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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-23
(45)【発行日】2023-03-31
(54)【発明の名称】推定モデル作成方法及び電子顕微鏡
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/153 20060101AFI20230324BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20230324BHJP
【FI】
H01J37/153 A
H01J37/28 C
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021022197
(22)【出願日】2021-02-16
(65)【公開番号】P2022124508
(43)【公開日】2022-08-26
【審査請求日】2022-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐川 隆亮
(72)【発明者】
【氏名】森下 茂幸
(72)【発明者】
【氏名】植松 文徳
(72)【発明者】
【氏名】中道 智寛
(72)【発明者】
【氏名】相原 啓人
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-030278(JP,A)
【文献】特開2006-173027(JP,A)
【文献】Noah SCHNITZER et al.,"Optimal STEM Convergence Angle Selection Using a Convolutional Neural Network and the Strehl Ratio”,Microscopy and Microanalysis,2020年08月06日,Vol. 26,No. 5,p.921-928,DOI: 10.1017/S1431927620001841
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/153
H01J 37/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シミュレーション条件を変更しながらシミュレーションを繰り返し実行し、これにより複数の計算ロンキグラムを生成するシミュレーション工程と、
前記複数の計算ロンキグラム及びそれらに対応する複数の正解データからなる複数の訓練データを学習器に順次与えることにより、前記学習器内の推定モデルを優良化する学習工程と、
を含み、
前記推定モデルは、電子顕微鏡における収差補正で参照される1又は複数の収差値を推定するモデルであり、
前記各正解データは、前記各シミュレーション条件に含まれる1又は複数の仮想の収差値を表すデータである、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項2】
請求項1記載の推定モデル作成方法において、
前記各シミュレーション条件には、仮想の収差値列、仮想のデフォーカス量、仮想の照射中心位置、及び、仮想の倍率が含まれる、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項3】
請求項1記載の推定モデル作成方法において、
実ロンキグラムに基づいて特定の収差値を事前に推定する準備工程を含み、
前記シミュレーション工程では、前記特定の収差値を含む仮想の収差値列に基づいて前記シミュレーションが実行される、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項4】
請求項3記載の推定モデル作成方法において、
前記特定の収差値は、前記電子顕微鏡が有する収差補正器に起因して生じ且つ当該収差補正器では補正を行えない特定の収差についての収差値である、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項5】
請求項4記載の推定モデル作成方法において、
前記特定の収差は、推定対象となる1又は複数の収差よりも高い次数を有する収差である、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項6】
請求項3記載の推定モデル作成方法において、
前記準備工程は、
事前シミュレーション条件を変更しながら事前シミュレーションを繰り返し実行することにより、複数の計算ロンキグラムを生成する事前シミュレーション工程と、
前記事前シミュレーション工程で生成された複数の計算ロンキグラム及びそれらに対応する複数の正解データにより構成される複数の事前訓練データを事前学習器に順次与えることにより、前記事前学習器内の事前推定モデルを優良化する事前学習工程と、
前記事前推定モデルを有する事前推定器に対して前記実ロンキグラムを与えることにより前記特定の収差値を推定する事前推定工程と、
を含み、
前記各事前訓練データ中の各正解データは、前記各事前シミュレーション条件に含まれる仮想の固有収差値を表すデータである、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項7】
請求項1記載の推定モデル作成方法において、
前記シミュレーション工程により生成された複数の計算ロンキグラムに対して後処理を適用する工程を含み、
前記各訓練データは前記後処理が適用された各計算ロンキグラムを含む、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項8】
請求項7記載の推定モデル作成方法において、
前記後処理には、前記各計算ロンキグラムにおける中央部を露出させつつ周辺部を覆うマスク処理が含まれる、
ことを特徴とする推定モデル作成方法。
【請求項9】
収差補正器を備え、試料に対して電子ビームを照射する照射部と、
前記試料を透過した電子の検出により実ロンキグラムを生成する生成部と、
前記実ロンキグラムから1又は複数の収差値を推定する学習済み推定モデルを有し、前記実ロンキグラムを入力し前記1又は複数の収差値を出力する機械学習型の推定部と、
前記1又は複数の収差値に基づいて前記収差補正器の動作を制御するコントローラと、
