(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-27
(45)【発行日】2023-04-04
(54)【発明の名称】適応同定システム、適応同定装置、及び適応同定方法
(51)【国際特許分類】
H04R 3/00 20060101AFI20230328BHJP
G10K 15/00 20060101ALI20230328BHJP
H03H 21/00 20060101ALI20230328BHJP
【FI】
H04R3/00 320
G10K15/00 L
H03H21/00
(21)【出願番号】P 2019138897
(22)【出願日】2019-07-29
【審査請求日】2022-06-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000101732
【氏名又は名称】アルパイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】菅井 卓
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 望
【審査官】岩田 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-312581(JP,A)
【文献】特開平11-112291(JP,A)
【文献】特開2001-343441(JP,A)
【文献】特開2002-058163(JP,A)
【文献】特開2013-063208(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0031242(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0090973(US,A1)
【文献】増田 士朗, 外1名,フレッシュマンのための適応制御~モデリングしながら制御する~,計測と制御,2003年,第42巻, 第4号,第297-303ページ,[2023年3月14日検索], <URL: https://jstage.jst.go.jp/article/sicejl1962/42/4/42_4_297/_article/-char/ja/>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 3/00- 3/14
G10K 11/00-15/12
H03H 21/00
H04B 1/76- 3/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
適応フィルタを用いて伝搬系の特性を同定する適応同定システムであって、
基本周波数の整数倍の周波数成分を含み、PE性の条件を満たす周期性の同定用入力信号を生成する信号生成部と、
移動平均時間を、前記同定用入力信号の基本周期に設定する設定部と、
同定用入力信号ベクトルと観測信号の相互相関ベクトルを前記移動平均時間で移動平均した移動平均値と、前記同定用入力信号ベクトルの自己相関行列を前記移動平均時間で移動平均した行列を対角化した対角化行列とを用いて、前記適応フィルタの係数を更新する適応アルゴリズム実行部と、
を有する、適応同定システム。
【請求項2】
前記信号生成部は、前記基本周波数の整数倍の周波数成分のみを含む前記周期性の前記同定用入力信号を生成する、請求項1に記載の適応同定システム。
【請求項3】
前記同定用入力信号は、前記適応フィルタのタップ数に対応する数の互いに異なる前記周波数成分を含む、請求項1又は2に記載の適応同定システム。
【請求項4】
前記同定用入力信号は、互いに位相が異なる複数の前記周波数成分を含む、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の適応同定システム。
【請求項5】
前記信号生成部は、前記同定用入力信号に含まれる複数の前記周波数成分の位相をランダムに変化させる、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の適応同定システム。
【請求項6】
前記同定用入力信号ベクトルの自己相関行列を前記移動平均時間で移動平均し、対角化した前記対角化行列を予め算出する算出部を有する、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の適応同定システム。
【請求項7】
