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特許7251722糖尿病に関する情報を取得する方法及びその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-27
(45)【発行日】2023-04-04
(54)【発明の名称】糖尿病に関する情報を取得する方法及びその利用
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/92 20060101AFI20230328BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20230328BHJP
【FI】
G01N33/92 A
G01N33/53 W
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2018182399
(22)【出願日】2018-09-27
(65)【公開番号】P2020051928
(43)【公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-08-23
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】二宮 利治
(72)【発明者】
【氏名】平川 洋一郎
(72)【発明者】
【氏名】杜 隆嗣
(72)【発明者】
【氏名】入野 康宏
(72)【発明者】
【氏名】村上 克洋
(72)【発明者】
【氏名】三輪 桂子
(72)【発明者】
【氏名】原田 周
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0109469(US,A1)
【文献】国際公開第2007/052789(WO,A1)
【文献】特開2017-207505(JP,A)
【文献】国際公開第2012/011563(WO,A1)
【文献】KOIE Motoya,Effects of non-statin antilipemic drugs on vascular endothelial function in patients with type 2 diabetes with hypercholesterolemia,Diabetology International,2014年09月01日,vol.5 No.3,175-180
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 -33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能を測定することを含み、前記生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、糖尿病発症リスクの指標となる、被検者の糖尿病に関する情報を取得する方法。
【請求項2】
前記被検者が、心血管疾患の既往歴がない被検者である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生体試料が、血液試料である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記リポタンパク質が、高比重リポタンパク質である請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記測定工程が、無細胞系で行われる請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記測定工程が、
前記生体試料中のリポタンパク質と、標識ステロールとを接触することにより、前記標識ステロールを取り込んだリポタンパク質を調製する工程と、
前記リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールの標識に基づいて、前記標識ステロールの取り込み能を測定する工程と
を含む請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記調製工程が、環状構造を有さない界面活性剤の存在下で行われる請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記標識ステロールが、標識コレステロールである請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
前記標識コレステロールが、下記の式(I):
【化1】

(式中、R1は、メチル基を有していてもよい炭素数1~6のアルキレン基であり、
X及びYは、同一又は異なって、-R2-NH-、-NH-R2-、-R2-(C=O)-NH-、-(C=O)-NH-R2-、-R2-NH-(C=O)-、-NH-(C=O)-R2-、-R2-(C=O)-、-(C=O)-R2-、-R2-(C=O)-O-、-(C=O)-O-R2-、-R2-O-(C=O)-、-O-(C=O)-R2-、-R2-(C=S)-NH-、-(C=S)-NH-R2-、-R2-NH-(C=S)-、-NH-(C=S)-R2-、-R2-O-、-O-R2-、-R2-S-、又は-S-R2-で表され、ここで、R2は、それぞれ独立して、結合手、置換基を有していてもよい炭素数1~10のアルキレン基、置換基を有していてもよい炭素数6~12のアリーレン基若しくはヘテロアリーレン基、又は、置換基を有していてもよい炭素数3~8のシクロアルキレン基若しくはヘテロシクロアルキレン基であり、
Lは、-(CH2)d-[R3-(CH2)e]f-、又は-[(CH2)e-R3]f-(CH2)d-で表わされ、ここで、R3は、酸素原子、硫黄原子、-NH-、-NH-(C=O)-又は-(C=O)-NH-であり、
TAGは、タグであり、
a及びcは、同一又は異なって、0~6の整数であり、
bは、0又は1であり、
d及びeは、同一又は異なって、0~12の整数であり、
fは、0~24の整数である。)
で表されるタグ付加コレステロールである請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記タグ付加コレステロールが、下記の式(IV):
【化2】

で表される請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記測定工程が、前記標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と、前記リポタンパク質に結合する捕捉体とを接触して、前記標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と前記捕捉体を含む複合体を形成する工程を含む請求項6~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記捕捉体が、前記リポタンパク質に特異的に結合する抗体である請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記捕捉体が、固相に固定化されており、前記リポタンパク質が固相上に固定される請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
前記固相に固定化されたリポタンパク質が、前記標識ステロールを取り込んだ前記リポタンパク質である請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記測定工程が、前記リポタンパク質に取り込まれた前記標識ステロールに由来するシグナルを検出することにより行われる請求項6~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
標識ステロールと、リポタンパク質に結合する捕捉体とを含む、請求項1~15のいずれか1項に記載の方法に用いられる、糖尿病に関する情報を取得するための試薬キット。
【請求項17】
プロセッサ及び前記プロセッサの制御下にあるメモリを含むコンピュータを備え、
前記メモリには、
被検者の生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能の測定値を取得するステップと、
前記生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値に基づいて、糖尿病発症リスクを判定するステップと、
前記判定の結果を出力するステップと
を前記コンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムが記録されている、
糖尿病発症リスクの判定装置。
【請求項18】
コンピュータに読み取り可能な媒体に記録されているコンピュータプログラムであって、下記のステップ:
被検者の生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能の測定値を取得するステップと、
前記生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値に基づいて、糖尿病発症リスクを判定するステップと、
前記判定の結果を出力するステップと
を前記コンピュータに実行させる、
糖尿病発症リスクの判定のためのコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病に関する情報を取得する方法に関する。本発明は、糖尿病の発症リスクを判定する方法に関する。本発明は、糖尿病に関する情報を取得するための試薬キットに関する。本発明は、糖尿病の発症リスクを判定するための装置及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、慢性的な高血糖及び糖尿を症状とする代謝性疾患である。糖尿病、特に2型糖尿病は、遺伝的要因に加え、過食、肥満、運動不足などの環境的要因により、インスリンの分泌及び感受性が低下することで発症する。糖尿病の患者数は、2017年時点で全世界で4億人を超えると推定され、今後も増加することが予想されている。また、糖尿病は、心血管疾患、神経障害、腎症、網膜症などの様々な合併症を引き起こすことが知られ、患者の生活の質の低下及び医療費の増大が問題となっている。一方、糖尿病発症リスクは、食餌療法及び運動療法を行って生活習慣を改善することにより低減できることが知られている。公衆衛生及び医療経済の観点から、糖尿病発症リスクの高い群を見出して、生活習慣の改善に向けた介入を積極的に行うことが重要である。
【0003】
糖尿病の診断には、空腹時血糖、糖負荷試験及びヘモグロビンA1c(HbA1c)の測定値が用いられる。これらの値が、糖尿病と診断される値より低いが正常値より高い場合、境界型と診断される。境界型は、健常者より糖尿病発症リスクが高いことが知られている。また、非特許文献1では、高比重リポタンパク質(HDL)によるマクロファージからのコレステロール排出と、2型糖尿病の発症との関連を検討している。非特許文献1には、コレステロール排出率をApoAIタンパク質の量で割って得た値(コレステロール排出/ApoAI比)が、2型糖尿病の発症と関連することが記載されている。一方、非特許文献1には、コレステロール排出率自体は、糖尿病ではない被検者群と糖尿病の被検者群との間に有意差はなかったことが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Blanco-Rojo, R.ら, HDL cholesterol efflux normalized to apoA-I is associated with future development of type 2 diabetes: from the CORDIOPREV trial. Sci. Rep., 2017, 7(1):12499
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、糖尿病発症リスクの予測を可能にする新たな手段の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、被検者の生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、糖尿病発症リスクの指標となることを見出して、本発明を完成した。よって、本発明は、被検者の生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能を測定することを含み、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、糖尿病発症リスクの指標となる、被検者の糖尿病に関する情報を取得する方法を提供する。
【0007】
本発明は、被検者の生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能を測定する工程、及び、次の(1)及び/又は(2)の工程:(1)生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、所定の閾値以下の場合、糖尿病発症リスクが高いと判定する工程、(2)生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、所定の閾値より高い場合、糖尿病発症リスクが低いと判定する工程を含む、被検者の糖尿病発症リスクを判定する方法を提供する。
