(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-22
(45)【発行日】2023-03-30
(54)【発明の名称】インスリン産生細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20230323BHJP
【FI】
C12N5/077
(21)【出願番号】P 2019569056
(86)(22)【出願日】2019-01-24
(86)【国際出願番号】 JP2019002194
(87)【国際公開番号】W WO2019151098
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2021-08-20
(31)【優先権主張番号】P 2018013303
(32)【優先日】2018-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598072179
【氏名又は名称】株式会社片岡製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100104802
【氏名又は名称】清水 尚人
(72)【発明者】
【氏名】戴 平
(72)【発明者】
【氏名】武田 行正
(72)【発明者】
【氏名】原田 義規
(72)【発明者】
【氏名】松本 潤一
(72)【発明者】
【氏名】草鹿 あゆみ
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0322406(US,A1)
【文献】戴平, 武田行正,低分子化合物を用いた再生医療用細胞のダイレクトリプログラミング,京府医大誌,2018年01月25日,Vol.127, No.1,p.1-12,特に「抄録」,
図1, 表1-3, 第8頁左欄第17-20頁
【文献】CAO, Shangtao et al.,Chemical reprogramming of mouse embryonic and adult fibroblast into endoderm lineage,J. Biol. Chem.,2017年09月21日,Vol.292, No.46,p.19122-19132,特に要旨,
図6
【文献】XU, Jun, DU, Yuanyuan, DENG, Hongkui,Direct Lineage Reprogramming: Strategies, Mechanisms, and Applications,Cell Stem Cell,2015年02月05日,Vol.16,p.119-134,特に要旨, 表1-2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線維芽細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、並びにcAMP誘導剤の存在下で
線維芽細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、インスリン産生細胞の製造方法。
【請求項2】
前記工程が、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される5種又は全部、並びにPI3K阻害剤及びcAMP誘導剤の存在下で
線維芽細胞を培養する工程である、請求項1に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項3】
前記工程が、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、RARアゴニスト、PI3K阻害剤、及びcAMP誘導剤の存在下で
線維芽細胞を培養する工程である、請求項1に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項4】
BMP阻害剤がLDN193189である、請求項1又は2に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項5】
GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、p53阻害剤がピフィスリン、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT、RARアゴニストがレチノイン酸、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、請求項1~3のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項6】
線維芽細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びcAMP誘導剤の存在下で
線維芽細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、インスリン産生細胞の製造方法。
【請求項7】
GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、請求項6に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項8】
線維芽細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、並びにcAMP誘導剤を含むことを特徴とする、
線維芽細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物。
【請求項9】
GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、 及びRARアゴニストからなる群から選択される5種又は全部、並びにPI3K阻害剤及びcAMP誘導剤を含む、請求項
8に記載の組成物。
【請求項10】
GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、RARアゴニスト、PI3K阻害剤、及びcAMP誘導剤を含む、請求項
8に記載の組成物。
【請求項11】
BMP阻害剤がLDN193189である、請求項8又は9に記載の
組成物。
【請求項12】
GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、p53阻害剤がピフィスリン、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT 、RARアゴニストがレチノイン酸、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、請求項
8~
10のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項13】
線維芽細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びcAMP誘導剤を含むことを特徴とする、
線維芽細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物。
【請求項14】
GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、請求項
13に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
