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特許7251752金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜
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  • 特許-金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜 図1
  • 特許-金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-27
(45)【発行日】2023-04-04
(54)【発明の名称】金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜
(51)【国際特許分類】
   C09D 181/00 20060101AFI20230328BHJP
   C09D 5/02 20060101ALI20230328BHJP
   C08L 65/00 20060101ALI20230328BHJP
   C08K 3/16 20060101ALI20230328BHJP
【FI】
C09D181/00
C09D5/02
C08L65/00
C08K3/16
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018155119
(22)【出願日】2018-08-22
(65)【公開番号】P2020029499
(43)【公開日】2020-02-27
【審査請求日】2021-07-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本画像学会年次大会(通算121回)“Imaging Conference JAPAN 2018”(論文集、学会発表) (1)学会名 日本画像学会年次大会(通算121回)“Imaging Conference JAPAN 2018” (2)論文集発行日 平成30年6月19日 (3)学会発表日 平成30年6月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】星野 勝義
(72)【発明者】
【氏名】立木 美奈子
【審査官】上條 のぶよ
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/122447(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/056591(WO,A1)
【文献】特開2005-068135(JP,A)
【文献】特開2017-110232(JP,A)
【文献】特開2018-012831(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 181/00
C09D 5/02
C08L 65/00
C08K 3/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化鉄無水和物から塩化物イオンがドーピングされた3-メトキシチオフェン重合体と、水のみを含む金色の光沢を有する膜が形成されることを特徴とする塗工液。
【請求項2】
前記3-メトキシチオフェン重合体1gに対し300g以下の水を吸収させていることを特徴とする請求項1記載の塗工液。
【請求項3】
塩化鉄無水和物から塩化物イオンがドーピングされた水溶性3-メトキシチオフェン重合体のみを含む金色の光沢を有することを特徴とする膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金に代表される金属色は、“優秀”、“高級”、“希少”等の付加価値を付与するため、特別な色として認識されており、例えばメダル、トロフィー、自動車等の塗装に利用されている。現在実用の金属色塗料は、樹脂の溶液中にアルミニウムフレーク微粉末と黄色などの塗料が分散しており、塗布したときにそのフレークが配向するために金属光沢が再現される。しかしながら、比重の大きな金属が含まれているために、塗料自体が重く、また分散安定性が極めて低いために溶液の持続的な攪拌が不可欠であるなどの問題点があった。
【0003】
そこで近年、非金属材料のみを用いることで金属調光沢を発現させる試みがなされている(例えば、特許文献1参照)。3-メトキシチオフェン(3MeOT)を酸化重合することで得られる重合体は、有機物だけから構成され、さまざまな有機溶媒に可溶であり、その溶液をガラスやプラスチック等の基板上に塗布し乾燥させるだけで均一塗布膜を与える、という特長を併せ持つ金属調光沢発現物質である。
【0004】