【0008】
本発明は、標識ステロールと、リポタンパク質と結合する捕捉体とを含む、糖尿病に関する情報を取得するための試薬キットを提供する。
【0009】
本発明は、プロセッサ及びプロセッサの制御下にあるメモリを含むコンピュータを備え、メモリには、被検者の生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能の測定値を取得するステップと、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値に基づいて、糖尿病発症リスクを判定するステップと、判定の結果を出力するステップとをコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムが記録されている、糖尿病発症リスクの判定装置を提供する。
【0010】
コンピュータに読み取り可能な媒体に記録されているコンピュータプログラムであって、被検者の生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能の測定値を取得するステップと、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値に基づいて、糖尿病発症リスクを判定するステップと、判定の結果を出力するステップとをコンピュータに実行させる、糖尿病発症リスクの判定のためのコンピュータプログラムを提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、新たな糖尿病発症リスクの指標として、被検者の生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値を取得することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】糖尿病に関する情報を取得するための試薬キットの外観の一例を示す図である。
図2】糖尿病に関する情報を取得するための試薬キットの外観の一例を示す図である。
図3】糖尿病発症リスクの判定装置の一例を示した概略図である。
図4】糖尿病発症リスクの判定装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
図5】糖尿病発症リスクの判定装置を用いた判定のフローチャートである。
図6】糖尿病発症リスクの判定装置を用いた判定のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[1.糖尿病に関する情報を取得するための方法]
本実施形態の糖尿病に関する情報を取得するための方法(以下、単に「方法」ともいう)では、被検者の生体試料中のリポタンパク質のコレステロール取り込み能を測定する。
【0014】
(被検者)
被検者は、糖尿病と診断されていない限り、特に限定されない。被検者としては、例えば健常者、心血管疾患の既往歴がない者、過食、肥満、運動不足などの糖尿病発症の環境的要因を有する者などが挙げられる。心血管疾患の既往歴がない者とは、例えば心筋梗塞、脳梗塞及び冠動脈形成術のいずれも経験していない者が挙げられる。
【0015】
(生体試料)
生体試料は、被検者のリポタンパク質を含む試料であれば、特に限定されない。そのような生体試料としては、例えば血液試料が挙げられる。血液試料としては、例えば血液(全血)、血漿、血清などが挙げられ、特に血清が好ましい。
【0016】
生体試料を、超遠心分離法、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿法などの公知の方法によって分離又は分画して、所定のリポタンパク質を含む画分を取得してもよい。本実施形態では、生体試料から調製した所定のリポタンパク質を含む画分(以下、「リポタンパク質画分」ともいう)を、後述のステロール取り込み能の測定に用いることができる。本明細書において「生体試料」との用語には、被検者から採取した生体試料だけでなく、該生体試料から調製したリポタンパク質画分も含まれる。リポタンパク質画分としては、HDL画分が特に好ましい。
【0017】
リポタンパク質は、HDL、低比重リポタンパク質(LDL)、中間比重リポタンパク質(IDL)、超低比重リポタンパク質(VLDL)、及びカイロミクロン(CM)のいずれであってもよい。HDLは、1.063 g/mL以上の密度を有するリポタンパク質である。LDLは、1.019 g/mL以上1.063 g/mL未満の密度を有するリポタンパク質である。IDLは、1.006 g/mL以上1.019 g/mL未満の密度を有するリポタンパク質である。VLDLは、0.95 g/mL以上1.006 g/mL未満の密度を有するリポタンパク質である。CMは、0.95 g/mL未満の密度を有するリポタンパク質である。本実施形態では、HDLのステロール取り込み能を測定することが好ましい。
【0018】
リポタンパク質は、コレステロールをエステル化して取り込むことが知られている。標識ステロールとして、後述の標識コレステロールを用いる場合、リポタンパク質によるコレステロールのエステル化反応に必要となる脂肪酸又はそれを含む組成物(例えばリポソーム)を、生体試料に添加してもよい。
【0019】
本実施形態では、生体試料を希釈して用いてもよい。例えば、リポタンパク質濃度を調整するために、生体試料を水性媒体で希釈して得た液を、後述の測定に用いることができる。そのような水性媒体としては、例えば水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、Tris-HClなどの緩衝液が挙げられる。
【0020】
本実施形態では、生体試料を、後述の環状構造を有さない界面活性剤の存在下で希釈してもよい。例えば、環状構造を有さない界面活性剤を上記の水性媒体に溶解した溶液で、生体試料を希釈してもよい。このようにして希釈した生体試料と、標識ステロールとを混合することにより、リポタンパク質と標識ステロールとが、環状構造を有さない界面活性剤の存在下で接触する。
【0021】
リポタンパク質の構成成分であるアポリポタンパク質の濃度は、生体試料中のリポタンパク質の濃度の指標となる。本実施形態では、得られたアポリポタンパク質の濃度に基づいて生体試料を希釈することにより、生体試料中のリポタンパク質濃度を調整してもよい。アポリポタンパク質の濃度は、公知の免疫学的測定法(例えば免疫比濁法)により測定できる。アポリポタンパク質の濃度としては、ApoAIの濃度が特に好ましい。アポリポタンパク質の測定は、生体試料の一部を取って測定試料として用い、ステロール取り込み能の測定とは別途行うことが好ましい。
【0022】
本実施形態では、生体試料を、環状オリゴ糖の存在下で希釈してもよい。例えば、環状オリゴ糖を上記の水性媒体に溶解した溶液で生体試料を希釈してもよい。環状オリゴ糖としては、例えばシクロデキストリン、ヒドロキシプロピルシクロデキストリンなどが挙げられる。環状オリゴ糖は、生体試料に由来するコレステロールを包接して、ブロッキング剤として機能する。
【0023】
本実施形態では、生体試料を、測定対象のリポタンパク質とは異なるリポタンパク質に結合する成分の存在下で希釈してもよい。例えば、該成分を上記の水性媒体に溶解した溶液で、生体試料を希釈してもよい。測定対象のリポタンパク質とは異なるリポタンパク質に結合する成分としては、例えば、カリクサレンなどが挙げられる。カリクサレンはLDL、VLDL及びCMに結合するが、HDLには結合しない。HDLによる取り込み能を測定する場合、カリクサレンを試料に添加することで、試料に由来するLDL、VLDL及びCMをマスキングできる。
【0024】
本実施形態では、生体試料を、標識ステロールの非特異的吸着を防止するためのブロッキング剤の存在下で希釈してもよい。例えば、該ブロッキング剤を上記の水性媒体に溶解した溶液で、生体試料を希釈してもよい。ブロッキング剤の添加により、例えば、後述の固相や捕捉体への標識ステロールの非特異的吸着が抑制される。ブロッキング剤は、標識ステロールが、標識コレステロール以外の物質に吸着することを抑制できる成分であればよい。好ましいブロッキング剤としては、例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン系重合体が挙げられる。この重合体は、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンの単独重合体であってもよいし、他のモノマーとの共重合体であってもよい。他のモノマーとしては、疎水性基として炭素数1~20のアルキル基を有するアクリル酸エステル又はメタクリル酸エステルが好ましい。2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン系重合体は市販されている。例えば、日油株式会社のリピジュア(商標)のシリーズが挙げられ、それらの中でもリピジュア-BL203が特に好ましい。
【0025】
(無細胞系の測定方法)
本実施形態では、生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能を、無細胞系で測定することが好ましい。無細胞系とは、リポタンパク質のステロール取り込み能の測定に利用する目的で、細胞を添加することがないことを意味する。リポタンパク質のステロール取り込み能を無細胞系で測定する方法自体は、当該技術分野において公知であり、例えばUS 2017/0315112 A1に記載されている(US 2017/0315112 A1は、参照により本明細書に組み込まれる)。具体的には、生体試料中のリポタンパク質と、標識ステロールとを接触することにより、該標識ステロールを取り込んだリポタンパク質を調製し、リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールの標識に基づいて、標識ステロールの取り込み能を測定する。この測定方法では、試料中のリポタンパク質に標識ステロールを直接取り込ませるので、従来のコレステロール排出機能の測定法のように、マクロファージなどのコレステロールを溜め込んだ細胞を用いなくともよい。本実施形態では、生体試料に被検者由来の細胞が含まれている場合であっても、その細胞自体は、リポタンパク質の標識ステロールの取り込みには影響をほとんど及ぼさないと考え、測定方法は無細胞系であるとみなす。
【0026】
(標識ステロール)
標識ステロールは、標識物質を有するステロールである。以下、標識ステロールが有する標識物質を「第1の標識」ともいう。標識ステロールに用いられるステロールは、リポタンパク質に取り込まれる限り、特に限定されない。そのようなステロールとしては、例えば、コレステロール及びその誘導体が挙げられる。コレステロール誘導体としては、例えば、胆汁酸の前駆体、ステロイドの前駆体などが挙げられる。具体的には、3β-ヒドロキシ-Δ5-コレン酸、24-アミノ-5-コレン-3β-オルなどが好ましい。
【0027】
本実施形態では、標識ステロールは、標識物質を有するコレステロール(以下、「標識コレステロール」ともいう)が好ましい。標識コレステロールにおけるコレステロール部分は、天然に存在するコレステロールの構造を有してもよいし、又は、天然に存在するコレステロールのC17位に結合しているアルキル鎖から1つ以上のメチレン基及び/又はメチル基が除かれたコレステロール(ノルコレステロールとも呼ばれる)の構造を有してもよい。
【0028】
リポタンパク質はコレステロールをエステル化して取り込むので、リポタンパク質によりエステル化される標識コレステロールを用いることが好ましい。本実施形態では、標識コレステロールは、生体試料と混合した際に、該試料に含まれる生体由来のレシチン-コレステロールアシルトランスフェラーゼ(LCAT)によりエステル化される。リポタンパク質による標識コレステロールのエステル化を確認する方法自体は、当該技術において公知であり、当業者がルーチンで行うことができる。
【0029】
第1の標識は、リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールを検出可能にする標識物質であれば、特に限定されない。第1の標識は、例えば、それ自体が検出対象となるタグであってもよいし、検出可能なシグナルを発生する物質(以下、「シグナル発生物質」ともいう)であってもよい。
【0030】
第1の標識としてのタグは、リポタンパク質によるステロールの取り込みを阻害せず、且つ、該タグと特異的に結合できる物質が存在するか又は得られる限り、特に限定されない。以下では、第1の標識としてタグを付加されたステロールを「タグ付加ステロール」ともいう。同様に、第1の標識としてタグを付加されたコレステロールを「タグ付加コレステロール」ともいう。タグ付加コレステロール自体は当該技術分野において公知であり、例えばUS 2017/0315112 A1に記載されている。
