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  • 特許-熱補償振動体の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-29
(45)【発行日】2023-04-06
(54)【発明の名称】熱補償振動体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G04B 17/06 20060101AFI20230330BHJP
   G04B 17/22 20060101ALI20230330BHJP
【FI】
G04B17/06 Z
G04B17/22 Z
【請求項の数】 17
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2019034093
(22)【出願日】2019-02-27
(65)【公開番号】P2019194567
(43)【公開日】2019-11-07
【審査請求日】2022-01-28
(31)【優先権主張番号】18159522.4
(32)【優先日】2018-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】599091346
【氏名又は名称】ロレックス・ソシエテ・アノニム
【氏名又は名称原語表記】ROLEX SA
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】弁理士法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ハンジカー, オリヴィエ
【審査官】榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】スイス国特許出願公開第705127(CH,A3)
【文献】特開2011-64687(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第3088969(EP,A1)
【文献】欧州特許出願公開第2063325(EP,A2)
【文献】特表2006-507454(JP,A)
【文献】特開2013-140161(JP,A)
【文献】特表2013-543131(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 1/00 - 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
てん輪と、平行に配置された少なくとも2つのばね部分とから構成される時計振動体の製造方法であって、前記製造方法は、
a. 前記振動体の周波数fを選択するステップと、
b. 前記てん輪の前記慣性と前記ばね部分の前記角度剛性が、選択された周波数fの振動体の形成を可能にし、温度の係数としての前記ばね部分の角度剛性の変化が前記振動体を熱補償可能にするよう、少なくとも2つのバッチまたは既存のばね部分の少なくとも2つの組から最適なばね部分を選定することで、てん輪とばね部分を選択するステップと、
c. 選択されたばね部分と選択されたてん輪とを組み立てるステップ
を含む、振動体の製造方法。
【請求項2】
前記てん輪と前記ばね部分の素材を選択することからなる事前ステップを含む、
請求項1に記載の振動体の製造方法。
【請求項3】
前記選択するステップであるステップ(b)は、慣性Iのてん輪と、
【数20】
及び
【数21】
の等式を順守する角度剛性Cのばね部分を選択することを含む、
請求項1または2に記載の振動体の製造方法。
【請求項4】
前記てん輪はCuBe2製である、
請求項1から3のいずれか一項に記載の振動体の製造方法。
【請求項5】
前記ばね部分を選択するステップ(b)は、温度の関数としての角度剛性Cの変化の符号が逆である、少なくとも2つのばね部分を選択することからなる、
請求項1から4のいずれか一項に記載の振動体の製造方法。
【請求項6】
前記ばね部分は、その結晶方向が不問である単結晶シリコン、ポリシリコン、非晶質シリコン、石英、非晶質酸化シリコン、ドーパントのタイプと濃度が不問であるドープシリコン、正のCTEを有するFe-Ni基合金、及びまたはNb-Zr-O合金から選択された素材製である、
請求項1から5のいずれか一項に記載の振動体の製造方法。
【請求項7】
