を与えている。遺伝子変異には、DNA配列中の1つの塩基の相違である一塩基多型、数塩基を一単位とする配列の繰り返し配列の相違であるマイクロサテライト多型等の多型と、後天的に所定の長さの塩基が挿入又は欠損する変異等が知られている。
【0003】
個人の遺伝子変異が診断に利用される一例として骨髄増殖性腫瘍を挙げることができる。骨髄増殖性腫瘍(MPN:Myeloproliferative neoplasms)は、骨髄系細胞の腫瘍化によって発症する疾患である。MPNは、骨髄系細胞(顆粒球、芽球、骨髄巨核球及び肥満細胞等)の著しい増殖を特徴としている。MPNには、慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia:CML)、慢性好中球性白血病(chronic neutrophilic leukemia:CNL)、真性赤血球増加症又は真性多血症(polycythemia vera:PV)、原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)、本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)、慢性好酸球性白血病(chronic eosinophilic leukemia:CEL)、好酸球増加症候群(hypereosinophilic syndrome:HES)、肥満細胞症(mastocytosis)及び分類不能骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms,unclassifiable:MPN, U)が含まれる。
【0004】
MPNの診断については、非特許文献1に記載されるように、臨床的パラメータ、骨髄形態及び遺伝的データを指標としている。フィラデルフィア染色体陰性の患者に対して、これらを組み合わせて診断することでCMLを除くMPNを診断することができる。遺伝的データとしては、具体的に3つの遺伝子:JAK2、CALR及びMPLに関する変異情報、更には追加的に、ASXL1、EZH2、TET2、IDH1/IDH2、SRSF2及びSF3B1に関する変異情報が利用される。特に、JAK2、CALR及びMPLは、MPN発症の分子基盤であると考えられることから当該遺伝子群における変異の有無がMPNの確定診断における重要な要素となっている。
【0005】
また、非特許文献2には、JAK2に関してJAK2V617F変異(617番目のバリンがフェニルアラニンへ置換変異)がPV、ET及びPMFにおいて多く見られること、また少数のPVにおいては上記変異に加えてエクソン12への挿入/欠損型変異が見られることが開示されている。JAK2(Janus activating kinase 2)は、エリスロポエチン受容体のシグナルをつかさどるタンパク質をコードする遺伝子である。
【0006】
非特許文献2には、更にMPLに関してMPLW515L/K変異PMFがPMF及びETにおいて見られたことが開示されている。MPLは、トロンボポイエチン受容体をコードする遺伝子である。
【0007】
非特許文献2には、更にまたCALRに関して、52塩基欠損のタイプ1と5塩基挿入のタイプ2の変異が最も頻度が高く、ET及びPMFにおいてこれら変異が見られることが開示されている。タイプ1変異は、PMFにおいてより高頻度であり、ETにおける骨髄線維症への変換に関連していることが開示されている。CALRは小胞体の分子シャペロンの1つであるcalreticulinをコードする遺伝子である。
【0008】
さらに、特許文献1には、JAK2遺伝子の変異解析方法として、JAK2V617F部位特異的な蛍光標識プローブが開示されている。特許文献2には、JAK2V617F変異が陰性であって骨髄増殖性腫瘍を示す患者において見いだされた、JAK2V617F変異とは異なる変異を検出する技術が開示されている。
【0009】
さらにまた、特許文献3には、MPL遺伝子多型検出用プローブとして、MPLにおけるW515K変異及びW515L変異を検出するためのプローブセットが開示されている。
【0010】
さらにまた、特許文献4には、CALRにおける変異を同定するための技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2012-034580
【文献】WO2009/060804
【文献】WO2011/052755
【文献】特表2016-537012
【非特許文献】
【0012】
【文献】Francesco Passamonti and Margherita Maffioli, Hematology 2016, p. 534-542
【文献】NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines), Myeloproliferative Neoplasms, Version 2.2017, October 19, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ところが、従来の技術において、複数種類が存在しうるタイプの遺伝子変異については、遺伝子変異の配列に基づいて設計した変異型プローブを用いても、これら複数種類の遺伝子変異を判定できないといった問題があった。
【0014】
そこで、本発明は、このような実情に鑑み、複数種類が存在しうるタイプの遺伝子変異について、これら複数種類の遺伝子変異を判定できる遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は以下を包含する。
(1)複数の遺伝子変異が存在しうる特定箇所を含む領域を増幅して標識を有する増幅断片を得る工程と、上記特定箇所における野生型の配列に対応する第1のプローブと、上記増幅断片における上記遺伝子変異を除く配列に対応する共通プローブとを、上記増幅断片を含む溶液と接触させ、上記第1のプローブ及び上記共通プローブにおける上記標識に基づくシグナルを検出する工程と、判定式:[第1のプローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]により第1の判定値を算出する工程と、上記判定式で算出される第1の判定値を予め設定したカットオフ値と比較し、比較の結果に基づいて遺伝子変異の有無を判定する工程とを含む遺伝子変異評価方法。
(2)上記シグナルを検出する工程では、上記複数の遺伝子変異のうち特定の遺伝子変異に対応する第2のプローブを、上記増幅断片を含む溶液と接触させ、上記第2のプローブにおける上記標識に基づくシグナルを検出することを特徴とする(1)記載の遺伝子変異評価方法。
(3)上記第1の判定値を算出する工程では、更に判定式:[第2のプローブのシグナル強度]/([第1のプローブのシグナル強度]+[第2のプローブのシグナル強度])により第2の判定値を算出し、上記遺伝子変異の有無を判定する工程では、上記第2の判定値を予め設定したカットオフ値と比較し、上記第1の判定値を用いた比較の結果と上記第2の判定値を用いた比較の結果とに基づいて遺伝子変異の有無を判定することを特徴とする(2)記載の遺伝子変異評価方法。
(4)上記第1の判定値を算出する工程では、更に判定式:[第2のプローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]により更に異なる判定値を算出し、上記遺伝子変異の有無を判定する工程では、当該判定値を予め設定したカットオフ値と比較し、上記第1の判定値を用いた比較の結果と当該判定値を用いた比較の結果とに基づいて遺伝子変異の有無を判定することを特徴とする(2)記載の遺伝子変異評価方法。
(5)上記複数の遺伝子変異は、塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする(1)記載の遺伝子変異評価方法。
(6)上記特定箇所は、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において501番目から579番目の間であり、上記複数の遺伝子変異は501番目から579番目の領域における塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする(1)記載の遺伝子変異評価方法。
(7)複数の遺伝子変異が存在しうる特定箇所を含む領域を増幅した標識を有する増幅断片を用いて遺伝子変異の有無を判定する遺伝子変異評価用キットであって、上記特定箇所における野生型の配列に対応する第1のプローブと、上記増幅断片における上記遺伝子変異を除く配列に対応する共通プローブとを含む遺伝子変異評価用キット。
(8)上記複数の遺伝子変異のうち特定の遺伝子変異に対応する第2のプローブを更に備える(7)記載の遺伝子変異評価用キット。
