(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-24
(45)【発行日】2023-04-03
(54)【発明の名称】船舶用航行支援装置
(51)【国際特許分類】
B63B 43/20 20060101AFI20230327BHJP
B63B 49/00 20060101ALI20230327BHJP
G08G 3/02 20060101ALI20230327BHJP
【FI】
B63B43/20
B63B49/00 Z
G08G3/02 A
(21)【出願番号】P 2018173951
(22)【出願日】2018-09-18
【審査請求日】2021-06-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003388
【氏名又は名称】東京計器株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101856
【氏名又は名称】赤澤 日出夫
(72)【発明者】
【氏名】八木 修
(72)【発明者】
【氏名】箱山 忠重
【審査官】中島 昭浩
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-129872(JP,A)
【文献】特開平11-272999(JP,A)
【文献】特開2007-147414(JP,A)
【文献】特開昭57-189300(JP,A)
【文献】国際公開第2004/019301(WO,A1)
【文献】長澤明、原潔、井上欣三、小瀬邦治,避航操船環境の困難度,日本航海学会論文集,日本,1992年10月23日,88巻,137-144
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63B 43/20
B63B 49/00
G08G 3/02
G08G 5/04
G08G 7/02
G08G 9/02
G05D 1/02
G01S 13/937
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1船舶及び第2船舶についてのTCPAと、前記第1船舶及び第2船舶間の出会い角とを取得する取得部と、
前記取得された出会い角及びTCPAに基づいて、該TCPAに対応する第1重み係数を設定する重み係数設定部と、
前記第1重み係数を用いて前記取得されたTCPAを正規化し、前記第1船舶及び前記第2船舶の衝突危険を判定するための正規化値を算出する正規化部と
を備えることを特徴とする船舶用航行支援装置。
【請求項2】
前記重み係数設定部は、出会い角と第1重み係数との関係を示す重み係数情報に基づいて、前記取得された出会い角に対応する第1重み係数を割り出す
ことを特徴とする請求項1記載の船舶用航行支援装置。
【請求項3】
前記第1重み係数は、所定の出会い角以下の角度については一定の値となる
ことを特徴とする請求項1または請求項2記載の船舶用航行支援装置。
【請求項4】
前記取得部は、前記第1船舶及び前記第2船舶についてのDCPAを取得し、
前記正規化部は、前記第1重み係数を用いて前記取得されたTCPAを正規化すると共に、所定の第2重み係数を用いて前記取得されたDCPAを正規化することにより前記正規化値を算出する
ことを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の船舶用航行支援装置。
【請求項5】
前記第2重み係数は、安全航過距離または該安全航過距離を所定の割合増加させた値である
ことを特徴とする請求項4記載の船舶用航行支援装置。
【請求項6】
前記正規化部は、TCPAを第1重み係数で除すると共に、DCPAを第2重み係数で除することにより前記正規化されたTCPA及びDCPAを算出する
ことを特徴とする請求項4または請求項5記載の船舶用航行支援装置。
【請求項7】
前記正規化値に基づいて、前記第1船舶及び前記第2船舶が衝突する危険性を判定する判定部を更に備える
ことを特徴とする請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の船舶用航行支援装置。
【請求項8】
前記判定部は、前記正規化値に基づいて、前記第1船舶及び前記第2船舶における衝突の危険性の度合いを示す危険度を算出する
ことを特徴とする請求項7記載の船舶用航行支援装置。
【請求項9】
前記判定部は、正規化値と前記第1船舶及び前記第2船舶における衝突の危険性の度合いとの関係を示す正規化CPA座標系上に、前記正規化値をプロットすることにより前記判定を行う
