(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-22
(45)【発行日】2023-03-30
(54)【発明の名称】酸味マスキング剤および酸味マスキング方法
(51)【国際特許分類】
A23L 27/00 20160101AFI20230323BHJP
A23L 29/00 20160101ALI20230323BHJP
【FI】
A23L27/00 Z
A23L29/00
(21)【出願番号】P 2018173009
(22)【出願日】2018-09-14
【審査請求日】2021-08-30
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小林 恵里奈
【審査官】高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-187207(JP,A)
【文献】特開2003-169627(JP,A)
【文献】特開2002-034498(JP,A)
【文献】特開2007-054001(JP,A)
【文献】特開2014-200212(JP,A)
【文献】特開2009-044978(JP,A)
【文献】国際公開第2017/065240(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/00
A23L 29/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/AGRICOLA/FSTA(STN)
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールから選ばれるいずれか1種以上のグアイヤコール類化合物および酵母エキスを含有することを特徴とする、酢酸またはその塩の酸味マスキング剤。
【請求項2】
請求項1記載の酸味マスキング剤および酢酸またはその塩を含有する飲食用組成物。
【請求項3】
4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールから選ばれるいずれか1種以上のグアイヤコール類化合物および酵母エキスと酢酸またはその塩とを共存させることを特徴とする酢酸またはその塩の酸味をマスキングする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸味マスキング剤および酸味マスキング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食品の腐敗防止や日持ち向上等の目的で、酢酸や酢酸ナトリウム等の酸成分が飲食品中に添加されることがある。これらの酸成分は、腐敗防止や日持ち向上の効果を示す一方で、濃度によっては飲食品に酸味や塩による異味を付与することもある。酸味については、食品中の含有量が多いと、摂食直後にむせるような「先味」のピークが感じられた後、やや遅れて「中味」のピークが感じられ、時間経過とともに「後味」の酸味が徐々に収束するとされている。通常、「先味」のピークは中味より立ち上がりが鋭く、多くの飲食品の風味にとって好ましくないものとされており、「酢カド」と称されることもある。
【0003】
このような酸味や酸臭を低減、抑制もしくはマスキングする手段として、スクラロース(特許文献1参照)、アドバンテーム(特許文献2参照)、マルチトール(特許文献3参照)、エリスリトール(特許文献3参照)等の甘味料を用いる方法、植物由来のタンパク質加水分解物を用いる方法(特許文献4参照)、5’-ウリジル酸ナトリウムおよび/または5’-シチジル酸ナトリウムを用いる方法(特許文献5参照)、昆布のだし汁あるいはエキスを用いる方法(特許文献6参照)、糖類と動植物タンパク質加水分解物を用いる方法(特許文献7参照)、乳酸発酵酵母エキスを用いる方法(特許文献8参照)、分岐鎖アミノ酸を多く含む酵母エキスを用いる方法(特許文献9参照)、雑穀類の熱水抽出液及びガム質を用いる方法等様々な方法が知られている。
【0004】
一方、4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールから選ばれるいずれか1種以上のグアイヤコール類化合物は、酒類における香り成分としてだけでなく、逆にオフフレーバー成分としても知られているが、グアイヤコール類化合物が酸味マスキング効果を有するとの報告はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第3916281号公報
【文献】特開2016-93176号公報
【文献】特開2003-144115号公報
【文献】特開2002-101845号公報
【0006】
【文献】特許第3962070号公報
【文献】特開2001-78700号公報
【文献】特開平9-248148号公報
【文献】特開2013-78265号公報