そして、特許文献1の実施例1には、酸化剤として過塩素酸鉄n水和物を採用して、3-メトキシチオフェンの重合体を作成し、ニトロメタンに溶解して、油性インクとし、それをガラス基板上に塗布すると、金色の金属光沢を有する膜(film3)が得られることが記載されている。
【0005】
また、特許文献1の実施例5には、酸化剤として塩化鉄六水和物を採用して、3-メトキシチオフェンの重合体を作成し、蒸留水に溶解して、水溶性インクとし、それをガラス基板上に塗布すると、赤味を帯びた銅色の金属光沢を有する膜(film2)が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2014/021405号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の特許文献1に記載されている技術は、金色の光沢を有する膜が形成される水溶性インクに関して、何ら開示されていない。
【0008】
また、上記の特許文献1の金色の金属光沢膜は、光沢が弱い(すなわち暗い)という欠点があった。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、水溶性で、強い金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一つの観点によれば、上記課題を解決するために、塩化物イオンがドーピングされたチオフェン重合体と、チオフェン重合体を溶解させる水と、を含む金色の光沢を有する膜が形成される塗工液であって、チオフェン重合体が、チオフェン及び酸化剤から形成されることを特徴とするものである。
【0011】
さらに、酸化剤が、塩化鉄無水和物であると望ましい。
【0012】
さらに、チオフェン重合体が、アルコキシチオフェン、アミノチオフェン、ヒドロキシチオフェン、及びアルキルチオフェンの少なくともいずれかが重合したものであると望ましい。
【0013】
さらに、チオフェン重合体が、3-メトキシチオフェンが重合したものであると望ましい。
【0014】
また、本発明の他の観点によれば、塩化物イオンがドーピングされた水溶性チオフェン重合体を含む金色の光沢を有する膜であって、水溶性チオフェン重合体が、チオフェン及び酸化剤から形成されることを特徴とするものである。
【0015】
さらに、酸化剤が、塩化鉄無水和物であると望ましい。
【0016】
さらに、水溶性チオフェン重合体が、アルコキシチオフェン、アミノチオフェン、ヒドロキシチオフェン、及びアルキルチオフェンの少なくともいずれかが重合したものであると望ましい。
【0017】
さらに、水溶性チオフェン重合体が、3-メトキシチオフェンが重合したものであると望ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、水溶性で、強い金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、発明の膜(film1)、従来の膜(film2、film3)、金蒸着膜(〇)及び銅蒸着膜(△)の色度を示す図である。
図2図2は、発明の膜(film1(a))、従来の膜(film2(b)、film3(c))、金蒸着膜(d)及び銅蒸着膜(e)の正反射スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態例及び実施例を説明するが、本発明の実施形態は以下に説明する実施形態例及び実施例に限定されない。
【0021】
本実施形態に係る塗工液及びその膜は、チオフェン重合体を含むものである。ここで「チオフェン重合体」は、二以上のチオフェンが互いに結合して重合したものをいい、下記一般式で示される化合物である。
【化1】
【0022】
上記式において、Rは置換基であり、膜に金色の金属光沢を付与できる限りにおいて限定されるわけではないが、アルコキシ基、アミノ基、アルキル基、ヒドロキシル基、ヒドロキシアルキル基、アリール基、シアノ基、又は、ハロゲンのいずれかであることが好ましい。また、Rは一つのチオフェン環に一つであっても、二つであってもよい。また、本実施形態に係るチオフェン重合体において、各チオフェンの上記Rは同じであっても異なっていてもよい。
【0023】
なお「チオフェン」は、上記の記載からも明らかなように、硫黄を含む複素環式化合物であって、下記一般式で示される化合物である。式中Rの定義は上記と同様である。
【化2】
【0024】
なお、上記式中Rがアルコキシ基である場合、限定されるわけではないが、炭素数は1以上8以下であることが好ましく、より具体的には、3-メトキシチオフェン、3,4-ジメトキシチオフェン、3-エトキシチオフェン、3,4-ジエトキシチオフェン、3-プロポキシチオフェン、3,4-ジプロポキシチオフェン、3-ブトキシチオフェン、3,4-ジブトキシチオフェン、3,4-エチレンジオキシチオフェン、3,4-プロピレンジオキシチオフェン、3-tert-ブトキシチオフェン、3-フェノキシチオフェン等を例示することができる。
