(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-29
(45)【発行日】2023-04-06
(54)【発明の名称】光学素子及び光学素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 1/111 20150101AFI20230330BHJP
G02F 1/35 20060101ALI20230330BHJP
【FI】
G02B1/111
G02F1/35
(21)【出願番号】P 2018165331
(22)【出願日】2018-09-04
【審査請求日】2021-05-27
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内田 裕久
【審査官】中村 和正
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-289126(JP,A)
【文献】特開2004-219967(JP,A)
【文献】米国特許第06406647(US,B1)
【文献】国際公開第2009/154745(WO,A2)
【文献】H.Kagawa et al,Antireflection coating with fluoropolymer for a novel organic nonlinear optical crystal:8-(4'-acetylphenyl)-1,4-dioxa-8-azaspiro[4.5]decane (ADPA),Applied Optics,米国,1995年,VOl. 34, Issue 18,3421-3424
【文献】Carlo Vicario et al,Laser Driven generation of intense single-cycle THz field,Proceedings of SPIE,Vol.8261,米国,2012年02月27日,82610Z-1~82610Z-7
【文献】坂根 好彦,高性能エレクトレット「サイトップEGG」を用いた小型振動発電器のlotセンサ電源への応用,Res. Report Asahi Glass Co., Ltd.,65,日本,2015年,19-24
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/111
G02F 1/35
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
DAST(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバゾリウムトシレート)結晶である有機非線形光学結晶と、
前記有機非線形光学結晶の表面をコートする反射防止膜と、
を備え、前記反射防止膜は有機化合物を含み、前記反射防止膜と前記有機非線形光学結晶との線膨張係数の差の絶対値が130ppm/K以下である光学素子の製造方法であって、
前記有機非線形光学結晶の表面にウェットプロセスで前記反射防止膜を形成する工程を含む光学素子の製造方法。
【請求項2】
前記ウェットプロセスで前記反射防止膜を形成する工程では、前記反射防止膜を形成する材料を含む液体に前記有機非線形光学結晶を浸漬させ、浸漬させた前記有機非線形光学結晶を前記液体から引き上げることにより前記有機非線形光学結晶の表面に前記反射防止膜を形成する請求項
1に記載の光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記ウェットプロセスで前記反射防止膜を形成する工程では、前記有機非線形光学結晶の表面にスプレーコート、スピンコート、ブレードコート、ディップコート、キャストコート、ロールコート、バーコート、ダイコート、インクジェットの少なくとも一つのウェットプロセスで前記反射防止膜を形成する請求項1に記載の光学素子の製造方法。
【請求項4】
前記反射防止膜の25℃におけるヤング率が10GPa以下である、請求項1
~請求項3のいずれか1項に記載の光学素子
の製造方法。
【請求項5】
前記有機化合物は、フッ素原子が結合した環状構造を含む化合物、及び環状オレフィン構造を含む化合物からなる群より選択される少なくとも一つの化合物を構成単位とする請求項1
~請求項4のいずれか1項に記載の光学素子
の製造方法。
【請求項6】
1000nm~2000nmの波長範囲の少なくとも一部における前記反射防止膜の屈折率が1.3~2.0である請求項1~請求項
5のいずれか1項に記載の光学素子
の製造方法。
【請求項7】