【0031】
タグ付加コレステロールとしては、例えば、下記の式(I)で表されるタグ付加コレステロールが挙げられる。
【0032】
【化1】
(式中、R1は、メチル基を有していてもよい炭素数1~6のアルキレン基であり、
X及びYは、同一又は異なって、-R2-NH-、-NH-R2-、-R2-(C=O)-NH-、-(C=O)-NH-R2-、-R2-NH-(C=O)-、-NH-(C=O)-R2-、-R2-(C=O)-、-(C=O)-R2-、-R2-(C=O)-O-、-(C=O)-O-R2-、-R2-O-(C=O)-、-O-(C=O)-R2-、-R2-(C=S)-NH-、-(C=S)-NH-R2-、-R2-NH-(C=S)-、-NH-(C=S)-R2-、-R2-O-、-O-R2-、-R2-S-、又は-S-R2-で表され、ここで、R2は、それぞれ独立して、結合手、置換基を有していてもよい炭素数1~10のアルキレン基、置換基を有していてもよい炭素数6~12のアリーレン基若しくはヘテロアリーレン基、又は、置換基を有していてもよい炭素数3~8のシクロアルキレン基若しくはヘテロシクロアルキレン基であり、
Lは、-(CH2)d-[R3-(CH2)e]f-、又は-[(CH2)e-R3]f-(CH2)d-で表わされ、ここで、R3は、酸素原子、硫黄原子、-NH-、-NH-(C=O)-又は-(C=O)-NH-であり、
TAGは、タグであり、
a及びcは、同一又は異なって、0~6の整数であり、
bは、0又は1であり、
d及びeは、同一又は異なって、0~12の整数であり、
fは、0~24の整数である。)
【0033】
式(I)においてa、b及びcがいずれも0であるとき、この式で表されるタグ付加コレステロールはリンカーを有さず、タグとコレステロール部分とが直接結合している。式(I)においてa、b及びcのいずれかが0でないとき、この式で表されるタグ付加コレステロールは、タグとコレステロール部分との間にリンカー(-[X]a-[L]b-[Y]c-)を有する。リンカーにより、リポタンパク質の外表面に露出したタグと捕捉体とがより結合しやすくなると考えられる。以下に、式(I)の各置換基について説明する。
【0034】
R1は、炭素数1~6のアルキレン基を主鎖とし、いずれかの位置にメチル基を有しいてもよい。R1は、天然に存在するコレステロールのC17位に結合したアルキル鎖に相当する。本実施形態では、R1は、炭素数が1~5の場合、天然に存在するコレステロールにおけるC20の位置にメチル基を有することが好ましい。R1は、炭素数が6の場合、天然に存在するコレステロールのC20位~C27位のアルキル鎖と同じ構造であることが好ましい。
【0035】
[X]aは、R1と、L、[Y]c又はタグとの連結部分に相当する。[Y]cは、R1、[X]a又はLと、タグとの連結部分に相当する。X及びYは、コレステロール部分とリンカーとを結合する反応及びリンカーとタグとを結合する反応の種類に応じて決定される。
【0036】
R2に関して、結合手とは、間に他の原子を介さずに直接結合することをいう。R2が、炭素数1~10のアルキレン基であるとき、そのようなアルキレン基としては、例えば、メチレン、エチレン、プロピレン、イソプロピレン、ブチレン、イソブチレン、ペンチレン、ネオペンチレン、ヘキシレン、ヘプチレン、オクチレン、2-エチルヘキシレン、ノニレン及びデシレンなどの基が挙げられる。それらの中でも、炭素数1~4のアルキレン基が好ましい。R2が、置換基を有するアルキレン基であるとき、上記の炭素数には、置換基の炭素数は含まれない。
【0037】
R2が、アリーレン基若しくはヘテロアリーレン基であるとき、そのような基は、N、S、O及びPから選択される1つ以上のヘテロ原子を含んでいてもよい炭素数6~12の芳香環であればよい。例えば、フェニレン、ナフチレン、ビフェニリレン、フラニレン、ピローレン、チオフェニレン、トリアゾーレン、オキサジアゾーレン、ピリジレン、ピリミジレンなどの基が挙げられる。R2が、置換基を有するアリーレン基又はヘテロアリーレン基であるとき、上記の炭素数には、置換基の炭素数は含まれない。
【0038】
R2が、シクロアルキレン基若しくはヘテロシクロアルキレン基であるとき、そのような基は、N、S、O及びPから選択される1つ以上のヘテロ原子を含んでいてもよい炭素数3~8の非芳香環であればよい。例えば、シクロプロピレン、シクロブチレン、シクロペンチレン、シクロヘキシレン、シクロヘプチレン、シクロオクチレン、ピロリジニレン、ピペリジニレン、モルホリニレンなどの基が挙げられる。R2が、置換基を有するシクロアルキレン基又はヘテロシクロアルキレン基であるとき、上記の炭素数には、置換基の炭素数は含まれない。
【0039】
R2における置換基としては、例えば、ヒドロキシル、シアノ、アルコキシ、=O、=S、-NO2、-SH、ハロゲン、ハロアルキル、ヘテロアルキル、カルボキシアルキル、アミン、アミド、及びチオエーテルなどの基挙げられる。R2は、置換基を複数有していてもよい。ここで、ハロゲンは、フッ素、塩素、臭素、又はヨウ素を表す。アルコキシは、-O-アルキル基を示し、このアルキル基は、炭素数1~5、好ましくは炭素数1又は2の直鎖状又は分岐鎖状の飽和脂肪族炭化水素基である。
【0040】
好ましくは、a及びcが共に1であり、X及びYが、同一又は異なって、-(C=O)-NH-、又は-NH-(C=O)-である。
【0041】
Lは、スペーサーに相当し、リンカーに所定の長さを付与するポリマー構造を有する。このポリマー構造部分は、リポタンパク質によるコレステロールの取り込みを阻害せず、且つ、リンカー部分がリポタンパク質に取り込まれにくい性質であることが好ましい。そのようなポリマーとしては、ポリエチレングリコール(PEG)などの親水性ポリマーが挙げられる。好ましい実施形態において、Lは、-(CH2)d-[O-(CH2)e]f-、又は-[(CH2)e-O]f-(CH2)d-で表わされる構造である。ここで、d及びeは、同一又は異なって、0~12の整数、好ましくは2~6の整数、より好ましくは共に2である。fは、0~24の整数、好ましくは2~11の整数、より好ましくは4~11の整数である。
【0042】
タグは、天然由来の物質及び合成された物質のいずれであってもよく、例えば、化合物、ペプチド、タンパク質、核酸及びそれらの組み合わせなどが挙げられる。化合物は、これと特異的に結合できる物質が存在するか又は得られるかぎり、当該技術において公知の標識化合物であってもよく、例えば、色素化合物などが挙げられる。
【0043】
当該技術分野において、コレステロールはエステル化されることで脂溶性が増大して、リポタンパク質による取り込みが促進することが知られている。コレステロールに付加されるタグは、脂溶性又は疎水性の物質であってもよい。
【0044】
タグと該タグに特異的に結合できる物質との組み合わせとしては、例えば、抗原と該抗原を認識する抗体、ハプテンと抗ハプテン抗体、ペプチド又はタンパク質とそれらを認識するアプタマー、リガンドとその受容体、オリゴヌクレオチドとその相補鎖を有するオリゴヌクレオチド、ビオチンとアビジン(又はストレプトアビジン)、ヒスチジンタグ(6~10残基のヒスチジンを含むペプチド)とニッケル、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)とグルタチオンなどが挙げられる。タグとしての抗原は、当該技術において公知のペプチドタグ及びプロテインタグであってもよく、例えば、FLAG(登録商標)、ヘマグルチニン(HA)、Mycタンパク質、緑色蛍光タンパク質(GFP)などが挙げられる。タグとしてのハプテンは、例えば、2, 4-ジニトロフェノールなどが挙げられる。
【0045】
タグ付加ステロールは、タグとして、例えば、下記の式(II):
【0046】
【化2】
で表される構造、又は、下記の式(III):
【0047】
【化3】
で表される構造が付加されたステロールが挙げられる。式(II)で表される構造は、ボロンジピロメテン(BODIPY(登録商標))骨格であり、式(III)で表される構造は、ビオチンの一部分を示す。式(II)又は(III)で表される構造がタグとして付加されたステロールは、これらのタグに対する捕捉体が一般に入手可能であるので、好ましい。また、タグとして2, 4-ジニトロフェニル(DNP)基が付加されたステロールも、抗DNP抗体が市販されているので、好ましい。
【0048】
リンカーを有さないタグ付加コレステロールとしては、例えば、下記の式(IV)で表される蛍光標識コレステロール(23-(ジピロメテンボロンジフルオリド)-24-ノルコレステロール、CAS No: 878557-19-8)が挙げられる。
【0049】
【化4】
【0050】
この蛍光標識コレステロールは、Avanti Polar Lipids社よりTopFluor Cholesterolとの商品名で販売されている。式(IV)で表される蛍光標識コレステロールは、タグ(BODIPY骨格構造を有する蛍光部分)がコレステロールのC23位に直接結合している。上記のBODIPY骨格構造を有する蛍光部分に特異的に結合する捕捉体として、抗BODIPY抗体(BODIPY FL Rabbit IgG Fraction、A-5770、Lifetechnologies社)が市販されている。
【0051】
タグがリンカーを介して結合しているタグ付加コレステロールとしては、下記の式(V)で表されるビオチン付加コレステロールが挙げられる。
【0052】
【化5】
(式中、nは、0~24の整数、好ましくは2~11の整数、より好ましくは4~11の整数である。)
【0053】
このタグ付加コレステロールにおいては、タグ(式(III)で表されるビオチン部分)がリンカー(ポリエチレングリコール)を介してコレステロール部分と結合している。ビオチン部分に特異的に結合する捕捉体としては、アビジン又はストレプトアビジンが適している。また、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ(ALP)などの標識物質が結合したアビジン又はストレプトアビジンも市販されている。
【0054】
また、タグがリンカーを介して結合しているタグ付加コレステロールとして、下記の式(VI)で表されるDNP付加コレステロールが挙げられる。
【0055】
【化6】
【0056】
このタグ付加コレステロールにおいては、DNPがリンカー(-(C=O)-NH-CH2-CH2-NH-)を介してコレステロール部分と結合している。DNPに特異的に結合する捕捉体としては、抗DNP抗体が適している。また、HRP、ALPなどの標識物質が結合した抗DNP抗体も市販されている。
【0057】
ステロール部分とタグとの結合様式は特に限定されないが、ステロール部分とタグとを結合させてもよいし、ステロール部分とタグとをリンカーを介して結合させてもよい。結合手段は特に限定されないが、例えば、官能基を利用したクロスリンクが簡便で好ましい。官能基は特に限定されないが、アミノ基、カルボキシル基及びスルフヒドリル基は、市販のクロスリンカーを利用できるので好ましい。
【0058】
コレステロールは、C17位に結合しているアルキル鎖に官能基がないので、タグの付加においては、該アルキル鎖に官能基を有するコレステロール誘導体を用いることが好ましい。そのようなコレステロール誘導体としては、例えば、胆汁酸の前駆体、ステロイドの前駆体などが挙げられる。具体的には、3β-ヒドロキシ-Δ5-コレン酸、24-アミノ-5-コレン-3β-オルなどが好ましい。タグの官能基はタグの種類に応じて異なる。例えば、ペプチド又はタンパク質をタグに用いる場合は、アミノ基、カルボキシル基及びスルフヒドリル基(SH基)が利用でき、ビオチンをタグに用いる場合は、側鎖のカルボキシル基が利用できる。リンカーは、両端に官能基を有するポリマー化合物が好ましい。なお、ビオチンをタグとして付加する場合、市販のビオチン標識試薬を用いてもよい。この試薬は、末端にアミノ基などの官能基を有する様々な長さのスペーサーアーム(PEGなど)を結合させたビオチンが含まれている。
【0059】
第1の標識としてのシグナル発生物質としては、例えば、蛍光物質、発色物質、発光物質、放射性同位元素などが挙げられる。これらのうち、蛍光物質が特に好ましい。蛍光物質は、有極性構造を有する蛍光団を含むことが好ましい。当該技術分野において、有極性構造を有する蛍光団を含む蛍光物質自体は公知である。
【0060】
シグナル発生物質で標識されたステロールは、該物質を公知の方法でステロールに付加することにより製造できる。なお、ステロールにおいて、シグナル発生物質が付加される位置は特に限定されず、用いるシグナル発生物質の種類に応じて適宜決定できる。ステロールとシグナル発生物質との結合様式は特に限定されないが、両者が共有結合を介して直接結合していることが好ましい。
【0061】
