(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-23
(45)【発行日】2023-03-31
(54)【発明の名称】麦芽香気を制御したビール風味発酵麦芽飲料
(51)【国際特許分類】
C12C 7/04 20060101AFI20230324BHJP
C12C 5/02 20060101ALI20230324BHJP
C12G 3/02 20190101ALI20230324BHJP
【FI】
C12C7/04
C12C5/02
C12G3/02
(21)【出願番号】P 2018237461
(22)【出願日】2018-12-19
【審査請求日】2021-12-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(72)【発明者】
【氏名】前田 英樹
(72)【発明者】
【氏名】塚原 多恵子
【審査官】山村 周平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/078360(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/078359(WO,A1)
【文献】特開2016-059326(JP,A)
【文献】特開2006-191910(JP,A)
【文献】特開2015-053877(JP,A)
【文献】特開2015-027309(JP,A)
【文献】国際公開第2010/079643(WO,A1)
【文献】Loredana Liguori et al.,Quality Improvement of Low Alcohol Craft Beer Produced by Evaporative Pertraction,Chemical Engineering Transactions,2015年,Vol.43,p.13-18
【文献】BART VANDERHAEGEN et al.,Influence of the Brewing Process on Furfuryl Ethyl Ether Formation during Beer Aging,J. Agric. Food Chem.,2004年,Vol.52,p.6755-6764
【文献】Loredana Liguori et al.,Production and characterization of alcohol-free beer by membrane process,Food and Bioproducts Processing,2015年,Vol.94,p.158-168
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12C 1/00-13/10
C12G 1/00-3/08
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェニルアセトアルデヒドを25~35ppbの濃度で含んでなり、フルフリルアルコールを0.75ppm以上1.00ppm未満の濃度で含んでなる、ビール風味発酵麦芽飲料。
【請求項2】
フェニルアセトアルデヒドの含有量が28~34ppbである、請求項1に記載のビール風味発酵麦芽飲料。
【請求項3】
フルフリルアルコールの含有量が0.75~0.95ppmである、請求項1または2に記載のビール風味発酵麦芽飲料。
【請求項4】
ビールである、請求項1~3のいずれか一項に記載のビール風味発酵麦芽飲料。
【請求項5】
ビール風味発酵麦芽飲料を製造する方法であって、飲料中のフェニルアセトアルデヒドの含有量を25~35ppbの濃度に調整し、フルフリルアルコールの含有量を0.75ppm以上1.00ppm未満の濃度に調整することを含んでなる、方法。
【請求項6】
ビール風味発酵麦芽飲料において、甘香ばしい香気を増強するとともに、焦げた香りを低減する方法であって、飲料中のフェニルアセトアルデヒドの含有量を25~35ppbの濃度に調整し、フルフリルアルコールの含有量を0.75ppm以上1.00ppm未満の濃度に調整することを含んでなる、方法。
【請求項7】
フェニルアセトアルデヒドの含有量が28~34ppbに調整される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
フルフリルアルコールの含有量が0.75~0.95ppmに調整される、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
