(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-27
(45)【発行日】2023-04-04
(54)【発明の名称】大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造された大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品
(51)【国際特許分類】
A23L 11/00 20210101AFI20230328BHJP
【FI】
A23L11/00 Z
(21)【出願番号】P 2018190084
(22)【出願日】2018-10-05
【審査請求日】2021-07-08
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】599141227
【氏名又は名称】学校法人関東学院
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】角田 光淳
【審査官】小路 杏
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-119162(JP,A)
【文献】特開2015-146764(JP,A)
【文献】特開平02-154646(JP,A)
【文献】特開2005-318808(JP,A)
【文献】特公昭60-057822(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大豆粉の製造方法であって、
生大豆粉にアルコールを添加して、当該生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度が35~70W/W%であるアルコール含有生大豆粉を調製する工程と、
当該アルコール含有生大豆粉を
耐圧密閉容器に収容し、
オートクレーブを用いて加圧環境下において
118~125℃で5~15分間加熱処理して加圧熱処理大豆粉を調製する工程と、
当該加圧熱処理大豆粉に含まれるアルコールを除去する工程とを備えたことを特徴とする大豆粉の製造方法。
【請求項2】
前記アルコールがエタノールである請求項1に記載の大豆粉の製造方法。
【請求項3】
前記生大豆粉は、平均粒径が10.3μm以下である請求項1又は請求項2に記載の大豆粉の製造方法。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれかに記載の大豆粉の製造方法により製造されたものであって、有害生理活性物質であるウレアーゼの含量が生大豆粉に比較して1/100 以下であることを特徴とする大豆粉。
【請求項5】
請求項4に記載の大豆粉を含むものであることを特徴とする大豆加工食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件出願は、大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造された大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、国民の健康意識の高まりにより、栄養価に優れる大豆粉を含む様々な大豆加工食品が販売されている。大豆には、蛋白質、脂質、炭水化物、食物繊維、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、銅、ビタミンE、ビタミンB1、葉酸等の多くの栄養素が含まれており、摂取することで血中コレステロールの低下や肥満の改善等の効果を得ることができる。そのため、大豆粉を含む大豆加工食品は、蛋白補給源や乳・卵アレルギー体質の人も摂取できる代替食品としても利用される。さらに、大豆加工食品は、抗コレステロール効果や脂肪燃焼効果も得ることができるため、健康食品等としても開発されている。
【0003】
しかし、大豆には、大豆脂質の酸化や加工工程で産生するアルデヒド類やケトン類等に由来する不快臭、大豆ポリフェノールの酸化した渋味やイソフラボン化合物に由来する苦味等の不快味が存在する。そこで、この大豆脂質の酸化等により生じる大豆特有の不快な風味を改善する方法が提唱されている。
【0004】
例えば特許文献1には、加圧過熱水蒸気の高速の気流中に、丸大豆又はこれを脱皮した大豆を粒状のまま浮遊移動させて短時間加熱処理を行う方法が開示されている。ところが、特許文献1に開示する大豆粉の製造方法では、130~190℃の高温で加熱処理を行うため、大豆粉末に過度の褐変が生じやすく、また蛋白質の変性による不溶化が顕著なため分散溶解性の低下が生じ、舌触りが悪く加工食品への利用が制限されていた。このように、従来においては、大豆粉末を製造するにあたり、大豆特有の不快な風味を十分に改善しながら、過度の褐変の抑制と、分散溶解性の低下の抑制とを同時に実現することが困難となっていた。