ことを特徴とする請求項7
または請求項
8記載の船舶用航行支援装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この明細書に開示される技術は、第1船舶と第2船舶との衝突危険を判定する船舶用航行支援装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、他船との衝突危険を判定する危険判定方式として、自船と他船とが現在の針路と速度を維持した状態において2つの船舶が最も接近する距離を示すDCPA(Distance of Closest Point of Approach:最接近距離)と、最接近時までの時間を示すTCPA(Time to Closest Point of Approach:最接近時間)とを指標として用いるものが知られている。この判定方式は、DCPAとTCPAとの一組のしきい値(Minimum DCPA、Minimum TCPA)を予め設定しておき、レーダ映像から他船を抽出して追尾することにより、または、他船のAIS(Automatic Identification System:船舶自動識別装置)情報を受信することにより算出した他船1隻毎に対してのDCPA、TCPAの組と、上記しきい値の組とを比較し、それらの値の大小関係に応じて、安全/危険/重危険などの危険の有無を判定するものである。
【0003】
例えば、判定結果として他船に対するDCPA、TCPAの少なくともいずれか一方がしきい値以下となれば、危険または重危険と判定され、警報等による報知や他船シンボル表示の変更などがなされる。この危険判定は主にARPA(Automatic Radar Plotting Aids)機能、またはTT(Target Tracking)機能として実行されるものであり、レーダ指示器や電子海図情報表示装置(ECDIS:Electronic Chart Display and Information System)などを含む船舶用航行支援装置における一機能として提供される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したしきい値は、自船と他船との見合い関係に係わらず、固定値として設定される。しかしながら、DCPAとTCPAとが同じ場合であっても、操船者が危険と認識するタイミングは見合い関係に応じて異なるため、固定値であるしきい値に基づく危険判定方式では、操船者の感覚に合った衝突危険の判定ができないという問題があった。
【0005】
本発明は、上述した問題点を解決するためになされたものであり、第1船舶と第2船舶との衝突危険に関し、操船者の感覚により近い判定を可能とする船舶用航行支援装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するため、本発明の一態様は、第1船舶及び第2船舶についてのTCPAと、前記第1船舶及び第2船舶間の出会い角とを取得する取得部と、前記取得された出会い角及びTCPAに基づいて、該TCPAに対応する第1重み係数を設定する重み係数設定部と、前記第1重み係数を用いて前記取得されたTCPAを正規化し、前記第1船舶及び前記第2船舶の衝突危険を判定するための正規化値を算出する正規化部とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、第1船舶と第2船舶との衝突危険に関し、操船者の感覚により近い判定を可能とする船舶用航行支援装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施形態に係る航行支援装置を含む航行システムの全体構成を示す図である。
【
図2】航行支援装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
【
図3】所定条件下において各見合い関係の変針角を説明するための図である
【
図4】所定条件下において各見合い関係における船間距離を基準船間距離にまで引き延ばした状態を説明するための図である。
【
図6】異なる形態の重み係数比テーブルを示す図である。
【
図7】DCPA重み係数について説明するための図である。
【
図8】航行支援装置の機能構成を示すブロック図である。
【
図9】実施形態に係る危険状況判定処理を示すフローチャートである。
【
図10】複数の船舶の正規化CPA値がプロットされた正規化CPA座標系を示す図である。
【
図11】正規化CPA座標系における他船の挙動を説明するための図である。
【