を含むことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項10】
請求項9記載の電子顕微鏡において、
前記学習済み推定モデルは、シミュレーション条件を変更しながらシミュレーションを繰り返し実行することにより得られた複数の計算ロンキグラムを用いた機械学習により作成されたものである、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項11】
請求項10記載の電子顕微鏡において、
前記各シミュレーション条件には、仮想の収差値列、仮想のデフォーカス量、仮想の照射中心位置、及び、仮想の倍率が含まれる、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項12】
請求項9記載の電子顕微鏡において、
所定のアルゴリズムにより電子顕微鏡像を解析して、1又は複数の第1収差値を演算する演算部を含み、
前記推定部は、前記実ロンキグラムに基づいて、前記1又は複数の収差値として、1又は複数の第2収差値を推定し、
前記コントローラは、前記1又は複数の第1収差値及び前記1又は複数の第2収差値を含む収差値列に基づいて、前記収差補正器の動作を制御する、
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推定モデル作成方法及び電子顕微鏡に関し、特に、電子顕微鏡で生じる収差を補正するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡、特に、高い空間分解能を有する走査透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)においては、電子ビーム(電子プローブ)の焦点を十分に絞り込むために、収差補正が必要となる。
【0003】
電子顕微鏡で生じる収差として、球面収差(Spherical aberration)、非点収差(Astigmatism)、コマ収差(Coma aberration)、スリーローブ収差(Three-lobe aberration)等が知られている。より詳しくは、球面収差として、3次球面収差、5次球面収差、等が知られている。非点収差として、2回非点収差(Two-fold astigmatism)(幾何収差(Geometrical aberration)の観点から見て1次非点収差であり、波面収差(Wave aberration)の観点から見て2次非点収差である。)、3回非点収差(Three-fold astigmatism)(幾何収差の観点から見て2次非点収差であり、波面収差の観点から見て3次非点収差である。)、等が知られている。
【0004】
上記の「2回」は「2回対称(Two‐fold symmetry)」を意味し、上記の「3回」は「3回対称(Three‐fold symmetry)」を意味する。n回対称は、ある図形の(360/n)度の回転を考えた場合、回転後の図形が回転前の図形に重なることを意味する。
【0005】
走査透過電子顕微鏡には、通常、収差補正器(Aberration corrector)が設けられている。収差補正器には、例えば、複数の多極子(Multi pole)、及び、複数のトランスファーレンズが含まれる。個々の多極子は、例えば6極子(Dodeca-pole)である。6極子により3回対称場が形成される。
【0006】
収差補正に際しては、通常、Ronchigramが取得される(日本語表現上、それを「ロンチグラム」と称することもあるが、本願明細書では原音に倣って「ロンキグラム」と称する。)。ロンキグラムは、規則性のないランダムな原子配列を有する領域(具体的にはアモルファス領域)に対して電子ビームを照射することにより生じる投影像である。ロンキグラムには、電子ビーム照射系(特に対物レンズ)で生じる多様な収差を反映した模様が現れる。
【0007】
収差補正器の動作制御に際しては、ロンキグラムが解析され、これにより収差値列が演算される。収差値列に基づいて収差補正器に与える励磁電流群が制御される。特許文献1には、収差値列を演算するSRAM(Segmented Ronchigram Auto-correlation function Matrix)法が開示されている。SRAM法では、例えば、アンダーフォーカス条件で取得された第1ロンキグラム、及び、オーバーフォーカス条件で取得された第2ロンキグラムが解析対象となる。個々のロンキグラムに対して格子状に複数の領域が設定され、個々の領域ごとに自己相関関数が演算される。第1ロンキグラムから演算された複数の自己相関関数、及び、第2ロンキグラムから演算された複数の自己相関関数に基づいて、収差値列が演算される。
【0008】
特許文献2には、ロンキグラムから収差値を決定する別の方法が開示されている。特許文献1、2には、収差係数列を推定する推定モデルの作成及びその利用については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2007-180013号公報
【文献】特開2006-173027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ロンキグラムの内容は、照射系において現に生じている収差の内容に応じて大きく変化し、また、デフォーカス量、照射中心位置、倍率等に応じて大きく変化する。そのようなロンキグラムの多様性を前提としつつ、ロンキグラムから1又は複数の収差値を精度良く推定することが要望されている。
【0011】
本発明の目的は、ロンキグラムに基づいて1又は複数の収差値を推定する場合に推定精度を高めることにある。あるいは、本発明の目的は、ロンキグラムから1又は複数の収差値を精度良く推定できる推定モデルを作成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る推定モデル作成方法は、シミュレーション条件を変更しながらシミュレーションを繰り返し実行し、これにより複数の計算ロンキグラムを生成するシミュレーション工程と、前記複数の計算ロンキグラム及びそれらに対応する複数の正解データからなる複数の訓練データを学習器に順次与えることにより、前記学習器内の推定モデルを優良化する学習工程と、を含み、前記推定モデルは、電子顕微鏡における収差補正で参照される1又は複数の収差値を推定するモデルであり、前記各正解データは、前記各シミュレーション条件に含まれる1又は複数の仮想の収差値を表すデータである、ことを特徴とする。
