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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-27
(45)【発行日】2023-04-04
(54)【発明の名称】推定装置
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/392 20190101AFI20230328BHJP
   H01M 10/48 20060101ALI20230328BHJP
   G01R 31/367 20190101ALI20230328BHJP
   H02J 7/00 20060101ALI20230328BHJP
【FI】
G01R31/392
H01M10/48 P
G01R31/367
H02J7/00 Y
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020002911
(22)【出願日】2020-01-10
(65)【公開番号】P2021110644
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2021-12-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000004765
【氏名又は名称】マレリ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100148301
【弁理士】
【氏名又は名称】竹原 尚彦
(74)【代理人】
【識別番号】100176991
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 由布子
(74)【代理人】
【識別番号】100217696
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 英行
(72)【発明者】
【氏名】片芝 惇平
(72)【発明者】
【氏名】長村 謙介
(72)【発明者】
【氏名】足立 修一
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 理沙子
(72)【発明者】
【氏名】丸田 一郎
【審査官】島▲崎▼ 純一
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-081800(JP,A)
【文献】特開2012-047580(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/392
H01M 10/48
G01R 31/367
H02J 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッテリの等価回路モデルを用いて、前記バッテリの健全度を推定する推定装置であって、
前記バッテリの充電時および放電時に、前記バッテリの端子電圧値および出力電流値を測定する測定部と、
前記等価回路モデルに前記出力電流値を入力し、前記等価回路モデルから出力される端子電圧値と、前記測定部が測定した端子電圧値との誤差を算出し、前記等価回路モデルにおいて当該誤差が最小になる健全度を、前記バッテリの健全度として推定する推定部と、を備え、
前記等価回路モデルには仮想制御器が付加され、
前記推定部は、前記測定部が測定した出力電流値を、前記仮想制御器が前記誤差から算出した値で補正して、前記等価回路モデルに入力し、
前記仮想制御器は、前記誤差に比例ゲインを乗じて補正量を得る比例制御器であり、
前記推定部は、前記補正量で前記出力電流値を補正することを特徴とする推定装置。
【請求項2】
バッテリの等価回路モデルを用いて、前記バッテリの健全度を推定する推定装置であって、
前記バッテリの充電時および放電時に、前記バッテリの端子電圧値および出力電流値を測定する測定部と、
前記等価回路モデルに前記出力電流値を入力し、前記等価回路モデルから出力される端子電圧値と、前記測定部が測定した端子電圧値との誤差を算出し、前記等価回路モデルにおいて当該誤差が最小になる健全度を、前記バッテリの健全度として推定する推定部と、を備え、
前記等価回路モデルには仮想制御器が付加され、
前記推定部は、前記測定部が測定した出力電流値を、前記仮想制御器が前記誤差から算出した値で補正して、前記等価回路モデルに入力し、
前記仮想制御器は、前記誤差から補正量を得るローパスフィルタであり、
前記推定部は、前記補正量で前記出力電流値を補正し、
前記ローパスフィルタは、前記誤差をδ、前記補正量をεとしたとき、以下の式により前記補正量を算出することを特徴とする推定装置。
ただし、kはゲインである。
【請求項3】
前記測定部において所定の周期で測定された前記端子電圧値および前記出力電流値を蓄積する記憶部を備え、