前記同定用入力信号ベクトルの自己相関行列を前記移動平均時間で移動平均し、対角化した前記対角化行列を予め記憶した記憶部を有する、請求項1乃至6のいずれか一項に記載の適応同定システム。
【請求項8】
前記適応アルゴリズム実行部は、前記相互相関ベクトルを前記移動平均時間で移動平均した移動平均値と、前記記憶部に予め記憶した前記対角化行列とを用いて、前記適応フィルタの係数を更新する、請求項7に記載の適応同定システム。
【請求項9】
適応フィルタを用いて伝搬系の特性を同定する適応同定装置であって、
基本周波数の整数倍の周波数成分を含み、PE性の条件を満たす周期性の同定用入力信号を生成する信号生成部と、
移動平均時間を、前記同定用入力信号の基本周期に設定する設定部と、
同定用入力信号ベクトルと観測信号の相互相関ベクトルを前記移動平均時間で移動平均した移動平均値と、前記同定用入力信号ベクトルの自己相関行列を前記移動平均時間で移動平均した行列を対角化した対角化行列とを用いて、前記適応フィルタの係数を更新する適応アルゴリズム実行部と、
を有する、適応同定装置。
【請求項10】
適応フィルタを用いて伝搬系の特性を同定する適応同定システムが実行する適応同定方法であって、
基本周波数の整数倍の周波数成分を含み、PE性の条件を満たす周期性の同定用入力信号を生成し、
移動平均時間を、前記同定用入力信号の基本周期に設定し、
同定用入力信号ベクトルと観測信号の相互相関ベクトルを前記移動平均時間で移動平均した移動平均値と、前記同定用入力信号ベクトルの自己相関行列を前記移動平均時間で移動平均した行列を対角化した対角化行列とを用いて、前記適応フィルタの係数を更新する、
適応同定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、適応同定システム、適応同定装置、及び適応同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、原音再現、立体音響、騒音低減等を目的として、オーディオ信号を信号処理する際には、スピーカから制御ポイントに設置したマイクロホン(理想的には受聴者の耳)までの、音の伝搬系の特性が用いられる。
【0003】
また、音の伝搬系の特性を得るための代表的な手法の一つとして、適応同定と呼ばれる技術がある。この適応同定は、適応フィルタによって音の伝搬系をモデル化する技術であり、適応アルゴリズムとして、LMS(Least Mean Square)アルゴリズムが広く用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
実際の環境下において適応同定を行う際には、例えば、ノイズ等の外乱の影響を受けて同定精度が低下してしまう場合がある。LMSアルゴリズムの場合、ステップサイズを小さく設定することにより、同定精度の低下を回避可能ではあるが、ステップサイズを小さくしてしまうと適応スピードが低下するため、最終的な同定結果を得るまでに時間を要してしまうという問題がある。
【0006】
このような問題を解決するために、例えば、最急降下アルゴリズムにおける期待値の演算を有限回の時間平均で近似した適応アルゴリズム(以下、近似的最急降下アルゴリズムと呼ぶ)用いて、最終的な同定結果を得るまでの時間を短縮することが考えられる。ただし、この方法では、LMSアルゴリズムと比べて、適応同定システムの演算量が大幅に増加してしまうという問題がある。
【0007】
本発明の一実施形態は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、適応同定システムにおいて、近似的最急降下アルゴリズムより少ない演算量で、近似的最急降下アルゴリズムと同等の同定精度を得られるようにする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る適応同定システムは、適応フィルタを用いて伝搬系の特性を同定する適応同定システムであって、基本周波数の整数倍の周波数成分を含み、PE性の条件を満たす周期性の同定用入力信号を生成する信号生成部と、移動平均時間を、前記同定用入力信号の基本周期に設定する設定部と、観測信号(外乱を含む前記伝搬系が畳み込まれた同定用入力信号)と前記同定用入力信号ベクトルの相互相関ベクトルを前記移動平均時間で移動平均した移動平均値と、前記同定用入力信号ベクトルの自己相関行列を前記移動平均時間で移動平均した行列を対角化した対角化行列とを用いて、前記適応フィルタの係数を更新する適応アルゴリズム実行部と、を有する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一実施形態によれば、適応同定システムにおいて、近似的最急降下アルゴリズムより少ない演算量で、近似的最急降下アルゴリズムと同等の同定精度を得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態に係る適応同定システムのシステム構成の例を示す図である。