蛍光物質を含むステロールとしては、例えば、上記の式(II)で表されるBODIPY骨格構造を有する蛍光団を含む蛍光標識ステロールなどが挙げられる。本実施形態では、市販の蛍光標識ステロールを用いてもよい。例えば、BODIPY骨格構造を有する蛍光団を含むステロールとして、上記の式(IV)で表される蛍光標識コレステロールが挙げられる。式(IV)で表される蛍光標識コレステロールは、470~490 nmの励起波長により、525~550 nmの波長の蛍光シグナルを発生する。
【0062】
(標識ステロールを取り込んだリポタンパク質の調製)
本実施形態では、生体試料中のリポタンパク質と、標識ステロールとの接触は、例えば、生体試料と、標識ステロールを含む溶液とを混合することにより行うことができる。これらを混合した後、リポタンパク質が標識ステロールを取りこみ始め、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質が得られる。混合における温度及び時間の条件は、特に限定されない。例えば、生体試料と標識ステロールとの混合液を20~48℃、好ましくは25~42℃にて、1分間~24時間、好ましくは10分間~2時間インキュベーションしてもよい。インキュベーションの間、混合液は静置してもよいし、攪拌又は振とうしてもよい。
【0063】
標識ステロールの添加量は特に限定されないが、標識ステロールが枯渇しないよう、やや過剰に添加してもよい。例えば、標識ステロールを終濃度0.1μM以上30μM以下、好ましくは1μM以上10μM以下となるように添加できる。
【0064】
(環状構造を有さない界面活性剤)
本実施形態では、環状構造を有さない界面活性剤の存在下で、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質を調製してもよい。環状構造を有さない界面活性剤とは、非環式化合物である界面活性剤をいう。この場合、試料中のリポタンパク質と、標識ステロールとの接触は、例えば、生体試料と、標識ステロールを含む溶液と、環状構造を有さない界面活性剤を含む溶液とを混合することにより行うことができる。混合の順序は特に限定されない。あるいは、環状構造を有さない界面活性剤及び標識ステロールを含む溶液(以下、「反応バッファー」ともいう)をあらかじめ調製し、この反応バッファーと、生体試料とを混合してもよい。
【0065】
環状構造を有さない界面活性剤の存在下で上記の混合を行うことにより、リポタンパク質による取り込み反応が促進する。また、環状構造を有さない界面活性剤はブロッキング剤の役割も果たす。そのため、ウシ血清アルブミン(BSA)などの、免疫学的測定でブロッキング剤として一般的に用いられる動物由来タンパク質を用いなくともよい。動物由来タンパク質は、ロット間の品質が安定しない場合がある。また、動物由来タンパク質は、界面活性剤に比べて、生体試料中の成分、測定系に添加される抗体、標識ステロールなどと非特異的に結合する傾向がある。環状構造を有さない界面活性剤は合成品であるので、品質がほぼ一定であり、測定への影響が動物由来タンパク質に比べて軽微である。
【0066】
環状構造を有さない界面活性剤は、非イオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤及び両性界面活性剤から適宜選択できるが、好ましくは非イオン性界面活性剤である。
【0067】
環状構造を有さない非イオン性界面活性剤は、特に限定されないが、例えば、ポリアルキレングリコールエチレンオキシド付加物、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンジアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルケニルエーテル、ポリオキシエチレン分岐アルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンエーテル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリプロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンヤシ脂肪酸グリセリル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレントリイソステアリン酸、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンアルキルプロピレンジアミン、脂肪酸ジエタノールアミド、ポリオキシエチレン脂肪酸モノエタノールアミドなどが挙げられる。環状構造を有さない非イオン性界面活性剤は、単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0068】
上記の非イオン性界面活性剤の中でも、ポリオキシエチレンアルキルエーテル及びポリアルキレングリコールエチレンオキシド付加物が好ましい。ポリオキシエチレンアルキルエーテルとしては、例えば、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンセチルエーテル、ポリオキシエチレンステアリルエーテル、ポリオキシエチレンベヘニルエーテルなどが挙げられる。本実施形態では、ポリオキシエチレンラウリルエーテルが特に好ましい。ポリオキシエチレンラウリルエーテルは市販されており、例えば、日油株式会社のノニオンK-230及びノニオンK-220、花王株式会社のエマルゲン123P及びエマルゲン130Kなどが挙げられる。
【0069】
本実施形態では、ポリアルキレングリコールエチレンオキシド付加物としては、ブロック共重合体が好ましく、エチレンオキシドとプロピレンオキシドとのトリブロック共重合体がより好ましい。そのようなブロック共重合体の非イオン製界面活性剤としては、下記の式(VII)で表される化合物が特に好ましい。
【0070】
【化7】
(式中、x、y及びzが、同一又は異なって、1以上の整数であり、
ポリプロピレンオキシド部分の分子量が、2750以下である)
【0071】
式(VII)で表される化合物は、ポリプロピレングリコールエチレンオキシド付加物、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックポリマー、又はプルロニック(商標)型非イオン界面活性剤とも呼ばれる。
【0072】
式(VII)において、ポリプロピレンオキシド部分(以下、「PPO」ともいう)の分子量とは、-(O-CH(CH3)-CH2)y-で表される部分の分子量であって、分子構造式から算出される分子量をいう。本実施形態では、PPOの分子量は、好ましくは900以上2750以下であり、より好ましくは950以上2750以下であり、特により好ましくは950以上2250以下である。プルロニック型非イオン界面活性剤におけるPPOは、比較的高疎水性であるため、PPOの分子量が大きいほど、界面活性剤の疎水性も大きくなる。そのため、PPOの分子量が2750より高いプルロニック型非イオン界面活性剤は、リポタンパク質に作用して、コレステロールの取り込みを阻害するおそれがある。
【0073】
式(VII)で表される化合物の平均分子量は、1000~13000であることが好ましい。式(VII)において、x及びzの和は2~240であることが好ましい。また、式(VII)において、yは15~47であることが好ましく、16~47であることがより好ましく、16~39であることが特により好ましい。本明細書において「平均分子量」は、ゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)によって測定される重量平均分子量ある。
【0074】
プルロニック型非イオン界面活性剤は市販されており、例えば、BASF社のプルロニックのシリーズ、日油株式会社のプロノンのシリーズ、旭電化工業株式会社のアデカプルロニックのシリーズなどが挙げられる。プルロニックのシリーズは、PPOの分子量を縦軸にとり、エチレンオキシド(EO)含有量(%)を横軸にとったプルロニックグリッド(例えばPitto-Barry A.及びBarry N.P.E., Poly. Chem., 2014, vol.5, p.3291-3297参照)により分類される。プルロニックグリッドは、学術文献だけでなく、種々の製造業者からも提供される。本実施形態では、プルロニックグリッドに基づいて、式(VII)で表される化合物を選択してもよい。
【0075】
式(VII)で表されるプルロニック型非イオン界面活性剤としては、例えば、プルロニックL31(PPOの分子量:950、EO含有率:10%)、プルロニックL35(PPOの分子量:950、EO含有率:50%)、プルロニックF38(PPOの分子量:950、EO含有率:80%)、プルロニックL42(PPOの分子量:1200、EO含有率:20%)、プルロニックL43(PPOの分子量:1200、EO含有率:30%)、プルロニックL44(PPOの分子量:1200、EO含有率:40%)、プルロニックL61(PPOの分子量:1750、EO含有率:10%)、プルロニックL62(PPOの分子量:1750、EO含有率:20%)、プルロニックL63(PPOの分子量:1750、EO含有率:30%)、プルロニックL64(PPOの分子量:1750、EO含有率:40%)、プルロニックP65(PPOの分子量:1750、EO含有率:50%)、プルロニックF68(PPOの分子量:1750、EO含有率:80%)、プルロニックL72(PPOの分子量:2050、EO含有率:20%)、プルロニックP75(PPOの分子量:2050、EO含有率:50%)、プルロニックF77(PPOの分子量:2050、EO含有率:70%)、プルロニックL81(PPOの分子量:2250、EO含有率:10%)、プルロニックP84(PPOの分子量:2250、EO含有率:40%)、プルロニックP85(PPOの分子量:2250、EO含有率:50%)、プルロニックF87(PPOの分子量:2250、EO含有率:70%)、プルロニックF88(PPOの分子量:2250、EO含有率:80%)、プルロニックL92(PPOの分子量:2750、EO含有率:20%)、プルロニックP94(PPOの分子量:2750、EO含有率:40%)、プルロニックF98(PPOの分子量:2750、EO含有率:80%)などが挙げられる。
【0076】
あるいは、エチレンオキシドとプロピレンオキシドとのトリブロック共重合体は、下記の式(VIII)で表される化合物であってもよい。この化合物は、リバースプルロニック型非イオン界面活性剤とも呼ばれる。
【0077】
【化8】
(式中、p、q及びrが、同一又は異なって、1以上の整数であり、
ポリプロピレンオキシド部分の分子量が、2750以下である)
【0078】
式(VIII)において、ポリプロピレンオキシド部分の分子量とは、-(O-CH(CH3)-CH2)p-及び-(O-CH(CH3)-CH2)r-で表される部分の分子量の合計であって、分子構造式から算出される分子量をいう。本実施形態では、PPOの分子量は、好ましくは900以上2750以下であり、より好ましくは950以上2250以下である。式(VIII)で表されるプルロニック型非イオン界面活性剤は市販されており、例えば、BASF社のプルロニック10R5(PPOの分子量:950、EO含有率:50%)などが挙げられる。
【0079】
式(VIII)で表される化合物の平均分子量は、1000~13000であることが好ましい。式(VIII)において、qは2~240であることが好ましい。また、式(VIII)において、p及びrの和は15~47であることが好ましく、16~47であることがより好ましく、16~39であることが特により好ましい。本明細書において「平均分子量」は、GPCによって測定される重量平均分子量ある。
【0080】
(リポタンパク質と第1の捕捉体との複合体の形成)
本実施形態の方法は、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と、該リポタンパク質に結合する第1の捕捉体とを接触して、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と第1の捕捉体を含む複合体を形成する工程を含むことが好ましい。リポタンパク質と第1の捕捉体との接触により、第1の捕捉体がリポタンパク質に結合して、リポタンパク質と第1の捕捉体との複合体が形成される。
【0081】
第1の捕捉体は、リポタンパク質の表面の一部と特異的に結合できる物質であれば特に限定されない。第1の捕捉体としては、リポタンパク質に特異的に結合する抗体が好ましく、リポタンパク質の構成成分であるアポリポプロテインと特異的に結合できる抗体がより好ましい。そのような抗体としては、例えば、抗ApoAI抗体、抗ApoAII抗体などが挙げられる。それらの中でも、抗ApoAI抗体が特に好ましい。市販の抗リポタンパク質抗体及び抗ApoAI抗体を用いてもよい。
【0082】