【0013】
本発明に係る電子顕微鏡は、収差補正器を備え、試料に対して電子ビームを照射する照射部と、前記試料を透過した電子の検出により実ロンキグラムを生成する生成部と、前記実ロンキグラムから1又は複数の収差値を推定する学習済み推定モデルを有し、前記実ロンキグラムを入力し前記1又は複数の収差値を出力する推定部と、前記1又は複数の収差値に基づいて前記収差補正器の動作を制御するコントローラと、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、1又は複数の収差値の推定精度を高められる。あるいは、本発明によれば、1又は複数の収差値を精度良く推定できる推定モデルを作成できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施形態に係る電子顕微鏡システムを示すブロック図である。
図2】機械学習サブシステムの構成例を示すブロック図である。
図3】事前シミュレーション工程を示す概念図である。
図4】シミュレーション工程を示す概念図である。
図5】実施形態に係る推定モデル作成方法を示すフローチャートである。
図6】比較例に係る計算ロンキグラム列、実ロンキグラム列及び実施形態に係る計算ロンキグラム列を示す図である。
図7】マスクの一例を示す図である。
図8】実施形態に係る収差補正を示すフローチャートである。
図9】変形例に係る収差値推定器の構成を示すブロック図である。
図10】変形例に係る電子顕微鏡システムを示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0017】
(1)実施形態の概要
実施形態に係る機械学習方法は、シミュレーション工程、及び、学習工程を含む。シミュレーション工程では、シミュレーション条件を変更しながらシミュレーションが繰り返し実行され、これにより複数の計算ロンキグラムが生成される。学習工程では、複数の計算ロンキグラム及びそれらに対応する複数の正解データからなる複数の訓練データが学習器に順次与えられ、これにより学習器内の推定モデルが優良化される。推定モデルは、電子顕微鏡における収差補正で参照される1又は複数の収差値を推定するモデルである。各正解データは、各シミュレーション条件に含まれる1又は複数の仮想の収差値を表すデータである。
【0018】
上記構成によれば、シミュレーションにより、多様で多数の計算ロンキグラムを容易に生成でき、そのような多数の計算ロンキグラムを用いて学習器に機械学習を行わせることが可能となる。これにより、多様なロンキグラムに対応できる信頼性の高い推定モデルを作成できる。各シミュレーション条件に正解データが含まれるので、正解データを用意するに際して、特別な作業又は特別な演算は不要である。
【0019】
推定モデルにより、1つの実ロンキグラムから1つの収差値が推定されてもよいし、1つの実ロンキグラムから複数の収差値が同時に推定されてもよい。各収差値はスカラー又はベクトルである。複数の実ロンキグラムから1又は複数の収差値が推定されてもよい。なお、計算ロンキグラムは、シミュレーションつまり計算により生成されたロンキグラムであり、実ロンキグラムは、電子顕微鏡により実際に取得されたロンキグラムである。
【0020】
実施形態において、各シミュレーション条件には、仮想の収差値列、仮想のデフォーカス量、仮想の照射中心位置、及び、仮想の倍率が含まれる。各シミュレーション条件は、実際の電子顕微鏡における電子ビームの照射や透過を模擬する多数のパラメータにより構成される。シミュレーション条件に、更に、仮想の加速電圧等が含まれてもよい。
【0021】
実施形態に係る機械学習方法は、更に、実ロンキグラムに基づいて特定の収差値を事前に推定する準備工程を含む。シミュレーション工程では、特定の収差値を含む仮想の収差値列に基づいてシミュレーションが実行される。
【0022】
例えば、シミュレーション条件に含まれる仮想の収差値列の中に、シミュレーション結果に少なからぬ影響を与える仮想の収差値が含まれている場合、その収差値が特定の収差値として取り扱われ、つまり、その収差値が準備工程で先行して特定される。特定の収差値を含むシミュレーション条件に基づいてシミュレーションを実行することにより、計算ロンキグラムを実ロンキグラムにより近付けることが可能となる。
【0023】
実施形態において、特定の収差値は、電子顕微鏡が有する収差補正器に起因して生じ且つ当該収差補正器では補正を行えない特定の収差についての収差値である。具体的には、特定の収差は、推定対象とされる1又は複数の収差よりも高い次数を有する収差である。そのような収差は照射系固有の収差又は固有収差とも言い得る。
【0024】
本発明者らの実験及び研究によれば、固有収差は推定対象ではないものの、固有収差値がシミュレーション結果(ひいては推定される1又は複数の収差値)に少なからぬ影響を与える、ということが判明している。具体的には、シミュレーション条件の設定に際し、予測及び決定した固有収差値が実際の収差値からずれている場合、シミュレーションで生成された計算ロンキグラムの精度が低下するという傾向が認められる。そこで、上記構成は、固有収差値を事前に正確に推定し、その推定された固有収差値をシミュレーション条件に組み込むものである。例えば、6極子を有する収差補正器を利用する場合、例えば、6回非点収差、及び、6次スリーローブ収差がそれぞれ固有収差となる。
【0025】
実施形態において、準備工程は、事前シミュレーション工程、事前学習工程、及び、事前推定工程を有する。事前シミュレーション工程では、事前シミュレーション条件を変更しながら事前シミュレーションが繰り返し実行され、これにより複数の計算ロンキグラムが生成される。事前学習工程では、事前シミュレーション工程で生成された複数の計算ロンキグラム及びそれらに対応する複数の正解データにより構成される複数の事前訓練データが事前学習器に順次与えられ、これにより事前学習器内の事前推定モデルが優良化される。事前推定工程では、事前推定モデルを有する事前推定器に対して実ロンキグラムが与えられ、これにより特定の収差値が推定される。各事前訓練データ中の各正解データは、各事前シミュレーション条件に含まれる仮想の固有収差値を表すデータである。
