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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-29
(45)【発行日】2023-04-06
(54)【発明の名称】SPR測定用基板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/41 20060101AFI20230330BHJP
【FI】
G01N21/41 101
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2019124341
(22)【出願日】2019-07-03
(65)【公開番号】P2020034543
(43)【公開日】2020-03-05
【審査請求日】2022-06-20
(31)【優先権主張番号】P 2018159185
(32)【優先日】2018-08-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】山中 淳平
(72)【発明者】
【氏名】平嶋 尚英
(72)【発明者】
【氏名】豊玉 彰子
(72)【発明者】
【氏名】奥薗 透
(72)【発明者】
【氏名】青山 柚里奈
(72)【発明者】
【氏名】内田 文生
(72)【発明者】
【氏名】瀧口 義浩
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-047671(JP,A)
【文献】特開2000-356587(JP,A)
【文献】特開平10-160737(JP,A)
【文献】特開2006-182833(JP,A)
【文献】特開2015-027930(JP,A)
【文献】Rana Nicolas,Plasmonic mode interferences and Fano resonances in Metal-Insulator-Metal nanostructured interface,SCIENTIFIC REPORTS,2015年09月24日,Vol.5 No.14419,pp.1-11,DOI:10.1038/srep14419
【文献】Satinder K.Sharma et al.,Highly Sensitive Surface-Enhanced Raman Scattering (SERS)-Based Multi Gas Sensor: Au Nanoparticles Decorated on Partially Embedded 2D Colloidal Crystals into Elastomer,ChemistrySelect,2017年,Vol.2,pp.6961-6969,DOI: 10.1002/slct.201701204
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/958
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が正又は負の電荷を有する絶縁部材を用意する絶縁部材準備工程と、
前記絶縁部材の表面電荷と反対符号の電荷を有する金属コロイド粒子からなるコロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液を調製するコロイド結晶分散液調製工程と、
前記絶縁部材に前記荷電コロイド結晶分散液を接触させて、前記絶縁部材上に金属コロイド結晶の単層構造を形成させる表面形成工程と、
を備えることを特徴とするSPR測定用基板の製造方法。
【請求項2】
絶縁部材を用意する絶縁部材準備工程と、
前記絶縁部材上に金属コロイド粒子からなるコロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液からなる液層を形成させる液層形成工程と、
前記液層形成工程後、前記液層の一端側から前記絶縁部材の表面電荷を前記金属コロイド粒子の電荷と反対符号とすることが可能な電荷調製液を拡散させ、前記絶縁部材上に前記金属コロイド結晶の単層構造を成長させる単層構造成長工程と、
を備えることを特徴とするSPR測定用基板の製造方法。
【請求項3】
前記絶縁部材はイオン濃度によって表面電荷が変化する材料からなり、
前記電荷調製液は前記絶縁部材の表面電荷を前記金属コロイド粒子の電荷と反対符号とすることが可能な酸又は塩基であることを特徴とする請求項3に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項4】
前記液層形成工程は、
金属コロイド粒子が分散媒に分散した荷電コロイド分散液を調製する第1液層形成工程と、
前記絶縁部材上に荷電コロイド分散液からなる液層を形成する第2液層形成工程と、
前記第2工程後、前記液層の一端側から前記荷電コロイド分散液をコロイド結晶化することが可能なコロイド結晶化調製液を拡散させる第3液層形成工程と、
を備えることを特徴とする請求項2又は3に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項5】
前記絶縁部材は金属皮膜上に絶縁膜が形成されていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載するSPR測定用基板の製造方法。
【請求項6】
前記絶縁部材は高分子からなることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項7】
前記高分子はポリエチレンイミン及びポリ(2-ビニルピリジン)より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項6に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項8】
前記金属コロイド粒子は、解離基を表面に有することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項9】
前記金属皮膜は、絶縁基板上に製膜された金属皮膜であることを特徴とする請求項5に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項10】
前記金属皮膜は、膜厚が1nm以上100nm以下であることを特徴とする請求項5又は9に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項11】
前記金属粒子の粒子径の変動係数は20%以下であることを特徴とする請求項1乃至10のいずれか1項に記載のSPR測定用材料の製造方法。
【請求項12】