【0025】
また、上記式中Rがアルキル基である場合、限定されるわけではないが、炭素数は1以上12以下であることが好ましく、より具体的には、3-メチルチオフェン、3,4-ジメチルチオフェン、3-エチルチオフェン、3,4-ジエチルチオフェン、3-ブチルチオフェン、3-ヘキシルチオフェン、3-ヘプチルチオフェン、3-オクチルチオフェン、3-ノニルチオフェン、3-デシルチオフェン、3-ウンデシルチオフェン、3-ドデシルチオフェン、3-ブロモ-4-メチルチオフェン、3-(2-エチルヘキシル)チオフェン等を例示することができる。
【0026】
また、上記式中Rがアミノ基である場合、3-アミノチオフェン、3,4-ジアミノチオフェン、3-メチルアミノチオフェン、3-ジメチルアミノチオフェン、3-チオフェンカルボキシアミド、4-(チオフェン-3-イル)アニリン等を例示することができる。
【0027】
また本実施形態において、「チオフェン重合体」の分子量としては、金色の金属光沢を有するものである限りにおいて限定されるわけではないが、GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)測定法により求められる重量平均分子量の分布のピークが200以上30000以下の範囲内にあることが好ましく、より好ましくは500以上10000以下の範囲内である。
【0028】
また本実施形態において、チオフェン重合体は、金色の金属光沢を有するものとすることができる限りにおいて限定されるわけではないが、化学重合法によって重合されたものであることが好ましい。ここで「化学重合法」とは、酸化剤を用いて液相及び固相の少なくともいずれかにおいて行う重合をいう。
【0029】
本実施形態における塗工液及びその膜は、上記のチオフェン重合体を含み、このチオフェン重合体は空気中において非常に安定であり、長期間空気中に放置しても劣化が殆どなく、長期間にわたり金色の金属光沢を維持することができる。
【0030】
ここで、本実施形態における塗工液及びその膜の製造方法(以下単に「本方法」という。)について説明する。
【0031】
本方法は、酸化剤を用いてチオフェンを重合してチオフェン重合体を含む溶液とする工程を有する。すなわち、本実施形態では、化学重合を行い、チオフェン重合体を製造する。本方法において「チオフェン」及び得られる「チオフェン重合体」は、上記したものである。
【0032】
本工程において、酸化剤は、チオフェン重合体を製造することができる限りにおいて限定されず様々なものを使用することができるが、例えば塩化鉄無水和物が好ましい。またこの場合において、この対となるイオンも限定されるわけではなく、例えば塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンなどのハロゲン化物イオンを用いると、より高い水溶性を実現でき好ましい。高い水溶性を得ることができる理由は、推測の域であるが、塩化鉄無水和物の対イオンがチオフェン重合体中にドーピングされるので、ハロゲン化物イオン等の高い親水性をもつイオンがドーピングされたチオフェン重合体も高い親水性を示し、その結果、水溶性も高くなると考えられる。
【0033】
また本工程において、重合は溶媒を用い、この溶媒中において行うことが好ましい。用いる溶媒は、上記酸化剤及びチオフェンを十分に溶解し効率的に重合させることができる限りにおいて限定されるわけではないが、極性を有し、ある程度の揮発性を有する有機溶媒であることが好ましく、例えばアセトニトリル、ニトロメタン、γ-ブチロラクトン、炭酸プロピレン、ニトロメタン、1-メチル-2-ピロリジノン、ジメチルスルホキシド、2-ブタノン、テトラヒドロフラン、アセトン、メタノール、アニソール、クロロホルム、酢酸エチル、ヘキサン、トリクロロエチレン、シクロヘキサノン、ジクロロメタン、クロロホルム、ジメチルホルムアミド、エタノール、ブタノール、ピリジン、ジオキサン、及びこれらの混合物等を用いることができるが、アセトニトリル、ニトロメタン、γ-ブチロラクトン、炭酸プロピレン、メタノールはチオフェン重合体が可溶であり、より水溶性が高いものとなりやすく好ましい。
【0034】
なお本工程において、溶媒に対し用いるチオフェン、酸化剤の量は適宜調整可能であり限定されるわけではないが、溶媒の重量を1とした場合、チオフェンの重量は0.00007以上7以下であることが好ましく、より好ましくは0.0007以上0.7以下であり、酸化剤が塩化鉄無水和物の場合、重量は0.0006以上6以下であることが好ましく、より好ましくは0.001以上0.6以下である。
【0035】
また、本工程において、用いるチオフェンと酸化剤の比としてはチオフェンの重量を1とした場合、酸化剤は0.01以上1000以下であることが好ましく、0.1以上100以下であることがより好ましい。