【0005】
このような問題に対し、特許文献2に開示しているように、本件出願人は、「気流式粉砕方法により生大豆を平均粒径10μm程度の粉末状に粉砕して、微細生大豆粉末を得る粉砕工程と、当該微細生大豆粉末を容器に密閉収容した状態で、加熱処理を118℃~125℃で30分間~1分間行う加圧湿熱工程とを有したことを特徴とする大豆粉末の製造方法」を提唱している。特許文献2に開示の大豆粉末の製造方法によれば、従来のような高温で加熱処理を行わずに大豆特有の不快な風味を改善でき、過度の褐変が生じたり分散溶解性が低下するのを抑制することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特公昭62-17505号公報
【文献】特開2015-146764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本件出願人が既に出願している特許文献2に開示の大豆粉末の製造方法を採用した場合、高温で加熱処理を行わないために、大豆に備わるリポキシゲナーゼ、ウレアーゼ、トリプシンインヒビター等の有害生理活性物質を十分に不活化させることができないという問題が生じていた。参考までに、リポキシゲナーゼは、動脈硬化や癌等の病気を引き起こす恐れがある。また、ウレアーゼは、体内で生成された尿素からアンモニアを生成し、血中アンモニア量を増大させて肝性脳症等の病気を引き起こす恐れがある。そして、トリプシンインヒビターは、腸内に分泌されるトリプシン(蛋白質分解酵素)に結合してその働きを失わせ、消化阻害等を引き起こす恐れがある。
【0008】
従って、本件出願は、大豆特有の不快臭や不快味を改善しつつ、過度の褐変の抑制、分散溶解性の確保、及び有害生理活性物質の失活を図ることが可能な大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造された大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本件出願者等は、鋭意研究を行った結果、以下に述べる大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造された大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品を採用することで、上述の課題を解決することに想到した。
【0010】
本件出願に係る大豆粉の製造方法: 本件出願に係る大豆粉の製造方法は、大豆粉の製造方法であって、生大豆粉にアルコールを添加して、当該生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度が35~70W/W%であるアルコール含有生大豆粉を調製する工程と、当該アルコール含有生大豆粉を耐圧密閉容器に収容し、オートクレーブを用いて加圧環境下において118~125℃で5~15分間加熱処理して加圧熱処理大豆粉を調製する工程と、当該加圧熱処理大豆粉に含まれるアルコールを除去する工程とを備えたことを特徴とする。
【0011】
本件出願に係る大豆粉: 本件出願に係る大豆粉は、上述した大豆粉の製造方法により製造されたものであって、有害生理活性物質であるウレアーゼの含量が生大豆粉に比較して1/100以下であることを特徴とする。
【0012】
本件出願に係る大豆加工食品: 本件出願に係る大豆加工食品は、上述した大豆粉を含むものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本件出願に係る大豆粉の製造方法は、生大豆粉に対し加圧湿熱処理を施す場合に予めアルコールを添加することで、大豆特有の不快臭や不快味を改善しつつ、過度の褐変の抑制、分散溶解性の確保及び有害生理活性物質の失活を図ることが可能となる。その結果、本件出願に係る大豆粉、及び大豆加工食品は、商品価値が高いものとなる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本件出願の一実施形態を詳述するが、本件出願はこれに限定解釈されるものではない。
【0015】
A.本件出願に係る大豆粉の製造方法
本件出願に係る大豆粉の製造方法は、「生大豆粉にアルコールを添加して、当該生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度が35~70W/W%であるアルコール含有生大豆粉を調製する工程」と、「当該アルコール含有生大豆粉を、加圧環境下において118~125℃で5~15分間加熱処理して加圧熱処理大豆粉を調製する工程」と、「当該加圧湿熱処理大豆粉に含まれるアルコールを除去する工程」とを備えたことを特徴とする。
【0016】