この出願は、2018年1月30日に出願された日本国出願番号第2018-13303号を基礎とする優先権を主張し、その開示内容は全て本明細書の一部に組み込まれる。
【0002】
本発明は、再生医療、ないし体細胞からのダイレクトリプログラミング(Direct Reprogramming)の技術分野に属する。本発明は、その技術分野において、低分子化合物により体細胞からインスリン産生細胞を直接製造する方法、及びかかる製造方法によって製造される低分子化合物誘導性インスリン産生細胞(ciIPCs:chemical compound-induced Insulin-producing cells)に関するものである。本発明はさらに、当該インスリン産生細胞、及び当該インスリン産生細胞を製造する方法のために使用することができる組成物に関するものである。
【背景技術】
【0003】
近年の細胞関連研究の発展、特に多能性細胞に関する研究の発展により、治療用細胞を個体への移植に利用可能な品質及び量において入手することが可能になりつつある。幾つかの疾患については、治療に有効な細胞を患者に移植する試みが開始されている。
【0004】
間葉系の細胞は、筋肉、骨、軟骨、骨髄、脂肪及び結合組織等の生体の各種器官を形成しており、再生医療の材料として有望である。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)は、骨髄、脂肪組織、血液、胎盤及び臍帯等の組織に存在する未分化細胞である。間葉系に属す細胞への分化能を有しているため、間葉系幹細胞は、それらの細胞を製造する際の出発材料として注目されている。また、間葉系幹細胞自体を骨、軟骨、心筋等の再構築に利用する再生医療も検討されている。
【0005】
一方、線維芽細胞のような体細胞を直接他の細胞に転換する方法も報告されている。例えば、線維芽細胞を化学物質と共に培養することにより神経細胞を得ることが知られている(非特許文献1)。
【0006】
インスリンを分泌する膵臓β細胞については、iPS細胞又はES細胞からヒト膵β細胞への分化誘導が報告されていることに加えて、膵α細胞、膵腺房細胞、膵管腺細胞、小腸腺窩細胞、肝細胞、胆管細胞といった内胚葉系細胞から膵β細胞特異的転写因子であるPdx1、Ngn3、及びMafAを用いて膵β細胞へ直接誘導したことが報告されている(非特許文献2)。また、マウス胎児線維芽細胞(MEFs)やヒト皮膚線維芽細胞から山中4因子などを用いて膵β細胞へ直接誘導したことが報告されている(非特許文献3、4)。更にはマウス胎児線維芽細胞(MEFs)から低分子化合物により内胚葉前駆細胞を作製し、当該細胞から膵臓内分泌細胞へ分化させたことが報告されている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Journal of Clinical Biochemistry and Nutrition,2015年,56巻,3号,166-170頁
【文献】Current Pathobiology Reports,2016年,3巻,57-65頁
【文献】Cell Stem Cell,2014年,14巻,228-236頁
【文献】Nature Communications,2016年,7巻,10080頁
【文献】Journal of Biological Chemistry,2017年,292巻,19122-19132頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1に記載されている方法のように、遺伝子導入を行うことなく体細胞から所望の細胞への転換を直接行う方法は、治療用細胞を取得する手段として有効な選択肢となる場合がある。膵臓β細胞についても、上記の通り、体細胞から直接転換する方法は報告されているが、これらの発明は、発生学的に系統の近い内胚葉系の細胞へ特定の遺伝子を導入することで誘導されている。
本発明は、人為的な遺伝子導入を行うことなく、低分子化合物の組み合わせにより体細胞からインスリン産生細胞を直接誘導する方法、即ち、一定の低分子化合物の組成物により体細胞からインスリン産生細胞を直接製造することができる新たな製造方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討した結果、一定の低分子阻害剤等の存在下で体細胞を培養することによって、体細胞をインスリン産生細胞に直接転換できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0010】
本発明として、例えば、下記のものを挙げることができる。
[1]体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、並びにcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、インスリン産生細胞の製造方法。
[2]前記工程が、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される5種又は全部、並びにPI3K阻害剤及びcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[3]前記工程が、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、RARアゴニスト、PI3K阻害剤、及びcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[4]BMP阻害剤がLDN193189である、上記[1]又は[2]に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[5]GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、p53阻害剤がピフィスリン、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT、RARアゴニストがレチノイン酸、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、上記[1]~[3]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[6]体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、インスリン産生細胞の製造方法。
[7]GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、上記[6]に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[8]前記体細胞が線維芽細胞である、上記[1]~[7]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[9]上記[1]~[8]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法から製造される、インスリン産生細胞。
【0011】
[10]体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、並びにcAMP誘導剤を含むことを特徴とする、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物。
[11]GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される5種又は全部、並びにPI3K阻害剤及びcAMP誘導剤を含む、上記[10]に記載の組成物。