前記金属粒子は、平均粒子径が50nm以上500nm以下であることを特徴とする請求項1乃至11のいずれか1項に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項13】
前記表面形成工程を行う前に、前記絶縁部材をアルカリ処理することを特徴とする請求項1乃至12のいずれか1項に記載のSPR測定用基板の製造方法。
【請求項14】
絶縁性基板上に金属層と絶縁層とがこの順で構成されており、前記絶縁層上に金属粒子からなる単層の金属コロイド結晶が形成されており、
前記金属粒子の平均粒子径が50nm以上500nm以下であり、前記金属粒子の間隔が50nm以上1000nm以下であることを特徴とするSPR測定用基板。
【請求項15】
前記金属粒子の粒子径の変動係数は20%以下であることを特徴とする請求項14に記載のSPR測定用基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2次元荷電金属コロイド結晶を利用した表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance)測定用基板、及びその製造方法に関する。ここで、2次元荷電金属コロイド結晶とは、金属粒子が粒子間に働く電気的な反発力によって、粒子間に距離を隔てて平面上に配列した単層の規則配列構造(コロイド結晶)をいう。
【背景技術】
【0002】
近年、抗原抗体反応を利用した医療用のセンサー等、表面吸着を利用した様々なセンサーが開発されている。これらのセンサーには、表面吸着量を高感度で他の信号に変換するトランスデューサーとしての材料が必要となる。この様なセンサー用材料として、金・銀・白金などの金属に光を照射したとき発現する、金属内の自由電子の集団的振動、すなわち、表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance)を利用した分光分析が注目されている。この技術の原理は次の通りである。
【0003】
一般に、光は電子波(plasmon)とはカップリングしないが、金属表面においては表面固有の境界条件により光とカップリングを起こす電子波のモードが生じる。これを表面プラズモン(surface plasmon)と呼ぶ。表面プラズモンを励起する方法としては、金属表面に回折格子を形成して光とプラズモンを結合させる方法や、エバネッセント波を利用する方法がある。表面プラズモン共鳴を利用したセンサーとしては、例えば、全反射型プリズムと、当該プリズムの表面に形成された標的物質に接触する金属膜とからなるセンサーが挙げられる。このような構成により、抗原抗体反応における抗原の微量な吸着量によって表面の誘電率が変化し、これによって表面プラズモン共鳴の波長が変化するため、共鳴波長の変化から抗原の微量な吸着量のセンシングを行うことができる。
【0004】
ところで、表面プラズモンを生じる共鳴金属表面には伝搬型の表面プラズモンが存在するが、金属粒子において表面プラズモンは粒子の外へ伝搬できず、内部に局在するため、「局在型の表面プラズモン」と呼ばれている。局在型の表面プラズモンが励起された場合には、著しく増強された電場が誘起される場合があることが知られており、これを利用した高感度な局在型プラズモン共鳴センサーが提案されている(特許文献1)。
【0005】
更には、図1左側の模式斜視図に示すように、金属皮膜上に絶縁性のスペーサーを介在させ、そのスペーサー上に金属粒子を載せたMIM(metal-insulator-metal)型のSPR測定用基板も知られている(非特許文献1)。このMIM型のSPR測定用基板によれば、金属皮膜の伝搬型プラズモンと金属粒子の局在プラズモンの間に「ファノ共鳴」と呼ばれる共鳴現象が生じ(図1右側グラフ参照)、これによって吸収スペクトルピークの形状が、波長変化によって強度が鋭敏に変化するような形状(鋸歯状)になることから、さらに高感度なセンサーを構築することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2000-356587号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】https://www.nature.com/articles/srep14419SCIENTIFIC REPORTS 5:14419 DOI:10,1038/srep14419
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記非特許文献1に記載されているようなSPR測定用基板を用いたセンサーでは、高感度化を実現するためには、金属粒子の大きさや金属粒子間の間隙を一定の範囲に制御する必要がある(図1参照)。このため、その製造には特定範囲の金属粒子を縦横に周期配列させるためにリソグラフィーの手法を用いる等、複雑なパターン形成技術を経なければならず、製造が困難であり、ひいてはセンサー製造費用の高騰化が予想されていた。
【0009】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであり、金属粒子の配置を制御するための複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易であり、且つ、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することのできるSPR測定用基板及びその製造方法を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記従来のSPR測定用基板において、製造を困難としていた金属粒子の配置を制御するためのパターン形成技術を不要とするための方法として、金属からなる荷電型のコロイド結晶を利用することを考えた。荷電コロイド結晶は数nmから数μmの大きさを有する粒径の揃った粒子が水等の液体中に分散した状態で、粒子間に距離を隔てて、周期的に規則正しく並んだ秩序構造を形成している。このため、製造条件(粒子濃度、粒径、粒子あるいは媒体の屈折率など)を選ぶことで、金属粒子の配置を複雑なパターン形成技術を用いることなく、容易且つ自動的にコロイド結晶というパターンを形成することができる。なお、荷電コロイド結晶は、コロイド粒子が互いに接触して形成する、人工オパール型のコロイド結晶とは異なり、粒子間に隙間があることが特徴である。このため、前述(非特許文献1)した、金属粒子の大きさや金属粒子間の間隙を一定の範囲に制御した構造を作成するのに適している。
【0011】
すなわち、第1発明のSPR測定用基板の製造方法は、
表面が正又は負の電荷を有する絶縁部材を用意する絶縁部材準備工程と、
前記絶縁部材の表面電荷と反対符号の電荷を有する金属コロイド粒子からなるコロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液を調製するコロイド結晶分散液調製工程と、