前記ばね部分は、巻セグメントまたは1以上の巻、直線ブレード、または、巻セグメントの、巻及び直線ブレードの組み合わせの形状を取る、及びまたは1以上のばね部分はその長さにわたり変化する断面を有する、
請求項1から6のいずれか一項に記載の振動体の製造方法。
【請求項8】
前記選択するステップ(b)は、
前記てん輪の慣性Iを選択するステップと、その後
問題の値Iと等しいまたは近似する慣性のてん輪を選択するステップと、その後
前記ばねの各部分iの角度剛性Cを、
【数22】
であり、
【数23】
の等式もまたゼロに等しくなるように決定するステップと、その後
それぞれの角度剛性が角度剛性値Cに近似するばね部分を選択するステップ
を含む、
請求項1から7のいずれか一項に記載の振動体の製造方法。
【請求項9】
前記選択するステップであるステップ(b)は、
てん輪を選択し、その慣性Iを測定または推定するステップと、その後
前記ばねの各部分iの角度剛性Cを、
【数24】
であり、
【数25】
の等式もまたゼロに等しくなるように決定するステップと、その後
それぞれの角度剛性が角度剛性値Cに近似するばね部分を選択するステップ
を含む、
請求項1から7のいずれか一項に記載の振動体の製造方法。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか一項に記載の方法を用いて製造された時計振動体であって、
てん輪と、平行に配置された少なくとも2つのばね部分を含む戻しばねとを含む、振動体。
【請求項11】
少なくとも2つの前記ばね部分は、温度の関数としての角度剛性Cの変化の符号が逆である変化を有する、
請求項10に記載の振動体。
【請求項12】
の結晶方向が不問である単結晶シリコン、ポリシリコン、非晶質シリコン、石英、非晶質酸化シリコン、ドーパントのタイプと濃度が不問であるドープシリコン、正のCTEを有するFe-Ni基合金、及びまたは、Nb-Zr-O合金から選択された素材製の、少なくとも2つのばね部分を含む、
請求項10または11に記載の振動体。
【請求項13】
前記少なくとも2つのばね部分は、ひげぜんまい、直線ブレード、または、ひげぜんまい、巻及び直線ブレードの組み合わせの形状を取る、
請求項10から12のいずれか一項に記載の振動体。
【請求項14】
前記ばね部分の長さにわたり変化する断面を有する、少なくとも1つの別個の部分を含む、
請求項10から13のいずれか一項に記載の振動体。
【請求項15】
平行に配置され、同一平面に位置されるブレードを含む、少なくとも2つの別個の部分を含む、
請求項10から14のいずれか一項に記載の振動体。
【請求項16】
平行に配置された少なくとも2つの別個の部分を含み、てん輪心棒への少なくとも2つの取付け具及びまたは前記時計ムーブメントのフレームへの少なくとも2つの取付け具を含む、角度戻しばねを含む、
請求項10から15のいずれか一項に記載の振動体。
【請求項17】
請求項10から16のいずれか一項に記載の振動体を含む、時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計振動体、及び振動体を含む時計ムーブメントと時計自体に関する。最後に、本発明は、当該振動体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械式小型時計の調整は、少なくとも1つの機械式振動体に依拠し、機械式振動体は一般的には、てん輪と呼ばれるフライホイールと、ひげぜんまいまたは単に渦巻きと呼ばれる螺旋形に巻かれたぜんまいを含む。渦巻きは、一端をてん輪の心棒に、他端をてん輪の心棒がその上で旋回する受などの時計の固定部分に、固定されてもよい。従来の機械式小型時計のムーブメントが備えるひげぜんまいは、多くは螺旋に巻かれる、好ましくは長方形断面の弾性金属ブレードまたはシリコン製ブレードの形状を取る。巻かれたてん輪は、その均等位置(または死点)周りに振動する。てん輪が当該位置を離れると、渦巻きを装填する。これにより、てん輪を均等位置に戻しやすくするために、てん輪に作用する戻しトルクが発生する。てん輪は、一定の速度を、ひいては一定の運動エネルギーを獲得したことにより、その死点を超えて、渦巻きの対抗トルクがてん輪を止めて反対方向に回転させるまで移動する。このように、渦巻きは、てん輪の振動周期を調整する。
【0003】
