(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-28
(45)【発行日】2023-04-05
(54)【発明の名称】工作機械の主軸
(51)【国際特許分類】
B23B 19/02 20060101AFI20230329BHJP
【FI】
B23B19/02 A
(21)【出願番号】P 2019070339
(22)【出願日】2019-04-02
【審査請求日】2021-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000146847
【氏名又は名称】DMG森精機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000114787
【氏名又は名称】ヤマザキマザック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100104662
【氏名又は名称】村上 智司
(72)【発明者】
【氏名】中南 成光
(72)【発明者】
【氏名】村木 俊之
(72)【発明者】
【氏名】河野 大輔
(72)【発明者】
【氏名】水野 宗一郎
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-066803(JP,A)
【文献】特開平02-167602(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 19/02;
B23Q 1/70;
F16L 9/12;
A01K 87/00;
A63B 53/10-53/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転自在に支持される後部と、工具が装着されるテーパ穴を有する前部とを具備し、中空且つ円筒状をした工作機械の主軸であって、
前記
前部及び後部は、半径方向に積層されたそれぞ
れ円筒状をした第1の金属層及び
少なくとも一層の第1の繊維強化プラスチック層を含んで形成されており、
前記第1の金属層は、半径方向において
、前記第1の繊維強化プラスチック層よりも外側に
設けられて最外層を形
成しており、
前記後部は、前記第1の繊維強化プラスチック層よりも内側に設けられて、該後部の最内層を形成する第2の金属層を含み、
更に、前記後部において、前記第1の金属層
及び第2の金属層は、中心軸と直交する断面において、該第1の金属層
及び第2の金属層と前記第1の繊維強化プラスチック層とを合計した断面積に対して、40%以上90%以下の断面積を有しており、
前記前部は
、該前部の前記テーパ穴を形成する最内層
の第3の金属層
を含み、前記第1の金属層
と前記第
3の金属層
との間に
、少なくとも一層の前記第1の繊維強化プラスチック層
が設けられ、各層が半径方向に積層されていることを特徴とする工作機械の主軸。
【請求項2】
前記第1の繊維強化プラスチック層は、含まれる繊維の長手方向が一方向に配向されており、その中心軸を基準として、該中心軸を挟んだ±45°の範囲内で設定された角度に配向されていることを特徴とする請求項1記載の工作機械の主軸。
【請求項3】
複数層の前記第1の繊維強化プラスチック層を備え、該第1の繊維強化プラスチック層はその中心側に配置される層ほど、その繊維の前記中心軸に対する配向角度が鋭角になっていることを特徴とする請求項2記載の工作機械の主軸。
【請求項4】
前記第1の繊維強化プラスチック層の最内層の繊維はその中心軸と平行に配向され、最外層の繊維はその中心軸に対して45°又は-45°の角度となるように配向されていることを特徴とする請求項3記載の工作機械の主軸。
【請求項5】
前記前部において、前記第
3の金属層の外側に少なくともその一部と接するように第2の繊維強化プラスチック層が形成されるとともに、該第2の繊維強化プラスチック層の外側に
、前記第1の繊維強化プラスチック層が形成され、
前記第2の繊維強化プラスチック層は、含まれる繊維の長手方向が、その中心軸に対して45°又は-45°の角度となるように配向されていることを特徴とする請求項1乃至4記載のいずれかの工作機械の主軸。
【請求項6】