【
図2】一実施形態に係る制御部の機能構成の例を示す図である。
【
図3】一実施形態に係る同定用入力信号の信号波形のイメージを示す図である。
【
図4】一実施形態に係る適応同定システムの処理の例を示すフローチャートである。
【
図5】一実施形態に係る適応同定システムによる計算量の例を示す図である。
【
図6】従来の適応同定システムについて説明するための図である。
【
図7】従来の適応アルゴリズムの例について説明するための図である。
【
図8】従来の適応同定システムのシステム構成の例を示す図である。
【
図9】従来の適応同定システムによる計算量の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施の形態について、添付の図面を参照して説明する。
【0012】
<適応同定システムについて>
本実施形態に係る適応同定システムについて説明する前に、従来の適応同定システムについて、簡単に説明する。
【0013】
図6は、従来の適応同定システムについて説明するための図である。適応同定システム1は、例えば、適応同定装置10を用いて、音等の伝搬系11の特性を同定するシステムである。例えば、適応同定装置10は、同定用入力信号x(n)と、伝搬系11から出力される出力信号d(n)とに基づいて、所定の適応アルゴリズムにより、伝搬系11の特性を適応同定する。
【0014】
しかし、実際の環境で適応同定を行う場合、適応同定装置10に入力される観測信号y(n)に、ノイズv(n)等の外乱が混入することにより、システムの同定精度が低下してしまうという問題がある。
【0015】
図7は、従来の適応アルゴリズムの例について説明するための図である。従来の適応同定システム1では、適応アルゴリズムとして、LMS(Least Mean Square)アルゴリズムが広く用いられている。
【0016】
LMSアルゴリズムは、ベクトルwの関数f(w)の極小値を求めるための古典的な数値解析法である最急降下法に基づく適応アルゴリズムである。
図7に、最急降下法による適応アルゴリズム(最急降下アルゴリズム)の式を示す。
【0017】
この最急降下アルゴリズムの式において、演算E[]は、無限回試行した平均を求める期待値演算を示す。したがって、この最急降下アルゴリズムの式を、適応アルゴリズムとして適応同定装置10に実装することは困難である。
【0018】
そこで、適応同定装置10に実装可能なアルゴリズムとして、最急降下アルゴリズムの期待値演算20、21を、瞬時値22、23に置き換えたLMSアルゴリズムの式が広く用いられている。
【0019】
また、適応同定装置10に実装可能な別のアルゴリズムとして、最急降下アルゴリズムの期待値演算20、21を、有限回の時間平均24、25で近似した適応アルゴリズム(以下、近似的最急降下アルゴリズムと呼ぶ)が知られている。
【0020】
(LMSを用いた適応同定システム)
図8(A)は、LMSアルゴリズムを用いた適応同定システム1のシステム構成の例を示している。
図8(A)の例では、適応同定装置10は、適応フィルタ31と適応アルゴリズム実行部32とを含み、適応アルゴリズム実行部32は、
図7で説明したLMSアルゴリズムの式を適応更新式として、適応フィルタ31の伝達関数w(n)を更新する。
【0021】
このような、LMSアルゴリズムを用いた適応同定システム1では、外乱となるノイズv(n)が存在せず、かつ伝搬系11を適応フィルタ31の伝達関数w(n)で完全に模擬できる場合、適応フィルタ31は伝搬系11の特性に収束する。すなわち、w(∞)=hとなる。
【0022】
しかし、外乱となるノイズv(n)が存在する場合には、適応フィルタ31は、その影響を受け、最適解には収束せずに最適解の近傍を振動するようになる。そして、その振動は、外乱となるノイズv(n)が大きい程大きなものとなる。
【0023】