機械式小型時計の正確性は、てん輪と渦巻きで形成される振動体の振動の規則性に左右される。その振動は、てん輪の慣性と渦巻きの剛性により設定され、正確性を持って所定の周波数を達成するためには、例えばぜんまいの剛性に影響を与える調節要素を用いたり、所定の渦巻きと特定のてん輪と適切に組み合わせるなど、いくつかの方法がある。このような組み合わせは、必要な調節を限定することをも可能にする。
【0004】
しかしながら、温度が変化すると、渦巻きとてん輪のそれぞれの熱膨張が当該振動体の性質を修正し、ひいては小型時計の正確性を乱す。
【0005】
温度による振動体の機能的変化を減少させ、さらには防止することを試みる従来技術の解決策が存在する。1つのアプローチは、渦巻きの角度剛性に対応しており、てん輪上の渦巻きにより発揮される戻しトルクCと、てん輪の慣性モーメントIの、以下の関係による比によって決まる当該振動体の固有振動数fを検討する。
【数1】
【0006】
前述の等式を温度に関して微分することにより、振動体の固有振動数の熱的変動が得られ、当該熱変動は以下の等式で表される。
【数2】
ここで、Eは振動体の渦巻きのヤング率であり、
【数3】
は、単に頭文字CTで表されることもある、振動体の熱係数であり、
【数4】
は、同じく頭文字CTEで表される、振動体の渦巻きのヤング率の熱係数であり、
αとαは、それぞれ振動体の渦巻きとてん輪の熱膨張係数である。
【0007】
さまざまな従来技術の解決策は、振動体を熱補償するために、この目的に適したCTEの渦巻きを選択することで、振動体の熱係数CTの値をゼロにすることを試みる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、所定の振動数を確実に達成するために、振動体の熱補償を保証するだけでなく、てん輪とその角度戻しばねの組み合わせを向上させる、部品組み合わせ方法を用いて得られた時計振動体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このため、本発明は、時計振動体が熱補償される一方、いかなる調整も必要とせずに、または少なくとも最低限の調整しか必要とせずに、所定の周波数で振動するよう、温度に基づく角度剛性の変化が異なる少なくとも2つの別個の部分の配置を含む角度戻しばねの、既知の慣性を有するてん輪との関連づけにより時計振動体を形成することを含む。
【0010】
このため、本発明は、てん輪と、平行に配置された少なくとも2つのばね部分とから構成される時計振動体の製造方法であって、前記製造方法は、
- 任意で、事前にてん輪の素材とばね部分の素材を選択するステップと、
a. 前記振動体の周波数fを選択するステップと、その後
b. 前記てん輪の前記慣性と前記ばね部分の前記角度剛性が、選択された周波数fの振動体の形成を可能にし、温度の係数としての前記ばね部分の角度剛性の変化が前記振動体を熱補償可能にするよう、てん輪とばね部分を選択するステップと、
c. 選択されたばね部分を選択されたてん輪と組み立てるステップ
を含む、振動体の製造方法に関する。
【0011】
ばね部分を選択するステップ(b)は、少なくとも2つのバッチまたは既存のばね部分の少なくとも2つの組から最適なばね部分を選定することを含むまたは選択することからなる。
【0012】
一実施形態によれば、方法は、
- てん輪とひげぜんまいの部分の素材を選択するステップと、ここで当該部分は場合によっては異なる素材製である、
- 振動体の周波数fを選択するステップと、
- てん輪の慣性Iを測定または推定するステップと、
- 前記ばねの各部分iの角度剛性Ciを、
【数5】
であり、
【数6】
の等式もゼロに等しくなるように計算するステップと、
- それぞれの角度剛性が計算された値Ciに近似するばね部分iを選択するステップと、
- 少なくとも2つの選択されたばねの部分をてん輪と組み立てるステップ
を含む。
【0013】
本発明はまた、当該方法を用いて得られた時計振動体と、時計自体にも関する。
【0014】
本発明はより詳細には請求項に定義される。
【0015】
本発明の対象、特徴、及び利点は、添付の図面を参照して与えられる、特定の非限定的実施形態についての以下の説明において、より詳細に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本発明の一実施形態にかかる2つの渦巻き部分の平行配置を有する、ひげぜんまいタイプの角度戻しばねを含む時計振動体の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の目的は、調節を必要としないかもしくは非常にわずかな調整しか必要としない、熱補償振動体を提供することである。このため、振動体の熱係数(CT)が0に限りなく近い値であり、このため、当該振動体の振動が温度とは無関係にまたはほぼ無関係になる値を達成する解決策、また「てん輪」と呼ばれるフライホイールと、事前に選択され設定される、必要な振動数を保証する戻しばねの組み合わせの解決策が、求められる。