【文献】特開2014-200212号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のとおり、酢酸やその塩は、好ましくない「酢カド」と称されることもある鋭い酸味を先味として呈する。したがって、少なくとも先味の強度を、低減、抑制もしくはマスキング(以下、本明細書中では、酸味の低減、抑制またはマスキングを区別することなく、単にマスキングという)できれば、酢酸や酢酸ナトリウム等を飲食品に使用しやすくなると考えられる。しかし、酸味の先味を十分にマスキングできる量の酸味マスキング剤を単独で飲食品に使用すると、飲食品の風味のバランスを崩すことが懸念される。
【0008】
したがって、本発明の目的は、酢酸もしくはその塩を含有する日持ち向上剤や飲食品に用いられる酸味マスキング剤であって、飲食品の風味のバランスを崩しにくい酸味マスキング剤、または該酸味マスキング剤を含有する日持ち向上剤もしくは飲食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の(1)~(3)に関する。
(1)4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールから選ばれるいずれか1種以上のグアイヤコール類化合物および酵母エキスを含有することを特徴とする、酢酸またはその塩の酸味マスキング剤。
(2)上記(1)の酸味マスキング剤および酢酸またはその塩を含有する飲食用組成物。
【0010】
(3)4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールから選ばれるいずれか1種以上のグアイヤコール類化合物および酵母エキスと酢酸またはその塩とを共存させることを特徴とする酢酸またはその塩の酸味をマスキングする方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、酢酸またはその塩に起因する飲食品の酸味を、飲食品の風味のバランスを崩すことなくマスキングできる酸味マスキング剤、または該酸味マスキング剤を含有する飲食品等の組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の酸味マスキング剤は、4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールから選ばれるいずれか1種以上のグアイヤコール類化合物および酵母エキスを含有する組成物である。本発明の酸味マスキング剤中、グアイヤコール類化合物は、酵母エキスと別々に含まれていてもよいが、酵母エキス中に含まれていてもよい。
【0013】
本発明に用いられる酵母エキスとしては、製パン、醸造等に用いられる酵母であるサッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母、特にサッカロミセス・セレビシェ(Saccharomyces
cerevisiae)や、トルラ酵母とよばれるキャンディダ・ユティリス(Candida
utilis)等の酵母菌体を原料として、自己消化、酵素処理により分解してエキス化したものであればいずれでもよい。酵母エキスは、市販品を用いてもよい。
【0014】
酵母エキスは、4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールから選ばれるいずれか1種以上のグアイヤコール類化合物を含有する酵母エキスであってもよい。グアイヤコール類化合物を含有する酵母エキスにおけるグアイヤコール類化合物の含有量は特に限定されないが、通常は、1~50ppm(10-4~5×10-3重量%)である。グアイヤコール類化合物は、ガスクロマトグラフィーを用いる常法により定量することができる。
【0015】
本発明の酸味マスキング剤におけるグアイヤコール類化合物および酵母エキスの含有量は特に限定されないが、総量は、通常、乾燥重量として1~100重量%であり、好ましくは5~100重量%である。
【0016】
本発明の酸味マスキング剤は、飲食品の日持ち向上、pH調整、酸味付与等に使用される酢酸またはその塩と共存させた場合、該酢酸またはその塩に由来する酸味、特に先味をバランスよくマスキングすることができる。酢酸の塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩等があげられる。例えば、酢酸ナトリウムは、飲食品の日持ち向上やpH調整に好適に用いられる。
【0017】
本発明の酸味マスキング剤は、酸味マスキング効果を損なわない限り、食品に利用可能な他の成分を含有してもよく、また、別途併用してもよい。
例えば、酸味マスキングの対象となる食品が、カリウム塩、マグネシウム塩やその他の苦味成分やエグ味成分による苦味やエグ味を有する場合は、本発明の酸味マスキング剤中に、みりん、好ましくは煮切ったみりん(煮切りみりん、ともいう)を含有させるか、または本発明の酸味マスキング剤とみりん、好ましくは煮切りみりんとを併用すると、酢酸の塩に由来する該苦味やエグ味等の異味もマスキングでき、好ましい。