前記絶縁部材に前記荷電コロイド結晶分散液を接触させて、前記絶縁部材上に金属コロイド結晶の単層構造を形成させる表面形成工程と、
を備えることを特徴とする。
【0012】
第1発明のSPR測定用基板の製造方法では、まず、絶縁部材準備工程として、表面が正又は負の電荷を有する絶縁部材を用意する。一方、コロイド結晶分散液調製工程として、前記絶縁部材の表面電荷と反対符号の電荷を有する金属コロイド粒子からなるコロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液を調製する。そして、表面形成工程として、前記絶縁部材に前記荷電コロイド結晶分散液を接触させることにより、静電引力によって荷電コロイド結晶の一層分を絶縁部材上に吸着させる。こうして、絶縁部材上に2次元の荷電金属コロイド結晶が所定の格子間隔で並んだSPR測定用基板を製造することができる。
【0013】
したがって、第1発明のSPR測定用基板の製造方法によれば、金属粒子の配置を制御するためのリソグラフィー等の複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易となる。また、絶縁部材上に2次元の荷電金属コロイド結晶が所定の格子間隔で並ぶため、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することのできるSPR測定用基板を製造することができる。
【0014】
第2発明のSPR測定用基板の製造方法は、
絶縁部材を用意する絶縁部材準備工程と、
前記絶縁部材上に金属コロイド粒子からなるコロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液からなる液層を形成させる液層形成工程と、
前記液層形成工程後、前記液層の一端側から前記絶縁部材の表面電荷を前記金属コロイド粒子の電荷と反対符号とすることが可能な電荷調製液を拡散させ、前記絶縁部材上に前記金属コロイド結晶の単層構造を成長させる単層構造成長工程とを備えることを特徴とする。
【0015】
第2発明のSPR測定用基板の製造方法では、まず、絶縁部材準備工程として絶縁部材を用意する。一方、液層形成工程として、前記絶縁部材上に、金属コロイド粒子からなるコロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液からなる液層を形成させる。さらに、単層構造成長工程として、前記液層形成工程後、前記液層の一端側から前記絶縁部材の表面電荷が前記金属コロイド粒子の電荷と反対符号となるようにすることが可能な電荷調製液を拡散させ、前記絶縁部材上に金属コロイド結晶の単層構造(すなわち2次元荷電金属コロイド結晶)を成長させる。このような電荷調製液としては、1)アニオン界面活性剤溶液、カチオン界面活性剤溶液、ノニオン界面活性剤溶液、両性界面活性剤溶液等の界面活性剤、2)塩酸や硫酸や硝酸リン酸やカルボン酸などの酸、3)炭酸ナトリウム等の炭酸アルカリ、炭酸水素ナトリウム等の炭酸水素アルカリ、水酸化ナトリウム等の水酸化アルカリ、アンモニア水、アミン、ピリジン等の塩基が挙げられる。
こうして、絶縁部材上に2次元荷電金属コロイド結晶を拡散現象を利用して徐々に成長させることにより、絶縁部材上に金属コロイド粒子が規則正しく一定の距離で並んだ、より欠陥の少ない2次元的な荷電コロイド結晶が構築されたSPR測定用基板を自動的に形成することができる。
【0016】
したがって、第2発明のSPR測定用基板の製造方法によれば、金属粒子の配置を制御するための複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易であり、且つ、より検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することのできるSPR測定用基板を製造することができる。
【0017】
第2発明のSPR測定用基板の製造方法では、絶縁部材をイオン濃度(例えばpH)によって表面電荷が変化する材料とし、電荷調製液を絶縁部材の表面電荷を金属コロイド粒子の電荷と反対符号とすることが可能な酸又は塩基とすることができる。
こうであれば液層の一端側から酸又は塩基を拡散させることによって、荷電金属コロイド結晶における一層分のみの金属コロイド粒子が、液層の一端側から他端側へと徐々に吸着していく。このため、絶縁部材上に金属コロイド粒子が規則正しく一定の距離で並んだ、より欠陥の少ない2次元的な荷電コロイド結晶が構築される。
pHによって表面電荷が変化する絶縁部材としては、例えば、ガラス、ケイ酸塩からなるセラミックス、アルミナ、表面がアミノ基や水酸基やスルホン酸基やピリジル基等のpHによって電荷状態が変化する官能基で修飾された高分子などが挙げられる。
【0018】
また、第2発明のSPR測定用基板の製造方法では、
前記液層形成工程を、次に示す第1~第3液層形成工程によって行うことができる。すなわち、
1)金属コロイド粒子が分散媒に分散した荷電コロイド分散液を調製する第1液層形成工程と、
2)前記絶縁部材上に荷電コロイド分散液からなる液層を形成する第2液層形成工程と、
3)前記第2工程後、前記液層の一端側から前記荷電コロイド分散液をコロイド結晶化することが可能なコロイド結晶化調製液を拡散させる第3液層形成工程を備える工程である。
【0019】
この方法によれば、液層形成工程において荷電コロイド分散液のコロイド結晶化が拡散現象によって一端側から徐々に成長するため、より欠陥の少ないコロイド結晶が液層中に存在することとなる。そして、さらに単層構造成長工程として、前記液層形成工程後、前記液層の一端側から前記絶縁部材の表面電荷が前記金属コロイド粒子の電荷と反対符号となるようにすることが可能な電荷調製液を拡散させる。これにより、静電引力によって前記絶縁部材上に金属コロイド結晶の一層分一端側から徐々に吸着していく。このため、絶縁部材上に金属コロイド粒子が規則正しく一定の距離で並んだ、より欠陥の少ない2次元的な荷電金属コロイド結晶が構築される。
【0020】
本発明のSPR測定用基板の製造方法では、絶縁部材は、金属皮膜上に絶縁膜が形成されているものを用いることにより、MIM(metal-insulator-metal)構造を金属皮膜上に形成させることができる。
【0021】
正電荷を有する絶縁部材として、正に荷電する解離基を持つシランカップリング剤で修飾したシリカ膜や、正電荷を有する高分子の吸着により形成される膜を用いることができる。例えば、アミノプロピル基を有するシランカップリング剤で修飾したシリカ膜や、ポリエチレンイミン及びポリ(2-ビニルピリジン)の吸着により形成される膜より選ばれる少なくとも1種の絶縁膜とすることができる。本発明者らはこれらの絶縁膜を形成させることにより、確実にSPR測定用基板を作製できることを確認している。