[12]GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、RARアゴニスト、PI3K阻害剤、及びcAMP誘導剤を含む、上記[10]に記載の組成物。
[13]BMP阻害剤がLDN193189である、上記[10]又は[11]に記載の組成物。
[14]GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、p53阻害剤がピフィスリン、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT、RARアゴニストがレチノイン酸、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、上記[10]~[12]のいずれか一項に記載の組成物。
[15]体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びcAMP誘導剤を含むことを特徴とする、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物。
[16]GSK3阻害剤がCHIR99021、TGF-β阻害剤がSB431542、PI3K阻害剤がLY294002、Notch阻害剤がDAPT、又はcAMP誘導剤がフォルスコリンである、上記[15]に記載の組成物。
[17]前記体細胞が線維芽細胞である、上記[10]~[16]のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、遺伝子導入を行うことなく、体細胞からインスリン産生細胞を製造することができる。本発明により得られたインスリン産生細胞は、再生医療などにおいて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】細胞の培養写真である。左側の5写真は、実施例4の組み合わせ化合物を添加した場合の結果を、右側の5写真は、当該化合物を添加しなかった場合の結果を、それぞれ表す。Day3、6、10、12、及び17は、それぞれ当該化合物を添加して培養後3日目、6日目、10日目、12日目、及び17日目を示す。
【
図2】当該化合物を添加して培養後17日目における細胞の培養写真(Phase contrast)及びその免疫染色写真である。左側の4写真は、実施例4の組み合わせ化合物を添加した場合の結果を、右側の4写真は、当該化合物を添加しなかった場合の結果を、それぞれ表す。
【
図3】当該化合物を添加して培養後19日目における細胞の培養写真(Phase contrast)及びその免疫染色写真である。
【
図4】当該化合物を添加して培養後19日目における細胞の培養写真(Phase contrast)及びその免疫染色写真である。
【
図5】左側が上清へのインスリン分泌量を、右側が細胞内に残存するインスリン分泌量を、それぞれ表す。各図において、縦軸は総タンパク質1mg当たりの分泌量(μU/mg)を示す。各図において、右カラムが低分子化合物を添加した場合の結果を、左カラムが当該低分子化合物を添加しなかった場合の結果を、それぞれ示す。
【
図6】各図において、縦軸は10
5個の細胞当たりの分泌量(μU/10
5 cells)を示す。各図において、右カラムが当該低分子化合物を添加した場合の結果を、左カラムが当該低分子化合物を添加しなかった場合の結果を、それぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
1 インスリン産生細胞の製造方法
本発明に係る、インスリン産生細胞の製造方法(以下、「本発明製法」という。)は、体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、並びにcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする。
【0016】
好ましくは、上記工程が、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される5種又は全部、並びにPI3K阻害剤及びcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法である。より好ましくは、上記工程が、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、RARアゴニスト、PI3K阻害剤、及びcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法である。本発明製法においては、特にcAMP誘導剤又はそれとPI3K阻害剤との存在下で体細胞を培養することが好ましい。
また、本発明として、体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、インスリン産生細胞の製造方法も挙げることができる。以下、かかる製造方法も含めて本発明製法という。
【0017】
本発明製法においては、少なくとも上記いずれかの組み合わせの存在下で体細胞を培養すればよく、必要に応じて、任意にさらに他の阻害剤や誘導剤等を存在させて体細胞を培養しインスリン産生細胞を製造することができる。
上記阻害剤や誘導剤は、それぞれにおいて、1種を用いても2種以上を併用してもよい。
具体的な上記阻害剤等においては、2種類以上の阻害作用等を有するものもあり得るが、その場合、一つで複数の阻害剤等が存在しているとみなすことができる。
【0018】
1.1 体細胞について
生物の細胞は、体細胞と生殖細胞とに分類できる。本発明製法には、その出発材料として任意の体細胞を使用することができる。体細胞には特に限定はなく、生体から採取された初代細胞、又は株化された細胞の何れでもよい。本発明製法では、分化の種々の段階にある体細胞、例えば、最終分化した体細胞(例、線維芽細胞、臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、肝細胞(Hepatocytes)、胆管細胞(Biliary cells)、膵α細胞(Pancreatic α cells)、膵腺房細胞(Acinar cells)、膵管腺細胞(Ductal cells)、小腸腺窩細胞(Intestinal crypt cells)など)、最終分化への途上にある体細胞(例、間葉系幹細胞、神経幹細胞、内胚葉前駆細胞など)、又は初期化され多能性を獲得した体細胞を使用することができる。本発明製法に使用できる体細胞としては、任意の体細胞、例えば、造血系の細胞(各種のリンパ球、マクロファージ、樹状細胞、骨髄細胞等)、臓器由来の細胞(肝細胞、脾細胞、膵細胞、腎細胞、肺細胞等)、筋組織系の細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、筋芽細胞、心筋細胞等)、線維芽細胞、神経細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、内皮細胞、間質細胞、脂肪細胞(褐色脂肪細胞、白色脂肪細胞等)等が挙げられる。また、これらの細胞の前駆細胞、癌細胞にも本発明製法を適用できる。好ましくは、線維芽細胞又は間葉系幹細胞を使用することができる。
【0019】