前記推定部は、前記記憶部から取得した各測定における前記端子電圧値および前記出力電流値を用いて前記誤差を算出し、算出した前記誤差の二乗平均値が最小になるように、前記健全度を推定することを特徴とする請求項1または2記載の推定装置。
【請求項4】
前記バッテリは車両駆動用の電力を供給するものであり、
前記推定部は、前記車両の走行ごとに前記健全度を推定することを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
バッテリは、モータ等の車両の駆動源に電力を供給するため用いられる。バッテリは、充電および放電を繰り返すと徐々に劣化していき、満充電容量が減少する。バッテリの健全度を示す値として、SOH(State of Health)が用いられる。SOHは、以下のように定義される。
【数1】
ただし、FCCはバッテリの使用時の満充電容量であり、FCC0は新品時の満充電容量である。
【0003】
SOHは、バッテリの充放電の適切な制御に必要とされる要素であるが、直接測定することができない。そこで、バッテリから測定可能な値を用いてSOHを推定する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-57956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
SOHを推定する方法の一つに、バッテリの出力電流値および端子電圧値を測定し、測定値とバッテリシステムを表現した等価回路モデルとを用いてSOHを推定するものがある。
バッテリシステムはバッテリの充電率を要素として含むが、一般的に、バッテリのSOHは緩やかに変化していくものであるため、限られた充電率の範囲でバッテリの充放電制御を行っている場合、SOHの推定精度が低下する傾向がある。
【0006】
また、バッテリに長時間電流が印加されると、充電率は、電流が一定値であっても際限なく増加または減少して発散する傾向がある。このように不安定な傾向がある充電率を要素として含むことによって、バッテリシステム全体が不安定なものとなっている。そのため、等価回路モデルは、実際のバッテリシステムに近づくほどに不安定になる傾向がある。また、バッテリから測定する出力電流値および端子電圧値はノイズ等の外乱や観測雑音等の影響を受ける。このように、不安定なバッテリシステムを表現した等価回路モデルからの出力は発散する傾向があり、SOHの推定精度に影響を与える。
【0007】
SOHの推定精度が良好でない場合、充放電の制御範囲に大きな安全マージンをとる必要が生じる。これによって、バッテリの性能を十分に使用することができず、充電効率が低下し、バッテリが大型化する傾向にあった。このため、バッテリのSOHの推定精度を向上させることが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
バッテリの等価回路モデルを用いて、前記バッテリの健全度を推定する推定装置であって、
前記バッテリの充電時および放電時に、前記バッテリの端子電圧値および出力電流値を測定する測定部と、
前記等価回路モデルに前記出力電流値を入力し、前記等価回路モデルから出力される端子電圧値と、前記測定部が測定した端子電圧値との誤差を算出し、前記等価回路モデルにおいて当該誤差が最小になる健全度を、前記バッテリの健全度として推定する推定部と、を備え、
前記等価回路モデルには仮想制御器が付加され、
前記推定部は、前記測定部が測定した出力電流値を、前記仮想制御器が前記誤差から算出した値で補正して、前記等価回路モデルに入力し、
前記仮想制御器は、前記誤差に比例ゲインを乗じて補正量を得る比例制御器であり、
前記推定部は、前記補正量で前記出力電流値を補正する
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、仮想制御器によって補正した出力電流値を等価回路モデルに入力することで、等価回路モデルからの出力の発散を抑えることができ、等価回路モデルからの出力を用いたバッテリのSOHの推定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施の形態に係る推定装置の構成を示すブロック図である。
図2】バッテリシステムを表現する等価回路を示す図である。
図3】バッテリシステムをブロック図で示したものである。
図4】(a)は、バッテリ100への充電電流を示すグラフであり、(b)は、(a)に応じた端子電圧値の変化を示すグラフである。
図5】バッテリシステムの閉ループを示す図である。
図6】バッテリシステムの従来の同定法を示すブロック図である。
図7】バッテリシステムの実施の形態の同定法を示すブロック図である。
図8】線形システムに対する安定化予測誤差法の概要を示すブロック図である。
図9】バッテリシステムの等価回路を示す図である。
図10】車両の10回分の走行データの一例を示す図であり、(a)が出力電流値を示し、(b)が端子電圧値を示す。