前記ビール風味発酵麦芽飲料がビールである、請求項6~8のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
技術分野
本発明は、ビール風味発酵麦芽飲料に関する。
【0002】
背景技術
近年、消費者の嗜好の多様化にともなって、様々な香味特徴をもつ飲料の開発が望まれている。
【0003】
ビールテイスト飲料の一種であるビールや発泡酒は、主原料として麦芽、ホップおよび水を用いて製造され、副原料として麦、米、コーン、こうりゃん、馬鈴薯、スターチ、糖類等の澱粉質原料が用いられることもある。
【0004】
非特許文献1には、ビールや発泡酒の製造において、味の厚みや香ばしさを付与するために、麦汁を100℃で煮沸することが記載されている。
【0005】
特許文献1には、種々のタンパクを酵素により加水分解して製造される遊離のアミノ酸およびペプチドを含むタンパク加水分解物が記載されている。このタンパク加水分解物は食品の風味の改善に有効であることが記載されており、さらに、タンパク加水分解物中の遊離アミノ酸の風味を強化するために、グルタミン酸と5’-リボヌクレオチドとを組み合わせることが記載されている。また、他の風味の強化として、遊離アミノ酸と糖とをメイラード反応させて、その反応生成物を食品等に使用することが開示されている。このようなメイラード反応は、食品の調理や製造に際して、高温が加えられた場合、食品中の糖と遊離アミノ酸との間に起ることが知られており、メイラード反応生成物は強い味及び香りの特徴を示すと記載されている。しかしながら、特許文献1には、ビールテイスト飲料の製造に際して、飲料の風味を改善するためにどのような材料を具体的にどのような条件で加熱すればよいのかについては記載されていない。
【0006】
特許文献2には、タンパク分解物と糖とのメイラード反応物、またはその調製物を用いて発酵飲料の液色および風味を調整することにより、ビール様の自然な色度や風味を付与することが開示されている。特許文献2には、メイラード反応は、105~121℃の温度で行なわれると記載されている。また、特許文献2には、発酵飲料の製造に際して、メイラード反応物または調製物のフルフラール成分、メチオナール成分、又はフェニルアセトアルデヒド成分のうちのいずれか1以上を指標とすることができると記載されている。
【0007】
上記の文献によれば、ビール風味発酵麦芽飲料の製造工程において熱負荷を与えることにより、好ましい香気を付与し得るものと考えられるが、熱負荷により好ましくない香気、例えば焦げた香り、も付与されるため、好ましい香気だけを付与する条件の解明が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特表2004-511241号公報
【文献】特許第3836117号
【非特許文献】
【0009】
【文献】宮地秀夫著「ビール醸造技術」食品産業新聞社出版、1999年12月発行、第242頁
【発明の概要】
【0010】
本発明者らは、ビール風味発酵麦芽飲料において、飲料中のフェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの含有量を所定の範囲に制御することにより、甘香ばしい香気を増強するとともに、焦げた香りを低減できることを見出した。さらに、このようなビール風味発酵麦芽飲料の好ましい製法として、使用する麦芽の一部を糖化後に所定の条件下で加熱処理する工程を含む方法を見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0011】
従って、本発明は、甘香ばしい香気が増強されるとともに、焦げた香りが低減されたビール風味発酵麦芽飲料およびその製法を提供することを目的とする。
【0012】
そして、本発明は以下の発明を包含する。
(1)フェニルアセトアルデヒドを25~35ppbの濃度で含んでなり、フルフリルアルコールを0.75ppm以上1.00ppm未満の濃度で含んでなる、ビール風味発酵麦芽飲料。
(2)フェニルアセトアルデヒドの含有量が28~34ppbである、前記(1)に記載のビール風味発酵麦芽飲料。
(3)フルフリルアルコールの含有量が0.75~0.95ppmである、前記(1)または(2)に記載のビール風味発酵麦芽飲料。
(4)ビールである、前記(1)~(3)のいずれかに記載のビール風味発酵麦芽飲料。
(5)ビール風味発酵麦芽飲料を製造する方法であって、飲料中のフェニルアセトアルデヒドの含有量を25~35ppbの濃度に調整し、フルフリルアルコールの含有量を0.75ppm以上1.00ppm未満の濃度に調整することを含んでなる、方法。