前記後部よりも前記前部の方が、繊維強化プラスチック層の層数が多い請求項1乃至5記載のいずれかの工作機械の主軸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械の主軸に関し、更に詳しくは、繊維強化プラスチック層を含んだ主軸に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車,鉄道の車両や航空機の内外装、或いはユニットバスなどの住宅設備機器といった各分野において、繊維強化プラスチック(FRP:Fiber-Reinforced Plastics)が用いられている。この繊維強化プラスチックは、プラスチック中にガラス繊維や炭素繊維などの繊維を含ませることによって、その強度を向上させた複合材料であり、鉄などの金属材料と同等の強度を有しながら、軽量であるという特性を備えている。そこで、上述した各分野において、金属材料から繊維強化プラスチックへの置き換えが進められている。
【0003】
また、このような繊維強化プラスチックを用いた製品として、従来、下記特許文献1に開示されるような円筒状成形物、例えば、産業用ローラが提案されている。この円筒状成形物は、シート状のプリプレグを幾層か積層した後、この積層物を芯金に巻回し、ついで加圧した状態で加熱成形した後、芯金を取り外すことによって製造される。そして、円筒状成形物の長手方向に対する繊維の巻角度が0°及び90°であるものが従前一般的であったところ、下記特許文献1に開示される円筒状成形物では、当該繊維の巻角度を0°、90°、40~50°及び-40°~-50°の4通りの角度としており、このようにすることによって、円筒状成形物を高剛性で撓みの少ないものとすることができる、とのことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、円筒状成形物の範疇に含まれる物としては、上述した産業用ローラの他に、工作機械の主軸が挙げられる。この工作機械の分野では、加工精度を向上させるために、絶え間のない研究、改良が進められており、近年では、主軸の熱変位によって加工精度が悪化するのを防止すべく、適宜冷却液を用いて主軸を冷却するといった対応が取られている。特に、加工効率を向上させる観点から、主軸回転の高速化が進められており、このような高速化によって、主軸を含む主軸装置における発熱量が増大する傾向にあり、その対策が求められている。
【0006】
そこで、本発明者等は、線膨張係数の低い前記繊維強化プラスチックを主軸に適用することで、当該主軸の軸方向における熱変位を低減することができるのではないかとの発想に至った。
【0007】
ところが、繊維強化プラスチックは、繊維方向以外の方向における剛性の面で鋼に対して大きく劣るという問題があり、鋼に代わる素材として繊維強化プラスチックのみを用いて主軸を構成したのでは、高い加工精度を得るために主軸が備えるべき基本的な特性であるところの剛性が著しく低下するという問題があった。
【0008】
本発明は以上の実情に鑑みなされたものであって、線膨張係数が低く、このため熱変位し難いという特長を有する一方で、鋼に比べて剛性が低いという不利な性質を有する繊維強化プラスチックを用いながら、鋼のみで構成したものと同等の剛性を発現可能な主軸の提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明は、
回転自在に支持される後部と、工具が装着されるテーパ穴を有する前部とを具備し、中空且つ円筒状をした工作機械の主軸であって、
前記前部及び後部は、半径方向に積層されたそれぞれ円筒状をした第1の金属層及び少なくとも一層の第1の繊維強化プラスチック層を含んで形成されており、
前記第1の金属層は、半径方向において、前記第1の繊維強化プラスチック層よりも外側に設けられて最外層を形成しており、
前記後部は、前記第1の繊維強化プラスチック層よりも内側に設けられて、該後部の最内層を形成する第2の金属層を含み、
更に、前記後部において、前記第1の金属層及び第2の金属層は、中心軸と直交する断面において、該第1の金属層及び第2の金属層と前記第1の繊維強化プラスチック層とを合計した断面積に対して、40%以上90%以下の断面積を有しており、
前記前部は、該前部の前記テーパ穴を形成する最内層の第3の金属層を含み、前記第1の金属層と前記第3の金属層との間に、少なくとも一層の前記第1の繊維強化プラスチック層が設けられ、各層が半径方向に積層されていることを特徴とする工作機械の主軸に係る。
【0010】
この主軸では、それぞれ円筒状をした第1の金属層及び少なくとも一層の第1の繊維強化プラスチック層を備えている。このように、第1の金属層及び第1の繊維強化プラスチック層から主軸を構成することで、第1の金属層によって発現される高剛性、及び第1の繊維強化プラスチック層によって発現される低膨張性を備えた主軸とすることができる。
【0011】
そして、半径方向において、第1の金属層を第1の繊維強化プラスチック層よりも外側に配置することにより、主軸の軸方向の剛性、曲げ剛性及びねじり剛性について、これらを総合的に最適なものとすることができる。