このような場合、LMSアルゴリズムを用いた適応同定システム1では、ステップサイズμを小さく設定することにより、この振動を小さく抑えることができる。一方、ステップサイズμを小さく設定すると、適応スピードが低下してしまうため、最終的な結果を得るまでに、より多くの時間を要するという問題がある。
【0024】
(近似的最急降下アルゴリズムを用いた適応同定システム)
図8(B)は、近似的最急降下アルゴリズムを用いた適応同定システム1のシステム構成の例を示している。
図8(B)の例では、適応同定装置10は、適応フィルタ33と適応アルゴリズム実行部34とを含み、適応アルゴリズム実行部34は、
図7で説明した近似的最急降下アルゴリズムを適応更新式として、適応フィルタ31の伝達関数w(n)を更新する。
【0025】
このような、近似的最急降下アルゴリズムを用いた適応同定システム1では、ステップサイズμを小さく設定しなくても、時間平均により、外乱となるノイズv(n)の影響を抑制できるため、最終的な結果を得るまでの時間をより短くすることができる。しかし、近似的最急降下アルゴリズムを用いた適応同定システム1では、LMSアルゴリズムを用いて適応同定システム1に比べて、より多くの演算が必要になるという問題がある。
【0026】
図9は、適応同定システムによる計算量の例を示す図である。ここでは、説明を容易にするため、適応フィルタのタップ数が2タップの場合の、LMSアルゴリズムの計算数と、近似的最急降下アルゴリズムの計算数とを示している。
【0027】
図9に示すように、LMSアルゴリズムを用いた適応同定システム1では、1回の適応に必要な計算数が、勾配推定のための積算が2回、ステップサイズ調整のための積算が2回、適応更新のための加算が2回必要となる。
【0028】
一方、近似的最急降下アルゴリズムを用いた適応同定システム1では、1回の適応に必要な計算数が、勾配推定のための積算が9回、加算が19回、ステップサイズ調整のための積算が2回、適応更新のための加算が2回必要となる。なお、ここでは、一例として、移動平均の加算処理がリングバッファ方式であり、3回の加算処理(データ値加算、減算、ポインタインクリメント)が行われる場合の計算量を示している。
【0029】
また、実際に用いられる適応フィルタは、例えば、128タップ以上のタップ数となる場合が多く、そのような場合には、近似的最急降下アルゴリズムを用いた適応同定システム1における演算量はさらに多くなる。
【0030】
そこで、本実施形態では、近似的最急降下アルゴリズムより少ない演算量で、近似的最急降下アルゴリズムと同等の同定精度を実現する適応同定システムについて説明する。
【0031】
<システム構成>
図1は、一実施形態に係る適応同定システムのシステム構成の例を示す図である。
【0032】
図1(A)は、本実施形態に係る適応同定システム100のシステム構成の一例を示している。
図1(A)に示す適応同定装置110は、
図8(B)に示した従来の適応同定装置10の構成に加えて、制御部114、及び記憶部115等を備えている。具体的には、適応同定装置110は、適応フィルタ111、適応アルゴリズム実行部112、減算器113、制御部114、及び記憶部115等を有している。
【0033】
なお、明細書の本文中では、ベクトルや行列を表す文字を太文字で表すことができないので、本文中ではベクトルや行列を標準の文字で表記する。一方、数式では、ベクトルや行列を太文字で表記する。したがって、例えば、本文中の「ベクトルx」は、数式の太文字のxに対応している。行列や他の文字についても同様である。
【0034】
適応フィルタ111は、例えば、適応同定装置110が備えるDSP(Digital Signal Processor)によって実現され、適応アルゴリズム実行部112からの制御によって、係数ベクトルw(n)を変更可能なFIR(Finite Impulse Response)フィルタ等である。
【0035】
適応アルゴリズム実行部112は、例えば、適応同定装置110が備えるDSPによって実現され、同定用入力信号x(n)、及び観測信号y(n)に基づいて、適応フィルタ111の係数ベクトルw(n)を、後述する適応更新式により更新する。
【0036】
減算器113は、例えば、適応同定装置110が備えるDSPによって実現され、観測信号y(n)、適応フィルタ111の出力信号に基づいてエラー信号e(n)を出力する。本実施形態においてエラー信号e(n)を直接適応更新に用いることはないが、適応フィルタ111の係数ベクトルw(n)が求めるべき伝搬系h11にどこまで近づいてきているか適応の進行度合いを見るために観測する。