【0026】
上記構成は、事前学習により事前推定モデルを生成し、事前推定モデルを用いて固有収差値を推定し、その固有収差値をシミュレーション条件に含めるものである。これにより、推定モデルをより優良化でき、ひいては推定モデルをより優良化できる。
【0027】
実施形態に係る機械学習方法は、更に、シミュレーション工程により生成された複数の計算ロンキグラムに対して後処理を適用する工程を含む。各訓練データは後処理が適用された各計算ロンキグラムを含む。
【0028】
実施形態において、後処理には、各計算ロンキグラムにおける中央部を露出させつつ周辺部を覆うマスク処理が含まれる。実ロンキグラムにおいては集束絞りの作用により周辺部が欠如していることも多い。それに倣って計算ロンキグラムにおいて周辺部をマスクしておくものである。マスクを行えば推定モデルにおいて異方性が生じ難くなる。マスク処理の概念には中央部切り出し処理等が含まれる。
【0029】
実施形態に係る電子顕微鏡は、照射部、生成部、推定部、及び、コントローラを含む。照射部は、収差補正器を備え、試料に対して電子ビームを照射する。生成部は、試料を透過した電子の検出により実ロンキグラムを生成する。推定部は、実ロンキグラムから1又は複数の収差値を推定する学習済み推定モデルを有し、実ロンキグラムを入力し1又は複数の収差値を出力する。コントローラは、1又は複数の収差値に基づいて収差補正器の動作を制御する。
【0030】
一般に、ルールベースでの収差値推定方法を採用した場合、デフォーカス量、照射中心位置、倍率等の諸条件によって、収差値列の演算精度が大きく変化する。あるいは、特定の収差値に限って演算精度が低くなることがある。これに対し、上記構成によれば、学習過程において多様な計算ロンキグラムが推定モデルに与えられるので、上記の諸条件に影響を受け難い学習済み推定モデルを構築することが可能となる。
【0031】
実施形態において、学習済み推定モデルは、シミュレーション条件を変更しながらシミュレーションを繰り返し実行することにより得られた複数の計算ロンキグラムを用いた機械学習により作成されたものである。実施形態において、各シミュレーション条件には、仮想の収差値列、仮想のデフォーカス量、仮想の照射中心位置、及び、仮想の倍率が含まれる。
【0032】
学習用ロンキグラムとして実ロンキグラムを用いることも可能であるが、実際に多様で多数の実ロンキグラムを用意するのはかなり大変である。そこで、上記構成は、シミュレーションにより多様で多数の計算ロンキグラムを生成し、それらを推定モデルに与えるものである。
【0033】
実施形態に係る電子顕微鏡は、更に、演算部を含む。演算部は、所定のアルゴリズムにより電子顕微鏡画像(例えば、デフォーカス量を異ならせて取得された複数の実ロンキグラム)を解析することにより、1又は複数の第1収差値を演算する。推定部は、実ロンキグラムに基づいて、1又は複数の第2収差値を推定する。コントローラは、1又は複数の第1の収差値及び1又は複数の第2の収差値を含む収差値列に基づいて、収差補正器の動作を制御する。
【0034】
上記演算部は、所定のアルゴリズムに従うルールベースでの収差値推定方法を実行し、これにより第1収差値を推定するものである。一方、上記推定部は、機械学習により生成された推定モデルにより第2収差値を推定するものである。性質の異なる2つの推定方法を組み合わせることにより、収差補正器に与える収差値列をより優良化できる。上記演算部は、例えば、既に説明したSRAM法を実行する演算部である。上記演算部として、他の演算部を設けてもよい。
【0035】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係る電子顕微鏡システムが示されている。電子顕微鏡システムは、電子顕微鏡10及び機械学習サブシステム12により構成される。機械学習サブシステム12は、電子顕微鏡10内に組み込まれる推定モデル(学習済み推定モデル)を事前に生成するものである。機械学習サブシステム12が複数の電子顕微鏡10に対して共用されてもよい。
【0036】
電子顕微鏡10は、例えば、高分解能を有する走査透過電子顕微鏡(STEM)である。電子顕微鏡10は、測定装置14及び演算制御装置16により構成される。測定装置14は、電子顕微鏡本体に相当する。
【0037】
測定装置14は、光軸上において並ぶ、電子銃18、集束レンズ20、収差補正器22、偏向走査器24、対物レンズ26、結像系28、及び、カメラ30を有する。電子銃18により電子ビームが生成され、電子ビームは集束レンズ20を介して収差補正器22を通過する。集束レンズ20には絞りが含まれる。
【0038】
収差補正器22は、もっぱら対物レンズ26で生じる複数の収差を打ち消す作用を発揮するものである。理想的には、試料27上の焦点において電子ビームが1点に集束するように収差補正が実行される。収差補正器22は、光軸上に並ぶ複数の要素を有し、それらには、複数の多極子及び複数のトランスファーレンズが含まれる。実施形態において、収差補正器22の中に、2つの6極子22A,22Bが設けられている。個々の6極子22A,22Bは、3回対称場を生成するものである。
【0039】
収差補正器22において補正可能な収差(換言すれば、収差値推定対象となる収差)として、2回非点収差、二次軸上コマ収差、3回非点収差、三次球面収差、三次スター収差、4回非点収差、四次軸上コマ収差、四次スリーローブ収差、5回非点収差、五次球面収差、・・・が挙げられる(各次数は幾何収差の観点から見た次数である)。
【0040】
収差補正器22それ自身が収差を生じさせる。そのような収差として、6回非点収差、六次スリーローブ収差、等が挙げられる。3回非点収差、三次球面収差等が十分に低減された状況においては、それらよりも高次の6回非点収差、六次スリーローブ収差等が残留収差として現れてくる。それらの収差は、収差補正器22では補正できない固有収差であり、収差補正器22で補正し得る複数の収差よりも高次の収差である。収差補正器22の構成に従って、補正可能な収差及び固有収差の内容は変わる。
【0041】
対物レンズ26の中に試料27が配置されている。図示の構成例では、対物レンズ26は、試料27の手前側及び奥側に磁場を形成する。試料27は保持装置に保持されているが、保持装置の図示は省略されている。実ロンキグラムの取得に際しては、試料27におけるアモルファス部分に対して電子ビームが照射される。試料27を保持している部材(例えばグリッド)にアモルファス部分を設け、そこに電子ビームを照射してもよい。