0.3THz~30THzの周波数範囲の少なくとも一部における前記反射防止膜の屈折率が1.3~2.0である請求項1~請求項
6のいずれか1項に記載の光学素子
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子及び光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光学素子の表面に反射防止膜、高反射膜等の薄膜を形成する場合、TiO2、Ta2O5、Al2O3、SiO2、MgF2等の無機化合物で構成される誘電体が使用されている。例えば、有機非線形光学結晶の場合、真空蒸着によって前述のような無機化合物である誘電体を成膜することにより反射防止膜としている(例えば、特許文献1~3参照)。また、光学素子と空気層との遮断を目的としてレーザー等の光を入射させる端面に反射防止膜を形成することもある(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平5-313216号公報
【文献】特開平7-244308号公報
【文献】特開2004-109457号公報
【文献】特開平2-254426号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前述のような無機化合物である誘電体により光学結晶の表面に成膜を行った場合、誘電体薄膜にクラックが発生しやすいという問題がある。クラックが発生すると、反射防止膜、高反射膜等の光学的性能が劣化する、又は光学素子と空気層との遮断が不完全になるおそれがある。
【0005】
本発明の一形態は上記問題点に鑑みてなされたものであり、クラックが抑制された被膜を有する光学素子、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
<1> 光学結晶と、前記光学結晶の表面をコートする反射防止膜と、を備え、前記反射防止膜は有機化合物を含む光学素子。
<2> 前記反射防止膜と前記光学結晶との線膨張係数の差の絶対値が130ppm/K以下である<1>に記載の光学素子。
<3> 前記反射防止膜の25℃におけるヤング率が10GPa以下である、<1>又は<2>に記載の光学素子。
<4> 前記有機化合物は、フッ素原子が結合した環状構造を含む化合物、及び環状オレフィン構造を含む化合物からなる群より選択される少なくとも一つの化合物を構成単位とする<1>~<3>のいずれか1つに記載の光学素子。
<5> 光学結晶は、有機光学結晶である<1>~<4>のいずれか1つに記載の光学素子。
<6> 前記有機光学結晶は、有機非線形光学結晶である<5>に記載の光学素子。
<7> 有機非線形光学結晶は、DAST(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバゾリウムトシレート)結晶、DASC(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバゾリウム-p-クロロベンゼンスルホネート)結晶、DSTMS(4-N,N-ジメチルアミノ-4’-N’-メチルスチルバゾリウム-2,4,6-トリメチルベンゼンスルホネート)結晶、OH1(2-(3-(4-ヒドロキシスチリル)-5,5-ジメチルシクロヘクス-2-エニリデン)マロノニトリル)結晶、BDAS-TP(ビス(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバゾリウム)テレフタレート)結晶、DAS-HTP(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバリゾリウムヒドロゲンテレフタレート)結晶、BNA(N-ベンジル2-メチル-4-ニトロアニリン)結晶、HMQ-TMS((2-(4-ヒドロキシ-3-メトキシスチリル)-1-メチルキノリニウム-2,4,6-トリメチルベンゼンスルホネート)結晶、又はMC-PTS(メロシアニン-p-トルエンスルホン酸)結晶である<6>に記載の光学素子。
【0007】
<8> 1000nm~2000nmの波長範囲の少なくとも一部における前記反射防止膜の屈折率が1.3~2.0である<1>~<7>のいずれか1つに記載の光学素子。
<9> 0.3THz~30THzの周波数範囲の少なくとも一部における前記反射防止膜の屈折率が1.3~2.0である<1>~<8>のいずれか1つに記載の光学素子。
<10> <1>~<9>のいずれか1つに記載の光学素子の製造方法であって、
前記光学結晶の表面にウェットプロセスで前記反射防止膜を形成する工程を含む光学素子の製造方法。