また、負電荷を有する絶縁部材として、負電荷を有する高分子の吸着により形成される膜を用いることができる。絶縁皮膜に負電荷を与えるためにはポリアクリル酸、ポリスチレンスルホン酸などアニオン性高分子電解質の吸着、シラノール基など負荷電の導入が利用できる。
【0022】
また、絶縁部材の電荷と反対符号の電荷を有する金属コロイド粒子は、荷電コロイド結晶を形成するのに十分多量の電荷を表面に有することが好ましい。例えば、金属コロイド粒子に負電荷を与えたい場合には、メルカプト基と荷電基(スルホン酸基など)を有する化合物(例えばメルカプトエタンスルホン酸)を用いて、そのメルカプト基を金属表面に結合させて荷電基を粒子表面に導入する。メルカプト基は金等の金属と強固な化学結合を形成するためである。一方、金属コロイド粒子に正電荷を与えたい場合には、チオール基と正電荷とを有する化合物(例えばアミノエタンチオール塩酸塩)による表面修飾によって行うことができる。
【0023】
また、前記金属皮膜は、絶縁基板上に製膜された金属皮膜とすることができる。この絶縁基板としては、例えばガラス基板やセラミック基板等が挙げられる。
【0024】
また、前記金属皮膜は、膜厚が1nm以上100nm以下であることが好ましい。膜厚が100nmを以下であれば、局在型の表面プラズモンの励起による電場の強さが強くなるため、MIM型SPR測定における感度が高くなる。また、膜厚が1nm以上であれば、金属皮膜にピンホールが生じる可能性が低くなる。
【0025】
また、金属粒子の粒子径の変動係数は20%以下であることが好ましい。粒子径の変動係数が20%以下であれば、コロイド結晶構造がより形成され易くなる。なお、ここで粒子径の変動係数(CV)とは、(粒子径の標準偏差×100/平均粒子径)の値をいい、さらに好ましくは15%以下、さらに好ましくは10%以下、最も好ましくは約5%以下である。
【0026】
また、前記金属粒子は、平均粒子径が50nm以上500nm以下であることが好ましい。金属粒子の平均粒子径が500nmを以下であれば、液体媒体中での沈降速度が遅く、3次元結晶がより生成し易くなる。また、金属粒子の平均粒子径が50nm以上であれば、熱運動がそれほど激しくないため、荷電コロイド結晶がより生成し易くなる。
【0027】
また、前記表面形成工程を行う前に、前記絶縁膜をアルカリ処理することが好ましい。絶縁膜をアルカリ処理することによって0基が絶縁膜に形成され、これが空気中の炭酸イオンによって時間の経過と共に徐々に中和され、徐々に表面電荷が正側に大きくなる。このため、表面形成工程における2次元荷電金属コロイド結晶の成長がゆっくりとなり、欠陥の少ない2次元荷電金属コロイド結晶が形成される。
【0028】
本発明のSPR測定用基板の製造方法を用いることにより、金属粒子の配置を制御するための複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易であり、且つ、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。
すなわち、本発明のSPR測定用基板は、
絶縁性基板上に金属層と絶縁層とがこの順で構成されており、前記絶縁層上に金属粒子からなる単層の金属コロイド結晶が形成されており、
前記金属粒子の平均粒子径が50nm以上500nm以下であり、前記金属粒子の間隔が50nm以上1000nm以下であることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】非特許文献1に記載されているMIM(metal-insulator-metal)型のSPR測定用基板の模式図(左側)及びファノ共鳴による吸光効果を示すグラフ(右側)である。
図2】実施形態1のSPR測定用基板の製造工程を示した模式図である。
図3】正電荷を有する絶縁部材1上に負電荷を有する荷電コロイド結晶分散液2を接触させ、静電引力によってコロイド結晶格子の一層だけを絶縁部材1に吸着させることを示した模式図である。
図4】実施形態2のMIM型SPR測定用基板の製造工程を示した模式図である。
図5】実施形態3のSPR測定用基板の製造工程を示した模式図である。
図6】実施形態3のSPR測定用基板の製造工程における液層形成工程S32において、コロイド結晶化液14をメンブランフィルター11を介して液層14内を拡散させる方法を示した模式断面図である。
図7】金蒸着ガラス板をMEPTMS及びAPTESで処理した時の状態を示す模式図である。
図8】金コロイド粒子の表面がMPSで修飾された状態の荷電金コロイド粒子を示す模式図である。
図9】実施例1のMIM型SPR測定用基板の光学顕微鏡写真である。
図10】実施例1のMIM型SPR測定用基板の模式斜視図である。
図11】実施例1のMIM型SPR測定用基板の模式断面図である。
図12】実施例4のMIM型SPR測定用基板の光学顕微鏡写真である。
図13】コロイド結晶の模式図である。
図14】実施例3のMIM型SPR測定用基板についての動径分布関数g(r)(左側)及び隣接する金コロイド粒子の模式図(右側)である。
図15】実施例2のMIM型SPR測定用基板及び金蒸着されたガラス基板についての屈折率の測定結果である。
図16】実施例3のMIM型SPR測定用基板及び比較例1の基板上についての屈折率の測定結果である。
図17】参考例1のシリカ結晶吸着基板(NaOH処理あり)の光学顕微鏡写真である。
図18】参考例2のシリカ結晶吸着基板(NaOH処理なし)の光学顕微鏡写真である。
図19】APTESで処理したシリカコート金蒸着ガラス板の電荷数制御の模式図である。
図20】拡散装置20の模式断面図である。
図21】実施例5のSPR測定用基板の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
(実施形態1)
実施形態1は、第1発明のSPR測定用基板の製造方法である。図2にその製造工程を示した模式図を示す。以下、図2に従って説明する。
<絶縁部材準備工程S11>
まず絶縁部材1を準備する。絶縁部材1としては、例えば絶縁性のガラス基板やセラミック基板を用いることができる。これらの絶縁部材1は、通常シラノール基に起因する負の表面電位を有しているが、アミノプロピルトリエトキシシラン等のシランカップリング剤を用いてアミノ基を修飾させたり、ポリエチレンイミンやポリ(2-ビニルピリジン)等のカチオン基を有する高分子を表面に吸着させたりして、表面電位を正とすることもできる。
【0031】
<コロイド結晶分散液調製工程S12>