【0012】
また、本発明に係る主軸では、前記後部は、前記第1の繊維強化プラスチック層よりも内側に設けられて、該後部の最内層を形成する第2の金属層を含み、前記第1の金属層及び第2の金属層は、中心軸と直交する断面において、該第1の金属層及び第2の金属層と第1の繊維強化プラスチック層とを合計した断面積に対して、40%以上90%以下の断面積を有していることが肝要である。第1の金属層及び第2の金属層の断面積を40%以上とすることで、当該主軸に、軸方向の剛性、曲げ剛性及びねじり剛性の各剛性について、求められる必要な剛性、即ち、鋼のみで構成した場合とほぼ同等の剛性を持たせることができる。一方、第1の金属層及び第2の金属層の断面積を90%以下とすることで、鋼のみから構成した場合に比べて、その熱膨張を10%以上低減させることができる。
【0013】
このように、本発明に係る主軸によれば、鋼のみで構成した主軸とほぼ同等の剛性を有する一方、熱膨張については、鋼のみから構成した主軸に比べて、これを10%以上低減させることができる。したがって、本発明に係る主軸によれば、鋼のみから構成した主軸に比べて、より高精度な加工を実現することができる。また、熱膨張し難い、即ち、熱変位し難いという特長に着目すれば、本発明に係る主軸においては、その熱変位を抑制するための冷却を低出力にする、或いは冷却そのものを省略することができ、冷却についての省力化を図ることができる。
【0014】
また、本発明に係る主軸において、前記第1の繊維強化プラスチック層は、含まれる繊維の長手方向が一方向に配向されており、その中心軸を基準として、該中心軸を挟んだ±45°の範囲内で設定された角度に配向されているのが好ましい。尚、繊維の配向角度は、主軸を平面から視たときの前記中心軸に対する繊維の長手方向の角度をいうものとする。
【0015】
繊維の配向角度を、主軸の中心軸を挟んだ±45°の範囲内に設定することで、第1の繊維強化プラスチック層は、中心軸に沿った方向の熱膨張が抑制され、また、曲げ剛性、ねじり剛性、及び中心軸に沿った方向の剛性について、求められる剛性を備えたものになる。
【0016】
また、本発明に係る主軸では、複数層の前記第1の繊維強化プラスチック層を備え、該第1の繊維強化プラスチック層はその中心側に配置される層ほど、その繊維の前記中心軸に対する配向角度が鋭角になっていても良い。言い換えると、前記第1の繊維強化プラスチック層は、外側に配置されるものほど、繊維の前記中心軸に対する配向角度が大きい角度となっているのが好ましい。このようにすることで、半径方向における主軸の熱膨張をより効果的に抑制することができ、曲げ剛性、ねじり剛性、及びその中心軸に沿った方向の剛性について、求められる最適な剛性を備えたものとすることができるとともに、前記中心軸に沿った方向の熱膨張もより効果的に抑制することができる。斯くして、本発明に係る主軸において、より好ましくは、前記第1の繊維強化プラスチック層の最内層の繊維はその中心軸と平行に配向され、最外層の繊維はその中心軸に対して45°又は-45°の角度となるように配向される。
【0017】
また、本発明に係る主軸において、工具が装着されるテーパ穴が備えられた前部には、前記テーパ穴を形成する最内層として第3の金属層が形成されている。そして、この前部において、前記第3の金属層の外側に少なくともその一部と接するように第2の繊維強化プラスチック層が形成されるとともに、該第2の繊維強化プラスチック層の外側に前記第1の繊維強化プラスチック層が形成され、更に該第1の繊維強化プラスチック層の外側に少なくとの一層の前記第1の金属層が形成されてなり、前記第2の繊維強化プラスチック層は、含まれる繊維の長手方向が、その中心軸に対して45°又は-45°の角度となるように配向されていても良い。
【0018】
テーパ穴に装着される工具は、前記中心軸に沿ってテーパ穴側に引き込む力によって当該テーパ穴に保持される。このため、テーパ穴はこの引き込み力により工具が圧接することによって、拡径する方向の作用力を当該工具から受けることになる。したがって、テーパ穴が形成される部位について、上記構成とすることで、テーパ穴が拡径するのを防止することができ、これにより、工具の軸方向における位置が変位したり、工具をテーパ穴に保持する保持力が弱まるのを防止することができる。
【0019】
尚、本発明において、前記第1の繊維強化プラスチック層及び第2の繊維強化プラスチック層に含まれる繊維は、その引張弾性率が400GPa以上であるものが好ましく、例えば、ピッチ系炭素繊維、PAN系炭素繊維、ボロン繊維、アルミナ繊維、炭化ケイ素繊維、ベリリウム繊維及びタングステン繊維等を例示することができる。