(9)上記複数の遺伝子変異は、塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする(7)記載の遺伝子変異評価用キット。
(10)上記特定箇所は、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において501番目から579番目の間であり、上記複数の遺伝子変異は501番目から579番目の領域における塩基の挿入又は欠損であることを特徴とする(7)記載の遺伝子変異評価用キット。
(11)上記共通プローブは、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において397番目から659番目の配列を含むオリゴヌクレオチドであることを特徴とする(7)記載の遺伝子変異評価キット。
(12)上記共通プローブは、CTCCTCATCCTCATCTTTGTC(配列番号15)又はCCTCGTCCTGTTTGTC(配列番号31)を含むオリゴヌクレオチドであることを特徴とする(7)記載の遺伝子変異評価キット。
(13)上記遺伝子変異は、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において513番目から564番目の52塩基が欠損する52塩基欠損のタイプ1変異であり、変異型に対応する第2プローブは、TCCTTGTCCTCTGCTCC(配列番号5)を含むオリゴヌクレオチドであることを特徴とする(7)記載の遺伝子変異評価キット。
【0016】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2017-125929号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットによれば、特定の箇所に複数種の遺伝子変異が存在するような場合に、これら遺伝子変異の有無を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】CALRにおける骨髄増殖性腫瘍に関連するタイプ1変異及びタイプ2変異を模式的に示す図である。
図2】本実施例1で使用した検体における各遺伝子変異について判定値をプロットした特性図である。
図3】本実施例1で使用した検体における、CALRのタイプ1変異について第1の判定値及び第2の判定値をプロットした特性図である。
図4】本実施例2におけるハイブリダイズ実験におけるブロッカー濃度と第2の判定値との関係を示す特性図である。
図5】本実施例2におけるハイブリダイズ実験における変異型サンプル中の変異割合(変異%)と第2の判定値との関係を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットは、特定の箇所に複数種の遺伝子変異が存在する場合に適用できる。特定の箇所に複数種の遺伝子変異が存在するとは、例えば、ゲノムDNAにおける所定の位置において変異のパターンが1種類ではなく、複数のパターンで変異することを意味している。ここで複数のパターンで変異するとは、遺伝子変異が塩基配列の挿入や欠損である場合、挿入又は欠損する塩基配列の長さが複数種類あることを意味し、遺伝子変異が所定の塩基配列の繰り返し回数である場合、繰り返し回数のパターンが複数種類あることを意味する。その他、複数のパターンで変異するとは、遺伝子変異が1~数塩基の置換である場合、置換後の塩基配列のパターンが複数種類あることを意味する。
【0020】
また、挿入又は欠損による遺伝子変異とは、一方のアレルから他方のアレルを見たときに所定の長さの塩基が挿入されていること、逆に、他方のアレルから一方のアレルを見たときには当該所定の長さの塩基が欠損していることを相違点とする遺伝子変異である。なお、所定の長さの塩基が欠損したタイプが野生型であっても良いし、所定の長さの塩基が挿入したタイプが野生型であっても良い。
【0021】
より具体的に、所定の長さの領域が欠損するタイプの遺伝子変異であって、長さの異なる他の欠損タイプが知られている遺伝子変異としては、詳細を後述する、CALR遺伝子における52塩基欠損タイプの遺伝子変異(タイプ1変異と称する)を挙げることができる。CALR遺伝子においては、この52塩基欠損タイプのタイプ1の他に、同位置において46塩基欠損変異、34塩基欠損変異、24塩基欠損変異等のタイプ1に類似する変異(これらを纏めてタイプ1ライクと称する)が存在し(Leukemia (2016) 30, 431-438)、さらに同位置に、これらに分類されない他の変異が存在することが示されている。
【0022】
本発明に係る遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットでは、このような遺伝子変異が存在しうる特定箇所を含む領域を増幅して得られた増幅断片(標識されている)と、野生型プローブ及び共通プローブとを使用する。すなわち、本発明では以下のプローブセットを設計する。すなわち、遺伝子変異のない野生型の配列に対応する第1のプローブ(野生型プローブとも称する)と、上記増幅断片における上記遺伝子変異を除く配列に対応する共通プローブとを設計する。
【0023】
また、本発明に係る遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットでは、上記第1のプローブ及び共通プローブの他に、遺伝子変異の配列に対応する第2のプローブ(変異型プローブとも称する)を設計しても良い。この第2のプローブは、上述した複数種類の遺伝子変異のうち1つの遺伝子変異(検出対象の遺伝子変異)に対応するように設計される。すなわち、第2のプローブは、上述した複数種類の遺伝子変異のうち1つの遺伝子変異を有する核酸断片に特異的にハイブリダイズし、且つ、他の遺伝子変異を有する核酸断片及び野生型の核酸断片に対してはハイブリダイズしないように設計する。
【0024】
そして、標識された増幅断片とこれらプローブとを接触させ、第1のプローブ及び共通プローブにおける標識に基づくシグナルを検出する。本発明に係る遺伝子変異評価方法では、得られたシグナルから判定式:[第1のプローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]により第1の判定値を算出し、予め設定したカットオフ値(閾値)と比較することで、得られた増幅断片における遺伝子変異の有無を判定する。ここで、共通プローブは、増幅核酸に検出対象の遺伝子変異が存在するか存在しないかであるに拘わらず当該増幅核酸に対して特異的にハイブリダイズする。
【0025】
このとき、第1の判定値によれば、分母を[第1のプローブのシグナル強度]+[第2のプローブのシグナル強度]として算出した判定値と比較して、より高精度に複数種類の遺伝子変異を検出することができる。具体的には、検出対象の遺伝子変異に対して類似する遺伝子変異が存在する場合、第1の判定値によれば、検出対象の遺伝子変異及び当該遺伝子変異に類似する遺伝子変異のうちいずれかを有することを、これら遺伝子変異をいずれも有しない野生型と区別して同定することができる。このように、本発明に係る遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットでは、検出対象の遺伝子変異を含む複数の遺伝子変異に対応するプローブを用いることなく、検出対象の遺伝子変異を含む複数の遺伝子変異を検出することができる。
【0026】
また、本発明に係る遺伝子変異評価方法では、上述した第1の判定値に加え、更に判定式:[第2のプローブのシグナル強度]/([第1のプローブのシグナル強度]+[第2のプローブのシグナル強度])により第2の判定値を算出し、予め設定したカットオフ値(閾値)と比較することで、得られた増幅断片における遺伝子変異を更に高精度に判定することができる。すなわち、具体的には、検出対象の遺伝子変異に対して類似する遺伝子変異が存在する場合、第2の判定値によれば、検出対象の遺伝子変異を有することを、検出対象の遺伝子変異に類似する遺伝子変異及びこれら遺伝子変異をいずれも有しない野生型と区別して同定することができる。
【0027】
さらに、第1の判定値及び第2の判定値とは異なり、得られたシグナルから判定式:[第2のプローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]により異なる判定値を算出しても良い。すなわち、上述した第1の判定値を用いた遺伝子変異の判定、第1の判定値及び第2の判定値を用いた判定に、この判定値を利用しても良い。
【0028】