上記の体細胞の供給源としては、ヒト、ヒト以外の哺乳動物、及び哺乳動物以外の動物(鳥類、爬虫類、両生類、魚類等)が例示されるが、これらに限定されるものではない。体細胞の供給源としては、ヒト、及びヒト以外の哺乳動物が好ましく、ヒトが特に好ましい。ヒトへの投与を目的として本発明製法によりインスリン産生細胞を製造する場合、好ましくは、レシピエントと組織適合性抗原のタイプが一致又は類似したドナーより採取された体細胞を使用することができる。レシピエント自身より採取された体細胞をインスリン産生細胞の製造に供してもよい。
【0020】
1.2 本発明に係る阻害剤等について
1.2.1 GSK3阻害剤
GSK3(glycogen synthase kinase-3、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3)は、グリコーゲン合成酵素をリン酸化して不活性化するプロテインキナーゼとして見いだされた。哺乳類では、GSK3は51kDaのα(GSK3α)と47kDaのβ(GSK3β)の二つのアイソフォームに分類される。GSK3は種々のタンパク質をリン酸化する活性を有しており、グリコーゲン代謝のみならず、細胞分裂、細胞増殖等の生理現象にも関わっている。
【0021】
「GSK3阻害剤の存在下」とは、GSK3を阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、GSK3の活性を阻害する物質、例えば、抗GSK3抗体やGSK3阻害剤のようなGSK3シグナル阻害手段を利用することができる。また、GSK3は自身の特定の部位がリン酸化されると活性を失うことから、上記のリン酸化を促進する手段も、GSK3シグナルの阻害に利用することができる。
【0022】
本発明では特に限定されないが、GSK3阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、CHIR99021を使用することができる。
【0023】
CHIR99021(CAS No.:252917-06-9)
【0024】
【0025】
BIO((2’Z,3’E)-6-Bromoindirubin-3’-oxime)(CAS No.:667463-62-9)
Kenpaullone(CAS No.:142273-20-9)
A1070722(CAS No.:1384424-80-9)
SB216763(CAS No.:280744-09-4)
CHIR98014(CAS No.:556813-39-9)
TWS119(CAS No.:601514-19-6)
Tideglusib(CAS No.:865854-05-3)
SB415286(CAS No.:264218-23-7)
Bikinin(CAS No.:188011-69-0)
IM-12(CAS No.:1129669-05-1)
1-Azakenpaullone(CAS No.:676596-65-9)
LY2090314(CAS No.:603288-22-8)
AZD1080(CAS No.:612487-72-6)
AZD2858(CAS No.:486424-20-8)
AR-A014418(CAS No.:487021-52-3)
TDZD-8(CAS No.:327036-89-5)
Indirubin(CAS No.:479-41-4)
【0026】
GSK3阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~20μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0027】
1.2.2 TGF-β阻害剤
TGF-β(transforming growth factor-β、形質転換増殖因子β)には、TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3の3種類が存在し、ほぼ全ての細胞から生産されている。TGF-βは、上皮細胞をはじめ、多くの細胞の増殖を抑制するなど細胞増殖、形質転換、分化、発生、アポトーシスの制御等の多種多様な細胞機能に関与している。
【0028】
「TGF-β阻害剤の存在下」とは、TGF-βを阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、TGF-βを阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、TGF-βに直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗TGF-β抗体やその他の薬剤)、TGF-β自体の産生を抑制する薬剤等を利用することができる。また、TGF-βが関わるシグナル伝達をその上流で阻害することによってもTGF-βを阻害することができる。
【0029】
本発明では特に限定されないが、TGF-β阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、SB431542やレプソックスを使用することができる。
【0030】
SB431542(CAS No.:301836-41-9)
【0031】
【0032】
A83-01(CAS No.:909910-43-6)
【0033】
【0034】
レプソックス(CAS No.:446859-33-2)
【0035】
【0036】
LY364947(CAS No.:396129-53-6)
SB525334(CAS No.:356559-20-1)
SD208(CAS No.:627536-09-8)
Galunisertib(LY2157299)(CAS No.:700874-72-2)
LY2109761(CAS No.:700874-71-1)
SB505124(CAS No.:694433-59-5)
GW788388(CAS No.:452342-67-5)
EW-7197(CAS No.:1352608-82-2)
【0037】
TGF-β阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~30μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0038】
1.2.3 BMP阻害剤
BMP(Bone Morphogenetic Protein、骨形成タンパク質)は、TGF-βスーパーファミリーに属する成長因子であり、胚や組織の発生、細胞の分化、細胞死などを制御している。BMPは細胞膜上のI型受容体とII型受容体に結合してヘテロ四量体を形成し、転写因子SMADのリン酸化を経て核内にBMPシグナルを伝達する。BMP阻害剤の多くは、BMPの結合によって活性化されたI型受容体であるALK(Activin receptor-like kinase)-2,3,6によるSMADのリン酸化を阻害する。
【0039】
「BMP阻害剤の存在下」とは、BMPシグナル伝達経路を阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、BMPシグナル伝達経路を阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、BMPおよびBMP受容体に直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗BMP抗体、その他の薬剤)、あるいはこれらの発現を抑制する薬剤等を利用することができる。また、BMPが関わるシグナル伝達の下流に位置するSMAD転写因子の発現およびその翻訳後修飾を阻害することによってもBMPシグナル伝達経路を阻害することができる。
【0040】