【0020】
また、前記第1の繊維強化プラスチック層及び第2の繊維強化プラスチック層を構成するマトリクスとしての樹脂は、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、及びポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂、特にエポキシ樹脂を好ましく用いることができるが、必要とされる強度を有するものであればこれらに限定されるものではなく、熱可塑性樹脂であっても良い。
【0021】
また、本発明に係る主軸は、含有繊維が一方向に配向されたプリプレグシートを用いて製造することができるが、この製造方法に限られるものではない。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明に係る主軸は、第1の金属層によって発現される高剛性、及び第1の繊維強化プラスチック層によって発現される低膨張性の双方を備えるとともに、軸方向の剛性、曲げ剛性及びねじり剛性について、これらを総合的に最適なものとすることができる。また、本発明に係る主軸は、軸方向の剛性、曲げ剛性及びねじり剛性の各剛性について、鋼のみから構成した主軸とほぼ同等の剛性を有する一方、その熱膨張は、鋼のみから構成した主軸に比べて、10%以上低減されている。
【0023】
したがって、本発明に係る主軸によれば、鋼のみから構成した主軸に比べて、より高精度な加工を実現することができる。また、熱膨張し難い、即ち、熱変位し難いという特長に着目すれば、本発明に係る主軸においては、その熱変位を抑制するための冷却を低出力にする、或いは冷却を省略することができ、当該冷却についての省力化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態に係る工作機械の主軸を示した断面図である。
【
図2】鋼及び繊維強化プラスチックから構成される主軸の特性を示したグラフである。
【
図3】繊維強化プラスチックに含まれる繊維の配向について説明するための説明図である。
【
図4】実施例1に係る主軸の構造を示した断面図である。
【
図5】実施例2に係る主軸の構造を示した断面図である。
【
図6】実施例1に係る主軸を構成する積層物の諸元を示した説明図である。
【
図7】実施例1に係る主軸を構成する積層物の諸元を示した説明図である。
【
図8】実施例2に係る主軸を構成する積層物の諸元を示した説明図である。
【
図9】実施例2に係る主軸を構成する積層物の諸元を示した説明図である。
【
図10】実施例に係る主軸と比較例に係る主軸との性能を比較した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の具体的な実施の形態について、図面を参照しながら説明する。尚、本例の主軸は、工作機械であるマシニングセンタに設けられる主軸とする。
図1に示すように、この主軸1は中空且つ円筒状をした部材であり、ベアリング10によって回転自在に支持される後部Rと、テーパ状の工具保持穴2を有する前部Fとから構成され、この後部Rに更に他の部材が連結される場合がある。
【0026】
前記後部Rは、鋼材から構成される外側の鋼管(外側鋼管)Rs1及び内側の鋼管(内側鋼管)Rs2と、これら外側鋼管Rs1と内側鋼管Rs2との間に形成された繊維強化プラスチック層Rrとから構成される。外側鋼管Rs1は、その前端部Rs1bがフランジ状に形成されるとともに、後端部Rs1cの内径が縮径された構造を有しており、内側鋼管Rs2は外側鋼管Rs1の前端部Rs1b及び中間部Rs1aと対向するように同軸に内挿され、前端部Rs1b及び中間部Rs1aと内側鋼管Rs2との間に前記繊維強化プラスチック層Rrが形成されている。
【0027】
一方、前部Fは、同じく鋼材から構成されるテーパ鋼管Fs2及び外側鋼管Fs1と、これらテーパ鋼管Fs2と外側鋼管Fs1との間に形成された繊維強化プラスチック層Frとから構成される。テーパ鋼管Fs2は、その前端部Fs2bがフランジ状に形成されており、中心部にテーパ穴2を備えている。また、前記外側鋼管Rs1及び内側鋼管Rs2と、テーパ鋼管Fs2及び外側鋼管Fs1とは互いに同軸に配設され、テーパ鋼管Fs2の前端部Fs2bと前記外側鋼管Rs1の前端部Rs1bとの間に前記外側鋼管Fs1が配置される。そして、テーパ鋼管Fs2のテーパ部Fs2aと外側鋼管Fs1との間に、前記繊維強化プラスチック層Frが形成される。また、前記繊維強化プラスチック層Rrの前端部と繊維強化プラスチック層Frの後端部とは、相互に連結された状態になっている。