【0042】
結像系28には、中間レンズ、投影レンズ等が含まれる。カメラ30は例えばCCDカメラであり、試料27を透過した電子を検出する。対物レンズ26とカメラ30との間に、複数の検出器が設けられているが、それらの図示が省略されている。各検出器からの出力信号に基づいて、試料27の二次元画像が生成され、あるいは、試料27の分析が実行される。電子銃18から対物レンズ26までの構成が照射部又は照射手段に相当する。
【0043】
演算制御装置16は、情報処理装置としてのコンピュータにより構成される。演算制御装置16は、プログラムを実行するプロセッサを含む。プロセッサは例えばCPUである。図1においては、プロセッサが実行する複数の機能が複数のブロックにより表現されている。
【0044】
カメラ画像形成部32は、カメラ30からの出力信号に基づいてカメラ画像を形成する。カメラ画像形成部32をカメラコントローラとして機能させてもよい。アモルファス領域に対して電子ビームを照射した場合、カメラ画像として実ロンキグラムが取得される。カメラ30及びカメラ画像形成部32がロンキグラム生成部33を構成している。
【0045】
収差値推定器34は、収差値推定部又は収差値推定手段として機能するものである。収差値推定器34は、機械学習型推定器であり、それはCNN(Convolutional Neural Network)により構成される。他の機械学習型の推定器が用いられてもよい。収差値推定器34内には学習済み推定モデルが含まれる。学習済み推定モデルは機械学習サブシステム12により事前に作成される。符号42は、学習済み推定モデルのインストールを示している。学習済み推定モデルの実体は、CNNを機能させるために必要となるパラメータセットである。
【0046】
図示の構成例において、収差値推定器34に対して実ロンキグラムを入力すると、収差値推定器34から収差値列が出力される。収差値列は、複数の収差値により構成される。収差値列には、補正対象とならない固有収差についての収差値は含まれない。実施形態において、注目する固有収差は、6回非点収差及び六次スリーローブ収差である。換言すれば、推定される収差値列には、6回非点収差の収差値(以下、収差値A6と表現する。)、及び、六次スリーローブ収差の収差値(以下、収差値R7と表現する。)は含まれない(A6及びR7に含まれる数字は波面収差の観点から見た次数を示している。)。
【0047】
実施形態においては、機械学習サブシステム12での機械学習において、実ロンキグラムが使用される。具体的には、準備工程において、収差値A6及び収差値R7を推定するために、実ロンキグラムが用いられる。収差値A6及び収差値R7はそれぞれベクトルである。実ロンキグラムの転送が符号40で示されている。
【0048】
収差補正コントローラ36は、推定された収差値列に基づいて、収差補正器22の動作を制御する。実際には、収差補正器22に与える複数の励磁電流の電流値を調整している。ロンキグラムに基づく収差補正が繰り返し実行され、最終的に収差補正が完了する。その上で、試料の観察及び分析が実施される。演算制御装置16は、検出信号に基づいて分析を行う分析部38、及び、電子顕微鏡それ全体の動作を制御する制御部39を有している。
【0049】
機械学習サブシステム12は、学習済み推定モデルを生成するサブシステムである。機械学習サブシステム12は、プログラムを実行するプロセッサを備えたコンピュータにより構成される。電子顕微鏡10の製造時やメンテナンス時等において、学習済み推定モデルが収差値推定器34にインストールされる。ネットワーク上のサーバーから収差値推定器34へ学習済み推定モデルがインストールされてもよい。電子顕微鏡10を使用している過程において学習済み推定モデルの再学習が実施されてもよい。
【0050】
以下、図2乃至図5を用いて、機械学習サブシステム12について詳述する。図2には、機械学習サブシステムの構成例が示されている。図2に示されている複数のブロックは、プロセッサが発揮する複数の機能に相当する。機械学習サブシステム12は、大別して、第1モジュール12A、第2モジュール12B、及び、第3モジュール12Cにより構成される。
【0051】
第1モジュール12Aは、収差値列を推定する学習済みモデル(本モデル)の生成に先立って、固有収差値群を推定する推定モデル(仮モデル)を作成するものである。第1モジュール12Aは、事前シミュレーション工程、及び、事前学習工程を並列的に同時に実行する。実施形態において、固有収差値群は、収差値A6及び収差値R7により構成される。なお、事前シミュレーション工程、及び、事前学習工程は同時に実行しなくてもよい。事前シミュレーション工程に時間がかかる場合は、事前シミュレーション工程を事前学習工程よりも先に実行してもよい。
【0052】
第2モジュール12Bは、学習済みの仮モデルを利用して、実ロンキグラムから実際の固有収差値群を推定する。第2モジュール12Bは、事前推定工程を実行する。
【0053】
第3モジュール12Cは、収差値列を推定する推定モデル(本モデル)を作成する。第3モジュール12Cは、シミュレーション工程、及び、学習工程を並列的に同時に実行する。作成された学習済みの本モデルが機械学習サブシステムから電子顕微鏡へ転送される(符号42を参照)。なお、シミュレーション工程、及び、学習工程は同時に実行しなくてもよい。シミュレーション工程に時間がかかる場合は、シミュレーション工程を学習工程よりも先に実行してもよい。
【0054】
各モジュール12A,12B,12Cの構成をより詳しく説明する。第1モジュール12Aは、第1条件設定器44、第1シミュレータ46、及び、仮学習器51を有する。
【0055】
第1条件設定器44により、事前シミュレーション条件が設定される。その際には、事前シミュレーション条件の一部がランダムに生成される。具体的には、乱数発生器44Aを用いて、仮想の収差値A6、及び、仮想の収差値R7がランダムに生成される。それらの収差値の生成範囲は事前に指定される(符号45を参照)。
【0056】