(6)ビール風味発酵麦芽飲料を製造する方法であって、
(a)発酵原料として使用される全麦芽の26~40質量%について、糖化処理を行った後に、100℃を超え、120℃以下の温度での高温加熱処理を行うことにより、糖化後高温加熱処理醪を得る工程、
(b)残りの麦芽について、糖化処理を行うことにより、糖化後醪を得る工程、
(c)前記糖化後高温加熱処理醪と前記糖化後醪とを混合し、得られた混合物から麦汁を得る工程、および
(d)得られた麦汁を用いてビール風味発酵麦芽飲料を製造する工程
を含んでなる、方法。
(7)前記高温加熱処理が108~116℃の温度で行われる、前記(6)に記載の方法。
(8)前記糖化後高温加熱処理醪を得る工程における糖化処理が、30分間を超え、60分間以下の時間行われる、前記(6)または(7)に記載の方法。
(9)前記糖化後高温加熱処理醪を得る工程における糖化処理が、45~60分間行われる、前記(6)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)ビール風味発酵麦芽飲料において、甘香ばしい香気を増強するとともに、焦げた香りを低減する方法であって、飲料中のフェニルアセトアルデヒドの含有量を25~35ppbの濃度に調整し、フルフリルアルコールの含有量を0.75ppm以上1.00ppm未満の濃度に調整することを含んでなる、方法。
【0013】
本発明によれば、ビール風味発酵麦芽飲料において、甘香ばしい香気を増強するとともに、焦げた香りを低減することが可能となる。さらに、本発明によれば、ビール風味発酵麦芽飲料において、溜飲後に持続する味の余韻の度合いを増強することや、舌で味を感じる時の口当たりの柔らかさを阻害する雑味を低減することも可能である。
【発明の具体的説明】
【0014】
本発明において「ビール風味発酵麦芽飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、原料として少なくとも麦芽およびホップを使用した飲料を意味する。このようなビール風味発酵麦芽飲料としては、ビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)などが挙げられる。本発明のビール風味発酵麦芽飲料は、好ましくは麦芽比率50%以上、より好ましくは麦芽比率100%の発酵麦芽飲料とされる。本発明の好ましい実施態様によれば、本発明のビール風味発酵麦芽飲料はビールとされる。
【0015】
本明細書において「ppb」および「ppm」は、それぞれ「μg/L」および「mg/L」と同義である。
【0016】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料は、フェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールをそれぞれ所定の含有量で含有することを特徴とする。
【0017】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料中のフェニルアセトアルデヒドの含有量は、25~35ppbとされる。フェニルアセトアルデヒドの含有量の下限値は、好ましくは28ppbとされ、上限値は、好ましくは34ppbとされる。本発明の特に好ましい実施態様によれば、本発明のビール風味発酵麦芽飲料中のフェニルアセトアルデヒドの含有量は、28~34ppbとされる。
【0018】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料中のフルフリルアルコールの含有量は、0.75ppm以上1.00ppm未満とされる。フルフリルアルコールの含有量の上限値は、好ましくは0.95ppmとされる。本発明の特に好ましい実施態様によれば、本発明のビール風味発酵麦芽飲料中のフルフリルアルコールの含有量は、0.75~0.95ppmとされる。
【0019】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料中のフェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの含有量は、質量分析計付きガスクロマトグラフィー(GC/MS)により測定することができる。
【0020】