【0037】
制御部114は、例えば、適応同定装置110が備えるコンピュータが実行するプログラム、又は適応同定装置110が備えるDSP等によって実現され、
図2に示すような機能構成を有している。なお、制御部114の機能構成については後述する。
【0038】
記憶部115は、例えば、適応同定装置110が備えるメモリやストレージデバイス等によって実現され、後述する様々情報やデータを記憶する。
【0039】
図1(B)は、本実施形態に係る適応同定システム100のシステム構成の別の一例を示している。
図1(B)に示すように、適応同定システム100の制御部114、及び記憶部115は、適応同定装置110の外部の制御装置120であっても良い。例えば、制御装置120は、CPU(Central Processing Unit)、メモリ、ストレージデバイス、通信インタフェース等を含むコンピュータの構成を有しており、CPUで所定のプログラムを実行することにより、制御部114、記憶部115等を実現している。
【0040】
<制御部の機能構成>
図2は、一実施形態に係る制御部の機能構成の例を示す図である。制御部114は、例えば、信号生成部201、設定部202、及び算出部203等を有する。
【0041】
信号生成部201は、適応同定システム100の同定用入力信号x(n)を作成する。なお、信号生成部201は、信号生成部201の内部で同定用入力信号x(n)を生成しても良いし、例えば、適応同定装置110が備えるDSPを制御して、同定用入力信号x(n)を生成しても良い。
【0042】
(同定用入力信号)
ここで、信号生成部201が生成する同定用入力信号ベクトルx(n)について説明する。
【0043】
前述したように、近似的最急降下アルゴリズムの適応更新式は、
【0044】
【0045】
この近似的最急降下アルゴリズムでは、同定用入力信号ベクトルx(n)の自己相関行列x(n)x(n)Tの移動平均値と、同定用入力信号ベクトルx(n)と観測信号y(n)の相互相関ベクトルx(n)y(n)の移動平均を算出し、自己相関行列の移動平均値と、現在の適応フィルタの係数ベクトルw(n)との積を計算する。また、この適応更新式は、自己相関行列の移動平均値と現在の適応フィルタ係数ベクトルの値との積に、相互相関ベクトルの移動平均値を加算することにより、次回サンプル時の適応フィルタ係数ベクトルを算出する。
【0046】
ここで、自己相関行列は、
【0047】
【0048】
この行列は各要素に対して移動平均の計算を行うため、これらの移動平均の計算量(演算量)が特に多くなる。したがって、自己相関行列をシンプルな形にできれば、計算量を大幅に削減することができる。
【0049】
そこで、信号生成部201は、自己相関行列をシンプルな形にするため、基本周波数の整数倍の周波数成分を含み、PE(Persistently Exciting)性の条件を満たす周期性の同定用入力信号x(n)を生成する。
【0050】
例えば、信号生成部201は、基本周波数の整数倍の正弦波状信号を複数組み合わせて、基本周波数の整数倍の周波数成分のみを含む周期性信号を生成し、同定用入力信号x(n)とする。このとき、信号生成部201は、PE性の次数を満たすために、外乱がない状況でコヒーレンスが保証される周波数の正弦波状信号を、適応フィルタ111のタップ数に対応する数だけ加え合わせて、同定用入力信号x(n)を生成する。
【0051】
これにより、信号生成部201は、基本周波数の整数倍の周波数を含み、PE性の条件を満たす周期性の同定用入力信号x(n)を生成することができる。
【0052】
なお、PE性の条件を満たす周期性の同定用入力信号x(n)は、同定用入力信号x(n)の基本周波数の基本周期Tを、移動平均を算出する時間区間として、自己相関行列を移動平均することにより、正則な定数の行列とすることができる。
【0053】
音響系に応用する上で、好ましくは、信号生成部201は、同定用入力信号x(n)の信号波形がインパルス状にならないように、足し合わされる複数の正弦波状信号の各位相を変化させ、同定用入力信号x(n)を生成する。例えば、信号生成部201は、複数の正弦波状信号の位相をランダムに変化させる。
【0054】
信号生成部201が生成する同定用入力信号x(n)の信号波形のイメージを
図3に示す。
【0055】