一方、コロイド結晶分散液調製工程S12として、負(又は正)電荷を有する金属コロイド粒子からなる荷電コロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液2を調製しておく。例えば、金等の金属コロイド分散液に、金属と結合する官能基(例えばメルカプト基等)及び負電荷を形成する官能基(例えばスルホン酸基やカルボン酸基等)を有する化合物(例えば、3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(MPS)等)を添加する。そして、イオン交換樹脂を添加するなどして不純物イオンを除去すると、粒子間の静電斥力が十分強くなり、分散液中で荷電コロイド結晶構造が形成され、金属コロイド粒子が所定の間隔で配列した荷電コロイド結晶分散液2が調製される。
【0032】
<表面形成工程S13>
そして、表面形成工程S13として、正(又は負)電荷を有する絶縁部材1上に負(又は正)に荷電コロイド結晶分散液を接触させて、静電引力によって、コロイド結晶格子の一層だけを絶縁部材1に吸着させた後(図3参照)、水等の溶媒で洗浄して余分な荷電コロイド結晶分散液を洗い流す。こうして、絶縁部材1上に金属粒子3からなる2次元荷電金属コロイド結晶が形成された実施形態1のSPR測定用基板が調製される。
実施形態1の製造方法によれば、2次元荷電コロイド結晶の形成により、複雑なパターン形成技術を用いなくても、金属粒子の配置を制御することができるため、製造が容易であり、且つ、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。
【0033】
(実施形態2)
実施形態2はMIM型のSPR測定用基板の製造方法である。その製造工程を示した模式図を図4に示す。以下、図4に従って説明する。
<絶縁膜形成工程S21>
絶縁性のガラスやセラミック等からなる基板5上に蒸着やスパッタリングや化学めっき等の手法によって金属膜6を形成した金属膜基板7を用意する。金属膜の種類としては、強いプラズモン共鳴を示し得る金等の貴金属が好適である。また、金属膜の厚さは、表面プラズモンを効率よく発生させることが可能な厚さ(具体的には1~100nm)とすることが好ましい。そして、金属膜基板7上に正(又は負)電荷を有する絶縁膜8を形成した絶縁膜付金属基板9を作製する。正電荷を有する絶縁膜8としては、例えば金等の金属上にメルカプト基を有するシランカップリング剤を用いてシリカ層を形成させた上で、シリカ層に第二のシランカップリング剤を用いてアミノ基を結合させたり、または、ポリエチレンイミンやポリ(2-ビニルピリジン)等のカチオン基を有する高分子を表面に吸着させたりして形成することができる。
【0034】
<コロイド結晶分散液調製工程S22>
一方、コロイド結晶分散液調製工程S22として、実施形態1のコロイド結晶分散液調製工程S12と同様にして、負(又は正)電荷を有する金属コロイド粒子からなるコロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液2を調製しておく。
【0035】
<表面形成工程S23>
そして、表面形成工程S23として、荷電コロイド結晶分散液2を絶縁膜付金属基板9上に滴下して、負電荷を有する金属コロイド粒子10を静電引力によって、結晶格子の一層だけを吸着させた後、水等の溶媒で洗浄して余分な荷電コロイド結晶分散液2を洗い流す。こうして、実施形態2のMIM型SPR測定用基板が調製される。実施形態2のMIM型SPR測定用基板では、金属皮膜の伝搬型プラズモンと金属粒子の局在プラズモンの間に「ファノ共鳴」と呼ばれる共鳴現象が生じ、これによって吸収スペクトルピークの形状が、波長変化によって強度が鋭敏に変化するような形状(鋸歯状)になることから、さらに高感度なセンサーを構築することができる。
【0036】
(実施形態3)
実施形態3は第2発明のSPR測定用基板の製造方法である。すなわち、この方法では、絶縁部材上に荷電コロイド結晶分散液からなる液層を形成させておき、液層の一端側から電荷調製液を拡散させることによって、金属コロイド結晶の単層構造(すなわち、2次元荷電金属コロイド結晶)を成長させてSPR測定用基板を製造する。製造工程図を示した模式図を図5に示す。以下、図5に従って説明する。
<絶縁部材準備工程S31>
絶縁部材11として、実施形態1の場合と同様のガラス基板やセラミック基板からなる表面処理絶縁部材11aおよび表面処理をしていないガラス基板やセラミック基板からなる無処理絶縁部材11bの2枚準備し、図示しないスペーサを介して一定の距離を保ちながら平行に対面させる。さらに、平行して対面する表面処理絶縁部材11a及び無処理絶縁部材11b(ただし、下側が表面処理絶縁部材11a)の一端側にメンブランフィルター12を挿入する。
【0037】
<液層形成工程S32>
そして、液層形成工程S32として、荷電コロイド結晶分散液からなる液層13を形成させる。このための方法として、次の2つの方法が例示できる。
(方法1)
実施形態1で使用した、正(又は負)電荷を有する金属コロイド粒子からなる荷電コロイド結晶が分散媒に分散した荷電コロイド結晶分散液を調製する。そして、2枚の絶縁部材11の隙間に荷電コロイド結晶分散液を充填する。こうして、2枚の絶縁部材11の隙間に荷電コロイド結晶分散液からなる液層13を形成させる。
(方法2)
方法2の液層形成工程S32は、以下に示す3つの工程からなる。
・第1液層形成工程S321
正(又は負)電荷を有する金属コロイド粒子が溶媒に分散した金属コロイド分散液を調製する(この分散液において金属コロイド粒子はコロイド結晶化していない)。
・第2液層形成工程S322
次に、2枚の絶縁部材11の隙間に金属コロイド分散液を充填する。
・第3液層形成工程S323
そして、図6に示すように、メンブランフィルター12側をリザーバータンク14に接続する。ここで、リザーバータンク14には金属コロイド分散液をコロイド結晶化させることが可能なコロイド結晶化液15が貯留されているため、コロイド結晶化液はメンブランフィルター12を介して液層13内を拡散する。このため、液層13中の金属コロイド分散液はメンブランフィルター12側から他端側に向かってコロイド結晶化する。
【0038】
<単層構造成長工程S33>
次に、図5に示すように、平行して対面する表面処理絶縁部材11a及び無処理絶縁部材11b(ただし、下側が表面処理絶縁部材11a)のメンブランフィルター12側をリザーバータンク16に接続する。ここで、リザーバータンク16には、絶縁部材の表面電荷が前記金属コロイド粒子の電荷と反対符号となるようにすることが可能な電荷調製液17が貯留されており、電荷調製液17はメンブランフィルター12を介して液層15内を拡散する。このため、液層15内の金属コロイド粒子はメンブランフィルター12側から徐々に静電引力によって荷電コロイド結晶の一層分が表面処理絶縁部材11a上に吸着する。その結果、所定の格子間隔で並んだ2次元荷電金属コロイド結晶18が形成される。こうして、形成される2次元荷電金属コロイド結晶18は、拡散によって徐々に成長することから、より欠陥の少ない2次元コロイド結晶となるため、さらに検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーとなる。