このGC/MS分析は、具体的には、次のように実施することができる。まず、フルフリルアルコールの定量では、ビール風味発酵麦芽飲料中の香気成分をC18固相抽出カラムで分離し、得られた非吸着画分を酢酸エチルで抽出し、得られた抽出物を分析用試料として用いる。フェニルアセトアルデヒドの定量では、ビール風味発酵麦芽飲料中の香気成分をC18固相抽出カラムで分離し、酢酸エチル溶出画分を分析用試料として用いる。定量は内部標準法によって行い、内部標準物質にはボルネオール(Borneol)を用い、分析用試料中25ppbになるよう添加する。GC/MS分析の条件は、後記実施例に記載の表1に従うことができる。
【0021】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料の色度は特に限定されるものではないが、甘香ばしい香気を増強するという本発明の効果は、色度の低いビール風味発酵麦芽飲料において特に有用である。従って、本発明の好ましい実施態様によれば、本発明のビール風味発酵麦芽飲料の色度は5~30EBC、より好ましくは5~20EBCとされる。
【0022】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料は、フェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの含有量を、上記の含有量となるように調整することにより製造することができる。これら物質の取得源は特に限定されるものではなく、市販のもの、合成して得られたもの、あるいは天然物から単離・精製されたもののいずれを用いてもよく、さらには、これら物質を含有する材料(原料)の形で用いてもよい。また、これら物質の飲料中の含有量の調整は、これら物質の添加によって行ってもよいし、これら物質を含有する材料(原料)の使用量の増減によって行ってもよいし、あるいは、ビール風味発酵麦芽飲料の製造における各種条件の変更によって行ってもよい。
【0023】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料は、また、発酵原料として使用される全麦芽の26~40質量%について、糖化処理を行った後に、100℃を超え、120℃以下の温度での高温加熱処理を行うことによって製造することができる。このような高温加熱処理は通常は行われず、前例もないため、この処理を含むビール風味発酵麦芽飲料の製法は本発明の一つの態様をなす。
【0024】
従って、本発明の他の態様によれば、ビール風味発酵麦芽飲料を製造する方法が提供され、該方法は、
(a)発酵原料として使用される全麦芽の26~40質量%について、糖化処理を行った後に、100℃を超え、120℃以下の温度での高温加熱処理を行うことにより、糖化後高温加熱処理醪を得る工程、
(b)残りの麦芽について、糖化処理を行うことにより、糖化後醪を得る工程、
(c)前記糖化後高温加熱処理醪と前記糖化後醪とを混合し、得られた混合物から麦汁を得る工程、および
(d)得られた麦汁を用いてビール風味発酵麦芽飲料を製造する工程
を含んでなる。
【0025】
本発明に用いられる麦芽は、大麦麦芽、小麦麦芽およびこれらの混合物のいずれであってもよい。一つの実施態様では、本発明に用いられる麦芽は大麦麦芽とされる。
【0026】
工程(a)における糖化処理は、ビールの製造において行われる通常の糖化処理であればよい。例えば、糖化処理の温度条件は、麦芽に含まれる糖化酵素が働きやすい温度であればよく、通常は50~70℃、例えば約65℃とするとよい。糖化処理の継続時間も特に限定されるものではなく、当業者が適宜設定することができるが、工程(a)ではやや短めに設定するとよく、例えば、30分間を超え、60分間以下とすることができ、好ましくは45~60分間とすることができる。
【0027】
工程(a)における高温加熱処理は、100℃を超え、120℃以下の温度、好ましくは108~116℃の温度で行われる。高温加熱処理の継続時間は特に限定されるものではないが、例えば、10~60分間、好ましくは15~45分間、より好ましくは20~40分間、さらに好ましくは25~35分間とされ、最も好ましくは約30分間とされる。
【0028】
工程(b)における糖化処理は、ビールの製造において行われる通常の糖化処理であればよい。例えば、糖化処理の温度条件は、麦芽に含まれる糖化酵素が働きやすい温度であればよく、通常は50~70℃、例えば約65℃とするとよい。糖化処理の継続時間も特に限定されるものではなく、当業者が適宜設定することができるが、例えば50~140分間、好ましくは70~120分間、より好ましくは85~105分間とすることができる。糖化処理が終わった後は、通常、糖化酵素を失活させるために78℃程度まで温度を上昇させ、その温度で5分間程度保持される。