図3は、一実施形態に係る同定用入力信号の信号波形のイメージを示す図である。
図3の例では、例えば、同定モデルを8タップのFIRフィルタ、基本周波数を10Hzとし、30Hz、40Hz、50Hz、60Hz、70Hz、80Hz、90Hz、100Hzの余弦波を合成して生成した同定用入力信号x(n)の例を示している。
図3の例では、信号生成部201は、複数の周波数成分(余弦波)をランダム位相で合成して同定用入力信号x(n)を生成しており、これにより、インパルス状のピークがない、基本周期Tの周期性信号が生成されている。
【0056】
ここで、
図2に戻り、制御部114の機能構成の説明を続ける。
【0057】
設定部202は、適応同定装置110の移動平均時間(適応アルゴリズムの移動平均時間)を、同定用入力信号x(n)の基本周期Tに設定する。例えば、設定部202は、適応同定装置110のサンプリング周波数が1600Hzであり、同定用入力信号x(n)の基本周波数を10Hzである場合、移動平均回数Mを、M=160に設定する。これにより、適応同定装置110の移動平均時間が、基本周波数である10Hzの基本周期である0.1sに設定される。
【0058】
これにより、同定用入力信号ベクトルx(n)の自己相関行列x(n)x(n)Tを移動平均した後に得られる行列は、例えば、次の式で示されるように、正則な定数の行列となる。
【0059】
【数3】
さらに計算量を削減するため、好ましくは、算出部203は、同定用入力信号ベクトルx(n)の自己相関行列x(n)x(n)
Tを移動平均した行列を、予め算出して固有値分解を行い、対角化した対角化行列を算出し、記憶部115等に記憶しておく。
【0060】
<適応更新式>
続いて、本実施形態に係る適応アルゴリズムの適応更新式について説明する。
【0061】
前述した、近似的最急降下アルゴリズムの適応更新式を、ステップサイズ計算と勾配計算とを別々にして変形すると、
【0062】
【0063】
また、本実施形態では、前述したPE性の条件を満たすように作成した同定用入力信号x(n)を用いることにより、同定用入力信号ベクトルx(n)の自己相関行列x(n)x(n)Tを移動平均した後に得られる行列を定数化することができる。また、定数化した自己相関行列は、固有値分解で、次のように対角化することができる。
【0064】
【数5】
ここで、Lは同定モデルのタップ数である。
【0065】
これにより、本実施形態に係る適応アルゴリズムの適応更新式は、
【0066】
【0067】
さらに、この式の両辺に左から正則行列Pをかけると、
【0068】
【0069】
さらに、正則行列Pによる線形変換が行われた領域から見るとw'(n)=Pw(n)、x'(n)=Px(n-1)として、この式は、
【0070】
【0071】
このように、本実施形態によれば、同定用入力信号ベクトルx(n)の自己相関行列x(n)x(n)Tが定数化され、さらに正則行列Pで線形変換された適応フィルタ係数ベクトルが、固有値からなる対角化行列Dとの積で求まる。したがって、本実施形態によれば、近似的最急降下アルゴリズムと同等の同定精度を、近似的最急降下アルゴリズムより少ない演算量で実現することができるようになる。
【0072】
なお、適応フィルタの係数ベクトルw'(n)は、正則行列Pで線形変換された領域で収束するので、実際のインパルス応答を求める場合は、
【0073】
【数9】
の両辺に左から逆行列P
-1をかけて、逆変換を行うことにより、
【0074】
【数10】
となり、最適値w
optを求めることができる。
【0075】
<処理の流れ>
続いて、本実施形態に係る適応同定方法の処理の流れについて説明する。
【0076】
図4は、一実施形態に係る適応同定システムの処理の例を示すフローチャートである。この処理は、本実施形態に係る適応同定システム100が実行する適応同定方法の全体の流れを示している。
【0077】
ステップS401において、制御部114の信号生成部201は、前述したように、基本周波数の整数倍の周波数成分を、PE性の条件を満たすように組み合わせた周期性の同定用入力信号x(n)を生成する。
【0078】
例えば、信号生成部201は、同定用入力信号x(n)を、基本周波数(例えば、10Hz)の整数倍の周波数の正弦波状信号を、適応フィルタ111のタップ数の数だけ組み合わせて、周期性の同定用入力信号x(n)を生成する。
【0079】