図12】正規化CPA座標系における自他船の様々な挙動結果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。本実施形態においては、本発明に係る船舶用航行支援装置がレーダ指示器や電子海図情報表示装置である航行支援装置に適用された場合を例にとり説明を行う。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0010】
(全体構成)
本実施形態に係る航行支援装置を含む航行システムについて説明する。
図1は本実施形態に係る航行支援装置を含む航行システムを示すブロック図であり、
図2は航行支援装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
【0011】
図1に示されるように、本実施形態に係る航行システムは、自船である船舶1に搭載される航行支援装置3、センサ類4、及びAIS5と、他船である船舶2に搭載されるAIS6とを備える。
【0012】
センサ類4は、船舶1の対水速度を検出するスピードログ、船舶1の船首方位を検出するジャイロコンパス、GPS等の衛星測位システム(GNSS)からの船舶1の位置、対地針路及び対地速力を検出するGNSSセンサ等を含む。
【0013】
AIS5及びAIS6は、いずれも互いに送受信可能な装置であり、他の船舶に搭載されたAISからの船舶に関するデータを受信する。当該データには、海上移動業務識別コード、船名、船種、喫水、目的地、到着予定時刻、船舶名、航海ステータス、緯度、経度、速力、針路、船体長、船体幅、船首方位などが含まれる。
【0014】
航行支援装置3は、例えば、レーダ指示器や電子海図装置であり、図示しないレーダ装置を用いて他船を自動的に検出して追尾するTT(Target Tracking)を実行すると共に、本実施形態に係る危険状況判定処理を実行する。
【0015】
図2に示すように、航行支援装置3はハードウェアとして、CPU(Central Processing Unit)31と、RAM(Random Access Memory)32と、記憶装置33と、外部I/F(Interface)34と、ネットワークI/F35とを備える。CPU31及びRAM32は、協働して航行支援装置3の各種機能を実行する。当該各種機能についての詳細は後述する。記憶装置33は各種機能により実行される危険状況判定処理に用いられる情報を記憶する。当該情報としては、例えば安全航過距離や重み係数比テーブル、TCPA重み係数算出値(重み係数情報)、DCPA重み係数算出値等がある。外部I/F34は、ディスプレイ等の出力装置やマウス、キーボード等の出力装置、タッチパネルなどの入出力装置とのデータ入出力を行う。ネットワークI/F35は、他の装置、本実施形態においてはセンサ類4及びAIS5との通信を行うためのインターフェイスである。
【0016】
記憶装置33が記憶する安全航過距離は、DCPAしきい値(Minimum DCPA)とも呼ばれ、自船と他船とが互いに安全に航過可能な最短距離を示すものである。一般的に安全航過距離の値は予め設定されるものであるが、自船の状況、例えば現在大洋航行中であるか沿岸航行中であるか等により適宜値を設定するようにしてもよい。この設定は操船者が行ってもよいし、自船の位置に応じて自動に設定されるようにしてもよい。記憶装置33が記憶する重み係数比テーブル、TCPA重み係数算出値、DCPA重み係数算出値についての詳細は、次の危険状況判定処理の概要説明内において詳述する。
【0017】
(危険状況判定処理の概要)
本実施形態に係る航行支援装置3により実行される危険状況判定処理の理解を容易にするために、その概要を説明する。操船者における他船との衝突危険を感じるタイミング(TCPA)は、見合い関係毎に異なるものであり、また、操船者は見合い関係によらず一定の変針角で他船を避ける傾向にある。これら2点から、本実施形態に係る危険状況判定処理では、見合い関係によらず一定の変針角で避けられるように少なくともTCPAを正規化することにより、操船者が危険と感じるタイミングに近い衝突危険の判定(評価)を可能としている。具体的には、本実施形態に係る危険状況判定処理では、TCPA及びDCPAを、重み係数を用いて正規化する、特にTCPAを出会い角に応じた重み係数で正規化することによりこれを実現している。以下に、重み係数及び正規化について詳細に説明する。なお、TCPAに対応する重み係数を重み係数WTCPAと称し、DCPAに対応する重み係数をWDCPAと称して以後説明を行う。
【0018】
先ず、重み係数W
TCPA及びTCPAの正規化について説明する。