【0029】
工程(c)では、前記糖化後高温加熱処理醪と前記糖化後醪とを混合し、得られた混合物から麦汁を得る。前記糖化後高温加熱処理醪と前記糖化後醪とを混合する時期は、工程(b)における糖化処理が終わった後、麦汁を搾るまでの間であればいつでもよい。また、混合する際の前記糖化後高温加熱処理醪の温度は十分に冷却されていることが望ましく、例えば、糖化酵素を失活させるための温度(例えば78℃程度)と同じか、これよりも低い温度であることが望ましい。例えば、工程(b)における麦芽の状態に影響を与えないために、工程(b)における糖化処理が終わった後、糖化酵素を失活させるための温度(例えば78℃程度)まで温度を上昇させる途中で、前記糖化後麦芽と同じ温度の前記糖化後高温加熱処理醪を混合することは好ましい手順である。
【0030】
工程(d)では、工程(c)において得られた麦汁を用いてビール風味発酵麦芽飲料が製造される。麦汁を出発点とするビール風味発酵麦芽飲料の製造は、当業者に公知の手順に従って行えばよく、例えば、麦汁煮沸工程、冷却工程、ビール酵母による発酵工程、熟成工程をこの順番で行うことができる。ホップの添加量や添加時期は特に限定されるものではなく、ビール風味発酵麦芽飲料に付与したいホップ香気や苦味に応じて、当業者であれば適宜決定することができる。
【0031】
本発明のビール風味発酵麦芽飲料の製造には、ホップ、麦芽以外に、米、とうもろこし、こうりゃん、馬鈴薯、でんぷん、糖類(例えば、液糖)、果実、コリアンダー等の酒税法で定める副原料や、タンパク質分解物、酵母エキス等の窒素源、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物を醸造原料として使用することができる。得られた発酵麦芽飲料は、(i)減圧若しくは常圧で蒸留してアルコールおよび低沸点成分を除去するか、あるいは(ii)逆浸透(RO)膜にてアルコールおよび低分子成分を除去することによって、非アルコール発酵麦芽飲料とすることもできる。
【0032】
本発明によれば、ビール風味発酵麦芽飲料において、甘香ばしい香気を増強するとともに、焦げた香りを低減することが可能となる。従って、本発明の他の態様によれば、ビール風味発酵麦芽飲料において、甘香ばしい香気を増強するとともに、焦げた香りを低減する方法が提供され、該方法は、飲料中のフェニルアセトアルデヒドの含有量およびフルフリルアルコールの含有量を上述の濃度に調整することを含んでなる。
【実施例】
【0033】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0034】
実施例1:甘香ばしい香気を増強し、焦げた香気を低減するための加熱処理温度の検討
本実施例では、甘香ばしい香気を増強し、焦げた香気を低減するための、糖化後の麦芽の加熱処理温度の検討を行った。
【0035】
(1)各種試飲サンプルの調製
サンプル1
サンプル1としては、主原料として大麦麦芽を用いた市販ビールを用意した。
【0036】
サンプル2~5の麦汁作製条件
ビール風味発酵麦芽飲料の製造においては、主原料として大麦麦芽を使用し、65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽33質量部を投入し、95分保持した。同時に、主原料の26質量%を別容器で事前に糖化させた後に加熱した。その後、両者の醪を混合させながら加熱し、最終的に78℃まで昇温させ、5分保持した後、濾過して麦汁を得た。別容器での事前糖化および加熱は、具体的には以下のように行なった。
【0037】
サンプル2の加熱処理条件
65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽40質量部を投入し、45分保持した後、78℃に昇温し5分保持した後、100℃に昇温して30分間加熱した。
【0038】
サンプル3の加熱処理条件
65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽40質量部を投入し、45分保持した後、78℃に昇温し5分保持した後、108℃に昇温して30分間加熱した。
【0039】
サンプル4の加熱処理条件
65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽40質量部を投入し、45分保持した後、78℃に昇温し5分保持した後、116℃に昇温して30分間加熱した。
【0040】
サンプル5の加熱処理条件