【実施例
【0039】
以下、本発明をさらに具体化した実施例について比較例と比較しつつ説明する。
(実施例1)
実施例1では次のようにしてMIM型SPR測定用基板を作製した。
・絶縁部材準備工程
ガラス基板上に金の蒸着層が形成された金蒸着ガラス板(ケニス株式会社製)を用意し、濃硫酸中に一晩以上浸して洗浄した後、Milli-Q水製造装置によって調製した純水(以下「Milli-Q水」という)で洗浄し、Milli-Q水中に保存した。こうして洗浄された金蒸着ガラス板を3-Mercaptopropyltrimethoxysilane(MEPTMS)の40μMメタノール溶液に3時間浸漬して、ガラス上にMEPTMSを修飾させた(図7(a)参照)。この基板を、0.01MのNaOH水溶液に2時間浸して、シリカ皮膜を形成させた。次に、3-Aminopropyltriethoxysilane(APTES)の1%溶液(溶媒:90%EtOH水溶液)に、MEPTMSで処理をした金蒸着ガラス基板を1時間浸漬した(図7(b)参照)。その後、金蒸着ガラス基板を取り出し、EtOHで表面を軽くすすいだ後、80℃のオーブンにて乾燥させた。こうして、金蒸着膜上に正電荷を有する絶縁膜を作製した。
【0040】
・コロイド結晶分散液調製工程
負電荷を有する金コロイド粒子が分散媒に分散した荷電コロイド分散液を、以下の手順で調製した。すなわち、まず遠沈管(Corning Life Sciences)にMilli-Q水3.92mLと、3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(MPS, Lot.#STBF3994V, Sigma-Aldrich社製) 0.05M溶液0.08 mLとを入れ、5分間の超音波処理を行い分散させた。そして、この溶液に富士化学株式会社製の「ハウトフォームAMS-Au」 (単分散金コロイド 粒子径244nm、粒子径の変動係数 12%, 1.3wt%, Lot.1701)を4 mLを加え、10分間の超音波処理を行い、遠心分離(1000 rpm,30分)を行い、負電荷としてスルホン酸基を有する金コロイド粒子(図8参照)を沈降させた。さらに、上澄み液を取り除いた後、新たに超純水を加え、超音波で分散させて遠心分離(1000 rpm,30分)を行う操作を3回繰り返し、水洗した。こうして金コロイド粒子表面をMPSで修飾後、イオン交換樹脂AG501-X8(D)型mixed(Bio-Rad Labs,CA,U.S.A)によって1日以上精製したところ、金コロイド粒子が規則正しく配列した、コロイド結晶が溶媒中に分散しているコロイド結晶分散液が得られた。
【0041】
・表面形成工程
絶縁部材準備工程によって金蒸着膜上に正電荷を有する絶縁膜を形成した基板の表面にイオン交換樹脂で精製したエチレングリコール(EG)の60%水溶液膜を少量滴下し、カバーガラス等で液を展開し自然乾燥させた後、コロイド結晶分散液調製工程で得られた荷電金コロイド結晶分散液を滴下し、10分間静置させた後、Milli-Q水で表面を洗浄しMilli-Q水中で保存した。こうして、実施例1のMIM型SPR測定用基板を得た。
【0042】
(実施例2)
実施例2では、実施例1の絶縁部材準備工程において用いた3-Mercaptopropyltrimethoxysilane(MEPTMS)及び3-Aminopropyltriethoxysilane(APTES)の替りに、ポリエチレンイミンを用いた。
すなわち、ガラス基板上に金の蒸着層が形成された金蒸着ガラス板(ケニス株式会社製)を用意し、表面を濃硫酸で洗浄した後、ポリエチレンイミン P-70 (PEI, Lot.AWK3770,富士フイルム和光純薬株式会社製)の0.07wt%水溶液に浸漬し、1分間程度振とうさせた後、Milli-Q水中で1日振とうし、Milli-Q水中で保存した。
その他の工程については実施例1と同様であり、説明を省略する。
【0043】
(実施例3)
実施例3では、実施例2の絶縁部材準備工程におけるポリエチレンイミンの替りにポリ(2-ビニルピリジン)を用いた。
すなわち、ガラス基板上に金の蒸着層が形成された金蒸着ガラス板(ケニス株式会社製)を用意し、表面を濃硫酸で洗浄した後、ポリ(2-ビニルピリジン)の2wt%水溶液に浸漬し、1分程度振とうさせた後、Milli-Q水中で1日振とうし、Milli-Q水中で保存した。
その他の工程については実施例1及び実施例2と同様であり、説明を省略する。
【0044】
(実施例4)
実施例4では、実施例1と同様の方法により金蒸着ガラス板をMPTESでコートし、さらにその表面をAPTESで修飾した基板を用いた後、さらに、0.01M NaOHに浸漬して基板を処理し、水洗した後、金コロイド結晶を吸着させた(すなわち、金コロイド結晶を吸着させる前に0.01M NaOHで基板を処理することのみが実施例1と異なる)。
【0045】
(比較例1)
比較例1では、実施例3におけるポリ(2-ビニルピリジン)による絶縁皮膜の形成を、金を蒸着しないガラス基板に対して行い、金コロイド粒子の表面がMPSで修飾された荷電金コロイド分散液をガラス基板上に直接接触させて、ガラス上に金コロイド粒子を載せて、金粒子載置ガラス基板とした。
【0046】
<評 価>
以上の様にして得られた実施例1、2、3及び4のMIM型SPR測定用基板及び比較例1の金粒子載置ガラス基板について、以下の評価を行った。
【0047】
(光学顕微鏡による観察)
実施例1のMIM型SPR測定用基板の光学顕微鏡写真を図9に示す。この写真から、金コロイド粒子が規則的に並んでコロイド結晶を形成していることが分かった。また、金コロイド粒子は顕微鏡観察における試料台の高さを有る一定の高さにしたときのみ観察されたことから、金コロイド粒子のコロイド結晶は一層のみからなる2次元コロイド結晶であることが分かった。すなわち、実施例1のMIM型SPR測定用基板は図10に示すように、金コロイド粒子が2次元的に規則的に並んで1層のみ析出していることが分かった。金コロイド結晶中の金コロイド粒子どうしは図11に示すように、負電荷を有する荷電コロイドから析出しているため、負の表面電位による静電的な反発力によってある程度の距離をおいて規則正しく並んでいる。これに対して、絶縁膜は正電荷を有しており、金粒子は負電荷を有しているため、金コロイド粒子は静電引力により絶縁膜にしっかりと吸着している。