【0018】
以後説明する本発明の実施形態は、温度にかかわらず振動体の選択された固有振動数を保証するため、所定のてん輪に、より具体的には熱補償振動体を得るためにその慣性が測定されたてん輪に結合される角度戻しばねを形成するよう選択される、少なくとも2つの別個の角度戻しばね部分を関連付けることにより得られる、振動体の構造に基づく。
【0019】
本発明は、時計振動体がてん輪-ぜんまい組立体の形状を取る、図1に示す一実施形態を用いてより詳細に説明される。振動体の角度戻しばね10は、「二重渦巻き」の形状を取り、2つの渦巻き11、12の平行配置を含む。「平行」の表現は、2つの渦巻きのそれぞれを、一方ではてん輪の心棒5へ、例えば1つまたは2つのコレット6を用いて取付け、他方ではてんぷ受へ、例えばそれぞれの末端15、16に接続された1つまたは2つのスタッドを用いて取付けることを意味する。この角度戻しばねは、アーム2により心棒5に接続されるフライホイールまたはてん輪1へ作用する。これら部品は、全体で機械式振動体を形成する。
【0020】
本実施形態において、角度戻しばねのそれぞれの別個の部分は、1つ以上の巻または巻セグメントを含む、渦巻きまたは渦巻きセグメントから形成される。「巻」の文言は、約360°の円弧にわたり延長する渦巻きのセグメントを定義し、「巻セグメント」の文言は、360°より小さい円弧にわたり延長するセグメントを定義する。加えて、本発明の実施形態の各渦巻き、巻または巻セグメントは、渦巻きに巻かれて、好ましくは長方形の断面の、弾性ブレードの形状を取る。eは厚みを表し、hは長方形断面の高さを表す。加えて、Lは渦巻き、巻または巻セグメントの曲線長さを表す。曲線長さは、巻の中立素分上の、2つの曲線の横軸間の分離として定義される。最後に、rは、てん輪の回転半径を表し、mはその質量を表す。
【0021】
渦巻きの組は、同一素材製の渦巻き、巻または巻セグメントからなる。渦巻き、巻または巻セグメントのバッチは、形状の製作公差内で同一と見做すことができる渦巻き、巻または巻セグメントの組である。
【0022】
ここで、「素材」の文言は、単一の均一な素材、または所定の配置の素材の組み合わせに由来する複合素材のいずれかを意味するために用いられる。非限定的な例として、所定の厚さの酸化シリコンで全ての面が被膜された単結晶シリコン製の渦巻きは、複合素材と見做される。
【0023】
平行に配置された2つの渦巻き(または巻または巻セグメント)の場合、熱補償への渦巻きの貢献は、その戻しトルクへの、このため角度剛性への相対的寄与で重み付けされる。
【0024】
戻しばねの戻しトルクは、2つの渦巻きのトルクの合計である。振動体の固有振動数fは、以下の式で記載することができる。
【数7】
ここで、Iはてん輪の慣性であり、Ciは渦巻きiの角度剛性である。
一般に、等式(1)は以下のようになる。
【数8】
【0025】
慣性Iと、純粋な屈曲のため定義される角度剛性Ciは、以下の通り計算される。
【数9】
及び
【数10】
ここで、mはてん輪の質量であり、rはてん輪の回転半径であり、
Eiは渦巻きiの素材の弾性率であり、eiは渦巻きiのブレードの厚さであり、hiは渦巻きiのブレードの高さであり、liは渦巻きiの曲線長さである。
【0026】
温度依存の項であるIとCiを導入し、等式(1)を温度について微分すると、整理後には以下の等式が得られる。
【数11】
【0027】
渦巻きの場合、等式(2)は、以下のようになる。
【数12】
【0028】
均一且つ等方性の素材を考察する場合、または各素材について適切な見かけの膨張係数を用いる場合、素材の熱膨張係数α=1/x*dx/dTは、上で定義された方向x(r、L、e及びh)について同一である。更に、もしCTEの項が弾性係数1/E.dE/dTの熱係数として定義された場合、前述の等式は以下の通り単純化することができる。
【数13】
ここで、αs,iとαbalとは、それぞれ振動体の渦巻きiとてん輪の熱膨張係数である。
【0029】
当該第1実施形態は2つの渦巻き(i=2)を含むため、前述の等式は以下の通りになる。