【0018】
その他、本発明の酸味マスキング剤に含有させてもよい、または本発明の酸味マスキング剤と併用してよい他の成分として、塩化ナトリウム等の無機塩、グルタミン酸ナトリウム、グリシン、アラニン等のアミノ酸、イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウム等の核酸、ショ糖、ブドウ糖、乳糖等の糖、畜肉エキス、家禽エキス、魚介エキス等のエキス類、砂糖、アセスルファムカリウム、アスパルテーム、カンゾウ抽出物、サッカリン、サッカリンナトリウム、スクラロース、ステビア、グリチルリチン二カリウム、ソーマチン等の甘味料、アスコルビン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、脂肪酸等のカルボン酸等の酸またはその塩(酢酸またはその塩を除く)、アスコルビン酸、エリソルビン酸、カテキン、ジブチルヒドロキシトルエン、トコフェロール、ブチルヒドロキシアニソール等の抗酸化剤、スパイス類、ハーブ類等の香辛料、澱粉や加工デンプン、その他多糖類等の賦形剤、香料、着色剤等の飲食品に使用可能な添加物があげられる。
【0019】
本発明の酸味マスキング剤は、固体、液体、粉粒体等のいずれの形態であってもよい。
本発明の酸味マスキング剤および酢酸またはその塩を含有する飲食用組成物(以下、本発明の飲食用組成物ともいう)は、日持ち向上剤、pH調整剤、酸味料等として用いてもよく、また飲食品として用いてもよい。飲食品としては、例えば、ハンバーグ、サラダ、卵焼き、鶏唐揚げ、鶏照焼き、フライ食品、和え物、煮物等の惣菜類、蒲鉾、竹輪等の水産練製品、ハム、ソーセージ、ウインナー等の畜肉製品、パン類、ケーキ類、菓子類、麺類、ソース、醤油、マヨネーズ、ケチャップ、食酢、黒酢、ドレッシング、マヨネーズ、ケチャップ、たれ、マリネ、なます等の調味料、南蛮漬け、酢豚、酢飯、酢酸含有飲料等があげられる。
【0020】
本発明の酸味マスキング剤は、本発明の飲食用組成物の製造時に製造原料とともに含有させてもよく、製造後に含有させてもよい。また、既存の飲食用組成物に添加して含有させてもよい。
【0021】
本発明の飲食用組成物中に存在させる本発明の酸味マスキング剤の量は、本発明の飲食用組成物に含まれる酢酸またはその塩の量に応じて適宜設定すればよいが、飲食用組成物中の酢酸含有量が0.1~3重量%程度である場合は、飲食品用組成物中のグアイヤコール類化合物は該食品組成物中0.01~1ppm(10-6~10-4重量%)であり、酵母エキスの乾燥重量として、0.1~5重量%程度である。
以下、本発明の実施例を示すが、本発明は係る実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0022】
(1)表1記載の配合で煮物調味料(対照区ならびに実施区1および2)を調製した。
原材料は、いずれも市販のものを用いた。なお、日持向上剤は、酢酸ナトリウムを82重量%含有するものである。
また、酵母エキスについては、グアイヤコール類化合物の含有量を調べるため、SPME法による固層抽出を行い、ガスクロマトグラフ質量分析計(島津社製)を用いて分析した。保持時間と質量分析の結果から、該酵母エキスには、4-ビニルグアイヤコール、4-エチルグアイヤコール、4-プロピルグアイヤコールおよびグアイヤコールが含まれていることが分かった。グアイヤコール類化合物の標準サンプルを用いて、各成分を定量したところ合計で32ppmであった。
【0023】
【0024】
それぞれの煮物調味料の、「酸味」、「エグ味」、「刺激」、「味のまとまり」および「煮物調味料としての好ましさ」について、それぞれ、6名の訓練されたパネラーにより、対照区の点数を4点として、強い方、または好ましい方を7点側、弱い方、または好ましくない方を1点側とする7点評価法にて官能評価した。
【0025】
結果を表2に示す。
「酸味」、「エグ味」および「刺激」については、点数の低い方が望ましく、「味のまとまり」および「煮物調味料としての好ましさ」については点数の高い方が望ましい。
【0026】
【0027】
表2に示すとおり、グアイヤコール類化合物を含有する酵母エキスを添加した煮物調味液(実施区1)では、酢酸ナトリウムを主成分とするpH調整剤に起因する酸味が抑えられており、煮物調味液としての好ましさが向上していた。また、煮切りみりんを添加した煮物調味液(実施区2)では、さらにエグ味が抑えられており、好ましい煮物調味液となっていた。
また、上記試験とは別に、グアイヤコール類化合物を含有する他の酵母エキスについても酸味マスキング効果を調べたところ、同様な傾向が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明によれば、酢酸またはその塩に起因する飲食品の酸味を、飲食品の風味のバランスを崩すことなくマスキングできる酸味マスキング剤、または該酸味マスキング剤を含有する飲食品等の組成物を提供することができる。