【0028】
尚、前記外側鋼管Rs1,Fs1が第1の金属層を構成し、内側鋼管Rs2が第2の金属層を構成し、テーパ鋼管Fs2のテーパ部Fs2aが第3の金属層を構成する。また、前記繊維強化プラスチック層Rrは、前記テーパ部Fs2aの外側に、少なくともその一部と接するように設けられた前記繊維強化プラスチック層Frが第2の繊維強化プラスチック層を構成し、これより外側の繊維強化プラスチック層Frが第1の繊維強化プラスチック層を構成する。
【0029】
主軸1をこのような構成とすることで、外側鋼管Rs1,Fs1及び内側鋼管Rs2、並びにテーパ鋼管Fs2によって高い剛性が発現されるとともに、繊維強化プラスチック層Fr,Rrによって低膨張性が発現され、これによって、主軸1は高剛性と低膨張性との双方の特長を併せ持ったものとなる。そして、半径方向において、外側鋼管Rs1,Fs1を繊維強化プラスチック層Rr,Frよりも外側に配置することにより、主軸1の軸方向の剛性、曲げ剛性及びねじり剛性について、これらを総合的に最適なものとすることができる。
【0030】
そして、本例の主軸1では、中心軸と直交する断面の断面積が小さい領域部分において、即ち、後部Rにおいて、これを構成する外側鋼管Rs1(第1の金属層)及び内側鋼管Rs2(第2の金属層)の断面積が、全体の断面積、即ち、外側鋼管Rs1(第1の金属層)及び内側鋼管Rs2(第2の金属層)と繊維強化プラスチック層Rr(第1の繊維強化プラスチック層)を合わせた断面積の40%以上90%以下の断面積となるように、外側鋼管Rs1,内側鋼管Rs2及び繊維強化プラスチック層Rrの厚さを設定する。
【0031】
本発明者等が得た知見によると、繊維強化プラスチックは、これに含まれる繊維の配向を適宜設定することによって、軸方向の剛性及び曲げ剛性については、鋼材とほぼ同等の性能を有するものとすることができるが、ねじり剛性については、鋼材に比べて劣ったものとなる。
図2に、鋼及び繊維強化プラスチックから構成された円筒状の複合材における鋼の体積比率と、当該複合材の軸方向の剛性及び曲げ剛性に関係する引張弾性率、ねじり剛性に関係する剪断弾性率、及び熱膨張に関係する線膨張係数との関係を示している。○は繊維強化プラスチックにおける、繊維を軸方向に沿って配向した層と、繊維を軸と直交する方向に配向した層との体積比率が5:5の場合であり、●は、同じく繊維を軸方向に沿って配向した層と、繊維を軸と直交する方向に配向した層との体積比率が6:4の場合である。尚、この円筒状複合材は、これを構成する鋼と繊維強化プラスチックとがそれぞれ軸方向に沿って均一な断面を有する所定長の材料であり、したがって、鋼と繊維強化プラスチックとの前記体積比率は、それぞれの断面積の比率と等価である。
【0032】
この
図2から分かるように、繊維強化プラスチックの割合が多いほど線膨張係数が低く、即ち、熱膨張率が低く、また、軸方向の剛性及び曲げ剛性については、繊維強化プラスチックの割合に関係なく、鋼材のみの場合とほぼ同等である。一方、ねじり剛性については、繊維強化プラスチックの割合が多くなるほど低くなり、鋼の割合が40%を下回ると、鋼材のみの場合に比べて、20%程度ねじり剛性が低下する。
【0033】
そこで、上記のように、全体の断面積が前部Fよりも小さく、当該前部Fに比して強度上のネックとなる後部Rにおいて、これを構成する外側鋼管Rs1(第1の金属層)及び内側鋼管Rs2(第2の金属層)の断面積を、外側鋼管Rs1(第1の金属層)及び内側鋼管Rs2(第2の金属層)と繊維強化プラスチック層Rr(第1の繊維強化プラスチック層)を合わせた断面積の40%以上に設定することで、鋼材のみから構成した場合に比べて、その軸方向の剛性及び曲げ剛性をほぼ同等なものにすることができるとともに、ねじり剛性についても80%程度ねじり剛性を得ることができ、当該ねじり剛性についても、鋼材のみから構成した場合に比べて、ほぼ同等の性能とすることができる。一方、外側鋼管Rs1(第1の金属層)及び内側鋼管Rs2(第2の金属層)の断面積を、全体の断面積の90%以下とすることで、主軸1の線膨張係数、即ち、熱膨張を鋼材のみから構成した場合に比べて、10%以上低減させることができ、主軸1の熱変位を効果的に抑制することができる。
【0034】
このように、本例の主軸1によれば、鋼のみで構成した主軸とほぼ同等の剛性を有する一方、熱膨張については、鋼のみから構成した主軸に比べて、これを10%以上低減させることができる。したがって、本例の主軸1によれば、鋼のみから構成した主軸に比べて、より高精度な加工を実現することができる。また、熱膨張し難い、即ち、熱変位し難いという特長に着目すれば、本例の主軸1においては、その熱変位を抑制するための冷却を低出力にする、或いは冷却そのものを省略することができ、冷却についての省力化を図ることができる。