【数14】
【0030】
てん輪の素材が定義されると、αbalの値が既知数となり、等式(3)を満たす結果を、平面[C;C]の平面上の直線で表すことができる。このため、当該等式を満たす解C, Cの組は多数存在する。当業者であれば、当該等式の解が得られるように、てん輪及び渦巻き(または巻または巻セグメント)の素材を適切に選択することができる。
【0031】
てん輪の慣性が既知の場合、所定の平面において、等式(1)を用いて、等式(1)が0に等しく設定された場合の等式(1)の解に対応する他の直線を描くことが可能になる。単にこれら2本の直線の交点に対応する角度剛性C1及びC2を有する渦巻き部分を選択し、これら2つの部分を、その後振動体を形成するためにてん輪と組み立てることができる、渦巻きを形成するために組立てることにより、必要な周波数で振動する、熱補償振動体の製造を保証する。
【0032】
異方性素材の、例えばシリコンの場合、熱係数は、素材への応力の結晶方向に応じて変化し、このため渦巻きの(または巻のまたは巻セグメントの)長さにわたり変化する。同様に、酸化ケイ素など不均一素材の場合、熱係数はブレードの断面の内部で変化する。このため当業者に既知の同等または見かけCTEを、異方性及びまたは不均一素材製の渦巻きまたは巻または巻セグメントについて検討することができる。
【0033】
例えば、てん輪がCuBe2製の場合、CuBe2の熱膨張は正(+17ppm/℃)であるため、2つの渦巻きの素材を、等式をゼロにするために少なくとも2つの項CTE+αのうちの1つが正となるように、具体的には2つの項CTE+αの少なくとも1つが、等式をゼロにするために、少なくとも2×αbalよりも高くなるように、選択することが必要である。単に2つの渦巻きの寸法を、特にその角度剛性を調節することにより、求める結果を、すなわち振動体の熱補償を得ることができる。
【0034】
例として、4Hzで振動する振動体において、最初に、測定された慣性が14.28mg・cmであるCuBe2製のてん輪を検討する。次に、{100}平面に開裂され、Emean=148GPa、α=2.6ppm/℃、CTE=-64.3ppm/℃、150ミクロンの高さ、150mmの有効長、36.5μmに近い厚さの性質と寸法を持つ単結晶シリコン製の渦巻きS1のバッチを検討する。加えて、E=72.4GPa、α=0.382ppm/℃、CTE=210ppm/℃であり、第1バッチの渦巻きと同一寸法であり、振動体を製造するためにてん輪に平行に取付けられる性質と寸法を持つ非晶質SiO製の渦巻きの第2バッチS2を検討する。4Hzの周波数は、2つの渦巻きのバッチから、角度剛性C1が5.97×10-7Nm(厚さ36.445μmに相当する)である第1渦巻きS1aと、角度剛性C2が3.05×10-7Nm(厚さ36.975μmに相当する)である第2渦巻きS2aとを選択することで得られる。これら2つの渦巻きは、渦巻きを形成するために取付けられ、その後てん輪に取付けられて、4Hzの周波数で振動する熱補償振動体を形成する。
【0035】
上で定義した複合素材について、CTEは、当業者に既知の方法で、使用された素材それぞれのCTEから計算され、各種素材の形状配置により重みづけされる。
【0036】
等式(3)で与えられる振動体の熱係数は、整理後、以下の通りCTE+3αの目的値を定義することを可能にする。
【数15】
【0037】
このため、渦巻きについてその剛性と温度の関数としての剛性変化(CTE+3α)が知られれば、CTをゼロに等しくすることができる第2渦巻きを選択することが可能になる。2つの渦巻きは、その後、目的の周波数を得るために、適切な慣性のてん輪と組むことが可能になる。
【0038】
複合素材製の例として、CuBe2製で測定慣性が14.12mg・cmであるてん輪からなる4Hzで振動する振動体について、単結晶シリコン製の渦巻きSiのバッチを検討する。渦巻きは、{100}平面に開裂され、全ての面を3.5μmの厚さの非晶質酸化シリコンの層でコーティングされ、157ミクロンの高さと有効長150mmと39μmに近い厚さとを有する複合渦巻きが形成される。渦巻きの角度剛性はそれぞれ測定され、全ての渦巻きは4.5×10-7Nmに近い範囲に位置される。
これら複合渦巻きのCTEは、シリコンと非晶質酸化シリコンのCTE値と、渦巻きの形状(シリコンと酸化物のそれぞれの厚さ)から計算することができる。