<11> 前記ウェットプロセスで前記反射防止膜を形成する工程では、前記反射防止膜を形成する材料を含む液体に前記光学結晶を浸漬させ、浸漬させた前記光学結晶を前記液体から引き上げることにより前記光学結晶の表面に前記反射防止膜を形成する<10>に記載の光学素子の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示は、クラックが抑制された被膜を有する光学素子、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】(a)は、光学結晶の表面が有機化合物を含む被膜でコートされてなる光学素子の概略構成図であり、(b)は、(a)のA-A線断面図である。
【
図2】(a)は、実施例1にてサイトップ単層膜を形成する前の光学結晶の表面を示す図であり、(b)は、実施例1にてサイトップ単層膜を形成してから90日経過後の光学素子の表面を示す図であり、(c)は、比較例1にてSiO
2単層膜を形成する前の光学結晶の表面を示す図であり、(d)は、比較例1にてSiO
2単層膜を形成してから7日経過後の光学素子の表面を示す図である。
【
図3】(a)は、実施例1における被膜コート前及び被膜コート後での透過率の測定結果を示す図であり、(b)は、比較例1における被膜コート前及び被膜コート後での透過率の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示において「工程」との語には、他の工程から独立した工程に加え、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の目的が達成されれば、当該工程も含まれる。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ最小値及び最大値として含まれる。
本開示中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において実施形態を図面を参照して説明する場合、当該実施形態の構成は図面に示された構成に限定されない。また、各図における部材の大きさは概念的なものであり、部材間の大きさの相対的な関係はこれに限定されない。
【0011】
[第1実施形態]
<光学素子>
まず、第1実施形態の光学素子について説明する。本実施形態の光学素子は、光学結晶と、前記光学結晶の表面をコートする被膜と、を備え、前記被膜は有機化合物を含む。本実施形態では、光学結晶の表面に有機化合物を含む被膜が形成されているため、この被膜が適度な粘弾性を示し柔軟性を有する。これにより、被膜が破断しにくくなっており、被膜におけるクラックの発生が抑制される。
被膜は、反射防止膜、高反射膜等であってもよく、好ましくは反射防止膜である。
【0012】
また、光学素子の被膜を形成する材料として有機化合物を用いることにより、例えば、ウェットプロセスで光学結晶の表面に被膜を形成することができる。一方、光学素子の被膜を形成する材料として無機化合物を用いた場合、被膜の形成に真空蒸着技術を用いることが想定され、高温かつ真空プロセスを経る必要がある。従って、本実施形態では、無機化合物を用いて被膜を形成する場合と比較して成膜装置の簡素化、及び製造コストの低減を図ることができる。
【0013】
有機化合物としては、高分子材料、低分子量樹脂等の重合体が挙げられ、より具体的には、合成樹脂、プラスチック、ゴム等が挙げられる。有機化合物としては、分子構造中に環状構造を含む材料が好ましく、フッ素原子が結合した環状構造を含む化合物、及び環状オレフィン構造を含む化合物からなる群より選択される少なくとも一つの化合物を構成単位とする材料がより好ましい。
【0014】
また、有機化合物の線膨張係数は、光学結晶との線膨張係数差を低減させてクラックの発生をより好適に抑制する点から、100ppm/K以下であってもよく、10ppm/K~100ppm/Kであってもよく、50ppm/K~100ppm/Kであってもよい。
【0015】
有機化合物の25℃におけるヤング率としては、クラックの発生をより好適に抑制する点から、10Gpa以下であってもよく、5GPa以下であってもよく、3GPa以下であってもよい。
【0016】
被膜は、有機化合物のみからなるものであってもよく、フッ素原子が結合した環状構造を含む化合物、及び環状オレフィン構造を含む化合物からなる群より選択される少なくとも一つの化合物を構成単位とする材料のみからなるものであることが好ましい。
【0017】