本発明に係る遺伝子変異評価方法及び遺伝子変異評価用キットは、一例として、骨髄増殖性腫瘍に関連する遺伝子変異のうちCALRに存在する遺伝子変異に適用することができる。より具体的には、CALRに存在する遺伝子変異のうち、いわゆる52塩基欠損のタイプの遺伝子変異(タイプ1)、その他同位置における46塩基欠損変異、34塩基欠損変異、24塩基欠損変異等のタイプ1に類似する変異(タイプ1ライク)、さらに同位置におけるこれらに分類されない他の変異の有無を判定する際に適用することができる。また、CALRに存在する遺伝子変異のうちいわゆる5塩基挿入のタイプの遺伝子変異(タイプ2)、その他同位置におけるタイプ2に類似する変異(タイプ2ライク)、さらに同位置におけるこれらに分類されない他の変異の有無を判定する際に適用することができる。
【0029】
以下、CALRに存在する遺伝子変異を含む、骨髄増殖性腫瘍に関連する遺伝子変異を同定・評価するシステムについて説明する。以下に説明する骨髄増殖性腫瘍に関連する遺伝子変異評価用キットは、JAK2、CALR及びMPLに存在する遺伝子変異に関するものである。これらJAK2、CALR及びMPLにおける遺伝子変異は、世界保健機関(WHO)による分類(例えば、2016年度バージョン)において骨髄増殖性腫瘍の診断に利用されている遺伝子変異である。
【0030】
一例として示す遺伝子変異評価用キットは、これらJAK2、CALR及びMPLのそれぞれに存在する遺伝子変異を同定するためのプローブセットを含んでいる。
【0031】
具体的に、JAK2の遺伝子変異とは、V617F変異(617番目のバリンがフェニルアラニンへ置換変異)を意味する。この変異は、JAK-STATパスウェイの活性化に寄与し、真性多血症(polycythemia vera:PV)における顕著な特徴である。また、原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)患者或いは本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)患者においても、当該V617F変異は50~60%の頻度で見られる。なお、野生型JAK2をコードする塩基配列を配列番号1に示す。V617F変異を有する場合、配列番号1に示した塩基配列において351番目のGがTへ置換変異することとなる。
【0032】
また、CALRの遺伝子変異とは、52塩基欠損のタイプ1の変異と5塩基挿入のタイプ2の変異とを意味する。52塩基欠損及び5塩基挿入は、CALRタンパク質のC末端に位置している。原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)患者或いは本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)患者において、これらいずれかの変異が20~25%の頻度で見られる。主として、タイプ2の変異が本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)に関連し、タイプ1の変異が原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)に関与している。また、CALRの遺伝子変異は、上述したJAK2における遺伝子変異を有さない骨髄増殖性腫瘍において見られる変異でもある。なお、野生型CALRをコードする塩基配列を配列番号2に示す。タイプ1の変異を有する場合、配列番号2に示した塩基配列において513番目から564番目の52塩基が欠損することとなる。タイプ2の変異を有する場合、配列番号2に示した塩基配列において568番目と569番目の間にTTGTCが挿入されることとなる。
【0033】
さらに、MPLの遺伝子変異とは、W515K変異(515番目のトリプトファンがリシンへ置換変異)又はW515L変異(515番目のトリプトファンがロイシンへ置換変異)を意味する。このMPLの遺伝子変異は、本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)患者の3~5%において見られ、原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)の6~10%において見られる。なお、野生型MPLをコードする塩基配列を配列番号3に示す。W515K変異を有する場合、配列番号3に示した塩基配列において305番目と306番目のTGがAAへと置換変異することとなる。W515L変異を有する場合、配列番号3に示した塩基配列において306番目のGがTへと置換変異することとなる。
【0034】
より具体的に、JAK2のV617F変異については、配列番号1における上記置換変異に対応する、例えば、CTCCACAGAaACATACTCC(配列番号4)を含むオリゴヌクレオチドを変異型プローブとして使用することができる。なお、上記配列において小文字のaが配列番号1に示した塩基配列における351番目のGからTへの置換変異に対応している。また、JAK2のV617F変異を同定する際、野生型のJAK2に対応する野生型プローブ(上記配列における小文字のaをcとした配列)を使用することもできる。すなわち、JAK2のV617F変異を同定するには、配列番号4の塩基配列を含む変異型プローブを使用すれば良く、また、当該変異型プローブと野生型プローブとからなるプローブセットを使用しても良い。
【0035】
また、CALRのタイプ1の変異については、配列番号2に示した塩基配列において513番目から564番目の52塩基から選ばれる領域を、野生型のCALRに対応する野生型プローブ(第1のプローブ)として使用する。なおCALRのタイプ1の変異については、配列番号2における上記52塩基欠損に対応する、例えば、TCCTTGT-CCTCTGCTCC(配列番号5)を含むオリゴヌクレオチドをプローブ(第2のプローブ)として使用することができる。なお、上記配列においてハイフン“-”の位置が52塩基欠損の位置である。
【0036】
さらに、CALRのタイプ2の変異については、上記5塩基が挿入されていない、すなわち配列番号2に示した塩基配列において568番目と569番目が隣接する配列として設計した野生型プローブ(第1のプローブ)を使用する。なお、CALRのタイプ2の変異については、配列番号2における上記5塩基挿入に対応する、例えば、ATCCTCCgacaaTTGTCCT(配列番号6)を含むオリゴヌクレオチドをプローブとして使用することができる。なお、上記配列において小文字のgacaaが5塩基挿入である。
【0037】
さらにまた、MPLのW515K変異については、配列番号3における上記置換変異に対応する、例えば、GAAACTGCttCCTCAGCA(配列番号7)を含むオリゴヌクレオチドを変異型プローブとして使用することができる。なお、上記配列において小文字のttが配列番号3に示した塩基配列における305番目と306番目のTGのAAへの置換変異に対応している。また、MPLのW515K変異を同定する際、野生型のMPLに対応する野生型プローブ(上記配列における小文字のttをcaとした配列)を使用することもできる。すなわち、MPLのW515K変異を同定するには、配列番号7の塩基配列を含む変異型プローブを使用すれば良く、また、当該変異型プローブと野生型プローブとからなるプローブセットを使用しても良い。
【0038】
さらにまた、MPLのW515L変異については、配列番号5における上記置換変異に対応する、例えば、GGAAACTGCAaCCTCAG(配列番号8)を含むオリゴヌクレオチドを変異型プローブとして使用することができる。なお、上記配列において小文字のaが配列番号3に示した塩基配列における306番目のGのTへの置換変異に対応している。また、MPLのW515L変異を同定する際、野生型のMPLに対応する野生型プローブ(上記配列における小文字のaをcとした配列)を使用することもできる。すなわち、MPLのW515L変異を同定するには、配列番号8の塩基配列を含む変異型プローブを使用すれば良く、また、当該変異型プローブと野生型プローブとからなるプローブセットを使用しても良い。
【0039】
以上のように、JAK2、CALR及びMPLに存在する遺伝子変異を同定するための変異型プローブをそれぞれ例示したが、変異型プローブの塩基配列は配列番号4~8に限定されず、配列番号1に示したJAK2の塩基配列、配列番号2に示したCALRの塩基配列及び配列番号3に示したMPLの塩基配列に基づいて適宜設計することができる。
【0040】
これらプローブの塩基長としては、特に限定しないが、例えば10~30塩基長とすることができ、15~25塩基長とすることが好ましい。なお、プローブは、上述のように、配列番号1、3又は5の塩基配列における遺伝子変異を含む領域に基づいて設計した塩基配列と、当該塩基配列における一方又は両方の末端に付加した塩基配列とを合計して、例えば10~30塩基長とすることができ、15~25塩基長とすることが好ましい。