【0035】
尚、本例において、前記繊維強化プラスチック層Fr,Rrに含まれる繊維は、その引張弾性率が400GPa以上であるものが好ましく、例えば、ピッチ系炭素繊維、PAN系炭素繊維、ボロン繊維、アルミナ繊維、炭化ケイ素繊維、ベリリウム繊維及びタングステン繊維等を例示することができる。
【0036】
また、繊維強化プラスチック層Fr,Rrを構成するマトリクスとしての樹脂は、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、及びポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂、特にエポキシ樹脂を好ましく用いることができるが、必要とされる強度を有するものであればこれらに限定されるものではなく、熱可塑性樹脂であっても良い。
【0037】
また、本例の主軸1は、含有繊維が一方向に配向されたプリプレグシートを用いて製造することができる。尚、本例において、繊維の配向角度を言うときは、主軸1を平面から視て、その中心軸に対する繊維の長手方向の角度を言うものとする。
図3(a)に、配向角度についての説明図を示しており、中心軸cに対して、時計回りの角度が鋭角になる角度を正の角度(θ)とし、反時計回りの角度が鋭角になる角度を負の角度(-θ)とする。また、
図3(b)には、繊維が中心軸cと平行な角度(θ=0°)で配向されたプリプレグの概略図を示し、
図3(c)には、繊維が中心軸cと直交する角度(θ=90°)で配向されたプリプレグの概略図を示し、
図3(d)には、繊維が中心軸cとθ=45°で交差するように配向されたプリプレグの概略図を示している。
【0038】
尚、本例の主軸1において、前部Fは、後部Rに比べて、十分な厚さがあるため、繊維強化プラスチックFrの割合を多くしても、必要なねじり剛性を確保することができる可能性があるため、必要なねじり剛性を確保できる場合には、必ずしも上記の構成に倣う必要は無いが、外側鋼管Fs1及びテーパ鋼管FS2aの断面積を、全体の断面積の40%以上に設定することは、何ら妨げられない。
【0039】
また、本例の主軸1では、前記繊維強化プラスチック層Fr,Rrは、含まれる繊維が前記中心軸cを挟んだ±45°の範囲内で配向された層を有するのが好ましい。繊維の配向角度θを、主軸1の中心軸cを挟んだ±45°の範囲内に設定することで、主軸1は、その中心軸cに沿った方向の熱膨張が抑制されるとともに、当該中心軸cに沿った方向の剛性、曲げ剛性及びねじり剛性についても、必要とされる剛性を備えたものになる。
【0040】
また、本例の主軸1では、繊維強化プラスチック層Rrはその中心側に配置される層ほど、その繊維の前記中心軸cに対する配向角度θが鋭角になっているのが好ましい。言い換えると、繊維強化プラスチック層Rrは、外側に配置されるものほど、繊維の前記中心軸cに対する配向角度θが大きい角度となっているのが好ましい。このようにすることで、半径方向における主軸の熱膨張をより効果的に抑制することができ、その中心軸に沿った方向の剛性、曲げ剛性及びねじり剛性について、求められる最適な剛性を備えたものとすることができるとともに、前記中心軸cに沿った方向の熱膨張もより効果的に抑制することができる。斯くして、本例の主軸1において、より好ましくは、繊維強化プラスチック層Rrの最内層の繊維はその中心軸と平行に配向され、最外層の繊維はその中心軸に対して45°又は-45°の角度となるように配向される。
【0041】
また、本例の主軸1では、テーパ穴2を備える前部Fにおいて、テーパ鋼管Fs2のテーパ部Fs2aの外側に、少なくともその一部と接するように設けられた繊維強化プラスチック層Frの最も内側の層は、含まれる繊維が前記中心軸cに対して45°又は-45°の角度となるように配向されているのが好ましい。
【0042】
テーパ穴2に装着される工具は、中心軸cに沿ってテーパ穴2側に引き込む力によって当該テーパ穴2に保持される。このため、テーパ穴2はこの引き込み力により工具が圧接することによって、拡径する方向の作用力を当該工具から受けることになる。したがって、テーパ穴2が形成される部位について、繊維強化プラスチック層Frの最内層の繊維を前記中心軸cに対して45°又は-45°の角度となるように配向することで、テーパ穴2が拡径するのを防止することができ、これにより、工具の軸方向における位置が変位したり、工具の保持力が弱まるのを防止することができる。