また、信号生成部201は、同定用入力信号x(n)がインパルス状にならないように、複数の正弦波状信号の位相が互いに異なるようにする。例えば、信号生成部201は、複数の正弦波状信号の位相をランダムに変化させて、
図3に示すような周期性の同定用入力信号x(n)を生成する。
【0080】
好ましくは、信号生成部201は、同定用入力信号x(n)を決定し、行列Dと行列Pとを求める。例えば、適応フィルタ111のタップ数が2である場合、
【0081】
【0082】
また、信号生成部201は、行列Pによる線形変換を考慮し、線形変換された同定用入力信号を用意し、
【0083】
【数12】
線形変換した同定用入力信号を、例えば、次のような形式で記憶部115に記憶しておく。
【0084】
【数13】
好ましくは、信号生成部201は、記憶部115に予め記憶した同定用入力信号に基づいて、同定用入力信号x(n)を生成して、例えば、
図1(A)に示すように、伝搬系11、適応フィルタ111、及び適応アルゴリズム実行部112に入力する。
【0085】
ステップS402において、制御部114の設定部202は、適応同定装置110の移動平均時間(適応アルゴリズムの移動平均時間)を、ステップS201で生成した同定用入力信号x(n)の基本周期Tに設定する。
【0086】
例えば、適応同定装置110のサンプリング周波数が1600Hz、同定用入力信号x(n)の基本周波数が10Hzである場合、適応同定装置110の移動平均時間を、基本周波数である10Hzの基本周期Tである0.1sに設定する。
【0087】
ステップS403において、制御部114の算出部203は、ステップS401で生成した同定用入力信号ベクトルx(n)の自己相関行列x(n)x(n)Tを移動平均した行列を対角化した対角化行列を算出する。
【0088】
なお、この処理は、ステップS404の適応更新処理より前に行われていれば良い。例えば、算出部203は、同定用入力信号x(n)を生成し、記憶部115に記憶するとき等に、対角化行列を算出して記憶部115に予め記憶しておくものであっても良い。
【0089】
ステップS404において、適応アルゴリズム実行部112は、同定用入力信号ベクトルx(n)と観測信号y(n)との相互相関ベクトルx(n)y(n)の移動平均を算出した移動平均値と、算出部203が算出した対角化行列とを用いて、適応フィルタ111の係数を更新する。例えば、適応フィルタ111のタップ数が2である場合、
【0090】
【数14】
を適応更新式として、適応更新処理を実行する。
【0091】
ここで、例えば、移動平均の加算処理がリングバッファ方式であり、3回の加算処理(データ値加算、減算、ポインタインクリメント)が行われるとすると、1回の適応に必要な計算数(演算量)は次のようになる。
勾配推定:積算6回、加算8回
ステップサイズ調整:積算2回
適応更新:加算2回
図5は、一実施形態に係る適応同定システムによる計算量の例を示す図である。この図は、適応フィルタ111のタップ数が、2タップの場合、128タップの場合、Lタップ(Lは2以上の整数)の場合における、近似的最急降下アルゴリズムの計算量と本実施形態における計算量とを示している。
【0092】
図5に示すように、適応フィルタ111のタップ数が2タップの場合でも、本実施形態に係る適応アルゴリズムの計算量は、近似的最急降下アルゴリズムの計算量より少なくなっている。
【0093】
さらに、実際の適応同定システム100では、適応フィルタ111のタップ数は、少なくとも128タップは必要と考えられる。この場合、
図5に示すように、本実施形態に係る適応アルゴリズムの計算量は、近似的最急降下アルゴリズムの計算量より、大幅に計算数が少なくなることが判る。また、本実施形態に係る適応アルゴリズムは、近似的最急降下アルゴリズムに基づいているので、近似的最急降下アルゴリズムと同等の同定精度を得ることができる。
【0094】
したがって、本実施形態によれば、適応同定システム100において、近似的最急降下アルゴリズムより少ない演算量(計算量)で、近似的最急降下アルゴリズムと同等の同定精度を得られるようになる。
【0095】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、様々な変形や変更が可能である。
【符号の説明】
【0096】
100 適応同定システム
110 適応同定装置
111 適応フィルタ
112 適応アルゴリズム実行部
115 記憶部
201 信号生成部
202 設定部
203 算出部