図3は所定条件下において各見合い関係の変針角を説明するための図である。
図3(3-1)~
図3(3-4)は、いずれも安全航過距離が一定、速力が同じ自船と他船とが衝突関係にあるという条件下において異なる見合関係の状態を示しており、
図3(3-1)は見合い角180°(行会い)、
図3(3-2)は出会い角135°(横切り)、
図3(3-3)は出会い角90°(横切り)、
図3(3-4)は出会い角45°(横切り)の状態を示している。なお、
図3に示されるRは自他船間の距離(相対距離)、SDは安全航過距離、θ
SDは安全航過距離からなる円の接線のCPA(Closest Point of Approach)角を示し、Aは船舶の針路を示している。
【0019】
図3に示されるように、安全航過距離SDが一定、速力が同じ自船と他船とが衝突関係(DCPA=0)にあるという条件下においては、いずれの見合い関係においても「安全航過距離SDからなる円の接線のCPA角θ
SDが一定=自他船間の距離Rが一定=安全航過距離SDを確保する変針角が一定」の3つの一定関係が成り立つ(これは自他船に速力の大きな差がない場合にも近似的に適用できる)。ここでの変針角は
図3(3-1)では角度c及び角度d、
図3(3-2)~
図3(3-4)では角度e及び角度iであり、いずれの出会い角においても2θ
SDとなっていることがわかる。例えば
図3(3-1)に示される出会い角が180°である場合では、角度aが二等辺三角形なのでθ
SD、角度bが180°-2×θ
SD、角度cが180°-角度bであるため2θ
SD、角度dが左右対称なので角度cと同様に2θ
SDとなる。その他、
図3(3-4)に示される出会い角が45°である場合では、角度aが出会い角と等しく、角度bが(180°-出会い角)/2-θ
SD、角度cが二等辺三角形なので角度bと同一、角度dが180°-(角度b+角度c)、角度eが(角度d-角度a)=2θ
SD、角度fが(180°-出会い角)/2+θ
SD、角度gが二等辺三角形なので角度fと同一、角度hが180°-(角度f+角度g)、角度iが(角度a-角度h)=2θ
SDとなる。この算出手法は
図3(3-2)、
図3(3-3)の場合においても同様である。
【0020】
以上のように、3つの一定関係がいずれの見合い関係においても成り立つことから、行会い時における自他船間の距離を基準にとり基準船間距離とし、行会い時におけるTCPAとTCPAが等しい行会い以外の各見合い関係における距離のそれぞれを、基準船間距離になるまで引き延ばすと(
図4参照)、引き延ばした際のTCPA(以後TCPA’と称する)は、下記の式(1)及び式(2)から、式(3)とすることができる。なお、
図4における縦軸および横軸はそれぞれ2つの船舶間の船間距離を示している。また、破線で示される2つの円弧のうち、内側が引き延ばし前の船間距離を示し、外側が基準船間距離を示している。
【0021】
【0022】
式(1)~式(3)におけるRは船間距離、Vrは相対速力、SDは安全航過距離、θSDは安全航過距離からなる円の接線のCPA角、添字XXは出会い角を示している。なお、式(3)はTCPAが一定{RXX/VrXX=一定}の条件を用いて、距離比の式に変換したものである。この式(3)は、TCPA’が「元のTCPA×基準船間距離/引き延ばし前の船間距離」から算出できることを示している。
【0023】
このTCPA’を「TCPAの重み係数」とし、これを見合い関係毎に距離比を用いて算出、具体的には行会い関係におけるTCPA重み係数を1とし、それとの比で各見合い関係の重み係数の比を算出することにより、上述した重み係数比テーブルを作成することができる。
【0024】
図5は、重み係数比テーブルを示す図である。なお、
図5において、縦軸には重み係数比、横軸には出会い角が示されており、符号Bが各出会い角における重み係数比を示す重み係数比曲線を示す。
図5に示されるように、本実施形態に係る重み係数比曲線Bは、行会い時である出会い角180°を1としたため、出会い角が鋭角になるに従い、重み係数比は漸次増加することとなる。例えば出会い角180°と出会い角60°とでは重み係数比が2倍、即ち重み係数が2倍となることがわかる。したがって、出会い角180°時のTCPAを予め基準値として用意しておけば、現在の出会い角から重み係数比テーブルに基づいて重み係数比を抽出し、これを基準値に乗じることで当該出会い角の重み係数を割り出すことができる。
【0025】