本発明では特に限定されないが、BMP阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、LDN193189を使用することができる。
【0041】
LDN193189(CAS No.:1062368-24-4)
【0042】
【0043】
DMH1(CAS No.:1206711-16-1)
K02288(CAS No.:1431985-92-0)
LDN212854(CAS No.:1432597-26-6)
LDN193189 HCl(CAS No.:1062368-62-0)
ML347(CAS No.:1062368-49-3)
LDN214117(CAS No.:1627503-67-6)
【0044】
BMP阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~10μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~5μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0045】
1.2.4 p53阻害剤
p53は最も重要な癌抑制遺伝子の一つであり、細胞増殖を抑制し、がんの抑制に重要な役割を担っている。また種々のストレスに応答して標的遺伝子を活性化し、細胞周期の停止、アポトーシス、DNA修復、細胞老化などに対する起点となっている。
【0046】
「p53阻害剤の存在下」とは、p53を阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、p53を阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、p53に直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗p53抗体、その他の薬剤)、p53自体の産生を抑制する薬剤等を利用することができる。また、p53が関わるシグナル伝達をその上流で阻害することによってもp53を阻害することができる。
【0047】
本発明では特に限定されないが、p53阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、ピフィスリンないしピフィスリン-αを使用することができる。
【0048】
ピフィスリン-α(CAS No.:63208-82-2)
【0049】
【0050】
ピフィスリン-β(CAS No.:511296-88-1)
ピフィスリン-μ(CAS No.:64984-31-2)
NSC66811(CAS No.:6964-62-1)
Nultin-3(CAS No.:548472-68-0)
【0051】
p53阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.5μmol/L~30μmol/L、好ましくは1μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0052】
1.2.5 cAMP誘導剤
cAMP(環状アデノシン1リン酸)は、セカンドメッセンジャーとして種々の細胞内シグナル伝達に関わっている物質である。cAMPは、細胞内ではアデニル酸シクラーゼ(adenylate cyclase)によりアデノシン3リン酸(ATP)が環状化されることで生成する。
【0053】
「cAMP誘導剤の存在下」とは、cAMPを誘導することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、例えば、細胞内cAMP濃度を増加させることができる任意の手段を利用することができる。cAMPの生成に関わる酵素であるアデニル酸シクラーゼに直接作用して誘導することができる物質、アデニル酸シクラーゼの発現を促進しうる物質の他、cAMPを分解する酵素であるホスホジエステラーゼを阻害する物質等を、細胞内cAMP濃度を増加させる手段として使用することができる。細胞内でcAMPと同じ作用を持つ、cAMPの構造類似体であるジブチリルcAMP(dibutyryl cAMP)を使用することもできる。
【0054】
本発明では特に限定されないが、cAMP誘導剤(アデニル酸シクラーゼ活性化剤)としては、例えば、フォルスコリン(forskolin:CAS No.:66575-29-9)、及びフォルスコリン誘導体(例えば特開2002-348243号公報)や以下の化合物などが挙げられる。好ましくは、フォルスコリンを使用することができる。
【0055】
フォルスコリン(CAS No.:66428-89-5)
【0056】
【0057】
イソプロテレノール(CAS No.:7683-59-2)
NKH477(CAS No.:138605-00-2)
PACAP1-27(CAS No.:127317-03-7)
PACAP1-38(CAS No.:137061-48-4)
【0058】
cAMP誘導剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.2μmol/L~50μmol/L、好ましくは1μmol/L~30μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0059】
1.2.6 PI3K阻害剤
PI3K(Phosphoinositide 3-kinase)は、イノシトールリン脂質をリン酸化する酵素であり、産生されるホスホイノシチドはPDK1を活性化する。PDK1はさらにAKTをリン酸化し、PDK1/AKTシグナル経路が活性化される。LY294002は、PI3Kに選択的な阻害剤であり、ホスホイノシチドの産生を抑えることでPDK1/AKTシグナル経路の活性化を阻害する。
【0060】
「PI3K阻害剤の存在下」とは、PI3Kを阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、PI3Kを阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、PI3Kに直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗PI3K抗体、その他の薬剤)、PI3K自体の産生を抑制する薬剤等を利用することができる。また、PI3Kが関わるシグナル伝達をその上流で阻害することによってもPI3Kを阻害することができる。
【0061】
本発明では特に限定されないが、PI3K阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、LY294002を使用することができる。
【0062】
LY294002(CAS No.:154447-36-6)
【0063】
【0064】
Buparlisib(CAS No.:944396-07-0)
TGR-1202(CAS No.:1532533-67-7)
PI-103(CAS No.:371935-74-9)
IC-87114(CAS No.:371242-69-2)
Wortmannin(CAS No.:19545-26-7)
ZSTK474(CAS No.:475110-96-4)
AS-605240(CAS No.:648450-29-7)
PIK-90(CAS No.:677338-12-4)
AZD6482(CAS No.:1173900-33-8)
Duvelisib(CAS No.:1201438-56-3)
TG100-115(CAS No.:677297-51-7)
CH5132799(CAS No.:1007207-67-1)