図11図10の走行データを用い、比例ゲインを異ならせたSOHの推定処理結果を示すグラフである。
図12】予測誤差と仮想制御器から得られる補正量の関係を示した図であり、(a)が実施の形態の比例制御器を示し、(b)が変形例1のリミッタ付き比例制御器を示し、(c)は変形例2のローパスフィルタを示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態に係る推定装置を、図面を参照して説明する。
なお、本明細書に記載する数式中および図面中の、「^」を上に付けた符号は推定値を表わすものであるが、文章中では、「^」(ハット記号)を付けた符号を、末尾に「hat」を添えた符号に置き換えて説明する。例えば、図1の「P」に「^」を付けた符号は、文章中では「Phat」と記載する。
【0012】
図1は、実施の形態に係る推定装置の構成を示すブロック図である。
図1に示すように、推定装置1はバッテリ100に接続されている。バッテリ100は、充電可能な二次電池であり、例えばリチウムイオンバッテリを用いることができるが、他の種類のバッテリ100であっても良い。バッテリ100は、電気自動車またはハイブリッド電気自動車等の車両に設けられている。バッテリ100は放電することにより、車両を駆動する電気モータへ電力を供給する。また、車両の制動時には、電気モータからの回生エネルギーにより充電される。バッテリ100はまた、急速充電器や家庭用コンセント等の外部の充電設備によっても充電される。バッテリ100は、充放電を繰り返すことで劣化していき、充電容量が減少していく。
【0013】
そのため、バッテリ100の健全度を示すSOH(State of Health)は、バッテリ100の管理において重要な要素となるが、SOHは直接測定することができない。そこで、実施の形態の推定装置1では、測定可能なバッテリ100の出力電流値と端子電圧値を用いてSOHを推定する。
【0014】
推定装置1は、電圧センサ2、電流センサ3、ECU(Electronic Control Unit)4および表示部5を備える。
【0015】
電圧センサ2はバッテリ100の端子電圧値yを測定する。電流センサ3はバッテリ100の出力電流値uを測定する。電圧センサ2および電流センサ3は、車両のイグニッションONからイグニッションOFFまでの間、所定のサンプリング周期Tsで端子電圧値yおよび出力電流値uの測定を行う。電圧センサ2および電流センサ3は、それぞれの測定値y、uをECU4に出力する。
【0016】
ECU4は、図示は省略するが、CPU等のプロセッサと、ROMおよびRAM等のメモリから構成される。メモリには、推定装置1で実行される各種プログラムが格納されており、プロセッサがプログラムを実行することで、図1に示す機能構成が実現される。詳細な説明は省略するが、ECU4はSOHの推定処理のみではなく、例えば、推定したSOHに基づいてバッテリ100の充放電制御を行うものであっても良い。
【0017】
ECU4は、推定部41および記憶部42を備える。
記憶部42は、推定部41が行う処理に必要なデータを格納し、また各部の処理結果を一時的に記憶する。
一例として、記憶部42には、電圧センサ2および電流センサ3から入力される端子電圧値yおよび出力電流値uが順次蓄積される。記憶部42は、車両のイグニッションONからイグニッションOFFまでに蓄積されたN組の端子電圧値yおよび出力電流値uを、走行データDとしてまとめて格納する。
記憶部42には、また、バッテリシステムを表現した等価回路モデルPhatが格納されている。
【0018】
推定部41は、記憶部42に格納されている走行データDと、等価回路モデルPhatとを用いて、SOHを推定するための処理を行う。SOHの推定処理は、例えば、車両の走行ごとに行うことができる。走行ごとに、とは、例えば、車両のイグニッションOFF時であっても良く、車両のイグニッションON時であって良い。
【0019】
推定部41は、等価回路モデルPhatに出力電流値uを入力し、推定値である端子電圧値yhatを出力する。推定部41は、測定部が測定した端子電圧値yと、出力した端子電圧値yhatとの誤差である予測誤差y-yhatを算出する。ここで、推定部41は、電流センサ3が測定した出力電流値uを、予測誤差y-yhatに比例ゲインをかけたもので補正して、等価回路モデルPhatに入力する。
【0020】
推定部41は、N組分の端子電圧値yおよび出力電流値uのそれぞれについて、予測誤差y-yhatを算出する。推定部41は、さらにN組分算出した予測誤差y-yhatの二乗平均値を算出する。
【0021】
推定部41は、予測誤差y-yhatの二乗平均値が最小になるように、等価回路モデルPhatにおけるSOHを決定し、決定したものをSOHの推定値とする。
記憶部42に格納されている等価回路モデルPhatと、推定部41の処理の詳細については後述する。