【0048】
また、実施例2のMIM型SPR測定用基板でも、同様に金粒子が2次元的に規則正しく並んだ2次元コロイド結晶を形成されていることが分かった。
さらに、実施例3のMIM型SPR測定用基板でも、金粒子が2次元的に規則正しく並んだ大きなコロイド単結晶を形成していることが分かった。
【0049】
また、実施例4のMIM型SPR測定用基板では、図12に示すように、金粒子が2次元的に数mmの範囲で規則正しく並んだ大きなコロイド単結晶を形成しており、しかも、実施例1~3よりも欠陥が少ないことが分かった。このことから、金コロイド結晶を吸着させる前にNaOHで基板を処理することにより、より欠陥の少ない2次元コロイド結晶が形成されることが分かった。
その理由は以下のように考えられる。すなわち、NaOHで基板を処理することによりガラス基板に生じた0基が空気中の炭酸イオンによって時間の経過と共に徐々に中和されるため、徐々に表面電荷が正側に大きくなる。このため、ガラス基板をNaOH処理しなかった実施例1に比べて、金コロイド結晶の吸着がゆっくりとなり、欠陥が少なくなったものと推測される。なお、本発明者は、シリカ粒子の表面電位がアルカリである炭酸水素ナトリウム添加によってよっても経時的に電荷を制御できることを観測しており(非特許文献、Murai,Yamada,Yamanaka et al., Langmuir 2007, vol. 23, p. 7510-7517参照)。上記推測が正しいことが強く示唆される。
【0050】
(動径分布関数の測定)
実施例3のMIM型SPR測定用基板について、以下の方法により動径分布関数g(r)を求めた。動径分布関数g(r)とは、ある粒子の中心から距離r の場所に他の粒子が存在する確率である。
【0051】
図13に示した円環の内部での粒子の密度は下記(1)式で与えられる。これを系の平均粒子密度ρ(単位面積当たりの粒子数)で割ることで、下記(2)式の動径分布関数g(r)が得られる。
【数1】
【0052】
顕微鏡画像について解析を行った結果、図14左側グラフに示す動径分布関数g(r)が得られた。このグラフはピーク形状が鋭く、半値幅が狭いことから、規則正しいコロイド結晶構造を形成していることが分かった。また、第一ピークの距離が最近接粒子間距離であることから、金コロイド粒子どうしの距離は420nm(図14右側模式図参照)であることが分かった。Lindemann ratio (LR)(すなわち、第一ピーク半値幅と最近接粒子間距離の比)は0.5であった。
【0053】
(MIM型SPR測定用基板による屈折率測定)
実施例2及び実施例3のMIM型SPR測定用基板について、エチレングリコール-水混合溶媒の屈折率測定を行った。
すなわち、アッベ屈折率計を用い、恒温水循環型の温度ジャケットを用いて20℃に保った屈折率計のステージに試料溶液を載せ、入射光の屈折角測定から、スネルの法則を用いて屈折率を求めた。水の屈折率は1.33、エチレングリコールの屈折率は1.45であり、エチレングリコール濃度を変化させて屈折率を調節した。
【0054】
実施例2のMIM型SPR測定用基板及び金蒸着されたガラス基板についての吸収波長シフトの屈折率依存性の測定結果を図15に示す。
実施例2のMIM型SPR測定用基板では、局所表面プラズモン(LSPR)に基づく小さい極大の他、ファノ共鳴に基づく大きな極大が認められた(図15左上のグラフ)。そして、エチレングリコール(EG)の割合の変化による屈折率の変化によって、ファノ共鳴に基づく700nmでの極大のピークシフトは380nm/RIU(屈折率変化=1当たりの波長の変化の割合)となり、市販のリソグラフィー基板の値である300nm/RIUよりも大きかった。このことから、実施例2のMIM型SPR測定用基板は屈折率を感度良く測定できることが分かった。
これに対して、比較として測定した金蒸着しただけのガラスでは、表面プラズモン共鳴(SPR)は観測されたが、それほど大きなピークシフトは観測されなかった(図15左下グラフ参照)。
【0055】
また、実施例3のMIM型SPR測定用基板についての屈折率の測定では、図13中央のグラフに示すように、ファノ共鳴に基づく大きなピークが観測された。そして、そのピークシフトRIU=929と大きな値となった(図16右側グラフ参照)。
これに対して、比較例1のガラス基板上に金粒子を載せただけの基板では、ファノ共鳴によるピークは観測されなかった。そして、そのピークシフトRIU=86と小さな値となった(図16右側グラフ参照)。
【0056】
<参考例>
実施例4において、金コロイド結晶を吸着させる前に0.01M NaOHで基板を処理することの効果について調べるために、金コロイド粒子に替わり、負電荷を有するシリカコロイド粒子を用いて以下に示す参考例の試験を行った。
【0057】
(参考例1)
参考例1では実施例4における金コロイド粒子に替わり、負電荷を有するシリカコロイド粒子結晶(日本触媒社KE-50W, 直径500nm,2vol%)を用いて、0.01M NaOHで基板を処理した。その他の条件は実施例4と同様であり、説明を省略する。
【0058】
(参考例2)
参考例2では、参考例1におけるNaOH処理を行わなかった。その他については参考例1と同様であり、説明を省略する。
【0059】
<評 価>
以上の様にして得られた参考例1及び2の試料について、光学顕微鏡による観察を行った。その結果、NaOH処理を行った参考例1の試料では、シリカコロイド粒子が規則正しく並んだ2次元結晶構造が観測された(図17参照)。これに対して、NaOH処理を行わなかった参考例2の試料では、吸着したシリカコロイド粒子の乱れが観測された(図18参照)。以上の結果は、NaOHで基板を処理することにより、ガラス基板に生じた0基が空気中の炭酸イオンによって時間の経過と共に徐々に中和され、徐々に表面電荷が正側に大きくなり、ガラス基板をNaOH処理しなかった参考例1の試料に比べて、シリカコロイド結晶の吸着がゆっくりとなり、欠陥が少なくなったものと説明される(図19参照)。
【0060】
(実施例5)
実施例5は第1発明の実施例であり、顕微鏡用のカバーガラス上に荷電金コロイド結晶の分散液からなる液層を形成し、液層の一端側から2次元荷電金コロイド結晶を一方向に成長させてSPR測定用基板を調製した。以下詳細に説明する。
【0061】
・絶縁部材準備工程
顕微鏡用のカバーガラス(24 mm×24 mm,松浪硝子工業株式会社製)を用意し、濃硫酸中に一晩以上浸して洗浄した後、Milli-Q水製造装置によって調製した純水(以下「Milli-Q水」という)で洗浄し、Milli-Q水中に保存した。こうして洗浄されたカバーガラスを3-aminopropyltriethoxysilcane (APTES, Lot.