光学結晶としては、赤外からミリ波の帯域の電磁波を照射することで可視光からミリ波に周波数変換された電磁波が得られる結晶が好ましい。光学結晶としては、有機光学結晶であってもよく、無機光学結晶であってもよい。また、光学結晶としては、非線形光学結晶であってもよく、非線形光学結晶としては、有機非線形光学結晶、無機非線形光学結晶等が挙げられる。
【0018】
有機非線形光学結晶としては、DAST(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバゾリウムトシレート)結晶、DASC(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバゾリウム-p-クロロベンゼンスルホネート)結晶、DSTMS(4-N,N-ジメチルアミノ-4’-N’-メチルスチルバゾリウム-2,4,6-トリメチルベンゼンスルホネート)結晶、OH1(2-(3-(4-ヒドロキシスチリル)-5,5-ジメチルシクロヘクス-2-エニリデン)マロノニトリル)結晶、BDAS-TP(ビス(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバゾリウム)テレフタレート)結晶、DAS-HTP(4-ジメチルアミノ-N-メチル-4-スチルバリゾリウムヒドロゲンテレフタレート)結晶、BNA(N-ベンジル2-メチル-4-ニトロアニリン)結晶、HMQ-TMS((2-(4-ヒドロキシ-3-メトキシスチリル)-1-メチルキノリニウム-2,4,6-トリメチルベンゼンスルホネート)結晶、MC-PTS(メロシアニン-p-トルエンスルホン酸)結晶等が挙げられる。有機非線形光学結晶としては、中でも、DAST結晶、DASC結晶及びOH1結晶が好ましい。DAST結晶の1550nmにおけるa軸の屈折率na=2.13であり、b軸の屈折率nb=1.60である。
【0019】
無機非線形光学結晶としては、GaPO4(リン酸ガリウム)、GaAs(ヒ化ガリウム)、LiNbO3(ニオブ酸リチウム)、KTP(チタン酸リン酸カリウム)等が挙げられる。
【0020】
光学結晶の好ましい厚さとしては、1μm~100mmであってもよく、100μm~2mmであってもよい。光学結晶の厚さが一定でない場合には、最小厚さが上記数値範囲を満たせばよい。
【0021】
本実施形態の光学素子を照射された光の波長を変換する波長変換素子として用いる場合、1000nm~2000nmの波長範囲の少なくとも一部における被膜の屈折率は、1.3~2.0であることが好ましい。また、被膜の屈折率は、光学結晶の屈折率よりも小さい。
【0022】
更に、1064nm、1310nm、1318nm、1550nm及び1560nmの少なくとも一つの波長における被膜の屈折率は、1.3~2.0であることがより好ましい。
【0023】
また、本実施形態の光学素子を電磁波検出素子として用いる場合、0.3THz~30THzの周波数範囲の少なくとも一部における被膜の屈折率は、1.3~2.0であることが好ましい。
【0024】
更に、0.3THz、0.6THz、1.0THz及び3.0THzの少なくとも一つの周波数における被膜の屈折率は、1.3~2.0であることが好ましい。
【0025】
被膜の膜厚(d)は、光学結晶への入射波長λ(nm)と被膜の屈折率nlとした場合、特に限定されず、d=λ/(4nl)×(2a-1)、(aは整数を示す)を満たすか、それに近似する膜厚になるように成膜するのが好ましく、100nm~5μmであることが好ましく、200nm~3μmであることがより好ましく、250nm~1μmであることが特に好ましい。
被膜の膜厚は、例えば、分光エリプソメトリーにより測定することができる。
【0026】
本実施形態の光学素子の一例を
図1を用いて説明する。
図1において、(a)は、光学結晶の表面が有機化合物を含む被膜でコートされてなる光学素子の概略構成図であり、(b)は、(a)のA-A線断面図である。
図1に示す光学素子10は、光学結晶1と、光学結晶1の表面をコートする被膜2と、を備える。光学素子10では、被膜2は、光学結晶1の全面に形成されているが、本発明はこの構成に限定されず、例えば、光学結晶1の少なくとも1つの面、光学結晶1の光の入射方向において対向する2つの表面に被膜2が形成されていてもよい。
【0027】
[第2実施形態]
<光学素子>
第2実施形態の光学素子について説明する。なお、前述の第1実施形態と共通する事項については、その説明を省略する。