【0041】
また、上述のように設計したプローブは、好ましくは核酸であり、より好ましくはDNAである。DNAには二本鎖も一本鎖も含まれるが、好ましくは一本鎖DNAである。プローブは、例えば、核酸合成装置によって化学的に合成することで取得することができる。核酸合成装置としては、DNAシンセサイザー、全自動核酸合成装置、核酸自動合成装置等と呼ばれる装置を使用することができる。
【0042】
上述のように設計したプローブは、その5’末端を担体上に固定化することにより、マイクロアレイ(一例としてDNAチップ)の形態で用いるのが好ましい。このとき、マイクロアレイは、上述した各遺伝子変異について、変異型プローブ及び野生型プローブを有することが好ましい。各遺伝子変異について、変異型プローブと野生型プローブとを利用することによって、変異の有無のみならず変異の割合を正確に判定することができる。ここで、変異型プローブと野生型プローブとは、長さが2塩基以内の差であることが好ましく、長さが同じであることがより好ましい。
【0043】
本発明に係るマイクロアレイは、上述したプローブを担体上に固定することで作製することができる。
【0044】
担体の材料としては、当技術分野で公知のものを使用でき、特に制限されない。例えば、白金、白金黒、金、パラジウム、ロジウム、銀、水銀、タングステンおよびそれらの化合物などの貴金属、およびグラファイト、カ-ボンファイバ-に代表される炭素などの導電体材料;単結晶シリコン、アモルファスシリコン、炭化ケイ素、酸化ケイ素、窒化ケイ素などに代表されるシリコン材料、SOI(シリコン・オン・インシュレータ)などに代表されるこれらシリコン材料の複合素材;ガラス、石英ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラスなどの無機材料;ポリエチレン、エチレン、ポリプロビレン、環状ポリオレフィン、ポリイソブチレン、ポリエチレンテレフタレート、不飽和ポリエステル、含フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルアセタール、アクリル樹脂、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、アセタール樹脂、ポリカーボネート、ポリアミド、フェノール樹脂、ユリア樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、スチレン・アクリロニトリル共重合体、アクリロニトリル・ブタジエンスチレン共重合体、ポリフェニレンオキサイドおよびポリスルホンなどの有機材料等が挙げられる。担体の形状も特に制限されないが、好ましくは平板状である。
【0045】
本発明においては、担体として、好ましくは表面にカーボン層と化学修飾基とを有する担体を用いる。表面にカーボン層と化学修飾基とを有する担体には、基板の表面にカーボン層と化学修飾基とを有するもの、およびカーボン層からなる基板の表面に化学修飾基を有するものが包含される。基板の材料としては、当技術分野で公知のものを使用でき、特に制限されず、上述の担体材料として挙げたものと同様のものを使用できる。
【0046】
本発明に係るマイクロアレイにおいては、微細な平板状の構造を有する担体が好適に用いられる。形状は、長方形、正方形および丸形など限定されないが、通常、1~75mm四方のもの、好ましくは1~10mm四方のもの、より好ましくは3~5mm四方のものを用いる。微細な平板状の構造の担体を製造しやすいことから、シリコン材料や樹脂材料からなる基板を用いるのが好ましく、特に単結晶シリコンからなる基板の表面にカーボン層および化学修飾基を有する担体がより好ましい。単結晶シリコンには、部分部分でごくわずかに結晶軸の向きが変わっているものや(モザイク結晶と称される場合もある)、原子的尺度での乱れ(格子欠陥)が含まれているものも包含される。
【0047】
本発明において基板上に形成させるカーボン層としては、特に制限されないが、合成ダイヤモンド、高圧合成ダイヤモンド、天然ダイヤモンド、軟ダイヤモンド(例えば、ダイヤモンドライクカーボン)、アモルファスカーボン、炭素系物質(例えば、グラファイト、フラーレン、カーボンナノチューブ)のいずれか、それらの混合物、またはそれらを積層させたものを用いることが好ましい。また、炭化ハフニウム、炭化ニオブ、炭化珪素、炭化タンタル、炭化トリウム、炭化チタン、炭化ウラン、炭化タングステン、炭化ジルコニウム、炭化モリブデン、炭化クロム、炭化バナジウム等の炭化物を用いてもよい。ここで、軟ダイヤモンドとは、いわゆるダイヤモンドライクカーボン(DLC:Diamond Like Carbon)等の、ダイヤモンドとカーボンとの混合体である不完全ダイヤモンド構造体を総称し、その混合割合は、特に限定されない。カーボン層は、化学的安定性に優れておりその後の化学修飾基の導入や分析対象物質との結合における反応に耐えることができる点、分析対象物質と静電結合によって結合するためその結合が柔軟性を持っている点、UV吸収がないため検出系UVに対して透明性である点、およびエレクトロブロッティングの際に通電可能な点において有利である。また、分析対象物質との結合反応において、非特異的吸着が少ない点においても有利である。前記のとおり基板自体がカーボン層からなる担体を用いてもよい。
【0048】
本発明においてカーボン層の形成は公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザ蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法などが挙げられる。
【0049】
高周波プラズマCVD法では、高周波によって電極間に生じるグロー放電により原料ガス(メタン)を分解し、基板上にカーボン層を合成する。イオン化蒸着法では、タングステンフィラメントで生成される熱電子を利用して、原料ガス(ベンゼン)を分解・イオン化し、バイアス電圧によって基板上にカーボン層を形成する。水素ガス1~99体積%と残りメタンガス99~1体積%からなる混合ガス中で、イオン化蒸着法によりカーボン層を形成してもよい。
【0050】
アーク式蒸着法では、固体のグラファイト材料(陰極蒸発源)と真空容器(陽極)の間に直流電圧を印加することにより真空中でアーク放電を起こして陰極から炭素原子のプラズマを発生させ蒸発源よりもさらに負のバイアス電圧を基板に印加することにより基板に向かってプラズマ中の炭素イオンを加速しカーボン層を形成することができる。
【0051】
レーザ蒸着法では、例えばNd:YAGレーザ(パルス発振)光をグラファイトのターゲット板に照射して溶融させ、ガラス基板上に炭素原子を堆積させることによりカーボン層を形成することができる。
【0052】
基板の表面にカーボン層を形成する場合、カーボン層の厚さは、通常、単分子層~100μm程度であり、薄すぎると下地基板の表面が局部的に露出する可能性があり、逆に厚くなると生産性が悪くなるので、好ましくは2nm~1μm、より好ましくは5nm~500nmである。
【0053】
カーボン層が形成された基板の表面に化学修飾基を導入することにより、オリゴヌクレオチドプローブを担体に強固に固定化できる。導入する化学修飾基は、当業者であれば適宜選択することができ、特に制限されないが、例えば、アミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、ホルミル基、ヒドロキシル基および活性エステル基が挙げられる。
【0054】
アミノ基の導入は、例えば、カーボン層をアンモニアガス中で紫外線照射することによりまたはプラズマ処理することにより実施できる。または、カーボン層を塩素ガス中で紫外線を照射して塩素化し、さらにアンモニアガス中で紫外線照射することにより実施できる。または、メチレンジアミン、エチレンジアミンで等の多価アミン類ガス中を、塩素化したカーボン層と反応させることによって実施することもできる。
【0055】