本実施の形態においては、上述した基準値をTCPA重み係数算出値として予め記憶装置33に記憶しておき、重み係数WTCPAを設定する際にはTCPA重み係数算出値と重み係数比テーブルから割り出した現状の出会い角における重み係数比とを乗じて重み係数WTCPAを設定する。TCPA重み係数算出値は、例えば一般的なTCPAしきい値である15分を初期値として設定しておき、大洋航海か沿岸航海か、船舶の輻輳(混雑)状況にあるか等の自船がおかれている状況に応じて自動または操船者による手動で10分や20分等に適宜調節可能としておくことが好ましい。
【0026】
なお、例えば30°等の後方横切りといった出会い角があまりに小さい場合、重み係数が過度に増大することとなる。そのため、本実施形態においては追越し(他船が前方かつ自船より低速)/被追越し(他船が後方かつ自船より高速)関係の場合も考慮し、行会い関係の値に所定の値を乗じて重み係数に上限を設け、抑制するようにしている。この所定の値は3~4、即ち行会い関係の値1を3~4倍にして上限を設けることが好ましい。これは、標準的なTCPAしきい値である15分を行会い時のTCPA重み係数にした場合、3~4倍は45~60分となる。速力16knotで12~16NM、12knotで9~12NMの距離を衝突に至るまでに航行することとなり、それ以上は長すぎると判断できるためである。
【0027】
さらに、追越しと被追越しを比べた場合、被追越しの方が早めに注意すべきである。したがって、双方の上限値に差、より具体的には被追越しと比べて追越しを所定の割合低減させることが好ましい。この所定の割合は適宜設定すればよいが、80%程度とすることが好ましい。なお、この図においては、重み係数比の上限を行会い関係における値の3倍に設定し、横軸に平行な線が重み係数曲線Bと交わる点で結合させている。また、追越しの上限値を、被追越しの上限値の80%に抑制している。
【0028】
また、
図6に示されるように、追越し/被追越しの場合の上限を1点に集中させるようにしてもよい。この図においては、重み係数曲線B及び上限値については
図6に示した重み係数比テーブルと同一であるが、2つの上限値を共に1点(=90°/8)の出会い角の範囲に限定し、そこから双方共に出会い角60°の地点で元の重み係数曲線Bと結合させている。なお、上限値の限定角度(90°/8)や重み係数曲線Bの結合角度(60°)の値はこれに限定されるものではなく、結合角度を各上限値で異なるようにしてもよい。また、
図5及び
図6に示される重み係数比テーブルは、その重み係数比の値や追越し/被追越しの上限の値等を、船舶の種類や船舶の状況等に応じて適宜設定変更可能とすることが好ましい。
【0029】
本実施形態においては、以上により設定された重み係数WTCPAでTCPAを除することにより、TCPAを正規化する。TCPAを正規化することにより、例えばDCPAが等しく出会い角が異なる、2つの見合い関係においては、互いのTCPAが異なる場合はTCPAの正規化値が同一であれば見合い関係によらず「同じ変針角で避けて安全航過距離を確保できる」状況であると評価できる。一方でTCPAが等しい場合は、上述したようにTCPAの正規化値が見合い関係に応じて異なるため、見合い関係毎に異なる即ち操船者の感覚に沿った、衝突危険の度合いを判定することができる。
【0030】
次に、重み係数W
DCPA及びDCPAの正規化について説明する。
図7はDCPA重み係数について説明するための図である。本実施形態においては、
図7に示されるように、重み係数W
DCPAを安全航過距離SD、即ち従来のDCPAしきい値を基準とし、これよりも値が増大するように設定する。具体的には、安全航過距離を20~30%増加させて設定することが好ましい。この安全航過距離の増加割合は、後述する衝突の危険性の度合いを示す正規化CPAリスク(危険度)を算出する都合上、設定されたものである。したがって当該増加割合の根拠については正規化CPAリスクの説明時に詳述する。
【0031】
本実施形態においては、この増加割合をDCPA重み係数算出値として1.2~1.3の数値範囲内、好ましくは1.25で予め設定しておき、適宜安全航過距離に掛け合わせて重み係数WDCPAを算出する。以上により設定された重み係数WDCPAでDCPAを除することにより、TCPAと同様にDCPAを正規化することができる。
【0032】
(機能構成)
上述した航行支援装置3の各種機能について説明する。
図8は本実施形態に係る航行支援装置3の機能構成を示すブロック図である。航行支援装置3は、情報取得部301と、CPA算出部302と、重み係数設定部303と、正規化部304と、判定部305と、報知部306とを機能として備える。
【0033】