本件出願に係る大豆粉の製造方法は、上述した「アルコール含有生大豆粉を調製する工程」と、「加圧湿熱処理大豆粉を調製する工程」と、「アルコールを除去する工程」とをこの順に備えることで、大豆特有の不快臭や不快味を改善しつつ、過度の褐変の抑制、分散溶解性の確保、及び有害生理活性物質の失活を図ることが可能となる。以下に、これら工程について順に説明する。
【0017】
(1)アルコール含有生大豆粉を調製する工程
本工程では、生大豆粉に含水アルコールを添加して、当該生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度が35~70W/W%であるアルコール含有生大豆粉を調製する。
【0018】
生大豆粉: 本件出願における生大豆粉は、その大豆品種に関して特に限定されない。例えば、国産大豆のトヨシロメや輸入大豆、脱脂大豆等を用いることができる。
【0019】
また、この生大豆粉は、生大豆を粉状に粉砕したものであればよく、粉砕する方法や粉子の大きさに関して特に限定されない。生大豆を粉状に粉砕することで、後述する加圧熱処理の際に大豆特有の臭み(青草臭)の原因であるリポキシゲナーゼの失活を促進させることができる。
【0020】
ところで、この生大豆粉は、大豆特有の不快臭や不快味の改善や、製品となる大豆粉において過度の褐変が生じたり、蛋白質の不溶化等に伴う分散溶解性の低下が生じるのを抑制する上で、平均粒径が20μm以下であることが好ましい。さらに、この生大豆粉は、平均粒径が20μm以下であることで、製品となる大豆粉において不溶繊維によるザラツキが生じるのを解消することができる。また、製品となる大豆粉の舌触りを良好なものとし、食品への応用性に優れたものとすることを考慮すると、この生大豆粉の平均粒径は10μm以下とすることがより好ましい。なお、ここでいう平均粒径は、レーザー回折散乱法によって測定した体積基準の粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。
【0021】
生大豆を粉砕する方法は、特に限定されず、従来公知の乾式粉砕や湿式粉砕等から適宜選択して採用することができる。また、この生大豆粉が全脂大豆である場合、脂質を高濃度に含むことから微細に粉砕することが困難となる。このような場合には、例えば、ローター等を高速回転させて発生させる渦気流を利用して生大豆を微細粉末状に粉砕する「気流式粉砕方法」を採用することが可能である。この「気流式粉砕方法」によれば、全脂大豆を用いた場合であっても、平均粒径が20μm以下の微細粉末状に安定して粉砕することができる。
【0022】
アルコール: 本件出願におけるアルコールは、所謂炭化水素基と水酸基とが結合した構造を備えるものである限り特に限定されない。例えば、当該アルコールとして、食品添加物のエタノール、n-プロパノール、イソプロパノール等を用いることができる。但し、当該アルコールは、食品用途やコストメリットを考慮すると、エタノールであることが好ましい。なお、大豆に添加するアルコールの量は、特に限定されず、後述するアルコール含有生大豆粉のアルコール濃度目標値を考慮して適宜定めることができる。
【0023】
アルコール含有生大豆粉: 本件出願におけるアルコール含有生大豆粉は、上述した生大豆粉に対して上述したアルコールを添加し、当該生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度を35~70W/W%に調製したものである。生大豆粉に備わるリポキシゲナーゼ、ウレアーゼ、トリプシンインヒビター等の有害成分(有害生理活性物質)は、いずれも蛋白質であることから、その高次構造に対するアルコールの変性作用による構造変化によって生理活性が失われることとなる。本件出願に係る大豆粉の製造方法では、生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度をこの範囲内にまで高めることで、生大豆粉に備わる有害生理活性物質を十分に不活化することが可能となる。
【0024】
(2)加圧熱処理大豆粉を調製する工程
本工程では、上述の「(1)アルコール含有生大豆粉を調製する工程」で調製したアルコール含有生大豆粉を、加圧環境下において118~125℃で5~15分間加熱処理して加圧熱処理大豆粉を調製する。
【0025】
加圧熱処理大豆粉: 本件出願における加圧熱処理大豆粉は、上述したアルコール含有生大豆粉を加圧環境下において熱処理して得られる。アルコール含有生大豆粉を加圧環境下においてアルコールの沸点(エタノールの場合は約78℃)以上の温度で熱処理を行うことにより、常圧(1気圧)よりも化学反応が早く進行して、大豆特有の不快臭や不快味を改善しつつ、過度の褐変の抑制及び分散溶解性の確保が図られ、さらに、有害生理活性物質の失活も図ることができる。また、この場合、アルコールの沸点を超える温度でも水分を保持した状態で大豆粉を加熱することが可能となるため、大豆に備わる溶解性及び栄養成分を極力損なわないようにすることができる。