事前シミュレーション条件において、仮想の収差値A6及び仮想の収差値R7以外のパラメータに対しては、それぞれ固定値が与えられる。固定値は、例えば、0、標準値又は実測値である。後述する仮推定器58に入力する実ロンキグラムを取得した際のデフォーカス量や照射中心位置等を特定し、それらを事前シミュレーション条件に含めてもよい。事前シミュレーション条件については後に図3を用いて詳述する。
【0057】
第1シミュレータ46は、顕微鏡モデル48及び試料モデル50を有する。顕微鏡モデル48は、電子顕微鏡の動作を数学的に模擬したものであり、試料モデル50は試料(アモルファス領域)を数学的に模擬したものである。第1シミュレータ46は、事前シミュレーション条件の内容に従って、顕微鏡モデル48及び試料モデル50に基づくシミュレーションを実行し、これにより計算ロンキグラムを生成する。実際には、第1シミュレータは、順次入力される複数の事前シミュレーション条件に従って、複数の計算ロンキグラムを順次生成する。なお、試料モデル50に含まれる1又は複数のパラメータをランダムに設定してもよい。
【0058】
仮学習器51はCNNで構成される。他の学習器が用いられてもよい。仮学習器51内には推定モデルが含まれており、順次入力される複数の訓練データ52に従って機械学習を進行させる。機械学習の進行に伴って推定モデルが徐々に優良化していく。個々の訓練データ52は、事前シミュレーション条件に含まれる固有収差値群(収差値A6及び収差値R7)54、及び、当該事前シミュレーション条件に基づいて生成された計算ロンキグラム56、により構成される。機械学習の観点から見て、収差値A6及び収差値R7は、正解収差値群であり、それらを表すデータは正解データである。
【0059】
計算ロンキグラムを推定モデルに与えた場合において、推定モデルの推定結果が正解データに近付くように、推定モデルの内容が更新される。その繰り返しにより、推定モデルが徐々に優良化していく。最終的に、仮学習器51内に、収差値A6及び収差値R7を推定する学習済み推定モデル(仮モデル)が生じる。
【0060】
第2モジュール12Bは仮推定器58を有する。仮推定器58内は、上記のように生成された学習済み推定モデルを有している。実際には、仮学習器51の実体と仮推定器58の実体は同一であるが、学習過程と推定過程とを区別するために、それらが別々に表現されている。仮推定器58に対して、電子顕微鏡を用いて取得された実ロンキグラム40を与えることにより、実際の収差値A6及び実際の収差値R7が推定される。それらは、第2条件設定器60に与えられる。
【0061】
第3モジュール12Cは、第2条件設定器60、第2シミュレータ62、後処理器64、及び、学習器69を有する。第2条件設定器60により、シミュレーション条件が繰り返し生成される。その際には、多くのパラメータがランダムに生成される。そのため乱数発生器60Aが用いられる。シミュレーション条件において、固定的に設定されるのは、収差値A6及び収差値R7である。それらはいずれも固有収差値である。
【0062】
個々のパラメータの生成範囲は事前に指定される(符号61を参照)。例えば、電子顕微鏡において実際に生じた多数のデフォーカス量を参照し、その平均値と広がり範囲とを求め、それらに基づいてデフォーカス量のランダム生成範囲が決定されてもよい。他のパラメータについても実際に生じた複数の値に基づいてランダム生成範囲が決定され得る。第2条件設定器60において設定されるシミュレーション条件については後に図4を用いて詳述する。
【0063】
第2シミュレータ62は、第1シミュレータ46と同様、顕微鏡モデル48及び試料モデル50を有する。実際のところ、第1シミュレータ46の実体と第2シミュレータ62の実体は同一のプログラムである。図2においては、2段階のシミュレーションを明確にするために、第1シミュレータ46及び第2シミュレータ62が区別されている。
【0064】
第2シミュレータ62は、シミュレーション条件に従って、顕微鏡モデル48及び試料モデル50に基づくシミュレーションを実行し、これにより計算ロンキグラムを生成する。実際には、第2シミュレータ62は、順次入力される複数の事前シミュレーション条件に従って、複数の計算ロンキグラムを順次生成する。その際において、必要に応じて、試料モデル50内の1又は複数のパラメータがランダムに設定される。
【0065】
後処理器64は、生成された各計算ロンキグラムに対して後処理を施すものである。後処理の内容として、画質をランダムに修正する第1の後処理、及び、マスク処理としての第2の後処理が挙げられる。第1の後処理では、指定された範囲内において各画素の輝度がランダムに修正され、また、指定された範囲内において画像コントラストがランダムに修正される。その際、ランダムに生成された輝度分布を前提として各画素の輝度がランダムに修正されてもよい。符号65は、輝度修正範囲及びコントラスト修正範囲の指定を示している。輝度及びコントラストをランダムに修正する際には乱数発生器64Aが利用される。輝度及びコントラストの修正により、実ロンキグラムにより近い計算ロンキグラムを生成することが可能となる。
【0066】
第2の後処理では、必要に応じて、個々の計算ロンキグラムに対してマスク処理が適用される。すなわち、計算ロンキグラムにおいて、円形の中央部を露出させつつ中央部の周囲を覆って無効化する処理が適用される。実ロンキグラムの取得時には、通常、集束絞りが用いられる。その場合、円形の実ロンキグラムが取得される。それに倣って計算ロンキグラムについても絞りに相当する加工を施すものである。第2の後処理の適用の有無がユーザーにより選択されてもよい。一定の範囲内において中央部の直径がランダムに設定されてもよい。マスク処理によれば、推定モデルにおける方位依存性を解消又は低減することが可能となる。
【0067】
後処理器64で実行される2つの後処理が第2シミュレータ62の内部で実施されてもよい。第1モジュール12Aにおいて、第1シミュレータ46の後段に後処理器64と同様の機能を有する後処理器を設けてもよい。
【0068】
学習器69はCNNで構成される。他の学習器が用いられてもよい。学習器69内には推定モデルが含まれており、順次入力される複数の訓練データ66に従って機械学習を順次行う。機械学習の進行に伴って推定モデルが徐々に優良化していく。個々の訓練データ66は、シミュレーション条件に含まれる収差値列67と、当該シミュレーション条件に基づいて生成された上で必要な後処理を経た計算ロンキグラム68と、により構成される。収差値列67は、正解収差値列であり、それを表すデータは正解データである。正解収差値列の構成は、推定される収差値列の構成と同じである。