65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽40質量部を投入し、45分保持した後、78℃に昇温し5分保持した後、123℃に昇温して30分間加熱した。
【0041】
上記の麦汁調製工程で得られたそれぞれの麦汁にホップを投入して100℃で90分間煮沸した後、麦汁静置を行ない、トリューブを分離した後、冷却して発酵前液を得た。その後、発酵前液に下面発酵酵母を添加し、常法に従って主発酵および後発酵を行なった。続いて、後発酵後の発酵液をより低温で保持することにより貯蔵を行ない、濾過して、清澄なビール風味発酵麦芽飲料(サンプル2~5)を得た。使用したホップおよび酵母の種類、主発酵と後発酵の条件はサンプル2~5で同一とした。
【0042】
(2)色度の測定
飲料の色度の測定は、BCOJビール分析法(ビール酒造組合)に則って行った。
【0043】
(3)フェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの定量
飲料中のフェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの含有量は、質量分析計付きガスクロマトグラフィー(GC/MS)により測定した。このGC/MS分析は、具体的には、次のように実施した。まず、フルフリルアルコールの定量では、ビール風味発酵麦芽飲料中の香気成分をC18固相抽出カラムで分離し、得られた非吸着画分を酢酸エチルで抽出し、得られた抽出物を分析用試料として用いた。フェニルアセトアルデヒドの定量では、ビール風味発酵麦芽飲料中の香気成分をC18固相抽出カラムで分離し、酢酸エチル溶出画分を分析用試料として用いた。定量は内部標準法によって行い、内部標準物質にはボルネオール(Borneol)を用い、分析用試料中25ppbになるよう添加した。GC/MS分析の条件は、下記の表1に示す。
【0044】
【0045】
(4)官能評価
サンプル1(市販ビール)およびサンプル2~5に関して、5名の訓練されたパネルによって官能評価を実施した。評価項目としては、好ましい香味として「甘香ばしい香り」(カラメルを想起させる甘くかつ香ばしい立ち香および戻り香)および「味の持続性」(溜飲後に持続する味の余韻の度合)とし、好ましくない香味として「焦げた香り」(黒く焼けた穀物を想起させる焦げた立ち香および戻り香)および「ざらつき」(舌で味を感じる時の口当たりの柔らかさを阻害する雑味)とした。各項目について、サンプル1の全項目のスコアを2点として事前にパネル間ですり合わせたうえ、1(弱い)~9(強い)点の9段階スコアで評価した。また、総合的な香味について、「甘香ばしい香り」と「焦げた香り」の平均スコアに基づいて、表2に示す通り、S(非常に好ましい)、A(好ましい)、B(やや好ましい)、C(どちらでもない)およびD(好ましくない)の5段階スコアで判定した。
【0046】
【0047】
(5)結果
各サンプルの分析結果と官能評価結果は表3に記載のとおりであった。
【表3】
【0048】
以上の結果より、加熱処理に供する麦芽比率が26質量%以上の範囲、事前糖化時間45分の条件において、加熱温度が100℃、108℃、116℃、123℃と高くなるにつれて、フェニルアセトアルデヒド含有量およびフルフリルアルコール含有量が増加することが見いだされた。官能評価の結果、加熱温度108℃、116℃の条件で、好ましい香味である「甘香ばしい香り」が増強され、かつ好ましくない香気である「焦げた香り」が抑制され、官能評価上「非常に好ましい」となることが見いだせた。なお、高温加熱処理を行うと発酵に必要な糖が減少するため、発酵に必要な糖を確保する上では、上記の加熱処理に供する麦芽の比率は40質量%以下とすることが好ましいと考えられる。
【0049】
実施例2:甘香ばしい香気を増強するための事前糖化時間の検討
本実施例では、甘香ばしい香気を増強するための事前糖化時間について検討した。
【0050】
(1)各種試飲サンプルの調製
サンプル1
サンプル1としては、実施例1のサンプル1と同じ市販ビールを用意した。
【0051】
サンプル6、サンプル7の麦汁作製条件
実施例1と同様に、ビール風味発酵麦芽飲料の製造においては、主原料として大麦麦芽を使用し、65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽33質量部を投入し、95分保持した。同時に、主原料の26質量%を別の容器で事前に糖化させた後に加熱した。その後、両者の醪を混合させながら加熱し、最終的に78℃まで昇温させ、5分保持させた後、濾過して麦汁を得た。別容器での事前糖化および加熱は、具体的には以下のように行なった。