【0026】
また、本件出願における加圧熱処理大豆粉は、上述した加圧熱処理条件を経ることで、本発明の課題をより良好なレベルで解決することができる。有害生理活性物質であるウレアーゼは耐熱性であるが、この加圧熱処理条件を採用することで、アルコールの変性作用と併せて効果的且つ十分に有害生理活性物質であるウレアーゼの不活化を図ることが可能となる。ここで、上述した加熱処理条件(温度及び/又は時間)が下限値未満になると、生大豆粉に加熱ムラが生じて大豆特有の不快臭や不快味の改善が十分に図れず、また、有害生理活性物質であるウレアーゼの失活も十分に図ることができなくなり好ましくない。一方、上述した加熱処理条件(温度及び/又は時間)が上限値を超えると、生大豆粉に加熱ムラが生じて大豆に適度の褐変が生じやすく、また不溶化を促進する等して所要の効果を得ることが出来なくなり好ましくない。
【0027】
ところで、アルコール含有生大豆粉を120℃以上に加熱するには、少なくとも4気圧程度の加圧環境下におくことが必要とされる。ここで、当該アルコール含有生大豆粉を加圧熱処理する手段としては、特に限定されず、例えば従来公知のオートクレーブ(圧力釜)等を用いることができる。
【0028】
(3)アルコールを除去する工程
本工程では、上述した「(2)加圧熱処理大豆粉を調製する工程」で調製した加圧熱処理大豆粉に含まれるアルコールを除去する。ここで、アルコールを除去する方法に関しては特に限定されない。例えば、加圧熱処理大豆粉を外気に所定時間曝して、加圧熱処理大豆粉に含まれるアルコールを揮発させて除去することができる。その他にも、加圧熱処理大豆粉をアルコールの沸点以上に加熱し、発生したアルコール蒸気を冷却してアルコールを分流回収したり、加圧熱処理大豆粉をアルコールの沸点以下に加熱し、減圧蒸留してアルコールを回収することもできる。上述した加圧熱処理大豆粉は、アルコールが除去されることで、大豆の良好な風味が損なわれるのを防ぐことができる。
【0029】
以上に本件出願に係る大豆粉の製造方法について説明したが、次に本件出願に係る大豆粉及び大豆加工食品について説明する。
【0030】
B.本件出願に係る大豆粉
本件出願に係る大豆粉は、上述した大豆粉の製造方法により製造されたものであって、有害生理活性物質であるウレアーゼの含量が生大豆粉に比較して1/100以下であることを特徴とする。
【0031】
本件出願に係る大豆粉は、上述した大豆粉の製造方法により製造されるものであって、大豆特有の不快臭や不快味を改善しつつ、過度の褐変の抑制、分散溶解性の確保、及び有害生理活性物質であるウレアーゼの失活が図られたものとなる。ここで、当該大豆粉における分散溶解性は、10%溶液における2価の陽イオン(Ca2+、Mg2+)や酸(グルコノデルタラクトン)における凝集(トウフゲルの形成)を指標として確認することができる。また、当該大豆粉における有害生理活性物質含量は、大豆粉溶液に尿素を加える等したときに、有害生理活性物質(ウレアーゼ等)が尿素を分解してアンモニウムイオンを放出することに起因したpHの変化量により確認することができる。本願出願に係る大豆粉の有害生理活性物質であるウレアーゼは、生大豆粉に比較して1/100以下の量となるため、本件出願に係る大豆粉は様々な加工食品に積極的に含めることが出来る。
【0032】
C.本件出願に係る大豆加工食品
本件出願に係る大豆加工食品は、上述した大豆粉の製造方法により製造された大豆粉を含むものであることを特徴とする。
【0033】
本件出願に係る大豆加工食品は、上述した大豆粉の製造方法により製造された大豆粉を含むことで、青草臭や苦味等の大豆特有の不快な風味がなく、有害生理活性物質であるウレアーゼの不活化が図られた、栄養価の高い大豆飲料、豆腐、菓子等の大豆加工食品を提供することが可能となる。
【0034】
以上に、本件出願に係る大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造された大豆粉末、並びにその大豆粉末を含む大豆加工食品について説明したが、以下に本件出願の実施例及び比較例を示し、本件出願をより詳細に説明する。なお、本件出願はこれらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
本実施例1では、生大豆粉の水分に対するアルコール濃度が異なる条件の試料を作成し、当該試料について加圧環境下で熱処理を施した後の「糖度(Brix値)」及び「褐変度(ΔE値)」を確認した。
【0036】
(1)大豆粉の製造