CAY10505(CAS No.:1218777-13-9)
PIK-293(CAS No.:900185-01-5)
CZC24832(CAS No.:1159824-67-5)
Pilaralisib(CAS No.:934526-89-3)
AZD8835(CAS No.:1620576-64-8)
【0065】
PI3K阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.1μmol/L~20μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0066】
1.2.7 Notch阻害剤
Notchは、1回膜貫通型の受容体であり、γセクレターゼによって切断され細胞内領域が核に移行し転写因子として機能する。DAPTは、γセクレターゼの阻害剤であり、Notchの切断を阻害することで、Notchシグナルの阻害剤として機能する。
【0067】
「Notch阻害剤の存在下」とは、Notchを阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、Notchを阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、Notchに直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗Notch抗体、その他の薬剤)、Notch自体の発現を抑制する薬剤等を利用することができる。また、Notchが関わるシグナル伝達を阻害することによってもNotchを阻害することができる。
【0068】
本発明では特に限定されないが、Notch阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、DAPTを使用することができる。
【0069】
DAPT(CAS No.:208255-80-5)
【0070】
【0071】
RO4929097(CAS No.:847925-91-1)
FLI-06(CAS No.:313967-18-9)
Semagacestat(CAS No.:425386-60-3)
Dibenzazepine(CAS No.:209984-56-5)
PF-03084014(CAS No.:1290543-63-3)
IMR-1(CAS No.:310456-65-6)
【0072】
Notch阻害剤の濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.2μmol/L~30μmol/L、好ましくは1μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0073】
1.2.8 RARアゴニスト
RAR(Retinoic acid receptor、レチノイン酸受容体)は、核内受容体スーパーファミリーに属し、レチノイン酸をリガンドとしその転写活性が活性化される。RARは、生体内で様々な機能を有しており、特に細胞の分化に密接に関わっていることから、人工の合成アゴニストが多数開発されている。
【0074】
「RARアゴニストの存在下」とは、RARを作動することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、RARを作動することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、RARに直接作用してその機能を作動する物質、RAR自体の発現を促進する薬剤等を利用することができる。また、RARと相互作用する転写因子あるいは転写共役因子、またこれらの発現および翻訳後修飾などを調節することによってもRARの機能を制御することができる。
【0075】
本発明では特に限定されないが、RARアゴニストとしては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、レチノイン酸、CH55、AM580を使用することができる。
【0076】
レチノイン酸(CAS No.:302-79-4)
CH55(CAS No.:110368-33-7)
AM580(CAS No.:102121-60-8)
Tretinoin(CAS No.:302-79-4)
Adapalene(CAS No.:106685-40-9)
Bexarotene(CAS No.:153559-49-0)
Tazarotene(CAS No.:118292-40-3)
Tamibarotene(CAS No.:94497-51-5)
【0077】
RARアゴニストの濃度は適宜決定すればよく、特に限定されないが、例えば、0.05μmol/L~10μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~5μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0078】
1.3 体細胞の培養
本発明製法における体細胞の培養は、使用する体細胞の種類に応じた培地、温度、その他の条件を選択し、上記の各種の阻害剤(及び、場合により誘導剤ないし活性化剤)の存在下において実施すればよい。培地は、公知の培地又は市販の培地から選択することができる。例えば、一般的な培地であるMEM(最少必須培地)、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、DMEM/F12、又はこれらを改変した培地に、適切な成分(血清、タンパク質、アミノ酸、糖類、ビタミン類、脂肪酸類、抗生物質等)を添加して使用することができる。
【0079】
培養条件としては、一般的な細胞培養の条件を選択すればよい。37℃、5%CO2の条件などが例示される。培養中は適切な間隔(好ましくは1日から7日に1回、より好ましくは3日から4日に1回)で培地を交換することが好ましい。線維芽細胞を材料として本発明製法を実施する場合、37℃、5%CO2の条件では8ないし10日間から3週間でインスリン産生細胞が出現する。使用する体細胞として培養が容易なものを選択することにより、あらかじめ細胞数を増加させた体細胞をインスリン産生細胞に転換することも可能である。従って、スケールアップしたインスリン産生細胞の製造も容易である。
【0080】
体細胞の培養には、プレート、ディッシュ、細胞培養用フラスコ、細胞培養用バッグ等の細胞培養容器を使用することができる。なお、細胞培養用バッグとしては、ガス透過性を有するものが好適である。大量の細胞を必要とする場合には、大型培養槽を使用してもよい。培養は開放系又は閉鎖系のどちらでも実施することができるが、得られたインスリン産生細胞のヒトへの投与等を目的とする場合には、閉鎖系で培養を行うことが好ましい。
本発明製法においては、上記した各種の阻害剤等を含む培地において体細胞を培養することにより、一段階の培養によって体細胞からインスリン産生細胞を製造することができる。
【0081】
1.4 インスリン産生細胞
上記した本発明製法により、インスリン産生細胞を含有する細胞集団を得ることができる。本発明製法により製造されるインスリン産生細胞も本発明の範囲内である。本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、最終分化した細胞の他、肝細胞に分化することが運命づけられた前駆細胞でもよい。
本発明製法により製造されるインスリン産生細胞は、低分子化合物により体細胞から直接誘導される、いわゆる低分子化合物誘導性インスリン産生細胞(ciIPCs)であって、ES細胞やiPS細胞から分化誘導されるインスリン産生細胞とは区別される。