情報取得部301は、図示しないレーダ装置のTT(Target Tracking)やセンサ類4、AIS5及びAIS6から、船舶情報を取得すると共に、CPA算出部302により算出されたTCPA、DCPA、及び出会い角を取得する。ここで取得される船舶情報は、出会い角の算出や、TCPA及びDCPA算出に必要な情報であり、具体的には船舶1の速力及び針路(船首方位)、船舶2との相対距離、船舶2の真方位、真針路、及び真速力等が含まれる。
【0034】
CPA算出部302は情報取得部301により取得された船舶情報に基づいて、TCPA及びDCPAの算出と、出会い角の算出とを行う。
【0035】
重み係数設定部303は、重み係数比テーブル、安全航過距離、TCPA重み係数算出値、及びDCPA重み係数算出値に基づいて重み係数WTCPA、WDCPAを設定する。
【0036】
正規化部304は、上述した正規化処理、即ち重み係数設定部303により設定された各重み係数を用い、取得されたTCPA及びDCPAを除することで正規化TCPA及び正規化DCPAを算出する。以後、算出した正規化TCPAおよび正規化DCPAの値をまとめて正規化CPA値(正規化値)と称する。
【0037】
判定部305は、正規化部304により算出された正規化CPA値に基づいて、自船の他船に対する衝突危険の状況を判定する。本実施形態においては「安全」、「注意」、「危険」、「重危険」、及び「緊急」等にレベル分けされた正規化CPAリスクを算出して判定を行う。
【0038】
報知部306は、判定部305により判定された判定結果である正規化CPAリスク等を、ディスプレイへの表示や音響等により操船者に対して報知する。
【0039】
(危険状況判定処理の詳細)
以下、本実施形態に係る航行支援装置3により実行される危険状況判定処理について、
図9を用いて詳細に説明する。
図9は、本実施形態に係る危険状況判定処理を示すフローチャートである。なお、本実施形態に係る危険状況判定処理は、船舶2がレーダ装置により捕捉されるか、または、AIS5及びAIS6から船舶情報を取得することをトリガとして実行、換言すれば船舶2のTCPA及びDCPA、出会い角が算出可能な状態において実行され、当該状態が継続する限り定期的に実行される。また、船舶2が複数あった場合はそれぞれの船舶2に対しても実行される。したがって、危険状況判定処理は操船者が処理の停止を入力するか、レーダ装置が船舶2を捕捉しなくなる等の船舶情報が取得できなくなるまで実行されることとなる。
【0040】
図9に示されるように、先ず情報取得部301はレーダ装置のTTやセンサ類4、AIS5及びAIS6から取得した各種データを船舶情報として取得する(S101)。船舶情報取得後、CPA算出部302は、船舶情報に基づいてTCPA、DCPA、及び出会い角を算出する(S102)。なお、船舶情報に基づくTCPA及びDCPAの算出方法は既存の手法を用いればよいため、ここでの詳細な算出方法は割愛する。出会い角の算出は、例えば船舶情報に含まれる船舶1及び船舶2の針路と、船舶2の真方位とにより算出する。
【0041】
算出後、重み係数設定部303は、重み係数WTCPA及び重み係数WDCPAを設定する(S103)。具体的には、重み係数設定部303は、記憶装置33に記憶された重み係数比テーブルとTCPA重み係数算出値とを読み出し、算出された出会い角に対応する重み係数比を割り出すと共に、割り出した重み係数比にTCPA重み係数算出値を乗じて重み係数WTCPAを設定する。また重み係数設定部303は、記憶装置33に記憶された安全航過距離とDCPA重み係数算出値とを読み出し、これらを掛け合わせて重み係数WDCPAを設定する。なお、安全航過距離とDCPA重み係数算出値とは調節可能な固定値として予め用意されたものであるため、重み係数WDCPAという形で予め掛け合わせた状態で記憶装置33に記憶させておき、これを適宜取得するようにしてもよい。これは重み係数比とTCPA重み係数算出値とにおいても同様である。
【0042】
各重み係数設定後、正規化部304は取得したTCPA及びDCPAと、設定した重み係数WTCPA、WDCPAとに基づいて正規化処理を行い、正規化CPA値を算出する(S104)。本実施形態においては、TCPA/WTCPAを正規化TCPAとし、DCPA/WDCPAを正規化DCPAとして算出する。このような正規化CPA値によれば、それらの値が小さければ小さい程、自他船の衝突する危険性が高まるとすることができる。なお、後述するリスク判定処理の都合上、DCPA>WDCPAではDCPA/WDCPAを1とし、TCPA>WTCPAではTCPA/WTCPAを1とすることが好ましい。
【0043】