【0052】
サンプル6の加熱処理条件
65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽40質量部を投入し、30分保持した後、78℃に昇温し5分保持した後、117℃に昇温して30分間加熱した。
【0053】
サンプル7の加熱処理条件
65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽40質量部を投入し、45分保持した後、78℃に昇温し5分保持した後、117℃に昇温して30分間加熱した。
【0054】
サンプル8の麦汁作製条件
サンプル8の製造においては、主原料として大麦麦芽を使用し、65℃の湯100質量部に対して、大麦麦芽33質量部を投入し、95分保持後、78℃に昇温して5分保持した後、濾過して麦汁を得た。大麦麦芽の一部を、淡色大麦麦芽に代えて濃色麦芽を使用することで、サンプル6およびサンプル7と同等程度のビール風味発酵麦芽飲料の色度となるようにした。サンプル8では、別容器での事前糖化・加熱は行なわなかった。
【0055】
上記の麦汁調製工程で得られたそれぞれの麦汁にホップを投入して100℃で90分間煮沸した後、麦汁静置を行ない、トリューブを分離した後、冷却して発酵前液を得た。その後、発酵前液に下面発酵酵母を添加し、常法に従って主発酵および後発酵を行なった。続いて、後発酵後の発酵液をより低温で保持することにより貯蔵を行ない、濾過して、清澄なビール風味発酵麦芽飲料(サンプル6~8)を得た。使用したホップおよび酵母の種類、主発酵と後発酵の条件はサンプル6~8で同一とした。
【0056】
(2)各種試飲サンプルの分析および官能評価
各種試飲サンプルについての色度、フェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの定量、および官能評価は、実施例1と同様に行った。
【0057】
(3)結果
各サンプルの分析結果と官能評価結果は表4に記載のとおりであった。
【表4】
【0058】
以上の結果より、加熱処理に供する麦芽比率が26~40質量%の範囲において、事前糖化および加熱処理を行った場合(サンプル6および7)には、事前糖化および加熱処理を行わずに濃色麦芽を用いて色度調整した場合(サンプル8)と比較して、フェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの含有量が高くなり、好ましい香味である「甘香ばしい香り」が増強し、かつ好ましくない香味である「焦げた香り」が抑制されることが見出された。また、事前糖化時間は、30分間よりも45分間とした方が好ましい結果が得られた。
【0059】
実施例3:成分添加による香味への効果の確認
本実施例では、成分添加による香味への効果の確認を行った。
【0060】
(1)各種試飲サンプルの調製
サンプル1
サンプル1としては、実施例1のサンプル1と同じ市販ビールを用意した。
【0061】
サンプル9~16
サンプル1(市販ビール)にフェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコール(ともに長岡香料株式会社製)を添加し、サンプル9~16を得た。実施例1に記載の方法によって定量したところ、各サンプル中のフェニルアセトアルデヒドおよびフルフリルアルコールの濃度は表5に示す通りであった。なお、サンプル1および成分を添加したサンプルでは、実施例1と同一ロットの市販ビールを使用した。
【0062】
(2)各種試飲サンプルの官能評価
各種試飲サンプルについての官能評価は、4名の訓練されたパネルにより、実施例1と同様に行った。
【0063】
(3)結果
各サンプルの官能評価結果は表5に記載のとおりであった。
【表5】
【0064】
以上の結果より、成分を添加したサンプルの試飲においても、フルフリルアルコールおよびフェニルアセトアルデヒドの含有量が高くなるほど、好ましい香味である「甘香ばしい香り」が増強される一方、好ましくない香味である「焦げた香気」も付与されることが見出された。
【0065】
また、実施例1および実施例2の官能評価における総合的な香気で、「S(非常に好ましい)」と評価されたサンプルと同等のフルフリルアルコールおよびフェニルアセトアルデヒド含有量のサンプルで、「S(非常に好ましい)」と評価された。
【0066】
よって、実施例1および実施例2の製法により得られた効果は、当該2成分に起因することが示された。