本実施例1では、まず、平均粒径10.3μmの生大豆粉(トヨシロメ)を50g準備した。なお、ここでいう平均粒径は、レーザー回折散乱法によって測定した体積基準の粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。そして、この生大豆粉にアルコール(エタノール)を所定量添加して、当該生大豆粉の水分に対するエタノール濃度(W/W)が20%、40%、50%、60%、70%となるアルコール含有生大豆粉を調製した。ここで得られたアルコール含有生大豆粉は、それぞれ加圧可能(2気圧程度)な熱伝導性に優れるアルミ製の密閉容器内に入れ、この容器をオートクレーブ(BS-325 エルマ社製)内に静置して、更に高い内部圧(4気圧)を生じさせた。このオートクレーブを用いることで、当該生大豆粉を118℃で5分間熱保持した。加圧熱処理が完了した大豆粉は、すぐさま当該密閉容器から取り出して大気中に曝し、水分中のエタノールを完全に除去した。
【0037】
(2)大豆粉の評価
上述の方法で調製した大豆粉の「糖度(Brix値)」及び「褐変度(ΔE値)」に関する評価を以下に示す。
【0038】
<糖度(Brix値)について>
「Brix値」は、屈折糖度計(エルマ社製)を用い、大豆粉10%水溶液中に含まれる可溶性糖類の屈折率による濃度の質量(g)の割合(糖度)を測定した。この「Brix糖度」は、大豆粉の糖濃度・甘さの指標として示される。なお、表1には、参考基準として生大豆粉のBrix値も併せて示す。
【0039】
<褐変度(ΔE値)について>
「褐変度(ΔE値)」は、カラーアナライザー色差計(佐藤商事株式会社製 TES-135Aプラス)を用いて測定した。具体的に、本実施例1では、ΔE値を次に示す方法により求めた。まず、生大豆粉4gを白いカップに入れて表面をならした際の色調(L1*、a1*、b1*)を測定した。次に、アルコール含有生大豆粉に対して118℃で5分間の加圧熱処理を施した後の色調(L2*、a2*、b2*)を測定した。その後、以下の条件式(1)を用いてΔE値を求めた。なお、表1には、測定した色調(L*、a*、b*)及びΔE値を示す。また、表1には、参考基準として生大豆粉の色調(L*、a*、b*)及びΔE値も併せて示す。
【0040】
【0041】
【0042】
表1に示す結果より、118℃で5分間の加圧熱処理を施して得られる加圧熱処理大豆粉は、加圧熱処理前の生大豆粉の水分に対するエタノール濃度が大きくなるに従って糖度(Brix値)が低下することが確認できた。また、褐変度(ΔE値)に関しても、エタノール濃度が大きくなるに従って大きくなることが確認できた。そして、エタノール濃度が60W/W%を超えたあたりから糖度(Brix値)の低下量及び褐変度(ΔE値)の増加量にやや大きくなる傾向が見受けられ、加圧熱処理前の生大豆粉の水分に対するアルコール濃度は60W/W%以下であることがより好ましいことが確認できた。なお、118℃で5分間の加圧熱処理を施して得られる加圧熱処理大豆粉は、青草臭及び苦味がなく、風味に関して良好であった。
【実施例2】
【0043】
本実施例2では、実施例1と同様に、生大豆粉の水分に対するアルコール(エタノール)濃度が異なる条件の試料を作成し、当該試料について加圧環境下で熱処理を施した後の「糖度(Brix値)」及び「褐変度(ΔE値)」を確認した。なお、本実施例2では、加圧熱処理大豆粉の処理条件を118℃で10分間とした以外、実施例1と同様の確認を行った。よって、ここでの「大豆粉の製造」及び「大豆粉の評価」に関する説明は省略する。以下の表2には、その確認結果を示す。なお、表2には、参考基準として生大豆粉のBrix値も併せて示す。また、表2には、参考基準として生大豆粉の色調(L*、a*、b*)及びΔE値も併せて示す。
【0044】
【0045】
表2に示す結果より、118℃で10分間の加圧熱処理を施して得られる加圧熱処理大豆粉は、加圧熱処理前の水分中に含まれるエタノール濃度が大きくなるに従って糖度(Brix値)が低下することが確認できた。また、褐変度(ΔE値)に関しても、エタノール濃度が大きくなるに従って大きくなることが確認できた。そして、本実施例2の試料は、実施例1の試料と比較して、「褐変度(ΔE値)」が若干大きくなることが確認できた。これは、実施例2の試料の方が、加圧熱処理時間が若干(5分間)長くなったためと考えられる。なお、118℃で10分間の加圧熱処理を施して得られる加圧熱処理大豆粉は、青草臭及び苦味がなく、風味に関して良好であった。
【実施例3】
【0046】
本実施例3では、生大豆粉の水分中のアルコール濃度が異なる条件の試料を作成し、当該試料について加圧環境下で熱処理を施した後の「ウレアーゼ活性」(残存ウレアーゼ含有量)を確認した。
【0047】
(1)大豆粉の製造