正規化CPA値算出後、判定部305は、正規化CPA値に基づいてリスク判定処理を行う(S105)。本実施形態に係るリスク判定処理は、正規化CPA値に基づいて、船舶2との衝突の危険性の度合いを示す正規化CPAリスクを算出する処理である。正規化CPAリスク(Risk)は、下記(4)式により算出することができる。但し、TCPA<0ではRisk=0とする。
【0044】
【0045】
この(4)式と正規化CPA値の性質とからわかるように、正規化CPAリスクは1に近づくにつれて衝突の危険性が増加し、0に近づくにつれて危険性が減少する。したがって、例えば0以上0.2未満を「安全」、0,2以上0.4未満を「注意」、0.4以上0.6未満を「危険」、0.6以上0.8未満を「重危険」、0.8以上1未満を「緊急」とレベル分けすれば、正規化CPAリスクを算出するのみで現状における衝突危険性を容易に判定することができる。
【0046】
ここで、DCPA重み係数算出値を1.2~1.3、即ち安全航過距離の増加割合を20%~30%とすることが好ましいと以前に説明したが、これは正規化CPAリスク0.2前後を注意すべき値と設定するためである。つまりDCPA=安全航過距離の状況であれば正規化CPAリスクは(4)式から値が0となってしまうため、計算式「1-(DCPA/W
DCPA)」(
図7に示される符号Cの勾配)をそれなりに注意すべき値として0~1の範囲における0.2前後をとるようにすることが好ましい。これには安全航過距離を25%増しとすれば、計算式において「1-(1/1.25)=正規化CPAリスク0.2」とすることができる。なお、ここでのレベル分けは適宜調節可能とし、その間隔(上記の例では0.2刻み)も調節可能とすることが好ましい。
【0047】
リスク判定処理後、報知部306は、現時点において本処理の判定対象となっている船舶2を含む他船の各正規化CPAリスクに基づき、正規化CPAリスクが高い船舶順に、即ち最も正規化CPAリスクが高い船舶を1位として注意すべき他船の優先順位を設定する(S106)。優先順位設定後、報知部306は、船舶2の正規化CPAリスク及び優先順位をディスプレイ上に表示し(S107)、本フローは終了となる。当該表示としては、例えばレーダ装置からのレーダビデオ信号に基づいてレーダ指示器により表示される船舶2のシンボル表示に対して正規化CPAリスクと共に優先順位を示す値や記号を付与する手法が挙げられる。また、正規化CPAリスク及び/又は優先順位に応じて、船舶2のシンボル表示の色や形を変更するようにしてもよい。
【0048】
以上に説明した本実施形態によれば、TCPA及びDCPAを重み係数により正規化、特にTCPAを出会い角に応じた重み係数で正規化することにより、操船者の感覚に極めて近い衝突危険の判定を可能とすることができる。また、正規化TCPA及び正規化DCPAに基づいて正規化CPAリスクを算出することにより、操船者に対して直感的に把握可能な指標を提示することができる。さらに、正規化CPAリスクに応じた優先順位を複数の他船に対して設定することができるため、操船者は危険を回避すべき優先順位を容易に判断することができる。
【0049】
なお、本実施形態においては、報知部306は正規化CPAリスク及び優先順位をディスプレイに表示する視覚的な報知を行うと説明したが、これに限定されるものではない。例えば正規化CPAリスクが「注意」~「緊急」であれば警報音が発せられ、「注意」から「緊急」へレベルが上がるに従いその警報音の種類が異なる等、音による報知を行ってもよい。
【0050】
また、本実施形態においては、正規化CPA値を用いて正規化CPAリスクを算出し、これを操船者に報知したが、レーダ装置のTTの1機能である試行操船に対して正規化CPA値を試行操船における危険状況変化の確認に用いるようにしてもよい。
【0051】
また、本発明に係る船舶用航行支援装置は必ずしも船舶に搭載される必要はなく、例えば地上施設に配備され、航行中の船舶1及び船舶2の船舶情報を収集して危険状況判定処理を行うようにしてもよい。この場合、正規化CPAリスクの報知等は双方の船舶になされる。また、本実施形態のように実際の航行中の状態(オンライン状態)において使用してもよいが、収集した船舶情報を用いて仮想的な船舶の避航動作の妥当性検証等、実際に航行していない状態(オフライン状態)でのシミュレーション装置として適用してもよい。
【0052】
また、本実施形態においては、重み係数WDCPA算出にDCPA重み係数算出値を用いて安全航過距離の値を増加させたが、DCPA重み係数算出値により値の増加をせずに重み係数WDCPA=安全航過距離としても、ある程度の精度を維持して(正規化CPAリスク0.2前後以外には影響が少ないため)操船者の感覚に沿った衝突危険の判定を行うことができる。