【0022】
表示部5には、推定部41が推定したSOHが入力される。表示部5は、例えば車両に設けられたインジケータや、ディスプレイとすることができる。表示部5は、推定部41から入力されたSOHを表示しても良い。また、表示部5は、入力されたSOHが所定値を下回った場合に、警告を表示しても良い。
【0023】
詳細な説明は省略するが、推定したSOHの用途は、表示部5への表示に限定されるものではなく、様々な用途に用いることができる。例えば、推定したSOHを用いて、バッテリ100の充放電制御や車両の走行可能距離の算出等の処理を行っても良い。そのような推定したSOHを用いた処理は、ECU4自体が行っても良く、あるいは不図示の別のECU4に出力して行っても良い。
【0024】
SOHの推定処理の詳細を説明するに当たり、まずはバッテリシステムについて説明する。
図2は、バッテリシステムを表現する等価回路を示す図である。
図3は、バッテリシステムをブロック図で示したものである。
【0025】
図2に示すように、バッテリシステムPは、起電力と内部インピーダンスからなる等価回路として表現することができる。起電力における電圧は、開回路電圧(OCV:Open Circuit Voltage)と呼ばれ、内部インピーダンスにおける電圧は、過電圧と呼ばれる。OCVは、バッテリ100の充電率を示すSOC(State of Charge)に対して、いわゆるSOC-OCV特性と呼ばれる対応関係を有する(図2のグラフ参照)。
【0026】
バッテリ100のSOCは、以下の通り定義される。
【数2】
ここでkは、サンプリング時刻tの離散時間システムでの表記であり、0以上の整数である。FCC0はバッテリ100の満充電容量の初期値であり、Tsはサンプリング周期を表わす。kとサンプリング時刻tとの間には、t=Ts・kの関係がある。
【0027】
図3に示すように、バッテリシステムPは、電流uを入力、端子電圧yを出力としたシステムとみなすことができる。具体的には、入力された電流u(k)を積分器Σにおいて積分したものに、定数を掛けることでSOC(k)が求められる。SOC(k)が求められることによって、SOC-OCV特性からOCVが求められる。一方、内部インピーダンスから過電圧が求められ、過電圧とOCVを足し合わせることによって端子電圧y(k)が出力される。
【0028】
すなわち、SOHはバッテリシステムPを構成するパラメータの一つである。バッテリ100の電流uおよび電圧yは測定可能なことから、バッテリシステムPは同定可能である。よって、実施の形態では、バッテリシステムPを同定することにより、SOHを推定する。
【0029】
しかしながら、SOHの推定には、バッテリシステムPの不安定性を考慮する必要がある。
バッテリの端子電圧yは、SOCの増減に伴って増減するものである。また、前記したように、SOCは電流uの積分値である。そのため、電流uが一定値といった有限な値の電流であっても、長時間印加されることで積分され、結果としてSOCが際限なく増加または減少して発散する。SOCの発散に伴って端子電圧yも発散する。このように、バッテリシステムPに不安定な要素が含まれることによって、バッテリシステムP全体も不安定となる。
【0030】
図4の(a)は、バッテリ100への充電電流を示すグラフであり、図4の(b)は、図4の(a)に応じた端子電圧値の変化を示すグラフである。
図4の(a)に示すように、バッテリ100に対して長時間の電流を印加すると、電流が一定値であっても、図4の(b)に示すように、端子電圧は際限なく発散する。端子電圧の発散は、実際のバッテリ100では過充電を示すものであり、バッテリ100の故障を招く可能性がある。
【0031】
図5は、バッテリシステムPの閉ループを示す図である。
図5のグラフに示すように、実際のバッテリ100においては、バッテリ100の過充電を防ぐため、端子電圧が上限および下限を超えないように充放電の切替が行われている。充放電の切り替えは、例えば、SOCが20-80%の範囲になるように制御が行われる。すなわち、バッテリシステムPには、バッテリシステムPと閉ループを構成する隠れた制御器Kが存在している。隠れた制御器Kは、バッテリシステムPから出力される端子電圧yからのフィードバックにより、電流uを補正し、端子電圧yの発散を防止している。
【0032】
SOHは、そもそも短時間の走行データDでは変化の影響が現れないため、SOH推定には長時間の走行データDの蓄積が必要となる。そして、長時間の走行データDに対しては、この隠れた制御器Kによる閉ループの影響が大きくなる。すなわち、SOHの推定精度を向上させるには、隠れた制御器Kによる閉ループを考慮して、バッテリシステムPを同定する必要がある。
【0033】
図6は、バッテリシステムPの従来の同定法を示すブロック図である。
図7は、バッテリシステムPの実施の形態の同定法を示すブロック図である。
【0034】