抗リポタンパク質抗体及び抗ApoAI抗体は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよい。抗体の由来は特に限定されず、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ウマ、ラクダなどのいずれの哺乳動物に由来する抗体であってもよい。また、抗体のアイソタイプはIgG、IgM、IgE、IgAなどのいずれであってもよいが、好ましくはIgGである。本実施形態では、第1の捕捉体として、抗体のフラグメント及びその誘導体を用いてもよく、例えば、Fabフラグメント、F(ab')2フラグメントなどが挙げられる。
【0083】
リポタンパク質と第1の捕捉体との接触は、リポタンパク質と標識ステロールとの接触の前、リポタンパク質と標識ステロールとの接触と実質的に同時、又はリポタンパク質と標識ステロールとの接触の後に行うことができる。リポタンパク質と第1の捕捉体との接触は、例えば、生体試料と、標識ステロールを含む溶液と、第1の捕捉体を含む溶液とを混合することにより行うことができる。混合は、環状構造を有さない界面活性剤の存在下で行ってもよい。生体試料と、標識ステロールと、第1の捕捉体とを混合する順序は特に限定されない。これらを実質的に同時に混合してもよいし、逐次混合してもよい。第1の捕捉体の添加量は特に限定されず、第1の捕捉体の種類などに応じて当業者が適宜設定できる。
【0084】
好ましい実施形態では、リポタンパク質と標識ステロールとの接触の後に、該リポタンパク質と第1の捕捉体との接触を行う。これにより、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と第1の捕捉体との複合体が形成される。例えば、まず、リポタンパク質を含む試料と、標識ステロールを含む溶液とを混合して、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質を調製する。ここに第1の捕捉体を含む溶液を添加して、混合する。この場合、リポタンパク質が標識ステロールを取り込んだ後、該リポタンパク質と第1の捕捉体との複合体が形成される。
【0085】
第1の捕捉体として抗ApoAI抗体を用いる場合、抗ApoAI抗体と、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質とが接触する前に、該リポタンパク質を酸化剤で処理してもよい。酸化剤の作用により、抗ApoAI抗体とリポタンパク質との反応性が改善されうる。そのような酸化剤としては、例えば、過酸化水素、過酸化亜硝酸、二酸化塩素、次亜塩素酸などが挙げられる。
【0086】
リポタンパク質と第1の捕捉体との接触における温度及び時間の条件は、特に限定されない。例えば、上記の混合液を20~48℃、好ましくは25~42℃にて、1分間~24時間、好ましくは10分間~2時間インキュベーションしてもよい。インキュベーションの間、混合液は静置してもよいし、攪拌又は振とうしてもよい。
【0087】
本実施形態では、リポタンパク質と第1の捕捉体との複合体を、固相上に形成させてもよい。例えば、生体試料と、標識ステロール溶液と、第1の捕捉体を含む溶液と、固相とを混合してもよい。また、リポタンパク質を含む試料と、標識ステロール溶液と、第1の捕捉体を含む溶液とを混合した後に、得られた混合液と固相とを混合してもよい。あるいは、第1の捕捉体をあらかじめ固相上に固定化して用いてもよい。例えば、抗リポタンパク質抗体を固定化した固相を、リポタンパク質を含む試料と標識ステロール溶液との混合液に添加することで、固相上に複合体が形成される。混合は、環状構造を有さない界面活性剤の存在下で行ってもよい。固相を用いる場合の温度及び時間の条件は、特に限定されない。例えば、上記のリポタンパク質と第1の捕捉体との接触と同様の条件であってもよい。
【0088】
固相としては、複合体中の第1の捕捉体を捕捉可能な固相が好ましい。固相の種類は特に限定されず、例えば、抗体を物理的に吸着する材質の固相、抗体と特異的に結合する分子が固定化されている固相などが挙げられる。抗体と特異的に結合する分子としては、プロテインA又はG、抗体を特異的に認識する抗体(すなわち二次抗体)などが挙げられる。また、抗体と固相との間を介在する物質の組み合わせを用いて、両者を結合することもできる。そのような物質の組み合わせとしては、ビオチンとアビジン(又はストレプトアビジン)、ハプテンと抗ハプテン抗体などの組み合わせが挙げられる。例えば、第1の捕捉体をあらかじめビオチン修飾している場合、アビジン又はストレプトアビジンが固定化された固相によって第1の捕捉体を捕捉できる。
【0089】
固相の素材は、有機高分子化合物、無機化合物、生体高分子などから選択できる。有機高分子化合物としては、ラテックス、ポリスチレン、ポリプロピレン、スチレン-メタクリル酸共重合体、スチレン-グリシジル(メタ)アクリレート共重合体、スチレン-スチレンスルホン酸塩共重合体、メタクリル酸重合体、アクリル酸重合体、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体、塩化ビニル-アクリル酸エステル共重合体、ポリ酢酸ビニルアクリレートなどが挙げられる。無機化合物としては、磁性体(酸化鉄、酸化クロム、コバルト及びフェライトなど)、シリカ、アルミナ、ガラスなどが挙げられる。生体高分子としては、不溶性アガロース、不溶性デキストラン、ゼラチン、セルロースなどが挙げられる。これらのうちの2種以上を組み合わせて用いてもよい。固相の形状は特に限定されず、例えば、粒子、マイクロプレート、マイクロチューブ、試験管などが挙げられる。それらの中でも、マイクロプレート及び粒子が好ましく、96ウェルマイクロプレート及び磁性粒子が特に好ましい。
【0090】
(洗浄工程)
本実施形態では、リポタンパク質と標識ステロールとの接触と、後述のステロール取り込み能の測定との間に、未反応の遊離成分を除去する洗浄工程を行ってもよい。この洗浄工程は、B/F分離及び複合体の洗浄を含む。未反応の遊離成分とは、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質を含む複合体を構成しない成分である。例えば、リポタンパク質に取り込まれなかった遊離の標識ステロール、リポタンパク質と結合しなかった遊離の第1の捕捉体などが挙げられる。B/F分離の手段は特に限定されないが、例えば、超遠心分離法などにより複合体だけを回収することで、複合体と、未反応の遊離成分とを分離できる。複合体を固相上に形成させている場合、固相が粒子であれば、遠心分離や磁気分離により粒子を回収し、上清を除去することにより、複合体と、未反応の遊離成分とを分離できる。固相がマイクロプレートやマイクロチューブなどの容器であれば、未反応の遊離成分を含む液を除去することにより、複合体と、未反応の遊離成分とを分離できる。
【0091】
未反応の遊離成分を除去した後、回収した複合体を適切な水性媒体で洗浄できる。そのような水性媒体としては、例えば、水、生理食塩水、PBS及びTris-HClなどの緩衝液などが挙げられる。本実施形態では、上記の洗浄工程を、環状構造を有さない界面活性剤の存在下で行うことが好ましい。例えば、環状構造を有さない界面活性剤を上記の水性媒体に溶解して洗浄液を調製し、回収した複合体を該洗浄液で洗浄してもよい。固相を用いた場合は、複合体を捕捉した固相を洗浄液で洗浄してもよい。具体的には、回収した複合体又は複合体を捕捉した固相に洗浄液を添加して、B/F分離を再度行う。
【0092】
(ステロール取り込み能の測定)
本実施形態の方法では、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質を調製した後、リポタンパク質による標識ステロールの取り込み能を測定する。ステロール取り込み能の測定は、リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールに由来するシグナルを検出することにより行われる。このシグナルは、リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールの量を反映するので、該シグナルの検出結果は、リポタンパク質のステロール取り込み能の指標となる。
【0093】
本明細書において、「シグナルを検出する」とは、シグナルの有無を定性的に検出すること、シグナル強度を定量すること、及び、シグナルの強度を、「シグナル発生せず」、「弱」、「強」などのように複数の段階に半定量的に検出することを含む。本実施形態では、シグナル強度を定量して、測定値を取得することが好ましい。
【0094】
リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールに由来するシグナルは、標識ステロールから直接発生するシグナルであってもよい。そのようなシグナルは、例えば、第1の標識としてシグナル発生物質を有する標識ステロールを用いた場合に検出できる。すなわち、リポタンパク質に取り込まれた標識ステロール中の第1の標識から発生するシグナルを検出することにより、取り込み能を測定できる。例えば、蛍光標識ステロールを用いた場合は、蛍光強度を測定すればよい。蛍光強度を測定する方法自体は、当該技術分野において公知である。例えば、分光蛍光光度計及び蛍光プレートリーダーなどの公知の測定装置を用いて、複合体から生じる蛍光強度を測定できる。励起波長及び蛍光波長は、用いた蛍光標識コレステロールの種類に応じて適宜決定できる。例えば、上記の式(IV)の蛍光標識コレステロールを用いた場合は、励起波長は470~490 nm、蛍光波長は525~550 nmの範囲から決定すればよい。
【0095】
(標識ステロールと第2の捕捉体との複合体の形成)
リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールに由来するシグナルは、リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールを検出するときに発生するシグナルであってもよい。リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールを検出するために、本実施形態では、標識ステロールと、該標識ステロールに結合する第2の捕捉体とを接触して、複合体を形成してもよい。この場合、標識ステロールは、タグ付加ステロールが好ましく、タグ付加コレステロールがより好ましい。また、第2の捕捉体は、タグに特異的に結合する物質が好ましい。
【0096】
リポタンパク質に取り込まれたタグ付加コレステロールの検出原理は、次のとおりである。通常、コレステロールは、リポタンパク質に取り込まれると、該リポタンパク質粒子の表層から中心部へと移動する。タグ付加コレステロールにおいて、リポタンパク質に取り込まれるのはコレステロール部分であり、タグは、リポタンパク質の外表面に露出していると考えられる。ここで、「リポタンパク質の外表面」とは、リポタンパク質粒子の外側の面をいう。「外表面に露出している」とは、リポタンパク質の外表面上に存在すること、及び、リポタンパク質の外表面から突出していることの両方を意味する。本実施形態では、この外表面に露出しているタグと、該タグに特異的に結合する第2の捕捉体とを接触させ、複合体を形成する。そして、この複合体中の第2の捕捉体を検出することにより、リポタンパク質に取り込まれたコレステロールを検出する。
【0097】
タグに特異的に結合する物質は、タグの種類に応じて適宜決定できる。例えば、上述したタグと該タグに特異的に結合できる物質との組み合わせを参照して、抗体、リガンド受容体、オリゴヌクレオチド、ビオチン、アビジン(又はストレプトアビジン)、ヒスチジンタグ又はニッケル、GST又はグルタチオンなどから選択できる。それらの中でも、タグに特異的に結合する抗体が好ましい。そのような抗体は、市販の抗体であってもよいし、当該技術において公知の方法により作製した抗体であってもよい。抗体は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよい。抗体の由来及びアイソタイプは特に限定されず、抗HDL抗体について述べたことと同様である。また、抗体のフラグメント及びその誘導体を用いてもよく、例えば、Fabフラグメント、F(ab')2フラグメントなどが挙げられる。
【0098】
本実施形態では、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と第1の捕捉体との複合体を形成した後に、該標識ステロールと第2の捕捉体との接触を行うことが好ましい。特に、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と第1の捕捉体との複合体を固相上に形成した後に、該標識ステロールと第2の捕捉体との接触を行うことが好ましい。これにより、第1の捕捉体と、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と、第2の捕捉体との複合体が形成される。この複合体において、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質は、第1の捕捉体及び第2の捕捉体で挟まれた状態にある。本実施形態では、第1の捕捉体と、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質と、第2の捕捉体との複合体を「サンドイッチ複合体」ともいう。