本実施形態の光学素子は、光学結晶と、前記光学結晶の表面をコートする被膜と、を備え、前記被膜と前記光学結晶との線膨張係数の差の絶対値が130ppm/K以下である。これにより、被膜と光学結晶の線膨張係数差に起因する応力が緩和され、被膜が破断しにくくなっており、被膜におけるクラックの発生が抑制される。
【0028】
被膜と光学結晶との線膨張係数の差の絶対値は、0ppm/K~120ppm/Kであることが好ましく、0ppm/K~100ppm/Kであることがより好ましく、0ppm/K~50ppm/Kであることが更に好ましい。
【0029】
被膜は、光学結晶との線膨張係数の差の絶対値が前述の条件を満たせば特に制限されず、前述の有機化合物を含むものであってもよく、無機化合物を含むものであってもよい。また、被膜は、成膜装置の簡素化、及び製造コストの低減を図る点から、有機化合物のみからなるものが好ましい。
【0030】
被膜の線膨張係数は、光学結晶との線膨張係数差を低減させてクラックの発生をより好適に抑制する点から、100ppm/K以下であってもよく、10ppm/K~100ppm/Kであってもよく、50ppm/K~100ppm/Kであってもよい。
【0031】
[第3実施形態]
<光学素子>
第3実施形態の光学素子について説明する。なお、前述の第1実施形態又は第2実施形態と共通する事項については、その説明を省略する。
本実施形態の光学素子は、光学結晶と、前記光学結晶の表面をコートする被膜と、を備え、前記被膜の25℃におけるヤング率が10GPa以下である。これにより、被膜が適度な粘弾性を示し柔軟性を有しており、その結果、被膜が破断しにくくなっており、被膜におけるクラックの発生が抑制される。
【0032】
被膜は、25℃におけるヤング率が前述の条件を満たせば特に制限されず、前述の有機化合物を含むものであってもよく、無機化合物を含むものであってもよい。また、被膜は、成膜装置の簡素化、及び製造コストの低減を図る点から、有機化合物のみからなるものが好ましい。被膜の25℃におけるヤング率は、5GPa以下であることが好ましく、3GPa以下であることがより好ましい。
【0033】
<光学素子の製造方法>
第1実施形態~第3実施形態の光学素子の製造方法は、前記光学結晶の表面にウェットプロセスで前記被膜を形成する工程を含む。
【0034】
ウェットプロセスとしては、スプレーコート、スピンコート、ブレードコート、ディップコート、キャストコート、ロールコート、バーコート、ダイコート、インクジェット等が挙げられる。中でも、簡便な方法にて光学結晶の表面をコートする被膜を形成できる点から、ディップコートが好ましい。
【0035】
ウェットプロセスで被膜を形成する工程では、被膜を形成する材料を含む液体に光学結晶を浸漬させ、浸漬させた光学結晶を液体から引き上げることにより光学結晶の表面に被膜を形成することが好ましい。液体における被膜を形成する材料の濃度を調節したり、液体中への光学結晶の浸漬時間、光学結晶を液体から引き上げる速度等を調節したりすることにより、被膜の膜厚は適宜調節できる。
【0036】
例えば、液体における被膜を形成する材料の濃度は、1質量%~10質量%であってもよく、3質量%~8質量%であってもよい。被膜を形成する材料を溶剤に溶解、分散等させて被膜を形成する材料を含む液体を調製してもよい。溶剤は、被膜を形成する材料を溶解、分散等が可能なものを適宜選択すればよい。
【0037】
また、被膜を形成する材料としては、前述の有機化合物であることが好ましく、分子構造中に環状構造を含む材料であることがより好ましく、フッ素原子が結合した環状構造を含む化合物、及び環状オレフィン構造を含む化合物からなる群より選択される少なくとも一つの化合物を構成単位とする有機化合物であることが更に好ましい。
【0038】
なお、第1実施形態~第3実施形態の光学素子は、ウェットプロセスにて製造された光学素子に限定されず、ドライプロセスにて製造された光学素子であってもよい。また、被膜は、光学結晶の全面に形成されていなくてもよく、少なくとも1つの面、光の入射方向において対向する2つの表面に形成されていてもよい。赤外からミリ波の帯域で用いられる光学結晶であれば、ウェットプロセスで成膜しても、膜厚の制御を十分行うことができるため、好適である。
【実施例】
【0039】
次に、本発明の一態様を以下の実施例に基づき説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0040】
〔実施例1〕
<被膜の形成>