本実施例3では、まず、平均粒径10.3μmの生大豆粉(トヨシロメ)を50g準備した。なお、ここでいう平均粒径は、レーザー回折散乱法によって測定した体積基準の粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。そして、この生大豆粉にアルコール(エタノール)を所定量添加して、当該生大豆粉の水分に対するエタノール濃度(W/W)が20%、40%、50%、60%、70%となるアルコール含有生大豆粉を調製した。ここで得られたアルコール含有生大豆粉は、それぞれ加圧可能(2気圧程度)な熱伝導性に優れるアルミ製の密閉容器内に入れ、この容器をオートクレーブ(BS-325 エルマ社製)内に静置して、更に高い内部圧(4気圧)を生じさせた。このオートクレーブを用いることで、当該生大豆粉を118℃で5分間熱保持した。加圧熱処理が完了した大豆粉は、すぐさま当該密閉容器から取り出して大気中に曝し、水分中のエタノールを完全に除去した。
【0048】
(2)大豆粉の評価
上述の方法で調製した大豆粉の「ウレアーゼ活性」に関する評価を以下に示す。
【0049】
<ウレアーゼ活性について>
「ウレアーゼ活性」は、pHメータ(堀場製作所製 D-71)を用いて測定した。ウレアーゼ活性は、大豆粉溶液に尿素溶液を加えて反応させ、生成するアンモニアによるpH値の変化の大きさを測定して確認した。具体的に、本実施例3では、pH値を次に示す方法により求めた。まず、上述した条件で加圧熱処理を行った加圧熱処理大豆粉1gと99mlの純水とを十分に混合するために、ミキサーで攪拌した。次に、この攪拌した溶液を3000rpm、15minで遠心分離し、この上清液0.5mlを50mlの純水で希釈して0.01%大豆粉溶液に調製し30℃に保温した。そして、30℃下で当該0.01%大豆粉溶液のpH値をpHメータにて測定した(0min)。さらに、1g尿素と10ml純水とを混合して得た10%尿素溶液を30℃に保温し、その1mlを大豆粉溶液に添加し、30sec,1,2,4,6,8,10min経過後のpH値を測定した。以下の表3には、その確認結果を示す。なお、表3には、参考基準として生大豆粉のpH値も併せて示す。
【0050】
ここで、30℃で10分間の反応条件下における生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100を加圧熱処理大豆粉の上限基準値とした。表3に示す結果より、生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100は、「尿素分解後pH(8.82)-尿素分解前pH(6.52)×10-2」の式により求めることができる。この式を計算すると、pH2.3×10-2=-log10-0.3=pH0.3となる。従って、実施例3における加圧熱処理大豆粉のpH上昇値は0.3が上限基準値となる。
【0051】
【0052】
表3に示す結果より、118℃で5分間の加圧熱処理を施して得られる加圧熱処理大豆粉は、加圧熱処理前にアルコール成分を含有させることで、生大豆粉と比較してpH値の変化量が小さく、ウレアーゼ活性を十分に低減させられることが確認できた。特に、エタノール濃度40W/W%以上では、10分間経過後のpH値に殆ど変化が見られず(pH上昇値が0.3以下)、好ましい結果が得られた。
【実施例4】
【0053】
本実施例4では、実施例3と同様に、生大豆粉の水分に対するアルコール濃度が異なる条件の試料を作成し、当該試料について加圧環境下で加熱処理を施した後の「ウレアーゼ活性」を確認した。なお、本実施例4では、加圧熱処理大豆粉の処理条件を118℃で10分間とした以外、実施例3と同様の確認を行った。よって、ここでの「大豆粉の製造」及び「大豆粉の評価」に関する説明は省略する。以下の表4には、その確認結果を示す。なお、表4には、参考基準として生大豆粉のpH値も併せて示す。ここで、実施例3と同様に、30℃で10分間の反応条件下における生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100を加圧熱処理大豆粉の上限基準値とした。表4に示す結果より、生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100は、実施例3と同様の方法で算出した結果pH0.27となった。従って、実施例4における加圧熱処理大豆粉のpH上昇値は0.27が上限基準値となる。
【0054】
【0055】
表4に示す結果より、118℃で10分間の加圧熱処理を施して得られる加圧熱処理大豆粉は、加圧熱処理前にアルコール成分を含有させることで、生大豆粉と比較してpH値の変化量が小さく、ウレアーゼ活性を十分(1/100以下)に低減させられることが確認できた。特に、エタノール濃度W/W40%以上では、10分間経過後のpH値に殆ど変化が見られず(pH上昇値が0.27以下)、好ましい結果が得られた。また、本実施例4の試料は、実施例3の試料と比較してpH値の変化量に大きな差がないことから、ウレアーゼ活性の低減効果は、加圧熱処理の条件(5分間以上の時間)に大きく左右されないことが確認できた。