【0099】
標識ステロールと第2の捕捉体との接触における温度及び時間の条件は、特に限定されない。例えば、リポタンパク質と第1の捕捉体との複合体を含む溶液と、第2の捕捉体を含む溶液との混合物を4~60℃、好ましくは25~42℃にて、1秒間~24時間、好ましくは10分間~2時間インキュベーションしてもよい。インキュベーションの間、混合物は静置してもよいし、攪拌又は振とうしてもよい。
【0100】
(第2の標識)
第2の捕捉体は、第2の標識で標識されることが好ましい。第2の捕捉体が第2の標識で標識されている場合、標識ステロールと第2の捕捉体との複合体中の第2の標識に由来するシグナルを検出することにより、ステロール取り込み能を測定できる。
【0101】
第2の標識は、シグナル発生物質であってもよいし、他の物質の反応を触媒して検出可能なシグナルを発生させる物質を用いることができる。シグナル発生物質としては、例えば、蛍光物質、放射性同位元素などが挙げられる。他の物質の反応を触媒して検出可能なシグナルを発生させる物質としては、例えば酵素が挙げられる。酵素としては、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、チロシナーゼ、酸性ホスファターゼ、ルシフェラーゼなどが挙げられる。蛍光物質としては、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミン、Alexa Fluor(登録商標)、シアニン系色素などの蛍光色素、GFPなどの蛍光タンパク質などが挙げられる。放射性同位元素としては、125I、14C、32Pなどが挙げられる。それらの中でも酵素が好ましく、アルカリホスファターゼ及びペルオキシダーゼが特に好ましい。
【0102】
本実施形態では、第2の標識による第2の捕捉体の標識は、第2の捕捉体に第2の標識を直接又は間接的に結合することにより行うことができる。例えば、市販のラベリングキットなどを用いて、第2の標識を第2の捕捉体に直接結合することができる。また、第2の捕捉体に特異的に結合できる抗体を第2の標識で標識して得た二次抗体を用いることで、第2の標識を第2の捕捉体に間接的に結合させてもよい。本実施形態では、第2の標識が結合した第2の捕捉体を用いてもよいし、第2の捕捉体と第2の標識を有する二次抗体とを用いてもよい。
【0103】
本実施形態では、シグナルの検出を行う前に、未反応の遊離成分を除去する洗浄工程を行ってもよい。未反応の遊離成分としては、例えば、タグに結合しなかった遊離の第2の捕捉体、第2の捕捉体と結合しなかった遊離の第2の標識などが挙げられる。洗浄の具体的な手法及び洗浄液については、上述の洗浄工程と同様である。
【0104】
(第2の標識に由来するシグナルの検出)
第2の標識に由来するシグナルを検出する方法自体は、当該技術分野において公知である。本実施形態では、第2の標識に由来するシグナルの種類に応じて、適切な測定方法を選択できる。例えば、第2の標識が酵素である場合、酵素と該酵素に対する基質とが反応することによって発生する光、色などのシグナルを、公知の装置を用いて測定することにより行うことができる。そのような測定装置としては、分光光度計、ルミノメータなどが挙げられる。
【0105】
酵素の基質は、該酵素の種類に応じて公知の基質から適宜選択することができる。例えば、酵素としてペルオキシダーゼを用いる場合、基質としては、ルミノール及びその誘導体などの化学発光基質、2, 2'-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸アンモニウム)(ABTS)、1, 2-フェニレンジアミン(OPD)、3, 3', 5, 5'-テトラメチルベンジジン(TMB)などの発色基質が挙げられる。また、酵素としてアルカリホスファターゼを用いる場合、基質としては、CDP-Star(登録商標)(4-クロロ-3-(メトキシスピロ[1, 2-ジオキセタン-3, 2'-(5'-クロロ)トリクシロ[3. 3. 1. 13, 7]デカン]-4-イル)フェニルリン酸2ナトリウム)、CSPD(登録商標)(3-(4-メトキシスピロ[1, 2-ジオキセタン-3, 2-(5'-クロロ)トリシクロ[3. 3. 1. 13, 7]デカン]-4-イル)フェニルリン酸2ナトリウム)などの化学発光基質、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルリン酸(BCIP)、5-ブロモ-6-クロロ-インドリルリン酸2ナトリウム、p-ニトロフェニルリン酸などの発色基質が挙げられる。
【0106】
第2の標識が放射性同位体である場合は、シグナルとしての放射線を、シンチレーションカウンターなどの公知の装置を用いて測定できる。また、第2の標識が蛍光物質である場合は、シグナルとしての蛍光を、蛍光マイクロプレートリーダーなどの公知の装置を用いて測定できる。なお、励起波長及び蛍光波長は、用いた蛍光物質の種類に応じて適宜決定できる。
【0107】
(固相に固定化されたリポタンパク質の量の測定)
本実施形態では、必要に応じて、固相に固定化されたリポタンパク質の量(以下、「リポタンパク質の捕捉量」ともいう)を測定してもよい。この測定は、ステロール取り込み能の測定とは別に行ってもよいし、ステロール取り込み能の測定後の固相を用いて行ってもよい。ステロール取り込み能の測定とは別に行う場合、標識ステロールを取り込ませたリポタンパク質を固定化した固相を複数用意する。そして、少なくとも1つの固相をリポタンパク質の捕捉量の測定に用い、残りの固相をステロール取り込み能の測定に用いる。
【0108】
リポタンパク質の捕捉量の測定自体は、公知のELISA法の原理に基づいて測定できる。例えば、固相に固定化されたリポタンパク質と、該リポタンパク質に結合する第3の捕捉体とを接触して複合体を形成し、該複合体を検出することによりリポタンパク質の捕捉量を測定できる。第3の捕捉体は、リポタンパク質の表面の一部と特異的に結合できる物質であれば特に限定されない。第3の捕捉体の詳細は、第1の捕捉体について述べたことと同様である。第3の捕捉体は、第1の捕捉体と同じであってもよいし、異なっていてもよい。好ましい第3の捕捉体は、抗ApoAI抗体である。第1の捕捉体及び第3の捕捉体が、同じ抗原(例えばApoAI)に結合する抗体である場合、互いのエピトープは異なっていることが好ましい。
【0109】
第3の捕捉体は、第3の標識で標識されることが好ましい。第3の捕捉体が第3の標識で標識されている場合、固相に固定化されたリポタンパク質と第3の捕捉体との複合体中の第3の標識に由来するシグナルを検出することにより、リポタンパク質の捕捉量を測定できる。第3の標識の詳細は、第2の標識について述べたことと同様である。第3の標識は、第2の標識と同じであってもよいし、異なっていてもよい。本実施形態では、第3の標識に由来するシグナルを検出することにより、リポタンパク質の捕捉量を測定できる。第3の標識に由来するシグナルを検出する方法については、第2の標識について述べたことと同様である。
【0110】
(生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値)
本実施形態では、リポタンパク質のステロール取り込み能の測定結果を、被検者の糖尿病に関する情報として取得できる。具体的には、被検者の生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、糖尿病発症リスクの指標となる。生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値は、次のようにして取得できる。例えば、所定量の生体試料(又は所定量の生体試料から調製したリポタンパク質画分)を希釈せずにステロール取り込み能を測定した場合、取得した測定値自体を、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値として取得できる。あるいは、取得した測定値を、測定に用いた生体試料の体積(所定量の値)で割って得た値を、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値として取得してもよい。
【0111】
生体試料中のアポリポタンパク質の濃度に基づいて該生体試料を希釈して測定に用いた場合、取得されたステロール取り込み能の測定値を、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値に換算することが望ましい。これは、生体試料中のリポタンパク質の濃度が希釈により調整されているからである。例えば、生体試料中のアポリポタンパク質の濃度に基づいて該生体試料を希釈して測定に用いた場合、下記の式(1)により、取得されたステロール取り込み能の測定値を、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値に換算できる。
【0112】
(生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値)
= [(ステロール取り込み能の測定値)/(リポタンパク質の捕捉量の測定値)]×(生体試料中のアポリポタンパク質の濃度の測定値) ・・・(1)
【0113】
上記の式(1)において、ステロール取り込み能の測定値をリポタンパク質の捕捉量の測定値で割ることにより、リポタンパク質あたりのステロール取り込み能の測定値が得られる。上述のように、生体試料中のアポリポタンパク質の濃度は、生体試料中のリポタンパク質の濃度の指標となる。よって、リポタンパク質あたりのステロール取り込み能の測定値に、生体試料中のアポリポタンパク質の濃度の測定値を掛けることで、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が得られる。
【0114】
生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値は、被検者の糖尿病発症リスクを判定するために用いられ得る。医師等の医療従事者は、当該測定値を用いて糖尿病発症リスクを判定してもよいし、当該測定値と他の情報を組み合わせて糖尿病発症リスクを判定してもよい。ここで、「他の情報」とは、血糖値、HbA1c測定値、その他の医学的所見を含む。
【0115】
[2.被検者の糖尿病発症リスクを判定する方法]
本実施形態では、上記の方法で得られたリポタンパク質のステロール取り込み能の結果を、被検者の糖尿病発症リスクの判定に利用できる。本実施形態の被検者の糖尿病発症リスクを判定する方法(以下、「判定方法」ともいう)では、まず、被検者から採取した生体試料中のリポタンパク質のステロール取り込み能を測定する。この測定の詳細は、本実施形態の糖尿病に関する情報を取得するための方法について述べたことと同じである。
【0116】
本実施形態の判定方法では、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値と、所定の閾値との比較結果に基づいて、被検者の糖尿病発症リスクを判定する。具体的には、以下の(1)及び/又は(2)の判定を行う:
(1) 生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、所定の閾値以下の場合、糖尿病発症リスクが高いと判定する;
(2) 生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、所定の閾値より高い場合、糖尿病発症リスクが低いと判定する。
【0117】
上記の判定では、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、所定の閾値と同じ場合、糖尿病発症リスクが高いと判定したが、糖尿病発症リスクが低いと判定してもよい。すなわち、以下の(1)及び/又は(2)の判定を行ってもよい:
(1) 生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、所定の閾値より低い場合、糖尿病発症リスクが高いと判定する;
(2) 生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、所定の閾値以上の場合、糖尿病発症リスクが低いと判定する。
【0118】
糖尿病発症リスクが高いと判定された被検者は、現在の健康状態及び生活習慣を改善しなければ、例えば7年以内に糖尿病を発症する可能性が高いと予測してもよい。一方、糖尿病発症リスクが低いと判定された被検者は、現在の健康状態及び生活習慣を維持すれば、糖尿病の発症を回避できる可能性が高いと予測してもよい。このように、本実施形態の判定方法は、医師等の医療従事者に対して、糖尿病発症リスクの判定を補助する情報の提供を可能にする。本実施形態の判定方法によって糖尿病発症リスクが高いと判定された被検者に対して、食餌療法、運動療法などの生活習慣の改善に向けた介入を積極的に行うことで、糖尿病を予防することが可能となる。