図6は、予測誤差法と呼ばれる、バッテリシステムPの従来の同定法を示している。
予測誤差法では、バッテリシステムPを表現した等価回路モデルPhatから出力される端子電圧値yhatと、測定した端子電圧値yとの予測誤差y-yhatを算出することにより、バッテリシステムPを同定する。
【0035】
バッテリシステムPを表現する等価回路モデルPhatは、SOHを要素として含む。予測誤差法では、等価回路モデルPhatにおいて、算出した予測誤差y-yhatが最小になるようなSOHを求める。すなわち、等価回路モデルPhatを、実際のバッテリシステムPに近づけることで、バッテリシステムPを同定する。
【0036】
ところが、前記したように、実際のバッテリシステムPは不安定なものであり、等価回路モデルPhatはそのバッテリシステムPに近づくほど不安定となる。さらに、出力電流値uおよび端子電圧値yはノイズ等の外乱wや観測雑音η等の影響を受ける。そのため、出力される端子電圧値yhatが発散する傾向にあり、従来の予測誤差法では、バッテリシステムPを適切に同定することが難しい。
【0037】
図7に示すように、実施の形態では、隠れた制御器Kの存在を考慮するために、等価回路モデルPhatに仮想制御器Khatを付加している。仮想制御器Khatは、隠れた制御器Kと同様に、等価回路モデルPhatに対して閉ループを構成することで、出力される端子電圧値yhatの発散を抑え、不安定なバッテリシステムPの同定を可能とする。
【0038】
不安定システムに対して閉ループを構成する仮想制御器Khatを付加する方法は、いわゆる安定化予測誤差法(I. Maruta and T. Sugie: Stabilized Prediction Error Method for Closed-loop Identification of Unstable Systems, IFAC-PapersOnLine (2018))と呼ばれる。安定化予測誤差法は、本来は線形システムに適用されるものであるのに対し、バッテリシステムPはSOC-OCV特性(図2参照)が示すように、非線形システムである。発明者らは鋭意研究の結果、安定化予測誤差法を非線形のバッテリシステムPの同定に適用できるようにした。
【0039】
以下に、実施の形態におけるバッテリシステムPの同定について詳細に説明するが、まず、基本となる、線形システムに対する安定化予測誤差法によるシステム同定について説明する。
【0040】
[安定化予測誤差法]
図8は、線形システムに対する安定化予測誤差法の概要を示すブロック図である。
図8に示すように、同定の対象となるシステムとして、以下の式(1)~(3)の通り、一般的な1入力1出力の離散時間線形システムP(θ)を考える。なお、以降の説明において、システムP(θ)は、P(θ,q)、または単にPとも記載している。ただし、qはシフトオペレータであり、qx(k)=x(k+1)のように作用する。また、数式中の「^」を上に付けた符号は推定値を表わすが、文章中では末尾に「hat」を添えた符号に置き換えて説明する。また、小文字のkは0以上の整数を示し、大文字のKは隠れた制御器を示すものである。なお、「隠れた制御器」は、以降の説明において「未知の制御器」ともいう。
【数3】
ただし、P(θ,q)は構造が既知であり、パラメータθが未知のシステムである。ただし、θはnθ個のパラメータから成るベクトルである。また、K(q)は未知の制御器である。y0(k)は雑音を含まない出力であり、ξ(k)は観測雑音、y(k)は出力の測定値、r(k)は励起信号、u(k)は入力の測定値、w(k)は外乱である。ξ(k)とw(k)はそれぞれ平均値は0とし、励起信号r(k)とは独立であるとする。
【0041】
次に、以下に定義する予測誤差εを考える。
【数4】
なお、以降の説明および図面において、モデルPhat(θhat,q)は、P(θhat)または単にPhatとも記載している。
【0042】
まず、入力と出力の測定値はそれぞれ、r(k)、w(k)、ξ(k)を用いて以下の式に表わされる。
【数5】
ただし,簡単のためP(θ,q)をP、K(q)をK、u(k)をu、y(k)をy、といったように表記している。
【0043】
また、Sは、以下の通り表わされる。
【数6】
【0044】
前記した式(4)、(5)より、予測誤差εは以下の通り求められる。
【数7】
【0045】
次に、式(9)に式(6)、(7)を代入すると、予測誤差εは以下のように求められる。
【数8】
【0046】
N組の入出力データが得られたとき、以下の予測誤差εの二乗和の平均値JN(θhat)を最小化するようなモデルパラメータθhatを求める。
【数9】
【0047】
ここで、推定値の性質について、次の2つの定理が知られている。
定理1:入出力データに雑音が含まれないとき、安定化予測誤差法では正確な推定値θhat=θが得られる。
定理2:Khat=Kが成り立つとき、推定値θhatはバイアスをもたない。