カルボキシル基の導入は、例えば、前記のようにアミノ化したカーボン層に適当な化合物を反応させることにより実施できる。カルボキシル基を導入するために用いられる化合物としては、例えば、式:X-R1-COOH(式中、Xはハロゲン原子、R1は炭素数10~12の2価の炭化水素基を表す)で示されるハロカルボン酸、例えばクロロ酢酸、フルオロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、2-クロロプロピオン酸、3-クロロプロピオン酸、3-クロロアクリル酸、4-クロロ安息香酸;式:HOOC-R2-COOH(式中、R2は単結合または炭素数1~12の2価の炭化水素基を表す)で示されるジカルボン酸、例えばシュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、フタル酸;ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、トリメリット酸、ブタンテトラカルボン酸などの多価カルボン酸;式:R3-CO-R4-COOH(式中、R3は水素原子または炭素数1~12の2価の炭化水素基、R4は炭素数1~12の2価の炭化水素基を表す)で示されるケト酸またはアルデヒド酸;式:X-OC-R5-COOH(式中、Xはハロゲン原子、R5は単結合または炭素数1~12の2価の炭化水素基を表す。)で示されるジカルボン酸のモノハライド、例えばコハク酸モノクロリド、マロン酸モノクロリド;無水フタル酸、無水コハク酸、無水シュウ酸、無水マレイン酸、無水ブタンテトラカルボン酸などの酸無水物が挙げられる。
【0056】
エポキシ基の導入は、例えば、前記のようにアミノ化したカーボン層に適当な多価エポキシ化合物を反応させることによって実施できる。あるいは、カーボン層が含有する炭素=炭素2重結合に有機過酸を反応させることにより得ることができる。有機過酸としては、過酢酸、過安息香酸、ジペルオキシフタル酸、過ギ酸、トリフルオロ過酢酸などが挙げられる。
【0057】
ホルミル基の導入は、例えば、前記のようにアミノ化したカーボン層に、グルタルアルデヒドを反応させることにより実施できる。
【0058】
ヒドロキシル基の導入は、例えば、前記のように塩素化したカーボン層に、水を反応させることにより実施できる。
【0059】
活性エステル基は、エステル基のアルコール側に酸性度の高い電子求引性基を有して求核反応を活性化するエステル群、すなわち反応活性の高いエステル基を意味する。エステル基のアルコール側に、電子求引性の基を有し、アルキルエステルよりも活性化されたエステル基である。活性エステル基は、アミノ基、チオール基、水酸基等の基に対する反応性を有する。さらに具体的には、フェノールエステル類、チオフェノールエステル類、N-ヒドロキシアミンエステル類、シアノメチルエステル、複素環ヒドロキシ化合物のエステル類等がアルキルエステル等に比べてはるかに高い活性を有する活性エステル基として知られている。より具体的には、活性エステル基としては、たとえばp-ニトロフェニル基、N-ヒドロキシスクシンイミド基、コハク酸イミド基、フタル酸イミド基、5-ノルボルネン-2,3-ジカルボキシイミド基等が挙げられ、特に、N-ヒドロキシスクシンイミド基が好ましく用いられる。
【0060】
活性エステル基の導入は、例えば、前記のように導入したカルボキシル基を、シアナミドやカルボジイミド(例えば、1-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]-3-エチルカルボジイミド)などの脱水縮合剤とN-ヒドロキシスクシンイミドなどの化合物で活性エステル化することにより実施できる。この処理により、アミド結合を介して炭化水素基の末端に、N-ヒドロキシスクシンイミド基等の活性エステル基が結合した基を形成することができる(特開2001-139532)。
【0061】
プローブを、スポッティング用バッファーに溶解してスポッティング用溶液を調製し、これを96穴もしくは384穴プラスチックプレートに分注し、分注した溶液をスポッター装置等によって担体上にスポッティングすることにより、プローブが担体に固定化されたマイクロアレイを製造することができる。または、スポッティング溶液をマイクロピペッターにて手動でスポッティングしてもよい。
【0062】
スポッティング後、プローブが担体に結合する反応を進行させるため、インキュベーションを行うことが好ましい。インキュベーションは、通常-20~100℃、好ましくは0~90℃の温度で、通常0.5~16時間、好ましくは1~2時間にわたって行う。インキュベーションは、高湿度の雰囲気下、例えば、湿度50~90%の条件で行うのが望ましい。インキュベーションに続き、担体に結合していないDNAを除去するため、洗浄液(例えば、50mM TBS/0.05% Tween20、2×SSC/0.2%SDS溶液、超純水など)を用いて洗浄を行うことが好ましい。
【0063】
以上のように構成されたマイクロアレイを用いることで、診断対象者における、JAK2、CALR及びMPLに存在する上記遺伝子変異について、それぞれの遺伝子変異の有無を同時に判定することができる。
【0064】
具体的に、JAK2、CALR及びMPLに存在する上記遺伝子変異の有無を判定する際には、診断対象者由来の試料からDNAを抽出する工程と、抽出したDNAを鋳型とし、JAK2における上記遺伝子変異を含む領域、CALRにおける上記遺伝子
変異を含む領域及びMPLにおける上記遺伝子変異を含む領域をそれぞれ増幅する工程と、上述したマイクロアレイを用いて、増幅された核酸に含まれるJAK2、CALR及びMPLに存在する上記遺伝子変異の有無をそれぞれ検出する工程とを含む。
【0065】
診断対象者は通常ヒトであり、人種等には特に限定されないが、特に、黄色人種、好適には東アジア人種、特に好適には日本人とする。また、診断対象者としては、骨髄増殖性腫瘍が疑われる患者とすることができる。
【0066】
診断対象者由来の試料は特に制限されない。例えば、血液関連試料(血液、血清、血漿など)、リンパ液、糞便、がん細胞、組織または臓器の破砕物および抽出物などが挙げられる。
【0067】
まず、診断対象者から採取した試料からDNAを抽出する。抽出手段としては、特に限定されない。例えばフェノール/クロロホルム、エタノール、水酸化ナトリウム、CTABなどを用いたDNA抽出法を用いることができる。
【0068】
次に、得られたDNAを鋳型として用いて増幅反応を行い、JAK2を含む領域、CALRを含む領域及びMPLを含む領域を増幅する。増幅反応としては、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)、ICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)法等を適用することができる。増幅反応においては、増幅後の領域を識別できるように標識を付加することが望ましい。このとき、増幅された核酸を標識する方法としては、特に限定されないが、例えば増幅反応に使用するプライマーをあらかじめ標識しておく方法を使用してもよいし、増幅反応に標識ヌクレオチドを基質として使用する方法を使用してもよい。標識物質としては、特に限定されないが、放射性同位元素や蛍光色素、あるいはジゴキシゲニン(DIG)やビオチンなどの有機化合物などを使用することができる。
【0069】
またこの反応系は、核酸増幅・標識に必要な緩衝剤、耐熱性DNAポリメラーゼ、増幅領域に特異的なプライマー、標識ヌクレオチド三リン酸(具体的には蛍光標識等を付加したヌクレオチド三リン酸)、ヌクレオチド三リン酸および塩化マグネシウム等を含む反応系である。
【0070】
JAK2における上記遺伝子変異を含む領域の増幅反応に用いるプライマーは、上記遺伝子変異を含む領域を特異的に増幅できるものであれば特に制限されず、当業者であれば適宜設計できる。例えば、
プライマーJAK2-F:5'-GAGCAAGCTTTCTCACAAGCATTTGG-3'(配列番号9)及びプライマーJAK2-R:5'-CTGACACCTAGCTGTGATCCTGAAACTG-3'(配列番号10)からなるプライマーのセットが挙げられる。
【0071】
CALRにおける上記遺伝子変異を含む領域の増幅反応に用いるプライマーは、上記遺伝子変異を含む領域を特異的に増幅できるものであれば特に制限されず、当業者であれば適宜設計できる。例えば、
プライマーCALR-F:5'-CGTAACAAAGGTGAGGCCTGGT-3'(配列番号11)及びプライマーCALR-R:5'--GGCCTCTCTACAGCTCGTCCTTG-3'(配列番号12)からなるプライマーのセットが挙げられる。
【0072】
MPLにおける上記遺伝子変異を含む領域の増幅反応に用いるプライマーは、上記遺伝子変異を含む領域を特異的に増幅できるものであれば特に制限されず、当業者であれば適宜設計できる。例えば、
プライマーMPL-F:5'-CTCCTAGCCTGGATCTCCTTGG-3'(配列番号13)及びプライマーMPL-R:5'--ACAGAGCGAACCAAGAATGCCTGTTTAC-3'(配列番号14)からなるプライマーのセットが挙げられる。
【0073】
また、プライマーにより増幅される核酸断片は、設計したプローブに対応する領域を含んでいれば特に限定されず、例えば1kbp以下が好ましく、800bp以下がより好ましくは、500bp以下が更に好ましく、350bp以下が特に好ましい。