有機非線形光学結晶であるDAST結晶(厚さ0.86mm)の表面に、以下に説明するようにディップコート法により有機化合物のみからなる被膜を形成した。まず、常圧・室温環境下で、フッ素系液体ノベック(3M社製)に有機化合物であるフッ素樹脂サイトップ(AGC社製)を溶解させ、5質量%のサイトップ溶液を調製した。調製したサイトップ溶液にDAST結晶を浸漬させた後に60mm/minの速度でDAST結晶を引き上げることにより、DAST結晶の全面に約300nmのサイトップ単層膜を形成した。以上により、DAST結晶の表面に有機化合物のみからなる被膜を有する光学素子を得た。
なお、DAST結晶の線膨張係数は153ppm/Kであり、サイトップ単層膜の線膨張係数は74ppm/Kであり、サイトップ単層膜とDAST結晶との線膨張係数の差の絶対値は79ppm/Kであり、サイトップ単層膜の25℃におけるヤング率は1.5GPaである。サイトップは、フッ素原子が結合した環状構造を含む。
【0041】
〔比較例1〕
<被膜の形成>
有機非線形光学結晶であるDAST結晶(厚さ1.89mm)の表面に、以下に説明するように真空蒸着法により無機化合物のみからなる被膜を形成した。まず、成膜装置にSiO2を配置し、配置したSiO2の上部にDAST結晶を設置した。そして、配置したSiO2に電子銃を照射してSiO2の一部を蒸発させ、蒸発させたSiO2をDAST結晶に蒸着させることにより、DAST結晶の一つの面に約300nmのSiO2単層膜を形成した。以上により、DAST結晶の表面にSiO2のみからなる被膜を有する光学素子を得た。
なお、SiO2単層膜の線膨張係数は0.5ppm/K~0.6ppm/Kであり、SiO
2
単層膜とDAST結晶との線膨張係数の差の絶対値は約152.5ppm/Kであり、SiO2単層膜の25℃におけるヤング率は72GPa~74GPaである。
【0042】
<被膜の経時変化観察>
実施例1及び比較例1の被膜の経時変化を観察した。結果を
図2に示す。
図2において、(a)は、実施例1にてサイトップ単層膜を形成する前の光学結晶の表面を示す図であり、(b)は、実施例1にてサイトップ単層膜を形成してから90日経過後の光学素子の表面を示す図であり、(c)は、比較例1にてSiO
2単層膜を形成する前の光学結晶の表面を示す図であり、(d)は、比較例1にてSiO
2単層膜を形成してから7日経過後の光学素子の表面を示す図である。
図2(b)に示すように、実施例1の光学素子では、被膜を形成してから90日経過後も被膜状態に大きな変化がなく、被膜におけるクラックの発生が抑制されていた。一方、
図2(d)に示すように、比較例1の光学素子では、被膜を形成してから7日間程度で被膜にクラックが発生していた。比較例1の光学素子は成膜直後からクラックが生じていたが、7日経過後ではクラックが増加していた。
【0043】
<反射防止効果の確認>
実施例1及び比較例1の被膜の反射防止効果を、固体分光光度計による透過率を比較することにより確認した。まず、実施例1及び比較例1に示すようにして光学素子を作製した。ここで、実施例1では、厚さ0.86mmのDAST結晶を用い、比較例1では、厚さ1.89mmのDAST結晶を用いた。
次に、固体分光光度計Solidspec-3700DUV(島津製作所社製)を使用し、測定波長は1200nm~1700nmとし、偏光子を光源と測定対象の光学素子の間に配置して、DAST結晶のa軸と偏光の向きを揃えるように設置して透過率の測定を行った。結果を
図3及び表1に示す。
図3において、(a)は、実施例1における被膜コート前及び被膜コート後での透過率の測定結果を示す図であり、(b)は、比較例1における被膜コート前及び被膜コート後での透過率の測定結果を示す図である。なお、表1では、測定波長1550nmでの透過率及びコート前に対するコート後の透過率の上昇値を示している。
【0044】
【0045】
図3及び表1に示すように、実施例1の光学素子では、比較例1の光学素子よりも透過率が高かった。また、実施例1では、1550nmにおけるDAST結晶のa軸方向の透過率の上昇値は、18.13(89.848-71.723)%である一方、比較例1では、1550nmにおけるDAST結晶のa軸方向の透過率の上昇値は、1.667(77.408-75.741)%であった。比較例1では、a軸方向の透過率はほとんど上昇しておらず、SiO
2単層膜は反射防止膜として機能していないが、実施例1では、比較例1よりも反射防止膜としての効果が向上していた。また、DAST結晶の光の入射方向で対向する2表面にサイトップを被膜した場合、各層の屈折率を用いて算出される理論上の透過率は92.5%であるが、実施例1では理論上の透過率に近い値を示しており、顕著な効果が認められた。
【符号の説明】
【0046】
1 光学結晶
2 被膜
10 光学素子