4Hzの周波数は、複合渦巻きの当該バッチの中から、角度剛性C1が4.8665×10-7Nmである第1渦巻きと、角度剛性C2が4.0533×10-7Nmである第2渦巻きとを選択することにより得られる。これら2つの渦巻きは、渦巻きを形成するため組み立てられ、その後渦巻きはてん輪と組み立てられて、4Hzの周波数で振動する熱補償振動体を形成する。
【0039】
要約すれば、本発明の当該実施形態は、てん輪と、平行に配置される少なくとも2つの戻しばね部分iで構成される時計振動体の製造方法に基づき、当該方法は、以下のステップを含む。
- てん輪とひげぜんまいの部分の素材を選択するステップと、ここで当該部分は場合により異なる素材製である、
- 振動体の周波数fを選択するステップと、
- てん輪の慣性Iを測定、推定または評価するステップと、

【数16】
であり、またひげぜんまいの場合には、以下の等式がゼロに等しくなるよう、ぜんまいの各部分iのそれぞれの角度剛性Ciを計算するステップと、
【数17】
- 各種選択素材製であり、それぞれの角度剛性が計算値Ciに近似するぜんまい部分iを選択するステップと、
- 少なくとも2つのぜんまいの選択部分とてん輪とを組み立てるステップ。
【0040】
当然、上記の等式(2’)を0に等しくし、所望の周波数で振動する熱補償振動体を得るための、寸法が異なる2つの渦巻きとてん輪の平行の配置には多数の可能性が存在する。
【0041】
第1実施形態の一つの変形例は、少なくとも2つの渦巻きのバッチから選択され、戻しばねの3つの別個の部分を形成する、3つの渦巻きの平行の配置で形成される振動体の角度戻しばねに基づく。この変形例は振動体の調整を完全に不要にすることを可能にするため、及びまたは性質及びまたは寸法が著しく異なるぜんまい部分を組み合わせることを可能にするためだけでなく、温度の関数としての熱係数の変化の符号が逆である素材の使用の場合に有益な二次熱補償を達成するために、ぜんまい部分の組み合わせの数を増加することを可能にする。
【0042】
このため、本発明は、所定の振動周波数を正確さを持って達成し、その後の調節を制限または回避するため、てん輪と渦巻きとの組み合わせの柔軟性を向上させることで、高性能な時計振動体の製造を可能にし、温度変化にもかかわらず所定の振動周波数を維持する振動体を形成する、という利点を有する。
【0043】
当然、本発明は上述の実施形態や、説明した実施例や、上述の簡単な等式に限定されない。本発明は、特に3つ以上の別個の戻しばね部分を含んでもよい。
【0044】
更に、戻しばねの別個の部分は、同一平面状に配置されてもされなくてもよい。例えば巻または巻セグメントの形状を取る戻しばねの少なくとも1つの別個の部分のブレードは、あらゆる形状の断面を有してもよく、前述の実施形態のように長方形でなくてもよい。加えて、当該断面は、その長さ全てで一定に維持されてもよく、反対に変更してもよい。最後に、戻しばねの別個の部分は、前述の実施例で予測されたように、渦巻きの形状を取ってもよく、変形例として他のあらゆる形状、具体的には直線状ブレードの形状を取ってもよい。
【0045】
最後に、戻しばねの別個の部分とは、所定の配置に位置され、全体で戻しばねを形成する2つ以上の別個の要素を意味する。当該配置において、振動体に熱補償効果を提供するよう、別個の部分は同じ戻しばね機能に補完的方法で参加する。別個の部分は、熱補償効果と、振動体の周波数の正確な選択を組み合わせるように、選択される。これら別個の部分は、あらゆる締結手段により互いに取付けられ、または単に近接して位置される。いずれにせよ、別個の部分は、所定のフライホイールと作用可能なように、また単一の時計振動体を形成するように、配置される。このため、別個の部分は、2つの区域が異なる素材を含んでいたとしても、単に一体に形成され、分離不能及びまたはモノリシックである所定のばねの単なる2つの区域ではない。
【0046】
このため、熱補償振動体を製造するために、少なくとも2つの渦巻きを組み合わせることが可能になり、振動体の周波数を調整するために2つの渦巻きを1つの特定のてん輪と組み合わせることが可能になる。
【0047】
てん輪は、前述の実施形態で示すように、既知の方法で、例えば銅ベリリウム合金(単にCuBe2合金とも呼ばれる)製である。変形例として、てん輪は他の素材が使用されてもよい。
【0048】
有利には、角度戻しばねの少なくとも2つの別個の部分は、2つの異なる素材製である。別個の部分は一体に形成されてもよい。単一の素材製でもよく、複数の異なる素材を含んでもよく、例えば異なる素材製の区域を含んでもよい。