【0074】
上記のようにして得られた増幅核酸と、担体に固定されたプローブとのハイブリダイゼーション反応を行い、変異型プローブに対する増幅核酸のハイブリダイズを検出することで診断対象者における上記遺伝子変異の有無を評価することができる。すなわち、変異型プローブに対して増幅核酸がハイブリダイズしたことを例えば標識を検出することにより測定できる。また、標識からのシグナルを定量的に測定することで、変異型プローブにハイブリダイズした核酸量を定量することができる。
【0075】
標識からのシグナルは、例えば、蛍光標識を用いた場合は、蛍光スキャナを用いて蛍光シグナル検出し、これを画像解析ソフトによって解析することによりシグナル強度を数値化することができる。また、変異型プローブにハイブリダイズした増幅核酸は、例えば、既知量のDNAを含む試料を用いて検量線を作成することにより、定量することもできる。ハイブリダイゼーション反応は、好ましくはストリンジェントな条件下で実施する。ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、50℃で16時間ハイブリダイズ反応させた後、2×SSC/0.2% SDS、25℃、10分および2×SSC、25℃、5分の条件で洗浄する条件をさす。或いは、ハイブリダイズする温度としては、塩濃度が0.5×SSCのとき、45~60℃とすることができ、プローブの鎖長が短い場合にはハイブリダイズ温度をこれより低くすることがより好ましく、鎖長が長い場合にはハイブリダイズ温度をこれより高くとすることがより好ましい。塩濃度が高くなると特異性を有するハイブリダイズ温度は高くなり、逆に塩濃度が低くなると特異性を有するハイブリダイズ温度は低くなることはいうまでもない。
【0076】
また、上述した各遺伝子変異について変異型プローブ(第2のプローブ)と野生型プローブ(第1のプローブ)とを備えるマイクロアレイを使用した場合、これら変異型プローブ及び野生型プローブからのシグナル強度を用いて上記遺伝子変異の有無を評価することができる。具体的には、野生型プローブにおけるシグナル強度及び変異型プローブにおけるシグナル強度をそれぞれ測定し、変異型プローブに由来するシグナ強度を評価するための判定値を算出する。判定値の算出例としては、例えば、判定式:[変異型プローブ由来のシグナル強度]/([野生型プローブ由来のシグナル強度]+[変異型プローブ由来のシグナル強度])=第2の判定値を使用する方法が挙げられる。
【0077】
そして、上記式にて算出される第2の判定値と予め定めた閾値(カットオフ値)とを比較し、第2の判定値が閾値を上回る場合には増幅核酸に上記遺伝子変異が含まれると判断し、第2の判定値が閾値を下回る場合には増幅核酸に上記遺伝子変異が含まれないと判断することができる。このように第2の判定値を利用することで、上述したJAK2、CALR(タイプ2の遺伝子変異)及びMPLにおける各遺伝子変異の有無を判定することができる。
【0078】
ここで、閾値としては、特に限定されないが、例えば、JAK2、CALR(タイプ2の遺伝子変異)及びMPLに存在する上述した各遺伝子変異が野生型であることが確定している検体を用いて上記式により算出された第2の判定値に基づいて規定することができる。より具体的には、JAK2、CALR(タイプ2の遺伝子変異)及びMPLに存在する上述した各遺伝子変異が野生型であることが確定している複数の検体を用いて複数の第2の判定値を算出し、その平均値+3σ(σ:標準偏差)の値を閾値とすることができる。なお、平均値+2σや平均値+σの値を閾値とすることもできる。
【0079】
ところで、上述したCALRに存在する遺伝子変異には、52塩基欠損のタイプ1以外にも、タイプ1変異部位に、たとえば46塩基欠損変異、34塩基欠損変異、24塩基欠損変異等のタイプ1に類似する変異(これらを纏めてタイプ1ライクと称する)が存在することタイプ1変異に加えてこれらのタイプ1ライク変異も疾患に関与することが知られている(Leukemia (2016) 30, 431-438)。なお、Leukemia (2016) 30, 431-438によれば、52塩基欠損のタイプ1やタイプ1ライクが生じる箇所に、これらに分類されない他の変異が存在することが示されている。したがって、CALRに存在する遺伝子変異として、上述したタイプ1の遺伝子変異、タイプ1ライクの遺伝子変異、これらに分類されない他の変異の有無が検出可能となれば、MPNの確定診断に有益な情報となると考えられる。
【0080】
上述した式で算出される第2の判定値を用いることで、52塩基欠損のタイプ1を、上述したタイプ1ライク及び上述した他の変異から区別して判定することができる。すなわち、第2の判定値が閾値を超える場合には52塩基欠損のタイプ1を有すると判定することができる。また、第2の判定値が閾値を下回る場合には、変異を有しない野生型であるか、タイプ1ライク変異であるか、その他の変異であると判定することができる。
【0081】
ところで、上述したCALRに存在するタイプ1の遺伝子変異については、上述した第1の判定値を用いてその有無を判定する。なお、このCALRに存在するタイプ1の遺伝子変異については、第1の判定値のみで遺伝子変異の有無を判定しても良いが、第1の判定値及び第2の判定値を用いて遺伝子変異の有無を判定しても良い。
【0082】
具体的には、第1の判定値を使用することで、変異を有しないか、52塩基欠損のタイプ1、上記タイプ1ライク及びこれらに分類されない他の変異のいずれかを有するかを正確に判定することができる。第1の判定値とは、上述のように、野生型プローブのシグナル強度を、変異型プローブ及び野生型プローブとは異なる共通プローブのシグナル強度で割った値である。共通プローブとは、タイプ1の遺伝子変異について、野生型の増幅核酸と遺伝子変異を有する増幅核酸とに共通して存在する領域に相補的な塩基配列からなるヌクレオチドである。すなわち、共通プローブは、増幅核酸に含まれるタイプ1の遺伝子変異が存在するか存在しないかに拘わらず当該増幅核酸に対して特異的にハイブリダイズする。
【0083】
共通プローブとしては、特に限定されないが、配列番号2に示したCALR遺伝子の塩基配列において397番目から659番目の配列を含むオリゴヌクレオチドとすることができる。より具体的に共通プローブとしては、例えばCTCCTCATCCTCATCTTTGTC(配列番号15)を含むオリゴヌクレオチドを挙げることができる。また、共通プローブとしては、CCTCCTCATCCTCATCTTTGTC(配列番号26)を含むオリゴヌクレオチドや、CCTCCTTGTCCTCCTCAT(配列番号27)を含むオリゴヌクレオチドを挙げることができる。また、共通プローブとしては、CCTCGTCCTGTTTGTCC(配列番号31)を含むオリゴヌクレオチドを挙げることができる。
【0084】
具体的に、第1の判定値を算出する式としては、[野生型プローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]とすることができる。[野生型プローブのシグナル強度]/[共通プローブのシグナル強度]により算出される第1の判定値は、増幅核酸における野生型プローブに対応する位置に変異(欠損や挿入)があると低くなる値である。そして、第1の判定値が閾値を下回る場合、増幅核酸に、52塩基欠損のタイプ1、上記タイプ1ライク及びこれらに分類されない他の変異のいずれかが含まれると判断する。また、求めた第1の判定値が閾値を上回る場合、増幅核酸には52塩基欠損のタイプ1、上記タイプ1ライク及びこれらに分類されない他の変異のいずれも含まれないと判断する。このように第1の判定値を利用することで、上述したCALRのタイプ1の遺伝子変異、タイプ1ライクの遺伝子変異及びその他の変異のいずれかを有することを、これら変異をいずれも有しないものと区別して同定することができる。
【0085】
また、上述した「第1の判定値」及び「第2の判定値」を共に利用して、上述したCALRに存在する遺伝子変異の有無を判定しても良い。上述した「第1の判定値」及び「第2の判定値」を利用することで、52塩基欠損のタイプ1の変異を有するか、タイプ1ライク又はその他の変異のいずれかの変異を有するか、これら変異を有しないかを正確に判定することができる。具体的には、第1の判定値が閾値を下回り、且つ第2の判定値が閾値を上回る場合、増幅核酸にタイプ1の遺伝子変異が含まれると判断する。また、第1の判定値が閾値を下回り、且つ第2の判定値が閾値を下回る場合、増幅核酸にタイプ1ライクの遺伝子変異又はその他の変異が含まれると判断する。また、第1の判定値が閾値を上回り、且つ、第2の判定値が閾値を下回る場合、増幅核酸にタイプ1、タイプ1ライク及びその他の変異のいずれも含まれないと判断する。このように第1の判定値及び第2の判定値を利用することで、上述したCALRのタイプ1の遺伝子変異を、タイプ1変異部位にあるタイプ1ライク及びその他の変異と区別して同定することができる。