【0036】
また本工程は、チオフェンと酸化剤を溶媒に一度に加えてもよいが、溶媒にチオフェンを加えた溶液と、酸化剤を溶媒に加えた溶液の二種類の溶液を別途作製し、これらを加え合わせることで重合反応を行わせても良い。
【0037】
また本工程により得るチオフェン重合体を含む溶液は、そのまま保存し、乾燥させることとしてもよいが、この溶液における溶媒を除去し、他の溶媒で洗浄した後乾燥させてチオフェン重合体粉末としておくことが好ましい。この場合において、用いる溶媒は、上記例示した溶媒と同様であり、重合において用いた溶媒と同じであっても良く、また異なっていても良い。このようにすれば、重合反応において余剰に加えられ残留した単量体や酸化剤を除去することができ好ましい。ただし、酸化剤において上記塩化物イオン等のハロゲン化物イオンを含むものを用いた場合、上記重合体に安定的に結合されているため、水溶性を安定的に維持することができる。
【0038】
また、本実施形態に係るチオフェン重合体は、粉末の状態において、水を加えることで水溶性インクとすることができる。チオフェン重合体1gに対し最大300g程度水を吸収することが可能である。
【0039】
以上、本実施形態により、水溶性で、強い金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜を提供することができる。
【実施例
【0040】
ここで、上記実施形態にかかる膜を実際に作製し、その効果を確認した。以下具体的に説明する。
【0041】
まず、酸化剤として塩化鉄無水和物を用いて、3-メトキシチオフェン重合体の作製を行った。
【0042】
具体的には、まず、原料モノマーである下記式で示す3-メトキシチオフェンのアセトニトリル溶液を調製し、次に、酸化剤である塩化鉄無水和物のアセトニトリル溶液を調製し、その後、作製した3-メトキシチオフェン溶液に、塩化鉄無水和物溶液を加えて混合させ2時間撹拌した。混合溶液は速やかに濃紫色に変化した。その後、アセトニトリルを留去し、次いでエタノールで洗浄した後、50℃において1.5時間の真空乾燥を施した。これにより、塩化物イオンがドープされた3-メトキシチオフェン重合体の粉末が得られた。なお、粉末は黒褐色を呈していた。
【化3】
【0043】
上記作成した3-メトキシチオフェン重合体を用い、蒸留水に溶解して、水溶性インクとし、それをガラス基板上に塗布すると、金色の金属光沢を有する膜(film1)が得られることを確認した。
【0044】
(塗布膜の色度の測定)
film1(●)、film2(▲)およびfilm3(■)それぞれの色度を図1に示す。また、比較のため、金蒸着膜(○)および銅蒸着膜(△)の値も同時に示す。film1の色度は(a*,b*)=(8,36)であり、これらは金蒸着膜の色度(a*,b*)=(7,37)に非常に近く、film3の色度(a*,b*)=(11,37)よりも金属金に近いことから、film1の色度は、最も金属金に近いことが数値的に示されている。
【0045】
(塗布膜の正反射スペクトルの測定)
film1(a)、film2(b)およびfilm3(c)の正反射スペクトルを図2の上図に示す。比較のため、金蒸着膜(d)および銅蒸着膜(e)スペクトルも図2の下図に示す。film1のスペクトル形は、緑色(495-570nm)、黄色(570-590nm)、オレンジ色(590-620nm)および赤色(620-750nm)領域の反射率が高く、紫色(380-450nm)及び青色(450-495nm)領域の反射率が低い。これは金蒸着膜の反射特性と同様である。これと同様の形のスペクトルをfilm3も示したが、film3の最大反射率(18%)はfilm1のそれ(28%)よりも低い値であった。反射率の最大値を比較すると、film1(28%)が、film3(18%)よりも高かった。なお、film1の最大反射率は、市販の金色折り紙の最大反射率とほぼ同等であった。
【0046】
以上の結果、本発明では、酸化剤として塩化鉄無水和物を採用して重合体を形成したところ、金属金に極めて近い色調をもち、かつ背景技術で記述した有機溶剤系の重合体から得られる金色調膜(金色の金属光沢を有する膜(film3))よりも光沢の強い(すなわち明るい)膜を形成することができた。明るさ(すなわち反射率)は、市販されている金色折り紙(金属粉末が使われている)と同等であったので、 金色色調の側面からは実用レベルに達したものと判断される。
【0047】
本発明の膜の色調は、本物の金色とすることができたので、文房具インク(筆記具用インク、インクジェットプリンターインク)、化粧品、メダル・トロフィー用塗料としての実用可能性が格段に高い。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、金色の光沢を有する膜が形成される塗工液及びその膜として産業上利用可能である。
図1
図2