【0048】
式(11)において、ε1とε2とはノイズに関する項である。ε1はθhatに依存するため,推定値はε1を最小化するようにバイアスをもつ。一方、ε2はθhatに依存しないため,推定値にバイアスを生じない。
【0049】
式(11)においてKhat=0とするとShat=1となり、従来の予測誤差法に対応する。システムP(θ)が不安定で、かつ隠れた制御器Kによって安定化されているとき、ε1に含まれるShatSPhat(K-Khat)と、とShatSPhatP(K-Khat)は、モデルP(θhat)がシステムP(θ)に近づくとき不安定になる。一方、ε0に含まれるShatS(P-Phat)は安定である。そのため、従来の予測誤差法ではξやwが十分に小さい場合であっても、ε1が支配的になり,推定値は強いバイアスを持つ。
【0050】
一方、安定化予測誤差法ではP(θhat)が仮想制御器Khatによって安定化されている限り、ε1は発散しない。したがって、ξやwが十分に小さいならば、推定値のバイアスも小さくなる。
【0051】
[安定化予測誤差法のバッテリシステムPへの適用]
次に、前記した安定化予測誤差法をバッテリシステムPに適用した、実施の形態のバッテリシステムPの同定法について説明する。
図9は、バッテリシステムPの等価回路を示す図であり、図2の等価回路の内部インピーダンスの動特性を、RC並列回路で表現したものである。
図9において、R0,…,Rnは抵抗値、C1,…,Cnはコンデンサの静電容量であり,それぞれは、拡散抵抗Rdと拡散容量Cdを用いて以下の式に表わされる。
【数10】
また、v1(t),…,vn(t)は、各コンデンサにおける電圧降下である。
【0052】
図9に示した等価回路に基づいて、バッテリシステムPを記述する。前記したように、二次電池のSOCとOCVとの間には、SOC-OCV特性と呼ぶ1対1の対応関係があるが、SOC-OCV特性を表わす関数をfocv(・)と表記し、以下の通り記述する。
【数11】
ただし、FCC0は新品時の満充電容量である。
【0053】
ここで、バッテリ100を電流u(t)を入力,端子電圧y(t)を出力とするシステムとみなし、状態変数を以下の通りとする。
【数12】
この場合、図9に示す等価回路の連続時間状態空間表現は、以下の通り記述される。
【数13】
【0054】
以下では離散時間システムを扱うため、前記した式(17)、(18)のバッテリシステムPの離散化を行なう。式(17)、(18)に記述したバッテリシステムPを、ゼロ次ホールドを用いて、サンプリング周期Tsで離散化すると、以下の通りとなる。
【数14】
【0055】
[予測誤差の導出]
以上の通り記述されるバッテリシステムPに対して、実施の形態の等価回路モデルPhatを用いて、予測誤差を導出する。実施の形態の等価回路モデルPhatには、前記したように、閉ループを考慮して仮想制御器Khatが付加されている(図7参照)。予測誤差の導出の説明では、
バッテリシステムPの構造が既知であるとすると、バッテリシステムPの等価回路モデルPhatは、以下の式(27)に表わされる。
【数15】
【0056】
仮想制御器は、比例ゲインがKhatの比例制御器であるとし、以下の式(28)のフィードバック則が成り立つものとする。
【数16】
仮想制御器は、予測誤差(y(k)-yhat(k))に比例ゲインKhatを乗じて補正量Khat(y(k)-yhat(k))を得る。この補正量Khat(y(k)-yhat(k))をフィードバックして、出力電流値u(k)が補正される。
【0057】
等価回路モデルPhatの出力であるyhat(k)を、状態xhat(k)と、バッテリシステムPの入出力データu(k)、y(k)を用いて表わす。等価回路モデルPhatの出力方程式に、前記した式(28)を代入すると、以下の通りとなる。
【数17】
【0058】
式(29)を用いると,予測誤差は以下の式(30)の通り計算される。
【数18】
【0059】
ここで、式(30)の計算には状態xhatsoc(k)、xhat(k)が必要なため,状態の更新式を導出する。式(27)の、等価回路モデルPhatの状態方程式に、式(28)を代入すると、以下の式(31)となる。
【数19】
【0060】
式(31)に式(29)を代入すると、以下の式(32)が得られる。
【数20】
【0061】
以上を要約すると、予測誤差y(k)-yhat(k)は、式(32)を用いた「状態の更新」と、式(30)を用いた「予測誤差の算出」の、2つのステップから求められる。
【0062】
2つのステップをより具体的に説明すると、実施の形態の推定装置1の推定部41は、以下のように、予測誤差y(k)-yhat(k)を算出する。
i) 記憶部42から、仮想制御器Khatによるフィードバックを含めた等価回路モデルPhat(式(27)、式(28))を取得する。