711457, 信越工業株式会社製)の1%エタノール(90%)水溶液に1時間浸漬し、カバーガラス上にAPTESを修飾させた。その後、カバーガラスを取り出し、EtOHで表面を軽くすすいだ後、40℃のオーブンにて乾燥させた。こうして、表面に正電荷を有するカバーガラスを作製した。
【0062】
・コロイド結晶分散液調製工程
負電荷を有する金コロイド粒子が水中に分散した荷電コロイド分散液を、以下の手順で調製した。すなわち、まず遠沈管(Corning Life Sciences)にMilli-Q水3.92mLと、3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(MPS, Lot.#STBF3994V, Sigma-Aldrich社製) 0.05M溶液0.08 mLとを入れ、5分間の超音波処理を行い分散させた。そして、この溶液に田中貴金属株式会社製の金コロイド粒子(粒径150nm, AUコロイド溶液-SC, 0.0065 wt%)を4 mLを加え、10分間の超音波処理を行い、遠心分離(1000 rpm,30分)を行い、負電荷としてスルホン酸基を有する金コロイド粒子を沈降させた。さらに、上澄み液を取り除いた後、新たに超純水を加え、超音波で分散させて遠心分離(1000 rpm,30分)を行う操作を3回繰り返し、水洗した。こうして金コロイド粒子表面をMPSで修飾した。この金コロイド分散液では、イオン強度が高くなっているため、粒子間の静電反発が遮蔽されて弱くなり、コロイド結晶は形成されていない。しかし、この分散液をイオン交換樹脂AG501-X8(D)型mixed(Bio-Rad Labs,CA,U.S.A)により精製すると、金コロイド粒子が規則正しく配列したコロイド結晶が水中に分散したコロイド結晶分散液となった。
【0063】
・液層形成工程
次に、図20に示す拡散装置20を用意した。この拡散装置20はリザーバータンク21と、リザーバータンク21の側面に設けられた開口21aに着脱可能に接続された拡散セル22とから構成されている。リザーバータンク21はリザーバータンク本体21bと蓋21cとからなる。拡散セル22は互いに平行で対面するカバーガラス23a(APTESで修飾したもの)、23b(未処理のもの)がシリコン樹脂製のスペーサ24を介して1mmの間隔で延在している。さらに、カバーガラス23a、23b間の隙間における開口21a側の一端には金コロイド粒子が透過できないニトロセルロース製のメンブランフィルター25(平均孔径=0.05μm)が挿入されている。
【0064】
以上のように構成された拡散装置20について、拡散セル22を拡散装置20から取り外し、カバーガラス23a、23b間の隙間に、コロイド結晶分散液調製工程で調製した、負電荷を有する金コロイド粒子が水に分散した荷電コロイド分散液26を充填した(この分散液において金コロイド粒子はコロイド結晶化していない)。そして、メンブランフィルター25側をリザーバータンク21に接続する。さらに、リザーバータンク21の蓋21cを開け、リザーバータンク本体21bに金コロイド分散液をコロイド結晶化させることが可能なコロイド結晶化液としてMilli-Q水27を貯留した。金コロイド分散液26中のイオンはメンブランフィルター26を通り、リザーバータンク21内のMilli-Q水27中に拡散していく。このため、金コロイド分散液26中のイオン濃度はメンブランフィルター25側から他端側に向かって希薄化してイオン強度が低下する。このため、金コロイド粒子間の斥力が徐々に大きくなり、メンブランフィルター25側から他端側に向かってコロイド結晶が成長した。
【0065】
・単層構造成長工程
上述した液層形成工程を16時間行うことにより、金コロイド分散液26中の金コロイド粒子をコロイド結晶化した後、リザーバータンク21内のMilli-Q水を廃棄し、基板吸着させるための電荷調整液として10μmの炭酸水素ナトリウム溶液を貯留し、3時間の静置して金コロイド結晶中に拡散させた。その後、拡散セル22内部を超純水で洗浄し、未吸着の金コロイド粒子を洗い流した。こうしてカバーガラス23a上に2次元金コロイド結晶が形成されたSPR測定用基板の電子顕微鏡写真を図21(画像サイズは30μm×30μm)。この写真から、金粒子についても、イオン濃度勾配による電荷数調整を利用した一方向吸着により、正に荷電した基板上に2次元金コロイド結晶を調製できることが分かった。
【0066】
この発明は上記発明の実施の態様及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の製造方法によって製造されたSPR測定用基板は、絶縁膜上に金属コロイド粒子が規則正しく一定の距離で並んだ2次元的なコロイド結晶が存在するため、検出感度の高い局在型の表面プラズモンセンサーを構築することができる。しかも、金属粒子の配置を制御するための複雑なパターン形成技術を必要とせず、製造が容易であり、大量生産による大幅なコストダウンを可能とする。
【符号の説明】
【0068】
S11…絶縁部材準備工程,S12…コロイド結晶分散液調製工程,S13…表面形成工程
1…絶縁部材,2…荷電コロイド結晶分散液,3…金属粒子,4…SPR測定用基板
S21…絶縁膜形成工程,S22…コロイド結晶分散液調製工程,S23…表面形成工程
5…基板,6…金属膜,7…金属膜基板,8…絶縁膜,9…絶縁膜付金属基板,10…金属コロイド粒子
S31…絶縁部材準備工程,S32…液層形成工程,
11…絶縁部材,12…メンブランフィルター,13…液層,14,16…リザーバータンク,15…コロイド結晶化液,17…電荷調製液,18…2次元荷電金属コロイド結晶

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21