【0082】
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、例えば、細胞の形態的変化、インスリン産生細胞の特徴的性質や特異的マーカー(例、抗インスリン抗体)を利用して、検出、確認及び分離を行うことができる。
【0083】
特異的マーカーの検出には、検疫的方法(抗体による検出)を利用できるが、タンパク質分子に関してはそのmRNA量の定量により検出を実施してもよい。インスリン産生細胞の特異的マーカーを認識する抗体は、本発明製法により得られたインスリン産生細胞を単離及び精製する上でも有用である。
【0084】
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、例えば、組織修復や血中インスリン濃度の改善等のために使用することができる。本発明製法で製造されるインスリン産生細胞を移植することにより、組織修復等のための医薬用組成物を製造することができる。インスリンがほとんど分泌できない1型糖尿病の患者では、その症状の軽減および根治のためには、膵臓移植あるいは膵島の移植が抜本的な治療法となっている。また、2型糖尿病の患者は国内外で今後さらに増加し、医療費高騰の原因となることが予測されているが、インスリンを分泌する膵β細胞の移植は有効な治療法となり得る。このような糖尿病等の膵臓疾患の治療手段として、インスリン産生細胞の製造方法、及びインスリン産生細胞の移植方法の開発が行なわれている。例えば、インスリン産生細胞を腎皮膜下へ移植を行ったり、門脈を介して肝臓へ移植することで、重度の膵臓疾患(糖尿病等)の治療への利用が期待されている。
【0085】
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞を医薬用組成物とする場合には、常法により、インスリン産生細胞を医薬的に許容される担体と混合するなどして、個体への投与に適した形態の製剤とすればよい。担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウム等)を加えて等張とした注射用蒸留水を挙げることができる。さらに、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤等を配合してもよい。
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、さらに、インスリン産生細胞の機能発揮や生着性向上に有効な他の細胞や成分と組み合わせた組成物とすることもできる。
【0086】
さらに、本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、インスリン産生細胞に作用する医薬候補化合物のスクリーニングや医薬候補化合物の安全性評価のために使用することもできる。インスリン産生細胞は、医薬候補化合物の毒性を評価するための重要なツールである。本発明製法によれば、一度の操作で多くのインスリン産生細胞を取得することができることから、細胞のロット差の影響を受けずに、再現性のある研究結果を得ることが可能になる。
【0087】
2 組成物
本発明に係る組成物(以下、「本発明組成物」という。)は、体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、並びにcAMP誘導剤を含むことを特徴とする。
【0088】
好ましくは、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される5種又は全部、並びにPI3K阻害剤及びcAMP誘導剤を含む本発明組成物である。より好ましくは、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、p53阻害剤、Notch阻害剤、RARアゴニスト、PI3K阻害剤、及びcAMP誘導剤を含む本発明組成物である。本発明組成物においては、特にcAMP誘導剤又はそれとPI3K阻害剤とを含むことが好ましい。
また、本発明として、体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びcAMP誘導剤を含むことを特徴とする、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物も挙げることができる。以下、かかる組成物も含めて本発明組成物という。
【0089】
本発明組成物においては、少なくとも上記いずれかの組み合わせを含んでいればよく、必要に応じて、任意にさらに他の阻害剤や誘導剤等を含むことができる。
上記阻害剤や誘導剤等は、それぞれにおいて、1種を用いても2種以上を併用してもよい。
具体的な上記阻害剤等においては、2種類以上の阻害作用等を有するものもあり得るが、その場合、一つで複数の阻害剤等を含んでいるとみなすことができる。
上記した阻害剤や誘導剤等の具体例や好ましい例などは、前記と同義である。
【0090】
本発明組成物は、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物として使用することができる。本発明組成物は、また、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための培地として使用することもできる。
【0091】
体細胞からインスリン産生細胞の製造に使用される培地としては、細胞の培養に必要な成分を混合して製造した基礎培地に、有効成分として、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、及びcAMP誘導剤を含有させた培地を例示することができる。上記の有効成分は、インスリン産生細胞の製造に有効な濃度で含まれていればよく、濃度は当業者が適宜決定することができる。基礎培地は、公知の培地又は市販の培地から選択することができる。例えば、一般的な培地であるMEM(最少必須培地)、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、DMEM/F12、RPMI1640、又はこれらを改変した培地を、基礎培地として使用することができる。
【0092】
培地にはさらに、本明細書中で上記した公知の培地成分、例えば、血清、タンパク質(アルブミン、トランスフェリン、成長因子等)、アミノ酸、糖類、ビタミン類、脂肪酸類、抗生物質等を添加してもよい。
【0093】
培地にはさらに、本明細書中で上記した、インスリン産生細胞への分化の誘導に有効な物質を添加してもよい。
【0094】
さらに本発明においては、例えば、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、及びcAMP誘導剤を生体に投与することによって、生体内において体細胞からインスリン産生細胞を製造することもできる。即ち、本発明によれば、例えば、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、及びcAMP誘導剤を生体に投与することを含む、生体内において体細胞からインスリン産生細胞を製造する方法が提供される。生体に投与する当該阻害剤等の好ましい組み合わせは、本明細書中に記載した通りである。また、生体としては、ヒト、ヒト以外の哺乳動物、及び哺乳動物以外の動物(鳥類、爬虫類、両生類、魚類等)が例示されるが、ヒトが特に好ましい。例えば、GSK3阻害剤、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、p53阻害剤、PI3K阻害剤、Notch阻害剤、及びRARアゴニストからなる群から選択される6種又は全部、及びcAMP誘導剤を生体内の特定部位に投与することによって、上記特定部位において、体細胞からインスリン産生細胞を製造することができる。