【0053】
また、本実施形態においては、正規化CPA値に基づいて正規化CPAリスクを算出したが、判定部305が正規化CPAリスクの代わりに、または正規化CPAリスクと共に正規化CPA座標系を用いて衝突の危険性を判定するようにしてもよい。
【0054】
図10は、複数の船舶の正規化CPA値がプロットされた正規化CPA座標系を示す図である。ここでの正規化CPA座標系においては縦軸が正規化TCPAであるTCPA/W
TCPAであり、横軸が正規化DCPAであるDCPA/W
DCPAである。したがって、船舶2の正規化TCPA及びDCPAの値が1に近いほど、即ち座標系の右上にプロットされるほど衝突の危険性は低く、船舶2の正規化TCPA及びDCPAの値が0に近いほど、即ち座標系の左下にプロットされるほど衝突の危険性は高くなる。このように構築された正規化CPA座標系上に複数の船舶2の正規化CPA値が座標値としてそれぞれプロットされることにより、船舶2の衝突の危険性の度合い及びその優先順位を容易に判定することができる。
【0055】
また、
図10に示される正規化CPA座標系においては、下記(5)式により算出される危険度曲線D1~D10を正規化CPAリスクのレベル毎に算出し、これを重畳表示している。
【0056】
【0057】
報知部306は、この危険度曲線D1~D10が重畳表示された正規化CPA座標系をディスプレイ等に表示することにより、船舶2の正規化CPAリスクを容易に視認することを可能とする。例えば危険度曲線D8とD9との間、及び危険度曲線D9外にシンボルが位置する3つの船舶2は比較的安全または安全であると判断できるが、危険度曲線D7とD8との間にシンボルが位置する船舶2は注意が必要であると判断できる。一方、危険度曲線D4とD5との間にシンボルが位置する船舶2は危険な状況にあり細心の注意を払う必要があると判断できる。なお、この座標系に示される船舶2はそれぞれレーダ指示器に示される船舶と対応付けられるように色や番号(ID)を付す等して互いに識別可能にすることが好ましい。なお、
図10に示される危険度曲線D1、D2、・・・、D9はそれぞれRisk=0.9、0.8、・・・、0.1の曲線であり、危険度曲線D10はRisk=0.01の曲線である((5)式から明らかなようにRisk=0では曲線が描けないため、Risk=0.01とした)。
【0058】
このように正規化CPA座標系に船舶2をプロットすることにより、自他船の挙動を直感的に視認することも可能となる。
図11は、正規化CPA座標系における他船の挙動を説明するための図である。自他船が共に行動変化せずに、即ち一定の針路及び速力を保持したまま進行する場合は、
図11の符号Eに示されるように時間経過と共にプロットした船舶2のアイコンが真っ直ぐ下方に移動することとなる。同様に正規化DCPA値が0であれば符号Fに示されるように真っ直ぐ下方に移動して自他船が衝突することとなる。
【0059】
なお、
図12に示されるように、避航操船など自船(他船でもよい)が行動変化した時の船舶2のアイコンは、符号Gに示されるように上方に動くよう回避すればTCPAが増加して時間的余裕を持つことができ、符号Hに示されるように右に動けばDCPAが増加して空間的(距離的)余裕を持つことができる。通常の避航操船を行うと船舶2のアイコンは上または右に移動することとなる。一方、符号Iは、行動変化の結果、プロットした船舶2のアイコンの下方への移動が、行動変化する前の下方への移動に比べて増加(速力が増加)した場合を示しており、オンライン状態であれば、意図して又は結果として「早く通り過ぎる」ことを確認することができる。オフライン状態であれば、ここは「あえて早く通り過ぎようとした」と推定することができる。
【0060】
本発明は、その要旨または主要な特徴から逸脱することなく、他の様々な形で実施することができる。そのため、前述の各実施形態は、あらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示すものであって、明細書本文には、何ら拘束されない。更に、特許請求の範囲の均等範囲に属する全ての変形、様々な改良、代替および改質は、全て本発明の範囲内のものである。
【符号の説明】
【0061】
1,2 船舶(第1船舶、第2船舶)
3 航行支援装置(船舶用航行支援装置)
301 情報取得部(取得部)
303 重み係数設定部
304 正規化部
305 判定部
306 報知部