【0086】
一方、上述したCALRに存在する遺伝子変異のうちタイプ2変異を判定する際にも、タイプ1変異と同様に、上述した「第1の判定値」のみを用いても良いし、上述した「第1の判定値」及び「第2の判定値」を共に用いても良い。上述したタイプ2の遺伝子変異についても、タイプ2に類似する変異(タイプ2ライク)が存在する(Leukemia (2016) 30, 431-438)。タイプ2やタイプ2ライクが生じる箇所に、これらに分類されない他の変異が存在することが示されている。したがって、「第1の判定値」を用いることで、タイプ2の遺伝子変異、タイプ2ライクの遺伝子変異及びその他の変異のいずれかを有することを、これら変異をいずれも有しないものと区別して同定することができる。また、「第1の判定値」及び「第2の判定値」を共に用いることで、上述したタイプ2の遺伝子変異を、タイプ2ライク及びその他の変異と区別して同定することができる。
【0087】
以上のように、JAK2、CALR及びMPLに存在する各遺伝子変異を同定するための変異型プローブを備えるマイクロアレイを利用することで、JAK2、CALR及びMPLに存在する各遺伝子変異を同時に同定することができる。特に上述した第1の判定値を用い、或いは第1の判定値及び第2の判定値を用いることで、各遺伝子変異を高精度に同定することができる。JAK2、CALR及びMPLに存在する各遺伝子変異に関する情報は、例えば、WHOによる分類(2016年度バージョン)における骨髄増殖性腫瘍の診断に利用することができる。詳細には、WHOによる分類では、真性赤血球増加症又は真性多血症(polycythemia vera:PV)の診断には、JAK2における上記遺伝子変異が存在することが一つの要件となっている。また、WHOによる分類では、本態性血小板血症(essential thrombocythemia:ET)の診断には、JAK2、CALR及びMPLに存在する遺伝子変異のいずれかが存在することが一つの要件となっている。さらに、WHOによる分類では、前線維/早期の原発性骨髄線維症(prefibrotic/early primary myelofibrosis:prefibrotic/early PMF)若しくは原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis:PMF)の診断には、JAK2、CALR及びMPLに存在する遺伝子変異のいずれかが存在することが一つの要件となっている。
【0088】
このように、例えばWHOによる分類(2016年度バージョン)を利用した骨髄増殖性腫瘍の診断に、JAK2、CALR及びMPLに存在する各遺伝子変異を同定するための変異型プローブを備えるマイクロアレイを利用することができる。
【実施例
【0089】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0090】
[実施例1]
1.サンプル調整
本実施例では、山口大学医学部附属病院を主施設とした臨床研究によって集められた末梢血血液(文書によるインフォームドコンセントを取得した患者検体)を検体とした。これら検体から以下のようにサンプルとなるDNAを抽出した。末梢血白血球ゲノムDNAを常法(NaI法)により抽出した。
【0091】
以上のように調製したDNAサンプルを用いて、JAK2遺伝子、CALR遺伝子及びMPL遺伝子の所定の領域をそれぞれPCRにより増幅した。このPCRに際して表1に示すプライマーセットを設計した。なお、表1に示したプライマーセットのうち、「F」を付したフォワードプライマーに蛍光標識(IC5)を付加している。
【0092】
【表1】
【0093】
以上のように設計したプライマーセットを表2の組成となるよう混合し、プライマーミックスを調製した。
【0094】
【表2】
【0095】
以上のように調製したDNAサンプル及びプライマーミックスを用いて表3に示す組成のPCR反応液を調製した。
【0096】
【表3】
【0097】
そして、PCRのサーマルサイクルを、95℃で5分間の後、95℃で30秒、59℃で30秒及び72℃で45秒を1サイクルとして40サイクル行い、その後、72℃で10分間とし、最終的に4℃を維持した。
【0098】
2.マイクロアレイ
本実施例では、JAK2遺伝子におけるV617F変異、CALR遺伝子におけるタイプ1変異並びにタイプ2変異及びMPL遺伝子におけるW515L/K変異に対応する変異型プローブとこれに対応する野生型プローブを設計した。
【0099】
また、本実施例では、CALR遺伝子について上記プライマーで増幅した領域に、タイプ1の変異を有するか有しないかに拘わらず共通して存在する部位に対応する共通プローブを設計した。すなわち、共通プローブは、増幅核酸に含まれるタイプ1の遺伝子変異が存在するか存在しないかに拘わらず当該増幅核酸に対して特異的にハイブリダイズする。
設計したプローブの塩基配列を表4に示した。
【0100】
【表4】
【0101】
CALRにおけるタイプ1及びタイプ2の遺伝子変異については、図1に示すように、それぞれ野生型プローブ1及び変異型プローブ1、野生型プローブ2及び変異型プローブ2を設計した。なお、図1において、CALRにおけるタイプ1の遺伝子変異である52塩基欠損を「-」で示した。また、図1において、CALRにおけるタイプ2の遺伝子変異である5塩基挿入については、対応する野生型の領域を「-」で示した。
【0102】
3.遺伝子変異の同定
上記プローブを有するチップを用いて以下のようにハイブリダイズを行った。先ず、規定温度(52℃)に設定したチャンバー内に湿箱を載置し、チャンバー及び湿箱を十分予熱しておいた。PCR反応液4μLとハイブリダイズ緩衝液(2.25×SSC/0.23%SDS/0.2 nM Cy5標識オリゴDNA(シグマアルドリッチ社製))2μLを混合し、この溶液を3μLとり、ハイブリカバーの中央凸部の上に滴下して、これをチップに被せ、52℃に設定したハイブリダイズチャンバー装置(東洋鋼鈑社製)で1時間反応させた。ハイブリダイズ反応終了後、洗浄用ステンレスホルダーを0.1×SSC/0.1% SDS溶液に浸し、ハイブリカバーをはずしたチップをホルダーにセットした。上下に数回振動させた後、チップの蛍光強度を検出するまでホルダーを1×SSC溶液(室温)に浸した。
【0103】
検出直前にチップにカバーフィルムを被せ、BIOSHOT(東洋鋼鈑製)でチップの蛍光強度を検出した。以上のように測定した野生型プローブ及び変異型プローブにおける蛍光強度を用い、JAK2の遺伝子変異、CALRの遺伝子変異及びMPLの遺伝子変異について下記式によって第2の判定値を算出した。
第2の判定値=[変異型プローブの蛍光強度]/([野生型プローブの蛍光強度]+[変異型プローブの蛍光強度])
【0104】
また、CALRのタイプ1の遺伝子変異については、下記式によって第1の判定値を算出した。
第1の判定値=[野生型プローブの蛍光強度]/[共通プローブの蛍光強度]
【0105】
なお、本実施例では、JAK2の遺伝子変異、CALRの遺伝子変異及びMPLの遺伝子変異の全てが野生型である検体を用いて第2の判定値を算出し(n=4)、第2の判定値の平均値及び標準偏差を求めた。そして、平均値+3σ又は平均+4σ(σ:標準偏差)の値をカットオフ値として設定した(下記表参照)。
【0106】
【表5】
【0107】
さらに、本実施例では、第1の判定値について以下のようにカットオフ値を規定した。すなわち、タイプ1変異部位に変異のないことが確認された検体を用いて第1の判定値を算出し(n=40)、第1の判定値の平均値および標準偏差を求めた。そして、平均値-1.5σの値をカットオフ値として設定した(下記表参照)。
【0108】
【表6】
【0109】
4.結果
本実施例で使用した各検体について上述のように算出した第2の判定値を、遺伝子変異毎にプロットした結果を図2に示した。なお、図2において、上述のように規定したカットオフ値を破線で示した。破線より下側にあるプロットは、各遺伝子変異において野生型である(遺伝子変異を有しない)検体を示し、破線より上側にあるプロットは各遺伝子変異を有する検体を示している。
【0110】
図2に示すように、JAK2の遺伝子変異、CALRの遺伝子変異のうちタイプ2及びMPLの遺伝子変異については、第2の判定値により変異型と野生型を高精度に同定できることが明らかとなった。ただし、図2に示すように、CALRの遺伝子変異のうちタイプ1については、カットオフ値の近傍にプロットされる検体が少なくなく、第2の判定値のみではタイプ1遺伝子変異に対して判定精度が低い可能性があった。