【0049】
いずれにせよ、本発明の戻しばねは、当該時計戻しばねを含む発振体が熱補償されるよう、その熱の係数としての、項CTE+3αsで表わされる角度剛性Ciの変化が関連するてん輪の熱膨張を補償する、少なくとも2つの別個の部分を含む。
【0050】
当然、戻しばねの別個の部分はその他の素材製であってもよい。好ましくは、磁場に曝された部品の残留磁化に関連するムーブメントの混乱を避けるため、磁場に不感の素材が好まれる。
【0051】
少なくとも戻しばねの1つの別個の部分の全部または一部は、その向きが不問である単結晶シリコン、ポリシリコン、非晶質シリコン、石英、非晶質酸化シリコン、ドーパントのタイプと濃度が不問であるドープシリコン、多孔質シリコン、ヤング率の熱係数(以下のCTE)が正であるFe-Ni基合金、及びまたはNb-Zr-O合金を含んでもよい。
【0052】
少なくとも戻しばねの1つの別個の部分は、1以上の等方性素材を含んでもよい。変形例として、戻しばねの別個の部分は、その熱係数が素材への応力の結晶方向に応じて変化し、このため渦巻きの長さにわたり変化する異方性素材を、例えばシリコンを含んでもよい。シリコンは、例えば、酸化シリコンの層で被膜されてもよい。酸化シリコンのように非均一素材の場合、熱係数は、戻しばねのブレードの断面の内部で変化する。当業者には既知の、項dC/dTまたは同等または見かけCTEが、異方性及びまたは非均一素材製の別個の戻しばね部分について検討され、前述の計算はこれを基に適用可能に維持される。
【0053】
上述の実施形態は、上述の順番で実行される各種ステップを定義する。しかしながら、本発明は、変形例として、特に説明したステップのいくつかの順番を逆転することからなる異なるアプローチを用いて実施されてもよい。
【0054】
特に、説明した方法は、事前にてん輪を選択しその慣性Iをその後測定または推定することを含み、または反対に事前に選択された慣性Iのてん輪を構成または選択することを含み、その後選択したてん輪に適切な戻しばねを構成するためにばね部分を選択する。
【0055】
変形例として、戻しばねまたは戻しばねの少なくとも一部分を最初に選択して、その後適切なてん輪を選択しても良い。
【0056】
加えて、てん輪とばね部分の素材は、同様に、以下のステップの実施の成功を保証するよう、有利には当業者に既知の天然特性を有する素材の中から事前に選択される。しかしながら、変形例として、素材は、てん輪及びまたはばね部分の寸法といった他のパラメータの選択の事後にまたは同時に選択されても良い。
【0057】
このため、てん輪と、平行に配置された少なくとも2つのばね部分とから構成される時計振動体の、以下のステップを含む製造方法に基づき、多数の他の実施形態を定義することができる。
a. 振動体の周波数fを選択するステップと、
b. てん輪の慣性とばね部分の角度剛性が、選択した周波数fの振動体の形成を可能にするよう、また温度の係数としてのばね部分の角度剛性の変化が振動体を熱補償可能にするよう、てん輪とばね部分を選択するステップと、
c. 選択されたばね部分と選択されたてん輪とを組み立てるステップ。
【0058】
この方法は、有利には、てん輪とばね部分との素材を選択することからなる事前ステップを含む。
【0059】
選択するステップ(b)は、有利には、慣性Iのてん輪と、以下の等式を順守する角度剛性Cのばね部分とを選択することを含む。
【数18】
及び
【数19】
【0060】
このため本発明は、所定の発振周波数を正確に達成するために、てん輪と渦巻きの組み合わせの柔軟性を高めることで、高性能な時計発振器の製造を可能にするという利点を有する。この柔軟性は、新たな時計配置のそれぞれについて特定の製造を必要とすることなく、あらゆる順番で、及びまたはあらゆる順番の組み合わせで、てん輪及びまたは現存のバッチの中からばね部分を選択する能力により増加される。当然、変形例として、本発明で定義された性質に応じて、てん輪及びまたはばね部分の全部または一部を具体的に製造することで、本発明を実施することが可能である。
【0061】
本発明はまた、上述の振動体を含む、時計ムーブメントと、例えば小型時計、腕時計といった時計にも関する。
【符号の説明】
【0062】
1 てん輪
2 アーム
5 心棒
6 コレット
10 角度戻しばね
11 渦巻き
12 渦巻き
15 末端
16 末端
図1