【0069】
計算ロンキグラムを推定モデルに与えた場合において、推定モデルの推定結果が正解収差値列に近付くように、推定モデルの内容が更新される。その繰り返しにより、推定モデルが徐々に優良化される。最終的に、学習器69内に、収差値列を推定する学習済み推定モデル(本モデル)が生じる。その学習済み推定モデルが電子顕微鏡へ転送される(符号42を参照)。
【0070】
以上のように、実施形態に係る機械学習サブシステムによれば、シミュレータにより多様で多数の計算ロンキグラムを容易に生成できる。それらの計算ロンキグラムは実際に取得される多数の実ロンキグラムに近いものである。それらの計算ロンキグラムを用いて推定モデルに機械学習を行わせることにより、高精度の推定を行える学習済み推定モデルを構築できる。実施形態に係る機械学習サブシステムでは、一部の収差値、具体的には固有収差値群が事前に高精度に推定されており、それを固定的に含むシミュレーション条件を設定することが可能である。これにより、計算ロンキグラムの内容を実ロンキグラムにより近付けることが可能である。
【0071】
図3には、第1条件設定器44で設定される事前シミュレーション条件70が例示されている。事前シミュレーション条件70は、第1シミュレータ46において計算ロンキグラム71を生成する際に必要となる複数のパラメータにより構成される。図示の例では、具体的には、事前シミュレーション条件70に、収差値A6、収差値R7、k個の収差値1~収差値k、照射中心位置(照射中心座標)、デフォーカス量、倍率、ノイズα、ノイズβ、・・・が含まれる。事前シミュレーション条件70に含まれる各収差値は、シミュレーションのための仮想の収差値である。kは例えば14である。
【0072】
事前シミュレーション条件70の内で、収差値A6及び収差値R7については、事前に個別的に発生範囲が指定され(符号72を参照)、それらの発生範囲内において乱数を用いて収差値A6及び収差値R7が生成される(符号73を参照)。事前シミュレーション条件70において、収差値A6及び収差値R7が可変部70Aを構成し、それ以外の複数のパラメータが固定部70Bを構成している。
【0073】
収差値1~収差値kには、二回非点収差値、二次コマ収差値、3回非点収差値、三次球面収差値、三次スター収差値、・・・等が含まれる。それらは、収差値A6及び収差値R7から見て低次の収差値である。例えば、収差値1~収差値kとしてそれぞれ0が指定されてもよいし、それぞれ過去の標準値又は平均値が与えられてもよい。照射中心位置を原点としてもよく、倍率を標準値としてもよい。ノイズα、ノイズβをそれぞれゼロ又は平均値としてもよい。ノイズα、ノイズβについては後述する。例えば、デフォーカス量として標準値を与えてもよい。デフォーカス量を可変部70Aに移行してもよく、更に他のパラメータを可変部70Aに移行してもよい。
【0074】
図4には、第2条件設定器60で設定されるシミュレーション条件76が例示されている。シミュレーション条件76は、第2シミュレータ62において計算ロンキグラム78を生成する際に必要となる複数のパラメータにより構成される。図示の例では、具体的には、シミュレーション条件76に、収差値A6、収差値R7、収差値1~収差値k、照射中心位置、デフォーカス量、倍率、ノイズα、ノイズβ、・・・が含まれる。シミュレーション条件76に含まれる各収差値は、シミュレーションのための仮想の収差値である。シミュレーション条件76の構成は、基本的に、事前シミュレーション条件の構成と同じである。
【0075】
シミュレーション条件76の中で、収差値A6及び収差値R7は、固定される。すなわち、それらは固定部76Aを構成している。それらの収差値は既に高精度に推定済みであり、それらを固定することにより、計算ロンキグラム78を実ロンキグラムにより近付けることが可能である。残りのパラメータが可変部76Bを構成する。
【0076】
可変部76Bを構成する各パラメータについては、その発生範囲が事前に定められ(符号74を参照)、その発生範囲内で乱数を基礎として各パラメータがランダムに生成される(符号75を参照)。ここで、ノイズαは、電子ビームの照射により生じるショットノイズであり、カメラ画像に不可避的に混入するノイズである。ノイズβは、CCDから検出データ列を読み出す際に生じるノイズである。更に他のノイズが考慮されてもよい。シミュレーション条件には加速電圧も含まれる。通常、ロンキグラム取得時の加速電圧が指定されるが、加速電圧が可変されてもよい。このことは事前シミュレーション条件についても同様である。
【0077】
シミュレータ62により生成された計算ロンキグラム78に対して、後処理器64において後処理が適用される。それには、計算ロンキグラム78に対する、ランダムな輝度修正及びランダムなコントラスト修正が含まれる(符号80を参照)。その際には乱数が用いられる。後処理器64では、必要に応じて、計算ロンキグラム78に対してマスク処理も適用される。
【0078】
図5には、実施形態に係る機械学習方法がフローチャートとして示されている。S10では、固有収差値群についての事前機械学習が実施される。実施形態において、固有収差値群は、収差値A6及び収差値R7により構成される。それらの一方について事前機械学習及び事前推定が実施されてもよい。S10には、事前シミュレーション工程及び事前学習工程が含まれる。
【0079】
S12において、事前学習の結果として仮学習器内に学習済み推定モデル(仮モデル)が生成される。学習済み推定モデルが仮推定器内に転送されてもよいが、仮学習器の実体と仮推定器の実体は同じであるため、事前学習の終了時点で、仮学習器をそのまま仮推定器として利用してもよい。
【0080】
S14では、仮推定器に対して実ロンキグラムを入力することにより、実際の固有収差値群が推定される。実施形態においては、実際の収差値A6及び実際の収差値R7が推定される。S14において使用する実ロンキグラムの取得に際しては、6回非点収差及び六次スリーローブ収差以外の収差群(6回非点収差及び六次スリーローブ収差よりも低次の収差群)ができるだけ小さくなるように、収差補正器の動作が調整される。
【0081】