【実施例】
【0043】
以下、より具体的な実施例として、実施例1に係る主軸1A、及び実施例2に係る主軸1Bについて説明する。
[実施例1]
実施例1に係る主軸1Aの構造を
図4に示し、その諸元を
図6及び
図7に示す。この主軸1Aは基本的な構造は
図1に示した主軸1と同様であり、したがって、
図4において、同じ構成物については同じ符号を付している。また、この主軸1Aの主だった寸法は
図4に示した通りである。
【0044】
実施例1に係る主軸1Aの外側鋼管Rs1,Fs1、内側鋼管Rs2及びテーパ鋼管Fs2はSCM415から構成され、外側鋼管Rs1の中間部Rs1aの厚さを2mm、内側鋼管Rs2の厚さを4mm、外側鋼管Fs1の厚さを2mm、テーパ鋼管Fs2のテーパ部Fs2aの厚さを2mmとした。
【0045】
また、前部Fにおける繊維強化プラスチック層FrAは、外側から順に、Fr1A,Fr2A,Fr3A,Fr4A及びFr5Aの5つの層からなり、それぞれプリプレグを用い加熱硬化させて形成した。マトリクスとなる樹脂には、180℃硬化型の熱硬化性エポキシ樹脂を用いた。また、層Fr1Aは、その繊維をθ=90°で配向した層であり、その厚さを3mmとした。層Fr2Aは、その繊維の配向を内側から順にθ=90°、θ=0°とした混合層であり、その厚さを1mmとした。層Fr3Aは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=45°、θ=0°、θ=-45°とした混合層であり、その厚さを12.5mmとした。層Fr4Aは、その繊維の配向を内側から順にθ=90°、θ=0°とした混合層であり、その厚さを7mmとした。層Fr5Aは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=45°、θ=0°、θ=-45°とした混合層であり、その厚さを3mmとした。
【0046】
また、後部Rにおける繊維強化プラスチック層RrAは、外側から順に、Rr1A及びRr2Aの2つの層からなり、それぞれプリプレグを用い加熱硬化させて形成した。マトリクスとなる樹脂には、180℃硬化型の熱硬化性エポキシ樹脂を用いた。また、層Rr1Aは、その繊維の配向を内側から順にθ=90°、θ=0°とした混合層であって、その厚さは7mmであり、前部Fの層Fr4Aに連続した層である。層Fr2Aは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=45°、θ=0°、θ=-45°とした混合層であり、その厚さを3mmとした。
【0047】
そして、この主軸1Aの前部Fでは、その全断面積に対し、テーパ鋼管Fs2のテーパ部Fs2a及び外側鋼管Fs1の断面積は13%、繊維強化プラスチック層FrAの内、繊維の配向角度が0°の層の断面積は39%、45°の層の断面積は25%、90°の層は22%であった。また、後部Rでは、その全断面積に対し、外側鋼管Rs1の中間部Rs1a及び内側鋼管Rs2の断面積は42%、繊維強化プラスチック層RrAの内、繊維の配向角度が0°の層の断面積は29%、45°の層の断面積は6%、90°の層は23%であった。
【0048】
尚、θ=90°の層には、PAN系の炭素繊維を用いたプリプレグ(製品名:HyEJ17HX1、繊維弾性率230GPa、メーカ名:三菱ケミカル株式会社)を用い、θ=0°,±45°に配向した繊維には、ピッチ系の炭素繊維を用いたプリプレグ(製品名:HyEJ28M80QDHX1、繊維弾性率760GPa、メーカ名:三菱ケミカル株式会社)を用いた。
【0049】
[実施例2]
実施例2に係る主軸1Bの構造を
図5に示し、その諸元を
図8及び
図9に示している。この主軸1Bは基本的な構造は
図1に示した主軸1と同様であり、したがって、
図5において、同じ構成物については同じ符号を付している。また、この主軸1Bの主だった寸法は
図5に示した通りである。
【0050】
実施例2に係る主軸1Bの外側鋼管Rs1,Fs1、内側鋼管Rs2及びテーパ鋼管Fs2は、実施例1と同様に、SCM415から構成され、外側鋼管Rs1の中間部Rs1aの厚さを2mm、内側鋼管Rs2の厚さを4mm、外側鋼管Fs1の厚さを2mm、テーパ鋼管Fs2のテーパ部Fs2aの厚さを2mmとした。
【0051】