【実施例】
【0095】
以下、実施例や試験例により本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例等に記載の範囲に限定されるものではない。
【0096】
実施例 インスリン産生細胞の製造
<ヒト線維芽細胞からインスリン産生細胞への直接誘導>
(1)ヒト線維芽細胞
材料としたヒト線維芽細胞はDSファーマバイオメディカル株式会社から購入した。38才のヒト皮膚に由来する線維芽細胞である。
【0097】
(2)ヒト線維芽細胞からのインスリン産生細胞への直接誘導
ヒト線維芽細胞を、ゼラチン(Cat#:190-15805,和光純薬工業社製)でコーティングされた35mmディッシュに5×104個ずつ播種し、10%ウシ胎児血清(Fetal bovine serum;FBS)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを添加したDMEM培地(Gibco社製)で、37℃、5%CO2条件下でコンフルエントになるまで培養した。なおDMEMは、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)を示す。
【0098】
上記のヒト線維芽細胞のディッシュの培地を、10%ウシ胎児血清(FBS、Hyclone社製)、ITS-X(Cat#:51500056、Gibco社製)、非必須アミノ酸(NEAA:Non-essential amino acids;Cat#:11140050、Gibco社製)、Glutamine(Gibco社製;終濃度2mmol/L)、ニコチンアミド(Cat#:72340-100G、Sigma-Aldrich社製;終濃度10mmol/L)、Exendin-4(Cat#:av120214、Abcam社製;終濃度100ng/mL)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン、及び下記の低分子化合物を添加したDMEM/F12(Gibco社製)に培地を交換した。その後、3日毎に同組成の培地へ培地交換を行いながら、37℃、5% CO2条件下で培養した。
【0099】
<低分子化合物>
1μM CHIR99021(Cat#:13122,Cayman Chemical)
2μM SB431542(Cat#:198-16543,Wako)
1μM LDN193189(Cat#:124-06011,Wako)
5μM ピフィスリン-α(Cat#:162-23133,Wako)
7.5μM フォルスコリン(Cat#:063-02193,Wako)
2.5μM LY294002(Cat#:70920,Cayman Chemical)
5μM DAPT(Cat#:sc-201315,Santa Cruz Biotechnology)
1μM レチノイン酸(Cat#:186-01114,Wako)
【0100】
(3)結果
上記(2)に従って培養した結果を表1に示す。表中、「+」は培地中に当該化合物が存在することを示し、「-」は培地中に当該化合物が存在しないことを示す。
【0101】
【0102】
そして、低分子化合物を添加して培養後17日目に細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定した後、免疫染色を行った。染色には抗Insulin抗体(sc-9168、Santa Cruz Biotechnology社製;200倍希釈で使用)を使用した。その結果を
図2に示す。図中、緑がInsulinの染色結果、青がDAPI(4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール)による核染色を示す。なお、
図2はグレー表示であるため、青色と緑色等は表示されないが、実際のオリジナル写真では、青色と緑色等が表示されている。
【0103】
また、表1のように、実施例1の化合物の組み合わせから一つずつ特定の化合物を除き、Insulinを発現する細胞への変換に必要な化合物の重要性を評価した(培養開始後19日目)。その結果を
図3と4に示す。そして、Mercodia Ultrasensitive Insulin ELISA Kit(Mercodia社製)を用いて、24時間後における上清中のInsulinの分泌量と、測定後の細胞内Insulinの残存量について定量し、細胞の総タンパク質1mgあたりの量として計算した。その結果を
図5に示す。図中の「8C-LDN,RA」は、実施例1の組み合わせ化合物から、LDN193189とレチノイン酸とを除いた組み合わせ化合物であることを示す。
【0104】
(4)インスリン産生細胞の評価
図1に示すように、当該低分子化合物群を添加して培養後、線維芽細胞とは明らかに形態の異なる、より球形かつ小さいサイズの細胞が現れた。
図2に示すように、これらの細胞の中のある一定数でInsulinの染色が見られ、相対的にDAPIで染色された細胞核ではなく細胞質でより強い染色が観察された。またこれらの細胞に緑色のInsulinの染色とオーバーラップする明確な自家蛍光は見られなかった。表1及び
図3、
図4から明らかな通り、このInsulinを発現する細胞への変換には、フォルスコリン(cAMP誘導剤)またはLY294002(PI3K阻害剤)が特に重要であることが分かった。
図5に示すように、上清中のInsulinの分泌量と測定後の細胞内Insulinの残存量は、ともに化合物を添加した細胞において上昇した。
【0105】
試験例
下記低分子化合物の組み合わせについて、前記実施例と同様に添加して細胞培養を行った。材料としたヒト線維芽細胞は、DSファーマバイオメディカル株式会社から購入した、0才、38才、又は49才のヒト皮膚に由来する線維芽細胞である。そして、Mercodia Ultrasensitive Insulin ELISA Kit(Mercodia社製)を用いて、当該化合物群を添加して24時間後における上清中のInsulinの分泌量を定量し、10
5細胞あたりの量として計算した(n=3)。その結果を
図6に示す。左図は0才の線維芽細胞を用いた結果を、中図は38才の線維芽細胞を用いた結果を、右図は49才の線維芽細胞を用いた結果を、それぞれ表す。各図において、「化合物なし」は下記低分子化合物を一つも添加しなかった場合の結果であることを、「5C」は下記低分子化合物を全て添加した場合の結果であることを示す。エラーバーは標準偏差を表し、アスタリスクはスチューデントのt検定による有意差(*P<0.05,**P<0.01)を表す。
【0106】
<低分子化合物>
3μM CHIR99021(Cat#:13122,Cayman Chemical)
2μM SB431542(Cat#:198-16543,Wako)
7.5μM フォルスコリン(Cat#:063-02193,Wako)
5μM LY294002(Cat#:70920,Cayman Chemical)
5μM DAPT(Cat#:sc-201315,Santa Cruz Biotechnology)
【0107】
図6に示すように、いずれの線維芽細胞においても上清中のInsulinの分泌量は、当該低分子化合物群(5C)を添加した細胞において上昇した。