S16では、収差値列についての機械学習が実施される。具体的には、上記S10と同様、S16には、シミュレーション工程及び学習工程が含まれる。S16での機械学習の結果として、学習済み推定モデル(本モデル)が構成され、それが電子顕微鏡へ転送される。これにより、S18において、本推定器としての収差値推定器が構築される。
【0082】
図6の上段には、比較例に係る計算ロンキグラム列が示されており(A1~A6を参照)、図6の中段には、実ロンキグラム列が示されており(B1~B6を参照)、図6の下段には、実施形態に係る計算ロンキグラム列(C1~C6を参照)が示されている。図6において上部に示されている各数値はデフォーカス量を示している。
【0083】
比較例では、シミュレーション条件に含まれる収差値A6及び収差値R7として、実験者の予測値が指定されている。シミュレーション条件として、他の収差は想定されていない。
【0084】
実ロンキグラム列は、電子顕微鏡において収差を可能な限り低減した上で取得されたものである。6回非点収差及び六次スリーローブ収差は補正できないため、それらは残留収差として、ロンキグラムの内容に反映されている。
【0085】
実施形態に係る計算ロンキグラム列は、収差値A6及び収差値R7の推定を経て、第2シミュレータにより生成されたものである。シミュレーション条件には、高精度に推定された収差値A6及び収差値R7が含まれている。シミュレーション条件として、他の収差値は想定されていない。
【0086】
比較例に係る計算ロンキグラム列は、実ロンキグラム列を再現していない部分を少なからず有している。例えば、比較例に係る計算ロンキグラムA1において中央に位置する六角形と、実ロンキグラムB1において中央に位置する六角形と、を比較した場合、両者間に顕著な差がある。これに対し、実施形態に係る計算ロンキグラムC1において中央に位置する六角形と、実ロンキグラムB1において中央に位置する六角形と、を比較した場合、両者には類似性が認められる。他のデフォーカス量につき、三者を比較した場合にも上記同様の傾向が認められる。
【0087】
実ロンキグラムに近い計算ロンキグラムを用いて推定モデルに機械学習を行わせることにより、学習済み推定モデルをより優良化することが可能である。これにより、推定される収差値列の信頼性を高められる。
【0088】
図7の左側には、計算ロンキグラム82が例示されている。図7の右側には、マスク処理を経た計算ロンキグラム84が例示されている。マスク86は、中央の円形領域を露出させつつ周辺部を覆う形態を有している。マスク処理後の計算ロンキグラムを推定器に与えることにより、模様の方向に応じて推定結果が異なる異方性の問題を回避できる。通常、集束絞りを入れて実ロンキグラムが取得されるので、マスク処理は集束絞りの作用を模擬する自然な処理であるとも言い得る。
【0089】
図8には、実施形態に係る収差補正方法がフローチャートとして示されている。S20では、電子顕微鏡において、実ロンキグラムが取得される。S22では、実ロンキグラムに基づいて収差補正結果が適正条件を満たすか否かが判定される。実ロンキグラムから推定される収差値列に基づいて収差補正結果の適否が判定されてもよい。
【0090】
S22において、適正条件を満たさない場合、S24で、実ロンキグラムが学習済み推定モデルに与えられ、これにより収差値列が推定される。S26では、推定された収差値列に基づいて収差補正器の動作条件が変更される。その後、S20以降の各工程が繰り返し実行される。
【0091】
図9には、収差値推定部の変形例が示されている。収差値推定部88は、並列配置されたN個の推定器88-1~88-Nにより構成される。Nは2以上の整数である。実ロンキグラム90が複数の推定器88-1~88-Nに並列的に入力され、これにより、N個の推定器88-1~88-NからN個の収差値が並列的に出力される。それらが収差値列92を構成し、その収差値列が収差補正コントローラへ送られる。
【0092】
図10には、電子顕微鏡システムの変形例が示されている。図10において、図1に示した要素と同様の要素には同一の符号を付しその説明を省略する。
【0093】
演算制御装置16Aにおいて、収差値演算器94は、所定のアルゴリズムにより電子顕微鏡像を解析して第1収差値列100を演算するものである。その際には例えば上述したSRAM法が用いられる。当該方法を実行する場合、第1の実ロンキグラム及び第2の実ロンキグラムに対してそれぞれ複数の領域が設定され、領域ごと自己相関関数が演算される。第1の実ロンキグラムに基づいて演算された複数の自己相関関数及び第2の実ロンキグラムに基づいて演算された複数の自己相関関数から、第1収差値列100が演算される。収差値演算器94において、1つの第1収差値が演算されてもよい。
【0094】
収差値推定器96は学習済み推定モデルを有する。学習済み推定モデルは機械学習サブシステムにおいて生成され、それが収差値推定器96へインストールされる(符号98を参照)。収差値推定器96により、第1の実ロンキグラム又は第2の実ロンキグラムから第2収差値列102が生成される。収差値推定器96により1つの収差値が推定されてもよい。第1収差値列100及び第2収差値列102により収差補正コントローラが参照する収差値列が構成される。
【0095】
図10に示す構成によれば、アルゴリズムに基づく収差値演算と学習済み推定モデルを利用した収差値推定のそれぞれの利点を生かし、それぞれの欠点を補い合うことが可能となる。例えば、収差値演算器94において推定精度が低くなる特定の収差値が生じる場合、その特定の収差値を収差値推定器96で推定するようにしてもよい。
【0096】
収差値推定器から収差値としてベクトルが出力される場合、そのベクトルを極座標系ではなく直交座標系で表現してもよい。すなわち、推定モデルの作成に際して直交座標系を採用してもよい。その構成を採用する場合、収差値推定器の後段に座標変換器を設けてもよい。座標変換器は直交座標系から極座標系への変換を行うものである。
【符号の説明】
【0097】
10 電子顕微鏡、12 機械学習サブシステム、14 測定装置、16 演算制御装置、22 収差補正器、26 対物レンズ、27 試料、30 カメラ、32 カメラ画像形成部、33 ロンキグラム生成部、34 収差値推定器、36 収差補正コントローラ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10