【0119】
所定の閾値は、複数であってもよい。例えば、2つの所定の閾値として第1の閾値及び第2の閾値を用いる場合、高リスク群、中リスク群及び低リスク群に分類することができる。例えば、以下のように糖尿病発症リスクを判定することができる。以下の例において、第1の閾値は、第2の閾値より低い値である:
(1) 生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、第1の閾値以下の場合、糖尿病発症リスクが高いと判定する;
(2) 生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、第1の閾値より高く且つ第2の閾値より低い場合、経過観察を要すると判定する;
(3) 生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、第2の閾値以上の場合、糖尿病発症リスクが低いと判定する。
【0120】
経過観察を要すると判定された場合、糖尿病発症リスクの高低を判定することは適切ではないが、糖尿病発症リスクが低いとはいえない。すなわち、被検者は、糖尿病発症の中リスク群に分類される。よって、被検者には、健康状態及び生活習慣に注意する必要があると助言できる。
【0121】
上記の判定では、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、第1の閾値と同じ場合、糖尿病発症リスクが高いと判定したが、経過観察を要すると判定してもよい。また、上記の判定では、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値が、第2の閾値と同じ場合、糖尿病発症リスクが低いと判定したが、経過観察を要すると判定してもよい。
【0122】
所定の閾値は特に限定されず、適宜設定できる。例えば、糖尿病ではない被検者のリポタンパク質のステロール取り込み能のデータを蓄積することにより、所定の閾値を経験的に設定してもよい。あるいは、次のようにして所定の閾値を設定してもよい。まず、糖尿病ではない複数の被検者から生体試料を採取し、リポタンパク質のステロール取り込み能を測定して、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値のデータを得る。生体試料の採取から所定の期間の経過後、これらの被検者が糖尿病を発症したか否かを確認する。上記のデータを、糖尿病を発症した被検者群のデータと、糖尿病を発症しなかった被検者群のデータとに分類する。そして、糖尿病を発症した被検者群と、糖尿病を発症しなかった被検者群とを最も精度よく区別可能な値を求め、その値を所定の閾値として設定する。閾値の設定においては、感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率などを考慮することが好ましい。
【0123】
[3.糖尿病に関する情報を取得するための試薬キット]
本発明の範囲には、本実施形態の方法及び判定方法に用いられる試薬キットも含まれる。すなわち、標識ステロールと、リポタンパク質に結合する捕捉体とを含む、糖尿病に関する情報を取得するための試薬キット(以下、「試薬キット」ともいう)が提供される。標識ステロール及びリポタンパク質に結合する捕捉体の詳細は、本実施形態の方法に用いる標識ステロール及び第1の捕捉体について述べたことと同じである。
【0124】
標識ステロールがタグ付加ステロールである場合、本実施形態の試薬キットは、タグに結合する捕捉体をさらに含んでもよい。また、本実施形態の試薬キットは、この捕捉体を標識するための標識物質をさらに含んでもよい。本実施形態では、捕捉体に標識物質があらかじめ結合されていてもよい(得られる捕捉体を「標識捕捉体」ともいう)。よって、本実施形態の試薬キットは、タグに結合する標識捕捉体をさらに含んでもよい。標識物質が酵素である場合、本実施形態の試薬キットは、該酵素に対する基質をさらに含んでもよい。タグに結合する捕捉体、標識物質及び基質の詳細は、上記の第2の捕捉体、第2の標識及び該標識に由来するシグナルの検出について述べたことと同じである。
【0125】
本実施形態の試薬キットは、リポタンパク質の捕捉量の測定のための捕捉体を含んでもよい。そのような捕捉体は、リポタンパク質の表面の一部と特異的に結合できる物質であれば特に限定されない。この捕捉体の詳細は、上記の第3の捕捉体について述べたことと同様である。リポタンパク質の捕捉量の測定のための捕捉体は、上記のリポタンパク質に結合する捕捉体と同じであってもよいし、異なっていてもよい。これらの捕捉体が、同じ抗原(例えばApoAI)に結合する抗体である場合、互いのエピトープは異なっていることが好ましい。
【0126】
本実施形態の試薬キットは、リポタンパク質の捕捉量の測定のための捕捉体を標識するための標識物質をさらに含んでもよい。あるいは、本実施形態の試薬キットは、リポタンパク質の捕捉量の測定のための標識捕捉体をさらに含んでもよい。標識物質が酵素である場合、本実施形態の試薬キットは、該酵素に対する基質をさらに含んでもよい。標識物質及び基質の詳細は、上記の第3の標識及び該標識に由来するシグナルの検出について述べたことと同じである。
【0127】
標識ステロール、各種の捕捉体、標識物質及び基質は、それぞれ別の容器に保存されているか又は個別に包装されていることが好ましい。標識ステロール、各種の捕捉体、標識物質及び基質の形態は特に限定されず、固体(例えば、粉末、結晶、凍結乾燥品など)であってもよいし、液体(例えば、溶液、懸濁液、乳濁液など)であってもよい。
【0128】
本実施形態では、第1試薬を収容した容器及び第2試薬を収容した容器を箱に梱包して、ユーザに提供してもよい。箱には、添付文書を同梱していてもよい。添付文書には、試薬キットの構成、使用方法、当該試薬キットにより測定された値と糖尿病発症リスクとの関係等について記載されていてもよい。そのような試薬キットの例を図に示す。図1を参照して、10は、試薬キットを示し、11は、標識ステロールを収容した第1容器を示し、12は、リポタンパク質に結合する捕捉体を収容した第2容器を示し、13は、梱包箱を示し、14は、添付文書を示す。
【0129】
本実施形態の試薬キットは、リポタンパク質に結合する捕捉体を固定化するための固相をさらに含んでもよい。図2を参照して、20は、試薬キットを示し、21は、標識ステロールを収容した第1容器を示し、22は、リポタンパク質に結合する捕捉体を収容した第2容器を示し、23は、梱包箱を示し、24は、添付文書を示し、25は、固相を示す。図中、25は、固相としての96ウェルマイクロプレートを示すが、本発明はこの例に限定されない。
【0130】
[4.判定装置及びコンピュータプログラム]
本発明の範囲には、本実施形態の糖尿病発症リスクの判定方法を実施するための装置及びコンピュータプログラムも含まれる。本実施形態の糖尿病発症リスクの判定装置の一例を、図面を参照して説明する。しかし、本実施形態は、この例に示される形態のみに限定されない。図3に示された判定装置10は、測定装置20と、該測定装置20と接続されたコンピュータシステム30とを含む。
【0131】
測定装置は、リポタンパク質に取り込まれた標識ステロールに基づくシグナルの検出が可能であれば、特に限定されない。測定装置は、標識ステロールの標識の種類に応じて適宜選択できる。上記の例において、測定装置20は、マイクロプレート上のリポタンパク質に取り込まれた標識ステロールに基づくシグナルを検出するプレートリーダーである。該シグナルは、蛍光シグナルなどの光学的情報である。この場合、標識ステロールを取り込んだリポタンパク質を含む複合体を固定化したマイクロプレートを測定装置20にセットすると、測定装置20は、標識ステロールに基づく光学的情報を取得し、得られた光学的情報をコンピュータシステム30に送信する。
【0132】
必要に応じて、測定装置により、リポタンパク質の捕捉量を測定してもよい。この場合、リポタンパク質と、該リポタンパク質に結合する標識捕捉体との複合体を固定化したマイクロプレートを測定装置20にセットすると、測定装置20は、標識捕捉体に基づく光学的情報を取得し、得られた光学的情報をコンピュータシステム30に送信する。リポタンパク質の捕捉量を測定するためのマイクロプレートと、リポタンパク質のステロール取り込み能を測定するためのマイクロプレートは同じであってもよいし、異なっていてもよい。標識捕捉体は、上記の第3の標識で標識された第3の捕捉体と同じである。
【0133】
コンピュータシステム30は、コンピュータ本体300と、入力部301と、検体情報及び判定結果などを表示する表示部302とを含む。コンピュータシステム30は、測定装置20から光学的情報を受信する。そして、コンピュータシステム30のプロセッサは、光学的情報に基づいて、糖尿病発症リスクを判定するプログラムを実行する。なお、コンピュータシステム30は、図3に示されるように、測定装置20とは別個の機器であってもよいし、測定装置20を内包する機器であってもよい。後者の場合、コンピュータシステム30は、それ自体で判定装置10となってもよい。
【0134】
図4を参照して、コンピュータ本体300は、CPU(Central Processing Unit)310と、ROM(Read Only Memory)311と、RAM(Random Access Memory)312と、ハードディスク313と、入出力インターフェイス314と、読取装置315と、通信インターフェイス316と、画像出力インターフェイス317とを備えている。CPU310、ROM311、RAM312、ハードディスク313、入出力インターフェイス314、読取装置315、通信インターフェイス316及び画像出力インターフェイス317は、バス318によってデータ通信可能に接続されている。また、測定装置20は、通信インターフェイス316により、コンピュータシステム30と通信可能に接続されている。
【0135】
CPU310は、ROM311又はハードディスク313に記憶されているプログラム及びRAM312にロードされたプログラムを実行することが可能である。CPU310は、測定装置20から取得した光学的情報に基づいて、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値を取得する。生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値及びその算出の詳細は、本実施形態の方法について述べたことと同じである。希釈した生体試料(又はリポタンパク質画分)を用いた場合は、ROM311又はハードディスク313に記憶されている式(1)にしたがって、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値を算出する。そして、CPU310は、取得した測定値と、ROM311又はハードディスク313に記憶されている所定の閾値とに基づいて、糖尿病発症リスクを判定する。CPU310は、判定結果を出力して表示部302に表示させる。
【0136】
ROM311は、マスクROM、PROM、EPROM、EEPROMなどによって構成されている。ROM311には、CPU310によって実行されるコンピュータプログラム及び該コンピュータプログラムの実行に用いるデータが記録されている。
【0137】
RAM312は、SRAM、DRAMなどによって構成されている。RAM312は、ROM311及びハードディスク313に記録されているプログラムの読み出しに用いられる。RAM312はまた、これらのプログラムを実行するときに、CPU310の作業領域として利用される。
【0138】
ハードディスク313は、CPU310に実行させるためのオペレーティングシステム、アプリケーションプログラム(糖尿病発症リスクの判定用プログラム)などのコンピュータプログラム及び該コンピュータプログラムの実行に用いるデータがインストールされている。
【0139】
読取装置315は、フレキシブルディスクドライブ、CD-ROMドライブ、DVD-ROMドライブなどによって構成されている。読取装置315は、可搬型記録媒体40に記録されたプログラム又はデータを読み取ることができる。
【0140】
入出力インターフェイス314は、例えば、USB、IEEE1394、RS-232Cなどのシリアルインターフェイスと、SCSI、IDE、IEEE1284などのパラレルインターフェイスと、D/A変換器、A/D変換器などからなるアナログインターフェイスとから構成されている。入出力インターフェイス314には、キーボード、マウスなどの入力部301が接続されている。操作者は、該入力部301により、コンピュータ本体300に各種の指令を入力することが可能である。
【0141】
通信インターフェイス316は、例えば、Ethernet(登録商標)インターフェイスなどである。コンピュータ本体300は、通信インターフェイス316により、プリンタなどへの印刷データの送信も可能である。
【0142】