【比較例】
【0056】
[比較例1]
本比較例1では、実施例3との対比を行うため、生大豆粉の水分に対するアルコール(エタノール)濃度が0W/W%の試料を作成し、当該試料について実施例3の試料と同じ条件で加圧熱処理を施した後の「ウレアーゼ活性」を確認した。なお、本比較例1では、加圧熱処理前の生大豆粉に対してアルコールを添加しない以外、実施例3と同様の方法で確認を行った。よって、ここでの「大豆粉の製造」及び「大豆粉の評価」に関する説明は省略する。以下の表5には、その結果を示す。なお、表5には、参考基準として生大豆粉のpH値も併せて示す。ここで、実施例3と同様に、30℃で10分間の反応条件下における生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100を加圧熱処理大豆粉の上限基準値とした。表5に示す結果より、生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100は、実施例3と同様の方法で算出した結果pH0.3となった。従って、比較例1における加圧熱処理大豆粉のpH上昇値は0.3が上限基準値となる。
【0057】
【0058】
表5に示す結果より、118℃で5分間の加圧熱処理を施した加圧熱処理大豆粉は、加圧熱処理前にアルコール成分を含有させないと、pH値の変化量が生大豆粉と同程度(pH上昇値が0.3以上)に大きくなることが確認できた。また、本比較例1の試料は、実施例3の試料と比較してpH値の変化量が著しく大きくなり、加圧熱処理前の生大豆粉にアルコール成分を含有させることがウレアーゼ活性を十分に低減させる上で重要であることが確認できた。
【0059】
[比較例2]
本比較例2では、実施例4との対比を行うため、生大豆粉の水分に対するアルコール(エタノール)濃度が0W/W%の試料を作成し、当該試料について実施例4の試料と同じ条件で加圧熱処理を施した後の「ウレアーゼ活性」を確認した。なお、本比較例2では、加圧熱処理前の生大豆粉に対してアルコールを添加しない以外、実施例4と同様の方法で確認を行った。よって、ここでの「大豆粉の製造」及び「大豆粉の評価」に関する説明は省略する。以下の表6には、その結果を示す。なお、表6には、参考基準として生大豆粉のpH値も併せて示す。ここで、実施例4と同様に、30℃下で10分間の反応条件における生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100を加圧熱処理大豆粉の上限基準値とした。表6に示す結果より、生大豆粉中のウレアーゼ活性の1/100は、実施例4と同様の方法で算出した結果pH0.27となった。従って、比較例2における加圧熱処理大豆粉のpH上昇値は0.27が上限基準値となる。
【0060】
【0061】
表6に示す結果より、118℃で10分間の加圧熱処理を施した加圧熱処理大豆粉は、加圧熱処理前にアルコール成分を含有させないと、pH値の変化量が生大豆粉と同程度(pH上昇値が0.27以上)に大きくなることが確認できた。また、本比較例2の試料は、実施例4の試料と比較してpH値の変化量が著しく大きくなり、加圧熱処理前の生大豆粉にアルコール成分を含有させることがウレアーゼ活性を十分に低減させる上で重要であることが確認できた。そして、本比較例2の試料は、比較例1の試料と比較してpH値の変化量に大きな差がないことから、ウレアーゼ活性の低減効果は、両者間の加圧熱処理(時間)の条件に大きく左右されないことが確認できた。
【0062】
[まとめ]
以上より、本件出願に係る大豆粉の製造方法によれば、得られる大豆粉に関して、糖度の低減を抑制して、大豆特有の不快臭や不快味を改善しつつ、過度の褐変の抑制、及び有害生理活性物質の失活を図ることが可能となることが分かった。また、以上の結果より、118℃程度の温度であっても加圧熱処理を施す前の生大豆粉にアルコールを含有させることでウレアーゼ活性の低減効果が十分に得られることが分かった。さらに、加圧熱処理を施す前の生大豆粉に含まれる水分に対するアルコール濃度は、35~70W/W%が好ましいことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本件出願に係る大豆粉の製造方法および製造装置によれば、大豆特有の不快臭や不快味を改善しつつ、過度の褐変の抑制、分散溶解性の確保、及び有害生理活性物質の失活を図ることが可能である。従って、本件出願に係る大豆粉の製造方法及びその製造方法により製造された大豆粉、並びにその大豆粉を含む大豆加工食品は、あらゆる大豆加工食品に好適に用いることができる。