ii) 式(27)、式(28)をまとめた等価回路モデルPhat(式(29)、式(32))を取得する。仮想制御器Khatによるフィードバックが施されたことにより、式(27)の第1式(状態の更新式)が式(32)に変形し、式(27)の第2式(出力の計算式)が式(28)に変形する。
iii) 記憶部42から、N組の走行データDを取得し、各組の走行データDに含まれる、出力電流値u(k)および端子電圧値y(k)を、等価回路モデルPhat(式(29)、式(32))に入力する。
iv) 状態xhat(k)を演算する(式(32))。
v) 端子電圧値yhat(k)を演算する(式(29))。
vi) 予測誤差y(k)-yhat(k)を演算する(式(30))。
【0063】
推定部41は、取得したN組の走行データDの各組について、予測誤差y(k)-yhat(k)を演算する。推定部41は、N組の演算が完了すると、算出した値のN組の予測誤差y(k)-yhat(k)の二乗平均値を算出する。
【0064】
[SOHの推定]
推定部41は、前記の方法により算出した予測誤差の二乗平均値が最小となるSOHを求める。
具体的には、推定部41は、等価回路モデルPhatの要素であるSOHの値を異ならせながら、N組の予測誤差y(k)-yhat(k)の算出およびそれらの二乗平均値の算出を行う。推定部41は、異なるSOHの値の中で、算出された二乗平均値が最小となったSOHを、推定値として決定する。
すなわち、推定部41が決定するSOHの推定値は、以下により表わされる。
【数21】
ここで、eSOHは、予測誤差y(k)-yhat(k)を意味する。
【0065】
推定部41が記憶部42から等価回路モデルPhatを取得した際に、SOHは、初期値に設定されている。
SOHは、以下の式により表わされるものであり、車両の出荷時は、バッテリ100は新品の状態であるため、例えば初期値を1と設定しても良い。
【数22】
ただし、FCCは使用時の満充電容量であり、FCC0は新品時の満充電容量である。
【0066】
SOHを初期値から異ならせるパターンは、特定のものに限定されないが、例えば初期値を中心とした上下の数値範囲から、等間隔で複数の数値を選択して演算を行っても良い。
さらに、推定部41は、最終的に推定値として決定したSOHを、新たな初期値として設定し、記憶部42に格納される等価回路モデルPhatを更新しても良い。
【0067】
[比例ゲインの設定]
前記したように、仮想制御器Khatとして比例制御器を用いるが、比例制御器の比例ゲインは、予め設定されたものを用いる。比例ゲインの設定は、事前に試験またはシミュレーション等を行うことにより決定することができる。
図10は、車両の10回分の走行データDの一例を示す図であり、図10の(a)が出力電流値uを示し、図10の(b)が端子電圧値yを示す。図10の(a)および(b)にしおいて、破線が各回の走行データの区切りを示している。
図11は、図10の走行データDを用い、比例ゲインを異ならせたSOHの推定処理結果を示すグラフである。グラフの点は、各回の走行データDを示す。
【0068】
図11において、サンプルAは比例ゲインを0としているが、これは従来の仮想制御器を設けない予測誤差法と同等のものである。
サンプルAからわかるように、従来の予測誤差法では走行データDごとのSOHの推定結果のばらつきが大きい。これは、等価回路モデルPhatから出力される端子電圧値yhatが発散しているからと考えられる。
【0069】
サンプルB~Dからわかるように、比例ゲインを大きくするほど走行データDごとのSOHの推定結果のばらつきが緩やかになる。バッテリ100の劣化は緩やかでありSOH急激に変化するものではないため、ばらつきが抑えられることでSOHの推定精度を向上させることができる。ただし、サンプルDのように、比例ゲインを大きくしすぎると推定値が一定となってしまい、推定が不可能となる。
【0070】
そのため、比例ゲインは、試験またはシミュレーション等を行うことで、車両の充放電制御を行う範囲に応じた適切な値を選択することができる。例えば、車両が電気自動車であり、SOCが20~80%の比較的広い範囲で充放電制御を行う場合は、比例ゲインを小さくしても良い。一方、例えば、車両がハイブリッド電気自動車であり、SOCが40~60%の比較的狭い範囲で充放電制御を行う場合には、より頻繁に充放電制御が行われることを考慮し、比例ゲインを大きくしても良い。
【0071】
以上の通り、実施の形態の推定装置1は、
(1)バッテリ100の等価回路モデルPhatを用いて、バッテリ100のSOH(健全度)を推定する。
推定装置1は、バッテリ100の充電時および放電時に、バッテリ100の端子電圧値yおよび出力電流値uを測定する電圧センサ2および電流センサ3(測定部)と、
等価回路モデルPhatに出力電流値uを入力し、等価回路モデルPhatから出力される端子電圧値yhatと、電圧センサ2が測定した端子電圧値yとの予測誤差y-yhat(誤差)を算出し、等価回路モデルPhatにおいて予測誤差y-yhatが最小になるSOHを、バッテリ100のSOHとして推定する推定部41と、を備える。