また、前部Fにおける繊維強化プラスチック層FrBは、外側から順に、Fr1B,Fr2B,Fr3B及びFr4Bの4つの層からなり、それぞれプリプレグを用い加熱硬化させて形成した。マトリクスとなる樹脂には、180℃硬化型の熱硬化性エポキシ樹脂を用いた。また、層Fr1Bは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=45°、θ=0°、θ=-45°とした混合層であり、その厚さを4mmとした。層Fr2Bは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=30°、θ=0°、θ=-30°とした混合層であり、その厚さを12.5mmとした。層Fr3Bは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=45°、θ=0°、θ=-45°とした混合層であり、その厚さを7mmとした。層Fr4Bは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=30°、θ=0°、θ=-30°とした混合層であり、その厚さを3mmとした。
【0052】
また、後部Rにおける繊維強化プラスチック層RrBは、外側から順に、Rr1B及びRr2Bの2つの層からなり、それぞれプリプレグを用い加熱硬化させて形成した。マトリクスとなる樹脂には、180℃硬化型の熱硬化性エポキシ樹脂を用いた。また、層Rr1Bは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=45°、θ=0°、θ=-45°とした混合層であって、その厚さは7mmであり、前部Fの層Fr3Bに連続した層である。層Fr2Bは、その繊維の配向を内側から順にθ=0°、θ=30°、θ=0°、θ=-30°とした混合層であり、その厚さを3mmとした。
【0053】
そして、この主軸1Bの前部Fでは、その全断面積に対し、テーパ鋼管Fs2のテーパ部Fs2a及び外側鋼管Fs1の断面積は10%、繊維強化プラスチック層FrBの内、繊維の配向角度が30°の層の断面積は19%、0°の層の断面積は45%、45°の層は26%であった。また、後部Rでは、その全断面積に対し、外側鋼管Rs1の中間部Rs1a及び内側鋼管Rs2の断面積は40%、繊維強化プラスチック層RrBの内、繊維の配向角度が0°の層の断面積は30%、30°の層の断面積は8%、45°の層は22%であった。
【0054】
尚、各層には、ピッチ系の炭素繊維を用いたプリプレグ(製品名:HyEJ28M80QDHX1、繊維弾性率760GPa、メーカ名:三菱ケミカル株式会社)を用いた。
【0055】
[比較例]
図4及び
図5に示した主軸1A及び1Bと同じ寸法の主軸であって、全てをSCM415から構成した。
【0056】
上記構成の実施例1の主軸1A、実施例2の主軸1B及び比較例の主軸において、曲げ方向、軸方向及びねじり方向の静剛性、1次固有振動数、減衰比、並びに15℃温度が上昇した時の前部Fの軸方向の熱変位に関する各特性について、一部FEM解析した結果、及び一部実測した結果を
図10に示す。この図から分かるように、実施例1の主軸1A及び実施例2の主軸1Bとも、比較例に比べて、軸方向の熱変位において優れている。また、実施例2の主軸1Bは、比較例1に対して静剛性は若干劣るもののほぼ同等であり、固有振動数及び減衰比については、比較例よりも優れている。一方、実施例1の主軸1Aは、比較例1に対して静剛性は劣るものの、固有振動数及び減衰比について、比較例とほぼ同等である。
【0057】
以上のことから、上述したように、前記繊維強化プラスチック層Fr,Rrにおける繊維の配向角度θは、前記中心軸cを挟んだ±45°の範囲内とするのが好ましいと言える。また、繊維強化プラスチック層Rrはその中心側に配置される層ほど、その繊維の前記中心軸cに対する配向角度θが鋭角、例えば、0°になっているのが好ましく、外側に配置されるものほど、配向角度θが大きい角度、例えば、45°又は-45°になっているのが好ましいと言える。
【0058】
以上、本発明の具体的な実施形態について説明したが、上述した実施形態の説明は、すべての点で例示であって、制限的なものではない。当業者にとって変形および変更が適宜可能である。本発明の範囲は、上述の実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。さらに、本発明の範囲には、特許請求の範囲内と均等の範囲内での実施形態からの変更が含まれる。
【符号の説明】
【0059】
1,1A,1B 主軸
10 ベアリング
F 前部
Fs1 外側鋼管
Fs2 テーパ鋼管
Fs2a テーパ部
Fs2b 前端部
Fr,FrA,FrB 繊維強化プラスチック層
R 後部
Rs1 外側鋼管
Rs1a 中間部
Rs1b 前端部
Rs1c 後端部
Rs2 内側鋼管
Rr,RrA,RrB 繊維強化プラスチック層