画像出力インターフェイス317は、LCD、CRTなどで構成される表示部302に接続されている。これにより、表示部302は、CPU310から与えられた画像データに応じた映像信号を出力できる。表示部302は、入力された映像信号にしたがって画像(画面)を表示する。
【0143】
図5を参照して、判定装置10により実行される、糖尿病発症リスクの判定の処理手順を説明する。ここでは、マイクロプレート上のリポタンパク質に取り込まれた蛍光標識ステロールから生じた蛍光シグナルに基づいて、糖尿病発症リスクの判定を行なう場合を例として挙げて説明する。しかし、本実施形態は、この例のみに限定されるものではない。
【0144】
ステップS101において、CPU310は、測定装置20から光学的情報(蛍光シグナル)を取得してハードディスク313に記憶する。ステップS102において、CPU310は、取得した光学的情報から、生体試料の単位体積あたりのステロール取り込み能の測定値を算出し、ハードディスク313に記憶する。ステップS103において、CPU310は、算出した測定値と、ハードディスク313に記憶された所定の閾値とを比較する。測定値が所定の閾値以下であるとき、処理は、ステップS104に進行し、被検者の糖尿病発症リスクが高いことを示す判定結果をハードディスク313に記憶する。測定値が所定の閾値より高いとき、処理は、ステップS105に進行し、被検者の糖尿病発症リスクが低いことを示す判定結果をハードディスク313に記憶する。ステップS106において、CPU310は、判定結果を出力し、表示部302に表示したり、プリンタで印刷したりする。これにより、糖尿病発症リスクの判定を補助する情報を医師などに提供することができる。
【0145】
図6を参照して、2つの所定の閾値を用いる糖尿病発症リスクの判定の処理手順を説明する。ここでは、マイクロプレート上のリポタンパク質に取り込まれた蛍光標識ステロールから生じた蛍光シグナルに基づいて、糖尿病発症リスクの判定を行なう場合を例として挙げて説明する。しかし、本実施形態は、この例のみに限定されるものではない。
【0146】
ステップS201、S202及びS208は、それぞれ上記のステップS101、S102及びS106について述べたことと同様である。ステップS203において、CPU310は、算出した測定値と、ハードディスク313に記憶された第1の閾値とを比較する。測定値が第1の閾値以下であるとき、処理は、ステップS204に進行し、被検者の糖尿病発症リスクが高いことを示す判定結果をハードディスク313に記憶する。測定値が第1の閾値より高いとき、処理は、ステップS205に進行する。ステップS205において、CPU310は、算出した測定値と、ハードディスク313に記憶された第2の閾値とを比較する。測定値が第2の閾値以上であるとき、処理は、ステップS206に進行し、被検者の糖尿病発症リスクが低いことを示す判定結果をハードディスク313に記憶する。測定値が第2の閾値より低いとき、処理は、ステップS207に進行し、被検者の経過観察を要することを示す判定結果をハードディスク313に記憶する。
【0147】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0148】
実施例1
久山町研究(福岡県糟屋郡久山町の住民を対象に行われている疫学研究)の血液試料を用いて、HDLのコレステロール取り込み能と糖尿病発症との関連性を検討した。
【0149】
(1) 対象集団
対象集団の情報を表1に示す。除外対象は、登録時までに、糖尿病を発症していた者、糖負荷試験を受けていない者又は心血管疾患の既往歴のある者であった。糖負荷試験を受けていない者は、糖尿病を発症しているか否か不明であるため、除外対象とした。心血管疾患の既往歴のある者とは、登録時までに、心筋梗塞、脳梗塞又は冠動脈形成術を経験した者をいう。
【0150】
【表1】
【0151】
(2) HDLのコレステロール取り込み能の測定
(2.1) 生体試料
生体試料として、凍結保存された各被検者の血清を用いた。解凍した血清(0.1 mL)に等量の22%ポリエチレングリコール4000(ナカライテスク株式会社)を混合して、懸濁液を得た。得られた懸濁液を室温にて20分間静置した後、3000 rpmで15分間室温にて遠心分離した。得られた上清をHDL画分として用いた。
【0152】
(2.2) 固相上でのHDLと抗ApoAI抗体との複合体の形成
(i) 測定用プレートの準備(抗ApoAI抗体の固相への固定化)
固相としての96ウェルマイクロプレート(蛍光測定用黒色プレートH、住友ベークライト株式会社製)の各ウェルに50 mM Tris-HCl(pH 7.5)を200μlずつ添加して洗浄した。この洗浄操作を合計2回行った。各ウェルに、50 mM Tris-HCl(pH 7.5)で10μg/mlの濃度に希釈した抗ApoAI抗体(clone 1C5、Cat.No. MONO5030、SANBIO社)の溶液を100μlずつ添加し、4℃にて一晩以上静置した。抗体溶液を除去し、各ウェルにPBSを200μlずつ添加して洗浄した。この洗浄操作を合計3回行った。各ウェルに2%BSA/PBSを200μlずつ添加し、25℃にて600 rpmで2時間振とうした。
【0153】
(ii) 測定用試料の調製(HDLと標識コレステロールとの接触)
上記の被検者の血清から一部を取り、ApoAI測定用キット(N-アッセイ TIA ApoAI-H、ニットーボーメディカル株式会社)を用いてApoAI濃度を測定した。濃度測定の具体的な操作は、該キットに添付のマニュアルに従って行った。HDL画分は、PEGで2倍に希釈された血清より調製されたので、HDL画分のApoAI濃度は、測定により得られた血清のApoAI濃度の1/2とした。HDL画分におけるApoAI濃度が1.25~2μg/mlとなるように各HDL画分を希釈して、HDL画分含有希釈液を調製した。HDL画分の希釈には、2%BSA及び2mM リポソーム(日本精化株式会社製)を含むPBS(以下、「バッファー」ともいう)を用いた。HDL画分を含まない対照検体(ApoAI濃度0μg/ml)として、上記のバッファーを用いた。上記のバッファーに含まれるリポソームの組成は、2mM ジミリストイルホスファチジルグリセロール(DMPG)、2mM コレステロール及び4mM 水素添加大豆ホスファチジルコリン(HSPC)であった。PBSは、Phosphate buffered saline tablet (Sigma-Aldrich社)を水に溶解して調製した。
【0154】
上記のバッファーに、0.5 mM BODIPY付加コレステロール(TopFluor Cholesterol、AvantiPolar Lipids社)を終濃度5μMとなるように添加した後、さらに上記のHDL画分含有希釈液を全体量の1/50の量で添加した。得られた混合物を37℃にて800 rpmで2時間振とうした。得られた混合液に酸化剤(8.8 M 過酸化水素、1.76 mM 亜硝酸ナトリウム及び0.86 mMジエチレントリアミン五酢酸(DTPA))を添加した。酸化剤の添加された溶液における各成分の終濃度は、過酸化水素が1M、亜硝酸ナトリウムが200μM、DTPAが100μMであった。これらの溶液を37℃にて800 rpmで1時間振とうして、BODIPY付加コレステロールを取り込ませたHDLを含む測定用試料を得た。
【0155】
(iii) コレステロールを取り込んだHDLと抗ApoAI抗体との複合体の形成
抗ApoAI抗体を固定化したプレートからBSA溶液を除去し、各測定用試料を100μlずつウェルに添加した。そして、プレートを25℃にて600 rpmで1時間振とうして、HDLと抗ApoAI抗体との複合体をプレート上に形成した。
【0156】
(2.3) HDLのコレステロール取り込み能の測定
HDLに取り込まれたBODIPY付加コレステロールに由来する蛍光の強度を、次のようにして測定した。HDLと抗ApoAI抗体との複合体が捕捉されたプレートの各ウェルに、10 mM シクロデキストリン/PBSを100μlずつ添加し、該プレートを25℃にて600 rpmで1時間振とうした。そして、蛍光強度を蛍光プレートリーダー(Infinite(登録商標)200 Pro、TECAN社製)で測定した(励起光485 nm/蛍光535 nm)。
【0157】
(2.4) 捕捉されたHDLの量の測定
捕捉されたHDLの量を、プレート上の複合体中のHDLに含まれるApoAIの濃度に基づいて測定した。具体的には、次のとおりであった。上記(2.3)の測定後のプレートからシクロデキストリン溶液を除去し、各ウェルをPBSで3回洗浄した。ApoAI測定用キット(N-アッセイ TIA ApoAI-H、ニットーボーメディカル株式会社)のヤギ抗ApoAI血清をブロッキングバッファー(StartingBlock、Thermo Scientific社)で1000倍に希釈し、得られた希釈液を100μlずつ各ウェルに添加した。プレートを25℃にて600 rpmで1時間振とうした後、希釈液を除去して、各ウェルをPBSで3回洗浄した。HRP標識ウサギ抗ヤギIgGポリクローナル抗体(P0449、Dako社)をブロッキングバッファー(StartingBlock、Thermo Scientific社)で1000倍に希釈し、得られた希釈液を100μlずつ各ウェルに添加した。プレートを25℃にて600 rpmで1時間振とうした後、希釈液を除去して、各ウェルをPBSで5回洗浄した。化学発光基質溶液(SuperSignal ELISA Pico、37069、Thermo Scientific社)を100μlずつ各ウェルに添加した。プレートを25℃にて600 rpmで2分間振とうした後、発光量をマイクロプレートリーダー(Infinite(登録商標)F200 Pro、TECAN社製)で測定した。
【0158】
(3) 解析
上記のとおり、実施例1では、所定量の血清から調製したHDL画分を、ApoAIの濃度が一定となるよう希釈して、コレステロール取り込み能の測定に用いた。そこで、上記(2.3)で得た測定値を、下記の式(2)により、血清の単位体積あたりの標識コレステロール取り込み能の測定値に換算した。式中、「標識コレステロール取り込み能の測定値」は、上記(2.3)で得た測定値であり、「HDLの捕捉量」は、上記(2.4)で得た測定値であり、「血清のApoA1濃度」は、上記(2.2)(ii)で得た測定値であった。
【0159】
(血清の単位体積あたりの標識コレステロール取り込み能の測定値)
= [(標識コレステロール取り込み能の測定値)/(HDLの捕捉量)]×(血清のApoA1濃度) ・・・(2)
【0160】
(4) 結果
被検者2091例のうち、観察期間中に糖尿病を発症した者は219例であった。ハザード比は、Cox比例ハザードモデルを用いて計算し、潜在的交絡因子(年齢、性別、糖尿病家族歴、収縮期血圧、降圧薬、総コレステロール値、中性脂肪値、脂質改善薬、肥満・過体重、喫煙、飲酒、及び運動)を調整した。血清の単位体積あたりのコレステロール取り込み能の値に基づいて、被検者を4群に分類した。各群のコレステロール取り込み能及びハザード比を、表2に示す。
【0161】
【表2】
【0162】
ハザード比は、HDLのコレステロール取り込み能の上昇に伴い、有意に低下した。Q1 (第1四分位)群に比べて、Q4 (第4四分位)群のハザード比は0.57倍であった。すなわち、生体試料の単位体積あたりのコレステロール取り込み能の測定値が所定の値より高い場合、糖尿病発症リスクが低いことが示された。また、生体試料の単位体積あたりのコレステロール取り込み能の測定値が所定の値より低い場合、糖尿病発症リスクが高いことが示された。よって、心血管疾患の既往歴がなく且つ糖尿病ではない被検者において、ApoA1あたり、生体試料の単位体積あたりのコレステロール取り込み能を評価することにより、糖尿病発症リスクを判定できることが示された。
【0163】
実施例2
実施例1で除外対象とした心血管疾患の既往歴のある者(66例)を被検者に加えたこと以外は実施例1と同様にして、HDLのコレステロール取り込み能と糖尿病発症リスクとの関連性を検討した。結果を表3に示す。
【0164】
【表3】
【0165】
ハザード比は、HDLのコレステロール取り込み能の上昇に伴い、有意に低下した。Q1 (第1四分位)群に比べて、Q4 (第4四分位)群のハザード比は0.60倍であった。すなわち、生体試料の単位体積あたりのコレステロール取り込み能の測定値が所定の値より高い場合、糖尿病発症リスクが低いことが示された。また、生体試料の単位体積あたりのコレステロール取り込み能の測定値が所定の値より低い場合、糖尿病発症リスクが高いことが示された。よって、糖尿病ではない被検者において、ApoA1あたり、生体試料の単位体積あたりのコレステロール取り込み能を評価することにより、糖尿病発症リスクを判定できることが示された。
【符号の説明】
【0166】
11、21: 試薬キット
12、22: 第1容器
13,23: 第2容器
14、24: 箱
15、25: 添付文書
26: 固相(96ウェルマイクロプレート)
10: 判定装置
20: 測定装置
30: コンピュータシステム
図1
図2
図3
図4
図5
図6