等価回路モデルPhatには、仮想制御器Khatが付加されている。
推定部41は、電流センサ3が測定した出力電流値uを、仮想制御器Khatが予測誤差y-yhatから算出した値で補正した出力電流値uhatを、等価回路モデルPhatに入力する。
具体的には、仮想制御器Khatは、予測誤差(y(k)-yhat(k))に比例ゲインKhatを乗じて補正量Khat(y(k)-yhat(k))を得る比例制御器であり、推定部は、この補正量Khatで出力電流値uを補正する。
【0072】
バッテリ100は、車両の駆動源等に用いられるが、充電および放電に伴い劣化していき、満充電容量が減少する。充放電の制御を適切に行うために、SOHを推定する必要がある。SOHの推定には様々な手法があるが、その一つに、バッテリシステムPを表現した等価回路モデルPhatを用いてSOHを推定する方法がある。
【0073】
ここで、バッテリシステムPは不安定であるため、等価回路モデルPhatが実際のバッテリシステムPに近づくほどに不安定になる傾向がある。また、出力電流値uおよび端子電圧値yはノイズ等の外乱wや観測雑音η等の影響を受ける。そのため、等価回路モデルPhatから出力される端子電圧値yhatは発散する傾向があり、SOHの推定精度に影響を与える。
【0074】
実施の形態では、バッテリシステムPの等価回路モデルPhatに比例制御器である仮想制御器Khatを設けた。仮想制御器Khatが、測定した出力電流値uに予測誤差y-yhatに比例ゲインをかけて補正し、推定部41は補正した出力電流値uhatを等価回路モデルPhatに入力する。これによって、等価回路モデルPhatから出力される端子電圧値yhatの発散を抑えることができる。結果として、予測誤差y-yhatから推定されるSOHのばらつきが小さくなり、SOHの推定精度を向上させることができる。
【0075】
(2)推定装置1は、電圧センサ2および電流センサ3において所定のサンプリング周期Ts(周期)で測定された端子電圧値yおよび出力電流値uを蓄積する記憶部42を備える。
推定部41は、記憶部42から取得した各測定における端子電圧値y(k)および出力電流値u(k)を用いて予測誤差y(k)-yhat(k)を算出し、算出した予測誤差y(k)-yhat(k)の二乗平均値が最小になるように、SOHを推定する。
【0076】
蓄積した走行データDから得られた予測誤差y(k)-yhat(k)の二乗平均値を算出することで、発散を効果的に抑えることができ、SOHの推定を精度良く行うことができる。
【0077】
(3)バッテリ100は車両駆動用の電力を供給するものであり、推定部41は、車両の走行ごとにSOHを推定する。
【0078】
車両の走行ごとにSOHを推定することで、バッテリ100の充放電の制御や車両の走行可能距離の算出等の処理を適切に行うことができる。
【0079】
[変形例]
前記した実施の形態では、仮想制御器Khatとして、単純な比例制御器を用いたが、仮想制御器Khatは、等価回路モデルPhatから出力される端子電圧値yhatの発散を抑えることができるものであれば良く、実施の形態の例に限定されない。
【0080】
図12は、予測誤差と仮想制御器から得られる補正量の関係を示した図であり、(a)が実施の形態の比例制御器を示し、(b)が変形例1のリミッタ付き比例制御器を示し、(c)は変形例2のローパスフィルタを示すものである。
【0081】
以下の説明では、簡略化のために予測誤差(y(k)-yhat(k))を予測誤差εと記載し、補正量Khat(y(k)-yhat(k))を補正量δと記載する。
【0082】
図12の(a)に示すように、実施の形態の比例制御器のでは、補正量δは予測誤差εの増加に比例して増加する。
【0083】
図12の(b)に示すように、変形例1では、仮想制御器として、比例制御器に補正量δの上限を制限するリミッタを付加したものを用いる。補正量δは実施の形態と同様に、予測誤差εの増加に比例して増加するが、上限値Vに達すると、以降は予測誤差εが増加しても上限値Vに固定される。
【0084】
図12の(c)に示すように、変形例2では、仮想制御器として、補正量δをフィルタリングするローパスフィルタを用いる。ローパスフィルタによる補正量δは、一例として、以下の式により表わすことができる。
【数23】
ただし、kはゲインである。
【符号の説明】
【0085】
1 推定装置
2 電圧センサ
3 電流センサ
4 ECU
5 表示部
41 推定部
42 記憶部
100 バッテリ
y 端子電圧値
u 出力電流値
D 走行データ
P バッテリシステム
Phat 等価回路モデル
K 隠れた制御器
Khat 仮想制御器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12