【0111】
そこで、本実施例では、第1の判定値及び第2の判定値をCALRのタイプ1の遺伝子変異判定に用いた。具体的には、本実施例で使用した各検体について、CALRのタイプ1に関して算出した第1の判定値及び第2の判定値を、図3に示すように、横軸を第2の判定値とし、縦軸を第1の判定値としたグラフにプロットした。図3に示すように、各検体のプロットは、第1の判定値について規定したカットオフ値と第2の判定値について規定したカットオフ値とにより区画される4つの領域に分かれることとなった。プロットされた各検体について、他の方法により遺伝子変異を決定したところ、第2の判定値について規定したカットオフ値を上回り、且つ、第1の判定値について規定したカットオフ値を下回る検体は、全てCALRのタイプ1の遺伝子変異、すなわち52塩基欠損であった。これに対して、第2の判定値について規定したカットオフ値を下回り、且つ、第1の判定値について規定したカットオフ値を下回る検体は、全てCALRのタイプ1の遺伝子変異に類似する46塩基欠損、34塩基欠損又は24塩基欠損であることが明らかとなった。
【0112】
本実施例の結果から、第2の判定値のみでは野生型と区別できなかった46塩基欠損、34塩基欠損及び24塩基欠損といったタイプ1ライク変異遺伝子を、第1の判定値を用いることで野生型とは区別して同定することができる。
【0113】
[実施例2]
本実施例では、JAK2遺伝子、CALR遺伝子及びMPL遺伝子のそれぞれについて、野生型由来の増副産物に特異的にハイブリダイズするブロッカーを設計し、野生型由来の増幅産物が変異型プローブへの非特異的ハイブリダイズを抑制することで、JAK2遺伝子の遺伝子変異、CALR遺伝子のtype1変異及びMPL遺伝子の遺伝子変異の検出感度が向上するか検証した。なお、CALR遺伝子のtype2変異は野生型と5塩基の相違があり本実施例では非特異的ハイブリダイズが起こりにくいため、ブロッカーを設計しなかった。
【0114】
1.サンプル調整
本実施例では、野生型サンプルとして、TE緩衝液で8ng/μLに希釈した健常人末梢血白血球由来ゲノムDNA(Biochain社より購入)を用いた。
【0115】
また、本実施例では、変異型サンプルを以下のように調製した。本実施例では、FASMAC社の人工遺伝子合成サービスを通じて、野生型プラスミド及び変異型プラスミドを作製した。JAK2遺伝子の野生型プラスミドとしては、配列番号1に示した塩基配列における151~550番目の400塩基からなる領域を挿入したプラスミドを用いた。CALR遺伝子の野生型プラスミドとしては、配列番号2における376~764番目の389塩基からなる領域を挿入したプラスミドを用いた。MPL遺伝子の野生型プラスミドとしては、配列番号3における107~505番目の399塩基からなる領域を挿入したプラスミドを用いた。なお、各遺伝子の変異型プラスミドとしては、上述した変異(JAK2遺伝子のV617F変異、MPL遺伝子のW515L変異又はW515K変異及びCALR遺伝子のタイプ1変異又はタイプ2変異)を有する以外は同じ領域を挿入したプラスミドを用いた。購入したプラスミドDNAは、TE緩衝液で約100ng/μLとなるよう溶解し、更にTE緩衝液で約1ng/μLに希釈したものを使用した。
【0116】
そして、JAK2遺伝子の野生型に対応するプラスミド、MPL遺伝子の野生型に対応するプラスミド及びCALR遺伝子の野生型に対応するプラスミドの3種類を混合、TE緩衝液で希釈し、各プラスミド濃度を約200pg/μLとした野生型プラスミドミックスを調製した。また、JAK2遺伝子のV617F変異型に対応するプラスミド、MPL遺伝子のW515L変異型に対応するプラスミド及びCALR遺伝子のタイプ1変異型に対応するプラスミドの3種類を混合し、TE緩衝液で希釈し、各プラスミド濃度を約200pg/μLとした100%変異型プラスミドミックスAを調製した。同様に、JAK2遺伝子のV617F変異型に対応するプラスミド、MPL遺伝子のW515K変異型に対応するプラスミド、CALR遺伝子のタイプ2変異型に対応するプラスミドの3種類を混合し、TE緩衝液で希釈し、各プラスミド濃度を約200pg/μLとした100%変異型プラスミドミックスBを調製した。
【0117】
本実施例では、これら野生型プラスミドミックスと、100%変異型プラスミドミックスA又は100%変異型プラスミドミックスBとを所定の割合で混合することで変異型サンプルを調製した。変異型サンプルの調製後、JAK2遺伝子及びMPL遺伝子に関する変異%(野生型と変異型の合計に対する変異型の割合)はデジタルPCR、CALR遺伝子に関する変異%はフラグメント解析で定量した。そして、変異型サンプルを約0.16pg/μLとなるよう希釈し、PCRに用いた。
【0118】
本実施例では、以上のように調製した野生型サンプル又は変異型サンプルを用いて、実施例1と同様の条件でJAK2遺伝子、CALR遺伝子及びMPL遺伝子の所定の領域をそれぞれPCRにより増幅した。
【0119】
本実施例では、実施例1で使用したマイクロアレイを使用し、ブロッカーを含む以外は実施例1と同様にハイブリダイズ緩衝液を作製し、ハイブリダイズ実験を行った。本実施例では、表7に示した、JAK2遺伝子用ブロッカー、CALR遺伝子用ブロッカー及びMPL遺伝子用ブロッカーをそれぞれ90~210nMの濃度となるようにハイブリダイズ緩衝液を調製した。そして、PCR反応液と当該ハイブリダイズ緩衝液とを2:1で混合し、ハイブリダイズ実験を行った。
【0120】
【表7】
【0121】
本実施例では、実施例1と同様にして、ハイブリダイズ実験の結果として第2の判定値を算出した。ただし、本実施例では、実施例1と異なり、MPL遺伝子のW515L変異型の検出には:第2の判定値=[W515L変異型プローブの蛍光強度]/([野生型プローブの蛍光強度]+[W515L変異型プローブの蛍光強度]+[W515K変異型プローブの蛍光強度])の式に従い、MPL遺伝子のW515K変異型の検出には:第2の判定値=[W515K変異型プローブの蛍光強度]/([野生型プローブの蛍光強度]+[W515L変異型プローブの蛍光強度]+[W515K変異型プローブの蛍光強度])の式に従った。
【0122】
ブロッカー濃度と第2の判定値との関係を図4に示した。図4(a)はJAK2遺伝子のV617F変異型を検出したときの結果であり、同(b)はMPL遺伝子のW515L変異型を検出したときの結果であり、同(c)はMPL遺伝子のW515K変異型を検出したときの結果であり、同(d)はCARL遺伝子のタイプ1変異型を検出したときの結果であり、同(e)はCARL遺伝子のタイプ2変異型を検出したときの結果である。図4に示したように、ブロッカーをハイブリダイズ緩衝液に加えることで、変異割合が2.6~5.8%であっても優れた検出感度で遺伝子の変異型を検出できることが明らかとなった。
【0123】
また、本実施例では、変異型サンプルにおける野生型プラスミドミックスと変異型プラスミドミックスA又はBとの混合比を変えることで、各遺伝子の変異型の割合を調整して同様にハイブリダイズ実験を行った。変異型サンプル中の変異割合(変異%)と第2の判定値との関係を図5に示した。図5(a)はJAK2遺伝子のV617F変異型を検出したときの結果であり、同(b)はMPL遺伝子のW515L変異型を検出したときの結果であり、同(c)はMPL遺伝子のW515K変異型を検出したときの結果であり、同(d)はCARL遺伝子のタイプ1変異型を検出したときの結果であり、同(e)はCARL遺伝子のタイプ2変異型を検出したときの結果である。図5に示したように、ブロッカーをハイブリダイズ緩衝液に加えることで、変異型サンプル中の変異割合が2%程度であっても優れた検出感度を達成できることが明らかとなった。なお、図5に結果を示したハイブリダイズ実験では、JAK2遺伝子用ブロッカー濃度を150nMとし、CALR遺伝子用ブロッカー濃度を210nMとし及びMPL遺伝子用ブロッカー濃度を150nMとした。
【0124】
なお、変異型サンプルに含まれる変異割合の理論値に対して、各変異型の実際の濃度を実測した結果を表8に示した。表8に示した実測値は、JAK2遺伝子及びMPL遺伝子に関する変異%はデジタルPCRにより、CALR遺伝子に関する変異%はフラグメント解析で定量した結果である。
【0125】
【表8】
【0126】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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